【夏の日の想い出・受験生の秋】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-07/改訂 2012-11-11
高校2年生の8月から12月までボクと親友の政子は「ローズ+リリー」という女子高生歌手デュオとして活動していたが、その活動はボクが実は男であったという写真週刊誌の報道をきっかけに停止することになってしまい、ついでに学校にも出て行けない状態に陥ったが、友人の励ましもあり2月から学校に復帰。その後は、翌年の大学受験に向けて、勉強に専念する日々を送ることになった。
4ヶ月の歌手活動を経て色々なものが変わっていたが、最も大きなのが性別問題であった。ボクは歌手活動期間、毎日放課後になると女の子の格好になって、ラジオ局に行ったり、ライブをしたりしていた。そして女装が完全に癖になってしまっていた。まだ自分の性別の認識自体は揺れていたものの、自分がもう男には戻れない気はしていた。そんな様子を見て、学校の先生たちはボクが性同一性障害のようだと判断し、けっこういろいろ配慮をしてくれた。
2月に学校に復帰してまもなく、ボクは体育の時の着替えは男子更衣室ではなく面談室を使うように言われたし、4月からは体育の授業を女子と一緒に受けるよう言われた。また髪なども女子の基準を適用してくれたので、ボクは髪を伸ばしポニーテイルにしていた。眉を細くしていても特に何も言われなかった。
トイレに関しては、高2の2学期後半頃から時々女子トイレを使っていたのであるが、2月に学校に復帰してからは女子トイレを使うことの方が多くなり、3年生の秋頃になると他の男子生徒から男子トイレの使用を拒否されるようになって(学生服を着ているのに!)女子トイレしか使えなくなってしまった。
その頃からボクは今まで自分の中でけっこう曖昧にしてきた、自分の性別について、けっこう真剣に考え始めたが、まだ当時はちゃんとした結論を出すことはできなかった。ただ、自分はたぶん性転換手術を受けて、戸籍上の性別も女性に変更してしまうと思う、というのは友人たちにも母や姉にも言っていた。親にはまだ内緒で、タイでの性転換手術のコーディネートをしている会社とも一度接触してコーディネーターの方と話をしたりもしていた。
10月8日はボクの誕生日だったが、ボクはその日は夏休みから通っていた自動車学校で仮免試験を受けてきたりで忙しかったので、友人たちがその後の土曜日の午後に集まって、お祝いをしてくれた。
「おお、そこに高く積まれているのはファンからのプレゼントだな」と仁恵。
「うん、私ひとりではとても食べきれないから、みんな食べてね」
「プレゼントの中に、蜂蜜入ってた?」と政子。
「入ってた」とボク。
「なに?その蜂蜜って?」
「ちょっとした暗号だよね」
「へー」
「そうそう。一応ケーキ買って来たよ」と政子。
「8日もお母ちゃんが買ってくれたケーキ食べたけど、今日もまた食べちゃう」
ケーキに18本のろうそくを立て、政子が火を点けてくれたのを一気に吹き消す。拍手。そしてジュースを注ぎ分けて乾杯した。うちの母が作ってくれたフライドチキンをみんなでつまむ(3kg揚げたが1時間できれいになくなった)。
「冬、今日はスカートなんだね」
「家の中だから」
「ああ、スカートでの外出が禁止だったんだっけ」
「うん。家の中ではたいていスカートだよ」
「だけど冬さ」
「うん?」
「どうせスカート穿くんなら、もっと思いっきり女の子っぽい服にすればいいのに」
「そうそう。私も言うのよ」と政子。
「冬の自宅でのスカート姿って何か凄く中性的な雰囲気なんだよね」
「そのあたりは心の微妙な問題が・・・」とボク。
「皆さん、受験勉強の手応えはどうですか?」と礼美。
「私は何とか行けそうな気がしてきた。後はとにかく追い込み」と仁恵。
