【少女たちのBA】(5)

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第2幕第3場
 
ドロシーたち一行が歩いて行っていると、突然ライオン(佐藤)が飛び出してきました(ライオンの着ぐるみを着ている)。ライオンは、まずかかしをはねのけると、木こりも突き飛ばします。そしてドロシーに向かってきました。するとトトがドロシーの前に立ち激しく吼えて威嚇します。(ここのトト役の初枝の演技が素晴らしかった)
 
ライオンはトトに近づき、掴まえようとします。しかしドロシーはトトの前に出て、ライオンの鼻を拳(こぶし)て殴りました(ライオン役の佐藤君が「手加減してよぉ」と後から言った:優美絵は午前中の練習の時さんざん「もっと強く」と言われたので本番では思いっきり殴った)。
 
ドロシーは言います。
「あなたは百獣の王でしょ。それがこんなかよわい小犬を狙ってどうするの?」
 
するとライオンは泣き出しました。
「ぼくは勇気が無いんだ。だから大きな動物を狙いきれないんだよぉ」
「ふーん。それで」
とドロシーは怒っているので冷たく言います。
 
「何とかして勇気を得る方法は無いかなあ」
 
すると何とか起き上がった木こりが言いました。
「だったら、君も俺たちと一緒にオズの魔法使いのところに行くかい?ドロシーはカンザスに帰る方法ほ教えてもらいに、かかしは脳味噌、俺は心臓をもらいに行くんだ」
 
「だったらぼくも行きたい」
 
語り手(穂花):ドロシーは不満だったのですが、ライオンが自分たちに付いてくることは許しました。それで少し行った時のことです。
 
大きな谷間があり、橋があったのが壊れて落ちてしまったようです。
 
「俺が木を切って橋を作るよ」
と言って木こりは木を2本切り、それを谷に掛けて橋を作りました。丸木橋は恐いですが、2本掛かっていれば、わりと安心です(実際1本では運動神経の悪い優美絵が渡れなかった!ので急遽2本にすることにした)。
 
それで渡ろうとしていた時、突然猛獣のカリダ(鞠古)が襲ってきました。ライオンは
「ぼくが戦っているから、その間にみんな、橋を渡って」
「うん」
 
最初に橋を確かめるようにかかしが渡り、それからドロシーとトトが渡ります。それから木こりが渡りました。この時、かかしが木こりに何かささやきました。
 
「なるほど、そういう手があったか」
と木こりは感心しました。
 
「みんな渡ったぞ。お前もこちらに来い」
と木こりはライオンにむかって言いました。
 
ライオンが橋を渡ります。カリダもそれに続いて橋に乗りますが、木こりはライオンが渡り終えた所で橋を切って谷底に落としました。するとカリダは橋と一緒に下に落ちて行ってしまいました。
 
この作戦を実はかかしが思いついたのです。
 

「ありがとう、木こりさん、かかしさん、ライオンさん。あなたたちのおかげで助かった」
とドロシーは3人に感謝しました。
 
語り手(穂花):こうしてライオンはドロシーと仲よくなり、本当に一行に加わりました。それで、ドロシーとトト、かかし、木こり、ライオンで一緒にエメラルド・シティを目指したのです。
 

第3幕第1場
エメラルド・シティ、オズの宮殿。
 
(中幕を開けるとその後にエメラルド・シティのセットは既に組まれている)
 
緑色の衛兵の服を着て緑色のヒゲをはやした門番(留実子)が立っています。ここで全員目を保護するための眼鏡を渡され各自掛けます(厚紙を切って緑色のセロハンを貼ったもの:玖美子と美那の工作。なおエメラルド・シティの背景画は高山君が描いた)。
 
「全て緑色に見える」
「エメラルドの都ですから」
 
「では1人ずつ中に入りなさい」
 
最初にドロシーが中に入ります。緑色の服の少女(美那)が案内して劇場のような所に入ります。
「ここでお待ちください」
「ありがとう」
 
(美那は最初マンチキン役だったが、緑色の少女の役が見落とされていたので、こちらに変更された:これは台本配布の翌日に先生が気付き、美那を1本釣りして役を割り当てた。緑色の兵士は省略して少女が全員を案内することにした)
 
やがて幕が開きます。そこには巨大な頭かありました。頭だけで、手足や胴体は見当たりません。
 
「私が強烈恐怖の魔法使いオズである。私に何用かね?」
(ビッグ風船を膨らませて顔を描いたもの。声は千里)
 
ドロシーは自分がカンザスから嵐に飛ばされたこと。カンザスに帰してほしいことを言いました。
 
「君は銀の靴を履いているね」
「東の魔女が履いていた靴を北の魔女から頂きました。私がカンザスから家ごと飛ばされた時、家が東の魔女の上に落ちて死なせてしまったのです」
「そういえば魔女のお守りのキスマークが付いている」
「北の魔女さんからして頂きました」
 
「カンザスに帰してもいいが条件がある」
「はい。なんでしょう?」
「西の国では悪い西の魔女がウィンキー人たちを苦しめている。その西の魔女を殺してきてほしい」
「そんなこと私にはできません!」
「だって君は東の魔女を殺しているではないか」
「あれは偶然のできごとで避けようがなかったんです」
「君は銀の靴を履いていて、北の魔女の祝福のキスも受けている。君以外に西の魔女を倒せる者は居ないと思う。君が西の魔女を倒してきたら、君をカンザスまで送り届けてあげるよ」
 

それでオズとの会見は終わり、ドロシーは困った顔をして出て来ました。次は、かかしが緑色の少女(美那)に案内されてオズの玉座に行きました。
 
やがて幕が開くと、そこには光輝く服を着た可愛い女の子(穂花)が玉座に座っていました。
 
「私が強烈恐怖の魔法使いオズである。私に何用かね?」
 
かかしは、ドロシーから聞いた話と全く違うので驚きます。
 
『え〜?オズって女の子だったの?』
と思いましたが、用件を言います。
 
自分は脳が無いので脳を欲しいと言いました。
 
「だったらドロシーと一緒に西の魔女を殺してきてくれ。そしたら君に脳味噌をあげよう」
 
つづいて木こりがまた緑色の服の少女に導かれて玉座に行きます。
 
オズは大きな顔だろうか?それとも女の子だろうか?どうせなら女の子がいいな、などと考えます。ところが、玉座には象のように大きく、サイのような頭を持つ猛獣がいました。そして木こりが自分は心臓が欲しいというと、やはりドロシーを助けて西の魔女を倒してくるように言いました。(オズの姿は映像、声は飛内)。
 
最後にライオンが緑色の服の少女に導かれて玉座に行くと、玉座には大きな火の玉が燃えていました。ライオンが勇気が欲しいというと、やはりドロシーを助けて西の魔女を倒してくるように言いました。(オズの姿は映像、声は東野)。
 
