【女の子たちのインターハイ・高2編】(4)

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夜のミーティングが終わった後で部屋でおしゃべりをしていたら、雨宮先生から電話が掛かってくる。
 
「例の曲、今朝受け取った。ありがとね」
「いえ。倒れたりした時はお互い様ですよ」
「それで今日は海野博晃が自宅で倒れている所を見つかって救急車で運ばれたんだよね」
 
海野博晃はムードポップス・バンド、ナラシノ・エキスプレス・サービスのリーダーでソングライターだ。自分のバンドの曲の7−8割を書いているし、(残りは過去の名曲カバーが多い)他の歌手への楽曲提供もよくやっている。電子音や打ち込みを使用しないし、16ビートもあまり使わない、ちょっと昭和の香りがする懐古的なバンドである。
 
「何やったんですか? あの人はクスリはやってなさそうだし」
「千里、あんたクスリやってる奴とやってない奴って分かる?」
「曲を見ても分かるし、顔見ても分かりますよ。クスリやってる人って、本当は外してはいけないタガが外れてるんです」
 
「じゃ、****はどう思う?」
「マリファナかエクスタシーだと思います。顔そのものは健康だけど曲が向こうに逝ってるんです。あれは習慣性のないものを使ってます。多分スランプに陥った時に使ったら良い曲ができたので、詰まる度に使ってるんじゃないかと想像しますが、その内完全に壊れます」
 
「なるほど。いつかは破綻する気はしてた。で、海野は実は子宮筋腫でね」
「あの人、いつの間に女性になったんですか?」
「去年、私が寝てる間に拉致して病院に連れてって手術しちゃったから」
「あらあら可哀想に」
「女の身体、結構気に入ってるらしいよ。自分で自分のおっぱいに欲情するらしいから」
「欲情しても自分とはセックスできないのは不便ですね。だけどファンが知ったらショックでしょうね。結婚したい!とか言ってる女の子、大勢居ますよ」
「まあレスビアンを覚えてもらえば」
 
何の話をしてるんだ?という感じで夏恋が顔をしかめている。
 
「で、実際問題として何かの病気ですか?」
「うん。ただの更年期障害だよ」
「はいはい。それでどんな曲書けばいいんですか?」
「演歌なんだけどいい?」
「誰が歌うんですか?」
「坂本旬子。タイトルは『玄界灘・女ひとり旅』で」
「ああ。この部屋から玄界灘が見えてますよ」
「それはちょうどいい」
「歌詞は?」
「こちらで適当な人に頼むから曲だけ書いて送ってくれる?」
「了解です。明後日まででいいですか?」
「明日の朝までにできない?」
「明日も試合なんでもう寝ないと叱られます!」
「何時までに寝るの?」
「11時就寝です」
「まだ40分あるじゃん」
「その間に書けっていうんですか?」
「あんたならできる。埋め曲のレベルでいいからさ」
 
「分かりました。書きます」
「じゃ、よろしくー」
 

「という訳で私はお仕事するから、みんなおしゃべりしてて」
 
と言って千里は旅行鞄から五線紙を取りだし、窓際の椅子に座って心をアルファ状態にする。
 
暢子たちも察してくれて千里の邪魔をしないように、3人(暢子・寿絵・夏恋)で適当におしゃべりしていてくれる。ほんの数週間前、まだ第一次合宿が始まった頃は暢子や千里に敬語を使っていた夏恋も、最近はふつうにタメで話すようになってきた。それはそのまま夏恋のコート上での自信にも直結している。
 
今日の試合でも、あとから考えると勝敗を決することになったルーズボールに根性で飛びついて確保したのが夏恋である。現在のハイレベルなN高レギュラーの一角に食い込もうという意欲が、そのままプレイでの意欲に繋がっている。今は《ラッキーガール》でも、そのうち、常に期待されたプレイができるようになりたいと夏恋は暢子や千里の前で言っていた。確かに期待されていないからこそ《ラッキーガール》と言われるのだ。千里や暢子は勝負を決めるゴールを入れても「当然の働き」としか思われない。
 
千里は頼まれた曲を夜の海を見ながら30分ほどで書き上げ、★★レコードの加藤課長宛にホテルのFAXを借りて送信しておいた。「埋め曲」のレベルなら、かなりの部分を「頭で」書くことが出来るので、短時間でも何とかなるのである。演歌ではおなじみの音運び、また海野博晃さんっぽいフレーズを入れる。これは夏休みの自由研究の工作でもするような感じで、わりと楽しい作業である。
 
でも千里は後から、この曲を海野博晃作曲のクレジットで、8月22日発売のシングルのタイトル曲に使ったからと聞いて、ぶっ飛んだ。海野さんは
 
「まるで俺が書いたみたいだ! 俺の曲ってことにしていい?」
 
と言って喜んでいたらしい。作曲印税・著作権使用料は普通は山分けなのだが、この曲に関しては、海野さんは全額をこちらにくれた。演歌はカラオケの著作権使用料が凄いので、千里の学資として大いに寄与した。
 

8月1日の四回戦(準々決勝)は男子が唐津市中心部にある唐津市文化体育館、女子が10kmほど離れた所にある鎮西スポーツセンターで行われたのだが、2日の準決勝はどちらも唐津市文化体育館で行われる。女子の試合が午前中に行われて、男子の試合が午後からである。
 
一般に日本のバスケットの試合は女子が前座で男子が真打ちという感じの扱いになっている。しかし結果的に千里たちの試合が午前なので、お昼過ぎに帰る貴司たちも、その試合を最後まで観戦することが可能である。
 