「私、塾辞めてから、なんか自分の力が急速に付いて来始めた気がする」と琴絵。「コトはそもそも自分でやっていける子だもん」とボク。
「夏休みに合宿行った時間がもったいなかったなあと反省中。親にお金使わせてしまった割りには得るものが少なかった」
「私は本気で△△△に行くつもりで頑張ってる」と礼美。
「冬はこの中でいちばん楽勝だよね」
「そうでもないよ。油断禁物。私も毎日2時頃まで勉強してるよ」とボク。「私はなんかあと少し手を伸ばしたら届くのかなという感触」と政子。
「あれ?冬、今日は自分のこと『私』って言ってる」
「私もあれ?と思ったけど、自然だよね」
「私がいるから」と姉。
「私の前では『私』と言いなさいと言ってる。どうせだからもっと女の子らしくした方がいいといって、いろいろ指導中。だから最近、家の中ではたいてい『私』
だよね。細かい仕草とかも気付いたら都度言ってる。もう冬は女の子っぽい男の子じゃなくて、ちゃんとした女の子にならなくちゃ、いけないもん」
「わあ」
「学校とかで友達の前でも『私』って言えばいいのに」
「いや、そのあたりも微妙な線で・・・・」
「冬って『ボク』と言う時の方が毎回不自然さを感じる。無理して言ってるみたいで」
「あ、そうそう、昨日もらってたメールの件。文化祭の制服はOKだよ」と政子。
「ありがとう。助かる」
「何?」
「来週の土日の文化祭、コーラス部で冬歌うのよね」
「うん。6月の大会の時は、私、元プロだし歌では出られなかったから、ピアノ伴奏で参加させてもらったんだよね。でも今回は歌で出なさいよって言われて」
「へー」
「でも学生服着てステージでみんなと並びたくないじゃん」
「あ、それで」
「マーサから制服借りることにした」
「わあ、それは見なくては」
「でもさあ。冬、自分用に女子制服作っちゃってもいいんじゃない?すぐ卒業でもったいないけどさ。冬が女子制服で通学したいっていえば、きっと先生たち、認めてくれるよ」
「一応、お父ちゃんとの約束だから。高校卒業まで学生服で通うのは」
「それくらいお父さんと交渉できそうなのに」
「いったん約束したから」
「なんか律儀なところあるね」
「うん」
「律儀といえば、こないだの♯〒プロは凄かったねえ」と政子。
「私もびっくりした」とボク。
「なにがあったの?」
「うちと歌手として契約しませんかって言ってきたの。破格の条件で」
「破格?」
「契約金に1億円、私と政子に各々払うって言うのよ」
「きゃー」
「それに専用スタジオ付き。独自レーベルの設立」
「なんか凄い」
「基本的には私も冬も、もし復帰するとしたら△△社か、あるいは活動再開した須藤さんがたぶん作るだろう会社との契約しかあり得ないと思ってるのよね。レコード会社だって★★レコードから移る気は無いし。△△社と私達、正式な契約結んでいたわけじゃないから、拘束はされないけど」
ボクも頷く。
「ああ、それは律儀だね。ふたりとも」と琴絵。
「とにかく受験勉強で忙しいし、今復帰のつもりありませんからと断った」
「でもなかなか諦めないのよねー。しつこい、しつこい」
「仕方ないから、いつもお世話になってる弁護士さんに頼んで電話1本入れてもらったら、やっとおとなしくなった」とボク。
「わあ、顧問弁護士とかいるんだ?」
「で、甲斐さんがどこかからその話聞き出したみたいで慌ててやってきてさ」
「うんうん」
「うちはお金無いんで1億も出せないけど、1000万ずつなら出します、って」
「凄い凄い」
「どっちみち今復帰するつもりは無いということと、もし甲斐さんのところにお世話になるとしても、そんな曖昧な趣旨のお金は受け取れません。しっかり出演料やライブの売上げ、印税とかで稼がせてもらいますから、と言った」
「欲がないなあ」と笑いながら仁恵。
「でも△△社さんには活動休止した時の迷惑料でちょうどそのくらい払ったんじゃなかったの?」
