【女の子たちの卒業】(2)

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貴司は夢を見ていた。
 
芦耶とデートしていたら、彼女が「ホテルに行こうよ」と言う。貴司は今あれがちゃんと立つかどうか全く自信が無かったのだが、あまり拒否するのも変である。それで半ばなりゆきでホテルに入ってしまった。お互いシャワーを浴びることにして、まずは芦耶がシャワーを浴びてくる。そして貴司もシャワーを浴びてくる。果たして立ってくれない。困ったなあと思って色々いじってみるも、どうにも立たない。あまり待たせてもいけないので取り敢えず身体を拭いてバスルームから出て行く。
 
芦耶はベッドの中で待っている。貴司のを見て
「あれ〜、まだ立たないの?」
と言って貴司の毛の中にある棒に触る。
 
「これってどこまでがあそこの毛で、どこからがお腹や足の毛なのかなあ」
「さ、さあ、そういうのは考えてみたこと無かった」
 
確かに千里とした時、千里の毛はあの付近だけで、お腹も足もつるつるだったよなあと思い起こす。今ベッドの上で毛布の中に隠れている芦耶の女体もそんな感じなのだろうか。
 
「まあ男の人は毛の手入れとかもしないだろうしね」
「さすがにそんなのは聞いたことない!」
 
その時、ブーンという音がするので見ると、向こうの方で千里が電動草刈り機で庭の草を刈っていた。
 
「千里、何してんの?」
と貴司が訊くと
 
「庭の雑草がたくさん生えてるから草刈りしてんのよ。男手があったら男の人がしてくれるんだろうけどなあ。私の彼氏は浮気症だから、きっとどこかの女の子とHなことしてんじゃないかなあ」
と千里は男みたいな声で答えた。
 
しかし。。。何か最近千里って言葉がきつくないか?
 
「しかしよく生えたなあ」
と言って千里はずっと草刈りをしている。10mほどの幅の庭の左側4mほどは既に草刈りが終わっている。千里は右側の方の草を刈っていき、やがて中央付近のうずたかくなっているあたりに草刈り機を入れる。
 
その付近に1本背の高い草が生えていた。他の雑草はみんな高さが20-30cmなのに、それだけ2m近い高さがあるのである。
 
「なんかひょろっと伸びた草だね」
と言って千里はその草を草刈り機で切ってしまった。
 

その時、貴司の股間に激痛が走った。
 
「痛っ」
 
「どうしたの?」
と言って千里がこちらを見る。
 
貴司はハッとした。いつのまにか自分の毛が全部無くなっている。足の毛も腹の毛も、そして陰毛も全部剃られて真っ白い肌が露出している。それはまだいいのだが、股間に存在したはずのアレまで無くなって股間は何もないツルツルの表面になっているのである。
 
「僕のチンコが無くなってる!」
と貴司が言うと、千里が
「ん?」
と言って今草刈り機で切った雑草?を手にしている。
 
「あ、それ僕のチンコだ!」
「あら。ごめーん。雑草と間違って刈り取っちゃった」
「それ無いと困るよぉ」
「うーん。無くなっちゃったものは仕方ないんじゃない?」
「そんなあ。だいたいおしっこはどうすればいいんだよ?」
 
「女の子と同じように座ってすればいいんだよ」
「ひー」
「そうだ。もうおちんちん無いんだから、穴の開いたパンツ穿く必要は無いよね。女の子と同じように穴の開いてないパンティを穿けばいいんだよ」
「いやだぁ」
 
「ズボンも前のファスナー必要無いよね。横ファスナーとかそもそもファスナーのないズボンも穿けるよ。いっそスカート穿いてもいいかもね」
「そんな。スカートなんて穿きたくないよぉ」
 
「あ、いっそ女の子になっちゃったら?そしたら堂々とスカート穿けるよ」
 
「でも僕が女の子になっちゃってもいい訳?」
「その時は私が自分のおちんちんを貴司に入れてあげるよ」
「え?千里おちんちんあるの?」
 
「そりゃ私男の子だもん。ちんちんくらいあるよ。ちょっと試してみる?」
 
と男の子の声で言った千里は貴司の上に乗っかかってきた。千里のちんちん(?)が貴司のお股に当たる。
 
「わ、わ」
 
「うーん。困ったな」
「どうしたの?」
「これ、大きくしたこと無いから、どうすれば大きくなるのか分からないや」
「あ、それなら僕が分かると思う」
 
それで貴司は千里のおちんちんに触ると、いじったり揉んだりして大きくしてあげた。
 
「すごーい。こんなに大きくなったの初めて見た」
「大きくなったこと無かったの?」
「うん。よし。これで貴司に入れられるね」
 
それで千里は貴司にそっと入れて来た。
 
ひー。何?この感覚。
 
貴司は初めての入れられる経験に何か頭がおかしくなりそうな気分だった。頭が壊れそうだ。
 
千里はその後貴司の中におちんちんを出し入れして10分ほどで逝った。
 
「疲れた〜。これ大変なんだね」
「うん。わりとそれって疲れるんだ。気持ちいいから頑張るけど」
「男の子って大変だなあ。やっぱり私、男はやめて女になろうかな」
 
「でも千里も女の子になったらこのあと僕たちどうすればいいんだろう?」
「それはレスビアンになるしかないね」
 
「ひゃー」
「でも貴司もおちんちん無くなったら、さすがに浮気できないよね」
「うーん。浮気のしようがないと言うか・・・」
 
「じゃ、それでもいいかもねー。じゃ、貴司私の奥さんになってね」
「僕が千里の奥さんなの!?」
「貴司、私の赤ちゃんも産んでよね」
「僕が産むの!??」
 
そこで目が覚めた。
 
貴司はおそるおそる自分の股間に手をやり、そこにちゃんとアレが付いているのを確認すると「良かったぁ!ちゃんと付いてる」と思ってホッとした。
 

3月6日から8日まで東京・富山・京都で公演をして、3月9日は3日ぶりの旭川となった。千里は朝からシューター教室をした後、職員室に行ってあらためて先生たちにC大学の合格を報告した。
 