この日第1試合は10時から岐阜F女子高と東京T高校であったが、千里たちはそれを見ないことにして、朝食後すぐにお寺に行き座禅をした。千里たちの試合は11:40からである。9時半にお寺を出て、昨日も協力してもらった中学校に行き、軽く汗を流す。そしてハンバーガーを「軽く」食べてから会場に入った。第1試合はやはり岐阜F女子高が勝っていた。
 
「よし、明日は岐阜F女子高とやるぞ」
「うん。頑張ろう」
「今日は150点取るぞ!」
と言い合う。
 
みんなそれぞれに開き直りの心境に達してしまったようであった。やはり昨日がいちばん迷いがあった感じである。
 

 
整列する。握手をして試合開始であるが、その時、久井奈さんと握手したJ学園キャプテンの花園亜津子が、千里のそばに来て
 
「ね。今日はスリーポイント競争をしようよ」
と笑顔で言った。
 
千里は目をパチクリさせた。花園さんは中学時代の同輩である、みどりさんにも手を振り、みどりさんもそれに応じていた。
 

ティップオフ。
 
J学園の中丸さんと留実子で争い、中丸さんが勝ってポイントガードの入野さんが確保。そのまま攻めあがってくる。花園さんには千里が付いている。入野さんから矢のようなパス。キャッチすると、いきなりスリーを撃つ。
 
が千里はタイミングよくジャンプ。指を当てて軌道を変える。
 
ボールはバックボードには当たるがゴールには入らずに落ちてくる。リバウンドを留実子が取った。
 
「ふーん。なかなか」
と花園さんは千里に言った。
 
N高校の攻撃。
 
久井奈さんがドリブルでボールをフロントコートに運ぶ。
 
左側の千里には花園さん、右側の暢子には日吉さんが付いている。久井奈さんが暢子の方に振りかぶるが、J学園はこの程度のフェイントには引っかからない。ボールが手を離れるまで注視している。
 
が、ほんとにそちらに向けて投げるので選手が動く。
 
がそのボールをそばに居た穂礼さんが途中カットしてバウンドパスで千里に渡す。この間、花園さんは千里の方を向いたままで、1度も暢子の方は見なかった。
 
千里と花園さんがマッチアップ。
 
千里はパスを受け取ったまま、ボールを保持している。足はどちらもまだ動かしていない。千里の身体が左に動く。花園さんは逆の右に重心を移す。次の瞬間、千里は本当に花園さんの左をドリブルで抜いて彼女の向こう側に回り込んだ。
 
即撃つ。
 
入って2点。
 
試合はN高校の先制で始まった。
 
「ふーん。やはり私の敵にふさわしい」
と花園さんは他人事のように千里の傍で言った。
 

J学園が攻撃してきた場合、ポイントガードの入野さんは、だいたい花園さんに渡して遠くからシュートを撃つパターンと、パワーフォワードの日吉さんに渡して近くからシュートするパターンとを使い分けている。長身のセンター中丸さんはリバウンド係で、スモールフォワードの大秋さんは作戦に変化を付ける。
 
日吉さんと暢子のマッチアップは五分五分という感じであった。暢子はだいたい5割程度の確率で日吉さんを停めていた。
 
一方花園さんと千里のマッチアップ、取り敢えず第1ピリオドでは千里の全勝だった。花園さんは千里を1度も抜けなかったし、スリーは全部千里にブロックされるか、指で軌道を変えられた。
 
N高校が攻める場合も、久井奈さんから暢子にパスして中に飛び込んでシュートを狙うパターンと千里にパスしてスリーを狙うパターンとを使い分ける。
 
こちらでのマッチアップでは、暢子は7割くらい日吉さんに停められた。しかし千里は花園さんに全勝で、左右のどちらかから抜いて向こう側に出たりあるいは抜くように見せかけてスリーを撃ったりした。スリーは第1ピリオドに5本撃ち、2本は花園さんにブロックされたものの、3本は放り込んだ。花園さんを抜いた上でのツーポイントシュートも3本撃って全部入れた。結局千里はこの第1ピリオドで15点も取っている。
 
最初、まるで千里と遊ぶかのように色々声を掛けていた花園さんの表情が段々険しくなり、やがて声も掛けずに真剣に対峙するようになる。しかし千里はマッチアップで全く花園さんに負けなかった。
 
結局第1ピリオドを終わって、14対24とN高校がダブルスコアに近いリードになっていた。
 

「出だしは好調。このまま頑張ろう」
「愛知J学園相手にセーフティーリードは有り得ないからね」
「30点差あっても多分あっという間に追いつかれる」
「気持ちで負けないようにしよう」
 
「なんかこないだ水巻君(1年生の男子部員)と話してたら、気合い入ってると試合中に唐突にあそこが大きくなったりするらしいですよ」
と揚羽が言い出す。
 
「ああ、男の子はそんなものかもね」
「あそこは男の子の中心だから」
「女はやはり中心は子宮かな」
「あ、それは思うことある。あの付近に気持ちを集中すると落ち着くんだよ」
 
「千里は自分の中心はどの辺の感覚?」
「私も子宮だよ。そこに気を集中する」
「やはり千里って子宮があるんだっけ?」
「女の子だもん。あるよ」
「やはりそうだったのか」
「まあ子宮が無きゃ生理も無いよね」
 

第2ピリオド。
 
J学園は花園さん以外の4人を変えてきた。N高校も千里と暢子以外の3人を雪子・夏恋・揚羽に変える。
 
千里は攻守ともに花園さんと対峙する。第1ピリオドとは気合いの入り方が違うのを感じる。しかしN高校の攻撃の時は、しばしば花園さんの一瞬の隙にマークを外して、千里はスリーを撃つ。第1ピリオドの時ほど千里に話しかけなくなった花園さんが「えー!?」と言うのを何度も聞いた。
 
