【娘たちの継承】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-02-20
8月26日、大船渡。
青葉は沖合で行われている引き上げ作業を、朋子および千里が派遣してくれた弁護士さんと一緒に見守っていた。青葉が千里に連絡したら、色々面倒な手続きが必要だと思うからと言って、今回色々青葉の件の処理をしてくれている弁護士さんを東京から行かせてくれたのである。確かに中学生の青葉では何をするのにも“保護者”の承認が必要である。そして平田さんの件は、おとなであっても色々面倒な問題が関わっている。
青葉はこの作業が始まる前に、費用を全部持つという誓約書に朋子と一緒に署名している(最終的には車の保険でかなりカバーされた)。しかし戸籍上は何の関わりもない平田さんに関する様々な処理についてうるさいことを言うと、必要な公示をしたり裁判所に許可を求めたりなど、かなり面倒な手続きが必要なのだが、震災という特殊な状況であることと、青葉が地元の警察の人たちにも“顔見知り”であることから、意外に簡単に済んでしまった。
青葉は「女の子にしか見えないけど戸籍上は男の子」であること、「物凄い霊能者で失せ物なども見つけてくれる」「幽霊を退治してくれた」「病院では治らない病気が治った」、「長年の腰痛が治った」などというので、地元ではかなり有名であった。実際青葉は何度か警察に協力したこともあったし、今回の震災では多数の行方不明者を発見している。
今回もそれで、万一平田さんの親族などからクレームがあった場合、青葉が全面的にその責任を負うという念書にサインしただけである。
引き上げられた車が海岸まで運ばれてくる。
助手席のドアが少し開いていて、恐らく礼子の遺体はここから外に飛び出したのであろう。
運転席のシートベルトが切断されて遺体が取り出される。この時青葉は朋子に「目を瞑っておくか後ろを向いてた方がいいよ」と言い、朋子も「そうする!」と言って、後ろを向いていた。
遺体は検屍のためいったん病院に運ばれることになる。車は自動車工場に運ばれた上で廃車の手続きをすることになる。
警察が車内を点検していた。車内に積んであった荷物が取り出され、念のためその写真が取られている。
「あっ」
と青葉は声を挙げた。
「どうした?」
「その龍笛!」
警察官が「この笛ですか?」と尋ねた。
「そうです。それ、私の曾祖母の形見の品なんです。てっきり津波で失われたと思っていたのですが」
「ダッシュボードの中に入ってましたよ」
と言って写真を撮った上で、青葉に渡してくれる。
「それ、きっとお母さんが大事なものだからと思って持ち出してくれたんじゃない?」
と朋子が言った。
「うん」
と言って青葉はその龍笛を抱きしめた。そしてその瞬間、これまで強い反感を持っていた母を許す気持ちになることができた。
8月26日大村。この日は休養日であったので、地元の自治体は激励会の準備をしていたようだが、大会期間中なのでと言ってお断りした。そして、日本代表チームは“有志のみ”ということにして報道陣をシャットアウトして、練習場所の体育館でひたすら練習をしていた。
「休養日って休むんじゃないのか!?」
とベテラン勢の選手たちから驚きの声があがっていた。
「うん。だから練習するのは有志だけ」
と城島監督。
「休む人は、市役所に行って来て。市長さんがお昼をおごってくれるらしいよ」
「じゃ、羽良口ちゃん行っといでよ」
と三木キャプテンが言うので、副キャプテンでもある羽良口が選手を代表して、松本代表と2人で市役所に行った。
それ以外のメンバーは全員この自主練習に参加した。羽良口も2時すぎには戻って来た。
濃厚な練習が続く。緩慢なプレイ、よく考えていないプレイには厳しい声が飛ぶ。18時に、ポイントガードの2人は明日に響くからあがるようにという指示があったが、羽良口は「私はお昼の時間抜けていたから」と言って最後まで練習に参加した。武藤と、もう1人、かなり辛そうにしていた黒江があがることになる。黒江は昨年の骨折に伴う入院があったので、やはり体力が完全には戻って来ていないようである。先日も3ピリオド出したら最後の方で足が停まっていた。
「三木さんもあがる?」
「いや。私は若い人の倍練習しないと追いつけない」
と言ってエレンは若い選手たちに混じって、たくさん1on1や3on3の練習を続けていた。
その日の夜、練習終了後。
城島チームではこれまで試合前に相手戦力の分析をするような会議を開いていなかったのだが、千里と玲央美は最初亜津子に相談し、亜津子も賛同したので、亜津子がチームメイトの武藤さんに相談し、武藤さんが飯田アシスタントコーチに相談した。
飯田コーチは驚いたものの、それはいいことだと言った。
「へー、U21ではいつもそういうのやってたのか!」
「各選手の癖とかもそれで全員でしっかり情報共有していたんですよ」
「U21の躍進の鍵はそれか!」
と飯田コーチは感心していた。
「でもそういうの明日の朝じゃなくて今夜やった方がよくない?」
「一部、一晩寝ると全部忘れてしまう子がいるので」
「なるほどー!」
それで飯田コーチが城島ヘッドコーチに上げて、城島ヘッドコーチも賛同したので、27日準決勝の当日朝、朝食が終わった後、ホテルの会議室を借りて分析会議を開いたのである。
「これまで使っていなかった10.白(パイ)と13.黒(ヘイ)ですが、怪しいと思いませんか?」
と玲央美は言った。
「うちも結果的にそうなったけど、中国もアジア選手権とユニバーシアードで戦力を分けたみたいだよね。だから25歳以上が主体な中でこの2人はまだ24歳だし、それに身長が低いじゃん。それでボーダーラインの選手なので韓国戦や日本戦には使わなかったのかと思った」
と月野英美が発言する。
