【娘たち、男と女の間には】(2)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-10-18
2017年1月7日の24時近く、アクアとコスモスが泊まっている部屋に突然千里が来訪した。千里は7日のオールジャパン準決勝が終わった後、少し仮眠した上でここに来ている。龍虎がどこに居るかは実は《こうちゃん》の居場所から分かってしまうので、そこに《くうちゃん》に頼んで転送してもらったのだが、自分が利用されていることに《こうちゃん》は気付いておらず、この時は驚いていた。
「コスモスちゃんも一緒だったんだ?ごめんね〜。お楽しみの所」
「あの、誤解しないで欲しいんですけど、私と龍虎は何もしてませんから」
と宏美が緊張した顔で言う。
宏美(コスモス)としては、かなり後ろめたい。しかし千里は言った。
「そりゃ当然。連結器が無いからね。そのあたりについて、少し突っ込んで話したいんだけど、ちょっと河岸(かし)を変えない?」
「いいですけど」
そこで、千里は《こうちゃん》に自分たち3人を“乗せて”仙台まで飛んでと命じた。
『いいの〜〜?龍虎はいいとして』
『いいから、いいから』
それで《こうちゃん》は、前から龍虎、宏美、千里の順に3人を背中に乗せて上空に舞い上がった。龍虎は小学1年生の時以来の飛行に、はしゃいでいた。
「何これ〜?」
と宏美(コスモス)は驚いている。
「暴れないでね。落ちるから」
「しっかり捉まっている!」
「でも私、空を飛んでいる気がするんだけど」
「今夜の出来事は全部夢だと思って」
「そうする!」
やがて3人は30-40分の飛行で、仙台市内の何かのお店の前に立っていた。
「ここは私のお友だちが作ったばかりのメイド喫茶クレール。まだオープン前なんだけど、オープン前なのをいいことに、ライブ会場として使われているんだよ。取り敢えず3月までは毎週土曜日に女子高生トリオのボニアート・アサド、日曜日は東北在住のセミプロ・アーティスト数名のジョイントライブ」
「へー!」
「ここは音響が素晴らしい。ここの客室はローズ+リリーのケイが監修して2000万円掛けて良い音響で音楽が聴けるように設計施工されているから」
「凄い!」
宏美は実際客室に案内されて、末広がりのホールのような形になっていて、壁に吸音板が貼り付けてあるのを見て驚いていた。
(この時点では実はまだ1000万円しか掛けていない。2-3月に美大生2人の手でアール・ヌーヴォー風の絵が吸音板の上に描かれるが、この描画に更に1200万円掛かる。吸音板の効果を落とさないため刷毛(はけ)が使えず、マスキングして色単位でエアブラシで吹き付けていくという根気の要る作業だった。結果的に合計2200万円掛かった)
「こういう音響の素晴らしいライブハウスはめったにないし、ここは普通のライブハウスみたいなチャージ制じゃないんだよ。あくまでカフェであって、音楽はお客様へのサービスという位置づけ。楽器とかも無料で使える。だから§§ミュージックの研修生とかに度胸付けさせるのにここで歌わせたりバンド演奏させたりするのもありだと思うよ。普段の客席はゆったりと70人くらいだけど、テーブルや椅子を取っ払ってオールスタンディングにすると700人くらい入るから」
「それいいね!」
客席に案内され、和実がラテアートでコスモスの模様、龍の模様、鳥の模様を作って持って来てくれると、また宏美は歓声をあげていた。
龍虎が写真撮ってもいいですか?と言い、和実もどうぞどうぞというので龍虎はスマホで写真を撮影していた。
3人は店の奥、厨房から最も遠いテーブルに陣取って、話をすることにした。
千里は最初に龍虎の去勢疑惑について説明した。
「中学3年にもなって声変わりがしないというのは、普通は去勢でもしてなきゃありえない。だからみんな疑惑というより、去勢していることを確信していると思う」
「それについて本人からは、青葉さんのセッションで睾丸から出る男性ホルモンが男性器の近くのみに作用して、身体の他の部分には広がらないようにしているので声変わりが来ないこと、結果的に女性ホルモンが微妙に多い状態になっているけど、その女性ホルモンは胸の付近には作用しないように、これもブロックしているので、バストは膨らまないのだという説明を受けました」
と宏美は言う。
「そうそう。青葉がやっているのが化学的な操作。だから龍虎は化学的な去勢状態にある。そして私がやっているのが物理的な操作。実は龍虎の睾丸は物理的に取り外している」
と千里は言った。
「ほんとに去勢してるの!?」
「但し復元可能な状態でね」
「そんなことできるんだ?でもそしたら青葉先生の操作は?」
「コンピュータの仮想化技術を考えてもらうといい。リモートプリンタに印刷するのもパソコンの隣にあるプリンタに印刷するのもアプリケーションからは何も違いはない。あたかもそばにあるプリンタのように扱うことができる。データを保存する時もパソコンに直接繋がっているディスクに書くのも、LAN上の別のパソコンに繋がっているディスクやNASに書くのも同じ」
と千里は説明したが、本当に説明しているのは小春である。千里本人にはこういう話はちんぷんかんぷんだ。
「だから青葉が龍ちゃんの身体に付いている睾丸と思って操作しているのは実は別の場所で治療を受けている睾丸なんだな」
「治療というと?」
「やはり小さい頃にした病気の治療のために強い薬を使ったことで、龍ちゃんの睾丸はほとんど死んでいたんだよ。それを私の友人が、取り外してある場所でずっと治療している。龍ちゃんとの約束では20歳になったら本人の身体に戻すことになっている。だから20歳になるまでは絶対に声変わりは起きないんだよ」
