【娘たちの始まり】(1)

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2014年3月18日(水).
 
遠上笑美子(とおかみえみこ)という新人歌手が★★レコードからデビューした。この名前はむろん神道のトホカミエミタメ(遠神笑給)から来ている。小さい頃姉が読んでいた漫画の中にあったことばで凄く印象に残っていたからと本人は言っていたが、その姉というのは、実はAYAのゆみであった。
 
ゆみ(本名:水森優美香)と遠上笑美子(本名非公開だが水森世都子)は実は義理の姉妹(*1)なのだが、この時点ではそのことは伏せてある。有名歌手の妹ということで話題になるのは不本意だから純粋に歌で姉と勝負したいと本人が言い、所属するζζプロの観世社長も同意したのである。
 

(*1)世都子は優美香の母の再婚相手Aが別の女性との間に作った娘。世都子の母はAの「第2の妻」のような状態だったらしいが、亡くなったのでAは世都子を自分の戸籍に入籍した。優美香の母も、世都子の母には対抗心があったものの、世都子自身のことは可愛がってくれた。従って2人はどちらもAの戸籍に入っているのに血は繋がっていない。それでも2人はとても仲が良かった。
 

デビュー曲はニジノユウキ(松原珠妃の別名)の『雨傘』と、葵照子・醍醐春海の『魔法のマーマレード』をカップリングしたものであった。この『魔法のマーマレード』は元々昨年秋にKARIONが出したアルバム『三角錐』に収録されていた曲だが、本人がひじょうに気に入り、ぜひ歌わせて欲しいと言ったので観世社長が、KARIONの事務所社長・畠山さんと交渉し、了承されたのである。
 
この楽曲については、ζζプロから作曲者の千里の所にも電話が掛かってきて、使わせてもらいたいと言われた。この曲はそもそもKARIONよりは誰かアイドルにでも歌わせたいと思っていたので「どうぞどうぞ、歓迎です」と言う。それでこちらで笑美子ちゃん用に編曲しますよと言って、彼女の音域を確認の上、移調して提供した。編曲は自由に改変していいですと言っておいたのだが、こちらで提供したCubaseのデータをそのまま発売音源に流用していた!
 

2014年4月2日(水). KARIONは22枚目のCD『四つの鐘』を発売した。このCDの発売にあたっては、事前にそのタイトル等が一切明かされないという異例の状態のまま、当日朝から大量にテレビやネットにCF/PVが流されたのだが、蘭子が初めてメディアに露出して4人で歌唱している映像が流れた。それで今年の正月の08年組特集の時に、蘭子が最初からKARIONのメンバーであったことを公開し、その後、ネットの議論が半月掛けて、蘭子=ケイであるという結論に到達したのを追認したのである。
 
4月4日には過去に公開された全ての楽曲のPVとジャケ写が4人版に差し替えられたが、その中身を見ると新たに撮影されたものではなく、その楽曲の当時に撮影されたものばかりであった。つまり、毎回ちゃんと4人版も撮影していたのに、これまでは敢えて3人版の方を公開していたのである。
 

4月7日(月).
 
その日の夕食の時、龍虎はあらためて母から尋ねられた。
 
「結局、あんた中学にはどっちの制服で通うの?」
「男子制服で通うよ。だってボク男の子だもん」
と龍虎は答えた。
 
そして明日着ていく男子制服を壁に掛けた上で、可愛い女の子パジャマを着て龍虎は眠った。
 

深夜、熟睡している龍虎の部屋に侵入する者がある。その者は壁に掛かっている学生服とズボンのハンガーを取ると、代わりにセーラー服上下のハンガーをそこに掛けた。
 

4月8日(火).
 
龍虎は爽快に目が覚めた。起き上がって壁にセーラー服が掛かっているのを見ても動じない。トイレに行ってから顔を洗い、平然として下着を交換し、ブラウスを着た上で、そのセーラー服を着ると、居間に出て行く。
 
「あんた、結局女子制服で通うの?」
「まさか。男子制服で通うよ」
「でも女子制服着ているじゃん」
「うん、これは問題無い」
 

それで龍虎はセーラー服のまま「行ってきまーす」と言って家を出た。そして近所の彩佳の家に行く。
 
「おはようございまーす」
「あら、龍ちゃん、お早う」
と彩佳の母が明るく迎えてくれる。
 
「ね、ね、ふたり並んだ所写真に撮らせて」
と彩佳の母が言うのでセーラー服姿で並んで写真を撮ってもらう。
 
それから龍虎は彩佳の部屋に行き
「じゃ着換えるね」
と言った。
 
「そのままでもいいと思うのに」
「だって今日からボクは男子中学生だもん」
「それ絶対無理がある」
と彩佳は言うものの、龍虎は着てきたセーラー服の上下を脱いでしまう。
 
そして“彩佳の家に置いていた”学生服の上下を身に付けた。
 
「女子中学生の男装にしか見えん」
「うーん。それは割と真実をついているかも」
「ふむふむ」
 
それで龍虎は学生服姿で(セーラー服を着た)彩佳と一緒に居間に行き、彩佳の母に挨拶した上で、一緒に学校に向かった。彩佳の母は龍虎が学生服を着ているのを見ても、にこやかに送り出してくれた。
 

