【女の子たちのインターハイ・高2編】(2)
1 2 3 4
(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-23
しかし暢子は強引だ。昭ちゃんの手を引いて、部屋の外に出ると
「ちょっとコンビニまで行って来ようよ」
などと言ってエレベータの方に行く。昭ちゃんは抵抗している。
そんなことをしていたら、久井奈さんたちの部屋に居た南野コーチが廊下に出て来た。
「あんたたち、それいじめじゃないよね?」
と暢子に厳しい顔で訊く。
「昭ちゃんが可愛いから、もっと可愛くなるようにしてあげてるんですよぉ」
などと暢子は弁解している。
すると昭ちゃん本人が言う。
「大丈夫です。ボク、こういうの好きです」
「うーん。まあ本人が好きならいいけど、湧見君。不快に感じてたら遠慮無く私に言って」
「はい」
「よし。コーチの許可も取れたし、昭ちゃん、コンビニまで行くぞ」
と暢子。
「えー?ほんとに行くんですか?」
と昭ちゃんは言いながらも、自分で好きだと言ったので、結局暢子に引っ張られてそのまま1階に降りて行っていた。
「千里何見てんの?」
と暢子が声を掛けた。お風呂に入った後、千里たちは部屋で少し涼んでいた。
なお、昭ちゃんは「女湯に来ない?」と暢子が誘ったものの「さすがに無理です」と言って男湯の方に逃げて行った後、自分の部屋に戻ったようである。このホテルではお風呂は大浴場に行ってもいいし、部屋の風呂に入ってもいい。多くの生徒はのびのびとした感じを求めて大浴場に行った。
「葉月ちゃんに撮ってきてもらった愛知J学園の試合」
「おぉ、見せて見せて」
と暢子が言うのでまた最初から再生する。
愛知J学園は昨年のインターハイ優勝校なので当然シードされており今年は2回戦から。つまり今日が初戦であった。1回戦を勝ち上がってきた学校にダブルスコアで快勝している。
「凄いなあ・・・」
「ここと当たった場合、花園さんのマークは私にやらせてもらえないかなあ。暢子がやることになってたけど」
と千里は言った。
「今日の金子さんとのマッチアップでも千里凄かったよね。宇田先生に言ってみるといいよ」
「ボールをもらってから撃つまでの時間がほんとに短いよね。身体に無駄な動きが全然無いんだよ。低い角度で撃ってボールの滞空時間も短いからブロックしにくい。ただ発射角度が低いということは、私みたいな背の低いプレイヤーにも何とかなる可能性はある」
「それは言えるな」
結局2人で40分間の試合を全部見た。
「最後まで行っても全然衰えないよね」
「うん。凄いスタミナ持ってる」
「千里も凄いじゃん」
「私のはハッタリと誤魔化しだもん。スタミナが持っているように見せてるだけ。でも花園さんはホントにスタミナが持ってる」
「ああ、千里は誤魔化すのもうまい」
一方の愛知J学園が泊まっているホテル。
「亜津子、何見てるの?」
と日吉さんが声を掛けた。
「旭川N高校のビデオ。偵察隊に撮って来てもらったから」
と花園亜津子は答える。
「そこと当たるんだっけ?」
「当たる可能性はある」
それで日吉さんが組合せ表を見るが
「この山からは福岡C学園あたりが来るんじゃないの? そこそんなに強いの?」
と言う。
「いや、実は中学時代の同輩が入っているチームなんで、ちょっと見てたんだよ。でもここのシューターが凄い。ちょっと待って。撃つ所見せるから」
と言って花園亜津子は千里がシュートする場面を出して日吉さんに見せる。
「きれいなフォームだね」
「まだ発達途上という感じ。半年後か1年後が怖い。まあ1年後は私居ないけど」
「でもそんな凄いシューターなら話題になっても良さそうなのに」
「この子、1回戦でも2回戦でも相手チームの卓越した選手にピタリとマークして一切仕事をさせなかったんだよ。そちらでエネルギー使っているから自分のシュートはあまり撃ってない。でもビデオで確認したら1回戦でも2回戦でも撃ったスリーポイントシュートはブロックされなかった限り全部入れてる。つまり物凄くコントロールがいい」
「すごっ」
「こことやってみたいなあ」
と亜津子は楽しそうに言った。
結局2人は旭川N高校と宮城N高校との試合を40分間全部見た。
「マークの外し方が凄くうまい」
「2通りの外し方をしてるよね。ひとつは普通に瞬発力で振り切る方法。もうひとつは相手が一瞬他に意識を移した瞬間に静かに目の前から消える方法。この時は足音がほとんどしてないと思う。ハード法とソフト法」
「それってF女子高の前田さんと似たタイプじゃない?」
「うん。この子のマークをする場合、一瞬たりとも気を抜けない」
「凄まじく消耗しそう」
「体力と精神力が必要だよ。この子とやるには」
「あの、間違ってパスされたボールを外に放り投げちゃったのはどうなんだろ?」
と日吉さん。
「私もそうしたかも。ユニフォームのロゴが似てるからそれで誤認したんだと思うのよね。たぶんこの12番、近眼か何かで顔まで識別できてないんだよ。でもそういうのでボールもらって得点すると、後ろめたさが残るんだ。自分の心理状態に迷いを生じさせないためには相手にボールを返した方がいい。まあそれで点を取られても自分で取り返すという自信がないとできないプレイかもね」
と亜津子。
「私だったらラッキー!と思って、そのまま攻め上がるなあ」
と日吉さん。
「うん。それが普通のプレイだと思うよ」
と亜津子は微笑んで言う。
「しかしこの子最後までスタミナがよく持つね。金子さんとは対決したことあるけど、あの人、かなりタフだよね。それなのに最後は金子さんが完全にスタミナ切れしてる」
「この子、体力を消耗しない身体の使い方をしてるんだよ。走る時は走るのに必要な筋肉だけ、撃つ時は撃つのに必要な筋肉だけ、ドリブルする時はドリブルに必要な筋肉だけを使っている。それ以外の部分は常に眠らせている。だから燃費がものすごくいいはず。多分少食」
「へー!」
