【女子中学生・ミニスカストーリー】(6)

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決勝戦はそのままプールサイドで行われることになった。
 
千里は水中に落下していないので身体は乾いたままである。水着の上にすぐ服を着てくださいと言われたので、愛子が寄って来て渡してくれたワンピースを着る。
 
「決勝戦はダーツを投げて当たった所に書いてあった楽器を使って演奏をしてもらいます」
 
と言われる。二次審査で最初に勝ち抜けた24番の番号札の人が最初にダーツを投げる。
 
大正琴と書かれた所に当たった。大正琴が持ち込まれてくるが、
「えー?私、こんな楽器触ったこと無ーい」
などと言い出す。
 
「触ったこと無くても何か弾きなさい」
とスタッフさん。
 
でも彼女はこの楽器を全くどうにもできず、サヨナラとなった。
 

2番目に勝ち抜けた3番の番号札の人がダーツを投げる。フルートと書かれた所に当たった。
 
フルートが持ち込まれてくる。
 
「私フルート得意なんです」
と言って笑顔で彼女はその楽器を受け取った。へー。それは凄いと思って見ていると彼女はそのフルートを構えて唄口の所に唇を置き、
 
「ターラララ、ターラ、ターラララ、ランララ」
とモー娘。の『恋のダンスサイト』の節を歌い出した。
 
千里は思わず笑顔になった。そうそう。1番目の人もこれをすれば良かったのよ!できないならできないなりに、何かパフォーマンスするのが、芸人魂である。できないからといって「できません」と言ったり無言なのは失格だ。
 
彼女はまるで本当にフルートを吹いてるかのように指を盛んに動かしている。千里はその指使いを見ていたが、でたらめである。そしてラララで曲を歌い続ける。スタッフの人も審査員の人たちも笑顔でお互い顔を見合わせながら、頷いて聴いている。彼女のパフォーマンスは堂々とした感じで続く。だいたいラララで歌っていたが『セクシービーム!』だけはフルートを胸の所から前に突き出すようにして、セリフをしゃべった。
 
2分ほどで終らせる。客席から大きな拍手が起きた。
 
「ご静聴ありがとうございました」
と言ってお辞儀をして、自分の席に戻った。
 

3番目。千里がダーツを投げる。バイオリンと書かれた所に当たった。やれやれ。
 
それでヴァイオリンと弓を渡された。
 
なんか1万円くらいで売ってそうな超安物だ!でも千里は調律が合っているっぽいことを確認した上でカメラの方に向き、弾き始める。
 
ミッミ|ミードラ|ラーミド|シラファラ|ミーーミ|ファ(ミレ)レレ|ラーーミ|ファ(ミレ)レレ|ソ#ーー
 
とメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトである。
 
さっきの人が笑いに徹した。だったら自分は逆に超まじめにやった方が笑いが取れると千里は考えた。他の人がしたのと似たようなことをするのも愚である。芸人は個性が大事である
 
(でもなんで私こんな凄い曲弾けるんだっけ??ヴァイオリンなんて1年半前に北海道グリーンランドで弾いて以来、その前は小学3年生の時以来弾いてないのにと千里は思った←Vが練習してたから:実はVが覚えたことは全員使える)
 
いきなりマジなクラシック曲の演奏が始まったので会場はざわめきが起きる。しかし千里はそのざわめきを黙殺して演奏を続ける。そして1分ほど弾いたところで、スタッフさんが合図をするので演奏を終了した。
 
「なんか凄い曲を弾いたね」
「はい。ドリームボーイズの『あこがれのおっぱい』でした」
と千里が言うと、爆笑が起きる。
 
「曲が違う気がするけど」
「あれ?そうでした? ベートーヴェンの『白鳥の湖』でしたっけ?曲が似てるから」
と答えると、スタッフさんが千里の背中を叩きながら笑っていた。
 

審査結果が発表される。
 
「優勝は3番****さん」
 
千里は笑顔で拍手をする。彼女は千里と握手をした上で、嬉しそうに賞状とトロフィー賞金の入った袋を受け取った。
 
「そして準優勝、18番大中愛子さん」
 
と言われて千里もそちらへ行く。
 
「準優勝者には特に何もありません」
 
それで千里は笑顔で手を振った。
 
そして千里はそのスタッフさんに訊いてしまった。
 
「ところで、これ何のオーディションだったんですか?」
 
「はあ!?」
とスタッフさんが呆れるように言った所で
 
「お疲れ様でしたー、放映終了です」
という声が掛かった。
 
「へ?放映って、これ放送してたんですか?」
「君ね・・・・、ちょっと面白すぎるよ。クイズで毎回のように2番目にボタン押してたのも美味しいと思ったし。ハッタリも凄いしさ。君が男の子だったらデートに誘いたいくらいだよ」
 
とスタッフさんは千里の肩を数回叩いてから笑いながら手を振って去って行った。
 
放送局の人?が寄って来て
「これ今日の参加御礼と交通費です」
と言って封筒を渡してくれた。
 
「あなた結構楽しませてくれたし準優勝だったから少し色付けてますから」
などとも言われた。
 

愛子が寄ってきた。
 
「ありがとう。千里、度胸あるね」
と言って笑っている。
 
「えー?ただの気合いとハッタリだよ。でも、マジこれ何のオーディション?」
と千里が訊くと、愛子は
 
「これ『ザッツ・ビッグ・オーディション』という番組なんだけど」
「番組〜!? じゃ、これ放送されるの?」
「生放送だけど」
 
「うっそー!?」
「一次審査は編集して審査通過した人の分だけダイジェストで流す。でも二次審査からは生放送」
「えーーー!?」
 
「いや、私、書類審査通ったけど、本番に出る自信が無くてさ。代わってもらってよかったぁ」
 
千里は急に心配になって訊いた。
 
「ね、これの放送って札幌市内だけ?」
「全国放送だよ」
「きゃー」
 
と千里は悲鳴をあげる。
 
「もしかして・・・・私の友だちとか、お父ちゃんとかも見たかな?」
「かもね。でも千里のお父ちゃんは、名前を大中愛子にしてたから、私が出たと思ったかもね」
 
「はははははは」
 
千里は父がそう思ってくれたことを祈っていた。
 

「でも司会の蔵田孝治さん、軽妙だったね」
と愛子が言う。
 
「蔵田孝治? なんかどこかで聞いたような名前ね」
「ドリームボーイズのリーダーじゃん。千里、だからメンコン弾いた後でわざとドリームボーイズの曲名を言ったんじゃなかったの?」
 
「えーーー!? あの人、放送局のADさんか何かかと思ってた」
 
愛子は悩むようにおでこに手を当てた。
 
「でもあの人、私が男の子だったらデートに誘いたいとか言ってたけど」
「知らないの? あの人ホモだってので有名だよ」
 
「あはははは」
 
私の性別バレてないよね?
 
