【△・落雷】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-10-07
4月18日(火)。
この日千里2は朝から京平をプラドに乗せて東京ディズニーランドに連れて行った。
普通の1歳10ヶ月の子供にはまだ東京ディズニーランドの面白さは分からないだろうが、京平は中身が人間でいうと11-12歳なので、充分楽しめる。但し、身長が85cmしかないので、ジェットコースター系は全く乗れない。それでも年齢制限の無いアトラクションで充分楽しんでいたようである。アリスのティーパーティーなども
「目が回る〜!」
などと叫びながらもとても楽しそうであった。
「USJも好きだけど、ディズニーランドも楽しいね」
と京平は言っていた。
この日京平はお気に入りの青いスカートを穿いていた。それで千里はトイレはどっちを使うのか?と訊いた。
「僕は男の子だから、男の子トイレを使うよ」
「それはいいけど、だったら個室を使いなよ」
「どうして?」
「小さな子供だから、男女どちらのトイレにいても咎められないけど、スカートを穿いた子が立っておしっこしてたら、みんながびっくりするからね」
「そういうもの?でも座ってする方が楽だし、今日はそうするよ」
千里2が京平と一緒にTDL内でお昼を食べていたら、そこに《きーちゃん》がやってくるので、千里2はびっくりした。《きーちゃん》は昨年春の40 minutes運営会社設立の時に見せていた姿を取っていた。
「あ。きーちゃんさん」
と先に京平が声を出す。京平は全ての擬態を見破ってしまう。
「きーちゃん!心細かったよぉ」
と千里2も声を出した。
《きーちゃん》は最初に千里2の手を握った。これで鍵が交換されてふたりは心の声でも話すことができるようになる・・・と千里2は思ったのだが、本当は鍵の交換は昨夜のうちに済ませている。《きーちゃん》はあの後、福島まで往復してきたのである。
『千里、ごめんねー。なかなか連絡が取れなくて』
と《きーちゃん》は心の声で言った。
それで《きーちゃん》は半日ほど前に千里3にしたのと同じような説明をした。
『分かった。私も眷属の力を使いすぎたかもね。でもきーちゃんとは連絡が取れるのなら、きーちゃん通して色々頼むよ』
『うん。遠慮無く使ってね』
と《きーちゃん》は言ったが、千里2と会話していて何か違和感を感じていた。しかしこの時の《きーちゃん》にはそれが何か分からなかった。
《きーちゃん》はTDLで千里2・京平に会った後、二子玉川駅まで行き、Jソフトの入っているビル地下にあるレストランに入った。そして《せいちゃん》のスマホ(Fujitsu Arrows NX F-01J white)にショートメールを送り、トイレにでも行く振りをして下のレストランに来て欲しいと伝えた。
《きーちゃん》と《せいちゃん》は同じ富士通Arrowsシリーズの同色スマホを使用している。メールはIMAP4で管理しており、端末の固有メール機能は(二段階認証でログインするような場合以外)使用していない。それで送られて来た一般の電子メールは、常に2人とも閲覧することができる。
しかし昨日3人の千里は《きーちゃん》の端末に設定した固有メールアドレスにメッセージを送って来た。それで“異変”には《きーちゃん》だけが気付いたのである。
千里に擬態した《せいちゃん》はレストランに入って来て《きーちゃん》の姿を認めると、そのまま少し離れた席に就いた。
『単刀直入に』
『何だい?』
『当面の間、Jソフトのお仕事は青龍が1人でやってくれない?』
『何でだよ?』
『実は千里から秘密のミッションを頼まれたんだよ』
『そうなのか!?』
『それで昨夜も福島まで往復してきたし、夜中中ずっとオペレーションしてた』
『お疲れ様!』
『この作業が2〜3年続きそうなんだよ。だからとてもソフトの仕事までしている余裕が無いから、悪いけどそちら1人でやってくれないかと思って』
『だけど1人では裁けないぞ、ここの仕事』
『だから裁ける量で止めておくんだよ』
『あ、そうか』
『考えてみたら私たち2人で分担して凄い量の仕事をこなしているから、結果的に物凄く優秀なSEであることを会社に見せていることになる。これでは絶対に専務は辞表を受け取ってくれないよ』
『それ言えるなあ』
『だから青龍ができる範囲で仕事して、それで怠慢だと思われたら、それこそ辞めさせてもらえるチャンスじゃん』
『分かった。じゃこちらは当面それで行くよ。Unix系OSの操作とかで分からないところだけ教えてくれ』
『了解了解』
『どっちみちこの後は日本代表の活動に入って休職するから休める』
『世間ではこれからゴールデンウィークなんだけど』
『ソフト業界にはゴールデンウィークもシルバーウィークも無いから』
『この業界はもう60年前から全く体質変わらないよな』
『全く全く』
《せいちゃん》も《きーちゃん》もプログラマーの能力があるが、《せいちゃん》は端末系に強く、《きーちゃん》はサーバー系に強いという違いがある。ウェブサーバーの設定などは《きーちゃん》にしかできないが、逆にブラウザ上で動くソフトなどは《せいちゃん》は得意だが、《きーちゃん》は不得意である。
《きーちゃん》は“汎用機”IBM360(*1)ができる前の、コンピュータが事務計算用と科学技術計算用で別物だった時代からホスト系のプログラムを書いてきているし(この時代長期間アメリカ暮らしをしている)、Linuxが普及する前のUnix/BSD, Solaris, Vax/VMSなどもたくさんいじっている。一方、《せいちゃん》は歴史上最初の“マイコン”と言われるアルテア以来パソコンのプログラムを書いている。Z80, 6502, i8086などのアセンブラで鍛えた熟練の端末プログラマーである。
(*1)この名機の名前は事務計算でも科学技術計算でも、全方位の処理ができるという《360度》から来ている。
ふたりとも古い時代の非力なマシンを経験してるので、物凄くコンパクトで高速に動くプログラムを書くことが出来る。しかも散々チーム開発で苦労した経験から、ソースコードがとても読みやすい。
山口専務がこんな優秀なプログラマを手放す訳がないのである。たとえ1年の3分の1をバスケ活動で休まれたとしても。
『でも山口専務、ずっと専務のままなのかなあ』
『恐らく、今年の株主総会あたりで社長になるんじゃないの?だって今社長はほとんど会社に出てきていない状況だし』
『そうだよね〜』
社長は専務の実兄なのだが、年齢が16歳も離れている。最近は体調がよくないようで、ほんとにたまにしか会社に顔を見せず、代表権の無い専務が実質会社を取り仕切っている。
