【女の子たちの水面下工作】(下)

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学校はこの合宿の翌週7月21日(土)から夏休みに突入する。
 
その7月21日、春先に妊娠騒動を起こした3組の忍が結婚式を挙げた。
 
既に彼氏と籍は入れているが式は保留にしていた。しかも2人はまだ同棲もしていない!各々の実家に住んでいて、毎週週末に彼氏が忍の実家を訪問して「週末夫婦」をしているのである。しかも忍は妊娠中ということもありセックスもしていないらしい。
 
「2学期は休学するし、この後は同棲するんでしょ?」
「しないしない。彼はまだ大学生だし、私も勉強しっかりやるし。会うのは週末だけ」
「じゃなんのために結婚を」
「適法的に出産するためだよ」
 
「でも結構お腹大きくなって来たね」
「うん。そろそろ学校に通学するのも限界を感じ始めていた。ここの所急に大きくなってきたんだよね。実は今月に入ってからはお父さんに毎日送り迎えしてもらっていた」
 
「おぉ、自家用車通学か」
「うちはそれ禁止されてないもんね」
「そのあたりが、さすが私立だよね」
「あまりやる子はいないけど」
「札幌の某学校は毎朝ベンツとかロールスロイスが玄関前に大量に来るらしい」
「なんかクラウンとかで通うのが恥ずかしくなると聞いた」
「あ、うちのお父さんはフィット」
と忍。
 
「庶民的で良い」
 
「予定日はいつだっけ?」
「12月25日」
「おお、イエス様と同じ誕生日か」
「誕生日のケーキはクリスマスケーキと兼用で」
「誕生日を忘れられることは絶対無い」
「便利なんだか損なのか」
 
式自体には3組の学級委員・智恵美と、生徒会副会長をしている5組の司紗とが2年生女生徒を代表して参列したのだが、披露宴代わりのお祝いパーティーには2年生女子の(たぶん)半分くらいが出席した(会費は一般5000円にしたがN高の女生徒は1000円ということにしてもらった)。
 

「お、千里も来てるね」
と3組の学級委員・智恵美から声を掛けられた。
 
智恵美は1年の時は2組で放送委員だったので千里とも親しいし千里の実態をよく知っている。
 
「忍ちゃん、高校に入ってからは、やめちゃったけど、中学の時はバスケやってて、何度か対戦したことあったんだよ。それで袖振り合うも多生の縁ということで押しかけてきた。まあ何人かから『ちょっと顔出せ』と言われたのもあるんだけどね」
と千里。
 
「ふーん。あれ?忍は女子バスケ部だよね?それで対戦したの?」
「うん。私も中学の時は女子バスケ部だったから」
「あ、そうだったのか。今日も女子制服だし」
「うん。私、女子生徒だから。それに招待されてるのは一応うちの女子生徒全員ってことになってるし」
「まあ男子生徒は招待しにくいよね」
 
と言って智恵美は少し楽しそうであった。
 

新郎新婦の挨拶、ケーキカットの後、余興の時間となる。
 
「よし、千里、余興やるぞ」
と言って千里は暢子から引っ張って行かれた。
 
バスケットボールを各々持って、暢子・留実子・寿絵・川南・メグミ・睦子・夏恋・萌夏・敦子・葉月・千里と2年生の女子バスケ部の11人が並ぶ。そして各々ドリブルしながら、号令係の明菜の笛に合わせて、各自ボールをドリブルしたまま隣の子に移していくというのをやる。端に居る千里は敦子からのドリブルをもらったら、暢子にパスする。
 
実はこの配列は1人おきにドリブルのうまい子が入っているという絶妙な配列なのである。両端の暢子・千里と真ん中付近にいるメグミ・夏恋はどうにでもボールを操れるので、そこで結構ツジツマを合わせている。前日に30分ほど練習しただけなのだが何とかうまく行った。
 
千里とメグミが2人前に出て、向かい合い、両手を使って交互にボールを撞くなどというのをやると、また歓声があがっていた。
 

バスケ部のパフォーマンスが終わった後、飲み物など飲んでいたら今度は鮎奈から
「千里〜、余興やるよー」
と言ってまた引っ張って行かれる。
 
DRKのメンバー12人が集まっていて、バンド演奏である。ちゃんと12人集まったのはなんと昨年秋の音源制作の時以来だ!この日のパートはこうなっていた。 
Gt1 梨乃 Gt2 鮎奈 B 鳴美 Pf 京子 Dr 留実子 Fl 恵香・千里 Vn 麻里愛・孝子 Leier 智代 Vo 蓮菜・花野子
 
「なんで私のフルートがここにあるの〜?」
と千里は訊いたが
「細かいこと気にしない」
と蓮菜から言われた。
 
この日演奏したのは津島瑤子の『See Again』、DRKオリジナルの『Delicious Horn』、そして木村カエラの『Butterfly』であった。
 

これで終わったかと思っていたら、レモンがやってきて
 
「花野子ちゃーん、千里ちゃーん、蓮菜ちゃーん、歌おう」
 
などと言われて、コーラス部のメンツに加わって一青窈『ハナミズキ』、篠田その歌『ポーラー』、モーニング娘。『ハッピーサマーウェディング』
と歌った。『ハッピーサマーウェディング』の歌詞はこういう若い結婚するカップルには危ないので「いいのか〜?こんなん歌って?」と思いながら千里は歌っていた。途中の「証券会社に勤めている杉本さん」というところは「大学生で証券会社志望の松川さん」と本物の新郎の名前に勝手に置換してレモンがしゃべっていた。
 

パーティーの最後には教頭先生がマイクの前に立ち
 
「若いから色々分からないこともあると思う。迷うこともあると思う。後悔することもあるかも知れないけど、無理せず、自然体に、そして前向き思考で一緒に歩んで行きなさい。何か困ったことがあったら、ふたりでよく話し合い、悩んだら各々の両親に相談し、親に相談しにくいことは、僕や山本先生・河内先生などにも遠慮なく相談して。休学中でも忍さんはN高校の生徒なんだから」
 
