【娘たちの始まり】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-12-04
龍虎たちのバレエ教室の年末の発表会、および年明けのドラゴン・ジュニアバレエ・フェスティバルで上演する演目は今年は『白鳥の湖』と決まった。主な配役はこのようになっている。
オデット・オディール:蓮花(中2)・龍虎(中1)
ジークフリート:佐藤(中3)
ロットバルト・家庭教師:井村(中1)
ジークフリートの母:日出美(小6)
2羽の白鳥:妃呂(小6) 唯花(小6)
4羽の白鳥:愛香(小5)・恵南(小5)・友音(小4)・穂純(小5)
ナポリ 中野(小6) 妃呂(小6)
スペイン 山森(小5) 唯花(小6) 高原(小5) 詩織(小5)
ハンガリー 佐川(小4) 中井(小4) 恵南(小5)・茜音(小4)・遙鹿(小4) 睦姫(小4)
(ハンガリーは女子4人の内誰かは男役)
この他、マズルカが男女4人ずつ必要だが、小学3〜4年の子が踊ることになる。誰を当てるかは秋くらいの段階で決める。ジークフリートの妃候補も秋くらいに決める。その他3年生以下のコール・ド(群舞)の子が多数入る。
湖での白鳥の踊りはステージいっぱいに白鳥がいる感じにしたいので30人は最低欲しい。それで役の付いていない女子は全員参加になる。幼稚園の子たちも後方に入る。男の子でもチュチュを付けていい子は入って、ということにしている。幼稚園〜小1くらいでは結構着たがる子がいるし、親もその年齢なら許容的である。このバレエ教室は衣装代が個人負担では無いので、結構柔軟な対応が出来る(その分月謝は高い)。この教室が衣裳を基本的に備品として管理しているのは子供は成長が早いので高価な衣裳を買ってもすぐ着られなくなるからである。個人で買うのはアンダーウェア類のみである。
それで今回は女子はほぼ全員が白いクラシック・チュチュを着る。特別な衣裳はジークフリートの母役の日出美、冒頭のオデットのロマンティック・チュチュ、それにスペイン・ナポリ・ハンガリー・マズルカの衣裳、そしてオディールが着る黒いクラシック・チュチュである。
(白鳥の湖は物語上のヒロインはオデットだが、踊りの上での主役はむしろオディールの方である。 32回のグランフェッテはバレリーナとしての技術力の魅せどころだが、それを唯一の女子中学生である蓮花が踊る)
「32回のグランフェッテは来年は日出美ちゃんが踊ってね」
と蓮花は言ったが
「え〜?龍虎さんでしょ?私には無理〜」
などと日出美は言っていた。
「だってボクは男の子だもん。主役は女の子だよ」
と龍虎。
「龍虎さんは本当は女の子だという噂が」
「どこからそんな根も葉もない噂が」
「だってチュチュ着てたら、おちんちんが無いことは一目瞭然ですよ」
「ね!」
冒頭のオデットは、魔法に掛けられる前のオデットを蓮花(ロマンティック・チュチュ)、魔法に掛けられた後のオデットを龍虎(クラシック・チュチュ)が踊る。ここは絶対に2人居ないと演技不能である。
そして第3幕のオディール(黒鳥)を蓮花、第4幕のオデット(白鳥)を龍虎が踊る。
事実上のダブルキャストである。話し合いの結果、結局2人ともに全ての踊りの練習をしておき、片方だけでも全てが演じられるようにすることにした。もし片方が出られない場合は、魔法に掛けられる前のオデットを日出美が踊ることにし、ロマンティック・チュチュでの踊りを日出美も練習する。
7月10日の夜、日比谷駅で水沢歌月=ケイと会うことにした醍醐春海=千里はスペインのマンゴーのショップで買った上品なワンピースを着ると、ゆっくりとメイクをした。
『くうちゃん、私を日比谷駅に転送して』
『若いもんはちゃんと歩いた方がいいぞ』
と言いながらも《くうちゃん》は千里を転送してくれた。
10分ほど待つ内に冬子が到着した気配があるので、そちらに行く。
「お初にお目に掛かります。醍醐春海です」
と千里は言って《作曲家・醍醐春海》の名刺を渡す。
冬子も《歌手・KARION・らんこ》の名刺を渡して
「お初にお目に掛かります。KARIONの蘭子です。いつも素敵な曲を書いてくださってありがとうございます」
と挨拶した。
千里は「まあ御飯でも食べながら」と言って、日比谷公園に沿って歩き、帝国ホテルに入っていった。そしてホテル内のフランス料理店に入って行くと
「予約していた村山ですが」
と言った。
「予約してたんだ!」
「今日ゴールデンシックスのデビューに関する打ち合わせをするとカノンから聞いたからね。当然、醍醐春海が誰かというのに気付いて連絡があるだろうと思ったから、予約を入れておいた」
「千里って時々思うけど、物凄い予定調和で行動してるよね」
「巫女だからね。今日は私のおごりで」
「そうだね。ここは作曲家先生と楽曲を頂いている歌手の関係だからおごられておこうかな。おごちそうさまです」
「はいはい」
室温に保たれた赤ワインをグラスに注いでもらい乾杯する。
「ゴールデンシックスの前途を祝って」
「ローズ+リリーとKARIONの前途を祈って」
「このワイン美味しい!」
と冬子は声をあげる。
「2005年もののボルドー。ボルドーワインの当たり年だよ。この年は特に赤が良かったんだ。100年に1度の出来と言われた」
と千里は解説する。
「そんな凄いんだ! でもワインは年によって出来・不出来が大きいよね」
と冬子。
「歌手も当たり年があるよね。08年組はやはり豊作だった年だと思う。古くは小泉今日子さんや松本伊代さん・中森明菜さん・早見優さんとかのデビューした82年組なんてのもあったよね」
と千里は言う。
「アーティストのアルバムでも当たり外れはあるかな」
と冬子が言ったが、千里は否定した。
「当たり外れのある人もいるけど、むしろピークの時期とそうでない時期があると思う。ほとんどのアーティストはデビューして数年以内にピークを迎えて、その後はどんどん落ちていく」
「・・・」
「その後は売れている人でも固定ファンが半ば義理で買っているだけで品質は見るべくもないケースが多い」
「なかなかそういう鋭い指摘は業界の中では聞けないよ」
「まあ、私は一般人だから」
「そうか。一般人という建前だったんだ」
「ふふふ」
千里は先日の『Rose Quarts Plays Sex change』では《一般人仮名C子》などと名乗っていた。
ふたりはお互いの高校生以前の頃について突っ込む。千里は自分が中学生の頃から巫女をしていたことをバラしたし、また冬子がリハーサル歌手をしていた頃、ドリームボーイズのバックで歌った頃の話を出して、当時の冬子の写真まで携帯を開いて見せるので「なんでこんな写真持ってるの〜?」と冬子は驚いていた。