実際、スモールフォワードの他のふたりが182cm, 185cm なのに対して白さんは178cm, パワーフォワードの他のふたりが194cm, 192cm なのに対して黒さんは188cmと、他の選手より背が低いのである。
「言われて気がついた。それって隠し球の可能性があるよね?」
と三木エレンが言う。
そこで飯田コーチが発言する。
「実は、僕の知人がこの2人のプレイを中国国内での試合のビデオから見つけ出してくれてね。その幾つかをこちらに送って来てくれたので、ちょっと見て欲しい」
そのビデオは実際には玲央美が高田コーチからもらったものであるが、このチームでは下っ端の玲央美が出すと、上の年齢の選手が面白くないだろうという判断で飯田コーチに出してもらったのである。
そしてビデオを見た一同はシーンとなる。
「なんでこんな選手をここまで使ってなかった訳!?」
「使わなくても他の選手で充分な成績をあげられると考えたからだと思う」
「うーん。。。」
「でもこのビデオは工作されている可能性もある」
と飯田コーチは言う。
「工作?」
「以前の大会(実はU20アジア選手権)であったんだけど、まだ未熟な頃のビデオをわざとyouku(中国の動画投稿サイト)にたくさん上げて実力を誤認させようとしていたんだよ」
「こちらが情報収集するであろうことを見越してわざとそうする訳か」
「マジで情報戦だね」
「ということは、これよりもっと進化している可能性があると?」
「むしろそうだと思う」
と飯田コーチは言った。
「そのあたり、情報戦は向こうはしっかりやっていると思うよ」
と松本代表が腕を組んで言う。
「この選手を中国はいつ使ってくると思う?」
と城島さんが他のコーチに投げかけるように訊く。
「私なら第1ピリオドに使いますね。日本が大したことないと思っていたら第4ピリオドですが、第4ピリオドに出した場合、もう追いつけない可能性もあります。中国は決して日本をあなどっていません」
と飯田コーチは言った。
「だったら、この2人は広川君と黒江君に任せる。何とかしてくれ」
と城島さん。
「分かりました。コーチ、そのビデオ貸してください」
「じゃこの後、僕のパソコンごと貸すよ」
それ以外の10人については一昨日の予選リーグでも当たっているのでだいたいの感覚は分かる。それで各々が試合中に感じたことについて意見を出し合った。ベンチで見ていて気付いたことなども積極的に各自に言わせた。
ただ、向こうは本気では無かった可能性はあるというのを三木キャプテンは指摘した。
「中国の目的は優勝、ただそれだけなんですよ。だから予選リーグは4位以上であれば全然問題無いんです」
「その辺りの割り切りがやはりしっかりしてるよね」
「参加することだけに意義があると思っている国は別として、それは当然のことなんですけどね〜」
「そういう訳で、中国が使っていなかった2人は別として、やはり警戒すべきなのが、201cmのセンター潘(パン)とパワーフォワードの侯(ホウ)、シューティングガードの殷(イン)ということで」
「殷はペネトレイト(ゴール近くへの進入)もうまいし、スリーも成功率が高い。離れて守ればスリーを撃つし、近接ガードしようとすると、高確率で抜かれて中に進入される。物凄くやっかいなプレイヤーだよ」
「うちのレオちゃんと似たタイプだよね」
と広川さんが言う。
「そうそう。この選手は自分が行けないと思うと絶妙なパスを出す。この人、たぶん敵味方の居る位置を常に完全に把握しているんだと思う。だから得点も多いけどアシストも多い」
8月27日17:30.
シーハット大村のコート上に、中国と日本の選手団が整列した。わずか2日前にも対戦した同士だが、前回とはまるで違うラインナップである。
CHN 殷/于/侯/向/潘
JPN 羽良口英子/花園亜津子/広川妙子/黒江咲子/馬田恵子
向こうは白と黒を少なくともスターターには使わなかった。ベンチで会話がある。
「後から使ってくるつもりですかね?」
と山倉コーチ。
「それなんですけどね」
と三木エレンが言う。
「今朝の会議の場ではタエちゃんとマーちゃんに悪いから言わなかったんだけど、その2人は決勝戦用の隠し球の可能性があります」
「うっ・・」
と飯田ACが声を漏らす。
「中国にとって、日本は弱小なんですよ。韓国の方がよほど怖い」
とエレンは言う。
「確かにその可能性はあるな」
と城島監督。
「でもそれなら、日本にとってはチャンスですね」
と武藤さん。
「うん。だからその油断を突いて何とか勝とうよ」
とエレンは言った。
190cmの恵子と201cmの潘でティップオフをする。身長で11cm、手を伸ばした長さでは約14cm違うが、それ以上に潘のジャンプ力が凄かった。千里がベンチで見ていた感じでは25-26cmの差があった。潘の圧勝で中国が先に攻めて来る。日本は“急いで戻った”。
「あ、いけない」
と横山さんが声を出す。
日本が中国の各選手から離れてしまっているのを見た中国は殷にパス。殷が速い弾道でスリーを決めた。
3-0.
中国が先制する。
誰が誰に付くかが混乱した感じもあったので英子がコート上で指示を出す。この声掛けで、日本側も先制されたことはいったん忘れて、攻撃に集中しようとする。英子が妙子にパスを出すが、向こうの侯が激しい近接ガードをする。それで妙子はいったん英子に戻そうとした。
「あ、ダメ!」
とベンチで声があがる。
そのパスを予め予想していたかのように走り出していた向がカット。そのまま走って行く。向は走るスピードが速い。ドリブルしているのに日本側の選手が誰も追いつけない。
そのままシュートに行くかと思ったのだが、ゴール近くでピタリと停まる。そこに何とか妙子と英子が追いつく。ところが向は、ゴールの方を向いたまま、後を全く見ずに、追いかけてきていた殷にパス。英子と妙子は虚を突かれた。結局殷はフリーである。素早くスリーを撃つ。
6-0.
