【女の子たちの卒業】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-09-18
2009年3月2日(月)は千里たちの卒業式であった。
その日の朝、千里はまた夢を見ていた。
「千里、今日で高校は卒業だよ。もう制服は脱ぎなよ」
と美輪子が言うので、千里は着ていた高校の女子制服を脱いだ。すると裸になってしまう。
あれ〜。私、ブラもパンティも着けてなかったのかな??
目の前に3つの扉があった。
何となくまず左の扉を開いた。すると父が居る。げっ。
「おお、千里卒業おめでとう」
「ありがとう」
「高校卒業したらお前も一人前だな。漁船に乗ってニシンを捕まえてくれ」
「ごめーん。私、実はもう男の子じゃないの。だから漁船には乗れないの」
「あれ? お前チンコ無いの?」
「うん。ごめんね。私、おちんちん取って女の子になったの」
「そりゃチンコ無いと不便だな。よし。俺のをやる」
「え〜〜〜!?」
父はズボンを脱いで自分のおちんちんを露出させると、ギュッと引っ張って抜き取り!? 千里のお股にガチャッっと填め込んでしまった。
いやーーーーーー!!!!
「ほら、お前にもちゃんとチンコができた」
と父は言っている。
「あなたはおちんちん無くしても良かったの?」
とそばで母が心配している。
「息子のためだ。仕方ない。お前は我慢してくれ」
「そうだね。しょうがないね」
千里は左の扉を閉じて、真ん中の扉を開けた。貴司が居る。
きゃー。貴司にちんちんの付いた私を見られちゃうなんて。
「千里卒業おめでとう。これでもう千里も大人の女かな」
「そ、そうだね」
「じゃ、僕の子供を産んでくれよ」
「ごめんなさい。私、男の子だから赤ちゃん産めないの」
「え?そうなの? あ、千里チンコ付いてるんだ?」
「ごめんねー」
「こんなの付けてると赤ちゃん産むのに邪魔だよ。取っちゃうね」
そう言うと貴司は千里のおちんちんを掴んでグイっと引き抜いた。引き抜かれた跡は女の子のように割れ目ちゃんになった。
わーい!女の子になれたよ。貴司、グッジョブ!
「でもそのおちんちんどうするの?」
「あ、僕が使う」
「でも貴司、おちんちんあるじゃん」
「後ろにくっつけるよ」
「え〜〜〜!?」
「おちんちん2個あったら同時にふたりの女の子とセックスできて便利」
「何それ〜〜?」
「千里は僕の奥さんだけど、もうひとり奥さん作るからよろしく。大丈夫。ちゃんと両方とも愛していくから心配しないで」
なんて堂々と浮気宣言するんだ?こいつは。
千里は真ん中の扉を閉めて、右側の扉を開けた。
中にはとても美しく気高い感じの背の高い女性が居た。千里はちょっと玲央美に似てるかもと思った。
「千里、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「もう女子高生じゃなくて立派な女だね」
「ちょっとまだ面はゆいです」
「あなたは30年間毎年100日の修行をしたから3000日満行のお祝いに女の身体をあげます」
「わあ、いいんですか」
「これが女の身体の素なのよ」
と言って女性は掌に赤い珠を持っている。それを持ったまま千里のお腹にそっと押し当てると、珠は千里の身体の中に吸収された。
「これで卵巣、卵管、子宮、膣と出来たからね。クリちゃんは、あなた元々おちんちん持ってたから、それをお医者さんが改造したもので間に合わせて。実は普通の女のクリちゃんより感じやすいんだよ。大陰唇も陰嚢を改造したものをあなた持ってるからそのままで」
「はい、それでいいです」
「前立腺はGスポットに私が改造しちゃったから」
「助かります」
「あなたが元々持ってた、お医者さんの作った膣はセックスには使えるんだけど赤ちゃん産むのには狭すぎるから、私が取っちゃったからね。本物の膣をあげたから、これで赤ちゃんも産めるよ」
「え?でも私、30年修行したのなら46歳くらいですか?」
「まあ50歳かな。修行できなかった年もあるし」
「50歳で赤ちゃん産めるんでしょうか?」
「千里なら産めるよ。あんた5000歳まで生きるし」
「へー」
そこで目が覚めた。
千里はしばらく夢の余韻にひたっていた。
千里は2月28日に東京で□□大学の2次試験(小論文と面接)を受けた上で夕方から那覇のKARIONコンサートでキーボードを弾いた。更に翌日3月1日の福岡公演にも参加した後、羽田からの新千歳行き最終便で帰って来た。
新千歳空港からは美輪子の彼氏・浅谷さんが運転する車で自宅まで帰った。最初は少しおしゃべりしていたものの、その内、寝てるといいよと言われたので、千里は遠慮無く寝ておいた。私が寝てる方がふたりとしても色々助かるだろうしね!
