【夏の日の想い出・高2の秋】(1)

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それはまだ私が「ボク」という一人称を使っていた頃の物語である。
 
ボクは高校2年の夏休みにイベント会社の設営のアルバイトをしていた時、出演する予定の女性デュオがトンズラした穴埋めに、たまたま一緒に行っていた友人の政子と組んで「女性デュオ」として歌を歌った。
 
トンズラしたのが女性デュオだったので、そのデュオであるかのように装うため、ボクは女装して歌うことになってしまったのだが、このイベントが物凄く盛り上がってしまったため、ボクは政子とのペアで、そのままあちこちで歌うハメになり「ローズ+リリー」という独自のユニット名も付いてしまった。むろんその度にボクは女装することにもなってしまった。
 
しかし頻繁に女装していると、いろいろ問題もあったのであった。
 
最初に困ったのがトイレだった。初めて女装で歌った日も、この格好で男子トイレにも入れないし、かといって女子トイレに入るのは・・・と思って我慢していたらちょっとやばくなってきた。
「気分悪いの?」と須藤さんに聞かれて
「いやトイレが・・・」と言ったら
「何やってんの。早く行ってらっしゃい」と女子トイレの方を指さされる。
 
それで、やはり女子トイレに入らなきゃいけないのか、と諦めて潔く?女子トイレに入って、女子トイレ名物の行列に並ぶことになる。
 
やれやれと思っていたら、すぐ後ろに並んでいた女の子から「あ、さっき歌っていた方ですね!次のステージには友達連れて来ますから」などと声を掛けられてしまった。ボクは営業スマイルで「はい、ありがとうございます」と返事して握手などしたが、そういう訳で、ボクの初めてのファンとの「交流」は女子トイレの中で行われたのであった。
 
結局この後ボクは「ローズ+リリー」として歌う時も、ふつうにイベントの設営の仕事をする時も、女の子の格好をしているようになった。政子は女装に慣れた方がいいといって、ボクを連れて商店街やショッピングモールなどに付き合わせていた。また、トイレは「一緒に行こう」などといって女子トイレにどんどん連れ込まれた。
 
「そういえば女の子って、友達同士で一緒にトイレに行きたがるよね」
「実はあれ私やや苦手」
「そうなんだ!」
「でもここは冬を女子トイレに慣れさせたいから一緒に行くよ」
「あはは」
 
政子は女子トイレ以外でも、サンリオショップなどのファンシーショップ、女性用の洋服屋さん、ランジェリーショップ、甘味処、などに連れて行って「女の子ライフ」の一端をボクに経験させた。
 
「でも、ボクとこんな感じで出歩いてて、花見先輩に嫉妬されないかなあ」
「問題無し。女の子同士で出歩いているのに嫉妬される訳ないじゃん」
「そっか」
 
もっとも、ボクがそういうことを心配していたのは最初の頃だけで、政子は「ちょっとした事件」のあと、花見先輩と別れてしまったのであるが。それにそもそも政子は女装のボクを「女の子の友達」という位置づけで見ている感じだった。
 
「最初に会った頃から冬のことは、女の子の友達に近い感覚で見てたよ」
「ボクの方も、どちらかというとマーサのこと、あまり性別関係無く、普通に友達的感覚だったよ」
「男の子の友達と同じような感じということ?」
「ううん。ボク、そもそも男の子の友達あまりいないし」
「あ、そんな感じだよね。私も女の子の友達あまりいないけどね」
 
「ボクは元々女の子の友達のほうが多かった」
「ああ、冬が男の子と話している所を見る方が少ないよね」
 
「私に恋人がいなかったら、私自身、これが恋なのか友情なのかって悩んでいたかもね」
「おかげでこちらも変に心配せずに、まるで女の子同士の友達感覚しか無かったから」
「まるでというか、冬が女の子だから、女の子同士でいいんでしょ?」
「うん、そうだね」
 
この頃のボクの性別認識というのはまだ微妙に曖昧だったし、自分でもあまり深くは考えていなかった気もする。
 
甘味処とかドーナツ屋さんとかで、政子とこんな感じの会話をする時、ボクは女の子っぽい声で話していた。口調もだいたい女の子的な口調になっていた。それで政子には
 
「冬って、ステージでのMCとかラジオに出てる時とかは『私』って自分のこと言ってるけど、私や須藤さんと話す時は『ボク』と言ってるよね。でも口調自体は女の子の口調だし、声も女の子の声にしてるし、いっそ『私』に統一しちゃったら?」などと言われたりしていた。
 
「うーん。そのあたりはまだ微妙なところで・・・」
「まあ。《ボク少女》もけっこういるけどね」
 
9月になっても、ボクたちの「ローズ+リリー」の活動は、放課後と土日限定で続けられた。最初は夏休み頃と同様に、土日にデパートの屋上や遊園地などでミニコンサートをするくらいだったのだが、何度かコミュニティFMに出たのをきっかけに、ラジオ局、主としてFM局によく出るようになった。そういう時は放課後、須藤さんが学校のそばまで車で迎えに来てくれて、ボクは車の中で学生服を脱ぎ、女の子の服に着替えていた。政子も一緒に同じ車の中で私服に着替えているのだが、この頃、ボクたちはかなり仲良くなっていたので、一緒に着替えることには全然抵抗を感じなかった。
 
政子も「だって女の子同士なんだから問題ないでしょ」などと言っていたし、ボクとしても、性別問題は置いておいて、仲のいい友達同士だからそんなに気にしなくていいかなという感覚だった。
 
着替えは別に車の中だけではなかった。イベントなどに出演する際、ボクは政子と一緒に女性用の楽屋に入るのだが、共演者がいると、他の女性歌手などもいる場所で着換えることになる。その頃、ボクは当然胸も無かったし、まだタックという技法を知らなかったので、パンツに盛り上がりができていた。その状況で着換えて、他の出演者にボクが女の子ではないことに気付かれては、と当時はかなり冷や冷やだったのだが、いつも政子がうまく自分の身体などでボクを隠してくれたり、他の出演者がこちらを向いてないタイミングを教えてくれたりしていたので、バレたりすることなく、着換えることができていた。
 
楽屋では女性ばかりの気安さで、人によっては下着姿のまま長時間しゃべっている子や、中には出演後に汗かいたなどといってブラジャーまで外してバストを露出させていたりする子もいた。ボクは最初の頃、目のやり場に困る感じで、ボクが視線を外したりすると、向こうは「純情なんだ!」と笑ったりしていたが、ボクはそういうのを見て変に男性部分が反応することは無かった。
 
その点については政子が、ふたりだけの時に「あそこ反応しないの?」などと聞いたりしたが、ボクは「大丈夫みたい」と答えた。実際問題として、ボクは女装している最中に、あそこが大きくなったりすることは全く無かった。
 