中国の連続得点である。
そのまま11-0まで行った所で日本はタイムを取った。
「浮き足立ってる。落ち着け。まだ序盤だぞ」
と監督が言う。
「済みません。ちょっと頭の中が混乱していました」
「背の高さにこれだけ差があって優秀なシューターも居る相手にはマンツーマンで守る以外の手が無い。相手の攻撃が始まったら速やかに自分のマークマンに付くこと。そしてパス筋を塞ぐこと、中へ簡単に進入されないようにすること。そのあたりの基本を忘れてはいけない」
「済みません」
「メンバー変えるぞ。広川と花園をいったん下げる。横山、三木、行け」
「はい」
先日の韓国戦で猛攻をくらった時に変えずに敗戦につながったので今日は監督は選手の意見は聞かないまま即、交代を命令した。
それで交代して出て行くと、さすがに完全なワンサイドにはならない。スペインリーグで背の高い選手とたくさん戦っている横山温美、そして幾千もの修羅場をくぐってきている三木エレンは、簡単には身体能力の高い中国選手を通さない。そしてメンバーチェンジがあったことで、変えられなかった3人も落ち着きを取り戻す。
しかし中国は攻撃の手を緩めない。
日本側に少しでも隙があると進入してくるし、シュートが失敗しても身長201cm(手を伸ばすと約250cm)の潘が全部リバウンドを取ってしまう。
結局このピリオドは35-8という大量得点差で中国がリードした。
第2ピリオド、日本は若手主体で出て行った。
亜津子/千里/玲央美/王子/恵子
千里・玲央美・王子はU21で世界と戦ってきている。アンダーエイジではあっても、アメリカやロシアは物凄く強かった。千里はこの試合で中国の大柄な選手と戦っていて、あれほどでは無いと思った。
確かに背丈では中国選手は大きいが、スピードや瞬発力、それに読み合いなどでは千里は充分相手に勝てる。玲央美も同様である。王子の場合は、中国選手をパワーで圧倒していた。
それでこのピリオドは、17-23で日本のリードであった。
「恵子さん、向こうの選手から何か言われてた?」
「ああ、裏切り者って言われた」
と恵子はこともなげに言う。恵子は中国からの帰化選手である。
「酷い」
「私は気にしてないから平気平気。単に相手の心を撹乱させるだけの戦法だよ。別に悪気があって言っている訳では無いから、こちらも気にしない」
「恵子さん、おとな〜!」
「きみちゃんも何か言われてたね」
「性転換手術の傷はもう痛まないのか?と日本語で言われました」
「えーっと」
「ああ、もう平気平気。ちんちんが無いと凄く調子いいよと言っておきました」
「それ相手は本気にしたかも」
第3ピリオドは恵子に代えて咲子を使う以外は同じオーダーで行く。こちらも必死で得点を取っていくのだが、向こうも充分強いので大きなリードを奪うことはできない。このピリオドでは21-29となった。
ここまでの合計は73-60で、得点差は13点ある。
第4ピリオド、再びセンターには恵子を使う。また王子が4ファウルになっているので、このピリオドの前半は横山温美を使った。
中国は第2・第3ピリオドを休んでいた殷を投入する。
「どちらがやる?」
「じゃんけん」
「勝ったぁ!」
「くっそー」
ということで、殷の相手は亜津子がすることになった。
「あんたら、何やってる?」
と温美が呆れていた。
ところが亜津子は殷を止めきれない。うまく抜かれてしまうし、一瞬の隙からスリーを撃たれてしまう。
「ダメだ。相性が悪いみたい。千里代わって」
「OKOK」
それで殷の相手は千里がすることになる。千里は対戦していて、ああこの人は動きが亜津子に似ている、と思った。同じタイプなので読み合いになるが、向こうの方が経験が豊富なのだろう。
しかしこのタイプは千里は大丈夫である。どんどん彼女からスティールするのでとうとう途中で殷は代えられてしまった。
途中からは温美に代えて王子を投入する。日本は必死に追撃する。そしてついに残り1分で93-90と、3点差まで詰め寄る。
「よし。あとスリー1本で追いつく」
「頑張るぞ」
と言っていた時、中国はシューティングガードの聞(ウィン)を投入してきた。聞は予選で当たった時には出ていたが、この試合では初めての登場である。
聞はしかし予選に出てきた時とはまるで別人だった。
186cmの長身ではあるものの、物凄く軽やかなステップで日本選手たちを抜いていく。体格がいいので、亜津子や千里は跳ね飛ばされてしまう。何とかなったのは玲央美と王子だけである。その王子が聞のシュートを止めようとしてファウルを取られてしまう。
5ファウルで退場である。王子は久々の退場だが、やはり最大の敵とみなされ最初から仕掛けられていた感もあった。代わって温美を入れる。
結局ここから聞は3連続ゴールで9点(スリー2つと王子のファウルに伴う2点ゴール+ワンスロー)を入れ、日本を引き離してしまった。
最後ボールを持っていた亜津子がセンターライン付近から思いっきりゴール目掛けて投げたら、これが入ってしまった!