4月18日、《きーちゃん》と別れた千里3は磐梯山SAから出発し、磐越道を新潟まで走り、そこで降りてフェリーに千里だけ乗って佐渡に渡った。矢鳴さんはしばし休憩である。
千里は佐渡島内でレンタカーを借りてあちこち走り回る。金鉱の中にも入ったが、ここでとうとう千里は
「・ミラソファミレミ・ミラソファミレミ」
という哀愁を帯びた旋律で始まる楽曲の着想を得ることができた。
坑道の中で素早く五線紙に音符を書き込んだ。
早く帰りたいので、ジェットフォイルで新潟港に帰還する。矢鳴さんが運転する車の中で楽曲をまとめることにし、北陸道を西行して上越JCTから上信越道に入ってもらった。
まだ日暮れ前なので霧も発生していない。
更埴JCTをすぎたあたりでだいたい楽曲がまとまったので、パソコンを起動してCubaseに入力しはじめた。《きーちゃん》に頼めば、《たいちゃん》に依頼してくれるという話ではあったが、千里3はこれまで眷属に負荷を掛けすぎていたと反省したので、自分でやろうと思って作業開始したのである。
一方、経堂のアパートで寝ていた千里1は18日朝、アパートを出ると、電車を乗り継いで桃香が入院している大間産婦人科に行った。アテンザは合宿所に駐めたままだし・・・と千里1は思っている。
「昨日は転院を手伝えなくてごめんねー」
と言うと、桃香は怪訝な顔をして
「・・・千里、F産婦人科に車で来て、私をここまで連れてきてくれたじゃん」
と言った。
「え?嘘?」
「千里、記憶が混乱してる?」
「あれ〜?」
千里1は《きーちゃん》あたりが、手伝いに行ってくれたのかな?と思った。《きーちゃん》は疲労の蓄積が激しいので、休んでいるということだったが、桃香が手伝いが必要なことに気付いて、行ってくれたのだろうか、と考えてから「あっ」と思う。
《きーちゃん》は落雷で焼損したガラケーのクローン携帯を持っている。それで桃香がその電話番号に掛けたら、彼女につながり、動いてくれたのかもと思う。それで千里は
「私もなんか夢で見た内容と混乱しているみたい」
と言って、話を合わせることにした。
「やはり千里、混乱してるよな? 昨日は新しいスマホ買ったというメール、2回も送って来たし」
「そうだっけ?ごめん。私、一昨日雷に当たったから、その後遺症かも」
「雷!?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「今聞いた?大丈夫なの?」
「うん。昨日は徹底的に検査されたけど異常無いって」
「その状態で転院の話をまとめてくれて、転院自体も手伝ってくれてありがとね」
「ううん。大丈夫だよ。私自身はいたって平気だから」
「結局スマホは買ったんだっけ?」
「あ?これ?」
と言って、千里1は《すーちゃん》に買ってきてもらったiPhoneを見せる。
「おお、アイフォンか。いいなあ」
「ショップの人に勧められて乗せられただけだけどね」
「それの番号は?」
「番号、どうやって見るんだっけ?」
と言いながら千里はどうも悪戦苦闘しているようだ。
「ちょっと貸して」
と言って桃香はそのiPhoneを借りると、ほんの4〜5タッチで電話番号を表示させた。
「ほら、こうすれば自分の電話番号が分かる」
「へー」
と千里は言っているが、これを表示させるの、自分には絶対無理だと思った。ガラケーなら、Menu 0 で簡単に表示されるのにと思う。
「でも壊れたのなら、機種変更すればそのまま同じ番号で移行できたのに」
「そんなことできるの?」
「・・・普通にできるけど」
「知らなかった!」
「まさか君は、デジカメのSDカードがいっぱいになる度に新しいSDカード買う人じゃないよね?」
「SDカードって、運転記録証明を取ればもらえる奴?」
ダメだこりゃ!
お昼くらいまで桃香と話してから病院を出る。
千里1は思わぬ時間が余ってしまったので、最初桃香のアパートで食料ストック作りをしようかと思ったのだが、出産まで病院に居るのなら当面作らなくてもいいなと考え直した。じゃ何しようかな?と思っていた時に、体育館の前を通りかかる。
やはり時間があったらバスケだよね〜、と考えた。幸いにもバッシュとボールはいつも持ち歩いている。
受付で手続きをし、バッシュを穿くと気が引き締まる。ボールを空気入れで膨らませて、千里1はシュート練習を始めた。
この日、4月18日にはバスケット日本女子代表候補が19名まで絞り込まれて発表された。むろん千里や玲央美、アメリカに行っている花園亜津子なども入っている。
18日、千里1は秋川の体育館での練習の後、また電車の乗り継ぎで経堂のアパートに行きシャワーで汗を流してから御飯を食べて寝た。疲れたので(アテンザを置いているつもりの)合宿所に車を取りに行くのは明日にすることにした。
一方、千里2は京平とのTDLからの帰り、深川の体育館に寄り、17:00-19:00の2時間ほどバスケの練習をした。京平が真剣なまなざしで千里のプレイを見ていた。その後、用賀のアパートに帰り、電話で桃香と話した。
「あれ?結局携帯の番号移行したの?」
「移行??私別に携帯は変えてないけど」
「アイフォン買ったんだろ?」
「そんなの買ってないよ」
桃香はもういいや!と思ってこの件は考えないことにした。
結局30分くらい桃香と話しながら御飯を作った。それで京平と一緒に食べてから、お風呂にも一緒に入り、その後、寝た。千里2はプラドを使用している。
また、アテンザを運転して東京に戻った千里3は20:00すぎに深川の体育館に寄った(矢鳴さんは自宅の最寄り駅で降りて、その後は千里が運転した)。体育館は既に閉まっていたが、千里は警備を解除した上で自分の持っている鍵で体育館を開け、22:00くらいまで練習した。その後、警備を復活させ、鍵を閉めて(近いので)葛西のアパートに戻る。御飯を食べ、シャワーを浴びてから楽曲の整理をしている最中に眠っていた。
千里3はアテンザを使用している。
この日《きーちゃん》は千里3と会った東北から戻り、ディズニーランドで千里2と会ったあと、二子玉川で《せいちゃん》と密談し、その後、都内のモーテルにミラごと入り、そこの部屋の中から色々操作をした。
夜中の2時頃京平を大阪に転送した上で、2:00-3:30に千里1も大阪に転送し、デートをさせた。この後、本来は5:00-6:30に千里2のデートタイムを設定しているのだが、今夜千里2は京平と一緒に寝ているので、わざわざデートの必要は無い。それで京平はそのまままた用賀のアパートに戻した。
4月19日(水).