「冬、もしかして恋愛対象は男の子?」
などとも政子には聞かれた。
「一応恋愛対象は女の子だと思うけど。中学の時、女の子と半年くらい付き合ったこともあるよ。でも、女装している時は自分自身が女の子って感じの意識になっているから、楽屋で他の女の子の下着姿や裸を見ても、何も感じないのよね、実際問題として。おっぱい露出させてる人から目をそらしちゃうのは、女同士といっても見ちゃってもいいのかな?という遠慮みたいな感覚」
「まあ、じろじろ見るものでもないよね」
 
なお、この当時、下着姿や裸を見ちゃった歌手やタレントさんなどには、後にボクが自分の性別を明確にした上で芸能界に復帰した後、会う機会のあった人にはみんな謝ったのだが、相手はみな「心が女の子だったら問題無し」と言ってくれた。特にボクの「ファーストキス」を奪った、パラコンズのくっくなどとは復帰後楽屋で会った時に、おっぱいの触りっこもしたし、携帯のアドレスを交換して個人的な交流(むろん女の子同士として)も深めた。
 
9月第2週の土曜日、ボクたちは栃木県の温泉で行われたイベントに出演した。イベントのメインは15人構成の女子中高生のアイドルユニット「リュークガールズ」
で、ボクらはその前座としての出演。イベント自体の設営スタッフも兼ねての仕事であった。(設営スタッフとして仕事をしたのはこの日が結局最後になった)
 
同世代の女の子たちなので、控え室ですぐに仲良くなってしまった。ただ政子はこういうわいわい騒がしい集団が苦手なので、途中でプイといなくなってしまい、本番の直前に戻って来た。
 
「マーサ、どこ行ってたのさ。戻って来なかったらどうしようって気が気じゃなかったよ」
「ごめーん。そのあたりを散歩してた」
「政子ちゃん、場を離れる時はちゃんと私に言って」と須藤さんも少し怒っていた。
「ごめんなさい」
 
とにかくも本番となり、ボクたちが「ふたりの愛ランド」を歌う。本当は「明るい水」
を歌いたかったのだが、場を盛り上げるのにはこちらがいいでしょうと言われて、そちらの選曲になった。しかしこれはけっこう会場全体の雰囲気を盛り上げるのに役だった感じであった。
 
「それでは本日のメインゲスト、リュークガールズです」とボクは歌い終わったままのマイクで言うと、政子と一緒にステージ中央の階段から客席に降り、入れ替わりにリュークガールズが登場し、彼女らのヒット曲を歌う。
 
「なんか・・・・・」と政子。
「盛り上がってないね」とボクは小声で答えた。
「でも、人気があるんだよね?」
「この世界、実力と人気はあまり関係無いよね。私ちょっと自信付いた」と政子。
 
ボクたちはステージの袖で、背景を上げたり、ミラーボールを回したりといった作業をしながら彼女らの歌を聴いていたのだが、曲が適当、歌が下手、で観客もしらけてしまった状態で6曲からなるステージは終了してしまった。
 
しかし歌っていた彼女たちはステージの反応などどうでも良かったような感じであった。引き上げてくるとまた控え室でおしゃべりで盛り上がっている。ボクは心の中で苦笑いしながら、彼女たちに「お疲れ様〜」といって飲み物を配った。政子はステージのほうの片付けの作業をしている。ボクもそちらを手伝いに行こうかなと思っていた時、温泉協会のスタッフの女性が控え室に入ってきて
「皆様、今日はありがとうございました」
と挨拶する。
 
ボクは何となく出て行きそびれて部屋の中にいた。
「もし良かったら温泉に入って行かれてくださいね」といってチケットを配る。「あ、前座の方もどうぞ」と言って、ボクは(政子の分まで)2枚もらってしまった。
 
「わあ、温泉入りたーい」と言って騒いでいる。「じゃ、折角だから入ってから帰ろうか」などとリュークガールズの女性マネージャーさんも言っている。ボクは微笑んでそのまま出て行こうとしたら、ひとりの子に「あ、ケイさんも一緒に行きましょうよ、温泉」などと言われて呼び止められた。えー?『一緒に』と言われても・・・とボクは困ってしまったが、あまり断るような理由がない。
 
「いや、設営の撤去のほうの仕事が・・・」と言ったが、
「だって撤去とか、力仕事でしょ?男性のスタッフに任せておけばいいですよ」
などとマネージャーさんに言われてしまう。いや男性スタッフがメインの仕事だから自分は行かないといけないのだけどね、とは思うものの、まさかそれは言えないし、今日のメインゲストのマネージャーさんから言われたのでは益々断りにくい。
 
で、結局ボクは彼女らに連れられるようにして、温泉の方へ行くことになってしまった。温泉の受付を通り、長い廊下をおしゃべりしながら歩いて行く。突き当たり、右が姫様、左が殿様と書かれている。ここでひとりだけ殿様の方に・・・行ける訳がない! 当然、みんなに連れられて姫様の方に入っていく。きゃー、こっちに入っちゃうの!?
女子トイレなら、政子に散々連れていかれていつも入っているが、女湯は女子トイレとは訳が違う。服を脱いで裸にならないといけない。えー!?どうしよう?ボクはマジで困ってしまった。
 
脱衣場で、みんなどんどん脱ぎ出す。きゃー、これってどうすればいいの??「あれ?脱がないの?」と言われて、ボクは心の中で焦りながらも、笑顔を作りおしゃべりしながら、とりあえず上に着ていたポロシャツを脱ぐ。ブラが顕わになるが、中にはシリコンパッドを入れて一応の膨らみはあるから、ここまでは何とかなる。でもこのプラを外してしまうと、パッドも一緒に外れて、何も無い胸が見えてしまう。更に下半身は凄まじい問題がある。ほんとに困ってしまって万事休すと思いながらスカートのホックを外した時のことだった。
 
「ケイ、いる〜?」
と政子の声。
「マリ、どうしたの?」
「ちょっと急用なんだけど」
「分かった。行く。ごめんねー、みんな」
と言うと、ボクはスカートのホックを填め、ポロシャツを着て、政子と一緒に女湯を出て行った。
 
「冬、女湯なんかに行ってどうするつもりだったのよ?」
と政子は少し咎めるような口調で言う。
 
「何とか断って離脱したかったんだけど、うまい理由が思いつかなくて」
「まあ、マジで急用なんだけどさ。控え室に行ってみたら誰もいなくて、聞いたらリュークガールズの女の子たちと一緒に温泉に行ったというから、冬って何考えてんのよ!?と思って呼びに来た」
「でもホントに助かった」
 