「300万くらいだよ。そのお金も実際にはコンサートツアーの計画で動いていた各地のイベンターさんやチケット屋さんとか地域の放送局・新聞社さんとかに払ってあげたんだもん。本当は払う必要ないし前例にされたくないと言われたんだけど、私達がお願いしたから。だから最終的な△△社さんの取り分はほとんどなかったと思うよ」
「最初△△社さんは、迷惑料なんかいらないって言ってたんだけど、小さいイベンターさんとか困ってる筈だし、それを補填してあげるのに使って欲しいと言ったので受け取ってくれたんだよね」
「何ヶ所かのイベンターの社長さんから御礼の手紙もらっちゃったね」
「最近、不況でチケット売れない上に、外タレの突然の来日中止とか幾つか続いて、きつい所多いみたいよ」
「冬と政子はそのお金で『義を買った』のかもね」と琴絵。
「ああ、そんな話、漢文の副読本で読んだね」
「孟嘗君と馮驩(フウカン)の話だよね」
実際に1年後にボクがローズクォーツで全国ドサ回りツアーをやった時は各地で物凄く歓迎してもらい、こちらが戸惑うくらいであった。その時、ボクは琴絵に言われたことを思いだした。
翌週の文化祭。
ボクは普段通り学生服で学校に出て行く。そしてコーラス部の出番の1時間前に政子に声を掛けて、一緒に着替えのため面談室に入った。
お互いに着ている服をぬぐ。政子が女子制服の上下を渡してくれた。代わりにボクは紙袋に入れてきていた服を渡す。
「ふーん。これを6月の大会の時は着て行ったんだ」
「うん」
「ほんとに女子高生風だよね。一見どこかの制服にも見えるよ」
その服を見たいと政子が言っていたので、今日の着替え用に持ってきたのである。
「あれ?ブラウスを着てるのは、今日は女子制服着る予定だったから?」
「えへへ。実は最近ずっと学生服の下はブラウス。どうせ見えないし」
「ほほお」
お互いに上着とスカートを身につける。
「お、女子高生の冬だ」
「政子も、その服、ピッタリだったね」
ボクと政子は身長こそ3cm違うものの、ウェストやヒップはほとんど変わらないし、ほとんどの服が交換可能なことは何度も過去に確認済みである。
「じゃ、頑張ってきてね」
「ありがと。出番が終わってからまた交換で」
ボクの学生服は紙袋に入れて、政子が預かってくれた。コーラス部の部室に行くと、最初気付かれていない感じだったが
「あれ?もしかして冬ちゃん?」
とかなり時間が経ってから言われた。
「へへ」
「全然気付かなかった」と元部長の風花。
「わあ、ごく普通に女子高生だ」
「もうこのあと卒業まで、ずっとその格好で学校においでよ」
「いや、借り物だから」
先生からも「その服の方が自然な感じだね」などと言われた。少し練習してから会場の体育館に行く。ステージに登る。風花が譜面を指揮台に置いてくる役をした。ボクは初めて女子制服でソプラノのパートの所に立つ。
2年生の新部長・来美の指揮で、同じく2年生のピアノ担当の美野里が伴奏を始め、ボクたちは歌い出した。ステージ上から客席の隅々まで見える。自分たちの声が会場に響き、その反響が帰ってくるのを感じる。客席のひとりひとりの顔が見える。文化祭だから、けっこうダレてる人も多いが、真剣なまなざしで見てくれている人もいる。
やっぱり、これ快感だよなー、と歌いながらボクは思った。
2曲歌って、拍手を受け、舞台の袖に下がった。
出番が終わった後、そのまま自然解散し、客席にいた政子を見つけ、一緒に面談室に行って、服を交換した。ボクはいったん学生服に戻る。また明日もよろしく、などと言ってボクは少し校内を散策した。
今日は校外から外部の人もたくさん来ている。ボクは普段は学生服着てるのに女子トイレを使っていたが、他の人がびっくりするので、今日明日は職員玄関の近くにある男女共用の多目的トイレを使ってくれるよう、先生から言われていた。元々そこを使うように言われていたのが、女子の友人達に連れ込まれて、実質的にいつも女子トイレを使っているので、ここはめったに使っていなかった。
