【女の子たちの開幕前夜】(2)

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2008年7月19日(土)、旭川N高校女子バスケット部のインハイ登録メンバー+αが登別市にやってきた。この連休(19-21)に登別市および隣接する室蘭市で道民バスケット大会が行われるのである。
 
本来は社会人の大会で高校生は参加できないのだが、今回は5月のシニア大会同様、ゲスト参加ということで参加させてもらった。ゲストではあっても今回はしっかりトーナメントに組み込まれている。旭川N高校だけ特に許可をもらって参加したのだが、そのあと釧路Z高校が参加したいと言い、更にそれを聞いた札幌P高校と旭川L女子高も参加を表明。あわせて許可をもらって、高校生チームが4つ出場することになった。
 
レベルの高い社会人チームの大会で、高校生チームが参加してもどうせトーナメントの下の方で負けるだろうと思われたこと、そして女子は元々参加チームが少ないことから許可してもらったようである。
 
この大会、男子はABC3クラスに分けられるほど参加チームが多いのだが、女子は全道で23チーム。ゲスト参加の高校生チームを入れても27チームしかない。なお男子のACクラスは先週江別市で実施されており、今週室蘭・登別で行われるのは、男子Bと女子である。
 
なお、N高校・L女子高・P高校は学校のバスに乗り、交通費宿泊費も部費からの支出で来ているが、Z高校は予算が取れず、メンバー15名・マネージャー1名・TOチーム4名と監督が全員交通費自費で来ている。学校のバスを参加者共同でチャーターする方式だったらしい(バス会社に頼むよりは安い。運転は保護者2名で交代で運転)。特に3年生はこの時期修学旅行で東京に行くはずだったのが、その費用を振り替えてもらっての参加で、本当にご苦労様である。ゲスト参加するのに協賛金を求められたのだが、それはN高校がZ高校の分まで払ってあげた。
 

「それで、どうせ高校生チームはみんな最後までは残れないだろうしということで、20-21日には、空いている会場を借りて4校でリーグ戦をしようということにしたから」
と宇田先生が言う。
 
この4校は先日インターハイ道予選の決勝リーグを戦ったので、その再現になるのだが、今回は《非公開》+《撮影禁止》でやろうという話になった。P高校・N高校としてはインハイ前に強い相手とのシミュレーションをしたいし、L女子高・Z高校もウィンターカップをにらんで、本気の強豪校との試合を体験してその刺激によるレベルアップを図りたいということで、4校の利害が一致したのである。
 

北海道の形はよく菱形に見立てられるが、その大きな菱形の底に当たる襟裳岬と、西南に細く延びる渡島半島(南端付近に函館がある)との間に、実は小さな菱形が飛び出していて、その底の所に室蘭(むろらん)市はある。
 
この小さな菱形の右側の付け根が苫小牧(とまこまい)で、左側の付け根付近には長万部(おしゃまんべ)や洞爺湖(とうやこ)町がある。洞爺湖町の近くに洞爺湖や昭和新山、苫小牧の近くには支笏(しこつ)湖がある。
 
室蘭市の南側は絵鞆(えとも)半島という半島になっており、この絵鞆半島の南端が有名な《地球岬》である(南端だが先端では無い。絵鞆半島の先端は北西に伸びている)。室蘭市の東側に隣接する登別(のぼりべつ)市は言わずと知れた温泉の町であり、その近くには倶多楽(くったら)湖がある。
 
今回の道民大会のメイン会場は室蘭市体育館なのだが、1回戦の一部の試合を登別総合体育館でも行う。登別の方は20-21日は大会の主催者が予備で押さえていて実質空いていたので、それを又借りして4校リーグ戦をすることにした。
 

N高校の今回のメンツはこうなった。
 
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 夏恋(10) ソフィア(17) SF 寿絵(9) 敦子(13) 絵津子(15) 薫(18) PF 暢子(4) 睦子(11) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14) 蘭(16)
マネージャー 瞳美 TO 志緒・来未・結里・昭子
 
志緒は二週連続の遠征だが、そもそもあちこち行くのは好きなようで楽しそうにしていた。
 
なお、残った女子部員たちは同じ日程で校内の施設で白石コーチと川南・葉月が指導者役になってミニ合宿をしている。また男子は旭川近郊の少年自然の家で合宿をしている。昭子は男子の合宿に参加させるのは問題ありだが南野コーチの目の届かない所で川南・葉月にセクハラまがいのことをされてはと考えて今回の遠征に参加させた(本人はセクハラされて喜んでいるのだが)。結局昭子も2週連続の遠征である。
 
「昭ちゃん、先週は男子の試合で今週は女子の試合なんだね」
「本当はこちらも選手として出たいんですけど」
「早く性転換しちゃいなよ」
「だんだんしたい気持ちが強まってます」
 
「でも昭ちゃんはもうほとんど女子だし、今回の遠征では男性は宇田先生だけなんですね」
と志緒が言った。
 
「先生は性転換して女性になる気は?」
「残念ながらそれは無い」
「先生が女になっちゃったら奥さんが困るよ」
「それより娘さんがショック受けそう」
「お嬢さんいらしたんでしたっけ?」
「今中学生なんだよ」
「バスケは?」
「興味無いようだ」
「あらら」
 
「でも戸籍上男性というのが宇田先生以外に3人いるけどね」
と南野コーチ。
 
「え?3人ですか? 薫さんと昭子は分かるけど、あと他にもいましたっけ?」
と志緒。
 
「あ、私男だよ」
と留実子が言うので
 
「えーー!?性転換しちゃったんですか?」
と志緒。
 
「したいけど、性転換すると女子の試合に出られなくなるから」
と留実子。
 
「千里が戸籍上は男子なんだけどね」
と横から寿絵が言うと
 
「忘れてた!!!」
と志緒は言った。
 

「でも、志緒、こないだから何度も男子チームのマネージャーやって、性転換して男になったらレギュラーにするぞとか言われてたでしょ?」
「ちょっと心が揺らぎましたよ」
「実際志緒のレベルなら男子チームなら1桁の背番号もらえるはず」
 
「いや、レギュラー枠は欲しいけど、私が性転換したらお母ちゃんがショック死するかも知れないし。ちんちんはあってもいい気がするけど」
 
「まあ、千里や薫や昭子や留実子の親はそのショックを受けているんだけどね」
「わあ、可哀想」
 
なお、今回は宿泊は宇田先生が個室、昭子・留実子は南野コーチと一緒、薫は敦子・睦子・夏恋と同室である。ちなみに千里は暢子・寿絵・メグミと同室になっている。(寿絵は薫と別室にしないと、寿絵が薫の肉体疑惑探求に燃えているので薫の貞操?が危険である)
 