「今気付いたけど、この料理すっごく美味しい」
「帝国ホテルだからね」
「おごられている人が値段を聞いちゃいけないだろうけど、今日のお料理いくら?」
「料理は1人4万円。ワインは16万円だよ」
「16万!?」
「美味しかったでしょ?」
「美味しい! もっと飲もう」
と言って冬子はワインをグラスに注ぎ、千里のグラスにも注いだ。あらためて乾杯する。
「だけどこのワインは16万円払ってもいい気がするでしょ?」
「する。ここまで美味しかったら払ってもいい」
「料理も満足度高いよね」
「うん。凄く丁寧に作られてるもん」
「満足度って値段と反比例するからね。値段を高くすればそれだけ評価は厳しくなる。入場料8000円のライブは入場料2000円のライブの5倍楽しめなかったらつまらないコンサートだったと言われる」
「それは肝に銘じておくよ」
料理も食べ終わり、コーヒーを飲んでいた時、冬子の携帯が鳴る。メールが着信したようである。冬子はそれを見て吹き出した。
「うちのペットちゃん(政子のこと)がお腹を空かせているようだ」
「あはは」
「どうしようかな。動けないなんて言ってるから、こちらから大阪まで行くか」
「大阪に行ってるんだ?」
「個人的な用事でね」
「じゃ私も一緒に行っていい?」
「うん。醍醐春海・葵照子に一度会いたいなんて言ってたし」
それでふたりで帝国ホテルを出て東京駅に移動し、新大阪行きに乗った。切符は冬子が2人分買って千里に渡してくれた。
「帰りはどうしようかな」
「もしかして明日お仕事入ってるの?」
「そうなんだよ。麹町で朝9時半の放送開始。朝一番の新幹線で何とか間に合うかな」
「ちょっと危ないね。食事が終わった後、私が車で東京まで送ってあげるよ。その頃はもうアルコールも抜けてるはず」
千里はワイン2杯しか飲んでない。元々お酒に強いので2時間もあれば運転可能状態になる。新幹線で大阪に着く前に醒めてしまうのである。
「お願いしようかな。じゃ向こうのニチレンあたりででレンタカーを借りればいいかな」
この頃はまだニチレンは24時間営業の店舗がかなりあった。
「私、日曜日に自分の車を大阪に置いて来たから、それを使うよ」
「へー!それって偶然?」
「偶然もあるけど、すぐに大阪で車を使うことになりそうだと思ったから、取りに行かずに放置しておいたんだよ」
「嘘!?そんなの分かるの?」
「私、巫女だから」
と千里は微笑んで言った。冬子は腕を組んで考え込んだ。
「でも千里の車ってミラだったっけ?」
「あれは街乗り専用だからね、遠乗りの時はインプだよ」
「去年出雲まで往復に使ったね」
「まああれで年間3万km走っているからね」
「凄いね!」
政子と新大阪駅で落ち合う。
「あれ、千里だ」
と政子が意外そうに言うので
「こちら作曲家の醍醐春海さん」
と私が紹介すると
「えーーーー!?」
と絶句していた。
「おはようございます。お初にお目に掛かります。醍醐春海です」
と言って千里が《作曲家・醍醐春海》の名刺を出すと、「おぉぉぉ!」と嬉そうにしていた。
「おはようございます。お初にお目に掛かります。マリです」
と言って政子も《ソングライター・マリ》の名刺を出した。
「ローズ+リリーのマリの名刺は人が持っているの見たことあるけど、ソングライター名義のは初めて見た」
「あまり配ってないから。多分作ってから20枚も渡してない」
「渡したのって、森之和泉とか神崎美恩とかだよね」
「うん、そのあたり」
まだ閉店時間に余裕のある店を検索し、ロイヤルホストに入った。
「私、ロイヤルホスト好き〜」
と政子は言う。
「ファミレスの中では美味しい方だよね」
と千里も言う。
政子がリブロースステーキ310gのセット2人前などと注文したので、冬子もつられてリブロースステーキ115gを注文した。千里はステーキ丼にしておいた。
千里は政子に《醍醐春海》のことを説明した。
「高校時代にDRKというバンドをしてたんだよ。同じ高校の女子生徒10人ちょっとで各々用意できる楽器を持ち寄って。それで偶然∞∞プロの谷津さんと会って、私たちがバンドやってるというと見たいと言うんだよね。スタジオに行って演奏したら凄く気に入られて」
「そこにLucky Blossomが関わってくるんでしょ?」
「そうそう。こちらは勉強が忙しいから勧誘されたくないと思ったんで、私たちなんかよりずっといいアーティストに巡り会える所を教えてあげますと言って占ったら、私が占った日時と場所でLucky Blossomを見つけたんだよ。それで鮎川さんたちがデビューすることになった」
「おお!」
「それでその関わりで、鮎川さんの先生にあたる雨宮先生と私も知り合って、その雨宮先生の仲介で、私と相棒の葵照子がいろんなアーティストに楽曲を提供することになったんだよね」
「結局雨宮さんなんだ!」
「そうだ。千里、もし作曲能力に余力があったら、ローズ+リリーの制作中のアルバムに1曲書いてもらえないかな?」
と私は言った。
「いいよ。葵の詩にストックが充分あるから、書けると思う。2〜3日中に書いて送るよ」
DRKの活動のことや、千里の大学院卒業後のことなどを話している内に冬子は「だめだ。入らない」と言って、ナイフとフォークを置いた。
「どうしたの?このステーキ美味しいのに」
と政子が言う。
「うん、いつもならこれ凄く美味しいと思うと思うんだけど」
千里が微笑んでいる。
「いや、実はここに来る前にお呼ばれして帝国ホテルでディナー食べてきたんだよ」
と冬子。
「えーー!? 帝国ホテル? なんで私も連れてってくれないのよ?」
と政子。
「じゃ、今度連れてってあげるよ」
と冬子は答える。
「千里、葵照子さんの時間の取れる日を教えてくれない? こちらも時間調整して一度一緒にお話したい」
「いいよ」
「じゃ、葵照子さんと一緒に帝国ホテルでディナーね」
「それでさ、普段ならロイヤルホストのステーキなんて凄く美味しく感じるのに、帝国ホテルのディナー食べた後だと、何だかあまり美味しく感じられないんだよ」
と冬子は言った。
「ああ、それはさすがに比較の対象が悪すぎる」
と政子。
「プロフェッショナルの庭師が整備した素敵な花園を見た後で、素人の家庭花壇とか見たら、落差を感じるのと同じだろうね」
と千里は言った。
「うん、それに近いよね。ロイヤルホストはそれでも本職の料理人さんが各店舗に1人いるから、ファミレスの中では別格的に美味しいんだけどね」
と政子。
冬子は微笑んで会話を聞いていたのだが、突然ハッとしたような顔をした。
千里は《花園》と言った。
花園・・・・『Flower Garden』か!
