【少女たちの晩餐】(1)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-12-03
P神社では、10月15日の七五三に向けて縁起物作りが忙しかった。
(北海道では七五三は10月15日に行われる)
千里・蓮菜・恵香・美那も放課後、結構神社に行き、工作をしていた。時には穂花、玖美子などまで動員されることもある。なおこういう作業に、不器用で荒っぽい留実子は呼ばれない!
「あっそうそう。蓮菜、これもらってくれない?」
と言って千里は蓮菜に“箱”を渡す。
「なぜ唐突にこういうものが」
「夏休みに彼とデートした時にさあ、うちの母ちゃんが心配して持たせてくれたんだよ。でも私は当面使う予定無いから」
「じゃもらっておく」
「ごめんねー。学校では渡せないからここで渡した」
「学校でこんなの渡してたら、仰天されるよね」
「みんな興味持って避妊具配布大会になって、家に帰ってお母ちゃんに見つかる子が出て、PTAの臨時会議が開かれる騒動になるかも」
「なんて恐い」
「だけど千里のお母ちゃんって千里の妊娠を心配するんだ?」
と恵香が言う。
「妊娠しないだろうと油断するのがいちばん危ない」
と千里が言うと
「それうちの母ちゃんからも言われた」
と蓮菜は言った。
「でも千里とか沙苗とか鞠古君とか妊娠しそうな顔してるよ」
「鞠古君はほんとにるみちゃんの赤ちゃん産むかも」
「るみちゃん精子持ってるかも知れないよね」
「あの子、ちんちん付いてる気がしてならない」
「修学旅行の時女湯に入ってたよ」
「みんな千里のお股には注意してたけど、るみちゃんのお股は見てないもん。うまく隠して入ったかもしれん」
縁起物作りは、近所の女子中生、純代さんと広海さんも手伝ってくれた。
「そうだ。広海ちゃん、秋祭りの巫女さんもしてくれない?」
「何するんでしたっけ?」
「色々あるけど、姫奉燈を先導する役割が最も重要」
と小春は言う。
「私も去年から参加してるけど、あれは神秘的で震える」
と純代さん。
「去年は誰々でやったっけ?」
と蓮菜が尋ねる。
「一昨年が、美輪子さん、守恵さん、私と朱理さん。去年は私が抜けて純代ちゃんに入ってもらった。今年は朱理さんが札幌行っちゃって戻ってこれないし、美輪子さんは就職しちゃったから参加できない。だから欠員が2名出てるのよ」
と小春は説明する。
1999 洋子(L)、守恵、美輪子、小春
2000 守恵(L)、朱理、美輪子、小春
2001 朱理(L)、純代、守恵、美輪子
2002 純代、守恵、?、?
L:扇を持ち、姫奉燈の前を歩く係(露払い?)
(小春は1994-2000, 美輪子は1995-2001, 守恵は1997-2006?)
「その1人を私ですか。もう1人は?」
「本当は中学生以上なんだけど、千里か恵香ちゃんか美那ちゃんにお願いしたい」
「蓮菜は候補じゃないの?」
と恵香が尋ねると
「これ処女でないと務められないので」
と小春は言った。
「なるほどー!」
と千里・恵香・美那。
「じゃ千里だな」
と恵香と美那が言う。
「なんで〜?」
「男の子とセックスする可能性がいちばん低い」
「彼氏は旭川でなかなか会えないからね」
「ふむふむ」
「処“女”かどうかは微妙に疑問があるが」
「お風呂の中で見た限りは間違いなく女だったし」
ということで、今年は、守恵(高3)、純代(中3)、広海(中2)、千里(小6)の4人で姫奉燈を先導することになった。
「この4人組は守恵さんが就職するまで5年間続けられる気がする」
「守恵さんは大学どこ行くの?」
「H教育大旭川校を受けると言ってた。滑り止めで旭川A大学」
「じゃ、どっちみち旭川に残るんだ?」
「まあお父さんが札幌には出してくれないみたいよ」
「ああ。女子はそのあたりで親との戦いがある」
そういえば従姉の吉子さん(高2:津気子の姉の娘)も、早稲田だか慶應を受けたいと言って両親と戦闘中と言ってたなあ、と千里は思った。
10月3日(木).
N小合唱サークルに衝撃が走った(でもこれは序ノ口だった)。
「転校?」
「ごめんなさい。父が急に釧路支店に異動になって、土日に引っ越しするんです」
と6年2組の紗織は本当に申し訳無さそうに言う。
「そりゃまた、西から東へと大移動だね」
「しかし急な話だね」
「釧路支店の支店長さんが、交通事故で急死なさったということで」
「それはお気の毒に」
「どっちみち、父は4月から釧路支店の支店長に異動する予定だったらしいです。それで前倒しの異動になったらしくて」
「ああ」
そういう訳で全国大会の直前に、アルトソロの予備歌唱者が転校して居なくなってしまったのである。
先生もこれが正歌唱者だったら、先生の家に一時的に下宿させるなどの方法で転校を遅らせてもらう手を使ったかも知れないが、予備歌唱者だったので、先生もそこまでの無理はしなかった。
10月5日(土).