とはなむけのことばを述べた。
 

披露宴が終わった後はバスケ部のメンバーはそのまま送迎バスに乗り込み、近隣の宿泊施設付き総合運動施設に移動する。これから第二次合宿である。 
1年生と3年生は朝から入っていて既に練習を開始している。2年生はこの披露宴に出席した後の参加ということになった。
 
第二次合宿は一緒にインターハイに出場する旭川M高校との合同合宿である。 
2年生は施設に到着するとまずは準備運動の後、シュートやドリブルなどの基礎練習をした後、試合形式の対戦をする。
 
参加者はN高校36名・M高校28名と大人数だ。どちらの高校も試合に出られない選手を含めて全員を佐賀に連れて行くことにしている。今年は応援係あるいは偵察係であっても、レベルの高い試合を見ることが必ず翌年以降につながる。 
N高校・M高校各々を4チームに分け、お互いのAチーム同士、Bチーム同士、Cチーム同士、Dチーム同士で試合する。コートが2面使えるので、Aチーム戦とCチーム戦、Bチーム戦とDチーム戦を10分交代で並行して行う。次の試合をやっている10分間が休憩時間になる。そして試合での内容によってメンバーを適宜昇格・降格させていく。
 

N高校のAチームは、久井奈・雪子・千里・留実子・麻樹・揚羽・穂礼・暢子の8人で始めた。南野コーチは最初透子を入れようかと思ったものの、千里が入っていると透子にプレイ機会を充分与えられないので、むしろBチームに入れてシュートをどんどん撃たせるという選択をした。千里に何か事故でもあった場合は透子だけが頼りになる。
 
M高校は葛美が181cm, 橘花が182cm, N高校も留実子が180cm, 暢子が177cm, 揚羽が174cm とどちらも長身の選手が入っており、これにいつも合同練習に協力してもらっているマリアナさんにも1試合交代で双方のチームに入ってもらったので、空中戦が物凄いことになっていた。
 

夕食は初日は焼肉であったが、その後、すきやき、ジンギスカン、豚しゃぶと目先を変えて最終日も焼肉になった。朝は石狩鍋・チゲ鍋・もつ鍋・おでんと鍋で攻めて、お昼はカレー・シチュー・ハンバーグに唐揚げ、最後はまたカレーであった。要するに4日単位でローテーションしているようである。全てお代り自由なので、みんなよく食べていた。
 
千里もほんとによく食べているので、最近の変化を知らなかったM高校の伶子などが「千里がこんなに食べているとは」と驚いていた。
 
部屋はN高校で6部屋、M高校で5部屋と先生やコーチたちの部屋(男女)という15部屋占有で、この宿泊施設の7割を占有していた。(他にテニスの合宿に来ている高校女子たちが残りの部屋を使っていた) 

千里は暢子・留実子・雪子・寿絵・夏恋と同じ部屋である。
 
「そういえば今月初めに東京に行って来たのは、何の用事だったの?」
と暢子から訊かれた。
 
「バスケ協会から呼び出されたんだよ。私が道大会でスリーポイント女王になったから、本当に男じゃなくて女なのか再確認って言われて、徹底的に検査された」
 
「面倒くさいね。男子の方に参加してたら、女じゃないかと疑われて、女子の方に参加していたら、男じゃないよなと疑われるなんて」
と寿絵が言う。
 
「で、男だと確認された?」
と暢子。
 
「まさか。女だと確認されたよ」
と千里。
 
「やはり千里、本当に女になってたんだ?」
「もちろん」
「いや、正直私も半信半疑だった部分がある」
と暢子は言っている。
 
「ちんちん、本当に無いの?」と寿絵。
「付いてないよ。何なら見せてあげようか?」と千里。
「見てみたい気がする」と暢子。
 
「じゃ、後で。完全に疑惑は消えたみたいだから。女子オリンピック代表にしてもいいとか言われたし」
「おっすごい」
「インターハイで優勝したらね」
「それは条件が厳しい」
 

お風呂は天然温泉だが、観光施設ではなく、あくまでスポーツ施設の付属施設なので特に色気のような物は無く、銭湯のような感じの単純な作りであった。宿泊者がせいぜい90人程度なので特に時間帯分けはせずに自由に好きな時に入ってということだった。
 
「何時まで入れるんだろう?」
「夜1時までだった。但しインハイに出る気があるなら22時就寝と南野コーチが言ってた」
「ああ。じゃ9時頃行こうか」
 
「誰かゲーム機持って来てないの?」
「みどりさんが見つかって没収されてた」
「まあ見つかるかもね」
 
「だけどこの合宿、昭ちゃんも連れて来たかったね。けっこう良いシュート撃つようになってきてるもん」
「それマジで南野さんと宇田先生、悩んだらしいけど、やはり男の子が居るといろいろ問題があるから断念したみたい」
「合宿に参加させる前に、性転換手術を受けさせるという手もあったが」
「冗談で南野さんそれを訊いたら、本人ほんとに悩んでるみたいだったので、ごめんごめんジョークと言っておいたらしい」
「ほほぉ」
「やはりホントに女の子になりたいのか」
「インハイから戻って来たら、また可愛い服を着せてあげよう」
「本人、かなり喜んでいるよね、あれ」
 

結局9時頃まで、お互いに足などをマッサージしあいながら、ダラダラとおしゃべりしていて、それから部屋の6人で一緒にお風呂に行った。脱衣場で、バッタリと橘花・葛美・友子の3人に会う。
 
「お疲れ〜」
「お疲れ〜」
 
「そちらは何時就寝?」
「10時」
「じゃ同じ時刻か」
「10時すぎても騒いでるの見つかったらインハイのベンチから外すと言われてる」
「ああ、それも同じだ」
 
千里が服を脱いでいると、M高組の視線が鋭い。N高組は先週の第一次合宿でも一緒にお風呂に入ったので、今更である。
 
「千里、やはりほんとに女の子だよね、これ」
と橘花はいきなり千里のお股に触って言う。
 
「ちょっと!タッチは無しで」
と千里。
 
「5月に札幌で話してた時は実はまだ手術してないと言ってたけど、これは間違い無く手術済みという気がする」
と橘花。
 
「うん。実はあの後手術したんだよ」
「ほほぉ」
「手術してから既に11ヶ月経ってる」
「あれからまだ2ヶ月だけど」
「うん。その2ヶ月の間に実は私は11ヶ月経っちゃったんだよね」
「意味が分からん」
「あまり人に言うなと言われた。頭がおかしいと思われるからって」
「それがいいと思う」
 