初日1回戦。登別のコートで対する相手は釧路のクラブチームである。
 
ここにわざわざ遠征までしてくるチームは、充分強いのは分かっているので、雪子/千里/薫/暢子/留実子というメンバーで出て行く。薫にとっては初めて出場できる女子の道大会である。
 
序盤から激しい戦いになった。千里たちは11月にも総合でクラブチームと対戦しているが、あの時当たったチームともそう変わらないのではないかというくらい強かった。最初の内、暢子が相手に停められたりするし、ゴール下の戦いで留実子が競り負けたりするし、序盤は相手がリードする展開になる。
 
しかし強い相手に奮起したメンバーは気合いを入れ直して反撃。薫もJ学園戦以来の本格的な相手に100%戦闘モードになって、相手の強烈なボディアタックにも全くひるまない。それで第1ピリオドが終わってみると18対24とこちらがリードしていた。
 
第2ピリオドは、メグミ/夏恋/寿絵/リリカ/揚羽とメンバーを一新して出て行く。すると5人とも第1ピリオドを見ていて各自脳内シミュレーションしていたようで、そう簡単には相手に負けない。それでこのピリオドを20対20の同点で持ちこたえる。
 
第3ピリオド最初は雪子/ソフィア/薫/暢子/留実子で始め、その後順次メンバーを入れ替えて、全員を出す。このピリオドは全員に強い相手を体験させることを主眼にしたので24対20とリードされる。ここまで62対64である。
 
第4ピリオドはメグミ/千里/薫/暢子/揚羽で始める。これで前半相手と6点差まで引き離した所で、雪子・寿絵・留実子を投入する。相手がそろそろ疲れてきたこともあり、更に点差を広げて、最終的には80対92で勝利した。
 

挨拶して握手した後、相手チームの人たちが
「あんたたち強いね〜。さすが総合で優勝しただけのことあるよ」
と褒めてくれた。
 
他の高校生チームであるが、P高校は苫小牧のクラブチームに勝利、L女子高は専門学校生チームに競り勝ち、Z高校は室蘭の地元クラブチームに前半大量リードされたものの、後半に物凄く頑張って逆転勝ちした。
 
それで4チームとも午後の2回戦に進出した。
 

2回戦は全て室蘭市体育館で行われるので、そちらにバスで移動した。
 
N高校の相手は11月の総合にも出ていたチーム、クロックタワーであるが、あの時は直接当たっていない。またここのOGの人たちと先日のシニア大会で練習試合をしている
 
ここも充分強いのは分かっているので、今度は雪子/千里/絵津子/寿絵/揚羽といったメンツで出て行く。
 
正直今年のインターハイで鍵を握るのは絵津子ではないかと千里は思っていた。絵津子は元々凄く上手かったが、昨年夏に出会ってから、練習メニューを渡していたらそれをしっかりこなして技術を上げている。また彼女が属していた中学のバスケット同好会はほとんど試合を経験していないということだったので、コネのある中学のバスケ部Bチームとの試合をどんどんセッティングして試合経験を積ませた。
 
そしてN高校入学以来、強い選手に揉まれ、またインハイの地区予選・道予選、嵐山カップ、シニア大会、P高校との練習試合、と試合に出て本当に強い相手との対戦も経験した。
 
それで彼女は物凄く強くなってきている。また新入生の中で、彼女とソフィア・不二子の3人が似たような位置づけなので、その3人の間のライバル心も良い方向に働いているようだ。特に3人の中で今の所は最も下手なソフィアが物凄い勢いで絵津子と不二子を追い上げてきているので、ふたりとも追い抜かれまいと練習に熱が入っているのである。
 

それでこの試合も絵津子がひじょうに大きな活躍を見せた。パワーもスキルもある社会人選手たちを、ほとんどそのセンスと勘だけで交わしてボールを運んでいきシュートを撃つ。彼女は今の段階では経験が無いゆえによけいな固定観念無しで、素直に相手の意識が集中している側を見分けているのである。
 
試合中、ふと視線を感じて客席を見ると、P高校の猪瀬さんが凄い怖い顔で絵津子を見つめているのに気付いた。来年の新人戦道大会では、恐らく猪瀬さんと絵津子が対決することになる。
 
絵津子はこの試合前半で16得点もしてその成長をアピールしてくれた。彼女の活躍で前半を34対44で折り返す。
 
後半は絵津子・寿絵に替えて薫・暢子を出す。すると相手の疲れが出始めた所にふたりが競り合うように得点を重ねていく。最終的に62対96の大差で勝利した。
 

試合が終わり挨拶握手を交わした後で
 
「総合で見た時より更に強くなってる。インハイ頑張ってね」
と声を掛けてもらった。
 
「はい。頑張ります。また機会があったら手合わせしてください」
と暢子も笑顔で返事した。
 
N高校の次の時間帯で行われたP高校の試合。こちらの試合を見ていた佐藤さんや宮野さん、そして絵津子の活躍に刺激された猪瀬さんたちが物凄く頑張り、相手は強豪の教員チームではあったものの15点以上の点差で圧勝した。
 
残りの2校であるが、L女子高は札幌の大学生チームに10点差で敗れ、Z高校も室蘭の企業チームに当たって20点差で負けた。しかし松前さんは「今日負けたチームに次は勝てるくらい頑張るぞ!」と気勢を挙げていた。
 
「いや、ノノちゃんのあの超ポジティブ思考って、見習わないといけないかもと思うよ、私は」
と暢子が言う。
 
「彼女にちゃんと付いてきている部員たちも偉いと思う」
と千里はコメントしておいた。
 

さて2日目であるが、予定では高校生4チームは初日で敗退して2日目以降は登別で練習試合をするつもりだったのだが、N高校とP高校が勝ち残ってしまった。それで初日で負けたL女子高とZ高校は午前中に練習試合をすることにしたのだが、コートが余ってしまう。
 
するとその話を会場ロビーでたまたま聞いた、クロックタワー(N高校2回戦の対戦相手)および、そことつながりのある宗谷郡から参加したリングクロスというクラブチームが「空いてたら使わせて」ということで、空いているコートで練習試合をし、その後、組合せを替えてL女子高−クロックタワー、Z高校−リングクロス、L女子高−リングクロス、Z高校−クロックタワーという試合もすることになった。
 
結果的にはこの4チームでリーグ戦をする形になる。
 
一方室蘭ではこの日、男子の2回戦・準々決勝と女子の準々決勝が行われる。男子の2回戦が午前中に行われ、男女の準々決勝は午後からである。そこでN高校のメンバーは朝から軽い練習をした上で会場に入り、男子の試合を見学したり、休憩したりと、時間の過ごし方は各自に任せた。
 