千里は、蓮菜・恵香・美那と4人で、蓮菜の母・笹代が運転するセドリックに乗り旭川に出た。旭川のE女子中学高校の説明会に出るためである。
蓮菜はお医者さん志望なので、高校は札幌か旭川の進学校に行きたいと言っている。しかし進学校の入試は狭き門なので、中高一貫校の中学に入ってしまうのはひとつの手である。
お母さんとしては札幌は遠いし、できたら旭川のE女子校かN高校あたりに入ってくれたら、旭川に住む、笹代の姉・竹子(秋祭りの巫女を務めている守恵さんの母)の所に下宿させられるという思いがある。
竹子の所は、夫婦と女の子3人だが、5LDK2Sのマンションに入っているので、部屋が3つも空いている。蓮菜はしばしばその空き部屋のひとつに泊まっており、実は半ば蓮菜の部屋のようになっている(結構私物も置いている)。だから蓮菜がここに下宿して旭川市内の中学・高校に通うのは自然である。竹子さんもそれを期待しているし、娘3人も、蓮菜を自分たちの妹のように扱っている。
「ねぇ、今度の週末に旭川の私立中学の説明会に行くのよ。ひとりじゃ不安だから、誰か一緒に来てくれない?」
と蓮菜は神社で縁起物を作りながら言った。
「どこ受けるの?」
「行く所としたらE中学高校しかない。札幌は女子が入れる、中高一貫校の私立進学校が無いのよね〜」
「**女子校とかは?」
「あそこは、生徒を送り迎えするのにベンツかロールスロイスが必要な学校だよ」
「よく分からん」
「だからさあ、恵香か美那か付いてきてくんない?」
「うちは私立なんて行くお金無い」
「私はE中学とか受験する頭は無い」
「じゃ2人まとめて」
「じゃついでに千里も」
「え?何?」
実は千里は全く話を聞いていなかったのである。
「うーん。千里にはあまり縁は無さそうな気がするが、千里も一緒においでよ」
「まあいいけど」
(千里の家には私立に行かせるお金が無い、千里にはE中学の入試に通る頭が無い、ついでに千里は戸籍が男なのでたぶん女子校は入れてくれない!)
それで、千里は何なのかさっぱり分からなかったものの、蓮菜たちに付いて旭川に出たのである。
「千里1000円出して」
「1000円?はいはい」
と言って、千里は1000円札を恵香に渡した。高速代かな?と思った。
千里の母の車だと高速代をケチって下道を走って1時間40分かかるが、蓮菜の母の車だと沼田ICから、深川留萌自動車道・道央自動車道を走り、1時間も掛けずに到着した(スピードオーバーしてる気がする)。
車で構内まで進入して、係員の指示に従って駐車する。千里は敷地が意外に狭いなと思った。晋治が在籍している学校も中高一貫校だが、あそこの7割くらいの広さという気がする。晋治の学校はスポーツで有名な学校で、ここは進学校らしいから、その差かな?という気もした。
4人の名前は事前に予約して登録されているので、エントランスで受付番号を言い、説明会の出席者を示す青いリボンを胸に付けてもらう。資料がどっさり入った紙袋を渡されるが、この紙袋のデザインが格好良い!と千里は思った。
図書館の1階にある視聴覚教室に入る。広いなと思う。たぶん200-300人入るのではなかろうか。
「なんか女子が多いね」
と千里は言った。
「だって女子校だもん」
と恵香。
「嘘!?」
「知らなかったの?」
「全然知らなかった。単に私立中学というから」
「旭川の私立中学は共学のT中(*1)の他はここと、L女子中、F女学園中、Y女学院中のみ」
「蓮菜の目的は進学だから、T中に行って高校をE女子高に行くなら、最初からE女子中に入った方がよい」
(*1)晋治が在籍している学校。ここは中等部は共学だが、高等部は男子のみ。T中女子の半分くらいはE女子校に進学する(そこに通りそうにない子はN高校やM高校に行く)。
「私、ここに居ていいんだっけ?」
「何を今更」
ということで、千里が若干の不安を持ちながらも、説明会は始まった。
参加者は30人くらいである。教室先頭にある壇の所をカメラで撮していて、教室内の多数のモニターテレビに映されるので、奥の方に座っている子もしっかり見ることができる。説明用の資料は教室前面のスクリーンとモニターテレビに映されるし、予め配布されている資料にも印刷されたものが入っている。美那が「パワーポイントだね」と言っていたが、千里は何のことやら分からず、カメラの名前か何かだろうか?と思っていた。
(小学校の授業でもPower Pointくらい使っているが、千里は“何か映写機”程度にしか思っていない)
校長先生の挨拶の後、何人かの先生が交代で壇に立ち、この学校のシステムの説明、授業についての説明、高校を卒業した後の進学先に関する説明、また学校の施設・設備の説明などが行われた。部活の紹介はBGM(モー娘。のLOVEマシーン)付きの動画で流れていた。
千里は半分眠ってた!!
説明会の後、学校の施設紹介ということであちこち見てまわる。
まずは視聴覚教室の2階にある図書館、それから化学教室・物理教室・生物教室・地学教室、3つもある音楽室、2つある美術室、書道室、畳教室、4つもある体育館、更に武道場、プール、とかなり歩き回って疲れた!!
最後に2つある調理教室、更に被服室まで来た所で
「今日は皆さんに、見学記念に制服を試着して頂きます」
という説明があると歓声があがる。
説明会に付いてきていたお父さんなど男性は食堂に移動して待機してもらい、女子のみとなる。それで10人ずつ制服の試着をして記念写真を撮っていた。
千里たち4人は2組目に試着した。千里は中学の女子制服が着られるとあって嬉しくてたまらなかった。
「中学の制服を着たらみんなもう女子中生に見えるね」
と蓮菜のお母さんは笑顔で言っている。
蓮菜の母と恵香がデジカメを持って来ていたので、蓮菜のお母さんがその2つのカメラで4人並んでいる所、また1人ずつの写真を撮ってあげた。
説明会は12時前に終わったので、食堂でランチを(無料で)頂いた。普通ここの生徒が食べているようなランチという説明だった(この日は学校は休みだが、食堂は特別に開けている)。
ランチの内容は、お皿にメンチカツ・スケソウダラのフライ・かぼちゃの天麩羅、ピーマンの肉詰め、スパゲティ、野菜サラダを盛り合わせたもの、ごはん、お味噌汁、沢庵2切れ、それに200ccの牛乳パック、といったものである。ごはんと味噌汁はお代わりOKということだった。
「今日は説明会に来てくださった方のために無料で提供していますが、ふだんはこのランチが200円です」
と説明されると
「安い!」
「いいねぇ!」
という声が多数あがっていた。
学校を出たのは13時頃である。
「もう帰るの?」
と千里が訊くと
「千里、何も話を聞いていない」
と恵香から言われる。
「明日、T中学校の説明会もあるんだよ。だからそれを聞いてから帰る」
「千里はむしろ明日の方が興味あるんじゃない?」
千里はドキッとした。夏休みに晋治とデートした時、野球部の先輩に
「君、性転換してうちに入らない?」
なんて言われた。
晋治と同じ中学に入る。そしたら、ふたりの関係はまだまだ続いて行くかも知れない。
あれ?
