【女の子たちのインターハイ・高3編】(1)

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2008年7月23日(水)。その日はみんな埼玉遠征の準備とかもあるだろうからと言って、バスケの練習は午前中で終わった。昭ちゃんはそれで町に出て、靴下を少し買っておこうと思った。日々非常に激しい練習をしているので靴下の消耗が激しいのである。そしてついでに・・・・女の子の下着を買っちゃおうかなという下心もあった。
 
大型スーパーに寄って婦人服売場に行き、靴下を見る。靴下なんて男物も女物も見た目の区別は付かないものの、昭ちゃんは女性用として売られているものを買うことで、自分のアイデンティティの確認をしていた。
 
結局何の変哲も無い白い綿の靴下、5足セットを2つ買ってレジのほうに行く。その途中何気なく通って行く途中の下着を見ていた時、たくさんレースが使ってある下着を見て、ドキっとして足を止めてしまった。
 
ぼく、多分女の子に見えるよね? だから、ここで女物の下着を見ていても、誰も咎めたりしないよね? 昭ちゃんは自分にそんな言い訳をする。そして、わあいいなぁなどと思っていた時
 
「こら」
という声がする。
 
「ごめんなさい!」
と思わず言ってから、そちらを見ると川南である。
 
「あ!川南さん!」
「何してたの?」
「靴下買いに来たんですー。すぐ穴開いちゃうから」
「ああ、確かに私も靴下の消耗は激しいよ。でもそこのガードル見てたね」
 
「ええ。ちょっと。レース使いがすごいなと思って」
「ガードルにはこういうの多いよね。昭ちゃんも使ってるの?」
 
「ガードル、ぼく持ってないです」
と言って昭ちゃんは少し恥ずかしそうにしている。
 
「あれ?いつもガードルであそこ抑えているのかと思った。試合中に突然大きくなったりはしないの?」
「そういう経験は無いですー」
「へー。でも女子の試合に出てたら、女子選手と身体が接触するじゃん。感じちゃうことない?」
「どちらかというと、男子選手と接触する時の方がドキドキします」
 
「昭ちゃん、ほんと心が女の子なんだねー!」
「薫さんからも言われました」
 
「だったらさ、女の子だったらガードル1枚くらい持っておくといいよ」
「そうですかねー」
「このガードル気に入ったんでしょ?」
「ええ。いいなあと思って」
「じゃ、買っちゃおう、買っちゃおう。お金持ってる?」
「ええ。1万円持って来たから」
 
川南は
「へー。たくさん持って来てるね」
と言ってから
 
「昭ちゃん、遠征中の着替えはあるの?」
「一応、お母さんが用意してくれました」
「男物?女物?」
「女物です」
「良かったね」
「嬉しかったです。女子部員たちと一緒に泊まるんだから、女の子下着でないといけないよね、と言って」
 
「どんなの買ってもらった?」
「スポーツブラ3枚と、白いショーツ10枚です」
「無地?」
「はい」
 
「だったら、可愛いプリント柄とかさ、花柄とかのも買わない?」
「えー!?恥ずかしいです」
「でも、君、女の子だろ?」
 
「・・・はい」
 
「女の子は可愛い下着もつけるんだよ」
「そうですよね」
「だったら、私が見繕ってあげるからさ、可愛いの少し選ぼうよ」
 
「買っちゃおうかな・・・」
「よしよし」
 
それでふたりはブラショーツのセットを売っているコーナーに一緒に行った。 

7月24日(木)の午後。インターハイを直前にして、女子部員全員に注意がある。 
これから長期間の遠征があるので、安全に関すること、健康に関すること、また秘密保持に関することなどである。基本的に遠征中は私用外出禁止であり、いつでも連絡がつくように携帯電話を持っておくこと(所有していない数人の部員には学校でレンタルして貸与する)、夜は基本的に11時就寝6時起床で、夜更けまでゲームやチャットなどしていたら、たとえベンチ枠の選手であろうと強制帰還させると警告する。
 
またドーピング問題があるので、使用できる薬が極めて限られることを説明した上で、生理痛・頭痛・腹痛、また風邪などの薬を勝手に飲まないこと、必要な場合は山本先生からもらって飲むことをあらためて言う。ドーピング検査の対象になるのは選手だけだが、何かの間違いで選手の口に問題のある薬が入ったりしないよう、部員全員に持たせないようコントロールする方針だ。 
また自校あるいは他校の選手に関する噂話などを安易にしないよう言っておく。周囲に外部の人がいる場ではインハイに関する話は注意するよう言った。こういう大会では他校の選手と親しくなることも充分あるが、そういう場で「うちの○○は凄いんですよ」などと言っちゃったら、自分たちが不利になるということを説明すると、みんな理解してくれたようであった。
 

その後選手12名および選手と行動を共にする3年生部員のみ残して更に特別な注意がある。風邪を引いたりしたような場合に、他の選手に移したりすると物凄くまずいので、風邪の初期症状などがあった場合はすみやかに申告することが通達される。
 
「風邪くらい引いても出たいという気持ちは分かる。でもその結果、他の子まで巻き込んだら責任重大だから、風邪引いた場合は潔く申告して欲しい」
と南野コーチはみんなに説くように言う。
 
「それから今月初めからみんな基礎体温を付けてもらっていたと思うけど、本戦に生理がぶつかりそうな子居る?」
 
上旬にも確認していたことではあるが、やはり敦子がぶつかりそうということでぶつかったらタンポン使いますと言っていた。
 
「わあ、タンポンなんて勇気あるなあ」
という声が出る一方で
「試合の時はタンポンだよ」
と暢子などは言っている。
 
「暢子ちゃん調子どう?」
「昨日来ました。予定通りです」
「千里ちゃんは?」
「今朝来てました。私も予定通りです」
「雪子ちゃんは?」
「そろそろって感じなので多分明日来ます」
 