ちょっとそのトイレに寄った後、校庭を歩きながら太陽の光をいっぱい全身に受け止める。これって気持ちいいよなあ、と思う。ただ、こういう時、どちらかというと女の子の服を着ているほうが、気持ち良さが上だ。女の子の服は開放的で、自然とそのまま接触できる感じ。ボクはこの時期、月に十数曲程度のペースで曲を書いていたのだけど、女の子の服を着ている時の方が良い発想が得られるのを感じていた。自然の刺激がそのまま身体の中に入ってきて、曲が生まれるような感覚があった。
政子見つけて五線紙もらおうかな。このイメージで曲が書ける・・・・などと思った時、少し先の方の木の陰に男女の姿があるのに気付いた。女の子の方は琴絵だ! 一緒にいる学生服の男の子は兄弟?彼氏?琴絵には弟がいた筈だが、まだ小学生だった筈。そしたら彼氏だろうか。
邪魔してはいけないと思って戻ろう、と思った時のことであった。琴絵がボクに気付いた。そして、何と!ボクの方に向かって走ってきた。え?その後を彼氏?が追いかけてくる。彼氏も最初は虚を突かれた感じだったものの、琴絵より足は速いので追いつかれそうだ。ボクは琴絵を保護した方が良さそうだと思い琴絵の方に走り寄った。
琴絵はボクの胸に飛び込んでくるかのようにぶつかってきた。がっしりと受け止める。「どうしたの?」
「おい、誰だお前?」
と追いかけてきた男の子が言った。
「私のボーイフレンドよ」と琴絵はボクの胸の中から首だけ振り返って言った。うーん……確かに嘘ではない。琴絵とは友達だし、一応ボクは男の子でもある。
「なんだ、お前?長髪で。女みたいな奴だな」
うむむ。ボクは本人自覚的には確かに女なんだけどね。
「いいじゃん。私、この人ともうキスしてるんだから」などと琴絵。
それは嘘だ!琴絵とキスしたことはないぞ。
「ほんとにか?おい、お前、琴絵を賭けて喧嘩しないか?」
なんなんだ〜?それって。漫画とかじゃあるまいし。
「そんな必要は無いよ」とボクは最近ではめったに使わない男声で言った。
「ボクはコトを愛してるし、コトはボクを愛してる。それで充分。君は帰ったら?」
琴絵が『へー』という感じでボクを見ている。ボクはその男の子をしっかりと見つめ、視線を逸らさない。
「気安く愛してるとか言うな。。。お前、本当に琴絵の彼氏なのか?証拠はあるか?」
「証拠はこれだ」
とボクは言うと、抱き合っている形になっている琴絵を再度しっかり抱きしめると、その唇にキスをした。琴絵がギョッとしたのは感じだが特に抵抗はしない。
気配で相手が呆然としているのを感じる。ボクは琴絵に10秒ほどキスをした。そして唇を離す。
「そういう訳だから、帰りなよ」とボクは男の子に言った。
「分かった。覚えてろよ」と彼は捨て台詞を吐いて、去って行った。
「大丈夫?」とボクは(女声に切り替えて)琴絵に言った。
「うん。ありがとう」と琴絵は言ったが、その時、ボクも琴絵も、抱き合っていることを思い出した。
「ご、ごめん」
といって身体を離す。
「ううん。私の方から冬の胸に飛び込んだんだもん」
「キスまでしちゃった。もし琴絵のファーストキスだったら、マジごめん」
「大丈夫だよ。私、ファーストキスは小学生の時に経験済み」
「それならよかった」
「でも、冬ってさすがキスうまいね」
「え?『さすが』って・・・」
「政子とはキスしてるんでしょ?」
「うん、まあ・・・・誰もいない所で会えば必ずキスする程度の関係かな」
「だよね。このキスは内緒にしとこ。政子に嫉妬されるから」
「あはは。確かにマーサに嫉妬されるかもと思いながらキスした。御免ね」
「でも助かった」
「たまたま学生服着てて良かった。さっきまでコーラス部の出番で女子制服を着てたのに」
「女子制服じゃ、今のはできなかったね。でもごめんね、男の子みたいなことさせちゃって」