性転換って、私、男から女に変わればいいんだっけ?女から男に変わらないといけないんだっけ??
千里はよく分からなくなった。
「じゃ今夜はどうするの?」
「みんなで蓮菜のおばちゃんちになだれ込み、雑魚寝」
「へー!」
「千里、お母ちゃんに電話した方がいいのでは?」
「そうする!」
それで千里は持って来ている携帯(実は父のもの)で母に連絡し、今夜は蓮菜の伯母さんの家に泊めてもらい明日帰ることを連絡した。母は女の子たちと一緒に泊まるというのに、少し戸惑うような声をあげたが、いつものことなので気にしないことにしたようだった。
「でも泊めてもらうなら、お土産か何か持ってかなくていい?」
と千里が訊くと
「お土産代で今朝1人1000円徴収したじゃん」
と言われる。
「あれお土産代だったんだ!」
「そう言ったはずだが」
「聞いてなかったぁ!」
「千里っていつもこうだよね」
「人の話全然聞いてない」
「昨日言ったことも忘れている」
「実は千里は数人いるのではと思いたくなることある」
「あるある」
「千里って神出鬼没だしね」
「そうそう。旭川で千里の姿を見てから特急バスに乗ったのに、留萌駅前でまた千里に会ったことある」
「似た人と間違えたのでは?」
ということで、蓮菜の伯母の家には夕方くらいに行くことにし、午後は旭川の街を回ることになった(なっていた!)。
「千里、泊まるつもりが無かったのならパジャマとか着替えとか持ってないのでは?」
「うん、持ってない」
「だったら、買うといいよ」
「そうしようかな」
「お金ある?」
「お金は念のため1万円持って来てるから大丈夫だと思う」
「じゃ私たちが選んであげるよ」
「え〜?」
それで西武デパートに行き、千里の着替えをみんなで選ぶ。
「千里、ショーツのサイズは?」
「150穿いてるけど」
「もうおとな用のSでいいんじゃない?」
「そうかなぁ」
「サイズ計ってもらおうよ」
それで恵香がお店のお姉さんをつかまえて千里の身体のサイズを計ってもらう。
「あなたはもう女性的な発達がかなり進んでいるから、ガールズは卒業していいですよ。ショーツはS、キャミソールもS、ブラジャーはA55で」
「A55なんて小さなサイズあります?」
「ありますよ」
「おぉ!」
と歓声があがった。
それで千里は、恵香と美那の好みで、レースたっぷりでかなりハイレグの少しセクシーな白いショーツ(後で母が仰天する)、結構お姉さんっぽい感じのキャミソール(ベージュ)、それにA55のノンワイヤーのブラジャー(ペールピンク)と選ばれる。
「これを・・・私が着るの?」
「4月からは女子中学生なんだから頑張れ」
更にパジャマはこれもお姉さんっぽいマドラスチェックのパジャマが選ばれた。全部で7000円ほどだった!いいお値段だと思った。さすがデパートという気もしたが、デパートだからA55なんてサイズがあったのかもね?
千里の着替えを買った後はカラオケ屋さんに行った。ここで2時間くらいひたすら歌いまくる。
「蓮菜はマイクを離さない傾向がある」
「千里もマイクを離さない傾向がある」
と、この2人は非難されていた。
16時すぎにカラオケ屋さんを出て、駐車場まで行き、蓮菜の伯母・竹子の家に向かった。
「凄いマンション」
「建物の高さは凄いね」
「何階建て?」
「うーん。それは見解次第だ」
「どういうこと?」
「伯母の家はこのマンションの17階にある」
「凄い高い場所にあるね」
「ところがこのマンションには4階・9階・13階が無い」
「はぁ!?」
「4とか9は日本では死とか苦と言って嫌われる。だから飛ばした。13もキリスト教徒の人が嫌がるから飛ばした。それでこの3つの階が無いから、最上階は20階なんだけど、物理的には17階」
「おばちゃんの家はその最上階?」
「表示上の17階。だから、物理的には14階」
「13ってなんで嫌われるんだっけ?」
「キリストの最後の晩餐の出席者が13人だったから」
「最後の晩餐って?」
「キリストは無実の罪を着せられて死刑になるんだけど、その捕まる直前の晩餐(ばんさん)にキリスト自身と12人の弟子が参加した。だから合計13人」
「へー」
「ついでに言うと、日本で嫌われている4と9を足すと13になる」
「おぉ!」
「なんか凄い」
「もっとも東洋哲学では13は悪い数字ではない。易(えき)では天火同人といって、お友達で集まって何かしようよという卦(け)なんだよ」
「ほほお」
「東洋と西洋で意見が食い違うのか」
「というより易では4も山水蒙、9も風天小畜で、あまり悪い卦ではない。9は中国ではとっても良い数」
「ほほお。日本語だけの問題か」
実際エレベータに入ると、ボタンの中に4,9,13 が無いので、みんな面白がっていた。
ボタンの17を押して上まで行く。1703の部屋に行く。
「お邪魔しまーす」
と言って中に入る。
「おお、女の子4人!」
と20歳くらいかなという感じの女性(長女の鈴恵:大学4年)が言う。
「私も女の子なんだけど」
と蓮菜の母。
「じゃ女の子5人ですね」
「こちらも今日はお父ちゃん居ないから女ばかり4人」
「全員女なら、パジャマ・パーティーでもいいね」
「女の子ばかりなら、本音の食欲で行けるよね?」