帰宅したのはもう12時半頃である。浅谷さんはそのまま泊まっていくようだ。
「ビールちょうだい」
とか言っている。当然ビールを飲んでしまえば朝まで運転できない。
「前から思ってたけど、男の人って別にビールは夏だけでもないんですね」
と千里は言う。
「うん。帰って来たら、まずはビールかな。その後は、日本酒とか焼酎とか水割りとか。まあ僕は蒸留酒があまり得意じゃないから、ビールの後はもっぱら日本酒だけどね」
「その蒸留酒ってのが良く分からないんですけど」
「原酒を蒸留して造るお酒だよ。大雑把に言ったら、日本式の蒸留酒が焼酎、ワインを蒸留したのがブランデー、ビールを蒸留したのがウィスキーって感じ」
「へー」
そんなことを言っていたら、冷蔵庫の中をごそごそ探していた美輪子が
「ごめーん。ビールが切れてる。金麦でもいい?」
などと言う。
「まあ、しょうがないか」
と言って美輪子が出してきた金麦を飲み始める。
「それはビールじゃないんですか?」
「うん。ビールと似た感じのお酒で安いやつ」
「へー」
「最初ビールに似たもので発泡酒というのが発売されたんだよ。その後更に別の製法で『第三のビール』というのが出て、更に『第四のビール』というのまで出た。この金麦は第四のビールの中のヒット商品」
「すごーい」
「金麦は美味しいよ。ひとくち飲んでみる?」
などと浅谷さんは言うが
「未成年にお酒を勧めてはいけない」
と美輪子から釘を刺される。
「でもお酒飲んだことないんだっけ?」
と尋ねられたので
「彼氏の田舎の礼文島に行った時、親戚の人にうまく欺されて飲まされました」
と答える。
「ああ、田舎は特に酷い。中学生にでもどんどん酒を勧める」
「そうなんですよ。中学生の従弟が結構飲んでました」
そんな話をしていたら
「あ、そうそう。忘れる所だった」
と言って美輪子が宅急便の段ボール箱を出してくる。
「貴司君から荷物が届いているよ」
「わあ」
千里はパッと笑顔になって、カッターで段ボールを開ける。中には更に箱が2つ入っている。
「こちらはホワイトデーみたい」
と言ってお菓子の箱を開ける。大阪の洋菓子店のホワイトチョコのようである。
「なんか高そう」
「千里、これ多分5000円くらいするよ」
「きゃー」
「熱心なんだね」
「えへへ」
やはり3万円のバレンタインを送ったからかな。
「おばちゃんも、浅谷さんも食べて。これ私ひとりでは食べきれない」
「うん。頂こう」
「美味しい!」
という声が異口同音に出た。
「こちらは誕生日のプレゼント兼卒業祝いだって」
と言って千里はメッセージカードが付けられた小さい箱を開けた。
「ほほお」
「私、お化粧なんてしたことないのに」
と千里は少し戸惑いながら言う。
中身はエスティ・ローダーのビギナーズセットであった。
「うん。だから今から覚えればいいんだよ」
「そうかぁ。女子大生にもなったら、お化粧くらいできないといけないかな」
「そうそう」
「学校にもお化粧して行くんだっけ?」
「そういう子もいると思うけど、学校はスッピンでいいと思うよ」
「安心した」
「バイト先では、その種類によってはお化粧が必要」
「なるほどー」
「洋服屋さんのスタッフとかならお化粧必須」
「なるほど」
「でも飲食店なら逆にNG」
「なるほどー」
「でも貴司が自分でこういうの買ってる所想像したらちょっと面白い」
と千里は言う。
「僕も美輪子にリクエストされてお化粧品、買うことあるけど、恥ずかしい」
と浅谷さんは言っている。
「いや、恥ずかしがらずに買う男は怖い」
「女装に慣れている人なら」
「貴司君、女装は?」
「一度女装させてみたいな」
「それからこれは私からの卒業祝いね」
と言って叔母は化粧品ショップの包み紙の箱をくれる。
「わあ、なんだろう」
と言って取り出してみると、エリザベス・アーデンの「サンフラワー」である。
「こんなのもらったの初めて〜」
「あんたも女の子なんだから、香りの演出も覚えていくといいよ」
「えへへ」
「ちょっとプッシュしてごらん」
と言うので手にプッシュして香りをかいでみると、甘くて明るい香りがする。
「この匂い好き〜」
「気に入ってもらって良かった」
「へー、いい感じの香水だね」
と浅谷さんは言うが
「ごめん。これは香水じゃなくてオードトワレ」
と美輪子は言う。
「そのあたりの違いもよく分からない」
「まあ高いのから順に、香水、オードパルファン、オードトワレ、オーデコロン」
「10秒後には忘れそうだ」
と浅谷さん。
「お酒のブランドは覚えるのに」
「自分に関わりの無いものは記憶に残らない」
「賢二は女装の趣味は無いよね?」
「会社の新入生歓迎会で女装させられたくらいかな」
「写真無いの?」
「会社のデータストックから消去しておいた」
翌日3月2日の朝は、千里はいつものように5時に起きて、早朝からシューター教室に出かけていき、智加や結里たちの指導をした。なお、晴鹿は自分の学校の卒業式に出るためいったん岐阜に戻っている。絵津子もこちらに戻って来ている。
その後、下着も交換してから女子制服に着替えて教室に戻ると、美輪子が母と一緒に来ていて、美輪子が手を振る。千里も手を振って近づいて行き
「来てくれてありがとう」
と笑顔で言う。母は顔をしかめている。
「あんた、その制服で卒業式に出るの?」
「そうだよ」
「女の子の制服で?」
「だって私女の子だもん」
と千里は笑顔で母に言った。
千里がそれで教室の中に入っていくと、花野子が
「あれ?千里その服で卒業式に出るんだっけ?」
などと言う。
「なんで?」
