【お気に召すまま2022】(5)
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広瀬みづほが「公爵の洞窟前」と書かれた板を持っている(原作第5幕第4場)。
公爵・貴族たち・オーランド・オリバーが洞窟から出てくる。
公爵がオーランドに訊く。
「ほんとにその若者が言う通りのことが起きるのかね」
オーランドは答える。
「私も半信半疑で、全て解決するかもとも思えるし不安にもなります(*89)」
(*89) このシーン冒頭の公爵とオーランドの会話はもっと長いのだが、映画では短く詰めた。ここの原文を読むと、オーランドはギャニミードがロザリンドであることに全く気付いてないかのようにも取れる。しかしオーランドはギャニミードとの疑似デートでは明らかに相手は本物のロザリンドだと気付いている雰囲気があるし、またオリバーから「あの青年は女ではないか」というのも聞いているはずである。
だからここに至るまでギャニミードの正体に気付いていないとは思えない。あるいは公爵の前なので気付かないふりをしたのか。あるいはシェイクスピア自身がロザリンド登場まで気付かない設定だったのを途中で気付く設定に変える途中だったのか。あるいはお偉いさんとかに「最後まで気付かない設定にしろ」と言われて面従腹背した結果か。
画面右手からギャニミード(ロザリンド)とエイリーナ(シーリア)が来る。画面左手からフィービーとシルヴィアスが来る。いづれも
「おはようございます」
と挨拶する。
ギャニミードとエイリーナは公爵の前に跪き、
「公爵様、ご機嫌麗しゅうございます」
と挨拶した。
「うん。ごきげんよう。そなたたち、顔に見覚えがある気がする。どこかで会ったことがあったろうか」
「さあどうでしょぅか。世の中には似た人が3人は居ると申しますし」
「確かに」
エイリーナとフィービーは結婚式をあげるためにドレスを着ている。フィービーは赤、エイリーナは黄色のドレスである(*91).
ダブレット姿のギャニミード(ロザリンド)はカメラの近くまで寄ってきて
「(男声で)皆様、しばしお待ちください。要点を急ぎ確認したいと思います(*90)」
と言う。
「(公爵に)公爵様。ここにロザリンド様が現れたら、オーランド殿との結婚を認めてくださるということでよろしかったですね?」
とギャニミード(ロザリンド)。
「もちろん。可能な限りの持参金も付けて」
と公爵。
「(オーランドに)で、あなたはロザリンドが来たら結婚する?」
「もちろん。それで何かの責任が生じたとしても」
とオーランド。
「(フィービーに)もしあなたはぼくがそう望めばぼくと結婚する?」
「もちろん。1時間後に死ぬことになったとしても」
とフィービー。
「でもあなたが自分からぼくとの結婚をあきらめたらシルヴィアスと結婚する?」
「まあそれでもいいよ」
「(シルヴィアスに)あなたは、フィービーが望めば彼女と結婚する?」
「はい。たとえ死んでも」
とシルヴィアス。
ギャニミード(ロザリンド)は画面中央に立って言った。
「私はこれらのことを全て解決すると約束しました。公爵はロザリンド様とオーランド殿の結婚を認めて下さい。オーランド殿はロザリンド様と結婚して下さい。フィービーはぼくと結婚するか、それを自分で諦めた場合はシルヴィアスと結婚して。シルヴィアスはフィービーと結婚して」
そしてギャニミード(ロザリンド)は言った。
「ではここにロザリンド様を連れて参りましょう」
(ここまでは男声を使用している)
(*90) 原文は Patience once more, whiles our compact is urged: である。compactはまとめること。それがurged 緊急に必要とされる、ということで、ここでは「要点を急ぎ確認する」と意訳した。
(*91) 婚礼の時の女性の衣裳は伝統的には白だったが、中世から近世に掛けては様々な華やかな色のドレスが好まれた。しかし1840年に結婚したヴィクトリア女王が結婚式で白を着たので、再度白が流行して現在に至っている。
エリザベス朝の時代は、女性を嫁がせる家はその財力を示すため創意工夫した様々なドレスを用意し、金銀宝石を鏤めたりもした。
フィービーはわりと裕福そうなので赤を着たことにした。婚礼衣装に白を使うのはそれがフォーマルとしても転用できるからで、それ以外の色は婚礼専用になるので財力のある人にしか用意できない。当時赤の染料として(有毒なもの以外では)は、紅花や茜(あかね)があったが、紅花は高価なので、恐らくフィービーなら茜染めか。
シーリアはもっと豪華なドレスも用意できるだろうが、田舎娘を装っているので、田舎にしては充分贅沢な黄色にした。黄色の染料としては、超高価なサフランのほか、サフランの代用品としてよく使われるターメリック(鬱金“うこん”)、ヨーロッパでは一般的であったレゼダ・ルテオラ(Reseda luteola)などがある。サフランやターメリックの染め物は聖職者の服というイメージがあるので、シーリアがもし黄色いドレスを着たならレゼダ・ルテオラ染めを使ったと思われる。
レゼダ・ルテオラは日本名“穂先木犀草”。香りが金木犀(きんもくせい)などと似ているためこう呼ぶが木犀とは無関係である。金木犀やオリーブはキク類シソ目、レゼダ・ルテオラなどのモクセイソウはバラ類アブラナ目である。
この花は染料として使うためにヨーロッパでは大量に栽培されていたが、アジアでは黄色の染料は藤黄(洋名ガンボジ gamboge)や黄檗(きはだ)が使われており、レゼダ・ルテオラは、知られていなかった。yellow weed (直訳すると“黄草”)という通称もある。
天然には緑色に染める染料が存在しないため(緑色の葉っぱで染めても緑色にはならない)、緑色の服も昔は藍などで青く染めてから、レゼダ・ルテオラなどで黄色を乗せて緑色にしていた。
ロザリンドは画面中央に立つと、まず髪を留めていたピンを外し、服の中に隠していた長い髪を露出させる。髪は腰付近まである(*93).