日本側応援席が沸くが、それでも中国には及ばない。
「102 to 93, China won}
と主審が告げる。
こうして日本は準決勝で中国に敗れ、この大会でオリンピックの切符をつかむことはできなかったのである。
「聞さんともっとやりたーい」
と千里が挨拶の時に中国語で言うと、彼女は思わず微笑んで
「また今度ね」
と日本語で答えた。
なお、この試合でのスリーは亜津子が最後に決めた超ロング・スリーを入れて亜津子が8本、千里は6本で、ここまでの合計は亜津子39本・千里36本である。
この日の試合が終わったのが19:00であった。千里は玲央美にだけ
「ちょっと席を外すね」
と言って、《すーちゃん》と入れ替わった。
「すーちゃん、お疲れさん」
と玲央美が言う。
「レオちゃん、お疲れ。残念だったね」
と《すーちゃん》は言った。
19時すぎ、平田さんの通夜が始まる。26日に引き上げられた遺体は検屍の上、27日(土曜・仏滅)のお昼前に青葉に引き渡された。それでこの日の通夜となった。
ここに来ていたのは、青葉、朋子、佐竹慶子、桃香の4人である。今回彪志は模試と重なったので来られなかった。
しかし読経が始まって少しした時、
「遅くなってごめん」
と言って、喪服を着た千里が入って来た。
「ちー姉、来れたんだ!?」
「バスケの試合に出ていたんだよ。試合が終わってから飛んできた」
「わあ、お疲れ様!」
当然青葉や桃香はきっと東京付近で夕方近くまで試合をやっていて、その後こちらに急行したのだろうと思っただろうが、実際には大村でつい10分ほど前まで試合をやっていたのを本当に飛んできた(正確には瞬間転送)のであった!
千里は実際にはここの葬儀場の駐車場に駐めていたインプレッサの中に転送してもらい、車内でバスケのユニフォームを脱ぎ、下着も交換した上で、汗の臭い消しにコロンをスプレーし、喪服を着て急いでメイクもして出てきた。ここまでやるのにはさすがの千里も10分ほど掛かったのである。
この日も££寺の住職、川上法嶺の読経で通夜が進んだ。ひととおりの読経が終わった後、青葉、朋子、桃香、千里、慶子の順に焼香した。
通夜の後、頼んでいた仕出しを会館の和室で頂く。この日は御住職は遠慮したので、仕出しをお持ち帰り用のパックに詰めて渡した。
「ちー姉が行けるかどうか分からないけど、行けたら行くと言っていたから、ちゃんと6人分で手配していて良かった」
と青葉が言う。
「まあ少し遅刻したね」
と千里。
「でもこの平田さんというのは、青葉の伯父さんか何か?」
と桃香が訊いた。
「お母さんの彼氏なんです」
「不倫!?」
「厳密に言ったらそうなるかも知れないけど、平田さんが居なかったら、私も姉も母も、とっくに餓死するか、心中でもしていたと思う」
「・・・・」
「父が全然家に戻ってこないでしょう? それで平田さんが心配して、色々と支援してくれていたみたいなのよね。だから、私や未雨姉ちゃんは、お母さんと一緒に平田さんちで、よく御飯を食べてたよ。平田さんは高校生の頃、お母さんのこと好きだったんだって」
「へー!」
「何かロマンティックだね」
「この平田さんには親戚とかは?」
「妹さんがいたらしいけど、若くして亡くなったらしい。両親も早く亡くなったから、天涯孤独だと言ってた」
「伯父さんとか伯母さんとかは?」
「ひょっとしたら居るかも知れないけど、その手の付き合いはしていなかったみたい。連絡を取る必要が出るかも知れないと思って、実は弁護士さんにも少し調べてもらったんだけど、戸籍の上でたどれる範囲には、生きている人は見つからなかった」
「でもこの震災では、こういう全く親戚の居ない人で亡くなった人って、結構いるのでは?」
と桃香が言う。
「そういう人は遺体の引き取り手もないままになるのかね」
と朋子が言った。
「そもそも身元も不明のままになるかも知れないね」
と千里も言った。
「平田さんはどういうお仕事してたの?」
と桃香が訊く。
「農業やりながら左官をしていたんです。ですから生き残っていたら、今は大忙しでしたね」
と青葉は疲れたような表情で言った。
「左官の親方をしていた人も今回の震災で亡くなったのですが、兄弟弟子の人たちが明日の葬儀には来て下さるそうです」
と慶子が言った。
翌8月28日の午前中に葬儀が行われた。
礼子の時は遺体の損傷が酷かったので先に火葬したのだが、平田さんは震災から半年近く経っていたのに、車内にあったせいか比較的傷みが少なく、通常通り、葬儀の後火葬ということにした。
葬儀には左官仲間だった人たち3人が来てくれた。
「平田の親戚の話は全然聞いてないんだよ」
とその人たちも言っていた。
「あまり個人的なこと話す奴じゃなかったから」
「礼子さんは奥さんかと思ってた」
「不倫だったのか」
「実際には夫婦関係は破綻していたみたいだし、大きな問題はないと思いますよ」
と青葉が言うと
「娘さんがそう言うのなら、いいんだろうな」
と彼らは言っていた。
川上法嶺が導師、息子の法満が脇導師を務めて葬儀の読経が行われる。そして参列した青葉たち5人と平田さんの左官仲間3人で焼香した。葬儀が終わった後は、左官仲間の人たちは帰るのでお弁当とお茶を渡す。その後、初七日の法要も行し、それから精進落としをした。
「これも4回目か・・・」
と法嶺が言った。
「これで最後ですけどね」
と慶子。
「平田さんのお墓を作りたいんですが、££寺で引き受けてもらえます?」
と青葉は住職に訊く。
「ああ、問題無いよ。場所は何とかなるはず」