千里が注目されている間に留実子はさっと男物の下着も取って裸になっていた。留実子は最近試合の時以外はブラもつけてないようである。
 
全員で浴室に入り、各自身体を洗ってからまた浴槽の中でおしゃべり+情報交換である。
 
「P高校の佐藤さんは、怪我は大したことなくて、大事を取って数日休んだけど、すぐ練習に復帰したらしい」
「それは良かった」
「でもP高校の監督さん、辞表出したらしいよ」
「ひゃー」
「いや仕方無いよ。あそこはインハイに出るのが当然と思われているから」
 
「一応校長先生預かりになったらしい。ウィンターカップで決めるということ」
「ということは、秋の大会はかなり必死になってくるな」
「夏休み中40日間の合宿だって」
「すごっ」
「私たちもインハイが終わった後、毎日練習試合やろうよ」
「うん。やりたいやりたい」
 
「インハイ、どこまで行けるかなあ」
「BEST16くらいは行きたいね」
「やはり優勝を目指そうよ」
「おっ」
「旭川N高校と旭川M高校で決勝戦やろう」
 
両者は同じ北海道代表ということで別の山になっているので当たるとしたら決勝戦である。
 
「そこまで行けたら死んでもいい」
「いや、まだ死ぬには早すぎるよ」
 

お風呂から戻ったのは22:50である。
 
「さあ、寝よう、寝よう」
と千里は言ったのだが
 
「さて、それでは千里のあそこを公開してもらおうか」
と暢子は楽しそうに言う。
 
「えーー!? ほんとに見るの?」
「さっき見ていいと言ったろ?」
「言ったけど」
 
などと言っている内に、橘花と友子までやってくる。
 
「なんか楽しいものを見られると聞いたから」
「なんで〜!?」
 
「さて、おとなしく脱ぐのと、無理矢理脱がされるのと、どちらがいい? 私は無理矢理引っぱがす方がいいけど」
と暢子。
 
「おとなしく脱ぐよう」
 
と言って、千里は体操服のズボンとショーツを脱いだ。
 
「開脚しようか」
「もう」
 
言われた通り、足を広げる。暢子と橘花が寄って見る。寿絵と友子もその後ろ見ているが夏恋と雪子は少し離れた場所から眺めている。留実子は窓際の椅子に座って外を眺めている。
 
「ちんちん無いね」
「あったら大変」
「タマタマも無いね」
「それあったら女子として認めてもらえないよ」
 
「それちょっと広げてみない?それとも私が広げてもいい?」
「自分でやるよ」
と言って千里は両手の指でそこを開いてみせる。
 
「以前お風呂の中で見た時は偽装してるんだって言ってたけど、これはやはり本物だよね?」
「そうだね」
「ほんとに手術したんだ?」
「そうだけど」
「すごーい。ふつうに女の子の形だと思う」
 
「私自分でも自分のってあまりじっくり見たことないや」
と寿絵。
「じゃ、次は寿絵を解剖してみるということで」
と暢子。
「勘弁して!」
 
「このあたりがクリトリス?」
などと言って暢子は触っちゃう!
 
「うん」
「おしっこ出てくるところあるね」
「無かったら困るよ!」
「ちゃんとヴァギナもある」
「そこにクスコ入れられて詳細に調べられた」
「まあ、千里は処女じゃないしな」
 

「よし。確かに千里が女だというのを確認した」
と言って暢子は観察を終了した。手を洗ってくる。
 
「私のも見せてあげようか?」
「いや、別にいい」
 
「まあ、女同士見られてもいいよね」
「いいけど、ふつうはあまり女同士でもこんなにじっくりと見るものではない気はするけど」
 
「だけど実際問題としていつ手術したの?」
「1年くらい前だよ」
「さっきもそんなこと言ってたね。じゃ去年の夏休みくらいか」
「まあ夏休みでもなければこんな手術受けられない。だから去年の6月道大会で函館に行った頃は、まだ本当に男の身体だったんだよ」
「それでも千里、函館の旅館では女湯に居た」
「私、小学校4年生の時以降、男湯には入ってないよ」
「ほほぉ」
 
「去年の夏休み以降、部活のサボりが多かったのは身体を休めてたんだ?」
「うーん。まあ確かに手術の後、5ヶ月くらいはずっと療養してたよ。その後練習再開したんだよ」
「確かに1月以降、気合いが違ってたもんなあ」
 
千里は自分で言いながら、なんか矛盾点が少ないようにできてるなあと思っていた。去年の秋頃中だるみして練習をサボっていたのが結果的には身体を休めていたかのように思ってもらえる。実際には性転換手術の後、療養していたのは、大学4年生の夏で、その後のリハビリ兼身体作りというのは大学1年生の春から夏に掛けて「した」ものであることを、千里は《いんちゃん》から教えてもらっていた。つまり私って、大学に入ってもバスケ続けるのかな?と思うと不思議な気持ちがした。まあ、バスケ楽しいし、一生続けてもいいよなという気もする。貴司もきっと一生続けるのだろうし。私と貴司って結局バスケ仲間というのがいちばん太い軸なのかも知れないと千里は思う。
 

バスケ部の合宿は26日の夜までたっぷりと行われた。M高校とN高校のメンバーは、翌7月27日(金)朝、旭川空港に向かい、羽田行きの飛行機に乗る。この旭川空港に、M高校もN高校も見送りの集団が来ていて、一部のメンバーは家族と会って、着替えのバッグを交換したりもしていた。千里や暢子などは合宿所のコインランドリーで洗濯していたので、交換不要でそのままである。でも美輪子と玲羅も見送りに来てくれていた。玲羅は旭川に出てくる時はS高校男子の人たちと一緒だったので、貴司や佐々木さんなど顔見知りのメンツと言葉を交わしたらしいが、千里は空港では貴司を見かけなかった。
 