千里1はこの日も経堂のアパートで起きると、午前中桃香の病院に行った後、午後は昨日も寄った体育館でたっぷり汗を流す。それから合宿所に置きっ放しのアテンザを取って来ようと思い、北区の合宿所に行った。
顔パスで中に入り、駐車場に行くのだが、困惑する。
そこにはアテンザを駐めていたつもりなのだが、あるのはミラである。
(千里1は16日の晩にアテンザで経堂に行って桃香をF産婦人科に運び、そのまま合宿所に戻っている。実際にはその後、千里3が矢鳴さんに頼んでそれを葛西に回送したのだが、それを千里1は知らない。ミラは《きーちゃん》が今朝ここに持って来たもの)
あれ〜?私、ここにミラで乗り付けたっけ?と千里は疑問を感じたものの、この手の《記憶違い》はよくあることなので、気にしないことにし、ミラに乗って経堂に戻った。
この夜は《きーちゃん》から、京平とのデートは向こうの都合で無しと言われ、ぐっすりと朝まで眠った。
同じ19日、千里2は用賀のアパートで起きると、京平と一緒に朝御飯を食べてから、9時過ぎに一緒に電車に乗って、スカイツリーに行った。そこで展望台まで登って、景観を楽しむ。お昼くらいに渋谷まで戻って一緒に西武百貨店に入り、小籠包(ショーロンポー)のお店に入った。京平は小籠包は初体験だったようで最初はびっくりしていたものの「美味しい美味しい」と言ってたくさん食べていた。
「火傷しないように気をつけてね」
「うん。ちょっと熱いけど美味しいね」
東急でいったん用賀まで戻り、京平をアパートに置いて、留守番しててね〜と言って、ひとりでプラドに乗り、あきる野市の大間産婦人科まで行った。京平は用賀のアパートに置いておく限り、ひとりであっても絶対安全である。あそこはいわば《京平神社》なのである。
14時半頃、千里が病室に入っていくと、桃香は
「あれ?また来たの?」
と訊いた。
「え?来ちゃいけなかった?彼女が誰か呼んでる?」
「いや、そういう意味じゃなくて、午前中も来てくれたから」
「午前中は、私は都内を動き回っていたけど」
桃香は一瞬悩んだものの、まあいいやと思った。このあたりの混乱もまだ落雷の後遺症なのだろうか。そして千里は
「昨日は来られなくてごめんね〜」
などと言っている。
「千里、昨日も午前中来てくれたではないか」
「え?そぉ?あれれ〜?」
それでともかくもしばらく話していたら、そこに朋子と青葉がやってきた。駅から電話があったので、千里が迎えに行ってくれた。
「お母ちゃん、青葉、心配掛けてごめんねー?」
「だってあんた夜中に緊急入院したとかいうからさ」
と朋子は言っている。
平日ではあるが、今日はふたりとも仕事・学校を休んで新幹線で出てきたらしい。
それですぐには産まれない状況だと言うと、あんたやはり一時的でもいいから高岡に戻ってこない?と言われる。千里まで、私もそれがいいと思うんですけどねえ、などと言うが、桃香は頑張って抵抗して、実家に戻る話は無しにした。
「でも千里ちゃんはずっとは付いててられないんでしょ?」
「そうなんですよね〜。海外出張とかもあるし」
「いや入院していれば大丈夫だから」
と桃香は言っている。
「あ、そうだ。5月3日は、和彦(にぎひこ)じいさんの一周忌があるんだけど、今の状況じゃ、あんたたち来られないよね?」
と朋子が言う。
「私はさすがに無理だ」
と桃香。
「産まれる前なら動けないし、産まれた後でもすぐには動けない」
「だよね〜」
「だから済まんけど、母ちゃんと青葉だけで行ってきてくれ」
「分かった」
ところがそこで千里(千里2)が言った。
「だったら、私が桃香の名代で出席しましょうか?」
「来られるの?」
と朋子が驚いて言う。
「5月3日なら大丈夫。トンボ帰りになるけど」
「千里、その時もし私が産気づいたら?」
「大丈夫、その子はその週はまだ出てこないよ」
「そうか?」
それで千里が5月3日は高知県の高園和彦の家まで行ってくることになった。
「千里、落雷の方はもう大丈夫なの?」
と桃香が訊いたら
「ああ、もう全然平気」
と千里(千里2)は言っている。
「落雷って何?」
と朋子が訊くと
「千里は16日の夜に雷に撃たれたらしくて。それで1日入院していたんだよ」
「嘘!?」
「入院というより、私に全く異常が無いんで、病院の先生が不審がって徹底的に調べられただけで」
と本人は言っている。
「本当に大丈夫なの?」
「全然問題無い。ただ、ちょっとそのショックで私自身少し記憶が混乱している部分あるみたい。少し変なこと言っても気にしないでね」
などと千里は言っていた。
「ちー姉、手を握らせて」
と青葉が言う。
「いいけど」
と千里が言うので、青葉は千里(千里2)の手を握った。そしてどうもしばらく千里をスキャンしている感じだ。
一瞬顔をしかめた時、青葉のスキャンは下腹部付近に来ていたので、卵巣と子宮を発見して、顔をしかめたなと千里は思った。但し千里はすぐにその電子的視界をブロックしたので、青葉が確かめるかのように再度その付近をサーチした時、もう卵巣と子宮は青葉の探査にはひっかからない。それで青葉はまた顔をしかめていた。
「身体には異常は無いと思う。それに前よりパワーが上がっている気がする!」
と青葉は言った。
「そのパワーって分からないけど、ひょっとしたら雷で電気エネルギーがチャージされちゃったんだってりしてね」
と言って千里は笑っていた。
「電気人間?」
と言って朋子が顔をしかめる。
「千里ならありそうな気がしてきた」
と桃香まで言っていた。
「そうだ。それで私、その落雷で携帯が壊れちゃったのよ。桃香、私の新しい携帯番号を青葉に転送してあげて」
と千里2は言った。
「あ、うん」
と答えて、桃香は赤外線通信で、千里のデータを自分のスマホ(HUAWEI P9 lite Black)から青葉のスマホ(AQUOS PHONE SERIE mini SHL24 Blue)に転送した。青葉は転送されてきたデータを確認したが
「なんで3つも番号とアドレスがあるの?」
と訊く。
「ああ、壊れた携帯の番号と、新しい携帯の番号」
と千里が言うと
「壊れたら、新しい携帯にその番号を移行すればいいじゃん」
と青葉が顔をしかめていう。
