【女の子たちのインターハイ・高3編】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-04-05
その日宿舎に帰り、食事とお風呂を済ませた上で、こちらの宿舎に泊まっている全部員が千里や暢子たちの部屋に集まり、明日の試合についてミーティングをする。
「とにかく無茶苦茶強いチームだから、逆にどんどん点を取られたり、こちらの攻撃がなかなか通用しなくても、焦らずに行こう」
と暢子が言う。
「自分たちのプレイをすることが大事ですよね」
と揚羽。
「そういうこと」
と寿絵も言う。
その後、相手の主な選手について、ビデオを見ながら対応の仕方を見当する。
「F女子高でいちばん脅威なのは、やはりセネガルの留学生2人なんだよね」
と言ってビデオをまとめている薫がみんなに映像を見せる。
「秋田N高校の沼口さんもいい場所に陣取っているのに背丈の差でやられてる」
「沼口さんが173cm, ラーマさんは188cmだから背丈で15cmの差がある。手を伸ばしたら、22cm違う」
「ちょっと辛いですね」
「もうひとりのアヤさんも185cm。173cmとの手の先の差は18cm」
「アヤって日本人みたいな名前だ」
「でもアメリカにもナオミさんとかよくいるじゃん」
「リサとかマリとか日本人にもいるし」
「まあ、とにかくここと戦う場合、いかに精度のいいシュートを撃つかというのが肝心だと思う」
と薫は言ったのだが、留実子が否定する。
「気にせず撃ってよ。僕がリバウンドは全部取るから」
「頼もしいね」
と南野コーチは留実子のことばを受け止めて言う。
「どうする?キャプテン。この相手にシュートは、積極的に撃つべき?慎重に撃つべき?」
と南野コーチは暢子に投げる。
「積極策で」
と暢子。
「うん。じゃそれで行こう」
と宇田先生も言った。
「じゃラーマさん対策は花和君、前田さん対策は村山君ということで」
その日の21時頃。龍虎が入院している病院は消灯時間となり、付き添ってくれていた叔母さんも「じゃ、また明日来るね」と言って帰ってしまう。龍虎は灯りが落ちた個室で目をつぶったものの、なかなか寝付けなかった。
明日の手術でおちんちん取られちゃったらどうしよう!?スカートとか穿かないといけないのかなあ。いやだなあ。
そんなことを考えていたら、なかなか寝つけない。ふと気付いたらベッドのそばに立つ人物が居る。
「こんばんは」
とその人物は龍虎に語りかけた。
「あ、男の人から女の人になったおねえさん」
と龍虎は驚いたように千里に語りかけた。
「あまり、そのこと言って欲しくないなあ。私、元男の子だったことは嫌な想い出だから。ふつうに千里お姉ちゃんとでも言ってもらうといいけど」
「うん。わかったよ。ちさとおねえさん」
「龍虎ちゃん、空を飛びたいって言ってたよね。ちょっと空に連れていってあげようか?トナカイじゃないけど」
「ほんと?」
と嬉しそうに言ってから、心配そうに訊く。
「おちんちんはだいじょうぶ?」
「万一無くなっちゃったら、お姉ちゃんが粘土をこねて、新しいおちんちんを作ってあげるよ」
「ねんどなの〜?」
龍虎はその次の瞬間、天空に居て、大きな龍にまたがっていた。後ろからしっかり抱きしめられる。千里のバストが龍虎の肩のあたりに当たって龍虎は少しドキドキした。『お母さんってこんなかんじかな』と龍虎は思った。
「私が抱いているから大丈夫だけど、あまり暴れたりしないでね」
「うん」
「どこに行きたい?」
「ずっと北のほう。ぼくのおばあちゃんちが、せんだいってところにあるの」
「じゃ、仙台まで行こうか」
龍虎たちが乗る龍は上空まで舞い上がると、物凄い速度で飛び始めた。
「ちさとおねえちゃん、なにかぼくのおしりにあたるんだけど、おねえちゃん、ちんちんなくなっちゃったんだよね?」
ん?と思って確認すると、先日「仮名・喜岡」さんと一緒に北原さんのお墓参りに行った時に買った身代わり人形だ。
「おちんちんじゃなくて、お人形だよ。ちんちんの代わりに龍虎君にあげるよ」
「かわりなの? これもらったらちんちんとられたりしない?」
「むしろ、この人形が代わりにちんちん取られるかもね」
「だったらいいか」
と言って、龍虎はその人形のお股を確認している。
「あ、このにんぎょう、ちんちんついてる。ぼくのちんちんとられそうになったら、このにんぎょうのちんちんあげればいいよね」
「そうだね」
でもわざわざちんちんが付いているのか!