「うーん・・・」
と宏美は悩んでいる。
「一昨年龍虎の精液を冷凍保存したけど、実はそれはその治療している場所で龍虎の性器に直接刺激を与えて射精されたものを病院に持ち込んで冷凍してもらったんだよ」
「面白いことするね」
「だから龍虎は自分では性的快楽を体験できなかったのに精液が採取された」
「未来の人間の生殖はその方式になったりして」
「あり得るかもね。男子は小学校にあがる時に性器を取り外されてその後は人工培養。精液はそこから採取する。睾丸の付いている人間がいなければ争いも減って平和な世の中になるかもよ」
「安いSFにありそうな設定だ」
「ちんちん付いている人がいないから、トイレは男女に分ける必要ないし、中学校の制服は全員セーラー服かな。オリンピックも男女を分けない」
「それむしろ小学5年生の時に、男と女のどちらになりたいか本人に決めさせて、女性になりたい人には必要なら女性ホルモンを投与してバストを発達させ、男性になりたい人には男性ホルモンを投与して声変わりも起こして男らしい体格を作り上げるというのでもいいかも」
「ああ、そういう設定でもいいよね。男子を選択する天然女子はその時点で卵巣を除去する。でもちんちんは付けない」
「付けないんだ!」
「レスビアンセックスでいいじゃん」
「確かにそれでいいかもね。ビアンは気持ちいいし」
アクアが困ったような顔をしている。しかしコスモスがまるでビアンの経験があるような言い方をするのは気にしないことにした。
「小学4年生は試行期間でホルモンは投与しないまま、男子になりたい子はズボン、女子になりたい子はスカートで1年間過ごしてもらう」
「女子を選択してヴァギナが無い子は18歳の段階で造膣する」
「全員がビアンなら、別にヴァギナ作らなくてもいいかも」
「それは一理ある」
「それで、龍虎が20歳になった時、男性器を戻すというのは、本人がその時点でそれを戻して欲しいと思っているならだけどね」
と千里は言ったが、龍虎は言った。
「ボクも随分悩んだんですけど、20歳すぎたら、戻してもらえませんか?まだ治療が完全でなくても」
と龍虎は言った。
「いいよ。そうしよう」
と千里も答えた。後ろで《こうちゃん》が『まあ仕方ないかな』という顔をしている。
「何となく20歳くらいになったら男になってもいいかなという気がしてきているんです。それまでは曖昧な性別をむさぼりたい気分」
と龍虎は素直な気持ちを言う。
「いいんじゃない?女の子の服を着るの好きでしょ?」
「好きです。男に戻っても着たいくらい」
「それは着てもいいんだよ」
と千里も宏美も言う。
「じゃ着ちゃおうかなあ」
と龍虎は言った。
「実際問題として、龍って、20歳くらいになったらアイドルはやめるつもりでしょ?」
と千里は言う。
「その話も宏美さんとしました」
と龍虎が言うが、宏美も頷いている。
「ボク、基本的には俳優になりたいんです。でも音楽が好きだから、撮影にかかってない時期はロックバンドとかやりたいんですよね」
「龍ちゃん、ギターがうまいし、ピアノやヴァイオリンもうまいもんね」
「ボクはボーカル兼ピアノ担当で、ギターとベースとドラムスの人をスカウトしたいんですよね」
「ピアノの弾き語り、ベースの弾き語りはわりと行けるんだよね」
「ギターの方がベースより多いかも」
「どっちだろうね」
「ドラムスの叩き語りになるとかなり少ない」
「ドラムスだと、カーペンターズのカレン、イーグルスのドン・ヘンリー、C-C-Bの笠浩二(りゅう・こうじ)、稲垣潤一、あたりかな」
「BUCK-TICKのあっちゃんは本来ドラマーだったんだけど、ボーカル転向後はドラムスを打ってないから叩き語りはしてない」
「ヴァイオリンの弾き語りは昔の演歌師がやっていたけど、フルートの吹き語りは少ない」
「それ不可能だと思う!!」
明け方、だいたいアクアの今後の方針などについて話がほぼまとまり、この件を再度今夜安曇野で関係者一同の前で話したいとコスモスは言った。
「連続徹夜で申し訳無いけど」
「いや、昼間寝ているからいいですよ」
「千里さん、試合は?」
「夕方からだから、それまで寝てますよ」
「お疲れ様」
「試合やった後、温泉に入ったら即眠ってしまいそうな気はする」
「私も寝てたりして」
「ボクも寝てたりして」
深夜はサブチーフのマキコが対応してカフェラテのお代わりや軽食などを作ってくれていたのだが、明け方また和実が出てくる。イベントの形式によってテーブルと椅子を運び入れたり撤去したり大変でしょう?などと言うと
「最初は2階の倉庫に格納するつもりだったんだけど、移動距離が長くて物凄く大変だと分かったから、今は自宅の方に運び込んでいる」
などと言う。
「自宅に運び込むのも大変だと思う。1階には倉庫は無いの?」
「裏ロビーに置けたらいいんだけどね」
末広がりの客室を作ってしまったため、三角形の微妙な空間が余ってしまったらしい。見せてもらったが、微妙すぎて、全てのテーブルを収納しきれないという。しかし龍虎はその空間を見て「積層書庫みたいにしては?」と提案した。
「要するに中二階を作るわけか」
「中三階・中四階くらいまで作ってもいいかもね」
この龍虎の案は採用され、ここに業務用倉庫などにあるような、スティール製の中二階・中三階が作り込まれ、リフト(エレベータ)でテーブル・椅子の類いを運び込めるようになる。
コスモスはまた和実に、ボニアート・アサドがメジャーデビューした後、現在の毎週のイベントが月1回に減るのなら、その後の枠に月1回くらいでも、うちの信濃町ガールズを出演させられないかと打診した。