(この千里は自分が戸籍上は男だと思い込んでいる)
 
蔵田はおそらく、やがて永遠のライバルと言われることになる、ケイと醍醐春海の双方に接触した最初のプロミュージシャンである(多分2番目が春風アルトで3番目が雨宮三森)。
 

愛子と千里(B)はミスドで軽くカロリー補給してから、各々次の連絡で帰宅した。
 
札幌16:52(スーパー北斗18号) 20:14函館
 
札幌17:00 (スーパーホワイトアロー21号) 18:02深川18:05- 19:03留萌
 
千里は“スーパーホワイトアロー”の中で熟睡していたが、深川での乗換が「絶対危ない」と思って司令室でモニターしていた千里Vが脳間通信で「起きて。乗換だよ」と言って起こしてあげた。それで旭川まで行っちゃう事態は避けられた。
 
留萌駅を出ると小春が待っていて「お帰り。買物しといたよ」と言ってエコバッグを渡される。それで小春が運転するカローラで帰宅した。自宅に戻ったのは19:20くらいである。
 

千里を降ろしてから自分の家に戻った小春は
 
「なんか今日は千里が6〜7人出没してたような気がするけど、どうなってんの?」
と呟いた。
 
「留萌駅でBを迎えたけど、Bはどこに行ってたんだ??Bは15時まで神社に居たのに。その後、旭川とかに行って来た???」
 
念のため乗換案内で調べると、旭川までは行けないが、深川往復なら、こういう連絡があることが分かる。
 
留萌16:15- 17:14深川18:05- 19:03留萌
 
「千里Bは何しに深川とかに行ったのだろう?あるいはBが2人に分裂してひとりは神社に出て、ひとりはどこかに行ってきたのだろうか??Rまで2人か3人に分裂してたような気がするし!?」
などと、混乱したままの小春であった。
 
※この日出没した千里
 
(1)Y? ずっとP神社に居た→Y
(2)B? 8-15時にQ神社に居た→実は星子
(3)B? 17時頃に小春に電話で買物とお迎えを依頼した→実はV
(4)B? 19:03留萌着の列車で帰還→B
(5)R? 旭川まで沙苗たちと一緒に往復→R
(6)R? 夕方から旭川に行った→これもR
(7)R? CM撮影に行ってきた→実はG
 

一方、千里(B)は
 
「なんか久しぶりに家に帰った気がする」
と思った(多分約4ヶ月ぶり)。
 
(この時点でYはまだP神社に居る。Rは天野道場に居る)
 
千里Bが晩御飯(材料を炒めるだけで出来る八宝菜)を作り始めたら父が言った。
 
「おい、優芽子伯母さんとこの愛子ちゃんがテレビに出てたぞ」
「へー、そうなんだ?」
 
「なかなか面白い子だな。あの子。でもあの子も髪長くしてるんだな」
「可愛いから似合うよね」
「歌も上手かったし、バイオリンも上手かったし。やはり女の子はそういうお稽古事とかさせるといいのかも知れないな」
などと父は言っていた。
 
母は後で「心臓が停まるかと思った」と言っていたが!
 

8月30日(月)、千里が学校に出て行くと、クラスメイトたちにつかまり
 
「土曜日のテレビ見たよ、千里すごいねー、準優勝」
と言って、だいぶこの話題で話すことになった。
 
「名前が違ってたけど、あれ千里だよね?」
「本当は従姉が応募したんだよ。私と双子みたいに似てるんだよねー」
「へー。そういえば千里双子説というのは昔からあるね」
 
ここでこの日の朝、学校に出て行ったのは千里Bを装った千里Gである。
 
「夏休みの宿題で練習してた曲を弾いてたね」
「うん。キンコンね」
「メンコン!」
 
(↑マジで間違えた:RやGは特に言い間違いが多い)
 
千里Bは土曜日、夕飯を食べたら消えてしまったので、千里Gは月曜日(Vに司令室を任せて)自らBの振りをして学校に出てきたのである。Gは学校の授業を受けるのは久しぶりだなあと思った。
 

この日、昼休みに廊下で遭遇した貴司からも声を掛けられた。
 
「土曜日の番組見たよ」
「ふーん」
「マイケル・ジョーダンの質問、千里が取れなかったらバスケ部をクビにしてた所だな」
「貴司の恋人をクビじゃなくて、バスケ部の方をクビなんだ?」
「僕の恋人の方はまだしばらくクビにしない」
「へー」
 
貴司“が”千里“に”恋人クビにされなかったらいいね。
 
「でもあらためて千里のおっぱい見てたけど、かなりサイズあるね。こないだ見た時は場所が場所だったから、あまりじっくり見なかったけど。Cカップあると思った。やはり豊胸手術したの?」
 
「何なら確かめてみる?」
と言って、“この千里”は貴司の右手を取り、自分の夏服セーラー服の中に手を入れさせ、ブラジャーの上からバストに触らせた。
 
「うぉー!!」
と貴司が声をあげている。千里は素早く彼の頬にキスすると、
「またね」
と言って立ち去った。
 
貴司はキスされた頬をずっと左手で押さえボーッとしていた。
 
(こんな対応はVにはできなかった)
 

一部始終を見ていた恵香が
「廊下で胸に触らせてキスするとは大胆な」
と言う。
 
「校則には廊下でキスしてはいけないという規則は無いし」
(胸に触らせたことには取り敢えず言及してない)
 
「追加されたりして」
「まあこれで3日くらいは浮気しないでしょ」
「千里開き直ってるね」
 
「貴司は浮気をする人だから、そういう人は諦めて別れるか、そういう人だと諦めて気にしないか、どちらかだよ」
と千里Gは言う。(多分Rも同じ感覚だと思った)
 
「悟りの境地だね」
と恵香は言っていた。
 

前日、8月29日(日).
 