「なんかきれーい!」
と飛行中に龍虎が言う。下の方に高速道路が走ってて、灯りが連なっているのが見える。
「あのひかりってじどうしゃ?」
「そうだよ。自動車が高速道路を走っているんだよ」
「でもどんどんおいこしていくよ」
「こちらの方が速いからね」
龍虎の夜の散歩は1時間ほど続く。やがて龍は空から降り始める。
「ほら、龍虎君のおばあちゃんちが見えてきたよ」
「おばあちゃん、おきてるかなあ」
「行ってみよう」
龍虎が祖母の家に入って行くと、祖母は布団の中で寝ていた。しかし龍虎の気配に目を覚ます。
「誰?」
「おばあちゃん。ぼく」
「龍虎?」
「ぼく、女の子になったりしないからあんしんしてね」
「へ?」
「おばあちゃんのかおをみにきただけ。またね」
そういうと龍虎の姿は祖母の前から消えた。
祖母は呆気にとられていたものの、急に不安になって電話をする。
「ね、龍虎は無事?」
「大丈夫だと思うけど。何かあったら病院から連絡あるはずだし」
「何か急に不安になって。ごめん。念のため病院に行ってみてもらえない?」
「いいよ」
「私も明日朝の新幹線でそちらに行くよ」
「病院の先生は安全な手術だからと言ってるから大丈夫と思うけど」
「居ても立ってもいられなくて。私、これから神社にお百度踏みに行く」
「お母さん大丈夫!?」
それで祖母はタクシーを呼ぶと、まずは友人で商店をしている人の所に行き、無理を言って10円玉90個と百円玉10個の両替をしてもらった。それから仙台市内の青葉神社に行き、お百度を踏み始めたのである。
(お百度は10円玉を9回入れたら百円玉を1回入れるというようにしてお参りを続けると、カウントを間違えにくい)
一方の連絡を受けた龍虎の叔母は深夜病院に急行したものの、すやすやと眠る龍虎の姿を見て安心して帰宅した。
一方、おばあちゃんちを出た龍虎は、また龍の背中に乗って空に舞い上がる。
「まだ時間あるよ。どこかひとっ飛びしてから帰ろうか?」
「じゃね、ぼくほんしゅうのはしまで行きたい」
「青森?」
「うん」
「OK。じゃ、こうちゃんよろしくー」
「へいへい」
千里の依頼に面倒くさがり屋の《こうちゃん》も応じて、一行は一路北を目指した。
「本州の端といっても、あちこちあるよ。どこに行こうか。東の方と西の方と、どちらが好きかな?」
「ぼくもよくわからないけど、《ういた》というところが、おばあちゃんの生まれた村なんだって。ちかくにたくさんみずうみやぬまがあったんだって」
千里は首をひねった。
「こうちゃんわかる?」
「湖がたくさんあるのなら、あそこだと思う」
「あ、知ってるなら、よろしくー」
一行は一時間ほどの飛行で青森県の津軽半島某所にたどり着いた。千里が貴司からもらったスントの時計で時刻を確認すると23:50くらいである。
「ここは《ういた》村にある入江だったから《ういたえ》というんだよ」
と《こうちゃん》が説明する。
「これ湖みたいに見える」
「今は海とほぼ切り離されてしまったんだよ。塩水と真水の中間の汽水湖だよ」
「おほしさまがたくさんひかってる」
と龍虎は嬉しそうである。
「ぼくしんだらおほしさまになるのかなあ」
などとも言っている。やはり本人もある程度、自分の運命を予感しているのだろうか。
「でも月は出てないね」
と千里。
「新月だからね」
と《こうちゃん》
「あ、今、月の位相はこれ350度くらいかな。これなら明日の夜20時くらいに朔かな」
「千里、なぜ見えてもいない月の位相がわかる?」
「え?見えてなくても、月の方角や太陽の方角は分かるじゃん」
《こうちゃん》が黙り込んでしまったので千里は、なぜだろう?と不思議に思った。
「千里、ここの土地神様が笛を所望してるぞ」
と《こうちゃん》が言った。
「じゃ何か吹こうかな」
と言って千里は龍笛を取り出した。
闇夜の星明かりの中、千里は静かな湖を見ながら笛を吹いた。龍を呼ぶ音が夜空と湖面に広がっていく。龍虎が不思議そうな顔で、それを見上げている。千里はその龍虎を優しいまなざしで見ながら吹いていた。
あと恐らく14時間ほどでこの世から旅出ってしまう幼い魂。千里は彼の来世での幸福を祈りながら、その中有の世界への旅立ちのはなむけに美しい調べを聴かせてあげたいと思いながら指を動かす。
《こうちゃん》が珍しく目をつぶって千里の演奏に聴き惚れている感じであった。
いつものように千里の龍笛の音に誘われて、近くに棲む龍たちであろうか、上空に5体もの龍が集まり、舞い始めた。龍虎はその空を見上げて
「すごーい、大っきなヘビがとんでる」
と言った。ふーん。龍が見えるのか。
《こうちゃん》が
「あれは蛇じゃなくて龍。あんたの名前だろ?」
と教えてあげる。
「へー。あれがりゅうだったのか。すごーい」
と言ってから
「もしかして、おじいさんもりゅうなの?」
と言った。
《こうちゃん》は「おじいさん」と言われて、かなりショックだったようでしばらく言葉が出ないようであったが
「おにいさんか、せめておじさんと言いなさい。次、おじいさんと言ったら、ちんちん取っちゃうぞ」
と言う。
「やだー。とられたくない。じゃ、つぎからはおじさんというね、おじいさん」
と龍虎。
《こうちゃん》はムスっとしているが、千里は笑ってしまいそうになるのをこらえながら笛を吹いていた。
やがていつものように舞っていた龍たちが、千里の演奏に感謝するかのように雷を落とす。5つ落雷したが、そのうち1つが落ちた所から、そのショックの作用か、水が湧き出した。
そして千里の演奏が終わると龍たちは各々の来た方角へ帰って行った。
「あれ?なんかわき水があるよ」
と龍虎が言う。
今さっき湧きだした水である。
「ぼく、のどがかわいちゃった。のんでもいいよね?」
千里が《こうちゃん》を見ると、知らんぷりしている。飲んでまずいものであれば、不親切な《こうちゃん》といえども注意してくれるだろう。
「うん、飲んでいいよ」
と千里は言った。
すると龍虎は両手ですくって1口飲むと
「おいしい!」
と言う。
「たくさんのんでいい?」
「どうぞどうぞ」
「ういたえのそばで湧き出すから、これ、ういたえ水というんだ」
と《こうちゃん》は言った。
「ふーん」
千里は何となく龍虎が何杯飲むかを数えていた。龍虎はなんと45杯も飲んでしまった。
「ぼくおしっこしたくなった」
そりゃ、あれだけ飲めばね!