と冬子は気付いたのである。
その瞬間、冬子はなぜ千里が帝国ホテルのディナーをおごってくれたのか、その意図に気付いてしまった。《巫女》を自称する千里のことだ。恐らく彼女はその後で、自分たちがファミレスに来ることまで読んでいたんだ。
つまり制作中のアルバム『雪月花』をファミレスの食事にしてはいけない。
昨年の『Flower Garden』の素晴らしさに酔ったファンの人たちが『雪月花』を聴いてがっかりしてはいけないんだ。
そう思った冬子は『雪月花』の発売をずらしても充分な制作期間を取って満足の行くようにするべきだと思ったのである。
「ちょっと電話してきていい?」
と冬子は言って席を立つと★★レコードの町添製作部長に電話を掛けたようである。冬子は長時間部長と話していたので、政子は
「この冬の残したステーキ食べちゃってもいいよね?」
と千里に訊いた。
「冷めちゃうし食べてもいいんじゃない?お腹すいたら、また頼めばいいし」
と千里は答えた。
「そうだよね。お代わりしちゃおう」
とマリは言って、ボタンを押してウェイトレスを呼んだ!
むろん千里が言ったのは、このステーキを政子が食べてしまったとしても、冬子が戻ってきてお腹が空いたら追加オーダーするだろうという意味である。
電話から戻ってきた冬子は軽く興奮していた。そして『雪月花』の発売日を8月の予定だったのを12月まで延期するとともに、既に出来ている音源も含めて全面的に作り直すことにしたと言った。また制作に集中するため、予定されていた夏のツアーを中止することにしたと言う。
千里は特にコメントしなかったが微笑んでいた。
3人はタクシーで千里が車を駐めている駐車場に移動した。それで冬子と政子に後部座席に座ってもらい、千里が運転して車を出した。インプレッサは千里(せんり)ICを登って、府道2号から名神に入る。
このメンツなので、冬子は政子のプライベートなことを話した。
「でもマーサ、今夜は彼氏(松山貴昭)とこちらで泊まるかと思っていたのに」
「うん・・・」
と言って、政子は黙り込んでしまう。
「彼とうまく行ってないの?」
「どうも彼、私以外にも恋人がいるみたいなんだよね」
「それはマーサの今までの態度なら仕方ないと思うよ。彼が恋人になりたいと言うのを、友だちのままでいたいなんて言っていたし」
「うん。あくまで貴昭とは友だち。でも私は貴昭と別れるつもりはないし、彼も私との関係は続けたいみたい」
「まあ、二股もいいんじゃない?」
「うん。それでもいい。彼がもし向こうの彼女と結婚すると言い出したら仕方無いけど、そうなるまでは私も頑張ってみようかな」
そんなことを言っていたら、千里が大胆なことを言う。
「彼氏が結婚しちゃっても、好きだったら関係は続ければいい」
「おっ」
「と思わない?政子」
と千里。
「そうだなあ。そういうのもいいかな」
と政子。
「世間的には不倫だとか騒がれるかも知れないけど、マリちゃんの男性関係なんて、今更でしょ?」
と千里は言う。
「ああ。私って恋多き女と思われてるみたい」
と政子。
「いや、実際に恋多き女だと思う」
と冬子も言う。
政子は男性に対して無警戒なので、あまり恋愛とかを意識しないままデートくらいまではしてしまう傾向がある。ただ政子はセックスまでしたのは過去に3人しか居ないと言っていた。その3人目が実は今問題になっている松山君だ。
「でも千里、まるで自分が不倫したことあるみたいな言い方」
「世間的には不倫と思われるかもね。私も彼もそういうつもりはないけど」
「不倫してるの!?」
「彼がたまたま他の女性と法的婚姻状態にあるだけだよ」
「出雲に行った時、部分的に聞いたけど、つまり元々付き合っていた彼氏を他の女性に略奪されたんだっけ?」
と冬子がダイレクトに訊いた。
「まあそんな感じかな。でも私と彼は交際していたといより事実上結婚していた。結婚式もあげていた。籍を入れてなかっただけ。その籍も入れようと言って結納も交わした直後に略奪された」
「ひどい」
「私が渡した結納金は返すと言われたけど受取拒否した。彼が私にくれた結納金は彼のお母さんが返却不要と言ったから、ぱーっと使っちゃった。彼がくれた婚約指輪は一応彼のお母さんに返したんだけど、彼自身は私が持っていていいと言っている。私が婚約指輪の御礼に彼にあげた腕時計は、彼はお風呂に入る時以外ずっと付けてると言っている」
「それは婚約は解消されていない気がする」
と冬子は言った。
「だからこれを持っている」
と言って、千里は車をいったん非常駐車帯に駐めてから、バッグの中から指輪を出し、左手薬指に填めた。
「婚約指輪と結婚指輪がある」
「それ彼からもらったもの?」
「アクアマリンの指輪は彼からもらっていたもの。ダイヤの指輪をもらうまでのつなぎにもらったものだけど、返却は不要と言われている。プラチナの結婚指輪は今年になって彼のお祖母ちゃんから孫嫁の証(あかし)といわれて渡されたもの」
「へー!」
「ちなみにこういうものもある」
と言って、千里は右手の薬指にも、ダイヤの指輪とプラチナの結婚指輪を付ける。
「そちらは?」
「これは桃香からもらったもの」
「千里、重婚してるの?」
「彼と破局した直後に桃香からプロポーズされた。それでついふらふらと桃香とも結婚してしまった。でも桃香は半月後に、別の女の子をアパートに連れ込んで、それを見て私は激怒して離婚を宣言した」
「桃香らしい・・・」
