【女の子たちの卒業】(3)

前頁次頁目次

 
3月28日、千葉。
 
もやもやする気分を解消しようと麻依子はボールとバッシュを持ち、近くの市民体育館に出かけた。ドリブルしてゴールめがけてレイアップシュートをする。きれいに入る。うん。いい感覚。なんかこういうのしてると気持ちが整理されてくるなあ。
 
そんなことを思いながら黙々と練習していた時、
「済みません。まだ使われますか?」
という声が掛かる。
 
見ると事務の人だ。時計を見たら借りてから1時間10分経ってる。ありゃー。麻依子は1時間ということで体育館を借りていたのである。
 
「済みません。もう上がります」
と事務の人に言い、引き上げようとしていたら、向こうからやってきた人物に見覚えがある。
 
「あれ〜、溝口さんだ」
「愛沢さん!」
 
それは旭川A商業に居た1学年上の選手、愛沢国香であった。彼女が1年生だった年までは、A商業は長い間、旭川3強(L女子高・R高校・A商業)のひとつだったのである。その後N高校とM高校が台頭してきて勢力図が完全に書き換えられてしまった。しかしその激変する環境の中でも彼女の存在感は格別であった。
 
「溝口さん、こっちに出てきたの?」
「ええ。千葉県内の実業団チームに入るつもりで出てきたんですけどね。その肝心のチームが3月いっぱいで廃部になっちゃうんですよ」
「あらら」
「どうしようかと思った所で」
「だったらさ、溝口さんうちのチームに入らない?クラブチームでお給料とかは出ないんだけど」
「愛沢さんがおられるチームなら結構楽しめそうですね」
 

同日、大阪。
 
貴司が運転するアウディはいつしか自分の住んでいるマンションの近くまで来てしまった。帰宅する時の頭の中の回路が勝手に働いてしまったようだ。 
「千里、僕のマンションに来る?」
 
正直千里を裸に剥いてみたい気分なのである。
 
「彼女がいるのに、私を連れ込むのはどうかと思うなあ」
「じゃ、もう少しドライブしよう」
「うん」
 
それで貴司は千里(せんり)ICで環状線に乗ると西進し、池田ICから中国道に乗った。いつしかふたりはひたすらバスケットの話をしていた。貴司は人と会うと結局バスケの話しかしていない気もするのだが、とりわけ千里と話していると、他の人に話しているのより楽しい気がしてしまう。
 
貴司はいつしか「男になってしまった」千里とはもう別れようなどと思っていたことを忘れかけていた。
 
そしてその頃、やっと貴司はあることに気づいてしまう。
 
千里って・・・・こうやって男の声で話していても、なんか女の子が話しているように聞こえない? そんなことを考えてから、そういえばこないだ電話で初めて千里の男声を聞いた時もそんなこと思ったじゃん、というのを今更ながら思い出した。
 
今日は最初は千里が男みたいな格好をして男の声で話していること自体がショックでそこまで頭が回らなかったのだが、少し冷静になって千里の話し方を聞いていると、紛れもなく女の子がしゃべっているようにしか聞こえないのだ。この声を録音して誰かに聞かせても、たぶん人は「低い声の女の人ですね」くらいにしか言わないのではないか?
 
そんなことを考えていた時
「ああ、もう面倒くさい。このカツラ外しちゃうね。これ蒸れて蒸れて」
と言って千里がカツラを外してしまった。
 
長い髪が飛び出してきて、貴司はドキッとした。
 
「どうしたの?」
と言って微笑む千里の顔が可愛いと思ってしまった。男の声で言われても、可愛いことは可愛い。
 
「いや、何でも」
 
車は中国自動車道からやがて山陽道に入り、三木JCTにさしかかるが貴司は何となく神戸方面に分岐した。
 
「あ、明石海峡大橋を渡る?」
と千里は訊いた。
 
「え?橋があるんだっけ?」
と貴司。
 
「こちらは明石海峡大橋を渡って淡路島に行くルート」
「あれ〜? 淡路島ってこの辺にあったんだっけ?」
「夜の橋もいいかもね」
 

同日、東京国士館。
 
家元は公演の冒頭、
 
「長い修行期間をやっと卒業して家元を襲名させて頂きますが、これからも人一倍精進して芸を磨いていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
 
と挨拶をした。それを聞いていて冬子は、自分がこれから歩む道も長い道のりになるんだろうなと思い、政子とふたりで2月に吹き込んだ「長い道」のことを思い起こしていた。
 
襲名披露公演は家元自身の歌唱を含む若山流三家のトップ数人の演奏、鶴音たち《鶴家》四姉妹による演奏など有力派閥のトップの演奏、また何人かの特に優秀な歌い手の演奏などが続き3時間ほどに及ぶ。その後、赤坂のホテルに移動してのパーティーが終了したのはもう夕方近くであった。冬子たちは出席者にお土産を渡して送り出していく。それがだいたいはけた頃、見送りの列の先頭に居た家元さんが
 
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
と言ってスタッフ一同にも笑顔で御礼をする。
 
56歳で家元を継承した4代目若山桜盛は元アイドル歌手・ロックシンガーという変わった経歴の持ち主である。彼女は冬子を認めて声を掛けてくれた。 
「あなた大変だったみたいね」
「いえ、そちらにご迷惑掛けたりしないかと気が気でなりませんでした」
「いや、私こそ姉が先月もハリウッドスターと派手なスキャンダルやって正直義絶したい気分だった」
 
本来の家元候補であった彼女の姉はもう20年以上アメリカに住んでいて女優をしているが、これまでも何度か男性俳優や歌手とのスキャンダルが報道されている。若山一派では彼女の存在を黙殺している。
 
「冬ちゃんが民謡の名取りというのには、気づいた週刊誌とかは居なかったみたいね」
とそばに付いていた大幹部のひとりが言っている。
 
「すみませーん。まだこの子、名取りになってないんですよ」
と乙女伯母が恐縮して言う。
 
「あ、そうだっけ?」
「若山鶴冬という名前は既に用意しているし、師範になるだけの技量もあるんですけど、本人が民謡の先生にはならないと言うし。でもまあ大学を卒業したあたりで民謡やるやらないに関係無く、強制的に渡そうかと」
 
「ああ、それでいいんじゃない?そのお披露目の時は私も呼んで。それまでずっとアイドルやる?」
「そうですね。申し訳無いですが私はポップスの方でやっていくので40歳くらいまではアイドルでもいいかなと」
 
