【お気に召すまま2022】(4)
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場面が変わる。広瀬みづほは「公爵たちの洞窟前」と書かれた板を持っている(原作第4幕第2場)。
貴族たちが仕留めた鹿(*66) を運んで来る。
ジェイクズ (Linus Richter) がそれを見て言う。
「この鹿を仕留めたのは誰?」
「私です」
とルブラン(松田理史)が言う。
「卿をローマの凱旋者のように公爵の所に連れて行こう。鹿の角を付けてやったらどうかね?こんな時に歌う歌は無いかな」
「ありますよ」
とルブラン。
「じゃ歌って」
とジェイクズ。
「だったら僕が伴奏しよう」
と言ってアミアン(中山洋介)がリュートを洞窟の中から持ってくる。彼がリュートを鳴らしてくれて、ルブラン(松田理史)は歌う。
『鹿仕留めたら何もらう?(What shall he have that killed the deer)』
(シェイクスピア作詞・加糖珈琲訳詞・ヒロシ作曲)
「鹿仕留めたら何もらう?」
「鹿の毛皮と付ける角(つの)」
「帰りながら歌うんだ」
「他の物は荷物だけど」
「角(つの)付けてても、おかしくない」
「一家伝来の冠だ」
「親父の親父も付けた角(つの)」
「親父だって付けた角(つの)」
「角(つの)だ、角(つの)だ、立派な角(つの)だ」
「笑うんじゃねーよ、立派な角(つの)」
松田は鹿の角を“取って”自分の頭に両手で付けてこの歌を歌った。
監督の「カット」という声が掛かる。でもカメラは映し続けている!
「それ足と足の間に付けてやっても良かったな」
と中山洋介(アミアン役)は言う。
「いや。それやったら、役から降ろされそうだから自粛しときます」
と松田理史(ルブラン役)。
「宇菜ちゃんあげようか?ちんちん欲しくない?」
と中山洋介。
「要らなーい。ヒロシちゃんこそ、奧さんのお土産にしたら?」
と宇菜(フィービー役)。
「あいつ面白がってぽくに入れようとするだろうからやめとく」
とヒロシ。
「ああ、フェイちゃんならやりそう」
と数人の声。
ヒロシと妻(夫?)のフェイとの関係では、フェイが男役でヒロシが女役なのは友人たちの間でも、ファンの間でも!知れ渡っている。(フェイがブログに書いている!家庭内ではヒロシはほぼ女装、フェイは男装らしい。ふたりは実はゲイの夫婦に近い/事実上のビアン夫婦という説もある。実際2人揃って可愛い服を着て外出しているのもよく見掛けられている)
「それ先が尖ってるし枝分かれしてて入れられる側は痛いよね」
と松田理史まで嫌そうに言う。
「でも宇菜ちゃん男の子になりたくないの?」
「それは愚問だけど、性転換手術までするつもりは無いよ。それにぼくが性転換したら人気急落して事務所からも叱られそうだし。まあアクアが性転換して男になるよりはまだショックは少ないかもしれないけど」
(以上の会話は撮影された後で、撮影していることを出演者に報された!)
(*66) 撮影に使用したのは2mほどもある鹿の“ぬいぐるみ”である!小道具係さんの力作(大道具ではないのか??)。鹿っぽい色の布を縫って作り、中に“プチプチ”を詰めたもので重さは2kgほどである。これを男性4人(アミアン・ルブラン・アルジャン・ニコラス:中山洋介・松田理史・江藤レナ・西宮ネオン)で、いかにも重そうに運んできた。
角(つの)の素材は樹脂。左右対称のものを3Dプリンタで作ってあり、本体から簡単に外れるようになっているので、それを松田理史はひょいと取り外して、両手で頭に乗せて歌を歌った。
この映画はリアリズムを全く求めていない。むしろこれが“お芝居”であることを様々な手法で強調している、だからここではリアルの鹿の死体も使わないしCGで描き加えるなどということもしない。
場面が変わる。広瀬みづほは「アーデンの森のどこか」と書かれた板を持っている(原作で敢えて省略された場面)。
木陰で男 (Christof Hennig) が寝ている。男はヒゲも伸び放題、髪はボサボサで(*67) 着ている服も薄汚れてくたびれている、
そこに雌ライオン(常滑真音!)が静かに歩み寄る。雌ライオンは男の様子を見ている。男の首には大きな緑色の蛇が巻き付いている。
そこに男が1人 (Stephan Schmelzer) が通りかかる。寝ている男を見てギョッとする。彼は一瞬ためらうような顔をしたが、意を決したように近づくと、寝ている男の首に巻き付いていた“蛇”を両手で掴み、向こうの方まで放り投げた。
そして彼はライオンに気がついた。
ライオンが「がおー」と声をあげて威嚇する。男はライオンを睨む。
ライオンが男に飛びかかってくるが、格闘になる。
寝ていた男がさすがに目を覚まして起き上がる。目の前で起きている格闘を見て声を出せずに様子を見ている。
やがて格闘の決着が付き、ライオンは動かなくなった。戦っていた男は大きな息をしていた。
(*67) この撮影のため、オリバー役のクリストフ・ヘンニッヒは一週間ヒゲを剃らずに伸び放題にして撮影に臨んだ。今回の映画でほぼ唯一リアリズム路線?で撮影したシーンである。彼は
「だったら服も一週間着てますよ」
と言って、一週着続けた服で撮影している。更に撮影直前に土の上でゴロゴロ転がって服を泥だらけにした。なお衛生上の観点から下着だけは毎日交換していた。
撮影後シャワーを浴びて新しい服に着替えたら、とても着持ち良かったらしい。その後、理容師さんにヒゲを剃ってもらい、髪も整えてもらってから、この後に出てくる、ギャニミードに会いに行くシーンの撮影に臨んだ。
「ほんとに生まれ変わったような気持ちで撮影できた」
と言っていた。
「すっきりしたでしょ?」
「うん。なんか性転換でもしたような気分だ」
「ほんとにお股まですっきりしてたりして」
場面が変わり、女性用楽屋が映っている。そこにライオンの着ぐるみを着た常滑真音が入ってくる。
「いやあ、参った参った」
と言って、“着ぐるみを脱ぐ”。
「舞音ちゃん、お疲れ様ー」
と坂出モナ(オードリー役)が声を掛ける。
「さすがコスプレ女王」
と姫路スピカ(シーリア役)。