琴絵らしい言い方だなと思った。普通の子なら「冬ちゃんって意外に男らしい面もあるのね」なんて言われて、ボクとしては少し傷ついたかも知れない。
「ううん。ちょっとお芝居でもしてる気持ちになってしたから」
「なるほど」
「それでここはキスする場面だと思ったんだ」
「そっか!」
ボクたちはそのまま少し散歩しながら話していた。
「元彼?」
「うん。1年生の時に恋人だったんだよね。他の高校の子だよ。塾で席が近くて少し親しくなったんだけど。でも彼とは実はキスもしていない」
「へー」
「私が忘れられなくてとか言って。よく言うわ。他に彼女作って私を振った癖に」
「へー。じゃそちらと別れちゃって、前の恋人の琴絵を思い出したとか?」
「たぶんそんなもの」
「恋愛って何か難しい」
「恋愛中の人からそう言われてもな」
「恋愛中って?」
「え?だから政子とは恋人だよね?」
「うーん。そのつもりはないけどなあ・・・・」
「恋人のつもりでもないのにキスするの?」
「親愛のキスって、ボクも政子も言ってるけど」
「そんなの聞いたことない!」
ボクたちはそのあと、文化祭のことや、他のことなどで会話しながら校舎まで戻った。くっついてると政子に嫉妬されそうだからなどと言って、琴絵はボクと違う方向に歩いて行った。
翌日もボクは政子から借りた女子制服でステージに立った。今日も部長の来美の指揮(指揮しながらしっかり自分でも歌っている)で、2曲演奏した。やはりステージに立って歌うのは快感だ。このあとは12月にクリスマスコンサートで歌うので最後だけど、ボクはまた歌手として大勢の前で歌いたいという思いをまた新たにした。
ステージが終わってから今日はいったんみんなで部室に戻り、お疲れ様でしたと言い合った。3年生ではもう今日が最後という子も多い。手を取り合って涙を流している子もいる、と思ったらボクも何人かと手を取り合って、お互い頑張ろうねなどという言葉を交わしたりした。
その後で政子を見つけて、一緒に面談室に行き、着替える。
「12月にクリスマスコンサートに出る時にも貸して」
「いいよ」
その時政子がふと思いついたように言った。
「・・・・ね、冬、学生服に戻らないで、今日はこの女子高生風の服、着ない?」
「えー!?」
「だって文化祭だもん。わりと適当だからさ、今日は」
「うーん。そうだね」
政子が制服、ボクが女子高生風の服を着て、しばらく校内を散歩した。
「久しぶりだね。こんな感じで一緒に歩くのは」
と政子から言われて、昨日琴絵と少し散歩したことにボクは後ろめたさを感じた。
「うん。でも去年の今頃は殺人的なスケジュールだったから、あれこれ考えてる暇も無かったよ」
「でもさ昨日はコーラス部の出番終わった後で学生服に戻ったでしょ?トイレどうしてたの?」
「それなのよ。ふだんのように女子トイレ使ってたら、同じ学年でボクのこと知ってる子ならいいけど、外部の人が女子トイレでボクを見たら、悲鳴上げちゃう」
「で、悲鳴あげられて警察に捕まったとか?」
「まさか。職員室のそばの多目的トイレ使ってたよ」
「そういえば、冬って、元々そこ使うように言われてたんだっけ」
「そうそう。ほとんど使ってないけど」
(本来の自分たちの所属である)書道部をのぞく。ボクと政子が書いた作品も張り出してある。政子は「長恨歌」を書いている。かなりの面積を取る大作だ。「よくこんなに書く時間あったね」と言ったら「勉強の合間の気分転換」などと言っていたが、これを書いている合間に勉強していたのでは?と思った。ボクは百人一首にも採られている紫式部の歌を書いていた。政子が「女性的な字を書くよね。1年生の時から思ってたけど」などとボクの書を見て言った。
2年生の新部長・翠(みどり)が寄ってきたので
「ごめーん。全然こちらに顔出してなくて」
と政子の方から声を掛ける。
