【女の子たちのインターハイ・高2編】(1)

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2007年のインターハイ・バスケットは佐賀県唐津市で行われていた。千里たち旭川N高校の女子部員たちは試合に出ない部員を含めて全員で21日から26日まで合宿をした上で、7月27日に唐津に移動。28日に開会式を迎えた。
 
そして7月29日(日)。いよいよ今日から試合開始である。千里たち旭川N高校の試合は第四試合(14:30-)なので、午前中は唐津市内のお寺に入り、座禅をしたが、居眠りする子続出であった。
 
「今日は練習しないんですか?」
と睦子が言う。
 
「試合前に疲れても仕方無いから」
と久井奈さんは答えるが
 
「私朝から敦子誘って10kmジョギングしてきたのに」
と睦子は言う。
 
「あんたタフだね!」
「それで敦子は座禅にも出て来ずにホテルで寝てたのか」
 
南野コーチが笑顔だ。コーチがいちばん睦子に期待しているのはこういう積極的な姿勢である。おそらく最初は「相棒」の夏恋を誘ったのだろうが、ベンチ枠に入っている夏恋はさすがに試合前に疲れるのを避けたのだろう。
 
「ホテルで寝るかお寺で寝るかの違いかな」
「座禅はちゃんと起きてたのは千里くらいかも」
 
「私も90%くらい寝てたよ」
「ほほぉ」
 

お昼は中華料理店で食べた。
 
バイキングではないのだが、お代わり自由と言ったら、酢豚とか青椒肉絲とかお肉料理をたくさんお代わりしているテーブルがあった。
 
「あんたたち食べ過ぎて身体が動かなかったら罰金だからね」
と南野コーチに言われていた。
 
「大丈夫です。1時間あればお腹はこなれます」
「私、控室で横になってようかな」
「ああ。確かに横になっている方が消化にはよいらしい」
「でも眠っちゃうと消化不良になる」
「音楽聴いてようかな」
「私、音楽聴いてたら眠る」
 
南野コーチは何人か居る偏食の強い子にも声を掛ける。
「穂礼ちゃん、ちゃんと食べられてる?」
 
「食べられないのは、全部久井奈の皿に移してますから大丈夫です」
と穂礼。
 
「まあ中華料理は和食よりは穂礼も食べられる率が高いだろ?」
と久井奈。
 
「山菜系がダメだし、キノコがダメだし、シソがダメだし」
「キクラゲは久井奈にプレゼント。ザーサイも」
「キクラゲ美味しいのに」
「でも中華料理は油もラードとかだから結構いけます。私、オリーブ油が苦手だから、フレンチとかイタリアンも苦手なんですよね」
「ああ、オリーブオイル苦手な人は結構いるみたいね」
 

「でもラードを使った料理はイスラム教徒は食べられないんでしょ?」
「そうそう。イスラム教徒は豚を食べないから。インドネシアで災害が起きた時に、うっかり普通のカップ麺を送っちゃったら、折角送ってくれたのに申し訳ないけど・・・と言われたらしい」
 
「やはりそれはこちらの配慮が足りないよね」
「うん。ちゃんとラードを使わずに作ったタイプもあるから、それを送れば良かったんだけどね」
 
「牛を食べないのはどこだっけ?」
「ヒンズー教徒」
 
「でも理由が逆だよね。イスラム教徒は豚が不浄だから食べない。ヒンズー教徒は牛が神聖だから食べない」
 
「他にユダヤ教では『母の乳で子を煮てはならない』というので、乳製品と肉を一緒に食べるのが禁止」
 
「日本でも競馬関係者は馬肉を食べないらしいですね」
「ああ、食べたくないだろうね」
「博多では山笠の期間中、キュウリを食べない」
「なんで〜?」
「キュウリの断面が櫛田神社の紋と似てるから」
「へー!」
 
「期間限定というなら厳格なキリスト教徒は謝肉祭から復活祭までの四旬節の間はお肉を食べない」
「元々は曜日によってお肉を食べていい日と食べてはいけない日があったみたいですね」
「うん。今でもそれを守っている人たちもいるよ。水曜日と金曜日はお肉禁止」
 
「中国はわりとその手の禁忌が少ないですよね」
「中国は四本足の物は机以外何でも食べるというし」
「何でも食べないと生きてこられなかったんだと思うよ。あの国土にしては異様に多い人口を抱えているし」
 
「そうそう。料理店では宦官に卵料理を出してはいけなかったらしい」
「なんで?」
「生殖能力を放棄した人に、生殖の象徴である卵を出すのは失礼だという話」
「でも宦官って分かるんですか?」
「昔は身分毎の服装が細かく決められているから、見れば分かったんじゃない?」
「ああ、そうかも」
 
「千里は普通にウズラの卵を食べてるな」
と久井奈さんが言う。
 
「そんなの気にしたこと無い」
と千里は唐突に話がこちらに飛んできて苦笑する。
 
「千里はむしろ卵が好きだよね」
と留実子が言う。
 
「うん。小学生の頃、卵を食べたら女の子になっちゃった男の子の話というのを読んで、女の子になれるようにたくさん卵を食べるようになった」
「なるほどー」
 
「卵を産むのはメスだから、メスと同一化するという象徴かな」
と穂礼がコメントした。
 

食事をした中華料理店は唐津駅のそばだったのだが、わざわざそこから大手口のバスセンターまで腹ごなしに歩き、そこから会場へバスで移動した。(本当は唐津駅からもバスに乗れる) 
少し散歩したので、少し食べ過ぎた子も、結構いい感じになったようである。でも会場の控室で横になっている子もいた。
 

「試合は1時間後だからね。各自体調を万全にすること。水分は充分取らないといけないけど、取り過ぎて試合中にトイレに行きたくなったりしないように。それからコーヒー・コーラはカフェインが入っていて、興奮剤の摂取とみなされる可能性があるから控えて」
 