「え?そうなの?」
と千里が言うので、桃香が苦しそうに笑っていた。
それで青葉も千里のいつもながらのIT音痴に呆れて「なぜ2つではなく3つあるのか」という問題には、思い至らなかったのである。
桃香は朋子のスマホ(Kyocera URBANO V03)にもデータを転送していた。
朋子と青葉は今夜は東京に泊まり、明日高岡に帰るということだった。(実際には2人は彪志のアパートに泊まった)
千里2は青葉に「仕事があるから帰るけど、そちらは帰りタクシー使って」と言ってタクシーチケットを渡すと16時半頃病院を出、プラドで用賀に戻った。
京平と少しふれあい、おっぱいも少しあげてからプラドの2列目中央にチャイルドシート、3列目にベビーシートを取り付け、京平をチャイルドシートに座らせる。そして北区の合宿所に行った。
ちょうど19時に宿泊棟の前に車を寄せる。貴司が出てくる。千里が京平にキスして車から降りる。千里と貴司は視線で会話し、言葉は交わさない。身体的な接触もしない。貴司はそのままプラドの運転席に就く。貴司はプラドを発進させた。京平がチャイルドシードから手を振っていた。
千里はプラドを見送ると
「さて頑張るか」
と自分に声を掛け、そこから赤羽駅までジョギングした。電車で深川まで行き、体育館に入る。着いたのが20時すぎだったが、千里は自分の持っている鍵で勝手に開けて中に入り、それから4時間ほど、夜の0時までひとりで練習を続けた。
この日の千里は、2日間ずっと一緒に過ごした京平と別れたこと、貴司と会いながら一言も会話が交わせなかったことで強いストレスがあり、そのストレスを解消するためにも練習をしていた。
「私ってやはり日陰の身なのかなあ。阿倍子さんと離婚させるための秘密工作でもした方がいいんだろうか」
などと、つい口に出して言ってしまった。
その後、千里2はタクシーで葛西のマンションに行き、珍しくビールを1缶空けてから寝た。
一方千里3は4/19は、葛西のマンションで朝起きてから、午前中は作曲、午後は川崎のレッドインパルスの体育館で練習した。そして21時頃、電車で用賀のアパートに入ってそこで寝た。
つまり今夜は千里2と千里3が入れ替わり、千里2が葛西、千里3が用賀で寝たのである。
4月20日(木).
千里1はこの日
・経堂で起きて
・午前中は桃香の見舞い
・午後は深川で練習した後、経堂に帰って寝た。
深川では麻依子と遭遇し
「千里どうかした?調子悪いみたいだけど」
と麻依子が心配して言った。
一方千里3はこの日
・用賀で起きて
・午前中は川崎で練習する。
・午後は葛西で作曲作業の続きをしそのまま寝た。
つまりこの日、千里3は朝は用賀で起きて夜は葛西に帰った。
なお川崎では不二子と一緒になり
「千里さん、どうしたんですか?なんか気迫が凄い」
と言われている。
同日(4/20)、朝、葛西のマンションで目を覚ました千里2は《きーちゃん》に
『2人だけで話したいことがある』
と言って、彼女を呼んだ。
《きーちゃん》は千里が3人になってしまったことに気付いた4/17夜から約2日半、3人の千里の調整のために飛び回っている。
千里にもさんざん過労を注意しているけど、自分もかなりの過労だなと思い、また、こんなんで3人の千里がまた1人に戻るまで3年くらい?やっていけるのだろうかと少し不安も感じ始めた。
そんな時、千里2から呼び出しがあったのである。
千里2は葛西のマンションに居るという。あれ〜?じゃ千里3はどこで昨夜寝たの?と思ったら《くうちゃん》が千里3は用賀で寝たことを教えてくれた。《きーちゃん》は冷や汗を掻く。お互いに自分の分身が存在していることを知らない3人の千里の行動調整は、本当に至難の業だという気がした。
《きーちゃん》は都内のホテルから電車で葛西のマンションまで行った。
「きーちゃん、ここ数日、ほんとに大変だったでしょ?お疲れ様」
と千里2は笑顔で言った。
「えっと!?」
「だって、3人の私がかち合わないように調整するのって凄く大変だよ。まあ昨夜は1人が経堂で、1人は用賀に戻ったから、私は葛西に来たんだけどね」
などと千里2は言っている。
「千里、自分が3人になったこと知ってるの〜〜!?」
「だってここ数日の桃香とのやりとり、京平の何か隠しているかのような言動を考えていたらさ、そういう結論に至るよ。そもそも眷属に負荷を掛けすぎてるから一時的に交信できないようにする、なんて話もあまりにも嘘くさい」
「ごめーん」
「最初、2人に分裂したのかなと思った。だけど自分と同じ波動が無いかって、ずっとアンテナを広げていったら、明らかに別個体と思われる2人を見つけた。だから私は3人に分裂したと判断した」
「千里、凄い」
千里2はそれで実は5月3日の和彦の一周忌にも自分が行ってくると朋子たちに言ったことを話した。その時期、千里は本来アメリカ合宿をしているのである。
「他の2人も3人に別れたことは気付くかな?」
と千里が言う。
「それなんですけどね」
《きーちゃん》はその3人に《千里1》《千里2》《千里3》という仮称を付けたことを話した。
「なるほど、私は千里2な訳ね」
「3人は完全に同一に別れた訳ではなくて、どうも偏りがあるみたいなんです」
「へー」
「千里1と千里2は女の子だけど、千里3は男の娘なんですよ」
「ちんちんあるの?」
「無いです。だから性転換手術をした身体を引き継いだみたい」
「なるほどー」
「千里1と千里2が女の子の身体みたいで、その辺りは私もよく分からないんですけどね」
「たぶん、どちらかが女性生殖器を移植された身体で、もうひとつは本来は小春の身体なんだと思う」
「ああ、そういうことか!」
「私は小春とも交信できない。小春はどちらかの千里に付いているんだろうか。あるいは・・・・」
《きーちゃん》も小春が落雷の際に千里の身代わりになって死亡した可能性は考えていた。
「千里さん、小春さんと交信できる鍵を私に渡せます?それで各々の千里さんのそばに居る時に交信を試みます」
「うん。お願い」
と言って千里2は《きーちゃん》の手を握ると、彼女にその鍵を渡してやった。
「この暗号鍵、桁数が多い!」
「ふふふ」
「やはりこの千里が霊的なパワーはいちばん強いみたい」