それで調整の結果、ボニアート・アサドが高校生のトリオなので、信濃町ガールズは中学生以下のメンバー限定で公演すると、ボニアート・アサドの妹分のように思ってもらえるかもということで話がまとまり、中学生以下のピックアップ・メンバーで毎月来演することが決まった。
話が終わってから、朝御飯代わりに各自1つずつのオムライスとカフェラテのお土産を作ってもらい、《こうちゃん》に龍虎と宏美を元居た栃木県のホテルに送り届けさせた。龍虎は戻るとすぐベッドに入って、すやすやと眠ってしまう。宏美はその寝顔を見て微笑んで部屋を出てからホテルの駐車場に駐めたままの愛車ロードスターの中で、『時のどこかで』の和田プロデューサーに電話した。
「物語の最終展開ですが、やはりA案でお願いします。はい、和夫が誤って性転換されてしまい、女の子になってしまったから仕方なく女子中学生として通学することになるというのではなく、性転換される代りに女体偽装ボディスーツを貼り付けられるものの1ヶ月間は外せないので、その間、性別疑惑の中で男子中学生生活をするというので。ええ、ここだけの話ですけど裸に剥いてちゃんと男性器が存在することを確認しましたから。でもほんとに小さいんですよ。まあ女の子とセックスするのは無理ですね。だからA案の方がアクアの実態に近いです」
宏美が車の中で電話している時、龍虎はお腹の調子が変な気がして目を覚ましトイレに行った。昨日あたりから怪しいなと思って念のためナプキンを付けておいたのが正解だったようである。
「また今月も来たのか。これ面倒くさいなあ」
と言いながらナプキンを交換して使用済みのナプキンは汚物入れに捨てたが、宏美さんにお股を見られた時はまだ始まっていなくて良かった、と思った。
ナプキンを交換すると、龍虎はまたベッドに戻ってすやすやと眠った。
《こうちゃん》に乗せて龍虎と宏美を送り出した後、千里はオムライス2つとカフェラテ1つ、ホットミルク1つを追加で作ってもらい、2時間後にまた来ていいか?と尋ねる。
「寝てると思うから起こして」
「御免ね。疲れている時に」
「それはお互い様だね」
それで千里は青葉が調整したクレールの結界を再調整してから、大阪に転送してもらった。京平にカフェラテを見せると「かわいい!」と喜んでいる。但し京平が飲むのはホットミルクのほうである。1歳児にコーヒーを飲ませる訳にはいかない。朝御飯にオムライスを千里、たいちゃん、京平の3人で一緒に食べてから、また仙台に転送してもらい、今度はオムライス4つとカフェラテ3つ、ホットミルク1つを頼む。
「ミルクはお子さん?」
「そうそう。さっきはうちの息子」
「ああ、京平君か」
「今度は娘がお腹の中に入って居る人」
「桃香か。もう赤ちゃんの性別は分かったんだ?」
「分かってないけど、女の子として生まれてもらう」
「ああ、強制性別変更ね。それもいいんじゃない?徳川家綱は実は女の子だったけど、徳川家光の跡継ぎが必要だからというので天海和尚の法力で変成男子(へんじょうなんし)にしたと言うし。子供ができなかったのは、そのせい(**)」
それで千里は大宮の彪志の家に転送してもらい、彪志・桃香・朋子と4人でオムライスを食べた(結局千里はオムライスを2回食べた)。桃香たちもカフェラテのラテアートが美しいと喜んでいた。
千里はその後、用賀のアパートでぐっすり眠ってから、昼過ぎにチームに合流し、今夜のオールジャパン決勝戦に備えた。
(**)徳川家綱は正室との間には子供ができなかった。2人の側室が1度ずつ妊娠しているが、1人は死産、1人は流産した。子をなさないまま亡くなったので老中堀田正俊は独断で弟の綱吉を死の床に呼び“亡くなる前に”養子にしたことにして将軍を継がせた(この付近は諸説あり)。徳川家が断絶するのを機会に皇子(みこ)将軍をと主張していた大老酒井忠清は失脚。掘田が大老に就任した。
2017年1月8日深夜(1月9日午前2時)安曇野の会議に出席した面々はこのように集まった。
ケイ(冬子)と青葉はローズ+リリーの金沢公演を1月8日に行い、その後、金沢に駆けつけて来た佐良さんの運転するレンタカーのヴォクシーで安曇野に向かった。到着したのは1:30AM頃である。
和泉は新潟に親戚の集まりで行っていたのだが、従姉に安曇野まで送ってもらったらしい。和泉はおそらく日本で唯一の“フルビッターのペイパードライバー”である。到着したのは0時前だったらしい。従姉さんには部屋で休んでもらった。
千里はオールジャパンの優勝祝賀会を途中で抜け出して、矢鳴さんが運転するアテンザで安曇野に来たが、安曇野に行くと聞いて、チームメイトの渡辺純子と黒木不二子が同行。ふたりは矢鳴さんともども部屋で休んだ。
上野陸奥子と今井葉月は、上野が愛知県小牧市の夫の実家に行っていたので、葉月が迎えに行く形で新幹線とJRを乗り継いで小牧に行き、結局上野の夫が車で安曇野まで送ってくれたらしい。上野の娘(葉月の従姉)の紅良々も付いてきた。上野たちは途中で中央道の事故による渋滞に巻き込まれ、到着が1:45くらいになった。夫と紅良々は部屋に行って休んだ。
アクアとコスモスはお昼頃栃木県のホテルをチェックアウト。ロードスターで北関東道を走り、高崎でゆりこと落ち合う。ゆりこはフォルクスワーゲン・ポロを持ってきており、休憩後コスモスたちがそちらに乗り移って、ゆりこの運転で3人で上信越道→長野道で安曇野に向かった。夕方到着して部屋でゆっくり休んだ。
「それでアクアは筆下ろしをしたの?」
などとゆりこが訊く。アクアは真っ赤になってしまったものの、コスモスは
「筆はまだ出荷前で使用できなかったよ」
と答える。
「出荷前ね〜。でもアクアちゃんがコスモス社長に筆下ろししたらしい、なんて噂が広がるとコスモス社長、暗殺されるね」
「ああ、怖いね」
とコスモスも笑っていた。
「ところで墨汁は存在したんだっけ?」