羽田でお昼過ぎの福岡空港行きに乗り継ぐが、この機内でお弁当を食べた。お弁当だけで足りずに自主的に調達した唐揚げを食べている子もいて、唐揚げの入った袋が座席の間を移動していた。14時過ぎに福岡空港に降り立った。 
M高校のメンツと別れ、空港から地下鉄で移動して福岡市内のK女学園に行く。ここの体育館を練習用に借りられることになっているのである。ここのバスケ部コーチと南野コーチが大学時代の同輩であったことから実現したものであった。 
K女学園も全国大会常連校なのだが、今年は県大会の決勝リーグ3位で惜しくもインターハイ進出はならなかった。
 
最初基礎的な練習をするが、1時間ほど汗を流した所で、そのK女学園チームと練習試合をした。
 
さすが全国区のチームだけあって強い、強い。千里たちは旭川のL女子高クラスのチームと戦っている手強さを感じていた。千里や暢子にも凄く強い人がマークに付き、千里もなかなかフリーにさせてもらえなかった。
 
試合としては82対72でN高校が勝ったが、双方とも気持ち良く汗が流せて終了後あちこちで握手したりハグしたりする姿が見られた。
 

地下鉄から直通運転されているJR筑肥線でバスケットの会場がある佐賀県唐津市に向かう。
 
夕食は向こうに着いてからホテルで食べるのだが、たっぷり汗を流した後でみんなお腹が空いている。唐津までも持たない!といって、地下鉄の駅そばにあったマクドナルドでハンバーガーを注文して地下鉄に持ち込む子が大量に居た。 
暢子などクォーターパウンダー2個にポテトL・コーラL2杯などと頼んでいたが、千里もダブルチーズバーガーと爽健美茶Lを頼んだ。
 
「千里が1年の頃から進化したポイントが3つある」
と暢子は言った。
 
「何?」
と寿絵が訊く。
 
「ひとつはちゃんと練習するようになったこと」
「ああ、千里ってほんとよくサボってたもんね〜」
 
「ひとつはちゃんと食べるようになったこと」
「うんうん。別人なくらい食べてるね」
 
「そして体力が付いたことだな」
「うん。私、以前は前半でもうバテてたもん」
と本人も言う。
 
「まあ動きも素早くなったし、撃つ速度も上がったけどね」
「千里、最近よく高い軌道のシュートを撃ってるよね」
「うん。ブロック回避のひとつの手段」
「腕力が付いたから撃てるようになったシュートだな。昔の千里の腕力なら、45度の方向に撃たないと届かなかったんだ」
 

「45度がいちばん届くというのは発射点と同じ高さの所に入れる場合なんだよ。バスケのゴールは私の発射点より1.5m高い所にあるから、いちばん弱い力で到達させるための角度は45度じゃなくて50度になる」
 
と千里は物理学の計算を言う。
 
「そういう難しい話は分からん」
と暢子はいきなり匙を投げた。
 
「でも私の場合、ビデオに撮ってもらったのを見ていたら実際にはだいたい40度くらいの低い弾道で撃ってる。J学園の花園さんのシュートは随分youtubeに上がっている映像で見て研究したけど、彼女は35度くらいで撃ってる」
 
「なんでそんなに低いの? だってボールがゴールに向かっていく時のリングの断面積を考えたら、高い角度から落とした方が入りやすい気がする」
と少しは物理学(というよりこれは数学の問題)が分かる寿絵が言う。 
「高い軌道のボールはぶれやすい」
と千里は明解に言った。
 
「あ、そうか!」
 
「実際に計算してみると角度75度で撃つと50度で撃った時の倍の滞空時間がある。角度24度で撃つと50度の時の半分の時間でゴールに到達する」
「ふむふむ」
 
「優秀なシューターはみんな相手から無茶苦茶マークされる。だから僅かな隙に撃たないといけないから、正しくセットする余裕が無いんだよ。高い軌道のシュートというのは、確かに数学的には入りやすいかも知れないけど、滞空時間が長い分、軌道がぶれる。すると余裕の無い中で撃つと結果的には入る確率は落ちるんだ」
と千里。
 
「うーん。まあ要するに、いろんな撃ち方ができたら、それだけ攻撃の幅が広がるということだよな」
と暢子はとっても大雑把な結論を言った。
 

福岡市の中心部から唐津までは1時間ちょっと掛かるが、乗る前に大量に水分を取っていたので千里はトイレに行きたくなった。それでトイレのある車両まで行く(地下鉄なのにトイレが付いているのは全国的にも珍しいらしい)。 
するとバッタリ貴司に逢ってしまった。
 
「わっ」
「わっ」
「この電車に乗ってたんだ!」
「うん。3時頃福岡空港に着いて、市内の協力校で練習させてもらってから宿舎へ移動中」
「私たちも同じ!」
 

それでトイレに行って来た後で少しお話しする。トイレのある車両にはS高の佐々木さんや清水さんなど、顔なじみのメンバーが居て何だかにやにやしているので、ふたりは隣の車両に移動した。うまい具合にその車両の端の方は乗客が居ない。2人はS高のメンツから死角になる位置に並んで座った。身体が接触して少しドキドキする。
 
「そういえば千里、なんかまた検査を受けたんだって?」
 
こういう情報って、どうやって貴司の所に到達しているのだろうと千里は疑問を感じる。
 
「道大会でスリーポイント女王とか取ったから、本当に女なのか再確認させてくれとか言われて」
「大変だね!」
 
「秋の検査は『本当に男なのか?』を検査されたんだけど、今回は『本当に女なのか』を検査されたって感じ」
「なんか難しいな。確かに千里って、男の領域と女の領域の微妙な所を漂っている感じもするし」
「貴司、もしかして普通の女の子より私みたいな子の方が好きだったりして?」
「う・・・」
 
ふーん。図星かなあという気がする。
 
「裸にされて身体のお肉の付き方観察されて。まあこれがいちばん重要だったみたいだけど。あとおしっこと血液と取られて、主としてホルモンの量を検査されたみたい。内診台にも乗せられたしMRIなんて2度ふつうのに入ったあと、オープンMRIにまで掛けられたし。なんか細胞の隅々まで見られた気分だよ」
 