「男子制服じゃないの?」
「女子制服だよ〜。私、女の子だもん」
「だって、千里は性転換手術を受けて男になったらしいという噂が」
「どっからそんな根も葉もない噂が!?」
「男になっちゃったから、もう女の子の声も出なくなったとか。でも女の子の声だね。以前と違う声だけど」
「そうなんだよ。私、声変わりが来ちゃったんだよ。以前のは少女っぽい声だったけど、これ結構大人の女っぽい声だよね」
「ああ、そういう声変わりだったのか。声変わりというから、男の声になったのかと」
「まさか。私、睾丸なんか無いのに」
「やはり睾丸が無かったら声変わりしないよね?」
「ふつうの女性の声変わりだと思うけど。実際今、声の音域トップが12月頃に比べて3度ほど低いんだよ。練習していればまた出るようになるかも知れないけど」
「なるほどー。じゃ男の声は出ないの?」
「それはさすがに出ない」
「だよねー」
やがて卒業式が始まる。
在校生がみんな着席している所に胸にリボンを付けてもらった卒業生が整列して入って来て着席する。
教頭先生が卒業式の開会を宣言し、2年生の長谷さんのピアノ伴奏で君が代を全校生徒で斉唱する。それから卒業生の名前が1人ずつ呼ばれて壇に上がり、校長から卒業証書を受け取った。
千里は担任から「村山千里」と呼ばれて壇上に上がり、校長先生から証書を受け取った。校長先生は「この3年間、ほんとに頑張ったね」と声を掛けてくれた。
全員が卒業証書を受け取った後、壇上にいる校長がそのまま卒業生への式辞を述べる。そのあと理事長さんがあがって告辞を述べる。更にPTA会長、同窓会長の祝辞のあと、来賓の祝辞が続いた。
そのあと在校生代表で2年生の生徒会長から送辞が読まれ、3年生で最後の成績トップであった蓮菜が卒業生を代表して答辞を読んだ。
ここで「卒業生特別表彰」がありますと言われる。
「表彰の対象になったのは、国際数学オリンピックで金メダルを獲得した3年6組浜中孝徳君、ベネツィア音楽グランプリで入賞した3年3組水野麻里愛さん、そしてU18アジア選手権で優勝・BEST5・スリーポイント女王を取った3年6組村山千里さん」
と呼ばれる。どうも国際的な大会で好成績を挙げたというのが選考基準のようだ。千里はこんな賞がもらえるというのは全く聞いていなかったので驚いたが、笑顔で壇上に上がった。
ひとりずつ校長から賞状と記念の楯をもらった。麻里愛ともハグした。
その後は2年生の長谷さんのピアノ伴奏で、出席者全員で「仰げば尊し」を歌った後、更に校歌を斉唱して、最後に教頭先生が卒業式終了の宣言をした。卒業生が退場して式は終わった。
その後は教室に入って担任の先生からお話を聞いた。保護者は教室の後方、あるいは一部廊下に並んでいる。千里は先生のお話を聞いていて理由のよく分からない涙が出てきた。鮎奈も涙を浮かべていて、千里を見て
「やっぱり卒業式って泣けるよね」などと言っていた。
学校としてはこれで卒業であるが、国立の後期試験などはまだこれからである。それで補習は3月中旬まで引き続き行うし、先生たちも学校に常駐しているので進路のことなどで相談があったらいつでも来るようにと言われた。
そのあと解散になったが、千里は同じクラスの女子たちとたくさんハグして泣いて別れた。この中にはすぐにまた顔を合わせる子もいる。でもひょっとすると2度と会うことのない子もいるかも知れないなと千里は思った。
ホームルームが終わった後、廊下にバスケ部の雪子が来ていて
「千里さん、これバスケ部からの記念品です。これまでありがとうございました。また今後の活躍も期待しています」
と言ってくれた。
「うん。雪子も頑張ってね」
「シューター教室はいつまでするんでしたっけ?」
「13日朝までやるんだよ」
「たいへんですね!」
お昼は謝恩会が開かれることになっていたが、進学・特進の子たちの参加率は低かったし、千里もそういうのはかったるい気がしたので欠席して、お昼は旭川市内の和食の店で、母・美輪子と3人で昼食を取った。
「あ、これあんたに卒業祝い」
と言って母が袋をくれる。開けてみるとオーブントースターの箱が入っている。
「実用品で悪いけど」
「ううん。こういう実用品がけっこう助かる」
「大学に入った後現地で買ったほうがいいかなとも思ったんだけど、卒業からあまり時間が経って渡すのもと思って」
「うん。引越の荷物に入れて送るから大丈夫だよ」
「しかし千里が引っ越して行くと寂しくなるなあ」
と美輪子は言っている。
「3年間お世話になったからね。それ以前にもけっこう泊めてもらったりしていたし」
「うん。あの部屋は中学の頃から事実上あんた専用になってたから」
「この後は、おばちゃんの子供の部屋にしなよ」
「子供かぁ・・・いつ作ろうか?」
と美輪子が言うと
「いつでもいいけど、式をあげた後にしてよね」
と千里の母は言った。
お昼の後は、母たちと別れて(トースターは美輪子に持ち帰ってもらった)、Q神社を訪れた。
「なんか最後の方はほとんど出仕できなくて申し訳ありませんでした」
「むちゃくちゃ忙しかったみたいね」
「そうなんですよ!3年生になってからは日本代表のスケジュールが入ってほんとに時間が取れなくなってしまいました」
「でも卒業か。寂しくなるなあ」
と斎藤巫女長は言う。
「千里ちゃん、どこに行くんだっけ?」
「まだ入試の結果が出ていないので確定してないんですけど、合格していたら千葉のC大学です」
「千葉か。どこか知り合いの居る神社が無かったかな」
「あはは。巫女さんもいいですけどね」
「そうだ。これ千里ちゃんの卒業祝いにと思って」