「おめでとう。これで行き先が確定したね」
と担任の先生、教頭先生、宇田先生から祝福してもらった。
 
「ところで村山君は何日までうちに出てくるんだっけ?」
と教頭先生から訊かれる。
「シューター教室が12日まで、正確には13日の朝までやるので、それが最後の登校になります」
「ほんと頑張ってるね!」
「でも学校からもたくさん賞を頂きました」
 
「村山君、プロバスケット選手になるよね?」
「え〜?」
と言って宇田先生の顔を見ると宇田先生は笑っている。
 
「本校の名誉生徒にという話もあったんだけど、これからきっとプロとして活躍するだろうから、その後でいいのではということで、理事会の申し送り事項に記載されたから」
「あはは。でも教頭先生にも、宇田先生にも、ほんとにこの3年間お世話になりました」
と千里は笑顔で2人に挨拶した。
 
自分は宇田先生と会っていなければ、そもそも高校にも入れなかったからなあと千里は3年前のことを回想する。むろん高校に入っていなかったらDRKの活動に関わることもなく、雨宮先生たちとも出会ってないのである。自分は宇田先生との遭遇でまさに人生が変わったのであった。
 
性転換手術も受けられたかどうか分からないよなあ。
 
と千里は更に思う。ふつうの人には性転換手術の代金を調達するのは物凄く大変である。泰華さんもやはり資金調達の目処が立たなくて性転換手術の予定を入れられないようなことを言っていた。自分の場合は、雨宮先生のおかげで音楽活動に関わることになり、おそらくはそれで手術資金を得ることができたのだろう。
 
と考えていたら《たいちゃん》が
『うん。それで合ってる』
と言っていた。
 

9-12日(月火水木)は朝と放課後にシューター教室をした。12日の放課後は実質最後の本格的な練習なので、暢子・薫に協力してもらって彼女たちにディフェンスされている状態でシュートするというのを全員30本ずつやった。暢子や薫もこれがこの高校での最後の練習である。シューター教室の生徒の人数が多いので、晴鹿やソフィアの相手は暢子や薫がしたものの、結里・智加・久美子の相手は、揚羽・リリカ・志緒といった面々がしてくれた。昭子の相手は夏恋がしてくれた。
 
結果は、晴鹿12, ソフィア8, 結里6, 智加5, 久美子7, 花夜1, 昭子6という成績であった。
 
また花夜は放課後の教室には出られないので朝練の時に蘭が相手してくれたのだが、30本中1本入れることができた。彼女もN高校レギュラー組の蘭を相手に何とか1本入れることができたことで物凄く喜んでいた。
 
「この結果だけから言うと、今度のインターハイのシューティングガード枠はソフィアと久美子確定で、もうひとりが結里と昭子の争いかなあ。但し智加が急成長すると分からない」
 
などと見ていた南野コーチが言う。むろんこれは結里と智加に発破を掛けるのに言っている。南野コーチと宇田先生は実は久美子が「ラッキーガール」っぽくなっているのでSG枠に入らなくてもPGまたはSF枠で出そうと話し合っていた。実は雪子のバックアップPGもどうにも定まらないのである。
 
「昭子は出られないのでは?」
「性転換すればいいよ」
「よし、昭ちゃん性転換しよう」
 
と志緒が言うと、昭ちゃんはドキドキしている様子だが、向こうのコートで練習していた水巻君が「勘弁してー」と言っていた。
 
最後に模範演技として千里が暢子相手にやると30本中24本入れる貫禄を見せた。
 

「晴鹿ちゃんの12本って千里さんが24本入れたの考えると少なすぎる気がする」
とその日の帰り、偶然駅で一緒になった久美子が言っていた。
 
「晴鹿も今日はセーブモードになってたね」
「え?どうして?」
「彼女としてはもうシューター教室の最後となった今の段階では、自分の力をここで見せつけるのは有利にならない。控えめに見せておいた方がインターハイでうちとF女子高が当たった時にいいでしょ?」
 
「そっかー。もうインターハイのことを考えているのか」
 
「久美ちゃんインターハイまで頑張って鍛えて、スモールフォワード枠で大阪に行きなよ」
「私、やはりスモールフォワードの方ですかね?」
「うん。性格的にはそっちだと思う。ソフィアも微妙なんだけどね。絵津子がSFだから、ソフィアはSGに回らざるを得ない」
「ああ、SFになると、えっちゃんの交代要員か」
「そうそう。えっちゃんに見劣りしないくらいのプレイをしなくちゃ」
「さすがにえっちゃんには勝てないです」
「むしろえっちゃんを蹴落としてスターターの座をぶんどるくらい頑張ろう」
「きゃー」
 
と言って久美子は考えていたが
「私もえっちゃんも同じ高校1年生だもん。追い抜ける可能性はありますよね?」
と言う。
「うん。スターターに入れるべきかどうか先生たちが悩むくらいでないと、インターハイには行けないよ」
と千里は言い
「私、頑張ります」
と久美子は力強く答えた。
 
昨年4月に入ってきた時は、1年上の永子たちと似た感じで、ただ練習熱心なだけの子だったが、この子は1年で完全に「戦力」に成長したな、と千里は思っていた。特にウィンターカップ決勝戦で大活躍したのが本人としても物凄く大きな自信になっている。
 

13日朝も早朝からシューター教室をして、千里は旭川N高校バスケット部での活動を終えた。
 
「じゃこれで終わりー。みんなこの後頑張ってね」
と千里が言うと、拍手があり、久美子が千里に花束を渡してくれた。教室の生徒みんなでお金を出し合って買ってくれたらしい。
 
「みんなありがとう」
 
更に南野コーチからウェストポーチ、白石コーチからはドリンクホルダー、宇田先生からはウィンドブレーカーを頂いた。
 
「みなさん、ありがとうございます」
 
「じゃ頑張ってね」
「はい。みんなは高校三冠を目指してね」
と千里が言うと
「まだ出てきてない部長に代わって、それ副部長の私が約束します」
と雪子が力強く言った。
 