「存在するみたいだけど、自分では出せないらしい」
「でも墨汁の冷凍保存したよね?」
「あれは出荷前の工場内で特殊な方法で採取したらしいよ」
「ほほぉ」
ゆりこは工場内にたくさん男性器がぶら下がっていて、機械で1本1本絞り取っては、瓶詰めしていく様を想像した。なかなかシュールだ。
「ちなみに生理もあるよね?」
「ああ、今生理中みたいだよ。ナプキンもしてるし」
とコスモスがいうので、龍虎は『ばれてる〜!』と思って、真っ赤になった。
「でも今夜の会議はお風呂の中でやるから、タンポンにしなよ」
「た、タンポン?」
「使ったことない?」
「だったら2〜3個あげよう」
と言ってコスモスがタンポンを渡す。
実はホテルの生理用品入れに使用済みナプキンが入っていることに気付いたので、龍虎が寝ている間にコンビニで買っておいたものである。千里の説明によれば本物の龍虎の男性器は取り外されていてどこかで治療されているということだったが、代わりに女性器が付いているのだろうか??などと考えていた。
「入れてあげようか?」
「自分でやります!」
と言って龍虎は真っ赤な顔でタンポンを持つと多目的トイレに行った。普通の個室では入れきれない気がしたからである。
『でもこれどうしよう?』
と龍虎は戸惑う。《こうちゃんさん》が
『俺が入れてやろうか』
などと言っているが
『絶対嫌!』
と言った。そんなことさせたら、タンポンの前に自分のを入れてくるのでは?という気がする。彩佳や社長の子供なら産んでもいいけど《こうちゃんさん》の子供を産むなんて嫌だ、などと龍虎は思ったが、思考が混乱していることに気付いていない。
『でも龍、それ自分でできないだろう?』
などとやりとりしていたら、青い和服を着た凄くきれいな女の人が姿を表す。
『私がしてあげるよ。勾陳は後ろ向いてな』
『分かった分かった』
と言って彼が後ろを向く。
『私が入れていい?』
と女の人が言うので、こくりと頷く。
それで床の上に横になって、入れてもらったが、全然痛くなかった。
『処女は傷つけてない筈だから』
『ありがとうございます』
『お風呂からあがったら、また処置してあげるから』
『すみません』
龍虎はその後、タンポンの紐と、更にアプリケーターまであそこに挟んだまま割れ目ちゃんを接着してしまった。
『あんた何やってんの?』
『あたかも女体偽装しているように見せるんです。アプリケーターはおちんちん代わりです』
『面白いことするね〜』
ともかくもそれで部屋に戻った。
「かなり時間が掛かったね」
「苦労しました!」
「ライブに生理がぶつかった時もタンポン使うといいよ」
「そういう時また考えます」
「龍ちゃんがいつも持ち合いている生理用品入れにはタンポンも買って入れておくといいね」
「そうしようかな」
そんな会話をしながら、いったんアクアはどこにタンポンを入れたんだ?とゆりこは疑問を感じていた。
最初は少し広い部屋(12畳くらい)に入り、お疲れ様でした、などといって軽い食事を取る。この時点で居たのは、アクアたち3人とKARIONの和泉である。和泉がアクア・プロジェクトのディレクターになってくれることになったとコスモスから紹介される。
「よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
アクアは、ゴールデンシックスの花野子さんとかなら、女の子の服ばかり着せられそうだし、マリさんなら間違いなく性転換手術を受けさせられると思い、和泉さんで良かったぁ!と思った。
「何か飲まれますか?」
と仲居さんが言うので、和泉さんは安曇野産の赤ワインを頼む。龍虎はコカコーラ・ゼロを頼んだ。コスモス社長・ゆりこ副社長は、私たちは司会だからと言って、お茶にしたようである。
この部屋に移動して間もなく千里さんが到着する。千里さんはヱビスビール琥珀を頼んでいた。
少し話した所で「じゃ打合せする場所に移動しましょう」とコスモスが言う。
「あ、ここで会議するんじゃなかったんだ?」
それで行ったのは大浴場である。
「え?女湯でやるんですか?」
「私たちは男湯に入れないしね」
「あ、そうですよね」
と言って、アクアは何の抵抗もせずに他の4人と一緒に女湯に行く。脱衣場で服を脱ぐが、アクアも別に何も気にせず服を脱ぐ。和泉さんはアクアの裸を見て
「冬子の女体偽装も美事だったけど、アクアちゃんも上手いね〜」
と言って、胸のプレストフォームの境目などを触っていた!
アクア自身は『タック偽装はバレてないみたいだ』と思って少しドキドキしているのだが、演技力で平静を装っている。
「女性の裸を見ても平気みたいね」
「ええボク、別に女性の裸を見ても何も感じません」
「男性の裸は?」
「見た経験がないので・・・」
「子供の頃、お父さんに連れられて男湯に入ったこととかない?」
「温泉とか行った経験がないです」
実は一度だけ曖昧な記憶がある。長期の入院から退院して、田代家に来た時「家族になった記念に」と言って、3人で温泉に行ったのである。その時、男湯と女湯のどちらに入ったのか記憶が曖昧だ。
「龍は小学校の修学旅行では、女湯に連れ込まれたらしい」
と千里さんが言っている。
「なるほどねー」
浴室に移動し、各々身体を洗ってから浴槽に入る。少しおしゃべりした所で冬子と青葉が到着した。更には「え〜!?女湯に入るんですか?」という声とともに水着を着た葉月と、叔母の上野陸奥子がやってきた。
西湖は龍虎のヌードを見て「性転換していたんですか?」と驚いていたが「偽装だよ」と言って、お股も触らせる。
「あ、ちんちんある。ほんとに偽装だったんですね」
と西湖は言ったが、実は西湖が触って“棒がある”感触を感じたのはタンポンのアプリケーターである!