「要するにさ」
と龍虎は彩佳に言った。
 
「ボクが何かのセレモニーとかイベントで、男物の服を着ようと思って用意しておくと、絶対にその服は朝起きると無いんだよな」
 
「要するに隠している人がいる訳ね」
「だから、今回はダミーの学生服を壁に掛けておいた」
「それが朝にはちゃんと女子制服に交換されている訳だ」
 
「まあそういう訳で本物は彩佳に預かっていてもらった訳で」
「まあいいけどね」
と言ってから彩佳は尋ねる。
 
「それって、龍のお母さんかお父さんがしてる訳?」
「まさか」
「川南さんたち?」
「川南さんはボクにやたらと女装させたがるけど、不法侵入まではしない」
 
「じゃ誰?」
「まあ想像は付くけど、敢えて名前は言わないよ」
と龍虎は口に出して言ってから
『ね、こうちゃんさん』
と遙か空の向こうを見るように思念した。
 
龍虎が学生服を着て歩いているのを見て『やられた!』と思っていた《こうちゃん》は名前まで呼ばれて“ギクッ”とした。
 

中学校に彩佳と一緒に出て行くと、龍虎はみんなから言われた。
 
「結局、学生服で通うの?」
「うん。そう言ってたじゃん」
 
「ああ、賭けに負けた!」
などと言っている男子もいる。
「田代は絶対セーラー服で出てくると思っていたのに」
 
「だけどさあ」
とひとりの女子が言う。
 
「龍ちゃん、学生服着てても、女子が男装しているようにしか見えないんだけど」
 
「さっき私もそう言った所」
と彩佳は言った。
 

クラス分け表で龍虎は1年3組だった。彩佳・宏恵・桐絵も一緒である。
 
「一緒になれて良かったね〜」
と4人で言い合った。
 
体育館に行き、クラスごと出席番号順に並ぶ。それで担任の先生が名簿を見ながら、各生徒が胸に付けている名札と照合していたのだが、龍虎の所でピタリと停まる。
 
「君ふざけてんの?」
「えっと、何か?」
「学ランとか着てきて、何考えてんの?すぐセーラー服に着替えてきなさい」
と1年3組担任の芦原先生が言った。
 
「ボク男の子ですー」
と龍虎が言うと
「冗談もいい加減にしないと怒るよ。声だって女の子じゃん」
 
確かにQS小学出身の男子で声変わりしていないのは龍虎だけである。
 
「龍、女子制服に着替える?」
と少し後ろの方から彩佳が声を掛けるが、龍虎の隣に並んでいた辻口佐和美が言う。
 
「先生、田代さんはよく性別間違われますけど、間違い無く男子です」
「え、そうなの?でも声は?」
「まだ声変わり来てないんですよね。田代さん、小さい頃に病気したんで、発達も遅いんですよ。身長とかも去年は小学校3年生並みだったんですが、何とか小学6年生女子くらいの身長にはなりましたね」
 
「ああ、病気だったのね。ごめんねー」
「もっとも本当は本人は女子制服を着たいみたいですけど」
と佐和美は付け加えた。
 
「え?そうなの?もしそちらがいいのなら、後で相談してね」
と芦原先生は言った。
 

やがて入学式が始まる。
 
音楽の先生?のピアノ伴奏で、君が代の斉唱をする。その後、校長が壇上に昇り、各組の担任から生徒の氏名が「あおき・たくま君」「いとう・やよいさん」などと読み上げられていくので、呼ばれた生徒はその場で「はい」と返事する。
 
男子は「君」付け、女子は「さん」付けで呼ばれているようだ。
 
龍虎は例によって「田代龍虎さん」と女子と同様の呼び方で呼ばれた!
 
しかし「さん」付けで呼ばれた龍虎が女の子のような声で「はい」と返事するので全く違和感が無かった!
 
全員の生徒氏名が呼ばれた所で校長が
「以上182名の入学を許可する」
と言った。そしてそのまま校長の式辞が読み上げられる。
 
その後、教育長の告辞、来賓の祝辞、PTA会長の挨拶、生徒会会長の歓迎の言葉、と続き新入生代表の「決意の言葉」はQS小学・児童会長を務めた加納君が読み上げた。
 
その後、校歌紹介ということで、コーラス部の人たちがステージに昇り、ピアノ伴奏とともに1コーラス歌った。それで次は新入生も一緒にということで、体育館に掲げてある大きな額に書かれた校歌をみんなで歌って、これで式は終了となった。
 

その後、各クラスに入る。まずは担任の先生が黒板に名前を板書して自己紹介したあと、1人ずつ名前と出身小学(基本的にはQS小とQT小しかいない)、それに「一言(ひとこと)」ということで、出席番号順(机の席も今日はその順になっている)に回していく。
 
龍虎は
「QS小学校出身の田代龍虎です。ピアノとヴァイオリンを習っています」
と自己紹介したが
「龍ちゃんはバレエも習っています」
という声がQS小出身の女子たちから掛かる。
 
「すごーい。才媛だ」
という声が掛かる。そして
 
「でもどうして学生服なの〜?」
という質問もある。
 
「えっと男子なので」
と龍虎は答えるが
 
「冗談でしょ」
という反応。それで芦原先生が言う。
 
「君の性別だけど、学籍簿を見たら、やはり性別:女になっているんだけど」
 
「何かの間違いではないかと」
「君が男性だという何か証明書を出してもらえない?それがあれば訂正するけど」
 
するとあちこちから声が掛かる。
「龍ちゃん、せっかく女子として登録されているなら、このまま女子中学生になりなよ」
 
「母から連絡させてもらっていいですか?」
と龍虎が言うと
 
「うん。それでお母さんと少し話し合おうか」
と先生は言った。
 
こういう時、“田代龍虎”というのが法的に存在していないのは話が面倒である。
 

同じ日、XT中学の入学式にセーラー服姿で出席した田中成美は小学校の友人たちから言われた。
 
「田中さん、中学は女子として通学するの?」
「うん。教育委員会の許可もらった」
「よかったね〜」
「でも私、基本は男の子だから」
「ああ、それは何となく分かっているつもり」
 
「田中さんって、身体は女の子になっても、心は男の子だよね」
「そうそう。でも女子トイレとか女子更衣室とか使わせてね」
「田中さんなら構わないと思うよ〜」
と友人たちは言った。
 
「田中さん、男の子にも女の子にも恋愛的な興味は無いって言ってたね」
「うん。ただ男の子でも女の子でもない人には若干の興味がある」
「というと、男装女子とか女装男子とか」
「むしろ男性器も女性器も無い人かな。男の子のあそこ見ても女の子のあそこ見ても、萎えちゃう」
「その萎えるものを取ってしまったのでは?」
「まあそうだけどね。私もそういう形になるのが理想だったけど、暫定的に女の子の形に変えちゃった。男の子の身体でいるのは嫌だったから」
 
「私成美ちゃんのあそこ見ちゃった。普通に女の子の形になってた」
と言う子が数人いる。
 
「じゃ天使みたいなのが理想?」
「ああ、天使がいたら好きになるかも」
 

「では現時点では男性器も女性器も無いに等しい訳ですか」
と芦原先生は言った。
 
「暫定的にそういう状態になっていますが、これは病気の治療の副作用なんですよ。病院の先生によると男性器は少しずつは発達していくはずだと」
と龍虎の母は言った。
 
「いや、男性器も女性器も無いなら、失礼ですが、天使みたいなものかなと思いました」
と校長先生。
 
「そうですね。どちらも無いのが天使、どちらもあるのが悪魔とも言いますね」
 
と幸恵はにこやかに言ったが、内心あの子はむしろ悪魔的な魅力を持っているよな、などと考える。きっと20歳頃までには芸能デビューしてしまうのだろう。
 
「この子はそういう訳で戸籍上は『長野龍虎』なのですが、両親は既に亡く、未成年後見人になっている叔母は仕事が無茶苦茶忙しくて、長期間家を留守にすることもあり、それで私たち夫婦が里親として預かっているんですよ。里親なので苗字が違うのですが、その件で小学校の時相談したら、親子で苗字が違うのは様々なトラブルを起こすから、通称・田代龍虎でよいのではないかと言われて、小学校ではそう扱って頂いたんです。これが先日頂いたその小学校の卒業証書です」
 
