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■春夢(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-06-23
 
これは青葉の中学2年5月の物語で、「春光」および、「寒梅」ラストのあと、連休明けからから始まる。「クロスロード」の1ヶ月前になる。
 
連休明け、高速バスで関東から北陸に戻った青葉は、そのまま学校に出るつもりだったのだが、旅行の荷物を持ったままでは大変でしょ?という母がバス停で待機していてくれたため、旅行の荷物はお土産ごと母に渡し、学生鞄のみの軽装備で学校に出ることができた。そういう配慮をしてもらったことが嬉しくてバス停でまた青葉は泣いてしまったのであるが。
 
学校に着き、教室に入っていくと、日香理が机に突っ伏して寝ている。トントンと肩を叩いてみた「おはよう」「あ、青葉?もう少し寝せて」と寝たまま答える。
「夕べ遅く東京から戻ったから眠くて眠くて」
「あ、私も今東京から戻ってきた所。朝着く高速バスで」
「きゃー、眠くない?」
「ううん。疲れてたからか、バスの中で爆睡してたから、それで疲れが取れたみたい。あまりにも深く寝てて危うく乗り過ごす所だったけど」
「あはは、それは大変。そうだ。昨夜の夢の中に青葉が出てきたよ」
「そ、そう?」
その件については青葉は『少し』覚えがあった。
 
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「青葉がなぜかヌードでさ、おっぱいがFカップくらいあって」
「わあ、そんなにあったら少し邪魔かも」
「私もDくらいで充分かなあ」
「あれ?なあに、このチラシ群は?」
「途中の道の駅にあったの何となくバッグに入れておいたの、ついそのまま学校まで持って来ちゃった」
「へー」
 
どうも長野県の道の駅で拾ったもののようである。青葉は何となくチラシを見ていたが、やがて1枚のチラシを見て「あっ」という声を立てた。
「どうしたの?」「いや、知り合いが載ってて・・・」
 
そこには「橋元劇団・座長襲名公演8月20日より開演・○○観光ホテル」という文字があり、嵐太郎の藤娘の扮装の写真が出ていた。携帯のWWW機能を使って検索を掛けてみると嵐太郎は今週の水曜日11日に仙台で「東北大震災復興祈願・橋元嵐太郎座長襲名記念公演」と称して公演をするのを皮切りに、座長襲名公演をあちこちでやるようだ。
 
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むくりと日香理が起きてきた。「知り合いって・・・その大きく載ってる女の子?」
「うん。以前同じクラスになったことあるんだ」
「可愛い子ね。でも男の子みたいな名前。そういう芸名?」
「いや、男の子だよ。女形なんだ」
「え〜!?嘘。凄い美人なのに」
「女装は少し私も指導した。スカート穿いたこと無いと言ってたのを穿かせて町を連れ回したりしたよ」
「おお、そういう現場にいたかったなあ。やはり美少年にはスカート穿かせなきゃ」
BL好きの日香理らしい発言である。
「座長になるなら、祝電と。。。花束でも贈ってあげようかな」
 
青葉は初日の公演の場所を再確認すると、すぐに携帯から祝電と花束を嵐太郎に贈ってあげた。贈る時に、こちらの電話番号を指定しなければならなかったので、青葉は自分の携帯の番号を入れた。(住所は元の岩手県の住所を書いておいた)。翌日嵐太郎から電話が掛かってきた。
 
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「よかった。。。青葉、生きてたんだね。立派な花束ありがとう。でも3月11日以降夢にも出てきてなかったから、ずっと心配してたんだ」
「ありがとう、ラン。私は無事。姉ちゃんも両親も死んじゃったんだけどね」
「それは・・・・何と言ったらいいのか・・・・・辛いだろうけど頑張ってね。あ、被災者の人に安易に『頑張って』と言うなとは言われたけど、青葉なら大丈夫だよね?」
「うん。大丈夫。私、励まされたほうが嬉しい」
「何かの時には僕を頼ってもらってもいいし。今どこにいるの?まだ大船渡?震災直後に葉書は出したんだけど宛先不明で戻って来てたんだ」
 