と南野コーチから注意があったが、暢子や久井奈さんなど数人は話を聞く前に既に寝ていた。
 
やはり夏は体力の消耗が激しい。
 
「千里は何してんの?」
「神経の99%くらいを眠らせている」
「ふむふむ」
「やはり寝てるのか」
 
「勝てるかなあ」
などと寿絵は不安そうに言う。
 
「勝てると信じることが大事。不安は自滅を招くだけ。でも絶対勝つぞ!とか思うのも良くない。試合に臨む場合、平常心が大事なんだよ」
と千里は言う。
 
「そのあたりのコントロールが私、へたなんだよね」
「久井奈さんはそのあたりがうまいよね」
「うんうん。見習わなくちゃとは思うんだけど」
 

 
初日の対戦相手は島根県のK高校である。
 
K高校については偵察隊の情報があるので、事前に説明されていた。
 
「ここは運動部強くて男子の野球部やサッカー部も全国大会の常連なんだけど進学校でもあるんだよね。だから学校の雰囲気はうちと似ていると思う。インターハイに3年ぶりに出て来たというのもうちと事情が似ている」
 
「3年ぶりに出て来たということは卓越した選手がいるんですね?」
「うん。星島君という2年生が凄いというのが偵察隊からの情報」
「へー」
「ポイントガードなんだけど、島根県大会の決勝戦ではひとりで50得点してる」
「すげー」
 
「フォワードにシュートさせるんじゃなくて自らどんどんシュートしちゃうんだ?」
「ポイントフォワードってやつですね」
 
「逆にそういう選手で成り立っているチームって、その選手さえ抑えれば何とかなるのでは?」
「決勝戦では相手チームは選手交代させながら常に2人でダブルチームしていたけど、簡単に振り切られていたらしい。要するに凄まじいスタミナとスピードがあるんだよ。この選手」
 
「女子でそこまでスタミナあるって凄いですね」
「女だてらに小さい頃から地引き網引いてたらしい」
「わあ、そういう系統か」
 
「だったら漁師の娘の千里に任せた」
「私体力無いよぉ」
「シャトルラン130なんて、とんでもない数値出した人が何を言う」
 

両者整列して笑顔で握手をする。そしてスターティングファイブが散るとみんな引き締まった顔持ちになる。宇田先生はこの試合の先発を、久井奈・千里・暢子・夏恋・揚羽にした。ティップオフは揚羽が勝ってボールを久井奈さんが取り、そのまま攻め上がる。向こうはマンツーマンだが、相手の中心選手・星島さんは長身の暢子をマークしている。暢子は背も高いしオーラも強いので、いちばん警戒すべき相手と考えたのだろう。それで向こうがこちらを全然研究していないことが想像できた。
 
当然千里にパスする。即撃つ。きれいに決まって3点。N高が先制して試合は始まった。
 

向こうは星島さんがドリブルで攻めあがって来る。早い時期から千里が付いてマークというより、ほとんどプレスに近い防御をする。いったん停まって千里とマッチアップになる。星島さんはドリブルしながら対峙する。
 
フェイントを入れて千里の左を抜こうとしたが、千里はそれをちゃんと読んでいる。相手がこちらを抜こうとしたその瞬間ボールを奪い夏恋にパス。夏恋がドリブルで駆け上がって暢子にパス。そして暢子がまだ相手の防御態勢が整う前に敵陣に進入して華麗にレイアップシュートを決めた。
 
相手のゴール近くに居た選手から、センターライン付近に居た星島さんへロングスローイン。しかし瞬間その前に飛び出した千里がボールをパスカット。体勢を崩しながら久井奈さんにパス。久井奈さんから夏恋につなぎ、夏恋は暢子と逆サイドに走り込んだ揚羽にパス。揚羽がシュートを決めて7対0。試合は最初からN高ペースで進んだ。
 

星島さんが自分でドリブルしてきた場合、千里がその行く手を阻む。マッチアップすると、星島さんは、まず千里を抜けない。バウンドパスでさえも先読みして、停められてしまう。
 
このあたりは島根県予選のビデオを千里が充分見て彼女の癖を読んでいたのも大きいし、そもそも千里が日々の練習で、チーム内の久井奈さんや雪子、M高校の橘花やL女子高の溝口さんなどマッチアップに強い人と散々戦って身につけた基礎力がある。
 
それで、何度かのマッチアップの末、さすがの星島さんも正面突破を諦め、横方向の他の選手にいったんパスする。そして制限エリアにそのまま侵入するのだが、どのようなルートで走り込んでも千里はピタリと彼女をマークしている。フェイントが通じないし、千里の瞬発力も凄いので、マークを外せず、他の選手からの制限エリア内へのパスは全く通らない。なかなかパスが取れないまま長居しすぎて前半で3度もヴァイオレーション(3秒ルール違反)を取られてしまった。
 
星島さんの運動量は凄いのだが、千里はその星島さんを大きく越える運動量で完全に彼女の動きを封じてしまった。
 
K高校はたまらず、もうひとり3年生のガードを入れてくる。そちらが星島さんに代わってゲームメイクをするが、N高校の守備が堅いので、なかなか中に入れないし、スリーを撃ってみても、そう簡単にはゴールに届かない。
 

N高校は第2ピリオドでは久井奈さんに代えて雪子、夏恋に代えて穂礼さん、揚羽に代えて留実子を入れ、第3ピリオドでは穂礼に寿絵、留実子に代えて麻樹さんを入れ、更に暢子も休ませてみどりさんを入れた。しかし千里はずっと出たままである。星島さんもずっと出たままだが、どちらも凄い運動量であるにも関わらず、全くスタミナ切れしない感じであった。
 
向こうは星島さんの体力が凄いので、強いプレスを掛けていたらこちらが先にスタミナ切れするだろうし、マーカーが交代したら、千里ほど凄くはないだろうと思っていたふしもあったが、マーカーは交代しないし、千里の運動量は全く衰えなかった。
 