と言って幸恵はQS小学校の卒業証書を見せた。名義は長野龍虎になっているが、「生徒名・田代龍虎」と添え書きされている。
 
「そういうことでしたら、この学校でもそれに準じて、本名長野龍虎、生徒名田代龍虎でいいですよ」
と同席した校長先生は言った。
 
「それで性別の取り扱いも先日お伺いした時に申しました通りにお願いできれば」
「すみません。それをまだ担任に伝達しておりませんでした」
と教頭先生が恐縮して言っている。
 
「いや、僕も突然ここの校長に赴任して、色々引き継ぎ事項が多くて、その件を処理できていませんでした。申し訳無い」
と校長先生も謝った。
 
なんでも本来ここの学校の校長になるはずだった人が急死し、突如ここの校長になって欲しいと辞令が出て、(教頭をしていた)前の学校の離任式も経ずにこちらに赴任してきたらしい。
 
「でも龍虎さんは、戸籍上は男性だが、外見が病気の影響もあって女性的なので、着換えなどは個室を使ってもらい、排尿も男の子のようにすることができないのでトイレも女子トイレを使ってもらっても構わないということで、また戸籍名は長野龍虎だが、学籍簿上は田代龍虎ということで」
 
「すみません。面倒なことお願いして」
「いえ、色々な生徒がいますから、大丈夫ですよ」
 
「本名と生徒名が違うのは外国籍の生徒でもありますよね」
「そうそう。僕が昨年まで居た学校は地域的にそういう子が多くて、通称使用していた子が3学年で6人もいたよ」
「いる所には結構居るもんですね〜」
 

そういう訳で龍虎の生徒手帳は、入学式の日に渡されたものでは
 
《田代龍虎・女》
 
になっていたのだが、修正してもらうことにした。しかし“修正”されたものは
 
《長野龍虎・女》
 
になっており、担任の先生も
「ごめーん!!」
と言って、2度目の修正でやっと
 
《田代龍虎・男》
になった。
 
彩佳は
「女子の生徒手帳持っていた方がトラブルが少ない気がするけど」
と言っていた。
 
「間違った生徒手帳2つももらっちゃったけど、これ普通に捨てても大丈夫かなあ」
と龍虎が相談すると、彩佳も宏恵も
 
「その《田代龍虎・女》の生徒手帳はぜひ持っておこう」
「なんのために〜〜?」
「私が預かっていてもいいけど」
「それも怖い気がする」
「信用無いな」
 
なお、担任の先生は
「生徒手帳の名義が戸籍名と違うから、これは公的な書類とかを受け取る場合の身分証明書として使えないと思うんだよ。だから、君、住民基本台帳カードのB型(写真付き)を作っておいた方がいいと思う」
と言った。
 
「あ、そうかも。母に相談しておきます」
 
これがこの秋にパスポートを作る時に役立つこととなる。
 
(マイナンバーカードは2016年1月から発行開始されたので、この時点ではまだ無い)
 

龍虎は「女子トイレを使ってもいい」と言われたのだが、やはり学生服姿で女子トイレに入るのは本人としても抵抗があったので、男子トイレに入ろうとしてみた。
 
でも即拒否された!
 
「田代さんは女子トイレでいいと思う」
と男子たちからは言われる。
 
「取り敢えず男子トイレは使わないで欲しい」
「うん。女子がいるみたいで緊張する」
 
それで結局、1階玄関そばの多目的トイレ(男女共用)を使うことが多かった。
 
もっともしばしば彩佳たちに「龍、トイレ行こう」と言われて女子トイレに連れ込まれた。そういう時は龍虎も「まいっか」と言ってそちらを使用した。学生服姿の龍虎が女子トイレの列に並んでいても、QT小出身の子も含めて誰も違和感を感じなかった。それは学生服を着ていても、龍虎が女子にしか見えないからである!
 

体育の時の着換えについては、母は配慮して欲しいと申し入れていたのだが、龍虎は
 
「男子と一緒でいいです」
と言った。
 
龍虎としては、女子トイレはお互い着衣だからそう大きな問題はないけど、女子更衣室は下着姿になるので、自分に下着姿を見られたくないと思う女子がいるはずだと考えたのである。
 
「だって、学生服着た子が、女子更衣室に居たら、事情を知らない人はギョッとしますよ」
と龍虎は言ったのだが、実際には男子更衣室に龍虎がいるのを見て、ギョッとする男子が続出することになる!
 
クラスメイトの男子たちも女子たちも
「女子と一緒に着換えた方がいいのでは?」
と言ったが、龍虎は
「こちらで着換えさせて〜」
と言って、男子更衣室を使用していた。
 

4月11日(金).
 
龍虎の中学校では、身体測定と新1年生については内科検診・胸部X線間接撮影が行われたが、龍虎は身体測定は1人だけ先行して別に受けた。保健室の先生に測定してもらったが、先生は龍虎がブラジャーをつけ、女の子パンティを穿いているのを見ても何も言わなかった。
 
もっとも、そもそも女子であると思われている可能性もあるよな!と思った。
 
ちなみに龍虎は体育の時間の後で行っているので体操服のままであった。
 
内科検診とX線については病院で受けて来てということになり、昼休みに学校から外出して、病院で受けて来た。
 
龍虎はこれも体側服姿のまま行ったのだが、内科医の先生は龍虎を女子中学生と思っていたようだし、X線も女性の技士がしてくれた。例によって「生理の乱れは無いですか?」と聞かれ、定期的に来ていますと答えておいた。
 

龍虎は4月最初のバレエ教室に来ていた。
 
「じゃ、中学になった子で身長150cm以上の子はこれからトウシューズを履きましょう」
と教室長先生が言った。
 
が・・・新中学生は、龍虎と井村君の2人だけである。昨年まで教室に居た、同学年女子の鈴菜は「中学生になると勉強が忙しくなるから」ということで3月いっぱいで教室をやめてしまった。
 
「それが今年は女子の新中学生が居ないのですが・・・」
と事務担当の人が言う。
 
「あらぁ・・・」
「今年は新でない中学生も少ないんですよね。新3年生になるはずだった和絵ちゃんが、お父さんの転勤で辞めて、新2年生の予定だった芳絵ちゃんは、ピアノ教室との掛け持ちがスケジュール的に辛くなってこちらを辞めることにしたということで」
 
スケジュール的より経済的なんじゃないかな〜?バレエはお金掛かるからと龍虎は思った。龍虎が安心してバレエをやっていられるのは上島のおじさんの支援のおかげだ。
 
「ということは今年の中学生は?」
「女子は2年生の蓮花ちゃんだけ。男子は3年生の佐藤君、1年生の井村君と龍虎ちゃん、以上4人です」
 
龍虎は男子で佐藤君と井村君は苗字で呼ばれたのに、なぜボクだけ名前呼びなのだろうと疑問を感じた。
 
「それなら・・・シンデレラは配役が足りないよね?」
「蓮花ちゃんにシンデレラを踊ってもらっても、仙女や母親は小学生の子たちには少し荷が重いです」
「だったら、白鳥湖の方がいいかな?」
 