「え?」
という声。
介添役の少女Aが渡してくれたお酒を染み込ませた布で顔を拭くと、りりしく太い眉は細い眉に変わり、顔もやや白くなる。
「お前は!」
と公爵。
「やっと女に戻ったか」
とオーランド。
介添役の少女Bがロザリンドの背後に寄って背中の糸を1本切ると、ダブレットが左右に別れるのでそれを介添役の少女2人(水谷姉妹)が左右に引っ張って脱がせる。ロザリンドはその下に目が醒めるような青いドレス(*92) を着ていた。
「え〜〜〜!?」
とあちこちから声があがる。
介添役の少女たちがロザリンドのズボンも脱がせる。靴もブルーの婦人靴に履き替える。
「うっそー!?」
とフィービーが声をあげた。
「お前がロザリンドだったのか!?」
と公爵。
「(女声で)リアも顔を拭きなよ」
とロザリンドが言うとシーリアのそばに付いている介添役の少女(松島ふうか)が、さっきロザリンドが使ったのと同じ、お酒を染み込ませた布をシーリアに渡し、シーリアはそれで顔を拭く。日焼けしたような肌に見えていたのが、真っ白な肌に変わる。
「お前はシーリアではないか!」
と公爵。
オリバーも驚いている。
ロザリンドはフィービーに言った。
「(女声で)ごめんね。私、女の子だったの」
ここでアクアは挿入歌『ごめんね。私女の子だったの』(夢倉香緒梨作詞作曲)を歌った。
(*92) 青い服は安価なものは藍で染めるが、ここは主役の婚礼衣装ということからアズライト彩色という設定にして、実際にアズライトで彩色したものを撮影でも使用した。
ウルトラマリン(“海を越えて運ばれてきたもの”という意味)と呼ばれるラピスラズリだと、1gが等量の金より高い1万円くらい(今のお金にして)だが、昔から代用品として使用されてきたアズライトなら 1g=1000円 程度(同じく今のお金にして)で 1/10 くらいの予算で行けた。さすがにウルトラマリンを使っていいのは王妃・王女クラスであり、公爵の娘がそんな超絶高価なドレスを着るのは顰蹙を買いかねない。
昔の絵画では青い部分の大半をマウンテンブルーで塗り、表面に少しだけ高価なウルトラマリンを載せるという手法もよく使われた。
アズライトはブルーマラカイトとも言い、日本語では藍銅鉱(らんどうこう)と言う。“ブルーマラカイト”の名の通り、マラカイト(孔雀石)と混じって採れる鉱物である。比率的には藍銅鉱のほうがずっと少ないので孔雀石より高価である。また時間を置くと孔雀石に変化してしまうことがある。
孔雀石から作る顔料はマウンテン・グリーンと言うが、アズライトから作る顔料はマウンテン・ブルーと言う。15-17世紀には特にこのマウンテンブルーは好まれた。
クレオパトラはマウンテングリーンのアイシャドーが好きだったらしい。
“群青”とは元々はアズライトから作った絵の具を意味するが、後にもっと高価なウルトラマリンもこの名前で呼ばれることが多くなった。
(*93) 原作ではここでいったんギャニミードとエイリーナが退場して、少ししてからロザリンドとシーリアが出てくる演出になっている。その間をタッチストーンとジェイクズの何やら哲学的?な会話でつなぐ。
しかし原作通りにやると、ギャニミードとロザリンドが同一人物であること、エイリーナとシーリアが同一人物であることが(登場人物たちには)分かりにくい。
それでこの映画ではその場で、早変わりの要領で変装を解く演出にした。こういう演出をする劇団は存在するようである。シェイクスピアの時代にいったん退出させたのは、早変わりという技術が当時は無かったからかも知れない。日本の歌舞伎でも早変わりが行われるようになったのは18世紀ではないかといわれ、シェイクスピアの時代より100-150年ほど後である。
歌が終わった所でロザリンドはあらためて公爵に尋ねた。以下、ロザリンドは女声で話す。
「公爵様、お久しゅうございます。ロザリンドが参上いたしました。私(わたくし)とオーランド殿の結婚を認めてくださいますか?」
「確かにお前は私(わたし)の娘だ。むろん結婚は認める」
「(オーランドに)君のロザリンドが来たよ。結婚してくれるよね?」
「もちろん」
「(フィービーに)私はどんな女とも結婚しません。相手が君でない限り。でも女同士の結婚は許されないから諦めて」
「分かった。諦める。(シルヴィアスに)今までごめんね。結婚しよう」
「うん。嬉しい」
タッチストーン (Martin Grotzer) とオードリー(坂出モナ)が、公爵の3人の従者と一緒にやってくる。タッチストーンは金と銀の菱模様の服、オードリーは金と銀のハート模様が鏤められたドレスである。
ふざけた服だが、この日揃ったカップルの中では最も高価な服だったりして?無駄な形でお金を掛けるのがさすが道化である(*94).