それでその日はそのメンバーと南野コーチだけでお寿司を食べに行った。資金は教頭先生が出してくれたということであった。
 
「インハイ期間中は基本的に生ものは避けるからね。今日は前祝い」
「優勝して築地のお刺身食べましょう」
「私は美味しいステーキ食べたいなあ」
「優勝したら、そのくらい理事長さんがおごってくれるでしょ」
「よし頑張ろう!」
 
とみんなその日は気合いが入っていた。
 

7月25日(金)。旭川N高校女子バスケ部はインターハイ出場のため大移動をする。参加者は女子バスケ部48名(昭ちゃんを含む)、宇田先生・山本先生・教頭先生、南野コーチ・白石コーチで合計53名である。
 
この日は朝からお昼過ぎまで練習した上で、いったん各自帰宅し、荷物を揃えて17時に旭川空港に集合。ここでユニフォームなど荷物の確認をするが、暢子がバッシュを忘れていることに気付いて慌てて連絡して、叔母さんに持ってきてもらうなどという事件があった。
 
「部長、しっかりしてください」
と2年生から言われると
「まあ、忘れ物があったら大変だという見本だよ」
などと開き直っていた。
 
旭川空港19:05のエアドゥ機に乗り、羽田に20:50に到着。そこから電車を使って冬にも合宿をさせてもらった東京校外のV高校まで行った。インハイが始まるまでそこでミニ合宿である。
 
人数が多いので、最初、選手だけ飛行機を使い、それ以外の部員は苫小牧−大洗のフェリーを使う案もあった(その場合約27時間掛かる)のだが、エアドゥ機を使用すると北海道から東京への往復は割引率が高いので、結果的にフェリー利用の場合と料金は大差無いということで全員飛行機を使うことになった。それでも53人の往復運賃は約200万円である。なかなか恐ろしい。むろん滞在費はもっと掛かる。N高校やP高校は資金力があるので全部員を連れて行くし個人負担は食費を1日分につき1000円徴収しているだけだが、やはり選手だけで行くところがほとんどのようであるし、交通費宿泊費の調達に苦労する学校も多いようである。 
なお旭川N高校は昨年のインターハイで3位だったので今回シードされている。シードは昨年のインターハイとウィンターカップの成績で定められる。今回シードされたのは、愛知J学園(IH-1,WC-1)・東京T高校(IH-3 WC-2)・岐阜F女子高(IH-2)、旭川N高校(IH-3)、愛媛Q女子高(WC-3)の5校である。ウィンターカップ3位ならY実業もそうなのだが、昨年のインターハイでQ女子高はBEST8だったのに対してY実業はBEST16だったので、その差が考慮されたのだろうか。 

26日。午前中、千里は特にひとりでシャワーを使わせてもらって身体を洗った上で、チームと別れて都心の病院に赴いた。そこで検診を受けるようにバスケ協会から言われていたのである。昨年もインターハイの前に精密検査を受けさせられて「男ではない」ことを確認されたものの、その後1年経過して身体が男性化してないかを再度チェックしておきたいということのようであった。 
尿と血液を採られた上で、例によって全裸にされて体つきの目視チェックをされる(どうもこれがいちばん重要っぽい)。それから心理テストもされたし、全身のレントゲンとMRIを撮られた上で心電図も取られ(何のためだろう?)、最後は女性器の内診もされた。
 
「生理は定期的に来ていますか」
と何気なく先生は訊く。
 
「私に生理がある訳ないです」
と千里は答える。
 
「ですよねー」
と先生は言ってから
 
「このヴァギナ、人工的に作ったものとは思えない精巧さですよ」
などと言う。
 
「そうですか? 私はそのあたりよく分からないのですが」
 
「このMRI写真で卵巣や子宮が無いのを見てなかったら、他の女子選手が身代わりで受診しに来たのではと疑いたくなるくらいですよ」
「へー。そんな例もあったんですか?」
 
などと言いながら、千里は内心「危ない危ない」と思った。事前に《いんちゃん》が『生理のことを訊かれたら無いと言え』と念を押しておいてくれたのである。 
飲んでいる女性ホルモン剤も見せてくれと言われるので、いつも持ち歩いているホルモン剤の錠剤シートを見せる。
 
「プレマリン(エストロゲン)とプロベラ(プロゲステロン)の、どちらもジェネリックです」
と説明する。
 
エストロゲンは12錠の内の6錠が使用済み、プロゲステロンは10錠の内4錠が使用済みで、どちらも6錠ずつ残っている。ここでエストロゲンの方は実は年末に昭ちゃんから取り上げたものである。昭ちゃんは女性ホルモンを飲むのも高校を卒業してからとお母さんと約束したという話で今の所一応それを守っている雰囲気ではある。もっともかなりエステミックスを飲んでいる感じでもあるが。恐らく彼はホルモンニュートラルに近い状態にある。
 
「どのくらい飲んでいますか?」
「毎日3錠ずつです」
「念のため1錠ずつもらっていいですか?」
「このシートの残りでよければ全部差し上げます」
 
私には不要だしね〜。
 
先生は「じゃこれ丸ごともらいますね」と言って、取り敢えず1錠ずつ出して分析に回したようであった。
 
検査結果は28日(開会式の日)までに通知しますと言われた。
 

千里が検診を受けていた間、V高校の合宿所では午前中紅白戦をしていた。 
千里が居ないこともあり、ここのところ少し疲れの溜まっていた主力が元気のありあまっている控え組に押されるという思わぬ展開になるが、最後は何とか逆転して主力の面目を保った。
 
「でも控え組も、枠外に漏れてる元気な子たちに押されるかも知れん」
という声も上がる。実際、薫・昭子まで入れると、川南・結里・ソフィア・志緒・蘭などといった面々はあなどれないメンツである。
 
午後からは東京T高校のメンバーが来訪する。千里が復帰したAチーム、そしてBチーム・Cチームに別れて練習試合をした。今回T高校とは別の山になっていて当たるとしたら決勝戦なので、ある程度手の内を見せ合ってもいいだろうということで、この日の練習試合が実現した。どちらもこの時期に強い相手と試合をして最終調整をしておきたいところである。
 
