【少女たちのBA】(4)

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学習発表会の劇だが、演目が『オズの魔法使い』と決まってから、我妻先生が、ベースになる小学校用の劇台本を元に、原作本も見ながら1週間で書き上げ、学校のプリンタで印刷して7月末に児童全員の家に送り届けていた。それでみんな夏休みの間に結構セリフも覚えていた。仲の良い子同士集まって読み合せなどもしている。千里は絵梨(ドロシー)・蓮菜(西の魔女)・美那(緑の少女)・穂花(語り手)と読み合わせした。千里はこの4人以外の全てのセリフを覚えてしまった(この4人のセリフも覚えた)。
 
「千里って算数や理科の公式とかは全然覚えないのにこういうのは得意だよね」
「うん、私は算数とかは苦手〜」
 

北海道や東北の学校の夏休みはだいたい8月20日までである。それで千里たちの学校も8月21日(水)に始業式が行われ、2学期が始まった。
 
学校が再開されると週2回の学活の時間に、学習発表会の練習が行われた。我妻先生はこういう指導には熱心だし、みんな結構頑張った。
 
我妻先生は文章はうまいのだが、話し言葉については強烈な方言の話し手なので慣れてない子には先生の話す言葉は分かりにくく!今年帯広から転校してきた絵梨はしばしば分からなくて「今先生、何て言った?」と隣の子に聞いている!そういう訳でこの練習も、先生の指導をクラス委員の蓮菜が通訳!して進める形で行われた(でないと絵梨以外にも今一意味がちゃんと取れない子がいる)。
 

その週の金曜日には水泳大会があったが、女子水着を着ている千里を見て、麦美が
「女の子にしか見えない!」
と感心していた。
 
「フェイク、フェイク」
「胸があるように見えるんだけど」
「パッドなんだよ。シリコン製だから本物みたいだよ。ほら触ってみて」
「本物としか思えない」
「精巧だよね〜」
「ちんちん付いてないように見えるんだけど」
「ちょっと取り外してロッカーに置いて来た」
「取り外せるの〜?」
 
水泳大会は、5-6年生の場合、男子は25m, 50m, 100m, 200mの自由形、25mの平泳ぎ・背泳、女子は15m, 25m, 50m, 100mの自由形と、25mの平泳ぎ・背泳の他、15mも泳げない子のために泳げる所まで泳ぐ“距離測定”というのもある(距離測定は男子でも25m泳げない子は出てよい)。
 
なお全ての種目で飛び込みは禁止で、水の中に入ってのスタートである。これは小学校の浅いプールで飛び込みは危険だからである。
 
千里は(女子)自由形25mに出場して、25mを泳ぎきったものの美事に最下位だった。でも泳ぎ切ったのを桜井先生に褒められた。留実子はいちばん長い距離の(男子)200mに(女子水着で)出場して断トツの1位だった。
 
「村山は男子水着じゃないんですか」
「社会的な不都合があるから」
「花和は男子水着じゃないんですか」
「医学的な不都合があるから」
 
「よく分からん」
 
修学旅行で千里が女湯に入ったことは、ごく一部の女生徒とごく一部の先生にしか知られておらず、千里は男湯に入ったことにしている(誰も信じていない)。
 

8月24日(土).
 
千里たち、N小・合唱サークルは、今年の合唱コンクール地区大会(留萌・上川・宗谷の三支庁合同予選)に出るため、旭川市に出た。6月のフェスティバル同様、路線バスを予約し増車してもらっている。付き添いも前回同様、顧問の馬原先生の他に松下先生である。4年生3人と5年生2人が見学を希望したので、児童35名と先生2人で37人で行くことになり、大型バス(正座席45)を用意してもらっている。
 
この日は雨模様でみんな折りたたみ傘を持って来ていたが、千里たちが旭川に着いた頃はまだ降っておらず、予約していた駅近くの中華料理店でお昼(バイキング形式!)を食べた。前回和食が不評だったので今回は中華にしたらしい。
 
食べ放題というのでたくさん食べている子もいる。映子など、朝御飯を食べそこねたなどと言って3人分くらい食べていたので、美都から「そんなに食べて大丈夫?」と訊かれ「大丈夫。問題無い」と答えていた。千里は少食なので「それでは元が取れん」と蓮菜から言われるほど少ししか食べていなかった。
 
その後、歩いて会場まで行った。
 
千里は1kmほど歩いて、身体の血の巡りが良くなり、気持ち良くなった気がした。
 
歩いて「疲れたぁ」などと言っていた子もあったが、バイキングで少し食べ過ぎた子は「いい腹ごなしになった」と言っていた。映子も会場まで歩いたので「1食分は消費した」などと言っていた。
 
(体重40kgの人が1kmほど歩いて消費するカロリーは40kcal=0.5単位程度。一方茶碗1杯分のごはんのカロリーは2単位=160kcal程度ある。通常の食事1人分500kcalを消費するには12kmくらい歩く必要がある!)
 

このコンクールは毎年参加校が減ってきており、一昨年は12校、昨年は10校だったが、今年は8校である。来年はもしかしたら予選の地区合併があるかも知れないという話だった(実はこの年が底で翌年からは増加に転じる)。
 
N小はこの地区大会を一昨年・昨年と連覇しているが、昨年は10校中8番目の演奏で、N小の後で、上位常連のF女学園・Y女学院が歌った。しかし今年はN小がラストになっていた。実は昨年、金賞が取れなかったY女学院が銅賞を取っていたのに授賞式の途中で帰ってしまい、合唱連盟から厳重注意をくらうという事件があって長年務めた理事校も辞任した。代わって理事校になったF女学園が「前年の成績順にすべき」と言って、この順序になったらしい。そういう訳で8校の演奏順序はこのようであった。
 
旭川市立T小学校(2000銅賞)
士別市立M小学校(1999-2000銅賞)
旭川市立S小学校(2001銅賞)
上川町立K小学校(1999-2001銅賞)
Y女学院初等科(2001銅,2000銀,1989-1999連覇)
稚内市立H小学校(2001銀賞・2000銅賞)
F女学園小学校(1996-2001銀賞)
留萌市立N小学校(2000-2001連覇)
 
なんと参加校8校はみんな2年以内に銅賞以上を取った学校ばかりである。少子化で子供の数が少なくなっていてコーラスに必要な人数を確保しづらくなっていること、地区が合併されたことで、交通費がかかるようになり、その予算が出ない所なども増えているのがあるのではと松下先生は言っていた。賞を取っていると、学校からも比較的予算が出やすい。
 

最初に人数が20人に満たず審査対象外の“参考参加”になる学校が4校歌った。これは旭川市内の小学校が3校と、富良野市内の小学校1校である。富良野から出てくるというのは熱心だ(できも良かったので特別賞をもらった。ここは翌年からは何とか人数を揃えて正式参加するようになる)。
 