語り手(穂花):そういう訳で、結局全員西の魔女を倒してくるよう言われたのです。仕方ないので、取り敢えず西の国へ行くことにしました。
 

(暗転)
ここで、エメラルド・シティのセットの前に中幕を下ろし、その前に西の魔女の家のセットを搬入する。実は、カンザスの家を裏返しにすると、西の魔女の家になるようになっている。
 

語り手(暗転の作業をしている間に語る):それでドロシーたちが西の国に向かって歩いていますと、羽猿たち(Winged Monkeys 恵香、上原、工藤、小室)がやってきて一行を拉致します。かかしは体内のわらを抜かれて捨てられ、金属木こりは谷底に落とされ、墜落の衝撃で身体が変形して動けなくなります。ライオンは縛り上げられて檻(おり)に閉じ込められ、トトも狭い小屋に入れられました。
 
羽猿たちはドロシーも谷底に落とすなら何なりしようとしたのですが、ドロシーには北の魔女のキスがされていたので、羽猿たちも危害を加えることができませんでした。それで羽猿たちはドロシーを、西の魔女のところに連れて行きました。
 

第3幕第2場
 
西の魔女の家。
 
語り手(穂花):ドロシーがそのまま連れてこられたのを見て西の魔女(蓮菜)はギョッとします。しかもドロシーには北の魔女のキスマークが付いているので、うかつに手を出せません。更には彼女が銀の靴を履いているのを見て自分は即こいつに殺されるのでは?と怯えました。しかしドロシーの無邪気な表情を見て、もしかしてこいつは銀の靴の使い方を知らないのではと思いました。それで平静を装います。
 
「その銀の靴をわしに寄こせ」
「いやです。これを履いていれば、いつかおうちに帰れると北の魔女さんが言ったの。だから絶対渡しません」
 
それで西の魔女が無理矢理靴を脱がせようとしますが、靴に触ると魔女は手を火傷しそうになり
「あっちっちっちっち」
と手を押さえます。それで無理矢理奪うのは諦めました。
 
「だったら、お前はわしの召使いとして働け。言うことを聞かないと殺してしまうぞ」
 

語り手(穂花):それでドロシーは西の魔女の家で召し使いとして働くことになったのです。掃除、洗濯、料理とドロシーは一所懸命働きました。この生活は数ヶ月続きました。
 
西の魔女はある日言いました。
「ドロシー、わしと賭けをせんか?」
「賭け?」
「ここにトランプが4枚ある」
と言って、西の魔女はダイヤJ、ハートQ、クラブK、スペードAという4枚のカードを見せます。
 
(カードは観客にも見えるように50cm×30cmサイズで作られている。制作は佐奈恵)
 
「わたしが4枚のカードを持っている中から、お前が1枚だけカードを引く。赤いカードを引けば誰か1人はお前に返そう。しかし黒いカードを引いたら、その銀の靴を片方わしに寄こせ」
 
「分かった。やる」
 

それでテーブルに向かい合って西の魔女とドロシーは座りました。ところがここで西の魔女は不気味な笑いとともに4枚のカードが観客に見えるようにします。するとカードはいつの間にか4枚ともスペードAに変わっています。
 
ドロシーが1枚引きます。
 
「やったぁ!」
と言ってドロシーは、ハートQのカードを観客に見せました。
 
西の魔女は驚きました。そして呟きます。
「これが大魔法使いオズの力か?」
 
「仕方ない。誰を解放する?」
「トトを返して」
「分かった」
 

それで狭い小屋に閉じ込められていたトトが解放されたのです。
 
語り手(穂花):西の魔女は賭けではドロシーというより、その背後にいるオズに勝てないと思い、別の策略を考えました。台所の出入口のところに細い紐を張っておいたのです。
 
台所から出て来たドロシーは、この紐に躓いて、転んでしまいました。その時、銀の靴が片方脱げてしまいます。魔女はすかさず、その靴を取り上げました。
 
「返してよぉ」
「返さん。これはもうわしのものだからな」
「そんなの酷いわ。あなたにその靴を履く権利は無い」
「これはわしが履く。そして、その内、もう一方の靴も奪ってやる」
「そんなの許されないことよ」
と言って怒ったドロシーは近くにあったバケツを取ると魔女に掛けてしまいました(実際にはバケツの中は空っぽ)。
 
すると魔女は「ぎゃー!」という悲鳴をあげて倒れたのです。
 
「どうしたの?」
とびっくりしてドロシーは尋ねます。
 
「わしは水には弱いんじゃー」
「身体を拭いてあげればいい?」
「もう遅い。たぶんわしはすぐ死んでしまう」
「そんな」
と言ってドロシーは悲しい目をします。
 
「お前、わしが死ぬのを悲しんでくれるのか?」
「だって人が死ぬのは悲しいことよ」
「お前はなんて慈悲深い娘なんだ。たぶんわしはその慈悲の心に負けたんだ」
と言って、西の魔女は動かなくなってしまいました。
 
ドロシーはおそるおそる、魔女から銀の靴を取り返して自分の足にはめました。
 

そしてトトを連れて魔女の家を出ると、まずは檻に閉じ込められているライオンを解放しました。
 
「ドロシー、どうしたんだ?」
「西の魔女が死んだの。だからあなたたちは自由よ」
「ドロシーが殺したのか?」
「殺すつもりは無かったのよ。水を掛けたら死ぬなんて知らなかったんだもん」
 
「西の魔女が死んだって?」
とウィンキーの人たち(杏子、福川、和井内)がやってきました。
 
「うん。死んじゃった」
「やったぁ、これで西の国も平和になる」
とウィンキーの人たちは大騒ぎです。
 
「あの、みなさん、もしよかったら、かかしさんと、木こりさんを助けてくれませんか」
 
「よしまかせろ」
 

語り手(穂花):それでウィンキーの人たちは捨てられていた、かかしを救出すると、中に新しいわらをたっぷり詰めてあげました。そして谷間に落ちていた木こりを助け出すと、金属加工職人が曲がった所をハンマーで叩き、関節に油を差して、動けるようにしてあげました。
 
「あ、俺のチンコが無い」
「ここに落ちてたぞ」
「待ってろ。今くっつけてやる」
「助かったぁ。これないと困るよ」
「へー、ティン(tin)のチンコか」
「ティンチンだな」
 
(というやりとりも台本には無く、男性の観客には受けたが、女子たちから非難された!女性観客からもひんしゅくを買った)
 
それでドロシーたちはエメラルド・シティに戻ることにします。ドロシーたちは旅の途中の食料に、魔女の家にあったパンなどを少し持って行くことにしました。魔女の家の棚に黄色い帽子があり、かぶってみたらドロシーにきれいに入ったので、それをかぶっていくことにします。
 
