【夏の日の想い出・高3の春】(1)

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ボクは高校2年生の8月から12月まで、女の子の格好をして友人の政子と一緒に「ローズ+リリー」という女子高生歌手デュオとして活動した。その活動がボクが実は男であったということをすっぱ抜いた写真週刊誌の報道をきっかけに終わってしまった後、ボクも政子も1月末までの45日間、学校に出て行くこともできず、外出もほとんどできない日々を過ごした。しかし琴絵たちの励ましで2月2日の月曜日からボクも政子も学校に復帰する。それで、ボクは普通の男子高校生に戻ったのだが、若干?「普通の男子高校生ではない」感じにもなっていた。
 
ボクは学校では一応学生服を着てはいるものの、下着は常時女性用を着けていた。また放課後や休日に友人と遊びにいく時は(父との約束でスカートは自粛していたものの)だいたい女の子っぽい装いで出かけていた。また家の中ではいつもスカートも穿いて、女の子の格好をしていた。
 
親に女装がバレた時はホント家庭内がたいへんで、父とはかなり激しいやりとりもした。ボクも親に黙って歌手活動していたことは謝ったし、受験が終わるまでは活動を自粛することも約束したが、父は更にボクに女装で外出するなと言った。これにボクは反発した。
 
結構シビアなやりとりの中でボクは「当面親の許可無くスカートで外出はしない」
という線で父と合意した。ボクが父とそういうやりとりしていたのを見て、母が「お前、大人になったね」と言った。「以前は人から何か言われたら言われたままにするばかりの子だったのに。ちゃんと交渉ができるようになったんだね」と。姉は「やはり、ここ数ヶ月の歌手活動で成長したんだよ」などと言ってくれた。
 
「スカート禁止」はあくまで、外出でのスカート禁止なので、落ち着くとすぐにボクは家の中ではいつもスカートを穿いているようになった。父は少し不満そうであったが、ボクは涼しい顔をしていた。
 
学校で体育の時間に着換える時、2学期までは女物の下着を着けていることがバレないように、ブラを着けた上に灰色や濃紺のシャツを着て隠し、また下もショーツの上にトランクスに見えないこともないフレアパンティを穿いて隠していたのだが、ボクの女装が写真週刊誌のお陰で全国民に!バレた後は、開き直って、堂々とブラとショーツ姿になって着換えるようになった。
 
体育の時間に男子更衣室に行って、学生服を脱ぎワイシャツをぬぐ。その下にはブラをつけている。ぎょっとする周囲の視線。しかしすぐにジャージの上を着る。ズボンを脱ぐ。下はショーツ1枚である。ボクはよく、イチゴ模様とか、花柄とかの可愛いのを好んでいた。しかも、そのショーツには男の子ならあるはずの膨らみがなく女の子のようなライン。周囲の視線がその付近に集中するのを感じるが黙殺して、ジャージのズボンを穿く。
 
3学期はよくサッカーやバスケなどしていたので、ゴール前で乱戦になったりすると、しばしば他の男の子と身体の接触があったが、ボクのバストに接触して「わ、ごめん」などという子もいた。そもそもみんな、ボクとの身体の接触があまり発生しないように遠慮がちにプレイしている感じだった。この遠慮がちのプレイは、実は(みんなに薄々女装を感づかれていた)2学期の半ば頃から感じていたのだが、3学期になるとかなり顕著になっていた。そもそもジャージは下着の線が出やすい。ブラジャーを着けているボクは、ジャージを着ると胸が膨らんでいて、髪も伸ばしていることもあり、女の子のような外見だった。2学期まではその胸があまり目立たないように気を遣っていたのだが、3学期になると「どうせバレてるし」と開き直って、むしろ胸を強調している時もあった。
 
「先生、唐本に男子更衣室の使用をやめさせてください」
と職員室に訴えに行った男子がかなりいたらしい。
 
「先生、唐本は女子と一緒に体育させたほうがよくないですか?」
と言いに行った男子もいたらしい。
 
それでマジで体育の先生たちで会議をやったらしい!
 
その結果、ボクは2月中旬以降、体育の時間の着替えについては、面談室を使ってくれ、ということになってしまった。面談室はたくさんの個室に分れているので、全部ふさがっているということはめったにないのである。
 
そもそも体育の授業を男子と一緒でいいのかという点についても、先生達の間で意見が割れたらしいが、当面は現状で様子を見ることになったようであった。
 

2月に学校に復帰してすぐ、ボクはコーラス部に入り、ソプラノのパートに入れてもらった。ボクのハイトーンはメゾソプラノの音域なのだが、高校のコーラス部のパートなら充分ソプラノでも通じる。
 
ローズ+リリーの活動で、ボクは女装も癖になってしまったが、歌手という仕事も癖になってしまった。ステージの上で、大勢の観客を前にして歌うことが、もうたまらない快感だったのである。それで受験が終わって大学生になったらインディーズででもいいから、また歌手をやりたいという気持ちが強かった。そこでコーラス部で歌唱力を鍛えておきたかったのである。
 
ただひとつ小さな(?)問題があった。それはうちの高校のコーラス部は女声合唱であり、男子の部員をそもそも取っていないことであった!
 
コーラス部に行ってボクが「ソプラノに入れてください」と言ったら、先生が「えー!?」と言ったが、以前からボクのことを知っていた副部長の詩津紅が
「ローズ+リリーのケイちゃんの声はきれいなソプラノでしたよ」
と言ってくれたので、
「じゃ、ちょっと出してみて」
と言われ、先生のピアノの音にあわせて、ソプラノ音域を歌ってみせた。
 
「うん。声域的には問題無いね。このくらい出れば高校の合唱で歌う曲ならソプラノパート充分歌える。本来はメゾソプラノ声域に近いけど、声が凄くクリアだから、声質的にはソプラノ向きの声だよね。発声練習してれば上の方はもっと出るようになるよ」
などと言ってもらった。実はその上の方がもっと出るようにしたいというのがボクがコーラス部に入れてもらいたかった大きな目的のひとつだった。
 
「でも、さすがプロの歌手だよね。音程が正確」
「いえ、ピアノの音に合わせて歌っただけですから」
 
「それとホントによくこんな高い声出るよね。去勢してる訳じゃないんでしょ?」
「してません。小学生の内に去勢しておきたかったですけど」
とボクは笑って(女声で)答えた。
 
もうすぐ3年生でもあり、プロ活動経験もあるしということで、6月に行われる大会には出ないということで、練習も受験勉強に差し支えない程度に出てくればいいということで合意していたが、部長の風花さんは
 
「もし時間が取れたら、10月の文化祭とか12月のクリスマスコンサートとかには出てよ。クリスマスコンサートは受験勉強まっただ中だけど、けっこう3年生でも最後の思い出に出る子もいるんだよね」
などと言ってくれていた。
 

