【娘たちの卒業】(2)

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2014年2月28日(金).
 
学校が終わってから青葉は自宅には戻らず高校の最寄り駅から列車に乗って、千葉に出てきた。
 
越中中川15:28-15:31高岡15:37(はくたか19)17:52越後湯沢18:04(Maxとき340)19:20東京19:33-20:13千葉
 
その日は彪志のアパートに泊まり、翌3月1日(土)の午前中に2人で一緒に昨年11月から建てていた神社の場所に行った。先週完成して彪志が代行して引き渡しを受けてくれたのだが、この日はL神社の宮司さんが来て開社式をしてくれるのである。彪志はミラの鍵を千里から1本預かっているので、2人でミラを駐めている立体駐車場まで行き、それに乗ってその土地まで行った。
 
ご神体代わりにするのに、仙台のデパート(政子の父が店長をしている店)で買った14代柿右衛門(先代)の皿(最晩年の作品)を納めてから、普通の人には開けられないように木を組み合わせる。すると青葉の後ろに居候していた女神様が祠の中に、すーっと入って行った。
 
『うむ。ここは心地よい。気に入ったぞ』
『よかったですね』
という会話は彪志には聞こえない。
 
やがて宮司さんが来たが、神社の中にちゃんと神様が既に入っているので驚く。
 
「これ、神様、入っているじゃないですか!」
と宮司さんが言う。
 
ああ、この宮司さんはちゃんと分かる人だと青葉は思う。
 
「ええ。入ってます」
「どなたが入れたんですか?」
「ついさっき、本人が勝手に入っていきました」
 
「何か凄く神格が高い気がするんですが」
「それで素人が勝手に扱うべきではないと思ってL神社さんにお願いしたんですよ」
 
「名義は分かりますか?」
「『玉依姫神社』にしてくれと本人が言っています」
「分かりました」
 
それで宮司さんは矢立を出して、青葉が用意していた空白の額に『玉依姫神社』という銘を筆と墨で書いた。これも青葉が特殊な木の組み方で祠の正面上部に固定してしまうと、宮司さんが感心していた。そして宮司さんは祝詞をあげて帰って行った。
 
『私もこれで三帰の家ができたなあ』
などと姫神様は言っている。
 
『さんき??』
 
『なんだ、三帰を知らんのか?漢文の授業で習わなかったか?』
『帰る家が3つあるということですか?』
 
『元神社のあった所の泉、この祠、そして青葉のそばだ』
『あははははは』
 
どうも女神様は青葉の後ろにもそのまま居座るつもりのようである。
 

その日は女神様のお勧めで市内の商店街に行き昼食を取ったら福引き券をもらった。それで福引きをすると、洋菓子のセットをもらったので、再度神社の所にいき、2個奉納すると、奉納したお菓子がスッと消えるので彪志が目をゴシゴシしていた。
 
その日は彪志のアパートで過ごしたが、翌3月2日は桃香のアパートを訪れる。桃香も千里も居たので、神社を開いてきたことを報告する。
 
「何か荷物が多い」
と青葉は言った。
 
「こないだまで千里の友だちの女の子が同居してたんだよ。先日新しいアパートを見つけて引っ越して行ったのだが、どうも忘れていったものが、かなりあるようだ」
と桃香。
 
「うん。今週は忙しいみたいだから、来週にも取りに来るように言っている」
と千里。
 
「友だちって、ちー姉の恋人?」
「まさか。私が女の子に興味あるわけない。高校時代の友人だよ」
「へー」
 

4人で一緒に過ごし、夕方青葉が高岡に帰るのを東京駅で見送った。実際には彪志は越後湯沢まで同行する。
 
青葉の連絡
東京20:12-21:20越後湯沢21:30-23:38高岡
彪志の帰路
越後湯沢21:39-23:08東京23:17-23:56千葉
 
それで千里と桃香はこの日は一緒に千葉のアパートに戻った。桃香が誘ってくるが、しっかり撃退しておく。
 
「ケチ。減るもんでもないのに」
「と、言っていたと真利奈ちゃんに言おうか」
「やめて〜」
と言いながら、どうも季里子との関係は千里にはバレてないようだなと桃香は思う。(実際には桃香の友人ほぼ全てにバレている。高崎に行った美緒まで知っている)
 

暢子の荷物を少しまとめてから4畳半の部屋に寝ていたら、深夜、鹿島信子から電話があった。
 
「どうしたの?」
 
「電話ではどう説明したらいいのやら。夜分本当に申し訳ないのですが、こちらに来て頂く訳にはいかないでしょうか?」
と言っているが、電話を通して焦燥が伝わってくる。
 
「すぐ行く」
 
緊急事態のようなので《こうちゃん》に乗せてもらって信子のマンションに行こうとしたら、反応が無い??
 
それで《りくちゃん》に乗せてもらって新小岩駅近くの信子のマンションに急行した。中に入れてもらうと、信子は顔が青ざめている。千里は最初彼女がレイプでもされたかと思ったので、彼女をしっかりハグした。
 
「どうしたの?」
と優しく尋ねる。
 
「どうしよう?千里さん。私、男に戻っちゃった」
「え〜〜〜〜!?」
 
それで信子がパンティを脱いで見せる。しっかり男性器が付いている。
 
「今までタックとかで誤魔化してたんじゃないよね?」
「私、実は男の人と1度セックスもしたんです。ですから女の子の身体になっていたのは間違い無いです。それに病院の先生の診察も受けたし」
 