「でしたら、そのお墓ができるまで遺骨はお寺で預かってもらえませんか?」
「うん、それもOK。墓が出来てから、青葉ちゃんがこちらに来た時に納骨をしよう」
「お願いします」
「平田さんの遺品とかは無かったの?」
と桃香が訊く。
「車の中にあったデュポンのライターは棺の中に入れて一緒に送りました」
と青葉。
「ペリカンの万年筆があったね」
と朋子が言う。
「あれ、メンテした上で私、使わせてもらおうかなと思ってる」
「それはいいかもね」
「メンテと言ったら、あの龍笛もメンテしないといけないんでしょ?」
と朋子。
「龍笛?」
と桃香が訊く。
「うん、それなんだよ。津波で失われたと思っていた、ひいばあちゃんの形見の龍笛が車の中から見つかったんだよ」
「それは凄い」
「でも半年海の中にあったからか、ちょっと吹いてみたけど、そのままでは全然まともに鳴らないみたい」
「青葉。メンテできる所に心当たりある?」
と千里が訊く。
「うん。それ誰か詳しそうな人に尋ねなきゃと思ってた」
「私、心当たりあるよ。私に預けてもらえない?」
「じゃお願いしようかな」
と言って、青葉はバッグの中からジップロックに入れた龍笛を取り出した。
「この状態で乾燥させたらやばいかなと思って海水を入れて海中にあったのと似た状態のままにしている」
「それは賢明だと思う。じゃ、預かるね」
それで千里はその龍笛を自分のバッグに入れた。
28日は精進落としが昼食代わりになったので、その後、遺骨をお寺に預かってもらった上で解散する。
青葉は大船渡近辺で霊的な相談事にいくつか応じた上で、夕方の便で帰るということであった。
「青葉、彪志君とこに寄る?」
「ううん。彼は昨日・今日と模試だから」
「じゃ私たちがお土産だけでも置いていこうか?。長崎に行ってたからカステラを買っておいたんだよ」
と言って、千里は黄色い包装紙に包まれた箱をインプレッサの荷室から出してみせた。
「あら、これ福砂屋じゃん」
と朋子。
「そこが1番美味しいよね」
と桃香。
「うん。観光バスは異人堂に連れていくことが多くて、そこも悪くはないんだけど、地元の人は、だいたい福砂屋派、文明堂派、松翁軒派に別れるらしい。でも福岡出身の友人(橋田桂華)は福砂屋がいちばん好きだと言ってたから、それを買ってきた」
と千里は言う。
それで千里たちは青葉を置いて、3人だけでインプレッサに乗り込み、一ノ関方面に走った。大船渡を出たのが13:50頃であった。
3人は彪志の家に寄り、彪志は不在だったが、彪志の母・文月に挨拶し、お土産を置いていった。その後、朋子を一ノ関駅に置き、桃香と“千里”は東北道に乗って千葉に帰還した。
朋子はこの連絡で帰った。
一ノ関17:53-19:58大宮18:38-19:29越後湯沢19:39-22:01高岡
青葉は最終連絡で帰った。
大船渡19:00(慶子の車)20:30一ノ関20:58-21:41仙台/仙台駅東口21:50-6:50高岡駅前
桃香と“千里”はのんびりと休憩しながらインプレッサで東北道を南下し、翌朝までに千葉に戻った。むろん運転は全て千里がして、桃香には絶対に運転席に座らせない。もっともこのインプはMT車なので、桃香はそもそもMT車の運転は自信が無いと言っていた。
そして休憩中の千里を桃香が襲おうとすると、しっかり撃退される。
「またおちんちん切り落とされた!」
「悪いことするおちんちんは切り落とす」
「これ高いのに〜。最近千里はほんとに容赦が無い」
と言って平手打ちをくらった頬を抑えている。
「これ跡が2〜3日残るかも」
「レイプ魔はしっかりお仕置きしなくては」
と“千里”は言っている。
「でも今日はお股の蹴り上げではなかったのね」
「何となくね」
「そういえば、千里が去勢する前夜にセックスしたじゃん」
「うん」
「あの後、私生理が来てないんだけど、どう思う?」
「うっそー!? 桃香妊娠してたらどうするのよ?」
「うーん。。。妊娠という事態は考えてもいなかったからそうなった時に考える」
それで8月29日、桃香は千里に付き添ってもらって、産婦人科に行ってみた。
尿や血液を採って、色々検査される。更に処女ではないことを確認の上、膣内に機械を入れて、子宮内の様子を超音波で検査した。
「流産してますね」
と医者は言った。
「マジですか!?」
「妊娠した可能性は意識しておられました?」
「はい、実は7月19日にボーイフレンドと付けずにやっちゃったんです」
「これは多分月末か今月初めくらいに流産したんだと思います。重い生理のようなものがありませんでした?」
「いいえ。実はそのセックスした後、ずっと生理が来てなかったので、まさかと思って病院に来てみたのですが」
「生理が無かったのなら、そのまま吸収されちゃったのかも知れないですね」
と医者は言った。
「だったら受精卵が何かで死んでしまって、そのまま子宮膜に吸収されてしまったんでしょうか?」
と千里が訊く。
「恐らくそのような状況だと思います。子宮内には何もありませんが、ごく最近着床した跡はあるんですよ」
と言って、医者は撮影した写真を見せたが、正直よく分からなかった。
「この子、RH(-)B型なんですが、抗体ができていたりすることはないでしょうか?」
と千里が尋ねた。
「7月19日の前にはいつ生理がありましたか?」
「7月5日頃です」
「それは普通の量でした?」
「はい、普通の量でした」
「だったら、妊娠成立後半月ですから、まだ心臓とか血管とかも形成されていないと思います。血管系が形成されるのはだいたい着床して3週目くらい、つまり妊娠5週目くらいなんですよ。念のため抗体検査をしましょうか?」