バレエ関係者はしばしば「白鳥の湖」を「白鳥湖(はくちょうこ)」と呼ぶ。
 
「それなら、オデット=オディール以外の女子でキャラが立っているのは、王子の母だけなんですよね。だからそれを小6の日出美ちゃんにお願いして」
 
「王子が佐藤君、ロットバルト=家庭教師を井村君、道化を龍ちゃんに踊ってもらえば、あとは4羽の白鳥・2羽の白鳥、スペイン、ナポリ、ハンガリー、マズルカ」
 
「そのあたりは5〜6年生でも何とかなるわよね?」
「なると思います。練習している内に4年生でも出来る子が出てくるかも。4羽は身長の揃っている子4人で」
 
「じゃあ今年は白鳥湖にしましょう」
「そうですね」
 

「じゃ、結局今年はトウシューズ・デビューは無し?」
 
毎年最初の教室レッスンの日に、トウシューズデビューする子のお祝いをすることにしているのである。
 
すると龍虎にいつもレッスンを付けてくれている先生がチラッと龍虎を見てから言った。
 
「ここは龍虎ちゃんにトウシューズを履いてもらうということで」
「おぉ!」
「そうだった。龍虎ちゃんはトウシューズ履いてもいい」
 
「ボクがトウシューズ履くんですか〜?」
 
「プロのバレリーノはたいてい自分のトウシューズを持っているよね?」
「そうそう。やはり女性の踊り手を支えてあげて踊るには女子の動きをちゃんと理解していないといけない。それでトウシューズ履いて、女性の踊りも練習しているのよね」
 
「うん。だからプロのバレリーノはたいていブラックスワンもグラン・パ・クラシックも踊れる」
「むしろああいう激しい踊りは男性向きかも」
 
「そうだ!オデットを蓮花ちゃん、オディールを龍虎ちゃんに踊ってもらうというのは?」
という意見が出るが、蓮花本人が言った。
 
「それ絶対逆がいいです。龍虎ちゃん、筋力無いし、私には情緒性が無いし」
「なるほどー!」
「その意見に1票」
「確かに龍虎ちゃんの動きは情緒がある。去年の金平糖も素晴らしかった」
 
龍虎はおそるおそる尋ねる。
「あのぉ。オデットとかオディールとか、踊るのはいいですけど、レオタードでもいいですか?」
 
「オデット・オディールは当然クラシック・チュチュよね」
「むしろクラシック・チュチュは、白鳥湖のために生まれたような衣裳」
 
すると付いてきている母・幸恵が言った。
「龍、あんたチュチュ着たいよね?遠慮無く着ればいいじゃん」
 
「お母様がそう言うのなら全然問題無いね。じゃオディールが蓮花ちゃんで、オデットを龍虎ちゃんということで」
 
お母ちゃんが言うからって、ボクの意思は〜?
 

それで結局、どさくさ紛れというか、成り行きでというか、龍虎は石膏で足の型を取られ、それで龍虎の足にピッタリのトウシューズをオーダーで製作してもらえることになった。
 
(最初のトウシューズだけは“年目割”教室持ち:龍虎は6年目になるので教室が6割で龍虎は4割の多分10万円くらいを出せば良い)。
 
「井村君もトウシューズ作る?今年は新中学生が2人しかいないから」
「遠慮します!」
 
井村君は幼稚園の時からやっていて9年目なので作りたいと言えば9割を教室が出してくれるのだが、彼は辞退!した。
 
「ではお祝い、お祝い」
ということで、ケーキとチキンが配られ、急遽主賓になった龍虎の音頭でサイダーも開けて、今年の「トウシューズお祝い」は行われたのであった。
 

4月13日(日).
 
東京都クラブバスケットボール春季選手権が都内の比較的近隣する2つの高校の体育館を舞台に開催された。これに登録されたばかりの40 minutesも参加した。
 
参加チームは男子は30チームあるので、実は昨日、1回戦と2回戦が既に行われて上位8チームに絞られている。女子は全部で7チームしかないので、今日1回戦のあと、準決勝・決勝である。
 
最初に8時半から女子の1回戦が行われ、40 minutesはいきなり強豪の多摩ちゃんずとぶつけられたものの、快勝!した。
 
多摩ちゃんずは例年東京で優勝争いをしているチームなのだが、千里、星乃、桂華、渚紗、雪子といった日本代表レベルの選手、麻依子、橘花、夕子といったそれに近いクラスの選手が入っていれば、とてもかなわなかった。
 
10:10からの男子準々決勝を経て、11:50からは準決勝が行われる。相手は千住キャノンといって、“裏関”の常連チームである。江戸娘・多摩ちゃんずという2強の壁を崩せず、いつも3〜4位に甘んじている。向こうはてっきり多摩ちゃんずが上がってくるものと思っていたようで、最初は喜んでいた。
 
が、3分でみんな顔色が青ざめる。
 
全く勝負にならなかった。クァドルプルスコアで40 minutesが勝った。
 

13:30からの男子準決勝を経て15:10から女子決勝が行われる。相手は江戸娘である。こちらには江戸娘のOGが3名入っている。しかし3人の内スターターで出てきたのが夕子だけであること、ローキューツでさんざん対戦した千里や麻依子に雪子が入っているのを見て、向こうはこちらの実力を明確に認識した。
 
当然最初から全力で来る。
 
こちらも当然全力で対抗する。
 
これが本当に激しい戦いになった。
 
男子の決勝戦が始まるまで暇つぶしに女子の試合でも眺めるかという雰囲気だった観客が騒然とする。
 
40 minutesの選手たちも、この相手にはさすがに1回戦や準決勝のようにはいかない。向こうはこちらの仕掛けをかなりよく読んで対抗してくる。むろん、そう簡単に攻め筋を読ませる雪子ではないので、江戸娘はかなり振り回されるものの、それでも二重三重の構えで何とか対抗していく。
 
勝負はシーソーゲームになった。
 
ただ、この勝負は技術的には40 minutesが上でも、若さでは江戸娘に分があった。
 
第3ピリオドまでは何とかなったのだが、第4ピリオドで40 minutesの選手の速度が、千里以外はみんな低下していく。しかし江戸娘の選手たちは若くて体力があるので、ここでスピードで優位に立つ。
 