「うんうん、それでいいと思うよ」
 
と笑顔で言ってから家元は確認するように小声で言った。
「もう身体は直して女の子になってるんだよね?」
 
「すみませーん。それもまだです。あれって20歳すぎないと手術してくれないんですよ」
と冬子が答える。
 
すると乙女が
「たぶん20歳になったらすぐ手術して成人式にはちゃんと女の身体で出ることになると思いますから」
と言ったのだが、家元は更に冬子のそばに寄って言った。
 
「ね、ね、私も色々コネあるからさ。高校生でも性転換手術してくれる病院知ってるけど、紹介してあげようか?」
 
冬子が困ったような顔をしていたが、すぐ後ろにいた春絵は一瞬顔をしかめた。 

貴司が運転する車はやがて明石海峡大橋を渡る。
 
「わあ」
と千里はその夜景に感動の声をあげた。貴司も
「美しい!」
などと言っている。
 
「景色に見とれて事故起こさないようにね」
「気をつける!」
 
「そうだ。確か道の駅があったはずだよ。次のIC降りてみようよ」
と千里が言うので
「うん」
と貴司も答えて淡路ICを降りる。道の駅は幸いにも案内板があったので、それを頼りに辿り着く。ふたりは車を降りて目の前に架かる巨大な橋の夜景を見つめた。ふたりはしばし無言になる。
 

「きれいだね」
と千里は橋を見て言った。
 
え!?
 
「今、千里、女の子の声を出したよね?」
と貴司は訊いたのだが
「気のせいでは」
と千里は男声で答える。
 
あれ〜〜〜!?
 
しかし貴司は更に千里の性別疑惑を深めてしまった。
 
男物の服を着ているが、長い髪、偽装で塗っていた眉も拭き取っていつもの千里の細い眉になっている。風にたなびく千里の髪が美しい。
 

「それで貴司、その子と結婚するの?」
と千里は訊いた。
 
「え?」
 
貴司は正直芦耶とのことをまだそこまでは考えていなかったので、千里から訊かれて困ってしまった。
 
どうしようか?
 
「私、前から言ってたけどさ。貴司、他の子と結婚してもいいんだよ」
「ほんとにいいの?」
「貴司がたとえ他の女の子と結婚したって、私は貴司の最初の妻だから」
 
千里の言葉に貴司は千里をじっと見つめてしまった。
 
「私ね、自分はリリスかも知れないと思うんだよね」
「リリスって・・・」
「知らない?アダムの最初の妻だよ。聖書の創世記をよくよく読むとアダムには最初にアダムとセットで作られた妻と、後からアダムのあばら骨から作られた妻がいたことが分かる。最初のアダムと一緒に作られた妻がリリス。アダムの肋骨から作られた妻がエヴァ(英語読み:イブ)だよ」
 
「知らなかった」
 
※創世記1-27.神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された/創世記2-21.人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。/最初に男と女を作ったと書かれているのに後でアダムの肋骨からエヴァを作ったという記述もある問題は多くの学者を古来より悩ませている。この1-27で記述されているアダムとセットで作られた女がリリスではないかという思想は700-1000年頃の神秘文書(Alphabet of Ben Sirach)に由来し、近世の神秘学者の間で広まったもので、むろんキリスト教の正統な教えの中には無い概念である。
 
「リリスはアダムと対等の権利を要求した。それが不愉快なアダムはリリスと別れておとなしいエヴァと結婚し、アダムとエヴァの子孫が人類になる。だからリリスは子孫を残せなかったんだな」
と千里は説明する。
 
※人間にはアダムとエヴァの子孫とアダムとリリスの子孫が居て、リリスの子孫が魔術などの超常的な能力を持つという考え方もある。
 
「へー」
「リリスは騎乗位を好んだのに対してアダムは正常位を好んだのでふたりは別れることになり、自分の言う通りに何でも受け入れてくれるエヴァとアダムは結婚したらしい」
 
(これは上記「Alphabet of Ben Sirach」に書かれていることである:彼女は言った「私はあなたの下で寝るのは嫌だ」。彼は言った「俺はお前の下に寝るのは嫌だ。俺が上になる。そもそも俺の方が地位は上なのだから、お前が下になる方がうまく行くようになっているんだ」。リリスは言った「私たちは等しく大地から造られたものだから地位的な上下関係は無いはず」)
 
「僕、騎乗位も割と好きだけど」
「ふふふ」
 
貴司ってわりと「する」より「される」方が好きみたいだもんね、と千里は思う。BLなら間違い無く「受け」のキャラだ。
 
「でも正直、僕は自分がよく分からない。確かに千里とは違う女の子と結婚するかも知れない。今の彼女ではないかも知れないけど」
 
「うん。女の子でも男の子でも男の娘でもいいよ。祝福してあげるから」
 
「男の子と結婚する趣味は無いよ!」
「ほんとかなぁ。貴司それ怪しい気がするけど。男の娘なら?」
「うーん。。。可愛かったらあり得るかも。でも男の娘と結婚するくらいなら千里と結婚したい。男の娘じゃ子供も産めないし」
 
「その時はその子の代わりに私が貴司の子供を産んであげるよ」
 
「・・・・・」
「どうしたの?」
「やはり、千里って子供が産めるんだよね?」
「まさか」
「やはり千里って嘘つきだ」
 

橋を見ながらの会話も結局はいつしかバスケの話ばかりになっていった。そして貴司は、千里が男装して男声でしゃべっていても、それが全然気にならなくなっていることに気づいていた。そういえば、千里の丸刈り頭を高校の時に最初見た時はショックだったけど、見慣れると平気になったもんなあ、などと思い起こす。やはり、千里って基本が女の子なんだ。そう思った瞬間、唐突に千里とセックスした時のことを思い出して、あそこがピクリと反応したのを貴司は意識した。千里、こんな男みたいな格好してても、たぶんあそこは女の形だよね?僕のを入れられるよね?千里としゃべりながら、そんなことまで想像してしまい、ドキドキしてしまった。
 
やがて遅いし帰ろうかということになり、取り敢えずトイレに行くことにした。それでトイレの方に向かっていたら、通り掛かった車の中から突然ドンという音がして車が揺れた。びっくりして目を遣ると車内で男女が裸になって戦闘中?のようなので、慌てて目をそらした。しかしそんなのを目撃して鼓動が速まるのを感じた。
 
トイレの前まで来て、貴司は当然男子トイレに入るが(大きくなりかけていたのでおしっこを出すため少し鎮めるのに苦労した)、千里は女子トイレに入った。 
「千里って、そういう格好してても女子トイレ使うんだ?」
「私が男子トイレ使う訳ないじゃん」
「さっき普段は男子トイレで立ってするとか言ってなかった?」
「まさか。私、立っておしっこなんてできないもん」
 
「やはり千里、ちんちん無いんだよね?」
「私は男の子だよ。おちんちんもタマタマもあるよ」
「じゃ、そのちんちんって何cmあるのさ?」
「そうだなあ。1cm未満だと思うけど」
「それクリトリスなんじゃないの?」
「一緒にお風呂に入って確かめてみる?」
 
貴司はドキっとした。貴司は実は千里と一緒にお風呂に入ったことがない。 
千里と一緒にお風呂に入ってみたいよー!!!
 