政子とは「引き籠もり」期間中、毎日数時間携帯電話で話していたのだが、どちらも自宅からほとんど外出できず、会うことはできなかった。実際に顔を合わせたのは2月2日に学校に出て行った時で、ボクたちは校長室で一緒に校長先生、生活指導の先生、各々の担任といろいろ話をした。そしてふたりきりで話をすることができたのは3月に入ってから、ほんとに久しぶりにボクが政子の家に遊びに行った時であった。
 
土曜日で、ボクは途中でケーキ屋さんに寄ってケーキを持って政子の家を訪れた。父との約束でスカートは穿いていないものの、ブラは着けて、ブレストフォームもつけ、下もタック(この時期はテープタック)していた。わざと身体の線が出やすいレギンスパンツを穿いているので、お股に何も膨らみがないのが分かる。
 
「冬ちゃん以外にもお友達来ることになってたのかと思っちゃった」とお母さん。
「だって、どう見ても女の子だし、声も女の子だし」
「冬は女の子だもん」と政子。
 
3人でしばらく「ホントあの時期はたいへんだったよね」などという話をする。
 
「2月の中旬くらいまで、近くに記者みたいな感じの人たち張ってたよ」
「あ、こちらもそうだったみたい。姉が言ってました」
「寒かったのにご苦労様だよね。向こうも仕事とはいえ」
「私達は外に出るわけないのにね」
 
「でもワイドショーでこのネタ取り上げる度に『甘い蜜』が流れるから、そのおかげか、随分あの曲、売れてるみたい」
「あの曲のキャンペーンで1回だけでもいいから、サイン会か握手会でもしてくれないかと言われたんだけど、私一人では嫌だから断った」
「私にも連絡あったけど、お父さんからスカート外出禁止されてるから断った。ズボン穿いて出て行く手はあるけどね。写真は使ってもいいかと言われたから、お父さんに確認してそれはOK出した」
「うん。私も写真はOK出した」
 
「でもたぶんあの曲の印税だけで△△△に通う4年間の学資・生活費が出るね」
「あれ?冬ちゃんは国立志望じゃなかったの」
「△△△に変える予定です。政子さんと一緒に4年間通いたいと思って」
「あらら。じゃ政子は本気で頑張らなきゃ」
「うん」
 
「でもマーサ、もらった金額の半分は税金で払わないといけないこと忘れないようにね」
「うん。40%所得税で払わないといけないんだよね」
「それプラス10%住民税があるから結局半分だよ」
「えーー!? 更に払うものがあるの?」
「住民税は今年じゃなくて来年払わないといけないから、その分キープしておかないと、とってもやばいよ」
「それは知らなかった。。。。でも無駄遣いするような使い道無いけどね」
「まあ、マーサはシルバーフォックスのコートを買ったりはしないだろうし」
「コートはユニクロでいいよ」
「うんうん。で、結局今は勉強だよね」
「ほんと、ほんと」
 
政子は4月にある模試の成績が悪かったらタイに行って両親と一緒に暮らすことを約束させられていた。受験に差し支えるからといってタイに行くのを嫌がって日本にいたのに芸能活動などしていたとあって、お父さんはかなりのお冠だったのである。すぐにもタイに連れていくと言われたのを必死で抵抗して、そういうことにしてもらったのであった。そのお父さんとの交渉を通じて、政子もまた「大人になったね」とお母さんから言われたと言っていた。
 
「でも、あの時期、ずっと家の中にいて体重増えなかった?」
「増えた!お正月でお餅もたくさんあったしね」
「ファンからの激励の贈り物もかなりあったしね」
「うん、あれは有り難かった。なんか涙が出たなあ。激励のお手紙には全部お返事書いたよ」
「私も全部お返事書いた!」
 
あの報道で中には「夢を壊された」といって、カミソリなど送ってきた人もあったらしいが、激励のお手紙や贈り物もかなりの量になり、この手の作業に慣れている○○プロがファンから贈られてきたものを全部厳密にチェックして、安全確実なものだけ、ボクと政子の家に届けてくれていた。
 
「おひな祭りにって、私ひなケーキももらったよ。**堂の」
「私も**堂のひなケーキもらった。もしかしたら同じ人かな?」
「おひな祭り祝ってもらうと、やっぱり私女の子でいいんだよなって、あらためて思っちゃった」
「何をいまさら」
 
まだこの日はひな祭りの余韻で、ひなあられなどもつまんでいた。
 
1時間ほど話していたところで、お母さんが2時間ほど出かけるといって出かけてしまった。玄関のところで見送って、ドアが閉まりお母さんの足音が遠ざかる。それを聞いていた政子が玄関のところでボクに抱きついてキスをした。ボクもしっかり抱きしめる。ボクたちのキスはディープキスになってしまった。
 
「ね、ベッドに行かない?」と政子。
「うん」
 
ボクたちは政子の部屋に行き、ふたりとも裸になってしまう。裸のまま強く抱きあった。
「寂しかった」と政子。
「ボクも寂しかった」
 
「ふーん・・・」
「何?」
「お母ちゃんの前では『私』って言ってたのに、ふたりきりになるとやっぱり『ボク』というのね、冬って」
「えーっと、そのあたりは微妙な線で」
 
「でも、冬、今日も女の子ボディなのね」
今日はボクはブレストフォームを付けて、タックもしている。
 
「マーサの前では本来の自分の姿でありたいの。ボクにとってはこういう身体のほうが真実なんだもん」
「じゃ、Hできないか」
「女の子同士だもんね」
「お母ちゃんから、コンちゃん渡されたんだけどなー」
「いいお母さんだなあ。でもボクにおちんちんが無いから使えないね」
 
ボクたちは笑って、そのままベッドの中に潜り込んだ。あらためてキスして、しっかりと抱き合う。政子がお母さんからもらったというコンドームを枕元に置いた。
 
「私たち、ツアー先とかでいつもこんなことしてたね」
「枕元に須藤さんからもらったコンドーム置いてね」
「一度も使うことにならなかったけど。おまじないなんて言ってたね」
「今日も使わないみたい」
「使ってもいいんだよ。私、冬にだったらバージンあげていい」
「でもボク女の子だもん。ちなみにボクも念のためコンちゃんは持ってるよ」
 
「冬なら持ってるだろうとは思ったけどね。もしホントに使うことになった時は冬がたぶん持ってるのを使って、お母ちゃんからもらったのは未開封のままにしておこうかと思った」
「あはは」
 
