【娘たち、男と女の間には】(1)

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博多ドームでのライブが終わった後、軽食を取ってから、警察の事情聴取に応じたが、ここで初めて龍虎は、今日の公演に爆弾を仕掛けたというメールがあったことを知った。それで今朝から警察が捜査していて、イベンターのスタッフやレコード会社のスタッフ総出でドーム内の座席の下とかトイレのタンクとかまでチェックしていたらしい。
 
本当にお疲れ様である。
 
「爆弾は見つからずに捨て猫が見つかったらしいよ」
「その猫ちゃんは?」
「40代の警察官の人が欲しいと言ったので保護してもらうことになったって」
「それはよかった」
「可愛い三毛猫ちゃんだったらしい」
 
「オス?メス?」
「メスじゃないの?三毛猫だから」
「三毛猫ってメスなんだっけ?」
 

「色を発色させる遺伝子はX染色体にあるから、白い地毛のほかに色のある毛が2種類できるにはX染色体が2個必要。だから三毛猫の染色体は必ずXXだから、メスになる。同じ理由でサビ猫も必ずメス。サビ猫って実は白い地毛が残っていない三毛猫なんだよ」
 
「へー!」
 
「でも三毛猫のオスってたまにいますよね?」
「それは染色体的異常の場合。例えばクラインフェルター症候群 (Klinefelter syndrome) といって性染色体がXXYの場合は、Y染色体があるから外見上はオスになるけど、X染色体が2つあるから三毛猫になる場合がある。他にモザイクの場合も起きる」
 
「クラインフェルター症候群って人間でもあるよね?」
「そうそう。多くは普通に男性だから本人もそれに気付かないまま一生を送ることが多い。三毛猫同様、不妊になることが多いけど」
 
「三毛猫のオスは不妊なの?」
「ごく稀に、X染色体にあるはずの発色遺伝子がY染色体に乗り換えてしまってXYでオスなのに三毛になる場合がある。物凄く珍しい現象。そういう三毛猫は普通のオスだから生殖能力がある」
 
「乗り換え?」
 
「精子が減数分裂する時に、本来X精子側に行くべき遺伝子が誤ってY精子側に行っちゃうことがあるんだよ。遺伝子乗り換え (Chromosomal crossover)」
 
「ああ、自分が行くべき集団と違う集団に間違って付いて行ったのね」
「修学旅行で間違って別の学校の生徒たちに付いて行っちゃったようなものか」
「方向音痴の人っているもんね」
「ありささんがくしゃみしてるかな?」
 
「三つ葉のヤマトちゃんも酷いらしいよ」
「その2人にオリエンテーリングの競争させてみよう」
「それどちらも永遠にゴールしないから」
 

なお、昼間の放送局の乱入者は何か政治的な主張をしたかったらしく、アクアたちは単純に巻き込まれただけだったようである。
 
爆弾犯の方も本人が犯行動機や爆弾の材料の入手方法や製造の参考にしたものなども全て自供したということで、おかげでアクアたちの事情聴取はどちらの事件についても簡単に済んだ。実際何も知らないし!
 
追加ミュージシャンたちは東京のインペグ屋さん(ミュージシャンの斡旋業者)からの紹介で今日福岡に現地集合したばかりで、ミュージシャン同士も今日が初顔合わせだったらしく、みんな逮捕されたキーボード奏者のことは知らないということだった。そのインペグ屋さんの社長が東京から飛んできて、コスモス社長や紅川会長の前で土下座していたが、ふたりとも
 
「社長さんの責任じゃないですよ」
と言い、今後もそちらとは付き合っていきたいと言ったら、涙を流していた。
 

「でも私も昔やってたバンドの頃、ステージで襲われたことあるんだよ」
とヤコが言い出す。
 
「マジですか?」
「あれ怖かったねぇ」
とエミも言っている。
 
「サイドライトの頃ですか?」
とレイが尋ねる。
 
「そうそう」
「福岡のIMSホールって所でライブやってた時に包丁持った女に襲われてさ」
「彼女をヤコさんに取られた女が恨んでとか?」
「そんな上等な話は私には無い。いまだかつてラブレター書いたことももらったこともないし」
 
何か今一瞬話が見えなかったぞ、と龍虎は思った。
 
「自殺の道連れが欲しかったらしいよ」
「迷惑だなあ」
 
「それどうなったんですか?」
 
「イベンターの男性が、あの女何か変だって気付いてさ。最初は録音機器隠し持っているのでは?と思って現場を押さえようと思っていたんだって。ところが隠し持っていたのは包丁で。びっくりしたらしいけど、何とか取り押さえてくれたんだよ。その人少し顔を切られたんだけど、大した傷ではなくて、跡も残らなかった」
 
「良かったですね」
「顔に傷が残っていた方が、ヤクザに絡まれた時にスゴミが利いたかな?とか冗談かましてた」
「冗談で済んで良かった」
 
「その時最初にその女が変だと気付いたのが、★★レコードの八雲さんだよ」
「サイドライトって八雲さんの担当だったんですか?」
「当時まだ入社して間もない頃だったと思う」
 
「八雲さんに担当してもらったのに、サイドライトってブレイクしなかったんだ?」
などとレイが言っている。
 
「ほっといてくれ。ブレイク仕掛け人も100%ブレイクさせられる訳じゃ無いよ」
とヤコは少し怒っているようだ。
 
「ヤコのトークが下手すぎたからね。トークの台本まで書いてもらっていたのに1ページ読み飛ばして話が見えなくなったりするし」
とエミが言っている。
 
「あんたがトークすればよかったじゃん」
「私がトークしたら観客は猫だけになっちゃうよ」
「それも楽しそうだが」
 

事情聴取で遅くなったので、結局全員その日もシーホークに泊まることになり、沢村さんがホテル側と交渉して何とか部屋を確保していたが、かなり大変だったようである。
 
「すみません。全体的に昨日より部屋のグレードが落ちてしまうのですが」
「平気平気」
「一部の方に相部屋をお願いできますか」
「問題無い」
 
アクアは
「ボクは葉月ちゃんと同室にしてください」
と言った。すると
「部屋のやりくりが助かる!」
と言われた。実際には葉月は、アクアの付き人・ボディガード含みで同室になったようである。しかも隣の部屋にハナちゃんと白鳥リズムのスポーツ少女コンビが泊まるということで、
 
「何かあったらすぐ駆けつけるからね」
とハナちゃんは言っていた。アクアたちの部屋の鍵を1つハナちゃんが持つことになったようである。
 
ハナちゃんは福岡まで竹刀を持って来ていたようで部屋の中で素振りをやっていた!
 