「ああ。そっちのパワーにも差があるんだ?」
「千里2が一番凄くて、1はその半分くらい、3は1の更に半分くらいだと思う」
「かなり差が出たね」
「こんなこと言って怒らないでね。1は桃香のことが心配、2は京平のことが心配、3は雨宮先生を心配した。その心配の量の差がパワーの差になったんだと思う」
「ああ。それなら、そのパワー差は納得できる。京平とは母子だもん」
「それはあるかもね」
「もうひとつ、千里が情熱を傾けているものも表しているよね。京平はバスケの象徴でもあり、桃香は普通の生活、そして雨宮先生は音楽活動」
「ああ、そんなものかも。でも私って考えてみると、そのいちばん軽いかも知れない音楽活動でお金を得て、バスケットにお金を注ぎ込んでいる」
「確かに確かに」
「性格も違う?」
「それは少し感じてます。千里1は消極的で悪い意味の女性的な面があります。2は積極的で知的、3は純情でちょっと男性的な部分も持っているんですよ」
「これって、その内、また1人に戻るの?」
「時間は掛かるけど、戻るということです」
「今私は千里1とも3とも交信できないけど、これって多分交信しない方がいいんだよね?」
「実は3人の千里からのテレパシーの区別を付けるため、2と3の鍵を強制的に変更させてもらいました。それで私と京平君は、誰からの交信かを区別することができます。でも、千里同士の交信、それ以前に遭遇は思わぬ事故を誘発する危険があると思います。何か伝えなければいけないことがあったら、私を使ってください。私が伝えます」
「分かった。それ頼む」
「でも千里は、他の千里の居場所が分かるの?」
と《きーちゃん》が訊く。
「いったんキャッチしたから、その後はずっとフォローしてる。ちゃんと分かるよ。だから、桃香のお見舞いもできるだけ千里1に任せようと思う。千里3は桃香が入院していることに気付いてないんだよね?」
「気付いてません」
「だったら何とかなると思うよ。あと千里1も3も25日からの合宿に出て行こうとすると思うんだけど、これを何とか調整する必要がある」
「それどうしようと思っていた」
「私は合宿に行かなければいいんだけど、1と3の遭遇を避けなければいけない」
「ええ」
「3人のバスケットの力は?」
「3人の練習している所を見ていたんですけど、千里3がバスケットの力はいちばんあるみたいです。次に2で、千里1はやや弱くなっています。これもしかしたら、落雷の影響をまともに受けた0と合体しちっゃたからかもと思うんですけどね」
「なるほど」
と言ってから千里2は少し考えてからこう言った。
「だったらさ、こうしない?」
「はい」
「千里3が練習している所に、きーちゃん、風田コーチに化けて出て行ってさ。アジア大会は4位以内に入ればいいんで、今回は君が居なくても大丈夫だと思う。若手中心にやらせるから、むしろ君は来年のワールドカップを念頭において、武者修行してきてくれないかと言う」
「武者修行?」
「こういうことを考えたんだよ」
と言って、千里はその計画を話した。
「それ行けると思う」
と《きーちゃん》も言う。
「少し仕掛けが必要だけど、すぐやります。私、向こうの知り合いに連絡して、お膳立てしてもらいますよ」
「大変だろうけど、お願い。それで遭遇の危険を取り敢えず数ヶ月は回避できるだろうし」
と千里。
「だったら、私の友人の天女を誰か、一時的にでも千里3に付き添いさせますよ」
「ああ、それはいいかもね」
そういう訳で、3人の千里をかち合わせないための作戦は、《きーちゃん》、京平、千里2の3人の共同作戦で進めることになったのである。特に調整対象のひとりである千里2自身が協力することになったことで《きーちゃん》の負担は、ぐっと小さくなった。
「アパートだけどさ、千里3が帰国した後、川崎あたりにアパートを1つ契約させない?レッドインパルスの練習に便利とか言いくるめて。用賀と経堂は近すぎるんだよ。偶然の遭遇が怖い」
「やってみます」
「それから千里3も私と同じフィーチャフォン持っているんでしょ?」
「ええ」
「それを何かうまいこと言って取り上げようよ。そしたら、千里1はiPhone, 私はフィーチャフォン、千里3はAquosと使い分けることになる」
「ああ、それは助かります」
「国盗りは千里3にやらせようよ。私がやりたい気分だけど、フィーチャフォンでは11月いっぱいで国盗りができなくなるから(*2)、スマートフォン持っている子が続ければいい」
(*2)リアルではこの方針は5月12日に発表された。
「それとも千里3のアクオスをこちらに持ってくる?うまい理由付けて」
と《きーちゃん》が言う。
「借りたばかりの端末を取り上げるのは難しい。きーちゃんが持っている端末が調子悪くなったからとか何とか言えば、フィーチャフォンは取り上げられると思う」
と千里。
「分かった。じゃ、その辺はその線で」
「あと、作曲に関してはさ、きーちゃん負荷が大きくなるのを承知で頼みたいんだけど、私と千里3のマネージャーになってくれないかな」
「ああ、それはいいですよ」
「だから作曲関連のお仕事は全部、きーちゃんを通してもらう。直接交渉が必要な場面は私を使って。そうだ!何か適当なペンネームでっちあげてさ。その名前で千里2・3の作品は発表すればいいと思う。そしたら千里1の作曲活動とぶつからない」
「じゃそれもちょっとやり方考えます」
「きーちゃんの負荷が物凄く大きくなりそうで申し訳ないんだけど」
「実は3人の千里が遭遇しないようにすること、それと複数の千里と会った人ができるだけ不審に思わないようにすることは、ほんとに大変で。ここ数日だけでも私にできるかなと不安になって来ていた所なんですけど、千里自身が協力してくれるなら、何とかなりそうな気がしてきました。それに他の子たちに内緒でこういう凄い大胆な操作をするのって、何か楽しい気もする」
「うん。じゃ私が1人に戻れるまで、よろしく」
「こちらこそよろしく」
それで千里2と《きーちゃん》は握手したのである。
「そうだ。千里には私の本名を教えちゃおう」
と《きーちゃん》は言ったのだが
「天徳帰蝶でしょ?」
と千里が言うので
「なんで知ってるの〜〜!?」
