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■春時計(4)

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「そういえば初代の東郷平八郎時計も出て来たんですよ」
と言って、女将は小型の時計を持って来た。
「東郷平八郎に時刻を指定されたので買ってきたという時計ですね」
「そうなんです」
「動いてますね」
「ゼンマイを交換してもらいました。交換せずそのままの方が骨董としての価値は高いと言われたんですが、時計はやはり動きたいだろうと言って交換してもらいました」
「その考え方好き」
と幸花が言っている。このやり取りもカメラに収められた。視聴者の反応も女将の考え方に賛同する意見が多かった。
 
「明治廿三年服部時計店と書かれている」
「セイコーですね」
「これもなかなか凄い」
「ゼンマイ以外は当時のメカが動いているんだから大したもんですよ」
「明治二十三年は1890年ですね」
「こちらも130年ものか」
「昔の機械はよく出来てますね」
「歯車錆びないんですかね」
と双葉が訊く。
「歯車の素材は真鍮だと思うけど、真鍮はそんなに錆びないんだよ」
と神谷内。
 
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「へー」
 
「でも振り子時計とかゼンマイ時計っていつ頃からあるんですかね」
「それは確認した」
と真珠が言う。そしてスマホのメモを見て説明する。
「振り子時計の発明は1656年。オランダのクリスチャン・ホイヘンス。ゼンマイ時計の発明は1500年、ドイツのペーター・ヘンライン」
 
「ゼンマイ式の方が古いのか」
「振り子の発明はとにかく精度の高い時計を生み出したみたいね」
「ああ」
「だから古い時代の時計には時針しか無かった。それ以上細かい時間を計れなかったから」
「針が1本ってかなり時計のイメージが違いますね」
「もっと古い時計は時針も無くて一定時間置きに時報を鳴らすだけだった」
「ああ」
「古い時代の時計ってどういう原理で動いてたんですかね」
「一番古いのは天智天皇が作らせた漏刻みたいな水時計。後は日時計。それから線香だよ」
と千里が解説する。
「線香?」
「あれでお寺なんかでは時間を計っていた。燃えた長さで時間が分かる」
「なるほどー」
「縄を燃やして一定の所に来ると鉄球が落ちて一定時間毎に鐘が鳴るなんてのもあった」
「うまーい」
「機械式時計が生まれても、ゼンマイが発明される前は重りが重力で下がって行くのを利用して機械を動かしていた」
「ああ。なるほど」
 
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その他、女将に15分くらい色々インタビューしてから取材陣は帰ることにする。駐車場への長い道を歩く。先頭に立っていたのは幸花だった。懐中電灯を持ち、坂道を降りて、林の中の細い道を歩き、最後に駐車場に登る石段をあがる。幸花は大きく息をついた。石段を降りてくる。
「どうしたの?」
「コイルさんよろしく」
 
それでだいたい察した千里は石段を登り、その“個体”を見た。全長1.8mほどもあった。その個体は興奮していて威嚇するように声を挙げこちらに向かってきた。千里は躊躇無くその個体を殺害した。
 
咆哮と物の倒れる音に驚いて神谷内さんが石段を登ってきた。
 
「かなりの大物ですね」
「ええ。気絶とかさせる余裕は無かったです。こちらに向かってきましたし」
「まあ仕方無いですね」
和栄がそれを見て悲鳴をあげる。
 
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千里は九重(徳部)を呼ぶと、ツキノワグマの血抜きをさせた。
 
「何かありましたか?」
と言って、旅館の御主人が駆けつけて来た。
「ああ、熊が出ましたか」
「今血抜きしてますから」
「手慣れてますね」
「一時間くらいで血抜きは終わります。後はお任せしても良いですか」
「ええ。美味しく頂きます」
「ツキノワグマは寄生虫がいるから必ず充分火を通してから食べてくださいね」
「分かりました。バーベキューですね」
 
それで御主人がバーベキューの道具を駐車場に持ち込んだ。火力はガソリンである。
 
九重と清川の手で“精肉”の状態までしてあげたので、食べる側も楽だったようである。それで近所の人たち(物好きな泊まり客を含む)30人くらいで美味しく頂いたらしい。編集部のメンツは「熊とか一度食べてみたい」と言った双葉と希望、責任上付き添った神谷内を除いて全員帰った(3人は信頼度の高い前橋に送らせた)。3人は「美味しかった」と言っていた。むろん九重と清川も充分食べて満足したようである。大きな個体だったのでかなり食べ手があったようだ。奈那も食べてみたいと言ったが「高校生はもう帰宅の時間」と言って真珠が連れて帰った。でも朱雀製の熊カツカレー(朱雀フードの出発点!)をあげた。養殖している熊は最初から寄生虫フリーだしカツは高温で揚げているので安全度が高い。
 
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この件はどこのニュースとかにもなってない。
 

「だけど最近はあまり時計持ち歩かない人が多いよね」
と帰りの車(真珠が運転した)の中で幸花が言った。
 
「スマホで時刻が分かりますからね」
「どんどんスマホが無いと何もできなくなりつつある」
「でも空の様子とかからもだいたいの時刻は分かりますよ。今は18時半くらいですね」
と真珠。
「私は時間単位程度しか判らないけどかなり細かい時刻の分かる人もいる。コイルさん、今何時くらいですかね」
と真珠は千里に投げる。
「18:25くらい」
「はい、和栄ちゃん」
「18:24です」
と和栄はスマホを見て言う。
「すごー」
「ああ。1分ずれたか」
「ドイルさんも同じ程度分かる」
と真珠。
「ドイルの方が正確。私は適当」
「恐ろしい姉妹だ」
「体内でいつも時刻をカウントしている。空の様子とかを見て調整」
と千里。
「私の場合は時計のあるところで調整している」
と真珠。
「ドイルさんやコイルさんは凄すぎるけど、多分昔の人はみんなまこ程度の感覚持ってたのだと思う。太陽の動きやお寺の鐘で調整」
と明恵が言う。
「まあお寺の鐘が2時間ごとに鳴るから、それでかなり分かる」
「明け六つ・暮れ六つ」
「時そばの世界だ」
 
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九つ 11:00
八つ 1:00
七つ 3:00
六つ 5:00
五つ 7:00
四つ 9:00
 
「そのお寺はどうやって時刻を知ったんですかね」
「隣のお寺が鐘を鳴らしてるから、うちも打とうかという世界」
「割りとアバウトだな」
 
「鐘が8つ鳴ったら、おやつですね」
「幸花さん、おやつが食べたいです」
「はいはい」
 
それでガトームーランの金沢店に寄り、残ってるケーキや和菓子・パンを全部買って帰った。金沢店長は奈那を見て
「あんたが焼くなら水車饅頭作ってもいいよ」
と言ったので、奈那が自分で水車饅頭を20個焼き、それも買って帰った。
 
 
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春時計(4)

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