「だよね!」
 
と言ってから千里は腕を組んで考えた。
 

コクッと信子が眠ってしまう。
 
《とうちゃん》に頼んで眠らせたのである。
 
『こうちゃん、出ておいで』
と千里は厳しい顔で言った。
 
《こうちゃん》はバツが悪そうな顔で出てきた。
 
『どういうことか説明しなさい』
 
それで彼が説明するには、信子を女の子に変えたことが美鳳さんにバレて叱られたのだそうである。それでやむを得ず男に戻したという。
 
『勝手に性別を変えるのは混乱の元と叱られた』
『だからって、今戻すのは収拾がつかないほど混乱するじゃん』
『だったらそれ美鳳さんに言って』
 
そこで千里は《くうちゃん》に頼んで出羽に行き、美鳳と談判した。美鳳が激怒するのも構わず、千里は信子のために一歩も引かず、激しい議論をした。
 
ところがそこに《大神様》が介入した。千里を借りて自分の空間の中に入れる。美鳳には聞こえない状態で千里は《大神様》と話した。
 
千里はその話した内容は覚えていないのだが《大神様》は美鳳に言った。
 
「美鳳。話が付いた。私が許可するから、あの子を女の子に戻してあげなさい。その時、取り外した陰茎と陰嚢を私にちょうだい」
 
「大神様がおっしゃるのであればそうします」
 
それで美鳳は東京の方向を見た。
 
「女の子に戻しました」
 
「ありがとうございます!」
と千里は嬉しそうに言った。
 
そして美鳳が信子から取り外した陰茎・陰嚢を《大神様》に渡すと
「ちょうど20歳くらいの男の子のが欲しかったのよ」
と《大神様》は言った。
 
「ああ、それであの子のを取っちゃおうという訳でしたか」
と美鳳は納得したようであった。
 

千里はその男性器を見た瞬間、さっき《大神様》とふたりだけで話した内容を一部思い出した。
 
そうか。これを留萌の神社の宮司さんの息子と孫に移植したのかと気がついた。
 
その移植が行われたのは実際には14年も前の2000年10月なのだが、神様には時間の超越は問題無いのだろう。信子の陰茎は事故で男性器を失った翻田和弥(当時17歳)に移植され、睾丸はその父(宮司の息子)の翻田民弥(当時46歳)に移植された。そして民弥の睾丸が和弥に移植されている。
 
こういう複雑なことをしたのは、和弥はこれから結婚して子供を作らなければならないので、赤の他人の睾丸を入れる訳にはいかないからである。
 
ちなみに宮司の翻田常弥には千里の父・武矢の睾丸が入っており、武矢に入っているのは千里の本来の睾丸である。千里の母の癌治療を契機にこの複雑なドミノ移植が2000年9-10月に実行された。それで千里は小学4年生の秋に男子廃業したにも関わらず、いつでも新鮮な精液を採取することができることを思い出す。
 
そうか。桃香と一緒に作った冷凍精液を持ち出さなくても、あの精液を使えば、もしかしたら京平の身体を作ることができるかも知れないと千里は思った。
 
その場合、京平は遺伝子的には千里と阿倍子の間の子供として産まれてくる!?
 

激しい議論をした美鳳とはあらためて握手をし、仲直りの杯を交わした上で、大神様にはよくよく御礼を言った。そして《くうちゃん》に頼んで、新小岩のマンションに戻してもらった。なお《こうちゃん》は混乱を引き起こした罰として『1週間メシ抜き・1ヶ月メスの龍のナンパ禁止』を美鳳から通告された。
 
時刻は4時である。成田に向かった方がいいが、信子は激しいショックを受けたろうから、もう少し寝せておいた方がいいと考えた。
 
それで千里は眠っている信子を《こうちゃん》に命じてインプの後部座席に乗せ、着換えやパスポート、愛用のベースなども《たいちゃん》に手伝ってもらって車に載せる。そしてアルコール濃度が基準値以下になっていることを確認した上で、千里自身が運転して成田空港に向かった。
 
検問所の手前で信子を起こす。
 
「信子ちゃん、寝ていたからそのまま車に乗せて成田まで来たよ。撮影に行っておいで」
と優しく言う。
 
「わ、ありがとうございます。でも私・・・」
 
「あそこ触ってごらんよ」
 
信子が驚いている。
 
「おちんちんとタマタマ無くなってる!嬉しい!」
「良かったね」
 
「割れ目ちゃんとクリちゃんとおしっこ出てくる所とヴァギナもある」
「無いと困るよね」
「おっぱいもある〜。助かったぁ」
「きっと悪い夢でも見たんだよ」
 
信子は物凄く嬉しそうにしていたが、突然不安そうな顔になって言う。
 
「また・・・・男に戻ったりしませんよね?」
「もう大丈夫だよ。上の方と話が付いてるから」
と千里は優しく言った。
 
こうして鹿島信子は神様にも認められて正式に?女の子になったのである。
 

リダンダンシー・リダンジョッシーの一行はグアムで精力的に写真集とPVの撮影をおこなった。信子は様々な女子水着を着せられて写真を撮られていたが、だいたい女子水着を着ること自体、ほぼ初体験なので、乙女のように、はにかんでいて、その初々しさが魅力的な写真集に仕上がった。
 
彼女の写真集はこの年の写真集売上げNo.1になった。
 
「半陰陽で去年までは男の子だったらしい」
という噂で興味を持った人がおそるおそる買って
 
「骨格はやや男っぽいけど、可愛い女の子じゃん」
と言って口コミで広め、また事務所側が積極的に
 
「元男ではあっても半陰陽だから生理はあるらしいよ」
「手術とか一切してないらしいから、どうも元々ほぼ女の子の身体だったらしい」
「その証拠に、小学校の修学旅行に参加していない」
 
といった出所不明の噂をネットに放流した。この噂に刺激されたのか、信子が高校の女子制服を着て他の女子の友人(顔はモザイクが掛かっている)と並んでいる写真が数パターン流出し
 
「へー。高校には女子制服で通っていたのか」
といった噂まで広がる。
 
更にセクマイのコミュニティでもかなりの反響があったのが、部数が伸びた要因だったようである。
 
なお、翌年はアクアの写真集が特大No.1になるので、2年続けて男の娘(?)の写真集がバカ売れしたことになる。
 
なお、信子は半陰陽(?)なので厳密には男の娘ではない。アクアは本人が「自分はふつうの男の子」と主張するので、厳密にはやはり男の娘ではない??
 

3月3日(月)の朝6時頃、信子を成田空港第1ターミナル前でおろした後、千葉に戻ろうと思ったら、着信の記録が入っていることに千里は気付いた。
 
貴司からである。昨夜から何度も入っていたのに全く気付かなかったようである。最後に電話の入ったのが朝5時なので電話してみた。
 
「おはよう」
「おはよう」
 
「千里今どこ?」
「えっと、成田空港の第1ターミナル」
「それは物凄く都合が良い。実は僕も成田に来ているんだよ」
「そうなの!?」
 
「千葉のアパートに寄ったんだけど、留守だったみたいで」
「じゃ車を駐車場に入れてくる」
 

それで第2ターミナルで貴司と会った。24時間営業の吉野家に入り話す。
 
「いや、大連(だいれん/ダーリェン)出張があってさ」
「へー!」
 
「昨日は名古屋で打合せがあって、それが夜10時に終わって」
「そんな遅くまで名古屋で仕事して、今日は大連なんだ?」
「まあ仕事だから仕方ない。それで名古屋から大連に飛ぶのは12:05の便しかなくて、大連到着は13:55なんだよね」
「うん」
「関空に戻ると、関空発大連行きは10:20発で11:55に大連に着く。ところが成田の朝一番は成田を9:30に出て大連に11:50につく」
「ほぼ同着なんだ!」
 
「それで名古屋のニチレンでレンタカーを借りて、夜通しこちらに走ってきたんだよ」
「お疲れ様!でも大丈夫?」
「富士宮で1時間くらい仮眠した」
「ああ。仮眠しないとやばいよ」
 