沢村さんはサックス奏者の人の性別を知らなかったようで、男性同士だからと思い、同室にしようとしたようだが、千里さんが注意してトランペット奏者さんは事務所の本田さんと一緒の部屋、サックス奏者さんはシングルの部屋になったようである。
 

龍虎は実際問題として、夕食後はひたすら寝ていたのだが、
『アクアさん、アクアさん』
と言われて葉月に揺り起こされる。
 
目を覚ましてみると、部屋の中に葉月の他、愛心・リズム・ハナちゃん・和紗、それに、ゆりこ副社長がいる。
 
「クリスマス会しようよ」
と副社長が言っている。大きなクリスマスケーキのほか、大量のケンタッキーフライドチキンとビスケットがあり、シャンメリーも置かれている。龍虎も笑顔になって起きて小型の折り畳みテーブルを囲んで座った。
 
「もうすぐ0時だよ」
と言って、ハナちゃんがシャンメリーの栓を開けて全員のグラスに注ぐ。そして時報と一緒に
「メリークリスマス!」
と言ってグラスを合わせた。
 
そういう訳で、龍虎たちは夜中の0時から1時間ほど内輪っぽいクリスマス会をした。大きなクリスマスケーキも、40本くらいあったチキンもきれいになくなったし、おしゃべりも弾んで、楽しいクリスマス会だった。
 
(翌朝あらためて福岡遠征組全員にケンタッキーのチキンとビスケットのセットが配られた:2ヶ月前から予約して頼んでいたらしい)
 

千里は自分と鱒渕を同室にしてくれないかと言い、了承された。
 
夕食後仮眠していたのだが、もう0時過ぎになって鱒渕は部屋に戻ってきた。
 
「お疲れ様」
「すみません。何かお話とかあったのでしょうか?」
「取り敢えずシャワー浴びておいでよ」
「はい」
 
それで鱒渕がバスルームから出てくると、鱒渕にベッドに寝るように言う。彼女はまさか“やられたり”しないよな?と少し不安な顔をしている。
 
「青葉が今日こちらに居たらあの子にヒーリングさせていたんだけど、私のできる範囲で」
と言って、東京から呼び寄せておいた《びゃくちゃん》に鱒渕のヒーリングをさせた。東京のフェイの傍には代わりに《いんちゃん》が付いている。今日も京平のお世話役は《げんちゃん》である。
 
「あ、なんか疲れが取れていくような感じ」
「鱒渕さん、これ今すぐバッタリ倒れてもおかしくないくらい疲れが溜まっている」
「そうかも」
 
「サボリ方を覚えようよ。それと他の人でできる作業はどんどん任せて」
「私、どちらかというとコスモス社長があまりにも忙しいので、その仕事を取っているかも」
「ああ。でも自分もいたわらないと過労死するよ」
「ちょっときついかなとは思ってました」
「取り敢えず今日は眠るといい」
「はい」
 
実際鱒渕はすぐ眠ってしまった。千里は《びゃくちゃん》に3時間くらいヒーリングをしてもらった。膵臓が危険な状態だと《びゃくちゃん》が注意したので、そこを特に念入りに治療してあげるよう言った。
 

今井葉月は11月18日(金)、学校が終わった後で東京に出ていき放送局に行くと、今日はドラマの撮影は中止になったと言われた。それで事務所に連絡すると
 
「ああ、ごめん。連絡行ってなかった?」
とゆりこ副社長が謝っていた。
 
「そうだ。ちょうどいい機会だし、こないだから葉月ちゃんと話したかったのよ」
ということだったので葉月は事務所に移動した。事務所には副社長だけが居た。
 
「何でしょう?」
と葉月は尋ねる。
 
「今アクアのリハーサル役をしている秋田利美ちゃんなんだけど、来年の春に中学生になるのと同時にメジャーデビューさせる予定なのよね」
 
「言ってましたね」
 
「それでリハーサル役を他の人に代わってもらおうと思ったんだけど、アクアがあまり身長が低すぎて、充分歌のうまい子であの身長に近い子がいなくてさ。葉月ちゃんは結構歌もうまかったよね」
 
「あまり自信無いですけど」
「これ歌ってみて」
といって、ゆりこ副社長はアクアの『希望の鼓動』の譜面を渡した。
 
「これ新曲ですか?」
「そうそう。来週中に制作予定。ピアノ伴奏しようか?」
「お願いします」
 
それでゆりこがピアノ伴奏してあげて、葉月はまだ未公開の曲『希望の鼓動』を歌った。これは千里が11月13日に貴司の従兄の結婚式に出席した時書いた曲である。そのあとアレンジに回されて、実は今朝スコアと演奏データを受け取ったばかりだった。
 
しかし葉月はこの曲を初見なのに美しく歌った。
 
「凄いね。初見でこれだけ歌えるって」
「ボク、ピアノを弾くから、初見はわりと行けます」
「それは心強い。君の歌はこれ多分、うちの事務所ではアクアの次くらいにうまいんじゃないかな」
「そうですか?上手な人たくさんいるのに」
 
「そもそも今の曲は音程が3オクターブあったのだけど、ちゃんと歌えたね」
 
「女の子の声が出るように練習したから、結果的に声域が広がったんですよ」
「なるほどねー。それに歌い方の雰囲気がかなりアクアに近かった」
「アクアさんを目標に頑張っているからかも」
「そういえば、あんたアクアを尊敬していると言ってたもんね」
「はい、アクアさんが女の子だったら結婚したいくらい憧れています」
 