「あんたたち、遅刻ー!」
とロザリンドが言う。
「すまんすまん。こいつらを性転換させていたら手間取った」
「はあ?」
3人の従者は白いロングスカートの女の服を着て、髪飾りなども付けている。お化粧までしている。
ジェイクズが言った。
「これは大洪水の前触れか?ノアの方舟(はこぶね)に乗るために次々と“つがい”が集まってくるようだ」
「皆様、ごきけんよう」
とタッチストーンはあらためて全員に挨拶した。
「あんたたちもここで一緒に結婚式をあげなさい」
とロザリンド。
「もちろんそのつもりでやってきた」
とタッチストーン。
(実際一昨日ロザリンドに呼ばれたのはこの日の結婚式の打合せであった)
(*94) タッチストーンとオードリーの服に使用された金銀の金属箔は、実際には金色は黄銅(真鍮:しんちゅう)、銀色は洋銀 (Cupronickel) を使用している。この時代にはまだアルミは使用されていない。アルミニウムが発見されたのは1825年である。
洋銀はこの時代は東洋からの輸入品だったのでやや高価である。ドイツで製造法が知られて "German silver" あるいは "Alpaka" の名前で大規模に生産されるようになるのは19世紀である。
しかしこの服は金属箔をその形に切って貼り付けているので、制作にものすごく手間が掛かっている。しかも耐久性が無い。練習の時は2人とも白い服に黄色とグレイの塗料をプリントした服を着た。
練習の時はロザリンドも合成染料で青く染めたドレスを着ている。
一応タッチストーン用・オードリー用を2着ずつ制作したのだが、このラストの結婚式シーンで万一2回以上NGになると困るところだった。しかし幸いにも一発OKになったので衣裳スタッフはホッとした。結局使わなかった予備の服は後日郷愁村の“お気に召すまま村”に展示された。
ここにフレデリック(光山明剛)が単身でやってきた。(*95)
「兄上殿、お久しゅうございます」
「お前どうしたのだ?」
「私は悔い改めたのです。公爵の地位は兄上殿にお返しします。これまでのこと、とても許してはいただけないと思いますが、もし公爵様がお許し頂けたら私は世捨て人になりたいと思います」
「一体何があったのだ?」
「私は公爵様やドゥボア家の兄弟がみんなアーデンの森に集まっていると聞き、反乱でも起こすつもりかと思い、兵士たちを連れて森の近くまで参りました。しかしそこで1人の老牧師(*97) に出会ったのです」
映画では、武装したフレデリックが法衣を着た牧師(アウグスト・ジールマン社長!)と座って話しているシーンが映る。
「そして老牧師と話している内に、私はこれまでのことを全て悔い改めました。それで兵士たちはレイダー将軍に預けて都に戻し、私は武器も捨て、公爵の地位も捨てて、公爵様にお許しを願いたいと思ってここに参りました」
公爵は言った、
「私は別にお前に憎しみも何も持っていない。お前が正しい道に戻ったのであればそれは良いことだ。この森で一緒に暮らそう。ここは良い所だぞ(*96)」
(*95) 原作ではこの場面にフレデリックは登場せず、お使いとしてドゥボア家の次男が来て、フレデリックが公爵の地位を返すと言ったことを伝える。しかし謝罪するなら本人が来るべきだし、フレデリックがここに来てくれないとシーリアの結婚を許可する人がいない。それでこの映画では本人が来ることにした。
なお“ドゥボア家の次男”というのは、原作では前半にオリバーとオーランドの会話でだけ言及されており、実際の登場はここのみである。
実はこの次男役には江藤レナが当初アサインされていたのだが、あまりに出番が少なくて申し訳ないので、次男の登場シーンをカットし、江藤レナにはアルジャン卿の役に回ってもらった。それに長男と三男をドイツ人が演じているのに次男を日本人が演じるのは不自然であった(日本在住のドイツ人を起用する案もあった)。
(*96) この物語では対立していた人たぢが皆、許し合い和解しており、この物語は“許しの物語”である、という論評がある。
(*97) 原文は old religious man. これをどう取るかは難しい所である。
当時修道院は解体されていたのでこの時点では修道士というものが存在しない。しかしフレデリックがこの人の言葉に耳を傾ける気になったのは、その人が宗教家であることが分かるような服装をしていたからであろう。
修道院が解散された時、修道士・修道女には年金が支給されることになった。高齢あるいは障碍を持つ修道士・修道女には特に手厚い年金が支給された。また修道士も修道女もいったん(貞潔、清貧、従順の)誓願を捨てさせ結婚して生きる道が与えられた。中には国王に忠誠を誓い、国教会の牧師に転身した者も多かった。ごく一部は共同で家を買ってそこで小規模の修道生活を続けた者もいたが、国王に忠誠を誓わない者はヘンリー8世時代にかなり処刑されている。
この付近を強引に進めたのが前出トーマス・クロムウェルである。もっとも彼自身も後にヘンリー8世の信頼を失い、斬首場の露と消えることになる。
(国王と関わるということは処刑されるということである!)
修道院が解散させられた原因は2つ。1つは当時の修道院が堕落しきっていて、聖痕などを見世物にして金儲けしたりして、清貧の誓いどころか贅沢な生活を送り、住民たちから顰蹙を買っていたこと。もうひとつは彼らがローマ教皇庁に忠誠を誓い、宗教改革に反対していたからである。最初は堕落の酷かった小規模の修道院のみに解散命令が出たが、反発した修道士たちによる反乱が起きたので国は強硬策に転じ、国教会に移行したごく一部の大規模修道院を除き、ほぼ全ての修道院が解散させられた。
修道院の跡地は都市や地方の新興市民層が買い取り、いわゆる“カントリーハウス”に転用した。『お気に召すまま』の初演に使われたウィルトン・ハウスなどは火事などによって壊れて再建されたりもしているが、現在残る建物が3階建てで、12500ft
2≒350坪ほどの建坪を持つ。充分立派なお城である。東京ディズニーランドのシンデレラ城が建坪150坪弱なのであれの倍以上ある。
また修道院が運営していた病院は、これらの新興富裕層が再建した。想像だが恐らく近代的な病院の看護婦に転身した元修道女もかなり居たのではないかと思う。でないと昔は女性が結婚せずに自分で食って行く道というのはとても少ない。
そういう訳でこの時代のイングランドには修道士が存在しない。そこでこの物語に出てくる old religious man は牧師と解釈することにして、老牧師と訳することにした。それでジールマン社長はチュニカではなく法衣を着ることにした。
「お許し頂きありがとうございます。でも私が公爵を辞めますので、兄上殿には都に戻って公爵の地位に復帰して頂きたいのですが」
とフレデリックは言った。
「え〜!?ここが暮らしやすいのに」
などと公爵は言っている。
「そうだ。ロザリンド、お前が公爵の地位を継げ(*98)」
「え〜!?」
「お前は充分しっかりしている。女公爵としてちゃんとやっていける」
「そんなあ」
「男装して男公爵を装ってもいいが」
「あはは」
「でもそしたらオーランド様は?」
「女装して公爵の妻ということで」
「え〜〜〜!?」
「ロザリンド様の男装は様(さま)になっていましたが、オーランドの女装は無理がありすぎます。暴動が起きます」
とオリバー。
(照ノ富士あたりの女装を想像してもらえば少し近いかも?)