「その点、僕も疑問があったんだけど、千里やはり既に女の子の身体になってるんだね? 内診台にまで乗せられたって。内診台ってあの中を見るんでしょ?」
 
「そうだよ。貴司も一度乗ってみる?」
「男には《内側》が無いから内診台で見るべきものがないでしょ?」
「ふふふ」
 
千里は去年の秋なんて《内側》が無いにもかかわらず内診台に乗せられて観察されたな、というのを思い起こしていた。
 

「ね」
「うん?」
「実は不安なの。インターハイなんて大舞台で私、萎縮しちゃったりしないかって」
「千里でもそんなの不安になるんだ? 千里っていつも達観している感じなのに」
「私だって不安になる時はあるよ」
 
「不安になった時は、千里、自分の携帯ストラップを見なよ」
「あ・・・」
 
千里がトートバッグから携帯を取り出す。金色のリングのついたストラップが付いている。貴司も自分のポケットから携帯を取り出す。同じ金色のリングのついたストラップが付いている。
 
「僕たちは夫婦なんだから。たとえ物理的に離れていても、ずっと一緒に居るんだよ。試合中でもお互いそばに居るんだよ」
「うん」
 
そして貴司は千里の唇に5秒ほどキスをしてくれた。
 
周囲の乗客はこちらを黙殺している。
 

「私さ」
「うん」
 
「ずっと貴司の奥さんのつもりでいてもいい? 貴司そのうち普通の女の子と結婚するんだろうけど、貴司とその奥さんの迷惑にならない所でずっと貴司のこと思ってる」
と千里は言った。
 
「できたら千里と法的にも結婚したい」
と貴司は言った。
 
ふたりはしばらく無言で見つめ合った。
 
「でもそれがかなわなかった場合でも、僕は千里のこと、奥さんだと思っているかも。他の女性と結婚したら重婚になっちゃうけど」
と貴司。
 
「うん。それでいいよ。私もひょっとしたら他の人と結婚しちゃうかも知れないけど」
と千里。
 
「お母さんの手前、貴司が就職するまでの期間限定なんて言っちゃったけど、本当は永遠の愛を誓ったつもりなの」
「実は僕もそのつもり」
 
ふたりは再度短いキスをした。
 

「なんかこんなこと話したら、気持ちが凄く楽になっちゃった」
「実は僕も」
 
「頑張ろうよ」
「うん、頑張ろう」
 
今度はふたりは握手した。
 
「貴司、1回戦勝ったら1回、2回戦勝ったら2回、3回戦勝ったら4回、4回戦勝ったら8回、準決勝勝ったら16回、優勝したら32回、させてあげるね」
「32回もやる自信無いなあ」
 
「私が1回戦勝ったら1回、2回戦勝ったら2回、3回戦勝ったら4回、4回戦勝ったら8回、準決勝勝ったら16回、優勝したら32回、抱いてよ」
「努力はしてみる」
 
「だから2人とも優勝したら64回だよ」
「そんなに連続してやったら、もう立たなくなっちゃうかも」
 
「立たなくなっちゃったら、いっそ取っちゃって女の子になったら?」
「いやだ」
「女の子同士になったら、また対戦できるよ」
「うーん・・・、それは千里とまたやりたいけど、そのためにチンコ捨てる気にはなれない」
「うふふ」
 

自分の車両に戻ると
「長かったね」
と寿絵から言われる。
 
「実は貴司と会っちゃった」
「あ、去年試合中にキスした男の子?」
「うん」
「同じ列車だったんだ?」
「びっくりした」
 
「キスした?」
などと暢子が訊く。
 
「した」
「ほほぉ」
 
「何かそれで凄く気持ちが楽になっちゃった。試合、頑張るね。インターハイなんてとんでもなく強い所ばかり揃ってて、私シュート1本も撃てずに100対0で負けちゃったりしないだろうかって、変な不安感じてたけど、貴司と話したらスッキリしちゃった」
 
「キスしたからスッキリしたのでは?」
「えへへ」
 
「まあ相手チームだって私たちと同じ女子高生なんだから、100対0ってことはないでしょ」
「でも愛知J学園は地区大会の1回戦で268対0の試合やったらしいよ」
「すげー!」
「どうやったら268点なんて入るの?」
「40分の試合なんだよね?」
「全部2ポイントだったとして18秒に1回ゴールしたことになるね」
と寿絵が携帯の電卓を叩いて計算した。
 
「どんどんボール奪われて得点されたんだろうな」
「しかし女王も容赦無いね」
「いや、絶対に手抜きをしないから女王なんだよ」
 
「道大会の決勝リーグも最初のP高校とC学園の試合でP高校がもっと容赦なく点数取っていたら、P高校が代表になれたろうしね」
「結果論だけどね」
「おかげで私たちは今ここに居る」
 

千里たちは唐津駅市内の駅で降りた。貴司たちはまだ乗っている。更に先の駅まで行くのだろう。
 
駅の周りには何も無かったが、送迎バスで比較的新しい感じのホテルに入った。 
「なんかこのホテル高そう!」
「ホテルは学校が直接予約してるんだっけ?」
「インハイは全学校分まとめて旅行会社にオーダーされてるはず」
「たまたま良いホテルに当たったのでは?」
 
千里が何か考えている風なので寿絵が訊く。
「どうしたの?幽霊でもいる?」
「うん。ここ出ると思う」
「うっそー!」
「だって、このホテル、以前お墓だった所に立ってるよ」
「えーー!?」
 
「そんなの分かるんだ」
「ただしかなり昔だよ。おそらく・・・・100年くらい前」
「そんなに昔でも幽霊って残っているもんなの?」
「うーんと。当時の幽霊はさすがに残ってないと思うけど、霊団が維持されてるんだよ。ここ近くに大きなお墓があるみたい。もしかしたらここにあった墓地をそちらに移転したのかも。それでそちらで迷ってた霊とかを呼び寄せて。大きな道路がそばにあるから、その道路沿いで事故死した人とかあと海も近いからそちらで亡くなった人とかの霊も呼び寄せて。今居るのはここ20-30年以内のものがほとんどだと思う」
「うむむ」
 