この時点で貴司はもはや芦耶のことが頭の中からきれいに抜け落ちてしまっていた。貴司の頭の中にはもう既に千里のことしか無かった。
 

千里が車の方に戻る。貴司もその後を追う。車の所まで来たので貴司はドアをキーのリモコンでアンロックした。千里が後部座席に乗り込もうとした。その時、貴司はもう自分を抑えられなくなった。
 
「千里」
と声を掛ける。
 
千里は返事をせずに貴司を見る。
 
その次の瞬間、貴司は千里の唇にキスをしてしまっていた。
 

そのまま3分くらい時間が過ぎたのではないかという気がした。
 
貴司は突然「いけなかったかな?」と思って千里から離れ「ごめん」と言った。千里は無言で後部座席に乗り、シートベルトをした。貴司は慌てて運転席に乗り込み、エンジンを掛けてシートベルトをし、車を発進させた。
 
大阪方面に戻る。
 
キスをしてしまった後、千里は何も言わない。時々街灯の明かりでバックミラーに映る千里の顔は無表情で、じっとこちらを見ている。
 
やばー。怒らせたかな?
 
と貴司は少し後悔していた。
 
「千里ホテルは大阪市内?」
と訊いてみた。
 
「大阪市内に確保してたけど、この時間だもん。もうキャンセル扱いになってるよ」
「ごめーん」
「いいよ。ネットカフェにでも泊まるから」
 
「どこかに一緒に泊まらない?」
と貴司は言った。
「私、貴司の愛人になるつもりは無いからね」
と千里は無表情で答える。
 
貴司はギクッとする。実は誰かふつうの女性と結婚した上で、千里とは愛人関係を維持できないだろうか、というのも昔から時々考えていたことである。 

やがて西宮名塩SAが見えてくる。貴司は中に入ると車を駐めた。
 
「千里。僕は今千里が欲しい」
と貴司は言った。もう自分がどうにも抑えられなくなっていたのである。 
「恋人でもないのにセックスしたくない。私たち、友だち同士だったはず」
「その友情を壊しても千里が欲しい」
 
貴司はそう言って、車をロックした上で靴を脱いで後部座席に行く。千里にキスしてシートベルトを外し、座席に押し倒す。千里は抵抗しなかった。しかし積極的な行動もしなかった。
 
「彼女ともセックスしてるんだよね?」
「実はまだしてない」
「もう半年くらいになるよね?高校生じゃあるまいし半年も付き合ってセックスしないって普通じゃない気がする」
「何度か誘われたけど逃げた」
「なんで? 男の娘にしか立たない。普通の女の子には立たないなんて言わないでよね」
 
ギクっとする。実は千里以外には立たないなんて。。。言えない。でも今貴司は既にもう自分のものがギンギンに立っていることに気づいた。この感覚は11月に千里と「会った」時以来だ。
 
芦耶にけっこう際どいことをされたこともあったが、貴司はそれでも全く立たなかったのである。
 
「実は千里のことが好きなんだよ」
「私は男の子だよ」
「それだけは絶対嘘だ」
 
貴司は千里の服を脱がせていて、千里がブラジャーを付けていて女物のパンティを穿いていることに気づき、何だかとてもホッとした。やはり千里は女の子だよね? はたしてブラジャーを外して露わになった胸はかなり大きい。貴司は思わずその乳首を舐めてしまった。
 
もっと舐めていたかったが、下の方がもう限界である。貴司は自分のバッグから避妊具を取り出して装着した。
 
千里はその時貴司が使用している避妊具が、11月にマンションに行った時、貴司が夜中にコンビニで買って来たものであることを認識した。貴司、もしかしてほんっとにあの子とセックスしてなかったの?
 
「ごめん。今から千里をレイプする」
「そんなこと言ってからするなんてずるいよ」
 
貴司は千里の足を強引に広げた。千里はそんなに抵抗しなかった気がした。暗いのでよく分からないものの千里のお股を触って、取り敢えず棒状のものや袋状のものが存在しないのようなのでホッとする。やはり千里が男の子だなんて嘘だ。
 
「馬鹿ね」
と千里が言ったことばが女声だったような気がした。
 
「千里から訴えられたら罰として去勢されてもいい」
「私が訴えないと思ってたら考え違いだからね」
 
あれ?今の声も女声だよね??
 
貴司はもう今にも逝ってしまいそうになっている自分のものを千里の中に入れた。何だかとてもスムーズに入った気がした。そして、あっという間に逝ってしまった。
 
逝けた。千里の中で間違い無く逝けた。
 
僕は幸せだ!
 
ほんとに罰として去勢されても後悔しない。
 
そんなことを思いながら、貴司は眠ってしまった。
 

千里は眠ってしまった貴司の背中をなでながら考えていた。
 
ほんっとに馬鹿な奴!
 
取り敢えず重い!もう。せめて抜いてから眠って欲しいなあ。でも今夜は私が結構煽っちゃった気もするしなあ。許してやるか。しかしこいつ去勢されてもいいなんて、言ってたな。
 
その時、千里はとっても「悪いこと」を思いついた。
 
うふふふふ。貴司。私をレイプした罰として、女の子に改造しちゃうからね。もう女の子とセックスすることはできない身体になっちゃうよ。
 
あ、でも私もレスビアン覚えなくちゃ!!
 

それで千里は取り敢えず貴司のおちんちんを自分のヴァギナから抜く。自分の身体を貴司の下から外し、避妊具を外した上でサービスで貴司のおちんちんは舐めてきれいにしてあげる。最後はウェットティッシュで拭いた。
 
「性転換の作業」のため車の中央のルームライトを点ける。
 
1月に慌てて自分のを処置した時に買った「タックセット」を使い、まずは貴司の身体の下にレジャーシートを敷き、貴司の陰毛をハサミで切った上でカミソリで全部剃ってしまう。
 
睾丸を体内に押し込む。ペニスを後方に曲げてテープで仮留めする。睾丸が無くなってビロビロの状態になっている陰嚢で、ペニスを左右から包んではテープで仮留めしていく。
 
全部終わった所で接着剤できれいに接着して「割れ目ちゃん」を完成させる。千里は思わずそこにキスした。
 
しかしタックの処理をするのに陰毛だけ剃ったらお腹や足にたくさん毛があるのが変な気がした。それで接着が乾くのを待つ間にお腹の毛や足の毛まで全部剃ってしまった。
 
そんなことをしている内に20分くらい経ったので、そろそろ乾いたろうということで、仮留めのテープを外した。
 
うふふ。
 
貴司、女の子にしちゃったよ。お腹の毛も足の毛も無くてツルツル。可愛い女の子だよ。スカート穿けるよ。女の子パンティも穿けるよ。プレゼントしてあげようかな?
 