「(貴族たちに)お前たちロザリンドと一緒に都に戻ってロザリンドを支えてやってくれ」
と公爵は言ったが
「私は都に戻りたくない。森の生活がいい」
とジェイクズ (Linus Richter).
「私もここで気楽に歌を歌っていたい」
とアミアン(中山洋介)。
ルブラン(松田理史)は困ったような顔をしたが言った。
「私もここの生活が好きだから森に残りたいけど、ロザリンド様には支えが必要だと思います。私は都に戻ることにします。アルジャン、ニコラス、君たちも来てほしい」
「分かった」
とアルジャン(江藤レナ)、ニコラス(西宮ネオン)も同意した。
語り手「結局、アミアンが都と森の間を定期的に行き来してメッセンジャーを務めることになりました」
(*98) 原作では、公爵と貴族たちは都に戻るが、ジェイクズだけが戻りたくないと言い、フレデリックが森に住むなら自分はその傍に居ると宣言する。
しかしその展開は明らかに揉め事の火種を残すので、ここでは公爵は都に戻らない展開にした。フレデリックと一緒に居ることで彼の変心を防ぐことができる。それに公爵の子供はロザリンドしか居ないのだから、ロザリンドは、いづれは女公爵にならなければならなかった。
「そうだ。フレデリック。ここにお前の娘のシーリアがいるのだが、ドゥボア家の長男と結婚したいと言っている。認めてやれ」
「弟のほうではなく兄のほうと結婚するのですか!」
とフレデリックは驚いている。
「弟は私がもらった」
とロザリンド。
「なんか分からなくなって来たぞ。でも結婚は認める」
「ということで、結婚式をするのは、私とオーランド殿、シーリアとオリバー殿、フィービーとシルヴィアス、オードリーとタッチストーン」
とロザリンドが言う。
「タッチストーン!?あ、道化までこんな所にいる!」
とフレデリック。
「どうもどうも、お久しゅうございます」
とタッチストーン。
語り手「オリバーは田舎生活をする決心をしていたもののロザリンド新公爵を支えるため、シーリアとともに都に戻ることにしました。タッチストーンはオードリーと一緒にロザリンドの家に住み、地主代理として、田舎生活を続けることにしました。なおルボー卿やシャンジュなどは処刑されるのを恐れたのか失踪し、その行方は誰も知りませんでした」
映像には物乞い!をしているルボーとシャンジュの姿が映る。
日暮れになったのかあたりが暗くなるが、そこに画面左手から結婚の神ハイメン(槇原歌音)(*99) が登場する。彼は花柄のドレス(*100)を着て、長い髪の頂上に薔薇の花環を乗せている。背中には白い天使のような翼があり、右手には松明(たいまつ)を持っている。
タッチストーンが火の点いてない松明を持って来て、ハイメンの松明から火を分けてもらう。2つの松明は洞窟の入口の所に掲げられた。白いドレス姿の3人の従者がそこから火を取り、周囲に置かれたたくさんの灯明に火を灯す。洞窟前は結構な明るさになる。
楽人たちが右手から現れて横になっている木に座り、音楽を演奏する。ここに入るのは下記のメンツである。
リーガル(*104)村山千里
バロックフルート(*103)古城風花・近藤七星・鮎川ゆま
ヴァイオリン(*102)鈴木真知子・伊藤ソナタ・桂城由佳菜
ヴィオール(*101)生方芳雄
指揮:蘭若アスカ
楽器はだいたい各人で持って来たが、リーガルだけは重いので、車輪付きの台車に載せて男性2人(ノンクレジットだが、羊飼い衣裳のあけぼのTVスタッフ)で引っ張ってきた。
曲は蘭若アスカ作曲『アーデンのカノン』である。3つのヴァイオリン、3つのフルートが追いかけっこをするカノン形式で作られている。
指揮をするアスかは指揮棒を持つのではなく、古風に杖を撞きながらリズムとテンポを楽人たちに指示する。楽人たちは(生方以外)全員白のドレスである。
音楽に合わせて、色とりどりの田舎娘の衣装を付けたダンサーたちが踊る。踊っているのは信濃町ガールズの選抜メンバーである。
彼女たちの衣裳は、天然染料で染めたものだけを使用している。服にもジッパーは付いておらずボタン留めである。
(*99) ハイメン(Hymen) あるいはヒュメナイオス (Hymenaeus) はギリシャ神話の結婚の神で、アポロンとミューズの中の誰か(カリオペCalliope クレイオーClio テメプシコーラTerpsichore ウラニアUrania の内の誰か)の“息子”である。
彼は花環を付け花柄のドレスを着て、松明を持ち、また背中には羽根がある。結婚式にはハイメンが参加していないと幸せは保証されないという言い伝えがあり、古来の結婚式では盛んにハイメンの名前を呼び、誰かがハイメンに扮して参加していた。
彼は男性神ではあっても女性的な性格が強く、また女と見紛う美しさを持つ。彼は本来女性しか参加できないエレウシスの秘儀にも参加したという。
(エレウシスの秘儀には女装好きで知られる皇帝ネロも女装で参加している)
英語の hymen には結婚神ハイメンの意味と、処女膜という意味がある。実際にはこの2つの系統の hymen は偶然同じスペルと音になっただけで無関係である。しかし処女膜と結婚というのがいかにも関係ありそうに感じるので、処女膜を hymen と呼ぶのは結婚神ハイメンから来たなどという“民間語源”が生まれた。
処女膜の hymen はギリシャ語で“膜”を表す υμην (音写すれば ymen) から来たことばである。一方で結婚神のヒュメナイオスは「Hymen o Hymenae, Hymen」という、古代の結婚式の祝い歌にあるリフレインから生まれたことばである。意味不明のはやし言葉が神名と解釈されたのである。
処女膜のことを日本では「ヒーメン」ということがあるが、これはドイツ語のHymen から来たものである。医学用語にはドイツ語から来たものが多い。例えばザーメンとかホーデンもドイツ語である。ザーメンは英語ではスパーム(ラテン語でスペルマ)、ホーデンは英語ではテスティクルである。
(*100) ハイメン役の歌音が着た花柄のドレスは、白いドレスに(当時存在した絵具のみを使用して)手描きで花模様を多数描いたものである。タッチストーン・オードリーの衣裳の次に手間が掛かっている。しかしこれは金属箔を貼り付けた衣裳と違って耐久性があるので1着しか作らなかった。