「私最初ライオネス役と聞いて、ライオネスという人物名かと思った」
「猫、犬、ライオンとこなして次はクマかパンダか」
「あ、パンダやってみたい」
「格闘は結構様(さま)になってたよ」
と七浜宇菜(フィービー役)が言った。
「そうですか?相手を殴り倒すつもりでやってと言われたから必死で戦ったけど、簡単に組敷かれて寸止めで殴られた所で死んだふりした」
「さすがレスリングのチャンピオンで柔道二段だよね」
とモナ。
「私結構シュメルツァーさん殴ったけど、全く利いてなかったみたい」
と舞音。
「まあ普通の女子のパンチでは全く利かないだろうね」
と宇菜は笑っている。
「でも今回はセリフが無くて楽だった」
「でもこの後、この楽屋シーンのセリフを英語・ドイツ語・フランス語でアフレコしなければならない」
「嘘!?これ撮ってるの?」
「何を今更」
「あ、カメラが居る!」
広瀬みづほが「フレデリック邸」と書かれた板を持っている(原作で省略された場面)。
「何、みんなアーデンの森にいるだと?」
とフレデリック(光山明剛)は確認する。
「どうもそのようです。前公爵様も、その側近たちも、ドゥボアの兄弟も。そして何やら画策しているのではということです」
とルボー(木取道雄)は言う。
「シーリアは?」
「分かりません。しかしドゥボア殿の三男もいるようですから、そこに一緒におられるのかも」
「よし兵士たちを動かして全員捕縛するぞ。兄上もそろそろこの世から引退なさっても良い頃だ」
「ではすぐ手配します」
と言って、ルボーは出て行った。
広瀬みづほが「ロザリンドの家の前」と書かれた板を持っている(原作第4幕第3場)。
男装のロザリンドが怒っている。
「一体どうなってんのよ!?もうとっくに2時間過ぎたじゃん。オーランドはどこに居るの?」
シーリアが言う。
「あの人はきっと恋に溺れて自分でももう訳が分からなくなってるのよ。きっと弓矢を持って出掛けて、そのままどこかで寝てるんじゃないかな。あ、誰か来た」
画面左手からシルヴィアス(鈴本信彦)がやってくる。
「こんにちは。お使いで来ました。私のフィービーからあなた様にこれを届けてと言われました。私は内容は見ていないのですが、何やら難しい顔をして書いておりましたので、角(かど)の立つ内容でしたら、申し訳ありません」
とシルヴィアスは言う。
ロザリンドは手紙を一読したが、厳しい顔をして男声で言った。
「角の立つも何も、こんな手紙を読んだら忍耐の女神だって怒り出すぞ。これが我慢できるなら何でも我慢できるだろう。女を殴る訳にも行かないから代わりにお前を殴ってやろうか?」
「申し訳ありません。フィービーは田舎育ちなものですから、ちゃんとした文章の書き方を知らないんです。どうかお許しを」
「この手紙ではぼくは美男ではないし、無礼で高慢で、たとえ男というものが不死鳥のように稀少なものになっても好きになれないと書かれている。いや待て。そもそも女にこんな文章が書ける訳がない。これはお前が自分で書いたか、女を唆して書かせたのではないか?どんなにがさつな女でも、女にこんな手紙が書ける訳がない」
「そんなことはないです。だいたい僕は中身も知りませんし。一体何と書いてあるのでしょうか?」
「じゃ読んでやろうか。『私の愛しいギャニミード様。あなたはきっと天使の生まれ変わりなのではないでしょうか』だと。全く何という侮辱だ。私は人間ではないと言っている。こんなひどい言葉は女では思いつかないぞ」
「えっと。それが侮辱なのですか?」
「更にこう続いておる。『あなたを一目見て以来、私の心は乱れに乱れ、心臓がドキドキと痛んで、もう死にそうな気分です』。要するに、私がいることで気持ちが不安になり、目障りで邪魔だと非難している」
「非難には聞こえませんけど」
「『あなたの目の色、あなたの声の響き、全てが私を夢中にさせます。どうかこの私の心を静めるために私に会いに来て下さい。そしてもしこの恋が叶わぬものならば、いっそのこと私をあなたの手で殺して下さい』。つまり近くに来たら死にそうだから自分の近くに来るなということだ。これが喧嘩を売る言葉でなくて何だろうか?」
「あのぉ、喧嘩を売っているようには聞こえないのですが」
「私に同情してそんなことを言っているのか?だったらあの女の所に行ってぼくの言葉を伝えろ。お前が私のことを愛しているというのなら、私はお前にこう命令する。シルヴィアスを愛してやれ、とな。いいか?シルヴィアス、ぼくは君がぼくに頼まない限りはフィービーを相手にはしない。さぁ、行ってこい。もし君がフィービーを愛しているのならね」
それでロザリンドはシルヴィアスを押し出すようにして帰らせた。
それと入れ替わりにオリバー (Christof Hennig) がやってくる。彼はヒゲも剃り、髪も整え、きれいなダブレットとズボンを着ている。彼はものすごく清々(すがすが)しい顔をしている。
「こんにちは。お尋ねします。この付近にオリーブに囲まれた家があり、若い兄と妹が住んでいると聞いたのですが、もしかしてここでしょうか」
「(男声で)まあ確かにここもオリーブの木で囲まれていますが」
「耳で聞いたことが目の助けとなるのなら、あなた方のことに違いない。兄はきびきびとした身のこなしだが、色白で洗練されている。そして優しい雰囲気を持っている。妹の方はやや日焼けしたようにな顔で(*68) まだ少女のようなあどけなさを残している、と。あなた方がこの家の主ですね?」
「自慢することでもないですが、確かにそうです」
(*68) シーリアは顔に濃い色のファンデーション(恐らく赤ワインベース)を塗って変装しており、色黒に見える。当時は酢、石灰、ワイン、動物の脂肪、などがファンデーションの素材として使用されていた。
今回の映画で姫路スピカは実際メイクアップアーティストさんの手で小麦色に焼いた肌のような感じにしている。
「オーランドからあなた方によろしくとのことです。そして彼が“愛しいロザリンド”と呼んでいる若者に、このハンカチを渡して欲しいと言われました。あなたですね?それは」
「確かに。でもこれは血?いったい何があったのです?」