雪子はどこにパスするのにも一切相手を見ないし投げるタイミングも読みにくいので、J学園はほんとに守りにくそうにしていた。
 
一方のJ学園の攻撃の時、花園さんがボールを持って千里と対峙する。一瞬千里の横を抜いてドリブルで抜こうとしたかに見せて、ボールを保持して逆に後ろにステップする。しかし千里は騙されずに踏み込む。結果的にふたりの距離は離れないままである。
 
1度ドリブルしてしまったので、再度のドリブルはできないから撃つしかない。巧みなフェイントを入れて撃つのだが、千里は本当に撃つタイミングに合わせてジャンプする。
 
この場合、花園さんが得意な低い軌道のシュートは千里がことごとくブロックする。それで仕方無く高い軌道のシュートを撃つのだが、高精度のスリーポイントシューターである花園さんでも、さすがに高い軌道のシュートは必ずしも入らない。
 
結局第2ピリオドで花園さんが撃ったスリーポイントシュート6本の内、入ったのは2本だけであった。
 
一方の千里は第2ピリオドも3本のスリーと4本のツーポイントシュートを放り込んで17点をもぎ取った。
 
第2ピリオドを終えて、N高校が50点、J学園が30点と点差はむしろ開いている。観客席がかなりざわめいていた。
 

ハーフタイムで千里たちが話し合いをしていると、体育館の窓がガタガタと音を立てていた。
 
「台風はまともにこちらに来ていたみたいだから。でも気にしないでプレイしよう。みんな吹雪の中での試合は経験してるでしょ?」
 
「私は小学校のミニバス時代に吹雪の中で外で試合やったことありますよ」
などと揚羽が言う。
 
「それは凄い」
「ボールが全然思った方向に飛ばないし、シュートは狙うと入らないから、風に流されるのを計算して撃ってた。ブロックしたつもりが自殺点になったこともあったし。弱いパスは自分に戻ってきたりするんだよね」
 
「なんか壮絶な試合だ」
「バスケで自殺点って珍しいね」
 
「パスしたはずのボールを自分で受け取ったら何になるんだろう?」
「それ自体がドリブルとみなされるかも」
「むしろトラベリングかも」
「どっちだろ?」
「いったん地面に叩きおとして、そこからドリブルするしかないかな」
「でも吹雪の中のドリブルはまともにできん気がする」
 
「うん。ドリブルが困難だからパスでつなぐんだけど、そのパスがなかなかつながらないんだよ」
「やはり壮絶だ」
 
「だけど雪の中でのドリブルはけっこう経験あるでしょ?みんな」
「うん、やってるやってる。さすがに吹雪の中じゃしてないけど」
「千里はそれかなりやってるよね?」
「うん。今年の冬は実は雪の上でのドリプルをかなりやった」
 
「お正月にS高の子たちと特訓してた時もかなりしたでしょ?」
と留実子が言う。
「毎晩、夜10時頃まで外でやってたよ」
「S高の子たちと?」
「ううん」
「じぉひとりで?」
「えっと・・・」
 
「彼氏とに決まってるじゃん」
と留実子。
「ほほお」
「暗闇の中、雪の中だと、誰にも見られないよね」
「デート兼練習か」
「キスとかするの?」
「もちろん。抱きしめてキスしてくれたよ」
「ふむふむ」
「セックスした?」
「おうちに戻ってからするよ!」
 
「まあ吹雪の中でセックスしてたら凍死できそうだ」
 

第3ピリオド。
 
ついにJ学園は千里に花園さんと控えスモールフォワードの道下さんの2人が付くダブルチームをしてきた。このまま千里にスリーを撃たせていたら負けるという判断だろう。女王もお尻に火が点いてしまった感じだ。
 
どうも道下さんはマークの達人っぽい。花園さんだってマークが物凄く巧いのだが、道下さんはとにかくマーカーに徹して他のことは何もしなくていいからと言われて、このポジションに入ったようである。
 
花園さんと道下さん、2人の意識が同時に隙を見せることはまずないので、さすがの千里もマークを外すのが困難になる。千里は何とかマークを外そうと奥に走り込んだり、手前に戻ったり激しく動くが、道下さんがしっかり付いてくるので、どうしてもマークが外せない。
 
しかしJ学園の攻撃の時は、花園さんがたくみなフェイントを入れても、千里には全然通じない。道下さんや控えセンター米野さんなどがスクリーンに入ろうとしても、千里と花園さんの間の距離が、元々小さいので、スクリーンができず、一度無理矢理割り込んだらイリーガル・スクリーンを取られてしまった。
 
結果的に花園さんのスリーはほとんど封じられたままである。
 
それでもこのピリオド、千里が封じられていることからN高校の得点が大幅に低下し、J学園はフォワード陣の活躍で必死に追い上げてくる。第3ピリオド7分半まで行ったところで50対56と、点差6点まで詰め寄られた。
 
ところがここで千里をマークしている道下さんに疲れが見え始めた。千里はこのピリオド、ダブルチームされた状態で激しく左右に動き回っている。それも定常的な動きではなく、右へ行って一時停止してから、更に右へ行くなど予測困難な動きをするので、花園さんはそれほど動かないものの、細かく千里に付いてくる道下さんが、しばしば反応が遅れるシーンが見られる。
 
すると、花園さんから少し離れた位置で道下さんの追随が一瞬遅れた隙に久井奈さんからボールが飛んでくる。「あ」と言って花園さんがフォローに来る前にもう千里は撃っている。
 
こうして千里の反撃は始まった。
 
花園さんの攻撃が封じられていても、J学園は優秀なフォワードが何人もいるので、強引に中に進入してきて点数を奪う。またしばしば速攻でまだ各選手にそれぞれのマーカーが付く前にボールを運んで来たポイントガードがそのまま壁になって、ボールを後ろにトスあるいはハンドオフしてそこから花園さんがスリーを撃つというプレイも見せた。しかしN高校も千里がマーカーの体力限界を越えた動きで2人のマークを振り切りスリーを撃つ。
 