千里B(に扮した千里V)が約1ヶ月間続けて来た“修行”が満行となった。
 
「ここまで修めたら、この精霊たちをコントロールできるはずだよ」
と宮司さんは言った。
 
(この日は星子はお休みにしてVが自分でQ神社に出仕している)
 
宮司さんは解説する。
「村山さんの周囲を巡回している精霊は十二天将と呼ばれるものだ。かの安倍晴明(あべのせいめい)も駆使したと言われる精霊。これはこのような名前が付いている」
と位って宮司さんは名前を書き出す。
 
前一・騰蛇(とうだ)火・巳の方位
前二・朱雀(すざく)火・午の方位
前三・六合(りくごう)木・卯の方位
前四・勾陳(こうちん)土・辰の方位
前五・青龍(せいりゅう)木・寅の方位
天一貴人(てんいちきじん)土・丑の方位(*17)
後一ろ天后(てんこう)水・亥の方位
後二・大陰(たいいん)金・酉の方位
後三・玄武(げんぶ)水・子の方位
後四・大裳(たいじょう)土・未の方位
後五・白虎(びゃっこ)金・申の方位
後六・天空(てんくう)土・戌の方位
 
「各々の五行(ごぎょう)と十二方位が割り当てられている。これらの精霊に君は、例えば人にメッセージを伝えるお使いとか、監視とか、道案内をさせたり、時には自分の代理とかをさせることができる。自分の代理というのは安倍晴明はよくさせていたらしいけど、やり方は現代には伝わっていない」
 
と宮司さんは言う。
 
(*17) 天一貴人は確かに“土行”に属するが、他の天将と異なり、五行に基づく各属性ではなく“上”に配されることに注意が必要である。つまり貴人は土神ではなく上神である。貴人は他の天将たちより一段上に立って全体の管理をしている。きーちゃんが千里Yに説明したように“事務局長”という表現が比較的近い。
 

Q神社の平井宮司は千里(Bを装ったV)に説明する。
 
「例えば青龍に、香取巫女長に『新聞を持って来て』というのを伝えたいとするね。その場合、このように唱えればいい」
 
と言って宮司さんは呪文を書いたものを渡すので、千里は唱えた。
 
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(ねうしとらうたつみうまひつじさるとりいぬい)の寅(とら)、青龍(せいりゅう)よ、香取巫女長に『新聞を持ちて参られよ』と伝うべし」
 
すると自分の周囲を飛んでいた精霊?のひとつが飛んで行ったような気がした。5分もしないうちに、香取巫女長が新聞を持ってくる。
 
「なんか新聞を持って来てと言われたような気がしたから持って来た」
と言っている。
 
「すごーい!」
と千里は感動した。
 

「でもこの精霊たち、ずっと私の周囲を飛んでるんですか?」
と千里は訊く。
 
「それは天空の力を使えば隠せるはず」
と言って宮司は古い和綴じの本を確認しながら、呪文を書いた。千里が唱える。
 
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(ねうしとらうたつみうまひつじさるとりいぬい)の戌(いぬ)、天空(てんくう)よ、そなたたち十二天将の姿を隠蔽せよ」
 
すると、飛び回っている精霊たちの姿が消えたので
「すごーい!」
と思った。
 
(本当は千里本人の力でシールドくらいできるのだが、思いつかなかったし、Gも教えなかったので、Vは結局この天空アイコンの力で精霊たちを隠すことができた)
 
十二天将アイコンに対する対処
 
G:7/31に全部捕獲してお守り袋に入れた
R:7/31-8/12ひとりずつ本体を呼び出しては、アイコンは捕獲。
Y:7/31にシールドしちゃった♪
V:8/29に天空アイコンの力で隠蔽
B:8/28はA大神が一時的に隠していたが、29にVが隠蔽したので完全に消えた。
星子:Gが“偽アイコン”を周回させていたが、8/29にVが隠蔽したので取り外した。
 

「この本コピーしていいから少し研究してみて」
「はい、お借りします!」
 
それでVは本を借りてW町の自宅に持ち帰った。しかし
 
「ああ、その本なら、うちにもあるよ」
と言って、Gが本棚から安倍有世著『十二天将使役極意』(*18)を取り出すので、なにげにこの家の本棚は凄いとVは思った。
 
「コピーなんか取らなくても読んで覚えればいいよ。30分で通読できるから」
 
と言いながら、“千里”は小学生時代にこの本読んでるのにVちゃん忘れたんだろうなあなどと思っている。
 
「この本の字が私には読めない」
と、そのVは言っている。
 
草書で書かれてるからねとGは思う。草書で書いた原稿を木版印刷したものである。この家にあるものも、Q神社から借りて来たものも天保年間に出版されたもののようだ。当時は一種の占いブームが起きていたので、そのブームの中で出版されたものかも。本当に安倍有世の著作なのかは分からないが、文体は確かに室町時代っぽい。
 
文体が古いから、この本は文字を楷書に書き直しても、慣れてない人には読みにくいかも?安倍晴明が(本当に)著した『占事略决』本体(この本にも引用されている)みたいな平安時代の文章よりは読みやすいけど。
 
「だったらコピー取っても無意味という気がする」
「そんな気はしたけど借りて来た」
 
この本はRも内容を覚えていたので、例の呪文も覚えていた。YVBは忘れていた。なお小学生時代の千里は草書の読み書きができたが、今それができるのはGとRだけで、YVBはできない。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥を“訓読み”ではなく“音読み”したのはRの“勘”である。安倍有世の本には特に読み方までは記載されていなかった。H大神はわざわざこの本の呪文を使って!“訓読み”したらアイコン自体を使役し、“音読み”したら本体を召喚するように設定していたのだが、美鳳が「多分教えなくても使いこなす」と想像した通り、千里はすぐ使いこなした。
 
(*18) 安倍有世(1327-1405)は実在の人物で安倍晴明の14代目の子孫にあたる。安倍家の中興の祖であり、一時勢いが衰えていた安倍家を再び盛り立てた人物である。ただしこの本は架空のものである。
 

同じく8月29日(日).
 