「いえ、どうせふだんの日でも誰も部室にいないから」
と彼女。部屋にいるのは彼女と顧問の秋田先生だけで、客の姿も無いが部員の姿も全く無い。
「そちら、お友達ですか?」
「冬だよ」
「え?あ!気付かなかった。冬子先輩だったのか!」
「頑張ってね」
「ローズ+リリー御来店、とかいってサイン色紙を貼りだしたい感じだ」
「ラーメン屋さんじゃあるまいし!」
「サイン書けないんですよね」
「あ、えーっと、秋田先生、携帯をお持ちですか?」
「うん」
「ちょっとだけ借りられます?」
「いいよ」
ボクは先生から携帯を借りると、★★レコードの秋月さんに電話して、高校の文化祭なのだけど、自分達が所属している書道部のためにローズ+リリーのサインを書いてもいいか?と尋ね、快諾をもらった。
「OK」と言って指で○印を作る。先生に御礼を言って携帯を返した。「わーい。色紙、あったはず」と言って翠が色紙を取り出してきたので、ボクと政子は一緒にその色紙にサインを書いた。
「目立つ所に貼ろう」などと言って、入り口のそばに張り出していた。
「一応、秋月さんに個別許可をもらったら書いてもいいことになってるんだ」
「へー」
「6月にはアルバムの発売に合わせて300枚限定で書いて、イベントで抽選で配ったけどね。東京と大阪で100枚ずつ、仙台と福岡で50枚ずつ」
「300枚書くのはけっこうしんどかったね」
「ほんとに自分たちで書くんだ!スタッフの人の代筆とかじゃないのね」
「アイドルとかほどじゃないからね」
「300枚書いてお金いくらかもらえるんですか?」
「無料」
「サインはサービス」
「えー!?」
「でもボクたちは印税でお金はもらってるから」
「こないだあのサイン、ヤフオク見たら2万円で落札されてたよ」と政子。
「ぎゃー」
「今回のサインは去年使ってたサインから少しだけ変えたのよね」
「それで逆にプレミアム付いたみたい。数も少ないし」
「わあ」
「去年のサインも1万円の値が付いてたよ」
「駅に貼ってたポスターが大量に盗まれたらしいね」
そのあとボクと政子は模擬店で一緒にコーヒーを飲んだ後、JRC、美術部、などを回って科学部に行った。ここには琴絵がいた。1学期まではここの副部長をしていた。
「あ、冬が女の子の服着てる」
といって琴絵が目配せをする。うんうんと頷くボク。
「あれ?何かあった?」
「ううん。別に」
「あ、そうだ!おふたりさん、星占いしてかない?」
「科学部が占いなんてするの!?」
「1年の子が天体位置計算のプログラム作っててさ、そのプログラムを利用して文化祭用にホロスコープのソフトを調整したのよね」
「へー」
「お二人の生年月日、出生時刻、出生場所をどうぞ」
「1991年10月8日午前11時2分、岐阜県高山市」
「1991年6月17日午前11時18分、長崎県諌早市」
ふたりのバースデータを琴絵がパソコンに打ち込む。
「わっ」
「どうしたの?」
「恋愛相性90% 結婚相性100% セックス相性100%」
「あはは」
「そもそも、ふたりってアセンダントがピッタリ重なってる。これは凄いよ」
「そんなに凄いんだ?」
「凄まじく強い吸引力で結ばれている。ただ、政子から冬への片思い的な雰囲気もあるね。冬もまんざらではないけど」
政子がドキッとしたような顔をした、ボクはその表情を見て心臓がキュンと鳴った。
「ただ、この片思いって、政子が男の子で冬が女の子役なんだ」
ボクたちは笑った。
「冬は金運も強いね。政子も金運強いけど、冬は政子の倍、お金持ちになるよ」
「へー」
「冬は自分でお金稼いでいくタイプ。政子は人からお金をもらえるタイプ」
「面白い」
「政子、けっこう男に貢がせるかもね」
「あはは、やってみたい」
「冬は芸術的なものに才能が出やすいよね。歌手になっちゃったけど、たぶん絵を描いたり、あるいはバレエとかしてたら、そういう方面でも才能出てたかも」