「でも大丈夫だよ」
と言って千里は微笑む。
 
「うん?」
「今うちのメンバー全員に防御を掛けたから」
「ほほぉ」
 
『くうちゃん、ありがとね』
と千里は後ろの子に声を掛けた。
 

その日の夕食は焼肉であった。この宿では夕食は毎日焼肉だから、どんどん食べようと南野コーチから言われる。千里もたくさんお肉を食べて
 
「高校に入ってきた頃の千里からは、想像が付かん食べっぷりだ」
などと言われていた。
 
「合宿でもよく食べてたもんね」
「千里が食べてるから、私ももっと食べろと言われた」
などと同じように少食な穂礼が言う。
 
「体重もかなり増えたでしょ?」
と暢子から言われる。
 
「昨日合宿所のお風呂で体重計に乗ったら57kgだった」
「1年生の頃は50kgあるかないかだったでしょ?」
とメグミから言われる。
 
「体重測定の直前に水を2L飲んで50kgと言われた」
「つまり48kgだったんだ!?」
「重い方に誤魔化すのはわりとできる」
 
「でも誤魔化しても、痩せすぎだと言われてたんだよね?」
「まあね」
「ちょっとお腹さわらせて」
と言って暢子が千里のお腹を触る。
 
「全く贅肉が無い」
「私のお肉はほとんど筋肉だって、こないだ病院でも言われた。脂肪の蓄えが少ないからマラソンとかは走れないかも」
「それだけ物凄いトレーニングを積んでいるってことだな」
 
「でも千里は、1年生初めの頃から脂肪も増えてるかも。筋肉の方がずっと増えてるから相対的な比率は小さくても」
とメグミ。
 
「ああ、それは言えてる。最初の頃があまりにも痩せすぎだったんだよ」
と暢子。
 

部屋に入る。同室になっているのは暢子・寿絵・夏恋である。今回留実子は南野コーチ・山本先生と一緒の部屋にしてもらっている。おかげで堂々と男子下着がつけられるなどと留実子は言っていた。(千里たちと一緒の部屋でも堂々と男物下着をつけていたが) 
その日、暢子はなかなか寝付けないようで1時近くまでひとりごとを言っていたと寿絵は言っていた(つまり寿絵も寝付けなかったのだろう)。しかし千里は11時くらいまでには熟睡の状態になっていた。
 
そして夜中誰かに起こされる。
 
「これ、起きよ、起きよ」
「なんですか〜?」
と言って起きると、なんか古風な飛鳥時代か?と思えるような衣装を着けた女性が2人枕元に立っている。
 
「姫様がお呼びじゃ。来られよ」
「姫様ってどなたでしょう?」
「姫様を知らぬとはなんたる不届き者」
「すみません。こちら初めてなので」
「初めてなら仕方あるまい。何人も声を掛けたのに、返事したのはそなたが最初じゃ」
 
もしかしてうちのチームの選手全員に声を掛けていたりして? 千里はそんなことを考えながら、その女性2人について行く。やがてどこか古い宮殿のような所に入った。
 
「そなたたちは何者じゃ?」
と何か偉そうな感じの人のそばにいる女性が尋ねる。
 
「私は北の国、北州島より参りましたバスケットボールの選手です」
「ばすけと? それは何か新しい戦(いくさ)の武器か?」
 
「戦争とかではありません。むしろお互いに仲良くなるためのお遊びです」
「本当に戦(いくさ)ではないのか? 何やら『勝つぞ』とか『戦うぞ』とかいう声がたくさん聞こえたし、物凄く体格の良いものが男も女も集まっているようだが」
 
「戦うというのはそのお遊びのことです。12人ずつ二手に分かれ、5人ずつ場に出て玉の取り合いをします」
「なんだ。玉の取り合いなのか」
「玉を籠にたくさん入れた側の勝ちなのです」
「ほほぉ」
「それで2組ずつ戦っていって、最後まで勝ち残ったところが優勝ということで旗をもらいます」
「負けた側は奴隷にでもされるのか?」
「そんなことはありません。次の大会で勝てるよう、また身体を鍛えるだけです」
「ほほお」
 
そんなやりとりをしていたら、玉座に座る女性が自ら発言した。
 
「そういう遊びというのは以前にも何度か見たことがある。しかし今回は物凄い者たちが集まっておるな」
 
「私たちは数え年で17から19の者が集まっています。このヤマトの国でこの年齢で一番この遊びが上手い者たちの大会なのです」
「それでか。取り敢えず女兵士たちの中で、特に凄い者10人に声を掛けたのだが、ここまで来てくれた者はお前だけだった」
 
へー。特に凄い人10人の中に私も選ばれたのか。花園さんとかは絶対入っているんだろうなと千里は思った。
 
「戦(いくさ)でなければ問題無い。頑張ってよく遊ぶように」
「ありがとうございます」
 
「それにそなた、どこぞの神様の守護が付いているな?」
「はい。陸奥(みちのく)の出羽の国、羽黒山大神に色々して頂いております」
 
「おお。羽黒山大神には一度お会いしたことがあるぞ。美しいお方じゃ」
「はい。私は身分が低いのでお顔は拝見できないのですが、美しいお声の方と思っております」
 
「羽黒山大神にお土産を持たせよう」
「ありがとうございます。お預かりします」
 
それで千里は何やら包みをもらった。
 
「お主にも褒美を取らせる。そうだ。そのお遊びに勝てるよう、力を授けようか?」
「ありがたきお言葉ですが、ご遠慮申し上げます。自分の力だけで勝てないと、戦う者として、ずるいですから」
 
「ふむ。そういう欲の無いところが気に入った。では記念にこの珠でも授けよう」
「珠でしたら、頂きます」
 
それで千里は姫様から直々に何か白い勾玉をもらった。貝で出来ているようだ。 
「ところで姫様。呼びに行った時に、われらに物を投げつけたおなごはどうしましょうか」
「無礼な奴だな。あの者には重しを付けて動きにくくしてやれ」
 
わぁ、可哀想!
 