撮影後は“お気に召すまま村”に展示された。
今回ハイメンの役を務めたのは、昨年の『ピーターパン』で中性の聖職者リトルホーンを演じた槇原歌音である。彼(たぶん“まだ”彼女ではない)は2020年夏のアクア映画『ヒカルの碁・プロ試験編』に女子!受験生役で出たのをアクアのマネージャー山村に見初められ、2021年9月撮影(2022年1月放送)の『ピーターパン』で上述リトルホーン役を演じた。
その中性的な雰囲気がハイメンにピッタリだとして川崎ゆりこの推薦で今回の映画にも出ることになった。彼にとっては初めてのセリフがある役である。普段は石川県内のローカル劇団で“少女役”をしていて、地元では女性ファンが多いらしいと山村は言っていた。古屋あらたは彼のファンだと言っていた。撮影の時にお互いにサイン色紙を交換していた。
彼は声変わりはしているが、女声も出せるので、この映画では女声でセリフを言っている、でも国内でも国外でも、ほとんどの人が中性的な女優さんなのだろうと思ったようである。
槇原歌音は現在中学3年生らしいが、山村に見初められたようなので、彼が高校卒業する頃まで果たして男の子のままで居られるか、ケイは甚だ心配している。川崎ゆりこは彼に「信濃町ガールズ(本部生)に入らない?」と誘ったが
「ぼく音痴ですー」
と言っていた。それに彼が所属する劇団は人数が少ないので今彼が抜ける訳にはいかないようである。でも信濃町ガールズ北陸の会員証を渡したのでレッスンには劇団活動とぶつからない範囲で出てみると言っていた。
(*101) ヴィオール (viole) またはヴィオラ・ダ・ガンバ (viola da gamba) は、チェロに似た楽器で、ヴァイオリン族と親戚関係にあるヴィオール族の弦楽器である。古くはヴァイオリンサイズの楽器からコントラバスサイズの楽器までファミリーを成していたのだが、多くはヴァイオリン族のほうに主流が移ってしまい現代ではコントラバス以外は使われなくなった。
つまり実は現代のコントラバスは、ヴィオール族の唯一の生き残りである。
今回この楽器を演奏した生方芳雄は最初ヴァイオリン奏者にアサインされていたのだが「お揃いのドレスを着てね」と伊藤ソナタから言われ「僕ヴィオールを弾く」と言って逃げて、今回はダブレット姿でヴィオールを演奏した。ヴァイオリンは伊藤ソナタが友人の桂城由佳菜を誘った。
(*102) 今回使用したヴァイオリンは、昨年『ロミオとジュリエット』の撮影にも使用されたlのと同じアマティ作ヴァイオリンのレプリカで、♪♪音大が所有しているものを借りた。レプリカとはいえ、かなり良い出来の楽器で、お値段も相当したものらしい。
(*103) バロックフルートは今回の映画に合わせて国内のフルート製作所に依頼して作ってもらったものでピタゴラス音階になっている。材質は10年乾燥させたローズウッドである。サマーガールズ出版が制作費を出し、映画の制作委員会に貸し出す形にした。
(*104) リーガル (regal) はルネサンス期に使用された小型のオルガンである。ヘンリー8世やエリザベス1世の時代にリーガルによって演奏された楽曲の譜面なども残っている。
パイプオルガンを小型にしたものとして昨年の『ロミオとジュリエット』では“部屋に作り付け”するポジティヴ・オルガンが登場したのだが、今回は森の中の結婚式ということで、それよりもっと小型で移動可能なリーガル(regal)の登場となった。
同時期に使用された楽器としてはリーガルより更に小さなポータティヴ・オルガン(オルガネット organetto)というのもあった。元々はフルー管(flue pipe) を使用したものをポータティヴ・オルガン、リード管 (reed pipe) を使用したものをリーガルと呼んだ。しかし後に両者は混同されるようになった。
ポータティヴ・オルガンはパイプオルガンのミニチュアという感じで、パイプが多数立っているので見た目は格好良い。しかし鍵盤はダイアトニック2オクターブ程度。つまりドレミファソラシド(せいぜい+シ♭)のみで半音が出せない。現代のトイピアノやピアニカに近いが、口で息を吹き込んで鳴らすのではなく鞴(ふいご)が付いていて、左手で鞴を動かしながら右手で鍵盤を弾いていた。
リーガルはパイプが筐体内に納められていて見た目はチェンバロに近い。鍵盤は“ほぼ”クロマティック(12音)4オクターブあり、本格的な楽曲の演奏が可能である。ただし一番下のオクターブは、ベース用で“ショートオクターブ”になっている。
リーガルは楽器の上に2つの大きな鞴(ふいご)が載っている。多くの場合、鞴操作者(Kalkant) が付いていて、演奏者は鍵盤に専念し両手で演奏していた。しかし中には鞴を現代の足踏みオルガンのように足で操作できるようにして1人で演奏できるタイプもあった。今回の映画で使用したのもこのタイプである。昨年ポジティヴ・オルガンを制作してくれた千葉の楽器メーカーの特製品である。これの制作費はフェニックス・トラインが出して制作委員会に貸し出している。
昨年のポジティヴ・オルガンはミーントーンに調律したら、アクアが歌いにくいと言っていた(他の人は特に感じなかったらしい。アクアは音感が良すぎる)ので、今回ピタゴラス音階で制作してもらった。この時代には平均律がまだ無い。
ハイメンは唱える。
「ハイメン!天に喜びあれ!地上のものごとが収まると共に」
「平和よあれ!糸のもつれはほぐれた。この世にも不思議なできごとに結末を付けるべき時である。ここに並ぶ8人の者たちは、各々手に手を取り合って、婚姻の神ハイメンにより結ばれるべし」(*106)
画面左側から、フィービーとシルヴィアス、ロザリンドとオーランド、シーリアとオリバー、オードリーとタッチストーンが手を取り合って並ぶ。
「真実が中身を伴うのであれば、そなたたちとそなたたちは何があっても別れることは無い。そなたたちとそなたたちは、心と心をひとつにし、寄り添っていけば、他の異性に目移りすることも無い。冬に木枯らしが吹こうとも、そなたたちとそなたたちは揺らぐことは無い」
「我らが婚礼の歌を歌う間、お互いに疑問があれば尋ね合うがよい。そうすればお互いの不安も消え、婚儀は成立して全てが収まるだろう」
3人の小姓(山鹿クロム・三陸セレン・鈴原さくら)が楽人たちの演奏に合わせて歌う(*105).