結果的には5点差で江戸娘が勝った。
 
「だめだぁ。若さに負けた!」
と最後座り込んでしまった星乃が言った。
 
「やはり鍛錬だな」
と腕を組んでスコアボードを見つめた橘花が言った。
 
そういう訳でこの初めての大会で40 minutesは準優勝に終わったのであった。
 
なお同時に行われた3位決定戦では、準決勝大敗のショックが残る千住キャノンは連携がうまく噛み合わず、あまり上位に進出したことのなかった Olive Sugarsが勝利して3位の賞状を獲得した。彼女たちは賞状をもらうのは初めてと言って、物凄い喜びようであった。
 

4月11-13日(金土日)、都内某市で、ブルーリーフ国際音楽コンクールの二次予選が行われた。1日目が声楽部門、2日目がピアノ部門で、3日目は弦楽器部門である。
 
二次予選の前に既に録音審査あるいは他の国内コンテストの成績などによる書類上の一次審査が行われていて、20名に絞られている。弦楽器なので、チェロやコントラバスで参加してもよいのだが、二次予選に残った20名は全員ヴァイオリンである。
 
これに田中成美は出てきた。昨年ジュニアの大会で入賞した実績と録音の審査で参加を認められたのである。なお、成美が今日持って来ているヴァイオリンは、成美の母が懇意にしている音楽家が所有しているヴァイオリンで、Giuseppe Roccaの銘が入っているコピー!である。しかしそのコピーを作ったのがAnnibale Fagnolaという名人作家なので、このヴァイオリンは極めて高価であり、その音楽家はこれを1200万円で購入している。ファニョーラは本人も名人だったにもかかわらずロッカやプレセンダのコピーを大量に作っており、本物のロッカやプレセンダと大差無い価格で取引される場合もある。
 
この音楽家さんは実はもっといいヴァイオリンを買うためにこれを売れないかと考えていたあるプロヴァイオリニストからこの価格で買い取ってあげたものの、自分では宝の持ち腐れなので、誰か適当な人に貸そうと思っていたのである。その時、成美がヴァイオリンを弾くことを知り、聴いてみたら物凄く上手いので、君に貸すよといって無償で貸与してくれているのである。
 

成美はこの日、パンタロンスーツを着て出てきている。MTFの子の場合は概して女の子らしい服を着たがるのだが、男の身体でいるのが嫌だったので性転換手術を受けた成美の場合、積極的に女の子になる気は無いので、しばしばこういう格好をしている。彼女のタンスの中身は男物と女物が半々である。成美は髪も女子として違反にならない程度のショートカットだし、こういう格好をしていると、男にも見える。本当に男で通らないかなあと思って男子トイレを使おうとしたら、さすがに「君、たぶん女の子だよね。こちらは男子トイレだよ」と言われて、追い出された。
 
(成美は小学3年の時までは学校では男子トイレ(の個室)を使っていたが、4年生で“男子を廃業する手術”を受けた後は、女子トイレの使用を敢行した。しかし誰も何も言わなかった。むしろ女子の友人たちは「田中さんは女子トイレ使えばいいのにとずっと思っていたよ」と言ってくれた。それ以来成美はもう男子トイレは使っていない)
 
成美は今日の参加者の中にローズ+リリーのケイがいるのに気付く。この二次予選に出てくるのにも相当の審査があったはずである。自分が性別問題でずっと悩んできていただけに、ケイには関心を持っていたが、ケイがそんなにヴァイオリンを弾くというのは知らなかった。
 
ケイの方が先に弾いたが、使用しているのがどうもグァルネリ・デル・ジェズBartolomeo Giuseppe Antonio Guarneri "del Gesu" のようである。ストラディバリウスと並ぶ超名器である。価格は数億したであろう。凄いヴァイオリンを持って来たなと思ったが、成美のヴァイオリンも、今日の参加者の使用楽器の中ではかなり高価な部類になる。
 

この日の結果。1位は竹野春嘉という人で、ダントツで上手かった。使用楽器はガダニーニ(Giovanni Battista Guadagnini)である。物凄い良い音がした。さっすが名器と思った。2位は溝上歌央さんという人だが、正直自分と大差無い気がした。彼女のヴァイオリンは前述のプレセンダ (Giovanni Francesco Pressenda)のようだ(ファニョーラによるコピーの可能性はある)。本物なら3000万円、ファニョーラ作でも1000万円と見た。今日はやたらと高額な楽器が集まっている。
 
3位の人はつまらない演奏だと思った。全く曲の解釈ができていない。機械的に弾いているだけである。超絶テクニックを正確に弾きこなしたので、それで評価が高かったのかも知れないが、音楽家としての魅力に欠ける演奏だと成美は思った。
 
4位が成美だった。成績としてはやや不満だが、まあ本戦には行けるからいい。それまでに練習頑張るぞ、と成美は思う。
 
5位になった人は上手いのだが、途中であがってしまったのか、1ページ飛ばしてしまう!ミスをした(伴奏側は即合わせてあげた)。そのミスがなければこの人が3位だったかもという気がした。
 
6位にはケイが入った。ふーんと思う。ケイの場合、解釈はきちんと出来ている。その辺りはやはり音楽家としての能力が高いからだろう。ただ彼女の演奏はクラシック演奏家の演奏ではないと思った。やはりケイはポップス演奏家なのだろう。しかし彼女を本戦に進ませるのはありだと思った。
 
こういう演奏を聴けば“分かっている”演奏家には物凄く刺激になる。
 
この6位までが6月に仙台で行われる本選に進出する。
 

その日、千里が千葉の玉依姫神社で朝掃除をしていると、またまた谷崎潤子のロケ隊がやってきた。
 
「先日来た時にはお賽銭箱が無かったのができていると聞いたので見に来ました」
「潤子ちゃんに言われたのですぐ設置してもらったんですよ。それで放送を見て見に来た人は、ちゃんとお賽銭箱にお賽銭を入れることができたようですね」
 
「それはよかった。ところで、ここおみくじとか無いんですか?」
「ああ。それは欲しいかも知れませんね。神社に連絡しておきますよ」
「おお、設置されるのが楽しみだ」
 
それで千里が辛島さんに連絡した所、青葉の許可も取った上ですぐに設置しようということになる。どうも関東不思議探訪を見て、女性の参拝客がかなり来ているようだというので、それで女子道社謹製の恋みくじを置くことにし、その週の内には100円を入れたらおみくじが出るタイプのおみくじ払出機を設置した。それで番組を見てすぐ来た人は買えなかったものの、その翌週くらいに見に来た人は、おみくじを買うことができた。
 

(おみくじの価格相場は地域により極端な差があるのだが、関東方面では100円くらいものが多いようである。九州はわりと安い。なお女子道社は山口県の二所山田神社の関連会社で「女子道」という新聞を発行していたのだが、現在は全国の神社のおみくじを多数制作している。きちんと神道のルールに沿って制作しているので、その信頼度は高い。イベントなどをやる時にここからおみくじを購入することも可能である)
 
