【女の子たちのインターハイ・高3編】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-04-04
2日目の日程を終えて、インターハイは、この日の試合では取り敢えず強豪校はだいたい勝ち残った。逆にいうとBEST16には強豪校しか残っていないという感じである。札幌P高校も今年初出場のチームに貫禄勝ちして3回戦に駒を進めていた。明日の組合せはこのようになった。
旭川N高校−大阪E女学院 秋田N高校−愛知J学園 宮城N高校−岐阜F女子高 高松S高校−福岡C学園 東京T高校−福岡K女学園 静岡L学園−倉敷K高校 山形Y実業−金沢T高校 札幌P高校−愛媛Q女子高
「P高校は明日、因縁の相手、Q女子高と激突か」
と暢子が勝ち上がり表を見てつぶやく。
「私たちの後の試合だから、ゆっくりと見学させてもらおうよ」
と千里。
「どっちみち明日からは強豪同士の潰し合いだね」
と薫が言う。
「うん。インターハイも2回戦までと3回戦以降はまるで性質が違うと思う」
「去年、よく私たち、3回戦で福岡C学園に勝てたよね」
「まあ、あれ以降の3試合は奇蹟と幸運の連続だったと思う」
なお、男子の方では田代君たちの札幌B高校は昨年準優勝の福岡H高校に全く歯が立たず敗れた。これで田代君の高校バスケは終了した。蓮菜との電話で聞いたのでは田代君はこれでもうバスケは辞めるつもりで大学ではやらないと言っていたという(蓮菜は田代君と別れてから久しいのに頻繁に連絡を取りあっているようである)。
この日、選手以外が合宿しているV高校には愛知J学園のベンチ外の子たちが来訪し、Bチーム戦、Cチーム戦をおこなった。
J学園も今回のインターハイではN高校とは決勝までは当たらない組合せなので、比較的やりやすい相手である。それでも試合前に、よけいなことは一切しゃべらないこと、というのを参加者には言っておいたが、おそらく向こうも言われてきているだろう。
試合は、やはり層が厚いだけにBチーム戦もCチーム戦もJ学園側が勝ったものの、向こうを率いていた片平コーチは
「そちらのBチームだけでもインハイに出てくる力があるよね」
などと言っていたという。特にひとりで20点も取ったソフィア、同じく14点取った不二子は、ウィンターカップでの要注意人物としてマークしたようだ。(スリーを5本入れた結里はもとよりマークされている)
もっとも褒められて喜んでいたBチームのメンバーに白石コーチは
「まあ、あれをリップサービスというんだけどね」
と言って気を引き締めていたらしい。
「え?国体代表に選ばれたの?」
千里はその日夕方、貴司との電話で聞いて驚いた。
「うん。びっくりした。大阪府代表になっちゃった。千里(せんり)カップでBEST8になったので、僕のプレイをお偉いさんが見てくれたおかげかも」
「だったら、それで近畿地区予選に出るの?」
「それが今年の成年男子は47都道府県から代表が出るんだよ」
「え?そうなんだ?」
「国体バスケって、成年男子・成年女子・少年男子・少年女子のどれかひとつだけ47都道府県代表で、残りは9ブロック代表+開催県代表なんだよね。どれを47代表にするかは毎年違うけど、今年は成年男子」
「じゃ、そのまま大分に行けるんだ?」
「そうそう。北海道はブロック代表だろうと都道府県代表だろうと同じことだけどね」
「支庁代表で行かせて欲しい」
「全く全く」
「じゃ大分で頑張ってね」
「千里も国体においでよ」
千里はドキッとした。国体に行ったら、貴司と会える?
「もっとも、男子と女子は会場が違うけどね」
「そうだったっけ?」
「男子は大分市、成年女子は宇佐市、少年女子は中津市」
「大分と中津って遠いの?」
「JRで2時間くらいって聞いたよ」
「そんなに遠いんだ!」
でも同じ県なら、何とか会える機会ができないかな、と千里は思った。
「貴司、性転換して女子代表のほうにならない?」
「今性転換したら2年間出られなくなるよ!」
ふーん。出場できなくなるだけの問題なのか。おちんちんは別に無くなってもいいんだろうか、と千里は貴司のセクシャリティに改めて疑惑を感じた。
白浜に案内されて、織絵と鏡子がスタジオのコントロール・ルームに入っていくと、フロアでは織絵と同世代くらいの女の子が2人マイクの前で歌っており、その横でやはり同い年くらいの女の子がキーボードを弾いていた。織絵はその1人に見覚えがあった。自分が何度か臨時参加したPatrol Girls の元リーダー、逢鈴だ。ずっと後ろで踊っていたのだが、いよいよデビューということなのだろう。
しかしもうひとりの子は・・・・・なんだか付き合いにくそう。変人っぽいオーラを漂わせているな、とこの時、織絵は思った。
そんなことを織絵が思っていた時
「すげー、あれやはりKORG OASYSだ」
と鏡子が声をあげる。
「いいキーボード?」
と織絵が訊くと鏡子は
「90万円くらいするよ」
と答える。
「きゃー!」
「スタジオの機器かな?」
などと言っていたら、
「あれ、黒美の私物」
と近くに座っていた、やはり同世代くらいの女の子が言う。
「凄いですね」
と鏡子は言って、織絵と一緒に彼女に向かって会釈する。向こうも会釈を返してくれた。
「あの子、こないだ喉にポリープができて手術後間もないもんだから、私が付き添いで付いてきたんですよ。何もしゃべられないと受付も通れないから。あ、私、由妃です」
とその子は言った。
「それは大変ですね。私は織絵、こちらは鏡子です。お友達なんですか?」
とこちらも名乗っておく。
「そうそう。バンド仲間」
と由妃。
「わあ、何なさってるんですか? 私たちもバンドしてるんですよ」