と言って斎藤さんが小さな箱をくれた。
「わあ、イヤリング! これ高そう」
「やはり高校卒業したら、もう大人だし。こういうの持っておいた方がいいよ。真珠のネックレスとかあげたいなとも思ったけど、予算オーバーだから」
「これもとってもありがたいです!」
それで早速つけてみる。
「おお、可愛い、可愛い」
「でも女子高生の制服とは合わない」
「ドレスとか着て、それをつけるといいのよ」
その日は巫女服に着替えて、夕方まで最後のご奉仕をして、この神社を退職した。思えば、ここの神社のお給料が、高校1年の頃の千里の学資を支えたのである。千里は本当に感謝していた。
『あぁあ、千里ここ退職しちゃうのか』
と寂しそうに《りくちゃん》が言う。
『あんたたちの餌場として貴重だからね。千葉に行っても適当な所見付けてあげるから心配しないで』
と千里は答える。
『都会はきっと食べ甲斐のある所がたくさんあるよ』
と《てんちゃん》が言っていた。
千里は「よかったらこれ、退職記念に、本殿の隅にでも置かせてください」と言ってローズクォーツ製の龍の置物を斎藤さんに渡した。
「ほほぉ。面白いものを」
と言って斎藤さんはその置物をほんとに神社本殿の端の方に小さな棚を作って置いてくれた。
これで千里の後ろの子たちの「緊急の食事の場」としても使えるし、この神社の清浄をキープするのにも貢献できることになる。千里は中学を卒業する時も留萌Q神社に木彫りの龍の置物を置いてきている。
夕方帰宅すると、美輪子がクラッカーで迎えてくれた。
「びっくりしたー」
「1日早いけどお誕生日おめでとう」
と美輪子と母が言ってくれる。
「ありがとう」
「とうとう千里も明日で18歳か」
「法的に結婚できる年になったね」
「私が法的にも女であったら16歳で結婚できたんだけどね」
「まあ仕方ないよ」
「20歳過ぎたら手術して戸籍も直して結婚しなさい」
と母は言うので
「そうするつもり」
と千里は答えるが、美輪子はニヤニヤしている。
ふたりで誕生日のお祝いのごはんを作ってくれていたようで、お魚をたくさん乗せた「すし太郎」の他に、大根やニンジンの煮物、白身魚・カボチャなどの天ぷらも並んでいる。
「バイトで全国飛び回っているけど、やはり留萌・旭川のお魚は美味しいよ」
と千里は言う。
「東京とかだと水揚げしてから店頭に並ぶまで3−4日かかったりするんじゃないの?」
「そうみたい。東京も築地とかは新鮮なんだろうけど高級店に限られるみたい」
「越谷に行ってる吉子ちゃんとかも、美味しいお魚が食べたい、って言ってるらしいよ」
「埼玉県は内陸だから、よけい厳しいかもね」
しばらくおしゃべりしながら食べていたのだが、ふと母が言った。
「千里、あんたけっこう食べるようになったね」
「うん。やはりスポーツするのには身体をしっかり作るのが必要だからね」
「千里筋力が凄いもん。さすが全国で活躍するバスケ選手だけのことはあるよ」
と美輪子が言う。
「お父さんには内緒にしててね。私はか弱い男の子ということにしておいて。でないと、漁師になれって言われるから」
と千里。
「あの人はまだあきらめてないみたいよ」
と母も言う。
「でも千里が男ばかりの漁船に乗って沖合とかに行ったら、絶対レイプされるよ」
と美輪子は言う。
「まあやられてもいいと開き直っちゃう手もあるけどね。料金取ったりして」
と千里。
「それは別の職業だよ!」
すると母が心配そうに言う。
「あんたさ、性転換手術の手術代稼ぐのに、風俗とか行ったりしないよね?」
それで千里は苦笑しながら言う。
「実はさ、高校に入りたての頃、ほんっとにお金が無いから、いっそ夜のお仕事しようかと思ったこともあるよ。あんたなら絶対人気出るとか言う人もあるし」
「まあ普通の女の子より、千里みたいなのは商品価値あるからね」
と美輪子。
「でも悩んでいる内に貴司のお母さんに紹介してもらってQ神社に奉仕させてもらうようになって、それで結果的には思いとどまったんだよ」
「じゃ貴司君のお母さんには、ほんとにお世話になってるんだね」
と母もしんみりとした顔で言った。
「最近XANFUSの売れ行き凄いみたいね」
深見鏡子は海岸沿いの堤防の上の道を自転車を走らせながら携帯で久しぶりに桂木織絵(音羽)と話していた。
「うん。この1月からたくさんイベントやテレビに出たのでかなり知名度があがったんだよ。おかげでこないだ出した『おどろうぜ、ヤング』だけじゃなくて前作の『さよなら、あなた』まで売れているんだよ」
「でも『おどろうぜ、ヤング』はヤングなんて死語使ったのが受けたね」
「そうそう。私も最初タイトル聞いた時は、ちょっと待て、と思ったけどさ。東郷誠一さんって、こういうものに対するセンスが凄くいいみたい」
音羽は音楽活動の話からやがて東京での生活の話に移り、こちらは刺激的ではあるけど、お魚が美味しくないし空気が悪いと不満を言っていた。
「友だちできた?」
「びみょー。特に歌手の仕事でけっこう学校休んでるでしょ。なんか棚上げされてる感じなんだよね。クラスメイトたちから」
「まあ、それは芸能人の宿命だよ」
「御飯はどうしてるんだったっけ?」
「社長の奥さんが作ってくれてるんだよね。プロに任せた方がおいしい料理食べられるだろうけど、高校生以下のタレントさんは家庭的な方がいいんじゃないかって。だから社長の娘さんたちと一緒におしゃべりしながら。住んでいるアパートは社長の家の隣なんだよ。ごはんとお風呂は社長の家に行く」
「半ば下宿生活みたいなものか。そこ他にもそんな感じのタレントさん居るの?」