取り敢えず写真撮っちゃおうっと(私が撮っても写るかどうか分からないけど)。 

千里は下着だけ着けてこの作業をしていたのだが、作業が終わった後、もう男物は面倒なので、普通の女物の服を身につけた。取り敢えずコンドーム以外のゴミはビニール袋に入れてまとめる。汗掻いたなあと思い、ボディシートで身体を拭いた上で、美輪子からもらったサンフラワーを身体に数回プッシュした。あ、これ気持ちいいー。
 
そして千里はその時「更に悪いこと」を思いついた。
 
うふふふ。
 
助手席に行って、千里はまず自分がそこに座り、自分の背丈に合わせて座席の位置を調整した。千里は168cmの身長がある。女子バスケット選手としては中型なのだが、ふつうの女性の平均からするとかなりの身長である。
 
「彼女」が次にここに座ったら、絶対これに気づくはず。
 
サンフラワーのボトルをプッシュする。
 
上の方から下の方まで、左右まんべんなく。合計で50回くらいプッシュした。あはは。結構ボトルの中身が減っちゃった!
 
そして最後の仕上げに、千里は座席のシートと背もたれの間に自分の長い髪の毛を1本はさんだ。
 
私って悪女〜♪
 

作業に使った中央のルームライトを消して千里も前の座席に横になって少し仮眠した。そのあとトイレに行ってくる。トイレでも顔を洗ったが、あらためて化粧水入りのウェットティッシュで顔を拭いてから(自分が)お化粧することにする。 
運転席のルームライトを点灯させバックミラーをメイク用の鏡として使って、ソフィーナの化粧水・乳液の上に、先日貴司からもらったエスティローダーのビギナーズセットを使い、アイカラー、マスカラ、チーク、ルージュを入れた。これは実は自動車学校の宿舎で毎日練習してて、同室の辛島さんにも色々教えてもらったのである。
 
「まあ、こんなものかな」
 
それで千里は貴司が起きるのを待ちながら携帯を見ていたのだが、貴司はなかなか目を覚まさない。よほど疲れてたのかね〜、などと思いながらスントの腕時計で日時を確認する。2009年3月29日(日)5:55AM.
 
「この車、ちょっと運転し心地をみようかな?」
と千里は独り言を言ってアウディの運転席にきちんと座り直すとシートベルトをつけた。
 
しかしオートマかぁ。詰まんないな。もう貴司ったらMT車買えばいいのに。そんなことをぶつぶつ言いながらエンジンを掛け、ヘッドライトを点け、ウィンカーを出して発進する。
 
合流車線から右ウィンカーを出し後方確認して本線に入る。
 
貴司はかなり走ってから目を覚ました。
 
「あ、貴司目が覚めた? 私をレイプした罰として去勢しちゃったからね」
と千里は女声で言った。
 
「え!?」
と貴司が声をあげる。そして自分の股間を見て驚いている。
 
うふふ。あまりの驚きに今、私が女声を使ったことに気づかなかったね。 

貴司は、さすがに本当に去勢されるとは思ってもいなかったようで最初はショックを受けていたようであるが、やがてそれがフェイクであることに気づくと 
「助かったぁ!」
などと言って情けない顔をしている。
 
なーんだ。やはり去勢されてもいいなんて嘘だよね。まあ男の子にはおちんちんは大事なものだろうからなあ。
 
「僕が入れたの千里のヴァギナだよね? スマタの入り方じゃないと思った」
「もし貴司が昨夜、私のヴァギナに入れたんならそれってレイプだから、私、告訴するからね」
と千里は本当に怒って言う。千里は今度は中性的な声を使っている。
 
「でも私は男の子だからヴァギナなんて存在しないから、レイプも成立してないけどね」
と千里は一転して明るい口調の男声で言った。
 
「千里・・・・」
「だから昨夜は何も起きなかった。だから、私たち友だちのままだよ」
とまたまた千里は中性ボイスで言う。
 
貴司は少し考えてから
「分かった。それでいい」
と答えた。
 
「またゴールデンウィークとかに会おうよ」
と千里は《わざと》言った。
 
「うん。あ、ごめん。ゴールデンウィークはちょっと約束が」
と貴司。
 
「ああ、あの子とお泊まり旅行に行くんだったね?」
と千里は言いながら、その旅行を潰してやる気、満々である。
 
絶対私以外の女の子とセックスなんかさせないんだから。今までは私が高校生だったから仕方なかったけど、これからは絶対阻止。
 

「うん。そうなんだ。ごめん」
と言いながら、貴司はほんとに芦耶とお泊まり旅行なんかしていいんだろうかと悩みつつあった。
 
「今度は彼女を紹介してよ。男友達に彼女を見せるのは問題ないでしょ?」
「男友だちって、千里、また男装してくんの?」
「私、男の子だから、男の子の服を着てくるよ」
と千里は唐突にまた男声で言う。
 
「千里が男の子じゃなくて正真正銘の女の子であることは確認済み」
「ふふふふふ。そう勝手に思う分には自由だよ」
と千里は女声で言った。
「あ、やはり千里、女の子の声が出るようになったんだね?」
と貴司が訊くが
「気のせいでは」
と千里は中性的な声で言う。
 
やがて桂川PAが見えてくる。千里はそこに入れて車を駐めた。駐車枠に停止させてセレクトレバーをPにし、パーキングブレーキを入れる。ヘッドライトを消し、窓を閉めてからエンジンを停めた。
 
「ちょっと無免許運転しちゃった」
「お巡りさんに見つからなくて良かったね」
「私、京都駅から帰る。ごめんねー。こんなところまで運転してきて」
「いいよ。八つ橋でも買って帰るよ」
 
車を降りてドアをロックする。その時、初めて貴司はそのことに気づいた。 
「あ、千里、お化粧してる」
「貴司からお化粧品もらったし、試してみた」
「千里、すごく可愛い」
「いいの?私に浮気して。彼女がいるのに」
と千里はわざわざ貴司の罪悪感を刺激するような言い方をする。貴司が何だか困っている。
 