「ここ見てご覧よ。右手でドリブルしてる時、左手はダランとしてる。そちらは脱力してるんだよ。ここ、ほら立ち止まっている時は足の力も抜いてる。これ膝カックンすると簡単に倒れるよ」
「膝カックンはファウルだよね」
「うん。ディスクオリファイング・ファウル取られるかも。だから脱力してる」
「なるほど」
「修行を積んだ禅僧とかが、こういう筋肉の使い方をする」
「それって凄いのでは?」
「禅僧って食事の摂取カロリーが1日に1200-1400kcalと、普通の人の半分くらいなのに、かなり激しい修行をするでしょう? そういう燃費の良い使い方をするから、それに耐えられる。この子はそういう身体の使い方をしてるんだよ。本当にスタミナがある訳ではないと思う」
「どうやってそんなの身につけたのかな?」
「そうだなあ。。。。天性のものもありそうだけど、それだけじゃない。お寺で何年か修行してたりして。あるいは山伏みたいに山駆けとかしてたりして」
「山伏女子高生?」
「さて、明日は福岡C学園な訳だが、合宿の時にも言ったように、のびのびと戦おう」
と宇田先生は言った。
今回のインターハイでは当たる可能性のある学校のことを合宿の時にひとつひとつ検討して対策を考えている。福岡C学園はインターハイ・ウィンターカップの上位常連校である。
合宿の時の検討会。
「基本的には札幌P高校と戦うくらいのつもりで頑張る必要がある」
と宇田先生はその時言った。
「逆に札幌P高校とやるつもりで戦えば勝てる見込みがあるってことですよね。私たちP高校と何度か良い試合をしたもん」
「うん。そう考えよう。気合いで負けたら試合前に勝敗が決してしまう」
「ここは組織力の高いチームなんだよね」
と福岡県大会の偵察をしてくれたOGの三隅さんは言った。
「むろん個々の選手の能力も高いけど、誰かズバ抜けて卓越した選手がいる訳ではない。組織で攻めてきて突破口を開き、確実に点を取っていくし、守備でもゾーンを基本にして、みんなで守る」
「そういう所は逆に個人技で突破すればいいんじゃないですか?」
「組織だった攻めは向こうは全部対応しちゃうと思うんだよね。だからイレギュラーな動きをする個人には混乱する可能性はある。ただ、たいていのそういう個人技に卓越した選手とは当たった経験があるはず」
「そういうイレギュラーな動きをする選手が3人も4人も居れば、けっこう翻弄されませんか?」
「可能性はあるね」
「じゃ、先発は千里、暢子、揚羽、雪子、夏恋で」
と久井奈さんが言う。
「変人軍団だな」
とレギュラーの中では最も常識人っぽい穂礼が言う。
「そして連携をあまり考えず、各々自分がひとりでプレイしているつもりで。NBAの選手になった気分で」
と久井奈さんは付け加えた。
「要するにこの試合ではガン&ランで行くんだな」
と暢子が言ったが
「ラン&ガンね」
と寿絵が訂正した。
「ガン&ランだと、多分スリーを撃ってから自分でリバウンド取りに行くんだ」
「それはあまりにも凄すぎる」
「でもこういう所とやる時は、最初が肝心ですよね」
と穂礼さんが言う。
「そうそう。序盤から食らいついていくことが必要」
と久井奈さんも同意見。
「漫画だと強豪相手に大差を付けられるも、そこで底力を出して逆転、なんてのよくあるけど、強豪の方が絶対底力がある。日々激しい練習を積み重ねてきているのが強豪だもん。ここは多分私たちの倍くらい練習してる」
と穂礼さん。
「こういう強豪チームに大量リード奪われたらほぼ負け確定。絶対に最初から競っていく。それしか勝機は無い」
と久井奈さん。
そしてインハイ直前になって、練習に協力してくれた福岡K女学園の選手からもここは個人技で攻めて行く選手に弱いという情報がもたらされ、事前の検討内容の妥当性が追認されたのであった。
福岡C学園もシードされているので2回戦からであった。その試合は偵察係の萌夏が撮影してきてくれているので、前夜にはそれを見た。
「15番の橋田さんって、なんかセンスいいと思わない?」
「うん。2年生みたいね」
とメンバー表を確認して言う。
「背番号から想像するとギリギリでメンバーに入ったんだろうけど、個人的な素質はいちばん良いって気がするよ」
「15番という番号の割りには出場時間が結構長い感じだね」
「第4ピリオドは全部出てたね」
インターハイのベンチ枠は12人なので、背番号は4番から15番までである。4番は通常キャプテンが付けるし、スターティング・ファイブはだいたい若い番号の選手である。
「でも何だろう。動きが少し遅い」
「体調悪いのかなあ」
「12番の熊野さんって背が高いね」
「これ180cm以上ある気がする」
「メンバー表では179cmになってるよ」
「まあその数字は自己申告だから」
「千里も166cmと申告してるけど、本当は170cm近くありそうな気がする」
「だけど熊野さん、この試合では1度もコートインしなかったね」
「背が高いけど、あまり上手くない?」
「いや、上手くないなら、そもそもベンチに入らない」
「この人も2年生か」
「熊野さんと橋田さんの2人だけが2年生で残りは3年生だね」
「やはりほとんど3年生で構成しているってチームは多いよね」
「逆に2年生が多いのは強豪校にしばしば見られる特色」
「各学年ごとに強い子を勧誘して入れてるからね」
「うちも実は強豪校だったりして」
「でも福岡C学園は強いけど3年生優先っぽい」
「その中で2年生で入っているということは、やはりかなり上手いんだと思うよ」
「でも熊野さんって、ちょっと見た目、男っぽくない?」
「あ、思った」
「性別を疑いたくなったりして」
「性別に疑義があって出場しなかったんだったりして」
「疑義があったら、その前に検査を受けさせられているよ」
「ところで台風が発生してるね」
と南野コーチが言った。
「こちらに来るんですか?」