その言葉にゆりこは、むしろ“アクアが男の子だったら”結婚したいのでは?と考え込んだ。最近葉月が急に女らしくなってきた気がして、この子、とうとう去勢したのでは?と、ゆりこは疑惑を感じていた(事務所のほとんどのメンバーが西湖は女の子になりたい男の子なのだろうと思っている)。
 
それで葉月は、曖昧なまま、アクアのリハーサル歌手としても12月以降駆り出されることになった。もっとも12月は多忙なので、利美・葉月の2人が分担してアクアのリハーサル役を務める形になった。
 

12月上旬、葉月はアクアと一緒にドラマの撮影をしていて、23時になってから
 
「じゃ高校生以下はここで終わり」
と言われて、スタジオを退出した。この時間ならギリギリ桶川に帰る終電に間に合うので駅まで走って行こうかと思ったのだが、研修生の吉田和紗が迎えに来ていて
 
「お疲れ様です。おふたりとも今から申し訳ないのですが、“スタジオ”に来て下さい」
と言った。“スタジオ”というのは、大田区蒲田にある§§ミュージックのサテライト・オフィスである。
 
それで和紗が運転するフォルクスワーゲン・ポロ(事務所の車)の後部座席にアクアと葉月が並んで乗って、蒲田のオフィスに行った。
 
和紗が2人をオフィス内の小部屋に案内すると、40代くらいの女性が2人いる。
 
「ではよろしくお願いします」
と和紗は言って出て行く。部屋に居た女性は
 
「ではお振袖の着付けしましょうね。どちらがリュウコさん?」
と尋ねるのでアクアが手をあげる。
 
「じゃあなたはこちらね」
と言われて、かなり豪華な振袖を和服バッグの中から取りだして衣紋掛けに掛けた。
 
「なんかすごーい」
「加賀友禅の工房作品ですから。まあ、いいお値段がしそうですね」
などと言い、龍虎に服を脱ぐようにいい、下着だけになった所からその上に肌襦袢、長襦袢、と着せて振袖の着付けをしてくれた。
 
一方、葉月の方も、アクアのには見劣りするものの、それでも100万円くらいしそうな友禅風の振袖を目の前に掛けられ、こちらも服を脱いでから、肌襦袢・長襦袢と着せられ、振袖の着付けをしてもらった。この時点で葉月はまた何かのドラマの撮影なのだろうかと漠然と考えていた。
 
ちなみに、今日は龍虎も葉月もドラマの撮影の都合で、女子下着を着けていたし、バストも偽装していたので、着付師さんたちは2人が男の子であるとは、夢にも思わなかった!
 

着付けが終わったら第1スタジオに入って下さいと言われたので一緒にそちらに行くと、桜野みちる、秋田利美、姫路スピカ、花咲ロンド、といった面々がそろっていて全員振袖を着ている。
 
「何の撮影ですか?」
とアクアが訊くが
「私も聞いてない」
と桜野みちる。
 
「白い振袖の人と、ピンクの振袖の人が居ますね」
と花咲ロンドが言う。
 
秋田利美と花咲ロンドがピンクの振袖で、他の4人は白い振袖である。
 
少し遅れて高崎ひろか・品川ありさが入ってくる。ふたりとも白い振袖を着ている。
 
それから少しして、秋風コスモスと川崎ゆりこがやはり白い振袖を着て入って来た。
 
「みんな揃っているかな?」
「みんなって誰々が集まるんですか?」
 
「えっと・・・」
と言って、ゆりこが指を折りながらそこに居るメンツを見ている。
 
「あ、ネオンが居ない」
 
それでゆりこがネオンに直接電話したら、彼は第3スタジオに居るということだったので第1スタジオに来るよう言う。彼が来た所でコスモスは言った。
 
「さあ、今年も1年間お世話になりました、来年もよろしくお願いします、のビデオを撮るよ」
 
「ああ、それだったのか!」
 

それで白い振袖を着た6人と羽織袴のネオンがこのように並ぶ。
 
(ピアノ)葉月・ひろか・アクア・みちる・ありさ・ネオン・スピカ
 
それで昨年同様、コスモスの指揮、ゆりこのピアノで、全員で
 
「今年もお世話になりました。皆様、ありがとうございました」
と言った。
 
その後全員1秒ずつ撮すからと言われ、全員手を振ったり、投げキスをしたり、変な顔!?をしたり、と思い思いのアピールをした。
 
アクアは笑顔で両手で手を振り、葉月も片手で手を振った。各々の所にテロップで名前が入るからということだった。
 
なお撮影に使用したピアノは2016年の年始で使ったのと同じ Yamaha C7X でコスモスの指揮棒も同じ黒だった。
 

ここで撮影スタッフの男性とネオンが第1スタジオを出る。
 
着付師さんたちが入って来て、今白い振袖で映った6人のお着換えをする。
 
「ああ、今度はピンクの振袖にするんですね?」
「そうそう。それで最初からピンクの振袖着ていた2人も入る」
「なるほどー」
 
20分ほどで着付けは終わる。ピアノが交換される。今度は Kawai SK7 を使用した。コスモスの指揮棒も赤になっている。ネオンが戻って来る。このように並ぶ
 
後列:  ロンド・葉月・スピカ・リズム
前列:ひろか・アクア・みちる・ありさ・ネオン
 
ロンドは、ひろか・アクアの間、葉月はアクア・みちるの間、のように並んでいる。
 
「とうとう2列になったか!」
「その内10列くらいになったりして」
「そこまで行くとお互いの名前を覚えきれなくなる」
 
全員にメッセージボードを持たせ、各自好きなメッセージを書き込むことになった。
 
ここで秋田利美の芸名が白鳥リズムに決まったことが発表される。
 
「格好いい!」
「男の子でも行ける名前だ!」
「ぜひネオン君に次ぐ2人目の男性タレントになろう」
「そうだなあ。小学校卒業と同時に性転換して学生服で中学に通おうかな」
 
「リズムちゃん、振袖やめて、ネオン君と同様に羽織袴にする?」
「お着替え面倒だからいいです」
 
そんな話をした時、唐突にアクアは言った。
 
「あ、ネオン君が羽織袴なのに、ボクは振袖だ」
 
「何を今更?」
「振袖着て喜んでいたくせに」
「そのセリフ去年も聞いた」
「だいたいアクアが羽織袴なんて着てたら、ファンから非難囂々」
 
という訳で、アクアは振袖でよいということになり撮影は続行される。全員で
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 
と言い、その後全員メッセージボードに書いたメッセージとともに手を振ったりしながら撮影は完了した。
 
ちなみに葉月が振袖を着ていることについては、本人も含めて誰も問題にしなかった!
 