「それでこの右手に付けているふたつの指輪は桃香に返したんだけど、ファッションリングとして持っていて欲しいというから、取り敢えず右手につけることにした。彼氏からもらったものは左手につける」
「そういうことだったのか」
千里は後方を確認して車を出した。加速してすぐに100km/hに戻す。
「だから、私は今でも彼の妻のつもり。だからこれは私(わたし)的には不倫では無いんだよ。たとえ今彼に別の法的な妻がいても」
「そういう複雑なことになっていたのか」
「じゃ、千里、その結婚してしまった彼氏とセックスするの?」
「彼が結婚した後はしてない」
「もしかして先週大阪に来た時って?」
「うん、デートしたよ。セックスはしてないけどね。一緒にドライブして散歩して食事しただけ」
と言いつつ、私嘘は言ってないよね?と千里は思う。
「それでもやはり不倫という気が」
「彼氏とは長いの?」
「付き合い出したのは私が中学1年の時。結婚式を挙げたのは高校1年の時。ちゃんと三三九度して、初夜もしたよ」
と千里が言うと
「初夜か・・・それってどこ使ってしたの?スマタ?後ろ?」
と政子が質問する。
「初夜だもん。当然ヴァギナだよ」
と千里は答えた。
「高校時代に千里、ヴァギナがあったの!?」
「もちろん。冬子だって小学5年生の頃には既にヴァギナがあったはず」
冬子が咳き込む。そして政子は
「やはりそうだよね!そういう気がしたんだよ」
とキラキラする目で言っていた。
その後は、千里が安全運転だねという話から、千里が先日大型免許を取って、それで免許証がゴールドになったことを言う。
「すごーい。大型取ったんだ!」
「それでさっそく雨宮先生に15トントラック運転させられた」
「う・・・」
雨宮先生に無茶ぶりされて、やむを得ず厳しい状況での運転をした経験は冬子にもあるようである。実際には冬子は雨宮先生にも、蔵田さんにもやらされている。
「冬子、免許取ったのはいつ?」
「2009年10月23日」
「だったら、今年の12月以降に自動二輪でも中型でもいいから免許を取れば、冬子もゴールド免許にできる」
「ああ!その手があったか」
さすがに東京まで1人で運転するのは辛いよと言って、冬子は御在所SAから浜名湖SAまでを運転してくれた。政子はもう、とうに眠っている。
その浜名湖に着く前、千里が仮眠から覚めたようだったので冬子は言った。
「婚約指輪の方は、わりとどうでもいいと思うんだけどさ。結婚指輪については千里、桃香との結婚ライフを送るつもりがないのなら、彼女に返した方がいい気がする」
「そうだねぇ。私もあの時は頭に血が上っていたから、両方返して。その後、桃香があらためてファッションリングとして持っていてというから両方再度受け取ってしまったけど、ダイヤの指輪だけ持っておいて、結婚指輪の方は返しちゃおうかな」
「それでも千里と桃香の友情は壊れないと思うよ」
千里は少し考えてから答えた。
「うん。そんな気もする」
千里たちの車は7月11日早朝、無事お仕事のあるラジオ局の前に到着。冬子だけ降りて、千里は車を早稲田のマンションまで持って行き、政子もおろした。半分眠っているようなので、部屋まで送って行き、御飯も作ってあげたら
「美味しい美味しい」
と言って食べていた。そして食べ終わったら眠ってしまったので、ベッドに寝せて布団も掛けておいた。その後、千里はインプを運転して葛西に帰還し、ぐっすりと眠った。
2014年7月7-8日(月火).
千葉の玉依姫神社の敷地内で祠より前の空間に敷かれている玉砂利をいったん取り除いて、取り敢えず祠の後方に積み上げた。そして、電気や上下水道の敷地内配管工事をした上で、鳥居から祠に至る参道部分を除いてコの字型にアスファルトを敷き詰めた(↓の黄色い部分。シーサーは翌年設置)。
これは先日不思議探訪の番組の撮影で来た潤子と千里が話していた時、こういう話が出たのから話は始まっている。
先日、千里が居なかった時に放送をしていてちょうど参拝客が来ていたので、インタビューをした。その時、参拝客の中に車椅子の人がいて潤子がそれを見て
「車椅子で祠の所まで来る時、大変じゃなかったですか?」
と訊いたら
「私は神社マニアで玉砂利でも通りやすいように太い車輪の車椅子を使っているから平気です」
とその人は言ったらしい。
「ああ。これは特殊な車椅子なんですか?」
「大きな神社だと車椅子の参拝者のためにこのタイプを無償貸し出ししてくれる所もあるんですよ」
「そういうのが無い所だと大変ですね」
「まあこの神社くらいの距離なら、細い車輪のでも何とかなるかな」
そのようなやりとりがあったのだけど、ここは神社の人が常駐していないから、たとえばそういう車椅子を鳥居の付近に置いておいて自由に使えるようにするとかはできないですかね?と潤子は言った。
それに対して千里は言った。
「そんな面倒なことするより、車椅子が通りやすいような道を作っちゃいましょう」
「おお!!」
(このやりとりも後日放送された)
それで千里は即青葉に電話して、千里がお金出すから、境内の一部を舗装して車椅子でも通りやすいようにしていいか?と尋ねた。青葉は、車椅子の人のことを何も考えていなかった。申し訳無い!と言い、千里と青葉でお金は半分ずつ出し合って、参道部分以外を舗装することにしたのである。ついでに社務所のユニットハウスを置く場所の下も舗装しようということにした。
舗装工事が終わった所で玉砂利を戻すが、大量に余るので、余った玉砂利は神社後方に敷き詰めた。
2014年7月9日(水).