この両校が対戦するのは実は初めてである。それで千里とマッチアップした向こうのシューティングガード萩尾さんが
 
「全然かなわない!」
と音を上げる。しかし千里がポンポン3を放り込むのを見て彼女も物凄く良い刺激になっていたようである。
 
Aチームでは、竹宮さんと暢子、山岸さんと雪子の対決もお互いかなり本気になった感じで
「決勝でほんとに激突した時、どうやったら勝てるのか少し考えてみる」
などとお互いに言ったりしていた。
 
リバウンドでも「ボク少女メーリングリスト」もとい「センター・メーリングリスト」のメンツでもある留実子と森下さんが初めて直接対決したが留実子が昨年インターハイのリバウンド女王である森下さんと充分良い勝負をしていて 
「花和さんってトップエンデバーに招集されていても良かったレベルじゃん」
と竹宮さんが千里に言っていた。
 
またBチームではソフィアが点を取りまくるし、耶麻都もよくリバウンドを取るしで、特にソフィアについては
「なんであの子トップチームに入れてないの?」
と向こうのコーチさんがこちらに訊くほどであった。
 
「あの子は選手登録をした6月末からこの1ヶ月間に物凄く成長したんですよ」
と南野コーチが言うと
「そういう伸び盛りの時期ってあるんですよねー」
と向こうも頷くようにしていた。
 

昨日は遅く着いたためもうお風呂にも入らずに寝たので、この日がV高校での最初の入浴になるが、人数が多いので、1年生と2-3年生で時間帯を分けた。しかし1年生の絵津子・ソフィア・不二子の3人は「もうそろそろ上がりなさい」と言われるのを「あと少し」などと言って遅くまで練習していて1年生の時間帯に入りそびれてしまったので、南野コーチから
 
「今日は特別に上級生と一緒に入れてあげて」
と言ってもらい
「よしよし、可愛がってやるから」
と暢子に言われ、おそるおそる入浴していた。
 
「可愛がるって、どうされるんですか?」
とソフィアが若干おびえながら尋ねたが
 
「昭ちゃんにおちんちんがあるか確認してくること」
などと言うのを薫が
「それってセクハラ」
と言って停めていた。
 
「で、薫はあるわけ?」
「個人情報保護法により開示できません」
 

この日はN高校バスケ部OGでいつもバスケ部に寄付をしてくれている東京在住の漫画家・村埜カーチャさん、占い師の中村晃湖さんが来訪した。ふたりは年末にウィンターカップ見学とオールジャパン出場のために東京に来た時も来訪する話があったのだが、あの時はやはり向こうも忙しくて実現しなかったのである。今回は練習風景と紅白戦を合計2時間ほど見学してもらってから、お昼休みに宇田先生・教頭先生に暢子・千里・雪子・揚羽の4人で食事しながらいろいろお話をした。
 
「今年のN高校はかなり強いみたいね」
とふたりとも言う。
 
「1年生に活きの良い子たちが入って来たんで、2年生も3年生も結構危機感を持って頑張っているんですよ」
と暢子が言うと
「だったら来年もまた期待できるね」
と中村さん。
「ええ、私や村山は卒業してしまいますが、原口や森田たちが頑張りますよ」
と暢子は答える。
 
千里は3年後に青葉の家族の葬儀の時に中村さんに再会するのだが、中村さんはその時は千里のことを覚えていなかったようである。
 
「しかしこれだけ多くの女の子たちを連れて遠征とかしていると管理が大変でしょう」
と村埜さんは言う。
 
「そうなんですよ。万が一にも事故の類いがあってはいけませんから」
と教頭先生も答える。
 
「会場との往復以外は外出禁止なんですけど、実際は日々の練習でクタクタになって、外出までする気力は無いみたいですね」
「それにこの学校は遊べるような場所から隔絶されているから」
「近くのコンビニに行くくらいだもんね」
「夜も11時消灯だし」
「まあ消灯後もけっこうおしゃべりはしてますけどね」
「夜中すぎまで起きてたら強制送還と脅しているし」
「ゲーム機は既に昨夜1晩目にて3人没収されましたね」
 

「冬にいらっしゃった時は男子部員もという話でしたけど、今回は女子だけなんですね」
と村埜さん。
 
「正直男女混合で連れてくると、恋愛問題・性的なトラブルの問題で神経を使うので、この方が楽です」
と宇田先生は本音を言う。
 
「私たちの頃は女子高だったから、男子というのは想像上の生き物でした」
と中村さん。
 
「まあ今回戸籍上男子って子はいるけど、実態が既に女子化しているから」
などと暢子が言う。
「へー、いわゆる男の娘ってやつですか?」
と村埜さんが興味津々という感じだ。あ、漫画のネタに使うかな?などと千里は思う。
 
「まあ少なくとも見た目、男には見えない子ばかりですしね」
と千里は開き直って言った。
 
「それって着替えとか、泊める部屋とか、やはり考慮しないといけないですよね?」
と訊かれるが
 
「着替えもふつうに他の女の子たちと一緒だし、部屋も普通に女子扱いですね」
と宇田先生が言う。
 
今回、千里は暢子・留実子・寿絵と一緒、薫は夏恋・睦子・敦子と一緒で、昭ちゃんも蘭・志緒・結里と一緒の部屋である。男性機能が残っている昭ちゃんに関しては、保健室の山本先生と同じ部屋にする案もあったのだが、部員たちの悩み事相談なども受け持つ山本先生の部屋は個室にしたいというのと、蘭や志緒が私たちと一緒で大丈夫ですよと言ったので、初めて昭ちゃんは純粋に女子の部屋に泊まることになった。
 
「お風呂も一緒に入っているしね」
と揚羽。
「お風呂に入れるって凄いですね!」
と村埜さん。
「でもおちんちんあるんじゃないの?」
と中村さんは訊くが
「じょうずに隠して、見せないようにしてるようですよ」
と雪子が言う。
 
「もっとも隠しているというのが建前で、実はこっそり手術して取っちゃってるのではという疑惑はあるけどね」
と暢子が言う。これは薫のことだ。
 
「つまり、ふつうに男の子が女湯に入るんなら、おちんちんを隠す訳ですが、あの子の場合は、おちんちんが無いのを隠しているのではという疑惑があるんですよ」
と千里は補足する。
 