試合は第三ピリオドまで終わって76対34とダブルスコアになっている。76点の内28点は暢子が取ったものである。揚羽が12点、留実子・寿絵が各々8点ずつ取っているし、千里も9点取っている。一方この試合で星島さんは一度もシュートさえ撃てない状況であった。
 
第4ピリオド、N高校はPGを久井奈さんに戻し、久井奈・千里・透子・暢子・留実子という布陣で行く。千里はひたすら星島さんをマークしている。透子さんの投入で、ベンチ入りメンバーは全員出たことになる。透子さんは短時間の出場なら結構気持ち良くスリーを放り込むし、暢子も15分ほど休んで体力充分なので、どんどん中に進入してはゴールを奪っていく。
 
最終的には102対46でN高校が初戦の勝利を収めた。
 

試合後両軍の選手で握手する。
 
「私、体力には自信あったけど、あなた凄い。悔しいけど今日は完敗です」
と千里と握手した星島さんは言った。
 
「冬の間ずっと雪の上を歩いて体力付けてました」
と千里。
 
「なんかハードな練習やってるみたいですね! 私も鍛え直します」
「また機会があったらやりましょう」
「ええ。それではまた」
 

初日の結果。
 
貴司たちのS高校は今年はいきなり強豪と当たったものの、何とか1点差で勝つことができた。北海道男子のもう1つの代表・札幌Y高校は負けてしまった。橘花たちのM高校はインターハイ自体には毎年のように出ているものの、まだ1度も勝利したことのないという高校相手に快勝して2回戦に進出した。
 
この日1日で男女各59校の出場校が各32校に減った。27校×男女で54校はこのまま帰ることになる。
 
札幌Y高校は千里が昨年秋男子チームで出た最後の試合でN高校を破りウィンターカップ代表になった所である。千里はY高校敗退を示す掲示を見ながら、昨年秋に戦った時の相手チームの面々の顔を思い起こしていた。
 
「ああ、男子の試合結果見てんの?」
と寿絵から声を掛けられる。
 
「うん」
「S高校勝ってるじゃん。良かったね」
「ありがと。いやY高校が負けてるなと思って」
「なんか知り合いがいるんだっけ?」
「ううん。私が男子の方で最後に出た去年の選手権道予選で、ここと決勝戦で戦ったんだよ」
「あぁ」
 
「あの時、私を凄い厳しくマークして私に仕事をさせなかった人のことをふと思い出して」
「その人はまだ居るの?」
「ううん。卒業したよ。実業団に行くとかいう話だったから、多分行ったんじゃないかな。ウィンターカップに出場したというのは充分な成績だもん」
「だよねー」
 
「私もあの人にマークされて、このマークを外すにはどうすればいいかって随分考えて、それを新人戦の時、札幌P高校戦でかなり試したんだけどね」
「ほほぉ」
「私をマークしたP高校の佐藤さんはもっと凄かった。何度かマーク外し成功したけど、同じ手は2度食わないんだ。あの人」
「さすが全国トップのチームだね」
 
「私はもっと進化しなければならない」
と千里が言ったのに対して寿絵はどう反応していいか困っている。
 
「まあ取り敢えず男から女に進化したけどね」
「それ進化なんだ!?」
 

インターハイは2日目に入る。
 
インターハイの出場校は59校なので、トーナメントで5校だけが1回戦を免除される。その5校は昨年のインターハイと冬のウィンターカップの結果で決められており、昨年のインターハイやウィンターカップ優勝校・準優勝校など上位5校が「シード」になっている。
 
それ以外はみな1回戦から戦うことになる。札幌P高校は今回のインターハイに出場していたらシードされていた可能性が高いが出場できなければどうにもならない。シード権を取れても都道府県大会を勝ち上がらないとその権利を行使できない厳しさがインターハイである。
 
そして今日の旭川N高校の相手は宮城N高校と決まった。インターハイ常連校のひとつであり、1回戦では、今年初出場の高校に82対38の貫禄勝ちして2回戦にあがってきた。
 

 
「初戦に勝てたら2回戦は宮城N高校が来る可能性高い」
 
と千里たちは事前に南野コーチから説明を受けていた。
 
「2月に秋田で見たチームですね」
 
「うちと高校の名前も似てるけど、ユニフォームのロゴも似てた」
「お互いにうっかり相手選手にパスしちゃったりして」
 
「自分が今、白いユニフォーム着てるか、青いユニフォーム着てるか、よく考えてプレイしよう」
 
「宮城N高校はシューターの金子君が凄い。新人戦東北大会のスリーポイント準女王になっている」
と宇田先生が言うと千里の顔が引き締まる。
 
「先生、スリーポイント女王は誰ですか?」
と暢子が訊いた。
 
「秋田N高校の中折君だ。秋田N高校は決勝まで行き、宮城N高校は準決勝までだったから、試合数の差が出たという所だろう。1試合あたりの得点数は金子君の方が多い」
 
「秋田N高校と宮城N高校の試合で、金子さんをピタリとマークして仕事をさせなかったのが、中折さんですよね?」
と千里は訊いた。
 
「うん」
 
その選手は宮城N高校との試合ではマーカーに徹していたが、決勝戦では結構スリーポイントもツーポイントも入れていた。近くからでも撃てるというのはフィジカルが強いということだ。
 
「そこと当たったら、私に金子さんのマークをさせてください」
と千里は言う。
 
「いいだろう。じゃ若生(暢子)が得点係だな。村山が金子君を抑えている間に若生が得点する」
と宇田先生が言うと、暢子の顔も引き締まる。
 
「それから宮城N高校は身長187cmの中国籍選手が入っている。ただし日本で生まれ育ったので外国人枠ではないらしい。胡(フー)さんという子で、この子がセンター。リバウンドはかなり熾烈な争いになる。ここと当たった場合、原口(揚羽)を出すぞ」
 