千里を連れて来た2人の侍女に連れられてホテルに戻った。そこに美鳳さんが居た。厳しい顔をして立っている。
 
「私の弟子が何か不都合など致しましたでしょうか?」
と美鳳が言うと、侍女は美鳳の前に跪いた。
 
「どちらの神様かは存じませんが、そちら様のお弟子様でしたでしょうか?いえ。我らが姫様と少しお話をしましただけで」
と侍女が言う。
 
「美鳳さん、姫様から羽黒山大神様へ、お土産を言付かったのですが」
と千里。
 
それで千里が姫様からもらった包みを見せると
「私がそれは持って行こう」
と美鳳は言う。
 
「ありがとうございます」
と千里。
 
「そちらからお土産をもらっただけでは悪いから、これをそなたたちの姫様に差し上げよう」
と言って美鳳は、さくらんぼのパックを侍女に渡した。
 
「もったいのうございます」
「今、この肥前国のあちこちで、こういう戦いがくりひろげられているのだよ。決して血を流すような戦いではないゆえ、大目に見てくれるよう姫様には伝えておいてもらえるかな?」
 
「はい、かしこまりましてでございます」
と侍女2人は地面に頭を付けて答えた。
 

侍女たちが帰ってから美鳳さんと話す。
 
「すみません。付いて行ったのまずかったですか?」
「平気平気。松浦佐用姫(まつらさよひめ)様も退屈なのだろう。何かされなかったか?」
「いえ。平和にお話しました。大神様へのお土産と、あと私にと言ってこんな勾玉を頂いたのですが」
 
と言って千里は白い勾玉を美鳳に見せる。
 
「ああ。このくらいはもらっておけば良いよ」
「どこに置いておこう。これ私が目を覚ましても残ってるかなあ」
「身体の中に入れておけばいい。必要な時は飛び出してくるよ」
 
「私の身体って容れ物なんですよね」
「ふふふ。私も何度か入らせてもらったけど、凄く快適なんだよ」
「まあそういう体質だから仕方無いのか」
 
そんなことを言っていると、白い勾玉はすっと千里の身体の中に吸収された。 

 
翌日。開会式が行われた。総合開会式は佐賀市で行われているのだが、バスケは唐津市が会場で、交通の便の関係で出なくても良いようであった。佐賀県というのは、佐賀市などのある県南部(有明海沿岸)と唐津市などのある県北部(玄界灘沿岸)とが、文化圏的にも商業圏的にも交通網的にも断絶していて、南北の連絡は極端に不便である。
 
それでバスケットボール単独の種目別開会式に出席する。
 
選手入場の際、千里が2月に書いたLucky Blossomの『走れ!翔べ!撃て!』
の音楽が流れていた。つい心に笑みが湧く。自分で書いた曲を本番の現地で選手として聴くことができたのは最高だなと千里は思っていた。
 
そのために性転換までするとは思わなかったけどね!
 
国歌斉唱・高体連の歌を斉唱した後、昨年優勝した、男子は福井のH高校、女子は愛知J学園から優勝旗が返還された。J学園は1986年から昨年までの21年間に14回優勝している絶対的な王者だ。12月にウィンターカップで見た時も、5月に札幌P高校との試合を見た時も、格の違いを感じた。遙かな頂点のチーム。そしてその優勝旗を返還し、レプリカを受け取ったのが、キャプテンの花園亜津子だ。こちらは彼女に注目しているが彼女は千里など眼中にないだろう。千里は彼女と戦いたいという気持ちが高まるのを感じていた。
 

大会長の挨拶・祝辞の後、選手宣誓が行われる。これは抽選で選ばれたらしく、富山T商業(男子)と沖縄S高校(女子)の代表が1名ずつ出て一緒に宣誓のことばを述べた。
 
その後、エキシビションが行われる。
 
最初にステージに登ったのはParking Serviceである。6人のメンバーと後ろにダンサーだろうか6人の知らない女の子が入り、踊り始める。今年のインターハイ・バスケットのテーマ曲である『走れ!翔べ!撃て!』を歌う。千里はてっきり口パクするのだろうと思っていたら、ちゃんと歌っている!下手だけど!! 
その時千里はバックダンサーの右端の子にちょっと注目した。
 
明らかに他の子たちより上手い。前面で歌いながら踊っている正メンバーより上手い。ダンスチーム自体のリーダーは左端で踊っている子のようだが、この子の方がリーダーより上手い。手足の使い方がすごくよく出来ている。恐らくバレエか何か小さい頃からしていたのではなかろうか。
 
ひょっとすると、別途近い内にデビューさせる予定の子をステージに慣らすためにダンサーさせているのだろうか?などとも千里は想像した。
 

Parking Serviceは『走れ!翔べ!撃て!』に続いて自分たちの持ち歌も2曲歌ったが、高校生世代にはファンが多いので何だか嬉しそうな顔で手拍子を打っている子たち(主として男子)が居た。彼女たちの後は、地元の高校の吹奏楽部による演奏が行われ、最後は唐津くんちの囃子の演奏が行われた。大きな太鼓と小さな太鼓に鉦(かね)、そして笛の合奏だったが、この笛が不思議な金属的な音がしていた。どういう笛なのだろう?と龍笛吹きの千里としては興味を感じた。
 
開会式の後は会場の体育館が練習用に開放されるのだが、千里たちのN高校は夕方の割り当てだったので、筑肥線で移動して福岡市に行き昨日も練習させてもらったK女学園でまた練習させてもらうことになっていた。
 
それで会場から出て、ぞろぞろと歩いて東唐津駅まで移動していたら、道の途中にマイクロバスが停まっていて、男の人がタイヤを交換しようとしている。パンクだろうか? そしてそのそばで、Parking Serviceのリーダー・マミカちゃんと、ダンサーの右端に居た子が様子を眺めていたので、N高のメンツがやや騒然とした。
 
「パンクですか?」
と宇田先生が声を掛けた。
 
「ええ。でもこのジャッキ弱いもんで、なかなかうまく持ち上がらなくて」
「貸してください。でも乗ってる人は降ろした方がいい」
と宇田先生が言う。
 
それでバスに乗っていたParking Serviceのメンバー、ダンサー、スタッフが全員降りる。なるほど女性ばかりで、男性はこの運転手さん?だけだったようだが、この運転手さんもあまり腕力は無さそうな感じだ。
 