「それは面白い!」
と村埜さんが言う。
 
ああ、これは絶対このネタで漫画を書くな、と千里は思った。
 

「でもなんか懐かしいですよ。私たちの頃は合宿とか行くと、よく夜中まで怪談とか話してました」
などと村埜さんが言う。
 
「ああ。怪談はけっこうやってますよ」
と暢子。
「このV高校で部活のために出てきている子から、この学校の怪談とかも教えてもらいました」
と揚羽。
「この研修施設の女子トイレにも怪人赤マントみたいなのが出るって噂があったみたいですが、特に怪異にあった子はいませんでしたね。12月の時も」
と雪子が言う。
「あれは冬だったからね。夏なら出るかもよ」
と暢子が言う。
 
「何でしたら、私、ちょっと見てみましょうか?」
と中村さんが言うので、一同その噂のあったトイレに行ってみる。
 
「過去には何か居たようですね」
と中村さんはその女子トイレの中の個室を眺めて言った。宇田先生と教頭先生はさすがにトイレの外側で待機しているが、千里たち4人は中まで入って、中村さん・村埜さんと一緒にトイレの中の様子を見ていた。
 
「どんな奴?」
と村埜さんが訊く。
 
「まさに怪人赤マントみたいな奴。無害だよ。女の子を脅かして楽しんでるだけ」
と中村さん。
「要するに、チンチン見せる痴漢なんかと同類か」
と村埜さん。
 
「そうそう。そういうどうしようもない奴のエネルギーが妖怪化したんだろうね」
「でも過去には居たんだ?」
「うん。これは居なくなってから半年くらい経ってるかも」
 
「だったら、私たちが冬に合宿に来た時に居なくなったのかな」
「元気な女の子がたくさん来たんで、おそれをなして逃げ出したのかも」
などと暢子・雪子が言う。
 
「ああ、そうかも知れないですよ。こういう奴って意気地が無いから」
と中村さん。
「意気地があると、また怖いですけどね」
と暢子。
 
「女子高生にちんちん見せるくらいは無害だけど、パンツ取ったりするようになったら有害」
と中村さんも言う。
 
「誰かパンツ取られたりしてないよね?」
と暢子が訊くが
「そういう話は聞いてないから大丈夫と思いますよ」
と揚羽は言った。
 

翌日27日(日)の午後はこの日の朝の便で東京に来たという札幌P高校と練習試合をした。P高校ともAチーム・Bチーム・Cチーム戦をする。
 
お互いに一週間前にも道民バスケットボール大会の決勝戦で対戦したばかりだが、この日はAチーム・Bチーム・Cチーム、ともにかなり本気ばりばりの勝負をした。(但し怪我だけはしない・させないよう注意した) 
やはりこの時期、少し本気を出すというのもやっておかないと、エンジンに火が点かない感じであり、お互いの手の内を知り尽くしているP高校とN高校の場合、最適の相手であった。
 
Aチームもかなり頑張ったのだが、Bチーム戦の熱気には負ける感じもあった。 
どちらの学校も秋以降のベンチ枠入りを目指したアピールの機会になるので、みんな物凄く熱が入っていた。こちらでソフィアや蘭が頑張れば、向こうでも1年生の有力選手加入でトップチームから弾き出されてしまった2年生の小平さんが復帰のアピールに相当頑張り、狩屋コーチも南野コーチも嬉しそうな顔で彼女たちを眺めていた。
 

この日の夕方、千里が夕食後に部屋で暢子たちとおしゃべりしていた時、携帯に電話がある。見ると雨宮先生の一派の管理人ともいうべき新島さんである。何だろうと思って取る。
 
「おはようございます。何でしょうか?」
「千里ちゃん、雨宮さんの行方知らないよね?」
「雨宮先生でしたら、5月中旬に電話で話したのが最後ですが。どうかしたんですか?」
 
「★★レコードの加藤さんから先日話のあった女性歌手(冬子のこと)の件で相談したいので連絡がつかないかと訊かれているんだけど、つかまらないのよね。ごめん、どこに居るかちょっと占ってみてもらえない?」
「はい」
 
それで千里は荷物の中からタロットカードを取り出して、1枚引いてみた。剣の6が出た。海を渡って旅に出る絵だ。
 
「どこか海外にでも行かれているのではないかと」
「やはり? 困ったなあ。どのあたりかはわからない?」
 
それでもう1枚引いてみる。金貨の王女が出る。使っているのはバーバラ・ウォーカーのタロットなので、魔法使いマーリンがストーンヘンジのような所で恋人のニムエに封印(監禁)されている絵である。千里にはそのストーンヘンジの石の並びが立ち並ぶ摩天楼のように見えた。
 
「ニューヨークかも。女の人に捕まってます」
「ニューヨークか! それで女性というのなら、何となく見当が付くよ。毛利君に呼びに行かせる。ありがとう」
 
この時、雨宮先生は日本で女性歌手と揉めてアメリカに逃げ出し、別の女性歌手の音源製作をしていたようである。ところが呼びに行った毛利さんが雨宮先生に丸め込まれて「ミイラ取りがミイラになって」しまい、結局9月になって、多忙な新島さんが自身で乗り込み、ふたりを帰国させるハメになった。
 
そして雨宮先生が海外逃亡中であった期間に、冬子たちのプロジェクトは迷走して複雑な展開になりつつあった。
 

 
2008年7月28日。今年のインターハイ・バスケット競技は開会式を迎える。 
今年のインターハイ・バスケット競技は男女が完全別開催になった。どちらも埼玉県内なのだが、男子は深谷市、女子は本庄市で行われる。千里たちは朝から本庄市の本庄総合公園体育館(シルクドーム)に出かけた。
 