近くの公園にトイレがあったので、そこでさせる。トイレから出てくると龍虎は
「もし、おちんちんなくなっちゃったら、おしっこするとき、どうすればいいんだろう?」
などと言っている。
「おちんちん取ってみればわかるよ。取ってみる」
「いやだよぉ!」
ああ、本気でおちんちん取られたくないと思っているな。
「じゃ、帰ろうか」
「うん」
それで千里たちは《こうちゃん》に乗って、2時間ほどの飛行で渋川市内の病院に帰着した。
「じゃ、おねえちゃん、またね」
「うん。龍虎も明日の手術頑張れよ」
「うん。ぼく、おちんちんとられないようにがんばる」
千里は少しだけ楽しい気分になって《こうちゃん》と一緒に宿舎に戻った。
『千里、あの子があそこで水を何杯飲むか数えてたな』
『何となく数えた』
『あの水、新月の前後の深夜0時前後だけ湧くんだよ。それも毎回湧く訳ではない。このことは村でも知っている人はごく少数。今回は千里の演奏へのお礼で土地神様が湧出させてくれた』
『へー! それは運がよかったね』
『千里、アクア・ウィタエって知ってるか?』
『知らない』
『直訳すれば生命(いのち)の水という感じかな』
千里は考えた。
『もしかして・・・・』
『あの子が飲んだ数が、寿命が延長される数』
『助かるの?』
『ただし千里が今日の試合に勝つことが条件。そういう約束したろ?』
約束したのは川南なんだけど。
龍虎の手術は今日の千里たちの試合とほぼ同時刻である。
『そんなに緊張しなくてもいいよ。本来はあの子は手術中に死ぬ運命。それに6歳か7歳くらいで死ぬのと51-52歳で死ぬのと、どちらが幸せかは難しいぜ。働き盛りにポックリ逝かれると奥さんも子供も大変だしさ。だから千里は変に気負わずに自分のベストを尽くせばいい。でもまあ奇蹟ってこともあるかもね』
と《こうちゃん》は言った。
『ところであの子のおちんちんは?』
『切ったほうがいいなら、俺が切ってくるけど』
『よけいな親切はやめとこう』
『へーい』
『薫のなら切ってあげてもいいけど』
『無いものは切れないけど』
千里は一瞬考えた。
へー!!!
2008年8月1日。この日、女子の会場では準々決勝の4試合が行われる。昨日まではシルクドームのメインアリーナに2面コートが取られて試合が行われていたのだが、今日は1面だけ取られる。
千里たちは午後の試合なので、朝軽くジョギングをして(伊香保温泉の階段の往復を暢子が提案したものの、さすがに試合前はやめとけと南野コーチに停められ、試合後にやることになった)、身体をほぐしてから、会場入りした。
一方V高校に宿泊しているメンバーは、試合撮影係の子たちを除いて、早朝からいったん熊谷市に宿泊している山形Y実業のメンバーと同市内で落ち合い、そちらのBCチームと練習試合を行ってから、本庄市の本会場に入った。練習試合の時は
「今日はトップチームどちらも勝ち残れるといいですね」
と言い合った。
BCチームのメンバーが会場入りしたのは12時半くらいであるが、千里たちはその1時間ほど前に入っている。既に第1試合が終わり、愛知J学園が福岡C学園を倒していた。
「ああ、C学園はここまでか」
旭川N高校のBCチームは昨日C学園と、一昨日にJ学園との練習試合をしている。
「C学園もくじ運悪いよなあ」
「今回はとりあえずBEST8まで上がってきたから、まだマシな方か」
「相手がJ学園じゃしょうがないですよね」
そんなことを言っていたら揚羽が言う。
「今日、私たちが負けたら、きっとみんな相手がF女子高じゃ仕方ないよね、と言いますよね」
「だろうね」
「そんなこと言われないようにしましょう」
「もちろん」
第1試合が終わったところでみんな軽食をとっておく。試合は13:20からなので、11:20頃までに昼食を取っておけば試合開始頃までにはこなれている。
第2試合は札幌P高校と東京T高校の戦いである。伊香さんは既にQ女子高との試合を終えているので遠慮無く使う。しかしT高校は彼女について研究不足だったようである。どんなにリバウンドに強い森下さんがゴール下で頑張っていても遠距離から放り込まれるとどうにもならない。
加えてP高校はT高校のメンバーがボールの場所を見失うほど素早くボールを回して攻め込む。
終わってみれば大差でP高校がT高校を倒していた。
「よし。私たちもいくぞ」
と暢子はみんなに声を掛ける。
N女子高のチアリーダーたちの声援に送られて千里たちはフロアに降りて行った。
F女子高はPG.芳岡/SG.左石/SF.前田/PF.大野/C.ラーマ という布陣できた。こちらはPG.雪子/SG.千里/SF.夏恋/PF.暢子/C.留実子という先発メンバーにした。向こうはあれ?という顔をしている。充分向こうもこちらを研究しているだろうから、SFには寿絵あるいは昨日の試合で大活躍した絵津子を使うことを予想していたであろう。
ラーマさんと留実子でティップオフをする。
背丈の差の貫禄でラーマさんがボールをタップし、前田さんがボールを確保してそのまま攻め上がってきた。