ところが絵津子とソフィアは蘭・結里と誘い合って、トレーニングルームでたくさんシュート練習をやっていた。それを見た寿絵が
 
「あんたたち、試合前に疲れるほど練習してどうする?」
と言ったものの
 
「試合はまた頑張ります」
などとソフィアは言っていた。千里はその様子を見て微笑ましく思った。
 

準々決勝の相手は何と旭川のA大学である。久井奈さん、麻樹さん、蒔枝さんもベンチに入っている。麻樹さんは11月の総合ではN高校のメンバーとして戦ってくれたのだが、今回は敵にまわすことになる。
 
向こうはその3人を最初からコートに入れてきた。蒔枝さんが暢子、麻樹さんが千里、久井奈さんが雪子をマークする。
 
千里は対戦していて、OG3人が各々進化していることを感じた。麻樹さんは実は受験勉強中もずっと練習していたので充分スキルアップしているのだが、練習から遠ざかっていた久井奈さんも3月以降かなり練習したのだろう。勘を取り戻している。蒔枝さんは最後に一緒に練習した2年前からすると、かなりの進化だ。
 
それでも3人は千里・暢子・雪子の敵ではなかった。
 
向こうも進化しているだろうが、最近のN高校の進化ぷりは大きい。千里と暢子はトップエンデバー、雪子もブロックエンデバー、そして千里はU18の合宿まで経験して、更に最近強豪との試合もやっているしA大学の男子チームとの練習試合も経験して、本当に強くなっている。
 
5分で向こうはその3人を下げて、強そうな人たちが出てくる。
 

しかし千里も暢子も雪子も、その人たちに負けない戦いをした。加えて薫が女性ホルモンの影響でどうしても男性時代よりは衰えてしまった筋肉を何とか再構築して鍛え直しているので、瞬発力やスピードで女子大生選手たちを圧倒する。
 
「薫、去年の秋頃からすると体型が変わってる」
「触った時の感触も女の子だよね、完全に」
「まあそれで苦労してるんだけどね」
 
どんどん点差が開き、前半だけで32対44と10点以上の差ができる。こんなに点差が開いてしまうのは、N高校の千里にしても暢子にしても薫にしても、シュートの精度が良いのに対してA大学側はけっこう外しているというのが大きい。その後のリバウンド勝負は留実子と相手センターとで半々くらいに取っているのだが、そもそものシュートの確率が違うとどうしてもそれが点差に表れることになる。
 
第3ピリオドでは午前中に気合いが入りまくっていた絵津子・ソフィアを出す。すると絵津子はこの10分の間にひとりで10点も取り、ソフィアも6点取る。寿絵が外したシュートまでソフィアがリバウンドを取って自分で放り込む活躍を見せる。この1年生コンビの活躍で点差は更に広がる。
 
第4ピリオドでは夏恋・睦子・敦子といった面々を出したが、1年生の活躍に刺激を受けて3年生の彼女たちも負けじと頑張る。
 
最終的には58対102という、まさかのダブルスコアでの勝利となった。
 

「うちの男子チームといい勝負したと聞いてたから、女子高生相手に遊んであげてるのかと思ったら、それってマジ勝負だったみたいね」
 
と相手のキャプテンの人がほんとに感心するように言っていた。
 
「あんたら強ぇ〜。インターハイ優勝しなよ」
と蒔枝さんはむしろ嬉しそうに暢子たちに声を掛けた。
 
一方のP高校もやはり根室の女子大生チームに圧勝して準決勝に駒を進めた。
 

その日の夕方、千里と暢子は夕食前に宇田先生から呼ばれた。
 
「実は主催者から明日の準決勝は辞退してくれないかという打診があった」
と宇田先生は難しそうな顔で言った。
 
「え〜〜!?」
「どうしてですか?」
「本来は高校生はこの大会の参加資格が無いのをゲスト参加ということで認めたので、さすがに準決勝・決勝とかまで出られるのはちょっと、という話なんだよ」
 
暢子と千里は少し顔を見合わせる。
 
「私は構わないと思います。私たちは充分強い所と戦わせてもらいました。インハイ前の強化という目的も、薫に出場機会を与えるという目的も達したと思います。明日はL女子高・Z高校との練習試合をしましょう」
と千里は言った。
 
暢子はも
「まあ、充分楽しみましたしね。主催者さんがそう言うなら、ここで撤退してもいいんじゃないですか? その代わり来年も参加させて欲しいですね」
 
「うん。その点は僕も頼んだ。ここまで強いチームなら、来年も準々決勝までの限定で参加してもらうと盛り上がるのではと向こうも言ってくれた」
と宇田先生。
 
「ちょっとみんなには言いづらいけど」
と暢子が言うが
 
「もちろんそれは僕がみんなに言うよ」
と宇田先生は言った。
 

それで夕食の席で、宇田先生がみんなに明日の試合を辞退するということを話すと、一瞬重苦しいムードが流れる。特に1〜2年生は明日も勝つぞ!などと気勢を挙げていたので、不満そうな顔である。
 
しかし寿絵が
「戦わずして撤退ってのも、まるで最強みたいで格好いいんじゃない?」
というと
「それもひとつの美しい戦い方かも知れないですね」
と揚羽が言い、その後は
 
「Z高校との戦いもあの人たち凄い燃えるから楽しいしね」
「P高校と戦えるのも美味しい」
 
ということで、何とかみんなその方針を受け入れる雰囲気になってくれた。
 
「よし。今日は残念会で食べるぞ!」
とメグミが言うと
「明日本戦じゃなかったら、動けないくらい食べてもいいですよね?」
などという声もあがり、この後はけっこうみんなやけ食いで盛り上がった。
 

翌朝。
 
多くの子が「昨日さすがに食べ過ぎた」などと言い、朝ご飯はパスして早朝から登別総合体育館に出かける。練習試合は10時からの予定なのだが、N高校も他の3高校も登別に泊まっているし体育館自体は9時から使えるので、その9時にはみんな体育館に集まり、軽く練習をしていた。
 
ところがそこに主催者の人が焦ったような顔をして駆け込んできた。
 
「済みません。突然話が変わって申し訳ないのですが、やはりN高校さん、P高校さん、準決勝に出ていただけませんか?」
 
と言うのである。
 
「は?」
 

取り敢えず試合開始の時刻が迫っているので、主催者側が用意したバスに両校のメンバーが乗り込んだ。それから主催者さんの弁明を聞く。
 
昨日の夕方主催者としてはN高校・P高校に準決勝辞退のお願いをした。それで今日の午前中の女子の準決勝は2試合とも行わず、相手チームの不戦勝として処理することを決めて、今朝各々のチームに連絡した。
 