「今、縁があって伏木ってとこにいるの」
「富山県の?」
「よく知ってるね」
「公演で行ったことあるから。凄く奥の深い港で大きな橋があるよね」
「うん。ちゃんと覚えてるんだ、凄い」
「青葉と会う前だなあ。小学3年生頃」
「へー」
「行った所は全部覚えてるよ」
 
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「各地でできた恋人もみんな覚えてる?」
「あはは。まあね。誕生日くらいは言える。でも今でも好きなのは青葉含めて3人だけだよ」
「私ひとりと言わない正直さは評価してあげる」
 
「青葉、僕の夢の中に何度も出てきたし、迷ってる時にアドバイスくれたりもしたし。去年なんかも親父が倒れて、他の劇団から合併を打診された時とか、ほんとに迷ったけど、夢の中の青葉に言われて僕が中心になって頑張ることにした。ああいうのって、僕が勝手に夢に見てるんじゃなくて、青葉がほんとに助言してくれてる気がしてるんだよね」
「・・・まあね・・・」「やはり」
 
実は青葉は夢の中で勝手に(半ば無意識に)他人の夢を訪問してしまう癖があった。ただ相手はかなり相性のいい友人に限られる。
 
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千里、早紀、咲良、椿妃、などはその常連の被害者で、美由紀、日香理、も会ってから間もないのに既に各2度ずつ侵入している。実は連休明けの日も確かに日香理の夢に侵入した覚えがあった。
 
嵐太郎も実はそういう被害者メンツの一人だったが、千里や早紀たちほど頻繁ではなく、年に数回程度である。
 
「そんなだから葉書の返事もらえなくても、ずっと青葉のこと好きだった」
「ありがとう」
「でもさ・・・」
「なに?」
「青葉、声が女の子のままなんだね?夢で聞いてる声と同じ」
 
「ランには言ってなかったなあ。実はランに会った時期の少し前に、私実質的に去勢しちゃってたのよね。だから私声変わりはしないよ」
「そうだったのか・・・・だから当時も男の子的な要素が全く無かったのか。当時も今もだけど、僕はやはり青葉のこと、女の子としか思ってないよ」
「それも、ありがとう」
 
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「あ、住所教えてよ。また絵はがき出すから」
「いいよ」
といって青葉は住所を教えてあげた。
「じゃ、今度からは私も返事出すよ」
「わあ」
「ただし気が向いた時だけ」
「うん。それで充分」
「それと、この電話番号、時々掛けてもいい?」
「いいよ。時々なら」
「じゃ、時々。あ、良かったら今掛けてるこの番号登録しておいてよ。僕の仕事用の携帯なんだけど」
「私のこの携帯も仕事用」
 
水曜日の学校が終わってから、青葉は朋子に伴われて、地元の大学病院の精神科を訪れた。こちらでジェンダークリニックを開いていると聞いたので、やはり近くのほうが受診に負担がないからというのでまず行ってみたのである。
 
医師と臨床心理士からいろいろな質問をされた。最初どうにも話が噛み合わない。
「性別に違和感を感じはじめたのはいつ頃から?」
「違和感というのは無いです。私は生まれた時からずっと自分は女の子だと思ってました」
「で、男の子だと思うようになったのはいつ頃から?」
「男の子だなんて思ったことないですけど」
「え?今男の子になりたいんじゃないの?」
「あの・・・・私MTFなんですけど。FTMじゃなくて」
「え!?」
 
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青葉があまりにも完璧に女の子なので勘違いされたようであった。
 
「ごめんなさい。あなた、女の子にしか見えないもんだから」
などと女医さんが言いながらカルテを修正している。いや修正というよりはMTF用のカルテ原本を開いて、そちらに既に記入してしまっていた分をコピペしている感じだ。
 