なお、おみくじをその付近の木の枝などに結びつけられると、周囲の林を管理している千葉市側から苦情が来る可能性があるので
 
「おみくじを木の枝に結ばないでください」
という看板も設置して、おみくじを結ぶためのステンレス製の横棒を多数並べた棚のようなものも設置した。
 
これらの設置費用(払出機の価格と設置工事費、鉄棒棚の制作設置費、看板の設置費)+維持費(日々の補充と鉄棒からの除去の作業代)については青葉には辛いと思ったので、千里が取り敢えず払っておいた。その代わり、おみくじの粗利の一部を千里がもらうことにする。しかしこの設置費用は1年もしない内に取り戻してしまい、びっくりした! それで恋みくじ以外に、普通のおみくじの払出機も設置することにした。
 

「でも千里ちゃん、そんなに頻繁にテレビで紹介されてたら、もっと参拝者が増えるのでは?」
と辛島さんは心配した。
 
「そう思います。たぶん御守りとか欲しいという話も出ますよ」
「御守りは・・・自販機って訳にはいかないだろうね」
「自販機を使うのもいいですけど、たぶんごちゃごちゃ多数設置するより、御札授与所を建てたほうがスッキリする気がします」
 
「その建設費は?」
「私が出しますよ」
 
「まあ建立者のお姉さんが費用出すのならいいよね」
 
それでL神社側から青葉に問い合わせてもらったら、事務用の建物を建てるのはOKということだった。それですぐに建築会社に依頼することにした。
 

「小さな神社ですし、簡易な建設でいいですし、何ならユニットハウスでもいいですよ」
と千里は建設会社の人に言った。
 
「ユニットハウスで外側が木目シートのものありますが、それ使いましょうか?」
「ああ、こんな感じならいいですね」
と千里も写真を見て言う。
 
「これならマジでトレーラーに積んできて、クレーンで置くだけですね。現場での工事は配管接続だけで1日で済みますよ。イナバの物置と大差無いです」
 
「夏は暑そうだけど、エアコン入れたらいいですよね?イナバの物置程度ならエアコン入れてもあまり利かないかな?」
「壁に断熱材が入っていますから、イナバの物置よりは少しマシです。でもご予算があるならエアコン入れた方がいいですね」
 
「ではそれで」
 
「ただ、近くに電線とかがあると、設置の時にクレーンがぶつかる可能性もあるのですが」
「あの付近は電線も何も無いですね」
 
「すると逆に大変なのは、ガス・電気・水道・下水道の工事かも」
「ガスはプロパンでもいいですよね?」
「その方がいいかも知れません。でも電気・水道は欲しいですよね?下水道はどうします?簡易トイレを置く手もあると思いますが」
 
「神社なのでトイレの臭いが漂うのは困るんです。ですから下水道も設置して欲しいです。その付近は、現金で前払いしてもいいですから、すぐ工事に掛かってもらえますか?」
 
「前払いですか!分かりました。すぐやらせます」
 
それでもいちばん近い一般住宅まで200mほど離れているため、本管を通す作業(これは市がやってくれる)に1〜2ヶ月掛かりそうだということであった。そのあたりは上水道も含めて建設会社で市と交渉してくれるということだったのでお願いした。
 

「でも千里ちゃん、どういう御守りを置く?L神社で扱っているのは、神宮大麻、うちの神社の御札、肌守り、車の御守り、くらいだけど」
 
肌守りには、開運厄除・病気平癒・商売繁盛・家内安全・交通安全・学業成就、芸事成就・恋愛成就・必勝祈願・良縁祈願・子宝祈願・安産祈願などがある。
 
「たぶん若い参拝者が多いと思うんですよね。だから、カード型の御守りとか、作りません?」
「ああ、それは作ろうかという話は前からあった」
「あとは、パワーストーンとか人気だから、アメジストとかシトリンとかの、ポケットやバッグに放り込んでおけるものを」
 
「あ、それならパワーストーンの色違いで7〜8種類作りませんか?」
と千里の後輩巫女、友香が言った。
 
「だったら、アメジスト・ラピスラズリ・ターコイス・ペリドット・グリーントルマリン・シトリン・ピンクトルマリン・ローズクォーツといったところで」
と千里。
 
友香は数えていたが「8種類だ!」と言った。
 
「でもカード型とかは原価も安いから良いけど、パワーストーンは原価高いよね。売れなかったらどうしようか?」
と辛島さんは心配して訊く。
 
「その場合は私が個人的に引き取りますから」
「だったら、パワーストーンについては、千里ちゃんを通して、神社が委託販売する形にしてもいい?」
「いいですよ。仕入れ販売なら、L神社側のリスクが高すぎますもん。私、タイとインドにコネがあるし、そこから輸入しましょう。すると原価も低く抑えられると思います」
「外国にコネがあるのは凄い」
 
「じゃ、そのデザインとかパッケージとか、少し詰めようか」
「そのあたりは友香ちゃんに任せた」
「わっ」
と友香が驚いていた。
 
そういう訳でパワーストーン御守りについては、L神社とフェニックストラインの共同開発商品ということになった。その後調整した結果、こちらで決めたデザインで、インドとタイの宝石加工業者に制作してもらい、それを輸入して販売することにした。
 

ところで中学校では生徒手帳には服装や髪などについての規則が書かれている。龍虎たちの生徒手帳にはこんなことが書かれている。
 
・化粧、整髪料、髪染め・脱色、パーマ禁止(天然の子は親の確認書提出)
・香水、コロンなど禁止。無臭の制汗剤はOK。
・派手なアクセサリー禁止(髪ゴムは黒・紺・茶など目立たない色)
・ワイシャツ・ブラウスは白系統で、派手でないもの。
・ズボンはくるぶし程度。長いのは折って縫う。
・スカートは立って膝が隠れる程度。長いのは折って縫う。
・男子の髪は、耳が見えること、眉毛に掛からないこと、襟に掛からないこと。結ぶの禁止。
・女子の髪は、肩に掛かるなら結ぶ(2つ結びまたは三つ編み)。結ぶ位置は耳より下。前髪は目に掛からない。特殊な事情がある場合を除いて胸より上まで。耳に掛からないような短髪禁止。
 
ただこれらは「建前」であまりひどくない限り、言われないとコーラス部の先輩たちは言っていた。実際、4月下旬に抜き打ちで服装・頭髪検査が行われたものの、注意された子は少数である。
 
西山君などは小学校の頃は、女の子みたいな長い髪にしていたのだが「ここまで長いのは違反」と言われ、肩まで掛からないように、前髪は眉に掛からないよう切りなさいと言われ、女子たちから「可哀相」と同情されていた。
 