「でもどうやって帰ればいいのかしら?」
 
ドロシーたちは羽猿たちに連れられてここまで来たので、道がわかりません。ウィンキーの人たちに尋ねてみました。
 
「ここからまっすぐ東へ行けばいいけど、かなり距離はあるよ。それより、お嬢さん、黄色い帽子をかぶってるじゃん。その帽子で羽猿を呼べばいいよ」
 
「羽猿たち、私たちに悪いことしない?」
「羽猿はその帽子をかぶっている人の命令に従うんだよ」
「そうだったんだ?でもどうやって呼べばいいんだろう」
「帽子の中に呪文が書いてない?」
「え!?」
 
それで帽子をいったん脱いで中を見て見ると呪文が書いてありました。そこでドロシーはこの呪文で羽猿を呼ぶことにしました。
 

再度帽子をかぶります。
 
「エッペ・ペッペ・カッケ」
「ハイロ・ホロー・ヘロー」
「ジジー、ズジー、ジク」
 
ドロシーが呪文を唱えると、羽猿の王(恵香)が姿を現します。
 
「御主人様、何の御用でございましょうか?」
「私たち4人と1匹をエメラルド・シティまで連れていって」
「おやすい御用でございます」
 
語り手(穂花):それで羽猿は仲間(上原、工藤、小室)を呼ぶと4人と1匹を連れて空を飛び、あっという間にエメラルド・シティに戻ったのです。
 

第4幕第1場
 
語り手(穂花):ドロシーたちは門番(留実子)に、西の魔女を倒してきたことを告げました。門番は驚いて、一行をオズの宮殿に案内します。緑の服の少女(美那)が4人と1匹を案内しました。それで玉座の間に案内します。
 
オズは姿を見せませんでしたが声が聞こえてきます。
 
「私が強烈恐怖の魔法使いオズである。私に何用かね?」
 
「どこにいるの?」
「私はどこにでもいる。全ての場所にあまねく存在しているんだ」
 
「西の魔女を倒してきたの。だから私をカンザスに帰して」
「僕に脳味噌をちょうだい」
「俺に心臓をくれ」
「ぼくに勇気を下さい」
 
オズはしばらく沈黙していました。しかしやがて言いました。
「では明日の9時に来るがよい」
 
それでドロシーたちはその日は宮殿内に泊まり、翌日朝9時に再度緑の少女の案内で玉座に行きました。ところがオズはまた明日来いと言います。
 
「だって昨日は今日来なさいと言ったじゃん」
とドロシーは怒りました。
 
ライオンがうなり声をあげますが、その前にトトかカーテンに飛び付きました。(トトの見せ場)
 
カーテンが落ちます。
 
するとカーテンの向こうには、年老いた男(中山)が焦ったような顔で立っていました。
 
「誰?」
とみんな異口同音に言います。
 
「あ、えっと。私が強烈恐怖の魔法使いオズである」
 
「オズの魔法使いって、大きな顔かと思った」
「オズの魔法使いって、可愛い女の子かと思った」
「オズの魔法使いって、凄い猛獣かと思った」
「オズの魔法使いって、火の玉かと思った」
 
「すまん。私が全部映像で見せていただけなんだよ。実は私はただの人間で、ここに嵐で飛ばされてきたんだ。少し手品とかができるもんだから、魔法使いだと言われて祭り上げられてしまって」
 

「じゃ魔力とか無いの〜?」
「ごめん」
 
「せっかく西の魔女を倒してきたのに」
「本当に申し訳ない」
 
「だったら私はカンザスに帰れないの?」
といってドロシーは泣きます。
「僕は脳味噌をもらえないの?」
「俺は心臓をもらえないのか?」
「ぼくは勇気をもらえないの?」
 
と言ってみんな悲しみます。
 

「でもかかし君、君たちの話を聞くと、君は色々作戦を考えたりして充分知恵がある。脳味噌なんてなくても大丈夫だよ」
「でも脳味噌が欲しいよお」
「分かった。だったら明日もう一度来なさい。君に脳味噌をあげるから」
「ありがとうございます」
 
「木こり君も、これまでの話を聞くと、仲間を助けて頑張っている。君には充分、心がある」
「でも心臓が欲しいよお」
「分かった。だったら明日もう一度来なさい。君に心臓をあげるから」
「ありがとうございます」
 
「ライオン君も、これまての話を聞くと、みんなを守って戦ったりしていて、君には充分勇気がある」
「でもちゃんと勇気が欲しいよぉ」
「分かった。だったら明日もう一度来なさい。君に勇気をあげるから」
「ありがとうございます」
 
「私は?」
とドロシーが訊きます。
 
「それも明日までに準備する。君をカンザスに送り届けてあげるよ」
「やったぁ!ありがとうございます」
 

第4幕第2場
 
語り手(穂花):4人はその日も宮殿に泊まり、翌朝、またオズの所に来ました。
 
最初にかかし(田代)が呼ばれます。
 
「かかし君にはこれをあげよう」
と言って、オズはかかしの頭の中に、ボルトやナットの詰まった袋を入れてあげました(実際は田代君がかぶっている帽子の中に入れた)。
 
「これが君の脳味噌だよ」
「ありがとうございます。ずっしり重量感があって、素敵です。今までは藁だけだったから、僕の頭は軽かったもん」
「良かったね」
 
次に呼ばれて入ったのは木こり(高山)です。
 
「木こり君にはこれをあげよう」
と言って、オズは木こりの胴体の左胸の所に穴を開けると、そこに赤い布で作った心臓を納めます。中には電池が入っていてドクドクと鼓動を打っています(田代君の工作)。
 
(木こりの衣裳はアルミ箔を貼ったボール紙をセロテープで繋いでできているが、そのボール紙に元々穴をあけてアルミ箔だけになっていた部分を粘土工作用の木べらで破り穴を開けている。高山君は胸の所にヘアバンドを付けていて、そこに“心臓”は納めた。ブラジャーするといいよと言われたが「やだー!」と言ってヘアバンドで勘弁してもらった。でも後から「ブラジャーちょっと着けてみたかったな」と言っていた!)
 