本館の方まで戻ると須藤さんが待っていた。
「撤去作業は他の人に任せて帰るよ」と言い、ボクたちは須藤さんの運転する車で、都内に向かった。
 
「実は新しいCDを作ることになったのよ。今日戻ってからすぐ準備作業を進めて、来週の日曜日くらいに録音作業をするから」
「はい。でもこないだ作ったばかりなのに」
「今度は★★レコードからの発売になるから」
「えー?まさかメジャーデビュー?」
「ま、そうもいえるね。今までもインディーズで売ってるにしてはFM局とかにとりあげてもらったりして、まずまずの売れ行きだったしね」
「なんかすごーい」
 
「撤去作業の増援というか交替で来てくれた森下君が、これ持ってきてくれた」
と言って、須藤さんは運転しながら片手で助手席に置いてあるバッグから1枚の譜面を取り出すと、後部座席に座っているボクたちの方に渡してくれた。『その時』と書かれたタイトルのそばにプリントされた名前を見て驚愕する。
 
「上島雷太って、あのAYAとか百瀬みゆきとかプロデュースしてる上島雷太ですか?」
「もちろんそうだけど」
「あの上島先生が、私達に曲を提供してくれたんですか!?」
「そうなのよ。何かの気まぐれだとは思うけど、私もびっくりしたわ」と須藤さん。
「曲をもらったからには、すぐCD出さなきゃって社長からも言われてさ。で、上島先生の作品ならうちで扱いますよと★★レコードからも言われて。今月中の発売にしてくれるって」
「すごーい」
 
当時、須藤さんは独立前で津田社長の△△社の社員としてボクたちのマネージメントをしていた。
 
「それで、1曲だけじゃCDの体裁をなさないから、カップリング曲をふたりで1曲作ってくれない?」
「へ?ボクたちが作曲するんですか?」
「政子ちゃんは譜面読めないなんて言ってるし、作詞担当かな。何か詩を書いてもらって、冬子ちゃんが作曲する」
「いいんですか?」
「商業的に売る水準に達してないと思ったら没にして私が書くから、取り敢えず自由に書いてみて」
「はい」
 
後から考えてみると、この時、須藤さんはほとんど自分で書くつもりでいたんじゃないかと思う。しかしボクらが書いた曲(『遙かな夢』)は「センスいい!」
と褒められた。
 
「女子高生らしい甘酸っぱい歌詞だけど構成はしっかりしてる。曲がまたメランコリックで詩の世界にピッタリ。それに『その時』とテーマが共通だしね。どちらも片思いを歌ったものだもん」
「あ、そこまでは考えなかった」
 
「これなら編曲きちんとすれば、商品として売れるよ。上島先生の作品のカップリング曲としても充分な品質がある。ね、政子ちゃん、冬子ちゃん、これからも自分たちで何か思いついたら、どんどん詩や曲を書いておいて」
「はい、そうします」
「うん、よろしく」
 
最初のCD『明るい水』は3時間で制作したのだが、『その時/遙かな夢』は9月21日の日曜日に1日掛けて録音をした。『明るい水』の伴奏は全部MIDIの打ち込みだったのだが今回はギター、ベース、ドラムス、キーボード、と4人のスタジオミュージシャンの人と一緒に作った。
 
CDはその週の土曜日、27日に発売されることになったが、その発売キャンペーンを埼玉県の屋内レジャープールでする、と言われた。とにかく慌ただしい発売でそう言われたのも火曜日の放課後であった。
 
「4組ほど出演して歌謡ショーをするのだけど、それに出るついでに新曲をアピールしていいと言われたのよ。これ正直、上島先生の曲だから、こういう話をもらえた。シーズンオフではあるけど今年は猛暑だからね。1000人くらいプールにお客さんいると思うから、それが全部観客だと思って歌おう」
 
「衣装は?」と政子が訊く。
「プールだから水着だよ。あ、なんか可愛い水着を買っておいてくれない?冬子ちゃんはよく分からないだろうから、政子ちゃんが見立ててあげて」
と言って、須藤さんは2人分といって3万円を政子に渡した。
「領収書もらってね。△△社の宛名で」
 
「はい。でも水着ってボディラインがきれいに出ますよね」
「うーん。そのあたりいろいろ工作が必要なら、それは適当に。あ、念のためあと2万円渡しておく」
「ちょっと、話が今頭の上を走り抜けていったんだけど、ボク女の子の水着を着るの?」
「男の子の水着着たい?」
「それは問題がありすぎです」
「じゃ、女の子の水着よね。何なら性転換手術しちゃってもいいけど。手術代は費用で落とせるように社長に交渉するよ」
「ひぇー」
 
政子は女装する人で女の子水着を着てプールに行く人絶対いる筈だからネットで少し調べてみようよと言って、その日のラジオ出演が終わってからボクを自宅に誘った。水着、女装、などといったキーワードでネットを検索する。
 
「すごいね、この人。女装とは思えない」
「きれいなボディラインだね。よくビキニでここまで行けるよね。この人、豊胸も去勢もしてないんでしょ」
「匠(たくみ)の技だね」
 
そういう達人たちのワザはさすがに数日ではモノにできないだろうということで、もっと初心者でもできそうなものを探していく。ふたりで2時間ほどネットを検索して、胸はブレストフォームというものを使い、おまたの所はタックというワザで隠すのがいいという結論に達した。
 
「ブレストフォームは明日にでも買いに行こうよ。学校ちょっと休ませてもらって」
「それがいいね。今週末だから時間が無い」
「おまたのところのタックというワザ、これ接着剤方式をマスターできたら凄そうだけど、とりあえず、このテープ方式でやってみるのがよさそうね」
「うん。水着でいるのって、たぶん1〜2時間だろうから、その間なんとか誤魔化せればいいだろうから」
 
その日は帰りが9時半くらいになってしまったので、ボクは親から文句を言われた。更に明日学校を休むというと、お説教に近いものをくらったが、ちゃんとその分頑張って勉強するからということで、なんとか納得してもらった。
 
翌日、ボクは朝から政子の家に行き(そこで当然女の子の服に着替えて)まずブレストフォームを売っているお店に一緒に行った。
 
「通販もしているのですが、やはり来店していただいた方が肌の色のマッチングができていいんですよ」
とお店の人は言っていた。ボクの肌の色にいちばん近い色合いで、装着したらCカップになる製品を選んだ。お店の人にお願いしてその場で胸に貼り付けてもらった。
 
「これ、週末までこのままにしておくの?」
とボクは少し情けないような声で政子に言った。
「当然。数日間、おっぱいのある生活をしてみよう」
「家や学校でバレないかなあ」
「バレないように頑張ろう。眉だって、ふだんうまくやってるでしょ」
 