「こちらBlack Catsって言って。私がドラムスで、あの子がキーボードで。もっともベースが抜けて休眠状態なんだけど」
「実はこちらもベースが抜けて休眠してるんですけどね。バンド名はSea-Queenっていうんですけど。私がギターでこの子がキーボード」
「ああ、どちらもベースが離脱か」
と言って由妃は笑っている。
織絵・鏡子・由妃の3人は隅のほうで邪魔にならないように小声で話していたのだが、やがて制作作業のほうは少し休憩を入れるようである。フロアに居た3人がこちらにやってくる。
これが織絵(後の音羽)と美来(光帆)の初対面だったのだが、この時ふたりは軽く会釈を交わした程度である。
「麻生さん、紹介が遅れました。こちら、業界人ではないんですが、何度かうちの仕事をしてもらったことのある、織絵ちゃんと、そのお友達の鏡子ちゃんです。こういう現場をちょっと見学させておこうと思って連れてきました」
と白浜さんが2人をプロデューサーさんに紹介してくれる。
美来はそのことばを聞いて、あれ芸能人じゃなかったのか、それにしてはふたりとも髪が茶色いんだなと思い、遊んでる子かなあ、などと思った。ただし実際は織絵も鏡子も髪が茶色いのは天然であって、染めている訳ではない。
一方ふたりを見た麻生さんは
「あんたたち2人ともなんかセンスがいいね。歌うまい?」
と言う。
「歌はまあ恥ずかしくない程度なんですけど」
と織絵。
「織絵ちゃんがギター、鏡子ちゃんがピアノ弾くそうです」
と由妃が補足する。
「ああ、楽器弾ける人は歌も最低限歌えることが多いよね」
と麻生さん。
「あなた、Patrol Girls やったことあるよね?」
と逢鈴が言う。
「はい。覚えていただいて光栄です。富山に住んでいるので北陸方面での公演で何度か参加させて頂きました」
と織絵。
「Parking Serviceも人数不安定だけど、Patrol Girlsは、ライブでの臨時登用が多いもんね」
と麻生さんも言っている。
麻生さんは何だか少し考えていたようであったが
「由妃ちゃん、ドラムス打てたんだよね?」
と言う。
「ええ、アマチュアですけど」
「実はさ、黒羽ちゃんのキーボードだけで演奏させると、楽器の音が弱すぎる気がしてさ。いっそもっと楽器入れて、バンドで伴奏した方がいいんじゃないかって気がしてきてたのよ」
と麻生さん。
「Parking Serviceではやったことないですね」
「うん。あれはいつもカラオケばかり」
と麻生さん。
「時には声まで入って口パク」
と逢鈴。
「じゃ、楽器できる人を招集してみますか?」
と白浜さんが訊いたのだが、
「なんか今ちょうどできる人がいるみたいだから、やってみよう」
などと麻生さんは言い出す。
「ん?」と言ってお互いに顔を見合わせる。
「今できる楽器は、黒羽ちゃんがキーボード、織絵ちゃんがギター、鏡子ちゃんがピアノ、由妃ちゃんがドラムスか。黒羽ちゃんか鏡子ちゃんかベース弾けない?」
「あ、今ベース練習してます。先日うちのバンドのベースの子が抜けちゃったんで代わりに私が弾こうかと少し練習してるんですよ。まだ根音でしか弾けないですけど」
と鏡子が言う。
「ベースは根音を弾けたら充分。ちょっとやってみよう」
と麻生さんは言った。
ということで、スタジオの機器を借りだして、織絵がギター(本人の希望でストラトキャスターを借り出した)、鏡子がベース、由妃がドラムス、黒羽(黒美)がキーボード(自前のOASYS)というので、ちょっと合わせてみる。
その場で譜面(ギターコード譜)を渡されて数分間譜読みし、ギターの織絵とキーボードの黒美が簡単にバッキングの分担を話し合っただけなのだが、(ただし実際には話したのは由妃で、黒美は頷いていただけ)合わせると、一発で合った。
「あんたたち巧いね!」
と麻生さんが褒めてくれる。
「プロのスタジオミュージシャンなら1発で合わせたりしますけど、この子たち、充分なレベル持ってるみたいですね」
と白浜さんも言う。
「よし、このバンドをバックにして歌ってみよう」
それで実際に4人の演奏をバックに逢鈴と光帆が歌うと、かなり良い雰囲気になる。
「いや私もこの企画、Parking Serviceとの差別化をどうしようとかなり悩んでいたんだけどさ、生バンドをバックに歌って踊るというのは、うまい路線だと思うよ」
と麻生さんはとてもご機嫌である。
「あんたたち、このままこのバックバンドとして定着しない?演奏料は前で歌う2人を含めて6人で山分け」
などと更に言い出す。
「あのぉ、私たち富山に住んでいるんですけど」
と鏡子。
「そのくらい引っ越しておいでよ。最低生活できる程度の給料は出させるよ」
と麻生さん。
「えーー!?」
と鏡子は麻生さんを見て声をあげたのだが、
「私、東京に出てきます」
と織絵が言った。
「うっそー!」
と鏡子は今度は織絵の顔を見て驚きの声をあげた。
「破瓜って16歳のことなんですか?」
「数え年の16歳だよね」
「だから早生まれの場合は中学3年のお正月で破瓜、遅生まれの場合は中学2年のお正月で破瓜」
「なんだ、もうみんな過ぎているのか」
「でも私、破瓜ってHしちゃうことかと思ってた」
「そうそう、そういう意味もある。昔はそのくらいが結婚年齢だったしね」
「ああ、昔なら私たちみんなもうお嫁さんに行ってますよね」
「現代は晩婚化してるからね」
「最近は10代で子供産むのを批判する人もいるけど、元々は女の子は12-13歳でお嫁に行って、このくらいの年代ではもうお母さんになっていたわけで」
「笄年(けいねん)ってのもありますよね?」