などと言われて、ホットプレートを2枚並べて、焼肉をする。
「安いオーストラリア産牛肉で申し訳無い」
「いえ、安い方がたくさん食べられていいです」
ということで、女子9人で、オージービーフ1500gペロリと食べてしまった。むろん他にも、玉ねぎ・ピーマン・とうきび・もやし・キャベツなどなども食べている。
「結構お腹いっぱいになったね」
「おやつは一休みしてから」
「でもここ広いおうちですね。さっきトイレ行く時に迷子になりそうになった」
「迷子は大げさという気はする」
「部屋がたくさんあるし」
「5LDK2Sなのよね。だから今夜は笹ちゃん(蓮菜の母)は私と一緒に、蓮ちゃんはいつもの部屋に、お友達3人の内1人は連ちゃんと一緒で、あと2人は窓の無い部屋で申し訳無いけど、もうひとつの部屋に」
守恵さんがホワイトボードに“部屋割”表を書いた。
R1 竹子・笹代
R2 鈴恵
R3 弓恵
R4 守恵
R5 蓮菜・A
S1 B・C
「じゃ、こうしよう」と言って蓮菜が名前を埋める。
R1 竹子・笹代
R2 鈴恵
R3 弓恵
R4 守恵
R5 蓮菜・千里
S1 恵香・美那
千里も恵香・美那も頷く。
“平和な”組合せだ。“千里が”陵辱!?される危険が無い!
「部屋はもうひとつあるけど、あそこに寝るのは不可能だと思うし」
「狭いの?」
「グランドピアノが鎮座してるから、寝るとしたらピアノの下に寝ることになるけど、たぶん朝起きた時に頭をぶつける」
「あ、それは絶対ぶつける自信ある」
という声がある。
「でもグランドピアノがあるんですか。すごーい」
「見る?」
「見たーい」
それでぞろぞろとピアノ部屋に行く。
「おっきーい!」
「それほどでもないよ」
「S400Bですか?」
と美那が訊く。
「そうそう。これより大きなピアノはとてもこんな小さなマンションには置けない」
「いや、充分広いマンションだと思いますが」
「私がピアノ習い始めた年に買ったのよね〜。だからもう18年くらい経ってる」
と鈴恵。
「いや、こういう、いいピアノは長持ちしますよ」
と美那。
「美那の家にあるのは?」
「あれはとっても小さなC3」
「そんな小さいという印象は無かったけど」
「そもそもグランドピアノがあるだけ凄い」
蓮菜の家はアップライトピアノである。
「この中でピアノが弾ける人?」
と守恵が言うと、蓮菜が
「ここにいるメンツは全員弾けるはず」
と言う。
「だったら、リレーでこのピアノを弾きまくろうよ」
「腹ごなしにいいかもね」
それで蓮菜から弾き始める。蓮菜は軽くモーツァルトの『トルコ行進曲』を弾く。
シラソ#ラ|ド レドシド|ミ ファミレ#ミ|シラ#ソラシラ#ソラ|ド
の方である(「ピアノソナタ11番」より)。
「そういうピアノ習ってる子なら誰でも弾けるような曲は私のために残しておいて欲しかったな」と恵香は文句を言ってからベートーヴェンのほうの『トルコ行進曲』を弾いた。
ソミミミ|ソミミ↑ミ|(レド)(シラ)ソファ|ミファソ|
の方である(「アテネの廃墟」より)。
「トルコつながりか。だったら私はこれで」
と言って、美那は千里の知らない何だか美しい曲を弾いた。
千里は
「みんなすごいねー。私クラシックとか全然分からないから適当に弾きまーす」
と言って、フランス民謡『月のあかりに』(Au clair de la Lune) を弾いた。
Au clair de la Lune, Mon ami Pierrot
Prete-moi ta plume, Pour ecrire un mot
ファファファソラーソー、ファラソソファ×2
月の光の下で、私のお友達のピエロさん、ペンを貸してくれない?ひとこと書きたいの。
「おぉ、月つながりか」
と竹子おばさんが言った。
「え、何!?」
と千里は訳が分かっていない。蓮菜が説明してくれた。
「美那が弾いたのはベートーヴェンの『月光ソナタ』(Mondscheinsonate) 恵香とベートーヴェンつながり。千里が弾いたのは『月のあかりに』でお月様つながり」
「つながってたんだ!」
「このまま連詩方式で行こうよ」
「連詩って?」
「多数の人で詩を書く。各々の人は前の人と関連する詩を書くけど2つ前の人とは必ず世界観を変える」
「なんか難しい」
「やってみれば分かるよ」
それで守恵は『クラリネットをこわしちゃった』を演奏した。フランス民謡つながりである(月光とは無関係)。すると弓恵はベニー・グッドマンの『メモリーズ・オブ・ユー』を演奏する。クラリネットつながり(月のあかりにとは無関係)だが、弓恵さんの弾くリズムの前乗りが心地いいなと千里は思った(あまりジャズは聴いたこととがない)。
鈴恵はジャズつながりで『A列車で行こう』、おとなたちは「30歳以上はパス」と言ったので、蓮菜に戻って列車つながりで『フニクリフニクラ』、恵香はイタリアのCM曲つながりで『サンタルチア』と続く。
(フニクリフニクラはヴェスビオ火山の登山電車のCM曲、サンタルチアはナポリ湾の観光船のCM曲)
「これはネタ切れは時間の問題だ」
と言って美那は“サンタ”つながりで『サンタが町にやってくる』を弾く。それで千里もだいぶ分かって来たので、クリスマスつながりで『ホワイトクリスマス』、守恵はクロスビーつながりで『世界一周』と続いて行く。