「それだと女の子の服を着る時に困るよね?」
「そうだ。ウィッグ使えばいいと思うよ」
「えっと、僕別に女の子の服は着ないけど」
「今更隠そうとしなくてもいいのに」
 
どうも“理解のありすぎる”女子が多いようだ。
 
龍虎の場合は、西山君より長い。完全に肩に掛かっているし、前髪は目には掛からないものの、眉を完全に隠している。耳は完璧に隠れている。
 
が・・・
 
「君、肩に髪が掛かっているね。掛からない所まで切るか、あるいは結びなさい」
と言われた。
 

「男子は結ぶの禁止なんじゃなかったっけ?」
「先生が言うんだから結んでいいんじゃない?」
 
それで龍虎は“規則通り?”ふたつ結びにした。
 
「可愛い!」
と他の女子たちから歓声があがっていた。
 
「三つ編みも見てみたい」
「それ朝時間が掛かるから」
「やってあげてもいい?」
「いいけど」
 
それで麻耶などがやってくれて、三つ編みになっている日もあった。
 

ところで龍虎の学校では技術家庭は男女共修だが、体育は同一時間に男女別授業となっている。龍虎は“一応”男子なので、他の男子と一緒に授業を受けるものの、龍虎の男子授業への参加は様々な問題を引き起こした。
 
取り敢えず柔軟体操が出来ない。
 
龍虎は女の子のような体格・体質なので、男子は誰も組みたがらないのである。
 
「先生、田代さんと組んだらチンコ立ってしまってまともに柔軟体操とかできません」
と男子たちは訴える。
 
だいたい龍虎は体育の時間はスポーツブラをしている!
 
結局龍虎はウォーミングアップ・準備体操までは女子と一緒にやって、その後、男子の方に来て、最後の整理体操も女子と一緒にするという処置がとられた。
 
「授業本体も女子と一緒にした方がいいのでは?」
という意見もあったが保留となった。もっとも先生たちは龍虎の体力に考慮し、最初の授業で行われた持久走は、男子は3000m、女子は1500mだったが、龍虎は1500mでよいと言った。
 

柔道については、龍虎は女子と組むように言われ、桐絵や佐苗たちから、投げられていた。
「龍ちゃんは凄く投げやすい」
「ボク、バレエでもリフトしやすいと言われる」
 
「龍ちゃんも投げるのやってみなよ」
「ボクの腕力では無理〜」
と言ったが
「龍ちゃんみたいな子は絶対痴漢に目を付けられるから投げ技は覚えた方が良い」
と言われ、比較的小柄な宏恵や麻由美などが投げられ役をしてくれて、だいぶ練習した。
 
ちなみに龍虎は女の子の身体に触っても何も感じない。また女子たちも龍虎に触られるのは何も意識しない。
 
「投げるのに腕力は必要無いんだね」
「そうそう。これは要領なんだよ」
 

2014年4月20日(日)、貴司たちは4回目の体外受精を実施したが、今回は阿倍子の母の卵子、貴司の父の精子も使ってみることにした。
 
「阿倍子さんって女の親戚は全然居ないの?」
と千里は訊いた。
「お父さんは一人っ子で、その両親も各々一人っ子だったから、お父さんには全く親戚が存在しない」
と貴司。
 
「お母さんは?」
「お姉さんが名古屋に住んでいて、それでお母さんは名古屋の病院に入院しているんだけど、そのお姉さんは結婚はしていたけど子供ができなかった。お友だちの所からもらった養子さんの家に同居している」
 
「阿倍子さんって、もしかして元々子供の出来にくい家系なのでは?」
「ひょっするとそうかもという気はする」
「うーん」
 
「実は実家の権利をめぐって揉めている保子さんの義理の従姉(保子の母の兄の養女:太平洋戦争で戦死した友人の子らしい)、輾子さんには40代の娘さんが居る。つまり阿倍子には義理の又従姉妹になる。その子供に20歳くらいの女性もいる。でも阿倍子は絶対に使いたくないと言っている」
 
「それは使いたくないだろうね」
 
「保子さんが入院している病院には、保子さんの小学校の時の友人のお医者さんがいて、それもあってそこに入院している。要するに保子さんのボーイフレンドっぽいんだよなあ」
 
「まさか不倫?」
「阿倍子はそれを疑っているみたい。ひょっとしたら自分はその人の子供なのかも知れないと言っている」
 
「複雑すぎて分からないや」
「そのお医者さんは既に奥さんは亡くなっているんだけど、子供は2人とも男の子で、孫も美事に男の子ばかりで女の子が全然居ない」
 
「つまりもし阿倍子さんがその人の娘だったとしても、卵子が提供できる人は存在しないわけか」
「精子だったら確保出来るけどね」
 
「やはり貴司の卵子とその阿倍子さんのひょっとしたら従兄弟かも知れない人の精子の組み合わせで」
「卵子が無いよぉ!」
 

阿倍子は金曜日から入院している。阿倍子の母・保子の卵子採取は保子が入院している病院に依頼している。貴司は19日の朝から新幹線で名古屋に向かい、この卵子採取に立ち会った。保子はとっくの昔に閉経しているのを2ヶ月前から、ホルモン剤を打って強制的に卵子を育てている。このホルモン注射がけっこう辛かったようである。それでも卵子が4個採取できた。ただ、病院の医師はたぶん卵子が採取できるのはこれが最後と言った。
 
採取した卵子は同行してくれた豊中の病院の看護師さんに持ち帰ってもらう。そして貴司は北海道に飛ぶ。
 
中部13:15-14:55新千歳
 
貴司の父にはあらかじめ採精容器を送っており、お昼過ぎに新千歳空港内でそこに射精してもらっている。
 
「しかしもしこれで赤ちゃんできたら、それは遺伝子的には俺の子供になるのか?」
と父からは訊かれた。
 
「戸籍上は僕の子供になるから問題無いと思うよ」
と貴司は言った。
 
「子供が実は祖父の子供って話は昔から割とあるし」
「確かにそうだな!」
 

それで貴司は大阪に戻った。
 
新千歳16:35-18:25伊丹
 
精液を病院に届けた後は、千里(せんり)のマンションに戻るが、そこに千里が来ている。
 
「名古屋から新千歳までお疲れさん」
と言ってキスした。
 
「今すぐ射精したい気分」
「できるだけ新鮮なのがいいから、朝まで我慢しなきゃね」
「辛いよぉ」
「貞操帯付ける?」
「我慢する」
 
それで一緒に晩御飯を食べたが、貴司はどうにも我慢出来ない様子だったので、結局、貞操帯を取り付けられてしまった。それで例によって客間の布団で一緒に寝た。千里はぐっすり寝たが、貴司はやはり眠れなかったようである。朝千里が起きてから貞操帯を外し、触るとすぐに出た。そして出すとすぐ眠ってしまう。もしかしてずっと起きていたのでは?という気がした。仕方ないので《りくちゃん》に届けに行ってもらった。
 