「はい」
と揚羽が厳しい顔で返事する。N高で現在いちばんリバウンドを取っているのが揚羽である。
 
「花和(留実子)と2人交代でこの高さに対抗してもらう。ふたりとも20分間に全力投球で」
と宇田先生が言うと、留実子は静かに頷いていた。
 

その日千里たちが試合会場に行くと、思わぬ顔がある。
 
「お疲れ様ですー」
と声を掛けてきたのは、N校男子バスケ部の昭ちゃん(湧見昭一)である。 
「お疲れー。応援に来てくれたの?」
「うちの祖父が伊万里なんですよ。そこに顔を出すのを兼ねて今日は応援に来ました。初戦はたぶん勝つだろうと思ったし」
と昭ちゃん。
 
するとそのことばに暢子が昭ちゃんの首を抱きかかえるようにして突っ込む。昭ちゃんは女子と直接身体が接触して何だか恥ずかしがっている。
 
「ふむふむ。初戦は勝つと思ったって、今日はどうなると思った?」
「あ、えっと勝つと思いました」
「それでは今日勝てば、明日も応援だよな?」
「は、はい!」
「明日も勝てば、明後日も応援」
「当然です」
「じゃ、いつまで唐津にいるの?」
「あ、えっと決勝戦まで勝ち続けるだろうから、決勝戦までです」
「よしよし」
 
ということで昭ちゃんはお祖父さんの所に顔を出す前に、インターハイにずっと付き合うことになってしまったのである。
 

「だけど、ずっと泊まってたら宿泊費が掛かるんじゃない?」
と寿絵が心配して言う。
 
「うちの宿舎に一緒に泊めちゃいけないんだっけ?」
「女子と同じ部屋にはできないでしょ」
「昭ちゃんは女の子だよねぇ」
「え、えっと。。。」
「女の子の服を着せておけばいいよね」
「えーー!?」
 
すると南野コーチが助け船を出す。
「湧見君、ずっと応援とか偵察とかしてくれるなら、宇田先生と白石コーチ・教頭先生の部屋に泊まる? あそこベッドが1つ空いてるから」
「ああ、それならいいですね」
と寿絵は言うが
「えー?そんな首脳陣の部屋にですか?」
と昭ちゃんはビビってる。
「久井奈先輩の部屋も1つベッドが空いてるぞ」
と暢子。
 
女子部員は36名で4人部屋単位で宿泊しているものの、留実子が南野コーチ・山本先生と一緒の部屋に入っているので、その関係で3人だけの部屋がひとつできているのである。
 
「宇田先生の所の方がいいです」
と昭ちゃん。
 
「じゃ、それで決まり」
 
「宿泊費は自費ですか?」
と寿絵が訊く。
「いや、湧見君もうちの部員だから、部費から出すから大丈夫だよ」
と南野コーチ。
 
それで南野コーチが会場の別の所にいる宇田先生に電話で連絡を取り、了承を得て、昭ちゃんの宿泊に関してはクリアされた。
 

やがて試合開始時刻となる。整列して挨拶をし、握手などしてスターティング5がコートに散る。先発はPG.久井奈 SG.千里 SF.穂礼 PF.暢子 C.揚羽である。揚羽はリバウンド係だ。
 
ティップオフは宮城N高校が取って攻めて来る。シューターの金子さんには千里、長身の胡(フー)さんには暢子がマーカーで付く。残りの3人はゾーンを作っている。PGの若林さんが胡さんにパスしようとしたが、一瞬早くそのパス路に飛び出した暢子がカット。自らボールを押さえ、穂礼さんにパス。穂礼さんから久井奈さんにパスされて旭川N高校が攻め上がる。
 
向こうはマンツーマンで守っているが、ちょうど近くに居た人に各々マークについた雰囲気。こちらのことはあまり研究していないようである。揚羽の方を向いて振りかぶり、相手の注意がそちらに向いた次の瞬間、ボールは千里に飛んでくる。そこから即シュート。
 
試合は旭川N高校の先制で始まった。
 

向こうが攻めて来る時は、金子さんに千里、胡さんに暢子がマークで付く。向こうがシュートした後のリバウンドは高確率で揚羽が押さえて穂礼−久井奈とパスでつなぎ攻撃に転じる。
 
向こうのマークは最初はたまたま近くに居た子が付くような雰囲気であったものの、やがて千里には金子さん、暢子にはスモールフォワードの小野寺さんが付く形で定着した。
 
金子さんは優秀なシューターだが、シューターだけあってシューターのマークもうまい。最初の内、千里のシュートをかなりブロックした。しかし千里が相手の意識の隙にすっと目の前から消えると、見失ってキョロキョロ探す場面がしばしばあった。むろんその間に千里は即スリーを撃っている。
 
試合は旭川N高校優位の状態で進行した。
 

第2ピリオドでは揚羽に代えて留実子、久井奈さんに代えて雪子、穂礼さんに代えて夏恋を入れる。千里と暢子はそのまま出ている。向こうも適宜選手交代しながらやっているが、金子さんと胡さんはずっと出ている。
 
相手が攻めて来て、10番を付けたポイントガードの人からいったんコートインしたばかりの12番の選手にパスが渡った後のことであった。
 
千里が金子さんをマークして、ふたりそばにいるのだが、12番の選手が千里を見て、唐突にこちらにボールを投げてきた。
 
投げた瞬間「あっ」という声を出す。
 
千里も「え?」という声を出してボールを受け取ってしまった。
 
ユニフォームが似ているので間違ってしまったのだろう。
 
「わぁどうしよう」という感じの顔を向こうの12番はしている。一瞬全員が凍り付いた。
 
すると千里はそのボールをそのまま真横、コート外に投げ捨ててしまった。 

審判の笛が鳴り、宮城N高校のボール。スローインから試合再開である。 
お互い何も無かったかのようにプレイを続行する。向こうの14番の人がスローインして10番の選手にパスが渡る。そこからいったん反対側にいる人にパスが行き、そこから今度は金子さんへのパス。
 