『婚礼は大ジュノーの栄誉』(シェイクスピア作詞・葵照子訳詞・琴沢幸穂作曲)
「婚礼は大ジュノーの栄誉。食卓と寝所(しんじょ)の聖なる結合」
「ハイメンによりて街に人が満つ。婚姻こそ称うべし」
「称えよ、称えよ、高く称え、ハイメン、街成す神」
(*105) 原作ではハイメンと従者が一緒に歌う。しかしハイメン役の槇原歌音が絶望的に歌が下手なので、従者たちだけで歌うことにした。
(*106) つまりこの婚礼はハイメンが取り仕切ったのである。結婚の神様が仕切ったのであれば全く問題が無いだろう。実態的には公爵前婚とも取れる。
英国では国教会の成立により、他のプロテスタント国と同様、結婚式は宗教儀式ではなく民間行事と変化したので、これ以降必ずしも司祭や牧師の主宰を必要としなくなっていた。
半世紀後のピューリタン革命の後は、判事婚という選択も可能になる。
オリバー・マーテクストにタッチストーンは「女は物ではないから誰かからもらう筋合いは無い」と発言しているし、シェイクスピアは新しい婚姻の形を模索していたのかもしれない。
なぜここに唐突にハイメンが登場するのか、原作は何も説明していない。ただ多くの『お気に召すまま』の舞台では、コリン役の年長の(男性)俳優さんが仮面をつけて顔を出さずにハイメン役を演じることが多い。それでこの結婚式は実際には年長者であるコリンが牧師として結婚式を取り仕切ったのだろうと多くの観客が想像したであろう。プロテスタント的な、万人司祭の考え方である。
筋書き的には一昨日、ロザリンドがタッチストーンと結婚式について話し合った場で、コリンにハイメン役を依頼したという可能性も考えられる。オリバーは昨日シーリアの婚礼準備にロザリンド家に来ているから、その場で“ハイメン前婚”をしたいと言い、了承してもらったものと思われる。シルヴィアスはフィービーと結婚さえできれば多分形式はどうでもよい。
またここに若いハイメンが登場したのは、コリンが知り合いの青年に依頼したという可能性も考えられる、ひょっとしたら(コリンもそうだが)curate (牧師補)くらいの資格は持っていたかも。
この後、ハイメンは各々のカップルに結婚の意思を確認する。
「オーランドよ、そなたはこれなるロザリンドを妻とし、健やかなる時も病める時も、豊かなる時も貧しき時も、一生愛し合い助け合い、慈しみ合うことを誓いますか」
「誓います」
「ロザリンドよ、そなたはこれなるオーランドを夫とし、健やかなる時も病める時も、豊かなる時も貧しき時も、一生愛し合い助け合い、慈しみ合うことを誓いますか」
「誓います」
「オーランドとロザリンドの婚姻が成立したことをここに宣言します」
出席者たちの拍手がある。
オリバーとシーリア、シルヴィアスとフィービー、最後にタッチストーンとオードリーも同様に意思確認が行われた(*107).
語り手「結婚式が終わった後は、村人たちも招待して盛大な祝宴が夜遅くまで続いたのでした」
楽人たちはこの映画の主題歌『お気に召すまま』の伴奏を演奏する。ここではオードリー役の坂出モナが歌い(*108) 3人の従者がそれにコーラスを入れる。信濃町ガールズたちは華やかな踊りを踊る。
村人が多数集まって来ているような映像が映るが実はこの部分はCGである!(CGが使用されたのはこの村人たちと、冒頭のレスリングの観客のみ)
(*107) シーリアたち以下3組の結婚同意の場面は、日独英仏米を含めてほとんどの国の版でカットされた!ただし映画公開直後に発売された DVD/BD では全て収録された。長い映画が大好きなインドでは全部上映された。
(*108) ここはサブ主人公であるフィービー役の七浜宇菜が歌う予定だった。しかし楽譜を渡された宇菜は
「私の歌を映画で公開したら世界中で死人が出ます」
と言ったので、オードリー役の坂出モナが代わることにした。モナは元WindFly20のメインボーカルであり、とっても歌がうまい。七浜宇菜は過去にCDを出したこともあるのだが
「ごめんなさい。あれはソフトで音程を合わせ付けたんです」
と言っていた。
モナの歌が終わったところで“緞帳”(どんちょう)が降りてきて、画面を覆う。
その緞帳の隙間から青いドレス姿のアクアが出てきて最後の口上を“男声で”述べる。
「女がエピローグ(終わりの挨拶)をするというのも流行りませんが、座長が冒頭の挨拶をするよりはまだマシかも知れません。『良きワインに枝看板は要らぬ』(*112) と申しますが、良き芝居にはエピローグなど必要無いのでしょう」
「しかし本当に良いワインには本当に素敵な枝看板があったりするものです。そして良いお芝居は、良いエピローグをすることで気持ち良く見終えられるものです」
「でもそれを私に任せるなんて大間違いですね!私は良い口上ができないばかりか、だいたい皆様に気に入って頂けるような良い演技もできません。土下座して、気に入って下さいとおねだりしても仕方ないですし」
「私に残された道は、皆様におまじないを掛けて気に入ってもらえるようにしてしまうことくらい。まずは女性の皆様へ。ペポリカ・チェルシカ!皆様が好きな人に(*109) そそぐ愛に掛けてこのお芝居が皆様を楽しませてくれますように。次に男性の皆様へ。ペポリカ・チェルシカ!皆様が惚れた相手にそそぐ愛に掛けて―ニヤニヤしておられる所を見ると恋愛が嫌いという方は少ないようですね―皆様と相手のかた(*109) との愛に掛けて、このお芝居が皆様を楽しませてくれますように」