ところがそれを相手チームが両方とも拒否したらしい。
 
女子高生チームに辞退させるのであれば自分たちも準決勝を辞退すると通告したのである。そうなると、女子は準決勝に進出したBEST4のチームが全部辞退という異例の事態になる。それはさすがに大問題になり、主催者が処分を受けかねないということで、急遽トップの決断で女子高生チームにも準決勝に出場して欲しいという話になったのであった。
 
「みんな、やるよな?」
と暢子が言うと
「おぉ!」
という声が帰ってくる。P高校も佐藤さんが
 
「気合い入れ直して戦おう!」
と声を掛け
「頑張りましょう!」
という声があちこちからあがった。
 
なお突然対戦相手が居なくなったL女子高とZ高校であるが、取り敢えず千里が麻樹さんに連絡をしたところ、A大学チームが急遽代わりに登別での練習試合に出てくれることになった。A大学は昨日の試合が遅い時間帯だったので一泊した上で今日の午前中の便で帰るつもりでいたのである。
 
またA大学のキャプテンさんが連絡を取ってくれて、地元室蘭市内のクラブ・チーム《えーとも》が、この練習試合に参加してくれることになり、今日の登別での練習試合はL女子高・Z高校・えーとも・A大学の4者で行うことになった。
 
「ノノちゃんが夕方からでもいいから対戦しようと言ってる」
と千里が電話しながら暢子に言うと
 
「おお、やろうやろう」
と暢子も言うのでN高校は室蘭の試合が終わった後、また登別に行くことにする。そんな話をしていたらP高校の佐藤さんも
 
「その話、うちも乗った」
というので、この日は結局、登別では夕方から4高校のリーグ戦をするというハードなスケジュールが組まれることとなった。
 

試合開始は本当は9時半からの予定だったのだが、このごたごたの影響で女子の準決勝2試合は9:50スタートになった。
 
N高校の相手は12月の総合の決勝で当たった札幌の《ノース・ポプラーズ》である。何度もオールジャパンに出場している無茶苦茶強い所だ。12月に勝てたのは半分奇蹟のような面もある。しかも前回は向こうはこちらのことを全然知らなかったが、今度は相当の警戒心を持って当たってくるだろうし、千里のスリーにはしっかり対処してくるだろう。
 
しかしこちらは奇策を採ることなく、堂々と雪子/千里/薫/暢子/留実子というメンツで出て行った。
 
試合開始早々激しい戦いとなる。
 
前回は雪子が体格の良い相手選手に吹き飛ばされたりしていたのだが、今回はぶつかっても全然平気である。相手が強いチェックを掛けて来ても気合い負けせずに突っ込んで行くので、一度は雪子にしては珍しくチャージングを取られたりもしたが、それでも臆することなく対決していく。
 
千里には相手のエースの人がマークに付いたがU18合宿でF女子高の前田さんやQ女子高の鞠原さんにも決してひけを取らなかったことが千里の自信になっている。相手のマークを意識の隙や瞬発力を使って外しては、雪子や薫からボールをもらい、どんどんスリーを撃つ。
 
暢子も薫も相手の強いディフェンスにめげずに中に進入していく。
 
正直、対戦している感触はP高校やJ学園よりも上という感じもあるものの、それでもなぜか負ける気がしなかった。
 
前半終わって36対34と2点差である。
 

第3ピリオドでは、雪子・千里・暢子を休ませ、夏恋をポイントガードにしてソフィア・絵津子の1年生コンビを出す。夏恋を使うのは相手が体格の良い選手ばかりなので当たりの強さを取るからであるが、このピリオドでは怖い物知らずの1年生2人が若さでベテラン選手たちに対抗し、ふつう思いつかないような攻撃パターンで相手を翻弄する。それを見ていた雪子が「なるほどー!」と声を挙げたりする場面もあった。結果的にこのピリオドでこちらが逆転して52対54となる。
 
第4ピリオド、雪子・千里・暢子を戻し、ここまで頑張った薫は下げて寿絵で行く。逆転されて燃えた相手が激しい攻撃を仕掛けてくるものの、こういう展開になると、結局シュート精度の差が効いてくる。
 
千里・暢子がひじょうに高い確率でシュートを決めるのに対して、向こうのフォワードもシューターも、どうしても外すシュートが結構ある。その後のリバウンドでは留実子が体格では向こうのセンターより上回っていることもあり7割をこちらが取る感覚がある。
 
結果的にはそのあたりの差が出て、最終的には70対76でこちらが勝利した。
 

「リベンジに燃えたんだけどなあ」
「一度練習試合とかもしようよ」
 
と向こうは試合終了後、話していた。
 
同時刻に行われていたP高校と札幌の企業チームとの戦いも激戦であった。序盤企業チームがリードを奪ったものの、ハーフタイムにN高校がかなり良い勝負をしているのを見て、向こうの闘争心に火が点く。佐藤さんが、宮野さんが、猪瀬さんが、そして最後はたまらずとうとう投入した《最終兵器》伊香さんが頑張り、最後はその伊香さんのスリーが決まって1点差で辛勝した。
 
「今回この大会への参加は突然決めたからね。他都府県の偵察隊はきっと居ないという線に賭けることにした」
と佐藤さんは言っていた。
 
「でも伊香さんにも、インハイに向けて強い敵との勝負で凄くいい経験になったでしょ?」
と千里は言う。
「うん。それを(宮野)聖子が主張したから出すことにしたんだよ」
と佐藤さんも答えた。
 
そういう訳で、今年の道民大会女子の決勝は居並ぶ社会人チーム・大学生チームを倒したP高校とN高校という女子高生チーム同士で争われることになったのである。
 

 
男子の準決勝を経て13:00から女子の決勝が始まる。
 
この試合、P高校はその伊香さんを最初からコートに入れた。但し彼女には《スリーを撃たせない》という方針を採った。あくまで強い相手とのマッチングに慣らそうという魂胆である。シュートを撃つのもスリーポイントラインより内側から撃たせるようにした。
 
それでも彼女の存在はなかなか強烈である。
 
千里は佐藤さんとマッチアップするので、伊香さんのマッチアップは夏恋にさせたが、向こうとしてもマークの上手い夏恋と対峙させることで伊香さんには良い経験になっているようである。
 
第2ピリオド、こちらも午前中の準決勝で活躍した1年生2人を投入する。絵津子に伊香さんとのマッチアップをさせたのだが、伊香さんは先のピリオドで対決した夏恋とは全く違うタイプのマークのされ方に戸惑っている。夏恋がハードタイプなら絵津子はソフトタイプなので、抜けそうと思って突っ込んではボールを盗られるというのを、最初かなりやられる。しかしそれで慎重さが増したようでピリオド後半には、抜けなくても盗られはしないプレイができるようになる。本当は彼女の場合、抜けなかったらシュートを撃つという選択肢があるので、こちらとしては8月以降は怖い存在だ。相手の強化に協力しつつこちらも伊香さんへの対処法をいろいろ考える。
 