一方阿倍子本人は20日のお昼から卵子の採取をおこなった。これにお昼近くにやっと目を覚ました貴司も立ち会った。また採取中はずっと阿倍子の手を握ってあげていた。
 

それで今回は次のような組み合わせで受精をおこなった。
 
MF群 保子卵子×望信精子 2個
MH群 保子卵子×貴司精子 2個
WF群 阿倍子卵子×望信精子 4個
WH群 阿倍子卵子×貴司精子 4個
 
しかしさすがに保子の卵子を使ったものはどちらも受精自体はしたものの、途中で分裂が停まってしまった。
 
それでせっかく保子に頑張ってもらったもののこれは廃棄である。
 
WF群とWH群は全部、分裂は正常にしてくれた。それで今回はWF群とWH群から1個ずつ取り、2個阿倍子の子宮に投入した。残り3個ずつは冷凍保存する。
 
この投入をしたのが4月22日である。阿倍子22日の夕方、チーム練習が終わってから市川ラボでの練習を休んで病院に行った貴司と一緒に帰宅した。
 

4月21日(月).
 
龍虎たちの中学校では部活動の紹介と入部受付が行われた。龍虎はあまり部活とかまでする気は無かったのだが、この学校では全員原則としてどれかの部活に入ってくれと言われたので、宏恵に誘われてコーラス部に入ることにした。
 
龍虎が学生服を着ているので
「あなた声域はテノール?バス?」
と訊かれたが、宏恵は
「この子はソプラノです」
と言った。
 
「嘘!?」
というので、音域を実際に確認するとA3からF6まで約2オクターブ半出ることが分かる。
 
「F6が出るって凄い」
「今日はたまたま調子良かったので出ましたけど、安定して出るのはD6までです」
と龍虎は言うが
「E6までは安定している気がする」
と宏恵は言う。
 
「テノールの音域は出ないんですよね〜」
と龍虎。
「あなたG3が出ないからアルトも微妙よね」
と先生。
「だからこの子はソプラノに入れるしかないと思います」
と宏恵は言った。
 
「つまりまだ声変わりが来てないのね」
と先生は言うが
「声変わりは永久に来ないと思います。睾丸が無いから」
と宏恵は言った。
 
「無いの!?」
「あります」
「あれは既に機能停止しているから実質無いのも同然。機能停止したまま放置しておいて癌とかにならないように早めに摘出した方がいいと思うけどなぁ」
などと宏恵は言っている。
 
「睾丸が無いって、実は女子ということは?それで男装しているということは無いわよね?」
と先生は念のため確認した。
 
「その疑惑は大いにあります」
と佐和美が言った。
 

2014年4月22日(火)、FIBAのパトリック・バウマン (Patrick Baumann 1967-2018)事務総長が来日し、昨年12月の警告にもかかわらず、一向に改革が進む気配もない日本バスケットボール協会に対して、強い警告をあらためて行い、回答の期限として10月末を指定した。
 
万一それまでにきちんとした改革の方針が示されない場合、日本バスケットボール協会の資格停止もあり得るとした。資格停止されると、日本は国際大会などに全く出場することができなくなる。
 
日本バスケットボール協会は過去にも埼玉で開かれた世界選手権で出た13億円もの巨額赤字(本来巨額の黒字が出るべき)の責任問題から役員人事が大混乱した結果、2008年3-9月にもJOC(日本オリンピック委員会)から資格停止処分をくらっているのだが、今度は更に深刻である。
 
しかしその深刻さが幹部クラスに全く認識されていないことが本質的に深刻であった。
 

4月28日(月).
 
主要新聞に、海岸に立つAYAのゆみのセミヌード写真、そしてSaintes-Maries-de-la-Merという文字だけが書かれた全面広告が掲載された(広告料金は多分1.5億円程度)。
 
この広告手法は、40代以上の人たちには、1991年に出版された宮沢りえのヌード写真集『Santa Fe』の広告を思い起こさせた。
 
そして実際にこの日、全国の大型書店にはAYAのヌード写真集が大量に山積みされ、飛ぶように売れたのである。この日まで、この写真集のことは一切公開されておらず書店関係者も多くは荷を開けてびっくりだったらしい。中小の書店がうちでも売りたいと問い合わせ、すぐに出荷されて、2〜3日中には全国のほとんどの書店に並ぶこととなった。
 
この写真集は最初の1週間で5万冊売れて、今年の写真集の売上げ冊数トップは確実と言われた。
 

でも最終的には鹿島信子がグァムで撮った“Lucifer Girl”に僅差で負ける。つまり聖女が悪魔に負けてしまった!
 
Luciferは「明けの明星」で、リダンリダンの楽曲『Hesper』に掛けている。Hesperは宵の明星だが、宵ではアーティストのスタートにはふさわしくないということで、写真集のタイトルは明けの明星のLuciferにしたのである。明けの明星はPhosphorusとも呼ばれるが、Phの音が読みにくいということでもうひとつの名前Luciferが使用された。これは半陰陽の信子を両性具有の悪魔にたとえたのもある。AV畑出身の室田英之さんが、まだ男の子っぽさが残る信子の“妖しい”魅力を引き出していた。表紙は実際にリダンリダンを連れて撮影に行った時に偶然撮影されたグァムの美しい明けの明星の写真である。
 
Luciferがなぜ悪魔の象徴とされたかは、明けの明星が太陽(神様)が出てきても天空で最後まで光を放っている様子が「神に対抗するもの」と考えられたからである。つまり実はLuciferというのは光に満ちた存在なのである。そのため後には太陽を表す大天使ミカエルと地獄の主ルシファーは兄弟であるという考え方も強くなった(先に出てくるルシファーが兄で、後から地上に出てくるミカエルが弟)。
 
一方、Saintes-Maries-de-la-Mer (サント・マリー・ドゥ・ラ・メール)はマグダラのマリアがここに上陸してフランスにキリストの教えを伝えたとされる場所である。ゆみは今年の2月に渡仏し、この町に住む富豪の邸宅のプライベートビーチで1週間掛けてヌード写真の撮影をおこなった。撮影したのは新庄幸司で、ローズ+リリーの最初の写真集の撮影者でもある。概して美しい絵を撮る写真家と評されており、芸能人の写真集を多く手がけている。
 
この年のこの2つの写真集の勝負は面白かったのだが、最終的には妖しい19歳信子の水着写真が、大胆な23歳ゆみのヌード写真に勝ってしまった。
 
もっともネットでは「やはり19歳と23歳の年齢差がいちばん大きい要素」とも言っていた。宮沢りえのヌード写真集が150万部も売れたのは何と言っても17歳(出版されたのは18歳になってから)の人気絶頂アイドルのヌードという衝撃があった。
 
 
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【娘たちの始まり】(1)