たまらず残り1分でJ学園は道下さんを下げて代わりに別の人を入れて来た。道下さんは、お疲れ様でしたという感じだ。しかし交替で出てきた人は道下さんほどの凄さは無い。千里の予測不可能な動きに翻弄されるので、千里は相手のマークを簡単に外してしまう。
 
結果的にはN高校は第3ピリオド残り2分で挽回し、56対67の11点差に突き放した。
 
しかしこの程度はまだJ学園にとって充分射程圏内である。
 

「千里、マーカーが2人いてもマークを外すって凄い」
とみどりさんが言う。しかし千里は答える。
 
「マーカーは数じゃないですよ。質なんです。花園さんが本気でマークしたら多分1対1でもかなり停められる。道下さんは花園さん以上にマークに関しては凄かった。でも後から出て来た人はそこまで無かったです」
 
本格的に台風が近づいているようで、窓がガタガタ鳴っている。とうとう雨も降り出したようだ。
 
「まあ千里を何とか停めていたのは、北海道でもL女子高の溝口さんとP高校の佐藤さんだけだったね」
「佐藤さんは凄かったよ。完璧に封じられていた」
 
「たぶん中継でこの試合を見てるんだろうな」
と言って千里はガタガタ音を立てている2階の窓を見詰めた。
 
「千里は勘が鋭いから相手がどちらに意識を集中しているかを敏感に感じとって、その反対側を抜くんだよ。だから相手もある程度の霊感持ってないと千里は停められない。たぶん佐藤さんも巫女体質」
と留実子が言う。
 
「ああ。佐藤さんは霊感強いと思う。でも私、霊感ゼロの貴司には完璧に停められるよ」
「それは以心伝心ってやつでしょ?」
と寿絵が言う。
 
「なんだ、ただのノロケか」
 

第4ピリオド。
 
J学園は千里のダブルチームをやめてしまった!?
 
花園さんひとりでマークする。その花園さんが千里の近くで言う。
「私、本気出すからね」
「こちらは最初から本気ですよ」
と千里は答える。花園さんは頷く。
 
そしてN高校の攻撃で千里に付いた花園さんは千里の前で目を瞑った!
 
目を瞑っていても、千里が左右に激しく動くのに、しっかり付いてくる。確かに目で見てなくても、千里の足音や床に伝わる振動で相手の動きはある程度つかめる。元々そういう感覚は発達している人だろう。しかし花園さんは千里を見ていると見た目の動きでよけい翻弄されていると考えて、敢えてその視覚を封じたのであろう。
 
それで千里が左右どちらに行くのかをほぼ正確に判断して、厳しいマークをする。雪子からボールが飛んでくる瞬間にパス路に飛び出したりする。もっともそれに簡単に負ける千里ではないので、強引に身体で押しのけてパスキャッチする。
 
しかし花園さんは千里が左右から抜こうとすると半分近く停めたものの、千里がシュートを撃つとブロックもせずに放置した。
 
逆にJ学園が攻めて来る場合も花園さんはこちらのコートに来た所で目を瞑って待機する。そして千里のちょっとした意識の隙を狙ってバックステップして距離を空け、そこでパスを受け取る。千里が踏み込む前に撃つ。その素早いシュート動作が美しい!と千里は思った。
 

結果的にこの第4ピリオドは千里と花園さんのスリーの撃ち合いになった。どちらもほとんど外さないので、シュートが決まるたびに観客席から大きなどよめきが起きていた。フォワード陣の方は、千里のマーカーを減らしたことで、パワーバランスが完全にJ学園側に行く。
 
こちらは暢子・揚羽を核として、留実子・穂礼・寿絵・夏恋と順次投入するのだが、実際問題として相手と勝負になるのは暢子だけで、揚羽もさすがにこの相手とやるのには経験不足、留実子でさえうまく立ち回られて、他のフォワードではスキルの高いJ学園の選手に完全には対抗できず、向こうはとにかく一番弱い所から攻めて来る。
 
それで点差はじわじわと縮んでいった。
 
その一方で花園さんと千里のスリー対決は息もつけないくらいに黙々と続いていた。
 
第4ピリオドも残り2分。J学園がとうとうN高校に追いついた。点数は86対86である。J学園は第4ピリオドのここまでに30点も取る猛攻であった。
 

相手のゴールが決まった後、雪子がドリブルで攻め上がる。この試合は第1ピリオドと第3ピリオドで久井奈さん、第2ピリオドと第4ピリオドで雪子が司令塔になっているのだが、雪子もそろそろ疲労限界である。とにかく消耗の激しい試合だ。2〜3試合やったくらい疲れている。この試合、両軍で最初からずっと出ているのは、千里と花園さんの2人だけである。
 
揚羽がポストの位置に入って、そこから暢子にパスして中に進入。相手のブロッカーを押しのけて強引にゴールを奪う。86対88でN高校のリード。
 
J学園が攻めて来て、花園さんのスリーが決まる。89対88でJ学園のリード。 しかしN高校も反撃して千里のスリーで89対91とN高校のリード。試合終了を目前にして激しいシーソーゲームが続く。
 
その後日吉さんが2点、暢子が2点、と取った所で残りはもう36秒しか無い。J学園が速攻で攻めて来る。花園さんがかなり遠い所から撃ち3点。94対93とJ学園のリード。残り29秒。こちらも速攻で攻める。揚羽からロングスローインで暢子が中に進入するが、向こうが必死のブロック。それで暢子は外側にいる千里にバウンドパス。千里がスリーポイントラインの外側から撃ち94対96とN高校のリード。
 
残りは9秒。
 
J学園は必死で攻め上がる。ボールが花園さんに渡る。
 
撃つ!
 