12月上旬からキャロル前田・七浜宇菜W主演の『変身!ポンポコ玉』の撮影が始まった。
 
原作はサトウハチロウ『あべこべ玉』で1932年(昭和7年)の作品である。昭和23年にも同名の短編集に『ポンポコ玉』として収録されている。この短編集が国立国会図書館に収蔵されているようである。
 
1973年にTBSが原作の設定を少し変更して「へんしん!ポンポコ玉」の名前でドラマ化した(主演:安東結子・小林文彦)が、今回は半世紀ぶりのリメイクである。今回のドラマでは主人公の2人は原作通り、兄妹の設定にした。但し原作は中2と小6の設定だが、今回のドラマでは中2と中1の兄妹にする。それでキャロル前田のセーラー服姿や、七浜宇菜の学生服姿が見られる。
 
このドラマは3月に実際に放送が始まると初回から宇菜の立ち小便シーンが出て、ファンの男の子たちから悲鳴が出ていた。キャロルの新体操シーンについてはファンの女の子たちから歓声があがっていた!
 
でもこの2人は“最初から姉弟ではないのか?”と随分言われた。キャロル前田は男の子でポンポコ玉により女の子に変身するのだが、最初から男装女子にしか見えない。七浜宇菜はその妹の設定でポンポコ玉により男の子に変身するのだが、最初から充分女装男子にも見える。
 
アクア主演『時のどこかで』も視聴率が凄まじいが、3月になるとこちらもかなりの視聴率を取り、本来あまりテレビを見る人の多くない時間帯である17時代がこの2つの番組の曜日だけは準ゴールデンの扱いになって、CM料金まで高騰したようである(広告料金は基本的には視聴率との掛け算で支払われる)。
 

大騒動となった福岡ライブの後、アクアたちは福岡で泊まった翌日、12月25日は関西ドームでコンサートがあるので午前中に新幹線で移動した。追加ミュージシャンは、A班・B班を組織していたのだが、大阪はB班の担当である。そしてB班のキーボード奏者さんが、残りの公演のA班のライブにも付き合ってくれることになった。彼女の負荷を減らすために実際にはいくつかの曲では愛心がキーボードを弾き、少し休ませることにした。結果的に愛心もこの後全部の日程に付いて回ることになった。
 
「ゴールデンウィークのツアーの時はもう辞めているから、これが最後のお付き合いかなあ」
などと愛心は言っていたが
 
「3月の東北復興支援ライブにも出てよ」
とゆりこ副社長から言われて
 
「あ、出ます出ます!」
と答えていた。
 
「但しあれはギャラ無し、アゴ・アシ・マクラ自腹だから、よろしくね」
「そうだった!」
 
「大丈夫だよ。みんなの分の交通費・宿泊費・食費は全部ボクが出すから」
とアクアは言った。
 

25日の関西ドーム、27日の愛知ドーム、29日の埼玉ドームと公演をして、ツアーはいったん谷間に入る。紅白は例によって29日からリハーサルが始まっているが、白鳥リズム・姫路スピカ・今井葉月の3人が代理でリハーサルに出てくれていた。一方ツアーのリハーサルは花咲ロンドがアクアの代わりに歌ってくれた。
 
12月30日の夕方は新国立劇場でRC大賞の授賞式が行われる。幾つかの番組の撮影をこなしてから会場に入ったら、三つ葉の3人もいたので
 
「おめでとう。そちらは新人賞かな?」
と声を掛けたら
 
「私たちは賞とは関係ないんだけど、後学のために見学に来たのよ」
と優羽が言っていた。
 
そんなのあり?と思いながら控室から会場に移動する。
 
西宮ネオンと隣のテーブルなので握手する。
 
(アクアは例によって今まで女性用控室に居た)
 
アクアのテーブルにはコスモス社長・三田原部長・青葉さん(『エメラルドの太陽』の作曲者)が座り、西宮ネオンのテーブルには川崎ゆりこ副社長・TKRの宮川課長・作曲者?の東郷誠一さんが座り、千里さんはYS大賞の時には欠席していたが今日はちゃんと小野寺イルザの所に鈴木社長と一緒に座っている。
 
青葉さんはローズ+リリーの公演に同行しているので28日に沖縄公演をして29日にマリさん・ケイさんと一緒に東京に戻ってきたらしい。千里さんは、オールジャパンに出場するので毎日午後チーム練習があり、また23-28日はウィンターカップがあり母校が出場していたので、毎日夕方からはそちらの練習の相手をしていたらしい。24日だけピンポイントで福岡に来てくれたらしく、全くお疲れ様である。青葉さんと千里さんは明日は仙台のローズ+リリーのカウントダウンに出演するらしい。
 

最初金賞を受賞した全員の歌唱があり、ここでアクアは『エメラルドの太陽』をマイナス1音源で歌う。その後、新人賞の紹介があるが、ここで三つ葉はやはり新人賞を受賞していた。寝耳に水?だったらしい3人は「うそ〜〜〜!?」と驚いていた。どうもドッキリ企画だったようだ。名古尾さんらしい演出だなあと思った。彼女たちはおかげで涙を流しながら歌っていた。
 
今年のRC大賞および最優秀新人賞はどちらも全然知らない人の全然知らない曲だった。ネオン君に「知ってる?」と小声で訊いたが、彼も首をひねっていた。
 

RC大賞が終わった後は、紅白のリハーサル会場に行く。代理の人にたくさんリハーサルに出ていてもらっても、本人も1度は入っておかないと勝手が分からない。しかしこの日最後になったリハーサルでも、本人が来ていない歌手さんがまだ結構いたので、アクアは少しホッとした。
 
紅白に呼ばれるほどの歌手なら、年末のスケジュールが空いている訳が無い!
 