昨日設置したアスファルトの上にユニットハウス方式の社務所と倉庫兼スタッフ休憩室を設置した。これはトレーラーで運んできてクレーンでポンと置くのである。倉庫の方は崖ぎりぎりに設置するので、その部分の内側手摺りを取り外し、外側手摺りとの隙間が30cm程度になるように設置した。
社務所の前面には廂(ひさし)を取り付けて、陽差しをやわらげるとともに、雨の日に参拝客が御守りなどを買いやすいようにした。また表側の社務所と裏側の倉庫の間にはプラスチックのパネルを組んで、地面には簀の子を設置して、サンルーム状の渡り廊下とした。つまり社務所と倉庫の間を靴を履かずに雨にも濡れずに行き来できる。また社務所より道路側の所にも同様にプラスチックパネルでサンルーム状の場所を設置したが、ここは簀の子は敷かないし、内部からはアクセスできない。ここは通勤用スクーター置き場として考えていたのだが、後述の事情により掃除用具置場にした(スクーターを置いてもよい)。
また社務所と倉庫の上にはスロープユニットを設置してそこに太陽光パネルを並べた。するとこの太陽光パネルが生み出す電力で、社務所で使用する電気は全てまかなえてしまうのである。
この電気で敷地内6箇所に設置した街灯、8ヶ所に設置した防虫燈籠、祠に設置したランタンなども運用する。
またスロープユニットと太陽電池を置いたことで、これが実は廂(ひさし)部品の重しにもなってくれて、ユニットハウスとしてはわりと長い廂を突き出すことができた。
(再掲)
社務所のユニットハウスにはオプション部品のトイレユニットを接続しているが、このトイレユニットにはドアが前と横の2方向に付いていて、ユニットハウス内からも直接入れるし、外側からも直接入れる。それで参拝者も自由に使えるし、社務所に居る人も外に出ることなく使用出来る。
ロックは電子式で、片方のロック操作で両方同時にロックされ、使用中ランプも両方点くようにしている。これはシャワートイレで、自動洗浄、音姫付きである。更に自動稼働の換気扇付きで臭いがこもりにくい。女性の勤務者が多いので、この付近は快適さにこだわった。
太陽電池パネルを入れたのは、ひとつは電線工事の工期の問題もある。電気を契約したいと言って電力会社に申し入れた所、既存の電線からの距離が非常に遠いので、年末くらいまで待ってくれと言われてしまった。しかも結構な金額の負担金が出そうな雰囲気だった。それで大した量の電気を使うわけでもないし、自前で調達しようということにしたのである。
工期のことを言えば、実は上下水道も大変だった。最初は1〜2ヶ月で本管工事ができるだろうという話だったのだが、市の予算が逼迫していて、ここに本管を引いても、他の住宅等に接続するのにも使用出来る見込みがないので優先度が低くなると言われた。それで建設会社の人と一緒に市と交渉していたのだが、向こうはハッキリ言わないものの、1年くらいかかるかもという感じだった。
そこで「もしご予算があり急ぐならこういう方法もあります」と建設会社の人に教えてもらった方法を採ることにした。
本管工事の費用(約500万円)を千里が負担する。するとその予算ですぐに工事をしてくれる。実際工事が始まったら1ヶ月で本管は神社前まで到達した。それで工事が終わった所でその上下水道本管を市に寄付!することにしたのである。
なぜ寄付するかというと、こちらの所有物のままにしておくと、災害などで本管が破損すると、その修理をこちらの費用でしなければならない。しかし寄付して市の所有物になっていれば、市が修理してくれるのである。
これは住宅開発の際に、時々使われるテクニックらしい。
なおここには固定電話は設置しないので、電話線工事は不要だった。但し将来光ケーブルなどを引く可能性はある。
『ランタンは気に入ったぞ。明るくて良い』
と姫神様は嬉しそうに千里に言った。
『それはよかったです』
と千里も答えた。
『光に集まってきた虫が防虫器で死んで、祠に死骸が落ちないかと心配したが、深夜は防虫器は停めるのだな?』
『人が居ない時間帯に薬剤を撒いても仕方ないですから。タイマーで夜明けから日暮れまで稼働させています』
敷地内の数カ所に『防虫燈籠』を設置しており、そこに実はアースノーマットを置いているのである。ほんのり光るタイプなので、日が落ちると本当に燈籠に灯りが灯っているような風情がある。なお燈籠は倒れたりした時に怪我人が出ないように樹脂製である。但しパソコンで印刷した非光沢シートを貼り付けてあるので、遠目には普通の石灯籠に見える。通電のon/offは社務所内のスイッチで手動でもできるが、普段はマイコン制御で天文薄明している時間だけ自動通電する(雨の日や風の強い日も風量計・降水計からの信号で自動オフ:せいちゃんが工作した)。街灯は日没から日出まで点灯するので、実は両方動いてる時間帯が少しだけある。
『それに防虫器が動いている時間帯は、敷地の外縁で虫は停まってしまうようだし」
『防虫器から出ている除虫菊の成分(ピレスロイド)が神社の敷地内をカバーしていますから。これは昆虫や両生類・爬虫類とかにだけ利いて、哺乳類や鳥類には利かないんですよ』
最初実は超音波方式のものを設置する予定だったが、電気工事の人が
「あれは全然利かないですよ」
と言っていたので、薬剤交換の手間はあるがアースノーマットにした。また、設置箇所を増やした。
千里の眷属の中で龍属の子たちは、元々アースノーマットの類いは全く平気である。蛙の精である《わっちゃん》は大丈夫だろうかと少し心配したのだが、彼女も
『私、アースノーマットも蚊取り線香も平気ですよ〜。屋外で作業する時、よくカトリス付けて動き回っています』
と言っていたので、やはり蛙の精は身体(?)の作りが生(なま)の蛙とは違うようである。
『ただ、それでも朝にはやはり結構な虫が敷地の周囲で死んでいるのが少々問題だ』
と姫様は言う。
『誰かが毎朝掃除でもしてくれたらいいんですけどね』
『そなたは掃除してくれんのか?』
『私はたまに来るだけですから』
『では取り敢えず掃除用の竹ぼうき・塵取りをいつでも使えるようにどこかに置いておいてくれんか?あとペタルペールと』
『いいですけど』
まさか女神様が自分で掃除したりして?