そんなことを言っていた時、警官の制服を着た男性がこちらに近づいてくるのを見る。千里はギョッとした。しかし警官は言った。
 
「ルームライトが点いたままですよ」
「あ、済みません。ありがとうございます」
と女声で言って千里は手に持っていたキーでロックを解除し、運転席のドアを開けて運転席の所のルームライトを消した。それで警官も一礼して、向こうに行った。
 
ミス〜。これたぶん貴司を「去勢」した時に点けたまま私消すの忘れてたんだ。でも免許証の提示求められなくて良かったぁ!と千里は思ったが、実際にはそうではなくて、その後、自分がお化粧するのに点けた後の消し忘れである。 
「今女の子の声使った」
と貴司が指摘するが
「気のせい、気のせい」
と千里は男声で答える。
 
「取り敢えず休憩しようか」
「うん」
 
それで千里は貴司にキーを返して一緒にPA内の建物に入る。フードコーナーで一緒に朝食を取り、少し休憩した。
 
その後、今度は貴司が運転して京都市内に行った。ふたりで一緒に八坂神社を訪れ、先斗町界隈まで散歩する。千里が女装でお化粧もし、長い髪をたなびかせて(人前では)中性的な声や女性的な声で話すので、貴司は千里とこれまでしたたくさんのデートの様々なシーンを思い出しつつ、やはり僕は千里が好きなんだ、ということを再確認していった。
 

少ししゃれた日本料理店に入る。
 
「ここ高いのでは?」
と千里が言うが
 
「いいよ。千里との4ヶ月ぶりのデートだもん」
と貴司は言ってみる。
 
「うーん。国体やウィンターカップで顔は見たけど、至近距離で会ったのは1年ぶりだと思うけど。それとも4ヶ月前に誰か可愛い女子高生とでもデートして一緒にケーキ食べてセックスでもしたのかな?避妊具付け忘れるくらい夢中になって」
 
「・・・・・。やはり11月に千里うちに来たんだ?」
「へー。11月に誰か可愛い女の子とセックスしたんだ?」
 
貴司と千里は見つめ合って微笑んだ。
 
「でも避妊具つけずにセックスしたら赤ちゃんできちゃったかもね」
「・・・千里まさか妊娠した?」
「秘密」
「え〜〜!?」
 
千里は携帯を開いて《出産予定日計算》のサイトを開く。
 
「11月11日に受精した場合は8月4日が出産予定日だなあ」
「ごめん。千里、ほんとに妊娠したの?ちゃんと認知するから」
「あ、明日は戌の日だよ。戌帯つけなくちゃ」
「ほんとに赤ちゃんできたんだ!?」
 
「でもU19世界選手権が7月23日から8月2日だから、赤ちゃんなんか産んでる訳にはいかないなあ」
「わあ、申し訳無い!」
「仕方ないから出産は6年後まで延期しよう」
「へ?」
 
しかし千里はその件については訊かれても微笑むだけで何も説明しなかった。やがて食事が運ばれてくるが、さすがに美味しい!
 
「これほんとに美味しいね」
「さすがお一人様1万円だけのことあるね」
「すごーい。これ1万円もするの?貴司お金持ち〜」
「お金持ちじゃないけど、たまには頑張ってみる」
 

そんなことを言っていた時、お店の外にある電光掲示板にニュースが流れていたのだが、そこに《白邦航空、西湖航空との合併交渉決裂・倒産確実》というタイトルが流れた。
 
「え?白邦航空が倒産するの?」
「ああ、かなりの経営難に陥っていたみたいだよ。それで中国の西湖航空が支援するという話があっていたんだけど、やはり安全保障上の問題で、国内の航空会社に中国の資本が入るのは問題だという話があって、政府が露骨に反対していたんだよ。西湖航空側は日本の航空法にひっかからないように資本比率は32%までに抑えるとは言ってくれていたんだけどね。それに政府も反対するからといって、何か別の救済策を出してくれる訳でもなかった」
 
「でも白邦航空が倒産したら、スカイ・スクイレルはどうなるのよ?」
と千里はうっかり声を調整するのを忘れて女声で言ってしまった。
 
佐藤玲央美が4月から入団することにしたスカイ・スクイレルは白邦航空が所有しているチームである。彼女は既に入団の契約書も交わし、21という背番号を付けたユニフォームを着て笑顔で主将・監督と握手する姿が、バスケット関係のニュースサイトに掲載されていた。
 
「うーん。さすがに会社が倒産したらチームも解散だと思う」
と貴司は答える。貴司は今女声問題に突っ込みたい気分だったが、この話の流れではさすがにそれは指摘できない。
 
玲央美は・・・玲央美は!?
 
千里は親友の身の振りようを心配した。
 

その日、千里は貴司に京都駅まで送ってもらい、新幹線で東京に戻った。神田のネットカフェで泊まった。
 
翌朝30日。千里は起きた時、生理が来ているのに気づく。そろそろやばいかなと思い昨夜はナプキンをして寝ていたので良かったが、ネットカフェのトイレでナプキンを交換しながら、昨日来てたらやばかったなと思った。
 
その日は京葉線で千葉方面に移動し、幕張の運転免許試験場でペーパーテストを受けて合格。2012.04.03まで有効の、緑色の帯の運転免許証をもらった。 
『えへへ。これで私もう無免許運転にはならないね』
『まあ千里よくここまで、おまわりさんに見付からずに来たよ』
と《いんちゃん》が言っていた。
 
この日千里はこのままいったん北海道に戻り、引越の準備をしてから再度千葉に出てくるつもりだったので、羽田の方に行こうとしていた。それで運転免許試験場を出てから海浜幕張駅の方に向かっていた時。
 
急ブレーキを掛ける音がして、続いてガチャンという鈍い音がする。
 
見ると青いモビリオが電柱に激突している。
 
千里はそばに歩み寄ると中の人に声を掛けた。
 
「大丈夫ですか?」
「痛たた。いや猫が飛び出してきたのを避けようとして。あれ?醍醐ちゃんだ」
「毛利さん!?」
 
取り敢えず車をバックさせて電柱から離す。
 
「派手に凹んでますね〜」
「今修理する金が無いから放置かなあ。あの猫に修理代請求したい気分だ」
「猫ちゃんは無事?」
「だと思う」
「だったらいいですね」
「俺のことは心配しないのかよ?」
 
「でも左のライトも破損しているみたい」
「仕方ない。それだけ交換するか」
 
「ところで毛利さんは大丈夫ですか」
「ありがとう。やっと心配してくれたね。ぶつかった時の衝撃でハンドルに胸をぶつけたのがちょっと痛い」
「それってもしかしてシートベルトしてなかったんですか?」
「あんなかったるいの、できないよ」
「私はしないと不安だけどなあ。でもとにかく病院に行った方がいいですよ」
 
「でもこのスコアを雨宮先生に届けないと」
「FAXで送れば?」
「いやすぐ近くだし時間が迫ってるから持って行ったほうが早い」
「場所はどこです?」
「幕張メッセ」
「なるほど! ほんとに近くだ!」
 

なんでも、そこで1時間後に開催されるライブで使用する曲のスコアを、今書き上げたらしい。なんて泥縄なんだ!
 