第3ピリオドでは敦子・睦子・蘭といった付近を出す。向こうも1.5軍付近の子たちを出して来て、各々スターター枠を目指してアピールしようと頑張り、試合は熱くなっていく。
 
最終ピリオドではどちらもベストメンバーに戻して、激しい戦いが更に続く。両校の対決に、ここまで敗れた社会人チームや大学生チームの人たちの熱い視線が降り注ぐ。試合はずっとシーソーゲームが続いたが、残り2分になってから、P高校が最後の力を振り絞って猛攻・猛プレスを掛け、一度6点差にまで開く。しかしその後N高校も必死の反撃をして千里のスリーで何とか逆転したものの、残り5秒から速攻で佐藤さんがブザービーターを決め再逆転に成功。
 
結局88対87でP高校が勝利した。
 
試合が終わった後、客席から思わず拍手の嵐が起きたほど熱い試合であった。どちらも体力・気力を使い果たし、挨拶を交わした後、ベンチから立ち上がれない選手が両軍ともかなり居た。
 

男子の決勝を経て、16時からまず女子の表彰式が行われ、優勝・準優勝・3位(2チーム)が表彰される。暢子は準優勝の賞状を受け取り、佐藤さんおよび3位になった2チームのキャプテンと堅い握手を交わした。
 
今回N高校のゲスト参加を認めてもらったのは、表には出していないが薫の性別問題が発端だったのだが、来年からは適当な大会の上位校に正式に出場を認めることにするかも、という話も出てきているようであった。
 
女子の表彰式の後は16時半からは男子Bの表彰式が行われるようであったが、P高校もN高校もそれは見ずに登別に移動した。これから4校リーグ戦をするのである。
 
P高校・N高校は室蘭で準決勝・決勝と激しい試合をして疲れている。一方のL女子高・Z高校は、今日はA大学および室蘭のクラブチームとのリーグ戦で10時から15時すぎまで3試合やっている。どちらも疲れているが、再度気合いを入れ直して、再びリーグ戦に臨んだ。試合は次のように進めた。
 
17:00-18:15 L-Z N-P
18:15-19:30 L-P Z-N
19:30-20:45 L-N Z-P
 
最初の時間帯のN高校−P高校戦だが、さっきその組合せで激闘をしたばかりなので、この試合は主力を外して1.5軍戦をすることにした。するとL女子−Z高校の方も午前中に一度やってるしということで、そちらも1.5軍戦にすることにした。それでこの試合はTOチームで来ている子たちをベンチに入れて代わりに主力がTOをした。暢子・千里・薫・寿絵でL−Z戦のスコアラーや24秒計係をして(審判はP高校の高田コーチ)、溝口・藤崎・登山・工藤でN−P戦の管理をした(審判はZ高校の尾白先生)。
 
第2戦はこの日のリーグ戦のいわばメイン・イベントだ。L女子高−P高校、Z高校−N高校ともに、お互いトップチームが出て、激しい戦いになる。
 
(L−Pの審判は南野コーチでZ高校のTOチーム、Z−Nの審判は瑞穂先生でP高校のTOチーム)
 
非公開で行っている気安さから、P高校は伊香さんにどんどんスリーを撃たせたし、L女子高も風谷さんを長時間出して対抗する。お互いの秘密兵器同士の戦いになった。試合は結構良い勝負になったが、最後はP高校が底力を見せて70対64でL女子高を振り切った。
 
N高校とZ高校の試合は、N高校相手だととにかく燃えるZ高校の面々が今日5試合目だというのにその疲れを見せない元気の良さで序盤、猛攻をしてくる。一時は15点差を付けられるが、こちらは体力の残っている1−2年生を積極的に起用して追いすがる。結局前半が終わった所で5点差まで詰め寄った。
 
後半は千里・暢子・薫が気力を振り絞って相手に対抗していく。お互い体力はもう尽きている状態で、本当に気力だけの勝負になる。さすがの千里も疲れてスリーの精度が落ちるが、後半投入したリリカが何とか体力が残っているので頑張ってリバウンドを取ってくれて、逆転に成功。最後は4点差で逃げ切った。
 
しかし試合が終わった後は全員疲れ果てて、床に伸びている子たち多数であった。
 
「男の目が無いところでないと、なかなかここまでできないね」
「男性の監督も若干居るけど」
「おじいさんはもう中性ということで」
 
という声があって、おじいさんに分類されてしまった宇田先生は苦笑していた。
 

最後の時間帯、L女子高はこの試合が事実上の高校ラスト・ファイトになる3年生中心のチームで出た。それでN高校もメグミ/敦子/寿絵/薫/睦子と3年生のみによるスターターで出て行った。
 
お互いに今日はもうくたくたに疲れているのだが、昨年6月以来日常的に夕方からの練習試合でたくさん対戦している相手だけに、結構和気藹々の雰囲気になっていく。途中で審判をしていたZ高校の尾白先生が「君たち、闘争心が無くなってる」と笑いながら言うほどの試合であった。
 
一方のZ高校−P高校の試合は激しい戦いになる。Z高校のメンツは今N高校と激戦を戦い、一時は床に伸びている子も居たのに、また気合いを入れ直して闘志を燃やして戦う。その闘志に敬意を表してP高校も主力が全力で戦う。佐藤さんや宮野さんは本当にクタクタに疲れているはずだが、松前さんたちとの対決に気力を振り絞っていた。
 
こちらの審判はN高校の宇田先生が務めていたが、激しい戦いに体力不足で付いていけない感じになったので後半は南野コーチに交代した(南野コーチは第2戦でも審判として40分走り回っている)。
 
「宇田先生、鍛錬不足ですよ」
とP高校の十勝先生に指摘されるので
「十勝さん、審判します?」
と言ったら向こうは笑っていた。さすがに60歳を越えるP高校の十勝監督・狩屋コーチには激しく体力を使う審判はさせられない。
 
最終的には20点差でP高校が勝ったものの選手たちも全員体力・精神力を使い切った感じであった(南野コーチもかなりバテていた)。
 

21時までに撤収しなければならないので、体力の残っている子たちを中心にみんなで用具の片付けと掃除をきちんとする。
 
それで全員で登別市内の焼肉屋さんに入り、合同の打ち上げをした。
 
修学旅行を振り替えてこちらに参加したZ高校の3年生たちは
「東京ディズニーランド楽しみにしてたけど、結果的にはこちらの方が楽しかったかも」
「やはり社会人とか大学生とかとやるのは凄い興奮した」
「最後にP高校と激戦したの、気持ち良かった!」
 