31日は午前中、FM局で生番組に出た後、お昼から東京パティオで行われる連続24時間カウントダウン/ニューイヤー・ライブの最初の方で歌う。その後、テレビ局の生番組に出てから、紅白の会場に入り、最後のリハーサルに参加した。
 
直前まで代理でリハーサルに出ていたのは今井葉月である。本来は白鳥リズムの役だったのだが、リズムが春にはソロデビューするので、その後は当面葉月がリハーサル役をするという話だった。確かに葉月は背丈も近いし、雰囲気が自分と近いようである。そういう意味では最高のリハーサル役かも知れないが、彼の体力が持つだろうか?と心配になった。
 

紅白は昨年同様7時から始まり、アクアは白組のトップバッターで歌うと、挨拶だけしてすぐに会場を出た。
 
会場から出た所で、駐車場に駐めている紅川会長のベンツの中で着換えさせてもらい、女子高生っぽい服!に着換える。そして★★情報サービスの染宮さんのバイクのタンデムシートに座り、彼のバイクで羽田まで連れて行ってもらう。
 
空港に先に来ていたハナちゃんとそのお母さん(わざわざ佐賀から出てきた)と合流する。ハナちゃんは龍虎と似た感じの女子高生っぽい服を着ている。既にチェックイン手続きはしてくれていたので、すぐセキュリティを通り、新千歳行きに搭乗した。娘を2人連れたお母さんという感じにしか見えないので、龍虎は騒がれたりすることもなく、無事北海道まで行くことができた。
 
HND 12/31 21:00 (HD39 737) 22:35 CTS
 
そして空港から3人で一緒にタクシーに乗り、ANAクラウンプラザホテル千歳に入る。ここで龍虎は田代の両親が待つスイートへ、ハナちゃん母娘はデラックスツインに入り、旅の疲れを休めた。
 
女子高生っぽい服のまま部屋に入って行くと、田代父が
 
「おお、可愛い!」
と嬉しそうに声をあげて、田代母から睨まれていた!
 

実を言うと、最初、12月31日は都内のホテルに泊まり、1月1日午後の便で札幌に行くつもりだったのだが、11月の中旬頃、その計画をアクアから聞いたコスモス社長が、その日程では万一飛行機が天候不良などで飛ばなかったら大変なことになる、と言い、1年前の2月にケイさんたちが奈良の山奥に閉じ込められた事件も思い起こしたので、今年のアクアは12月31日の内に北海道に入ることにしたのである。そのため田代夫妻には早い便で千歳に行ってもらっていた。
 
実際アクアが福岡で拳銃男と爆弾犯に遭った12月24日、北海道ではEXILEのメンバーが飛行機が飛ばなかったため新幹線で函館まで行き、その後車で移動していて事故に遭いメンバーが負傷。(3代目J Soul Brothersの)公演が中止になる騒ぎが起きていた。あの日は東でも西でも大騒動だったのである。
 
しかしそのニュースを見て、こちらでは「やはり冬の北海道に行く時は日程に余裕を持って移動しないとまずいね」という話をしたのであった。
 
それで今年のアクアはおかげで1月1日は丸一日オフにしてもらい、のんびりと北海道のホテルでお正月を過ごすことができた(2日は午前中に札幌の局から生番組に参加した)。
 

福岡ドームでのアクアライブに出演した後、千里は12月25日から27日までは午前中作曲作業、昼からレッドインパルスの練習に参加。そして夕方からは旭川N高校の合宿に参加して、福井英美とたくさん練習をこなした。
 
N高校は27日の準決勝で愛知J学園に僅差で敗れてしまった。しかし28日の3位決定戦では岐阜F女子高に延長戦にもつれる接戦の末勝利。銅メダルを獲得した。優勝は札幌P高校で、6年ぶりのウィンターカップ制覇であった。
 
なお左倉ハル(この年は高校1年)が所属する富山B高校は12月26日に準々決勝で札幌P高校に敗れ、BEST8で終わった。
 
ウィンターカップ終了後、旭川N高校のメンツは、オールジャパンを観戦する7名を除いて帰ることになる。オールジャパン観戦組は常総ラボに泊まり込むことにし、オールジャパンに出場しない川南と夏恋が彼女らのサポートをしてくれることになった。東京との往復(レンタカーで借りた9人乗りハイエース)の運転もその2人が交替でしてくれる。常総ラボのいい所は防音なので24時間練習ができることである。
 

26日の敗戦後、ハルは勝利したにもかかわらず大して喜んでもおらず、勝って当然という雰囲気のP高校ベンチを見て、“自分に対する”怒りを覚えていた。
 
夏に愛知J学園と当たった時もそうだった。自分たちのチームはP高校やJ学園にとっては“相手”ではないのだ。これは消化試合にすぎない。実際、この試合でP高校側は主力の出ている時間があまり長くなかった。
 
強くなりたい。
 
もっと強くなりたい。
 
それで考え事をしながらロビーを歩いていたら、誰かとぶつかってしまう。
 
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
 
とお互い言い合うが、ハルはそこに凄い長身で体格のいい女性(たぶん)を見た。
 
「あっ」
「何か?」
「日本代表の佐藤玲央美選手?」
「うん」
「すごーい!握手してもらっていいですか?」
「いいよ」
 
それでハルは玲央美に握手をしてもらった。
 
「今負かされたチームの出身者と握手しているの見られたらチームメイトから叱られそうだけど、でも佐藤選手、尊敬しています」
などとハルが言うと
 
「君のこと知ってるよ」
と玲央美は言った。
 
「そうですか?」
「君、村山千里の弟子でしょ?」
「分かるんですか?」
 
「試合中に感じていた。動きに千里っぽい所があるんだな」
「へー!」
 
「だけど、負かされたチームの選手だとか、ライバル校の選手だとか、そんなことにこだわっていたら、君は成長できないよ」
と玲央美は言った。
 
ハルはハッとした。
 
「バスケットはね、自分との戦いなんだよ。昨日の自分より強い自分、今日の自分より強い自分に進化していく。それは世界中の全てのバスケット選手がひとりひとり自分と戦って進化していく孤独な過程。それがバスケットだよ」
 