「それで、これ。誕生日おめでとう」
と言って貴司は宝石店の袋を千里に渡した。
 
「えっと・・・・・」
「開けてみてよ」
「うん」
 
それで開けてみると、ゴールデンパールのネックレスである。珠はかなり太い。12mmくらいある。アコヤ貝ではなく白蝶貝だろうが、それでも多分10万円くらいすると見た。
 
「こんな高いものもらっていいの?」
「いや・・・その・・・つなぎというか」
 
ふーん。。。
 
要するに貴司としては今すぐ阿倍子と離婚する訳にはいかないものの、自分とも別れたくないということなのだろう。千里は今はその気持ちだけで充分だと思った。
 
「なるほどね〜。じゃもらっちゃうよ」
「うん」
 
「ありがとう」
と言って、千里は素早く貴司にキスをした。
 

貴司は名古屋から走って来て疲れているし、千里は信子の件を処理して疲れているしで、食が進む。牛丼をふたりともお代わりした後、7時過ぎると他のお店も開き始めるので、和食の店に移り、朝御飯にカツとじ丼・天とじ丼を食べながら話した。貴司はそれにおそばも取っていた。
 
ふたりがおしゃべりすると例によって話はバスケットの話題ばかりである。バスケットの話をする時、貴司は本当に幸せそうで、その顔を見ていると千里も幸せな気分になった。
 
8時頃、そろそろ出国手続きした方がいいねということになり、お店を出て、セキュリティの所で貴司を見送った。むろん別れ際にキスをした。
 
その後、千里はインプレッサを運転して葛西に戻ったが、貴司がここまで運転してきたレンタカーは《こうちゃん》に名古屋に返しに行ってもらった。もっとも彼は
「せっかく遠出するのに、ナンパ禁止なんて・・・」
とぶつぶつ言っていた。
 
千里は《こうちゃん》って全国に大量に子供がいるのでは?という気がしてきた。
 
「ねぇねぇ千里。メスの龍のナンパ禁止ってことは、人間の女はナンパしてもいい?」
「ふーん。そんなに美鳳さんを怒らせたいんだ?」
「あわわ。自粛する、自粛する」
 
やはり《こうちゃん》にも美鳳さんは怖いようである。
 

2014年3月5日(水)、ローズクォーツの『Rose Quarts Plays』シリーズのアルバム『Rose Quarts Plays Sakura』が発売されたが、別れや新しい道などといったものを示唆する曲が多いので、レコード会社に
 
「このアルバムはケイちゃんがローズクォーツを卒業する記念のアルバムですか?」
 
という問い合わせが多数入った。なお、マリの方は約2年前、2012年12月にローズクォーツの活動からは離脱することを発表している。その時の離脱理由が
 
「ローズクォーツの作業がマリに負荷になっているので」
ということだったが、世間では
「負荷というのならケイの方がよほど大きい」
とみんな言っていた。
 
それでケイの離脱は時間の問題と思われていたのだが、この問題についてUTPは来月1日に記者会見を行うとだけ述べた。多くの人はそれがケイの離脱の公式表明になるのだろうと考えた。
 

3月8日にリダンダンシー・リダンジョッシーは帰国したが、ここでデビューCDに収録する曲として、前から用意していた『Sky Music』『Hesper』という曲に加えて信子が新たに書いた『Inner difficulty, Outer tenderness』という曲のPVまで撮影してきた。この新曲は実は今回の旅の直前に唐突にいったん男性体に戻った時のことを書いたものである。
 
%%レコード担当の森尾さんは『Sky Music』は確定タイトル曲として、もう1曲は『Hesper』にするか『Inner difficulty, Outer tenderness』にするか悩み、千里と冬子に尋ねてみた。するとふたりとも
 
「『Hesper』と『Inner difficulty, Outer tenderness』の2曲がよい」
 
と言ったので『Sky Music』は保留にして、その2曲を両A面にして発売することにした。
 

その日、千里はスペインでの練習を終えた後、貴司が出かけた後の市川ラボに入り、食器の片付けや洗濯物をした後、千葉市に転送してもらって、巫女服を着て、玉依姫神社の掃除をしていた。千里は女神様に言ったようにだいたい週に1度くらい来ることにし、先週も掃除に来た。静かなだけに掃除しているだけで、清々しい気分になる。
 
するとそこに大きなワゴン車が来る。何だろうと思って見ると、テレビのロケ隊のようである。谷崎潤子がマイクを持っている。
 
「おはようございまーす、『関東不思議探訪』でーす、って見知った顔だわ」
と彼女は言っている。
 
「おはようございます、潤子ちゃん。私はただの巫女・仮名Aですから、よろしく」
と千里も笑顔である。
 
「おお、それでは大作曲家の仮名Aさん、今日はバイトですか?」
「ええ。ここを管理している神社でバイトをしているんですよ」
「そうだったんだ!でもここって、以前は幽霊でも出そうなボロ家が建っていましたよね?それが神社に建て替わっていると聞いて、やってきたんですが」
 
「はい。3月1日にオープンしたんですよ」
「できたてのホヤホヤだ!ここの神社は何に利くんですか?」
 
「ここに祭られているのは、弦楽器の神様なんですよ。だからギターとか、三味線とか、ヴァイオリンとか、琵琶とか、ウードとか、チターとか、弦楽器を習っている人は来るといいですよ」
 
「へー。でもここお賽銭箱が無いですね」
「ああ。ほんとだ。早急に作るように言いますね」
 
(これは「テレビで放送するの?」と千里から聞いて驚いたL神社の辛島さんがすぐに指示を出してくれて2日後には設置され、ギリギリ放送に間に合い、小銭が散乱する事態は避けられた)
 
「弦楽器だけですか?打楽器もですか?」
 
唐突に打楽器に行く発想が面白いと千里は思った。チラっと祠で頬杖を突いているふうの《姫様》を見る。ふわー!と伸びをする。OKのようである。
 
「打楽器も応援してやると、神様はおっしゃってますよ」
「ではうちのバンドのドラマーの彼女居ない歴30年の男性にも来るように言いましょう」
 
「ああ。恋愛にも効きますよ。姫神様だから」
「おお、恋愛にも効くそうですよ」
と彼女はカメラに向かって言った。
 

3月15-16日の土日、横浜市内と都内で蓬莱男爵が参加するイベントがあり、千里は例の軽トラ・トレーラーを常総ラボから持ち出して、彼らの荷物のトランスポートに協力した。その都内でイベントをしていた時、見知ったレコード会社の人が寄ってきて
 
「このバンド、醍醐さんの関わりですか?」
と訊いてきた。
 
「雨宮が管理しているんですよ。もし興味をお持ちになられましたら、ぜひ雨宮と話して下さい。連絡させますから」
と言い、即雨宮先生にメールしたら
「すぐ電話する」
ということで、即電話が掛かってきて、レコード会社の人もびっくりしていたようであった。
 
およそ雨宮先生とすぐに連絡が取れるなどということは、めったにないことである。
 

2014年3月20日(木).
 