「私にとっては全く恥ずべきことなのですが、ご説明しなければなりません」
とオリバー。
「お願いします」
とエイリーナ(シーリア)。
「オーランドはあなた方と別れる時、1時間後(*69) には戻ると約束しました、そして甘辛い恋の味をかみしめながら森の中を歩いておりました。そしてふと脇を見ると、そこにとんでもない光景を見たのです」
「木陰にボロボロの服を着て髪もひげも伸び放題のみじめな男が一人眠っており、その首には緑色の大蛇が巻き付いていました。オーランドはそれを見ると男のそばに寄り、蛇を捉まえて遠くに放り出したのです。蛇は幸いにも逃げていきました」
「しかしその蛇が逃げて行ったのと別の方角に、獲物を狙っている雌ライオンがいました(*72) ライオンは百獣の王ですから死んでる獲物を食べたりはしません。それで倒れている男が生きているのか死んでいるのか見定めようとしていたのでしょう」
(*69) オーランドはギャニミードたちと別れる時「2時間以内に戻って来る」と言っているが、ここでオリバーは「1時間」と言っている。オーランドの勘違いかオリバーの聞き違いか、あるいはシェイクスピアの思い違い!?かは不明。
実際は公爵たちと食事してから戻るのに1時間では無理と思うので多分2時間が正しいと思われる。
「そしてその時オーランドは気付いたのです。そこに寝ていたのが自分の兄であることに」
とオリバーが言う。
エイリーナ(シーリア)が口を挟む。
「あの方のお兄さんのことは聞いたことがあります。あんな薄情な人は居ないとか」
「全くです。あれは薄情な人でした」
とオリバーも言っている。
「でしたらオーランドはそのお兄さんをそのまま放置して立ち去ったのでしょうか」
とギャニミード(ロザリンド)は男声で訊く。
「そのようにして当然だと思います。しかしオーランドは気高い男でした。兄への復讐心より彼の気品が勝ったのです。彼はその雌ライオンと戦いました」
「きゃー」
とロザリンドは思わず女声で声を挙げる。
「ライオンはその鋭い爪と牙で対抗しましたが、オーランドはその雌ライオンを倒すことができたのです(*71)」
ロザリンドがホッとしたような顔。
「そして私はその騒ぎでやっと目を覚まして起き上がったのです」
とオリバーは言った。
「あなたがそのお兄様だったのですか!」
とエイリーナ(シーリア)は驚いて言った。
「あなたがオーランド様を追い出したの?」
とエイリーナ(シーリア)は尋ねる。
「はい。確かに私です。でも今の私ではありません。私はオーランドに助けてくれたことを感謝しました。そしてなぜここに居るかと訊かれ、私はフレデリック様に追放され、邸や土地も没収されたことを話しました」
「そしてそれを機に私は彼とこれまでのことを全部腹を割って話し合ったのです。それで私とオーランドの間の誤解は解けました。私はこれまてオーランドに酷いことをしてきたことを謝りました。彼はその謝罪を受け入れ、これからは仲良くやっていこうと言ってくれたのです」
「なんて器量の広い方だろう、オーランド様は」
とエイリーナ(シーリア)。
「彼は『この森で暮らすなら公爵様の所に身を寄せるといい』と言って、公爵様のもとに連れて行ってくれました。私は公爵様にも不実なことをしていたので謝りましたが、公爵様も全てを許してくださり、新しい服も下さったのです」
「それで私は着替えたのですが、ふと弟を見ると彼の服もぼろぼろです。『ああ、ライオンと戦った時に敗れたのかな』と言って脱いでみたらたくさん血が出ていて。そしてそれを見てオーランドは気を失いました」
ロザリンドが気絶する。
シーリアが慌てる。
「ちょっと、しっかりして。ギャニミード、ギャニミード!」
「血を見て気絶するのはよくあることだ」
とオリバー。
「それだけではないみたい。しっかりして、ロス」
そこでロザリンドは意識を取り戻す。
「気がついたようだ」
とオリバー。
ロザリンドはかすれたような女声で言う。
「それでオーランド様は?」
「きっと血を見たことで初めて傷みを感じたのでしょう。ライオンと戦った時は気持ちが高揚していたので傷みも分からなかったのでしょうけど。彼は数分で意識を取り戻しましたが、すぐには立てないようでした。公爵様の部下の方が、傷口にお酒を掛けて消毒し、包帯を巻いてくださいましたが、2〜3日寝ていたほうがいいと言われていました」
とオリバーは説明する。
「ではもう大丈夫なのですね?」
とロザリンドはまだ女声のまま尋ねた。
「ええ。でも弟は私に、この状態ではオリーブの木に囲まれた家に住む、彼がロザリンドと呼んでいる若者との約束を守れないから、代わりに事情を説明して謝ってきてほしいと、このハンカチを託されたのです」
「私も少し休みたい」
とロザリンドは女声のまま言った。
シーリアが
「連れてってあげる」
と言ってロザリンドの肩を支えて立たせようとする。
しかしひとりでは重いので、オリバーに声を掛ける。
「すみません。片側を支えていただけませんか?」
それでオリバーはロザリンドの片側の腕を支えて上げたが、その時ロザリンドのバストに手が触れて「え?」という表情をする。しかし彼は一瞬考えてからこう言った。
「しっかりしなさい。あなた男でしょ?それとも金玉(*70)無いの?」
ロザリンドは男声に戻して言う。
「(男声だが女性的口調で)実は無いんです。(男性的口調に戻して)なーんちゃって!どうです?名演技だったでしょう?ぽくはロザリンド役をしていたから、オーランドが大怪我をしたと聞いて、ショックで気を失うという演技をしてみせたんです」
「いや演技ではない。その証拠にまだそんなに顔色が悪いではないですか」
「いえ、確かに演技です」
「でしたら、しっかり男の役を演じることですな」
「はい。頑張って演じます」
「それと私はあなたから返事をもらわなければならない。弟が約束を守れなかったことを許してもらえるかどうかの」
「それは考えておきましょう。それより私がしっかり彼の恋人を演じたことを彼にお伝え下さい」
それで男装のロザリンドはシーリアとオリバーに支えられて家の中に入った。
(*70) 原文は man's heart.“男の心”だが、改変した!