と《きーちゃん》はマジで驚いて言った。
「じゃ私のことは帰蝶と呼んで下さってもいいですよ」
「了解、そう呼ぶかも」
この瞬間、大神様の配慮で《きーちゃん》は美鳳が千里に貸している眷属“役名”《天一貴人》だけではなく、千里2の直接の眷属・帰蝶になったのだが、そのことをふたりとも認識していない。
《きーちゃん》は、友人の天女で、絵姫(えひめ)という子と、月夜(つきよ)という子に接触して自分に協力してくれないかと頼んだ。2人ともひじょうに口の堅い子である。それで絵姫は千里3に、月夜は千里2に付くことにした。
これで《きーちゃん》自身の負荷も小さくなるし、千里2・3も人間の力を越えることを頼む時に助かる。また2人とも車の運転ができるので、その面でも千里の活動をサポートできる。
この2人も千里2の眷属ということになる。絵姫は千里2が千里3にレンタルする形になる。
《きーちゃん》は千里2に頼んだ。
「3人いると車の割り当てが難しいんです。何か1台適当な車を買ってもらえません?」
「いいよ。だったら、きーちゃんに任せるからMT車で何か買ってきて」
「MTなんですか〜?」
「えっちゃん(絵姫)、つーちゃん(月夜)はMTの運転は?」
「そりゃできますけどね〜」
と言って、《きーちゃん》はぶつぶつ言っていた。
結局《きーちゃん》はTOYOTA AURIS RS 1797cc(2ZR-FAE) 6MT Orange-Metallicの新古車を202万円で買ってきた(新車価格は246万円)。
「まあ、オレンジ色も悪くないかな」
と言って、千里2も割と気に入ったようである。この車はその後、千里2の専用車として24万kmを走り、ほぼ乗りつぶすことになる。
4月20日(木)深夜、正確には4/21(Fri) 0:20。アクア(龍虎)は、羽田空港から、事務所社長のコスモスとマネージャーの鱒渕さん、写真家の桜井理佳さんと助手の四家(しやけ)さん、それにアクアのディレクターであるKARIONの和泉、そして撮影の際に必要になると思われた今井葉月(天月西湖)まで同行して、バンコク行きの飛行機に乗った。
HND 0:20 - 4:50 BKK 7:00 - 8:25 HKT
バンコクのスワンナプーム国際空港で国内便に乗り継いでプーケットまで行く。
ここで水着写真の撮影をして、写真集を出すことになったのである。写真集のタイトルは(仮題)「佐斗志&友利恵・水着写真集」である。最終的には何か格好いいタイトルが付くらしい。
アクアはゴールデンウィークは全国ツアーがあるのでその前に写真撮影をしようということになった。それでこの日撮影に行けば、金曜日と月曜日の2日学校を休むだけで、4日間の撮影ができることになる。
写真集の発売は6月くらいの予定である。
撮影は21-22日(金土)の2日間で男の子の“佐斗志”の水着写真を撮り、23-24日(日月)の2日間で女の子の“友利恵”の水着写真を撮る。
この順序になったのは、先に女の子写真を撮ると、水着の跡が残ってしまうからである。そのため龍虎はこの一週間、ブラジャーの着用も禁止されていたらしい。
「完全にはブラ跡が消えてないなあ」
と龍虎の肩部分の肌を見て桜井さんが言う。
「すみません。写真上で修正してもらえませんか?」
「ポリシーには反するけど、仕方ないからそうするよ」
「申し訳ありません」
それで、龍虎は男子水着(トランクス型や膝近くまである競泳用水着)を何種類も付け、様々な場所や仮想シチュエーションで撮影された。半分以上はラッシュガードもつけているが、胸を露出した写真も多い。これはアクアの女体化疑惑?を否定するのに必要である。
そして龍虎が男の子役をする場合、葉月が女の子役をして友利恵の代役をすることになる。
「え〜〜!?女の子水着をつけるんですかぁ?」
と葉月は抵抗していたが、そのために呼ばれて来ているのだから仕方ない。恥ずかしそうにしながらも、女の子水着(ワンピース水着にしてもらった)をつけて、龍虎の相手役を務めていた。
もっとも、最後の方では
「ここでは葉月ちゃん、ビキニつけて」
などと桜井さんから言われ
「ひー」
などと悲鳴をあげて女の子用のビキニの水着をつけて撮影に臨んでいた。おっぱいは無いものの、おっぱい部分までは映らないので問題無い。
西湖の顔は写らないものの、手を繋いでいるところを後ろから撮影したショットは、最終的に写真集にも入れられた。
なお西湖は足の毛はレーザー脱毛している。
(龍虎は元々足には毛が生えていない)
「葉月ちゃんのお股に膨らみがあるのは写真上で修正するか」
「すみません、お願いします」
「ちなみに葉月ちゃん、それ手術して取ってくれたりはしないよね。この島にはその手術してくれる有名病院があるけど」
「勘弁してください」
2日目の最後には、龍虎に胸が無いまま女の子水着を着せての撮影もした。
「胸が無くても女の子水着に違和感が無いね」
と和泉が感心していた。
龍虎はワンピース水着、ビキニ、タンキニなどを着けて撮影されているのだが、その姿がごく自然で可愛いのである。
「アクアちゃん、お股に膨らみが無いのは、もう取っちゃったんだっけ?」
「取ってません。ボクのは小さいので目立たないだけです」
「別に私たちに隠さなくてもいいよ」
3日目からは今度は龍虎が友利恵役となり、女の子水着を着ける。バストはブレストフォームで偽装する。
「普通の美少女の水着写真にしか見えん」
と桜井さんが言う。
「この子、ボディラインが女の子なんですよね。だから男子水着の方が少し違和感ありましたね」
と和泉も言っている。
「それやはり女性ホルモンの影響?」
「別に女性ホルモンは摂ってません」
「まあ個人的なことは追及しないけどね」
今日は男子水着姿になったのでホッとしているふうの西湖が言った。
「でもアクアさん、昨日も一昨日も朝から晩までずっと撮影されているのに全然疲れが見えませんね」
「うん。実は私もそれ少し心配したけど、疲れは出てないみたいね。疲れが出るとそれが顔に出るから。でもあの子、とにかくひたすら寝ますからと言っていたし」
とコスモスも答えた。