明日21日(金)が春分の日で祝日で、21-23日が三連休になるので、この年の全国の小学校卒業式は20日(木)に行う所と24日(月)に行う所があったようである。
 
天月西湖(あまぎせいこ。後の今井葉月)が通学する桶川市のVB小学校では20日に卒業式があり、西湖は5年生としてひとつ上の学年を送り出す立場だったが、鼓笛隊を編成して『旅立ちの日に』と『ほたるの光』を演奏した。
 
それで全員、楽器ごとに色分けされた上着(金管楽器は緑、打楽器は黒など)に白いボトムを着ているのだが、女子は白いスカート、男子は白いズボンである。
 
そして西湖はファイフを演奏しながら、
『なんでボクこういう格好することになっちゃったんだっけ?』
と考えていたものの分からなかった。
 
ファイフの担当は12名なのだが、全員青い上着に白いスカートを穿いていた。
 
西湖はファイフの担当であった。
 
従って、西湖はスカートを穿いていた(三段論法)。
 

西湖は最初ピアノを希望したのだが
「ピアノは女子にやってもらいたいから」
と委員長に言われて、それは山形さんが弾くことになった。
 
「だったらトランペット吹こうかな」
と言ったら
「ごめんね。トランペットは男子で構成したいから」
と先生から言われる。
 
男子ならボクはだめなの〜?と思ったのだが
 
「天月さん、横笛吹けない?」
と先生から訊かれたので
「フルートなら吹きますけど」
と言った。
 
西湖は父の劇団で笛を吹く妖精の役(真っ白なドレスを着て銀色のティアラも付けた)をしたことがあるので、練習してフルートを吹けるようになっている。その時、祖父(柳原蛍蝶)が「これ僕が若い頃使っていた安物だけど」といって銀色の金属製の結構重たいフルートをくれたので、その後も西湖が所持して時々練習している。祖父はドイツ製だと言っていた。ハミング?とかいう感じの銘が入っている。祖父の若い頃なら50-60年ほど前?のものなのだろうが、古い割には錆びもきておらずしっかりしている感じだ。ただ祖父はブラスバンドとかで吹くなら一度オーバーホールしてもらった方がいいと言っていた。
 
西湖がフルートができると答えると
「だったらファイフも吹けるよね?よろしく」
と言われた。
 
笛は直接口を付けるから、悪いけど自分で用意してと言われたが、ファイフなら確か従姉のクラちゃんが持ってたなと思い、電話してみたら
 
「せいちゃんが使うならいいよー」
と言うのでもらってくる。練習してみたらすぐ吹けた。
 
「ああ。これフルートより易しい」
と思った。
 

そして1月に入ってから何度か練習したが、どちらも知っている曲なので、すぐ覚えた。それで卒業式当日、
「ファイフの人はこの制服でーす」
と言って渡されたのがライトブルーの上着と白いスカートだった。
 
西湖は他のファイフ担当の子たちと一緒に理科室に行き、何も考えずに渡された服に着換える。この時周囲はみんな女子だったのだが、西湖はそれも何も考えていない。ひとりの子が
「あれ?天月さん、ここに来たのね?」
と言ったが、
「え?何か?」
と訊くと
「天月さんなら構わない気がする」
と別の子が言って、その後は誰にも何も言われないので、何だろう?と思った。そしてみんなと一緒に理科室を出て体育館前の廊下に集合した時に初めて男子のクラスメイトから言われた。
 
「ああ、やはり天月さんはスカート穿いたのね」
「え?」
 
それで言われて初めて自分がスカートを穿いていることに気付いたのだが、今更誰かに訊くこともできず、結局スカートのまま行進したのである。
 

この日卒業式が終わった後、体育館が冷えていたこともあり、西湖はトイレに行きたいと思った。ところが鼓笛隊の衣裳のまま男子トイレに入って行くと、中に居た子たちがギョッとした顔をして
 
「スカート穿いている奴は男子トイレ進入禁止」
と言われて追い出されてしまった。
 
「どうしたの?」
と同級生の天童さんに訊かれる。
 
「男子トイレに進入禁止と言われちゃった」
「ああ。天月さんなら女子トイレでもいいと思うよ。私が付き添ってあげるから」
「うん」
 
それで西湖が彼女と一緒に女子トイレに入ると、行列ができているのだが、並んでいる子たちが一瞬西湖を見たものの、誰も何も言わなかった。
 
それで西湖は天童さんや、その前に並んでいた石田さんなどとおしゃべりしながら列が進むのを待ち、やがて個室が空いた所で中に入り、穿いている中性的なビキニブリーフ(前開き無し)を下げ、スカートが便座にかからないようにして腰掛けて使用した。西湖は父の劇団で頻繁に女の子役をさせられているので、スカートを穿いてトイレを使うこと自体には慣れている。
 

手洗いでまた待つ時に石田さんから言われた。
 
「天月さんってやはり女子トイレ慣れしてるね」
「そうだっけ?」
「だって恥ずかしがったりしてないし」
「トイレで恥ずかしがるんだっけ?」
と、よく分かっていない西湖は訊く。
 
「やはり普段、学校の外では女子トイレ使っているんでしょう?」
などと言う子もいる。
 
うーん。確かに男子トイレから追い出されて女子トイレを使うことはあるよなあ、とは思う。特にスカート穿いてる日は拒否される率が高い、などと考えている。
 
「私、丸広デパートの女子トイレで天月さんと会ったことある」
「私、先月大宮で天月さんがスカート穿いてるの見たことある」
などという証言が周囲の子からあがる。
 
うーん・・・先月の大宮はお母ちゃんにうまく乗せられたんだよなあ、などとも思う。まあスカート穿くの嫌いではないけど。何か開放感があるし。
 
「学校にもスカート穿いてくればいいのに」
「天月さんのスカート姿見てみたい」
「可愛かったよ」
などという声もあった。そう言われると迷っちゃう!
 
そういう訳で
 
「天月さんなら、これからも普段でも女子トイレ使っていいと思うよ」
と石田さんが笑顔で言った。後ろに並んでいる天童さんや、周囲の他の子も頷いていた。
 
えっと・・・ボクどうしよう?
 