その日はほんとに久しぶりだったので、ボクたちは、かなり濃厚に睦み合った。
 
「恋人でもないのにここまでしていいのかなあ」
「女の子どうしの悪ふざけだよ」
「でも他の女の子友達とはこんなことしないよ」
「したら私怒る」
「ふふ」
 

やがて3学期は終わり、4月になって、ボクらは高校3年生になった。
 
ボクは志望校を関東の国立某大学の経済学部から、私立の△△△文学部に変更することを先生に言った。政子がそこを志望していたもののまだ成績的に微妙だったので、一緒に行こうよという気持ちを示して彼女に奮起してもらいたかったことと、ボク自身、ローズ+リリーの活動のおかげで、たくさんお金をもらい、それで私立に行く学資が得られたことも大きかった。3年生は志望校別にクラス編成が行われたが△△△は私立でもレベルが高いので、ボクも政子も国立文系コースのクラスに入れられた。ただし、ボクたちは別のクラスであった。
 
2年生の後半から仲良くなっていた琴絵は国立理系コースなので隣のクラスになってしまった。一方、1年生の時に同じクラスだった仁恵が同じクラスになり、彼女とも急速に親しくなっていった。政子は相変わらず友人を作らない性格だが、ボクが政子も誘う形で、琴絵・仁恵と4人で廊下などでおしゃべりしたりしていることもよくあった。ふたりは結果的にボクと政子の最大の親友になったのだけどどちらかというと仁恵はボクたちと最も仲の良い友達、琴絵はボクたちの最大の理解者という感じだ。
 
ボクは高2の2学期には、政子や琴絵など、ごく親しい友人と話す時だけ女声を使い、ふだんは男声を使っていたのだが、3学期に学校に復帰した後は少しずつふだんでも女声を使うことが多くなっていった。そして3年生になってからは、もう女声しか使わなくなってしまった。
 
また年末頃から伸ばし始めていた(実は10月末に切ったのが最後)髪がけっこうな長さになり、高3時代のボクのトレードマークのようにもなったポニーテイルが春頃完成していた。こうして、学生服は着ているもののバストがあり、髪型はポニーテイルで眉は細く女の子の声で話す、男子高校生?が完成したのであった。
 

春からボクは週1回、エレクトーンのレッスンに通い始めた。姉が子供の頃ヤマハの音楽教室に行っていたので、うちにはエレクトーンが置かれていて、ボクも小さい頃からよく勝手に弾いていた。運指に関しては姉が教えてくれたので、指くぐり・指またぎ・指替えなども、ふつうに出来ていたし、ギター用のコード付き譜面で、右手はメロディー、左手はコード、という形で一応の演奏ができるくらいの状態であった。16分音符の連続も多少なら弾けた(忙しさでは有名な「ティコテイコ」は猛練習して弾けるようにしていた)。それでローズ+リリーの活動をしていた時もライブで間奏をキーボードで弾いたりしていた。しかし正式に習ったことは無かったので、一度きちんと習っておこうと思ってのである。
 
高校生だから、もうおとな向けのコースである。最初ステップ1のレッスンに出たのだが、あなた上手すぎるからといわれて2回目からはステップ2のクラスに入れられた。
 
エレクトーンのレッスンに行く時、ボクは学校からいったん自宅に戻ってから私服に着替えて行っていたので、同じクラスの受講生はみんな、ボクを普通に女子高生と思っていたようであった。変な面倒を起こしたくないので男の子であることをカムアウトしたが「えー?うそ!?」などと言われる。ケイの名前で歌手活動をしていたことを明かすと「あ!ローズ+リリーのケイちゃんだ!今気付いた」とひとりに言われた。
 
エレクトーン教室では、幾人か同世代の女の子と携帯のアドレスを交換した。その中には後にガールズバンドを組んでプロデビューした子もいて、彼女との交流は長く続いた。
 
7月にはエレクトーンのグレード試験も受けた。9級は受ける必要無いと言われたので、8級を受けたが、先生は「7級受けてもらってもよかったかなあ」などと言っていた。
 

ボクはだいたい女の子の友人とばかり話していて、男子の同級生などとはあまり会話していなかったのだが、その中でも比較的話しやすい感じの状態をキープしている子たちも数人いた。そのラインナップにその4月から加わったのが、3年生になって初めて同じクラスになった正望だった。彼は東大法学部(文一)を志望していて国立文系クラスに入れられていた。当時は「木原君」「唐本さん」
と呼び合っていた。
 
彼と最初に言葉を交わしたのは体育の時間だった。
 
3年生最初の体育の時間、ボクは2年生3学期の時と同様に面談室でジャージに着換え、男子の集合場所に集まった。2年の時から同じクラスだった子などと目で挨拶して、みんなと一緒に体育座りをする。その時、彼に声を掛けられた。
 
「あれ?君、女子は向こうで集合してるよ」と正望。
「あ、すみません。ボク、男子なんで」とボクは女声で答える。
 
「面白い冗談だね。でも早く行かないと先生に叱られるよ」
「いや、本当に男子なんですけど」
「ちょっと顔見せて・・・・冗談がきついよ。ふざけてないで早く集合場所に行ったほうがいいよ」
 
「おい、木原、そいつほんとうに男だぜ」と2年の時からボクを知っている友人のひとり、佐野君がフォローした。
「えー!?」と正望が驚いたように言う。
 
ところが、そこに琴絵など女子の友人が数人来て「冬はこっちに来てって」と言って「え!?」と言っているボクを女子の集合場所の方に連行していった。
 
後で佐野君に聞いたところでは、ボクが女子の方に連行されていった後、正望は「なーんだ、やはり女の子だったんだね」と言ったらしい。
「いや、マジであいつ男なんだけど」と佐野君は言ったものの、正望は信じていなかったという。
 
ボクは女子の方に連れて行かれた後、女子の方の体育の先生から
「ちょっと話し合った結果、唐本さんは今学期は女子の方に参加してもらうことになりましたから」
と言われた。
 
なんでも春になって再度ボクの体育の授業への参加について体育の先生達に生活指導の先生なども加わって協議した結果、女子と一緒に受けさせるほうが問題が少ないようだという結論に達したということであった。
 
3年生は体育は1学期までなのだが、男子の1学期の種目にはハンドボールとかラグビーとかバレーボールとかが予定されていたらしい。どれも乱戦になりやすい種目で、ボクとの身体的な接触を避けようとして、他の男子が怪我したりしたら問題だという話になったようであった。特にラグビーなんて絶対男子と一緒にはやらせられないという意見が多かったらしい。それに対して女子の方では、ダンス、マット運動、バドミントンが予定されていて、それなら、全然問題ないのではということになったとか。
 
女子と一緒に授業を受ける場合、柔軟体操とかどうするのかというのが問題になったらしいが、その点について、ボクが女子と一緒に体育の授業を受ける場合は同じクラスになることになる琴絵が先生から個人的に呼び出され、ボクと仲良くしているようだが、柔軟体操をボクと組んでやったりしてもらうことは可能かと聞かれたらしい。琴絵は「冬は女の子だから問題ないですよ」と笑って答えてくれたということで、それで高3の1学期、ボクは体育はずっと女子と一緒にすることになり、柔軟体操はいつも琴絵と組んでしていたのであった(政子とは体育は別のクラスだった)。
 