「はい、お願いします」
それで検査してもらったものの、抗体はできていないようだということであった。ただ次の妊娠の時はこまめに抗体検査をした方がいいと言われた。また生理は流産後、2ヶ月程度以内には再開することが多いが、もし10月になっても生理が来なかったら、一度来院してくださいと言われた。
8月28日大村。
この日は14時からの試合だったので、午前中の練習はウォーミングアップ程度の軽いものとなった。
試合前に千里が《すーちゃん》と入れ替わって控室に入っていくと
「来ないかと思った」
と玲央美が腕を組んで言っている。
「試合にはさすがに出る」
と千里は言った。
「でもあの子も結構うまいね。あれでもし女子中生ならP高校にスカウトしたいくらいのレベル」
「へー!そんなにうまいのか。だったら、また代理してもらおう」
この日の台湾戦では、監督は1,3ピリオドを若手主体、2,4ピリオドをベテラン主体で運用した。結果は56-83の圧勝である。これで日本は3位となり、来年のオリンピック最終予選に行くことになった。
日本の最後のゴールを決めたのは咲子であるが、咲子は感慨深げにその決めたボールを眺めていた。
「咲子ちゃん、引退しようとは思ってないよね?」
とエレンが声を掛ける。
咲子がハッとしたようにエレンを見た。
「私より若い子が先に引退しちゃダメだよ。一緒にロンドンに行こうよ」
「はい、最終予選頑張ります」
「うん」
決勝戦の中国−韓国戦では、韓国が物凄く頑張り、第3ピリオドまで終わったところでは45-47と韓国がリードしていた。しかし第4ピリオド、中国はここまで使っていなかった黒と白のコンビを投入。それで逆転して最終的には65-62で優勝。ロンドン五輪の切符をつかんだ。
「やはりビデオは偽装してたね」
「うん。投稿サイトにあがっていたビデオより2人ともかなり進化している」
「スピードが上がっているし、フェイントもかなりうまくなってる」
「キム・ヘソンが全然停めきれない」
「ちょっとあの2人とやりたかったなあ」
と広川さんが言っていた。
決勝戦の後、表彰式が行われる。
日本は3位で銅メダルをもらい、来年6月の世界最終予選への招待状をもらった。
個人表彰では、得点女王・リバウンド女王は中国の潘が取り、アシスト女王も中国の于が取った。スリーポイント女王は亜津子である。優勝した中国以外から唯一の表彰となった。
ベスト5は、中国の黎、亜津子、中国の宇、韓国のキム・ヘソン、中国の潘と発表された。
日本と台湾の3位決定戦でのスリーが亜津子・千里ともに5本で合計44対41となり、スリーポイント勝負は亜津子の勝ちであった。
亜津子が試合終了後、スコアを見てから
「勝ったぁ」
と騒いでいるので、エレンが
「何事かと思ったら、スリーポイント合戦か」
と言う。
「エレンさんは今回出場時間が少なかったですもんね」
「さすがにあんたたちのペースには付いていけないよ」
とエレンは言っていた。そんなことを言いながら、この大会で28本放り込んでおり、スリーポイント成功数の1〜3位を日本が独占した。
亜津子と千里は得点数でも4位・5位にランクされている(2位は韓国のイーで3位は日本の王子)。
しかし亜津子は表彰式も終わり宿舎に戻った後から
「やはり負けてる〜」
と言っていた。
「今度は何よ?」
とエレンが言う。
「スリーポイント成功率でも、試合あたりのスリーポイント成功数でも、出場時間あたりのスリーポイント成功数でも千里に負けてたんです」
「あぁ」
スリーポイント成功数(3P)は亜津子が44本、千里が41本ではあるが、亜津子は7試合、千里は6試合に出ているので、1試合あたりの成功数(Per Game)では亜津子が6.285, 千里は6.833で、千里が上回っている。
スリーポイントの成功率(3P%)も亜津子の試投数が58本であるのに対して千里は52本で亜津子は0.758、千里は0.788となり、千里が上である。
「私、出場時間あたり成功数(Per 40 minutes)ではエレンさんにも負けてた」
と言うので、武藤さんが亜津子の計算式が書き込まれた紙を覗き込む。
「凄い僅差じゃん」
「僅差だけど、1位千里、2位エレンさん、3位私で、私は3位だったんですよ〜。全然勝った気がしない」
「いや、あくまでスリーの成功数の多い方が勝ち」
と千里もエレンも言った。
8月29日、千里は《すーちゃん》と入れ替わって、千葉に行き、桃香と一緒に産婦人科に行った。その後、今度は《いんちゃん》と入れ替わって出羽に行く。
「この龍笛のオーバーホールとかできますかね?」
と美鳳に相談した。
「佳穂に見せてみよう」
と美鳳が言うと、千里と美鳳は湯殿山に来ていた。
「これをオーバーホールするの?」
と佳穂は言う。
「無理ですか?」
「半年海中にあったんでしょ?」
「そうなんですよ。でも青葉のひいおばあさんの形見で、しかも今回の震災で亡くなったお母さんが家から持ち出してくれたものらしいんです。持ち出してなかったら海の彼方に流されていっていました」
佳穂はしばらく腕を組んで考えていた。
「1年ちょうだい。いや1年半掛かるかも」
と佳穂は言った。
「分かりました。お願いします」
「千里、震災で金華山が凄い被害に遭っているのよ。あんた、お金はあるよね?修復のために1000万円くらい寄付してくれない?」
「いいですよ。黄金山神社に振り込めばいいですか?」
「現金で私の所に持って来て。そしたら私のエイリアスに持っていかせる。税務申告に必要な領収書はちゃんと出す」