旭川の天野家。千里Rは昨夜遅くここに入り、そのまま泊まったのだが、この日は朝6時に朝食を一緒に取った後、例によって、まずはフルートの練習をした。越智さんは今日は15時頃来るらしいので、それから3時間くらい稽古を付けてもらう予定である。
 

8月29日(日)午前10時頃。
 
真広は旭川の、貴子の家を訪問した。
 
札幌8:00(スーパーホワイトアロー3号)9:20旭川
 
「あら、真広ちゃん、お久〜。可愛い服着てるね。とうとう女の子になりたくなった?」
と貴子が言うと
 
「その件なんだけど、ちょっと確認したいんだけど」
という真広の顔が恐い!!
 
貴子とお茶を飲んでいた女子中生が
「席外してますね」
と言ってフルートを持ち、席を立とうとしたが
 
「千里はここに居て」
と貴子は言った。それで千里は
 
「私は彫像と思って下さい」
と言って、テーブルから離れたソファにティーカップとフルートを持ったまま移動した。
 

真広は千里を見て、貴子さんの眷属か何かかなと思い、貴子に用件を話す。
 
「ぼく、そして初広兄が突然性転換しちゃったんだけど」
と真広が言うと、貴子は目をパチクリさせて
 
「どういうこと?」
と訊く。
 
「これ貴子さんのせいではないの?」
「真広ちゃん、性転換しちゃったの?」
「これ見て」
と言って、真広は服を脱いでヌードになってしまう。
 
「よく決断したね。真広ちゃんは女の子になる素質があると思ってたよ。でも性転換手術痛かったでしょ?」
 
「ぼくは朝起きたらこういう身体になってた」
「へ?」
「初広兄は彼女とデート中に、つい1時間ほど前までは確かに男の身体だったのに、いつの間にか女の身体になってしまっていた」
「どういうこと?」
 

「こちらが訊きたいんだけど、これ貴子さんがしたんじゃないの?」
 
貴子は少し考えるようにしてから言った。
 
「お兄ちゃんはいいとして、真広ちゃんは女の子になりたがってるみたいだから、その内、女の子に変えてあげようと思ってた。でも私まだ何もしてないよ」
 
「ほんとに?」
「私そういうのでわざわざ嘘つかないよ」
 
真広は腕を組んで裸のまま椅子に座った。豊かなバストが組んだ腕の上に乗っている。千里がガウンを掛けてあげる。真広は「ありがとう」と小さく言った。
 
「貴子さんのせいじゃなかったのか」
「それに私、女の子に変えるにしても、予告無しで変えることは(めったに)無いよ」
 
千里が発言する。
「貴子さんは、可愛い男の娘を見たら、女の子に変えてあげたい気分になるみたいだけど、本人の同意を取ってから性転換するか、性転換した後で『女の子の身体素敵でしょ』とか言って、事後承諾取ったりするよ。性転換してそのまま放置ということは無いよ」
 
「確かにそうかも」
と真広も言う。
 
「でも、だったら貴子さんにお願いがあるんだけど」
「なあに?」
「ぼくを男の子に戻してもらえない?たぶん貴子さんならできるよね?」
 

貴子は考えた。そして言った。
 
「戻すのはいつでも戻してあげられるけど、なぜ男の娘に戻りたいの?だって元々女の子になりたかったんでしょ?」
 
「このままでは跡継ぎが居なくなってしまうからだよ」
「は?」
 
真広は説明した。
 
自分たちは男3人の兄弟だった。だから父としては跡継ぎは安泰と思っていたと思う。ところが、末弟の古広は物心ついた頃から、女性指向があり、小学校にはいつもスカートを穿いて通っていた。中学に入る時に大揉めに揉めたけど、古広は自分はセーラー服で通学すると言って譲らず、両親や教師と激論した末にセーラー服での通学を認めさせてしまった。だから古広は事実上女の子になってしまったので、跡継ぎ候補からは離脱した。
 
自分も小さい頃から女の子になりたいと思っていたけど、古広みたいにスカートで通学する勇気は無かった。それに息子が2人も女になってしまったら、父親もショックすぎるだろうし、自分は恋愛に関してはバイだから、女の子と結婚しても夫婦生活は維持できる自信があった。だから仮面男子をしていこうと思っていた。
 
ところがここで兄の初広にもどうも女性傾向があるようだということに気付いた。もしかしたら初広はその内、性転換手術とかしちゃうかも知れない。そうなると自分しか跡継ぎがいなくなるので、自分は絶対に女になるわけにはいかないと思うようになった。
 

ところが自分は8月16日に唐突に女の子になってしまった。まあ女の子になっちゃったものは仕方ないと開き直り、女の子ライフを楽しみ始めた。ところが昨日初広から連絡があり、理由は分からないけど、突発的に身体が女に変化してしまったということだった。
 
但し恋人のスズカが、自分は実は男の子より女の子のほうが好きだから、初広が女の子になっても、そのまま結婚したいと言っている。だから、自分は多分事実上のレスビアン婚をすることになると思うという話だった。それで自分は女になってしまったので、悪いがお前が跡継ぎになってくれないかという兄(既に姉)の話だったのである。むろん真広は初広に自分まで性転換してしまったことは言っていない。
 
兄弟3人が全員女になってしまうと、誰も跡継ぎになれない。特に自分の性転換と初広の性転換は状況が似ている気がして、まさか貴子さんの“余計な親切”ではないかと思い、ここに来た。
 