「そうそう。笄年で成人式になる」
「それは何歳ですか?」
「数え年の十五歳。だから破瓜は成人して1年後」
「やはりさっさと男とやっちゃえよという意味では?」
「瓜の字が女性器に似てるから、それを破るということでしょ」
「ああ、真ん中の線が割れ目ちゃんですよね?」
「やはり開通することか」
「八の字に棒が刺さっているようにも見える」
「きゃー!」
「なんつー、あからさまな」
「八はヴァギナの形」
「でもなんで破瓜は16歳なんですか?」
「瓜の字が八八と並んでいるようにも見えるから、8+8=16」
「ああ、そういうことか」
「破瓜は性転換かも」
「なんで?」
「真ん中の棒を破壊するんでしょ」
「ほほぉ!」
「下にある横線はタマタマで、それも一緒に取っちゃう」
「棒と玉を取って瓜から八になると」
「瓜は棒が上向いてるもんね。立つようなものを除去しちゃって、ちゃんとヴァギナを確保する」
「じゃ女の子は16歳で棒を入れて成人式、男の娘は16歳で棒を取って成女式」
などと言っていたら、南野コーチが睨んでいるので、そのあたりで暴走は停止する。
2008年7月31日(木)。インターハイは3日目に入る。今日以降の試合は全て本庄総合公園体育館(シルクドーム)で行われる。
千里たち旭川N高校はこの日、第2試合で強豪の大阪E女学院と対戦する。
ここもインターハイ・ウィンターカップの上位常連校である。昨年までは御堂さんという卓越したパワーフォワードがいたのだが、今年はもう卒業して抜けて、3年生のスモールフォワード河原さんが中心のチームになっている。3月のトップエンデバーにも招集されていたので千里と暢子はお互いに結構相手を見ている。そのほか1年生ながらもU18代表候補に選ばれてこちらも5月に代表合宿で会っている181cmの富田さんがいる。このふたりが要注意である。
7月初めに組合せが発表された段階で、こことの対戦は必至とみて大阪府予選のビデオを充分に検討して対応を考えている。富田さんのプレイを見た留実子は「僕は負けない」と言った。留実子も(自称)180cmで少なくとも身長ではそんなに差は無い。正直な所、ほんとうは留実子の方が背が高くないか?と富田さんを実際に見ている千里は思っていた。
朝ご飯を食べて少し休んだあと、軽く身体をほぐしてから会場入りする。第1試合の途中であったので観戦する。岐阜F女子高と宮城N高校、山形Y実業と金沢T高校の試合であった。
「ねえ、金沢T高校のユニフォームの背中のロゴ、よく見たら KANAZAWA じゃなくて、KANAGAWA と書いてあるね。GAを《ざ》と読むんだっけ?」
とひとりの子が質問する。
「いや、神奈川県の高校だから」
「え?金沢って石川県じゃないの?」
「横浜の金沢だよ」
「えー?」
「石川県代表は私たちと同じ時刻に隣のコートでやる高松S高校」
「高松って四国じゃないの?愛媛県に高松ってあったよね?」
「四国の高松は愛媛県じゃなくて香川県。石川県にも高松があるんだよ」
「難しい」
「あれ?じゃ愛媛県の県庁所在地ってどこだっけ?」
「松山だよ」
「私、松江かと思った」
「松江は島根県」
「あんた、受験で地理は選ばないほうがいいよ」
「宮城ってのは仙台県でいいんだっけ?」
「仙台が宮城県!」
「まあ宮城N高校は実際、仙台市内の高校」
「せんだいって字の違うところが宮崎県の方にもありましたよね」
「川内と書いてせんだいと読むけど、宮崎県じゃなくて鹿児島県」
「やはり、あんた社会は世界史か何かで受けなよ」
F女子高と宮城N高校の試合は、ひじょうにハイレベルで3回戦でやるにはもったいないような感じだった。F女子高のシューター左石さんと、N高校のシューターで昨年千里たちとも戦った金子さんの対決もなかなか凄かったが、それを観戦していてもN高校のメンツは全く動揺しない。昨年はF女子高と倉敷K高校の試合を見たメンバーがレベルの高さにビビってしまい、海に行って各自叫んだりして気持ちを切り替えたりしたのだが、今年はもう平気である。千里は昨年のことを思い出し、ほんとにみんな強くなったんだなというのを思っていた。
「F女子高は凄い背の高い選手が2人いますね」
「セネガルからの留学生なんだよ」
「でも見てたら交代でしかコートに入らないみたい」
「外国人選手はオンコート1名の制限があるから」
「でもリバウンドは圧倒的ですね」
「そうそう。それは割り切るしかないよ。多くのチームの場合は」
と薫は言って、留実子を見る。留実子は薫の視線を黙殺してコート上に鋭い視線を落としている。
「宮城N高校のシューターさんも精度いいんだけど、外すと全部ボール取られちゃうから、結果的にあまり遠くからは撃たないみたい」
「リバウンドがそういう戦い方を強制してしまうんだよね」
試合はやはりその差が出てF女子高が勝った。もうひとつの試合は山形Y実業が勝った。
第2試合の時間である。わざわざ旭川からやってきてくれた応援のチアチーム10名(+現地徴用?されてチアの衣装を着たバスケ部1年生16名)のエールに送られて、千里たちはフロアに入った。
(1年生でチアに入ってないのはベンチに入っている絵津子と、試合をよく見ておくよう厳命しているソフィア・不二子・耶麻都・愛実の合計5人)
こちらは、PG雪子/SG千里/SF寿絵/PF暢子/C留実子といういつものスターティング5で出て行く。向こうはPG水晶/SG春紅/SF河原/PF晩翠/C富田 というメンツで来た。