「これが君の心臓だよ」
「ありがとうございます。ちゃんと鼓動をしている。凄いです」
「良かったね」
 
その後、ライオンが呼ばれました。オズの魔法使いはジュースをライオンに渡します。
 
「これは勇気の出る飲み物だよ」
「ありがとうございます」
と言ってライオンはジュースを飲みました(実際はオレンジジュース)。
 
「なんか物凄く勇気が湧いて来ました」
「良かったね。頑張ってね」
 

最後にドロシーが呼ばれます。オズはドロシーとトトを中庭に案内しました。
 
「実は私も故郷のネブラスカに帰りたくて数年前からこれを作っていたのだよ」
と言って、オズが見せてくれたのは気球です。
 
「すごーい」
「これで君をカンザスまで送っていくよ。それからネブラスカに帰ることにする。一緒に来る?」
「はい」
 
それでドロシーが気球に乗り、いよいよ出発という時、トトが気球から飛び出してしまいました。
 
「トト!」
と言ってドロシーも飛び出してトトを追いかけます。それで気球はオズだけを乗せて飛んで行ってしまいました。
 
(気球は1cm角の木の棒で作った骨組みにブルーシートを掛けてかごを作り、大きな風船を付けたもの。気球の移動は載せている台車を舞台端から引いている)
 

「えーん。私たち帰れなくなっちゃったよぉ」
とドロシーが泣いていると、かかしが言います。
 
「羽猿の力ではカンザスに行けないのだろうか」
「あ、そうか」
 
それでドロシーは羽猿を呼んだのですが、羽猿の王(恵香)は言いました。
 
「申し訳ありません。私たちが自由に行動できるのはオズの国の中だけなんです。オズの国とアメリカの間にある砂漠を私たちは越えることが許されてないんです」
「ああ、なんてこと」
 
「でもカンザスへの帰り方は南の魔女グリンダ様が知っているかも知れません。そこへお連れします」
「ほんと?お願い」
 

第4幕第3場
 
語り手(穂花):それで、ドロシーとトト、かかし、木こり、ライオンは羽猿たちに連れられて、南の魔女グリンダの所に行ったのです。
 
(ここで中幕が下ろされ、エメラルド・シティのセットが隠れる)
 
白いドレスを着た、南の魔女グリンダ(佐奈恵)が出て来ます。
 
「君たちは何だね?」
「こんにちは、ドロシーと申します。グリンダ様ですか?かくかくしかじかなのですが(←というセリフ)、何とかカンザスに帰る方法はないでしょうか?」
 
「帰れますよ」
「ほんとうですか?」
 
「ドロシー、あなたが履いている銀の靴、その靴の力で故郷に戻れますよ」
「そうだったんですか!?」
 
「銀の靴のかかとを3回合わせてから行きたい場所を唱えたら、そこに行けるのです」
「嬉しい!これで帰れる」
 
「でもみんなお別れね」
と言って、ドロシーはみんなと握手をしました(原作ではキスするがさすがに小学生の劇ではそこまでしない)。
 
南の魔女は言いました。
「オズが居なくなってしまったから、かかしさん、あなたが新しいエメラルド・シティの王になりなさい。ライオンさんは森の王になりなさい。木こりさんは西の国の王になりなさい」
 
それでみんな各々の場所に行くことにします。ドロシーは羽猿を呼ぶ帽子を木こりに渡しました。みんなそれで各々の場所に行けます。
 
ドロシーはみんなに再度手を振り、銀の靴でかかとを3回合わせると
「エムおばさんの所に連れてって」
と唱えました。
 

第4幕第4場
 
(緞帳が下りる。緞帳の前にはドロシーとトトだけが残る)
 
舞台上手からエムおばさん(玖美子)が現れ、ドロシーを見つけて駆け寄ります。そして
 
「ドロシードロシー」
と言ってドロシー(優美絵)を抱きしめて泣きます。
 
「エムおばさん、ただいま」
とドロシーは言いました。
 
「よく戻って来たね。どこまで行ってたの?」
「ちょっとお散歩かな。虹の向こうまで」
と言ってドロシーは遠い所を見るような目をしました。そして歌います。
 
「虹の向こうのどこか、遠い空、幼い頃に聞いた国があるのよ・・・」
 
("Over the Rainbow" words by Yip Harburg/ Music by Harold Arlen, 訳詞は我妻先生!ステージ下で美那が緑の少女の衣裳のままピアノ伴奏している)
 
ドロシー(優美絵)の歌にエム(玖美子)が唱和し、緞帳の後から、かかし(田代)・木こり(高山)・ライオン(佐藤)・北の魔女(千里)が出て来て一緒に歌う。そして歌い終わると、一緒に会場に向かって挨拶し、下手に退場した。
 

2002年9月28日(土)、合唱コンクールの道大会が行われ、千里たち合唱サークルのメンバーは貸切りバスで札幌まで出掛けた。
 
昨年はビデオ審査で道大会に代えられたので、札幌でリアルで道大会に参加するのは2年ぶり2度目である。
 
この日は雨でみんな傘を持ってきていた。むろん道中は私服で、現地で制服に着替えるが「行くまでに濡れそう」といって、帰り用の着替えを用意してきていた子も多かった。
 
貸切りバスは正座席45席の大型で、部員34名(内ピアニスト2名)、引率の馬原先生と松下先生、保護者代表で、穂花の母と5年生の希望の母が付き添い、女ばかり38名である。今日は運転手さんも30代の女性だった。女子の団体ということで、女性ドライバーを回してくれたようである。運転手さんの制服姿に
 
「かっこいい!」
と言う女子が多数で、運転手さんは照れていた。
 
貸切りバスは7時に学校を出て、深川留萌自動車道・道央自動車道を走り、2時間半掛けて9時半頃に札幌市内の会場に到着した。道中はみんな寝ていた。会場内に用意されている女子更衣室で制服に着替えた(男子更衣室は無い!いつもの男女差別)。
 

大会は10時からである。午前中に小学校、午後から中学校の審査が行われる。高校は明日である。
 
最初に合唱連盟の会長が挨拶し、参加校の演奏が始まる。参加校は各地区の予選で優勝した全道10校である(札幌代表のみ3校)。N小は昨年全国大会に行って銀賞まで取っているのでラストの演奏。その前の9番目が一緒に全国大会に行った札幌のL女学園、その前が毎年上位に入っている函館のQ小学校である。実は6-8番目は昨年の成績順らしい。3-5番目は昨年出ていなかった学校で順序は抽選ということだった。
 
今年の演奏順序↓
1 札幌市立Z小(札幌3)
2 私立J小(札幌2)
3 北広島市立V小(後志石狩)
4 釧路市立M小(釧路十勝)
5 深川市立C小(空知)
6 室蘭市立P小(日高胆振 )
7 根室市立T小(オホーツク・根室)
8 私立Q小学校(渡島桧山)
9 私立L女学園(札幌1)
10 留萌市立N小(上川・留萌・宗谷)
 
だいたい人口40-70万人あたり1校選出されているが、札幌市は人口196万人なのでここからは3校選出されている。
 

1-2番目はその札幌の2-3位である。1位通過ではないので先頭に置かれているものの、レベルの高い札幌の代表なのでさすが上手い。みんな「上手いねー」と言いながら聴いていた。
 
みんな女声二部合唱での参加である。一部の学校に男子部員も多少いるものの、多くがアルトに参加していた。でも男子なのにソプラノに参加する子、中にはソプラノソロを歌った子もいて「すげー」とみんな言っていた。
 
津久美(ソプラノソロの予備歌唱者)がその子を凄い視線で見ていた。
「うまいねー」
「よくあんな声出ますね」
「去勢してたりして」
「まさか」
「声変わり前なんだろうけど、もったいないね、あんな子が声変わりしたら」
「やはり去勢制度の創設を」
などと映子が言うと、津久美が悩むような顔をしているので何だろうと思う。
 