みんな「そろそろネタが尽きそう」などと言いながらも何とか続いて行き、結局3時間ほど、演奏は続いて
「あんたたち凄いね!」
と竹子・笹代姉妹も感心していた。結局20時半で“水入り”となった。
全員パジャマに着替える。蓮菜たち4人は蓮菜の部屋で着替えたが、恵香と美那が
「千里のパンティから“こぼれない”」
と騒いでいた。
「何がこぼれないんだっけ?」
と千里は分かってないので不思議そうに訊く。蓮菜は
「こぼれるようなものがある訳無い」
と素っ気ない。
それからリビングに戻り、千里たちが持ち込んでいたケーキを食べる。竹子さんが美味しい紅茶を入れてくれた。トワイニングのセイロン・オレンジペコーだと言っていた。
ここから先は
「眠くなったら各自、部屋に行って寝る」
というルールでガールズトークである。おとな2人はケーキを食べた所で「0時までには寝なさいね」と言って奥の部屋に行った。
「千里ちゃんすっごいお姉さんっぽいパジャマ着てる」
と守恵から言われる。
「私がパジャマ忘れたと言ったら、みんなで選んでくれたんですけど、お姉さんっぽすぎて恥ずかしい」
などと千里。
「いや、もうみんな6年生にもなれば女の子はおとなだもん。そういうの着ていいと思うよ。いつまでもキティちゃんという訳にはいかないし」
と守恵が言ったら
「ごめん、私マイメロ」
と蓮菜。
「あ、見えなかった。ごめーん!」
と守恵は言った。
守恵と蓮菜は隣り合って座っていたので、かえって隣は見えてなかったのである。
女の子ばかりで親の目も無くなると“危ない”話も始まる。この7人の中で“ご開通”しているのは、鈴恵と蓮菜の2人だけである。
「蓮菜は少し早すぎる気もするけどね」
「まあ田代君とは長い付き合いだから、そろそろしても良かったかもね」
と向こうの3姉妹には理解してもらっていた。
話はどんどん危ない方向に進んでいく。
フェラチオ・クンニリングスを、恵香と美那は知らなかったので
「うっそー!そんなことするの!?」
と言っていた。
「千里は知ってたんだ?」
「蓮菜から教えられた」
「なるほどー」
彼を受け入れる器官が無いから、代わりにフェラチオは千里にとっては必須の技術なのかな?と恵香と美那は理解したようであった。
「ちなみにフェラチオとクンニリングスをお互いにしあうのをシックスナインという」
「どうやって同時にするのよ」
「69という数字の並びがその形を表している」
「まさか」
「蟹座のマークはシックスナインをしている様子だと言われている」
「うっそー!?」
「日本語では“むく鳥”というけど、69を訓読みして“むく”という説が有力」
「でもこれ恥ずかしいー」
「そういう恥ずかしい所も曝しあえるのが恋人というものだよ」
「私恋愛する自信無くなってきた」
更には鈴恵のパソコンで“四十八手”が表示されると
「何これ?どうなってんの?」
などと興奮気味の質問があるが、鈴恵も
「私もよく分からない」
と答える。
「これかなり柔軟体操しなきゃ無理という気がする」
「もうほとんどアクロバットだよね」
「体操かバレエでも習ってる人にしかできないかも」
「てか、これちんちん折れちゃわない?」
「折れたら潔く除去してもらって次からは女役で」
「でも結婚したらこんなことまでしないといけないの?」
「本手(正常位)、茶臼(逆正常位)、時雨茶臼(騎乗位)、締込み千鳥(逆騎乗位)、居茶臼(座位)、乱れ牡丹(後座位)、出船後取(後背位)、 横笛(側位)、 尺八(フェラ)、花菱責(クンニ)、むく鳥(69)くらいできたら充分だと思うな」
「やはり色々ある」
「私今夜眠れるかなあ」
「むく鳥や松葉は女の子同士でもできるよ」
「女の子同士でなぜこんなことするんです?」
「世の中にはレスビアンの人たちも結構いるから」
「レスビアンって?」
「女の子同士で恋人になることだよ」
「なれるんですか〜?」
「好きになったら性別は関係ないよ。男の子同士で恋人になる人たちもあるよ」
「おとなの世界は奥が深い!」
好きになったら性別は関係無い、ということばを千里は噛みしめた。
結局12時すぎた所でトイレに起きてきた笹代が
「あんたたちいいかげんに寝なさい」
と言ったので、全員部屋に引き上げる。でも恵香と美那はこの夜はなかなか寝付けなかったようであった。蓮菜と千里はぐっすりと安眠した。
翌日朝、恵香と美那は起ききれなかった!ので放置して、千里と蓮菜だけで(笹代の車で)T中の説明会には行った。恵香と美那はお昼頃に目が覚めて
「ごめんなさい!」
と言っていたが、守恵は
「日曜だし、寝てればいいよ」
と笑って言っていた。
「恵香たちってさぁ、“鎮め方”知らないとか?」
とT中へ行く車の後部座席で蓮菜は小声で言った。
「6年生にもなってそれはないと思うけどなあ」
と千里も小声で言う。
「ちなみに千里って垂直運動?水平運動?」
と蓮菜が更に小声で訊く。
「Gスポットは教えてもらったけど恐くて指とか入れられないよ。あの付近を逆三角形くらいの感じかなあ」
「まあ▽かもね」
と言って蓮菜は満足した。やはり入れる所あるんだ!?
