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■春時計(1)

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青葉が出産した翌朝、彪志は「男に戻れた」と嬉しそうに言って仮眠から戻って来た。その様子を見て青葉は、やはり彪志は女の子になりたい訳ではなかったんだなと思った。
 
青葉は彪志が左腕にスピードマスターを付けているのに気がついた。
「その時計してるの久しぶりに見た」
「ごめんね。せっかくもらったのにあまり付けてなくて」
 
この時計は婚約指輪のお礼に青葉が彪志に贈ったものである。
 
「スマホがあると、あまり時計見ないもんねー」
「赤ちゃんがおぎゃーって泣いた正確な時刻を確認しようと思って付けてた」
「なるほどー」
「0時49分32秒だった」
「50分になってなかったのか」
 
母子手帳に記録された時刻は0時50分である。
 
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「まあ四捨五入だね」
「うん」
 
「あ、そうだ。彪志が男の子に戻れた記念に男性用スーツ作ってあげるよ」
「ありがたくもらおうかな」
「じゃ今から見に行く?」
「出産したばかりで無茶」
 
青葉はRに行ってもらうつもりだったのだが、確かにこれは傍目には無茶すぎるように見える。それで退院してからにすることにした。
 

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青葉と紗織は一週間後の3月16日(木)に一緒に退院した。紗織はクーハンに入れて彪志に持ってもらおうと思ったのだが、彪志が怖いというので、結局千里が持ってくれた。桃香が持とうかと言ったが、朋子があんたはダメと言った。確かに桃姉では青葉が怖い。
 
その日の午後、青葉Rは彪志を連れてイオンモールに行き、モール内の紳士服専門店で彪志のスーツを見た。結局イージーオーダーすることにした。生地はよく分からないので、お店の人のお勧めので頼んだ。価格は約19万円である。これなら千里姉が作ってあげたスーツからそれほど見劣りしないのではと思った。仕上がりは2週間後である。
 
「そうだ。青葉にも時計買ってあげようか?出産で頑張ったご褒美。僕のとお揃いでオメガのレディス・ウォッチとか」
「ああ。私は時計は不要」
「スマホで時刻分かるから?」
「ううん。スマホも見なくていい。例えば今は14:28でしょ?」
「正解。何で分かるの?」
「体内時計を常にキープしてるからね」
「へー。なんか分からないけど凄い」
 
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「ありがとう。大事に使うよ」
と言って。歌音は、あきらからもらったG-SHOCKを左腕に付けた。
「何か高級ブランドとかの時計もいいけど、余計こういうのが実用性高い気がして。500万円の指輪のお礼には安すぎるかも知れないけど」
「G-SHOCKは優秀だと思う。値段も結構するし。僕そもそもデジタルの方が好きだし」
と歌音は言う。
「よかった」
と。神田あきらは安心したように言った。
 
「そうだ。指輪のお礼に性転換手術代、出してあげようか」
「それは自分で払えると思うけどまだ少なくとも5年は手術しないよ」
「うん」
 
つまり5年後くらいに女の子になりたいのかな。まあいいけど。女同士でも何とかなる気がするし。
 

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春時計(1)

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