しかしこの西湖の“ちんちんチェック”により、みんなが龍虎は女体偽装しているのだと信じてくれた。
それで深夜の安曇野の温泉女湯で、アクアの今後の営業方針に関する会議が始まったのであった。
最初にコスモスはあらためてアクアに尋ねた。
「この場だけで、みんな忘れるから、正直に言いなさい。君は女の子になりたいのか、男の子になりたいのか」
「ぼくは男の子です」
とアクアは即答した。
「その前提が違っていると、全てが変わってくるからね」
とコスモスは言った。
アクア本人が女の子になりたいというなら、事務所としてもその方向で売っていくし、男の子でいたいというなら、そういう売り方をするとコスモスは言った。
それでアクアは
「女の子にはなりたくないです。女の子の服を着るのは好きだけど、ぼくにとってはファッションの一部なんです」
と明快に答える。
コスモスと2日間ホテルで一緒に過ごしてコスモスとしてもアクアの本音を引き出すことができたし、アクアとしてもコスモスとゆっくり話して自分の気持ちを整理することができた。それ故の即答である。
アクアが声変わりしない問題については、アクアの口から正直に専門家の管理下で微妙なホルモンコントロールをしていることを認める。精液は保存しているので、このホルモンコントロールの副作用で万一不妊になっても個人的には問題無いと思っているとも言った。
「それ立つんだっけ?」
「え?ぼく立ってしたこと無いです。いつも座ってしてます」
話が通じてないが、まあいいことにする。
「アクアって恋愛対象は男性?女性?」
と和泉が訊いた。
「ごめんなさい。ぼく、実は個人的には恋愛ってのがよく分からないんですよ」
とアクアは言った。
その関連でいくつか質問があるが、多分アクアはアセクシュアルなのだろうと大半の人間(千里とコスモス以外)が思った。
アクアはこの半年ほど練習したという男声も披露した。丸山アイに指導してもらったのだが、多くの人はボイストレーナーの指導を受けたのだろうと思ったようだ。
「橋元さんと話してみないといけないけど『ときめき病院物語III』では佐斗志の声はそのアクアが開発した男の子っぽい声で、友利恵はアクアの地声で話してもいいかもね」
とコスモスは言う。
「男声・女声の両方を使えるというのを見せておくと、結果的にアクアがいつ声変わりしたのかという問題は曖昧にできる気がする」
と和泉が言う。
「いつの間にか声変わり作戦だね」
「それマリちゃんが言ってたね」
「マリが言ってたのはいつのまにか女子化作戦かな。男子会社員として勤めていたはずが、パンツをパンティに変え、ソックスをパンストに変え、ブラジャーをして、シャツをキャミソールに変え、ワイシャツをブラウスに変え、背広を女性用ジャケットに変え、ズボンをキュロットに変え、キュロットをスカートに変えると、少しずつ変化しているから、いつ女子会社員になったのか分からない」
「それ絶対無理」
「一般的にはやはりキュロットからスカートに変えた所で注意されるんだよ」
「キュロットもスカートの一種なのに」
「種数1の閉局面と種数2の閉局面の差だな」
一同はこの湯船の中で2時間ほどにわたり様々な問題を話し合った。
のぼせないようにと、飲み物も配られる。適宜湯船からあがって涼んだりもするが、女性が湯船に出入りする時、葉月は目を瞑っていた(アクアは全く気にしない)。
アクアや、コスモス・ゆりこはお茶やポカリスエットなどを飲んでいたが、千里・和泉・陸奥子などはけっこうワインとかビールとかを飲んでいた。千里は車で来ているのだが、帰りは《こうちゃん》に運転させるつもりである。《こうちゃん》は勾美名義の運転免許証も所有しているので、千里に擬態せずに運転することもできる。千里の免許証を使い女装で運転するのは趣味の範囲である!
冬子・青葉はコーヒーを飲んでいた(きっと眠いのだろう)。葉月はお茶を飲んでいたはずが、最後のあたりでは酔っていた!ので誰かがどさくさ紛れにお酒を飲ませたようだ。あるいは、裸の女性に囲まれてとても精神が耐えられなくなりつつあったので、“発射回避”も兼ねて、罪悪感を減少させるために敢えて酔わせたのかもと龍虎は思った。彩佳たちや§§ミュージックの女子寮で散々鍛えられた(?)自分とは違うだろう。
最後にコスモスが
「でもアクアに女の子になる気が全く無いのであれば、安心して女装させられるな」
などと言うと、アクアは期待するような目をしていた。
明け方各々の部屋に引き上げる。部屋割りはこのようになっている。
冬子・青葉・千里
コスモス・ゆりこ・和泉
アクア・葉月
上野陸奥子と夫・紅良々
佐良・矢鳴・和泉の従姉
渡辺純子・黒木不二子
会議終了後に会議不参加の人が既に寝ている部屋に行って休んだのは上野陸奥子だけである。
部屋に引き上げた後、葉月はそのまま眠ってしまったが、龍虎は生理用品入れの入ったバッグを持って、旅館1階の多目的トイレに行く。
『すみません。いいですか?』
と思念を飛ばしてみると、数時間前に龍虎にタンポンを入れてくれた女の人が出てきてくれた。
『冷たいけど床に横になって』
『はい』
それで下着を脱いで横になると、そっと抜いてくれた。抜くのも全然痛くなかった。抜いたタンポンは龍虎が自分でビニール袋に入れてトイレの汚物入れに捨てる。
『ありがとうございます。後はナプキン付けるのでひとりでできます』
『タンポンの入れ方は、時間に余裕のある時に少し練習するといいよ』
『そうですね』
『学校で水泳の授業とかある時もタンポンの方がいいし』
『その状況は考えてなかった!』
『まあ生理にぶつかったら授業休む子もいるけどね』
『ああ、それでもいいかなあ』
『生理中なのでと先生に言って休む?』
『う・・・それはヤバい気がする。そうだ、お名前教えてください』
『ゆばちゃん、でいいよ』
『ありがとうございます、ゆばちゃんさん』
『ゆばちゃんさんは二重敬語だ』
『じゃ、ゆばちゃん』
『うん、それでいい』
『でも女の人にしてもらって良かった。さすがにこうちゃんさんにはされたくないもん』
『ん?私、男だけど』
『え〜〜〜!?』
龍虎は1月9日(月)の夕方、(熊谷市の)自宅に戻った。ゆりこ副社長が運転するフォルクスワーゲン・ポロで自宅まで送ってもらった。ゆりこはその後コスモスを高崎まで送った。コスモスは高崎に駐めていたロードスターの車内で1時間ほど仮眠し、再度軽食を取ってから帰宅する。
龍虎が自宅に戻ると、半月ほど自宅を留守にしていたので、大量の郵便物が溜まっている。母が「DMの類いは捨てて、ファンレターは事務所に持って行ったよ」と言った。ファンレターはうかつに開けると危険な場合もあるので事務所でX線検査などをしてもらった後で、手紙は(大量にあるので)スキャンしてデータでもらえることになっている。自動要約ソフトで各々のお手紙の内容を簡単にまとめているので、龍虎は結構ファンからの手紙の内容を把握している。それで特に目に留まったものには、ちゃんと直筆のお返事を書いていたりもする。
そういう訳でここには個人的なものと思われる郵便物だけ残っているのだが、それでもかなりの量がある。龍虎は取り敢えず差出人だけ見ていたが、その中に "CBF" という所から送られてきたもので“会員証在中”と書かれた封書があった。
心当たりが無いので、何だろう?と思ったものの、疲れているので後から見ることにして、取り敢えず棚の書類入れに封書ごと放り込んだ。
それできれいさっぱり忘れてしまった!