が千里が必死のジャンプで指で触る。
 
ボールはリングに当たったものの跳ね返る。
 
揚羽と中丸さんの壮絶なリバウンド争い。
 
いったんは揚羽が確保したかに見えたが、中丸さんは揚羽の手の中から強引にボールを奪い取った。
 
ゴール真下から噴水のような高いシュート!
 
直後にブザーが鳴る。
 
ボールはネットに吸い込まれた。96対96。同点!!
 

みんな大きく息をしている。
 
オーバータイム(延長戦)である。
 
バスケットではサッカーのように決着が付かなかったらPK戦のようなルールは無く(地方の団体の大会などでローカルルールとしてフリースロー合戦をするケースはある)、基本的には決着が付くまで延長戦をやる。過去にはNBAで6回目まで延長戦をやったことがある (1951.1.6 Indianapolis Olympians vs Rochester Royals).
 

「ごめんなさい! あそこで私がボールを取られてなければ」
と揚羽が物凄く悔しがっている。
 
「ああいう場では修羅場の数をたくさんかいくぐって来た側が強いよ」
と久井奈さんは言う。
 
「うん、ドンマイ、ドンマイ」
「次に取り返せばいい」
 
「きっとF女子高とか札幌P高校とかと、これまで何度もそういう死闘を経験してるんだろうね」
と千里は言う。
 
「揚羽も経験を積み重ねていけば負けなくなる」
と穂礼さん。
 
「頑張ります」
「よし、行くぞ」
 

休憩時間の後コートに戻る。ポイントガードは雪子、センターは留実子に交替する。スモールフォワードの位置に透子が入る。向こうもかなりメンバー交替しているが、花園さんと日吉さんはそのまま入っている。こちらも千里と暢子はそのままである。5分間のオーバータイムが始まる。
 
みんな40分を全力で戦った後とは思えないほど激しいプレイの応酬が続く。日吉さんも暢子も、貪欲にゴールを奪う。千里も花園さんもどんどんスリーを放り込む。さすがにここまで来ると、お互い相手のブロックまでする余裕がないので、ほんとにスリーポイント合戦をしている感じであった。
 
残り1分を切った所で延長戦になって初めて投入されたJ学園で15番を付けている佐古さんが巧みなステップでこちらの守備陣の間を抜きシュート。108対104とJ学園4点のリードとなる。
 
N高校が攻め上がる。久井奈さんがドリブルしていったそのままの勢いで敵陣に侵入するかのように見せる。入野さんが妨害に来る。が久井奈さんは後ろから走り込んで来た千里に、ドリブルのボールをそのまま後ろへバウンドして渡す。久井奈さんを壁にして千里が撃ち3点! 108対107と1点差。
 
J学園が攻めて来る。残りは35秒くらい。入野さんではなくスモールフォワードの大秋さんがボールをロングスローインで受け取って攻め上がってきたのだが、こちらは透子さんが行く手を阻み、簡単には抜かせなかったので、速攻はならなかった。全員急いで戻って来て守備態勢を整える。
 
いったん入野さんにボールを返し、そこからすぐに花園さんにボールが渡る。そして撃つ! が千里のブロックが決まる。 ルーズボールは透子さんと佐古さんで争って佐古さんが取る。花園さんにパスしようとしたが、久井奈さんが途中で叩き落とす。しかしそのボールを大秋さんが確保して強引に中に飛び込む。
 
華麗なステップでレイアップシュート。
 
留実子がジャンプしたものの停められず、入って110対107.
 
残りは14秒。
 

久井奈さんが攻め上がる。向こうは急いで戻っている。千里にパスするが、千里の所に佐古さんが行って強烈なプレスを掛ける。花園さんはあからさまに邪魔だなあという顔をしていた! きっと千里のシュートが見たいんだ!!
 
しかしマッチアップということであれば佐古さんは千里の敵では無かった。相手の気持ちが左側に行った瞬間に、バックロールターンで簡単に右側を抜き、佐古さんの裏側に回る。目の前に花園さんが居る。花園さんは敢えて離れて守っている。シュート撃てよ、という顔をしている。
 
でもここはスリーポイントラインの内側なのである。ここで撃てばシュートが入っても1点差で負けてしまう。しかし千里はボールを持ったままジャンプした。ジャンプシュート!?
 
と見せて千里は空中で体勢を変えて透子さんにパスした。
 
透子さんはスリーポイントラインの外側でこのボールを受け取る。そしてすぐにシュートする。
 
緊張感が走る。
 
ボールはリングに当たったものの、ぐるぐる回って落ちてくる。
 
そのボールを米野さんと留実子で争い、留実子が強引にボールを米野さんの手の中から奪うと、誰もいないスペースに放り投げる。
 
そこに千里が走り込んでボールに飛びつくようにして取る。
 
振り向くと同時に左足1本で身体を支えながら撃つ!
 
ここはスリーポイントラインぎりぎりの場所である。
 
千里が撃つのと同時にピリオド終了のブザーが鳴る。
 
ボールは美しい軌跡を描いて、直接ネットに飛び込む!
 
110対110.
 