「うん。北海道出身の練習生で田崎利奈ちゃんって子と、Parking Serviceのアリスちゃん。あの子は実家が高知だから」
「それって男の娘だよね!?」
「そうそう。でもほとんど女の子にしか見えないよ。声だけは男だけどね」
「へー」
「こないだなんか一緒にお風呂入っちゃったよ」
「うそー!? 入れるの?」
「うん。女湯に突撃したことは過去何度かあると言ってた。取り敢えず裸になった程度では男には見えないし」
「ちょっと待って。それってもう性転換手術済みなわけ?」
「まだ手術はしてないって。女性ホルモンは飲んでいるらしいよ。だから実胸がAカップくらいあるんだよね」
「へー。でも手術してないんだったら、ちんちん付いてるんでしょ?」
「付いてるって言ってた。でも上手に隠してるんだって」
「隠せるもんなの〜? お風呂で」
「うん。1m程度の距離から見た分には見えなかった。あ、おっぱいの触りっこはしたから、もう少し至近距離に近づいてるな」
「男の娘とおっぱいの触りっこだと〜?」
と叫んだ時、鏡子は突然空中を舞う感覚があった。
え? 何これ? どうして私、空を飛んでるの???
鏡子が自転車で走っていた道が、突然無くなっていたのである。
凄まじい衝撃音が聞こえて、織絵はびっくりした。
「鏡子!鏡子!どうしたの?」
織絵が彼女の名前をずっと呼びつつけていたら、30秒ほどで反応があった。
「私、生きてるみたい」
「怪我は?」
「自転車メチャクチャ〜」
「鏡子の怪我は?」
「うーん。何か身体が動かないんだよね。私、どうしたんだろう?」
「いったん切るから、すぐ救急車呼んで」
「うん。そうする。でも空中を飛ぶのって気持ちいいね」
病院に搬送された鏡子はMRIを取られた上で、駆けつけて来た母親の同意書を取って手術室に運び込まれ緊急手術を受けた。
骨盤骨折は場合によっては大出血を伴い、生命に危険があるのだが、幸いにも内臓は損傷しておらず出血も大したことは無かったので、単純に骨を正しい位置に戻して固定するだけで済むということであった。それでもいったん切開して折れている部分にインプラントを入れてボルトで固定する。
所要時間は30分程度ですよと言われ、下半身に麻酔を掛けられた上で、手術は進行していく。
ただ、骨盤の骨折ということで、将来妊娠した時に流産しやすくなる可能性があります、帝王切開を選択しなければならない可能性もあります、というのが手術前の同意事項の中に書かれていたが「まあ私、結婚とかしないかも知れないし、いいけどね」などと本人は考えていた。
でも参ったなあ・・・と思いながら鏡子は医師が作業する音を聞いていたが、落下した時に感じた風のことを思い出していたら、唐突に強烈なメロディーが頭の中に浮かんできた。
「看護婦さん」
と鏡子が呼ぶので
「どうしました?気分でも悪い?」
と女性看護師が尋ねる。
「いえ。何か書くものを取ってもらえません?」
「はあ?」
「今、すっごくいいメロディーが浮かんじゃって。書き留めておきたいんです」
「でも・・・」
看護師は医師を見る。
「君、今手術中なんだけど」
「でも、今書き留めておかないと絶対忘れちゃう。これ、ベートーヴェンの『運命』並みの名曲だと思うんです」
すると医師はその『運命』というのに苦笑して
「ベートーヴェン・レベルなら仕方ないね。じゃ書いてもいいけど、気分が悪くなったり血圧が低下したりしたら中止してもらうよ」
と言った。
「ありがとうございます」
それで鏡子は看護師から、レポート用紙と鉛筆をもらい、そこに今思いついたメロディーをドレミ方式で書き始めた。ページの先頭には DOWN STORM というタイトルを記入した。
翌日3月3日(火)。
千里はまた早朝から高校の女子制服を着てN高校に出かけて行き、シューター教室をした。晴鹿はまだ戻って来ていないものの、智加たちが熱心に千里の指導のもと、練習をしていた。朝練が終わって帰ろうとしていたら、ちょうど出勤してきた担任の先生と遭遇する。
「お前卒業したのでは?」
「13日朝までは練習があるんですよ」
「大変だな!」
「でも1年間ほんとにお世話になりました」
「たくさん宿題作るのは大変だったけど、お前がしっかりやってるから作り甲斐があったよ」
「いえ、ほんとにあれのお陰で助かりました」
「まあこの後も頑張れ」
「ありがとうございます」
校門の所まで美輪子が迎えに来てくれていて、空港まで送ってくれる。それで旭川905-1050羽田で東京都内に入る。またまたKARIONのコンサートである。今日はひな祭りということで女子限定ライブを都内のホールでするのである。
この日は女子限定ライブということで、伴奏者やコーラス隊は全員スカートを穿いた。トラベリング・ベルズの5人までスカートを穿かされていた。黒木さんなどは楽しそうにして、フラメンコの真似などしているが、相沢さんなどは嫌そうな顔をしていた。
身体の大きなドラムスの鐘崎さん(DAI)などは、本来膝下スカートのはずがミディ・スカートという感じになっているが、そのスカート姿にあまり違和感が無い。
「DAIさん、けっこうスカートがハマってますね」
などと小風が楽しそうに言っている。
「もうこのバンドは色々変なこともやらされるから、開き直ってます」
などと本人は言っている。
「そうだ。みんな楽器に擬態するなんてどうだろ?」
などと黒木さんが言い出す。
「何それ?」
「ギター弾く人はギターに擬態、トランペット吹く人はトランペットに擬態、ドラムス打つ人はドラムスに擬態」