揚羽は今日の朝練に顔を出すと言っていたのだが、出てきていない、揚羽も朝はあまり強くないようである。
 

更衣室で女子制服に着替えた後、職員室に行って再度教頭先生に挨拶、その後、教頭先生・宇田先生と一緒に校長室・理事長室にも行って再度挨拶した。最後に千里はあらためて教頭先生と宇田先生に御礼を言い、学校を後にした。
 
千里は女子制服姿で校門を出る時、再度校舎、そして南体育館《朱雀》を見て胸にこみあげてくるものがあった。
 
JRで旭川駅まで行き、空港連絡バスで旭川空港まで行った。千葉には制服のまま行ってもいいかなとも思っていたのだが、考え直してふつうのセーターとスカートに着替えた。
 
私もう卒業しちゃったもんね。
 
そう思った時、千里は今月初めに見た「3つのドア」の夢を思い出して、つい笑ってしまった。貴司、ごめんねー。私のおちんちんをあげられなくて。でもおちんちんが2本あるとズボンの前後にファスナーが必要だし、後ろのおちんちんからおしっこする時は手の使い方が大変だと思うよ。
 
女子制服は脱いだものの、セーターの上に着ているコートは学校指定の女子用のコートである。これは大学生になっても使ってていいかな、と千里は思った。
 
やがて美輪子の車に乗った母が到着した。
 
「お母さん、来てくれてありがとう。おばちゃんもありがとう」
 

それで千里と母は美輪子に見送られて羽田へと飛んだ。シューター教室の生徒たちからもらった花束は美輪子に持ち帰ってもらった。
 
羽田からは空港連絡バスと市内の路線バスを乗り継いでC大学のキャンパスに行く。
 
「今になって思ったけど、あんたその格好で入学手続きしたら何か言われないかね」
「大丈夫だよ。私、受験票は性別女だったし」
「それ受験票と学校の調査票の性別が違ってたら問題にならない?」
「大丈夫だよ。私、学籍簿も生徒手帳も女だったし」
「えーーー!?」
 
千里の言う通り入学手続きは何の問題もなく済んだ。お昼を食べた後、不動産屋さんに行って、格安のアパートを契約した。
 
そこが共益費込みで11,000円という超格安であったのは、近隣のガス爆発事故に遭っていてあちこち弛んでおり、雨漏りが酷いからということであった。千里は雨漏りくらい平気と思ってそこを借りたのだが、すぐに後悔する羽目になる。
 
その日は母と一緒に千葉市内のホテルに泊まったが、翌日母は東京見物してから帰るということであった。千里は朝御飯だけ母と一緒に食べてから横浜に移動し、KARIONの今回のツアー最後のライブに出る。
 
今回のツアーはだいたい夕方からの公演が多かったのが、この日だけは12時開演であった。
 

「みなさん、どうもお疲れ様でした」
「次のツアーは5月にやる予定ですので、もしお時間の取れる方はまたお願いします」
などという声も掛かっている。
 
蘭子はほんとに色々忙しいようで、ライブが終わるとすぐにどこかに出かけて行っていた。千里も打ち上げはパスさせてもらい、横浜から京急・浅草線・京成の直通電車に乗って2時間ほど揺られて千葉県内I市の自動車学校に行く。
 
※東京の地下鉄の両端が他社に相互乗り入れしている路線は5つある。千里は大学院卒業後はこの中の半蔵門線ルートをヘビーに利用することになる。
 
・中央林間(東急)渋谷(半蔵門線)押上(東武)東武動物公園など
・日吉(東急)目黒(南北線)赤羽岩渕(埼玉高速鉄道)浦和美園
・本厚木など(小田急)代々木上原(千代田線)綾瀬(JR常磐線)取手
・元町中華街(みなとみらい線/東急)渋谷(副都心線)小竹向原(西武)または和光市(東武)
・羽田空港など(京急)泉岳寺(浅草線)押上(京成など)成田空港など
 
なお副都心線の開業は2008年6月で、当初は「右側」の小竹向原・和光市での相互乗り入れだけだったが、これだけでも三社が絡む複雑な運行であるためちょっとしたトラブルが収拾不能な事態を引き起こして開業即大混乱となった。「左側」東急との相互乗り入れは2013年に開始された。
 

千里はこの日の夕方、その自動車学校の合宿コースに入校した。
 
最初の時間に基本講習、次の時間にシュミレーター講習を受けると、その後はいきなり実車である。千里はこれまでしばしば車を運転している。先月20日には矢部村から北九州空港までを運転したし、8日には京都市内で運転している。
 
という訳で、操作はスムーズである。
 
「乗ったらすぐシートベルトしてね」
「はい」
「じゃエンジン掛けて」
「はい」
と言って千里はブレーキを踏んだままエンジンを掛け、(もう夜なので)ライトを点灯させた。更にセレクトレバーをPからDの位置に移動させる。
 
「・・・・・」
「どうかなさいましたか?」
「いや。クリープで発進して」
 
教官はまだクリープというものを教えていない。しかし千里は
 
「はい」
 
と答えると、右ウィンカーを付けて車の周囲をぐるっと目視確認したあと、ブレーキを踏んでいる足を少し上げる。車がゆっくり動き出す。千里はコースの入り口でまた右ウィンカーを付け、目視で後方確認してからコースに入った。速度を40km/hまであげる。すぐにカーブがあるが、千里はアウト・イン・アウト、スローイン・ファーストアウトで華麗に走り抜ける。
 
「・・・・」
「何か?」
「いや。えっとこの直線を時速30kmで走って」
「はい」
 
千里はスピードメーターを見てジャスト30km/hまで落とし、車を走らせた。(普通の初心者はここまで15km/h程度で走ってきているので30km/hまで速度をあげるのを結構怖がる)
 