こちらは前田さんに千里、大野さんに暢子が付くトライアングル2のゾーンを敷く。前田さんがラーマさんにパスする。ラーマさんが中に飛び込んでくるが夏恋の横を抜こうとした時に接触した。
笛が鳴る。
ラーマさんのチャージングである。残念という顔をしてボールを残して自陣に引き上げる。こちらは夏恋のスローインから雪子がドリブルで攻め上がる。千里に前田さん、暢子に大野さんが付く。どうもこの試合ではお互いにこの組合せでマッチアップすることになりそうだ。
雪子がいったん留実子にパスし、そこにラーマさんが突進するようにチェックに来るものの、留実子はすばやく夏恋にボールを送る。即夏恋はスリーを撃つ。
外れる。
リバウンドを取りに留実子とラーマさんがジャンプする。
ポールは留実子の真上くらいに落ちてきたものの、ラーマさんがかなり強引に留実子を押しのけてボールをキャッチする。留実子は押されて倒れそうになるが何とか踏みとどまる。
笛。
ラーマさんのブッシングが取られる。
試合開始早々まだ1分も経たないのにファウル2個である。
ラーマさんが審判に思わず抗議した。
テクニカルファウルが宣告される。
あっという間にファウル3個。
前田さんが両手で頭を抱えている。
たまらずベンチがラーマさんに交代を命じる。代わりにアヤさんが出てくる。
結局N高校のスローインだが、ここで雪子からのスローインを受けた千里がきれいなスリーを入れる。旭川N高校が先制して、やっと試合は動き出した。
当初、F女子高側は、前田さん・大野さんを中心にしてボールを回した上で、最終的にはセンターのアヤさんがシュートを撃つ形で試合を進めようとしたものの、アヤさんより背丈で15cmも低い夏恋がきれいにブロックする。アヤさんはまだ経験が浅いようでジャンプシュートに精度が無く、ゴールを狙うには地面に着いた状態から撃つしかないようである。
夏恋をスターターに入れたのは、千里・暢子とのコンビネーションプレイを考えたのと、164-165cmの寿絵・絵津子より、170cmの夏恋の方がまだ相手の長身の外人選手とマッチアップした時に少しは対抗できるかというのを考えたものであるが、ラーマさんが早々にベンチに下がってアヤさんが出てきた偶然もあり、夏恋は彼女を随分停めてくれた。
また夏恋のブロックをすり抜けても留実子がリバウンドを全部取ってしまう。向こうはアヤさんがシュートするので、大野さん(174cm)や左石さん(172cm)がリバウンドを狙ってくるのだが、(自称)180cmの留実子の存在感は大きい。向こうは全然リバウンドを取れない。
一方こちらは、千里・暢子が厳しくマークされていると夏恋がスリーを狙うし、夏恋を気にしすぎると千里が前田さんの一瞬の隙にマークを外してはこちらもスリーを撃つ。
それで第1ピリオドは12対18と、旭川N高校がリードする形で試合が進んだ。
第2ピリオド、向こうは再びラーマさんを入れてきたが、やり方を変えてきた。
シュートは前田さん・大野さんが撃つようになり、ラーマさんはリバウンドに徹する。実際には留実子とラーマさんの対決は、このピリオドではラーマさんが6、留実子が4という感じであった。半々くらいではあるのだが、ややラーマさんの方が多く取っている。
加えて守備の時、前田さん・大野さんは千里・暢子に完全に没頭して、他は見ないようにした。特に前田さんは他に一瞬気を移した隙に目の前から千里が居なくなるというのを体験して、これは試合全体のことは忘れて、千里封じだけに専念する以外無いと割り切ったようである。
「前田さん、開き直ったね」
と客席で見ていたJ学園の大秋さんは言う。
「あれは実際に村山さんとゲーム中に対峙したことのある人しか分からないんですよ」
と佐古さんも言う。
「こうやって客席から見てると、なぜ今のマーク外されたんだ?とか、なぜ今の抜かれたんだ?と思うんだけどね」
「村山さんって、気配を残したままどこかに行っちゃうんですよ」
と昨年のインターハイでさんざん千里のマークをした道下さんが言う。
「まるで分身の術だよね」
と佐古さんは言ったが
「分身の術という面ではP高校の佐藤さんのがもっと凄い」
と大秋さんは言う。
明日、J学園はそのP高校と戦うのである。佐古さんと道下さんは緊張した面持ちでフロア上のゲームの進行を見守った。
「でも花和さん、外国人センターに全然負けてないね」
「半分くらい取ってるよね?」
「サーヤは4割くらい取ってる」
と冷静に中丸さんが言う。
「ボクもサーヤもクララ(C学園の熊野サクラ)もマチンコ(T高校の森下誠美)も、簡単には外人センターに負けないよ」
と中丸さんは言ったが
「その固有名詞がわからん!」
と白子さんから突っ込みが入った。
試合は第2ピリオド、前田さんによる千里封じが成功して、26対16とF女子高が大きくリードを奪う。第1ピリオドと合わせて前半合計38対34とF女子高が4点のリードである。またこのピリオド、ラーマさんは相手選手との接触にかなり慎重になっていたので、ファウルは1個しか犯さずにピリオドを終えることができた。それでも4ファウルである。