1月14日(土)に08年組による東北復興支援ライブの詳細が発表された。
3月11日(土) 10:00-12:00 アクア
3月11日(土) 13:00-17:00 白鳥リズム・姫路スピカ・花咲ロンド・西宮ネオン・高崎ひろか・品川ありさ・川崎ゆりこ・桜野みちる(30分ずつ8人)。
3月12日(日) 10:00-12:00 アクア
3月12日(日) 13:00-17:00 Golden Six, KARION, XANFUS, Rose+Lily
Golden Six は前座という名目で登場する。KARIONとRose+Lilyの間にXANFUSを入れるのは“技術的理由”である。
アクアは2日間登場である。会場が狭い(キャパ7000)こともあり、チケットの競争率を緩和するため、2回歌うことになった。それでも実際の競争率は20倍にも達した。今回は★★レコード不参加で人手が足りないこともあり、パブリック・ビューイングは断念した。
§§ミュージックで、4月以降の寮の部屋割り当てが内示された。このように移動する。下記の学年は4月以降の学年である。
201.
202.南田容子(中3)
203.
204.
205.山口暢香(中2)
206.吉沢蕾美(中3)
207.高島瑞絵(中2)
208.
301.白鳥リズム(中1)←201
302.
303.姫路スピカ★(高2)
304.花咲ロンド(高3)
305.佐藤ゆか(高1)←203
306.
307.
308.
401.
402.吉田和紗(19)←302
403.
404.
405.川内峰花(19)←305
406.品川ありさ★(高3)←306
407.高崎ひろか(高3)←307
408.
退寮
アクア(308) 都区内のマンションに住むので。
米本愛心(204) 契約終了により。
(★は居住はしておらず遅くなった日の泊まりや早出の前泊に利用している人)
結構な移動になる。2月中に4階に移動する子に引越してもらい、業者を入れてクリーニング後、3階に移動する子の引越を3月にしてもらうことになった。204,308の退去は4月中にすればいいことにした。
アクアがマンションを借りて退去すると聞き、一部の寮生の間では
「龍ちゃんにセクハラができなくなる」
などという声があり、
「あんたたち、ふだん何やってんのさ?」
とゆりこ副社長から言われていた。
「いや、あわよくば玉の輿にと」
「それは無理だね。だいたいあんたたち、龍ちゃんにちんちん無いこと知ってる癖に」
「ちんちんくらい無くたって結婚していいですよ」
「確かに、そういう意見はわりと多い」
「私改名することにしたから」
とその日ハナちゃんは言った
「改名というより、また名前作るの?」
などとみんなから言われる。
「ハナちゃんは名前の数が多すぎて全部は覚えきれない」
「川内峰花、竹本和恵、紅型明美、高村梓紗、夢倉香緒梨、Flower XYZ、Jasmine Mercury, Lucia Fiorina, ...」
「あんたよく覚えてるね!」
「どれが本名か分からなくなっている人も多い」
「こないだ書類に川内峰花と書いたら、沢村さんが『本名書いて』と言ってたね」
「沢村さんでさえ分からなくなっているのか」
「いや、“ハナちゃん”という名前が長すぎるという指摘があって。だから短くして単に“ハナ”にするから」
と本人は言う。
「それ呼び方は全然変わらない気がする」
「でも中学生の子たちは“ハナちゃん”と“ちゃん”付けで呼ぶのに抵抗があったみたいだから“ハナさん”と呼ぶようになるかもね」
「“ちゃん”は芸能界では普通の尊称だよ」
「確かに“山本ちゃん”とか“本田ちゃん”とか、お互いけっこう“ちゃん”を付けて呼んでますね」
「でもまあそういう訳で、私の名前は単に“ハナ”ということで」
それで2月1日付けで、§§ミュージックのホームページで“仮名ハナちゃん”というのが“仮名ハナ”と変更されていた。
「まだ仮名(かめい)なのか」
「社長から、いい加減芸名付けてあげるからと言われたけど、まだ仮名でいいと言ってる」
実はしびれを切らしたコスモスから「山下ルンバ」の名刺を1箱もらったのだが、まだ使いませんと言っている。
§§ミュージックでは、新たに「練習生」という制度を設けることを発表した。
これまでの「研修生」は§§ミュージックと契約(B契約)をして、レッスンを受けるかたわら仕事も紹介して、ドラマの端役をしたり、ライブや音源製作の補助(主として楽器演奏やコーラス)をしたり、また他のアーティストのPVに出演したりして歩合制または固定給の報酬をもらえるというシステムだった。(ハナや愛心に利美など一部を除けばほとんどの子が固定給を選択していた)
これに対して新たに創設する「練習生」は、§§ミュージックと委託契約に近い軽い契約(C契約)をする。お仕事の紹介はたまにはあるが、特に保証しない。レッスン代も自腹である。結果的に毎月の収支が赤字になる可能性もある。練習生になるには、歌唱・ダンス・演技などの試験と面接を受けてもらい、合格する必要がある。歌唱・ダンス・演技の総合成績ではなく、どれか1つでも水準に達していたら合格できる。ダンスが水準点に達している場合は“信濃町ガールズ”に勧誘する場合もある。レッスンへの交通費も自腹だし、学校を休んで活動に参加するのは禁止なので、事実上、東京または大都市の提携芸能スクールに通学可能な人に限られる。
これを発表した直後から
「女子限定ですか?」
という質問が大量に来たので、コスモスはほとんどノリで
「男子でもいいですよー」
と答えた。
「男子の練習生も信濃町ガールズになれますか?」
という質問には
「なれます」
と即答した。
それで応募者の中から“ふつうの男の子”の信濃町ガールズ・メンバー、上田信貴くん(2005生−4月から小学6年生)が誕生することになる。
「あのぉ、信濃町ガールズで踊る時の衣装はスカートですか?」