その後、通常参加の学校8校の演奏が始まる。しかし思えば一昨年はN小は一部のメンバーが高速道路上で事故による通行止めに遭って演奏に間に合わず見学に来ていた子を壇上に頭数合わせで並べた。昨年は演奏直前にコンクールの看板が落下して騒然となった。まあ色々事故は起きるもんだと千里は思った。そもそも千里はサークルには入っていなかったのに、4年の時に頭数合わせで壇上に立ち「スカートの制服着たいでしょ?」と言われて、なしくずしにサークルに参加することになったのである。
 
しかし今年は、看板が落ちてくることも天井が崩壊することもなく!?順調に演奏は進んでいった。
 
Y女学院は課題曲の後、自由曲ではフェスティバルでも歌った『ユルリの春』を歌った。一応調性はあるが転調の多い曲である。フェスティバルで歌ったもうひとつの曲、無伴奏・無調の『少年の嘆き』は「完成しなかったのかもね」と馬原先生は言っていた。無伴奏で無調の曲を歌うには、絶対音感を持つ子がかなり入っていないと事実上不可能である。それで結局断念したのかも知れない。
 

稚内のH小学校は、一昨年銅賞で去年が銀賞である。今年は金賞取るぞ!と燃えていたようである。かなりの難曲で挑戦していたが、千里の耳にも未完成に聞こえた。一応音は合っているが単にその音で歌っているだけだ。歌い込み不足が明らか。もっと易しい曲の方が良かったのではという気がした。
 
昨年まで6年連続銀賞のF女学園は、まさにその“易しい曲をしっかり完成させる”という路線で歌った。馬原先生も「凄い。完璧だ」と言った。つまりここを上回るには、もっと難しい曲を完璧に歌う必要がある。
 
そのF女学園の演奏が終わり「さあ行くよ」と言って、F女の子たちが退場するのを待っていた時のことである。
 
「先生、花崎(映子)さんがいません」
という声がある。
 
「え?どこに行ったの?」
「さっきトイレに行くと言ってましたけど」
 
「私が呼んで来る」
と松下先生が言うが、馬原先生はそれを停めた。
 
「待って。それより篠笛が」
 
映子は自由曲『キツネの恋の物語』で篠笛の担当なのである。
 
「横川(由衣)さん、篠笛持ってる?」
 
由衣はバックアップの篠笛奏者である。
 
「バッグに入れて座席に」
「松下先生、それを取ってきて」
「どんなバッグ?」
「ピンクのベビーシナモン(*7)の絵が入っているバッグです」
「行ってくる」
と言って、松下先生は走って行った。
 
(*7)この年5月にデビューしたばかりのキャラで、翌年“シナモロール”と改名された。売上がジリ貧になっていたサンリオを再生させる救世主となったキャラクターである。
 

それで少し足もとが浮ついた状態でN小のメンバーは出て行ったが、ここで児童が並び終わった所で、舞台袖から歩いて指揮台の所まで行く馬原先生が電気のコードに引っかかって転んでしまった。
 
スリットの大きなスカートを穿いていたので一瞬パンティまで見えた。マイメロのパンティだったので部員たちが一瞬顔を見合わせる。
 
「大丈夫ですか?」
と部長の穂花が飛び出して先生の所に行く。
 
「大丈夫、大丈夫。みんなごめーん」
と言って先生は立ち上がる。運営の人まで出て来て「大丈夫ですか?」と訊いた。先生は「すみません。大丈夫です」と言って、指揮台に就いたが恥ずかしそうな顔をしている。
 
しかし映子が居ないというので、一時浮ついた感じになったメンバーが先生が転んだので今度は気持ちが引き締まった。
 
部長の穂花が「行くよ」とみんなに声を掛けると、みんな気持ちを集中する。先生も気を引き締め直し、ピアニストの美那とアイコンタクトする。指揮棒が振られると同時にピアノの前奏が始まる。課題曲『おさんぽぽいぽい』を歌う。
 
『魔女の宅急便』の原作者・角野栄子さんの作詞、多数の合唱曲を書いている新実徳英さんの作曲である。
 
先頭・真ん中・最後に無音部分があり、ここをどう歌うかは歌唱者に任されている。Y女学院は独自のメロディーを付けて歌った。H小は叫ぶように歌った、というかほんとに叫んだ。F女学園は抑揚を付けて話すように歌った。ここはほんとにその学校の個性が出る所だろう。N小の場合は、F女学園と同様に抑揚を付けて話すように歌った。ただイントネーションはF女学園とは異なる。
 
全体的に童謡のような感じで楽しい歌である。昨年の課題曲『ロボット』は解釈に悩んだのだが、今年の課題曲は無音部分以外の歌い方についてはみんなあまり悩まなかったのではないかと思った。純粋に歌唱力の勝負である。
 
気持ちが集中できたことで、N小はこの曲をうまく歌うことができた。
 

自由曲になる。篠笛を持った松下先生が袖から歩いて出て来る。篠笛を吹く由衣がソプラノの列から出て、前に出て来る。彼女はかなり緊張した顔であった。やばいなと部長の穂花は思った。充分な練習はしているのだが、何しろ本番直前に言われた。彼女は4年生でコンクールの舞台自体が初めてである。それでなくても緊張するのに、突然の大役だ。
 
そして由衣は篠笛を受け取ろうとしたのだが・・・・
 
躓いてしまった!
 
後でスタッフがその付近の床を調べたものの、躓きそうなものは何もなく、なぜ彼女が躓いたのかは謎である。
 
しかし由衣は躓き、そのまま前転でもするかのようにして、ステージ下まで転がっていった。
 

「横川さん!」
と馬原先生が声を挙げる。松下先生が馬原先生を手で制し、篠笛を馬原先生に渡してからステージ下に飛び降り、由衣を介抱する。
 
「大丈夫です」
と本人は言っているが、部長の穂花は篠笛は誰か代わった方がいいと思った。それで穂花は叫んだ。
 
「深草さん、篠笛代わって!」
「します」
と言って、小春はソプラノの最後列から飛び出すと、馬原先生から篠笛を受け取った。
 
松下先生が由衣を介抱しているが、大丈夫そうなので、馬原先生が美那とアイコンタクトを取り、ピアノ前奏が始まる。由衣のことは心配だが、すぐ演奏を開始しないと時間制限をオーバーしてしまう。
 
ピアノ前奏の後、小春の吹く篠笛が4小節入って歌が始まる。由衣が転落した時はみんなざわっとしたが、小春の篠笛を聴いてみんな緊張感を取り戻した。美那は時間制限をオーバーしないよう、念のためややアップテンポにピアノを弾いたが、これも結果的には曲調を明るい感じにした(道大会以降もこのテンポで行くことになる)。
 