それ以外では前田さんが1、大野さんが2、左石さんが2、芳岡さんが3個ファウルを取られている。一方のN高校側は誰もファウルを取られていない。
「N高校はほんとにファウル少ないよね」
と大秋さんは感心したように言う。
「こういうクリーンな試合ができるのは、うちとN高校、P高校の3校くらいだと思う」
と中丸さんが言う。
「手を動かす時に相手の身体の動きを予測して正確にボールを叩くんだよね。だから、きれいにスティールが決まる。今のピリオドでも、村山さん・森田さん・白浜さんが相手から美しくスティールを決めたよね」
と白子さん。
「正確なプレイができるように訓練されているんだと思う。シュートも正確、パスも正確、スティールも正確」
と大秋さんは言う。
「ただ今のまま、前田さん・大野さんが向こうの主力2人を封じたままだと、試合はF女子高の流れになるだろうね」
と白子さんは言う。
「きっと15番(絵津子)を投入してくるよ」
と大秋さん。
第3ピリオド、N高校は雪子・夏恋を休ませてPGにメグミ、SFに絵津子を入れてきた。千里・暢子・留実子はそのままである。一方F女子高はラーマさんが4ファウルなのでアヤさんを入れて来た。
前半はロースコアで推移していたのだが、このピリオドは一転して点の取り合いになった。N高校側は、前田さん・大野さんで千里・暢子が封じられていても、絵津子がたくみに相手ディフェンスの隙間をかいくぐって得点を重ねていく。あまりにも点数が取られるので、大野さんがついそちらに注意を奪われてしまうと暢子も得点するし、また千里とのスクリーンプレイを決めて千里がスリーを撃ち込む。
このあたりは昨日E女学院がさんざんN高校にやられたパターンなのだが、絵津子のプレイは昨日初めて見ているので対策を取るだけの時間が無かったようであった。F女子高も夏恋絡みのスクリーンプレイについては研究していた形跡があったものの、絵津子の仕掛け方は夏恋とは全く異なる。夏恋がオーソドックスに理論的なプレイをするのに対して絵津子は野生派である。理論より本能でプレイしている。
一方F女子高側も、前田・大野のコンビがどんどんシュートを狙い、リバウンドもアヤが留実子と激しく争いながらもボールを取り、攻撃を続ける。もっともアヤはかなり積極的にリバウンドを取りに行ったため、このピリオドだけで3つもファウルを犯してしまった。
「F女子高さんのセンター、やばくない?」
と白子さんが言う。
「うーん。3つやっちゃったらさすがにこの後は慎重になるんじゃない?」
と大秋さん。
結局このピリオドは点の取り合いながらもわずかにF女子高が多く点数を積み重ねて 32対28とし、ここまで70対62である。
「けっこうじわじわと点差が開いてきましたね」
と佐古さん。
「15番を投入してもやはり相手がF女子高だからなあ。基礎的な力が違う」
と佐倉さん。
「ここまで来たら、N高校は追いつくの厳しいかもね」
と道下さん。
最後のインターバル。千里は、はあはあ大きく息をつきながら、窓の外の空を見ていた。劣勢になっているが、観客席のチアリーダーたちは必死で応援のエールを送ってくれている。千里は彼女たちの熱気をその身体に受け止めた。
しかし龍虎の手術はうまく行っているだろうか。試合は負けている。まさかあの子の心臓止まってないよね? おちんちんくらい無くしても生き延びろよ。おちんちんなんて必要なら誰かから、ぶん取ればいいんだから。命を無くしたら、生き返られないぞ。
千里がかなり消耗しているようだし、暢子も辛そうにしているので、南野コーチがふたりに訊く。
「少し休む?」
「いえ、このまま行きます」
と千里。
「私も大丈夫です」
と暢子。
それで最終ピリオドは、雪子/千里/寿絵/暢子/留実子 というメンツで出て行く。
向こうのセンターは引き続きアヤさんである。
このピリオドでは、ここまで出番の無かった寿絵が積極的にスクリーンプレイを仕掛けて、千里や暢子を強引にフリーにした。それで最初こちらが立て続けに点数を取って74対70と、相手を射程距離にとらえる。
ところが向こうは今度は寿絵対策で守備のうまい椙山さんを投入し、前田さん・大野さん・椙山さんで、千里・暢子・寿絵を抑えている間に、芳岡さんが連続で得点を奪って80対72と、また8点差に戻す。
ところが次にN高校が攻めていった時、留実子が中に飛び込んでシュートしようとしたのをアヤさんが停めようとしてブロッキングを取られてしまう。これでアヤさんも4ファウルである。しかしもう残り時間は6分しか無いのでそのまま出場継続する。点数はフリースローを与えられた留実子がきっちり2本とも決めて80対74である。
ここでN高校は寿絵の代わりに絵津子を出す。すると絵津子が椙山さんを圧倒して立て続けにひとりで6点取り、82対80と2点差まで詰め寄る。ここでF女子高は大野さんが絵津子のマークに回り、暢子対策には新たに3年生の友綱さんを入れる。友綱さんは暢子を完全には停めきれないものの、かなり動きを制限する。ファウル覚悟で停めに来るので2個もファウルを取られたものの、残り1分になるまで暢子の得点を4点に抑えた。ここまで88対84である。