3月11日からバスケット協会の新年度のチーム登録・選手登録が始まったので、比較的時間の余裕がある後藤真知が登録作業をしてくれた。彼女の職業は現在《自宅警備員》らしい。この時期彼女には随分 40 minutes の事務的な作業をしてもらっており、事実上のマネージャーの役割を果たしてくれた。その件で彼女が結構色々飛び回っているので、お金にならない仕事ではあっても、引き籠もりよりはマシと、お母さんは結構ホッとしていたらしい。
 
3月21-23日の連休、第40回記念全日本クラブバスケットボール選手権大会が、愛知県のパークアリーナ小牧および一宮体育館で行われた。この大会には千里自身が忙しいので、ローキューツにしがらみの無い人物として、静岡在住の雨宮派の作曲家・福田瑠美さんにオーナー代行として行ってもらった。
 
千里自身は3月22日夕方(日本時間23日2:00-4:00)に試合があるので、あまり時間が取れなかったのである。
 
この時期のローキューツはまた戦力が入れ替わりつつあったのだが、森下誠美や風谷翠花ら、そして雪子が抜けた後に正PGとなった原口紫らの活躍で優勝する。2012年以来の3連覇達成であった。
 
しかし誠美はこの大会をもってローキューツを退団する意向を表明した。
 
「Wリーグに行くの?」
と副主将の原口揚羽が尋ねたのだが、誠美は
 
「ちょっとアメリカに行ってくる」
と言った。
 
「性転換手術受けるの?」
という声には
「違うよ」
と笑って答える。
 
「ちんちん取らなくていいの?」
「大丈夫。こないだハサミで切り落としたから」
「痛そう」
 
「もしかしてWNBA?」
「まさか。実績も無いのに入れてくれないよ。ぶらりと1年くらいあちこち見てくる」
「お金は?」
「バイトしながらかな」
「おっ」
 

千里はこの話を福田さんから聞き、《きーちゃん》に相談した。
 
「あの子、しっかりしているようで抜けてるからちょっと心配」
と千里が言うと
「私の友だちでアメリカに住んでいて、今フリーの子がいるから、付いているように言おうか?」
「じゃ、私のパワーを分けてあげるから、私的に使っても良いことにしてそれを報酬代わりと言うことにして頼んでくれない?」
 
と言って千里は梵字を半紙に書いたものを渡す。
 
「これ利用限度が付いてる!」
「そりゃ制限無く持って行かれたらたまらない。緊急時は応相談」
「OKOK」
 
それで《きーちゃん》が誠美のガードを依頼したのが、後に千里分裂時に千里3の手足となってくれた《えっちゃん》(絵姫/Ellie)であった。
 

2014年3月21日(金).
 
高野山★★院で瞬嶽の一周忌法要が行われた。
 
午後からの法要を前に青葉が忙しく準備作業をしていたら、バッタリと作務衣姿の千里と遭遇する。
 
「ちー姉、ここで何してるの?」
と青葉が驚いて訊くと
 
「呼ばれたから来た」
と千里は言った。そしてちょうどそこに瞬醒が通り掛かり
 
「瞬葉ちゃん、瞬里ちゃん、ちょっとお花を移動させるの手伝って」
と言うので、
「はいはい」
と言って、ふたりで花の移動を手伝った。
 
「瞬里って何?」
と青葉が千里に訊くと
 
「2011年に、青葉の家族の葬儀の後、瞬嶽さんを私がここまで送って来たら、瞬嶽さん、私のこと気に入ったみたいで、名前やると言われてもらっちゃったのよね。気まぐれじゃない?」
と千里は言う。
 
「印可ももらってたの?」
「まさか。私、般若心経も分からないよ」
と言う千里に、青葉は腕を組んで考えた。
 

法要の時は、千里は瞬嶽の最高水準の直弟子だけが着ることのできる特別色の法衣と袈裟を身につけていた。“瞬”の字を、瞬嶽から直接頂いている弟子で存命なのは全部で15人しか居ない(14人と思っていたが、千里が直接もらっていることが判明したので、千里を入れて15人である)。この15人だけがこの特別色の法衣を身につけている。
 
もっとも青葉も菊枝も、その15人の中では下っ端なので、祭壇の前に並ぶ7人には加わらず、一般席の最前列に並んで座っていた。ここに座る弟子たちは導師の瞬嶺さんが読んでいるお経に唱和しているが、千里はそこにも座らず壁の所に立って無言で合掌だけしている。
 
お経の切れ目の所でトイレに行くかのようにして席を立ち、千里の傍に寄る。
 
「座らないの?」
と小声で訊くと
「だって私お経なんて分からないから唱和とかもできないもん」
という答えだった。
 
確かにちー姉がお経あげている所なんて見たことないよなあと青葉は思った。
 
「私はだからこの法要では小間使いで」
 
実際見ていると、経本を渡したり、焼香台を並べるのを手伝ったり、雑用をこなしているようである。
 
最高位の弟子の証である法衣を着ているのに!
 

法要が終わった後の、会食では、青葉・千里・菊枝をはじめとする女性の弟子や、若い弟子などが忙しく動き回った。
 
「虚空さん来てたね」
と菊枝がお茶を湯呑みに注ぎながら厳しい顔で千里に言った。
「あの人も明るいですね〜」
と千里は湯呑みをお盆の上に並べながら、笑顔で答えた。
 
それを聞いていた青葉は「こくう」って誰だろう?と思った。
 
「瞬嶽さん本人も焼香しましたね」
と千里が言うと
「ああ、してたね」
と菊枝も言って笑顔になった。
 
「あ、それは私も気付いた」
と青葉も言った。
 
「師匠は葬儀の時も焼香してたよ」
と菊枝。
「自分が死んだことに気付いてないのでは?」
と千里。
「うーん。ちゃんと送った筈だけどなあ」
と菊枝は言った。
 

3月24日(月).
 
この日、龍虎たちのQS小学校では卒業式が行われ、龍虎たち6年生は卒業していくことになる。卒業式で着る服は基本的に自由なのだが、この学校では伝統的に多くの子が4月から進学する中学の制服を着る。
 
公立中学に進学する子が多いが、一部私立に行く子もあり
「この服、可愛い」
などと言われていた。
 
さて、龍虎であるが、他の多くの子と同様に地域の市立中学・QR中学に進学するので、男子制服である学生服を着てきている。
 
「龍ちゃん、だいぶ背が伸びたね」
と一部の女子たちから言われている。
 
「うん。この制服の採寸をした時から4cmくらい伸びてる」
「すごーい」
 
「でもこの学生服、胸の所が大きい気がする」
「既製服ではそもそもボクのサイズのが無いし、採寸して作ってもらったんだよ」
「ああ。そうだよね。そんなに胸があったら既製服は入らないよね」
 
「龍、ちょっとその学ラン脱いでごらんよ」
と彩佳が言う。
「うん」
 
「あれ?」
「もしかして下に着ているのはブラウス?」
「男物のワイシャツは入らなかった」
「だって龍はけっこうおっぱいあるもん」
「それに下にブラジャーしてるんだ!」
「うん、まあ」
「龍ちゃん、セーラー服着れば良かったのに」
「だってボク男の子だし」
「それは戸籍上だけでしょ?実際はほぼ女の子だよね?」
 