それで千里は真新しい竹ぼうきと塵取り、ペタルペールを買ってきて、ペタルペールには不透明の白いビニール袋をセットした。これらを鳥居傍・社務所横のサンルーム状の場所に置くことにした(自然換気窓があるので室温は気温程度以上には上がらない)。
『無人の時間帯が多いので、鍵(電子式)は一応掛けておきますけど、必要なら解除できますよね?』
『ああ、ちゃんと解除してまた施錠しておく』
『カードキー、1枚渡しておきましょうか?』
『じゃ念のためもらっておく』
ということで、千里はこの社務所のカードキーのNo.0(ゼロ)を女神様に渡した。
すると実際千里が来る度にペタルペールには、虫の死骸を含むゴミが結構入っていたし、土日祝日にこちらに詰めてくれる後輩の巫女さんたちの話でも掃除はされているということだったので、女神様は(多分)誰かに毎日掃除をさせるようにしたようである。また奉納されたまま放置されているお菓子やお酒などの類いも適宜回収されて、ここの棚に置かれていた。
7月10日(木)には、上下水道の本管も神社の前の土地まで到達した。それで翌11日には社務所に上下水道を接続する工事が行われた。この工事が終わるまでアスファルト敷設を保留していた箇所をこの後で処理した。
その11日(金)には、隣接する土地に市が作っていた駐車場も完成した。この時期工事が多かったので、千里は《てんちゃん》と《いんちゃん》に、9-11日と14日、設置されたばかりの社務所に交替で居てもらい、必要な指示をしたり、また作業員さんたちに差し入れをしてあげたりしていた。
更に週明けの7月14日(月)には、駐車場の四隅と神社敷地内6ヶ所に街灯を作る工事も行われた。実際には駐車場の神社側の隅は神社内の街灯と兼用なので全部で8ヶ所で済む。
これに使用する電気は当初は太陽電池の蓄電方式にすることも考えたものの、せっかく神社で発電しているので、その電気を使用することにして、駐車場の街灯分の電気代は、駐車場の使用料から相殺することで市とは話がまとまった。
2014年7月13日(日).
この日貴司たちは7回目の体外受精を行った。
貴司は中国でアジアカップを戦っているので、阿倍子は金曜日にひとりでタクシーを呼び入院した。そして13日に卵子の採取を行った。
貴司の従兄・武彦は12日・土曜日朝の飛行機で大阪にやってきた。
新千歳7:40-9:35伊丹
千里は大阪から一晩掛けてインプレッサを運転してきた11日の午後、今度は新幹線で姫路まで行き、市川ラボに泊まった。そして12日の朝からA4 Avantを運転して伊丹に行き、武彦君を迎えた。
貴司の(同じ淑子の孫である)従兄は暢彦・武彦の兄弟がいる。その2人の妹が1月に結婚した美沙である。貴司がなぜ年長の暢彦ではなく武彦の方に頼んだのかは分からないが、暢彦が165cmくらいの優男(やさおとこ)で、女装させてみたい感じなのに対して、武彦は178cmでがっちりした体格で男らしい雰囲気なので、彼の方が精子が強いのではと思ったからでは?という気がした。
「武彦さん、面倒なこと頼んでごめんなさいね」
「ああ。平気平気。それで赤ちゃんできた場合でも、俺は養育義務とか無いんだろ?」
「もちろん。AIDだから、生まれた子供の法的な父親は貴司だし、養育義務は貴司に発生するんですよ」
「でも千里ちゃん美人だよね。貴司の奥さんじゃなかったら、俺が口説きたいくらい」
などと武彦は言っている。
「何なら、私とセックスする?」
「え!?」
「精子採取して、私の子宮に投入するのが本則だけど、こっそり私と生でセックスしちゃっても、誰にも言わなければバレないよね。より新鮮な精子を使えるし」
「えっと・・・」
「まあ冗談だけどね」
「あのさあ、そういう冗談はやめといた方がいいよ。俺が本気になったらどうするのさ?」
それで彼をホテルまで案内し、採精容器を渡して千里はロビーで待った。彼は30分ほどで降りてきた。
「はい、これ」
「ありがとう!助かる」
「出した後、うっかり眠っちゃって」
「貴司も出した後は眠っちゃう。男の人ってそういう構造なのかな」
「うん。多分そうだと思う。だから眠れない時にすると快適に眠れるんだよ」
「じゃ男の人は睡眠剤は要らないかも?」
「病院のベッドとかだと、できないからそういう薬欲しいかも」
「なるほどねー」
彼には往復旅費の他、USJのチケットとお小遣い3万円を事前に渡している。彼も一息ついたらUSJに行き、明日は大阪の町を色々歩いてみると言っていた。
「ちなみにここだけの話、女性経験は?」
「実は未経験。俺風俗とかには抵抗感じるし」
「結構まじめなんだ!」
「俺みんなから女遊びしてるように思われる」
「貴司も風俗は抵抗があると言うけど、その代わり暇さえあれば浮気しようとするのが困るけどね」
「ああ。なんか詳しいことは聞いてないけど、理歌ちゃんが怒ってた。貴司君、浮気のやりすぎで精子弱くなっているのでは?」
まあ詳しい話を聞いたら仰天するだろうな。
千里は
「そうかもね〜。生産が間に合ってなかったりして」
と答えておいた。
「でも貴司君が俺に頼んだのは正解な気がするよ。兄貴だと本当に精子があるのか怪しい」
「無いの?」
「睾丸こっそり取ってないかという疑惑がある」
「女の子になりたいとか?」
「うん。怪しい怪しい。兄貴はたぶんホモかオカマかどちらかだと思う」
「へー」
「もし兄貴が女と結婚したら、俺、逆立ちで天橋立歩いちゃる」
「ふーん」
その暢彦は2年後に本当に女性と結婚したので、武彦はこの時の発言を思い出し
「千里ちゃん、あれ十勝牛の詰め合わせか何かで勘弁してもらえる?」
などと、暢彦の披露宴の時に千里に言ってきた。
武彦と別れた後、千里は精液を《りくちゃん》に頼んで産婦人科に届けてもらった。今回は《りくちゃん》は武彦君に擬態して届け、阿倍子さんに挨拶してから帰るという設定になっている。
今回阿倍子の卵子は6個採取して、その内の3個に貴司の精液(解凍)を掛け(WH)、3個に武彦の精液を掛けた(WC)。
その結果WHの1個とWCの2個が受精したので、医師は国際電話で貴司とも話し合った上で3個とも阿倍子の子宮に投入した。もし3個とも育った場合は、3つ子でもよいことにする(減数手術はしない方針)。
「え〜?またスカートの衣裳なの?」
と西湖は言ったが、母は
「可愛くなるからいいじゃん。シワーライ(タイの女性の正装)もあるよ。この夏は倉緒ちゃん、高校受験前で合宿とかもするのよ。だから今回の公演では、あんたが宮廷少女を演じてよ」
「しょうがないなあ。でも女の子の衣裳つけるの恥ずかしい〜」
「何なら女の子になる手術受けちゃう?」
「何のために!?」
「女の子になっちゃえば、女の子の衣裳を着るのは当たり前だし」
「その論理はおかしい」
「取り敢えず睾丸だけ取るとか?」
「やだよぉ」
「中学生になる前に取っておけばセーラー服で通学出来るよ」
「・・・・・」
「ああ。やはりセーラー服着たいんだ?」
「べ、べつに!」
「じゃ睾丸取る手術、予約しておくね」
「そんな手術受けないって」
「じゃ睾丸取らなくてもいいから、スカートに慣れるのにしばらくずっと女の子の服で過ごしなよ。どっちみち夏休みに入るし」
「じゃ夏休みに入ったらそうするよ」
「1学期の残りも女の子の服で学校に行っていいし」
「恥ずかしいよぉ」
と言った所で軽い咳が出る。
「風邪?」
「大丈夫とは思うんだけどね」
「じゃ、これ飲んで」
と言って錠剤を渡される。
「お水汲んでくるね」
それで西湖は母から渡された薬を飲んだ。
「これルルかと思ったら味が違う」
「それは女性ホルモンだけど」