「でも男子だよね?」
「1人だけズボン穿いてるから男子だと思う」
「スカートが嫌いな女の子とかは?」
「疑い出すといくらでも疑えるが」
「スカートの好きな男子が混じっているかも知れないし」
 

ずっと聴いていくが、千里は映子が緊張しているのに気付いた。彼女は地区大会で結局篠笛を吹いていない。学習発表会でも吹いてないので、実は観衆のいるステージで吹くのは今日が初体験である。千里はトイレに行くような顔で席を立ち、映子に
 
「ちょっと」
 
と声を掛けて一緒にホールを出た。そのまま玄関の外の屋根が少し張り出している部分まで連れ出す。雨が降っているのでこれ以上外には行けない。
 
「映子ちゃん、かなり緊張してる。私聴いててあげるからここで一度吹いてみてよ」
 
「でも笛だけ吹くのは何か・・・」
「私が歌うから」
「うん。それなら」
 
それで千里は映子から最初の音をもらい、『キツネの恋の物語』のピアノ前奏を「ラララ」で歌う。そこに映子の篠笛が入る。その後、千里はアルト・ソプラノの掛け合いを1人で歌って行き、それに映子が篠笛で合わせる。クライマックスとなって、アルトソロ・ソプラノソロも入るが、そこも千里が1人で歌う。篠笛が入り、千里がコーダを歌う。
 
「うまく行った」
「うん。うまく吹けた」
「会場に人がいても、キュウリかニンジンが並んでると思えばいいんだよ。何も考えずに吹きなよ」
 
「ありがとう。頑張る」
 
それで映子もかなり落ち着いたようであった。
 
「でも千里凄いね。アルトのいちばん低い音からソプラノのいちばん高い音まで(G3-D6) 2オクターブ半あるのに全部歌った」
「このくらいはうまいソプラノなら出るよ」
「いや、ソプラノは逆にアルトの低い所は出ない」
 
映子は小さな声で訊いた。
「千里って声変わりはしないの?」
「女の子が声変わりする訳無い」
「やはり女の子なんだ!」
「何を今更」
 

千里たちが席に戻った時は、既に6番目の学校まで演奏が終わっていた。7番目の根室T小が歌うのにステージに昇った時、物凄い雷があり、灯りが消える。場内は騒然とするが、灯りはすぐ点いた。
 
「お騒がせしました。近くに雷が落ちたようで異常電圧プロテクタが落ちましたが、全部戻しましたので」
と運営側から説明があった。
 
T小の子たちも気を取り直して歌った。事故が起きたとは思えない、美しい歌唱だった。
 
「気持ちの切り替えがうまいね」
「やはりしっかりした所はハプニングにも強いよ」
と馬原先生は言ってから
「あんたたちもたいがいハプニングに強いけどね」
と付け加えた。
 
「確かに色々ありましたね〜」
と部長の穂花も感慨深く言った。
 

8番目の函館Q小が歌う。歌唱は無事終了したのだが、歌が終わった直後にまた近くで凄い雷があり、また会場全体の照明が落ちる。
 
「そのまま動かないでください」
という運営さんの声があり、3分くらいで照明は回復した。
 
明るくなった所でQ小の子たちはステージを降りて自分たちの席に戻った。
 
ステージのすぐ下で、何人かお偉いさんが話し合っている。大会をこのまま続けていいかどうか話し合っているようにも思えた。
 
「大変失礼しました。雷雨が激しくなっており、このまま大会を続けていいか協議しましたが、あと2校ですのでこのまま小学校の部は続けることにします。中学の部についてはまたあらためて協議します」
という発表であった。
 
袖で控えていた9番目の札幌L女学園がステージに昇った。千里たちN小の児童は席を立ち、いったんホールを出て楽屋口からステージ袖に向かう。
 
落雷が激しい。いくつも近くに落ちているようだ。稲光から1秒もしない内に雷鳴がある。つまり300m以内に落ちているということである!
 
不安の中、L女学園は何とか歌唱を終える。そしてN小の子たちも少し不安な気持ちを持ちながらステージに入った。そして馬原先生が指揮台に就き、演奏を始めようとした時、
 

これまでより明らかに近い場所で落雷があった。稲光と雷鳴がほぼ同時だった。つまり、ごくごく近くに落ちた。そして照明が消えた。
 
N小は最初ステージに立ったまま待機していたが、時間がかかるようなので、馬原先生が「みんな座ってていいよ」と言い、全員その場でしゃがんだり座り込んだりしている。
 
運営の人たちが走り回っているようだ。
 
10分くらい待たされた。
 
大会委員長さんが馬原先生の所に来て言った。
 
「実はこの会館自体に落雷しまして、会場の電気系統が壊れてしまいました。照明は点きません。どうしましょう?」
 
2年前は嵐で木が倒れてきて、エントランスの所の大きなガラスの壁が破壊されたし、全くこのホールは災難続きである。
 
馬原先生は言った。
「暗い中でも構いません。歌わせてください」
「分かりました。よろしくお願いします」
 
「先生、これを指揮棒代わりに使ってください」
と言って、千里がペンライトを馬原先生に渡した。
 
「千里ちゃん、いいもの持ってるね!」
 
先生はふつうみんなを苗字で呼ぶが、この時は名前で呼んだ。やはり先生自身かなり動揺していたのだろう。
 
それで先生は指揮棒代わりにペンライトを振ることにした。これで暗闇の中でもきれいに拍が分かる。部長の穂花がみんなに声を掛けた。
 
「暗闇の中の歌唱って神秘的でいいかもよ。みんな頑張ろう」
 
みんな頷く。
 

それで先生は「美那ちゃん行くよ」と言って、ライトをピアノに向け、前奏開始を促す。美那がピアノを弾き出す。美那は譜面が見えないが、当然暗譜しているので、大きな問題は無い。先生がそのピアノに合わせてライトを振る。部員たちが課題曲『おさんぽぽいぽい』を歌う。
 
非常事態にみんなの気持ちがひとつになった。それでこの課題曲がとてもうまく演奏できた。
 

映子がアルトの列から出て来て篠笛を構える。
 
先生がまた美那にライトを当て、前奏開始。そのピアノに合わせて映子が篠笛を吹き、『キツネの恋の物語』の歌唱が始まる。アルトとソプラノが掛け合いをしていく。クライマックスで、希望のアルトソロに、穂花のソプラノソロが応え、篠笛の音色とともに全体が美しいハーモニーとなって終止した。
 
そのあまりに美しい終わり方に会場全体から拍手が贈られた。
 
(ピアノ・アルトソロ・ソプラノソロ・篠笛を全部正演奏者でやったのは結果的にはこの時の演奏のみとなった)
 