「あ、そこのS字に入ってみようか」
「はい」
 
千里はバックミラーを見てからウィンカーを点け車の速度を落とし、右後方を目視確認した上でS字路に入る。徐行できれいにS字を抜け、ウィンカーを点けて左右をよく確認してから右に出た。操作も車の進行もひじょうにスムーズである。
 
「えっと君、免許の再取得だっけ?」
「いえ。初めての取得ですが」
「原付か自動二輪か持ってた?」
「いいえ」
「・・・・・」
「どうかしました?」
「君、これまでも運転してたでしょう?」
「えー?運転は初めてですよぉ」
「嘘つけ!」
 
千里はたじたじとなる。
 
「まあいいけどね。せっかくここまでお巡りさんに見つからずに来たんだから、ちゃんと免許取るまでは運転は控えるようにね」
「はい」
「でもこれならあまり教えることないな。でもこの機会に運転の基本を再度勉強してしっかり押さえるといいよ」
「はい、そうさせて頂きます」
 

麻依子は困惑した。
 
高校卒業後の進路について随分迷ったのだが、千葉県で実業団チームを持っている会社にL女子高の先輩が居て「うちに来る?」と誘ってくれたので、そこに行くことにした。麻依子は国体では優勝を経験したものの、やはり旭川N高校を中心とするチームと世間ではみなされていた(実はメンバーはL女子高の部員の方が多かったのだが)。L女子高としては3年間に1度もインターハイに行くことができなかった。それで大学などからの勧誘も、あまり魅力的なものは無かった。
 
同じ学年の他の子たちは北海道内の大学や企業に行くようであったが、麻依子は東京方面に出たい気持ちがあった。とは言っても大学への進学は考えにくい。国立に入る頭は無いし、私立は学費が高い。L女子高では特待生だったので学費が不要だったのだが、高校3年間で明確な実績を残せなかった以上、大学で特待生にしてもらえそうな所はない。
 
そんな時に先輩からの勧誘があったので、そのチームが現在関東の実業団4部のチームではあったものの、その話に飛び付いたのである。今は4部でも自分が入れば1期で3部に上げてみせるという思いがあった。それを見て少し強い子が次の年入ってくればすぐ2部にも行けるだろうし。
 
(注.リアルでは関東の女子実業団は2部までしかありません)
 
それでその会社に入社することにし、誓約書なども出して4月からはOLバスケ部員かな、と思っていたのだが・・・・
 
この日、業務の研修のために会社に出て行った麻依子に、業務部長が難しい顔をして言ったのである。
 
「実は当社の女子バスケット部は今月いっぱいで廃部することになりました」
 
はあ?だって私、ここのチームに入るためにわざわざ北海道から出てきたのに。チームが無くなるんだったら、どうすればいいのよ?
 
「部員のみなさんには大変申し訳ないのですが、長引く不況の折、会社の経営状態にゆとりがないので、福利厚生費をどうしても削らざるを得ないのです」
 
あ、そうか。こういう企業ではスポーツチームって「宣伝塔」ではなくて社員のための「福利厚生」なのか。
 
「今月末で廃部届けを実業団連盟および千葉県バスケット協会に提出します。他のチームへの移籍を希望の方は証明書を発行しますので申し出てください。また普通の社員として引き続き勤務することも可能です」
 
えっと個人的にはどこかに移籍したいけど、その移籍先を探すのは、関東に全くコネとか無いから無理。そもそも旭川からここに引っ越してくるのに、私いっぱいお金使っちゃったよー。身動き取れないじゃん!!
 

3月25日(水)、初めてのXANFUS全国ツアー初日は金沢市文化会館(850席)で幕を明けた。高岡在住の音羽のお父さんが娘の初の本格的なホールでの公演だというので、100枚(31万5千円!)もチケットを買い取って仕事返上で営業して回り売りさばいたのも功を奏して、今回のツアーで唯一のソールドアウトである。
 
公演はXANFUSの6人にサポート・ミュージシャンやバックダンサーまで入れてパワフルなサウンドで盛り上がった。バックダンサーの中には音羽と一緒にPatrol Girlsの臨時メンバーとしてParking Serviceの北陸方面のライブで踊ったことのある子も数人居て、音羽とハグしたり三毛と握手したりしていた。
 
光帆(美来)の友人の日登美は本番前から中に入れてもらって楽屋で話していたし、ライブ終了後もまた楽屋に行った。日登美は以前美来と一緒にレッスンを受けていたこともあったので、三島さんが覚えていて
「またやらない?」
と誘っていたが
「受験勉強が忙しくなるので」
と言って断っていた。
 
「でも織絵は大学受験はどうすんの?」
「行かない。XANFUSが全く売れなかったらやめて受験勉強するという約束だったんだけど、売れ掛けているから、もうこちらに専念するよ」
「それもいいかもね」
 
ライブ後のサイン会も終わってから
「疲れた〜。何か美味しいものでも食べに行こう」
などと話が出る。
 
「織絵ちゃん、この近くなんでしょ?どこか美味しい所とか知らない?」
と美来が訊くが
「高岡市内なら分かるけど、金沢はあまり詳しくないなあ」
と織絵。
 
「もう寒ブリは終わったんですかね?」
と日登美が尋ねると
 
「終わって今ちょっと味が落ちている時期。もう少ししたらまた脂が乗ってくるんだけど」
と織絵は言う。
 
「今の時期だとホタルイカがシーズンなんですけどね」
「ああ、食べられる天然記念物ね」
「そうそう」
 
ホタルイカは「群れで光っている景色」が天然記念物なので、ホタルイカ自体は食べてもいいし、この時期は「ホタルイカの身投げ」といって大量のホタルイカが浜辺に押し寄せて来て打ち上げられるので、地元の人が採り放題の状態になる(厳密に言うと密漁かも知れないが、地元の住民が自分たちで食べる分を採る程度はうるさく言わない。なおホタルイカは寄生虫がいるので充分ゆでるか-30℃以下で4日以上冷凍する必要がある:家庭用の冷蔵庫は-12℃程度にしかならないので無理)。
 