しかし千里は一瞬彼女の前に身体を割り込ませてボールを横取りする。そして雪子へ即バウンドパス。それを雪子が取って攻め上がる。これが速攻になり、雪子はそのまま自らシュートして2点を得た。
 

「ほんとに間違う人が出たね」
「こちらも気をつけよう」
とハーフタイムに話し合う。
 
「相手選手の誰かにパスしちゃおうかと思ったんだけどね。それだとそこから速攻された時、うちの選手が対応できないかもしれないと思って、スローインにする選択をした」
と千里は説明する。
 
「ホントはあのままこちらが攻めても良かったんでしょ?」
「もちろん。普通はそうすると思う。でも、それをやると、私、後ろめたさが残る気がしたんだよ。それはその後の試合運びに絶対影響するから、ボールを向こうに返すことにした」
 
「サッカーなんかだと時々見られるプレイだけど、バスケでは珍しいね」
 
「その後、今度はほんとに金子さんへのパスをカットしたから、いちばんスッキリする展開だね」
「うん。あれは絶対カットしてやろうと思ってたから」
 
点数は第2ピリオドを終わって32対24である。一応リードしているが全く気を抜けない展開だ。
 

第三ピリオドは雪子・留実子に代えて久井奈・揚羽を戻す。揚羽も留実子も10分間に集中してリバウンドを取りまくっている。揚羽は13cmも背丈の差がある胡さんとの争いでも7割くらい勝利していた。
 
胡さんがずっと暢子にマークされてて攻撃で仕事ができないし、リバウンドも揚羽に負けていたので、向こうはいったか胡さんを下げて別のセンターを出してきた。それでこちらも暢子をいったん下げて休ませ、代わりにみどりさんを出した。しかし千里はずっと金子さんをマークしているし、向こうもさすがに金子さんは下げない。金子さんもずっと千里をマークしている。おそらく金子さん以外では素早い千里のマークはできない。
 
それでも千里は何度かフリーになってスリーを放り込んでいる。試合は第3ピリオドを終わって51対34と結構な差が付き始めた。
 

「気を緩めるなよ。勝てると思った瞬間、やられてしまうのが試合だから」
と久井奈さんがみんなに気合いを入れ直す。
 
最終ピリオド。向こうは胡さんを戻す。第3ピリオドを休んでいるので元気を回復している。しかしこちらも暢子を戻す。暢子もやはり前ピリオドを休んで体力を回復している。こちらはポイントガードは雪子で行く。リバウンド係も留実子である。またスモールフォワードの位置に透子を出した。
 
ずっと出ている向こうの金子さんはさすがに疲れが見え始めた。しかし千里は全く疲れが見えない。それで点差はどんどん開いていく。
 
一方こちらでは雪子は元気がありあまっている。ボール運びでも頑張るし、スティールやパスカットもどんどん決めていく。透子も調子良くスリーを放り込んでいく。
 
最終的に73対44と大差で旭川N高校が勝利した。
 

初日の試合は午後だったので、午前中にお寺で座禅をしたのだが、2日目の試合は午前中だったので、ベンチ枠の13人(睦子を含む)と今回のインハイに付き添ってくれている保健室の山本先生、そして博多に住んでいるN高OGの真鍋さんと15人で少しお散歩をした。真鍋さんは御主人が唐津の出身で唐津にはしょっちゅう来ている。
 
ちなみに残りの部員(昭ちゃんを含む)は他のチームの偵察をしてくれているし、宇田先生と南野コーチは色々お仕事があるようである。教頭先生は何かあった時の連絡係を兼ねてホテルで待機してくれている。
 
「あんたたちはナプキンの用意は大丈夫だった? 足りなかったら言ってね。何種類か持って来てるから」
と山本先生が言う。
 
「ああ。川南がナプキン忘れたとか言って借りてましたね」
「インハイの間に来る予定が無かったのに来ちゃったらしい」
「こういう時は乱れやすいんだよね〜」
 
「念のため避妊具も持って来てるけど、あんたたち使わないよね?」
「さすがにインハイの最中に男の子とデートしたりしませんよ」
「まあ誰かさんは来る途中の地下鉄で会ったらしいけど」
 
「さすがに最中にはセックスしないよ!」
と千里は言った。
 
「男の子はしたくなるんだろうか?」
「したくなったら自分で処理するんじゃないの?」
「したくなくても毎日やる子が多いらしいね」
「やるというよりやっちゃうんだって言ってた」
「ああ。男の子はおちんちんに精神を支配されてるからね」
「男の子って、おちんちんの奴隷だよね」
「奴隷から解放されるためには、切っちゃうしかない」
「ほほお」
 

「でもうまい具合に主力6人はちょうど直前に生理が来たか、タイミング的にインハイの後の生理になりそうです。特にエースの暢子は直前生理だったから、うまく卵胞期にインハイを迎えられたんですよね」
と久井奈は言った。
 
久井奈の言う主力6人とは、久井奈・穂礼・暢子・留実子・揚羽・雪子である。一般に女子選手には、卵胞期(生理〜排卵)の方が黄体期(排卵〜生理)より調子が良いと言う人が多いし、特に生理の直後が一番パワーが出るという人も多い。
 
「合宿の間つけてた基礎体温を見ると、千里は私が生理の時にちょうど排卵が来たみたいだったからインハイの間は大丈夫のはず」
と暢子が言う。
 
生理周期の確認のためこの1ヶ月は全員基礎体温を記録している。合宿中は枕元に全員婦人体温計を置いていた。排卵期には基礎体温が低下する。 
「千里ちゃん、生理あるんだっけ?」
と山本先生が訊く。
 