再度延長戦である。みんな、膝に手をついたまま、大きく息をしていた。
 

2分間のインターバルの間暢子は横になって寝ている。千里はスポーツドリンクを2本飲んだ後、目を瞑ってじっとしている。審判が選手をコートに呼び戻す。千里が目を開けた時、向こう側の観客席に貴司が居た。
 
千里がニコっと微笑むと、貴司もドキっとした感じでこちらを見た。ふたりの視線が絡みあう。千里は新たな活力が出てくる気がした。
 
「ん?千里どうしたの?」
と寿絵が訊くと、留実子が
「彼氏と目が合ったのでは?」
と言う。
 
「なるほどそういうことか」
「試合が終わったらデートするの?」
「まさか!インハイ中は会わないよ」
「まあ、たくさん電話してるよね」
「えへへ」
 
「サーヤは彼氏は来てないの?」
「見に来たかったらしいけど、お金がないから無理って。でも同系列の福岡B高校の人が準々決勝以降は男女とも実況を専用掲示板に流してくれるらしくて、それ見てるって」
「ふむふむ」
「気持ちがつながっていれば大丈夫だよ」
「結局ノロケか」
 

セカンド・オーバータイムが始まる。
 
こちらは千里・暢子は当然出たまま。この2人はもうここまで来たら変える訳にはいかない。ポイントガードは雪子、センターは揚羽で、スモールフォワードの位置に夏恋を入れる。向こうも花園さんと日吉さんはそのままだ。向こうもこの2人はもう変えられないだろう。
 
再度激しい攻防が続く。
 
千里も花園さんもスリーを入れる。ふたり合わせて今日は凄い数のスリーポイントシュートが入っているはずだ。一方で暢子と日吉さんも得点を重ねていく。どちらのチームも守備はやや手抜き気味で自分の攻撃機会に確実に点を取ることを重視しているので、5分間なのに点数はどんどん増えていく。
 
しかしここまで来ると、やはり日々の鍛錬の度合いと選手層の厚さが効いて来る。向こうはやはり体力がある。また控え選手のレベルが、N高校はどうしてもレベルが落ちるのに、向こうはほとんど落ちない。それで向こうは適宜選手交代させているものの、こちらはあまり交替ができない。マークをJ学園の選手に振り切られるケースが多くなる。
 
残り1分の段階で125対120と、J学園が5点のリードになっていた。
 
こちらも攻めて行く。千里は正直このピリオドで決着がつかないと体力負けになるのではと思っていた。雪子から千里にボールが来る。道下さんが千里をチェックに来ようとしたら、花園さんがそれを停めた!?
 
遠慮無くスリーを撃たせてもらう。
 
きれいに決まって125対123。残り40秒。
 

J学園が攻めて来る。控えポイントガードの白子さんがドリブルしてきた所に雪子がスティールに行く。が、向こうも簡単にはボールを渡さない。反射的にドリブルを反対側の手に移す。
 
が、そこに死角から音も無く千里が忍び寄っていた。
 
「後ろ!」という声が花園さんから掛かった時は、既に千里がボールを奪い、ドリブルで走り出している。スリーポイントエリアの手前でピタッと立ち止まる。即撃つ。
 
バックボードにも当たらずに入って125対126。逆転!残り28秒。
 
J学園が攻めてくる。今度はパスで繋いで花園さんにボールが渡る。千里は正直もう足が動かない感じだった。しかし向こうも大きく息をしている。さすがの花園さんもそろそろ体力限界なのだろう。
 
花園さんが撃つ。
 
千里がジャンプする。
 
指が当たって軌道は変えた。
 
しかしボールはバックボードに当たり、リングを回った上で入ってしまった。
 
128対126。またJ学園2点のリード。残り9秒。
 

雪子がドリブルで攻め上がる。
 
ここでN高校が3点欲しいのは、こちらも向こうも分かっている。千里に視線が行く。が、そのせいもあってか、暢子がフリーになったのを見た雪子はそちらにパスする。
 
暢子はスリーポイントラインの外側からそのままシュートした。
 
が外れる。
 
しかしそのリバウンドを揚羽が確保する。
 
がディフェンスが凄くて自分ではシュートできない。
 
時間が無い。揚羽はいったんは自分で強引にシュートしようかとも思ったようであるが、そこに夏恋がカットインしてきた。バウンドパスでボールを渡す。夏恋がその位置からシュートを撃つ。J学園の道下さんがブロックする。
 
笛が鳴る。
 
一瞬試合終了のブザーのような気がしたのだが、ファウルの笛だった。今のプレイで道下さんが夏恋の腕に触れてしまっていた。
 
フリースローとなる。残りは0.4秒と時計が表示されている。
 

点差は2点である。
 
静かに選手が並ぶ。左側にはゴール側から日吉さん・揚羽・道下さん、右側には中丸さん、暢子と並んでいる。台風が近づいていて窓が激しく音を立てている。雨の音も凄まじい。しかし観客席は静まりかえっている。
 
1投目。審判がボールを夏恋に渡す。
 
ボールを床に撞いたりもせずに静かにゴールを見詰める。
 
撃つ!
 
入る。
 
これで128対127で1点差。観客が一瞬どよめき、そしてまた静かになる。
 
2投目。夏恋が審判からボールを受け取る。
 
撃つ!
 
同時に全員動き出す。
 
ボールはリングの端に当たったが、そのまま高く跳ね上がった。
 
ゴールそばでジャンプした全員がボールに触ることができないままそのまま着地する。そしてボールはゴールに入っちゃった!
 

審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。
 
同点!!
 