貴子はメモを取りながら話を聴いていたが、真広の話が終わると言った。
 
「第1に、まず明確にしたいことは、私は初広さんにも真広ちゃんにも、私の良心に誓って、決して何もしてない。たぶん噂の“突発性性変症候群”(SSS - Sudden Sex-change Syndrom) だと思う」
 
「そんな病気があるの?」
「噂には聞くけどね。急性(acute)と慢性(chronic)があって、急性は半日くらいで元の性別に戻るけど、慢性の場合はずっとそのまま。もっとも急性はしばしば再発するフラッシュバック特性を持つ」
 
「うーん。半月戻ってないから、私のは慢性なのかなあ」
「人に移ることはない」
「性転換が伝染したら、恐ろしいね」
「地域とか職場の人が全員性転換したりしてね」
「もうギャグ漫画の世界だなあ」
 
「第2に、私の勘が言っている。跡継ぎ問題は近い内に解決する」
「ほんとに?」
「どういう形になるかは私にも分からないけど、これは間違い無い」
と言って、貴子は千里を見た。
 
「1年以内には、蜂郎さんの男系の孫が生まれますよ」
と千里は言う。
 
「私にはそこまでは分からない。でもこの子って巫女なんだよ。この手のことをかなり言い当てる。この子が言うなら、きっとそうなる」
と貴子は言っている。
 
「ほんとに?だったらそれを信じてもいい」
と真広はかなり軟化して言った。
 
「ありがと。そした第3。真広ちゃんは今すぐ男に戻る必要はないと思う」
「へ?」
 
「真広ちゃんがどうしても誰か女性と結婚してくれとか言われて、真広ちゃんもそれを望むなら、いつでも男の娘に戻してあげるよ。だから、それまで女の子ライフを楽しみなよ」
 
真広は両腕で頬杖を突いてしばらく考えていたが言った。
 
「確かにいつでも男の子に戻れるなら、今すぐ戻らなくてもいいよね」
「そうそう。どうせ一人暮らししてるんでしょ。お父さんにバレないように女の子生活してればいいよ」
「それでもいい気がしてきた」
「大学はいつから?」
「1日から。だから男の身体で通学できるようにと思って今日来た」
「じゃ1日から女の子の格好で通学するといいね」
「あはははは」
 
「女の子になれた記念にミニスカートでもプレゼントしようか?」
「もうこの時期、ミニスカートは寒いよ!」
 

しかしこの子は3兄弟の中でいちばん決断力と行動力がありそうだと、きーちゃんは思うのであった。さっきうちに来た時の顔はマジ恐かったぞ。
 
兄(姉?)の初広は親に借金して高級外車を買ったりしてるけど、この子は学費と家賃だけ支援してもらい、質素な生活をしてる。兄は高校も大学も私立だけど、この子は高校も大学も公立・国立。頭が良くてスポーツもできる上に親に負担を掛けていない。決断力や行動力はインターハイにも出た高いスポーツ経験が育てたものかもね。
 
この子には経営者の器(うつわ)があると思う。
 
この子が女社長になって、その後、3人の内の誰かが女の子に産ませた子をその跡継ぎにすればいいんじゃないかな。
 
でも3人の中の誰だろう?話を聞くと妹さんは既に去勢してるっぽいし、お兄さんの相手は男の娘さんという話だし(←真広は“男の娘っぽい”と言っただけで“男の娘だ”とは言ってない)。
 
真広ちゃん、もてそうだし、ガールフレンド多いだろうから、その中のひとりが実は既に妊娠していて、近い内に
 
「生理が来ないの」
とか言ってきたりしてね。この子なら女の子になっちゃっても、彼女とはちゃんとうまくやっていけそうだし。
 

コリンが千里の指示で買いに行って来た梅屋のロールケーキを切り分けて食べる。千里が切り分けている間にコリンが紅茶を入れた。コリンも勝手知ったる家の中である。
 
「これ美味しいね」
と真広が言う。
 
「ここはシュークリーム屋さんなんですけどね。クリームが美味しいからロールケーキも美味しいんですよ」
と千里が解説する。
 
「なるほどー」
 

食べている内に貴子がハッとしたように言った。
 
「真広ちゃん、ちょっと性転換しない?」
「は!?」
 
「つまりね。噂の突発性性転換症候群って、唐突にまた性別が変わってしまったりしやすいらしいのよ。だから、温泉とかに入っている最中に突然性別が変わったら困るでしょ?」
 
「それは物凄く困る」
 
「だから私が真広ちゃんをいったん男の娘に戻して、それからまた女の子に変えてあげるよ。そういう状態にすればその後は性別が不安定になることはないはず」
 
「あのぉ、それ男の子に戻した所で止めてもらえません?そしたらぼく普通に男の子としてやっていけるから」
「女の子になりたい癖に」
 

「まあいいや。じゃお願いがあるんだけど」
「うん」
「念のため、いったん男の子になった所で精液の採取したい」
「了解、了解。それを冷凍保存しておけば万全だね」
「うん」
 
それで、貴子は真広をNo.3の部屋のベッドに寝かせ、いったん眠らせた上で、まずは男の娘に性転換させた。性転換は1時間ほど掛かるので、コリンに居間で待機してもらっておき、千里と貴子はピアノルームに入って、龍笛の練習をした。(真広が来るまではフルートの練習をしていた)
 
やがてコリンが呼びに来るので、貴子は千里にピアノルームで待っているように言い、ひとりでNo.3の部屋に入る。
 
「男の娘の身体って嫌でしょ?」
「なんか、ちんちんが不気味なものに感じる」
「真広ちゃんは元々そう思ってたと思うよ」
 
ここで貴子は精液の採取セットを渡し、いったん部屋の外に出る。10分ほどして真広がドアを開けて
「終わったよ」
というので、その精液を受け取り、アンプルを特殊な冷蔵庫に入れて急速冷凍する。
 