アルトの呼びかけに対してソプラノが応えるという、会話のような感じで曲は進行していく。それに時折、篠笛の音が入る。篠笛は低音と高音を吹き分けるわりと難しい演奏なのだが、篠笛の達人・小春はそれをとても美しく吹いた。その演奏でみんな気持ち良く歌って行く。
 
クライマックスで希望のアルトソロが8小節入り、その後、穂花のソプラノソロが8小節入る。そして4小節の篠笛の後、最後はきれいなハーモニーで終止する。
 

みんなホッとした表情である、トラブルはあったものの、その影響を感じさせないようにきれいに歌うことができた。穂花は目の端でF女学園の部長さんが天を仰ぐような姿勢をしたのを見た。
 
転落した由衣は怪我もしていないようで、ステージから降りた他のメンバーと一緒に席に戻った。みんな「大丈夫?」と心配したが本人は「ごめんなさい」と言っていた。
 
ともかくもこうしてN小のステージは無事(?)終わったのである。
 
映子は急にお腹が痛くなってトイレに籠もっていたらしい。みんなに平謝りしていた。「やはりお昼の食べ過ぎでは」とみんなから言われていた。最終的に篠笛を吹いた小春は穂花からも先生からも「あなたのおかげで助かった」と感謝されていた。
 
穂花は「やばい」と思った時、目の端に小春の姿を見て、そうだ、彼女なら吹けるはずと思って頼んだと言っていた。
 
実を言うと、映子が居ないという事態に、万一の場合を考えて、千里が小春に「歌唱に参加して」と指示したのであった。そして小春にとってはこれが“実体”で演奏するラストステージになった。
 

20分ほどの休憩時間を経て、審査結果が発表される。審査員長が壇上に登り、発表を行った。
 
「金賞。留萌市立N小学校」
 
会場全体から拍手がある。部長の穂花が「小春ちゃん来て」と言って、2人で一緒に壇上に登り、審査員長から賞状と記念の楯を受け取った(小春も後で「あれはいい記念になった」と言っていた)。なお、副部長は映子であった!
 
「銀賞。F女学園小学校、上川町立K小学校」
 
F女学園小学校はこれで7年連続銀賞である!K小学校は3年連続銅賞だったが、今年は銀賞になった。
 
「銅賞。Y女学院初等科、稚内市立H小学校」
 
Y女学院は2年連続銅賞となった。部長さんは悔しそうだったが、Y女の自由曲歌唱はやや微妙だった。F女学園は完璧だったし、K小も完成度が高かったので、やはりそれが銀と銅の違いだろう。H小も未完成だった。選んだ曲をちゃんと完成させているかというのは重要だ。
 
しかしこれで千里たちN小学校は3年連続で道大会に行けることになった。
 

帰りも増車してもらった路線バス(最終便)で留萌に戻ったが、車内は賑やかだった。あまり騒ぐので、馬原先生が
「一応路線バスなんだから、あんたたち控えなさい」
と言った。しかし運転手さんは
「お客さんはあなたたちだけだから、少しくらいいいですよ」
などと言うので、結局全員で1曲ずつリレーで歌って行くことになってしまった。見学者も参加しての楽しいひとときとなった。歌は学校で習うような歌から、合唱でよく取り上げられる歌、歌謡曲、童謡と様々であった。
 
千里はポルノグラフィティの『アゲハ蝶』を歌った。蓮菜は元ちとせの『ワダツミの木』、小春に言われて代わりに座席に座った小町は島谷ひとみが今年リバイバルヒットさせた『亜麻色の髪の乙女』(オリジナルは1968年・ヴィレッジ・シンガーズ(*8):ヴィレッジ・ピープルではない!)を歌った。
 
全員1回ずつ歌い、その後4年生が途中まで歌った所で、留萌駅に到着。みんな運転手さんにお礼(おれい)を言って降りたが、運転手さんは
「お陰で眠くなったりしなくて助かりました」
などと馬原先生に言っていた。
 
(*8)ヴィレッジ・シンガーズ(Village Singers) は1966-1971年に活動した日本の(多分ストレートの)男性グループサウンズ。はじめはヒット曲に恵まれなかったが1967年筒美京平作曲の『バラ色の雲』が大ヒット、翌年の『亜麻色の髪の乙女』と合わせて同グループの代表作となっている。
 
名前が似ているヴィレッジ・ピープル(Village People) は『Y.M.C.A.』(1978)の世界的特大ヒットで知られるアメリカのゲイ男性グループ。初期メンバーはゲイバーでスカウトし、その後オーディションで集めた。後に女性と結婚したメンバーもあり、バイだったのか実はストレートだったのかは不明。そもそも歌ってる人と映像に出てる人は別らしい!! "Y.M.C.A."は原詩を読めば分かるように相部屋になった男性を誘惑するゲイ・ナンパソングだが、日本では“健全な”歌詞を乗せて西城秀樹が『ヤングマン』のタイトルでカバーした。それで、ゲイソングとは知らない人も多いし、小学生の鼓笛隊で人気の高い曲である。
 
なおヴィレッジ・シンガーズもヴィレッジ・ピープルもどちらも名前の由来はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ(Greenwich Village)である。
 

マンションへの引越の後、照絵は結構後片付けに手間を取られていた。
 
引っ越し屋さんは、収納関係に入っていたものは、どれの何段目に入っていたかというのをきちんと段ボールに記録しておき、そこにちゃんと戻してくれているので、衣服などはほぼそのままで問題無かった。しかし食器や本などは、やはり微妙な好みの問題で並べ直し作業が必要になった。
 
「でもここまでしてもらったら問題無いよねー」
などと呟きながら、照絵は楽譜書き(清書や編曲、時に作曲!を含む)、育児、家事などの合間にそれをしていっていた。
 
お風呂だが、高そうなマンションだけに素晴らしかった。好みの温度と湯量を設定しておくと、ちゃんとそれで入れてくれて「お風呂が入りましたよ」と音声でお知らせしてくれるし、“湯温保持”ボタンが点灯していると(お風呂を入れたら自動点灯)その温度で保ってくれる。“一時加熱”ボタンを押すと2度湯温があがる所まで加熱される(その後は元の湯温に戻るまで加熱停止)ので、湯上がり前の全身浴に良い。また脱衣場と浴室にはヒートショック防止のため暖房が入っているので、冬でも寒い思いをしなくて済みそうだ。この暖房のおかげで乾燥も速く、カビが生えにくいらしい。
 
バスタブも、千葉のアパートで交換してもらった新しいバスタブより更に広いもので、大人2人で入っても充分ゆとりがある感じであった。これ新婚の頃なら英世と一緒に入りたかったなあ、などと思った。
 
英世は現在はワンティスの音源制作や練習でなかなか帰宅しない。どうもワンティスのギターは実際問題として、ほぼ英世が弾いているようである。高岡さんはむしろ歌とプロデュースに専念しており、ライブでも当て振りしているようだ。
 
「あの人のギター演奏技術は微妙だし」
と実際に弾いている所を何度か聞いたことのある照絵も思った。
 
テレビでは決して高岡さんの指を映さない!
 