J学園がタイムを取る。
 

夏恋が両手を合掌するように合わせて「ごめーん」と言っている。ここは本当はフリースローを外して、暢子が叩き込んで3点プレイにするのが理想だったのだが、確率が超低いプレイなので、むしろちゃんと確実に入れた夏恋を褒めるべきところである。ここで1点を取っていなければ即敗戦していた。
 
60秒のタイムアウトの間に、N高校側も束の間の休憩をしながら配置の確認をする。暢子も千里もスポーツドリンクを飲んでいる。
 
試合再開。
 
スローインするのはこのタイムアウトで交替で入った正ポイントガードの入野さんである。他のメンバーは全員反対側のゴール近くに居る。何だか昨日の秋田N高校戦と似たような状況だ。しかし昨日は時計が0.9秒残っていた。今日は0.4秒しかない。昨日のようにキャッチしてからシュートというのは無理だ。
 
J学園がしなければならないプレイは分かるし、N高校側もそれを阻止しなければならない。
 
N高校で阻止のためにコートに入っているのは、留実子・麻樹さん・揚羽・暢子・夏恋と長身のメンバーである。千里はベンチで束の間の休憩である。
 
入野さんが超ロングスローインをする。
 
ボールは正確にゴールのリング右手そばまで飛んでくる。ベンチで見詰めていた千里は凄い投擲能力だと思った。
 
ゴールの右側に居た全員、中丸さん・米野さん・日吉さん・留実子・揚羽・暢子、全員がジャンプする。(左側に向こうの道下さんとこちらの麻樹さんが居た)この残り時間ではボールをつかんでシュートする時間は無い。J学園はタップで入れるしかない。N高校はそれを阻止しなければならない。
 
しかし、結局誰がボールに触ったのか良く分からないままボールはコートの左側へ飛んで行った。リングにはかすりもしなかった。
 
ボールが床に当たる前にピリオド終了のブザーが鳴った。
 
再々延長!トリプル・オーバータイムだ。
 

時計はもう14時を回っている。本来は男子の準決勝第1試合が始まる時刻を過ぎているのだが、女子の試合が終わるまでは始められない。
 
2分間のインターバル、暢子も千里もその場で横になっている。
 
「まあ実際問題としてあの状況でタップやアリウープでボールを放り込むのは無茶だけどね」
 
と穂礼さんが言っている。コートの反対側から飛んできたボールは物凄い速度である。それを空中で指や掌だけで軌道を変えて、ゴールに入れるのはさすがに不可能に近いし(拳を使うのは違反)、空中で腕の力だけでキャッチしたままゴールに放り込むのも女子高生の身体能力では難しい。
 
「確率は低いけどJ学園は挑戦せざるを得なかったし、こちらもその阻止に全力を尽くさなければならなかった」
と久井奈さんは言う。
 
その時唐突に留実子が言った。
「性転換したい」
 
「うーんと、実弥君。頑張ったら、ご褒美に試合が終わった後で男性ホルモンを飲むことを許すぞ」
などと暢子が言う。
 
「ほんとに飲んじゃおうかな」
「彼氏が困らない?」
「もう彼にはゲイになってもらう。僕、おちんちん付けて、卵巣と子宮も取っちゃおうかな。千里要らない?」
「ああ、取るんならちょうだい」
 
「千里のおちんちんは手術した時捨てちゃったの?」
「中身は捨てたよ。皮はヴァギナの外装に再利用」
「へー」
「それが保存してあったら、実弥君が使えたのにね」
「仕方無いから竹輪でも付けてもらって」
「竹輪をおちんちんにするの!?」
「なめた時美味しいよ」
「なめるって?おちんちんを舐めるの?」
 
こういうのは知識のある子とウブな子とがいる。
 
「取り敢えず実弥君は、帰りの飛行機に男装で乗ったら?」
「いや、それやると航空券が違うと言われる」
「夏休み明けから男子制服で通うというのではどうだ?」
 
すると留実子は言う。
「実は男子制服、買っちゃったんだよ」
「おお!」
「ほんとに男子制服で通いなよ。応援してあげるよ」
「そうしようかな」
「だから頑張れ」
「よし!」
 

3度目の延長ピリオドが始まる。むろん花園さん・日吉さん・千里・暢子は出ている。4人とも既にとっくに体力の限界を越えている。こちらの他のメンバーは、久井奈さん・留実子・穂礼さんである。向こうは入野さん・中丸さん・大秋さんだ。
 
どちらのメンバーも疲れ切っているが、こちらでは久井奈さん、向こうでは入野さんが「声出して!」と言ってみんなを励ましながらプレイする。しかしさすがに集中力がもたずに、久井奈さんと日吉さんが1回ずつダブルドリブルを取られて天を仰いでいた。今自分がここまでドリブルしてきたことを忘れてしまっているのである。
 
しかし疲れていても花園さん・千里ともにスリーの精度は落ちない。2人とも死ぬほどシュートを撃ち続けた練習の成果が出ている。このピリオドではこの2人が得点の大半を稼いだ。
 

点数は抜きつ抜かれつのシーソーゲームが続く。どちらももう既に勝敗を滅却して、ほとんど頭が空白の状態でプレイしている。ふと気がつくと、残り1分を切って、150対143とJ学園が7点のリードを取っていた。
 
こちらのメンバーは途中で留実子・穂礼さんに代えて麻樹さん・透子さんを出している。
 
N高校が攻め上がる。久井奈さんから透子さんにパスが行く。撃つ。きれいに入る。150対146と4点差。残り46秒。
 
J学園が攻めて来る。入野さんから花園さんへのパス。
 
だがちょっと無警戒だった。やはり集中力が途切れたのだろう。一瞬早く千里が花園さんの前に立ってパスカット。そのままドリブルで走り出す。
 
しかし日吉さんがその行く手を阻む。
 
マッチアップ。
 
複雑なフェイントを入れた上で左側からバックロールターンで抜く。でも、日吉さんが審判に見えない死角で千里のユニフォームを掴む!?
 