向こうが攻めて来る。千里も暢子もずっと強い相手にマークされてかなり疲れている。しかし千里はこの試合は龍虎のため絶対負けられないという気持ちでいた。芳岡さんからアヤさんへのパスを超絶飛び出しでカット。体勢を崩しながら雪子にパスする。が、そこに大野さんが必死で飛びついて彼女も体勢を崩しながらボールを停め、友綱さんのほうへ送る。が、それを絵津子がカット。根性の筋力で自らドリブルして、そのまま走り出す。
これが速攻になって88対86と2点差。残り40秒。
向こうが慎重に攻めて来る。前田さんには千里が、大野さんには暢子が、友綱さんには絵津子がマークに付いている。芳岡さんはアヤさんにパスする。そのまま中に飛び込んでくる。留実子が守っているが、右を抜こうとして接触。
笛が鳴る。
がアヤの放ったシュートはそのままゴールに飛び込んでしまった。
そして審判のサインはダブルファウルであった。つまり留実子のブロッキングとアヤのチャージングの両方が取られた。そしてこの場合、ゴールは有効である。従って90対86になるが、ダブルファウルの場合は、通常の「ワンスロー」は与えられない。このままN高校のスローインから試合は再開されることになる。
が、アヤさんは5ファウルで退場である。
交代でラーマさんが入る。残りは30秒。
N高校は暢子がスローインして雪子がドリブルで攻め上がる。
絵津子が大野さんの一瞬の隙を突いてフリーになり、雪子からパスを受ける。そのまま飛び込んでシュートを撃つ。ラーマさんと接触して笛が鳴る。
ボールはゴールに飛び込んだ。
さっきと似たような状況だ。
しかし今回審判は、絵津子のチャージングのみを取った。
従って得点は無効になる。
F女子高の前田さんが脱力するような、ホッとしたような顔をしている。
残りは18秒である。点数は90対86でF女子高4点のリード。
24秒計はもう停まってしまう。F女子高は残り18秒をボールを取られないようにだけしていれば勝てる。
この瞬間、この会場にいる誰もがF女子高の勝利を確信した。
J学園の子たちがいる席でも
「勝負あったね」
と大秋さんが言い
「N高校も頑張ったけどね」
と佐古さんが言った。
しかし中丸さんは黙ってコートを見つめていた。
客席ではもう立ち始める人たちもいる。N高チアリーダーたちはもうボンボンを振るのも忘れて「頑張って!」と叫んでいる。千里は暢子を見た。暢子が雪子を見る。雪子が絵津子の所に行きささやく。
試合がF女子高のスローインで再開される。
当然N高校は必死のプレスに行く。
F女子高は8秒以内にフロントコートにボールを運び、残り時間はボールを回していれば勝つことができる。
雪子が激しく芳岡さんをチェックする。ボールは5秒以上保持することはできない。何とか雪子を振り切り、大野さんの方へボールをバウンドパス。
・・・したつもりがなぜか大野さんとの間に千里が居る。
「えーー!?」
と芳岡さんが声をあげる。
千里は芳岡さんから見た時大野さんの陰になる位置で気配を殺していたのである。こういう戦法は、F女子高やJ学園のような強豪にはふつう通用しない。それで千里はこの試合まだ1度もこれを使っていなかったのだが、相手が疲れているとみて仕掛けたのである。
千里はそのままボールをドリブルして数m先に行き、スリーポイントラインの手前でピタリと停まる。そして撃つ体勢に入る。目の前にいたラーマさんが必死でチェックに来る。
前田さんが「ラーマ!だめー!!」と叫んだが、間に合わなかった。
ラーマさんの腕がボールを取ろうとして誤って千里の腕に接触する。しかし千里が放ったボールは美しい軌跡を描いて、ダイレクトにゴールに飛び込んだ。
得点は当然認められる。
そして更にフリースローが1本もらえる。
スリーポイントの「バスケットカウント・ワンスロー」である。
得点は今の3点で90対89になっている。ラーマは5ファウルで退場である。なんと外国人センターが2人とも5ファウルで退場になってセンターが居なくなってしまった。
取り敢えず代わりに椙山さんを出す。千里が審判からボールを受け取り、慎重にボールをセットする。きれいに決める。
90対90!
この千里の4点プレイで旭川N高校は土壇場で追いつくことに成功した。残り時間は10秒である。
F女子高が攻めてくる。N高校は留実子だけが戻り、残り4人で強烈なプレスを掛ける。しかし何とか7秒ほどでボールをフロントコートに進めることに成功する。しかし残りは3秒しかない。
前田さんにボールが送られる。
千里とのマッチアップ。
複雑なフェイント合戦の末、前田さんは確かに右を抜いた。そしてシュートしようとしたのだが
「え!?」
前田さんの手の中にボールは無い。
その時、前田さんの後ろで千里がボールをドリブルして向こうへ走り出していた。
「うっそー!!」
と前田さんは叫んだものの、千里が4−5歩も走った所でピリオド終了のブザーが鳴る。千里はそこから向こうのゴールめがけてボールを投げたが、さすがに入らなかった。
同点・延長戦である!!