(*71) 旧約聖書・詩篇にこのようにある。
詩篇91.11-13
11.主はあなたのために、みつかいに命じて、あなたの道のどこにおいても、守らせてくださる
12.彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る。
13.あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり、大地を踏んでいく。獅子の子と大蛇を踏んで行く。
このエピソードは聖書の一節に合わせて、オーランドを神の使いに擬したものと言われる。
(*72) この年代にヨーロッパにライオンは居ない。ライオンはBC480年頃にはギリシャでよく見かける動物だった。しかしBC300年頃には既にギリシャでは稀少な動物になっていて、AD100年頃には居なくなった。但しコーカサス地方には10世紀頃まで残っていたという。どっちみち16世紀のイングランドやフランスにライオンが居たとは思えない。
このライオンのエピソードはひとつは↑に記した詩篇の文章を想定したもの、もうひとつは“ピューラモスとティスベー”の話を下敷きにしたと考えられる。“血染めのハンカチ”もそこから来たものであろう。
『ピューラモスとティスベー』とは下記のような話である。前出オウィディウスの『変身物語』に収録されている。この話は西洋の文学には多数引用・利用されている。
昔バビロンの町に、ピューラモスという青年とティスベーという娘が住んでいた。ふたりは壁で仕切られた隣同士の家に住んでいたが親同士の仲が悪く、結婚させてもらえる望みは薄かった。
2人は思いあまって駆け落ちしようと決めた。その夜ティスベーが待ち合わせ場所に来るとピューラモスはまだ来ていなかった。泉のそばで待っている内に彼女はライオンのうなり声を聞き慌てて逃げ出す。ところがその時ベールを落としてしまった。
ライオンは近くで何か動物を食べ、泉に水を飲みに来たところだった。そしてライオンはそこにベールが落ちているのに気づきそれにじゃれついていたが、それでライオンが食べた動物の血がそのベールに付いた。
やがてライオンは去るがその後ピューラモスがやってきた。あたりを見るがティスベーの姿は無い。ふと見るとライオンの足跡があり、血染めのベールが落ちている。ティスベーの愛用品で見覚えがある。彼はティスベーがライオンに食べられてしまったと誤解する。それで彼は絶望して自殺してしまった。
その後、ティスベーが戻ってくる。するとそこでピューラモスが死んでいるのを見る。彼女はショックのあまり自分も自殺してしまった。
この物語は『ロミオとジュリエット』の話のルーツではないかと言われる。15世紀頃から類話が多くの書き手により書かれているが、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は1595年頃に書かれたと思われる。
しかしシェイクスピアは恋人たちが最後に死んでしまう結末に不満があったのではと思われる面がある。それで1599年(上演は1603年)のこの『お気に召すまま』(*73), 1609年頃に書かれたと思われる『シンベリン』でハッピーエンドの物語を書いたのではなかろうか。
『シンベリン』は『白雪姫』の物語のルーツで、毒で仮死状態になっていたところを通り掛かりの将軍に助けられるのだが、こちら『お気に召すまま』ではライオンを倒して生き延びる力強い男主人公が描かれる。女主人公のほうも神経が丈夫で、逞しい精神の持ち主として描かれている。ロミオとジュリエットの2人の神経の細さに比べると、オーランドもロザリンドも安心して見ていられるキャラである。
(*73) この劇が初演された1603年というのはイングランドに安定と繁栄をもたらした名君エリザベス1世が亡くなった年でもある。
エリザベス1世は女性の君主の結婚問題が様々な問題を引き起こすのを嫌って自分は結婚しないと宣言したので“処女王 (virgin queen)”とも呼ばれる。ただし公然の恋人(Robert Dudley)は居た。
ダッドレーはメアリ1世の治世下でエリザベスが幽閉されていた頃からの恋人で、メアリ1世の死後エリザベスが王宮に入った時、馬頭の名目で連れてきた。エリザベス1世の下で伯爵に任じられるが政治的にはほとんど無能であったため、結局女王と結婚することができなかった。晩年は別の女性と結婚して女王の怒りを買った。しかしエリザベスは亡くなるまで彼とやりとりした手紙を大切にしていたという。
シェイクスピアは1580年代から劇作家として活動するようになったと思われ、1592年に別の劇作家がシェイクスピアのことを低俗だと批判する文章を書いているので、その時期にはかなりの売れっ子になっていたものと思われる。
1504年に宮内大臣 Henry Carey の庇護下で設立された宮内大臣一座 (Lord Chamberlain's Men) でメイン座付き作者となり、以降シェイクスピアの作品はこの劇団で上演されていくことになる。『お気に召すまま』の初演はWiltshire州Salisbury近郊のWilton Houseという“カントリーハウス”(後述)でおこなわれたと思われる。
宮内大臣一座はエリザベス1世が亡くなった後、ジェームズ1世(*74) の直属となり、国王一座 (King's Men) と改名された。この一座が 1599年に建てた専用劇場がグローブ座 (Globe theatre) である。ここは野外劇場で3000人ほどの収容能力があり入場料も安かったが、屋外なので天気が悪いと公演できないし、冬季には公演できないという問題があった。