元々高岡さんは前のボーカルが辞めた後、後任のボーカルとしてスカウトされた人らしいし、もうひとりのギタリスト(崎守英二)はデビューに参加しなかったらしいし。
 
この時期のワンティスはギターは英世、キーボードは本坂伸輔が弾いていた。(初期の頃はギターは滝口将人、キーボードは原埜良雄が主として弾いていたがこの頃はいづれもドリームボーイズの活動のため離れている)
 
キーボード兼ボーカルの上島雷太は後に自分は弾き語りが苦手で、歌う時はキーボードは弾いておらず(ボリュームをゼロにしていた!)サポートの人が弾いていたことを告白するが、高岡は告白する前に逝ってしまう:高岡は弾き語り以前にギター自体が素人の範囲を越えなかった。
 

なお、英世を雇っていたのは高岡であり、事務所は関与していない。英世の給料や照絵がもらう編曲料も高岡が個人的に出している。本坂も同様に上島から個人的に給与をもらっている。
 
結局、龍虎の存在も高岡夫妻と、事務所社長の奥さんのみが知っていた。社長自身が知っていたかどうかは微妙である。レコード会社の“担当”は夕香に「堕ろせ」と言ったので中絶されたものと思い込んでいた。かばったのも出産費用を出してあげたのも事務所社長夫人(*9)の村飼千代さん:“高岡龍子”のホロスコープを作った人である。夕香が妊娠中に代理コーラスを手配したのも彼女である。
 
(*9)肩書きは専務だが実はオーナーである。1960年代に活躍した歌手。社長は当時のマネージャーで引退後数年してから結婚した。ただし経営は基本的に社長に任せていた。ワンティスがこの事務所が売り出した最初のアーティストだが、高岡の死、そして千代の死により、実質唯一のアーティストになってしまった。龍虎はいわば千代の遺産のようなものである。千代には子供は居なかった(ことになっている)。
 

千里たちの学校では、9月に入ってから、来年の児童会長の選挙が行われ、3〜5年生の投票により5年2組の山本君が次期会長に選ばれた。3年ぶりの男子の会長である。彼は正式には1月から現在の川崎典子から会長を引き継ぐ。2学期の間は児童会のことを色々勉強し、1月の就任後も、卒業式までは典子がバックアップする。
 
なお児童会長は(よほどリズム感が悪くない限り)鼓笛隊のドラムメジャーも務める。10年ほど前に絶望的にリズム感の無い児童会長がいて、他の子がドラムメジャーをしたことはあったらしい。
 

9月13日(金).
 
「今日は13日の金曜日だ」
「殺戮の臭いがする」
などと言っている子たちがいた。
 
朝出欠を取ったら、絵梨が居ない。それで我妻先生が言った。
 
「それなんですが、実は那倉(絵梨)さんは風邪を引いてしまって、寝ているそうなんです」
と我妻先生が言う。
 
「え〜!?」
「だったら明日の学習発表会は?」
「申し訳ないけど、どなたか代役を頼めないかと」
 
すると優美絵が立ち上がった。
「代役、私にやらせてください」
 
おぉ!とみんなから歓声があがる。
 
「2年前、私は主役だったのに直前にダウンして、みんなにご迷惑おかけしました。あの時のみんなへの借りをお返しする番です」
 
「うん。積極的でいいね、じゃ代役は新田さんで」
と我妻先生は言った。
 
「ゆみちゃんセリフ大丈夫?」
「頑張って覚える」
「誰かプロンプターに付こう」
「私がやる」
と優美絵と仲の良い佐奈恵が言い、佐奈恵がプロンプターを務めることになった。佐奈恵は南の魔女役で最後にちょっと出てくるだけなので、その他はずっと付いていられる。
 
また優美絵がやるはずだった北の魔女は、千里が“巨大な顔”と二役で務めることになった。これは、“優美絵は誰の衣裳でも着られる”が、優美絵の衣裳が着られるのは千里くらいという事情がある!
 

この日は午後の5-6時間目を使って写生大会が行われた。北海道の9月はもう結構寒いので。みんな暖かい服を着て学校周囲に散る。何かあったらいけないので、必ず3人以上で行動するように言われた。
 
千里は、蓮菜・恵香・留実子と4人で学校の裏山に登った。
 
「でも、るみちゃんがいたら安心ね」
「千里がいれば道に迷う心配もないし」
「男子を混ぜると、デート気分になって道に迷いやすい」
ということで、この組合せは結構“最強”なのである。
 
20分ほど登った所に天狗岩というテラス状になった岩があり、ここがとても見晴らしが良い。4人はここに陣取って絵を描き始めた。
 
「夏休みはみんな、どこまで“行った”の?」
などと質問がある。
 
「私は旭川でデートしたけど、抱き合っただけだよ。密かに期待したけど、キスはお預け」
と千里。
「なかなか進みそうで進まないな」
「会う機会が少ないからだと思う」
「千里、旭川の女子中学に進学しなよ」
「入れてくれないよ!」
「千里は男子中学にも入れてくれなさそうだし面倒だ」
 
「るみちゃんは?」
「ぼくの胸に生で触らせたし、あいつのちんちんにパンツの上から触ったけどまだセックスはしてない」
と留実子。
 
(“パンツ”がズボンの意味かブリーフの意味か微妙だと思ったが誰も質問しない)
 
「君たちは半年程度以内にはセックスに進むな」
と蓮菜が言う(この予言は的中する)。
 
「蓮菜はセックスしたの?」
「したよ。とうとう入れさせた」
「すごーい!」
「だから私はバージン卒業」
 
やはりあの日は“お泊まり”した後だったんだなと千里は思った。
 
「やはり蓮菜たちがいちばん進んでいる」
「妊娠に気をつけなよ」
「妊娠しにくい時期だったし、ちゃんと着けさせたから」
「妊娠しにくい時期というのは当てにならないよ」
「それは分かってる」
 
「みんな凄いなあ。私はまず相手を見つけなきゃ」
などと恵香は言っている。でも結果的に最初に結婚したのは恵香!
 