「本人に訊けば否定することが多いけど、様々な状況からあるのは確実」
と暢子が言う。
 
「今月初めに東京でMRI撮られた時、卵巣が写ったらしい」
と留実子が言うと
 
「ちょっと!それ内緒にって言ったのに」
と千里が焦って言う。
 
「千里ちゃん、卵巣あるの!?」
と山本先生が驚いて言う。
 
「あの場では話が混乱するから報告書にも書かなかったんですけど、通常の女性なら左側の卵巣のあるべき位置にゴミのようなものが見えたらしいです。腫瘍とかだったら大変ということで再度撮影すると、今度は右側の卵巣があるべき場所に何か見えて。でもオープンMRIでリアルタイムで見ながら再々確認すると何も映らなかったんですよ。かなり徹底的にスキャンしたのに。だから多分撮影システムに本当にゴミでも混入したのではないかということに」
 
「そんなことあるの?」
「普通有り得ないですね。しかも2度も。整備の行き届いている東京の大学病院のMRIなのに」
 
「まあ千里の身体って色々有り得ないから」
「うん。だから私には卵巣も子宮もないし生理も無い」
 
「卵巣や子宮は無いかも知れないけど、生理は絶対あると思う」
と留実子が言った。
 
「千里、ナプキンは持ってるよね?」
「え?それはいつも持ってるけど」
「ふむふむ」
 

一行は唐津城に行き、名物の《斜行エレベータ》に乗る。
 
「斜めに動くエレベータって初めて!」
という声が出る。
 
「まるでSF都市みたいだね。これだけ取れば」
「実はケーブルカーみたいなものだけどね」
 
「だけど私、バスケットの試合って初めてじっくり見たけど、いろんなタイマーが動いてるんだね」
と山本先生が言う。
 
「3秒ルール、5秒ルール、8秒ルール、24秒ルールとありますから」
「たいへんだね!」
「まあ要するにチンタラと試合をしてはいけない。テキパキとしなさい、ということなんですけどね」
 
「24秒ルールが定められる前はひどい試合があったんですよ」
とバスケットのルールに詳しい穂礼が言う。
 
「1950年アメリカNBAのレイカーズvsフォートウェイン・ピストンズ戦で18対19という信じがたいロースコアのゲームがあったんです。1点リードしたピストンズが、そのあと延々とボールをキープし続けて相手にボールを渡さないようにし、そのまま1点差で勝利するという試合で、観客からは大ブーイングになりました。しかもその後、他にも同様の戦術を取るところが続出したので、NBAでは1954年から24秒ルールが導入されて、ボールをいったんコントロールしたチームは24秒以内にシュートしなければならないということになったんです。日本では1956年にいったん30秒ルールとして導入されて、2001年にNBAと同じ24秒になりました」
 
「そういう試合は金取って見せる試合じゃないね」
と山本先生もしかめ面である。
 
「日本でも1953年の天皇杯決勝戦で、早稲田vs立教の試合。リードした立教が最後の5分間ひたすらボールをキープし続けました。早稲田がスティールに来てファウル取られるとフリースローですけど、当時は2投目は放棄して代りにスローインにできたんです。それでまたひたすらキープ]
「選択の権利だよね」
「実はそのルール廃止されたの1991年」
「割と最近だね」
「本来はフリースローが苦手な選手のためのルールだろうけど悪用の余地があった」
 
「極めつけが1956年の実業団選手権準々決勝の田辺製薬vs日本鋼管の試合で、田辺製薬が、ボールを一度取ったらその後、何分もひとりの選手がひたすらドリブルを続けるという戦術を取り、10分過ぎた頃から他の選手は腰をおろして休んでいるという異様な光景が見られたそうです。日本鋼管がボールを取ると速攻で攻めるのですが田辺製薬のボールになるとまたひたすらドリブル」
「ちょっとひどいな」
「でもこの試合、結局田辺製薬は負けている」
「ああいい気味だ」
「日本鋼管は決勝にも勝って優勝」
「偉い偉い」
 
「日本でも30秒ルールが導入されたのは、直接的にはこの試合がきっかけだと思います」
と穂礼。
 
「リードしてる側が最後ゆっくり攻めるみたいなのはどのスポーツでもあるけど、5分も10分もやるのはスポーツマンシップに反するよ」
と久井奈さんは言った。
 
「そういうのは負けないかも知れないけど、ファンを減らすゲーム運びだな」
「そんな試合高いチケット買ってまで見たくないよね」
 

一行は唐津城の上から唐津湾の美しい風景を見ていた。
 
「左手が大島。右側が高島、手前の小さいのが鳥島。向こうに薄く見える平らな島が《神が集まる島》と書いて神集島(かしわじま)」
と真鍋さんが説明してくれる。
 
「神集島って凄いですね。あんなに平らな島初めて見た」
「神が集まる島という字も凄い。神様の会議場なのかな」
「いやきっと宴会場」
「そうかも」
「あの島ではよくリュウグウノツカイが水揚げされるんですよ」
「ほぉ」
 
「高島には宝当神社があって、宝くじを当てたい人がたくさん参拝しにきます」
「わあ、時間があったら行ってみたい」
 
「神集島にしても高島にしても、隆起地形だよね。上部が波で削られたんだろうね」
 
「そもそも唐津の背景にある鏡山も頂上が平らで、隆起地形っぽい」
「昔は鏡山の頂上の所が海面にあったんだろうね」
 
千里は先日夜中に連れて行かれた松浦佐用姫の宮殿はどこだったんだろう。鏡山だろうか、あの神集島だろうか。それとももっと向こうにある加部島だろうかなどと考えていた。(巫女なので加部島を知っている) 

「神集島は元々植物のほうの《柏》の島(柏島)と書いて、牛の放牧地だったらしいです」
と真鍋さん。
 
「ああ。牛さんが散歩するには良い地形」
「牛さんが柏の葉を食べていたのかな」
「堅い玄武岩でできてるから、堅岩島というのがなまってカシワ島になったという説もあります」
「ふむふむ」
 