何ものにも邪魔されずに熟睡したいというので、今回アクアは個室であり、マネージャーも別室にしている。そして疲れを取るためにといって随分たくさん食べたようで、食糧を3人分も差し入れてもらっていた。コスモスは後からアクアが3人分食べたと聞き、お腹が出たりしないだろうかと心配したのだが杞憂だった。今日のアクアはいつも通り、スリムな体型でウエストは年頃の女の子のようにくびれている。
3日目は主としてワンピース水着やタンキニで撮影し、4日目はビキニの水着をつけた写真をたくさん撮影する。
「それほんとにブレストフォームなの?まるで本物だね」
と桜井さんは感心している。
「ボクの胸が無いのは一昨日見られてますでしょ?」
「もしかして昨日手術しておっぱい大きくしたとか」
「そんな無茶な」
4日目の最後には敢えて男の子水着をつけて「手ブラ」している所まで撮影する。
実は写真集は前半を佐斗志の写真、後半を友利恵の写真をメインにして、その間をつなぐのに、佐斗志の女子水着写真・友利恵の男子水着写真を間に挿入する構成というアイデアなのである。これは今回は同行していないアクアのプロデューサーである大宮万葉(青葉)の発案であった。
「だけどブレストフォームって、乳首までリアルだね」
と桜井さんは、撮影上の経緯でアクアの偽装バストを生で見てしまったので思わず言った。
「これ乳癌の手術でおっぱいを取った女性のフェイクバストと同じ仕様らしいんですよ。だから、女湯に入っても違和感ないように凄くリアルに作られているらしいです」
「確かにあんたこれなら女湯に入れるよ!」
と桜井さんは言ったが、まさか本当に彼が女湯にしばしば入っているとは思いもよらない。コスモスはポーカーフェイスだが、KARIONの和泉がこらえきれずに失笑していた。
撮影は月曜日の夕方終了した。すぐに帰国する。
HKT 18:15 - 19:35 BKK 22:45 - 6:55 HND
龍虎は入国してコスモスたちと別れると、モノレール・山の手線・高崎線を乗り継いで8:30頃赤羽駅に到着。そのまま学校に出た。
「龍ちゃんお疲れ様〜。これノート取っておいたよ」
と彩佳がノートのコピーを渡してくれる。
「ありがとう。助かるよ」
と言って龍虎は笑顔で受け取った。
「だけど木曜は学校終わってから羽田に行って夜中の便でプーケットに行って、4日間撮影して、昨日も夕方まで撮影してから夜の便で日本に戻ってきて、そのまま学校でしょ。よく体力持つね!」
と洋子が感心するように言っている。
「うん。でもボクわりと身体は丈夫だから」
と龍虎は答える。
「へー。プーケットに行って写真集の撮影かあ。可愛く撮れた?」
などと昭徳が訊いていたら
「え?龍ちゃん、プーケットに行ってとうとう性転換手術してきたの?」
と話半分聞いた成美が尋ねて来た。
「ナルちゃんはプーケットで性転換手術したんだっけ?」
と洋子が半ば呆れたような顔で訊く。
「まさかあ。私は男の子だから性転換手術なんてしないよ」
と成美は言っていた。
その頃、赤羽駅近くのマンションの1室でふたりの人物がどっとソファに腰を降ろしていた。
「疲れたねぇ!」
「凄いハードスケジュールだった」
「あんなの1人じゃ絶対無理」
「最後は疲れたような顔になっちゃうよね」
「疲れたからお肉でも食べようよ」
「賛成!こういう時は豚肉だよね」
と言って、ふたりは楽しそうに冷凍室から豚肉を出すと分担して調理を始めた。
さて千里1は18日から24日までの期間、毎日午前中に桃香に面会に行き、午後はあちこち電話を掛けてその日空いている体育館で自主的な練習をしていた。
21日に桃香に会った時
「なんか体調が戻ってきたら、暇になっちゃって。よかったらパソコン持って来てくれない?」
と言った。千里1は
「OK。でも長時間するとお腹の子に悪いよ」
と言う。
「うーん。じゃ1日8時間くらいで我慢するから」
と桃香。
「長すぎる。4時間にしよう」
と千里は言う。
「分かった。4時間で」
と桃香は言ったものの、全く守る気は無い。千里が帰ってからまたスイッチをつければいいと思っている。
この日の夕方、経堂のアパートに戻った千里1は、少し考えて《せいちゃん》に呼びかけた。
『忙しい所、申し訳無いんだけど、パソコンの使用時間を制限することってできる?』
『できるけど』
『桃香のパソコンを1日4時間しか使えないように設定して欲しいんだよ』
『できたら、二子玉川まで持って来てくれない?疲れていて、そちらまで行く気力が無い』
『OK。持っていくね』
それで千里1はミラを運転して、二子玉川まで行く。Jソフトの入っているビルの地下レストランに入り、自分のiPhoneから《せいちゃん》のスマホにメールした。すると彼が降りてきて千里のそばを通過する。その時、千里のテーブルの上にあるパソコンを持っていった。
《せいちゃん》はその後30分くらい、パソコンをいじっていた。わあ、結構大変そうと思って見ている。
『できたよ』
という《せいちゃん》の声があり、彼は席を立つとパソコンを持って千里の所まで来て、パソコンを置いてレストランを出て行った。千里は彼がパソコンを置く時に、交換でサンドイッチとコーヒーの入った袋を渡した。お互いに
『さんきゅー』
『ありがとね』
と言葉を交わした。
しかし・・・・せいちゃんの女装、ホントに様になっているなあ!と千里1は思った。
ビルを出た千里1は駐車場の方に行きかけたのだが、そこで年配の女性に呼びとめられる。
「村山さん?」
「はい?」
と言って振り返ったものの、千里1としては知らない人である。しかし向こうは千里のことを知っているようである。
『これ、誰〜!?』
と言ったら、《くうちゃん》が
『貴人が行っている茶道教室でよく一緒になる生徒さんで川島康子さん』
と教えてくれた。
へー!きーちゃんって、そんな所に行っているんだ?忙しいのによくやるね〜、などと思いつつも、その康子さんと会話を交わす。
「ソフト会社に勤めているといっていたけど、もしかしてここの会社?」
「はい。3階に入っているJソフトというところなんですよ」
「あ、そういえばそんな感じの名刺を頂いたわねえ。でもいつも和装だけど、洋装の千里ちゃんもいい感じね」
と言われて、千里は焦る。今日着ている服はユニクロだ!