それで1609年には屋内劇場のブラックフライヤーズ劇場 (Blackfriars Theatre) も獲得した。こちらは屋内である代わりに狭く数百人しか入らなかった。入場料も高かった。しかし劇場を2つ持っていたお陰で、1613年にグローブ座が火事で焼失した時も全ての台本・衣裳は失わずに済んだ。グローブ座は翌年には再建された。翌年に再建できるというのがこの劇団の経済力を示している。
(*74) エリザベス1世は結婚しないまま、当然子供も作らないまま亡くなったので、その後継はスコットランド国王のジェームズ6世がイングランド王を兼任し、イングランド王としてはジェームズ1世となった。
彼は、ヘンリー8世の姉マーガレット・チューダーの曾孫である。マーガレットはスコットランド王ジェームズ4世と結婚してジェームズ5世を産み、その子が有名なメアリ・スチュアートで、スコットランド女王になりメアリ1世となっている。似たような時期にイングランドとスコットランドにメアリ1世が居たのでとても紛らわしい。
Mary I of England (1516-1558 在位1553-1558)
Mary I of Scotland (1542-1587 在位1542-1567)
そのメアリ・スチュアートの子供がジェームズ1世で彼が現在の英国王室の祖である。彼はカトリックではあったが、中道的なイングランド国教会を支持し、当時は、イングランドは国教会、スコットランドはカトリックという別の宗教が国教となっている状況が妥協的に成立していた。
ジェームズ1世からアン女王までの英国王室はスチュアート朝と呼ばれる。
ジェームズ1世の後は、息子のチャールズ1世が継ぐが横暴な政治をして清教徒革命で処刑される。王を処刑したクロムウェル(*75) のもとで“イングランド共和国”(Commonwealth of England) が成立するがクロムウェルの死後は王党派が巻き返し、チャールズ1世の子供のチャールズ2世が国王の地位に復帰した。クロムウェルの遺体は墓から掘り出されて、国王殺しの大罪人として斬首され、晒し首にされた。
チャールズ2世が子供を残さないまま亡くなり、王位は弟のジェームズ2世に引き継がれるが国民の反感を買い、名誉革命で追放される。そしてジェームズの娘・メアリ2世と夫のウィリアム3世が共同統治王となり「権利の章典」を定めた。ウィリアム3世はジェームズの妹・メアリ・ヘンリエッタ・スチュアートの子供なので2人は従兄妹同士の結婚である。
しかし2人が子供を作らないまま亡くなったのでメアリ2世の妹・アン(ブランディー・ナン Brandy Nan (*76) )が国王となる。しかし彼女も子供を作らないまま亡くなったので、王位は遠縁のジョージ1世に引き継がれた。
ジョージ1世はチャールズ1世の姉(つまりジェームズ1世の娘)エリザベス・スチュアートの娘ソフィーの子供である。彼はドイツのハノーバーの領主であったため、以降ヴィクトリア女王(-1901)までの英国王室はハノーバー朝と呼ばれる。
(*75) 清教徒革命を起こしたオリバー・クロムウェルは、ヘンリー8世時代に宰相を務め宗教改革や修道院解散を断行したたトーマス・クロムウェルの姉妹の孫の孫である。
(*76) ブランディーが大好きだったので Brandy Nan と呼ばれる、“ブラッディメアリ”と音感が似ているが、こちらは国民から親しみを込めてこう呼ばれる。
彼女は物凄い肥満体質で、あまりの体重の重さのため、晩年は歩けなくなって車椅子で移動していた。彼女の棺は正方形であったという。
広瀬みづほが「アーデンの森近く、村外れ」と書かれた板を持っている(原作第5幕第1場)
オードリー(坂出モナ)がヤギの世話をしている。タッチストーン(Martin Grotzer)が彼女とおしゃべりしている。
「昨日の牧師さんでも良かったのに。あの変なお爺さんは文句言ってたけど」
「いや、オリバー・マーテクストは外れだったと思う。でもちゃんと結婚できるようにするからさ」
そこへコリン(藤原中臣)がやってくる。
「タッチストーンさん。御主人とお嬢様(ギャニミードとエイリーナ)がお探しですよ」
「分かった。行く。オードリー、君もおいで」
「でもヤギの世話が・・・」
と言っていたら、またウィリアム(花園裕紀)が画面右手から通り掛かる。
「ビル!」
とオードリーが声を掛ける。
「何だい?オーディー」
「しばらくヤギを見ててくれない?」
「またなの〜〜?」
「じゃ、よろしくねー」
「ね、オーディー、結婚したの?」
「昨日の結婚式はキャンセルになっちゃったけど、数日中には結婚するよ」
「そっかー。ぼくもオーディーのこと好きだったのに」
「私もビルのこと、友だちとしては好きよ」
「分かった。君の結婚に神様の祝福があるように」
「ありがと。じゃヤギをよろしくー」
と言って、オードリーはタッチストーン・コリンと一緒に画面左手に立ち去る。
(この場面も前出の場面と同様、四国で撮影された)
広瀬みづほが「翌日。公爵の洞窟の中」と書かれた板を持っている
(原作第5幕第2場)
オーランドは腕に包帯をして手を吊っており、ベッドに腰掛けている。そのそばの椅子にオリバーは座っている。
「そんなことってあるのかい?兄さん。だってまだ1度会っただけなんだろう?」
とオーランドは驚いて言う。
「好きになった。それで結婚してくれと言ったら彼女は同意した」
とオリバーは言う。
「あるのさ。この世にはこういうことが。俺はエイリーナと結婚する。確かにあれは身分の低い田舎娘だが、そんなことはどうでもいい。俺はドゥボアの名を捨てるから、お前が次のドゥボアになれ(*77)。俺はあの娘と一緒に一生ここで農耕と羊飼いをして暮らすつもりだ。そのことをお前に同意して欲しい」
(*77) あのぉ、次男さんの立場は?(シェイクスピアも忘れてるのでは??)