ボクは毎日放課後になると女の子の格好をするために眉は細くしている。しかしその眉では学校で注意されてしまうので、男の子の格好をしている間はファイバー入りの眉マスカラで、あたかも太いように見せている。学校で同級生の女子にはバレていたし、女の先生で笑顔でボクの眉を指パッチンした先生もいたが、担任の先生や生活指導の先生には気付かれていない感じだった。同級生の女子はボクが眉を細くしている理由については特に詮索しなかったが、どうもツッパリなどとは違うようだなとは思われている感じだった。姉も「ふーん。眉を細くしてるのね」
とひとこと言っただけで、それ以上追求しなかった。
 
ブレストフォームのお店の後、ボクらはドラッグストアに行き、テープタックに必要な用具を買いそろえた。また電器店に行って、あの付近の毛を剃りやすそうな櫛歯付きのシェーバーを買った。
 
政子の家に戻ると「手伝ってあげようか」などと政子は言ったが、それはさすがに勘弁してもらうことにして、政子の部屋を借りて1人にしてもらい、下に新聞紙など敷いてから、毛を全部剃り、ネットで見た解説通りにやってみた。
 
うまく行かない・・・・
 
1時間ほど奮戦した。基本的にはおちんちんを後ろに思いっきり引っ張って仮押さえした上で、陰嚢の皮で両側から包んでいきテープで固定するのであるが(両側から引っ張ってきてくっつけた中央の線が割れ目ちゃんに見える)、どうしても途中で仮押さえしていたものが外れたり、袋の皮をひっぱって、おちんちんを包み込み中央で固定していくところで、うまく固定できずに剥がれてしまったりする。少し行き詰まりを感じていた所で政子が「できた?」
などといって顔を出した。
 
「実は全然うまくいかない」とボクはその付近を手で隠しながら答えた。
 
「やっぱり手伝ってあげるよ」
「えー?」
「だって、それができないと私も須藤さんも困るんだよ」
「分かった」
 
「これ写真で作業経過を見てたけどさ、たぶん2人でやった方がうまく行くよ」
 
ところが政子に触られるとさすがに大きくなってしまう。
 
「大きくしないでよ。勃っちゃったらできないじゃん」
「そんなこと言っても条件反射なんだから」
「私、後ろ向いてるから1発抜いちゃったら?」
「それはしたくない」
「なんで?男の子って毎日してるんでしょ?」
「実は、ローズ+リリーを始めて以来、1度も自分でしてない」
「ふーん。。。。」
と政子は少し興味深そうな顔でボクを見た。
 
「じゃ、お風呂場で冷水を当ててこない?冷たくなるとしばらく大きくならないんじゃない?」
「そっか。それもネットに書いてあったね。やってくる」
 
ボクはお風呂場でその付近に2-3分冷水を当てた。冷たーい。少し気分が悪くなりそう。でも我慢。過激な政子のことだからタックがうまくできなかったらもう手術して切っちゃおうなんて言い出しかねない気もした。おちんちんが切られてしまった自分を一瞬想像してドキっとした。
 
タオルで拭いてから部屋に戻る。今度は政子に触られても大きくならない!自分で皮を引っ張って中央に持ってきたところで政子がテープで仮留めしてくれる。数ヶ所仮留めしてから本留めする。
「完成!」
「できたね。立ってみて」
 
ボクはその状態で立ってみた。
 
「うん。女の子の股間に見えるよ」
 
鏡に映してみる。これが自分の身体だって信じられない。ボクは記念写真を撮りたいなどと言われて上半身も脱ぎ、プレストフォームを装着したボディを顕わにした。政子がデジカメで撮影する。
 
「くれぐれも流出させないでよ」
「大丈夫。私を信じて。私パソコンには強いんだから」
 
政子は女の子にしてはそういうのに強い。ネットでの検索でも、ボクが思いつかないような巧みな方法で、ブレストフォームやタックのことも調べだしてくれたのだった。
 
「マーサって理系女子だよね」
「性格的にはそうかなって自分でも思う。でも数学が毎回赤点ギリギリだからなあ。化学とかも、元素記号ぜんぜん覚えきれないし」
 
この最初にやったタックは、水に濡れると、すぐ外れる!という重大な欠陥が見つかってしまった。ボクたちはいろいろ調べて防水テープを使えばいけそうという情報をつかみ、午後からそれを買いに行ってきて、再度やってみた。
 
実験と称して、お風呂に入った。
「2時間くらいお風呂にいても外れなかったら大丈夫じゃない?」
「2時間も何してればいいの?」
「私も付き合ってあげるよ」
 
と言って、政子は自分も服を脱いでしまった。政子のヌードを見るのは初めてだったので、ドキっとした。
 
「ね?今欲情してる?」
「ごめん。してない。きれいな身体だなって思った。おっぱいボクのより大きいし」
「褒め言葉なのかな。ありがとう。でも私はたぶん冬にとって恋愛対象じゃないんだろうな」
「そんなことはないけど、マーサとはお友達のままでいたいから」
政子が頷く。
 
「女の子の友達同士なんだから、お風呂場で一緒におしゃべりしてもいいよね」
「温泉ならまだしも、家庭のお風呂に一緒に入るのは少し珍しいかも」
「ま、そうかな。このワザを半月前にマスターしてたら、リュークガールズの子たちと一緒に温泉に入れたね」
「あはは」
 
などと言いながら、ボクたちは結局お風呂場で2時間一緒に過ごしたのだった。
 
「でも、このブレストフォーム、ちょっと見には本物のおっぱいに見えるよね」
などといって政子はボクの胸に触る。
「触った感覚も本物そっくり。ほら、私のに触ってみて」
などと政子はボクの手をつかんで自分の胸に触らせた。
「あ、ほんと。感触ほとんど同じだね」
 
「ね、今私の胸に触って欲情した?」
「ごめん。してない」
 
「欲情してないって答えるのに、いちいち『ごめん』と言う必要無い」
「いやその・・・マーサが女の子として魅力的じゃないという意味じゃないから」
「へー」
「マーサは魅力的な女の子だと思うし、ボク政子のこと好きだけど、あくまで、お友達としてだから」
「私も冬のこと、好きだよ。お友達としてだけど」
「ありがと」
 
「ね、ここはキスする場面だよ」
「え?そうかな」
と言いながら、ボクは政子の唇にキスをした。
「友情のキスだよ、誤解無いように言っておくけど」
「分かってるよ。こちらもそのつもりだよ」
 
思えばその時から後、3年間にわたって、ボクたちは「自分たちはお友達」というスタンスを維持し続けた。もっとも最初にこんなことをしてしまったので、その後はお互いの身体に触っても全然平気な感覚になってしまったのだが。
 
2時間一緒にお風呂に入り、中でけっこう悪ふざけなどしたりもしたが、それでも防水テープのタックは全くゆるまなかった。「これは行けるね」とボクたちは話し合い、実際にはこの上に水着用のアンダーショーツを付け、それから水着を着ることにした。
 