そしてNo.3の部屋に戻り
「じゃ可愛い女の子に戻ろうね」
と声を掛ける。
 
「うん。いったん男の身体に戻ってみて、本気でぼくはやはり女の子になりたいという気持ちが強くなった」
と真広は言っている。
 
「きっともう真広ちゃんは男に戻らなくてもいいよ」
と貴子は言い、彼を眠らせると、再度性転換を掛けた。
 
これもまた1時間掛かるので、コリンに居間で待機していてもらい、ピアノルームに戻って、千里にピアノを指導した。
 
真広は14時頃に目覚め、貴子にお詫びとお礼を言って帰っていった。
 
旭川15:30(ライラック16号)17:00札幌
 

越智さんは少し遅れるという連絡があり、結局16時頃に来た。千里たちはそれまで、お茶を飲みながらおしゃべりしていた。
 
「へー。越智さんって、OOOOの子孫だったのか」
「晩年は東北帝国大学農科大学で剣道の指導もしている」
「あれ?仙台に居たの?」
「ううん。その東北帝国大学農科大学が後に北海道帝国大学と改名するんだよ。つまり北海道大学は最初は東北大学の支部扱いだったのね」
「そういうことか!」
 
「でも***って、物凄く実戦能力の高い集団だったみたいね」
「そうそう。彼らがやっていたのは、戦いの術。剣技はその一部にすぎない」
 
と、きーちゃんは言う。やはり小登愛を死なせてしまったことから、きーちゃんは千里には高い戦闘能力を身に付けさせる必要性を感じていた。
 
「実戦ではルールとか無いからね」
「それこそ千里が学ぶべきことだと思う。悪意をもった相手はいくらでも卑怯な手を使ってくる。それに対抗するにはこちらも充分な奸智(かんち)を持ってないといけない」
 
「先制攻撃が大事だよね」
「真剣を持って対峙したら、実際問題として最初の一撃で全てが決すると思うよ」
「まあ真剣で斬り合って、どちらも無傷とか、時代劇のチャンバラでしかあり得ないことだろうね」
「真剣を持つということは命のやりとりをするということ。最低でも片方は死ぬということ」
と、きーちゃんは言っていた。
 

きーちゃんは。戦場では、土の塊を相手の顔に投げ付けて目潰しをしたり、地面に落ちている石を蹴って相手に当てたり、足払いで相手のバランスを崩したりというのも、ごく普通に行われていたと解説する。
 
「だから武士道より忍者道の方が、より実践的。忍術書には例えば、こういう手が書かれている。相手と1対1で対峙した時に、相手の後方に向かって『おお、助かったぞ』などと声を掛ける。すると相手はこちらに仲間が居たかと思い、一瞬後方にも注意を払う。結果的に前面に隙が出来るから、そこを突く」
 
「腕力とかだけじゃなくて、知恵も含めた総合的な戦いなんだね」
「そういうこと。千里得意のハッタリも凄く重要」
「えへへ」
 

やがて越智さんが来る。
 
「ごめんごめん、遅くなって」
「いえ。のんびり女同士でおしゃべりしてましたから」
 
千里がトロフィー、賞状、メダルを見せると、喜んでくれた。
 
「清香や公世からも、ご指導ありがとうございました。おかげで入賞できましたという伝言を頼まれています」
「3人とも入賞というのは素晴らしい。だけど、3人とも来年はかなり厳しいぞ。2年生で入賞した人なんて、来年は優勝候補と思われるから、みんな全開で挑んでくるから」
「それ清香とも言ってました。ほんとに実力付けないといけないですね」
 
この日も2時間ほど手合わせしたが
「先月の合宿の時より強くなっている。君はどんどん成長している」
と言って、感心していた。
 

稽古が終わった後、コリンが用意したピザを軽く摘まむ。
 
「なるほど。町中に練習場を確保したのか?その道場も一度見に行ってみたいね」
「どうせなら、早川ラボの方を。天野道場は、狭いので」
「取り敢えず管理人になってもらった忌部さんは、一応昔剣道やって三段に認定されたことあるけど、もう200年前の話だと言ってました」
 
「ああ、200年前だとナポレオンとかの時代か」
「そんなもんですね。日本だと文化文政の頃かな」
「竹刀というものができるかできないかの頃だな」
 
現代の竹刀につながるものを発明したのは大石神影流の創始者・大石進(1797-1863)と言われている。
 
「竹刀(しない)ができる前は木刀(ぼくとう)か何かですか?」
「一部の流派では、今の竹刀とは随分違う袋竹刀(ふくろしない)というものを使っていた。でも多くの道場では、木刀による型の稽古が中心で、掛かり合いの稽古はしてなかったんだよ。木刀は本気で打つと死ぬから。防具は着けるけど昔の防具は今のものほどは、しっかりしていなかった」
 
「ああ」
 
先ほど、千里ときーちゃんで話していた“実戦ですべきこと”について、越智さんも色々な例を挙げて教えてくれた。千里はそれを興味深く聴いていた。
 

「君、真剣を持ったことある?」
「いえ(と言っておく)」
「天野さん、あるかな?」
 
「安物でよければ」
と言って、きーちゃんが出してくるが
 
「安物って!これは関の孫六ではないか!」
と越智さんが言っている。千里は何のことだが、さっぱり分からない。
 
(関の孫六(せきのまごろく)は美濃の刀工・孫六兼元(2代目兼元)のこと。兼元流の日本刀の製法は、村正にも影響を与えたと言われる)
 
千里も持たせてもらったが、
「重い!」
と言った(言っておいた)。
 
「竹刀の倍くらいの重さがあるからね」
 
でもその日本刀で素振りを1時間ほどにわたり、合計500回くらいやらされた!!
 
「君は才能あるよ。真剣を振って最初からぶれずにまっすぐ振り下ろせる人は珍しい」
と越智さんは言う。
 
「でも風圧が凄いから、途中で軌道変えようとしても無理です」
「そうそう。だから剣を振るスピードが大切」
 
その後、越智さんはこの刀をサンプルに、日本刀の構造について、詳しい解説をしてくれた(この件は後述)(*19).
 