相手のスタメンを見て千里と暢子は顔を見合わせた。予想と全く違うメンツだったからである。向こうのベスト5は多分梅川/伊丹/河原/住吉/富田である。つまりキャプテンの河原さん、U18代表候補の富田さん以外の3人は控え選手と思われた。県予選や昨日・一昨日の試合でも、出場機会がそう多くなかった選手である。あるいは、うちには楽勝と見て、主力を温存する作戦なのであろうか。
暢子と河原さんでキャプテン同士握手をしてからティップオフ。これをきれいに留実子が取って、こちらが先に攻め上がった。
雪子に水晶さん、千里に春紅さん、暢子に晩翠さんがピタリとマークに付いた。寿絵に河原さん、留実子に富田さんである。身長を考えれば留実子のマークは富田さんにしかできない。
千里が雪子からのパスを受けようと左右に動き回って相手のマークを外そうとするのだが、春紅さんはしっかりと千里を見ていて、簡単には外せない。千里はわざと横を向いたりするのだが、その手のフェイントにも引っかからない。
千里には無理と見て雪子は暢子の方へパスを送る。ところが瞬間反応した水晶さんがそのボールをカットしてしまった。そのまま走り出す。N高校は急いで戻る。俊足の雪子が何とか水晶さんの前に回り込むが、水晶さんは真後ろへボールをバウンドさせ、それを河原さんが掴むと、水晶さんを壁に使って雪子を抜き、華麗にレイアップシュートを決めた。
試合はE女学院が先制する形で始まった。
客席では東京T高校の竹宮さんや森下さんたちも見ていたが、
「E女学院はN高校をかなり研究したね」
などと言っていた。
「とにかくこのチームで最も危険なのが村山さん、それから怖いのが若生さん、そして全ての得点の源になるのが森田さん。この3人を徹底的に押さえ込む作戦なんだ」
「水晶さんは森田さんの、春紅さんは村山さんの、晩翠さんは若生さんのプレイを相当数再生して見て癖をつかんでいる。1ヶ月前に組合せ抽選の結果が発表された時にN高校との激突は必至とみて、各々がその専任のマーカーとして練習を重ねている」
「恐らく、伊丹さんが仮想村山、河原さんが仮想若生、梅川さんが仮想森田になって実戦練習も相当重ねている」
「この3人が抑えられるとN高は厳しいね」
実際千里はこんなに押さえ込まれるのは初めての体験であった。
大抵の選手は左右の動きを緩急つけて行なうことでマークを外せる。優秀な選手でも、一瞬の意識の隙や、他の人の動きを見ようとして一瞬視線を他にやった瞬間に足音も立てずに移動すれば、かなりの確率でこちらはフリーになれる。またハイレベルな相手と対峙している場合も、雪子がこちらの真後ろなど、飛びつかないと取れないような場所にボールを投げれば、相手はそれをカットできない。
ところが千里が対峙している春紅さんは全く隙が無い。他でどんな動きが起きていようと絶対に千里から目を離さないのである。しかも雪子まで水晶さんに厳しいマークを受けているので、雪子も微妙なパスを送ることができない。
結果的に千里・暢子・雪子の3人が厳しくマークされているし、寿絵も相手のキャプテン河原さんとマッチングしているので、この試合の最初の方でN高校の得点は雪子が何とか頑張って留実子にボールを送り、留実子がU18代表候補富田さんとの厳しいマッチングに何とか勝ってゴールにボールを放り込んだ6点だけであった。
第一ピリオドを終えて18対6とまさかの大差である。
「完璧に押さえ込まれたね。選手変えるよ」
と南野コーチが言い、第2ピリオドはメグミ/夏恋/敦子/睦子/揚羽というメンツで出て行く。向こうはどうもその交代を予測していたようで、梅川/伊丹/河原/阿倍/富田というラインナップにしてきた。恐らくベストメンバーに近い布陣である。
ここで本来はセンターであるがパワーフォワードの位置に入っている阿倍さんが夏恋を激しくマークした。夏恋は器用だし、スクリーン・プレイやピック&ロールのような複合技も得意なので、彼女がコート上にいることでN高校は様々なバリエーションによる攻撃が出来る。ところが彼女が押さえ込まれてしまうと難しいプレイが困難になり、攻撃は単純なものとなって、結果的に個々のプレイヤーの実力勝負ということになってしまう。
しかも、この第2ピリオドの布陣では、相手がほぼベスト5というメンツなのでとても勝てない。メグミも梅川さんには勝てないし、睦子は河原さんにはかなわない。揚羽も富田さんには身長で負けていた。
「なんかワンサイドゲームになってきたね」
とT高校の萩尾さんは言う。
「昨年は旭川N高校はチャレンジャーだった。でも今年はチャレンジされる側になってしまった」
と山岸さんが言う。
「N高校って情報戦が凄いんだよね。出場する各チームの戦力をほんとによく分析しているから、それでやられてしまう。でも今年は自分が研究されてしまった感じ」
と池田さん。
「サーヤ(留実子)を戻すべきだと思う。みっちー(富田さん)に勝てるのはサーヤだけだよ」
と森下さん。
「まあ、このままやられっぱなしになるようなN高校ではないとは思うけどね」
と竹宮さんは言った。
試合は第2ピリオドで河原さんや伊丹さんがどんどん得点をして、前半を終わった所の得点は38対10というクアドゥルプル・スコアになってしまった。
チアリーダーたちが半ば悲痛な感じの声を挙げながら声援を送ってくれる。ハーフタイムの間、N高校のベンチでは最初誰も声を出すものがなく沈んだ雰囲気になってしまった。
おもむろに宇田先生が発言した。
「うちがこの試合に勝てる確率は何パーセントくらいだと思う?若生君」
暢子は3秒くらい考えて言った。
「90%くらいだと思います」
「村山君は?」
「98%くらいかな」
「ふたりとも見通しが暗いね」
と宇田先生が言う。
「佐々木君はどう思う?」
マネージャーとしてベンチに入っている川南はまさか自分に指名が来るとは思っていなかったようで慌てたが言った。