授業2時間枠ぶちぬきに掃除の時間まで使い、13:30-15:40という枠を使用している。一応校庭に15時半までに戻るように言われている。
 
それで千里たちは15時過ぎには作業を切り上げた。
 
「千里きれいにできてる」
「これだけ時間があればね」
「蓮菜はあと少しかな」
「残りは学校で仕上げる」
「私、まだ全然描けてない」
「恵香、ほとんどおしゃべりしてたし」
「るみちゃんもあまり描けてないね」
「ぼくは絵自体が苦手〜」
 
ともかくも4人は道具を片付けて15;10頃に山を降り始めた。登る時は20分掛かったが、下りは15分もあれば降りられるはず。15:25頃には学校に着くだろう。
 

さて日本列島には時差がある。留萌(141.6369 E)は明石(135 E)より6.6369度東にあるから、6.6369/360x1440分(24h) = 26.5分で、30分近く早い。だから日本標準時(=明石時刻)15:30は留萌の“地方時”では16時くらいに相当し、そろそろ夕方である。夕方は、猫目の動物の活動時間帯である。
 
一行は、蓮菜・千里・留実子・恵香、という順で歩いていた。
 
最初に気付いたのは千里である。千里は蓮菜の服を掴んで停めた。
 
「どうしたの?」
「みんな絶対声をあげたらダメ。刺激するから」
と千里は小声で(正確には全く声を出さずに全員の脳内に直信して)言った。
 
留実子も気付いて自分がいちばん前に行った。
 
それでやっと恵香も気付いて悲鳴をあげそうになったが、千里が恵香の口に手を当て、恵香も何とか声を出すのを我慢した。
 

少し先、たぶん50mほど先に熊が居た。
 
日本列島に居る熊はツキノワグマ(月輪熊)とヒグマ(羆)であるが、前者は本州および四国に生息していて、後者は北海道に生息している。ツキノワグマは刺激しない限りおとなしい生物だが、ヒグマは獰猛な生物である(*10).
 
そして熊など猫目の多くの活動時間帯は朝と夕である(薄明薄暮性という)。
 
(*10) アメリカでは「アメリカ熊は神様が造ったが、灰色熊(グリズリー)は悪魔が造った」と言われる。“くまのプーさん”やテディベアはアメリカ熊。
 

つまり今の時間帯は熊が夕御飯を確保するために活動を始める時間帯であり、下手すると千里たちは、熊の夕御飯になりかねない!
 
熊は大きさ1mくらいと見た。1歳くらいだろうか。向こうはまだこちらに気付いていない。木の実をとって食べているようだ。千里と留実子は、こちらが風下であることに気付いた。だから熊はこちらに気付きにくい(更に熊が寝起きだったのもあるかも)。留実子はこのまま後ずさりで逃げられないかというのを考えた。小声でみんなに言う。
 
「ゆっくり、ゆっくり下がろう。ただし後向いたらダメ。動物は自分に背を向けてるものを追う習性があるから」
 
みんな頷く。
 
「るみちゃん、だったらいちばん後に」
「分かった」
 
それで留実子を最後尾にして(代わって先頭には千里が立つ)、ゆっくりゆっくりと後退する。幸いにもまだ熊は気付かない。
 

それで恐らく70mくらいまで距離が開いた時のことだった。
 
「15時半です。N小の児童は全員学校に戻りなさい」
と大きな声で放送が流れたのである。
 
本来15時半までに児童は学校に戻らなければならなかった。しかしまだ戻ってない子がいるので放送が掛かったのである。
 
突然の放送に千里たちもびっくりしたが、熊もびっくりした。あたりを見回す。それで熊はこちらに気付いてしまった。
 
熊はこちらを見ると、威嚇もせずにいきなりこちらに向かって走って来た。
 
これはよくない傾向である。
 
熊が立ち上がって声を挙げたり地面を叩いたりして威嚇するのは、警戒したり、縄張りに侵入されて排除しようとする時である。それをしないのはこちらを“捕食”しようとしている時である!ヒグマは人間が近づいてくるのに気付くと、物陰に隠れて待ち伏せしたりもする。
 
留実子が前に出てこようとしたが、千里は彼女を後に突き飛ばした!
 
熊をじっと見詰める。距離を見計らう。しかし凄い速度だ。ヒグマって時速60kmで走ると言ったっけ?60km=60分なら1km(1000m)=1分(60s), 10mを0.6s, 70m離れていたとしても4.2秒で寄ってくる計算だ(千里は本気になればちゃんと計算できる)。僅かな気後れまたは焦りで“どちらがごはんになるか”が変わるなと千里は思った。小春が『撃って!』と言った僅か前、千里は作れる最大のエネルギーの塊(放送で熊がびっくりした瞬間から練っていた)を思いっきり熊の頭にぶつけた。ソフトボールのピッチャーだからコントロールは良い。
 
エネルギーの塊は美事に命中した。
 
熊がもんどりうつかのように向こう側へ仰向けに倒れる。凄い音を立てて地面にぶつかる。
 
そしてピクピクとしていたが、すぐに動かなくなった。
 

誰も動けなかった。最初に動いたのが千里である。熊の様子を確認してから
 
「るみちゃん」
と留実子を呼ぶ。
 
「これ死んでるよね?」
 
留実子は腰が抜けていたのだが、何とか頑張って立ち上がり、熊の傍まで来る。
 
「うん。死んでる」
「ねぇ、血抜きできる?」
「鹿の血抜きはやったことあるけど、たぶん同じ要領かな」
と言って、留実子は千里・小春・小町と4人で(千里は“本気”を出すとわりと腕力がある)熊の身体を道の傍の斜面に頭を下向きに斜めにすると、首の血管を多機能ナイフで切って血抜きをした。実際は小春が「この付近がいい」と指示した。
 
『頭蓋骨は破壊されてるし、首の骨も折れてた。千里、剣道で鍛えたから、キャンプ場で虎を倒した頃からかなりパワーアップしてる。これなら少々タイミングがずれても大丈夫だった』
と小春が脳内通信で言う。
 
あの時は虎の精を消滅させることができず、虎はわずかに残った。それが天津子のペット(?)になることになった。
 
『ごめん。タイミング早すぎた?恐かったから』
と千里。
『許容範囲だったと思う。剣道で人殺すなよ』
『人間は食べる訳にはいかないし』
 

千里はやはり剣道は小学校で引退して正解かなと思った。
 
「2時間くらいで血抜きできると思う」
と留実子が言う。
 
「血抜きしないと食べられないもんねー」
と千里。
 
「それ食べるの?」
とまだ座り込んでいる蓮菜が言う。
 
「焼けば美味しいと思うよ。今晩のごはんかな」
「ひとつ間違えば、私たちが熊の今晩のごはんになってたね」
と留実子もやっとジョークを言う余裕が出たようだ。
 
「こちらに来て見てごらんよ」
「腰が抜けて立てない」
「ああ。もうしばらく休んでればいいよ。じきに立てるようになる」
 
恵香が言った。
「誰か携帯持ってる?」
「私持ってるけど」
と蓮菜。
「貸して」
 
それで恵香は自分の母に電話していた。
 
「あ、お母さん、あのね。私の着替え持って来て欲しいの」
 
なるほどねー。千里たちは敢えて恵香の下半身は見ないようにした。
 

恵香の連絡が終わった後、蓮菜は我妻先生に電話した。
 
「あんたたちどこにいるの!?」
と叱られる。
 
「すみません。山の中でヒグマに遭遇したものですから」
「え〜〜!?」
「今血抜きしてます。今夜はみんなで熊肉パーティーしましょう」
「誰かマタギさんでも通り掛かったの?」
千里が電話を代わった。
「それが熊は何かにぶつかって勝手に倒れて死んじゃったみたいで。おかげで私たち命拾いしました」
「え〜〜〜!?」
 
しかしその日の夕方は本当にN小5-6年生で熊肉パーティーをした!留実子の血抜きは美事で「完璧だ」と猟師さんから褒められた。
 
「君、マタギになる気ない?」
などと勧誘されていた!
 