その日(8/29)札幌に帰った真広は、デパート内にあるカネボウの化粧品売場に行く。そして売場のお姉さんに頼んだ。
 
「私実はこれまでほとんどお化粧とかしたことなくて。全然分からないんですけど、必要な化粧品や道具と、基本的なやり方を教えてもらえませんか」
 
「いいよ。こちらにおいで」
と言って、売場のお姉さんは、1時間ほど掛けて、真広にメイクの指導をしてくれた。
 
そして“美しく”変身した真広は、その後、ファッション雑誌を何冊も買って帰った。少し女の子の服について研究してから、明日か明後日買いに来ようという計画である。
 

翌日(8/30)は(ノーメイクで)午前中ハンバーガー屋さんのバイトに出た後、午後からは度胸付け?に、プール!とお風呂!に行って、女体を楽しんだ。夕方にはイオンに行き、可愛い服をたくさん買った。
 
(イオンで買う所が真広である。初広ならデパートで買う)
 
そして夏休みの最終日 8/31 には、午前中に最後のバイトをしてから(今後も週に2〜3度でもいいから来てと言われたので主として夜間に入ることにした)、美容室に行った。そして
 
「蛯原友里さんみたいな感じの髪型にしてください」
と言って、可愛い髪型にしてもらった。
 
「さて明日からは女子大生生活しちゃお♪」
 

8月30日(月・満月)の夜23時頃、留萌市内中道橋。
 
ミニ丈のワンピースを着てヴァイオリンケースを持った女子中学生が歩いてきた。橋を渡ろうとする。
 
すると橋の反対側から、セーラー服を着た“男”が歩いてくる。この橋には街灯とかも無いし、高いビルの隙間なので、月灯りも充分には差しこまない。お互いの顔などは見えない。
 
少女と男の距離が3mくらいまで近づいた時、セーラー服の男は、いきなり自分のスカートをめくって、あそこを露出させた。
 
これまでこのパターンでは少女がたいてい悲鳴をあげて逃げて行った。男はその感覚がヤミツキになってしまっていた。
 
ところが今日の少女の反応は違っていた。
 
「やはりお前だったか、勾陳」
「う!?お前まさか千里か!?」
 
「こないだ、中道橋の痴漢の話をした時に、お前がピクッとしたから、まさかと思っていた。処分は覚悟してるだろうな」
 
「悪かった。二度としないから許してくれ」
 
「悪い奴だ。痴漢は去勢処分にする。二度と性犯罪などしないように、陰茎も陰嚢も切除するから、そこに直れ」
 
と厳しい声で言う。
 

「去勢なんてされてたまるかよ?」
「私に反抗するのか?」
「お前みたいな小娘に従ってられるか」
 
やはりこいつ、真名を隠蔽してるなと千里は思った。真名をH大神に預けていたら反抗は許されないはずだ。
 
「だったら、私と決闘するか?」
と言って、千里は荷物の中から木刀を2本取り出した。1本を勾陳に渡す。
 
勾陳はその木刀を見ていたが言った。
「真剣にしないか?」
「いいよ」
 
それで勾陳は日本刀を2本取り出し、1本を千里に渡した。
 
重量感に武者震いする。きーちゃんと話した内容を思い出す。
 
“真剣で対峙したら少なくとも一方は死ぬ”
 

鞘から少し引き出して見る。
 
ようやくビルの隙間から差して来た十五夜の月に刃先(はさき)が妖しく光る。
 
刃文(はもん)が刃先近くに迫る、いかにも切れそうな刀である(*19).
 
いったん鞘に戻す。
 
「これでお前が死ねば、俺はお前が死ぬまで従うという義務が早々に終了する」
「ああ、それは仕事が楽になるな」
「ここは足場が悪い。橋のたもとに降りよう」
「いいよ」
 
それでふたりは日本刀を持って橋のたもとまで降りる。
 
そして、剣を鞘から抜き、中段に構えて対峙する。
 

「言っておくが、俺は剣道は101段だ」
「へー。私は101段くらいの階段は一気に駆け上がれるよ」
「大したもんだな」
 
「行くぞ」
と言って、勾陳が斬りかかってくる。
 
千里はその攻撃をさっとかわすと、相手が振り返ってこちらに再度斬りかかってくる勢いを利用して、勾陳の左こめかみの所に強烈な一打を打ち込んだ。
 
「ぎゃー」
という声をあげて、勾陳が一瞬ふらつく。
 
勾陳は完璧にやられたと思った。
 
が。
 
出血してない!?
 
まさか峰打ちか!??
 
いや、いくらなんでも、この生死を賭けた戦いで峰打ちとかする訳無い。きっと日本刀なんて持ったことないから刀の前後を間違えたんだ。と思い直す。それで激しい頭痛がする所を必死でこらえて、再度千里に斬りかかろうとする。
 
ところがここで、千里は左手に持っていた“何か”を勾陳の顔にぶつける。
 
しまった!目潰しか!と思い、勾陳は一瞬目を瞑った。
 
しかし千里は実は“何も投げていなかった”。
 
そして勾陳が目を瞑った瞬間、千里は左手をグーにして思いっきり、勾陳の下顎にアッパーパンチをくわせた。
 
勾陳の身体が吹き飛んで橋脚に激突する。
 
(4.1人分(C1+C2+C1p+Cd+K)の千里のフルパワーをぶつけたものである。このワザは本来は千里たちのハイパーセルフであるGにしか使えないのだが、Rは無意識にGのワザをちゃっかり借りた。万一の場合に備えでRPG-7!!を持って待機していたGが仰天した)
 

勾陳が橋脚に激突したことで、既にかなり傷んでいた橋が壊れる!橋の破片が大量に勾陳の上に落ちてくる。人間だったらこれだけで死ぬな、と千里は思った。
 
さすがの勾陳も橋の破片を振り払うのに苦労している。千里は一瞬の内に勾陳のそばに寄る。右手でスカートをめくると左手で日本刀を彼の陰茎根元に少しだけ刺した。
 
(下着無しでスカートを穿いている状態がそもそも無防備である。また勾陳はセーラー服のスカートで動きにくく、千里はミニスカートで動きやすかったのもこの対決には影響している)
 