「それがどうも良く分からないコース取ってるんだよ。今は沖ノ鳥島付近にいるんだけど、進行方向がまともに九州向いているんだよね」
と言ってコーチはパソコンの画面で気象衛星の写真を出す。
「向きとしては九州を向いてますね」
「でもこれ右に曲がるのでは?」
「それを祈りたいね」
「このUsagiって何ですか?」
「台風の名前」
「へー」
「日本では台風5号と呼んでるけど、アジア名はウサギになってる」
「可愛い名前なのに凶悪なやっちゃ」
「可愛い名前の女の子が意外に強い性格だったりする」
とひとりが言うと
「ああ、それは私随分言われた」
と言っている子が何人も居る。
「私とか背が高いのもあって、女の子の集団に溶け込めなかったんだよねー」
「あ、私も〜」
「バスケやることで、自分の場所を見つけたって気がする」
「同じ、同じ」
「高校卒業しても何らかの形で続けたいね」
「クラブチームみたいなのでもいいよね」
「クラブ作っちゃってもいいよね」
「あれ何か条件あるんだっけ?」
「審判ができる人がひとり居ればいいんだよ」
「じゃ、私審判の資格取ろうかなあ」
「女性の審判って道大会でも何度か当たったけど格好いいよね」
「うん。なんか憧れちゃう」
そんなことを言っている部員たちを見て南野コーチは微笑んでいた。
「結婚して子供産んでもママさんバスケとかで」
「あれって子供がいないと参加できないの?」
「子供いなくても結婚していれば良かったはず」
「一度でも結婚したことがあればその後離婚してても良かったはず」
「じゃ誰か男の子に頼んで1日だけ籍入れてもらおうかな」
などと危ないことを言っている子もいる。
「確か結婚したことなくても、何歳とか以上なら参加できる」
「男でも参加できるんだっけ?」
「さすがにママさんバスケは女だけでしょ」
「まあ性転換すれば参加してもいいのではないかと」
「だってよ、昭ちゃん」
唐突に自分の話になったので、またまた女装させられて会議に出席している昭ちゃんは恥ずかしそうに俯いた。
翌日の試合は午後一番なので、午前中はまたお寺で座禅をした後、11時すぎに早めの昼食を取るのに、唐津駅構内の割烹料理店《萬坊》に行った(このお店は2011.6.30に閉店した。呼子の本店は現在でも営業している)。
「美味しい!」
とあちこちで声が上がる。
試合前なので用心のためお刺身は避けて、火を通した料理で構成してもらったのだが、名物のいかしゅうまいにしろ、天麩羅や煮魚などにしろ、なかなか美味であった。
「これだけ天麩羅や煮魚が美味しければ、お刺身も美味しいよね?」
という声も出るが
「万一のことがあったらやばいから」
と南野コーチ。
「コーチ、今日の試合に勝てたら明日のお昼はお刺身かお寿司にしてくださいよ」
「そうだねぇ」
「成功報酬ということで」
「うん。じゃちょっと宇田先生に相談してみるよ」
それで南野コーチは宇田先生に電話をする。こういう場合は曖昧にせず確約してしまった方が、みんながハッスルしてくれるとコーチは判断したのであろう。
「宇田先生のOK取れたよ」
「やった!」
「よし。明日のお昼、玄界灘のお刺身かお寿司か食べられるように、今日は勝つぞ」
「頑張ろう!」
とみんなが盛り上がっているのを見て、南野コーチは頷いていた。
千里たちが料理に舌鼓を打ちつつ、おしゃべりに興じていた時、お店の入口に男女3人組が来て
「あれ?貸し切りかな?」
などと言う。
お店が狭いので、実際問題として、ほとんどのテーブルがN高の選手で占められていたのである。
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
と言って、お店の人が1つだけ空いているテーブルにその人たちを案内する。N高のメンバーがざわめく。そして向こうも「あれ?」という顔をした。
その3人の内の1人の若い男性は大きなテレビカメラを肩に掛けており、1人は多くのN高選手が見覚えのあるアイドル歌手・春風アルトであった。歌手とはいっても最近はむしろレポーターや司会のような仕事が多い。何かの取材中という感じだ。
そのカメラを持った男性が、もう1人の四十代くらいの男性(ディレクターさんか?)に促されてカメラのスイッチを入れたようであった。春風アルトが近くのテーブルに座っていた千里にマイクを向けた。
「こんにちは〜。インターハイの選手さんですか?」
「そうです。こんにちは、春風アルトさん」
と千里は笑顔で答えた。
「私の名前を知っている君は誰だ?」
「有名なバスケット選手です」
「有名なんだっけ?」
「数年以内に有名になりますから」
「よし。では名乗り給え」
「村山千里・16歳です」
「彼氏はいるか?」
「いまーす」
「彼氏がいるならアイドルとしては売れないな」
「春風さんも彼氏作っちゃうといいですよ」
「それでは売れなくなる」
「彼氏に稼いでもらえばいいんです」
「それもいいなあ。って何私は人生相談してるんだ?」
「取材ですか?」
「取材でなかったら何に見える?」
「カメラを使う練習とか」
「君たち、バスケットの選手だよね?」
「NBA目指して頑張ってます」
「NBAって女子も入れるの?」
「NBA初の女子選手を目指します」
「どうしてもダメと言われたら、ちょっと手術しておちんちん付けちゃって」
「性転換するのはひとつの手だよね」
「ああ、おちんちんってあると便利そう」
「おちんちん付けて立っておしっこしてみたいなあ」
「千里、おちんちんあったら便利じゃない?」
「さあ。おちんちんなんて付けたことないから分からないな」
「ふむふむ」
女子高生たちがあまり「おちんちん」を連呼するので、いったんカメラを停めて注意がなされる。
「すみませーん」
その時、春風アルトが気付いたように言った。
「君、見た記憶ある。去年の春、どこかでお花見してた?」
「よく覚えてますね。ヨナリンの番組です。女子高生にいきなり楽器渡してバンドになるかってのです」
と千里は言う。