「でも熊肉って美味しいねー」
「熊肉は美容にもいいらしいよ」
「よし、たくさん食べよう」
 
熊肉は通常焼くと硬くなるので、熊鍋が良いとされるが、実は若い熊の場合は肉が柔らかく、焼肉もいけるのである。マタギさんもこの熊は1-2歳くらいと言っていた、熊は寄生虫がいるが、解体の時にマタギさんと熊料理の板前さんが目を光らせていて見つけられる範囲の寄生虫を取り除いたし、充分加熱して食べるよう調理係全員によくよく言っていた。
 
「たけど私たち4人が食べられてたら、明日の学習発表会の配役変更が大変でしたね」
などと蓮菜が言うと
「あなたたちが食べられてたら、学習発表会どころじゃなくなってるよ!」
と我妻先生は言っていた。
 
蓮菜は西の魔女、千里は北の魔女で、どちらもセリフが多い。これを1日で覚えるのは大変である(千里のように全てのセリフを覚えている子は他には居ない)。しかし児童が熊に食べられたら大騒動になっている。まず学習発表会は中止だったろう。
 
なお、熊の死因については、警察と猟師さんで死体を見て
「熊の額に凹みが出来てるから、岩か、木の太い枝にでもぶつかったんでしょうね」
ということになった!田舎の警察は素敵である。
 
ちなみに翌年から写生大会は時間が1時間繰り上げられた。早めに給食を食べて12:30-14:30となる。さすがに14時半なら熊はまだ寝てるだろうという趣旨である。
 

写生大会の翌日、9月14日(土)は学習発表会が行われた。今年のプログラムはこのようになっている。
 
8:40 開会の言葉
8:45 すずらん・なかよし
9:00 1年1組
9:15 1年2組
9:30 2年1組
9:45 2年2組
10:00 3年1組
10:20 3年2組
10:40 4年1組
11:10 4年2組
11:40 6年鼓笛隊
12:00 昼休み(お弁当)
12:55-13:05 吹奏楽部
13:10 合唱サークル
13:20 先生たちの合唱
13:30 5年1組
14:00 5年2組
14:30 6年1組
15:00 6年2組
15:30 閉会の言葉
 
千里は鼓笛隊に女子の衣裳で出てファイフを吹き、合唱サークルではサークルの制服(ピンクのチュニックとえんじのスカート)でソプラノを歌い、6年1組の劇では北の魔女とオズの魔法使いの“大きな顔”を演じる。わりと忙しいなと思った。
 
父は金曜日夕方に漁から戻ってきた所で寝てるということなので、安心して女の子の服が着られる!
 

千里は朝から玲羅の分と2人分のお弁当を作って学校に出掛ける。今日は留実子の分は鞠古君が作ってくれるという話だった。
 
玲羅は劇で『シンデレラ』のサボテン役と言っていたが、どこでサボテンが出るのだろうと千里は悩んだ。セリフとかは無いらしい。思えば我妻先生は全員に最低1つはセリフがある台本を書く人だった。ある意味天才だという気もする。多くの先生は出来合いの台本をそのまま使っているし、セリフがあるのはせいぜい10人くらいだ。
 
千里たちは下級生の劇は見ずに教室で最後の通し稽古をした。これは優美絵のためでもある。
 
10時半過ぎ、女子は理科室、男子は図工教室に行き、鼓笛隊の衣裳に着替える。11時に音楽室に集まり、一度合わせた。それで11:30くらいに体育館に移動し、4年生の劇が終わって舞台のセットが片付けられると、ドラムメジャーの典子を先頭に『ボギー大佐』を演奏しながらステージに昇った。
 
ステージ上の所定の位置に就くが、狭い!!!
 
その状態で『いっしょに歩こう〜Walking Into Sunshine〜』(ドラえもん映画の主題歌)『踊るポンポコリン』『ソーラン節』!と演奏した。会場はかなり盛り上がる。そして最後は『ヤングマン』を演奏しながら退場した、
 

楽器を返す人は音楽準備室に返してから、女子(千里を含む)は理科室、男子は図工教室に行き、普通の服に戻る。その後、各自の教室に戻ってお昼を食べた。
 
「ゆみちゃん、体調は大丈夫?」
と心配そうに声を掛ける子もある。
 
「元気元気、昨日クマさんのお肉食べてますます元気」
などと彼女は言っている。
 
優美絵は昨日午後は写生大会を免除してもらって、佐奈恵と2人でずっとセリフの練習をしていたが、熊肉パーティーには参加して「美味しい、美味しい」と言って食べていた。
 
今日は午前中学級全体での練習(最終リハーサル)の後も、佐奈恵と一緒に鼓笛も免除してもらってずっとセリフの練習をしていた。佐奈恵はサブメジャーなのだが、ステージ上の演奏ではサブメジャーが1人居なくても何とかなる(第1サブメジャーの佐藤君が隊列の最後を務めた)。
 

お昼休みの後、合唱サークルの子たちは12:45に音楽室に集まり、まずは制服に着替えて、1度合わせた。それで体育館に移動し、吹奏楽部の演奏が終わったところで壇上に並ぶ。
 
今日の学習発表会では“バックアップ演奏者に場数を踏ませよう”という趣旨にしていた。それで指揮は6年の蓮菜が務め、ソプラノソロは穂花ではなく5年生の津久美、アルトソロは希望ではなく6年生の紗織、篠笛は映子ではなく4年生の由依が吹く。ピアノも美那ではなく5年生の香織が弾くので、美那はステージ下からのんびりと眺めてようと思ったら
「あんた折角だから歌いなさい」
と言われて、予備の制服を着てソプラノの列に並ぶことになった。
「私歌は下手なのに」
「気持ち気持ち。楽しめばよい」
 
なお、地区大会を見学した5人の内4人が正式加入して、現在部員は34名に膨れあがっている(内2名がピアニストなので、歌唱者は32名であり、部員全員コンクールのステージに立てる。あと4人増えると選抜が必要になる。馬原先生は来年からは選抜をしなければならないだろうなと覚悟している:前居た学校では毎年選抜していた)。
 
全員整列した所でレディススーツを着て指揮棒(先生から借りた)を持った蓮菜が入ってきて、会場に向かって一礼する。蓮菜は度胸があるので指揮者にはピッタリである。
 
部員に向かって両手を掲げ、ピアニストの香織とアイコンタクトする。前奏が始まり、最初の曲『大きな古時計』を歌った。この曲自体は春から練習していた曲のひとつだが、先月平井堅がCDをリリースして、びっくりした。しかし話題の曲だけに、会場の受けは良かったようである。
 
続けて『みどりのそよ風』を歌う。小学生の合唱ではおなじみの曲だが、美しく明るい曲なので、来年4年になる今の3年生への勧誘の意味もある!
 