ロビーに出ていた人が延長戦になったという放送を聞いて慌てて戻ってきた。チアリーダーたちが声を振り絞って応援している。
その中で休憩時間を置いて第5ピリオドを始める。
向こうは芳岡さんがもう限界を超えてしまっているので控えポイントガードの真坂さんが入る。前田さん・大野さんは4ピリオドずっと出ていたのに、そのまま出る。この2人でなければ千里と暢子を抑えきれないので、休むに休めなかったのである。その他、椙山さん・友綱さんというメンバーである。
一方N高校もさすがに雪子が限界なので、ここまで出場機会の無かった敦子をポイントガードに使う。千里・暢子・絵津子はそのまま出るが、センターには揚羽を入れる。留実子が体力限界であるし、向こうの外国人センターがもう出られないので安心しての登用である。
どちらもクタクタに疲れているのだが、激しい攻防が続く。
お互いさすがに相手のマークが甘くなる。停めきれないので「シュートまで行く」確率が高くなる。
前田さん・大野さんもどんどん得点するし、千里・暢子・絵津子もどんどん得点する。ただ、これ以外のメンバーも得点はするもののその数は少なかった。揚羽は4点、敦子は2点、椙山さんも2点に留まる。他のメンバーに得点は無かった。
その様子をJ学園の大秋さんたちは冷静に見ていた。
「砲台の数の差が出たね」
と大秋さん。
「F女子高で正確なシュートができるのは前田さん・大野さんだけ。対するN高校は村山さん・若生(暢子)さん・湧見(絵津子)さんと3人のエース級点取り屋がいる」
と白子さん。
「しかも村山さんのは3点ですもんね」
と佐古さん。
「更にF女子高はセンターが居ないからリバウンドでことごとく負けてる。ほとんどN高校の原口(揚羽)さんが取ってる」
と道下さん。
「勝負あったな」
と大秋さん。6分ほど前に同じセリフを言ったことは取り敢えず忘れている。
「全ては第4ピリオド最後のバスケットカウント・ワンスローにあった」
と佐古さん。
「いや、あれひっかかったラーマさんを責められないよ。あの意図に気付いて引っかからないのは、トップクラスのプレイヤーだけ。誰でも目の前でシュート撃とうとしていたら反射的に停めようとする」
と白子さん。
「試合の流れもあると思う。あそこは誰もがF女子高の勝利を確信していた。あとは時間を潰してしまえば勝てるはずだった。ところがまさかのパスカットがあって相手のエースがスタンドプレイでシュート動作に入る。半ばパニックになっても当然」
と中丸さん。
「あのプレイ、村山さんにしてはゆっくりした動作だったんだけど、普通の選手のレベルから見るとむしろ速すぎるくらい。だから仕掛けられていることに気付かないと思う。村山さんのプレイをたくさん見て充分研究している人でなければ」
と大秋さんは言った。
試合終了のブザーが鳴った。
前田さん・大野さんが天を仰いだ。
整列する。
「108対96で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
キャプテン同士握手した後、あちこちで握手したりハグし合ってお互いの健闘を称えた。千里は前田さん・大野さん・左石さんとハグした。
こうして旭川N高校は激戦を制してBEST4となり、明日の準決勝に進出した。
千里はフロアからでてチアリーダーたちから物凄い声援で迎えられると、控え室に向かうメンバーと別れてロビーの端の方に行き、病院に電話を入れた。
昨日龍虎君を連れに来た看護師さんが出てくれた。
「龍虎君、手術成功しましたよ」
「良かった!」
「実はMRIでは見ていたのより実際の腫瘍が大きくて大変で、腹腔鏡で手術を始めたのですが、途中で開腹手術に切り替えたんですよ。一時は血圧が下がって心臓まで停まりそうになったのですが、私が『龍虎君、おちんちん!』と耳元で言ったら心臓もちゃんと鼓動してくれたんですよ」
「あはは、よほど、おちんちん切られたくなかったんですね」
「その後、無事腫瘍も全部摘出しましたし、本人はもう意識回復して、元気そうです。麻酔が切れたら痛がると思いますが」
「目が覚めてから何かいいました?」
「僕のおちんちんある?って」
「まあ、そのおちんちん切られるぞ、という話で大手術に耐えきったんだから、結果オーライですね」
「全くですね」
千里は後でみんなでお見舞いに行きますねと言って電話を切った。控え室に戻り、手術の成功をみんなに伝えると歓声があがった。
着替え終わってから観客席に行き、第4試合を見る。千里たちの試合が長引いたこともあり、試合は既に始まっていた。
静岡L学園と山形Y実業の試合である。
試合を見ている内にさっきまではチアリーダーをして声をはらして応援してくれていた1年生の海音が言う。喉を酷使したので飴をなめている。
「このチーム、2年生が多いですね」
メンバー表は大会のプログラムに載っているのでそれを見ていたようだが、確かにL学園には3年生はトップエンデバーにも来ていた赤山さんと舞田さんの2人しか居ない。あとは1−2年生である。
「L学園は去年が凄かったんだよ。卓越したメンバーが何人も居て。でも今年の3年は不作だったみたいで」
と寿絵が言う。
「だから静岡県大会の決勝リーグでもあわやという状況で得失点差1点の差で何とか代表になってインハイに出てきたんだけど、それでもここまで勝ち上がってきたから凄いよね」