「嘘!?」
大阪で千里が武彦を迎え、精液の採取をしてもらった翌7月14日、千里は新幹線で東京に戻り、冬子と政子のマンションの引越作業を手伝った。そして15日は今度はゴールデンシックスのデビュー曲の製作に参加した。
ゴールデンシックスの音源製作は7月15-21日に青山の★★スタジオで行われた。この期間、出てきたメンバーは実は毎日違った!のだが、初日はこのようなメンツであった。
リード・ギター リノン(矢嶋梨乃)
リズム・ギター アンナ(前田鮎奈)
ベース タイモ(村山千里)
ドラムス キョウ(橋口京子)
ピアノ カノン(南国花野子)
ヴァイオリン マドンナ(水野麻里愛)
しかし“折角ケイさん出てきているし”と言って、冬子はグロッケンシュピールを弾くはめになった!それで『ロールオーバー・ローズ+リリー』に冬子が弾くグロッケンの音、そして『ローズ+リリーを掛けてくれ!』というコーラスにも冬子自身の声が残ることになる。
「元々のDRKは進学校で補習とかの隙間を使って練習していたから来れるメンバーが少なかったんですよね。だから、楽器のやりくりが多くて、みんな複数の楽器を覚えたんです」
「だから来ているメンツによって楽器の担当がコロコロ変わる」
「誰か他の人に替わっても何とかなるように、編曲をする」
「そそ。だから私たち全員“良質の部品”であろうとする」
「そういうユニットも面白いね」
と冬子は言っていた。
「まあローズ+リリーとは真逆の存在だね」
「むしろマリンシスタとかパーキングサービスなどと似ている」
「なるほどぉ!」
千里は翌16日もスタジオに出て行き、主としてベースを演奏していた。その最中に、加藤課長が顔を出した。
「あれ?ケイちゃんは来てない?」
「今日はいらっしゃってませんよ〜」
「携帯の電源を切っているようなんだよ。固定電話にもつながらないし。それで昨日はこちらに参加していたよなと思って来てみたんだけど」
「ケイさんは知人が入院しているののお見舞いに行くという話でしたよ」
と花野子が言う。
「ああ、あの人か」
と千里が言った。
「醍醐さん、場所分かります?」
「近くだし。書類とかなら私が持って行きましょうか?課長、お忙しいし」
「すみませーん。これを渡してもらえますか?」
と言って、加藤課長は大きな封筒を千里に渡した。それで千里はスタジオを出て新宿に行き、ある病院に入る。
「照橋ヒナさんの病室は何号室ですか?」
「28号室です」
「ありがとうございます」
それで上のフロアにあがり、28号室に入った。
千里はギョッとした。何か人数が多い。中に居た人たちも千里の来訪に驚いているようである。
この場に居たのは、“性転換手術を受けたばかり”の照橋ヒナ本人、冬子、KARIONの和泉、そしてRocutesの薫である。薫とは久しぶりだったのでハグする。
「これどういう関係?」
という声があがる。それで千里がまずは書類を冬子に渡した上で、各自の持つ情報を整理する。するとこのようなことが分かった。
照橋ヒナは下川工房のアレンジャーで『Rose Quarts Plays Sex change』のアレンジをした。アルバムが物凄いヒットになったため彼女は特別ボーナスをもらい、それで本人も性転換手術を受けることができた。彼女は中学の時にコーラス部に所属していて、その1学年下に和泉が居た。その縁で過去にKARIONのツアーで「蘭子のダミー演奏者」を務めたことがある。
この時なぜ“ダミー演奏者”をしたかというと、当時彼女は指を怪我して、キーボードを弾けない状態だったからである。しかし弾けなくてもキーボードを元々弾く人がキーボードの前に立って弾くふりをしていると、本当に弾いているように見えてしまうのである。彼女はその後、冬子の紹介で、青葉のヒーリングを受け、指の機能が回復し、その後下川工房に入社した。
(なおKARIONの「暑い一日」の時、和泉は遠出しようとしていた所をヒナから自分のピアノ発表会を見て欲しいと言われて東京に留まっていたおかげで、ラムの突然の脱退の報を受けてすぐに事務所に戻ることができた。つまりヒナは実はあの事態を収拾できた、きっかけを作ってくれたのである)
薫は高校2年の途中までヒナと同じ高校に通っていたが、親に黙って去勢手術を受けたのがバレて父親に殺されそうになり、逃げ出して北海道の祖母の所に転がり込んだ。それで北海道で薫が通ったのが千里の所属していた旭川N高校である。N高校は薫を女子生徒に準じて扱ってくれて、女子制服で通学できたものの肉体的には男子だからということで、最初は男子バスケット部に所属していた。しかし既に去勢していることを聞くと、宇田先生は、むしろ女子バスケット部に移籍することを勧めた。それで彼女は男子部員としての権利を放棄し、女子部員となる。そして去勢から1年経過して女子選手として道大会までは出られるようになった後は、国体予選などで活躍することになる。
東京に出てきた後、偶然ローキューツの試合を見たことから誘われてローキューツに入り、女子選手としての試合出場が完全解禁になった後は中心選手のひとりとなる。そして千里や麻依子たちが抜けた後のキャプテンを務めている。
しかしお互いの関係がどういう繋がりなのか確認している内に各々の過去がかなり暴露されていく。
「これで千里も冬も高校時代には既に性転換済みだったことが確定したな」
と和泉が言った。
「私が性転換したのは大学2年の時だって」と冬子。
「却下」と和泉。
「私が性転換したのは大学4年の時だけど」と千里。
「全くもって却下」と薫。
「ところでこの病室に今居る5人の内4人が性転換女性なんだね。これって何だか凄いね」
と薫が言った。
「和泉ちゃんも実は性転換者ということは?」
「性転換した記憶は無いなあ。生理もあるし」
「私も冬も性転換したけど生理があるから、生理は天然女性の証にはならない」
「2人とも生理あるって実は子供産めるのでは?」
と和泉が言ったとき、千里の後ろで誰かが微笑んだ気がした。
「でも小学1年生の時、同じ『和泉』という名前の男の子がいたよ。よく間違われて、スカートの衣裳を彼が付けさせられてしまったこともあった」
「それが和泉ちゃん本人ということとは?」
「なんか自信無くなってきた」
その日桃香がバイト先を出て、臨月に突入した季里子の家に行こうとしていたら千里のミラが目の前に停まっているのでギョッとする。
「季里子ちゃんちでしょ?送っていくよ」
「あ、えーっと」
「バス代節約」
「それはいいことだ」
と言って桃香は乗り込んできた。
千里は車を出す前に
「これ返しておこうと思って」
と言って、ジュエリーケースを渡した。
開けてみるとプラチナの結婚指輪である。MO to CH という刻印が入っている。
「ダイヤの方はファッションリングとして持っていてもいいかなと思うんだけど」
「うん。持ってて」
「でもこの“指貫”は実際問題としてあまり使ってないからさ。私も忙しくてなかなか裁縫とかできなくて」
「何か忙しそうだよな!?」
「だから返した方がスッキリするかなと。これ返しても私たちお友だちのままだよね?」
と言って千里は桃香を見る。
「うん。そのつもり。私たちはお友だち」
と桃香も千里を見て言った。
「だったら無くてもいいかなと思って」
「千里、彼氏と何か進展あったの?」
「進展させようかと思っている」
「うん。頑張れ」
「桃香も頑張ってね」
「そうだな。ところでキスしていい?」
「キスくらい、いいよ」
それで桃香が千里にキスした。千里は微笑んで後方確認し、ミラを発進させた。
2014年7月14日(月).