(本庄市と深谷市はどちらも埼玉県北部の市で本庄市から少し西に行くと藤岡JCTのある藤岡市がある。大雑把に言うと西から藤岡市・本庄市・深谷市・熊谷市と並んでいる(途中に神川町・美里町もある)) 
入場行進の時に流れる曲はFireFly20が歌う『あのゴールを目指して』である。昨年はParking Serviceだったし、やはり選手たちと同世代くらいの歌手ユニットというのが、いいのかなと千里は思った。
 
全員整列したところでステージにFireFly20が登場して場を盛り上げてくれる(彼女たちはこのあと深谷市に移動して男子の開会式にも出るらしい。ご苦労様である)。その後更に地元本庄市の高校のチアリーダーチームが華麗なパフォーマンスを見せて選手たちの中からも「すごーい」という声があがった。 
その後、大会長の代理さんが登場してインターハイ・バスケットボール競技の開始を宣言(大会長さん本人は男子の開会式に行っている)。更に数人からの祝辞の後、優勝旗の返還をする。昨年優勝のJ学園・大秋さんが優勝旗を大会長代理に手渡した。
 
その後、君が代と高体連の歌を斉唱し、選手宣誓となる。今年の宣誓をしたのは女子は福岡K女学園である。昨年のインターハイでN高校の練習場所を提供してくれた学校だが、今年は福岡C学園とともに福岡県代表として出てきた。宣誓をしたのも昨年練習相手になってくれた時に、スターターに入っていた子であった。 

開会式の後で、協会の人がN高校の所に来て、千里に
 
「村山さんの参加資格の確認書が出ていますのでお渡ししておきます」
と言った。
 
「何何?」
と寿絵が訊くので、別に隠すものでもないしということで見せてあげる。 
《村山千里(平成3年3月3日生・本籍地北海道留萌市)は間違い無く女性であり、平成20年度全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会女子の部に参加資格があることを確認します》
と書かれている。
 
「へー。間違い無く女性であり、か・・・」
と寿絵はまるで感動したように言う。
 
「あんたは女性であることを確認してもらわなくていいの?」
「あんたこそ、実はちんちん付いてたりしないの?」
「ちんちん付いてるなら、見付からない内にチョキンと切っておきなよ」
 
などと、揉めている子が数人居た。
 

この日は開会式だけなので、いったん引き上げるのだが、開幕前の最終調整を兼ねて、秋田N高校が宿泊している東松山市内の私立高校に行き練習試合をした。例によってAチーム戦・Bチーム戦・Cチーム戦をしたのだが、Aチーム戦はお互いあまり無理せずに調整をするような感じにして、Bチーム戦・Cチーム戦はマジでやった。
 
「秋田N高校さんのシューターさん、凄いですね」
と絵津子が言う。
 
「たぶん千里と高校1,2位を争うシューターだよ」
と暢子が言う。
 
「私にマークさせてくれませんか?」
「ほほぉ!」
「よし、絵津子、頑張れ」
 
ということで、この日のAチーム戦では絵津子が中折さんのマークについた。最初の頃は簡単に抜かれていたが、何度もマッチアップする内にけっこう停めるようになる。しかし中折さんは停められると即シュートを撃つので、向こうとしてはそんなに困っていない感じではあった。ただ、中折さんのシュートは千里ほど百発百中ではないので、中折さんが撃った場合、リバウンドが鍵となる。これを秋田N高校のセンター・沼口さん・杉与さんと、留実子・揚羽・リリカで争い、留実子は7割・揚羽も半分を取って、結果的にはその差が出て試合は旭川N高校の方が優勢で進んだ。
 
また中折さんも、絵津子のように背丈はなくても素早いタイプの選手との対決は貴重だったと感想を言っていた。秋田N高校は3回戦で愛知J学園とぶつかる組合せなので、道下さんや佐古さんなどにマークされた場合のシミュレーションになったようである。
 

練習試合が終わった後、V高校に戻るのに電車を待っていた時、千里はどこかで見たことのある人の姿を見た。暢子に一言声を掛けてその女性のそばに駆け寄る。 
「すみません。人違いだったらごめんなさい。北原さんのお知り合いの方では?」
 
その女性は千里を少し見て考えていた。そして言った。
 
「あなた、去年の8月(*1)に居たわね」
 
その女性の声は千里には男性の出す疑似女声に聞こえた。
 
(*1)2007-08-24 東京で緊急会議が行われて雨宮一派で手分けしてAYAのインディーズ・デビューアルバムを制作した時。彼女は足を怪我している北原さんをサポートしていた。
 

知り合いに会ったので、少し話してから帰るということで宇田先生の許可をもらい、千里はその人と少しお話しすることにする。立ち話も何だしということで、いったん改札を出て、駅近くのドトールに入る。
 
「私、お腹空いちゃった。ミラノサンド食べちゃおう。あなた要らない?おごってあげるよ」
「じゃ、頂きます」
 
ということで千里もミラノサンドとコーヒーを頼む。
 
「あら、あなたブラック?」
「ええ。いつもブラックです。たまにミルク・砂糖入れることもありますけど」
「高校生でしょ?すごいね」
「私、けっこうコーヒー飲むから、砂糖入れているとカロリーオーバーになるから」
「でもスポーツやるんでしょ。そのユニフォーム。あなた背が高いしバレーか何か?」
「バスケットです」
「なるほどー」
「インターハイに出るのに出てきたんですよ」
「あら、じゃこの辺に住んでる子じゃないの?」
「北海道なんです」
「すごいねー。インターハイなんて」
 

「北原さんのお友達なんですか?」
「うん。あなた私の性別が分かったみたい」
「そのお声で」
「声パスしてるつもりだったんだけどなあ」
「普通の人には分からないと思います。私も同類だから」
「ほんとに!?」
「村山といいます」
「私は仮名・喜岡ということで」
「仮名なんですか!?」
「実はあの子とは去勢手術を受ける病院で知り合ったのよ」
「へー!」
「それで色々話していて意気投合して、3年くらいの付き合いかな」
 