青葉は予め自分史を詳細に書いてきていたので話はスムーズに進んだ。もっとも青葉の自分史は強烈だ。
 
・物心ついた頃から自分は女だと思っていた。
・幼稚園の頃、ずっとスカートを穿いていた。女子トイレを使用していた。・この頃から既に下着は女子用。髪も長くする。
・拝み屋をしていた曾祖母の仕事にしばしば同行していたが、そういう時は 巫女の衣装を着ていた。
・小学校に上がるが、先生から女子トイレの使用を認めてもらう。
 更衣室は専用の部屋をあてがわれる。身体測定はひとりだけ別に。
 友人はほとんど女子。遊ぶのもだいたい女子とばかり。
 アンケートを出したり会員登録する時は性別・女で登録。
・小学2年の時以来、学校にはスカートで通う。
・小学2年以降、水泳の授業にも女子用スクール水着で参加
・小学3年の時、タック(自己流)を覚えて、以後頻繁に行う。
・小学4年の時、体内の「気の波動」を女性型に転換させる。
 また男性器に「気」を流さないようにする。
・小学5年の時、睾丸の機能を停止させる。男性との恋を経験する。
 この頃から常時タックするようになる。
・小学6年の時、「気」の調整で女性ホルモンの分泌を活性化させる。
 乳房が膨らみ始めたのでブラジャーの使用を開始する。
・中学1年の時、授業中は学生服を着用するも通学やクラブ活動は女子制服 でよいと学校に認めてもらう。トイレは女子トイレ使用。更衣室も
 一応専用更衣室をあてがわれるが、実際にはしばしば女子更衣室使用。 コーラス部でソプラノに入る。
・中学2年。新しい中学で基本的に女生徒として受け入れてもらう。
 
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※男物の服は小学1年の頃一時的に通学に使っていたのと中1の時に
 授業中だけ学生服を着ていたの以外では、着たことがありません。
 下着は男性用は1度も身につけたことがありません。
※男の子型の自慰の経験はありません。幼稚園の頃、何度か突発的な勃起の経験は あるものの、小学校に入った頃から勃起しないように自制を掛けていました。※第二次性徴が来る前にと睾丸機能を停止させたので変声はしていません。※身体の発毛はふつうの女子程度です。ヒゲは生えません。
 
青葉の自分史を見た医師は「君って、女の子になりたい男の子ではなくて、もう既に女の子になってしまった子、いや違うな・・・男の子に一度もならないまま女の子に育ってしまった子という感じだね」と感想を漏らした。
「フライングも甚だしいけど、残りはSRSと戸籍変更だけか」
 
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今の学校から特別な扱いをしてもらっているため、できるだけ早くGIDの診断書を提出したいと言ったので、その日の内に血液検査や性器検査などもしてもらった。
 
青葉の身体がどう見ても女性ホルモンをやっているようにしか見えないのに薬は飲んでいないと主張するので、ひょっとして精巣や副腎などに病変があるのではと疑われ、その検査もされた。
 
「病変とかは無いですが精巣がひじょうに小さいですね。最初無いのかと思った」
「はい。昔よりかなり小さくなったと思います。自分で機能停止させてから3年ほどたつので縮んでいるのかと」
「外傷を受けて機能不全になったケースで萎縮してしまったという事例はあるけどね。中には組織に吸収されて消失したケースもあるけど」
「ええ。その事例、医学関係の本で読んだので、吸収・消失というの狙ってます」
「ふーん。それは時間の問題という気もするね。でもペニスは縮んでないね」
 
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「縮んだらヴァギナの材料として困るのでそちらは縮まないように調整してます。勃起性能はとっくに消失してるので勃起はできないですけど引っ張ったり広げたりして定期的に刺激を与えてます。タックするときもわざとギリギリ引っ張った位置で固定したりしてます。逆ダイレ−ションです」
「なるほど。それは続けた方がいいです」
「はい。でも中身は萎縮してて、ほとんど皮だけになってますよね」
「ちゃんとそれも認識してるんだね。海綿体組織もほとんど残ってない。あなたのSRSでは多分何も廃棄物が出ませんよ」
と医師は少し笑いながら言った。
 
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