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■春光(4)
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目次 #
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「そう?で、私の家出もこれで中学に入ってから3度目で、前泊めて
もらった友達の所にまた泊めてもらうのも何だし、と思ってたら青葉
のこと思いついたから、来ちゃった」
「私には遠慮しなくていいよ。私日香理とは親友のつもりだし」
「じゃ、また家出した時は、またここに来ちゃおうかな」
「うんいいよ。家出推奨するわけじゃないけど」
日香理は青葉に「一緒に宿題しない?」と言ったが青葉は「ごめん。
もう終わらせちゃった」と答える。結局、青葉が晩御飯を作りながら
日香理が宿題をしながら、台所と居間でおしゃべりしながら、という
構図になった。朋子は楽しそうな顔をしながら雑誌を読んでいる。
時々日香理が「ここどうやるんだっけ?」などと分からないところを
訊くと、青葉はうまくヒントを出して日香理に自分で気付くように
してあげた。「青葉、教え方うまい」などと日香理も言う。青葉が
考え方のポイントなどを説明すると「あ、そうか、そう考えれば
良かったのか」などと日香理も納得した様子。「時々、美由紀も
誘っていっしょに勉強会とかしようか?」「あ、いいね」
日香理も今までちょっと孤立しがちな性格で親友と呼べるような友達がいなかったが、青葉とは何となく抵抗感なしで話をすることができていた。結果的には青葉を介す形で、美由紀ともここ数日よく話すようになり、3人は急速に仲良くなって来つつあった。
日香理が宿題を終えた頃、青葉が今日の晩御飯の八宝菜を完成させ、卓に中華鍋ごと持ってくる。
「さあ、食べよう。今食器とお箸と持ってくるね」
と青葉。
「わあ、美味しそう。私手伝うことない?」
「じゃ、そこからお箸を3組持ってって。適当でいいから」「うん」
「あと、お茶を飲むカップと。ついでにそこのお茶も」「了解」
朋子はその様子をニコニコして見ていた。
「女の子が2人もいると華やかでいいわあ。家出でなくても時々気軽に来てくださいね」などと言う。
「はい。今度はふつうにお泊まりに来ます」
夕食後、青葉は「祈祷のお仕事があるから、先にお風呂入っていて」というので日香理は先にお風呂を頂いた。風呂から上がると「あ、今集中してお仕事しているから、こちらで少し待ってて」と青葉の母が言うので、ファッション誌など眺めながら母と世間話などをしている。自分の母より年代が上だと思うのになんか世代ギャップを感じさせない、感覚の若いお母さんだと日香理は思った。考えが柔軟そう。それで青葉みたいな少し変わった子がなついちゃったのかな、などとも思った。ああ、うちの親もこのくらい柔軟ならいいのに・・・・などと思っていたら青葉が2階から降りてきた。
「終わった?」と朋子が声を掛ける。
「終わった。今日は割と楽だった」
「何をしてたの?」
「私は祈祷師だからね。霊的な相談なの。ただ学校もあるし1日3件までにしてもらってるんだ」
さすがに最近はほとんど死体の捜索をしているとは言えない。
「ひいばあちゃんが死んで以来、その跡を継いで小学2年生の時からやってるの」
「すごーい」
「お風呂入るね。日香理、ここにいてもいいし、私の部屋に行っててもいいよ。2階の2番目の部屋だから。パソコン、ゲストで入って使ってもいいし。ネットつながってるから。パスワードは********ね」
「ありがとう。ネットしちゃおうかな」
日香理は2階に上がると、ここかなと思った部屋に入り、薄明かりの中で蛍光灯の紐を探し、灯りを点けた。学習机のそばに赤い学生鞄がある。本棚があるが中身はほとんど空である。震災でやられて何も残らなかったと言ってたなと思う。
なお、この部屋は、桃香の部屋の隣の部屋で以前はほとんど物置状態になっていたのを掃除して使えるようにし、学習机とかタンスとかを入れたものである。学習机は桃香が高校時代まで使っていたものである。
日香理が本棚を見ると、並んでいるのは広辞苑と今年の神宮宝暦に理科年表の3冊、それになぜか「Winnie the Pooh」(くまのプーさん)のペーパーバックが立っていた。日香理は、青葉英語うまいもんねと思いながらその本を取り出し眺めてみる。ぱらぱらとめくっていくが、このくらいの英語なら自分にも何とか読めそうな気がした。