つまり北原さんは3年半ほど前に去勢手術を受けたということか。
 
「何度かセックスはしたことあるけど、恋人というわけではなかったのよね。って、こんな関係、高校生に分かるかなあ」
「何となく分かりますよ」
 
「彼女が怪我した時は、サポートで1ヶ月くらいずっと付いてたけどね」
「ありがたかったと思います」
「彼女が死んだのはmixiで見て知ってたけど、あまり騒がれたくなかったからお葬式には行かなかったの。せめてお墓参りくらいしたいなとは思ったけど、場所訊くのもはばかれて」
 
「では今から一緒にお墓に行きませんか?」
 
彼女は少し考えていたものの、やがて言った。
 
「そうしようかな」
 

それで千里は仮名・喜岡さんの同意を取って新島さんに連絡する。すると新島さんから、お墓のあるお寺の正確な位置がメールで送られてくる。お寺には新島さんから少し遅くなるが墓参りしたいと連絡を入れてくれるということであった。
 
「どこにあるの?」
「館林なんですよ」
「だったら1時間くらいかな」
「はい」
 
ふたりは東武線で館林まで行き、駅前からタクシーでそのお寺に入る。お寺の人に尋ねて、墓の位置を教えてもらった。線香などの用意が無かったのでお寺で購入する。ご住職の奥さんが対応してくれたが、線香1束とろうそく1本にチャッカマンを買っていて、千里はふとそのそばに並んでいる人形に気付いた。 
「この人形は何ですか?」
「身代わり人形というんですよ。これを持っておくと災厄などをこの人形に移せるというんです」
「へー。面白いですね。それも1つもらえます?」
「はいはい。どの色がいいですか?」
「じゃグリーンで」
 
結局、奥さんが墓の所まで案内してくれた。仮名・喜岡さんがチャッカマンでろうそくに火を付け、線香に火を移す。それを墓の前にそなえて2人で合掌した。 

千里がお寺を出てから、東武線に乗り久喜駅で仮名・喜岡さんと別れた頃、大阪では貴司が目の前におかれた服を見て
 
「これを着るんですか〜?」
と嫌そうな顔をして言った。
 
「今日の試合、5ファウルで退場になった罰」
「え〜!?」
 
「ウェストは87だから入るはず」
「よくそんなサイズのスカート見付けましたね!」
「数橋さんが大きいサイズのコーナーで買ってきてくれた」
「パンプスも28cmだから大丈夫のはず」
「よくそんなサイズのがありましたね!」
「真弓が女装用品売ってる店で買ってきた」
「これウィッグね。さすがにその頭では女に見えないし」
「お化粧した方がいい?しない方がいい?」
「した方がいいかも」
 
すると職場の40代の女性・数橋さんが入ってくる。
 
「眉毛が太いね。これ剃ってもいい?」
「いいですよー。この際」
 
それで数橋さんは貴司の眉毛を細くカットした上で化粧水・乳液・メイクアップベース・ファンデーション・アイライナー・アイカラー・アイブロー・頬紅と塗り、最後に口紅を塗って完成させた。
 
「よし。それで御堂筋を往復歩く」
「え〜〜〜!?」
「トレーニングだよ」
「難波駅と大阪駅の間、往復10kmくらいかな」
「細川の足なら1時間半かからないだろ?」
 
「心斎橋筋でもよいが」
「御堂筋のほうがまだマシのような気がします」
 

7月29日。試合は始まるがN高校は1回戦不戦勝なのでこの日もたっぷり練習をする。ただ明日に疲れが残ってはいけないので、午前中に基礎練習をした後、午後からAチーム対Bチーム(+薫・川南・葉月)で練習試合をした。すると薫とソフィアが大活躍でAチームが結構焦るほどの勝負になった。
 
この日は練習は15時で切り上げ、インターハイ出場メンバーおよび3年生の川南・薫・葉月は期間中の宿舎にする渋川市内の旅館に移動した。今回は本庄市にはホテル・旅館がそう多くないことから伊香保温泉を抱えている渋川市内に宿舎を確保した学校が多かったようである。
 
(JR高崎線で、大宮−本庄が約1時間、本庄−高崎が20分、高崎−渋川が24分)
 
千里は伊香保まで来てから、この更に山奥に草津温泉があると旅館の人から聞いて1月に北原さんが倒れて、雨宮先生を迎えに来た時のことを思い出していた。もっともあの時は前橋で先生と落ち合ったので、渋川までも来ていない。 
一方、2年生以下で出場メンバー以外の子はV高校に引き続き宿泊して、そこから毎日会場に入って撮影や応援をすることになる。そちらでは他校Bチームとの練習試合も組んでいる。この日も、昨年九州でお世話になった福岡K女学園のBチーム・Cチームと練習試合を行った。
 
渋川市から会場までは電車で1時間弱だが、V高校から会場までは2時間かかる。しかし伊香保温泉も各校の選手で満杯なので、ひとつの高校で大量の枠を確保するのは遠慮したのである。また練習試合の場所確保の観点からも実はV高校は便利である。
 
なお、北海道勢の初日の成績だが、P高校は岩手D高校に快勝した。D高校といえば、1年半前に見に行った新人戦東北大会で秋田N高校と決勝戦を争ったチームだ。千里はあの時出会った背の高いセネガル人留学生のことを思い出していた。あの子、きっとあの時よりうまくなっているだろうな、インハイが終わったらビデオ見せてもらおう、などと千里は考えていた。
 
男子の方では、札幌B高校も接戦の末何とか勝ったが、札幌Y高校はいきなり強敵に当たって初戦敗退となった。Y高校は昨年も1回戦でいきなり強い所と当たって敗れており2年連続くじ運に泣くこととなった。
 

「わあ、すごい階段」
 
と伊香保温泉に着いたN高校メンバーの間から嫌そうな声が上がった。 
「この石段を上まで往復してきてから晩御飯な」
と暢子が言い出す。
 
「うっそー!」
 
「何段あるんですか?」
と揚羽が訊くと、駅から温泉まで案内してきてくれた温泉宿の人が
「315段です」
と言う。
 
(この石段は2010年に更に伸びて365段になった)
 