「神が集まる島と書くようになったのは、神功皇后がここに神様を集めたという伝説があるからなんですよ」
 
「神様を集めちゃうのが凄い」
「いや。神功皇后は典型的な巫女だもん」
 
「神功皇后か。日本には天照大神に始まって、神功皇后、持統天皇、称徳天皇、光明皇后、北条政子、日野富子、春日局と威勢の良い女性が多い」
 
「やはり女が強い国なんだよ、日本って」
「それで女になりたい男も出てくる」
「それ関係あるの?」
 
「容認されやすいかもね」
「日本では、女の子にしてあげたいってのは、わりと褒め言葉」
「日本神話では、天照大神は男装したし、ヤマトタケルは女装したし」
「ふむふむ」
 
「上杉謙信の女性説というのは古くからあるけど、女装者説というのもあるよね」
「まあ400年も経てば性別なんて分からないよね」
「豊臣秀吉も明智光秀も実は女だったりして」
「まさか」
「柴田勝家が女だったらびっくりするけど」
「それはさすがに有り得ない」
 
「でも戦国時代は偉い武将をもてなすのに、息子に女装させて酒の酌をさせたりするなんてことも行われていたらしい」
「おお、おもてなしか」
 
「それって、そのまま夜のお相手もするんだよね?」
「当然そうでしょ」
「気に入ってもらったら、そのまま近習として召し抱えてもらったりして」
「つまり愛人として実質お嫁入りの道か」
「そういう人生も悪くない気がするよ」
「現代ならお嫁入り前にちょっと手術受けてもらうかも」
「昔でも特にお気に入りの子は男っぽくならないように玉くらい取っちゃったかも」
 
「実際、女装して美人になる男の子は結構いるよね」
「あ、昭ちゃんに可愛い服を買って帰ろう」
「まあ男の娘は昔からいたろうね」
 
「昔の歌舞伎者とかは、女物の服を着ていたというけど、美形の歌舞伎者は女に見えちゃう人もいたかも」
「戦国時代は歌舞伎者も多かったんだろうね」
「女装くノ一とかもいたかも」
 
「そういえば千里は忍者になれるという説があった」
 
「でもくノ一なんてセックスして情報聞き出すのもお仕事だよね。どうやってセックスしたんだろう」
「やりようはあるんじゃない? 千里は性転換前から彼氏とセックスしてたみたいだし」
「いや、千里は小学生の頃、既に性転換していたという説も」
 
「で結局、千里は性転換済みなんだよね?」
 
「そうでなきゃ、女子としてインハイに出られないよ」
と千里は苦笑しながら言う。
 
「それは月初めに東京で再度診断受けてきたから」
と山本先生も言う。
 

一行は唐津城を出るとしばらく松浦川の西岸に沿って歩き、松浦橋の方に向かっていた。
 
「レイカーズvsフォートウェイン・ピストンズ戦の背景にはジョージ・マイカンという凄い選手の存在があったんですよね」
と穂礼はさっきの話の補足説明を続ける。話が暴走しているので停めるのもあったのだろう。
 
「マイカンは2mを越える長身で、動きも素早く、誰も彼に対抗できなかったんです。シュートしてもブロックされるし、リバウンドは確実に取られる。逆に彼のシュートには誰も対抗できない。18対19の点数の18点の内15点がマイカンひとりで取ったものだった」
 
「それはまた凄いね」
「現在はバスケットのシュートはボールが落ち始めてから叩くとゴールテンディングと言って反則になりますが、このルール(当初はバスケット・インタフェアで2001年に分離された)はマイカン対策で設けられたんです。そうしないと誰もゴールできないから」
 
「なるほど。ひとりの選手のためにルールが変わるというのは凄い」
 
「当時のNBA選手って170cm代の選手が主流だったから、そこに唐突に2mを越える選手が入って来たら、日本人小学生チームに1チームだけアメリカ人大学生が入っているような状態だったと思います。マイカンの登場でバスケットボールは背の高い人がやるスポーツになったんです」
 
「バスケット自体が変わっちゃったんだね」
 
「でも彼は逆に小さい選手への配慮もした。引退して連盟の仕事をするようになった時、スリーポイントシュートの導入をしたんですよ。これで背の低い選手でもシュート能力が高ければお仕事が出来るようになった。彼の登場でバスケは背の高い人のスポーツになったけど、彼の提言で、逆に背の低い選手でも活躍できるスポーツに再変身した」
と穂礼。
 
「じゃ透子ちゃんや千里ちゃんが活躍できるのは、マイカンのお陰なんだ」
と山本先生。
 
「マイカンがその時言ったのは、背の低いプレイヤーにチャンスを与えたいということと、内側に固まって敵を入れないように守るディフェンス方法を改めさせて、もっとエキサイティングなゲームにしたいということ」
 
「確かにスリーが無ければ、絶対進入させないように守れば失点を防げる」
「だからゾーンで守るチームとかにやはりスリーは有効だもん」
「千里みたいな高確率シューターがいればね」
 
「だけど背が低くてスリーも入れられない人はどうにもならないかな」
と寿絵からツッコミが入る。
 
「スリーは天性のものもあるけど、ある程度練習で進化するから頑張ってみよう。背は簡単に伸びないけど。私も中2まではむしろスリーは苦手だったんだよ。全然届かなかった。それが中3の春に突然入るようになったんだ」
と透子が言う。
 
「凄い!」
 
「それは筋力が付いたからだろうね」
と久井奈。
 
「あれって誰でも練習すればシューターになれるもの?」
 
「大学の先生が素人の大学生にいろんな距離からシュートをさせるという実験をしてみたら、完全に2つの群に別れたそうです。近くからは入るけど遠くからは入らない人たち。もうひとつがどこから撃っても入る確率があまり変わらない人たち。後者がシューター型ですね」
と穂礼。
 