運営が説明をする。
 
「この会場での本日の大会はこれで打ち切ります。中学の部は**大学ホールに舞台を移して1時間遅れの14時から実施します。小学校の部の結果は申し訳ありませんが、3時間以内に、各学校の代表者に電話連絡します。賞状・成績表は郵送させて頂きます。本日はこの会場はこれで閉鎖しますので、係員の誘導に従い、順序よく退場してください」
 
実を言うと、電源が落ちてしまったので、パソコンが使えず、結果が出せないのである。これは審査員が中学の部をおこなう**大学に移動してから集計することになったらしい。
 
退場に関しては、各校の代表を集め“足”を確認し、学校バスあるいは貸切りバスをこの会場に乗り付けている学校優先で1校ずつ退場させた。それでN小は3番目に退場し、バスに乗り込んだ。バスの運転手さんは予定より早い終了に驚いたようであったが、すぐお昼を食べるびっくりドンキーに移動した。
 

予約時間より早かったので車内で15分ほど待機(トイレに行きたい人は個別に行く)する。この間にバスのカーテンを閉めてみんな普段着に着替えた。こういう時、全員女子なのは便利だ(少々男子が混じっていても「目を瞑っててね」と言って着替えたかも)。
 
やがて案内されて中に入る。そして予約していたランチを食べる。松下先生が全員にチョコケーキをおごってくれたので歓声があがっていた。
 
「でも千里、よくペンライトとか持ってたね」
と穂花が感心するように言うが、蓮菜は
「千里はその日必要になるものが全部分かってるんだよ」
と言う。
「なぜ必要になるかは分からないんだけどね」
と千里は言った。
 

例によってランチ・ケーキを食べた上でも「雷でびっくりしてお腹空いた」などと言って個別に更にオーダーして色々食べている子たちもいた。映子は予約されていたランチに加えて!チーズハンバーグランチ、更にはピザまで食べて「そんなに食べて大丈夫?」と心配されたが「篠笛吹くので3食分くらいエネルギー使ったもん。それにもう演奏は終わったから大丈夫」と言っていた(学習能力が無い)。
 
みんな食事が終わって(トイレに行ってから)バスに戻り、留萌に向けて出発した。そして高速に入って10分くらいした所で馬原先生の携帯に連絡が入る。
 
「ゴールド?シルバー?」
と訊き直している。“金(きん)”と“銀(ぎん)”は電話では聞き間違いやすい。
 
「本当ですか!ありがとうございます!」
という馬原先生の声が明るいので、みんな笑顔で顔を見合わせる。
 
馬原先生がみんなに伝えた。
 
「1位・ゴールド。金賞だったよ。また全国大会に行けるよ」
 
「やったぁ!」
「ばんざーい!」
と歓声があがり、帰りのバスはお祭り騒ぎとなった。
 
なお帰る途中、砂川SAでトイレ休憩したが、ここを出発したのは、SA到着後40分!も経ってからであった(馬原先生が運転手さんに「少し仮眠していてください」と言った)。みんなは寝たい人は寝て、起きてる人は1曲ずつリレーで歌って待っていた。このリレーは留萌に着くまで続いた。
 
なぜ40分も停車するはめになったのかは、ある女性の名誉のため、敢えて触れないことにしておこう!
 

2002年9月29日(日).
 
昨日札幌まで日帰りで往復し、コーラスの道大会に出たばかりだが、千里は小春に言われて路線バスで旭川に出た。美輪子に呼ばれたということにしたが、美輪子には電話して
「旭川に出る言い訳に使わせて」
と頼んでおいた(美輪子はデートでもするのかなと思ったよう)。
 
美輪子が好きな黄金屋の洋菓子“金と銀”をお土産に持って行った。
 
でもそのお土産は小町に持って駅で待機していてもらい、千里は小春と一緒に、旭川市内某所に向かった。
 
「千里は、そろそろ加減を覚えた方がいい」
と小春は言ったのである。
 
「ヒグマを倒すのには、確かに現時点で千里のマックスのパワーが必要だった。でも倒すのにそれほどの力は必要ないものもある。全ての相手に全力を使っていたら、多数の敵を相手にした時に1匹倒しただけで、後続の敵にやられてしまう。だから、千里はその敵の“キャパシティ”を見抜いて、その敵を倒すのに必要なだけのパワーで相手を倒す必要がある」
と小春は言った。
 
「だから今日はその練習をしよう」
「どうやって練習するの?」
 
「これから悪霊が、うじゃうじゃ居る所に連れていくからさ。どんどん倒して。但し各々の悪霊をその悪霊を倒すのに必要な最低限のパワーで倒す練習」
 
「へー。ゲームみたい」
 
「似てるけど、ゲームはあくまで遊びにすぎない。今日やるのは実戦だし、真剣勝負。失敗したら、千里の命にも関わるよ」
 
「でも私が倒せる程度のものが相手なんでしょ?」
「まあ今の千里なら大丈夫だろうと思うから連れていくんだけどね。でも絶対油断するなよ」
「分かった」
 

それで2人が着いたのは、まるで神社のような外見の施設である。
 
「何これ?」
と千里は眉をひそめる。
 
「酷いでしょ?」
「こんな所にお参りしたら、たくさん変なのに憑かれる」
「そうそう。だから今日は大掃除だよ」
「勝手に掃除していいの?」
「まあ余計な親切だね」
 
それで2人は中に入った。いきなり寄ってきて憑依しようとした悪霊を一瞬で破壊する。
 
「強すぎ。今の半分の力で良かった」
「そう?」
 
とにかく悪霊はどんどん寄ってくるので、どんどん破壊していく。たいてい一発で破壊するが、手加減しすぎて破壊できず、至近距離まで来たのを慌てて再度エネルギーをぶつけて破壊したのもあった。
 
「気をつけて。相手をなめたらダメ」
「分かった」
 

千里と小春はそれでそこの境内をほんの30分ほど歩き回る間に恐らく300-400くらいの悪霊を破壊した。
 
「だいぶうまくなった。かなり相手の力量を正確に見られるようになった」
「うん。何となく感覚が掴めてきた」
 
そんなことを言っていた時である。
 
千里は背中がぞぞぞっとした。
 
『千里?』
『分かってる』
 
タイミングを見計らう。
 
相手はかなり怒っている。でも怒っている故に隙があると思った。相手がこちらに背後から襲いかかろうとした。
 
千里は振り向きざま、マックスのエネルギーを相手にぶつけた。
 
相手が一瞬で消滅する。
 

相手が大きかったからだろう。つむじ風のようなものが起きたが、千里も小春も霊鎧をまとって防御した。
 
「強すぎた?」
と千里は尋ねた。
 
「いや、今のはマックスで良かった。でもこないだヒグマを倒した時の倍くらいのパワーだったじゃん。私もびっくりした」
 
「だってヒグマより強いと思ったもん」
 
「千里のマックスが分からなくなった」
と小春は言った。
 
どうも今のが“ラスボス”だったようである。こいつが出てくるのは実は想定外だったらしいが、万一の時は“毘沙門天のお札”を使うつもりで持っていたらしい。でも千里の力で倒せそうだったから使わなかったと小春は言った。
 