ボクらは須藤さんに電話して「見て欲しい」と言い、夕方、須藤さんに政子の家まで来てもらった。ボクの水着姿を披露する。
 
「へー。女の子のボディに見えるじゃん。これならグッド」
「冬って、喉仏はあまり目立たないからそのままでいいですよね」
「うん。喉仏は手術とかする必要無いよ。おちんちんはどうしたの。手術して取っちゃった?」
「手術してません。テープで留めて目立たないようにしてるだけです。お風呂に2時間入ってみましたが、大丈夫でした」
「なんだ残念。でもそれだけ実験してるなら大丈夫ね」
 
政子は水着や各種小道具の領収証を見せて
「結局6万6千円ほど掛かったんですけど」
と言ったら、須藤さんは「ごめん、ごめん。あと2万渡すね」といって渡してくれた。
「端数は、御苦労様代で取っておいて」
「ありがとうございます」
 
27日の発売日には午前中、FM局に行って、全国ネットでボクらのCDを流してもらった。また都内のHNSレコード店頭でミニライブをして『その時』と『遙かな夢』
を歌った。店頭サイン会もしたが、けっこうな列が出来た。
 
「新人さんで、事前告知も水曜日からだったのに、こんなにサイン会に人が集まるのは珍しいですよ。あなたたち売れますよ」
などとレコード店の人が言っていた。プロモーション用のポスターでさえ、前日に貼ったなどという、泥縄のミニライブだった。
 
ミニライブが終わった後で、政子と一緒に多目的トイレに入って、そこで協力してボクのタックをして、そのまま水着も着てしまった。その上にふつうの服を着て、須藤さんの車で、埼玉県の屋内プールに向かった。
 
今日出演する4組というのは、演歌の男性デュオが1組、演歌のソロの女の人が1人、女の子4人組のアイドルが1組で、ボクらは3番目の出演であった。4人組アイドルがトリである。30歳くらいの演歌の女の人、そして4人組アイドルの女の子たちと同じ控え室になり一緒に着換える。ただしボクは最初から水着を着込んでいるから、上の服を脱ぐだけである。この4人組もなかなか賑やかで、物凄い勢いでしゃべりまくっている。ボクたちふたりも、そのおしゃべりの輪の中にあっという間に取り込まれてしまった。政子は例によってこういうのが好きではないので逃げ出したそうにしていたが、先日叱られたばかりなので、今日は我慢している。
 
「わあ。ケイさんって、魅力的な声」
「ちょっと中性的よね」
「えっと・・・こういう声も出るよ」
「わあ、トーン高い。よそ行き用の声ですね」
「そうそう」
 
「でもおふたりすごく仲良しっぽい。レズですか?」
「違うよ−。友達だよ」
「怪しいよね」「うんうん」
 
ボクたちが今日事実上のメジャーデビューだと聞くと「わあ、頑張ってね」などといって、落ち着いて歌えるようにおまじないのハグなどと称して4人が各々ボクと政子をハグしてくれた。むろん双方、水着の状態である!でも水着で抱き合ってもボクは変な気分になったりはしなかった。
 
やがてイベントが始まる。最初は演歌のソロの女の人。水しぶきの掛からない場所で、振袖を着て歌う。次に演歌の男性デュオ。こちらは黒いスーツを着て蝶ネクタイをしている。やはり水しぶきのかからない場所で歌っている。
 
「ね、冬。自分の理想型として振袖着て歌うのと、スーツに蝶ネクタイってのと、どちらがいい?」
「うーん。演歌を歌う気はないけど、スーツより振袖かなあ」
「やっぱり、冬、女の子の意識になってるよね」
「えーっと」
「さ、出番、出番」
 
ボクたちは、演歌デュオが歌っている間にプールの左右に分かれた。その歌が終わったところで、両側からプールに飛び込む。そして中央のステージまで泳いでいくと、ピタリ同時にプールから上がってマイクの所に行った。
 
「こんにちは!ローズ+リリーです!」と叫ぶと観客から大きな歓声が上がった。
 
2日前に思いついた演出だった。ふたりで同時に上がれるように、前日近くのプールに行ってペースを合わせる練習をした。本番では相手のペースを目で確認できないからお互いを信じるしか無かったが、実際ほぼ同時にステージそばに到着し、そのまま同時に上がることができた。「えー!?」といった感じの驚いている声が観客のほうから上がっていた。これが成功したことで、観客の心をうまくつかんでしまったようだった。
 
そのまま、ふたりで『その時』を歌う。観客から手拍子が来る。よし。いいノリだ!続けて『遙かな夢』。ポップで明るい16ビートの『その時』に比べて、『遙かな夢』
は切ない感じのスローロックのリズム。ボクらはバックバンドの人たちの情感のこもった演奏に合わせて、甘酸っぱい歌を全力で歌い上げた。観客もゆったりした手拍子。
 
やがて終曲。深々とお辞儀すると、割れるような拍手と歓声が来た。ボクと政子は手を取り、反対側の手を高くあげて、その歓声に応えた。ステージから降りてさあ次はラストの女の子4人組《ELFILIES》・・・と思ったら、進行係の人が来て拍手が凄まじいので、もう1曲歌って欲しいと言う。
 
「えー?でも何を」
 
バックバンドのリーダーの人もステージから降りてきて話に参加する。「ふたりの愛ランド、演奏できますか?」と政子がバンドの人に訊いた。
「チャゲと石川優子?」
「そうです。私達、そのカバー歌ってるんです」
「あれなら行けると思う」
「じゃお願いします」
 
ということでバンドの人たちと一緒にステージに戻った。
 
割れるような歓声の中でボクたちは「ふたりの愛ランド」を熱唱した。歌い終わってボクは「それでは、ファンの方、お待たせしました。いよいよELFILIESです!」
と言うと、政子と頷きあって、ステージからプールに飛び込む。そして、そのまま岸に上がって手を振って下がった。また凄い拍手。そして、その拍手の中、ステージにスモークが焚かれレーザー光線が飛び交って、その中から ELFILIES が登場。彼女らのヒット曲を歌い始めた。
 
控えスペースの方に引き返してくると、須藤さんが興奮していて、私達ふたりをハグした。こちらは水着で泳いできたばかりだったが、須藤さんは自分の服が濡れるのも構わず抱きしめる。このイベントに派遣されてきていた★★レコードの吾妻さんが
「すげー。君たち、ほんと凄いね。インパクトが凄かったし、歌もうまいし。物凄い新人が出て来たって、上司に報告しますよ」
とこちらも興奮して言ってくれた。ステージは僕たちの歌で盛り上がった聴衆がそのままノリのいい曲の多いELFILIESでもたくさん手拍子を打ってくれて、物凄い盛り上がりのまま幕を閉じた。
ボクらは当時ネットウォッチングしていなかったので気付かなかったのだが、このプールでのイベントは、ネットで物凄く評判になり、その日「明るい水」
と「その時」のダウンロード・カウントが跳ね上がったらしい。
 
そんなことを知らなかった翌日、ボクらはいつもの感覚で横浜市内のデパートの屋上でミニライブを開いた。会場入りした時に、ボクらは何か異様な雰囲気を感じた。
 
「ね?何か感じない?」
「ちょっと普段と雰囲気が違うよね」
そんなことをボクたちは話していた。
 
12:00と15:00に2回のライブが予定されていた。その12:00のライブのために8階の控え室を出て階段を上り、屋上のステージに上がる。
「みなさん、こんにちは、ローズ+リリーでーす」
と言った途端のことだった。
 
観客が突然ドドドっとステージの方に押し寄せて来た。
 
まずい!
 