「君、ヴァイオリン弾いた子でしょ?」
「すごーい。そこまで覚えて頂いていて光栄です」
「髪がもっと長かった気がする」
「ええ。さすがにバスケやるのに不便だから切ったんですよ」
「へー。ちょっともったいないね」
「でも、あのあと、私たち本当にバンドを作ったんですよ」
「おお、凄い」
「あ、1枚差し上げます」
と言って千里は自分のバッグからDRKの昨年秋に作ったCDを出して春風アルトに渡す。
「ありがとう! これいつも営業用か何かに持ち歩いてるの?」
「いえ。今日は誰かに渡すことになる気がしたので持って来たんです」
「すごーい!」
それで撮影が再開される。
「今日は試合これから?」
「そうでーす」
「じゃ試合に向けた抱負を」
「全力で頑張るよー」
「120点取るよー」
「今日も勝って明日のお昼はお寿司たべるよ!」
「明日の夜はすきやきが食べたいなあ」
「このまま決勝戦まで行くぞー」
南野コーチがそういう選手たちの言葉に微笑んでいた。
そして福岡C学園との試合が始まった。
両者整列して、久井奈さんとC学園の小橋さんとで、キャプテン同士握手する。こちらの先発はPG.雪子 SG.千里 SF.夏恋 PF.暢子 C.揚羽で、暢子がキャプテン代行となる。揚羽と向こうの小橋さんとでティップオフ。揚羽がうまくタップして雪子がボールを確保し攻め上がる。
そして雪子はそのまま相手コートまで走り込み、自らシュートしてゴール!試合はN高校の先制で始まったが、相手チームにこちらのスタンドプレイを強く印象づけたプレイであった。
C学園の攻撃に対しては基本的にゾーンで守る。向こうに卓越したシューターが居ないのは確認済みである。ここは福岡県予選でもスリーポイントの得点がひじょうに少ない。ゾーンで守っていると、向こうはなかなか中に侵入しにくい。しかし相手はさすが強豪である。強引に中に入って来てシュートするし、近くからのシュートの精度は高い。それでも揚羽や長身の暢子がブロックする。こぼれ球は雪子や千里が拾い、単独で、あるいはふたりでパスのやりとりをしながら速攻で攻め上がるパターンを最初はよく使った。速攻を印象付けているので、向こうもできるだけ速く戻るようにしているものの、それより雪子や千里の速攻が速いのである。
それで第1ピリオドを終わって20対30とN高校がリードしていた。この内千里がスリーで得た得点が15点と半分を占めている。
「なんかリードしてるね」
「結構いけるかな」
という声が出るが久井奈さんが引き締める。
「たまたまこちらの点数が多いだけ。勝負は勝てると思った瞬間負ける。向こうはリードされたことで必死になってくるから、次のピリオドはさっきよりずっと手強いと考えた方がいい。点数は終わった時の結果にすぎない。ひとつひとつの攻撃機会を大事にしよう。イージーミスに気をつけて」
「まあこちらのスローインで始まったら確実に点を取って相手の攻撃は停めればいいよな」
と暢子は言う。
「まあ、そういうことだね」
「セックスと同じだよね」
と唐突に留実子が言う。
「こちらが上になった時は徹底的に遠慮無く攻める」
「・・・・・」
「サーヤ、ここにいる子の大半はセックスなんて未経験なんだけど」
と寿絵が言う。
「あ、そんなもんだっけ?」
「きっと経験してるのは、君と千里と穂礼先輩くらい」
唐突に話が飛んできて千里も穂礼さんも苦笑する。
「だけど実弥って、ほんとに発想が男の子だ」
と夏恋が言う。
「うん。サーヤは間違い無く男の子」
と千里も言った。
第2ピリオド。C学園は2年生の橋田さんと熊野さんを入れてきた。そして橋田さんが千里のマークに入った。熊野さんは揚羽対策で入れて来た感じであったが、こちらは揚羽を下げてしまう。雪子・揚羽・夏恋の代りに久井奈さん・留実子・透子さんを入れる。透子さんはスモール・フォワードのポジションである。熊野さんは結果的に留実子とマッチアップしていた。
橋田さんは確かに優秀なマーカーであった。瞬発力があるので、千里が多少のフェイントを入れた後でマーカーを振り切るような動きをしてもそれに付いてきて、簡単にはフリーにさせない。しかし彼女の意識の隙に千里が足音も立てずにすっと消えると見失ってしまい、あれ?あれ?と探している。むろんその間に千里はスリーを撃っている。
また彼女は瞬発力はあるのだが、動き自体はわりと鈍い。それで数m以上の移動を伴うプレイでは彼女が千里に付いてこれず、結果的に振り切られてしまうことも多かった。
またこのピリオドは透子が入ってダブルシューターになっているので、橋田さんのマークがきついと見たら、久井奈さんは透子さんにパスし、透子がシュートするパターンもかなり使った。マークが弱くフリーになりやすい分、透子さんも結構ゴールに入れてくる。
リバウンドでは第1ピリオドは8割ほど揚羽が取っていたのだが、熊野さんは上手い。かなり取るが留実子も負けていない。どちらも180cmの身長があるので物凄い高さでの空中での争いが起きていた。留実子も何度かダンクを決めたが、熊野さんもダンクを叩き込んでいた。
第2ピリオドを終えて48対64と点差は開いている。
ハーフタイムで休んでいた時、千里は目の端に飛鳥時代の宮廷衣装のような服を着た女性を見た気がした。
千里の無言の意志を勝手に先読みして、その女性を《こうちゃん》が捕まえてくる。これは松浦佐用姫の宮殿で見た采女だ。
『何してるんですか?』
『あ、いえ、ちょっとメンテを』
と何だか彼女は焦っている。
『千里、こいつ向こうの15番に何かしてたぜ』
と《こうちゃん》。
『橋田さんに?』
『ああ。あの選手の足になんか重しが付いてるね。さっき前半終了間際に千里とボールを取り合って争った時に、それが外れたんで、それをまた結び直したんだろ』
『なんでそんなことを?』
『あ、いえ。先日あの者を姫様の宮に招いた時、物を投げつけてきたのでその罰として』
あの時、姫様が言ってたのはそれか!