そんなことを言っていたら増田先生が入って来て、みんなに座るように言い、今日の卒業式について説明を始める。しかしその途中で、先生は龍虎が学生服を着ていることに気付いてしまった。
 
「田代さん、何の冗談?」
「え、えっと・・・」
 
「服装は自由ではあるけど、女子が男子制服を着ちゃいけないよ。まさかそれで出るつもりじゃないよね?」
と先生。
 
「ボク男子ですけど」
と龍虎は言うが
「田代さん、男の子になりたい女の子だっけ?」
などと言われる。
 
「もし男の子になりたいのなら、中学のほうと交渉する余地はあるけど、今は女の子なんだから、ちゃんと女子の制服を着てもらえないかなあ」
 

教室内はざわめいている。
 
その時、宏恵が言った。
「龍、コスプレタイムは終わりだよ。ちゃんと普通の女子制服に着替えておいでよ」
「女子制服と言っても」
「あ、そうか。さっき私が預かっていたよね。はい、返すね」
と言って宏恵は紙袋を龍虎に手渡した。
 
「へ?」
 
と言って龍虎は反射的に宏恵から紙袋を受け取ってしまった。中には確かに中学の女子制服が入っているようである。すると彩佳もまるで思い出したかのように
 
「あ、そうだ。龍のリボンは私が預かっていたんだった」
と言って、リボンの入っている箱をその紙袋の上に乗せた。
 
「さ、早く着換えておいで」
と言って彩佳と宏恵は龍虎を押し出してしまう。
 
「田代さん、隣の教材準備室で着換えていいから」
と先生。
「分かりました」
 

それで龍虎は首をひねりながらも6年1組の隣にある教材準備室に入り、学生服と学生ズボンを脱ぐ。そして宏恵から渡された紙袋に入っていたスカートとセーラー服を着て、彩佳から渡されたリボンを結ぼうとしたが・・・
 
結び方が分からない!
 
それで取り敢えず学生服上下を紙袋に入れて教室に戻る。
 
「可愛い!」
という声が教室のあちこちから起きた。
 
「龍、リボンは?」
「ごめん。結び方が分からなかった」
「私がやってあげるよ」
 
と言って彩佳が結んでくれた。
 
「田代さんは入学式までにリボンの結び方練習しようね」
と先生が言った。
 
それで卒業式とその後の謝恩会(兼昼食)の説明が続いて行った。
 

いよいよ卒業式に行くのに、先生が先導して全員体育館に向かう。龍虎は宏恵に小声で訊いた。
 
「この制服、誰の?」
「私の。私、姉貴のお下がりをもらったけど2着あるから、多分こういうことになるだろうと思ってもう1着も持って来たんだよ」
「わぁ・・・」
 
「そのリボンはこないだ龍から頼まれたリボンね」
と彩佳。
 
「ありがとう」
 
「結局、龍ちゃん、女子として中学に進学するの?」
と麻耶が訊いた。
 
「男子だよぉ」
と龍虎。
 
「だから龍は今日で女子小学生を卒業して、4月からは男子中学生かな」
と彩佳は言ったが
 
「それ絶対無理。きっと龍ちゃんは女子中学生になるよ」
と佐苗が言った。
 

体育館に入ると、龍虎はみんなと別れてピアノの所に行く。この時、保護者席に来ていた、田代幸恵・長野支香・志水照絵の3人と目が合い、幸恵があれ?という顔をしたが、支香も照絵も笑顔でこちらを見ていた。
 
まあいいや!
 
龍虎のピアノ演奏で全体で『君が代』を歌い、式典は始まった。
 
龍虎もピアノのふたを閉じて立ち上がり、自分の席に戻った。
 
ひとりひとり担任の先生から名前を呼ばれて壇上にあがり、校長から1人1人卒業証書を受け取る。龍虎も増田先生から
 
「田代龍虎さん」
と呼ばれて
「はい」
と返事して、セーラー服姿で壇上にあがり、卒業証書を受け取った。支香が近くまで寄ってきて写真を撮っていた。
 
つまりセーラー服を着た卒業式の写真が残ることになる。
 
ちなみに、どの先生も男子児童は「君」、女子児童は「さん」を付けて呼んでいたようである!
 

全員に卒業証書が渡された後、6年間皆勤した子(2名)、図書館で多くの本を借りて読んだ子(2名:多読賞)、それに県大会で4位入賞したコーラス部、県大会で3位になったミニバスチームの子たちが輝き賞として表彰された。(輝き賞は在校生も表彰対象)
 
コーラス部の表彰には龍虎も
「田代さんもいらっしゃい」
と顧問の先生に言われて一緒に壇にのぼり、校長からひとりずつ輝き賞のメダルを掛けてもらった。ボク、クリスマス会に出ただけなのにいいのかなあ、と思ったが「今年の活動に無くてはならなかった人」と先生からは言われた。クリスマス会直前に転校になってしまった鉄田さんには同じメダルを送ってあげるそうである。
 
その後は校長の式辞、来賓の人たちの祝辞、祝電披露、記念品授与と続き、在校生の送辞、卒業生の答辞を全員参加で交換する。その後、5年生が席を立って鼓笛隊の編成で『ボギー大佐』と『桜の栞』を演奏した。その後、5年生の女子がピアノの所に座り、全体で校歌を歌い、式は終了した。
 

その後、卒業生は退場し、各教室で担任の先生からあらためて卒業証書を渡された。そして解散する。多くの子はこの後の謝恩会にも出るが出ない子もある。多くの子は4月からはQR中学に行くが、何人か私立や、国立大学の付属に行く子もある。このメンツが揃うのはこれが最後になるだろう。増田先生は
 
「ここで解散した後、10分後に伝達したいことがあって『みんな戻って』と連絡してもたぶん都合が悪くて集まれない子もある。人と人の出会いは一期一会なんですよ」
と言っていた。先生が言った“いちごいちえ”ということばの意味は分からなかったものの。何となく別れというものの持つ意味、そして出会いというものの大事さも分かる気がした。
 
ボク自身、志水のお父さん・お母さんとの出会い、田代のお父さん・お母さんとの出会い、そして千里さんや川南さんたちとの出会いもきっと“いちごいちえ”なのだろう。
 

解散後、龍虎は数人の女子から訊かれた。
 
「龍ちゃん、結局中学はどちらの制服で通うの?」
「ごめーん。男子制服で通うつもり」
「ああ、そちらに行くか?」
 
「龍ちゃん、自分は男の子だと言ってたもんね」
「だったら、おちんちん取り付ける手術するの?」
「うーん。手術まではしないかな。おちんちんが自然に大きくなるのを待つ」
「そうか。過去に2度伸びてきたのを短く切ったと言ってたけど、今度は放置するのね?」
 
うーん。伸びてきたから切ったって何の話だ?
 