「お店とか行かなくてもうちに来れば好きなだけ食べさせてあげるよ」
などと織絵のお父さんが言う。
 
「あ、行く行く」
と美来。
 
「日登美ちゃんも一緒に来る?」
と織絵が誘う。
 
「いいのかな。じゃ、お邪魔しちゃおう」
と日登美。
 
「あ、でも途中、1ヶ所寄ってからでいい?」
と織絵。
「どこ寄るの?」
「病院。実は友だちが入院しているのよ」
 
「病気か何か?」
「ううん。怪我なんだけどね。携帯しながら自転車で走っていて、道が途切れているのに気づかなかったらしい」
「ああ、それは危ない」
 
「じゃ、お見舞いも一緒に」
ということで美来と日登美が織絵と一緒に病院に寄ってから織絵の実家に行くことになったのである。
 

織絵のお父さんの車に、助手席に織絵、後部座席に美来と日登美が乗って金沢から高岡まで行く。車は金沢市内で国道8号線に乗り、津幡バイパス・津幡北バイパスを走って高岡市に入った。この津幡北バイパスは2008年3月に全線開通したばかりである。それまでは8号線は津幡検問所前交差点で慢性的な渋滞が発生していたので、このバイパス(平面交差は1ヶ所のみ:なぜ平面交差を作った?と非難囂々であった)を通ることで距離的には5kmほど長くなるものの、金沢−高岡間は時間的には10分ほど短くなった。
 
病院の駐車場に駐める。お父さんは休んでいるから女の子だけで行ってらっしゃいということだったので、織絵・美来・日登美の3人で4階の病室にあがる。
 
「元気〜?」
と言って織絵が入って行くと
「ゴシカァン!」
と言って鏡子はすごーく変な顔をしてみせた。
 
が、織絵と一緒に美来・日登美がいるのに気づくと
「ぎゃーっ」
と叫んで毛布の中に顔を埋めた。
 
「友だち連れてくるなら言ってよぉ」
などと言っている。
 
「いや、今のは彼女の名誉のために私たちは見なかったことに」
と美来。
「うん。私は何も見なかった」
と日登美。
 
これが衝撃の音羽・光帆・神崎美恩・浜名麻梨奈4人の初対面だったのである。
 

いきなりの鏡子の自爆で、全くわだかまりが無くなってしまった。
 
織絵がお土産に買ってきた銀座の洋菓子店のロールケーキを切って摘まみながらおしゃべりに花を咲かせる。
 
「夏に織絵がスタジオに来た時、一緒でしたよね?」
と美来が訊く。
「そうそう。東京に引っ越してこないか?なんて言われたけど、私は織絵みたいに大胆に東京行ってバンドやりますなんて親に言う勇気無かったから、辞退した」
と鏡子は言っている。
 
「元々ふたりでペアだったの?」
と日登美が訊くが
「もうひとり居て3人のバンドだったのよ」
と鏡子が答えている。
 
「私たちは最初5人でレッスン受けてたのよね」
と美来が言う。
「でも1人抜け2人抜けで最後まで残ったのが私と日登美」
「まあ私も最後は抜けちゃったけどね」
と日登美。
 
「そちらはバンドじゃなくて歌手志望だったの?」
と鏡子が訊く。
「そうそう。歌とダンスのレッスン受けてたんだよね」
「実は私より日登美の方が歌はうまい」
「ほほお」
「ふたりともPatrol Girlsには臨時参加したことある」
「おお、すごい」
 
「まあシンガーソングライターを目指していた部分もあるんだけどね」
「あ、作曲するんだ?」
「うん。日登美が作詞して、私が作曲」
と美来が説明する。
 
「だけど最近美来、曲付けてくれない」
「ごめーん。XANFUSが忙しすぎて」
 

「でもどのくらい入院しないといけないんですか?」
「医者から4月下旬までは絶対安静と言われている」
「うわぁ」
「たぶん5月いっぱいくらいまで入院しないといけなさそう」
「出席日数足りる?」
「5月で退院できれば大丈夫だと思う。勉強は頑張らないといけないけど」
「勉強してる?」
「してない。Cubaseばかり触ってる」
「打ち込み?」
「というより作曲かな」
「あ、どんなの作るの?」
 
それで鏡子は織絵にパソコンを取ってもらい、その中のひとつのファイルを開いた。
 
「これ、こないだこの怪我して病院に搬送されて手術されてる時にさ、すっごい良いイメージが浮かんだのをまとめてみたのよ」
 
と言って鏡子はその曲を再生させる。
 
「なんか格好いいね」
と最初に言ったのは美来である。
 
「これ今まで鏡子が書いた曲の中で最高の出来かも」
と織絵も言う。
 
「自分でも歌詞付けてみたんだけど、詰まらないんで没にした」
「ふむふむ」
「鈴子に連絡してみたんだけどね。最近あまり詩を書いてないから自信無いと言われちゃって」
 
「確かに詩って毎日のように書いてないと、すぐセンスが鈍くなるんだ」
と日登美が言っている。
 
「あ、そうか。日登美ちゃんが作詞担当か」
「うん」
 
「ね、日登美ちゃん、もし良かったらこの曲に歌詞付けてみてくれない?」
と鏡子が言った。
 
「うーん。鏡子ちゃんの好みに合うものになるかどうかは」
「取り敢えず私が歌詞を書くのよりはマシになりそう」
と織絵も言った。
 

2009年3月下旬。
 
前田彰恵はTS市内の女子学生向けの安アパートの1室で缶コーヒーを飲みながら大きく息をついた。
 
ドタバタだったなあと思うし、またよくTS大学に合格したよなあ、とここしばらくの騒動を思い返していた。
 
彼女はそもそも大阪のG大学(関西1部)に行くつもりであった。正式の推薦入試は11月に行われるものの、実質的には8月の時点で内々定をもらっていた。ところが彼女が頼りにしていたG大学女子バスケ部の監督が10月上旬急に入院してしまう。かなり難しい病気で、退院はいつになるか不明ということであった。
 