それで結局千里が助手席に同乗して幕張メッセまで走り、千里が通用口前に停めた車の中で待っている間に、毛利さんは走って行って、何とか雨宮先生にスコアを届けたようである。しかし戻って来ると、毛利さんはその場に座り込んでしまった。
 
「ちょっと痛いかも」
「病院に行きましょう」
 
それで毛利さんを助手席に座らせ、嫌がるのをシートベルトをちゃんとさせ、千里が運転席に乗って、病院まで行くことにした。毛利さんが「なじみの所に行って欲しい」というので都内まで行くことにする。千里は自動車学校の卒業記念にもらった若葉マークを車に貼り付け出発し、国道14号に乗った。 
「毛利さん、この車、ハンドルをまっすぐにすると右に曲がるんですけど?」
「うん。以前事故った時に軸がずれちゃったんだよ。心持ち左にしておかないとまっすぐ進まない」
 
「毛利さん、左後ろの窓が閉まりません」
「ああ、その窓はガラスを手で持ってエイヤっと上げてからタオル挟んでズレ落ちないようにしないとダメなんだよ」
 
「毛利さん、右のドアミラーが動きません」
「ああ。それは手で直接触って動かさないとダメ」
 
そんな状態で少し走ってちょうど都内に入った頃、対向車線を走ってきた警視庁のパトカーが千里の車に停止を命じた。
 
「どうしたの? これ事故?」
と警官が訊いた。
 
「すみません。自損事故ですけど、事故証明は要りません。自費で修理します」
と助手席から毛利さんが警官に言う。
 
「ああ、あんたが運転していて事故ったの?」
「はい。痛たたた」
 
「彼が衝突した時に身体を打って気分が悪いというので、私が運転して今から病院に連れて行くところです。ヘッドライトが壊れていますが、その交換は病院に行った後でやります」
と千里も言った。
 
「念のためふたりとも免許証見せて」
と警官が言う。
 
それで千里が免許証を見せると
「あれ?これ今日もらった免許?」
と言う。
 
「はい、試験場から帰ろうとしていた時、ちょうど友人の事故に遭遇して」
と千里。
「事故ってどうしよう?と思った時、ちょうど友人が近くを通り掛かって助かったと思いました」
と毛利さん。
 
「なるほど」
と言って警官は千里の運転免許証を返してくれる。
 
わーい。警官に免許証の提示求められたの初めてだけど、ちゃんと免許証もらった後で良かった!
 
などと内心思っていたら、《いんちゃん》が呆れたような顔をしていた。 
(以前宮崎できーちゃんが運転していた時に免許証の提示を求められたことがあったが、千里自身が運転していたわけではなかった) 
それで次に毛利さんの免許証を警官は見たのだが
「あんた、2度も免停やってんの?」
と言って渋い顔をする。
 
「すみません。反省しています」
「あんた運転に向いていないのでは?」
「これに懲りて安全運転に気をつけますので」
 
そんなことを言いながらも警官は免許証を返してくれたが、ふたりとも呼気検査もされた。しかし怪我して病院に行くのなら、先導してあげますよ、と言うので、結局千里は警官の先導するパトカーに続いて毛利さんのモビリオを走らせ、こちらが行きたいと言っていた病院まで送ってくれた。
 
警官に御礼を言ってから、毛利さんを病院内に連れ込んだが、毛利さんは骨折していて、結局2週間も入院する羽目になった。それで毛利さんのお父さんに連絡したり、新島さんにも一報を入れたりで、その日はかなり遅くなってしまった。 

疲れたなあ、と思いながら千里は毛利さんの病室を出て病院の1階まで降り、売店があったので飲み物とパンでも買おうかと思った。それで見ていた時、千里はふと売店に腹帯が売ってあるのに気づいた。
 
わあ、これ1度してみたいなあ。
 
千里は「あまり妊娠する自信が無い」ので腹帯なんてつけることも無いだろうと思っていたのだが、この時は唐突に「妊婦ごっこ」がしてみたくなった。今日は戌の日だしね!
 
それで食料と一緒にその腹帯を買った。そして貴司に
《こんなの買ったよぉ》
と言って携帯で写真を撮って送ってあげた。
 
何だか楽しい気分になる。その後、羽田まで移動して新千歳行き最終で北海道に帰る。千歳市内で1泊してから31日のお昼頃、留萌に帰還したが腹帯は見られると親が仰天しそうなので、見付からないように荷物の奥に隠しておいた。 

一方29日(日)午後に千里と別れた貴司は会社から突然の韓国出張を命じられ、慌てて旅支度をして、30日(月)午前中の関空発ソウル行きで旅出った。韓国出張は秋にも1度あったので、その時パスポートは作っておいたのである。しかしソウルで初日の交渉をした後、いったんホテルに帰ったら千里からメールが来ている。それで開けて見ると腹帯の写真があるので仰天する。
 
《千里、ほんとに妊娠したの?帰ったら胎児認知の手続きするね》
と返信したのだが
《男が妊娠するわけないじゃん》
と千里からは返ってくる。
 
うーん。。。。
 
ところで貴司は実は29日の夕方、芦耶と映画を見に行く約束をしていたのだが出張の準備でそれどころではないので「ごめーん。また今度」と連絡しておいた。 
しかし芦耶は突然貴司からデートの約束をホゴにされたことから、例の豪華なバレンタインチョコをくれた女の子(と芦耶は確信している)とデートするつもりでは?と疑った。
 
実際貴司はこれまで何度も仕事や練習と偽って他の女の子と会っていた前歴があるのである。
 

玲央美は「どうしたものかなあ」と思って町を歩いていた。
 
正直バスケットは高校3年のウィンターカップで燃え尽きてしまった感があったのを、十勝先生や狩屋コーチ・高田コーチの励まし、そして兄や姉との話し合い、そして何よりも玲央美がここ1年半ほど最大のライバルと思って来ていた千里からもプロ入りを勧められ、それで勧誘してきていたプロチームのひとつ、白邦航空のスカイ・スクイレルに入団することにした。
 