本を閉じて棚に戻し、机の前に座ってノートパソコンのふたを開ける。まだ買ってまもない感じで「Intel Core i7-2630QM」などと書かれたシールが貼られたままだ。i7って確かいちばん新しいCPUだよね、などと思いながら、表示されたGuestのアイコンをクリックし、さっき青葉から聞いたパスワードを打ち込む。パソコン触るの久しぶりだな・・・・何を見ようかな・・・・
30分くらいネットを楽しんでいたら、ふと日香理は歯磨きをしていないことに気付いた。いけないいけない。ログアウトしパソコンをスリープさせると、日香理は自分の荷物から歯ブラシセットを取り出し、下の階に降りていった。居間は常夜灯になっている。お母さんもう寝たのかな・・・・
浴室の脱衣場のところにあった洗面台を使わせてもらおうと思ってドアを開けた時だった。同時に浴室のドアが開いて、青葉が出てきた。
「あ」
「あ」
「ごめん、歯磨きしようと思って」
「ううん、ごゆっくり、私今あがったところだから」と青葉が笑顔で言ってバスタオルと着替えを手に取ると、日香理と入れ替わりで居間のほうに抜けた。
日香理は水道で歯ブラシを濡らし、いったん水を止めてから、歯磨き粉を付けて歯を磨きつつ心の中で呟いた。
『見ちゃった・・・・でもどうなってるの?青葉のバストほんとに大きかったし、それに・・・・おまたの所、発毛してなくて、そしてそして・・・・あの割れ目ちゃんは何よ?青葉って完璧に女の子の身体じゃん。実はもう性転換手術済みなのかしら?????』
歯磨きが終わり、居間のほうに戻るともう青葉はいない。お部屋かな?と思い、上がるともうふとんが2つ50cmほど離して敷いてあった。青葉は髪をといていた。その仕草がちょっと色っぽい。青葉って女の色気があるよなあなどと思っていたら『青葉の身体の秘密』は聞きそびれてしまった。
「おつかれー。もう11時になっちゃったね。寝ようか?」
「あ、うん」
「そっちの布団、使ってね」
「ありがとう」
「じゃ、電気消すよ。おやすみ」
「おやすみ」
「あ、私朝4時に起きたら少し外を走ってくるけど、日香理はゆっくり寝ててね」
などという。
「へー。早朝ジョギング?」
「うん。平日はこの付近を走ることにした。休日は少し遠出して南砺市方面で山道を走るつもりでいる」
「それ、ダイエットとかじゃないよね・・・」
「うん、修行」
と青葉は笑いながら言う。
「ということで、おやすみー」
「うん、おやすみー」
5分くらいたった頃、日香理は小さな声で呼びかけた。
「青葉、まだ起きてる?」
「なあに?何か相談事ありそうだなと思ったから起きてた」
「あ、ごめんね。なかなか言い出せなくて」
「言いにくい話なのね?」
「青葉、秘密守れるよね」
「私は祈祷師だから刑法134条2項で相談事に関して守秘義務が定められてるよ」
と青葉が半ば冗談のように言うので、日香理は何となく心が開いた。
「彼とのこと、清い交際なんていったけど、こないだ実はキスしちゃったんだ」
「キスは別にいいんじゃない。好きなんだったら」
「で、キスしたのでちょっとお互い壁が消えてしまった感じで・・・・それで彼からさ・・・・今度1度Hしない?って誘われてるんだ」
「・・・日香理の気持ち次第だと思うよ。彼としたいなと思ったらしてもいいし、まだ自分には早いと思うなら、正直にそう言って断ればいい」
「だよね。。。私、Hに興味はあるけど、まだちょっと自分には早い気がする」
「じゃ、ちゃんとそう言おう。嫌いだから断るんじゃなくて、もっと大人になってからしたいんだって」
「うん」
「それから、どうしてもすることになったら、ちゃんと避妊しないとダメだよ」
「あれ・・・使うんだよね?」
「・・・買いに行く勇気無いんでしょ?」
「うん」
「それで使わずにやっちゃって妊娠したら、そのあと大変だよ」
「うん、それは分かってるつもりなんだけど。さすがに私まだ赤ちゃん産む覚悟はない。せめて高校卒業してからかなって」
「ほんとは避妊具はちゃんと男の子側が用意しなきゃいけないんだけどね、男女交際のマナーとして。でも若い男の子にはそれが分かってない子も多い」
「こちらからそれ言うと、Hに合意したみたいに思われそうで」
「難しい所だよね。これあげる」
そう言うと、青葉は布団から抜け出し、いったん灯りを付けると机の引き出しからそれを3枚取り出して日香理に渡した。