授業では創作ダンスなどというのも、これまでは女子達がやっているのを遠くから眺めていただけだったのを初めて実地に体験したが、なかなか面白かった。身体の動きでひとつのイメージを表現する、というのはボクの創作意欲も刺激した。マット運動では「冬身体柔らか〜い。新体操部に入らない?」などと言われたりしていた。
 
「ごめーん。新体操やってみたい気はするけど、コーラス部だけで手一杯」
と答える。やはりこの頃から、ほんとに勉強にあてる時間が拡大してきていた。でも「やってみたいなら1度でいいから、ちょっと顔を出しなよ」と言われた。1回だけ練習に付き合ってレオタードも着せてもらった。「わあ、身体の線が完璧に女の子だね」「身体の動作が凄く女らしい」などと言われたが、この新体操の体験もまたボクの創作意欲を激しく刺激した。
 
4月には身体測定もあったのだが、ボクは1人だけ別の日に保健室で受けた。「下着は全部女の子の下着なのね」と保健室の先生から言われる。
 
「ええ。高2の2学期までは一応男物の下着、自宅にあったんですけど使ってなかったです。時々カムフラージュに洗濯機に放り込んでたけど。親に女装がバレてからは全部捨てちゃったので今は女物の下着しかありません」
 
「胸はシリコンパッドか・・・・」
「服着ている状態で上から触られると、本物っぽいんですよね。もっとリアルなブレストフォームってのを貼り付けてることもありますけど、今日は身体測定だから付けてないです。水着になったり、胸が半分見えるような服を着る時はそういうの使うんです」
 
「なるほどね」
「ほんとは豊胸手術したいくらいだけど、高校生のうちはダメって親から言われてるし」
「私もあなたのこと知ってから、だいぶ勉強したけど、もう中学生くらいで、女性ホルモン飲んで、自前のおっぱい膨らませてる子とかもいるのね、最近は」
「ええ、ちょっと羨ましいです。ホルモンも高校のうちはダメと言われてます」
「でも、親御さん、あなたが大事だから、そんなこと言ってるのよ」
「ええ、それは分かっているので、高校のうちは従うつもりです」
 
「でもお股の所に膨らみが無いのは?」
「タックって技法で隠してますが、おちんちんはまだ存在してますよ」
 
「なんか、あなた女子更衣室で着替えてもいいみたいな感じ」
「同級生たちから解剖されて、バストパッドとか外されてしまいそうなので遠慮しておきます」
「ああ、やられかねない!」
 
「歌手やってた間はふつうに女性用の楽屋で着替えてたし、辞めたあとでも、こないだ政子とふたりでプールに行った時は一緒に女性用の更衣室で水着と着替えましたし」
「着換えても問題ないでしょうね!」
 

この高3の1学期のボクの生活というのは、学校での扱われ方が、男か女か微妙な線になっていて、これはこれで曖昧による快適さがあった。ボクが男なのか女なのか、明確にしなければならなくなっていくのは、夏休み頃からである。
 
トイレに関しては、この時期、まだまだ混乱の状態にあった。
 
保健の先生から女子制服を着たいといった気持ちはないかと聞かれたが、父との約束もあるので学校にいる間は学生服でいいですと答えておいたので、学生服を着ている時は男子トイレを使うようには言われていた(男子トイレに入るのに抵抗感があるようなら職員玄関近くにある男女共用の多目的トイレを使ってもいいとも言われた)が、プライベートな外出をする場合は当然女子トイレを使っていた。
 
この頃にはプライベートな外出時に誤って男子トイレに入ってしまうことはほとんど無くなっていたのだが、学校ではしばしば誤ってうっかり女子トイレに入ってしまうこともあった。しかしそういう時の女子達の反応が2年生の頃とは違っていた。
 
2年生の頃は「唐本君、ここ女子トイレなんだけど」などと言われて追い出されていたのが、この時期になると「わ、びっくりした。男の子が入ってきたかと思ったよ。なんだ冬ちゃんか。今日は女子トイレ使うの?」などと言って容認してもらえていた。
 
初期の頃はそれでも「あ、ごめん。間違った」と言って自主的に出て行っていたのだが、その内「いいじゃん、いいじゃん、あんたほとんど女の子なんだから」
といって空いてる個室に押し込まれたり、空いてない時は「空くまでおしゃべりしてよ」と言われて、結果的に順番待ちの列に並ぶことになったりしていた。それどころか、仁恵などからは「冬、トイレ行こう」などと引っ張っていかれ一緒に女子トイレに連れ込まれたりすることもあった。
 
これが更に3年生の秋頃になると、男子トイレに入ろうとするとそちらから逆に追い出されるようになってしまった!
 
「どしたの?冬ちゃん」と同級生の理桜。
「えーん。お前あっち行けって男子トイレから追い出された」
「冬ちゃんはもちろんこっちでいいよ」といって腕を取られて女子トイレに連れ込まれる。
 
そういう訳で、ボクは高3の10月頃以降は、学生服は着ていても校内で女子トイレにしか入らないようになり、1年2ヶ月ほどにわたって続いていたボクのトイレ混乱問題には無事?終止符が打たれたのであった。
 
下着についても、この頃まで若干の揺れがあった。パンティは高2の2学期頃から女物しか穿かないようになっていたが、ブラを着けるかどうかについては多少の揺れもあった。ローズ+リリーの活動をする時は当然ブラを着けてパッドを入れておかなければならないので、活動のある日は学校にもブラを着けて行っていたが、オフの日はけっこうブラを着けていない日もあった。特に体育のある日で、仕事もオフの日はまずブラは外していた。
 
しかし高2の3学期からは、むしろ体育の時こそ、確実にブラを着けていたし、そういう日は外れにくいよう粘着タイプのパッドを入れておいた。ただ、体育のない日はブラはしていてもウレタンパッドしか入れていなかったり、ブラさえも着けていない日もあった。
 
それが高3の1学期頃には、取り敢えずブラは毎日確実に着けているようになったが、パッドは日によっては入れていないこともあった。パッドも確実に入れておくようになったのは、夏休み頃からである。
 
タックについては、ローズ+リリーの活動をしていた頃は、仕事中だけテープタックしておいて、終わったら外していることが多かった。キャンペーンやツアーで地方に行きホテルに泊まる場合、政子の前でボクはふつうにおちんちんを見せていた。
 
しかしローズ+リリーの活動が終わってしまった後は、体育のある日にタックをしておくようになった。初期の頃は男子更衣室で着換えていたので着換える時に、おちんちんの盛り上がりを級友達に見られるのが嫌だったこと、ジャージ自体が身体の線が出やすいので、盛り上がった股間を他人に見られたくない気分だった。
 