しかし実際には、L学園はバスケ王国・山形のY実業と接戦を演じている。
「たぶんこのチームは今年ずっと強い所との試合を経験することで伸びてきたチーム。恐らく1試合ごとに強くなってきている」
と南野コーチが言う。
「そういうチームは怖いですね」
と雪子。
「あれ?このL学園のシューティングガードってどの選手だろう?」
とメグミが訊く。
「14番付けてる1年生の岡田さん」
と事前にこのチームの分析をしている薫が言う。
「でもこの試合、1度もコートインしてないし、まだインターハイ本戦で一度も使ってない」
と薫は付け加える。
「秘密兵器ですか?」
と揚羽。
「いや、逆だと思う。私もそれ思ったから、念のため静岡県予選のビデオも確認したんだよ。県予選の1−2回戦でだけ使われているけど、スリーの精度も並みのシューターという感じだし、マッチングも下手。もっともその後成長したかも知れないけどね。うちのソフィアみたいに」
と薫。
成長したと言われて近くに居たソフィアが嬉しそうな顔をしている。
「コート上の動きを見ていると、ガード1人とフォワード4人という感じで試合運びしているから、シューターを使わないチーム構成なんだと思う」
と暢子も言った。
試合は結局L学園が赤山さんのブザービーターで逆転して接戦を制した。これで明日のN高校の相手はこのL学園と決まった。
第4試合を見てから千里・暢子・夏恋・川南・葉月の5人で病院に寄り、龍虎を元気付けてあげた。
川南がまたからかう。
「龍虎、女の子になったかなと思ってスカート買って来てあげたのに」
と言ってスカートを見せる(実は昭ちゃんに穿かせようと買ったものらしい)。
「ぼく、女の子なんかにならないもん」
「女の子になるのもいいぞ。可愛い服着られるし」
「いいもん。ぼく男の子だから、ふくはきにしないもん」
「気にしないならスカート穿いてもいいじゃん」
「女のふくはべつ。しょんべんするときこまるし」
「女はスカートの方が便利なんだけどな。ズボンだとズボンとパンツ下げないといけないけど、スカートならパンツ下げるだけで済むから」
「ちんちんなくしたくないもん」
「そうだ、ちさとおねえちゃん」
「ん?何?」
「ゆうべもらったにんぎょうがどこにいったかみあたらないんだよ」
そういえばあれは身代わり人形だった。
「きっと龍虎の代わりにおちんちん取られて女の子になっちゃったんだよ」
「そうかぁ。ぼくおちんちんとられなくてよかった」
「その内、女の子の格好で戻って来るかもね」
「女の子のにんぎょうをもってたら女みたいだから、おねえちゃんもらってよ」
「じゃ戻って来たら私のところにそのまま置いておくね」
「うん」
龍虎の親御さんにも挨拶したかったのだが、付き添っている叔母さんも、わざわざ仙台から出てきたお祖母さんも、手術の成功でホッとして今、下の食堂に行って休んでいるということであった。それで、よろしくお伝え下さいと看護師さんに言って千里たちは引き上げた。
帰りのバスの中で葉月が訊く。
「付き添ってるの叔母さんって言ってたね。お母さんは付いてないのかな?」
「居ないんだと思うよ」
と夏恋が言った。
「あ、そういうことだったのか・・・」
と葉月。
「うん。私も何でだろうと思ってたけど考えている内にその結論に達した。さすがに本人の前でそんなこと聞けないから黙ってたけど」
と暢子。
「昨夜、あの子言ってたよ。お母さん、あの子が小さい頃、お父さんともども死んだんだって。だから、おばさんが親代わり。他に亡くなったお父さんのお友達の男の人が時々来てくれて、遊びに連れて行ってくれたりするんだって」
と千里が言うと
「そうだったのか・・・」
とみんな言って、しんみりとした雰囲気になったものの、川南が首をひねる。
「千里、それいつ聞いたの?」
「夜中あの子とちょっとデートしたんだよ。その時、身代わり人形をあげたんだ。それが無くなっていたというのは、やはり人形が身代わりになってくれたんだろうね」
「やはり代わりにちんちん取られたのかな?」
「代わりに虹の向こうに行ったんだと思う」
「虹を越えたら性転換するんだろ?」
「まあそういう伝説もあるけどね」
「でもいつデートしたの?」
「夜の10時くらいだったかな」
「それ合宿ルール違反」
「南野コーチには内緒にしといて」
「でもどこで?」
「アクア・ウィタエ」
「何それ?」
と質問が出たが、夏恋が少し考えるようにして言った。
「それって蒸留酒のことだよね? Aqua Vitae. 直訳すれば生命(いのち)の水ということだけど」
「千里、未成年飲酒?」
「私は飲んでないよ。飲んだのはあの子だけ」
うーむ・・・とみんな少し悩んでいたが、やがて葉月が言う。
「この手の話、他の子が言ったのなら、出まかせ話しているんだろうと思うけど、千里の場合はたぶん真実なんだろうな」
「千里のまわりには不思議なことが多すぎるからね」
と暢子は言った。
なおこの日も伊香保温泉まで戻ると、暢子は宿舎で休んでいた部員にも呼びかけてしっかり全員に315段の石段往復をやらせた。試合でクタクタになっている留実子は最後は歩いていた。
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【女の子たちのインターハイ・高3編】(3)