「毘沙門天(びしゃもんてん)が効くの?」
「ここの神殿に居座っていたのは大狸。狸は犬=戌の仲間だから、五行では陽土。木剋土で、土を倒すには陽木を使えばいい。陽木は十二支では寅。毘沙門天のお使いが虎なんだよ」
 
「むつかしー。でもずっと以前(1994)、狼倒すのにも虎使ったね」
「そうそう。あれと同じ」
 
あの時倒したのはニホンオオカミの生き残りかと騒がれたが、大学の先生が調べた結果、モンゴルなどに生息するユーラシア・オオカミと分かり、誰かが持ち込んだのだろうということになった。
 
あれ以来随分色々な悪霊・妖怪、時に野生動物も倒してきている。マムシとかイノシシを倒したこともある。リアルでは先日倒したヒグマが最大の獲物だ。私って必殺仕事人だったりして??ふたつ名は“鰊(にしん)のおちさ”とか?
 

小春は“空っぽ”になった神殿に神様を1柱勧請して、ここの管理者になってもらった。まだ若い美人のお姉さんだった。それでここは“神社みたいな”変な施設から、小さいながらも一応まともな“神社”になった。
 
「空っぽのままだとまた変なのが入るかも知れないからね」
「前にもそんなこと言ってたね」
 
「性ホルモンとかも男性ホルモンも女性ホルモンも無いのはまずい。男性ホルモンを生産するものを除去したら女性ホルモンを生産するものを入れないとね」
 
「へー。私、女性ホルモンがあるよね?」
「もちろん。今は退避させているお母さんの卵巣の力だけど、癌治療が終わって卵巣をお母さんに戻した後のことも考えてるから」
「それは小春に任せた」
 
千里のIPS細胞から作った卵巣・卵管・子宮・膣などのセットは小春の体内で現在育成中である。それをどうやって千里に移植するかは、実は何も考えていない。
 
2人はその後、もう少し“雑魚掃除”をしてから、その“神社”を後にした。一度市内の大きな神社に参拝し、昇殿して祈祷を受けて、身を清らかにする。
 
その後で小町にも連絡し、美輪子のアパートに向かった。
 

「千里さ、中学になっても剣道だけは続けなよ」
と小春は言った。
 
「そう?私うっかり相手を殺しちゃったりしないか不安で」
と千里は正直な気持ちを言う。
 
「だから、そんなことがないように自分をコントロールする術(すべ)を身に付けるのにも剣道は続けた方がいいんだよ。でないと、千里、剣道でなくてもいきなり背後に立った人を反射的に殺しちゃうかもよ」
と小春。
 
「それは恐いね!」
と千里も言った。
 
それで千里も剣道については再度考えてみることにした。
 

小町と落ち合い、お土産を持って美輪子のアパートに行く。
 
ここは昨年まで美輪子が住んでいた1Kの学生アパートではなく、中心部から少し離れるが2SDK(実質3部屋)の広さがあるアパートである。千里は中学時代ここに頻繁にお泊まりするようになり、高校はこのアパートに下宿させてもらって3年間通うことになる。
 
ベルを鳴らしてドアを開けてもらう。
「美輪子お姉ちゃん、こんにちわぁ」
と言って入っていったが、美輪子は
「待ってたよ。一緒に来て」
と言って千里を連れだした。駐車場に駐めている車、赤いウィングロードに乗り込む。
 
「車買ったの?」
「うちの会社、残業が多いからさ。帰りが遅くなってタクシー使うことが多くて。タクシー代掛かりすぎるから、いっそ車買っちゃおうと思って」
 
「タクシー代くらい会社から出ないの?」
「そんな上等な会社ではない」
「残業して疲れている身体で車を運転するのは危ないと思う」
「きつい時は車の中で寝ちゃう」
「凍死しない?」
 
何でも30万円だったのを夏のボーナスで半額支払い、残りは12ヶ月の分割払いにしたらしい。30万円と聞いて千里は「車って高いんだなあ」と思ったが、30万円の車というのが、とんでもない安物であるとは知らない。ちなみに千里の母が使っているヴィヴィオは10万円!で買ったものである。
 

やってきたのは市内のスタジオのような所である。
 
「おはようございまーす」
と言って美輪子が入っていくので、千里も
「おはようございます」
と挨拶したが、もうお昼近くなのにと思った。
 
「これうちの姪なんですけど、使えません?」
「おお、可愛い!」
「髪も長くて素敵だ」
「君女子中生?」
「小学6年生です」
 
「じゃこっちに来て」
と言われて、千里は髪にヘアスプレーを掛けられブラシを入れられ、スチームを掛けてドライヤーでブローもされる(髪留め2個はバッグに退避させた)。
 
眉毛も少し整えられ、それから化粧水で顔を拭かれる。
 
「この服着て」
と言われて、裙がふわっと広がる、いわゆるAラインのシルクのドレスを着せられた。高そうと思う。髪には銀色のカチューシャを付けられる。
 
「これ持って」
と言われてフルートを渡された。渡された瞬間「重い!」と思った。
 
「これもしかして銀ですか?」
「そそ。総銀のフルート。普段は洋銀のフルートか何か吹いてる?」
「私、フルート吹いたことありません!」
 
「ああ、別にいいよ。でもフルート吹いてるみたいな感じで横に構えて」
「はい」
 
それで千里は、こんな感じかな?と思ってフルートを構えた。
 
「様になってる、様になってる」
「やはり横笛を吹く少女は美しい」
 
「音出なくていいから、何か適当に吹く真似して」
と言われたので、適当に指を動かし、息を吹き込むと音が出た。
 
「なんだ、フルート吹けるんじゃん」
「あ、ちょっと待ってください」
 
自分でも音が出たのにびっくりしたのだが、折角ならというので千里は『アルルの女』の『メヌエット』を吹いた(*14).
 
ミッミーレ・ドレミファ・ソミ↑ドソ・ミ
 
という曲である。
 
(*14) 『アルルの女のメヌエット』としてあまりにも有名であるが、実は元々は『アルルの女』とは無関係。『アルルの女』はビゼー作曲の劇付随音楽だが、この劇は極めて不評で全く上演されなくなった。ビゼーはその音楽の中からいくつか楽曲を抜き出して“第1組曲”を作ったが、ビゼーの死後、彼の友人エルネスト・ギローは更に“第2組曲”を編成した。
 
『メヌエット』はそのギロー編・第2組曲の中の第3曲である。が実はこの曲はビゼーが書いたオペラ『美しきパースの娘』の曲で、『アルルの女』には含まれていない。しかし一般には『アルルの女のメヌエット』として名前が通っている。
 

千里がフルートで『メヌエット』を吹くと「素晴らしい!」と言われ、それで30分くらい撮影が続けられた。
 
「今度はこれ着て」
と言って渡されたのはセーラー服である。ドキッとする。
 
「6年生なら来年の4月からはセーラー服着るんでしょ?ちょっと予行練習ね」
「はい!」
 
千里は凄く嬉しくて、喜んでセーラー服を着たが、リボンの結び方が分からなかったので、これは撮影スタッフさんに結んでもらった。
 
それでまた撮影するが、同じ曲では芸が無いと思ったので、今度は瀧廉太郎の『花』を吹いた。
 
「レパートリー多いんだねぇ」
と言われた。
「私フルート吹いたの初めてです」
と千里が言うが
「またご冗談を」
と笑われて全く信用してもらえなかった!
 