「ではそれで」
千里は青葉に連絡し、専門家に見せたが、特殊な方法で乾燥させる必要があり、1年か1年半くらい掛かると言われたことを伝えた。
「分かった。それでお願い。それ費用もかなり掛かるよね?」
「費用はどうだろう。とにかく時間が掛かるということらしい。でも費用のことは気にしないで。こちらで処理しておくから」
「そう?じゃ高額になったら言ってね」
「もちろん」
この半年間海中にあった龍笛は佳穂の手でまずは2ヶ月掛けて塩分を抜き、更に組織が痛まないように気をつけながら3ヶ月掛けて水分を蒸発させ、更に半年間囲炉裏の天井に置いて乾燥させた上で、更に時間を掛けて細かい調整をしたらしいが、すると約1年半の後、とても花梨製とは思えない素敵な音が出るようになった。
半月ほど前、8月16日早朝。高野山。
某山山頂近くにある瞬嶽の庵に早紀が来訪した。
「さっちゃん、その格好でここまで来たの?」
と瞬嶽が訊く。
「そうだけど、何か変?」
と早紀は言った。
早紀は高校の夏服のブラウスにスカート、ストッキングにローファーという格好である。およそ険しい山に登るような格好ではない。
「やはり、私はまだ全然修行が足りないようだ」
と瞬嶽は言った。
「何なら、うちの高校の女子制服ここに持って来てあげようか?こうちゃんって、小さい頃は凄く女装が似合ってたし」
「それ内緒にしといてよ〜」
「それより、例の子、千里ちゃんの遺伝子を受け継ぐ受精卵をゲットしたんだよ。今日がちょうど妊娠六週目、魂が入る日だよ。だからこうちゃんの魂をここにコピーしようよ」
「・・・・」
「自信無いなら、私がしようか?」
「頼もうかな」
「OKOK。裸になってそこに寝て」
「あ、うん」
瞬嶽が裸になって横になると、早紀も裸になった上で、瞬嶽のペニスを掴み、自分の陰裂の間に挟んだ。
「本当はヴァギナ内に入れた方がやりやすいんだけど、これ入れるの無理っぽいし、これでやるよ」
と早紀。
「もうそれは射精の機能も排尿の機能も消失している」
と瞬嶽。
「でもこうちゃんと、こんなことしたの、70年ぶりくらいかなあ」
と早紀が言う。
「もうそんなになるかな・・・」
「あの時ももう立たなかったね」
「うん・・・」
ふたりは不完全な形のセックスではあったものの、気持ちは高揚していった。そして各々のチャクラが二重螺旋(Double Helix)の形に立ち上がっていく。普通はこの螺旋が天まで到達した所で新しい魂を胎芽に受け入れて胎芽は胎児になる。より高い所まで到達した時に、より高位の魂が召喚される。
この付近の詳しいことは20世紀最大の魔術師、アレイスター・クロウリーの爆笑小説!?『ムーンチャイルド』に書かれている。もっとも早紀は西洋魔術ではなく密教を使う。理趣経の一部を暗誦する。瞬嶽も唱和する。
「妙適、清浄句是菩薩位(※)。欲箭(※繰返し)触(※繰返し)愛縛(※繰返し)一切自在主(※繰返し)見(※繰返し)適悦(※繰返し)愛(※繰返し)慢(※繰返し)・・・・」
しかしふたりはダブル・ヘリックスを天までは到達させたものの、新しい魂ではなく、瞬嶽の魂のコピー(分霊)を召喚した。
「OK。コピーしたよ」
と早紀は言った。
「結構盛り上がった。もう性なんて遙か昔に放棄したつもりだったのに」
と瞬嶽。
「理趣経は言っている。愛も欲望も性行為も全て菩薩(ぼさつ)の境地なのだと。なぜならば一切は空なのだから、愛もまた空であり、従ってこの世の摂理なのだから」
と早紀は言う。
「それを弘法大師(空海)は理解したけど、伝教大師(最澄)は受け入れられなかった」
と瞬嶽。
「まあ在野の修行者・弘法大師はそれを理解できる柔らかい頭を持ってたけど、エリートの伝教大師は頭が硬くて無理だったんだろうね」
と早紀は言った。
「じゃ服を着るか」
と瞬嶽は言ったのだが、早紀はいきなり瞬嶽の男性器を口に含んだ。
「あっ・・・」
「これは継承とは無関係。私がしたいからしてるだけ」
早紀は10分くらいしていた。瞬嶽は70年ぶりに性的な快感を得た。
「今の方が二重螺旋が高くまで上がってたりして」
「うーん・・・」
それで早紀は服を着た。瞬嶽も服を着る。
「この子は千里ちゃんの遺伝子を受け継ぎ、こうちゃんの魂を持って生まれてくる。まあ実際に継承するのはこうちゃんが死んだ時になるだろうけどね」
「分かった。その子の父親は?」
「だから千里ちゃんだよ」
「精子あったの?」
「千里ちゃんは睾丸は無いけど、精子は取れるのさ」
「意味が分からん」
「こうちゃんにも分からないことがあるんだね〜」
と早紀は面白そうに言った。
「じゃ母親は?母親が村山君かと思った」
「母親は千里ちゃんのお友だちの桃香ちゃんだよ」
「あの子か。。。。あの子は霊的な素質が凄いのか、全く無いのか、全然分からない」
と瞬嶽は言う。
「まあちょっと面白そうな子だよね」
と早紀は言う。
「じゃ、こうちゃん、死んだら私に連絡してよ。すぐ封印解除の儀式をするからさ」
「死んだ時は、分かるようにできると思う」
「じゃ、またね。次はこうちゃんが生まれ変わってから会うことになるかな」
それで早紀は瞬嶽にキスしてから山を下りて行った。
日本代表チームは29日に大村市内で記者会見をし、城島監督と三木キャプテンが優勝できなかったお詫びをし、来年6月の世界最終予選で必ず5位以内に入り、オリンピックに出場することを三木キャプテンが誓った。
また城島監督とふたりのアシスタントコーチ、松本代表は、予定通りこの大会で日本代表から離れることを言明した。