蓮菜はこの頃、千里のあの付近がフェイクなのかリアルなのか判断しかねていた。それでも千里が女湯に入ることを蓮菜が容認している(正確には強要している!)のは千里は「心は女」であることを確信しているからである。それは穂花なども同じである。玖美子などは千里は実際は半陰陽なのだろうと思っている。千里が病院で性別検査をされて女と診断されたことを知っているのは玖美子だけである。
T中の説明会は、校長先生の説明の後、各学科の主任の先生が各々の教科について説明した。しかしこういう場になれてないみたいで、真っ赤になって説明がしどろもどろになった先生もいた。
「今年主任になったばかりなのかな」
「やはり授業とは勝手が違うよね」
と千里と蓮菜はヒソヒソ話していた。
こちらは、制服試着とか食堂の試食とかもなく、11時頃には説明会は終わった。
「何かお弁当でも買って帰って、恵香ちゃんたちを回収しよう」
と蓮菜の母は言い、お弁当屋さんで豪華ヒレカツ弁当を10個(1個は予備)買って竹子のマンションに帰還。
お昼を食べてから、竹子に御礼を言い、恵香・美那を乗せて留萌に帰還した。
「T中どうだった?」
と恵香は蓮菜に訊いた。
「T中には行く必要無い気がした。微妙すぎるから、このまま留萌でS中に進学して、自分たちで勉強してればいい気がする。行くならE中かなあ」
「自分たちって?」
「この4人。玖美子は旭川か札幌の私立に行くんだろうけど、もし行かなかったら引き込む」
「くみちゃんは戦力として頼もしい」
「ね?」
「この4人、あるいは、くみちゃんまで入れて5人で勉強会を週何回かしてれば、かえって変な塾に行くよりいいかも知れないよ。目標はE女子校かN高校だからね」
「旭川の公立は?」
「旭川A高校に入(はい)れたらいいんだけど、市外からの枠が少ないから厳しいんだよ」
「そうか。公立はその問題があるよね」
「それに私立は成績上位なら特待生になれて授業料が要らない」
「いいね!」
「千里もさ、特待生目指しなよ。そしたら千里の家の経済力でも私立に行けるよ」
「特待生ってタダなの?」」
「その学校にもよるけど、全額免除、半額免除、学費補助とか色々あるよ」
「それだったらいいかも知れないなあ」
と千里はマジで考えた。正直、今のうちの経済状態では、本当に高校に行かせてもらえるか、かなり不安があった(この不安は的中する)。
10月12-14日の三連休(土日祝)は、P神社も七五三の参拝客が最も多くなる。普段の年なら、千里・蓮菜・恵香・美那は巫女として大忙しなのだが、今回は恵香以外の3人が、後述の理由で参加できない。そこで今年の巫女は、中学生の純代と広海、それに旭川から蓮菜の従姉、鈴恵・弓恵・守恵の三姉妹が来て手伝ってくれた。恵香、小春と小町、それに動員された玖美子と絵梨まで入れて10人体制で頑張ったが、正直鈴恵たち三姉妹が居てくれたので大いに助かった。
昇殿しての太鼓・笛・舞で3人必要で、できたらお祓い役を別途1人、また社務所で縁起物を販売する係が最低2人、祈祷の受付をするのに1人、ということで最低7人は必要なのである。笛を吹けるのは恵香と小春の2人だけである(それで小春は残った。小町はまだ教育中)。
「鈴恵さんたち居なかったら、私たちトイレに行く暇も無かったかも」
「宮司さんがいちばん元気な気がする」
「私たちより明らかに忙しいのに」
「元気だなあ」
「72歳というのが信じられん」
と女子たちは言っていた。
2002年10月12日(土).
千里たちN小の合唱サークルのメンバーは、朝から学校に集まり、軽く練習をしてから、学校発の貸切りバスで旭川空港に向かった。合唱コンクールの全国大会に参加するためである。今年のコンクールの日程はこのようになっている。
10/12(土) 高校の部
10/13(日) 小学校の部
10/14(祝) 中学校の部
体力の無い小学生が、前後にゆとりを持てるように真ん中に置いているのかもと松下先生が言っていた。
N小からの参加者は
6年生7人(ビアニストの美那を含む)
5年生12人(ビアニストの香織を含む)
4年生14人
引率(3) 馬原先生・松下先生・教頭先生
保護者29名(男3・女26)
児童33人、先生3人、保護者29人、合計65人である。昨年・一昨年同様に旅行代理店に頼んでツアー扱いにしてもらっているので、旅行代理店が手配した大型バス2台に乗って旭川空港に向かった。
バスは児童たちと馬原・松下で1台、教頭先生と保護者で1台である。
「あれ?千里の髪留めが無い」
と蓮菜に指摘された。
「七五三で神社が忙しいからね。今回は2人とも置いて来た」
と千里は蓮菜に説明する。
「確かに忙しいみたいだもんね」
小春を置いて来たのは、彼女を連れてくると昇殿して祈祷する時の笛の吹き手が恵香ひとりになってしまい、大変すぎるからである。小町を置いて来たのは、小町に祭りの次第を覚えさせるためである。小春は来年はもう参加する体力が無いと思うと千里に言っていた。
(小春は来年の秋まで自分の寿命は残っていないだろうと考えていたがそれは千里には言ってない。むろん千里自身の寿命が来年春で尽きることも言ってない)
保護者の中には、部長・穂花の両親とか、道大会にも付き添った5年生・希望の母なども含まれている。千里の母は(お金がないので)当然不参加である!