「ぎゃー!」
と勾陳が悲鳴を挙げる。激痛がしているはずだ。
 
勾陳が思わず刀を落としたので、その刀を右足で思いっきり蹴る。すると刀は30mほど飛んで、向こう岸の地面に突き刺さった。
 
そして千里は勾陳に刀の先を刺したまま言った。
 
「今からこれを切り落とすから覚悟しろ」
「やめてー。助けてー」
 
勾陳は変身して逃げることも考えたのだが、既に刀の先が刺さっている状態では、へたに動くと結果的にペニスが切り落とされてしまいそうで、動けない。
 
「痴漢の罰は去勢、強姦の罰は死刑と相場が決まっている」
「お願いです。もう反抗しません。痴漢もしません。勘弁して下さい。チンコ無くしたくない」
「じゃペニスはやめて代わりに首を切ろうか?主(あるじ)に反抗するような者は殺してもH大神からは咎められないだろうし。それに一度龍を殺してみたかったんだ」
 
と言って、千里がニヤッと笑うので、勾陳は心底ゾゾゾっとした。
 

「お前クレージーだ!」
「お前みたいな変態の主人は私のような変態にしか務まらないよ」
 
あれ〜。似たようなことを以前にも俺、誰かに言われたことあるぞ、と勾陳は思った。(60年ほど前にまだ若い頃の(先代?)虚空に言われた)
 
「ごめんなさい。もう悪いことはしません。言いつけも守ります」
「以後、本当に私に従うか?」
「従います。誓います」
「痴漢とかレイプはしないか?」
「絶対しません」
「だったら、今度だけは許してやるが、睾丸を没収する」
「え〜〜!?」
 
それで千里は陰茎に刺した日本刀を左手で維持したまま、右手で勾陳の睾丸を掴むと
 
“取っちゃった”。
 
「嘘〜!」
 

「執行猶予1年だ。悪いことしなかったら、1年後に返してやる」
「ほんとに?」
「私が生きてたらな。だからお前は少なくとも1年間は私を必死で守護しないと、いけないぞ」
「分かった。ちゃんと守護する。1年経った後も、ちゃんと言いつけは守る」
「じゃ今回だけは許してやる。次は本当に殺すぞ」
 
それで千里は日本刀を抜いた。懐紙で刃先を拭き、鞘に収める。
 
「これマジで痛い。血がたくさん出るし」
「唾でもつけといたら?」
「なんか半分くらいチンコ取れ掛かってる」
 
ちょっと力を入れすぎたかな?
 
「半分取れ掛かってるなら、きれいに全部取った方がいいかもね。そしたら今お前が穿いてるスカートを穿いていても誰にも文句言われない身体になれるぞ。スカート穿きたいんだろ?全部取ってやろうか」
 
「嫌だ」
「だったらセロテープでもつけといたら?」
「セロテープなの〜?」
「ガムテープの方がいい?」
 
(実はリバテープと間違ってセロテープと言った。GとRは言い間違いが多い!)
 

「ちょっと貸せ」
と言って、千里は日本刀を付き添っていたコリンに渡すと、左手で、切れているペニスの根元を押さえた。そして3分くらいそのまま押さえていた。
 
「これでどうだ?」
「くっついてる!血も止まった。まだ痛いけど」
「よかったね」
 
(この治療はA大神に一時的に力を借りた)
 
「だけど、お前、全国剣道大会の時より強い気がした」
 
ああ、なるほど。こいつはエイリアス使いか。それで自分に付いて小山まできたエイリアスと、留萌で痴漢してたエイリアスが居たんだな。
 
「剣道の試合じゃ殴るとか禁止だし」
 
「確かに」
 

「それに相手を殺すのも禁止だからね。剣道と実戦の違いだよ。今はお前を殺すつもりでやったから(と言っておく)」
 
「千里、お前はやはり凄い奴だよ」
と勾陳は感心するように言った。
 
「でも壊れた橋はどうしようか?」
「ああ、このくらい、俺が修しておくよ」
「そう?じゃよろしく〜」
と言って、千里は勾陳に手を振って、コリンからヴァイオリン・ケースを受け取ると、2人で一緒に去って行った。その後姿に全く隙が無いのに気付き、勾陳はやはりこの子はタダ者ではないかもと思った。
 
「しかし今のはつい油断しちまったぜ。あいつが刀の前後を間違えてなかったら死んでた」
 
(↑千里がわざと峰打ちにしたとは思ってもいない)
 
「しかしまあ少しは楽しめそうだし、虚空さんがもう少し大きくなるまで、10年くらい付き合ってもいいかな」
などと勾陳は呟いていた。
 
「あれ?あいつが向こう岸まで蹴った村正(*19)、どこ行った?」
と言って勾陳は千里が蹴飛ばした刀を探したが見付からなかった。
 
「両方ともあいつが持ち去ったのかな??」
 
勾陳はこの時点で虚空が“新しい身体”に生まれ変わったことを知る数少ない人物のひとりだが、“まだ幼くて遊び相手にならない”から、虚空がもう少し成長するまで10年程度は千里で遊んでてもいいかな、くらいに思っている。しかし彼は実際には死ぬまで千里に付き従うことになる。
 

勾陳は、千里みたいな“小娘”に負けたとあっては恥とばかりに誰にもこの敗戦を言わなかったものの、翌日には全眷属が知っていた!!(実は九重がこっそり見ていて、言いふらしたため)
 
それで他の眷属たちは「やはり千里さんは凄い」と感心して、以降、しっかり千里に従うようになるのである。
 
勾陳は
「千里は、まあ虚空さん、歓喜さんの次くらいに、少し恐い相手かな」
などと呟いていた。
 

翌朝、8月31日(火)、通勤のためにこの橋の所に来た人たちは、中道橋が真新しい、きれいな橋に架け変わっているのを見て驚いた。
 
「市も結構仕事してくれるね」
「前の橋は歩いていると揺れるし、途中で落ちないかヒヤヒヤだった」
「新しい橋は安心だ」
「でもいつの間に工事したんだろう?」
 
 
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【女子中学生・ミニスカストーリー】(6)