「だったら龍ちゃんの女の子としての最後の日の記念写真撮ろう」
ということになり、龍虎はセーラー服姿で、クラスメイトたちとたくさん記念写真を撮った。
 

お昼を兼ねた謝恩会では、龍虎の3人の保護者がセーラー服姿の龍虎の隣に座る。龍虎は彩佳および保護者と向かい、桐絵および保護者と隣、宏恵および保護者と斜め向かいである。宏恵は制服を貸したことはうちのお母ちゃんには言わないでと言っていたので龍虎も彩佳たちも何も言わなかった。
 
謝恩会が終わった後、この4人とその保護者で一緒に町に出てあらためてお茶を飲んだ。そして、支香が
 
「記念品」
と言って、お揃いの桜のブローチを4つ配った。
 
「高そうなんですけど」
という声もあるが
 
「支香おばちゃんは割と経済的な余裕があるから、値段は気にしないで」
と龍虎は言った。
 
「じゃ、もらっておこう」
と言って全員受け取り、セーラー服に付ける。そのブローチを付けた状態で4人セーラー服で並んで記念写真も撮った。
 

「そういえば龍ちゃんと、この3人の関係は?」
と質問があるので龍虎が説明しようとしたが、幸恵がそれを遮って言った。
 
「照絵さんは龍虎を産んだ母、支香さんは龍虎の卵子を提供した母、そして私は龍虎の精子を提供した母」
 
「不妊治療の結果ですか?」
と桐絵の母。
「最近はそういうの複雑ね!」
と宏恵の母が言ったが
 
「待って。精子を提供したのなら父では?」
と桐絵の母が気付いたように言う。
 
「あ、私、生まれた時は男だったんですよ」
と幸恵が言うと
 
「うっそー!?」
と声があがっていた。真相を知っている彩佳の母が苦しそうにしていた。
 
しかし彩佳の母が苦しそうにしていたことで、桐絵の母も宏恵の母も、冗談なのだろうと判断したようである。宏恵も桐絵もあとで帰宅してから各々の母に尋ねられて
「幸恵さんが龍の育ての母だよ」
と答え、それで2人とも納得したようであった。
 
「それに龍の本当のお母さん・お父さんはもう亡くなっているんだよ」
と言うと、各々の母は
「そうだったの?色々苦労しているんだね」
と言った。
 
むろん桐絵と宏恵は正確なことは知らないのだが、状況が複雑すぎるようだし、そのあたりに言及するのは龍虎を傷つけるのではと思い、その問題について尋ねたことが無い。ただお互い仲良しであればいいと思っている。
 
ただふたりとも、龍虎が中学に学生服で通ってきた場合、今までのような友情を維持していく自信が、この時点では無かった。
 

一方彩佳は龍虎を春休みの間に《私物化》する計画を立て、龍虎の両親が出ている日を狙って龍虎の家に行き、自主的に裸になり龍虎も裸にして押し倒す!所までは成功したものの、龍虎のおちんちんは刺激しても肌の中に埋没したままだし、射精も起きなかったので、“昼這い計画”は空振りに終わった。
 
でもしっかりキスは奪った。
 
「身長だいぶ伸びたよ。おちんちん育てようよ」
「今月いっぱいまでは女性ホルモン飲む。その後やめておちんちん育てる」
「どうやって育てるの?男性ホルモン飲む?」
「それは嫌だ。頑張ってオナニーしてみる」
 
ふーん。つまり“男になる”つもりは無い訳か。
 
「オナニー出来ないのでは?それ握れないでしょ?」
と彩佳は鋭い指摘をする。
 
「だから女の子式のオナニーするんだよ」
「なるほどー。でも女の子式のオナニーしてたら、益々女の子の気分になったりして」
「うーん。。。」
 
「いっそ性転換手術を受けて女の子になったら?龍、たぶんこの状態からはかなり簡単な手術で女の子になれるよ」
 
少なくともおちんちんを「切る」必要はないはずだと彩佳は思った。だって既に存在しないんだもん!
 
「ボク、女の子にはなりたくないよぉ」
「既に女の子になっていると思うけど」
 

「いっそ貴司、少し男性ホルモンとか摂る?」
と千里は言った。
 
阿倍子は冷凍していた受精卵で23日に3度目の体外受精を試みたのだが、受精卵は着床しなかった。医者は卵子が弱いのと精子が弱いのの両方に原因があると言っているらしい。
 
「男性ホルモンなんて摂ったらドーピングだよ」
「面倒くさいね〜。いっそ女性ホルモン摂る?」
「そしたら、ますます精子が弱くなる」
「貴司の卵子を使えばいいのに」
「え〜〜?」
「私が代わりに精子出してあげるから」
「無茶な」
 

「冷凍受精卵が無くなったから、次回はあらたに卵子を採取しなければならない。それでうちのお父ちゃんの精子、阿倍子のお母さんの卵子も試してみる」
と貴司は言ったが
 
「それはまた確率が低すぎる方法だと思うけど」
と千里は言った。
 

2014年3月29日(土).
 
スペインLFBの第22ラウンド(最終ラウンド)の試合が終わり、千里たちのレオパルダ・デ・グラナダはリーグ戦6位で、セミファイナル進出を逃した。また9位以上なので2部との入れ替え戦に出る必要も無い。
 
ということでレオパルダのシーズンはこれで終了した。
 
なお、LFBという場合、フランスの女子リーグとスペインの女子リーグは略称では同名になる。
 
Espania LFB = Liga Feminina de Baloncesto
France_ LFB = Ligue feminine de basketball
 
スペインの男子リーグはACBだが現在スポンサー企業の名前を冠して2011年以降は Liga Endesa という名前になっている。Endesaはスペインの大手電力会社である。ACBの下にはLEB ORO(金リーグ), LEB Plata(銀リーグ), EBA という下位リーグがある。以前は銀の下にLEB Bronce(銅リーグ)というのもあった。このスペインのシステムは、日本のBリーグを作る時にお手本にされたとも言われる。
 
ACB = Asociacion de Clubes de Baloncesto
LEB = Liga Espanyola de Baloncesto (バスケットボール・スペインリーグ)
EBA = Liga Espanyola de Baloncesto Aficionado (アマチュア・バスケットボール・スペインリーグ)
 

3月31日(月).
 