『可哀想だよ。外してあげてよ』
『でも姫様に無礼なことをしたので』
『でも今試合中だよ。試合中にそんなんで動きが悪くなったら思いっきりプレイできないもん。選手同士が全力で戦ってこそ試合は面白くなるから、それは姫様も望まないことだと思うよ』
『しかしあの者に足枷が付いていたほうが、そなたは有利なのでは?』
『試合はお互い対等な条件で戦うべきもの』
『でも私の一存で外すわけには』
『だったら、その紐を私が外す。それであなたは試合が終わった後で再度結んだらどう? それなら命令違反にはならないでしょ? 試合中は動き回っていて、うまく付けられなかったと言えば良いよ』
『はい、それなら』
それで千里は《りくちゃん》に命じる。
『あの15番の子の足に結びつけられている紐を切って』
『了解〜』
千里はそれでチームメイトに告げる。
「橋田さん、多分後半は見違えると思う。ちょっと覚悟して掛かろう」
「へー」
第3ピリオドでN高校は暢子を休ませた。雪子・千里・穂礼・寿絵・揚羽というラインナップで始める。
橋田さんとのマッチアップで千里は本当に彼女が見違えた!と思った。何だか本人も首をひねっているが、動きが全く違う。前のピリオドまでは結構スピードでも振り切ることができていたのに、このピリオドではスピードでは振り切れない。むしろ向こうがこちらを上回る速度で回り込んでパス筋を封鎖したりするし、シュートを撃っても、物凄く高く飛ぶので、千里のシュートはかなり彼女に叩き落とされた。
ゲーム中はめったに千里に声を掛けない《りくちゃん》が言った。
『千里、紐を切ったこと後悔してない?』
『全然。この人最高だよ! こういうプレイヤーと対峙できてこそインターハイだよ』
『時々思うけど、千里ってMだろ?』
『M? なぁにそれ?』
『あ、いいよ別に』
《りくちゃん》が恥ずかしがっている感じなので千里は何だろう?と思った。
リバウンド争いも熾烈だった。熊野さんは背が高いので留実子とでもかなり勝率が高かったが、揚羽にそもそもリバウンドを取りやすいポジションを明け渡さない。その上で高い場所でボールを弾くので、揚羽のジャンプがボールに届かないことがしばしばあった。
こちらはゾーンで守っているので、向こうも簡単には得点できないのだが、それでも、千里は橋田さんにかなり封じられているしで、このピリオドではC学園はかなり追い上げてきた。このピリオドを終えて76対88と詰め寄られる。
「やはり強豪は底力が凄い」
「何とか逃げ切れるかなあ」
という声が出ていたが、それを暢子が一蹴する。
「逃げ切ろうという気持ちになったらそこで負け」
「そうそう。もっと突き放すぞという気持ちで行かなきゃ」
と久井奈さんも言う。久井奈さんはこういう場面での心の持ち方のコントロールが上手い。
最終ピリオド。橋田さんはそのまま出て千里のマーカーをしている。センターは留実子を入れる。ポイントガードは久井奈さんに、そして暢子も戻す。
このピリオドでも橋田さんはかなり千里の動きを封じていたが、その間に暢子が今度はスタンドプレイでどんどん得点をあげていく。暢子は15分近く休んで体力が回復しているので、パス回しなどせずにどんどんひとりでボールを持ったまま中に侵入してはゴールにボールを放り込んでいく。結構強引なプレイなのだが、チャージングは全く取られず、それどころか相手選手がブロッキングを取られたりしていた。
5分経過した所で86対102となっていたが、ここでC学園の要求でタイムアウトが取られる。なんか揉めてる!?
橋田さんが「え?」と言った後、一瞬千里を見た。そして何か反論したようであった。監督と言い争ってるような感じだったが、橋田さんは結局外されてしまった。
「何だろうね?」
とこちらのベンチでは話している。
「多分橋田さんに千里じゃなくて暢子をマークしろと監督が言って、それに橋田さんが反発したんだと思う」
と久井奈さんが言う。
「なるほど」
「いや、私が監督でもそういう指示を出すと思う。だって暢子、第4ピリオドこの5分で8点取ってるもん」
「でもそれで千里をフリーにしたらどうなるか分かってないよね」
と寿絵。
「千里の凄さは対峙してみないと分からないのさ」
と暢子。
暢子はスポーツドリンクを1本一気飲みする。
「よし、行くぞ」
と言ってコートに戻る。
結局、千里のマークには3年生の松隈さんが入った。暢子に熊野さんがつく。
松隈さんも充分凄いプレイヤーである。しかし第3ピリオドと第4ピリオド途中まで橋田さんと対峙していた千里にとっては、全く敵ではなかった。橋田さんとなら、4-5m移動してそこから突然の変化まで入れて振りきれるかどうか微妙なのだが、松隈さんは、ほぼ瞬発力だけでフリーになることができた。また彼女は橋田さんに比べて「意識の隙」が多く、瞬発力を使わなくても相手の目の前から消えることができた。
それで久井奈さんや穂礼さんからのパスを受けて千里はどんどん撃つ。それで第4ピリオド後半だけで千里は4本のスリーを放り込んだ。
一方の暢子も熊野さんとのマッチアップには負けない。熊野さんは身体能力は高いので、リバウンドには強いのだが、通常のマッチアップではまだ経験不足な感じである。多分C学園のような強豪にいるゆえに試合への出場機会が少なく経験も浅くなっているのだろう。結局暢子も第4ピリオド後半で6点取った。前半よりペースが落ちたのは、千里がフリーになるので、そちらのルートを多用したからである。