でもこのセーラー服での演奏も30分くらい撮影した。
 

「お疲れ様でした」
「ありがとね」
「これ謝礼ね」
と言って渡された封筒を見ると中に5万円も入っているのでびっくりする。
 
「こんなにもらっていいの?」
と美輪子に訊くと
「まあモデルとして最低ランクのギャラだね」
と言われた。
「へー!」
 
「でもあんたフルート吹けるんだね」
「フルートなんて初めて手にしたから、適当に吹いたんだけど」
「もしかして普段ピッコロ吹いてるとか?」
 

千里は唐突に疑問を感じた。
 
「これ何の撮影だったの?」
「あれ?言ってなかった?不動産屋さんのCMたよ」
 
千里は不安になる。
 
「まさかテレビで流れたりしないよね?」
「テレビCMたよ」
「それって流れるの、旭川だけ?」
「北海道全部で流れると思うけど」
「じゃ留萌でも流れる?」
「流れると思うよ」
 
千里は焦った。
 
「どうしよう?友だちに見られたら」
「あんたのお友達は千里が女の子の服を着てても騒がないって」
「うちのお母ちゃんが見たら」
「あんたにセーラー服が似合うことを再認識してくれると思うよ」
「お父ちゃんが見たら」
「きっと似た顔の女の子だと思うよ」
「そうだよね!」
 

慈久(海藤天津子の祖母)はその日、市内の信者さんの所に行って祈祷をしていたのだが、教会に帰ってくると声を挙げた。
 
「何?何がどうなっちゃったの〜〜〜!?」
 
この日を境にXX教の“旭川教会だけは”まともな場所になったのであった。本部との霊的な関係は切れちゃったけど!
 
慈久は「何か変わった」ことは認識したものの「神様が換わった」(正確には“神様に代わった”)とは思いもよらなかった。神様に“代わっちゃった”ことに気付いたのは天津子(小1)のみである。
 
「あ、本物の神様になってる」
と天津子は呟いた。
「美人の神様だなあ」
と天津子が言うと、神様は嬉しそうに微笑んでいた。
 

この日天津子は最初は境内の様子を見て
 
「誰よ掃除しちゃったのは?チビの餌が無いじゃん!」
などと文句を言った。その後で神様が入っていることに気付いた。
 
いつも天津子はここでたっぷりチビ(虎)に悪霊を食べさせていたのである。でも居心地が悪いから、自分ではあまり境内に入らないようにしていた。でもこの後は結構境内に自分も入るようになった。
 
これまであまりここに来たがらなかった天津子が、呼ぶといつでも来てくれるようになり、天津子の祈祷は信者さんに人気があるので、慈久は機嫌がよかった。この頃の天津子は信者さんたちから「生き神様」と呼ばれて崇拝されていた。
 
青葉がここを訪問して1泊するのは、この2年後のこと。千里が“掃除”して、その後は本物の神様が居るようになったことで、ここはクリーンに保たれるようになり、青葉は安眠できた:躾の悪い虎と戦うことにはなったけど!
 
2000 キャンプ場で虎が千里にやられて小さくなる。天津子が拾ってペットに。
2002 千里がXX大神宮の“掃除”をする
2004 虎、千里(中2)に叩きのめされ、青葉(小1)にペシャンコにされる。
2006 虎、また千里にやられて再度小さくなる。天津子(小5)が“生き神様”を辞めて、叔母の所に身を寄せる。
 

9月30日(月).
 
合唱コンクール道大会・金賞の賞状はこの日午前中に到着した。コーラスサークルの部員は昼休みに音楽室に集合し、教頭先生が馬原先生に賞状を渡し、部員たちから拍手が沸き起こった。
 
しかし千里が在籍したこの3年間、道大会の賞状はまともな形での表彰式では渡されていない。
 
2000年は会場の壁破壊で、時間が延びたことから、賞状は隣接する体育館で事務局長から渡された。昨年はビデオ審査になり、金賞の賞状は郵送されてきた。そして今年もまた郵送である。
 
「道大会の表彰式に出るのは、津久美ちゃんたちに任せた」
と穂花が言うと、津久美はキョロキョロしてる。
 
「なぜ私の名前が?」
「え?来年の部長なのでは?」
「無理です〜。私人望が無いですよ。部長はスミレちゃんよろしく」
「え〜?私、そんながらじゃないですー。私副部長しますから、部長は津久美ちゃんよろしく」
「じゃここは妥協して部長は希望ちゃんで」
「なぜ私の名前が?」
 
と3人は譲り合っていた。
 
来年の部長は、クリスマスコンサートも終わった後、年明けに選任されることになるだろう。
 

千里が撮影したCMは一週間後の月曜日、10月7日から、お昼や深夜などの広告料の安い時間帯に流れ始めた。
 
このCMを見た津気子は頭が痛くなり、千里は学校でさんざん話題にされた。
 
「千里、セーラー服やはり似合ってる」
「4月からはセーラー服着るんでしょ?」
 
「え〜?そんなの許してくれないよぉ」
「千里男子として中学に入るにはその髪の毛切らないといけないよ」
「千里、髪の毛じゃなくて、折角ちんちん切ったんだから、ちゃんとセーラー服着よう」
「だいたい千里が学生服なんか着てたら、何ふざけてるの?ちゃんとセーラー服着なさいと言われるよね」
 
千里はその話題で留実子が暗い顔をしているのを目の端で見た。るみちゃんはセーラー服着たくないんだろうなあ。学生服着たいんだろうなぁ。
 

晋治はわざわざ電話して来て
「あのCM、可愛いね」
と言ってくれた。
「あれ、千里が進学する中学の制服だっけ?」
「ただの撮影用衣裳だよぉ」
「でもセーラー服着るんでしょ。制服作ったら試着写真こちらに送ってよ」
「学生服着ることになるかも」
「千里が着られる学生服は存在しないと思う。千里女子としても細いのに」
「確かにそうかも」
「それに千里、本当はバストあるのでは?」
「内緒」
「バストがあるなら、それ学生服に収まらないし」
 
なお、父はテレビでは野球くらいしか見ないし、このCMはゴールデンタイムには流れないので、父の目には入らなかった。
 
 
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【少女たちのBA】(5)