なお歌唱者(ビアニストを除く31人)の分と、引率2名分の「都道府県中心空港(新千歳)」から羽田空港までの往復航空運賃が主宰者からされている。それで児童(ピアニスト2名を含む)と馬原・松下先生は無負担だが、教頭先生と保護者の分はツアー費用の不足分を均等割した(*2)。
(*2) 主宰者からの補助は 60400×(32÷2+2) =1,087,200 (*3) 一方ツアー代金は194万円で、差額85.28万円を30人で均等割して1人28,420円である。この金額で東京往復旅行ができるのは、とても美味しいので多くの保護者が参加したが、千里の家ではとても出せない金額である!ので不参加。
(*3) 紗織の分まで入れて32人で申請していた。しかしピアニストの美那を歌唱者にカウントすることにして、そのままもらったお金は使わせてもらった。また実際のステージには“ある理由で”32人並んだので、全く問題が起きなかった。
旭川空港でお昼を食べる。映子には仲の良い美都が付いてて「お代わり禁止!」を守らせた。“トイレ事件”に関しては、映子のお母さんまで部員みんなに謝っていた。
午後の日本エアシステム便(*4)で羽田に飛んだ。
AKJ 13:50 (JAS194 A300) 15:35 HND
(*4) 日本エアシステム(JAS)はこの月初日(2002.10.1)に日本航空と経営統合され、持ち株会社“日本航空システム”(JALS)が発足したが、航空会社名としては引き続き“日本エアシステム”を使用していた。
概してツアーでは JAS が使用されていた。航空券代の値引率が全日空などに比べて大きくできたからである。
東京は天気が悪く、降下時に結構揺れたので
「これ落ちないよね?」
などと不安の声をあげている子もあったが
「ジェットコースターみたい」
と逆に楽しんでいた子もあった(エアバスの安心感もあったと思う)。
羽田に着いたら、保護者はそのままホテルに入ってもらった。今回のホテルは渋谷区内で会場まで歩いて30分で行ける。昨年は電車で移動していて銃撃!事件に巻き込まれたので、今年は交通機関を使わなくても行ける場所にしてもらったのである。一応当日はバスで会場まで運んでもらえる予定である。
一方、児童たちは、旅行代理店に頼んで“練習場所”を確保してもらっていたので、羽田空港からバスで川崎市内のスタジオに入った。
(羽田空港は東京都大田区にあるが、実は川崎市のすぐそばである。筆者は天空橋駅から川崎大師まで歩いて行ったことがある)。
ここで2時間ほど練習をすることにしていたのだが、最初ソプラノソロ:穂花、アルトソロ:希望、篠笛:映子、ピアノ:美那で練習してから、ソプラノソロ:津久美、アルトソロ:希望、篠笛:由依、ピアノ:香織、で練習しようとしたら津久美が上の方の声がかすれて出なかった。
「姫野さん、どうしたの?風邪か何か?」
と先生が心配して訊く。
「風邪ではないんですが、昨日くらいから何か高い声が出にくくて」
と彼女が言った時、彼女と同級生の梨志(りこ)が唐突に言った。
「ひょっとして、津久美ちゃん、声変わりが来たとか?」
ざわっとした。
「やはりそれかなぁ」
と不安そうな顔で津久美が訊きなおす。
「ちょっと待って。なぜ女子に声変わりが起きる?」
という声がある。
「すみませーん。私、生物学的には女じゃないので」
と本人。
「なんですとぉ!?」
「でも津久美ちゃん、心は完全に女の子ですよ」
「最近いつもスカートだしね」
「体育の着替えとかもいつも女子と一緒に着替えているし」
などと同級生たちが言っている。
でも、フォローになってない!
「だからさっさと玉取りしておけばよかったのに」
「ごめーん。」
「だったらD6とかは出ない?」
と穂花が訊く。
「今声帯が変動してて出にくいだけじゃないかなあ。津久美ちゃんなら、声帯が落ち着いたらまたD6くらい出せると思うけど」
と梨志は言っている。
馬原先生が頭を抱えている。その様子を見ると先生は津久美の性別を知らなかったのだろう。
「分かった。声変わりの時期は全体的に声が出にくくなるから、姫野さんはソプラノの集団の中で歌って」
「はい」
「ソプラノソロは矢野(穂花)部長がいるから、大丈夫よね?」
「はい、頑張ります」
と穂花。
しかしそういう訳で、ソプラノソロ・アルトソロともに、バックアップ歌唱者がいなくなってしまったのである。
ただどちらも正歌唱者が無事なので、大きな問題はないだろう、と多くの人は思った。ただ1人、蓮菜を除いては!
蓮菜は自分の携帯から留萌のP神社に電話をした。
「あ、小春ちゃん?頼みがあるんだけど」
蓮菜の緊急の要請に小春は対応を約束してくれた。
津久美はホテルは同じクラスの女子3人と同じ部屋に割り当ててあったのだが、本当に女子と同じ部屋でいいのか、馬原先生は5年生の希望を呼んで意見を聞いてみた。
「全く問題ないと思います。津久美は女の子には興味ないですよ」
「だよね!」
「あの子はほぼ女子と同じ扱いでいいと思います。私もあの子の性別のことはきれいに忘れてました。性別を意識してる子は1人もいませんよ」
「分かった。じゃそういうことで」
だいたい津久美は去年の東京遠征でも女子たちと同じ部屋だった!