「もし私が女だったら(*113)、私を喜ばせるようなおひげの方、私を好きになってくださりそうなお顔の方、私が苦手でない吐息の方、の多くにキスをしてさしあげるのですが。そして素敵なおひげの方、素敵なお顔の方、素敵な吐息の方はきっと皆さん、私がお辞儀をして下がる時に拍手をしてくださるでしょう」
アクアはそう述べると、ドレスの裙を両手で持ち膝を曲げる挨拶(カーテシー)を笑顔でしてから緞帳の中に消えた(*111)。多数の拍手が鳴り響く。
アクアが歌う『チェルシカの天使』(*114) (大宮万葉作詞作曲)が流れる。緞帳がいったんあがり、画面に出演者の多くが並んでカメラに向かって手を振った。
(この場面は撮影最終日に撮ったので、その日来ていなかった人はここには映っていない)
(*109) 原文では
O women, for the love you bear to men,
O men, for the love you bear to women
となっていて、女性客には「男性への愛」、男性客には「女性との愛」と言っているが、恋愛相手の性別は限定しないほうがよいという考え方から、この映画では、好きな相手・惚れた相手、という表現にした。
宗教規律の厳しい国の版では敢えて性別を限定した訳語を当てた所もある。
(*110) 洞窟前のセットで緞帳が“降りる”のはCGである。降りた緞帳からアクアが出てくる場面以降は越谷の小鳩ホールで撮影した。出演者一同が春日部の撮影スタジオからバスで越谷に移動してから撮影している。女優さんたちはお化粧直しもしている。
越谷の小鳩ホールのステージには、春日部のスタジオの洞窟前セットを模したセットが作られていて、そこで最後のカーテンコールを撮影している、ただし洞窟は書き割り!であり、楽士たちは木製のスツールに座っている。よりお芝居っぽく見せるためである。
(*111) ロザリンド役のアクアが緞帳の内側に戻る時、カーテン内にも一瞬青いドレス姿の人物が居るのが見える。これは映画公開の直後に発売されたDVDでもしっかり確認できる。顔は映っていないが、海外ではこれに気付いた多くの人が「挨拶したのがアクア弟で、カーテンの中に居たのがアクア姉で、ふたりは同じ衣裳を着けていたのだろう」と言った。
映画会社は中に居たのはボディダブルの今井葉月ですと説明している。
(*112) 原文 good wine needs no bush. 直訳すると「良いワインには木の枝は要らない」。ここで bush というのは、ワイナリーや酒屋などで、その年の新酒ができた、あるいは入荷した時に、そのサインとしてぶどうのツタの葉(grape vine leaves) をまるで暖簾(のれん)のような感じに、店の軒先に飾るものである。bush に対する定着した訳語が存在しないので“枝看板”と訳した。
日本の酒蔵で新酒ができた時に杉玉を飾るのと同じ風習である。元々古代ローマの風習らしく、日本の杉玉もこの風習が伝わって日本風にアレンジされて生まれたものだろう。
要するにこの言葉は、良い品質のものには宣伝は不要であるという意味。
ロザリンドの口上では、よく言われる言葉であるかのように言っているが、このシェイクスピアの『お気に召すまま』以前には、この言葉が引用された例が見当たらないらしい。俗世間で言われていたことばなのかも知れない。
(シェイクスピアのオリジナル格言だったりして)
(*113) この口上は“ロザリンド”のセリフではなく“ロザリンド役の俳優”のセリフである。だからしゃべっているのは男性なので「私が女だったら」という前提が成り立たないから、ロザリンド役の俳優が観客にキスしてまわることはない。
だからこのセリフはロザリンドを女優さんが演じた場合は言うことができない。女性キャラクターを演じる男性俳優のみがこの口上を言うことができる。
この口上は現実と虚構が入り乱れる、この劇にふさわしい締め口上だった。
アクアがロザリンド役をしたからこの口上は言えたのである。
もっとも“アクアは女なのか男なのか”という議論を巻き起こすことになるのだが。
アクアはこのエピローグを男声で話しているので、海外ではこの映画のロザリンドを“ダブルキャストで演じたアクア姉弟の内の弟のほうMr.AQUA=MAQURA”が述べたものと捉えられた。
(*114) この曲はアクアの8月(映画公開の直前)発売予定のアルバムに収録された曲で、実は映画の完成後に制作された。しかしこの歌の中に出てくる“ハイメン・ペポリカ・チェルシカ”という呪文が映画に使える!と思ったコスモスからの依頼で急遽映画の最後に挿入されることになった。そしてアクアの最後のエピローグ(終わり口上)も録り直された。
“ペポリカ・チェルシカ”というのは、2011年8月に青葉がケイの前で言ったジョークが元になっている。この年ローズ+リリーは2年ぶりの新曲
『キュピパラ・ペポリカ』を発表した。この言葉はケイが夢の中で聞いたことばでケイ自身も意味が分からないと言った。ところがその時青葉は言った。
「え?スペイン語でしょ?」
「スペイン語なの?」
「マリさん、スペイン語できるし。だから書いたんだと思ったのに」
「どういう意味?」
「cupi para peporica, cupi para celusica って定型句ですよ」
「へー」
「peporica(ペポリカ) も celusica(チェルシカ)も香辛料の名前。peporicaはすごく辛い唐辛子。celusicaの方はあまり辛くないです」
「ほほお」
「paraは英語の for に当たる前置詞」
「あ、それは分かる」
「cupiは cupido の省略形で天使のことです」
「なるほど」