などと言っていた。Z高校の3年生の半数は今回の大会を最後に引退する。松前さんを含む何人かはウィンターカップまで頑張る予定らしい。
 

22時すぎに各々の宿に戻ったが、N高校のメンバーはみんな疲れ果ててお風呂にも入らずに爆睡した子が多かったようで、朝になってから起き出して温泉に入り、この3日間の疲れを癒やした。
 
「ところでソフィアの成長が凄いと思わない?」
とふたりだけの時、暢子は千里に訊いた。
「思う。短期間にここまで強くなるとは思わなかった。インハイ本戦に出したい気分」
と千里も答える。
「でもさ、ソフィアを本戦に出す場合、誰を外す?」
「うーん・・・」
「紙に書いてみようか?」
「うん」
 
ということでふたりとも紙に名前を書く。そして見せ合う。
 
それは一致していた。
 
「でもちょっと可哀想だよね」
「うん。2年連続マネージャー参加というのはね」
 
ふたりはその紙を部屋の灰皿のところで燃やしてしまった。
 

22日は朝ご飯をゆっくり食べてから、多くの子が再度温泉に入って疲れた筋肉を揉みほぐした上で10時すぎにバスに乗り込み帰途に就く。バスの中ではみんな熟睡していた。途中札幌で昼食を取った上で旭川には15時頃着いた。
 
練習は休みということにして解散したのだが、千里・暢子・雪子・薫・揚羽・絵津子・ソフィア・夏恋・睦子・敦子といった面々は黙って朱雀に入った。
 
「なんであんたたちここに来たのさ?」
「ちょっと忘れ物」
「私もです」
 
そういう訳で10人は勝手に練習を始めた。ちょうど5人・5人になれるので
 
雪子/千里/薫/暢子/揚羽
敦子/ソフィア/絵津子/夏恋/睦子
 
と組み分けして、試合形式で練習する。この3日間とても強い所とたくさん試合をして、みんな気持ちが高揚している。激しい戦いになる。練習のはずなのに、雪子も絵津子もけっこうなトリックプレイをして相手を翻弄する。
 
1時間くらいそれで対決してから、お互いに今の戦いや最近の幾つかの試合でのプレイの検討をする。「こういう場面はどうすべきか」というので、場面を再現してみんなで合議する。
 
するとそこに南野コーチが入って来た。
 
「私も混ぜてよ」
「いらしたんですか!」
 
「本当はこういう練習する時は学校関係者がいないといけないんだけどね」
「すみませーん!」
「まあ誰も居ないよりはマシかなと思って見てたよ」
 
南野コーチはN高校の講師の肩書きで教諭ではないので、本当は管理者にはなれないのだが、宇田先生がかなり疲れていたようだったので声を掛けずに自分が残ってくれたのだろう。
 
それで南野コーチも入って、各々の場面の対処法を検討する。
 
特に大学生チームは結構複雑なコンビネーション・プレイを仕掛けて来て、現場では何をされたか分からなかったという意見もあったので、一応相手のプレイを把握していた雪子や千里が中心になって解析する。それでこういう場面はこう動けば相手の自由にはできないという対処例を南野コーチが教えてくれる。こういう検討会が結局2時間ほど続いた。
 
17時すぎ、千里はそれまで特にひどく疲れている気がしなかったのに突然物凄いパワーを奪われるような感覚を覚えた。異変に気付いた暢子が
 
「千里、どうした?」
と尋ねる。
 
「分からない。何か急に体力が奪われていく感じで」
「風邪でも引いた?」
 
「この時期に風邪引くのはやばいね。千里ちゃんすぐ帰って休みなさい」
と南野コーチが言うので、千里は素直に帰ることにした。
 

ところが帰宅するのに旭川駅まで来たら、そこに唐突に佳穂さんが姿を現した。
 
「千里ちゃん、ちょっと出羽まで来てくれる?」
「えっと、いつですか?」
「今から」
「え〜〜!?」
 
それで叔母には
「ちょっと突然呼び出しがあったので」
と告げて千里はそのまま18時のスーパーカムイ46号に乗り込む。19:20に札幌に着き、19:29のスーパー北斗22号に乗って22:43に函館の五稜郭駅に着く。途中東室蘭を過ぎたあたりで、千里は突然体力が回復するのを感じた。
 
五稜郭駅からタクシーでフェリーターミナルに移動して23:20の青函フェリーに飛び乗り、青森港に3:05に到着する。千里はフェリーの中でひたすら寝ていた。フェリーを降りると、以前にも会った鶴岡の霊能者・瀬高さんが愛車RX-7で待ってくれている。
 
「わざわざ来てくださったんですか!ありがとうございます!」
「うん。深夜のドライブ楽しんだだけ。行くよ」
 

ということで千里は彼女の車の助手席に乗り込む。瀬高さんは夜中だというのをいいことに随分飛ばした。
 
「高速って、自動取り締まり装置とかがあるんじゃないんですか?」
「ORBISね。東北地方の高速のORBISは、どこにあるかは全部頭の中に入っているから大丈夫よ」
「えー!?」
 
そのあとしばらく千里はけっこうな恐怖を味わうことになる。トラックがトラックを追い越している最中で走行車線・追越車線の双方がふさがっている所を路側帯を使って一気に抜いたりする。
 
「危ないですよ!」
「平気、平気。ぶつけたことは2〜3度しか無いから」
「ぶつけたんですか!?」
「うん。でも死ななかったよ。一度防護壁に激突した時はさすがに死んだ!と思ったんだけど卵巣が片方潰れて摘出されただけで済んだし」
 
「それ無茶苦茶重傷なのでは?」
「いや、卵巣摘出されたら、女じゃなくなって、このまま男に性転換しなきゃいけないかと思ったけど、もう片方の卵巣は無事みたいだし、生理も2ヶ月に1度になるかと思ったらちゃんと毎月来てるし」
 
「それ生きてたことを感謝しないといけないレベルという気がしますよ」
「私たちってやっぱ出羽の人たちの守護があるから簡単には死なないんじゃないかなあ」
「出羽の人の姿を見たんですか?」
「うん。手術されていた時に佳穂さんが出てきて『1度だけだよ』と言ってた気がするのよね。どういう意味だろ?」
「それってやはり本当は死んでいたんだと思います」
 