それでどうしたものかと思っていた時、福岡C学園高校の橋田桂華と秋田N高校の中折渚紗がふたりとも茨城県の国立TS大学(関東1部)に行くという話を聞いたのである。
 
「桂華ちゃん、なんであんたC学園大学にそのまま進学しない?」
と彰恵は電話で訊いた。
「うん。実はポリシーの問題なんだよ」
「ん?」
「C学園大学の戦い方はさ、C学園高校と同じ集団戦法なんだよ。まあ同じ系統の人間が指揮しているし、同じ系統の生徒が進学しているんだから確かにそうなる。でもそれって個々人の力が生きてこないし自分自身は鍛えられないと思うんだよね。TS大学は逆にアメリカ式の個人主義。個々の能力が第1だという考え方。基本的にゾーン禁止。しかも練習のメニューとかが、物凄く科学的に構成されているんだよ。スポーツチームっていまだに根性第一主義の指導者が多いじゃん」
 
「確かに」
「それで頑張ってTS大学受けようかと思ってさ。実はU18アジア選手権の時に渚紗ちゃんとそれ話してて、一緒に受けようよという話になって、私かなり勉強してるんだよ」
 
「それ私も興味ある」
「彰恵ちゃんも行く?センター試験の締め切りは9日だよ」
 

それで彰恵は締め切りギリギリにセンター試験の願書を書き、進研ゼミを申し込むとともに、ウィンターカップの練習を毎日必死にやりながら、部活から帰るといったん仮眠して深夜まで受験勉強を続け、1月にセンター試験、2月下旬に小論文と実技による2次試験を受けて合格したのである。
 
実際問題としてはセンター試験の成績はかなり悲惨だったと思うのだが、やはり実技で卓越した所をアピールできたことで通してもらったかなと彰恵は思った。
 

春休み。福岡市の某病院。
 
医師は手術台の上に乗った若い患者に最後の確認をした。麻酔は既に掛かっている。
 
「睾丸を取ってしまうと、もう子供を作ることはできなくなります。ペニスもたいていの場合勃起しなくなります。本当に取っていいですか?」
 
「はい。お願いします」
 
それで医師は陰嚢を切開すると、中から1個だけ残っていた睾丸を取り出す。
 
「じゃ切りますよ」
「はい」
 
それで医師は精索を切断した。
 
「切りましたよ」
「ありがとうございました」
 
やった!これでボクもとうとう男の子から卒業しちゃったよ。
 
昭ちゃんは心の中で勝利のラッパが吹かれるような思いであった。
 

千里は3月14-27日に合宿コースで運転免許を取りに行ったが、自動車学校の宿舎で辛島栄子さんという新米の巫女長さんと出会い、彼女の紹介で千葉市内L神社に奉職することになる。千里の神社奉職を最も喜んだのは、もちろん後ろの子たちであった。
 
千里は予定通り3月27日に自動車学校を卒業した。その日は学校の宿舎にそのまま泊まり、翌朝退去する。そして28日は元DRKのメンバーの内、東京周辺の大学に進学した子たちが集まって結成することになったECK(East Capitol Kittens)というバンドの演奏・音源作成に参加した。後のGolden Sixである。
 
そしてその日の夕方、千里は新幹線で大阪に向かった。そして「男装して会いに行く」という約束通り、先日のKARIONの「男子限定ライブ」の時に着た、男物のワークシャツにズボンという格好に新幹線の中で着替えた。頭も長い髪をまとめて、あの日のライブで使用した男性用カツラの中に収納している。
 

貴司はやや重たい気分で自宅マンションを出た。
 
やっと千里と会える。11月に「会った」のは自分の夢だったのか現実なのか判然としない。確実に会ったのはほぼ1年前、4月1日の朝、心斎橋駅の出札口でだ。あの時のキスの味が忘れられない。
 
自分もあと少ししたら20歳になる。そろそろ自分の将来のことも考えなければとは思っていた。千里と結婚して子供が何人かできて。そしたら自分も千里もバスケ選手だし、きっと子供もバスケするかな、などといったことも思うのだが、そこで千里は子供が産めないという困った問題に到達するのは薄々意識していた。実際千里は、自分以外の女性と結婚してもいいよ、と何度も言ってくれている。特に例の「京平」は自分が子宮を持っていないから誰か他の女性に代わりに産んで欲しいんだと千里は言っていた。
 
その割には他の女との付き合いは徹底的に邪魔されている気がするんだけど!?
 
奥さんが2人持てればいいのに、などと都合の良いことも考える。でも奥さんが2人持てたとしても、千里はもうひとりの奥さんとの仲を邪魔しそうだなと思い至ると、どうもモルモン教あたりに改宗しても意味無さそうと思ったりもしていた(*1)。
 
(注1.モルモン教はかつては多重婚者の代名詞のようになっていたが、現在ではほとんどの派で多重婚は禁止されている)
 
しかしそういう揺れ動く心の中で千里が声変わりしてしまったと聞いたのはショックだった。色々考えてみたものの男の声で話す千里というのをどうしても恋人として自分の心の中に受け入れられない。散々悩んだあげく、ふたりの関係は友だちということにして継続するという提案をし、千里もそれを受け入れた。
 
その時点で貴司の気持ちも芦耶の方にやや傾いてしまった。それで芦耶からのゴールデンウィークに泊まりがけの旅行をしようという提案を受け入れた。芦耶とそんなことしてしまったら、それは結果的には自分と千里の恋もそこで終了になってしまうんだろうなと貴司は考えていた。
 
一応その芦耶との旅行の件を千里に伝えておこうと思い電話した時、貴司ははからずしも千里の「声変わりした声」を聞くことになった。
 
確かに千里は男のような声で話していた。
 
あれはショックだった。それでも貴司は千里と会いたい気がした。それで今日会う約束を取り付けたのだが、千里は「新しい恋人のいる貴司と自分が会っていいのか?貴司の顔は知られているから誰か目撃した人がツイッターに書くかも知れないよ」などと言って渋った末、「じゃ男装で行ってあげるよ」と言ったのであった。
 