これを見て、向こうの監督も橋田さんを下げたことを後悔したようであった。残り2分を切ってからゴールで時計が止まったタイミングで橋田さんを再投入。当然橋田さんは千里をマークする。暢子のマークにはキャプテンの小橋さんが付いた。これで千里は簡単にフリーにはなれなくなったが、それでも1度だけうまくマークを外してスリーを撃った。一方の小橋さんはさすがに熊野さんよりはずっとマークが上手い。それでも暢子の変化あふれる攻撃には対応しきれないようで、何度か「えー!?」という声を出していた。
結局この試合、124対94の大差で千里たち旭川N高校が勝った。これで千里たちはBEST8になる。
「私たちこれでBEST何になったんだっけ?」
と寿絵が訊く。
「BEST8だよ」
と千里。
「なんか凄い成績のような気がする」
「凄いと思う」
「スラムダンクの赤木さんが強豪の大学チームに勧誘された時、BEST8というのが条件だったんだよね」
とみどりが言う。
「それをクリアしたのか」
「スラムダンクって結局BEST何になったんだっけ?」
「BEST16」
「それを越えちゃったのか」
「なんかすごーい!」
「でもBEST1まで行こうよ」
と暢子が言う。
「BEST1って?」
「優勝」
「おっ、凄い」
「でもこれからはC学園みたいなチームと毎日やることになる」
「ひゃー」
「今日、橋田さんが第1ピリオドから出てて、しかも最初から調子良かったら負けてたかもね」
「歴史にifは無いのさ」
「お、なんか格好いいセリフ」
試合終了後、ロビーでばったりとC学園の選手数人に会ったので、思わずお互いに声を掛け合い、また握手する。
「村山さん、凄いです!」
と橋田さんが言うが
「橋田さんも凄いです。でも、前半と後半で見違えた」
と千里も言った。
「あ、そうそう。なんか数日前から足に違和感があったんですが、この試合のハーフタイムに休んでいた時、急に楽になったんですよ」
千里の目の端で、例の采女が何だかこそこそやっている。
「橋田さん、鏡山神社にお参りに行った方がいいかも」
「へ?」
「私、神社の巫女なんですよね。その巫女としての忠告」
「へー!」
熊野さんは留実子となんか意気投合したみたいであれこれ話していた。
「花和さん、凄く男らしくて格好いい」
「熊野さんも格好いいじゃないですか」
「やはり女は強くないといけないよね」
「ああ、僕は強いのが好き」
「花和さん、ボク少女? 実はボクもなんだよね〜」
そばで2人の会話を聞いていたら、まるで男同士の会話だ!? 結局熊野さんと留実子はメールのアドレスも交換していたようである。
その留実子を通して後から聞いた話では、C学園はこの試合の後、せっかく唐津まで来たしというので鏡山に登り自分たちが熱戦をした唐津の市街地を眺めて、ウィンターカップに向けて再起を誓ったらしいが、その時、橋田さんは鏡山神社にお参りし、それで橋田さんの「足の違和感」は治ったらしい。
一方千里たちはこの日は試合が終わった後、ベンチに座った13人と南野コーチとで近隣の温泉に出かけて、試合の疲れを癒やした。
「お、ここ筋肉痛に効くらしい」
「冷え性にもいいって」
「あんた冷え性なの?」
「冬になると手足の先の温度が凄く低下するんだよね。冬山とかいくと凍傷とかやりそうで怖い」
そんなことを言いながら少しぬるぬるした感じの温泉のお湯につかり、今日の試合などのことも話していた時、近くで着メロが鳴る。これはインターハイ・バスケのテーマ曲『走れ!翔べ!撃て!』だ!
「はい」
と言って電話を取る人の姿がある。千里たちはこの温泉のいちばん広い『佐用姫の湯』に入っているのだが、電話を取った人物は隣の少し小さい『かぐや姫の湯』
に入っている。
湯船の中で電話など取るので、みんなそちらを注目する。が、千里は一瞬で顔を埋める。が遅かった!
雨宮先生と視線が合ってしまい、向こうから咎めるような視線が来るので、仕方無く再度向こうを見て笑顔で会釈する。
「へー。南部梅林が倒れたの?」
こちらのグループがざわつく。南部梅林は1990年代に『君の瞳にアイス』『恋の登りサッカー』などダジャレのタイトルの歌をいくつかヒットさせたシンガー・ソングライターだが、最近はあまり歌手としての活動はしておらず、作曲家的な状態になっていて、主としてアイドルに楽曲を提供してまあまあ売れている。中堅の作曲家という感じである。
「ふーん。一酸化炭素中毒ね〜。それ自殺じゃなくて?」
「はいはい。勝手な憶測はしませんよ。まあ大麻とか金魚じゃなくて良かったね」
「ほほぉ。それで石丸公子に渡さないといけない曲が無いのね。いつまでに用意すればいい?」
「了解了解」
と雨宮先生はこちらを見ながら言う。何だかいやーな予感がする。
「え?ここ? 温泉だけど」
「周囲に人がいないかって?」
「ああ。いるけど、口の硬い子だから大丈夫よ」
などと先生は言っている。千里たちは顔を見合わせている。
それで雨宮先生は電話を切った。そしておもむろにこちらの湯に移ってきて言う。
「あれ〜、千里じゃん」
千里は苦笑しながら返事する。
「先生、なんでこんなところにおられるんですか?」
「あんたこそ、なんでこんな所にいるのよ?」
「今インターハイですから」
「ああ、あんた出場してるんだっけ?」
「開会式で『走れ!翔べ!撃て!』を聞いた時は感無量でした」
「ふーん。自分で会場で聞けて良かったね」
「ありがとうございます」
留実子は雨宮先生に何度も会っているが、他のメンツは誰か分からないようだ。それで質問が出るので
「ワンティスの雨宮三森先生」
と紹介すると
「うっそー!?」