「これユニクロなんですけどー」
と千里1も照れながら答える。
「あら、でも安い服でもセンス良くまとめるのが千里ちゃんだもん」
と言って彼女は笑顔であった。
結局あたりさわりのない話を5分ほどして別れたものの、千里1はどっと疲れた!
なお千里1は《せいちゃん》に設定してもらったパソコンを翌日桃香の所に置いて来た。
ところで今年の“千里”の代表活動の予定はこのようになっている。
(一部は既に終了)
4.06-17 第1次強化合宿 NTC (17日を休む)
4.20-29 第2次強化合宿 NTC (25日から参加)
4.30-5.13 アメリカ遠征 ダラス、サンアントニオ、シアトル
5.18-23 第3次強化合宿 NTC
5.24-06.13 ヨーロッパ遠征 スペイン(5/24-29) マケドニア(5/29-6/5) セルビア(6/5-12)
6.18-7.10 第4次強化合宿 NTC
7.08-09 国際強化試合 刈谷市 (vsオランダ代表)
7.14-18 第5次強化合宿 NTC
7.19-22 インドで事前合宿
7.23-29 FIBA女子アジアカップ2017 インド・バンガロール
4.06-17の第1次合宿は任意参加だったのでJソフトの方は休まなかったのだが、4.25以降は7.29まで、他のことは全く出来なくなる。
それで千里はJソフトを4月25日から7月31日まで休職することにしていた。但しその内有休で処理できる分は有休に振り替えてもらっている。
その間、むろん《せいちゃん》もJソフトには行く必要が無い。それでこの機会に《せいちゃん》は《きーちゃん》の勧めで自動車の運転を覚えることにした。
Jソフトでは千里は運転ができると認識されているので、実際システムの納品に行く時や、トラブルがあった時に顧客の所に駆けつけるのに結構車を使っていて、その場面ではいつも《きーちゃん》が運転していたのである。
「でも、今まで運転の練習をする機会無かったの?」
「俺、移動が必要なら飛んで行くし」
「なるほど〜」
そういう意味では自分で飛び回れる《こうちゃん》が1970年代に運転を覚えたのは、むしろレアなのかも知れない。彼は運送業に従事していた人の眷属になっていたので、代理運転をする必要があり、覚えたのである。それで彼は大型トラックやトレーラーでもきれいに操れる。
千里の眷属の中で運転ができるのは《きーちゃん》《こうちゃん》《いんちゃん》の3人だが、《いんちゃん》は『買物と子供の送り迎えで町内だけ運転している主婦並みの腕』と自ら言っている。それで千里の代わりに運転したこともこれまで数回しか無い。
「でもどうやって練習する?勾陳に教えてもらう?」
「あいつに習ったら、絶対変な教え方する」
「だよね〜。だったら自動車学校に行く?」
「それがいい気がする」
そこで問題になったのが「誰として行くか」である。
「ひとつの手は千里として行き、ペーパードライバーになっていたので講習を受けたいと言って練習させてもらう方法。もうひとつの手は免許を持っていない誰かとして運転免許を取るためのコースに入学する方法」
「千里として講習受けに行った場合、女子だよな?」
「まあ千里は女だからね」
「だったら女装して通わないといけないわけ?」
「当然そういうことになる」
「嫌だ。もう女装生活したくない」
「でも、女装してない時でも、うっかり女子トイレに入りそうにならない?」
「実はそれこないだやって、中にいたおばちゃんがギョッとした目でこちらを見て『間違いました!』と言って飛び出した」
「それ下手すると通報されるよ」
「早くこういう女装生活はやめて男に戻りたい」
「いっそ、普段も女装で生活したら?」
「いやだ」
「そして性転換手術を受けて立派な女の子に」
「絶対嫌だ」
「せいちゃん、メスになったらオスの龍にもてるかもよ」
「うーん・・・・」
《こうちゃん》などは女装が好きで、若かったら女になっても良かったなどとよく言っているが、《せいちゃん》はあまりそちらの気(け)は無いようである。しかし唆されるとまんざらでもない感じではある。
そういう訳で、《せいちゃん》はこういう工作事が得意な出羽の八乙女のひとり、佳穂さんに頼んで、適当な住民票を用意してもらい、その住民票で免許取得に行くことにした。
それで住民票を渡されたのだが・・・・
「なんで女の子の住民票なんですか〜〜!?」
と《せいちゃん》は抗議する。
「え、だって、あんた女の子として自動車学校に行きたかったんでしょ?」
と佳穂さんは誤解していたのか、わざとなのか、そんなことを言った。
「別に性別なんてどうでもいいじゃん。若い女の子の方が親切に教えてもらえるよ。何なら、私があんた完全な女の子に変えてあげようか?別に性転換手術とかしなくても、女の子に変えてあげられるよ」
「拒否します」
それで仕方なく、《せいちゃん》は宮田雅希という21歳の女子大生として、結局女装して自動車学校に通うことになったのである。
なお、宮田雅希という女性は実在していて、八乙女のひとり浜路さんの関係者らしい。彼女は《せいちゃん》と同時期に別の自動車学校に通うということだった。だから《せいちゃん》はこちらの自動車学校を卒業するだけでよく、免許センターに行って免許を取得するのは本人がするのに任せればよいと言われた。彼女の好意で免許証のクローンを渡すけど、絶対切符切られないでね、と佳穂さんは言っていた。なお、仮免の所は、うまく佳穂さんが誤魔化してくれるらしい。
しかし・・・そういう訳で、結局《せいちゃん》は自動車学校卒業後に車を運転する場合は、女の子に擬態しておく必要があることになった!
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