それで1時間半近く走っていた時、突然RX-7が追い越し車線に移動する。前後には車は居ない。あれ?何だろう?と思っていたらすぐに車は元の走行車線に戻る。
 
「今のは障害物でも避けたんですか?」
と千里が訊くと
「ごめん、ごめん。瞬眠」
と瀬高さん。
「もしかして寝てたとか?」
「うん」
「休みましょうよぉ!」
 
しかし瀬高さんは朝までには鶴岡に戻らないと仕事があるなどと言う。
 
「でも事故起こしたらやばいですよ」
「そうだなあ」
と瀬高さんは運転しながら考えていたが、ふと気付いたように言う。
 
「分かった!村山さんが運転すればいいんだよ」
「えーー?でも私、免許持ってません」
「だけど運転できるんでしょ?村山さんって、前回の時も思ったけど、車が次にどういう動きをするかをちゃんと把握して助手席で身体の重心移動とかもしてるんだよね。それって運転の経験のない人には出来ないと思う。マニュアル車は運転したことある?」
「あ、えっとRX-8を一度」
「なんだ! このシリーズ運転したことあるなら全然問題無いじゃん。運転してよ」
 
そう言って瀬高さんはちょうど見えてきた花巻PAに入れて駐めるとトイレに行ってくる。千里も一緒にトイレに行くが出てくると瀬高さんは助手席に座って「よろしくー」と言う。
 
それで千里もやれやれと思い、RX-7の運転席に座る。エンジンを掛けローに入れ半クラで発進する。その後ギアをセカンド、サードに切り替えていく。昨年宮崎でたくさん練習したので、しばらくやっていなかったものの身体が覚えていてスムーズに操作できた。PAを出て加速車線に入る。ウィンカーを出してから後方を目視確認し、加速して本線に合流する。
 
「うまいじゃん。やはりかなり乗ってるね」
「えー?そんなに乗ってませんよー」
 
それで千里が100km/hで走っていると、
「なんでこんなにゆっくり走ってるの?150くらいまで速度上げよう」
などと瀬高さんが言う。
 
「ここは100km/hの道だと思いますけど」
「それは最低速度だよ。100と書いてあったら150か160出すんだよ」
「それ、どこか外国のルールでは?」
「こんな夜中に警官なんか居ないって」
 
瀬高さんは煽るのだが、千里は冷静にちゃんと制限速度で走って行く。瀬高さんも、まあいいかという感じであとはおしゃべりに付き合ってくれる。
 
やがて北上JCTで横手方面に分岐する。
 
「あれ?この道知ってた?」
「いえ。通るのは初めてですけど」
 
前回は庄内空港から出羽に連れて行ってもらったので、この付近は通っていない。
 
「よく分岐できたね。私、連絡道路部分に入ってから、あ、分岐してと言うの忘れてたと思った」
「こちらに分岐するんだと思ったから進行しましたけど」
「あんた、めったに道に迷わないでしょ?」
「あ、それは言われたことあります。私が道に迷う時は、迷うこと自体に意味があるんだって、中学の時に巫女してた神社の神職さんが言ってました」
 
「ああ、分かる分かる」
 
その内瀬高さんが寝てしまったので千里も30分くらい運転した後《こうちゃん》に頼んで意識を眠らせる。それで『そろそろ起きて』と言われたので覚醒して表示を見るとちょうど須川ICを通り過ぎるところであった。ほんの2−3分で自動車道の終点だ。ICを降りてすぐのところのコンビニに入れていったん休憩する。
 
「ありがとう。結構眠れたよ。この先は私が運転するよ」
と瀬高さんが言う。それでお任せして千里は助手席に乗る。車が発進する。
 
「あとどのくらい掛かりますかね?」
「あと90kmくらいだから1時間かな」
「一般道ですよ!」
「平気平気」
 
などと言っていた時、後ろからかなりの速度を出した軽が来て千里たちのRX-7に異様に接近して走る。
 
「こんなに車間距離取らずに運転したら危ないのに」
「煽ってるんだけどね」
「ああ、これが煽るという奴ですか」
 
スピードを出すのが好きな瀬高さんだが、煽るような車を後ろには置いておきたくないと言って、脇に寄せて停め、先にその軽を行かせる。
 
「遠くまで行く車とも思えないし」
「ですね」
「でもまあ、町中は控えめに行くか」
などと言って制限速度+10くらいの速度で走って行っていたら、今自分たちを抜いていった軽が停まっている。何気なく追い抜きながら千里がそちらを見たら、警官が運転席の窓の所に立っていて何かやりとりしているようだった。パトカーも1台脇道に停まっていた。
 
「なんでしょう?道でも聞いていたんでしょうか?」
「いや、ネズミ取りで捕まったんだと思う」
「あらら」
「私たちはスピード出してなくて良かったかもねー。私ももう一度スピード違反でつかまるとまた免停くらう所だった」
「交通法規守りましょうよぉ」
 

瀬高さんはやはり取り締まりを見たせいか、その後はあまり無理な速度は出さずに走る。しかしまだ眠そうな感じだったので、千里が「代わりますから少し寝てて下さい」と言って、新庄から先は千里が運転。出羽山には7:10ころ到着した。瀬高さんは千里に「じゃねー。また運転させてあげるよ」などと言って帰って行った。
 
もうすっかり明るくなっているので、まずは三神合祭殿でお参りをする。ここに来たのは昨年8月14日以来である。千里は確信を持って遊歩道方面に行く。蜂子神社と厳島神社が並んでいる。
 
今日の美鳳さんは、その厳島神社の中で女性神職の衣装を着ていた。
 
「あんた脇が甘すぎるんだよ。そんなに簡単に人に物を貸したらダメじゃん」
といきなり叱られる。
 
「すみません。私、何か悪いことしましたでしょうか?」
 
「羽衣さんのお弟子さんにパワーを貸したでしょ?」
「羽衣??」
 
「まあ、いいや。そのチャンネル、こちらで閉じようかと思ったんだけどさ、その子があんたの力を又貸しした相手が、思わぬ人物で、私もびっくりしちゃってね」
「はい?」
 
千里はさっぱり話が見えない。
 
「結果的にあんたは自分にパワーを貸すようなものだから、このままにしておこうかと。ただ、あんた昨夜は唐突にパワーを取られたでしょ?」
「なんか突然力が入らなくなりました」
 
「試合中とかにそれ起きると困るよね?」
「困ります!」
 
「だから対処法を教えてあげようと思ってね。この字を覚えて」
 
と言って美鳳さんは何だか難しい字を墨で書いてみせた。
 
「梵字ですか?」
「そうそう。ちょっと筆と紙を貸すからここで練習しなさい」
 
それで練習するのだが、なかなか難しい。複雑な形をしているのでバランス良くその文字を書くのにかなり苦労した。結局1時間ほど掛けて200回くらい書いて、やっと合格をもらった。
 
「この文字を左手に書いたら、消えるまで2−3日の間はパワー取られないから」
「インハイの間はこれ書いておきます。でもこれ、もしかして墨で書かないといけないんですか?」
「筆ペンでいいよ。あ、これあげる」
 