3曲目にコンクールの自由曲『キツネの恋の物語』を歌った。篠笛、アルトソロ、ソプラノソロが入るし、音域も広い難曲であるが、学習発表会という場なので、みんなリラックスして歌うことができた。最高音のD6も千里・穂花のほかに、5年生のスミレちゃんも出していたので「おおっ」と思った。かなり練習したのだろう。出せる人数が増えると本当に心強い。
 

それで退場して音楽室に戻ったが、千里も穂花も、スミレを褒めた。
「まだ確実に出るわけじゃないんですけど今日は出ました」
と彼女は言っていた。
「最初はそんなものだけど、そうやって出していれば安定して出るようになるよ」
「喉を痛めないようにね。高い声出した後は、飴とか嘗めて喉をメンテしよう」
「はい!」
 

みんな制服から普通の服に着替えて、各々のクラスの所に戻った。これが13:40くらいである。でも14:00には教室に行って劇の衣裳に着替えた(本当に忙しい)。むろん千里も留実子も女子と一緒に着替える。
 
なお劇の時間が
14:30-15:00 6年1組
15:00-15:30 6年2組
となっているので、着替えはこのようにしている。
14:00-14:30 6-1=1組女 6-2=1組男
14:30-15:00 6-1=2組女 6-2=2組男
15:00-15:30 6-1=1組女 6-2=1組男
15:30-16:00 6-1=2組女 6-2=2組男
 

そして『オズの魔法使い』の劇が始まる。
 
第1幕第1場
 
舞台背景には、カンザスの大草原の景色が投影されている。今回の劇の背景は絵の上手い、千里と佳美、高山君が手分けして描いたものである。このカンザスの風景は佳美の絵だ。
 
ステージに小屋のセットが建っている。この小屋は実際には運動会で使うテントの骨組み(アルミ製)を借りて、ブルーシートを垂らしたものである。小屋の床は最初の状態ではステージの床より50cmほど高くしている。これは台の上に板を渡したもので、小学生4人くらいの体重は支えきれる。
 

ドロシー(優美絵)、トト(初枝:犬のぬいぐるみを着ている)、エムおばさん(玖美子)・ヘンリーおじさん(原田)がお茶を飲んでいました。(トトはお茶は飲んでいない)
 
そこにビュー!という音がします。ヘンリーおじさんが窓の外を見て
「大変だ。嵐が来た。みんな地下に入るぞ」
と言います。
「みんな入って入って」
 
それでおばさんが入り、ドロシーが入り、おじさんが入ります。
 
(この演技のために床は50cm高くしていた)
 
ところがここでドロシーが
「あ、トトがいない!」
と言います。それで
「ドロシー行っちゃだめ!」
とおばさんが言うのもきかず、ドロシーは地下室の穴から這い出します。そしてトトを抱きしめるのですが、ここで嵐が来てしまいます。
 
「きゃー!!」
とドロシーが悲鳴をあげます。
 
(背景の映像は縦横乱れるようになり(この映像は美那が画像をパソコンで加工して作った)、やがて激しい嵐の映像となる。背景に雲が流れていく。ついでに飛行船まで見える(*11) つまり小屋は空中を飛んでいる。その状態が1分ほど続いた後、背景は落下するような様子を映し、やがて「ドスン」という音と共に停止する。背景は森の中のような様子である。今回、森関係の絵はほとんど千里が描いている)
 
(*11) 空を飛んでいるのを強調するため敢えて描いた。『オズの魔法使い』が発表されたのは1900年5月17日。一方ツェッペリンが飛行船 LZ1 を完成させたのは同年7月2日で、実はオズの魔法使いの時点では“製品として完成された”飛行船は存在しない。但し実験的なものは1852年にアンリ・ジファールが飛行に成功したものが最初である。ライト兄弟が飛行機の飛行実験に成功したのは1903年。
 

第1幕第2場
 
ずっとトトを抱きしめていたドロシーはおそるおそる立ち上がるとトトを従えて小屋の外に出てきます。するとマンチキンたち(佳美、鈴木、津山)が
 
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
と言っています。
 
マンチキンの1人が言います。
「大魔女様、ありがとうございます。これで東の国は平和になります」
 
「私は魔女とかじゃないわ」
「でも東の魔女を倒してくださったじゃありませんか」
「何かの間違いでは」
 
するとそこに黄色いドレスを着た女性(北の魔女@千里)が出て来て
「いえ、あなたはこの家を東の魔女の上に落下させて殺したのです」
と言います。
 
見ると、小屋の下に銀色の靴を履いた足が出ているのでドロシーは
「きゃー!」
と悲鳴をあげました。
 
(実はドロシーが小屋を出た所で、小屋の床の支えを抜いて床の高さを低くしている。足はマネキン人形の足で最初からあったのを布を掛けて隠していた)
 
「私、人を殺しちゃったの?」
「気にすることはありませんよ。悪い魔女だったのですから」
「そう?」
 
北の魔女は、東の魔女が履いていた靴を抜き取り、ドロシーに渡しました。
 
「この靴を履いて行きなさい。きっとあなたを行きたい場所に導くでしょう」
「それで私、カンザスに帰れる?」
「ええ、きっとそういうことになりますよ」
「でもどうやったら帰れるのでしょうか?」
と優美絵が、ではなくドロシーが言うと、北の魔女は考えるようにしてから
「オズの魔法使いに頼めば、きっと願いはかなうでしょう。オズの魔法使いの住むエメラルド・シティに行くには、そこに続いている黄色い道を行くとよいですよ」
 
それで北の魔女はドロシーに「お守りに」と言ってキスをしました。ドロシーの額にキスマークが付きます(赤い色紙を唇の形に切ったものを両面テープで貼った。千里のキスは寸止め)。
 