正直、男装して男の声で話す千里って・・・見たくない気がした。
 
しかしそういう千里を見てしまったら、自分はもう千里への思いを断ち切ることができるのかも知れないという気もした。
 
千里から声変わりのことを告げられても、貴司の脳内には可愛い声で話す可愛い千里のイメージが焼き付いていて消えなかったのである。
 
そういう訳で貴司は覚悟を決めて新大阪駅にやってきた。
 

この3月28日、東京では民謡の若山流・家元襲名披露が両国の国士館で開かれた。若山流は全国の名取りの数だけでも5000人を超す民謡の一大流派で、冬子の伯母・若山鶴音(本名水野乙女)が大幹部のひとりで今回の襲名披露の実行委員にも名前を連ねている。それであんたも来いと言われて、乙女の妹でもある冬子の母・春絵は朝から振袖を着て(正確には冬子に着せてもらって!)出かける準備をしていた。一応春絵も若山鶴絵の名前を持っているのだが、もう三味線なんて20年以上弾いていない!それでも立場上、御祝儀を最低100万円は包まないといけないと聞いて、先日は絶句していたところである。風帆が建て替えてもいいけどとは言っていたが、結局は冬子が出してくれた。
 
「親孝行な娘だ」
と母から言われて冬子は嬉しそうにしていた。
 
出がけに電話が掛かってくる。五姉妹(乙女・風帆・清香・里美・春絵)の次女風帆(名古屋在住)である。
 
「ああ・・・雑用係かぁ。分かった。うちの2人も連れて行く」
と言って電話を切る。
 
「萌依、冬、あんたたちも来てって。色々雑用があるらしいのよ。あちらも恵麻ちゃんと美耶ちゃん連れてくるらしい。里美も純奈と明奈を連れてくるらしいし」
「晃太君(恵麻・美耶の弟)は?」
「男はあまり役に立たないから」
と春絵が言うので
 
「じゃ、ボクは行かなくていいよね?」
と冬子は言ってみたものの
「あんた、女の子だよね。学校にいる時以外は女の子アイドルに変身するんでしょ?」
などと母は言う。
 
うーん。私って結構都合のいい時は娘とみなされているよなあ、と冬子は思った。
 

結局、冬子は萌依にも振袖を着せた上で自分も振袖を着て3人で出かけることにする。お化粧は春絵が娘(?)2人にしてあげた上で自分もする。
 
その頃、やっと起きてきた冬子の父は自分の妻と娘と息子(?)が全員振袖を着てお化粧までしているので、ギョッとする。
 
「あ、お父ちゃんは御飯適当に食べててね。襲名披露行ってくるから」
と春絵。
「あ、うん。行ってらっしゃい」
と大史は半ば呆然としながらそれを見送った。
 

新大阪駅。
 
貴司は愛用のG-Shockの時計で時刻を確認した。そろそろ約束の時刻だ。
 
貴司はこちらにやってくる人の波に探すように視線を動かした。その時、最初貴司の意識には全くひっかかっていなかったやや背の低い男性がこちらを見て笑顔で手を振るのを見る。
 
誰だっけ?
 
と一瞬思ってしまったのだが、次の瞬間、まさかあれが千里なの?と思うと物凄いショックを受けた。
 
ああ・・・・やはり僕の可愛い千里はもう居なくなってしまったんだ。心の中で何かが壊れていくような気分だった。サヨナラ、僕の千里・・・。
 
その男性は自動改札を通ると
 
「久しぶり」
と笑顔で「バリトンボイス」で言った。貴司は悲しかったが、もうこれが千里と会う最後になるだろうから、せめて「彼」に良い想い出を作ってあげようと思い直した。それでこちらも
 
「お疲れ様。それと大学合格おめでとう」
と笑顔で言う。
 
「ありがとう。そちらもあらためて準優勝、おめでとう。入れ替え戦惜しかったね」
「うん。手応えはあったんだけどね」
 

取り敢えず駅構内のカフェに入って少し会話した。
 
「でもありがとう。わざわざ男装してきてくれて」
「貴司の彼女に誤解を与えるのは本意じゃないから。私、貴司には恋人作っていいんだよ、と何度も言ったしね」
 
「うん。悪いけど、僕も千里に今は恋愛感情は持っていないつもりだから」
 
実際それは今日この「男になってしまった」千里を見て、完全に消えてしまった気がした。
 
「私、大学で恋人作っちゃうかも知れないけど、いいよね?」
「もちろん。その方が僕も安心して千里と付き合えるかも」
 
とは言いつつ、この後自分から積極的に千里に連絡することはないだろうなと貴司は思っていた。母にも千里と正式に恋愛関係を解消したことを言わないといけないな、とも思う。
 
「バレンタイン送っちゃったけど、揉めたりはしなかった?」
「大丈夫だよ。ファンからの贈り物も何個かもらったから
「有名スポーツ選手の便利な所だね」
「もっとも他のファンからのバレンタインはチームのみんなでシェアしたけど千里からもらったのだけは自分で全部食べた」
「ふーん」
 
本当は自分で全部食べたのは、千里からもらったものと、芦耶からもらったものの2つである。それをここで言う必要もないだろう。
 
結局カフェで1時間ほど話していた。貴司はそろそろ潮時かなと思った。
 
「長居しちゃったね。そろそろ出ようか」
と貴司は自分のしているG-Shockの時計を見て言う。千里がその貴司のしている時計をじっと見つめたのに貴司は気づかなかった。
 
「あ、けっこう長居したかな」
と千里も腕につけているスントの腕時計を見て言った。
 
「しゃ、貴司頑張ってね。今年こそ1部に上がれるように」
「うん。千里も大学でバスケ頑張ってね。千里が入れば1年で2部に上がれるよ」
 
「ごめーん。私、言ってたようにバスケはやめるつもりだから」
と千里。
 
それがいいかもと貴司はこの時思った。すっかり男っぽくなった千里が女子選手として活動を継続しようとした場合、性別問題で絶対もめて大騒動になる可能性がある。それよりも、これまでの輝かしい実績を花道にもう引退してしまったほうが、性別問題は曖昧にしてしまえる。
 

そんなことを貴司が考えていた時のことである。ふたりが座っていたテーブルに中学生くらいかなと思うけっこう背の高い女の子が寄ってきた。
 
「あの、すみません。もしかして旭川N高校の村山千里選手ですか?」
と彼女は千里に声を掛けた。
 
すると千里は笑顔で
「はい、そうですよ。よく分かりましたね」
と《今まで貴司と話していたのとは違う声》でその少女に答えた。
 
何!? そんな声も出るのか?
 