ハルは虚を突かれた思いだった。
 
「千里が見込んだ選手だもん。君は素質あると思う。君だって日本代表になりたいでしょ?」
「なりたいです」
「東京オリンピック目指して頑張りなよ」
「東京オリンピックですか!?」
 
「君、高校2年くらいだっけ?」
「高校1年です」
 
「だったら東京オリンピックの時は20歳じゃん。日本代表を狙える年齢だよ」
「考えたことなかった」
 
「君はもう富山に帰るの?」
「そうなると思いますが・・・」
「もし許可取れたら、私たちと一緒に練習しない?」
「札幌P高校さんとですか?」
 
「私、千里、高梁王子、鞠原江美子、渡辺純子、湧見絵津子」
「凄いメンツですね!」
「12月28日の夜から30日の夕方くらいまで、48時間ぶっ通し」
「それいつ寝るんですか?」
「不眠不休」
「ひぇー!」
「しない?」
「参加させて下さい!」
「よしよし」
 
「でもそれまでは?」
「私と練習しない?泊まる所は確保してあげるよ」
「はい!」
 
それでハルはキャプテン、監督、そして母に連絡して、“千里さんほか数名の選手と練習の約束をしたので”として、居残りの許可を取った。
 
「なるほどー。千里はそちらのチームに信用があるんだ?」
「実はうちの学校の体育館で怪異があったのを、千里さんとお姉さんの青葉さんが解決して下さったんです」
 
「君、それ間違ってる。青葉の方が妹」
「あれ?そうでしたっけ?」
 
くすくすと誰かが笑った気がした。玲央美はすぐ気付いて、その“三毛猫”を抱き上げた。
 
「君、人語を解するようだね」
と玲央美はアキに言った。
 
アキは楽しそうに「ニャー」と鳴いた。
 
玲央美がアキを抱き上げたことで、ハルは玲央美が“見える人”であることを認識した。
 

ハルも参加した出羽の月山裏秘密コートでの特訓では、
「人数が奇数だな」
 
などと言っていたら、アキが人間態で出てきて4人vs4人の練習になった。出羽の特殊な空間の中ではハルとアキの双方が余裕で活動することができるようであった。
 
「アキちゃんもなかなかやるね」
と江美子が言うので、ハルもアキに負けじと頑張っていた。
 
8人は玲央美が言っていたように28日夕方から30日午後まで丸2日ひたすら練習して最後は全員「疲れたぁ」と言ってコートの上で寝転がっていた。湧見絵津子など本当に眠ってしまったので、眠ったまま自宅に転送された。
 

青葉と千里は12月30日はRC大賞の授賞式の後、大宮の彪志のアパートまで戻り、千里は更に桃香のアパートにも寄った。翌日は早朝青葉・千里の2人で一緒にフェイの様子を見に行った後で、午前中の新幹線で仙台まで行き、M市で行われるローズ+リリーのカウントダウン・ライブの会場まで行った。
 
まだ観客を入れる前なのに、一部の出店は既に大賑わいである。和実たちの《クレール》も出店しているのだが、狭い出店のスペースに凄い人数のメイドさんたちが入って、どんどんオムライスとコーヒーを作っている。他のお店は既に作ってきているものを暖めて提供するだけなので(保健所の通達によりイベントの出店では包丁使用は禁止)2-3人かせいぜい5-6人なのに、ここだけ20人近いスタッフが狭いスペースにうごめいているのである。しかも女子たちはみんな可愛いメイド服を着ている。
 
こういう所でまさかリアルタイムで作っているとは思わなかったので驚いたが、どうもこれだけ居ても人手不足の状態のようだ。
 
「手伝おうか?」
「頼む」
 
それで青葉と千里も演奏が始まるまで、メイド服を着て!お店を手伝うことになった。ふたりともオムライスの玉子を鉄のフライパンで焼けるので、物凄い戦力になったようである。
 
それでひたすら玉子を焼いていたら、今日の前座に出る女子高生トリオ、ボニアート・アサドの3人が来る。オムライスと特にこの時間帯故に作ってあげた甘いカフェオレ(コーヒー半分ミルク半分)を渡す。彼女たちはカフェオレを飲みながらクレールの宣伝用パンフレットを見ていたが、「ライブ出演するアーティスト募集中」と書かれているのを見て「私たちも出たい」と言い出す。その場でマネージャーさんがOKするので、ボニアート・アサドはクレールに出演するアーティスト第1号となり、これが結果的にはクレールの救世主となるのである。
 
彼女たちはレコード会社との話し合いの結果、春のデビュー前には毎週、デビューした後も月に1回クレールに来訪することになった。それで3月のグランドオープンより前に、クレールは毎週土曜日だけ営業することになって、その度に大量のファンが押し寄せ、クレール内に《ボニアート・アサド・ファンクラブ仙台事務局》まで設置されることになる(マキコが事務局長に任命された)。
 

結局千里と青葉は前座が始まるまで2時間フル稼働で働き、おかげで長い列のお客さんを凄い速度でさばくことができた。あの列は速いみたいだというので、他のお店の列に並んでいたお客さんまでこちらに移動してきて、どんどんお客さんが増え、それをどんどんさばいた。千里たちまで入れて21人ものスタッフが入って、計画的な流れ作業で提供していく。和実は「計算上6秒でコーヒー1杯入れられる」などと言っていた。それも本格的なドリップコーヒーで、器具も大量に持って来ている。
 
千里たちは演奏の準備があるので前座が始まった所で離脱させてもらったが、その時千里は「これ必要になるかも」と言って、懐中電灯を数本、手伝いにきている若葉に渡しておいた。
 

21:45からローズ+リリーの演奏は始まったのだが、開始早々落雷があって会場の電気が全部落ちるハプニングがある。
 
イベンターのスタッフが場内に車を入れ、多数の車のヘッドライトで場内を照らした。音響スタッフは車に積んでいたテスト用のミキサーを車のシガーから取ったインバーター電源で動かす。ただしマイクは6本しか使えないのでケイとマリが共同で1本使うほかはステージの5ヶ所に分散して置いた。場内に多数設置しているサブスピーカーはバッテリー駆動で動かして、これでPAを確保した。そしてローズ+リリーはアコスティックの曲をひたすら演奏した。3〜4割の曲がアコスティック楽器で演奏されるローズ+リリーだからできた対応である。
 