しかし高3になってからは、ほぼ1日中タックしておくようになった。長時間の連続タックが身体に良くないのは認識していたので、朝タックして、帰宅後、お風呂に入る時に外して、お風呂でその付近をよく洗う習慣になった。
 
更に高3の6月頃、テープタックから接着剤タックに切り替えたので、これをした場合、一週間タックしっぱなしということが多くなった。ボクは(授業でも体育がない)月曜日をタックお休みの日ということにして、火曜日の朝から日曜日の夜まで連続して接着剤タックをしておく生活になった。
 
この時期、休日に政子の家に行って、(政子のお母さんはいるのだが)、ふたりで1日一緒にお勉強しながらおしゃべりしたり、お菓子作りなどして過ごすなどということをよくやっていたが、時々お母さんが(気を利かせて)外出して、ボクたちふたりだけになることもあった。
 
そういう時、ボクらは政子の部屋のベッドで少し危険な「遊び」をしていたが、3月のあの日ほどまで過激になることは無かった。いつも枕元にはおまじないのようにコンちゃんを置いていたが、1度も開封されることは無かった。
 
ボクらがかなり深い関係になっているっぽいのに、避妊具が開封されていないので、一度ボクもいる場で、政子のお母さんから
「あんたたち、避妊せずにやってたりはしないよね?」と聞かれた。
 
「一線は越えてないから大丈夫だよ、お母ちゃん。というか、私かなり誘惑してるのに、冬ったら、してくれないんだよねー。お友達の線は守ろうよと言って。それと、一応コンちゃんは冬もちゃんと準備はしてくれてるけど」
「念のためにね」
とボクは苦笑しながら言ってから、お母さんにきちんと話す。
 
「私、政子さんとは一応、女の子同士、友達同士のつもりでいるので、身体の関係を作るつもりはありません。でももし、政子さんとそういうことになった場合は、私、必ず付けてします」
 
「本当にお友達という線までなの?」
「若干越えてるかな」と政子。
「でしょ?ふたりを見てたら、どう見ても既にやってるようにしか見えないんだけど」
「まだやってません。政子さんはバージンです」
「そのバージンを進呈するって言ってるのに、もらってくれないのよね」
 
「でも私、将来たぶん性転換しちゃうと思うし、政子さんに対して責任取れないから、政子さんがお嫁にいけなくなるようなことはホントするつもり無いです」
「私は別に冬にバージンあげた後で、他の男の子と結婚してもいいんだけどな」
と笑いながら政子。
 
「私、あんたたちの関係がまたまた分からなくなっちゃった」
「須藤さんにもよく言われてたね、そんなこと」
「うんうん」
「基本的にはお友達だよねー」
「少し特別なお友達だよね」
「ますます分からない」
 
「須藤さんも私達が一緒に泊まる時、もしもの時のためにってコンちゃんくれてたけど1度も使うようなことはしなかったね」
「いつも裸でくっついて寝てたけどね」と政子。
「うん、まあ」とボク。
「あらあら」
「枕元に1枚置いておくのが、私達のおまじないだよね」
「おまじないか・・・・それいいかもね」とお母さん。
 
一緒に寝る時に枕元に1枚避妊具を置いておくという「おまじない」は後にボクが性転換も終えてからも続いた。開封したのは4回だけだが(高校時代は一度も開封していない)、実際におちんちんに装着したことはなく、象徴的な意味だった。そのおまじないをしなくなったのは、自分たちが恋人であることを須藤さんの前で告白した時からであった。
 
4月の模試の結果は6月初めに出たが、政子は△△△の合格ラインには到達していなかったものの、合格確率52%という判定だった。総合順位も高2の夏休みの模試より上がっていたので(高2の年末にも模試はあったのだが、ボクも政子もとても受けに行けなかった)、おかげで政子はそのままお母さんと一緒に日本に留まって、日本での受験を目指すことになった。
 

6月7日はコーラス部の地区大会があった。ボクは出ないことになっていたのだがかなり直前になって先生から「ピアノ伴奏をしない?」と打診された。いつもピアノを弾いている3年生(奈津妃さん)を最後の大会だし歌の方で出してあげたいので、その代わりに弾いてくれないかと言われたのである。ピアノ伴奏は、もともと在学生でなくてもいいしプロ演奏家でもよい規定なので「元プロ歌手」
という微妙な存在のボクでも、弾くのに問題ないということだった。
 
「こないだ昼休み、練習が始まる前に唐本さん、松田聖子のSWEET MEMORIESをピアノ弾き語りしてたでしょ」と先生。
「ちょっとリクエストされたものだから」とボク。
「凄くいい雰囲気だった。みんな聞き惚れてた」と部長の風花さん。
「歌手に復帰できなかったら、クラブとかで弾き語りとかしても食っていけるね、なんて言われました」と笑いながらボク。
 
「いやでも、あれ聴いてて、私、唐本さんピアノうまいじゃんと思ったのよね。それで、この計画を思いついたの」と先生は言った。
 
先生と部長さんだけいる場で取り敢えず「テスト」ということで大会で歌う曲の伴奏を弾いてみたら「うまいうまい!」と言われ、それで行くことになった。
 
「で、私、学生服で出るのかしら・・・」
「私服でいいよ。ピアニストは特別だから」
「じゃ、お母ちゃんにお願いして許可もらってドレス着ようかなあ」
 
「お母さんの許可がいるの?」
「当面の間、親の許可無しでスカート外出禁止、ってなってるんです」
「あらあら」
 
「でも家からドレスで来るの?」
「あ、そうか。じゃ会場で着換えようかな」
「ああ、現地にはそういう人用の女性用控室があるから・・・って学生服でそこには入れないわえ」
「自宅からは女子高生っぽい服で出かけます。ブレザーとチェックのスカートみたいな感じで」
 
「なるほど。でも、あなた・・・・女性用控室、そもそも大丈夫?」
「私、ローズ+リリーしてた頃、ふつうに女性用楽屋で着換えてました」
「あ、そうだよね!」
 
「じゃ、女性の前で下着姿になってもいいような身体なんだ」
「実は女湯に入ったこともあります」
「わぉ!」
 
母は「女声合唱なんだから学生服で行く訳にはいかないわよねぇ」といって、ドレスを着る件、会場までスカートで行く件を許可してくれた。ボクは本番用のドレスは、ローズ+リリー時代のステージ衣装で使っていたお気に入りのものをセレクトした。またそこまで行く途中の服には紺のブレザーとチェックの膝丈スカートをセレクトした。
 