ところが母体の白邦航空自体が今月末で倒産することが確実な情勢である。まだ公式な伝達は無いものの、チームの解散は必至だ。チームが消滅するだけでなく、そもそも勤め先が無くなる。
 
東京に引っ越すのに結構なお金を兄に出してもらって出てきている。今更北海道に戻る訳にもいかない。そもそも北海道に戻っても、折り合いの悪い母の所では暮らしたくない。1DKに住んでいる兄の所に居候するのはさすがに無理。いくら兄妹でもお互いに着替えるのにも困るだろう。函館の姉は結婚しているが、姑さんとの関係があまり良くないらしい。どうにもならない場合は置いてくれるかも知れないが、あまり歓迎されないだろう。
 
つまり玲央美は帰る場所も無いのである。
 
取り敢えず近くにあった食堂に入り、何気なくラーメンの大盛りなど頼んで、ぼんやりとあたりを見ていたら「女子電話オペレータ募集」という張り紙があるのに気づいた。
 
「これ近くの会社ですかね?」
とラーメン屋さんの女将さんに訊いた。
 
「ええ、そうですけど・・・・募集しているのは女性なんだけど」
「私、女ですけど」
「うーん。。。。そうねぇ、あなた上手に女の声が出せるのね。それなら女性に準じた人ということで雇ってもらえるかもね。取り敢えず連絡してあげるね」
 
あはは・・・もしかして、私、オカマさんと思われた?
 

XANFUS初の全国ツアーは3月31日(火)の福岡公演で終了した。今回のツアーでは金沢が売り切れたが、他の4会場も7−8割客が入ってまずまずの成果であった。4月下旬に発売予定のアルバムの中の曲もいくつかライブでは披露して前宣伝も上々である。
 
それで福岡市郊外の海鮮料理店で打ち上げをしていたら斉藤社長に電話がかかってくる。どうも相手は★★レコードの南さんのようである。
 
「分かりました。至急調整します」
と言って電話を切る。
 
「どうしました?」
と三毛(mike)が訊く。彼女は実はXANFUSのリーダーである(但しこの頃から以降はXANFUSのリーダーは曖昧にしてmikeはPurple Catsのリーダーを名乗るようになる) 
「実は今度発売するアルバムなんだけどね」
「ええ」
「10曲でリリースする予定だったんだけど、★★レコードの営業部の方から10曲では少なすぎると言われたらしいんだよ」
「何曲にしてくれというんですか?」
「12曲」
「うーん・・・・・」
「それいつまでにですか?」
「4月2日(木)の朝10時までに改訂版のマスタリングまでしたものを工場に持ち込まないといけない」
「え〜〜〜!?」
「実質1日で2曲追加して再度マスタリングまでしないといけないんですか?」
「うん」
 
「1曲はあれにしましょうよ。途中で没にした『縞々ペンギン』」
と黒羽(noir)が言う。
 
「そうだなあ。でも微妙にノリが悪かったからなあ」
「あれ、いっそのこと民謡っぽくできませんかね」
とサポート・ミュージシャンとして音源制作とライブの両方に参加していたスリーピーマイスの寺入さん(ティリー)が言う。
 
「民謡〜!?」
「いや、あれ演奏していて思ったんですよ。これそのままペンギン節とかになりそうって」
「うむむむむ」
「想像がつかん」
 
それで寺入さんは自分の愛用の電子ギターを取り出すと、音色に三味線を設定し木製のピックを三味線のバチのように使って『正調縞々ペンギン節』!?を弾き語りしてみせた。
 
「面白い!」
「これ行けるかも!」
「バックダンサーは浴衣着て躍ってもらおう」
「よし、それ採用」
と斉藤社長がノリで言う。
「ミッキー君、構わない?」
と社長は作曲者の三毛に尋ねる。
「まあ、いいですよ、この際」
と彼女は苦笑している。
 
「じゃもう1曲はどうしましょう?」
 
その時、数分前から織絵と美来が視線で会話していたのが
「あのぉ、もしよかったら」
と発言する。
 
「これ私の友人が作った曲なんですけど、1曲足りないのでしたら、これ使ってもらえないでしょうか?」
 
それで『Down Storm』と書かれた譜面を見せると、みんな「うーん」と悩む。 
「なんか同じパターンの繰り返しで詰まらないって気がするなあ」
と斉藤社長は言う。
 
「同じく。作りも素人っぽいし」
と三毛(mike)。
 
しかし、譜面を読みながら小声で歌っていた黒羽(noir)は

「素人まではいかないけど、あまり曲を書き慣れてない人の作品だと思う。このBメロとか、ここの間奏とかは着想が天才的。どっちかというとこのBメロをAメロにすべき。何度か突き返して書き直させていたら、けっこう良い曲にまとまるかも」
と言った。
 
「微妙。判断保留」
と白雪(yuki)。
 
「でもホントに今から誰かに曲書いてと言っても間に合いませんもん。これ入れちゃいましょうよ」
と騎士(kiji)が言った。
 
譜面を覗き込んでいた寺入さんが少し考えてから言う。
「これってディスコだよね?」
 
「はい。ダンスナンバーです」
と美来が答える。
 
「私に預けてくれません?うちのアレンジ担当(レイシーのこと)にダンスナンバーっぽくアレンジさせてみますよ」
と寺入さん。
 
「でも時間が無いよ」
「大丈夫です。朝までに書かせます」
「きゃー」
「これ元のデータある?」
「Cubaseのプロジェクトデータなら持ってます」
「じゃそれコピーさせて。あの子にメールするから」
「はい」
 
それで音羽はUSBメモリーを寺入さんに渡した。
「この中のDOWN STORMという曲です」
 
「了解。正調ペンギン節は私がスコア書きますね。朝までに」
「えっと私たちが読める譜面になります?」
「みなさん、三味線の文化譜は読めますよね?」
「五線譜にしてください!」
 

1年前、2008年の春、愛沢国香は東京の実業団チームに入るつもりで高校卒業後東京に出てきた。ところが、国香が入ったチームに、4月中旬になってから強力なメンバーが入って来て、国香は弾き出されてしまった。
 
どうしたものかと思っていた時、札幌P高校OGで一時はWリーグにも参加していた堀江希優(172cm PF)とばったり遭遇する。
 
「あ、確か旭川R高校の矢沢さんだったよね?」
「すみません。旭川A商業を卒業した愛沢です」
「ごめーん」
 
それで話を聞いていたら、彼女と愛知J学園OGでやはりWリーグ経験者の母華ローザ(184cm C)と2人で「千葉ローキューツ」というクラブチームを1年前(2007年春)に作ったのだと言う。なお、母華ローザはフランスからの一家揃っての帰化者である。彼女が5歳の時に一家で日本に移住して日本国籍を取っている。
 