「ギターやトランペットはまだ分かるが、ドラムスはどんな格好になるんだ?」
「へー、春休みに全国ツアーをするんだ?」
と3月3日に学校で谷口日登美は友人で昨年秋にXANFUSの光帆としてデビューした吉野美来と話していた。今年は3月1日が日曜日だったので、2日に卒業式をした高校が多かった。それで在校生も通常の授業は3月3日から再開されたのである。
「うん。昨日決まったのよ。2枚目のシングルが凄い好調だったから全国5箇所でツアーしようと」
「5箇所というと?」
「東京・名古屋・大阪・福岡・金沢」
「札幌とか行かないの?」
「飛行機で行かないといけない所は予算が・・・」
「ああ、泳いでいく訳にもいかないしね」
「日程はこれなんだけどね」
と行って美来はパンフレットを見せる。
「3月25日(水)金沢、27日(金)名古屋 28日(土)東京 29日(日)大阪 31日(火)福岡。なんかハードスケジュールでは?」
「最初東京・大阪・名古屋の金土日3日間だったのを無理矢理前後に金沢と福岡を入れたというか。実は金沢は計画では札幌だったんだけど、予算が出ないということで」
「たいへんね〜」
「日登美どれか来られない。チケットはあげるからさ」
「私この春休みは塾の合宿に行くんだよね〜」
「ありゃ〜」
「でも金沢に行こうかな」
「へー!」
「実は26日から4月1日まで一週間、和倉温泉なのよね。合宿前に美来たちのライブを見ようかな」
「たいへんね〜!」
千里は3月3日のライブも早い時間帯に終わったので、20:25の羽田→新千歳の便で旭川に帰還した(旭川帰着0:25)。
3月4-5日は朝と放課後にシューター教室をして昼間は学校の図書館で「レ・ミゼラブル」とか「谷間の百合」「赤と黒」など小説を読みまくっていた。
その4日のお昼には□□大学医学部の合格発表が行われた。千里は合格していた。
早速職員室に行き、教頭先生に合格の報告をした。
「おお、凄い! 頑張ったね」
と教頭先生は笑顔で言う。担任の先生や宇田先生なども寄ってきて千里を祝福してくれた。千里たちに「大学合格の課題」を出した**先生も寄ってきて
「村山君すごいね!」
と褒めてくれた。たぶんこの先生も自分がまさか□□の医学部に合格するとは思っていなかったろうなという気がした。おそらくはこの先生の純粋な意地悪だったのであろう。しかし千里は美事にその課題をクリアして、バスケ部の来期の活動を後押しすることになった。
「どうするの?□□大学に入る?」
「いえ入りません。すぐに辞退の意向を伝えようと思います」
「それC大学の結果が出てからでもいいのでは?」
「うちは貧乏だから、どっちみち私立の医学部なんて無理ですよ」
「確かに桁違いに学費が掛かるからなあ」
「それに早く辞退を伝えたほうが、その分1人でも早く繰上合格者に連絡が行くことになりますし。たぶん繰上合格になる付近の人たちがいちばんここに入りたい人たちなんですよ」
「言えるね、それ」
5日の夕方、美輪子とふたりで御飯を食べていたら、またまた変な財テクの勧誘電話が掛かってきた。美輪子が断るのに苦労していたので千里が出て男声で断ると。向こうも引っ込んだようであった。
「なんかここの電話番号が変なリストに載ってしまっているんじゃない?」
「うん。たぶんそうだと思う」
「電話番号変えたほうがいいかもよ」
「そうしようかなあ。千里がいるうちは何とかなるだろうけど」
「私が出て行ったら、入れ替わりに浅谷さんを住まわせたら?」
「あいつ、軟弱だからセールスの電話をピシッとは断れないかも」
「ああ、それは修行が足りない」
そんなことを言っていたら、また家電に着信がある。
千里と美輪子は顔を見合わせる。
しっかり断ったつもりが、まだ諦めていなかったのだろうか。
千里は怒った表情になって受話器を取った。男声で警告する。
「ちょっとしつこくすると警察に訴えるよ」
すると向こうは
「ごめんなさい!」
と言ったが、その声は聞き覚えのある声だった。
「え?貴司?」
と言ってしまってから、千里は自分が男声で話していることに気づき、顔がかぁっと赤くなった。
「ね、まさか千里なの?」
と貴司が言う。
いやだー。絶対に貴司にはこの男声、聞かれたくないと思っていたのに。
「うん。ごめん。ちょっとしつこいセールスの電話があって、それと間違えちゃって」
「ごめんね。最初携帯の方に掛けたんだけど、電池切れっぽかったから」
と貴司が言う。
あ、そういえば2日くらい前に充電したきりだった。
「今いいかな」
「うん」
「僕、やはり彼女と恋人になろうかと思う」
と貴司は言った。
千里はショックだったが、先日もライブに一緒に来ていたんだもん。やはり仲は進行しているんだろうなと思う。たぶんあのライブの後、ホテルとかにでも行ったのかなあ。悔しいなあ。
「いいんじゃない。それ私にわざわざ言う必要もないと思うけど」
「いや千里は友だちだから」
「そうだね。友だち同士ならお互いの恋愛のこと言ってもいいかもね」
「実はゴールデンウィークに旅行する約束もしちゃった」
「ああ。いいんじゃない」
と答えながらも千里の心の中では嫉妬の炎が燃え上がる。旅行なら当然旅先でセックスしまくるんだろうなあ。
「私もゴールデンウィークまでに新しい恋人作ってどこか旅行に行こうかな」
と千里。
「うん、それもいいと思うよ」
と貴司は言う。
「でも千里恋人って男の恋人?女の恋人?」
「私が女の恋人作るわけないじゃん」
「安心した。千里、やはり女の子だよね」
ふーん。他の子と恋人になると私の前で宣言しておいても私のこと気になる訳?