一行は現地で解散し、各々の地元へ帰った。千里は出羽に行っていたので、玲央美たちと一緒に羽田に戻ったのは《すーちゃん》である。
長崎空港16:45(JL1852)18:25羽田空港18:51(京急)19:14品川19:32-19:39東京
玲央美はこの時期、荻窪のマンションに住んでおり、品川からは山手線で新宿に移動し、中央線に乗れば帰宅できるのだが、《すーちゃん》と話が弾んでしまい、東京駅まで一緒に行って、地下の食堂街で適当なお店に入り、そのままおしゃべりしていた。
「そうか。インターハイに出たことあったのか」
と玲央美は言った。
「それ千里には内緒にしといて〜。そんなのバレたら、もっとどんどん代役させられそう」
「でもそれなら、すーちゃんも少し本格的に練習するといいよ。私練習相手になってあげるよ」
「そうだなあ。練習するのもいいかも知れないなあ」
と《すーちゃん》も言った。
一方、千里本人は29日夜の上越新幹線で千葉に帰還した。
鶴岡18:20(いなほ14)20:09新潟20:19(Maxとき350)22:28東京22:55(総武線)23:34千葉
鶴岡からは新庄に出て山形新幹線に乗るより、新潟から上越新幹線を使ったほうが早い。
東京駅で《すーちゃん》と落ち合い、吸収する予定であった。それで彼女の波動を頼りに地下の食堂街に行く。
あ、居た居たと思い、そのお店に入る。千里が近づいてきた所で《すーちゃん》は自分の可視性を消して普通の人には見えない状態にする。この状態になると、見えるのは強い霊感を持つ人だけである。彼女が非可視になるのとほぼ同時に千里がそのすぐ隣に座ったので、周囲のテーブルに居る人も、《すーちゃん》の“消滅”にはまず気付かない。なにせ同じ顔である。
「はい、これ銅メダルに、チーム3位の賞状のカラーコピー、スリーポイント成功率1位の賞状、スリーポイント成功数3位の賞状」
と言って《すーちゃん》は非可視の状態で、もらった賞状とメダルを千里に渡した。またチームスタッフや協会の人などからの伝達事項はレポートにまとめてある。そのレポートも渡す。
「引き継ぎ完了〜」
「お疲れ様。じゃ吸収するね」
それで千里は《すーちゃん》を吸収した。
ところがそこに“トイレから戻ってきた”玲央美が来て、こちらを見て、驚いたような表情をした。
「レオ!?」
「見ちゃった。すごーい!」
「うーん。。。レオには見えるのか」
と言って、千里は頭をポリポリと掻いた。
9月10日(土).
平良真紗は母の車で山陰道を走って出雲市まで出かけ、中村晃湖さんから紹介してもらったヒーラー、藤原直美さんのお宅を訪れた。
「ああ、これは最初の頃はかなり痛かったでしょう」
と言って、ヒーリングをしてくれた。
中村さんのヒーリングも気持ち良かったが、藤原さんのは傷みが少しずつ蒸発していくような感覚で、本当に気分が良くなっていった。ただ藤原さんのヒーリングは“強い”ので本人の体力も実は消耗しており、一度に全部はできないと言われた。それで何度かこちらに通ってくることにした。
「でも高校生で性転換手術を受けたってのは凄いね。国内?」
「いえ。国内ではどこも20歳以上でないと手術できないと言われたんです。1ヶ所だけ、18歳以上でもいいという所はあったのですが、できるだけ早く受けたかったから」
直美はカルテを再度見た。
「あなた16歳!?」
と直美は驚いて言う。
「はい。7月1日に16歳になったので、7月4日に手術してもらったんです」
「どこの病院?」
「アメリカのカリフォルニア州のX医院という所です」
「そこの住所とか電話番号とか分かる?実は別のクライアントで、今14歳なんだけど、18歳になるまで手術を受けられないのは辛いとこぼしている子がいるのよ」
「ああ、その気持ち分かります。私もそう思ってましたから」
「その子にこの病院のこと教えてあげてもいい?」
「はい、もちろん」
それで直美は真紗が帰った後、夫の民雄とも相談し、そのX病院に電話を掛けて、自分のクライアントの14歳の中学生が性転換手術を受けたいと言っているのだが、そちらで16歳になった時点で手術が受けられるだろうかと尋ねた。
X病院では、一応原則として18歳以上であると断った上で、クライアントの状況次第では、それより低い年齢での手術を認める場合もあると言った。
「これまで手術を認めた最低年齢は12歳のケースがあります」
「12歳で手術したのですか!」
「この子は自分で男性器を切り落としてしまったので、救急対応だったんです。それ以外では15歳で認めた例が2度ありますが、かなり特殊な状況でした。16,17歳での手術はこれまでに30例ほどあります」
どうも基本的には特例でも16歳以上ということらしい。
「では一度そちらを訪問していいですか?」
「はい、いつでもどうぞ。訪問する前に予約を入れて下さい」
「分かりました。よろしくお願いします」
それで民雄は青葉に電話をした。
「青葉ちゃん、君の性転換手術をしてくれるかもって所を見つけたよ」
同じ日、松井絵理はジョン・F・ケネディ国際空港で成田行きの便を待っていた。
「さて、久々の日本だ。またたくさん可愛い男の娘を女の子に変えてあげたいなあ。毎年50人くらい変えてあげるのが理想だよね」
と松井は独り言を言いながら、自分が今まで手術してきた男の娘たちの顔を思い浮かべていた。
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【娘たちの継承】(4)