ローキューツは後付けで「籠球+Cute」と説明しているが、実はローザと希優で作ったチームというのも最初はあったのである。
 
「最初はその2人と、他にインハイ上位や大学バスケで活躍経験のある子2人(岐阜F女子高出身の山高初子・福岡C学園出身の渡口留花)、あとは人数合わせ的に、取り敢えずバスケ経験者を入れて12人にしてスタートしたんだけどね。鱒沢さん、そういう事情で空いてるのなら、よかったらうちのチームに入らない?」
 
「すみません。愛沢です」
「ごめーん。私、全然固有名詞が覚えきれなくて」
 
この人、バスケでは一度ウィンターカップでBEST5になるほど強かったけど、学校の成績は全くダメで、毎回赤点取るから、正答をそばに置いてそれを書き写させて追試合格にしていたという噂があったからなあ、と国香は思った。まあ私も一度お情けで追試合格にしてもらったこともあるから人のことは言えないけどね。
 
それで国香はアルバイトの傍らローキューツに入り16番の背番号をもらったのだが、最初から戸惑う。
 
「あれ?今日キャプテンは?」
「なんか会社から仕事で急な呼び出しがあったらしいです」
と6番の背番号をつける石矢浩子が言う。彼女はインターハイの経験者だけあって「人数合わせ」メンバーの中では割とうまい。
 
「副キャプテンは?」
「今日大会があることうっかり忘れていて、今ハワイだそうです」
と浩子。
 
「じゃ今日のキャプテン代行は?」
「国香さんやってください。今日来ているメンバーの中ではいちばん上手いし」
「むむむ」
 
そういう訳で大会があっても、主将・副主将の出席率がひじょうに悪く、いつも国香か浩子がキャプテン代行をしていた。そしてその内、2人とも練習にも全く出てこなくなり、事実上の幽霊部員になってしまったのである。
 

それで正直戦力不足だなあと思っていた所、今年の春、うまい具合に旭川L女子高の元キャプテン溝口麻依子と遭遇し、入るつもりだった実業団チームが廃部になってしまったなどと言うので、これ幸いと勧誘して入団させた。
 
自分と彼女がいれば、今年はけっこういい試合が出来るのではないかなと期待する。浩子ちゃんも少しずつだけど強い所と戦う力を身につけて来ているからなあ、などと思うと気分が良かった。それでその日は同僚の女子社員に誘われて女子会に行ったあと、仲の良い子3人だけで更にスナックに行ってカラオケしながら飲み、ほろよい加減で夜の町を歩いていた。
 
「国香ちゃん、今日はご機嫌だね。彼氏でもできた?」
「別にそんなんじゃないですよぉ」
「もう、その恥ずかしがってるところが怪しいぞ」
などと言って1年上の先輩が国香をどついた。
 
すると国香は酔っているものだから足取りが不確かで、押された勢いで、危うく車道に飛び出しそうになった所を近くにあった標識の支柱をつかんでギリギリ留まる。そばを大型トラックがクラクションを鳴らして通り過ぎる。凄い風圧を感じた。
 
「危ない、危ない」
「あんなのに轢かれたら即死だね」
「助かったぁ」
 
と言って国香は支柱から手を離し、歩道側に戻ろうとしたのだが、ちょうどそこに転がっていた空き缶を踏んで転んでしまう。
 
「キャー!」
と国香が叫ぶ。
 
凄まじい急ブレーキの音を聞いた。
 
ドン!という鈍い音がする。
 
下半身に激痛が走る!
 
倒れた時、とっさに持っていたバッグを頭に当てた(この反射神経がさすがにスポーツ選手)おかげで頭は無事っぽいが、足が物凄く痛い。
 
「君大丈夫?」
と緊急停止した車から飛び出して来た中年男性が国香に声を掛けた。
 
取り敢えず身体が動かない(ショック症状である)。それに痛い。いやーん。これ、もし入院する羽目になったら春の大会に出られないかも?と思ったことを国香は覚えている。
 

千里は2008-2009の出羽の冬山修行は受験があるので日数を半分の50日にしてもらっていた。日本代表のみんなで一緒に月山に登った9月15日から10日間、国体が終わってから10月に10日間、アジア選手権が終わった後11-12月に25日間やって、これで45日になっていたので、あと5日ノルマが残っていた。それを4月1-5日にやった。
 
この5日間には鞠原江美子が5日とも参加した。
 
「江美子、凄くしっかり歩くようになったね」
と千里はまだ深い雪の中の出羽を歩きながら言った。
 
「ずっと鍛えていたから。私、受験は実質面接だけだったから暇でずっと毎日20km走っていたんだよ」
「すごーい」
「私、やはりスタミナが課題だったからね。千里は少しなまってない?」
「う。1-2月はひたすら勉強ばかりしてたからなあ」
「鍛え直さなくちゃ。世界選手権までにはしっかり勘を取り戻しておいてよね」
 
「うーん・・・世界選手権かぁ・・・」
「前回は16国中13位と悲惨だったけど今度はせめて8位以上を狙おうよ」
「私バスケやめたなんて言ったら信じる?」
「あ、それはありえない」
「うむむむ・・・・」
 
最初はそんなことを言っていたものの、何と言っても冬山修行の歩行コースは険しい。結局5時間ほど歩いたあたりから遅れがちになり、千里は《りくちゃん》に彼女をナビゲートさせた。
 
彼女は次の休憩ポイントで追いついてきたものの
「やはりまだまだだなあ」
と言っている。それでもこの日参加していた浜路さんは
「でも去年の10月頃に比べるとだいぶ歩けるようになって来た」
と褒めていた。
 
「ね、ね、千里の携帯の位置情報を取得させてもらえない?」
「ん?」
「他の人の携帯の位置をこちらの携帯に表示させるアプリがあるのよ」
「へー。でも電波が圏外なら使えなかったりして」
「うっ」
「でもいいよ。万一迷子になった場合はそれで下山できるだろうし。遭難死はまだされたくないから」
「あははは」
 
それで千里は位置情報を知らせるアプリを自分の携帯にインストールし、江美子の携帯を通知先に設定した。
 
その日江美子は、何度も遅れるものの、何度かはうまく電波を捕まえて千里たちの位置を知るのに成功し、本格的に道が分からなくなると《りくちゃん》にナビゲートされて、何とかみんなの休憩時間中に追いつくというのを繰り返し、最後まで歩ききることができた。
 
 
前頁次頁目次