という声があがっていた。
「でも、雨宮三森さんって男の方じゃなかったんですか?」
「私、男だけど」
「男なのに、女湯に入っていいんですか?」
「そこの千里なんて、男だった頃から何度も女湯に入っている」
「ああ、犯罪者ですよねー」
「でも、雨宮さん、おちんちん無いですね」
「隠してるのよ。千里がいつもしてたようにね」
「そんなに隠せるもんなんですか?」
「隠し方は、あとで千里に訊きなさい」
「よし。追及してみよう」
「千里も付いてるのを隠してるんだっけ?」
などと質問が出る。
「昔は隠してたよ」
と千里は笑って答える。
「今はもう隠してない?」
「私、女の子だから」
「あんた、やはり性転換手術したの?」
と雨宮先生から訊かれる。
「内緒です」
「警察に通報してみようか?」
「警察が来たら、先生こそ困るのでは?」
「私は特に疑問持たれたことないけどなあ」
「私も疑問を持たれたことはないですね」
夏恋は少し呆れたような顔をしてふたりの会話を聞いている。
「そうだ。千里、それでさ。ちょっと頼まれてくれない」
やはり下請けに出すのか。
「はい。何でしょうか?」
「明日の朝までに1曲書いてくんない?」
「いいですけど」
「南部梅林っぽく書いて。渡す相手は石丸公子」
「いいですよ」
「歌詞は既にできてるのよ。それをいつものメールアドレスに歌詞をメールして大丈夫? ノートパソコンは持ち歩いているよね?」
「試合の後、ここに来たので今は持ってないですけど、ホテルにありますよ」
「じゃよろしく。今日は負けたの?」
「勝ちましたけど」
「じゃBEST1024くらい?」
「BEST8です。2048チームも参加してインターハイやったら大変なことになりますよ」
「千里、何か雨宮さんのお手伝いとかしてるの?」
「うん。作曲してるよ」
「すごーい。どんなの書いたの?」
「うーん・・・」
千里が「言って良い話」と「言ってはいけない話」との仕分けをするのに少し悩んでいたら、雨宮先生が言っちゃう。
「ここだけの話でオフレコにしておいて欲しいんだけど、インターハイ・バスケのテーマ曲『走れ!翔べ!撃て!』は私の名前で出してるけど、本当は千里が書いた」
「うっそー!」
「あとは鴨乃清見名義の津島瑤子『See Again』とか」
「うっそー!!!」
「あれ、あちこちで品切れ起きてるらしいね」
「千里、だったら印税が凄いことになってない?」
「実は修学旅行の代金は『走れ!翔べ!撃て!』の作曲料で払ったんだよ」
「おぉ」
「もしかして千里って勤労学生?」
「まあ、それは最初からそうだったね」
と留実子が言った。
ホテルに戻ってから、暢子に訊かれる。
「雨宮さんがお股の所を誤魔化してたの、どうやってんの?」
それで千里はタックの方法を簡単に説明する。
「なるほどー。面白そう。実物を見てみたい」
「私、おちんちんもう無いから見せてあげられないなあ」
「それは、やはりおちんちんのついてる子を生け贄にすればいいんだよ」
「生け贄なの?」
「おちんちんを生け贄にささげて女の子になってもらう」
「あぁ」
それで暢子は、自分で町のドラッグストアに出かけてタックに必要な道具を買って来たようである。
「熱心だね」
「いや、おやつ買うついで」
それで、やがて生け贄ちゃんこと昭ちゃんが戻ってくると
「昭ちゃん。今夜は君を女の子に性転換させてあげるよ」
などと暢子は言う。
「えー? ボクどうなるんですか?」
「今夜を限りに君はもう男の子とサヨナラしてもらう」
「えーーー!?」
千里や暢子たちの部屋についてるお風呂で汗を流し、特にあの付近はきれいに洗っておくように言う。
「じゃ、昭ちゃん。このハサミとかみそりで、あそこを処理しなさい」
「このかみそりで、あれ切っちゃうんですか?」
「ん?」
「でもちょっと切る勇気無い」
「うーん」
と暢子は悩んでいる。
「まあ、おちんちん切っちゃってもいいけど、取り敢えず毛を切って欲しいんだけどね」
「あ、毛だったんですか! びっくりしたー」
「まあ、おちんちんを切りたくなったら病院に行ってお医者さんに切ってもらった方がいいけどね」
などと暢子が言うと何だか悩んでいる。どうも本当に切りたいようだ。
「私がやってあげようか?」
「自分でやります!」
それで暢子たちが後ろを向いている間に、昭ちゃんはあの付近の毛をハサミで切り、その後、シェービングフォームを付けてカミソリで剃ったようである。千里はその作業の様子を音で聞いていて、この子、時々実際に毛を剃ってるなと思った。
「剃りました」
「じゃ、その後は私がやってあげるよ。他の子は後ろ見てて」
と千里は言い、昭ちゃんのそばに寄る。
「私、一応戸籍上は男子だし、触っていいかな」
「あ、はい」
「じゃタックしちゃうね」
「痛くないですか?」
「まあ死にはしないよ。おちんちん取っちゃうくらいで」
「ホントに取るんですか〜?」
なんか本当に取って欲しいようだ。でも私医師免許持ってないしね〜。
千里は、おちんちんが大きくなると作業ができないので、お風呂場に行って水で冷やしてくるよう要求する。それで戻って来てから作業を始めた。
最初に睾丸を体内に押し込んでしまうのだが、これは昭ちゃんは知っていたようで自分でやってくれた。きっと時々自分でしているのだろう。それから、おちんちんの先を絆創膏で会陰(蟻の門渡り)に固定し、睾丸が無くなってぴらぴらしている陰嚢で両側から、おちんちんを包んでいく。適宜絆創膏で固定する。
「すごいですね。これ」
と昭ちゃんは何だか感動してる?