それで宇田先生がジャッキを頑張って押して車体を持ち上げた。
 
N高のメンツはParking Serviceのメンバーに
「ファンなんですー」
などと声を掛けている。握手してもらったりしている子もいる。
 
「冬子ちゃん、列車の時刻は大丈夫?」
とマミカちゃんがダンサーの子に訊いていた。
「最悪、ここから歩いて行っても間に合うと思うから」
と冬子と呼ばれた子は答えている。
 
「お友だちが陸上に出ると言ってたね」
「うん。女子1500mにね。でも陸上は8月2日からだから、競技が始まる前に東京に戻らないといけないけどね。激励していくだけ。私は3日から別の予定が入ってるんだよ」
「相変わらず忙しいね!」
「今月中に10曲、編曲もしないといけないし」
「今月中って3日半しかないじゃん!」
「まあ、いつものことだよ」
と冬子は言っていた。
 
会話を聞いていて、この冬子って子はダンサーというよりスタッフに近い立場なのかなと思った。自分とあまり年齢が変わらない感じだが、恐らく音楽系の高校か何かに通っていて楽典的なスキルがあり、楽曲の制作などに関わっているのだろう。
 
千里は彼女を見ながらそんなことを考えていた。これが実は千里と冬子の初めての出会いだったのだが、この出会いのことはその後双方ともきれいさっぱり忘れてしまっていた。
 
「冬子ちゃん、何か笛を吹いてたね」
「これでしょ?」
と言って、冬子は良さそうな雰囲気の横笛を取り出す。さっきの唐津くんちの囃子の笛だ!
 
「素朴で良さそうな笛だね」
「お囃子やってた人にいいですね、いいですね、と言ってたら、1本もらっちゃった。ここの所に紙が貼ってあるんだよね。これのせいで、こういう金属っぽい音になるんだよ」
 
ああ、そういう仕組みだったのかと千里は納得した。
 
(注.この笛は明笛(みんてき)の一種である。九州から沖縄では明笛が比較的広い範囲で使用されている) 
「でもいいですね、とか言ってもらったんだけど、実は私は横笛は苦手で」
と言って実際吹いてみせると、確かにまともに音が出ない!
 
「あの、ちょっとその笛貸してもらえません?」
と千里は彼女たちに声を掛けた。
 
「いいですよ」
と言って、冬子は笛の歌口をウェットティッシュで拭いて渡してくれた。 
千里が吹くと、とても美しい音色が響く。千里はうろ覚えでさっきの囃子の節を吹いてみた。
 
「すごーい!」
とマミカちゃんが言う。
 
「ありがとうございました。これいい笛ですね」
と千里は言った。こちらもウェットティッシュで歌口を拭いて冬子に返す。 
「笛、色々なさるんですか?」
「ええ。篠笛、龍笛、フルートと吹きます」
「それで!」
「今日は笛はどれも持って来てないので、吹いてみせられませんけど」
「バスケの選手さんですか」
「はい」
「頑張って下さいね」
「そちらはデビュー前夜くらいの方かな。そちらも頑張って下さい」
「はい、ありがとうございます」
 
それで千里と冬子は握手をした。その時千里は冬子の身体の中で何かカチッという感じの音がした気がした。
 
やがて、運転手さんと宇田先生は、ふたりがかりでパンクしたタイヤをスペアタイヤと交換。しっかりネジも締めて車体も降ろした。
 
「ありがとうございました」
「いえいえ。お互い様ですよ」
 
それでParking ServiceのメンバーとスタッフはN高のメンツに手を振ってバスに戻り、走り去っていった。
 

電車で福岡に行くが、東唐津の駅近くにあったコンビニでみんなおにぎりやパンなどを買っていた。千里も車中でコロッケパンにツナマヨおにぎりを食べた。 
福岡に着いてからあらためて!お昼御飯を食べた後、K学園でたっぷり3時間ほど練習した。今日もK女学園のチームが練習相手になってくれた。
 
「組合せ見たら、N高校さんは福岡C学園と当たる可能性あるんですね」
「ええ。勝ち上がっていけばですけど」
 
「あそこはみんな凄い選手ばかりだから、総合力で攻めて守るんですよね。でも逆に個人技で突破するタイプには昔から弱いから」
「なるほど」
「それは貴重な情報ありがとうございます」
 
「うちも一昨年は凄いフォワードが居たんで、その人の力で勝てたんですけどその人が抜けてからは全然勝てません」
「ああ。その人はどちらに行かれたんですか?」
「今、栃木のH大学に行ってます」
「すごーい!関女の強豪校だ!」
 

その日の夜、夕食の後で千里が今日持ち歩いていたミニトートの中の物を整理していたら小さな鈴が転げ落ちた。
 
あれ?何かなと思ったら《たいちゃん》が言った。
 
『例の横笛を貸してくれた子が落としたものだよ。携帯ストラップに付いてた。笛を渡す時に外れて、千里のバッグに飛び込んだんだ』
『返してあげなくていいかな?』
『それは千里が持っておけばいいよ。その内返せるよ』
 
『ふーん。そういえばあの子と握手した時に、何かカチッという音がした気がしたんだけど』
 
『千里があの子の鍵を外したのさ』
 
と《りくちゃん》が言う。
 
『鍵?』
 
『千里はこれまでもしばしば人を覚醒させている。まあそれが千里が生きている使命のひとつなんだけどね。神様は直接人間には関われないから千里みたいなのが必要なんだよ』
 
『それって、つまり使い走りなのね』
『そうそう。実は千里自身が羽黒山大神の眷属』
『そうだったのか』
 
でもいつからそうなってるんだっけ?
 
『でも今回のは羽黒山大神のお仕事じゃないよ。佐用姫様の代理』
『あ、そうか。勾玉を頂いたし』
『佐用姫様も、実は今回は波上大神の代理』
『ふーん』
 
冬子が伊豆のキャンプ場で『あの夏の日』を書くのは、この一週間後である。 
 
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