と彼が信濃町ガールズの“世話人”のハナに訊くと
「一応他の子とお揃いのデザインのショートパンツを用意しようと思っていたけど、スカートが穿きたい場合はスカートでもいいよ」
と言われる。
「ショートパンツにしてください!」
と慌てて彼は答えた。
エレメントガードのメンバーが交替することになった。
キーボード担当のハルは近い内に結婚したいと思っているので引退させて欲しいと12月上旬ヤコに申し入れ、コスモス社長・ゆりこ副社長とも話し合いの上、年末年始のツアーを最後に引退することになった(実際には忙しすぎて体力がもたないのでというのが本当の理由っぽい)。
後任のキーボード奏者はなかなか見つからなかったのだが、年末年始のアクアのドームツアーで追加ミュージシャン(B組)として参加した大学4年生女子・宮城海夏(みやぎ・みなつ)さんに打診したら、
「実はバンド活動とコンビニのバイトに夢中になりすぎて就職活動してなかったんです」
ということで、ぜひやらせてくれということだったので、採用することにした。ステージ名は“ナツ”である。
「私時々名前を宮城海・夏(みやぎうみ・なつ)と誤読されるんですよね。それで結局中高生時代、友人からはナツと言われていました」
「それではまるでお相撲さんのようだ」
「実際に昔、宮城海ってお相撲さんいたらしいです(**)」
「へー!でもあんたの体格では男の子だったとしてもお相撲さんは無理だね」
「中学時代、陸上部で長距離走っていたんですが、あんた軽すぎてロードレースで風に飛ばされるから、せめて体重を50kgにしろと言われたんですけどね。でも、いくら食べても太れなくて」
「運動部は消費カロリーも凄いからね。でも元長距離選手というのは頼もしい」
(**)宮城海清人(1941初土俵 1953廃業。幕内に1949-1952の3年間在位。気仙沼出身)
「ところで、ナツちゃんは宮城県出身ではないよね?」
「実は岩手県生まれの秋田県育ちなんです」
「岩手生まれ・秋田育ちの宮城さんか!」
「なんか似たようなこと言ってた人が1人」
などと言っていたら、白鳥リズムが「え?」と言って、こちらを見ていた。
白鳥リズムは北海道生まれ・新潟育ちで苗字は秋田である。
ドラムスのレイはハワイ出身の日系人で国籍はアメリカだった。両親が彼女をアメリカ国籍にするため、出産の時だけハワイに里帰りしたらしい。
彼女は永住権は取っておらず(申請すれば取れるはずとユイは言っていた)、子供の頃は日本に長年住む両親の“家族滞在”資格で定住しており、学校卒業後は就労ビザを取って更新していた。今回の就労ビザの期限が12月だったのだが、仕事があまりにも忙しくて、ビザ更新の申請をうっかり忘れていた。ハッと気付いたらビザ期限の翌日だったという。期限当日までに申請していれば、審査が行われる間、最大2ヶ月間は特例で在留できるのだが、翌日ではどうにもならない。
§§ミュージックの顧問弁護士が法務省と交渉した結果、いったんアメリカに帰国してから再度申請すれば考慮するということになった。それで1月中に一度退去してほしいということ、それまでの期間は違法滞在とはみなさない、と言ってもらい、1月末までの暫定在留許可証を書いてくれた。
しかしいったん帰国しなければならないし、いつ日本に戻れるかも不明なので、エレメントガードは続けられないことになり退任となった。再度就労ビザが降りて来日できた場合は、誰か他のアーティストのバックバンドメンバーとして考慮するとコスモス社長が言ったので、そういう方向で考えることにした。従って§§ミュージックとの雇用関係は持続する。
彼女はハワイの祖母の家(両親は現在台湾在住!)にいったん帰国する際、わざわざ見送りに来てくれたコスモスとアクアに
「私が辞めた理由はハワイで性転換手術受けるためとでも言っておいて下さい」
などと言って旅立ったので、コスモスもアクアもそれが冗談か本当か判断に悩んだ。
「あの子、男の子になりたいんだっけ?」
とヤコに尋ねる。
「実は男の娘で本当の女の子になってパスポートの性別も女性に変更して来日したりして」
「え?男の子だったの?」
「温泉に一緒に入った時は女に見えたけどなあ」
「アクアだって温泉に入れると女の子に見えるよ」
「アクアちゃんは元々女の子なのでは?」
後任については、度々アーティストのボディガードに駆り出されている川井唯が務めることになった。ステージ名は“ユイ”である。
彼女は桜野みちるの妹・羽藤玲香(ステージ名レイア)がドラムスを担当しているアマチュアバンド《赤羽ドラゴン》のギタリストである。ギターもかなり弾くのだが、実はキーボードもドラムスもうまい。赤羽ドラゴンではレイアというスーパードラマーがいるのでギターを弾いているものの、実は兼任している他のバンドではドラムスを叩いていた。
コスモス社長としては柔道でインターハイBEST4まで行き、現在は柔道の師範代をしていて、元女子プロレスラーでもある彼女がバックバンドにいることで、万一の場合の備えにもなると考えたふしもある。
それでお願いすることにした。彼女も実はアメリカ国籍なのだが、日本の永住権を持っているので、どんな仕事をするのも自由である。
そういう訳でエレメントガードのメンバーは、ハルがナツに、レイがユイに交替したのである。
千里は1月14日に長岡市でWリーグ・オールスターに出た後、1月21日から再開されたWリーグの試合に出場していた。レギュラーシーズンは2月7日に終わり、レッドインパルスは3位でプレイオフに進出する。
1月16日(月)の夜、正確には17日の午前1時頃、どこかに出かけていた《こうちゃん》が戻ってきたが、千里と目が合うと慌てて視線をそらした。ああ何か悪いことしてきたな(**)と思ったが、気にしないことにした。
(**)クレールの男の娘メイド・マキコをちょっと女の子に変えてきただけである!