「だから、ペポリカの天使、チェルシカの天使、というので、これは恋に効く呪文として知られてるんです」
「ほんと!?」
「嘘です」
今回青葉はアクアの“Angel High”というアルバムに入れる曲を書いてほしいと言われて、天使というのから11年前のジョークをふと思い出した。それで『チェルシカの天使』という曲を書き、曲の一部にケイの許可を得てローズ+リリーの『キュピパラ・ペポリカ』のメロディーの一部をチェレスタで取り込んでいる(チェレスタは通りがかり!の氷川詩津紅を徴用して弾いてもらった)。
映画に使うという話になってから歌詞を少し改訂してもらった。“クピド・ペポリカ・チェルシカ”となっていた歌詞を“ハイメン・ペポリカ・チェルシカ”に変えてもらった。それに元々クピド(キューピッド)もハイメンも愛の神エロテスのメンバーである。
エロテスのメンバー:−
●エロス(愛の芽生え/=キューピッド(クピド)/日本でいえば愛染明王)
●アンテロス(愛のお返し)
●へディロゴス(甘いおしゃべり)
●ヘルマフロディトス(愛の結合/日本でいえば歓喜仏or道祖神)
●ヒメロス(愛の衝動)
●ヒュメナイオス(結婚と生殖/=ハイメン)
●ポトス(不在の人への愛)
かくしてこの映画のサウンドトラックは下記のような構成になった。
『お気に召すまま』(アクア/ヒロシ版)
『緑の森の木の下で』★(ヒロシ)
『吹けよ吹け冬の風よ』★(ヒロシ)
『愛しのオリバー』★(マルティン・グローツァー)
『私を口説いて』(アクア)
『鹿仕留めたら何もらう?』★(松田理史)
『それは彼女と彼でした』★(金平糖)
『ごめんね。私女の子だったの』(アクア)
『アーデンのカノン』(アーデンの森アンサンブル)
『婚礼は大ジュノーの栄誉』★(金平糖)
『お気に召すまま』(坂出モナ with 金平糖)
『チェルシカの天使』(アクア)
12曲もの楽曲が使用されているが、昔からこの劇はミュージカルなのではという意見もある。12曲中★を付けた5曲がシェイクスピアの戯曲に歌詞が掲載されているものである。その他に婚礼の場でも楽人たちの演奏が指定されていて、映画ではそこで『アーデンのカノン』を演奏した。
『チェルシカの天使』の歌に乗せてタイトルロールが表示された。
ロザリンド アクア
ギャニミード アクア
ここはいつものようにラテン文字圏版では
Rosalind SAQUMA.
Ganymede MAQURA.
と表示されてから、文字が躍るように動き回って
Rosalind MS.AQUA
Ganymede MR.AQUA
という形に落ち着くアニメーションになっている。
以下タイトルロールが続く。
オーランド Stephan Schmelzer
フィービー 七浜宇菜
タッチストーン Martin Grotzer
シーリア(エイリーナ) 姫路スピカ
ジョージ 佐川伝二
フレデリック 光山明剛
ジェイクズ Linus Richter
オードリー 坂出モナ
シルヴィアス 鈴本信彦
マーガレット 栗原リア
ウィリアム 花園裕紀
オリバー Christof Hennig
アダム 山村俊朗
アミアン 中山洋介
ルブラン 松田理史
アルジャン 江藤レナ
ニコラス 西宮ネオン
マーテクスト牧師 揚浜フラフラ
ルボー 木取道雄
シャンジュ イービル小林
雌ライオン 常滑真音
ハイメン 槇原歌音
ヒスペリア 古屋あらた
従者ショコラ 山鹿クロム
従者ビスクィ 三陸セレン
従者マカロン 鈴原さくら
ロザリンドの介添役 水谷康恵・水谷雪花
シーリアの介添役 松島ふうか
ジョージの御者 伊藤春貴
楽人
リーガル 村山千里
ヴァイオリン 鈴木真知子・伊藤ソナタ・桂城由佳菜
ヴィオール 生方芳雄
バロックフルート 古城風花・近藤七星・鮎川ゆま
指揮 蘭若アスカ
ダンサー 信濃町ガールズ
レスラーたち 北陸プロレス
老牧師 August Sielmann
語り手 今井葉月
女優係 夕波もえこ
男優係 立山煌
ドイツ人楽屋係 本田覚
説明板係 広瀬みづほ
(間を空けて)
コリン 藤原中臣
(間を空けて)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
脚本(英語)幹本ダイアナ
脚本(日本語)小森勇子
脚本(ドイツ語)Silvia Belger
脚本(フランス語)Marion Varela
大道具 あけぼのTV・大和映像
小道具 あけぼのTV
時代考証 阪口裕子
衣裳 近代衣裳研究所・オーロラ服飾学院・葵デザイン事務所
メイクアップ パーラー今岡
協力 サマーガールズ出版・フェニックストライン・ムーラン
協力 ハイウィット牧場・鐘近牧場
主要撮影場所 ゆりかもめスタジオ(§§ミュージック)
主要録音場所 小鳩シティ(ムーラン)
監督:河村貞治
撮影(助監督):美高鏡子
撮影:矢本かえで
撮影:田崎潤也
撮影助手:香田正和・西原マロン・平井紗耶香
美術監督 屋敷ラムダ
視覚効果 まほろばグラフィックス
録音・音響効果 まほろばサウンド
プロデューサー:大曽根三朗(大和映像)、August Sielmann (Mond Blume)
サブプロデューサー:秋風コスモス(§§ミュージック)
最後に
THE END
終
das Ende
Fin
と表示されて、その下に
著作制作:YMA (Yamato Eizo/ Mond Blume/ Akebono TV)
と著作権表示が出た。
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【お気に召すまま2022】(5)