「すごーい。その格好だけ見たらまるで男の人かと思っちゃいましたよ」
「ちょっと秘密のデートしてたから。もし良かったらこれネットとかには書かないでくれる?」
 
千里のこの声は女の声と思えば女の声にも聞こえるし、男の声と思えば男の声にも聞こえる、ちょっと不思議な声である。
 
「はい。書きません。でももし良かったらサインもらえませんか?」
「いいよ」
 
それで千里は少女が出したスケッチブックに、太いフェルトペンを使ってまるでツバメが飛び回った軌跡のような美しいサインを描いた。
 
へー!こんなの作ってたのか!
 
僕は作ってないのに!(だいたいサインを求められたことが無い!)
 
千里は少女に名前を訊き、○○さんへと書き添え、日付も記入した。
 
「○○さんもバスケするの?」
「はい。新人戦では岸和田市大会で準優勝だったんです」
「中学生かな?」
「はい」
「じゃ春の中体連では優勝できるように頑張ろう」
「はい、頑張ります!」
 
それで千里と握手して少女は礼をして去って行った。
 

「千里、そんな声も出るんだ?」
と貴司が訊く。
 
「だって男装していたら男の声で話さなきゃ」
 
何〜〜〜?
 
「千里、だったら女装したら女の声が出るの?」
「秘密」
 
貴司は、このカフェの会話で千里とは別れるつもりだった。しかし唐突に千里への好奇心が生まれてしまった。
 
「ね。僕、ここに今日は車で来ているんだ。ちょっとドライブしない?」
「うーん。まあいいけど」
 

それでふたりはカフェを出て(お金は貴司が払った)、近くの駐車場に行く。
 
「へー。変わったエンブレムだね」
「千里がここのメーカー好きって言ってたから」
「そうだっけ?ごめーん。覚えてない」
「いいよ、いいよ」
「でも輪っかが4つって面白い。あと1つ輪を足せば五輪になる。貴司、オリンピックを目指す?」
「男子はオリンピックは遠いなあ」
 
バスケットで日本代表男子はもう30年以上オリンピックに出場していない。女子は1996年(7位)と2004年(10位)に出場している。
 
それで貴司は助手席のドアを開けて千里を乗せようとしたのだが、千里は「助手席は彼女専用にしておきなよ」と言って自分で後ろのドアを開けて、後部座席に乗った。
 
貴司も「まあいいか」と思い、運転席に座る。車をスタートさせる。駐車料金を払って外に出ると、何気なく左折して北に進路を取った。
 
しかし千里はずっと男声で話している。あの中学生の前で使った性別曖昧な声は貴司とふたりだけの場では使わないつもりのようだ。
 
「千里さ、考えていたんだけど、声変わりが来たって、千里まさか睾丸無いよね?」
「私は男の子だよ。おちんちんも睾丸もあるに決まってるじゃん」
「嘘!?」
「内緒にしててね。私ふだんは男子トイレでおちんちん出して立ってしてるよ」
 
「・・・・。じゃ、千里って男なのに女子選手として試合に出てたの?」
「試合に出る時は事前にチョキンとはさみで切っておくんだよ。試合が終わったら、また糊でくっつけるんだよ」
 
「そんな馬鹿な!」
 
貴司はあらためて千里に「性別疑惑」を持ってしまった。以前から千里には「男の娘と言ってるけど実は正真正銘の女なのでは?」という疑惑を持っていた。しかしこの時貴司が感じた疑惑は「この子、本当は男の子なのか?男の娘なのか?それとも本当の女の子なのか?」という自分でももう訳の分からない疑問であった。
 
裸にして確かめてみたい!!!
 

襲名披露の会場に着いた冬子と萌依は、従姉妹たちが大勢来ているのを見て手を振る。従姪の三千花(後の槇原愛)・小都花(後の篠崎マイ)・七美花(後の2代目若山鶴乃)も来ている。特に三千花は豪華な加賀友禅を着ている。
 
萌依と冬子は特に仲の良い純奈・明奈の姉妹とはお互いハグしあった。
 
「萌依ちゃんも冬ちゃんも可愛い振袖着てる」
「純奈ちゃんのも明奈ちゃんのも高そうな振袖だ」
 
自分に続いて冬子もふたりとハグしたのを見て
 
「冬は平気で女の子とハグするなあ」
と萌依は言っているが
「だって私も女の子だし」
と冬子は開き直って言っている。
 
「冬とはけっこう何度も一緒にお風呂入ってるしね。おっぱいの触りっこも何度かしたし」
と明奈は言う。
「まあ、私、少なくとも小学生になって以降、男湯に入ったことはないし」
「うーん。。。まあいいか」
 
「でも年末から凄い騒動だったみたいね」
「うん。参った参った。でもこれで今更もう私、ふつうの男の子に戻りますなんて言えなくなっちゃった。もうこの後は性転換手術まで一直線かなあ」
 
この時期、冬子は若葉から随分唆されて、もう高校在学中に性転換手術受けてしまってもいいかなあ、という気になりかけていたのである。
 
「ん?性転換手術は1月に済ませたんでしょ?」
と純奈が言う。
「へ?」
「それで1ヶ月間学校を休んでいたと聞いたけど」
 
「いや、冬は確か小学5年生の時に性転換手術は済ませていたはず」
と明奈は言った。
 
 
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【女の子たちの卒業】(2)