「僕は今、千里と恋人になることはできないけど、千里は可愛いもん。声くらい男の子であっても、彼女にしたいと思う男の子はきっといるよ」
「そうかもね。誰かさんみたいに薄情じゃない人もいるかもね」
「ごめんねー。そのうち千里が女の子の声も出せるようになったら、僕もまた気持ちが整理できると思うんだけど」
なんかこいつ凄くわがままなこと言ってないか?まさか二股するつもりか?と千里は少し腹が立った。
「別にいいよ。女の子であった頃の私のことは貴司の脳のどこかに美しい記憶として保存しておいてよ。私は私で何とかやっていくからさ」
と千里は突き放すような言い方をする。そばで聞いている美輪子が顔をしかめている。
貴司はしばらく何か考えていたようである。
「でも千里さ」
「うん?」
「確かに声は男の声になってしまっているけど、こうやって聞いていると男が話しているようには聞こえない」
「そ、そうかな?」
「うん。やはり千里って基本が女の子なんだと思う。だから声だけ男になってしまっても、イントネーションとか話し方の雰囲気がやはり女なんだよ」
それは雨宮先生にも言われたなと千里は思った。
「千里、合格発表は7日だったよね」
「うん」
と素っ気なく答える。
「その後、入学手続きとかで千葉に行くんだっけ?」
「まあ合格していたらだけどね。手続きは13日からだからその日に行くつもり」
「だったらさ、そのあと千里ちょっと大阪に出てくることできない?」
は?こいつ何言ってんの?他の女の子と恋人になると言っておいて、私とも会いたい訳??
「私、そのあと自動車学校に行くんだよ。合宿方式。入学手続きの翌日14日に入学して、仮免試験・卒業試験に落ちなかったら27日に終了予定」
「だったら28日にでも大阪に出てこない? 大阪までの交通費はあげるからさ」
「私と会ってもいいわけ? 貴司、今けっこう注目されているから顔が売れてるよ。私と会っているの見られたら、誰かがツイッターに書くかもよ。彼女に気付かれたらやばくない?」
「友だちと会うのは別に問題無いと思うけど。もっとも顔が売れているというのでは僕より千里のほうが売れてると思うなあ」
「女子バスケットはマイナーだもん。バスケットといったらみんな男子でしょ」
「それはそうかも知れないけど」
そしてその時千里は、なぜそんなことを言ったのか自分でも分からない。
「よし。じゃ目立たないように、私男装して会いに行ってあげるよ」
「え〜〜〜!?」
そばで様子を見ていた美輪子が「何!?」という感じの顔をした。
電話を切ってから美輪子に訊かれる。
「今の貴司君でしょ? なんであんた女声で話さなかったのよ?」
「うーん。。。なりゆき」
「あんたたち、結局どうなってんの?」
「一応私たち、1年前に別れたんだけどね」
「全然別れたようには見えないんだけど?」
「そうだなあ・・・」
3月6日(金)は朝からシューター教室をしに行き、またこちらに戻って来た晴鹿を指導した。そのあと、また美輪子に送ってもらって旭川空港に行き、いつもの便で東京に出る。
この日は3月6日が「弟の日」というので、男子限定のライブが行われる。3月3日に女子限定ライブをしたので、その代わりである。
そして先日の女子限定ライブでは男性の演奏者にもスカートを穿いてもらったので、今日は全員男装である。KARIONの4人まで男装して学生服を着ている。4人の中でいちばん男らしくなったのは小風である。
「この格好でスーパー銭湯に行ったら男湯のロッカーの鍵を渡されるかなあ」
「実験してみる?」
などと和泉が言うが
「やめて〜」
と三島さんが言っている。
「和泉も美空も学生服着ても女の子にしか見えない」
と蘭子が言っているので
「よし、蘭子にも着せよう」
と言われて、ちゃんと用意されている蘭子用の学生服を着せられ、結局学生服で4人並んだ所を望月さんが記念撮影していた。(今日は蘭子は伴奏者に紛れるために伴奏者用の男装をしていた)
「蘭子も学生服着ても女にしか見えん」
「蘭子、ほんとに学校には学生服で行ってるんだっけ?」
「行ってるけど」
「たぶん蘭子が学生服で男子トイレに入る度にパニックが起きている気がする」
実際には2月に学校に復帰して以来、蘭子は男子トイレの使用を他の男子たちから拒否され、入ろうとしても追い出されていたようである。
「やはり蘭子、男の格好で通学してるって嘘でしょ?」
「ほんとだよ〜」
「それ無用の混乱を起こしているだけのような気がする」
千里も伴奏者用の、少しゆったりしたズボンと男性用ワークシャツにネクタイまで渡された。
「村山さんはその長い髪で男に見えないなあ」
と千里を見て黒木さんが言っている。ここは女性用控室なのだが、黒木さんはなぜか入って来ている。彼はしばしば女性用控室に平気で入ってくるし、女性の出演者たちも彼の存在はあまり気にしない。
「男性用カツラでもかぶせます?」
と小風。
「あ、それで行こう。誰か買って来てよ」
え〜〜〜〜!?