「100%です」
「じゃ佐々木君が第3ピリオドの選手を指名して」
と宇田先生が言う。
「分かりました。雪子/千里/絵津子/暢子/留実子で」
「ほほぉ」
「暢子も千里も雪子もかなり研究した相手に厳しいマークを受けたけど、それを振り切れなきゃ、優勝なんかできませんよ。だからこの3人には根性で頑張ってもらう。それとやはり181cmの富田さんには183cmの留実子でしか対抗できないと思う。そして絵津子はたぶん相手が未研究です。でも絵津子はあと半年もしたら暢子に肩を並べるくらいに成長するレベルだと思う。だからここはこれからの20分でせめて4ヶ月分くらい一気に成長して河原さんを倒して欲しい。絵津子の投入が絶対、相手のペースを乱します」
と川南は言った。
「みんな女なら頑張ろうよ」
と川南は付け加える。
確かにそのメンツで行く場合、絵津子は河原さんとマッチアップすることになるだろう。
「ではその線で」
と宇田先生は笑顔で言った。
第3ピリオド、N高校が川南の言った通りのオーダーで出て行くと、相手は慌てたようであった。
梅川/伊丹/時任/住吉/京橋というラインナップだったのだが、開始早々タイムを取って、水晶・春紅・晩翠という、雪子・千里・暢子の専任マーカーを投入してきた。
ほぼ第1ピリオドの組合せが再現される。但し絵津子の相手は時任さん、留実子の相手は京橋さんである。
ボールを運んでいった雪子を水晶さんが厳しくマークする。雪子は高い軌道のパスを絵津子に送る。時任さんが割り込んでカットしようとしたが、絵津子は更にその前に回り込んでしっかりボールをキャッチした。そしてドリブルしながら千里と春紅さんがマッチアップしている所に強引に走り込んで来る。春紅さんが「え!?」という表情をする。千里が2歩下がると絵津子はそのまま、ふたりの間を通過した。春紅さんが「スイッチ!」という声を掛けて絵津子を追う。絵津子を追いかけてきた時任さんが春紅さんの居た場所に入ろうとする。
が、春紅さんは数歩行ったところで初めて、絵津子がボールを持っていないことに気付く。
「嘘!?」
と声を挙げて振り返った時はもう千里がシュートを撃つ体勢に入っている。
絵津子はわざと春紅さんの前をドリブルしながら通過して、通過した次の瞬間、ボールを千里に渡したのである。しかし絵津子はドリブルしている仕草だけは継続したので、春紅さんがそれに気付くのに遅れてしまった。
きれいに入って3点。
N高校の反撃が始まった。
春紅さんにしても、暢子の専任マーカー晩翠さんにしても、何が起きても他は見るなと厳命されている。一瞬でも他に気を移せば、その瞬間マークを外されるというのは、E女学院がN高校の試合のビデオを詳細に分析して得られた結論である。
しかし他を全く見ないということが、結果的に絵津子のスクリーンプレイを易々と許してしまう結果になってしまった。
絵津子は時任さんを巧みに振り切って雪子からパスを受け、その時の状況次第で千里、あるいは暢子の近くまで行って、2対1の状況を作り出し、千里や暢子にシュートさせるというプレイをした。逆に相手がそういうプレイを警戒していると見ると、雪子からもらったボールを直接ゴール下までドリブルで運んで自らも得点する。
この絵津子のプレイによって第3ピリオド開始3分でN高校は14点を奪い取り、42対24と、かなり点差を改善した。
「ひょっとして逆ワンサイドになってたりして」
とT高校の池田さんが言う。
「前半はE女学院のワンサイド、後半はN高校のワンサイドだったら面白いね」
と竹宮さんも言った。
「しかしいったんスイッチが入ると村山さんは凄まじいな」
と萩尾さんはむしろ難しい顔でコートを見つめていた。
絵津子の投入が試合の雰囲気を全く変えてしまった。N高校の勢いは止まらず、第3ピリオド5分を過ぎた所で、44対34とE女学院を完璧に射程距離に捉える。このピリオド前半に取った24点の内、実に18点が千里のスリーである。
さすがにE女学院も絵津子を何とかしなければと考えるものの、このピリオドでは開始早々に1度タイムを使ってしまっているので、交代させることができない。河原さんと富田さんが交代席で待機しているのだが、投入できないのである。
絵津子が千里と春紅さんの間に割り込んだ上で、千里にパスしようとした時、E女学院のコーチが思わず
「ぶっ飛ばしてでも停めろ〜〜!」
と叫んだ。
すると、絵津子を追ってきていて結果的に千里の近くに居た時任さんがボールを受け取ろうとしていた千里に体当たりした。千里は腕に当たって来るかなと思い腕に「気」を集中していたので、体当たりは予想外でそのままサイドラインの外まで吹っ飛んでしまった。時任さんは173cm 75kg のがっちりした体格、千里は168cm 56kg。完璧に体格の差が出た感じである。
笛が吹かれる。
ボールはまだ絵津子の手の中にあった。
「大丈夫?」
と暢子が駆け寄って千里を起こした。
「何とか」
と千里は答えた。
審判も近づいて来て
「君、怪我は?」
と尋ねる。
千里は身体中の気の巡りをチェックする。
『いんちゃん、私どこか怪我してる?』
『左の卵巣がちょっとびっくりしてるけど、大丈夫これは私がメンテしておく。次の排卵は右の卵巣からだから生理も乱れないはず』
『私卵巣あるんだっけ?』
『知ってる癖に』
『うーん・・・』
『それから左太ももがちょっと切れてる』
それで千里が左の太ももを見ると確かに擦り傷ができている。
「ちょっとかすっただけです。大したことないです」
と千里は答えた。
「ああ、このくらい、ツバ付けておけば治るな」
と暢子は言って、ほんとに自分のツバを付けてる!