彼女は昨年のキャンプでも、今年7月の宿泊体験の時も、1人だけN小児童入浴時間帯ではない時間帯に入浴したらしい。彼女が男湯に入ったのか女湯に入ったのかは誰も知らないということだった。
「でもきっと女湯に入ってますよ。あの子が男湯の脱衣場に進入したら、即追い出されますもん」
「そんな気がするね」
千里は《きーちゃん》に言った。
「あの子、凄く歌がうまい、声もよく出てるのに、声変わりしちゃうのはもったいないよ。あの子の睾丸取ってあげることできない?」
「そういうのは禁じられているんだけど」
禁じられているということは、実際にはできるのだろう。
「取っちゃうのが禁止なら、預かっておくとかは?」
「まあそれなら、違反にはならないかな」
「じゃあの子の睾丸を預かってあげてよ」
「分かった。じゃ預かって培養液に漬けておくね」
「廃棄してもいいと思うけど」
「それは許されないので」
「じゃ培養液で。ついでに女性ホルモンの注射をしてあげられない?」
「そういうのも許されてないんだよ」
「今体内にある男性ホルモンを中和するだけだよ」
「まあ中和するだけならいいことにしておくか」
「じゃよろしく」
「では睾丸を預かって注射もしてくるけど、何日くらい預かっておけばいい?」
「そうだなあ。36524日(*5)くらい」
「え〜〜〜!?」
(*5) 36524日とは、つまり100年! 2002.10.12の36524日後は2102.10.12
千里たちはスタジオで2時間ほど歌ってからホテルに行き、夕食を食べて(映子は美都の監視付き!)、各自の部屋に入った。部屋は原則4人部屋となっていて、4階のフロアをほぼ独占している。
401 教頭+男性保護者3人
402-403(2) 6年生7名
404-406(3) 5年来12名(4x3)
407-410(4) 4年生14名(4343)
411-417(6) 女性保護者24名(4x6)
418 女性教師2+保護者2(矢野・花崎)
6年生7人はこのような組み合わせで入った。
402 千里・蓮菜・美那・佐奈恵
403 穂花・映子・美都
穂花と映子を同室にしたのは、部長と副部長で打合せしやすいようにするのと、精神的に不安定な面がある映子を穂花がサポートできるようにという意図だった。美都は映子の“食べ過ぎ監視役”なので同室にしている。
千里たち4人は交替で(部屋付きの)お風呂に入り、21時過ぎにはもう眠ってしまった。
「小町!?」
千里は熟睡していたのだが、深夜に彼女が入ってきた気配で、目を覚ました。
「幡多小町二等兵、ただいま到着いたしました。千里様の指揮下に入ります」
と言って敬礼している。
「来たんだ!?」
と千里が驚いて言うと
「私が呼んだ」
と蓮菜が言っている。
「なんか嫌な予感がするんだよ。小町はD6の音が出せるからソプラノの列に並べよう」
「入れていいんだっけ?」
「小町はN小の3年生の児童。N小の児童なら参加資格がある」
「人数規定は大丈夫?」
「歌唱人数は32人と届けている。ところがそこから紗織が抜けた。小町が入っても32人だから問題無い」
「確かに。でも小町、よく来たね」
「新千歳から飛んできました」
「へー!」
津久美が高い音を出せなくなっているのが発覚したのが17時半頃である。蓮菜は悪い予感がして、すぐ小春に連絡し、鈴恵の運転する車で小町を新千歳まで送ってもらったのである。
旭川発の最終便は19:50でこれに乗るには19時頃までには旭川空港に到着する必要があるが、留萌から旭川空港まで2時間近くかかる可能性があるので間に合わないかもしれない。しかし新千歳なら最終便21:50で、21時頃頃までに到着すれば乗れたのである。留萌から新千歳空港までは2時間半で行ける。
実際には多少ラッシュには引っかかったものの20時半に新千歳に到着。車は駐車場には入れずに空港で待機していてくれた鈴恵の伯母にリレーした。伯母はチケットを購入しチェックインもしてくれていたので、まさに飛び乗ることができた。
CTJ 21:50 (ANA970 B767-200) 23:20 HND
「でも神社の手伝いは?」
「佳美、優美絵、更に“沙苗”ちゃんにも頼んだ」
「なんか6年1組総動員になりつつある」
「“沙苗”ちゃんには『巫女衣装着てみたいでしょ?巫女衣装着てる時は女子トイレの使用を許すよ』と言って口説き落とした、と小春は言っていた」
「あははは。あの子、間違って性転換手術されちゃったら女で生きていけるよね」
「むしろ無料で性転換手術が受けられるなら、喜んで受けると思う」
「そうかも知れん。ふだんも女の子の服着ればいいのに」
「女物は持ってはいるらしいけど人前で着ないね」
「クローズアップとかいうんだっけ?」
「クローゼットでは?」
「へー」
「あの子、声は男の子の声になってしまったけど、女の子の話し方ができるから、女の子の服を着てれば、相手は話していても少し声の低い女の子だと思うだろうね」
と蓮菜は割と重要なポイントを言った気がした。
「ともかく巫女衣装を着て性別に疑惑を起こされない子は全員動員したかも」
「ああ」
恵香・玖美子・絵梨は最初から動員されている。更に沙苗は置いといて佳美と優美絵を動員。東京に蓮菜・佐奈恵・千里・美那・穂花が来ている。残りの女子は留実子・初枝・杏子と長身の子ばかり。特に留実子と杏子は
「男の子まで巫女衣装着てる」
と言われそうだ。
「だから明日神社で稼働するのは13人」
と蓮菜は言った。
「へー」
「小春、純代さん、広海さん、従姉の鈴恵・弓恵・守恵、それに6の1の恵香・玖美子・絵梨・佳美・優美絵・沙苗」
「12人では?」
「宮司まで入れて13人」
「あ、そうか」
「最後の晩餐と同じ構成だね。指導者と12人の弟子」
「ふーん。そういう構成だったんだ?」
「でも結構費用掛かったね」
「航空券代、往復のガソリン代・高速代、それに鈴恵のおばさんの交通費は、千里の預金から払っておいたから」
「あはは」
千里の口座の暗証番号を小春は知っている。でも千里は怪しい!!根室に行く時に緊急に引き出した時も忘れていて小春に教えてもらったが、今も思い出せない!(ちなみに千里の常用口座の暗証番号は0303と千里の誕生日になっていて「誰にでも分かる危険な番号だ」と蓮菜にまで言われている)
そういう訳で、その夜、小町は千里のベッドに並んで寝たのである。
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【少女たちの晩餐】(1)