「往復で630段なら1段1秒として10分半かな」
と暢子。
 
「それ絶対無理」
「よし、行くぞ!」
「ほんとに行くんですかぁ!?」
 
結局荷物はそのあたりに置いて旅館の人と宇田先生に見てもらい、選手12人と薫・川南・葉月・南野コーチの16人がこの階段を登り始めた。
 
言い出しっぺの暢子、出羽の山駆けで鍛えている千里、凄い山の中の地区出身で小さい頃から山道に慣れている揚羽、そしてド根性で頑張る絵津子の4人が先行する。少し遅れて薫・留実子・夏恋・睦子が続き、最後の方を登って行ったのは寿絵・葉月らで、南野コーチは彼女らを励ましながら、しんがりを務めてくれた。
 
結局10分近く掛かっていちばん上まで登り切り、そこから少し歩いた所にある伊香保神社でお参りして少し休憩する。いちばん最後が神社まで到達した所で 
「よし降りるぞ」
と暢子が声をあげて下り始めるものの、今たどりついたばかりの寿絵たちは「待って。少し休ませて」
などと言っていた。結局全員が登り降りし終わったのは出発してから40分近くたった頃であった。荷物は旅館の人が手分けして運び込んでいてくれたので、メンバーは手ぶらながらも息も絶え絶えに旅館まで行き、まずは温泉に入って石段往復の疲れを癒やした。
 
「明日から毎日この石段の往復、な」
「そんなぁ」
 

「試合で走り回るのより疲れたかも」
という声もあがるが
 
「いや単純に登り降りするだけなら、頭は使わなくていいから」
「むしろ頭の中が真っ白になってリセットされた」
 
といった声もある。取り敢えずみんな湯船の中で手足の筋肉をよく揉みほぐす。指圧の得意な薫が声を掛けて、特に凝りの強い子のは上手にマッサージしてあげていた。
 
「しかし昭ちゃんがここに居ないのは残念だ」
などと川南が言い出す。
 
「昭ちゃんはV高校の宿泊施設のほうでお風呂に入っているはず」
とリリカ。
 
「あの子、女の子たちと一緒にお風呂入っても平然としてましたね」
と従妹の絵津子が言う。
 
「だいぶ女湯に連れ込んだからなあ」
と葉月。
 
「仕方ない。薫で遊ぶか」
などと寿絵は言っている。
 
「勘弁してよぉ」
「ね、実際問題としておちんちんはもう無いんでしょ?」
「他のお客さんもいるから、そのあたりの話はまた今度ね」
 
「サーヤ、脱衣場で何かごそごそしてたね?」
とメグミが言う。
 
「いや、ボクおちんちん付けたままだったから、慌てて取り外した」
と留実子。
 
「もしかしてサーヤ、試合中もおちんちん付けてたの?」
「うん。だいたいいつも付けてる」
「トイレどうしてた?」
「会場では自粛して多目的トイレ使った。南野コーチから男子トイレ使っててトラブったらいけないからと言われたから」
「ああ、千里はその逆で以前トラブってたな」
「サーヤは女子トイレで悲鳴をあげられかねないからな」
「いや今回は背の高い女子が多いから大丈夫でしょ」
 

インターハイ2日目。7月30日。旭川N高校は初戦を迎える。
 
この日の朝、千里は暢子から尋ねられた。
 
「千里、掌に何か書いてるね」
「あ、これ力が出るおまじない」
「へー、だったら私にも書いてくれない?」
 
千里は《くうちゃん》に確認する。
『別に害は無いよ』
と《くうちゃん》が言うので、千里は暢子の左手掌に例の梵字を書いてあげた。 
「消えるのに3−4日掛かるから、それまでは有効」
「じゃ8月2日くらいに念のためもう一度書いてくれ」
「OKOK」
 
とは言ったものの、暢子はこの件はその後、すっかり忘れてしまっていた。 

 
今年の女子の会場は本庄市内3つに別れているのだが、今日の千里たちの試合会場は本庄市と合併した旧児玉町の体育館(エコーピア)である。
 
第2試合(11:40-)だったので、朝食後軽くウォーミングアップをしてから会場に入る。第1試合に出ていた山形Y実業の試合を見学してから、再度準備運動をした上で、フロアに入った。
 
今日の相手は富山県の高岡C高校である。インターハイでは過去にあまり上まで勝ち上がったことはないものの、皇后杯には過去数回出ている。今年の皇后杯にも出ていたチームなので、充分警戒して当たることにする。向こうは昨日の1回戦で地元埼玉県代表に70対56で快勝して2回戦に上がってきている。 
最初雪子/千里/寿絵/暢子/留実子というメンツで出て行くものの、第1ピリオドで早々に10対20とダブルスコアである。そこで第2ピリオドはメグミ/夏恋/敦子/睦子/リリカ というメンツに交代するも、点数はどんどん開いて行く。その後は揚羽も含めて適宜交代しながら試合を進め、最終的に86対36で大勝した。 
この試合では絵津子は使わなかった。むやみに情報を与える必要は無いという薫の提案に沿ったものである。15番を付けている1年生選手を使わないのは全く不自然さが無い。
 
「この試合、ビデオで撮っていた所がたくさんあったよ」
とその薫は試合後言っていた。
 
「まあ撮るだろうね。こちらの新戦力を確認しておきたいでしょ」
 

旭川N高校は今回応援チームが結成されていたのだが、初戦はおそらく勝つであろうと見て、明日3日目から入ってくれることになっている。応援チームは参加者が自費参加(生徒会から一応交通費分の補助だけは出している)なので、できるだけ滞在日数を短くしたいということから、そういうスケジュールになったようである。
 
一方の高岡C高校の方には皇后杯の時と同様、チアチームが来ていたものの、あえなく敗戦してがっかりした表情で観客席から去った。
 
来ていたのは皇后杯(オールジャパン)の応援チームとしてきていた16人から「品行の問題」で桃香が外され、他に受験勉強に専念したいという3年生が前回リーダーの鈴子を含めて5人外れており、代わりに1年生が8人入って18人になっていた。
 