審判は千里に大きな怪我は無いようであると見て、時任さんにアンスポーツマンライク・ファウルを宣告した。(千里がプレイ続行不能なほどの怪我をしたり、気絶したりしていたら、ディスクォリファイイング・ファウルで一発退場になっていたところ)
故意に行ったファウルはそれだけでアンスポーツマンライク・ファウルを取られることもある。ただ、この場合、時計を止めることが目的であったので、その場合は「時計を止めようとすることは通常のプレイである」という考え方から、故意であっても普通のファウルとして処理されることが多い。
しかし、腕を掴んだり抱きついたりするくらいならまだ良いが、ボールを持っていない選手への意図的なボディアタックはさすがに「通常のプレイ」の範囲を逸脱する。それで原則通り、アンスポーツマンライク・ファウルが宣告されたのである。
なお、通常のファウルは5回で退場だが、アンスポーツマンライク・ファウルは2度で退場になる。
また「ぶっ飛ばしてでも」と叫んだコーチにもテクニカル・ファウルが宣告され、あわせて厳重な警告が与えられた。
しかしとにかくもこれでE女学院は選手交代をすることができた。時任さんは千里のそばに行って「ごめんなさい」と謝ってから退いた。
「今のケースさ、おとなしいファウルだと、審判は流したかも知れないよね」
と山岸さんが言った。
「うん。負けている側のファウルプレイは戦術として確立しているから、普通取ってもらえるけど、リードしている側のファウルは、停めることで追い上げようとしている側が不利になるから、審判の判断でファウルを取らずにそのまま流してしまうこともある。結果的にはあのくらい激しいファウルをしない限り、選手交代はできなかったかも」
と竹宮さん。
「まあそれにしても、さすがに体当たりは、やり過ぎかもね」
と萩尾さんは言った。
試合はフリースローから再開される。千里は当然2本ともきれいに決めて、得点は44対36となる。更にアンスポーツマンライク・ファウルの後はファウルを受けた側、つまりN高校がセンターライン横からのスローインで試合再開である。雪子がスローインのためその位置まで行き、審判からボールを受け取る。
千里はそのボールを取り行くかのようにそちらへダッシュする。するとマーカーの春紅さんが必死に走ってパス筋を塞ぐように千里より中央側に入り込もうとする。すると千里は一瞬にして反転してゴール方面へ走る。雪子はその千里の背中めがけて速いパスを投げる。
雪子がパスを放った次の瞬間千里は振り向きボールをキャッチ。春紅さんが必死に戻ってくるが、その前に千里はきれいにシュートを放っていた。
入って3点。44対39。
この千里の「5点プレイ」で試合の行方はもう全く分からなくなった。
投入された河原さんは絵津子を厳しくマークするが、絵津子は強い相手ほど燃える。しかもポーカーフェイスで緩急の付け方が巧いので、河原さんも簡単には停めきれない。それで第3ピリオドの後半も絵津子は前半ほどではないものの、けっこうフリーになって千里や暢子とのコンビネーション・プレイを成功させた。
また千里は第1ピリオドの10分+第3ピリオドの前半を春紅さんと対峙していて、彼女の呼吸をかなり読むようになっていた。千里のマーカーに任命されただけあって気配を読むのが上手いし瞬発力もあるのだが、停止状態から走り出すのは速くても、走っている状態からのストップはやや遅い。恐らく足腰があまり強くないのだろう。さきほど千里が見せたような急激な反転には弱いことを千里は見抜いてしまった。
そこでそのような急激な反転をしたり、あるいは逆に反転するかと見せて、一旦停止の後、更に同じ方向にダッシュするといった動作を見せると、瞬間的に春紅さんとの距離が離れる時間が発生する。すると雪子がすかさずそこにボールを送る。ボールをもらえば多少体勢が悪くても千里は高確率でボールをゴールに放り込む。万一外れても留実子がしっかりリバウンドを取ってきちんと入れ直してくれる。
また暢子も千里同様、15分間の晩翠さんとの対決で、かなり相手の癖を見抜き、いろいろな変化を使って相手を出し抜いてフリーになれるようになってきた。そして雪子も水晶さんとの対決をかなりやって、やはり相手の癖を見抜き、第1ピリオドに比べると、ぐっと自分の好きなようにプレイできるようになってきていた。
結果的に第3ピリオド後半は前半ほどではないものの、千里の5点プレイを含めて16点をもぎ取り、このピリオドだけで40点、合計で50対50ととうとう同点に追いついてしまった。
「E女学院はしっかりN高校のメンツを研究して癖を見抜いたんだけど、この試合の中でN高校のメンバーは自分の専任マーカーの癖を見抜いたね」
と竹宮さんが言う。
「癖の読み合いだね」
と萩尾さん。
一方N高校のベンチではハーフタイムとは打って変わって全員のテンションが上がっていた。
「ここまで来たら最後はもう点の取り合いでしょうね」
と雪子。
「まあそうなるだろうね」
と暢子。
最後のインターバル、千里たちはそんなことを言いながら水分補給してラストピリオドのコートに向かう。最後は雪子/千里/絵津子/暢子/揚羽というメンツで行く。向こうは梅川/伊丹/河原/住吉/京橋である。こちらは実は留実子が体力限界なのだが、向こうも富田さんは前半ずっと出ていて第3ピリオドも後半出たので体力限界になったようだ。172cmの京橋さんと174cmの揚羽との勝負ということになった。
予想通り激しい点の取り合いになる。こちらが第3ピリオド同様に絵津子絡みのコンビネーションプレイを軸に点を取っていけば、向こうは河原さん・住吉さんを軸にやはり激しい攻撃を仕掛けて来る。
観戦していたT高校の萩尾さんが言う。
「こうなるとひとつのゴールが何点になるのかという重みが利くね」
T高校のマネージャーが付けていたスコアをのぞき込んで竹宮さんも同じことを言う。
「このピリオド、ゴールの数はここまでE女学院が8回とN高校が9回で1個しか違わない。だけど点数はE女学院の16点に対してN高校は22点」
「やはりスリーは怖い」
と山岸さんが言った。
試合終了のブザーが鳴る。最後にボールを持っていた伊丹さんの投げたボールがゴールに飛び込んでブザービーターで3点を取ったものの、伊丹さんはその得点を喜ぶこともなく座り込んだ。
審判が整列を促す。
「80対71で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
お互い握手する。河原さんはキャプテン同士暢子と握手し、そのままハグした後、絵津子ともハグしていた。千里は伊丹さん・春紅さんと握手した後、時任さんにも笑顔で握手を求める。時任さんは再度ペコリと頭を下げてから千里と力強く握手をした。