ギャニミード(ロザリンド)が画面右側(上手)から出てくる。
「兄さんの気持ちは分かった。結婚式には公爵様たちも招待しよう。取り敢えずエイリーナの身支度を手伝ってやりなよ」
とオーランドは言った。
「(男声で)ごきげんよう、お兄様」
とギャニミード(ロザリンド)が挨拶する。するとオリバーは微笑んで
「ごきげんよう、“お姉様”」
と言ってから画面右手(上手)に退場する。
ギャニミード(ロザリンド)は言った。
「(女声で)ああ、愛しのオーランド。あなたが心臓に包帯を巻いているのを見たら私は辛い気持ちになるわ」
この場面、建前的にはギャニミード演じるロザリンドが言っているように見せて実はロザリンド本人の言葉でもある。現実とお芝居が入り乱れている。
「僕が包帯を巻いているのは腕だけど」
とオーランド。
「(女声で)ライオンの爪が心臓に刺さったのかと思った」
「僕の心臓に刺さったのは“ある女性”の視線だ」
「(男声で)ぼくが血の付いたハンカチを見せられて気絶する演技を上手にしたことは聞いたかい?」
「聞いた。それよりもっと驚くべきことも聞いたけど(*78)」
とオーランド。
(*78) 原文 greater wonders. つまり驚いたことは“複数”である。
ギャニミード(ロザリンド)は言う。
「(男声で)全くそんな話聞いたこともない。牡羊が2頭喧嘩してたとか、シーザーが『来た見た勝った』(*79) と自慢げに言ったとかならまだ分かるけど、君のお兄さんとぼくの妹は、会うとすぐ見つめ合い、見詰め合うとすぐ恋しいと思い、恋しいと思うとすぐ溜息をつき、溜息をつくとすぐ溜息の理由を尋ね、尋ねたらすぐ解決方法を探し、2人は結婚への階段を一気に駆け上がってしまった。もう棍棒を使っても引き離せない」
「2人は明日結婚式をあげる。公爵様に出席をお願いした。でも僕は辛いよ。兄が結婚するところを見ているだけだなんて」
「なぜ明日ぼくがロザリンドの役をしないと思うの?」
「もう想像するだけでは辛くなった」
(つまり“ギャニミード演じるロザリンド”ではなくロザリンド本人に結婚式には出てほしいと言っている)
(*79) このジュリアス・シーザー(Julius Caesar ラテン語読み:ユリウス・カエサル)のことばは、この劇のでの原文は 'I came, saw, and overcame:' だが、 実際に彼が言ったのはラテン語なので、Veni, vidi, vici.
BC47年のゼラの戦いの勝利をローマに報せたことば。
「ではもう空(から)の会話はやめましょう。ぼくは実は魔術師と知り合いなんだよ。とても立派な人で、邪悪なこととは関わらない。その魔術師に頼んで明日、奇蹟を起こしてあげる。明日、君の前に生(なま)のロザリンドを連れてきてあげるから、君もロザリンドと結婚しなよ。彼女を愛しているのならね」
「へー。魔術ね〜」
「ぼくの命を賭けても必ずロザリンドは連れてくるから」
「分かった。それに期待しよう」
そこにシルヴィアス(鈴本信彦)とフィービー(七浜宇菜)が入ってくる。
「(女声で)やれやれ。ぼくのことを好きになっちゃった子と、その子を好きな子だ」
とロザリンドは独り言のようにオーランドに言う。
フィービーがギャニミードに文句を言う。
「あなたひどいじゃない。あなた宛ての手紙をこの子に見せるなんて」
「(男声で)君は不愉快かもしれないが、ぼくは全く気にしない。意地悪で無礼なように見えたとしてもね。君にはそこに忠実な羊飼いが付いているじゃないか。君のことを尊敬している羊飼いが。彼を見なさい。そして彼を愛しなさい」
とギャニミード(ロザリンド)は言う。
フィービーが言う。
「シルヴィアス、この若い人に愛とは何か語ってやってよ」
シルヴィアスは言った。
「愛は溜息と涙でできている。そして僕が君にそうなんだ。フィービー」
「そして私はギャニミード様にそうなの」
とフィービー。
「そして僕はロザリンドにそうだ」
とオーランド。
「そしてぼくはどんな女性にも、そうでない」
とギャニミード(ロザリンド)。
「愛とは信頼と奉仕だ。そして僕が君にそうなんだ。フィービー」
とシルヴィアス。
「そして私はギャニミード様にそうなの」
とフィービー。
「そして僕はロザリンドにそうだ」
とオーランド。
「そしてぼくはどんな女性にも、そうでない」
とギャニミード(ロザリンド)。
「愛とは幻想で、激情で、願望で、憧れで義務で敬意で、慎ましさで忍耐で焦燥で、純粋で試練で敬意。そして僕が君にそうなんだ。フィービー」
とシルヴィアス。
「そして私はギャニミード様にそうなの」
とフィービー。
「そして僕はロザリンドにそうだ」
とオーランド。
「そしてぼくはどんな女性にも、そうでない」
とギャニミード(ロザリンド)。
「それなら何故あなたは私の愛を拒否なさるんですか?」
とフィービー。
「それなら何故君は僕の愛を拒否するの?」
とシルヴィアス。
「それなら何故君は僕の愛を拒否するの?」
とオーランド。
「ちょっと待て。一体各々誰に『なぜ愛を拒否するのか』と言ってるの?」
とギャニミード(ロザリンド)。
「ここに居なくて聞いてないことになっている女性に」
とオーランド。
ギャニミード(ロザリンド)は言う。
「(男声で)もうこんな狼が月に向かって遠吠えするような大合唱はやめてくれ」
「(シルヴィアスに向かって)君にはできるだけ協力しよう」