「昨日は凄くいい試合したのに」
と1年生の子が言うが、リーダーの鏡子は
 
「今日の相手は皇后杯でも2勝したし、去年のインターハイ3位だからね。ちょっと格が違ったよ」
などと言っている。
 
この後の日程については、自費で残って翌日以降の試合も観戦したい人は毎日定期連絡を入れることを条件に認め、帰る人は今日の夜行バスで選手たちと一緒に帰ることにする。
 
とりあえず18人で一緒にファミレスに入って遅いお昼御飯を食べながら(ついでにここのトイレを借りてみんな着替えた)鏡子が希望を訊いたところ、残るのが3年生では鏡子と織絵、他2年生と1年生が4人ずつの10人ということになった。残り8人は今日帰ることにしてバスケ部の引率の先生に連絡し、3年生の優子が率いてそちらに移動することにした。一方の鏡子たちはホテルを8月2日まで確保し、とりあえず夕方までは自由時間とする。
 
「必ず2人以上組になって行動すること。危ない地域には絶対に近寄らないこと。定期的に私の携帯に連絡メールを入れること」
 
など鏡子が注意を与えて解散した。実際には2年生の4人と1年生の4人は各々団体行動になったようである。
 

「織絵、どうする? 今日はこのあとの試合見る?」
と鏡子は訊く。
 
「今日はあまりいいカードが残ってないのよね。明日からは強豪同士がぶつかり始めるから、今日は都心に出て新宿でも歩こうよ」
と織絵。
 
「ああ、それもいいかもね」
 
ということでふたりは児玉駅からJR(八高線)で寄居に出たあと東武で池袋に出て、その後再度JRで新宿に移動した。新宿に着いたのが16時過ぎである。それでふたりでマクドナルドに入っておしゃべりする。
 
「でも今回は桃香を連れてこなかったから、夜間レイプ騒動は起きないだろうな」
と鏡子。
 
「優子はもう帰したしね」
と織絵。
 
「あの子も危ないんだっけ?」
「桃香より色情魔危険度が高い」
「むむ。昨夜、織絵、同室で大丈夫だった?」
 
「まあおっぱい舐められるくらいは平気だよ。処女は厳守したし」
「あっぶねーなー」
 
と言ってから鏡子はふと考える。
 
「あんた、今夜私を襲わないよね?」
「大丈夫だと思うけどなあ」
 
などと織絵は言っている。
 
「結局、桃香をめぐっての恋愛関係はどうなってんのさ?」
と鏡子は訊く。
 
「桃香は恋人をたくさん作りたがるタイプなんだよ。ひとりじゃ満足できないみたいなんだよね。優子とは何度かセックスしたみたいだけど、私にも鈴子にもちょっかい出してるし、弥生とも進行中だし、広実ともメール交換してるし」
 
「どういう奴なんだ?」
と鏡子は顔をしかめる。
 
「鈴子がバンドやめたの、たぶん私への嫉妬だと思う」
と織絵は難しい顔で言う。
 
「あんた、桃香のこと好きなの?」
「うーん。どうなんだろう・・・」
 
実は高岡に帰ってきたらデートしようと誘われているのである。今回の滞在を取り敢えず伸ばしたのも、その問題があったからである。
 
「ところで女同士のセックスってどうやるの?」
と鏡子が訊く。
「私もよく分からない」
と織絵。
 
「織絵はしたことないんだ?」
「今のところまだバージンだよ」
「バージンを喪失するようなことするの?」
「優子は中学生時代に女の恋人にバージン捧げたって言ってた」
 
「なんか、そのあたりの原理的な話がわからないんだけど!?」
と鏡子は言った。
 

マクドナルドを出た後は、ふたりで楽器店をのぞいた。
 
「わあ、いいなあ」
などと言って織絵はフェンダーのストラトキャスターを見ている。
 
「凄い値段だね」
と鏡子が言う。
 
「うん。とても買えない」
「でも今使っているのに似てるね」
「うん。あれはこれを真似て作られたものだと思うよ」
 
織絵が使用しているのはヤマハのパシフィアである。
 
「だけど織絵のキーボードも凄い値段だよね」
「バンドで使っている奴は大したことないよ。8万くらいの奴だから」
「充分高いじゃん! でもおうちにあるグランドピアノは凄いんでしょ?」
「お姉ちゃんが使ってるS6は500万円くらいだけど、私が使っているC3は200万くらいかな。でもお姉ちゃんが出かけている時は結構勝手にS6弾いてる」
「そのグランドピアノが2台もあるところが凄い」
「取り合いでよく喧嘩してたからね。それに、あれ買ってくれた頃はお父ちゃんも景気が良かったんだよ」
 
「ヴァイオリンも弾くんだよね?」
「小学生の時はレッスンに通ってたけどね。でも私はヴァイオリンよりピアノが性(しょう)に合ってる」
「ヴァイオリンは値段いくらくらいの使ってたの?」
「大したことないよ。たしか60万円くらいの量産品」
 
「それでこのストラトが2本買えるんだけど!?」
 

楽器店を出ておやつでも見ようかなどと話していた時、ばったりと織絵の知った顔に遭遇する。
 
「あら、桂木さん」
「白浜さん、おはようございます」
 
「そちらお友達?」
「はい。一緒にバンドやってるんですよ」
「へー。凄いね。担当は何?」
「私がギターで、この子、鏡子がキーボードなんです」
「わあ、楽器ができるっていいなあ。私は音楽の仕事してるのに、楽器はハーモニカも吹けなくて」
「あ、私もハーモニカ吹けないです」
 
「あ、そういうもの? 今日は何で東京に出てきたの?」
「うちの高校の女子バスケ部がインターハイに出場するので応援に来たんですよ」
 
「インターハイって凄いね!」
「でも負けちゃって」
「あらあら、だったらもう帰るの?」
「せっかくだから、この後の試合も観戦してから帰ります」
 
「あ、だったら時間あるよね。今、ちょっと新しいユニットの音源製作してるんだけど、見学しない?」
「行きます!」
 
ここで織絵が白浜の話にのったのが、織絵にとっても鏡子にとっても大きな運命の転換点となったのである。
 
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