その中でクレールは千里が置いて行った懐中電灯で営業を続けた。玉子を焼くのも、お湯を沸かすのもガスを使っているので、調理は停電の影響を受けない。おかげで、停電の中でも営業している!というので演奏中にもたくさんお客さんが来たようである。
 
停電は東北電力のおかげで1時間もしない内に復旧する。会場の照明が復活し、メインスピーカーが復活した時は大きな歓声が起きた。雷は避雷針が守ってくれる範囲のギリギリ外にあった、避雷用の設備がたまたま壊れていた電柱に落ちたのだが、電力会社では隣の無事だった電柱から線を引いてきて、配電盤を新しいものと交換して、復旧させたのである。
 

1月1日0時のカウントダウンを経て演奏は0:15くらいで終了。その後退場に関するアナウンスがあり、0:20にスピーカーの電源は落とされた。
 
青葉と千里は主な出演者たちと一緒に2台のバスに分乗して遠刈田温泉の宿に移動した。到着したのが1時半頃である。全員いったん大広間に入り、TKRの松前社長の音頭で乾杯した後、深夜なので即解散した!
 
その後、飲みたい人たちは朝まで飲んでいたようだが、千里と青葉は1時間ほどで部屋に引き上げた。
 
その1時間の間に今年の東北復興支援イベントの話がまとまり、千里はゴールデンシックスを出演させることを決めて花野子に連絡した。今年の復興イベントはレコード会社の協力が得られないので“08年組”(Rose+Lily, KARION, XANFUS) だけでやろうかと言っていたのだが、これに同年代のよしみで Golden Six が加わることになり、費用もケイ、マリ、和泉、千里の4人で分担することになった。
 
そして翌日にはコスモスから「うちは参加するつもりで準備していたよ」と言われ、§§ミュージックの歌手たちも参加することになり、費用分担はアクア・コスモスを含めた6人で分担することになった。1人1000万円程度の負担であるが、1000万円を“負担”と感じない6人である(更に紅川会長が地元のいくつかの企業の協力を取ってくれて、フリードリンクなどが用意された)。
 

今日のカウントダウンのお部屋は相部屋が基本で、青葉と千里は、鮎川ゆま・近藤七星・呉羽ヒロミと5人部屋であった。性別の怪しい人の部屋だが、あまり怪しくない七星さんはゆまのお目付役である(ゆまがヒロミをレイプしたりしないよう気をつけている)。もっともゆまは大部屋で飲み明かしたので、朝まで戻って来なかった。
 
千里は深夜、青葉が熟睡しているのを見て、監視役で起きていたふうの《雪娘》に手を振ってから部屋を出た。《雪娘》は千里を追うかどうか悩んだようだが、結局青葉のガードを優先して付いて来なかったようである。それで千里は旅館の1階の自販機で暖かいレモンティーを買って飲み、トイレにも行ってから、大阪にいた《げんちゃん》と交替で、貴司のマンションに行った。
 
阿倍子は寝室で、貴司は書斎で寝ており、リビングに寝ているのは京平だけである。京平が目を覚ますので「明けましておめでとう」と言って、遠刈田温泉の宴会場から持って来た鶏の唐揚げや、ローストビーフ(冷却剤を入れておいた)を出した。京平は鶏の唐揚げが特に大好きなようである。
 
京平がお年玉が欲しいなどと言うので、ちょうど持っていた(予定調和)ポチ袋に五百円玉を入れて渡そうとしたのだが「ぼくはまだおかねがつかえないから」と言って、お菓子がいいと言った。それで、京平に「眠っているふりをしていて」と言って、抱っこ紐で抱っこして、コンビニに行き、思念で会話しながら、結局“お正月ケーキ”を買ってきて食べさせた。食べた後のゴミは千里が持ち帰った。それで結局2時間ほどしてから遠刈田に戻った。こちらをじっと見ている《雪娘》に手を振って朝まで寝た。
 

6時頃起きたら青葉もすぐ起きたので一緒にお風呂に行った。途中で冬子・和泉とも一緒になり、4人で入浴した。
 
「この中で最初から女湯に入っていたのは私だけ?」
などと和泉が言うが
「この中に男湯に入ったことのある子は居ないよ」
という指摘に、腕を組んで悩んでいた。
 
千里はオールジャパンがあるので、お昼前に温泉を出た。その時、青葉が遠刈田のコケシをお土産にと買ってくれた。2つ買って1つをくれるのかなと思ったら、青葉は2つともくれたので「ありがとう」と言って受け取り、そのまま東京に向かった。(千里が心配したように、実は1つは自分用だったのだが、うっかり両方千里に渡してしまった。青葉はそのことに数日後まで気付かなかった)
 
帰りの新幹線の中で《小春》が千里に様々なことを語った。
 
本当は15年くらい前に死ぬはずだったのが、様々な偶然で生き延びてきたが、もういい加減寿命であること(彼女は人間の年でいえぱもう140歳くらいらしい)。彼女の“思い人”のこと。彼と会えるようにするから、もし気に入ったら自分の代理で結婚して欲しいということ。
 
また自分は多分今年の夏くらいまでには死ぬと思うが、再度この世界に生まれてくるまでの1年間ほどの間、千里がうっかり死んだ時に蘇生させてあげられないから“簡単に死なないで欲しい”ということ。自分は千里の娘に生まれ変わりたいから、千里が自分を産んでほしいということ。
 
要するに小春としては、彼女の思い人(川島信次)と千里の間の娘として生まれたいということのようであった。千里は、貴司以外の人との結婚は考えられないけどなあと思ったものの、何か大きな運命の輪に既に巻き込まれている気はした。
 
小春が名前は《環菜(かんな)》がいいというので千里は訊いた。
 
『結局人間の女の子として生まれてくるんだっけ?』
『それがどうしても許可が下りないのよ』
『男の子で“かんな”という名前はあり得ない』
『私が生まれたらすぐ去勢して女の子として育ててくれないかな』
『日本じゃ法的に難しいよ』
『そこを何とか』
『そうだなあ』
 