「生理用品のポーチか何かに一緒に入れておくといいよ。♀マークのついてるほうが女の子側、つまり外側だからそれを上にしてかぶせちゃえばいい。反対にすると無理にかぶせようとしても途中で停まっちゃうから。もし間違って逆にかぶせようとして失敗に気付いたら、それを裏返して使ったらダメ。逆にかぶせた時に付着した精液が表に来ちゃうから。もったいがらずにそれは捨てて、必ず新しいの使ってね」
「う、うん。これ初めて見た。でも、どうして持ってるの!?」
「こういう相談してくる子のために買ってあるの。実は昨日も相談してきた子にあげた」
「わあ。でも、これ青葉、自分で買いに行ったの?」
「うん。こないだ東京に行った時にドラッグストアで買っておいた。私もさすがに地元ではあまり買いたくない。無くなったら津幡あたりに行って買ってこようかな」
と青葉は笑いながら言った。
「でもその3枚でも足りないくらいしたくなったら、勇気出して自分で買いに行こうね」
「うん」
「私の震災で亡くなった姉ちゃんね・・・」
「え?」
「高校生だったんだけど、ちゃんと避妊せずに彼氏とHしてて」
「うん」
「妊娠しちゃってた。妊娠ばれたら退学という学校だったのに」
「退学になっちゃったの?」
「ううん。その前に震災で死んじゃったから」
「・・・ごめんね」
「ううん。でも日香理に同じ失敗して欲しくないから」
「ありがと。やはり私ちゃんと断る。高校卒業までは清い関係で居ようって言ってみる」
「うん。頑張ってね」
青葉は灯りを消して「おやすみ」と言った。
「おやすみ」
と日香理は言ったものの、なんだか眠れない。
「ねぇ・・・青葉」
「なあに?」
「私、彼とうまく行くかなあ・・・・」
「・・・・たとえばさ」
「うん」
「連休明けにテストやると言われたとするでしょ」
「うん」
「そのテストでいい成績が取れるかどうか今分かると思う?
「うーん。連休中に勉強していたか次第かも」
「恋愛もね、そういうこと」
「・・・・・そうか。うまく行くかどうかじゃなくて、頑張るかどうかか」
「不安は自滅を招くよ。テストだって、自分にはできるわけないと思ってたら分かる問題でも分からなくなっちゃう」
「うん。ありがとう。そう考えると少し気持ちが楽かも」
「グッドラック!だよ。やるだけやって、ダメだったら撃沈すればいい」
「・・・・でも青葉って凄いね。もしかして恋愛経験ある?」
「あるよ。短い恋だったけど。でもデートはしたし、キスまではされたよ」
「相手は・・・男の子?」
「私、レズじゃないもん」
「そうか」
日香理はなんか楽しい気分になってきた。青葉ってやはり面白い。でも青葉とキスした男の子ってどんな子なんだろうな・・・などと想像しながら少しずつ睡眠に落ちていく日香理は、青葉の『身体の秘密』のことはきれいに忘れていた。
翌朝、日香理が起きると青葉はもういなかった。早朝ジョギングかな?と思い、着替えて下に降りていくと青葉は台所に居て、「おはよう。もうすぐ朝御飯できるよ」と言ってる。
「もう戻って来たんだ。でも、えらーい。朝御飯も青葉が作るのね」
などと言っていたら、青葉の母も出てきた。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。あら、もう朝御飯できてる感じね」
「もうすぐできるよ」
「あ、私も手伝う」「じゃ、これ食卓に持ってって」「OK」
「青葉が作りたいというから朝も任せたの。おかげで私は楽」
と朋子が笑顔で言っている。
「わあ、お味噌汁が美味しい」と日香理は朝食を頂きながら言う。
七分搗きの御飯、若布と車麩の味噌汁、ほうれん草のおひたし、切干大根と人参の煮物、という質素なメニューだが、それぞれきちんと作ってある感じだ。
「ありがとう。ダシは天然ダシの粉末で手抜きだけどね。朝からきちんとダシ取るのはさすがに大変だから。それと、私、わりと薄い味付けが好きで、物足りない人もいるかな、とかも思ったりするんだけど」
「へー。東北出身だから味付け濃いのが好みかと思った」
「お父さんが九州出身だったから、小さい頃お父さん好みの西日本系の薄味で育ったからかも」
「なるほどー。でも私もこのくらいの味付けが好き。濃いのは苦手。でも青葉、いいお嫁さんになれるよ」
「お嫁さん、なりたいなあ」
「占いとかは青葉のほうが得意だろうけど、私、青葉は26歳までに結婚しちゃうと断言しておこう」
「日香理にそう言われると、ほんとに結婚できそうな気がしてきた」
でも青葉の所に泊まったと言ったら美由紀に妬かれそうだな、とふと日香理は思う。でも今度は3人でお泊まりすればいいか、などとも思ったりしていた。
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