ここはこのまま速攻で行きたいので、走り寄ってきた久井奈さんにパス。
 
久井奈さんがゴール近くまで運ぶが、中丸さんがゴール下では頑張っている。遅れて走り込んで来た暢子にパス。暢子が中丸さんを押しのけるようにしてシュート。
 
入って2点。150対148。残り18秒。
 

24秒以内なのでJ学園は時間稼ぎをすれば勝てる。
 
当然N高校は激しいプレスに行く。こちらはもう最後の力を振り絞っている。向こうも疲れているので、N高校の勢いに押されてボールをフロントコートに運べない。
 
このままでは8秒ルールに引っかかってしまうというところで入野さんが誰もいないフロントコートにめがけてボールを投げる。そこに日吉さんと暢子が走り込んで奪い合う。いったん日吉さんが取るも暢子がそのボールを横取り。透子さんにパスする。透子さんは自分で撃とうとしたが、大秋さんが凄いチェックをする。久井奈さんに回し、久井奈さんから千里にボールが来る。
 
花園さんが物凄い顔をして千里に詰め寄ってくる。
 
しかし千里は一瞬にして花園さんを抜いた。
 
が、そこに中丸さんが居た。千里は構わず1回フェイントを入れてから撃つ。しかし中丸さんはそのフェイントに騙されなかった。本当のシュートのタイミングでジャンプして、千里のシュートをきれいにブロックした。
 
ルーズボールを麻樹さんが飛びつくように確保した。千里はこんなに必死な麻樹さんを初めて見る思いだった。そこからシュート。
 
しかし日吉さんがブロックする。
 
そのこぼれ玉を暢子が確保して撃つ。
 
しかし大秋さんがブロックする。
 
こぼれ球を千里と花園さんがほぼ同時に掴んだ。
 
どちらも譲らないままブザー。
 

試合終了の合図であった。
 
花園さんが手を離し、千里はそのボールをつかんだまま座り込んでしまった。
 
何だかもう立てない気分だったが、暢子が近づいてきて手を握って起こしてくれた。昨日と逆だ。
 
千里は笑顔で立ち上がる。そして暢子・麻樹さんとハグした後、花園さんともハグした。暢子も日吉さん・中丸さんとハグしている。久井奈さんも入野さんと握手していた。
 
両チームとも完全に体力・精神力を使い果たした上での決着だった。
 
激しい戦いだったしゲーム時間だけでも55分に及ぶ長時間の戦いだった。しかし両チームのファウルが合わせて4個という非常にきれいな試合でもあった(それで後から特に表彰状をもらった)。
 
両軍整列する。
 
「150対148で愛知J学園の勝ち」
「ありがとうございました」
 
またあちこちで握手したりハグする姿がある。千里は再度花園さんとハグしたし、日吉さん、道下さんなどとも握手した。花園さんはみどりさんともハグしていた。道大会にも出たことが無かった弱小中学バスケ部の同輩が高校で旭川と名古屋に分かれて、インターハイの準決勝で戦うというのは感無量だろう。
 
「村山さん、ウィンターカップでもやろうよ」
「はい、ぜひ」
と花園さんと千里は笑顔で言葉を交わした。
 
この試合の経過
N 24 26 17 29 14_18 _20
J 14 16 26 40 14_18 _22
N 24 50 67 96 110 128 148
J 14 30 56 96 110 128 150
 

整列までは試合で全力を尽くした後の笑顔があったものの、ベンチに引き上げると最初に麻樹さんが泣き出し、それが伝染して、みんな泣き出した。試合に出ることの出来なかった睦子も夏恋と抱き合うようにして一緒に泣いていた。泣いていないのは千里と暢子だけだった。2人は笑顔でフロアから立ち去っていくJ学園のメンツを見詰めていた。千里と花園さんの視線が合った。彼女から闘志あふれる視線を受けて千里も力強い視線を返す。
 
千里は必ずどこかでまた彼女と戦いたいという気持ちを新たにした。
 

千里たちがフロアを出ると、何やら人が色々居る。
 
「凄い試合でしたね。私なぜこのコートに居ないんだろうと思って見てました。それが悔しかった」
と言ったのは札幌P高校の佐藤玲央美である。
 
「佐藤さん、来ておられたんですか!」
「うちの主力はみんな見学してますよ。ウィンターカップではJ学園やF女子高と戦わないといけませんし」
「それは残念ですね。今度のウィンターカップにはまたうちが出ますから」
 
お互いに軽い言葉のジャブを打ち出して、取り敢えず笑顔で握手した。
 
旭川L女子高の溝口麻依子や大波布留子も居る。
 
「佐藤さんも村山さんも間違っている。ウィンターカップに出るのはうちだから。だけどほんとに手に汗握る試合だった。こういう場で戦いたいという気持ちを新たにしたよ」
と溝口さん。
 
千里は溝口さんとも力強い握手をした。
 
「そちらは彼氏かな。どぞー」
と溝口さん。
 
「お疲れ様。惜しかったね」
と貴司が言った。
 
「ありがとう。ちょっと悔しい。最後のシュート私が入れてたら逆転か同点再延長だったのに」
 
「いや。もうさすがに限界だったでしょ?」
「まあね。鍛え直すよ。でも貴司、飛行機の時間いいの?」
 
「台風で運休。仕方無いからもう1泊する」
「ありゃー。S高全員?」
「そうそう」
 
「まあ、そういう訳で私たちももう1日居残り。決勝戦まで見て帰ることになったよ」
と橘花が言った。
 
「橘花、また鍛え直そうよ。練習試合やろう」
と千里。
「うん。旭川に帰ったら、また頑張ろう」
と橘花。
 
そう言ってふたりは握手した。
 
「彼氏とはキスしなくていいの?」
「あ、えっと・・・」
 
「取り敢えず握手くらいにしときなよ」
 
と暢子が言うので、千里は貴司とも握手をした。それを佐藤さん・溝口さんや橘花が笑顔で見守っていた。
 
 
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【女の子たちのインターハイ・高2編】(4)