《こうちゃん》は千里に、和実の金銭感覚が崩壊していて、放置しておくと危険であると注意した。
「若葉も冬子も言っていたなあ」
と千里は呟くと、ある人物に電話をした。
「ハウンちゃん、お久〜。ハウンちゃん、確か会計の資格持ってたよね。ああ、アメリカの公認会計士(CPA)の資格持っているんだ?凄い!そんな凄い専門家に悪いんだけど、私の友人のカフェの経理というより財務を見てあげてもらえないかなあ。あ、いい?それでさ、ハウンちゃんのプライドを傷つけるようで申し訳無いんだけど、こういう作戦で」
と言って、千里は彼女が和実に採用してもらえるように、ある作戦を伝授したのだが、面白そうだからやっていいよと言ってくれた。
「公認会計士の資格持っているなんて言ったら、給料高くしないといけないかと思われて不採用になりそうだもんね。でも私、日本の日商簿記2級も持っているから、それを取り敢えず履歴書に書いておくよ」
「ああ、それは面白い」
彼女は“金子由貴”の名前でクレールの会計係として雇われ、暴走気味の和実のお目付役の役割を果たしてくれることになった。
「ところでハウンちゃん、手術は終わっていたっけ?」
「眠っている間に勝手に手術されちゃってて、5年前から私は女の子」
「まぁ、乱暴ね!」
「朝起きてトイレに行って仰天した」
「なんか似た話を聞いたことあるなあ」
「やはりそういうのよくあるのかな?私は外見が女に見えないのがネックなんだけどねー。心は物心付いた頃から女の子だったから」
「それなら、女の子の分類で全く問題無い」
電話を終えてから、千里は東北地方の地図を見ながら呟いた。
「あの子たちにも練習場所を作ってあげないといけないなあ」
今年もアクアへのヴァレンタインのプレゼントが1月中旬くらいから送られてき始めた。ファンクラブの会員や入会していなくても熱心なファンの間には「できるだけ実際のチョコではなくギフトカードで」という“お願い”が浸透してきたこともあり、3年目の今年はほとんどのチョコがギフトカードになり、チョコ本体が贈られてきたのは東京に支店の無いチョコショップのものなど“チョコ”全体の3割程度に留まった。しかし洋服・文具などの類いは相変わらず多く、大田区のサテライトオフィスを使って行われた仕分け作業でも衣類の分類作業が最もたいへんだった。ただ衣類は“腐らない”のでチョコに比べたら随分神経を使わなくて済む。
無論衣類は全部女の子用である!アクアに男物の衣類を贈ろうとするファンはまず居ない。様々な高校の女子制服まで大量に送られて来ていた(高いのに!)。
相変わらず、女性ホルモンの類い(プエラリア・ミリフィカやエステミックスを含む)を贈ってくるファンはいるが、これは全て廃棄させてもらった。
「プエラリア・ミリフィカはもらっておく?」
「要りません!」
「おっぱい大きくなるよ」
「おっぱい大きくするのは、まだいいです」
なお、アクアの所には毎月、松浦紗雪とマリから、プレマリンとプロベラが女性的な身体を発達させ維持するのに必要な分量、送られてきているのだが、アクアはむろん飲まない。廃棄するにはしのびないが倍の量あってもしかたないので、半分は西湖に分けてあげていた。
「アクアさんはこれ飲んでいるんですか?」
「飲まない、飲まない」
「じゃボクも飲まずに取っておきます」
「ボクが飲むなら君も飲むの?」
「考えてから決めます」
2017年1月23日(月).
C学園高校の推薦入試分の合格発表があり、芸術コースの合格者もここで一緒に発表された。翌24日には龍虎の所にも合格通知が送られてきた。龍虎は24日の内に、母に頼んで入学手続きをしてもらった。母は合格通知の書類に
《長野龍虎・2001年8月20日生・性別女》
と印刷されているのは気にしないことにした!
実は、田中成美の所にも性別女と書かれた合格通知が届いたが、龍虎と同様放置して、そのまま入学手続きをした。武野昭徳の所にもやはり性別女と書かれた通知が届いたが、彼はびっくりして学校側に問い合わせると、学校側は謝り、すぐに性別を男に改めた合格通知を送ってくれた。実は合格通知の性別欄はデータベースの値を無視して固定で“女”と印刷されるプログラムになっていたらしい。即修正してくれたということ。学校側は龍虎と成美からは照会も無かったので、特に再発行などの対応は取らなかった!
現在のシステム担当者が知らなかったことだが、元々生徒データベースには性別という項目が存在しなかったので、当時作られたプログラムでは性別は固定印刷になっていた。性別という項目が設けられたのは、実はスリファーズの牧元春奈が編入した時である。但し彼女はその時点で既に性転換手術が済んでいたので、戸籍上の性別に合わせて男と記録していただけで、何も特別な扱いはしていない。
2012.04.09(月) 春奈が公立高校に入学(女子制服での通学許可)
2012.04.22(日) 春奈16歳の誕生日
2012.08.15(水) 春奈の性転換手術(アメリカ)
2013.01.07(月) 春奈がC学園高校に転校
春奈は多忙のため、公立高校のままだと出席日数不足で留年確実の情勢だったが、C学園は進級に必要な出席日数が公立より少ないので2013年4月に無事2年生に進級できた。
春奈の卒業生データベースでの性別は、昨年春に彼女の戸籍上の性別が女に変更された時点で、本人からの届け出により女子に変更されたので、その後、今回3人の男子が入学するまで、男子の在校生・卒業生は居ない状態になっていた。
C学園高校の一般入試は2月10日(金)に行われ、翌日には合格発表が行われた。彩佳は(推薦も含めた)全体5位で校費全額免除、桐絵は全体9位で8割免除(実際には公的支援により負担金はほぼゼロ)になるとの通知があり、各々の親の承認を得て、2月13日(月)に入学手続きをした。ふたりとも寮には入れるということだった。彩佳は入学金も免除になるので書類のみの提出。桐絵は入学金は28万円の8割免除で56,000円の支払いが必要だが、お父さんも「そのくらいはいいよ」と言って出してくれた。
ちなみに龍虎は億単位の収入があるので一切の減免措置が無く、芸術コースは授業料も高いので、入学時に約150万円納付しており、毎月10万円ほどの支払いが必要である。むろん龍虎には全く負担感の無い金額である。
2月11-12日の土日、アクアは新しいシングル『星の向こうに/ナースのパワー』の音源製作をおこなった。12月下旬から1月頭にかけて話し合った内容では青葉と和泉が中心になって制作するということだったのだが、今回は和泉はKARION自身のアルバム製作で忙しく、北陸からこの週末出てきた青葉と、長尾泰華の2人の主導で製作は行われた(主導しているのが2人とも元男の娘!)。
また今回はエレメントガードのメンバーが2人交替して新体制になって最初の音源製作であった。新参加のナツとユイは、この製作を実質指導する長尾泰華が妥協を許さないし、細かなミスもよく聴いているので、凄い!と思った。
さすがミリオン売る歌手の制作は厳しいんだなと認識し、2人ともかなり気合いが入ったようであった。
「過去に参加した音源製作では10分でOK出ること多かったんですよ」
とユイは言っていた。
「まあ、プロのミュージシャンなら1発で合わせられるべき、と言う人もいるよね」
「そうそう、それ言われました」
「でも10分で合わせた音楽は、10分で合わせた価値しかないよ。それは素人の耳で合ったように聞こえるだけで、結局やっつけ仕事に過ぎないんだな。超プロが集まったベルリン・フィルとかは演奏会前に物凄い練習やってるよ」
と泰華は言っていた。
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【娘たち、男と女の間には】(2)