語り手(穂花):それでドロシーは銀の靴を履き、トトを連れて、黄色い道を歩いてエメラルド・シティを目指すことになったのです。
 

第2幕第1場
 
それでドロシーはエメラルド・シティに向けて出発しました。
 
(小屋のセット(テント)を数人の男子で右に移動し、背景の映像は左→右にスクロールしていく。これでドロシーたちが歩いて行っている感じが出る。優美絵と初枝は実際は足踏みしている)
 
ドロシーは途中で麦畑に立っている、かかし(scarecrow@田代)に出会います。
 
(ここは田代が乗っている台車を背景のスクロールと同じ速度で男子2人で引いている。次に出てくる木こりも同じ)
 
かかし(田代)がドロシーに声を掛けました。
「お嬢さん、僕を留めている棒から外してくれない?ここにずっと立ってるのに疲れちゃって」
 
それでドロシーが棒から外してあげると、かかしは言いました。
 
「ありがとう。助かった。僕の頭の中身はわらばかりで、脳味噌(brain)が無いから、いつもカラスに馬鹿にされてるんだ」
 
「オズの魔法使いに頼んでみたらどうかな?もしかしたら何とかしてくれるかも。どうにもならないかも知れないけど、今より悪くなることはないもん」
 
「じゃ頼んでみようかな。そのオズの魔法使いってどこにいるの?」
「私も今そこに行く所なの。一緒に来る?」
「行く行く」
 
語り手(穂花):そういう訳で、かかしはドロシーと一緒にオズの魔法使いの住むエメラルド・シティに行くことにしたのです。
 

第2幕第2場
 
それでドロシー一行が歩いて行くと(例によって出演者は足踏み。背景スクロール)、道はやがて森の中に入り、1本の木が切りかけで、そばに斧をふりあげたままの金属製の木こり(高山)がいました(*12).
 
そしてドロシーたちが通り掛かると彼は言いました。
「助けてくれー」
 
「あなた何やってるの?」
とドロシーが尋ねます。
 
「お嬢ちゃん、よかったらそこにある油缶から油を少し取って、俺の関節に差してくれないかい?急に雨が降ってきて、おかげで錆び付いて動けなくなってしまって。動けないから油を差すこともできなくて」
 
「大変!」
 
それでドロシーは金属男の言う通り、油缶から少し油を油差しに取ると、まずは首の所に差します。すると金属男は何とか首が回るようになります。左手の手首・肘・肩に差すと左手が動くようになり、右手にも差すと右手が動くようになって、金属男は振り上げたままだった斧を振り下ろし、木は倒れました。そして足首・膝・足の付け根にも油を差すと、金属男は歩くことができるようになりました。
 

(*12)多くの「オズの魔法使い」の翻訳本には“ブリキ男”と書かれているが、原作は Tin woodman “錫(すず)製の木こり”である。
 
さて、“ブリキ”(日本独自の言葉で語源は不明)とは、鉄鋼板の表面に“錆びないように”錫(すず)をメッキしたものである(20世紀半ばまでは熱漬法(ねっせきほう)といって熔解した錫の中に鋼板を漬けて作っていた。現在は電気を使う。
 
つまり
 
錫(すず)は錆びない!
 
この点は原作公開後、かなり突っ込まれたらしい。
 
それで一部の親切な?翻案者が、木こりの身体の素材を錫ではなく鉄鋼板あるいはブリキ板ということにしてしまった。多くの日本語訳はそれを踏襲している。
 
ブリキも表面が錫だから普通は錆びないのだが、メッキが剥がれると鉄鋼部分が露出して錆びる。関節部分はよく動くのでそのメッキが剥がれてしまって錆びたのではないかと。
 
でも関節の所の部品を交換した方がいいと思う!
 
しかしブリキとするのは、やはり変えすぎだと思うので、今回は原作通り錫ということにした。ただ、錫男というのが語呂が悪いので金属男にした。
 

「助かったよ。ありがとう!」
と金属男。
 
「あなたはロボット?」
「俺はこれでも人間なんだけど」
「人間に見えないんだけど」
 
すると金属男は涙無しでは聞けない話をしたのです。
 
彼は普通の人間の身体だった。そしてある娘に恋をした。しかし娘の母は彼との結婚に反対し、東の魔女のところに行って、結婚を邪魔して欲しいと頼んだ。
 
ある日、木こりが木を切っていると、斧の手が滑って、彼の左足を切ってしまった。彼は金属加工職人のところに行き、無くなった左足の代わりに錫製の左足を作ってもらった。それで、彼がまた木を切っていたら、また斧の手が滑って、彼の右足を切ってしまった。彼はまた金属加工職人のところに行き、錫製の右足を作ってもらった。同様にして、左手・左足も錫製になってしまった。
 
それでも木こりが木を切っていたら、また斧の手が滑って彼の頭を切り落としてしまった。でも偶然、金属加工職人が通り掛かって、代わりの頭を錫で作ってくれた。それでまた木を切っていたら、また手が滑って胴体が真っ二つに切れてしまった。そこにまた偶然、金属加工職人が通り掛かって、代わりの胴体を錫で作ってくれた。
 
「そういう訳で、俺は全身錫製になっちゃったんだけど、胴体を失った時に心臓も無くなって、それでハートが無くなったから、俺は恋をすることができなくなって、彼女への恋心も消えてしまった。だから俺は心臓(heart)が欲しい。そしたらあの娘にもう一度求愛できるのに」
 
ドロシーも、かかしも、涙を流して、木こりの話を聞いていました。
 
「だったら、あなた私たちと一緒にオズの魔法使いに会いに行かない?オズの魔法使いなら、あなたにハートをくれるかも知れないよ」
とドロシーは言います。
 
「僕はオズの魔法使いに脳味噌をもらいに行く所なんだ。僕に脳味噌をくれるなら、きっと君にも心臓をくれるよ」
と、かかしも言いました。
 
「じゃ一緒に行こうかな」
と木こりは言いました。
 
語り手(穂花):そういう訳で、木こりは、ドロシー、かかしと一緒にオズの魔法使いの住むエメラルド・シティに行くことにしたのです。
 
そう穂花が言うとトト役の初枝が「ぼくも居るよ」というので、語り手は言い直します。
 
語り手(穂花):そういう訳で、木こりは、ドロシーとトト、かかしと一緒にオズの魔法使いの住むエメラルド・シティに行くことにしたのです。
 
(むろん言い直しになる所まで台本)
 
「ところであんた、チンコあるの?」
と、かかし(田代)が木こり(高山)に訊きます。
「無いと女と間違われるから、ちゃんとティン(tin)つまり錫(すず)で作ってもらったよ」
 
というやりとりは台本には無かった!(この2人で決めてやったもので、女子たちには本番まで内緒だったが、後で女子たちから非難された)
 
 
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【少女たちのBA】(4)