ということで、小風が千里の頭にメジャーを当ててサイズを測ってくれて、事務所の男性スタッフが千里の頭に合う男性用カツラを買ってきて、千里は髪をまとめてそれをかぶる羽目になった。
KARIONの大きな方針とかはどうも和泉と蘭子の話し合いで決められているようだが、この手のちょこちょこした演出部分は、小風と黒木さんの思いつきが反映されている傾向があるようである。
「男装の千里ってすげー違和感」
と泰華が笑って言っていた。泰華は男装すると、けっこう格好いい男子に見える。
ライブが終わった後で千里は黒木さんに声を掛けた。
「今日使用した男装用の服とかカツラですけど、私買い取れません?ちょっとコスプレ用に持っておこうかと思って」
すると黒木さんは
「ああ、そんなので良かったら持って行っていいよ。僕が望月さんには言っておくから」
などと言うので、そのままお持ち帰りした。
その日は都内のホテルに泊まり、翌日は上越新幹線と《はくたか》を乗り継いで富山に行った。
この日のお昼頃、C大学の合格発表があっていた。
千里は合格していた。手応え充分だったので、落ちることはないだろうとは思っていたのだが、とにかくもこれで自分の4月からの行き先が決まってホッとした。美輪子・母にメールし、担任の先生には電話して報告しておいた。また、取り敢えず予約だけ入れておいた、自動車学校に料金を振り込んで、千里は14日から自動車学校の合宿コースに行くことになった。
夕方から富山市内でKARIONのライブをする。3日は女子限定、6日は男子限定であったが、この日からはまた通常のライブに戻る。ヴェネツィアン・マスクは今回のツアーでずっと付けているのだが、衣装はいつものドレスに戻った。
その日は富山市内に泊まり、翌8日は京都に出てライブである。ここだけが3日連続のライブになっているのである。
京都ライブも割と早い時間帯に終わる予定だったので、千里はライブ終了後すぐに新幹線で東京に向かい、羽田からの最終便で新千歳に戻ることにしていた。結果的にKARIONの4人と同じ新幹線に乗ることになるはずだが、向こうはグリーン車、こちらは普通車である。
しかしこの日は進行が少し遅れ、アンコールの最後の曲『Crystal Tunes』のピアノを弾き終わったのは本来の予定より10分も遅くなっていた。幕が下りると、すぐに楽屋に引き上げヴェネツィアン・マスクを外し、急いで着替える。結構時間がやばい気がする。
『万一の時は、りくちゃん送ってよ』
『旭川まで?』
『京都駅までだよ!』
荷物を持って小走りに裏口に行くと、そこに事務所の若い女の子とKARIONの4人が困ったような表情で立っていた。
「どうかしました?」
「いや、実は望月さんがなかなか出てこなくて」
「探してきましょうか?」
「新幹線の時刻がギリギリなんですよ。すぐに行かないとやばいのに」
「望月さんが運転することになっていたんですか?」
「そうなんです」
すると小風が言った。
「村山さんは運転はできないんですか?」
「うーん。できないこともないけど」
「じゃ京都駅まで私たちを送ってもらえませんか? 車は駅前に放置でいいので」
「放置していいんですか!?」
「駐車場とかに入れる時間のロスが惜しいので、スタッフさんに1人向こうに行ってもらっているんです。その人が車は回収しますから」
「分かりました」
それで千里がヴィッツの運転席に座り、美空が助手席に乗って、後部座席に左から小風・蘭子・和泉と乗り込んだところで千里は「シートベルトお願いします」と言って車を出発させる。
車は夕方の京都市内で、たくみに混んでいない道を通り抜けて京都駅に向かう。実は《たいちゃん》がナビゲートしてくれているのである。
「千里さん、よくこんな路地みたいな所を知ってますね」
と助手席の美空が感心したように言っていた。
わずか2分で京都駅に到着する。
「助かりました!」
と和泉が4人を代表して言い、それで4人が飛び降りて行った所で、見た記憶のある男性が寄ってきて
「お疲れ様です。車を回収します」
と言うので
「では後はよろしくお願いします」
と言って、千里も荷物を持って車を降りた。
急いで改札を通り新幹線に飛び乗る。千里が乗って1分ほどで新幹線は動き出す。ほんとにギリギリだったようである。
『美空たち4人はちゃんと乗れた?』
と後ろの子たちに訊くと
『だいじょうぶ。ちゃんと乗ったよ』
と《いんちゃん》が教えてくれた。
でもまた無免許運転しちゃった!
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【女の子たちの卒業】(1)