青葉は
「頼みがあるから、巫女服を持って東京に出てきて」
と言われた。
 
わざわざ巫女服と指定したということは、何か霊的な相談なのかと思い、緊張して出て行ったのだが、冬子は自分のカローラフィールダーに政子と青葉を乗せると、千葉市内の、例の玉依姫神社に行った。
 
青葉が驚いていると、
 
「10月に青葉が私をヒーリングしてくれた時に書いた『女神の丘』のPVを作りたいんだよ。うまい具合にここの丘の上に女神様を祭っている神社があると聞いてさ、管理している神社から所有者に問い合わせてもらったら撮影はOKということだったから」
と冬子は説明した。
 
「えっと。ここは私が建立した神社なのですが」
 
「えーーー!?」
 
すると氷川さんが言った。
 
「所有者がおられるなら、ちょうどいいですね。ご本人にここで舞でも舞ってもらって、その前でマリさん・ケイさんが歌えば最高の演出です」
 
それで結局青葉が神社の前で扇を持って巫女姿で舞を舞う中、ケイとマリが振袖姿で歌う、という演出で、楽曲のPVを撮影したのであった。
 
なお、この曲のテレビで流したCFの方は、長崎県の烏帽子岳という所で小高い丘の上に自転車を置き、長崎ローカルの俳優さん男女が楽しく語り合うという、葉祥明っぽいインスタレーションのビデオになっていた。
 

4月1日(火).
 
ローズ+リリーのケイが「ローズクォーツ卒業問題」について記者会見をした。最初に多数の音楽関係者のコメントをビデオで流す。
 
上島雷太、雨宮三森、サウザンズの樟南、スカイヤーズのYamYam、スイート・ヴァニラズのElise、若山鶴音、AYAのゆみ、XANFUSの光帆、KARIONのいづみ、渡部賢一。これらの人が皆「ケイちゃん、ローズクォーツとローズ+リリーの兼任は限界だからローズクォーツからは脱退した方がいい」と発言した。
 
それらのメッセージが全部流れた後、ケイは笑顔で言った。
 
「お集まり頂きありがとうございます。それで本日の記者会見の内容ですが、これをわざわざ4月1日という日付で開いたというので、趣旨をご理解頂きたいのですが」
とケイが言うと、爆笑が起きた。
 
この段階でほとんどの記者が、今流れたビデオがエイプリルフールだったのだろうと思ったのである。この背景には1年前の4月1日に、ももいろクローバーZの高城れにが、さんざん他のメンバーから「居なくなっちゃうのね。悲しい」というコメントを言わせ、多くのファンに「え〜?れにちゃん卒業しちゃうの?」と思わせた所で
 
「うそだよーん」
とやったのを思い起こさせた。
 
ここまでの進行は昨年のももクロのビデオと全く同じである。
 
「やはりケイさん、卒業しないんですね?」
と質問があった。
 
「私もマリも大学は卒業しましたが、私はローズクォーツからは離れません」
とケイ。
 
「ケイは多分あと5年はローズクォーツのボーカルを続けると思います」
と★★レコードの町添さんまで発言した。
 
その上でケイは、自分はローズクォーツを辞めないが、多忙でなかなか思うように活動できず、他のメンバーに迷惑を掛けているので、旧友でもあるオズマ・ドリームの2人に、代理ボーカルをしてもらうことになった、と言って、彼女たちを紹介した。
 
またローズクォーツのツアーが行われることも発表されたが
 
「全国ツアーのボーカルはどなたが務められるのでしょう?」
という質問に対して
「オズマ・ドリームのおふたりにお願いしました」
とケイは答えた。
 
「ケイさんは出られないのですね?」
「私は同時期にローズ+リリーのツアーもやるので両方は無理です」
 
「同時期にKARIONのツアーもあると思うのですが、そちらには出られますか?」
という質問には
「KARIONは別に関係無いと思いますが」
とケイはにこやかに答えた。
 

この日の記者会見についてネットの意見。
 
「凄く分かりにくい記者会見だったけど、要するにケイはローズクォーツを辞めるんだよな?」
「うん。そういうことだと思う。録画して再度見てみたけど、最初に『この会見を4月1日という日付で開いたというので趣旨をご理解頂きたい』と発言している。つまり今から自分が言うことは、嘘だよ、という意味」
 
「ローズクォーツを辞めません、というのが嘘な訳だ?」
 
「それで代わりにオズマドリームがローズクォーツのボーカルになる訳だろ?」
「そういうこと。ツアーにケイは出ないと言っているのだから、これは辞任したという意味に他ならない。辞めないのならケイが歌えるように、ツアーの日程をずらすだろ?」
 
そういう訳でネット民たちは正しい結論に到達したし、翌日これを取り上げたテレビのワイドショーなども、かなり悩んだ上でネットの議論なども参考にし、やはり同様の結論に到達したようである。スポーツ新聞などは社によって意見が別れたが、いったん「ケイはローズクォーツを継続」と報じた新聞も翌日には訂正記事を出した。
 
そういう訳で、2014年4月1日をもって、ケイはローズクォーツを卒業したのである。
 
しかし中にはケイの「ローズクォーツは辞めません」ということばを額面通りに取ってしまった“にぶい”人たちも少数いた。
 
その中に、ローズクォーツの事務所社長である須藤美智子や、ローズクォーツのリーダーであるマキなどがいた!
 
(この記者会見は、1月に○○プロからUTPに送り込まれてきた大宮伸幸副社長がローズクォーツの実質的リーダーであるタカと組んで仕掛けたものである)
 

4月1日(火).
 
龍虎はつい習慣で机の引き出しを開け、女性ホルモン剤を入れている“辞書の箱”を取り出そうとしたが、その手を止めた。
 
「女性ホルモン剤はもう卒業。今日からボクは男の子」
と自分に言い聞かせるように言った。
 
それでため息をついてベッドに寝転がったが、
「女の子っぽい服を着たりするのも卒業しないといけないのかなあ」
 
などと独り言を言った後、さっと起き上がるとタンスを開けて可愛いスカートを取り出した。
 
「たまにはこういうの穿いてもいいよね?」
などと言って着換える。
 
それでしばらくフルートを吹いていたら、突然部屋のドアが開く。
 
ギクッとして「お母ちゃん?」と言ってそちらを見ると、彩佳・桐絵・宏恵・佐苗・麻耶である。
 
「きゃっ」
と言って座り込んで手をスカートの所に隠すように置いたが
 
「おお、可愛いスカート穿いてる!」
と言われる。
 
「龍、小学校卒業記念に一緒に伊香保温泉に行こう。サービス券もらったんだよ。往復の電車のクーポン付き」
と彩佳が言う。
 
「温泉って・・・」
「もちろん、龍は女湯に入るよね?」
「え〜〜〜?」
「ちんちん無いし、おっぱいあるんだから、男湯に入れる訳ないもんね」
「ど、どうしよう?」
「迷う選択肢は無いはずだが」
と桐絵は言った。
 
 
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【娘たちの卒業】(2)