その服で集合場所に行くと歓声が上がる。
 
「わあ、可愛い」
「こういう冬ちゃん、初めて見た」
などとみんなから言われる。
 
「ふだんはこんな感じで出歩いてるの?」
「それがお父さんとの約束でスカート外出禁止なのよ。今日は特別に許可もらって来た。高校卒業したら、アパート借りてひとりぐらしして、思いっきりスカート穿こうと思ってるの」
「おぉ」
みんなで会場に行ってから、会場の外の芝生で練習する。持って行っていたPortatoneで伴奏した。みんなで会場内に戻る。ボクは女性用の控室に行ってドレスに着替えてきた。
 
「わあ、なんか美しい」
「大人っぽい」
「これ以前ステージ衣装で何度か着た服なんだ。またステージの上で1度着てみたかったのよね。ステージに上がること自体久しぶりだから、使わせてもらった」
「なるほどー」
 
「ねー、冬ちゃん、ステージで上がらないコツってある?」
「うーん。何か別のことを気にしちゃうことかなあ。歌のこと考えちゃうと、上がりやすいよ」とボク。
「私、ステージに立つと歌っているうちに足がぶるぶる震えだして」
「その足の震えを気にしだすと、よけい上がるんだよね」
「そうなの!」
「だから、今晩のおかず何かなあとか、彼氏との今度のデートうまく行くかなあとか、次のテストちょっと頑張らなきゃとか、そんなこと考えていた方がいい。歌自体は、いやというほど歌い込んでいるから、半ば無意識でも歌えちゃうよ」
「ああ、それ、うまい方法だね」
 
「冬ちゃんもそんなこと考えて歌ってたの?」
「最初の頃は、男の子とバレたらどうしようってのばかり考えてたよ」
「あはは」
「慣れてきて女の子に自信が持てるようになってからは、勉強のこと考えてることが多かった。学校が終わったあとFM局に行ってライブハウスに行ってなんてしてから、くたくたになって帰宅して、それから御飯とお風呂の後、宿題やって、作曲や編曲をしてから、更に実力アップのための問題集やってだもん。昨日途中で眠ってしまった分を今日は頑張らなくちゃなあ、とかよく考えながら歌ってた」
 
「わあ、なんか、それ他人事じゃない!」
「私たちは、そのお仕事の代わりに、クラブ活動とか塾とか入ってるもんね」
「高校生って、みんな忙しいんだね!」
 
けっこう激戦区の地区なので、うちの高校よりうまいところがたくさんある。ボクたちは特に上位大会進出とかは意識せずに、のびのびと演奏をした。その雰囲気が良かったのか、特別賞というのをもらってしまった。
 
「特別賞ってなにかご褒美出るのかな?」
「賞状だけだよ」
「なーんだ。でもちょっと嬉しいね」
「成績では6位だったよ。よく頑張ったと思う」と成績表をもらってきた先生。
「今回参加した2年生・1年生に来年は頑張ってもらって関東大会進出してもらおう」
などと部長さん。
 
「次の部長は誰になるのかな?」
「当然、来美ちゃんでしょ」と部長。
「えー!?」と本人。しかしみんなが拍手している。
「正式には学校に戻ってから、全員いるところで決めるけど、もうほぼ決まりっぽいね。今の拍手は」
「このあと3年生は文化祭とクリスマスコンサートだけだから、練習自由参加になるし、あとは2年生中心に頑張ってね」
 

6月10日。ローズ+リリーのベスト盤「ローズ+リリーの長い道」が発売された。一応レコード会社が「勝手に編集したアルバム」というタテマエではあったが、実際には、★★レコード担当の秋月さんとボクが電話で選曲や音源の選択などについて何度も話して、試作版などももらってそれを政子とふたりで聴いて感想なども言い、その意見も採り入れてくれたもので、ボクは事実上、ボクと政子の作品のひとつだと思っている。
 
このアルバムではボクは実は仮名で一部の曲の編曲もして、バレたら叱られそうと思いながらも、親には内緒で打ち込み伴奏まで作った曲もある。(実際あとで編曲についてはバレて、叱られた)
 
「長い道」は、このアルバムのタイトル曲で、ライブ音源から採ったものである。12月に出演したロシアフェアで歌ったものだが、このステージがローズ+リリーの最後のライブになってしまったし、そのライブの最後に歌ったのがこの曲だったので、このアルバムの事実上のプロデューサーとなった★★レコードの町添部長が敢えてそれをタイトル曲に採用した。
 
ローズ+リリーの実際の活動は僅か4ヶ月だったのだが、この4ヶ月はほんとうはローズ+リリーの活動の、ほんの発端に過ぎない。ふたりは必ず復活して、長い歴史を刻んでいくと言って、ボクたちが歩む長い道、という意味も込めて、この曲をタイトル曲に選んだのだと町添さんは言っていた。
 
このアルバムには、過去に発売されたシングルの全てのタイトル曲をリミックスしたものや、「長い道」と同様にライブ音源から採られたものなども入っていた。「ふたりの愛ランド」は最初に作ったインディーズのシングルに入っていたもので、とてもシンプルな打ち込みで伴奏が作られていたのだが、人気曲なのでぜひアレンジを見直したいと言われ、△△社の甲斐さんが、須藤さんが退職する前に使用していたパソコンのゴミ箱!から、ミクシング前のデータを発掘して、その音声トラックに、ボクが新たに編曲した譜面に沿ってスタジオミュージシャンの人達に演奏をしてもらったものを再ミクシングして仕上げたものであった。
 
この曲の編曲者名には「夜須譜津子」というクレジットがされていたが、熱心なファンは「yosu fuduko」が「sudo fuyuko」のアナグラムであることを見破ってネットでかなり話題になっていた。須藤さんの作品をベースにボクが編曲したので、ふたりの共同作品という意味合いを込めたものであった。もっともネットで話題になり、ワイドショーでも取り上げられたことから、親にばれてボクは叱られたのであったが。(但しボクは歌手活動は自粛すると約束したが音楽制作活動まで自粛するとは約束していない)
 
発売後にもうひとつネットで熱心なファンを発信源に話題になったのが「長い道」
というタイトルである。これは基本的にはタイトル曲の名前をそのまま転用したものなのだが nagai というのがアナグラムすると again になり、ローズ+リリーはいつかまた戻ってくるという意志を表明したものではないか、また「道」はそのままプロデューサーである、須藤美智子のことではないか、などと書かれていた。
 
これにはボクたちも秋月さんや町添さんなども全く意図していなかったことだったので驚いたが、それについては特に否定コメントなどは出さないことにして、勝手に噂が広まっていくのを放置することにした。
 
ボクたちが後に須藤さんの会社と芸能活動の契約を再度結ぶまでの間、ローズ+リリーに関する様々な外部との交渉は、結果的に★★レコードの秋月さんが窓口のようになり、ボクと政子に意志確認しながら進めるというパターンが多かった。ボクらが受験勉強に集中していた間も、ローズ+リリーに関する様々なビジネスが持ち込まれ、「遙かな夢」などは福井県の和菓子屋さんのCMに採用され、地元では超有名曲になってしまったらしい。この曲の個別ダウンロード数も(大都市圏以外では)福井県で飛び抜けていた。
 