ボクはそう思うと、政子の手を引き、ステージの近くにあった従業員出入口を開けて中に飛び込んだ。扉の外で何やら凄い声や音がする。
 
新聞の片隅に小さな記事が載ったほどの事件であった。
 
幸いにも観客に怪我人はなかったものの、△△社のスタッフで軽い打撲を負った人が2人。デパート側の損害もけっこうなもので、壊されたベンチなど被害の弁償は数十万円に達した。社長が菓子箱を持って陳謝に行った。△△社側の機材もかなり破壊された。現場責任者の須藤さんは始末書を書き、減俸1ヶ月をくらった。これを最後に、ボクらのライブ活動は、こういう場ではなく、ライブハウスや小型ホールなどがメインになっていく。
 
翌週の水曜日、ボクらはまた放課後に須藤さんと、ボクらの営業活動をしてくれている○○プロの浦中部長と一緒に、★★レコードを訪れた。『その時/遙かな夢』
の出だしが予想を遙かに上回って好調なので、プロモーションの戦略を見直そうということになったのと、ボクたちがまだ★★レコードに顔を出したことがなかったので、その挨拶を兼ねてのものだった。
 
待ち時間にトイレに行きたくなる。「済みません。ちょっとトイレ行ってきます」
「できるだけ早く戻って来てね」「はい」などという会話を交わして、待合室を出て、廊下を歩きトイレに入った。中間試験が近いので、この時期ボクは勉強のほうも忙しく、それでいてローズ+リリーの活動は毎日20時頃まで掛かっていたので、かなり疲労がたまっていた。
 
ボクは少しぼんやりとしたままトイレに入る。実は、ブレストフォームもタックも、イベントの時のままになっていた。防水テープが物凄くしっかりしていて、まだ外れないでいたのである。このタックした状態でおしっこをすると、普段と全然違う方向におしっこが飛んでいくので、その感覚が新鮮で面白い気もしていた。
 
おわってからしっかり拭き(タック内に残尿があるとまずいのでトイレット・ペーパーでしっかり拭く必要がある)、パンティを上げ、スカートをちゃんと直して個室から出る。手洗いの所へ行きかけたら、目の前のドアが開いて中年の男性が入ってきた。ボクは思わず「きゃー」と声を上げてしまった。
 
男性が慌てて「ごめん」と言って飛び出していくが、すぐに戻って来た。
「ね、君ここ男子トイレなんだけど」
「え?」
ボクは慌てて周囲を確認する。小便器が並んでいる。げっ。
「すみません。私が間違えました!」
 
ボクは慌てて手を洗うと外に出て、待合室に戻った。
 
★★レコードの会議室で、ボクらは浦中部長、★★レコードでボクらを担当してくれることになった秋月さん(女性)、その上司の加藤課長らと打ち合わせ、全国各地でこの歌のキャンペーンをすることになった。大阪・名古屋・新潟・仙台に新幹線で行ってくるのはいいとして、札幌・博多・高松・金沢までも飛行機で往復する計画が提示されて、ボクは内心「ひゃーっ」と思った。
 
最後に加藤課長が「そうだ、うちの部長にも会っていってください」というので、大部屋の隅のほうにある幹部デスクまで、ボクたちは行った。
 
「町添部長、今度うちからメジャーデビューした高校生デュオ、ローズ+リリーのケイちゃんとマリちゃんです」と言って、課長がボクらを紹介してくれた。その部長の顔を見てボクはキャーっと思った。さきほどトイレで遭遇した男性であった。向こうもボクの顔を見て驚いたように
 
「あ、君はさっきの子!」
「先程はたいへん失礼しました」
「なんだ、なんだ?顔見知り」
「いや、なかなかインパクトのある子だよ」と笑顔で町添さん。
こちらは真っ赤になってしまっていた。
 
「そんなにインパクトが?化けますかね?」と課長。この業界で「化ける」
というのは急成長して売れることを意味する。
「うん。化ける。大物になる。僕が保証するよ」と部長。
「じゃ、頑張ってプロモーションします」と加藤課長は言う。
 
そういうわけで、ボクの『トイレ間違い事件』は、ローズ+リリーのプロモーションに、けっこう貢献した感じであった。
 
ただ、この時期、ボクは男装している時は男子トイレ、女装している時は女子トイレを使っていたので、ほんとに頭の中が混乱していた。
 
学校に行っている時も、しばしば女子トイレに間違って入ってしまうことがあり、ある時は、トイレでそのまま順番待ちしている列に並んでしまった。
 
「ちょっと、何してんの?唐本君、ここ女子トイレなんだけど」と同級生の琴絵。「え?それが何か」とまで(女声で)言ってから、ボクは間違いに気付き「あ、ごめん。間違った」と(男声で)言って慌てて飛び出し、男子トイレに行った。
 
逆に女の子の格好をしている時にも、★★レコードで間違ったように、何気なく男子トイレに入ってしまい、中にいた男性から、
 
「女子トイレ混んでるからってこっちに来ないでよ」
などと言われて「あれ?」と周囲を見回し、自分の服装を見直してから「すみませーん」と言って、飛び出したりすることがあった。
 
政子からも「最近、冬、トイレをかなり間違って入ってるよね」などと言われる。
「いや、実際もうホント頭の中が混乱して」
「いっそ、私はMTFです、と宣言して学校にも女子制服で行く?」
「それは親が仰天する」
「でもさぁ、親御さんには、いつかカムアウトしないといけないんじゃない?冬がいつもこういう格好しているってこと」
 
「そんな気もしだしてはいるんだよね。実際この二重生活、自分でも訳が分からなくなりつつあるから。だけど歌手活動自体を親に認めてもらえる自信無い」
「うーん。それは私も同じだ。勉強がおろそかになるんじゃないかって言われそうで」
 