「先日練習試合した時も思ったけど、今年の旭川N高校って、優勝を狙えるパワー持ってるね」
と観戦していた萩尾さんが言う。
「うん。どうしよう? N高校とは決勝戦まで当たらない組合せというかさ、実際問題として当たることはあるまいと思って練習試合をしたけど、本当にここと決勝戦をすることになるかも」
と竹宮さん。
「けっこう手の内をバラしちゃったよね」
と山岸さん。
「でも手の内を曝したのは向こうも同じだよ。今日大活躍した15番(絵津子)もボクたちは先日長時間プレイを見て、その後、対策を話し合ったしね」
と森下さん。
「まあ実際にあの子とコート上で対戦した所しか、15番対策は思いつかないだろうね」
と萩尾さんも言った。
「ただ私たちも、あの15番が決勝まで上がってくるまでの間に更に成長したら、あの日話し合った方法では対処できないかも知れない」
と竹宮さんは言う。
「伸び盛りの選手って怖いからね」
千里たちと同時刻に行われていた、高松S高校−福岡C学園の試合は橋田さんや熊野さんたちのC学園が勝った。第3試合では、愛知J学園が中折さんたちの秋田N高校に勝ち、静岡L学園が倉敷K高校に勝った。
そして第4試合は、東京T高校−福岡K女学園と、札幌P高校−愛媛Q女子高という組合せである。
T高校は竹宮さんや森下さんたちのチーム、K女学園は昨年のインターハイで千里たちに練習場所を提供してくれて、練習相手にもなってくれたチームである。そしてP高校とQ女子高は昨年のウィンターカップで対決してQ女子高が「天空の戦い」でP高校を倒しており、今回はP高校がリベンジに燃える因縁の対決であった。
千里たちは両方の試合が見やすい場所に陣取り、両者を並行して観戦する。
P高校はここまでの2日間では1度もコートに立たせなかった伊香さんをスターターに入れてきた。
PG.徳寺(162)/SG.横川(164)/SG.伊香(167)/PF.宮野(180)/C.佐藤(181)
というメンツである。一方のQ女子高は
PG.海島(182)/SG.菱川(180)/SF.今江(181)/PF.鞠原(166)/C.大取(186)
と、キャプテンの鞠原さん以外、180cm代の選手が4人も並んでいる。ウィンターカップではP高校はこの背の高さにやられたのである。180cm代の身長でポイントガードをしているなんてのは日本の高校女子選手の中ではかなりレアであろう。しかし彼女は完璧にガード性格なのである。また大取さんの186cmという身長は今大会に参加している日本人センターの中でも最高身長である。(留学生センターにはD高校の子など、190cm代の子が数人いる)
試合は激戦であった。P高校はこの試合で今まで見せたこともない速いスピードでコートを駆け回った。更にパス回しも物凄い速度であり、向こうの今江さんや大取さんがボールのある場所を見失ってキョロキョロする場面があった。
千里たちの近くで試合を観戦していたC学園の橋田さんが「すげー。男子の試合みたい!」などと声をあげていた。
そして横川・伊香のダブル遠距離砲は威力を発揮した。特に伊香さんは高確率でスリーを成功させるので、相手がどんなに高身長の選手で構成されていても関係無い。着実にP高校は得点を取っていく。
「これ、外国人チームと日本代表との国際試合みたいですね」
と隣で雪子が言うが、暢子も頷いていた。
「雪子、私や千里はこのインハイで引退しちゃうから、11月のウィンターカップ道予選ではあんたたちがあの伊香さんを倒さないといけないんだからね」
と暢子が言うと、雪子は唇を噛みしめていた。
今回鞠原さんと佐藤さんのマッチアップは痛み分けの感じであった。ウィンターカップでは鞠原さんが圧倒し、5月のU18日本代表で対戦した時は佐藤さんが勝っていたものの、その後鞠原さんも物凄く練習したのであろう。佐藤さんも道予選の時から更に進化している感じなのだが、今回はお互い半々停められていた。千里はふたりの対決を見ながら自分だったら、どうやって佐藤さんを抜くかというのをかなり脳内シミュレーションしていた。
このインハイでも決勝戦で当たる可能性があるが、インハイが終わった後、8月の中旬には、国体の道予選でほぼ確実に彼女と対決する必要があるのだ。
試合は結局74対68というロースコアでP高校が勝利した。
千里はこの試合は今年のインターハイの中で最も凄い戦いであったかも知れないと思って、悔しそうな表情で佐藤さんと握手する鞠原さんを見ていた。
また、もし国体予選でP高校を中心とする札幌選抜に勝てたら、自分たちが鞠原さんと対決する可能性もある。自分たちは逆にどうやったらあの高身長チームに勝てるのだろうと考えたが、千里はすぐには答えを見付けることができなかった。
なお、もうひとつの試合は東京T高校が福岡K女学園に快勝した。3日目を終えてBEST8が出そろった。ここまで残っているのは、札幌P高校・旭川N高校・山形Y実業・東京T高校・静岡L学園・愛知J学園・岐阜F女子高・福岡C学園である。
「なんか凄い顔ぶれですね。うち以外、みんな優勝候補ですよね?」
と対戦表を見て蘭が言ったが
「うちもきっと優勝候補」
と揚羽が言うと
「すごーい!」
と蘭は感動したような声をあげた。
その日宿舎のV高校の方には、福岡C学園のBチーム、Cチームが来訪してN高校のBCチームと練習試合を行った。福岡C学園も決勝戦まで当たらない組合せなのである。もっともBEST8まで出そろった段階になると
「うちとそちらのトップチーム、マジで決勝戦で当たるかも知れませんね」
「まあ、その時はその時で」
などと言いながら試合をする。もっともどちらもベンチ枠に入っている子は参加していないのだが、不用意な情報漏れを防止するため、双方とも選手には箝口令が敷かれているようで、お互い黙々と試合運びをする。
昨年秋に旭川に来訪した時に居た子で、トップチームに入れなかった子が数人居て、蘭や結里などと手を振り合っていたが、今回は会話無しということになっていた。
試合としてはBチーム戦はN高校が、Cチーム戦はC学園が勝ったものの、どちらも接戦であった。
「ウィンターカップではトップチームに入ってくる子いるでしょうね」
「来年のインターハイはこのBチーム同士に近い対決になるかも」
などといった話も交わしたようである。
伊香保温泉に泊まっているトップチームの方も、会場から引き上げてきたあと、宿舎に入る前に川南・葉月・薫も含めた15人で、渋川市内の小学校の体育館を借りて軽く汗を流した。
「今日の試合も手強い相手だったけど、明日はなかなか厳しいですね」