2017年1月1-9日の各々の動き。
 

 
■和実
1日 朝カウントダウンの打ち上げ 午後からTKRで打合せ/明日の営業準備
2日 ボニアート・アサドのライブ
http://femine.net/j.pl/wbp/06/_hr011/smart
3日 TKRで今後のイベントの打合せ
4-5日 開店に向けての様々な準備
6日 明日の営業用仕込み作業
7日 ボニアート・アサドのライブ/明日の仕込み(深夜千里とアクア来訪)
8日 TKRイベント初日
 
■冬子(ケイ)
1日 遠刈田で休み
2日 札幌に移動
3日 ローズ+リリー札幌公演
4日 東京に移動
5-6日 東京に滞在
7日 宮城公演
8日 金沢公演。夜間安曇野に移動して会議。
9日 埼玉公演。
 
■政子(マリ)
ほぼケイに同じだが、安曇野には行かず、金沢公演の後は金沢市内で泊まり、翌日埼玉に移動した。安曇野の会議のことは誰も言わなかったので知らないまま。
 
■青葉(大宮万葉)
ほぼケイに同じだが、宮城には6日の内に移動し、和実の店《クレール》に寄って、結界の調整をし、またマキコに去勢を唆す。マキコのバイクで会場まで送ってもらう。金沢公演後はケイと一緒に安曇野へ。
 
■千里(醍醐春海)
1日 昼頃遠刈田から東京に戻る
2-3日 レッドインパルス練習
4日 3回戦(茨城TS大学)勝利
5日 レッドインパルス練習
6日 準々決勝(40 minutes)勝利
7日 準決勝(ビューティーマジック)勝利
 
オールジャパンの詳細は↓
http://femine.net/j.pl/wbp/05/_hr005/smart
 
■龍虎(アクア)
1日 千歳に滞在
2日 札幌でアクア公演。東京に戻る
3日 東京滞在
4日 アクア東京公演(1)
5日 アクア東京公演(2)
 

龍虎は5日の公演の後は6-8日は3日間休みになっていたのだが、コスモス社長に誘われて2人きりでゆっくり話し合うことになる(ほぼデート)。この件の詳細は↓
http://femine.net/j.pl/wbp/10/_hr012/smart
 
「今夜はアクアと社長の秋風コスモスではなくて、龍虎と宏美で」
「それもいいですね」
 
龍虎はホテルの一室で裸に剥かれて男性器の存在確認と、それが立たないことの確認、そしておっぱいは膨らんでいないことを確認された(セクハラ、というよりほとんどレイプ)。
 
(胸は《こうちゃんさん》が工作してくれた。男性器は偶然にもタックされた状態だった。龍虎は1月8日に生理が来る予定だったが5日夜はまだ無事だった)
 
彩佳との関係もあらためて訊かれ、裸で抱き合う所まではしたが、セックスはしていないこと、そして30歳になったら結婚しようという約束をしたことまでは語った。「好きなのね?」と訊かれたが、本当に自分は恋愛というものが分からないのだと言い、龍虎の様子からそれを信じてくれた感じであった。
 
あらためて女の子になりたいかと尋ねられた。龍虎が女の子になりたいのなら、今後そういう方向の売り方をしていくし、それで売上げが落ちても何とかしていくから正直に言って欲しいと言われた。アクアは本当に女の子になりたい訳ではないが、女の子の服を着るのは好きだと答えた。
 
「まああんたは女の子にならなくても、頻繁に女装させられるだろうね」
「プロデューサーさんとかから『こういうの着るの好きでしょ?』とか言われるんですよ」
「実際好きでしょ?」
「まあ・・・好きかな」
「よしよし。今日の龍ちゃんは素直でよい」
 

龍虎は自身の小さい頃からのことなどもあらためて色々訊かれて、答えると、宏美はたくさん泣いてくれた。龍虎も胸のつっかえが取れたような感じで結構泣いた。そして将来のこともたくさん話した。歌も好きだけどやはり自分は役者さん志向だと言い、
 
「だったら歌って踊れる俳優という線で」
「ええ、それがいいです」
「マツケンさんみたいなの、わりと好きでしょ?」
「松山ケンイチさんって、どんな曲歌ってましたっけ?」
 
「まあいいや。それとも歌って踊れる女優という線?木の実ナナさんは・・・知らないだろうな。ジュリアン・ハフとか?」
「あ、ジュリアン・ハフさん好きです」
 
「やはり歌って踊れる“女優”のほうなんだ?」
「えー?どうしよう?」
 
「自分の性別は男でも女優というのもありだと思うよ。歌舞伎の女形(おやま)さんは全部それだ」
「うーん・・・」
 
「ピーターさんみたいに、性別は男の娘で男優・女優どちらもこなすという線は?ピーターさんって知ってる?」
「はい、もちろん。あの人の若い頃の写真とか見せてもらいましたけど、凄い可愛いですね。あの人は若い内に去勢したんですか?」
「本人は否定しているし、何人かの過去のボーイフレンドも否定しているけどね」
 
「去勢せずにあの美貌を保っていたとしたら、それがまた凄いです」
「あるいは龍ちゃんと同様、体質的なものもあるかもね。龍ちゃんも、そういうの狙っているんだ?」
 
「役者としての路線はひょっとしたら似ているかも知れないですけど、ボクは男の娘じゃないですよ。普通の男の子のつもりです」
 
「うん。それは最初の数時間のやりとりで私も認識した。もし私とセックスしたくなったら、いつでも言ってね。させてあげるから」
「ごめんなさい。それはパスで」
 

「でもこの2日で、龍ちゃんの気持ちが随分分かった気がするよ」
「確かに宏美さんと、こういう話をする機会がこれまでありませんでしたね」
 
夏のロックフェスティバルの後も同じホテルに一緒に泊まったが、あの時は超多忙な中で、話すどころではなく、ひたすら眠っていた。
 
「デビュー以来2年間、何も考える暇も無いくらい疾走してきたからね」
 
 
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【娘たち、男と女の間には】(1)