と言って美鳳さんは千里に筆ペンを1本くれた。
千里はそれで試しに左手掌に封印の梵字を書いてみる。
 
「これ凄く書きやすい!」
「普段使いにしてもいいよ。むしろその方が無くしたりしないでしょ。インクが切れたら呉竹の補充インク入れればいいから」
「呉竹製なんですか!?」
「佳穂が内職で作ったんだけどね。筆先は呉竹の筆ペンをバラして使ったから結果的に呉竹のインクが使える」
「それは便利ですね」
 
千里が筆ペンを筆箱にしまうと、美鳳は更に言った。
 
「その筆ペンはたぶん3年ほど千里の所に留まると思うから」
「私、落とすか忘れるかするんでしょうか?」
「誰かがちょうだいと言うんだよね。そしたらあげるといい」
 
「これあげちゃったら封印はどうしましょうか?」
「その頃は、千里はこんな梵字とか使わなくても、ちゃんと封印できるようになっているよ」
 
と美鳳さんは笑顔で言った。
 

「あ、そうそう。大会で疲れてるでしょ。湯殿山の温泉に入って行きなよ」
と美鳳さんが言う。
 
「でも私、練習に戻らなきゃ」
「その辺はどうにでもするから」
 
と言われてふと気がつくと、千里は湯殿山奥の院のご神体前に居る。それでご神体に登拝したあと温泉に浸かる。山駆けした後はいつもこの温泉に入って疲れを癒やしているので、何だか「いつものパターン」という気がしてきた。それで目をつぶって湯の暖かさをむさぼり、腕や足の筋肉をもみほぐしていく。
 
のんびりと20分浸かっていたであろうか。いつもはここに浸かっているうちにいつの間にか自宅に戻っているんだよなと思ったら、なんだか自分が自宅に居る気がしてきた。
 
え?
 
と思って目を開けると本当に自宅に居る。
 
うっそー。なんで?
 
と自問したら《きーちゃん》が
『ご主人様のサービスだよ』
と言う。それで千里は出羽の方を向いて深くお辞儀をした。
 

時刻も戻されているようでまだ7時くらいである。後で適当に調整するのであろう。取り敢えず荷物を確認する。
 
室蘭遠征で持って行っていたスポーツバッグと旅行バッグはある。中の着替えを出す。洗濯しなくちゃ。旅行バッグの中のパソコンを取り出して充電するのにコンセントにつなぐ。五線紙の枚数が少なくなっているので補充する。
 
あ、でも服着なくちゃ!
 
ちょっと鏡に自分の身体を映してみる。鍛え上げているので、腕や足は割と太いけど、ウェストはくびれている。胸には豊かな膨らみがあり、お股の所には茂みがあって、その茂みの中には左右の肉が合わさって作るゲートがある。千里はそのゲートの中に指を入れて、中に隠れているものを確認して行った。
 
えへへ。私、やはり女の子だよね?
 
ここに1年くらい前まではおちんちんが付いてたんだよなあ、というのを考えると何だか不思議な気分になった。
 
あんなの無くなって良かった!
 
付いてることが物凄いコンプレックスだったもんなあと思う。薫はまだおちんちんあるんだろうか。まだ付けてるなら、さっさと取っちゃえばいいのに。でも昭ちゃんは高校出てから再度自分の性別についてよく考えた方がいいと思うなあ。あれ川南や蘭たちに煽られている部分も大きいもん。
 
でも性別なんて自分で好きに選べたらいいのになというのも考える。小学4年生くらいになる時、男でも女でも好きな方になれることにして、おちんちん要らない子は取ってもらって、欲しい子には付けてあげれば世の中随分うまく行かないだろうか。
 
でもそもそもなんで世の中には女の子になりたい男の子と、男の子になりたい女の子がいるんだろうね・・・・
 
などと考えていた時、突然ふすまが開いた。
 

「あれ? 千里戻ってたの?」
「うん」
と言って千里は裸のまま、叔母の方を向いた。
 
「何裸で立ってるの?」
「うん。私、いい女だなあと思って鏡見てた」
「ああ、あんた少しナルシシストな面あるよね」
「女の子になりたい男の子には割とナルシシストは多いよね」
と言って千里は微笑む。
 
「だけどあんたはもう女の子になっちゃったんだね」
「うん。おちんちんはもう無いし」
 
「あんたさ、貴司君には自分のおちんちん見せたことあるの?」
「一度も見せてないよ」
「でも多分、女の子の身体になる前からセックスしてるよね?」
「うん。最初の頃はスマタでやってたんだよ」
「その時、おちんちん見られない訳?」
「うん。テクニックがあるんだよね」
「今はヴァギナでしてるんでしょ?」
「もちろん。でも彼、違いがよく分からないみたい」
「ああ。男の人は逝けたらいいんだよ。基本的には」
「そんな気がする」
 

「いつまでも裸じゃ風邪引くよ」
と言われて服を着、美輪子が作ってくれた朝ご飯を頂く。
 
「あれ?鮭が2切れある」
「つい、千里の分まで焼いちゃったんだよ」
 
「御飯も3合炊いてある」
「千里の分まで以下同文」
 
「おばちゃん、私が高校卒業したら御飯が余って困るね」
「あんたが大会とかで出てる時も、しばしばやっちゃうんだよねー」
 
「私が出て行ったら、すぐ結婚しちゃいなよ」
「そうだなあ」
 
「さっさと結婚しないと、うちのお母ちゃんが、旭川で就職する玲羅をよろしくなんて言い出しかねないし」
「私はそれでも構わないけど」
 
「おばちゃん、ゆっくりしすぎだもん」
「うん」
 
と言って美輪子は少し考えるようにしていた。
 

千里がその日練習に出ていくと
「大丈夫?」
と訊かれるが
「もう治りました」
と言って、元気にプレイする。
 
「千里、昨日よりまた進化した気がする」
と暢子から言われる。
 
ああ。出羽の気に触れたからかもと千里は思った。あそこはやはり凄いエネルギー・スポットだ。
 
「ちょっと出羽まで行ってきたからかも」
「でわ?どこ?」
「山形県かな」
「いつ行ったの?」
「昨夜。昨日あのあと帰ろうとしてたら緊急に呼び出されちゃってさ」
「ああ、千里ってよくあちこち呼び出されてるみたいね」
「深夜の青函フェリーで津軽海峡越えて、行ってきたよ」
「よく体力あるなあ」
「そのショックで体調も良くなったみたい」
「私も風邪の引きかけに10km走ったら治ったことあるな」
と暢子。
「なんか凄いですね」
とソフィアが感心したように言うが
 
「この子たちは異常だから真似しないように」
と南野コーチが釘を刺しておいた。
 
 
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【女の子たちの開幕前夜】(2)