と一息付いていた時に雪子が言う。
「あれ?明日の相手ってそんなに強い所なんですか?」
と絵津子が訊く。
「日本の高校女子バスケでトップといったら誰もが愛知J学園と答えるけど、そこと並び称されるのが明日の相手だね」
と暢子。
「そんなに強いんですか!?」
と絵津子。
「去年はあそこの試合を見て、みんなビビっちゃったよね」
と千里も言う。
「だけど、あそこ昨年のウィンターカップでP高校に負けましたよね」
と揚羽。
「まあ相手がP高校だからね」
と寿絵。
「そのあとの皇后杯エキシビションではC学園が勝ってますよね」
とリリカも言う。
「まあ相手がC学園だからね」
と暢子。
「だけど、うち、P高校にもC学園にも勝ってるよね」
とメグミ。
「うん。だからうちにも勝機はあるということだよ」
と千里は言った。
練習を終えて旅館の送迎バスを小学校の校門そばで待っていた時、小さな男の子が木の陰からこちらを見ているのに夏恋が気付く。
「君、どうしたの?」
と夏恋が優しい笑顔で声を掛けたので、少年はおずおずと出てくる。パジャマ姿である。
「お姉さんたち、小学生じゃないよね?」
「うん。ちょっとここの体育館を借りたんだよ。高校生だよ」
「すごくせがたかいけど、みんな女の人?」
「そうだね。私たちバスケットするから背が高いんだよ」
「へー。女の人みたいに見えるけど、せがたかいから、女の人みたいな男の人だろうかとかなやんじゃった」
「ああ、男と間違えられるって人もよくいるよ」
と寿絵が言うと
「元男の人だったけど、女の人になっちゃった人もいるけどね」
などと川南が言う。
「えー?男の人が女の人になることあるの?」
と少年。
「まあ、ちょっと手術を受ければ」
と葉月。
「しゅじゅつで女の人になることあるの?」
と少年。
「そうだね。男の人に付いてて、女の人に付いてないものを切り取っちゃうと」
と川南。
「それって、おちんちん?」
と少年。
「たまたまもだね」
と葉月。
こらこら。
「どうしよう? ぼく、女の人にされちゃったりしないかなあ」
と少年が不安そうに言う。
「君、手術受けるの?」
と夏恋。
「うん。あした、しゅじゅつなの」
と少年は答える。
校門から50mほど先に大きな病院の建物が見える。そこに入院しているのを抜け出してきたのだろうか。
「何の手術か聞いてる?」
「よくわからないけど、おなかをきって、わるいものをきりとるんだって」
「おなかの中のものなら、ちんちんは切らないのでは?」
「そうそう。ちんちんは身体の外に出てるもん」
「そうだよね。あんしんした!」
ちょっと微笑ましい会話にみんな笑っているが千里は笑うことができなかった。《こうちゃん》が千里に話しかける。
『千里、笑ってないから気付いたんだよな?』
『うん』
『あの子の寿命は・・・』
『言わないで!』
『はいはい』
と《こうちゃん》は、やれやれという顔をしている。
「でも、おちんちんきられないならいいけど、おなかきられるのもちょっとこわい」
と少年は言う。
「大丈夫だよ。お姉さんも去年の秋にお腹の中の悪いもの切り取る手術受けたけど、平気だったよ」
と昨年秋に盲腸の手術を受けた暢子が言う。
「おねえさんは、そのしゅじゅつで男から女になったんじゃないよね?」
どうも男の子はまだおちんちんを切られないかと心配なようだ。
「お姉さんは生まれた時から女だったよ。この子が最初男だったけど、手術して女になったんだよ」
と暢子は千里の腕を引いて、少年の前に出す。
もう!
「えー?おねえさん、もと男の人だったの?」
「うん。でも君はきっと女の子にされちゃったりはしないから頑張って手術受けてきなよ」
と千里は笑顔で言う。手術前の不安をできるだけ取り除いてあげるのがこの子への、せめてものはなむけだろうと千里は思った。
「おちんちんきられるのいやじゃなかった?」
と少年は訊く。どうも気になってしょうがないようだ。
「私はおちんちん要らないと思ってたから取って欲しかったけどね」
「ぼく、おちんちんいるよぉ」
「まあ、普通の男の子はそうだろうね。君、明日の手術は何時から?」
「おひるの1じからだって」
「ちょうど私たちの試合と同じくらいの時刻だね」
と寿絵が言う。
その時、川南が口を出して言った。
「お姉ちゃんたち、明日は凄く強い所とやるけどさ、お姉ちゃんたち頑張って勝つから、君も病気に負けるなよ。手術くらい平気だよ。頑張って手術を受けておいでよ」
千里は緊張した。
「うん。ぼくがんばる。おねえちゃんたちもがんばってね」
と男の子は初めて笑顔で言った。
「手術が終わったら、何かしたいことある?」
と葉月が訊く。
「ぼく、空をとんでみたいなあ」
何人かが一瞬近くの子と顔を見合わせた。この状況で「空を飛ぶ」というのは危険な象徴だ。おそらく今多くの子がそれを感じ取ったのだろう。
「きょねん、おばあちゃんちいくのにひこうきのれるかとおもったら、しんかんせんになっちゃったの。でもぼくね、どうせなら、ワンピースのチョッパーみたいに、トナカイのソリにのって空をとびたいの」
と少年。
「君、それは誤解してる。チョッパーがトナカイだぞ」
「あれ?そうだっけ?」
そんなことを言っていたら、向こうの方から若い看護師さんが焦ったような顔をしてやってきて、男の子を保護した。
「その子と、私たちが明日の試合頑張るから、君も手術頑張れと約束したんです。その子の名前を教えてください」
と暢子が言った。すると看護師さんは
「ながの・りゅうこ君というんですよ」
と若い看護師さんは教えてくれた。
「《こ》の付く名前って女の子みたい」
と川南が言うと
「ぼくの《こ》は《とら》だよ」
と少年は抗議する。
「空を飛ぶ龍に吼える虎で《龍虎》なんです」
と看護師さん。
「かっこいー!」
という声が女子たちの間であがる。
「でも確かに音で聞くと《こ》が付くので女の子と誤解されて嫌がるみたいです」
なるほどー。それでよけい、おちんちん取られるかもなんて話に敏感な訳か。
「じゃ、龍虎君、お姉ちゃんたちと明日頑張る約束」
と川南は彼と指切りをした。
「龍虎、頑張らなかったら、手術が失敗して、おちんちん切られちゃうことになるかもよ。そうしたらおちんちん無いなら女の子になりなさいと言われて、龍虎の《こ》の字を女の子の《こ》の字に名前変えないといけなくなるぞ」
などと川南は脅す。
「ぼく、しゅじゅつがんばる!」
と少年は物凄く焦ったような顔で言った。看護師さんが笑っていた。
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【女の子たちのインターハイ・高3編】(2)