「元々のタイプがあるのか」
「たぶん力まかせに行動するタイプとちゃんと狙うタイプじゃないのかな」
 
「その狙うという感覚自体が未発達だと狙えないんだと思う。それは何らかの偶然とかで鍛えられていないと使えない感覚だと思う。シューター群の人って、きっとバスケやってなくても、何か他のことでそういう感覚を鍛えてるんじゃないかな」
とみどりが発言する。
 
「千里はバスケット始めた中1の時からスリーが凄かったね」
と留実子が言う。
 
「あれは元々、小さい頃からゴミ捨てで鍛えたんだよ」
「何それ?」
「いや。鼻をかんだティッシュを捨てるのにさ。ゴミ箱の所まで行って捨てるのは辛いじゃん。特に冬とか」
「ああ。コタツから出たくないよね」
 
「それで投げて入れるのか」
「そうそう。それで上手くなったんだよ」
 
「私もゴミは投げ入れることにしよう」
「花園さんも釧路出身だし千里と同様だったりして」
 

松浦橋を渡る。
 
「長い橋ですね」
「最初は有料だったんですよ。橋の確か西側に料金所があってそこで通行料を徴収していた。ところが時々交代の時間帯があるんですよね。その時は、一時的に係員が居なくなる」
と真鍋さんの説明。
 
「その間に渡っちゃうんですか?」
「そうそう。でもタイミングが悪いと、渡り終える前に次の係官が来ちゃう」
「あらあら」
「その時、わざと逆向きに歩き出すんです」
「ほおほお」
 
「それで呼び止められる。『あんた料金は?』と。それで『すみませーん。やはりこの橋渡るのやめます』と言って戻ってくる」
 
「実はそれで渡り終えられるんだ!」
「頭脳プレイ!」
 

「今は松浦川にいくつも橋が掛かって市街地が東西に広がっているし、最近はむしろ東岸のバイパス沿いが発達してきてますけど、昔は今の唐津駅のある付近を中心とした旧市街、お城のある満島(みつしま)、そして虹の松原のある東唐津って、けっこうバラバラだったんですよ」
 
「城下からすると旧市街地は下町って感じかな」
「なんか職人町っぽい雰囲気ですよね」
「きっと虹の松原はゲームでいうと旅立ちの草原のような感覚」
 
「そういえば、英語ではスリーポイントのことを『from downtown』とも言うんですよね」
と透子が言う。
 
「スリーポイントエリアを下町に例えた?」
「うん。それで意味が通ってそうなんだけど、実はフレディー・ブラウンというスリーポイントの得意なシューターにちなむもの」
「ほほぉ」
 
「彼が下町の高校出身でダウンタウンというニックネームを持ってたんだよ」
「おっと」
「千里がオールジャパンのスリーポイント女王になったら、スリーポイントは留萌と呼ばれるようになるかも」
 
「おお、そのくらい頑張れ」
「男の娘とよばれるようになったりして」
 
「それはさすがに勘弁して〜」
 

「ところで今日の散歩けっこう距離歩いてない?」
と発言の少なかった麻樹から意見が出る。
 
「確かに結構歩いた気もするね」
「まあ唐津駅を出てからお城に登って川岸を歩いてホテルまでだいたい5kmくらいのコースかな」
と穂礼。
 
「実はこれも鍛錬だったのだよ」
と久井奈。
 
「そうだったのか!」
 
しかしホテルに戻ってから睦子は夏恋と敦子を誘って松原に沿って軽く1時間ほどジョギングしてきていた。揚羽とリリカも志願して付き合っていた。 
一方、暢子は千里・雪子・留実子を誘ってホテルの駐車場で2on2やパスの練習で2時間近く汗を流した。途中でジョギングから戻ってきた夏恋と揚羽も参加して3on3にした。
 

2日目の結果。貴司たちのS高校はそこそこの所と当たり快勝。昨年は2回戦で負けたので初の2回戦突破である。また橘花たちのM高校は長身のセネガル人選手の居るチームと当たったが、春から散々やったマリアマさんを入れたチームとの対戦で鍛えたのが功を奏し、宮子がその人のマーカーになって完璧に封じた上で、橘花がどんどん点数を取り勝利することができた。千里たちのN高校も今日は長身の中国人選手と戦ったし、どちらも外人対策がうまく行った感じであった。
 
留萌S高校も旭川N高校・旭川M高校もこれでBEST16である。
 

千里たちは今日の夕食も焼肉であった。たっぷり食べて満腹したところで部屋に戻ろうとしていたところで、暢子が昭ちゃんをキャッチして
 
「ちょっとおいで〜」
と言って、自分の部屋(千里・寿絵・夏恋と同室)に連れ込む。
 
「昭ちゃん、着替え持って来てる?」
「着替えは実は祖父の家に宅急便で送っていたので、手持ちは下着1セットしかないんですよ」
 
「やはりね〜。それで昭ちゃんの着替え買っておいてあげたよ」
と言って、暢子はゴールドのブラ・ショーツセットに、可愛いチュニックと膝丈スカートを取り出す。どうも暢子と寿絵がお金を出して1年生の結里に買い出しに行かせたようである。
 
「えー?これを着るんですか?」
「私は今着ている服を無理矢理脱がせて、これを着せてみたい」
「自分で着ます! 後ろ向いててもらえませんか?」
「おっけー」
 
それで女子がみんな後ろを向いている間に昭ちゃんは着替えた。
 
「おぉ、可愛い!」
「ちゃんと女子高生に見えるよね」
と暢子と寿絵は盛り上がっている。夏恋は感心している感じだが、千里は苦笑していた。
 
「足の毛は無いね」
「え、えっと最近剃っているので」
「ほほぉ」
「えらい、えらい」
 
「ブラジャー自分で着けられた?」
「だいぶ練習しました」
 
昭ちゃんは普段の練習の時にも、しばしば女子更衣室に連れ込まれて女物の服を着せられている。ブラジャーを付ける練習もだいぶさせられていた。 
「でもちょっと恥ずかしいです」
「それでちょっとお散歩とかしようよ」
「勘弁してください」
 
 
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