ベストアルバムが発売されたちょうど一週間後が政子の誕生日だった。ボクは仁恵と琴絵を誘って、学校の放課後、政子の家に「押しかけ誕生パーティー」
に出かけた。
 
ボクが誕生日ケーキを買い、仁恵と琴絵もおやつやら、ジュースなどを買って一緒に訪問する。
 
「わあ、なんか嬉しい」と満面の笑顔の政子。
「政子が女の子の友達に囲まれて誕生日祝ってもらうのって初めてかも」
などとお母さん。
 
「あれ?そこに積み上げられている箱は?」
「ファンからのプレゼントなの。こんなに来てどうしようって思ってたから、みんな食べてよね」
「わ、すごい!」
 
ちょうどベストアルバムが発売された直後であったので、★★レコードにも△△社にも、ファンからのプレゼントがけっこう届いていて、★★レコード側でまとめて中身をチェックして、秋月さんが午前中に届けてくれていた。今日も届くかも知れないので、その分は明日持ってくるね、と秋月さんは言っていた。
 
「あれ、でも冬、そういう服まではOKだったんだ!」
ボクは少し可愛いめのブラウスに、ほとんどスカートに見えるショートパンツを穿いてきていた。
 
「出がけに咎められたんだけど、買った時の明細表見せて、確かにショートパンツと書かれているのを確認してもらってから出て来た。でもお父さんからは、そのタイプのショートパンツも明日からは禁止って言われた」
「あはは。抜け道だもんね」
 
ケーキに18本のロウソクを立て、火を付けて政子が一気に吹き消す。
「おお、肺活量凄い」
「最近、毎朝2km走って身体を鍛えてるの。それで少し肺活量増えたみたい。私さあ、やはりもう少し歌がうまくなりたいなって思って」
「わあ、着々と歌手復帰に向けて準備中なんだ」
「うーん。今ここにお母さんがいるからこういうこと言う訳じゃないけど、私は、歌手として復帰するつもりは無いんだよね」
「えー!?」
 
「取り敢えず乾杯!」
「よしよし」
 
みんな未成年なので、お母さんも含めて5人で、ジュースで乾杯し、ハッピーパースデイの歌をみんなで歌った。
 
「私はあの4ヶ月で完全燃焼しちゃったかな、って気がしてて。そこにいる子は不完全燃焼みたいで、復帰する気満々みたいだけど」
「あはは」
「でも、歌手として復帰しなくても、冬と一緒に時々アルバムの制作はしてもいいかなって思ってて。そのためには、やはりもう少しうまくならなくちゃと思って鍛えてるんだ」
「おお、やはり気合い入ってる」
 
「この子、受験勉強の息抜きにっていって、毎日カラオケ歌ってるのよ」
とお母さん。
「おお」
「サウンドカフェのシステム入ってるからね。私もここに来た時はけっこう歌わせてもらってる」とボク。
「政子って、おたまじゃくし見たら頭痛くなる私と同族かと思ってたのになあ」と琴絵。
「でも私よりずっと下手くそなアイドル歌手がたくさんいたから、私けっこう安心してたよ」と笑いながら政子。
 
「琴絵ってロック系も苦手だよね」
「私、大音量の音楽が嫌いなの。だからPA入ってるコンサートには行かない」
「クラシックなら行くんだ」
「行くけど、眠っちゃう」
 
その日は夕方近くまで、5人でいろいろな話をした。ファンから頂いたプレゼントは、半分くらいしか消費できず、残りは後日、もう少し人数呼んできて勉強会?でも開いて、少し片付けようということになった。実際、翌日には秋月さんがまた大量のおやつ類を持ち込んできたのであった。
 
「でも、みんな夏休みはどうするの?」
「私、自動車学校に行く」とボク。
「大胆な受験生だな」
「お母ちゃんと、成績下がったら即退校って約束した。毎週模擬試験問題を制限時間つけて解いて、お母ちゃんに点数チェックしてもらって、85点未満だったら翌週は自動車学校禁止で、2回続けて85点未満だったら退校」
「おお、厳しい」
 
「私は塾の合宿に行ってくる」と琴絵。
「わあ、さすが理系は頑張るね」
「いや、そのくらいやらないと、今の私の成績では、志望校通らない」
「わあ、頑張ってね」
「私も合宿行こうかなと思ったんだけどねー。私、合宿に行ってもみんなとおしゃべりばかりしてる気がして」と政子。
「ぎくー」と琴絵。
「だから、私は週3回塾に行って、あとは自分で勉強してようかなと」
「マーサの場合は、成績落ちたら日本退出だからね」
「そうなのよ!タイに来いって言われる」
お母さんが笑っている。
 
「私は塾には行かずに学校の補講に出ようと思ってる。冬も政子も補講は受けるんでしょ?」と仁恵。
「うん。補講は行くつもり。私、ひとりで勉強するほうが基本的には性に合ってるんだけど、ずっとひとりだとダレると思うんだよね。だから補講は刺激」
 
「あ、私が塾に週3回行こうと思ってるのもそれ。補講も出るけど、補講は知ってる人ばかりだから、知らない人がたくさんいる所にも行った方がいいかなと思って」と政子。
 
少しずつ時の流れは急になってきつつあった。
 

ローズ+リリーのベストアルバムは最初から好調なセールスを見せていたが、そんな時に、ボクはまた写真週刊誌の記事にびっくりした。しかし半年前とは違って、今回はボクも大笑いしてしまった。
 
「男の子に戻ったローズ+リリーのケイ」などというタイトルで、ボクが学生服を着て通学している途中を盗撮した写真が、掲載されていた。隣に政子が並んでいるかのように写真ではなっていたが、実際にはその時は別の子が隣にはいた筈で、顔だけ政子の顔にすげかえた合成写真だった。この件に関しては秋月さんに対処してもらった。
 
週刊誌を出している出版社に、ボクが現在は芸能人ではなく一般人で、明らかなプライバシー侵害であることを抗議するとともに、写真が合成されたものであることも指摘した。一応出版社側からは陳謝があった。出版社は写真が合成であったことを理由にして、写真を提供した委託記者との契約を解除すると言っていた。
 
「男の子」写真が掲載されたことから、政子が「対抗して女の子のケイを露出させちゃおうよ」と言い出した。秋月さんと電話で打ち合わせて計画を練った。
 
アルバムが好調に売れているのを受けて、ボクと政子、秋月さんの3人でささやかな、お祝いをしようというプランを作った。政子にはお母さんが付き添い、ボクは姉に付き添ってもらった。そして母にまたまた特に許可をもらってボクは久しぶりにお化粧をしてスカートを穿いた(政子に見立ててもらって、ローラアシュレイのジャケットとスカートを着た。お化粧は姉にしてもらった)。また契約上の関係は無いのだが、このアルバムの音源の一部の権利を持っている△△社の甲斐さんにも出てもらい、女性ばかり6人で銀座のレストランで食事をした。
 