「(フィービーに向かって)もしぼくにそれが可能なら君を愛しよう」
「(みんなに)明日みんなここに再度集まってくれ」
「(フィービーに再度)もしぼくが女と結婚可能で明日結婚するなら君と結婚しよう」
「(オーランドに)もしぼくが男を満足させられて、明日あなたが結婚するなら、ぼくはあなたが満たされるようにしよう」
「(シルヴィアスに)君が喜ぶもので君が満足されて、明日君が結婚するなら、ぼくは君を満足させよう」
「(オーランドに)あなたがロザリンドを愛するから、あなたはロザリンドと結ばれる」
「(シルヴィアスに)君がフィービーを愛するから、君はフィービーと結ばれる」
「(みんなに)ぼくは女を愛さないからどんな女とも結ばれない。じゃ今日はこれで。みんな明日はちゃんと来てくれ」
とギャニミード(ロザリンド)は言った。
「命に掛けても必ず来ます」
とシルヴィアス。
「私も必ず来る」
とフィービー。
「僕も」
とオーランド。
広瀬みづほが「アーデンの森内の空き地」と書かれた板を持っている(原作第5幕第3場)。
タッチストーンとオードリーが手をつないでやってくる。
「喜べオードリー。明日は俺たちの結婚式だぞ」
「嬉しい!」奧さんになるというのは淫らなことじゃないよね。あれ?そこに公爵様の従者が3人」
3人の従者(*80)が左手から来る。3人はダブレットにショートスカートを穿き、タイツを履いている。
従者の1人ショコラ(山鹿クロム)が言う。
「よいところでお会いしました。道化様」
タッチストーンも彼らを歓迎する。
「こちらも歓迎だ。まあ座って座って。そして歌を歌ってくれ」
従者の1人ビスクィ(三陸セレン)が言う。
「どうぞ、おふたり真ん中にお座り下さい。私たちが周囲を取り囲んで歌います」
従者の1人マカロン(鈴原さくら)が
「よし歌おう」
と言って、3人は伴奏付きで歌い始めた。
楽器はショコラ(山鹿クロム)がタンバリン(*81)、ビスクィ(三陸セレン)がリラ(*82) 、マカロン(鈴原さくら)がファイフ(*83)を演奏している。マカロンは笛を吹くのに口が塞がっているので、歌っているのはショコラとビスクィの2人である。
(*80) 原作では従者(ページ)は2人だが「タッチストーンとオードリーを囲む」ということから3人に改変した。なおこの歌は合いの手が入るので最低2人以上のボーカルが必要である。3人は今回の役名にちなんで“金平糖”という臨時ユニットを組むことになった。英語の“コンフェクショナリー”のもじりである。
(*81) タンバリンはBC1700年頃から存在する。
(*82) リラ(イタリア語でリラLira、ドイツ語でライアLeier、英語ではライアLyre, フランス語でリールLyre)、つまり竪琴は神話時代からある楽器である。
↑フランス語と英語は綴りは同じだが発音が違う。英語とドイツ語は発音は近いがスペルが違う。ただしドイツ語でも英語と同じスペルで書くこともある。
(*83) ファイフ(fife)、つまり横笛は15世紀からヨーロッパでも見られるようになり、16世紀には一般的な楽器のひとつとなった(それ以前ヨーロッパでは笛といったら縦笛だった)。この3人は舞音のバックを務めるキャット・シスターズのメンバーなので全員ファイフは吹ける。普段はプラスチック製のもの(平均律)で吹いているが、今回は映画のために制作された特製の木製ファイフ(ピタゴラス音律)を吹いている。
『それは彼女と彼でした (It was a lover and his lass)』(シェイクスピア作詞・葵照子訳詞・醍醐春海作曲)(*84)
「それは彼女と彼でした」
「(さぁ)ヘイ!(さぁ)ホー!(さあ)ヘイ・ノニーノ!」
「とうきび畑を通り抜け」
「春の季節には鐘が鳴る」
「小鳥も歌う(さあ)リン(はい)リンリン」
「恋人たちは春が好き」
「ライ麦畑も通り抜け」(*85)
「(さぁ)ヘイ!(さぁ)ホー!(さあ)ヘイ・ノニーノ!」
「寝転がっておしゃべりしよう」
「春の季節には鐘が鳴る」
「小鳥も歌う(さあ)リン(はい)リンリン」
「恋人たちは春が好き」
「祝いの歌も始まるよ」
「(さぁ)ヘイ!(さぁ)ホー!(さあ)ヘイ・ノニーノ!」
「人生って花なんだ」
「春の季節には鐘が鳴る」
「小鳥も歌う(さあ)リン(はい)リンリン」
「恋人たちは春が好き」
「だから今がその時さ」
「(さぁ)ヘイ!(さぁ)ホー!(さあ)ヘイ・ノニーノ!」
「みんなで愛の祝福を」
「春の季節には鐘が鳴る」
「小鳥も歌う(さあ)リン(はい)リンリン」
「恋人たちは春が好き」
(*84) この歌にはシェイクスピアと同時代の Thomas Morley (c.1557-1602) が付けたリュート伴奏のメロディーも存在するらしいが、この映画では使用しない。醍醐春海が曲を付けてタンバリン・リラ・ファイフ伴奏に編曲したものを使用した。実際の音源はスタジオ録音である。
元のタイトルは "It was a lover and his lass" で直訳すれば「それは恋する男と娘でした」になるが、敢えて「それは彼女と彼でした」と男女の順序を逆転させたのは、字数の関係である。「彼と彼女でした」では音数が落ち着かない。
(*85) スコットランド民謡「麦畑」でもコメントしたが、ライ麦はとても背が高い。つまりライ麦畑の中で“何をしていても”外からは見えない!