青葉の高校の“合唱軽音部”では、コンクールで歌う自由曲を何にするか討論していた。遠上笑美子の『魔法のマーマレード』が良いという意見が出たのだが、その場合、編曲が必要だという話になる。編曲する場合は作曲者本人と連絡を取り、書面で編曲許可証を書いてもらわなければならない。
「青葉、芸能界にたくさんコネあるみたいだし、連絡取れない?」
「それ、誰の作品だっけ?」
「葵照子作詞・醍醐春海作曲だって」
「知らないなあ」
「あ、その曲、元々はKARIONが歌ってて、それを遠上笑美子ちゃんがカバーしたんだよ」
「KARIONなら、青葉、水沢歌月さんと知り合いだよね?」
「うん、まあ」
「だったらコネがつながらない?」
「うーん。ちょっと連絡してみようかな」
青葉は冬子(ケイ=水沢歌月)と連絡を取ろうとしたのだが、実は14日冬子は引越をしていたし、15日はゴールデンシックスの音源製作に立ち会い、16日はローズ+リリーの新しいシングルが発売されて、放送局などに出て行ったし、照橋ヒナの見舞いにも行った。それで冬子が青葉に連絡を取ったのは、もう17日の20時すぎになってからであった。
「ごめん、ごめん。引越しとかやってたもんだからメールとかの返事溜めちゃって」
と冬子は青葉に謝った。
「済みません!お忙しいときに」
「それで何だったんだっけ?」
「実はうちの合唱部でのコンクールの自由曲なんですけど」
「あ、私の曲を使いたいの?」
「すみません。実はそうではなくて」
と青葉は冷や汗である。
「実は遠上笑美子ちゃんの『魔法のマーマレード』という曲を使いたいという話になったのですが、これって元々KARIONが昨年のアルバム『三角錐』の中で歌った曲でしたよね?」
青葉も一応そこまでは調べたのである。
「そうそう。でも私の曲じゃないよ」
「ええ。それでその作曲者の醍醐春海さんに、連絡を取って編曲のご許可を頂けないかと思って、でも連絡先が全然分からなかったので、冬子さん連絡先の分かる方をご存じないかと思いまして」
「なーんだ。そういうこと」
「済みません。お忙しいのに、雑用で連絡して」
「醍醐春海との連絡なら、私を通さなくても直接彼女と話せば良い」
「すみません。その連絡先を・・・」
「その連絡先は、青葉が携帯から無料通話で掛けられる所だよ」
「は?」
「青葉ならそのヒントで分かるはず。じゃねー」
と言って電話は切れてしまった。
無料通話で掛けられる相手!?
うっそー。
青葉はたっぷり10分ほど考えてみた。そして驚くべき結論に達した。
電話を掛ける。
電話は呼び出し音が1回も鳴らないままつながった。
「はい」
という千里の声がする。
こちらが電話するのをちー姉、予測していたな、と思う。
これはある程度霊感のある人にはできる人が結構いる。青葉も電話が掛かってくる数分前から気配を感じる。親しい人ほど早くから分かる。
「おはようございます、醍醐春海さん。ちょっとお願いがあるんですか」
と青葉は言った。
「おはようございます、大宮万葉さん。何かしら?」
と千里は極めて平静な声で答えた。
むむむ。負けないぞ。
「うちの合唱部で大会に出るのに葵照子さん作詞・醍醐春海さん作曲の『魔法のマーマレード』を歌いたいんだけど、こちらでソプラノ、メゾ1、メゾ2、アルトの女声四部に編曲して使わせてもらえないかと思って」
元々のKARION版も女声四部だが、ソプラノ、メゾ、アルト1、アルト2で構成が違い、調整が必要なのである。更にKARION版はソプラノとメゾの音域が広すぎる。
「それはOKだけど、今からわざわざ編曲しなくても、こちらでその構成の女声四部で音域も普通の女子高校生が出せる範囲に調整した合唱版、4分30秒に編曲したピアノ伴奏譜付きスコアがあるから、Cubaseのデータごとそちらにメールするね」
「そんなスコアがあるの〜〜!?」
「昨日編曲しておいた。はい。今送信したよ。必要なら更に微調整してもいい。書面の編曲承諾書は今から書いて投函しておくね。宛名は高岡T高校合唱軽音部様でいいかな」
「それでいいけど、ちー姉、予定調和が凄すぎるよ!」
「青葉には負けるよ。じゃ、バスケの練習に出かけるから、またね〜」
ということで千里は電話を切ってしまったが、青葉は
やっぱり負けた〜〜〜〜!!!!
と思った。
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【娘たちの始まり】(4)