「つなぎ目が割れ目ちゃんに見えちゃうんだ?」
「そうなんだよ。これ考えた人は天才だと思う」
「これ覚えたい」
「練習すればいいよ。これだけでも下着姿になった時に盛り上がりが見えないから。テープタックというんだよ。でもこれだと水に入ったりすると外れちゃうから気をつけてね」
「水に入るというと?」
「お風呂に入ったりプールに入ったり」
すると昭ちゃんはおそるおそる訊く。
「お風呂ってどっちに入るんですか?」
「おちんちんの無い子は男湯には入れないよ」
「じゃ女湯に入るんですか?」
「入ってみる?」
「さすがに勘弁してください!」
千里はテープで仮留めした左右の陰嚢の合わせ目を今度は瞬間接着剤で留めて行く。
「固まるまで待ったら仮留めのテープは外していいよ」
テープを外すのは自分でできるだろうということで、千里は昭ちゃんから離れて手を洗い、暢子と寿絵の横に並んで座った。
「じゃ昭ちゃん、テープを取ったら見せてね」
「見せるんですか〜?」
「おちんちん見られる訳じゃないからいいじゃん」
やがてそろそろいいだろうということでテープを外す。外し終わりましたというので、暢子・寿絵・千里・夏恋はそちらを見る。
「すごーい。一見すると女の子のお股だ」
「きれいにできてるね」
「実はきれいに作るのが難しい。私もこれ覚えた時は、きれいにできるようになるまで半年くらいかかったよ」
「へー」
「でもこれマジで女湯に入れない?」
と寿絵。
「連れて行ってみようか」
と暢子。
しかし千里は
「おっぱいないから無理だよ」
と言う。
「私はこれ覚えた頃、まだ小学生だったから、胸が無くてもなんとも言われなかったんだよ」
「なるほどー」
「でも接着剤で留めたんならお湯くらい入っても平気だよね?」
「うん。はがし液を使わない限り、これが自然に外れることはない」
「だけど万一中にいる時に外れちゃったら通報されて逮捕確実」
「逮捕者が出たら、インターハイ辞退になったりして」
「それはさすがにやばいな」
「人の少ない時にでも女湯に連れ込んでみたいなあ」
と暢子。
「むしろ人が多い時が少しくらい変な子いても平気かも」
と寿絵。
すると少し考えているふうの夏恋が言った。
「千里ちゃんが女湯に入っても騒がれなかったのって、おちんちんを上手に隠していたというのもあるだろうけど、見た雰囲気が女の子だからだと思う。昭ちゃんはどんなに可愛いといっても、やはり雰囲気は男の子なんだよね。だから女湯に入れると、騒ぎになる気がする」
すると千里も微笑んで言う。
「確かに男女を見分ける時の第1ポイントは雰囲気なんだよ」
「それどうやったら偽装できる?」
「私は生まれた時から女の子の雰囲気しかなかったみたい」
「全然参考にならない話だ」
この日の他の学校の結果。貴司たちのS高校は延長戦にもつれる大激戦の末、最後は1点差で勝ち、千里たちと同様BEST8となった。
しかし橘花たちのM高校は強豪の岐阜F女子高に当たり、橘花や宮子が気合い負けせずに必死に戦って善戦はしたものの、最後は12点差で負けてしまった。負けはしたものの橘花も友子も試合後向こうの選手から握手を求められていた。最後は向こうも総力戦という感じだったようだ。
M高校はBEST16停まりであるが、10年以上前にM高校がインターハイに出た時は1回戦負けだったらしいので立派な成績である。
これで帰ることになった橘花も友子も「そちらは頑張れよ」と千里との電話で言っていた。実際には今夜まで泊まるので、橘花は伶子と1年生の宮子・輝子を誘って明日の試合を見られる所まで見た上で、帰るらしい。唐津駅を16:23に発てば旭川に戻れる最終の羽田発新千歳行きに乗ることができる。明日の第4試合は15:00開始なので、第4試合の前半くらいまでは見られるだろう。
但し大半の選手はもっと早い旭川空港行きに乗るため13:38唐津駅発で帰るらしい。これが事実上高校でのバスケット活動の最後になってしまった友子も早い便で帰る組である。
「友子さんは高校卒業後はどうするんですか?」
と千里は電話で訊いた。
「高校に入った頃はこの3年間でやめるつもりだったんだけどねー。なんかインハイまで出られて、楽しくなっちゃったよ」
「友子さん、大学進学ですよね?」
「うん。今志望校は(北海道)教育大学旭川校」
「バスケ強いじゃないですか」
「うん。強いから私みたいなの入れてくれるかなと思ってたんだけど」
「インハイまで行ったチームのシューターだもん。充分興味持ってもらえますよ」
「そうだね。少し頑張ってみようかな」
橘花とは結構技術的な話もした。
「F女子高の前田さんが凄すぎる」
と橘花は言っていた。
「この人、私と似てるでしょ?」
と千里は言う。
「分かる?」
「ビデオ見ててたぶんそうだと思った。相手の意識の隙を読んで、その瞬間にマークを外しちゃうんだよ」
「そうそう。それそれ。私、千里にそれだいぶやられてて、絶対に意識の隙を見せないように、よそを見る時も1%意識を残すように気をつけてたんだけどね。それでもやられちゃうんだよ」
「そのあたりって実際に対戦してみないと、なかなか分からないんだよね」
「うん。観戦してる人は、なんで今の動きにディフェンスは対応できなかったんだろうと思うだろうね」
「千里とやってたおかげで、かなり防いだけど、それでも今日は負けた」
「いや。向こうも負けたと思ってるかもよ」
「そのくらい頑張れたらいいけどね。どっちみち試合に負けたらどうしようもない」
そして実際にF女子高の宿舎。
「今日は彰恵ちゃん、調子悪かったの? なかなかフリーになれなかったね?」
と前田さんは同学年の大野さんから声を掛けられる。
「今日私とマッチアップした子、凄かった。全然隙が無かったんだよ」
「へー」
「普通なら相手の意識が一瞬途切れた隙に移動しちゃうんだけど、それが全く効かないんだ。他の選手とか見る時も意識の一部をこちらに残してる」
「そのあたりが実際に対峙している人以外には分からないんだろうなあ」
「多分私と似たタイプの子とかなりやった経験がある」
「札幌P高校あたりに居るのかな。今年は出て来てないけど」
「あるいはそうかも。P高校も国体やウィンターカップには出てくるだろうから、情報収集しておかないといけないね」
1 2 3 4
【女の子たちのインターハイ・高2編】(2)