さて、『その時/遙かな夢』のキャンペーンはけっこう殺人的なスケジュールが入っている日もあった。
 
ある日は、4時に学校を出た後、9時頃までにラジオ局3つにレコード店の店頭ライブ2ヶ所などという予定が入っていて、アイドル並みの分刻みのスケジュールで動き回った。
 
またある時は土曜の朝1番の飛行機で札幌に行き、早朝の地元のラジオ番組に出演してから大型ショッピングモールでミニライブをし、午後の飛行機で千歳から福岡に飛び、夕方福岡の中心部でミニライブをする。そして最終の新幹線で神戸に移動して神戸に1泊してから、翌日曜日に神戸・大阪・京都・名古屋でミニライブをして夕方東京に戻るなんてのもあった。
 
11月になると、その土日限定のスケジュールで、全国ツアーまでやった。11月8日横浜 9日札幌 15日金沢 16日大阪 22日岡山 23日福岡 29日名古屋30日東京 などと書かれたツアー日程を見て、ボクと政子は顔を見合わせた。会場はみな2000-3000人規模のホールであった。
 
「何か大きなホールばかりですよね」
「昨日発表したんだけど、横浜と大阪は既にソールドアウトしてるよ。東京と福岡も残り僅か」
「きゃー」「うそー」
 
しかもこの11月には年末発売予定の『甘い蜜/涙の影』の録音作業もすることになっていて、こちらは毎日放課後に3時間ほどスタジオに入って、スタジオミュージシャンの人達と一緒に作業を進めたのであった。
 
コンサートホールや平日の放課後に出演するライブハウスなどでのライブでは、持ち歌がまだ少ないのでカバー曲をよく歌った。「ふたりの愛ランド」はもうオープニングの曲として固定であったが、松田聖子の「Sweet Memories」、JITTERIN'JINNの「夏祭り」、プリプリの「Diamonds」、AKB48の「会いたかった」、などもよく歌った。
 
これらのカバー曲の演奏はリハーサル・本番ともに録音されていて、一部が後に翌年の活動休止中に発売されたベストアルバムに収録された。(主として歓声が入ってないリハーサル版を加工して制作したらしい)
 
キャンペーンやツアーで、飛行機や新幹線の切符に宿泊の手配をしてくれるのがいつも★★レコードの秋月さんだったが、当時秋月さんはボクの性別を知らなかったので、ボクたちはいつもホテルはツイン部屋だった。同い年の女の子ふたりで、仲も良さそうだし同じ部屋の方が安心できていいのでは、と配慮してくれたようだったが、最初の頃ボクは大いに戸惑った。
 
「着換える時はボク、後ろ向いておくからね」などと政子に言ったのだが「別に気にしなくていいよ。お互いの裸は何度も見てるじゃん」などと言ってボクが見ている前で平気で着換えるし、室内でしばしばお風呂上がりに下着姿のまま涼んでいたりする。最初はボクも視線のやり場に困っていたが、その内慣れてしまった! ボクも政子の前で平気で着換えていた。
 
夜寝る時に、政子はいつも「ねぇ、ベッドくっつけようよ」と言った。寝相が悪いから下に落っこちないように、などと政子は言っていたが、目的は明らかで、夜中にボクのそばまで寄ってきて、しばしばボクの身体を触っていた。ボクもお返しに政子の身体を触ったりしていた。
 
須藤さんはボクらが友達以上の関係になっていることに気付いていたようだが「若いんだから仕方ないけど、妊娠だけはしないようにしてね」と言って、わざわざコンドームを1箱渡してくれた。ただ、ボクらはそういうものが必要になるようなことはしていなかった。実際、ボクは政子にあちこち触られても、それであそこが大きくなったり、出してしまったりすることは無かった(この時期はタックするのはステージなどに出る時だけでホテルで休んでいる時はタックは外していた)。逆に政子もボクのそういうところを見越して過激な遊びを仕掛けている感じではあった。
 
「ね。もしかして冬ってED?これだけ刺激しても大きくならないって」
「うーん。それは考えたことなかった。このお仕事始める前までは健全な男子高校生の毎日だったよ」
「今は健全な女子高校生の毎日だよね」
「えーっと。。。。」
 
「でもローズ+リリー始めてからは全然自分でしてないって言ってたよね」
「うん」
「最近、冬が物凄く女っぽくなってるの感じるのよね」
「そ、そう?」
「ホントの女の子になりたくなってきた?」
 
「うーんと。そのあたりが微妙なところで。積極的に女の子になりたい訳じゃないけど、女の子になっちゃったら、それもいいかな、くらいの気持ち」
「でも、冬って、もう既に男の子はやめちゃってる気もするけどね」
「そうかな?」
 
そんな会話をしたのは11月頃。金沢のホテルでの一夜だったことだけは覚えている。裸になってベッドの中でお互いに相手の身体にイタヅラしながら会話をしていたが、気持ち良くなりすぎたら相手にストップを掛けるというのがボクたちの暗黙のルールだった。念のためということで、枕元に1枚避妊具を置いていたが、その避妊具を実際に使うことは無かった。
 
「これって置いてるだけのおまじないだね」
「ボクたち恋人じゃなくてお友達だしね」
 
などと言いながらボクたちはベッドの中でキスしていた。
須藤さんがボクらの関係を少し心配して避妊具を渡してくれたのと同様、周囲の目はけっこうボクらの関係を怪しんだ。
 
「失礼ですが、おふたりは恋人じゃないですよね?」
「おふたりってレスビアンですか?」
 
などとよく聞かれた。悪のりして、一度ライブハウスに出演していた時にステージ上でキスしてみせたことがあったが、当然、須藤さんに叱られた。しかしあちこちのブログに「ローズ+リリーは和製t.A.T.u.か?」なんて感じの記事を書かれたりして、またまた話題が広がった。その日は特にt.A.T.u.のヒット曲「Я сошла с ума (ヤーサスラスウマー,All the things She said)」を(ロシア語歌詞で)歌っていたから、なおさらであった。
 
t.A.T.u.の曲というのは、自分達のフィーリングに合っている感じで、ライブではしばしば取り上げていた。
 
ボクたちがt.A.T.u.の曲をライブで歌っていたのをたまたま見たロシア大使館の書記官さんが、12月初旬にあるロシアフェアで歌を歌ってくれないかという話を持ち込んできた。土曜日だったのでOKを出し、ボクたちは20分の持ち時間で5曲歌うことにした。ロシア語の歌詞から政子がオリジナルの訳詞を作成した。政子は学校の英語の成績は悪いのに、当時5ヶ国語で会話できて、ロシア語も小説程度は辞書無しで読めるという、変な子であった。但し彼女の翻訳は概して「超訳」になりがちで、そのため英語の試験では点数が取れないのである。実は彼女の数学の点数が悪いのも、彼女は答えは分かるのに式が書けないためであった。「だって式書かなくても答え出てくるもん」と彼女はよく言っていた。
 