歌を聴いてタッチストーンは言った。
「お前らまだ声変わりしてないの?」
「声変わりはしましたけど」
「まるで女みたいな声だ」
「すんませーん」
「お前ら実は金玉無いだろ? (You haven't balls, have you?)」
「あると思いますけど (I think I have)」
「あるんじゃないかなぁ (I guess I have)」
「あるかも知れない (I suppose I have)」
「いや絶対無い。お前ら、結婚式では女の服を着て歌え」(*86)
「そんなぁ」
「さあ行こう、オードリー」
それで全員退場する。
(*86) 原作では「お前ら歌が下手だ」とタッチストーンは文句を付ける。ここは音痴な人に出てもらおうという意見もあったが、音痴な歌をサウンドトラックには収録出来ない!ということから、充分歌のうまい人の登用となった、その代わり、お前ら男の格好してるけど実は女だろうと指摘されることにした。
日本でも海外でも。この3人はそもそもスカートを穿いているので女性キャラクターと取った人がほとんどだったようである。でもこの時代に女性がショートスカートを穿くことはない。女性はロングスカートであり、ショートスカートは男性の服である。
男性キャラクターと思った人でも、実際には若い女優さんまたは女性歌手の男装だろうと思ったようである。だいたいクレジットも
Chrome Yamaga
Selen Sanriku
Sakura Suzuhara
で、充分女性名に見える。特にさくらは女性名にしか見えない!
そういう訳で宗教界からのクレームは全く出なかった。この場面をカットするかは各国版の任意としたが、“尺”(*87) の短縮以外の目的でカットした国は無かった。
(*87) 映画の長さのことを業界用語で“尺”と言う。
昔は映画はフィルムで撮影され上映されていたので、元々はそのロールフィルムの長さのことを言ったものである。
映画の黎明期には音声も無かったし、撮影も上映もフィルムは手回しだったので“だいたい”1秒間に16コマくらいの速度だった。初期には様々なサイズのフィルムが乱立していたが、やがてフレームが18mm×35mm で、1フィートに16フレーム設定する方法が標準となった。1 ft (304.8mm) ÷16 = 19.05 なのでフレーム間に1mm程度の間隔がある。そして「1秒で1フィート」というのが分かりやすかったのである。このフィルムは横幅が35mmなので、“35mmフィルム”と呼ばれた。
やがてトーキー(音声付き映画)が発明されるとコマ送りの速度が乱れると音のピッチまで変わって困るのでコマ送りはモーターによる自動となった。この時、コマ送りの速度は秒速1.5フィート、つまり 24 frame/sec に改訂され、このフレーム速度が現代まで続いている。(テレビは 30 frame/sec)
日本では1フィート304.8mm が1尺 303.03mm に近いので、フィートのことを俗に尺と言った。それでフィルムの長さ=上映時間も“尺”と呼んだのである。この言葉は撮影・上映がビデオテープになり、デジタルになっても、そのまま使用されている。
フィルム時代は長い映画は1本のロールフィルムに収まらないので数本のロールで構成されており、ロールの末尾付近に映画館での上映時に次のフィルムを掛けた映写機をスタートさせる合図の記号が丸数字で入っていた。つまり長い映画の上映には2台の映写機が必要であった。たまに技師が失敗して空白の画面が出ていた。
またフィルム時代はフィルムのコピーを作るのが大変なので、人気映画は田舎の映画館にはなかなか回ってこなかった。また上映期間が終ったらフィルムは次に上映する映画館に送らなければならないので、上映期間の延長も許されなかった。デジタル時代になってこういう問題が解決したので、撮影がアナログでも上映はデジタルという時代が結構あった。もっとも映画館自体、田舎からは消えた!
広瀬みづほが「田園地帯のどこか」と書かれた板を持っている(原作に無い場面)(*88)
マーガレット(栗原リア)が不安そうな顔で羊の群れを導いていたら1匹の羊が群れから放れようとした。
「あーん、だめー!そっちに行ったら。こっちおいで」
とマーガレットは言うが、羊は言うことを聞かない。そのうち別の羊も群れを離れてさっきの羊とは反対の方角に行こうとする。
「だめー、戻って!」
と言うが、も言うことを聞かない。その内3匹目の羊が群れを離れようとする。
「みんな戻ってぇ」
と言うが、羊たちは全然言うことを聞かない。
羊たちに完全になめられている。
えーん。どうしよう?と思っていたら、ウィリアム(花園裕紀)が通り掛かる。ウィリアムはすぐ状況を把握した。
「おい、こっち来い」
と言って、群れを離れようとしていた羊たちを杖で軽く叩き、全部群れに戻した。
「ありがとう!どうしようと思った」
「君、根本的に羊飼いの仕事ができてない気がする」
「ごめんなさい」
「君が少し慣れるまで僕が教えてあげるよ」
「本当ですか?」
「今日の夕方羊を連れ戻したらオーナーさんに話してあげるよ。しばらく僕が付いてて指導しますからって。こんなんじゃきっとオーナーさんも不安がってるよ」
「ありがとうございます!」
(*88) このシーンは四国でヤギ牧場の撮影をした時、近隣の羊牧場で撮影した。
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【お気に召すまま2022】(4)