やらせなのだが、この様子を別の写真週刊誌に盗撮風の写真で「スクープ」してもらった(この手のいわば『官製スクープ』もこの業界では日常茶飯事である)。
 
「ローズ+リリー復活近し?女装のケイ激写」などというタイトルを見て、ボクは苦笑した。甲斐さんというプロダクション関係者がいたことから、勝手に想像を膨らませて記事を書いたようであった。
 
ボクたちは休日の日曜に、わざわざ銀座をボクと姉、政子と母の4人で数百メートル歩いた上でレストランに入ったから、目撃者も多数発生し、ネットでも「見た」という書き込みが多数あった。中にはほんとに盗撮した写真を掲載したブログもあったが、ボクらは放置しておいた。
 
しかしこの2つの写真週刊誌の報道で、またベストアルバムや、最後のシングル『甘い蜜/涙の影』の売り上げが刺激された感もあった。
 
食事会の時に、ボクたちは内輪での記念写真も撮っていた。それを政子が学校に持ってきて、琴絵たちに見せた。
 
「わあ、冬がシックな服着てる。レディじゃん」
「お、しっかりお化粧してるな」
「へへ」
「隣にいるのお姉さん?おそろいの服を着たのね」
「政子が見立ててくれたんだよ。姉ちゃん、ボクのおかげで、美味しい食事もできて、いい服がもらえて役得なんて言ってたけどね」
「洋服代は冬持ち?」
「そうそう」
 
この写真は、その日、ボクのクラスの女子全員に回覧されていた。女子だけの回覧だったはずが、正望や佐野君まで寄ってきて見ていた。
 
「女装の唐本さん、初めて見た」と正望。
「でもローズ+リリー、復活するの?」と佐野君。
「取り敢えず今は無理。受験が終わるまではとても時間無いよ」
「だよねー」と正望。「あ、でも僕もベストアルバム買ったよ」
「ありがと。契約上サインしてあげられないのが残念だけど」
 
7月の初め、ベストアルバムがこの半月だけで既に15万枚も売れているということから、秋月さんが熱心に、ボクと政子に1度でいいから顔出しの無いラジオか何かで番組に出演するか、あるいは録音でコメントを出してくれないかと頼み込んできた。
 
ボクらは迷ったのだが、先日写真週刊誌の件で秋月さんには色々してもらったこともあったし、うちの母も政子の母も「録音ならいいんじゃない」と言ってくれたので、秋月さんや町添さんと1度だけ打合せの場を持って共同で原稿を作成し、ボクと政子の2人でコメントした5分間ほどの録音をFMの全国ネットで流してもらった。コメントはボクたちふたりの掛け合いのような感じで構成した。
 
半年前の騒動を詫びるとともに、激励してくれたファンに御礼を言った。そして現在は一応引退中の身であると自分達の立場を明らかにした上で、初めてボクは自分の性別を明確にした。
「ねー、ケイって男の子なの?女の子なの?」と政子。
「えー、私は少なくとも心は女の子」とボク。
「身体は〜?」
「ひ・み・つ。でも知ってるでしょ?マリは」
「うん。ケイの裸は何度か見ちゃったもんねー。一緒にお風呂入ったこともあるけど、女の子にしか見えなかったな」
 
この最後のセリフは政子のアドリブで(町添さんが「まいっか」と苦笑した)、おかげでボクたちのレスビアン疑惑がまたまた広まってしまったのであったが。wikipediaには政子の発言が転載され、ボクは性転換手術済みの可能性がある、などといったん記載されたが、他の編集者から根拠不十分として削除された。
 
既に噂として広まっていた「夜須譜津子」の正体については、噂通り、ボクのペンネームであったことを認めた。また特定の数曲についてもボクが伴奏を打ち込みで制作したことを認めた。
 
ふたりの今後の活動については、インディーズになるかも知れないけど、きっとアルバム制作はするとファンに約束した。超サービスと称して、タイトルだけは熱心なファンに知られていた未発売曲『あの街角で』の一節を12秒間ボクのピアノに合わせてふたりで歌った(町添さんから15秒未満にしてくれと言われた)。「ローズ+リリーでした〜」と政子。
「みなさん、またね〜」とボク。
 
12月の記者会見以来、半年ぶりのローズ+リリーの肉声だったので、ファンは大いに湧いた。(速攻で動画投稿サイトに無断転載されたが、レコード会社と放送局はボクたちにも確認した上で削除依頼は出さないことにして事実上放置した)
 
ボクたちのコメントを受けて、音楽雑誌が町添部長と上島先生にインタビューをしていた。
 
「彼女たちはインディーズででもとは言ってますが、彼女たちがアルバムを制作したら、必ず★★レコードで取り扱います。制作環境なども提供しますし、バックバンドなどの交渉もしますよ」
と町添部長。
 
「ふたりが戻ってくるのを楽しみに待ってます。そもそも受験前は休養期間にならざるを得ないだろうとは思ってましたし。CDには、また僕の曲も入れてね」
と上島先生。
 
「何かありがたいなあ」
もう夏休みを目前にしたある日、ボクは政子の家に行きふたりで一緒に勉強をしていたが、町添さんと上島先生のコメントが載った雑誌を見てボクは呟いた。
 
「私、上島先生にちゃんと挨拶できなかったのが心残りで」と政子。
「たぶん大学に入ってから、会う機会できると思うよ」
 
「ところでさ、私の誕生日に来てたプレゼントの中で、気になるのがひとつあってね」
「ん?」
「これなんだけど」
「蜂蜜?」
「○○農園の上等の蜂蜜だよね」
「差出人は?」
「一ファンより」
「うーんと」
「蜂蜜ってさ、数字で書くと83だよね」
「あ・・・・8月3日!」
「ローズ+リリーが生まれた日。宇都宮のデパートで」
「須藤さんだ!」
「だよね。昨日の夜寝る前にふと気付いたの」
 
「上島先生がボクたちの受験が終わるの待つみたいなこと言ってたように、きっと須藤さんも、ボクたちの受験が終わるの待ってるんだよ。ボクたちに全然連絡が無いのは、何かおとなの事情がある気がする」
 
「やはりそう思う?」
「ただ、この業界、あまり詮索しない方がいいことも多いけどね」
「確かにね。知らなくていいことは知らないことにしておいた方がいい」
 
「でも取り敢えず須藤さんが無事でいることは、このプレゼントで確認できたね」
「うん。そして今年の8月3日に須藤さん、何かのアクションすると思うな」
 
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【夏の日の想い出・高3の春】(1)