ロシアフェアでは、最初、女性自衛官風の服装で登場し「カチューシャ」を歌う。この歌は軍服で歌うのがお約束である。いい感じの手拍子。終わったところで、その服を脱ぐと、上は胸が半分見えるようなベアトップ、下はミニのフレアスカート。色合いがサンタクロース風で、観客から「ヒュー!」といった声が響く。
 
これでまずは t.A.T.u.の「ヤーサスラスウマー」を(日本語訳詞で)歌う。t.A.T.u.側が最初高額の権利料をふっかけてきたのを、ロシア大使館のイベントで1回だけ使うということで、音源を再利用しない条件で何とかふつうの金額に落ち着かせたと★★レコードの秋月さんが言っていた。
 
その次が「ポーリュシカ・ポーレ」。日本では一般に橋本淳の作詞(訳詞ではない)による歌が知られているが、政子は元のロシア語歌詞から直接訳詞を作成した。それから1曲だけ自分たちの持ち歌「その時」を逆にロシア語に訳詞したものを歌った。ロシア語への訳詞は政子もさすがに少し自信が無いと言い、レコード会社のロシア人スタッフにチェックしてもらって、政子と話し合いながら、少し修正した。
 
最後に「長い道」と題した曲を歌った。これは日本では一般に「悲しき天使」
の邦題で知られているが「悲しき天使」はメリー・ホプキンが歌った英語版「Those Were the Days」の邦訳題である。ボクたちが歌ったのはその元歌の「Дорогой длинною(ダローガイドゥリンナユ)」を日本語に訳詞したもので「長い道」というのも「ダローガイドゥリンナユ」の直訳である。なお、この曲のロシア語歌詞は、日本ではロイヤルナイツなどが歌っている。
 
曲がよく知られているものばかりだったので、場はとても盛り上がった。須藤さんは、これライブハウスとかでまたやりたいね、などと言ったが、このロシアフェアへの出演が、ローズ+リリーの最後のライブステージになってしまった。
 

2年生の2学期、放課後と土日に政子とふたりで超多忙な生活を送っている一方で学校ではまだ受験勉強も本格化する前で、いわぱ嵐前夜のような、ひとときを送っていた。
 
ボクが「バイト」にかなり熱を入れている(なにせ土日に毎回泊まりがけで仕事をしているわけだから)ので、両親は仕事に熱心なのもいいけど、勉強が本業なんだからね、と柔らかく注意した。それでボクは両親の手前、成績を絶対に下げる訳にはいかないと頑張った。
 
とにかく土日には勉強する時間がないから、授業中に集中してしっかり授業内容を理解するようにしておくのとともに、毎日「バイト」が終わり自宅に戻って、遅い晩ご飯を食べお風呂に入ってから、だいたい夜10時くらいから深夜2時くらいまで、基礎力を充実させるような問題集をやったりしていた。それで2学期の中間テストは1学期の期末より成績を上げていたし、11月にあった実力テストでも、校内50位以内に入り、当時志望校にしていた国立大学も充分狙える位置だと言われていた。なお、ボクが私立の△△△を志望校にしたのは3年生になってからである。当時は親から経済的に大学に行くなら国立しか無いと言われていた。
 
ボクは放課後と土日は女の子の格好で過ごすものの、学校には学生服で出ていっていたし、家でも一応ズボンを穿いて、男の子に見えないこともない服装をしていた。しかし下着は24時間、女物しかつけていなかったし、しばしば中にパッドを入れていた。
 
ボクに「バストがあるようだ」ということには、一部のクラスメイトが気付いていた。教室や廊下で偶然身体が接触したりした時に「え!?」といった顔をされることがあった。体育の時間は、ブラをしている上に灰色のシャツを着て誤魔化していたが、サッカーやバスケなどしている時に、他の男子がボクに接触するのをちょっと遠慮するような雰囲気を感じていた。体育の着替えの時、上は灰色や濃紺のシャツを着て誤魔化し、下はショーツの上にトランクスに見えないこともないフレアパンティを穿いて誤魔化していたが、ボクの身体については男子の同級生たちからもかなり疑惑を持たれていた。
 
また教室の中での会話なども、ボクは次第に男子の級友たちと疎遠になっていっているのを感じていた。ボクが会話の輪に加わると、まるで女の子が来たかのような一瞬の緊張が走るのを感じていた。
 
ボクは元々女の子のクラスメイトなどとは気軽に話していたのだが、この時期から彼女たちと話す時、それまで微妙に存在していた緊張感が無くなってしまった気がしていた。そういう女の子たちの中で、この時期にいちばん言葉を交わしていたのは、後に親友の一人となる琴絵である。
 
「冬、胸あるよね」
と11月の末頃、琴絵はボクに小さな声で言った。周囲には人がいない時だった。2学期の半ば頃までボクを「唐本君」と呼んでいた琴絵はその頃にはボクを「冬」と呼ぶようになっていた。
 
「パッドだけどね」
とボクは正直に答えた。こういう時、ボクは琴絵にはバレてる女声で会話する。
「下着も女の子の着けてるよね?」
「うん。上も下も」
「たぶん・・・10月頃から?」
「そうそう。それまでも時々付けてたけど。今はいつも付けてる」
「今の時期は詰襟着てるから分かりにくいけど、夏になったらどうするの?」
「カムアウトしちゃうかも」
「ふーん」
琴絵は少し面白そうな顔で言った。
 
琴絵とは携帯の番号とアドレスを交換していたが、これがその直後に来た「大事件」
の時、ボクの心を支える大事なラインのひとつになった。
 
ボクと政子の「ローズ+リリー」としての活動は12月中旬に写真週刊誌が
「ローズ+リリー・仰天の正体」
などというタイトルでボクの素性をすっぱ抜き、人気女子高生デュオの片割れが実は男の子だった、などという話に世間が驚いて大騒ぎになったことがきっかけとなり、ボクたちは保護者の承認無しで活動していたことが明らかになったことから、終了してしまったのだが、あまりの騒ぎにボクと政子は、そのすっぱ抜きの記事が出た時から1月末まで、1ヶ月半にわたって学校に出て行くこともできず辛い時期を送った。
 
ボクは政子とは毎日携帯で話していたし、一応1月には学校の先生が交替でボクたちの家に来て出張授業までしてくれたが、この時期、琴絵との電話に支えられた部分も大きい。彼女は学校での様子を日々伝えてくれたし、1月下旬になって、ボクらに「そろそろ学校に戻っておいでよ」と強く誘ってくれたのも彼女だったのである。
 
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【夏の日の想い出・高2の秋】(1)