「冬は絵も巧いよ」と政子。
「でもバレリーナの冬も見てみたい気がする」
「4月頃、新体操部に顔出してたね」
「私、それ見逃したのよねー」と政子。
「レオタードの冬、私見たよ。ボディラインが完璧な女の子でびっくりした」
「ほお」
「マーサは水着のボク、何度も見てるじゃん」
「あ、政子は、水星がカジミだね」と琴絵。
「カジミ?」
「物凄く強い。政子、数学の成績悪いのが信じられない。これ数学の天才の相だよ」
「マーサはね、数学で答えは瞬間的に分かるけど、式が書けないの」とボク。
「ああ・・・・小学校の時にそんな子いた。その子も算数の成績悪かった」
「マーサって3桁の掛け算を暗算でしちゃうよ」
「いや、あれは暗算じゃないの。だって私頭の中で何も計算してないもん」
「マーサ、234×128は?」
「29952」と即答。
「待って、待って」と琴絵がそばにあった電卓を取って打ち込んでいる。
「凄い!合ってるじゃん」
「凄いよね。マーサは数列の穴埋めも一瞬だよ」
「でも一般項の式を書けない」
「これからは政子のことを『歩く電卓』と呼ぼう」
「ボク、時々そう呼んでる」
「水星が強いから、政子は詩とかも書けるよね」
「マーサはいい詩書くんだ。いつもポエムノート見せてもらってるけど、発想が凄い」
「なんか試験の前夜とかに突然思いつくんだよねー」
「それはまた間が悪いというか」
「当然勉強放置して書いた詩の推敲しちゃう。するとあっという間に1時間とか」
「受験生ってこと忘れないようにしようね」
「うん」
「でも『涙の影』はいい歌だと思ったなあ」といって琴絵はその一節を歌い始める。政子もそれに合わせて歌い出したが・・・・
「冬、何笑ってんの?」
「いや、音程が・・・・」
「ずれた?」
「既に3度近くずれてる」
「音感が発達してる人って不便ね。私、全然気にならないのに」と琴絵。「まあ、私とコトの組み合わせは最悪だよね」と政子。
ボクはちょっとこれは問題だなと思った。政子はローズ+リリーをしていた頃よりかなり音感は良くなっている。しかし自分では音程を取れない。伴奏があればそれにきちんと合わせられるのだが、ボクとデュエットしている時はボクの音に頼っている。その癖が付いているので、音痴な琴絵と歌っても、その琴絵の音に、つい合わせてしまって一緒にずれてしまったのだろう。
その日は結局琴絵も科学部の展示室を出て、3人で模擬店に行き2時間ほどそのままおしゃべりをしていた。途中で仁恵もやってきて4人でおしゃべりは続いた。もう学校から帰る時にやっとボクは学生服に着替えた。
次の週は木曜日に自動車学校の卒業試験に合格、翌日午前中学校を休んで免許試験場に学科試験を受けにいって合格。ボクは運転免許を手にする。翌土曜日に、ボクたちは政子の家に行って勉強会をし、そこでボクはみんなにお化粧して写っている運転免許証を披露した。みんなに「きれーい」などと言ってもらった。
「でも今年に入ってから冬って何度スカートで外出したんだっけ?」
「うーんと、6月のコーラス部の大会、秋月さんたちとの食事会、こないだの文化祭2日間、昨日の運転免許試験場。5回だね」
「コーラス部絡みが多いね」
「あと、私の誕生会の時はスカートみたいに見えるショートパンツ穿いて来たね」
「お父さんとの約束、けっこう守ってるんじゃないの?」
「高校出たらアパートでひとり暮らししていい、ってのも認めてもらった」
「そしたら、1日女の子の服着て暮らすんだ?」
「うん」
「いや、冬は既に女の子の服しか着てない気がするけど」と政子。
「今言った5回というのも、いわゆる公式見解だよね」
「ああ、公式見解!」
「だいたい冬ったら、学生服の下にワイシャツじゃなくてブラウス着てるしね」
「えへへ」
「え?気付かなかった」
「むしろ政子がなぜそれに気付いたのかと追求したい」と琴絵。
「こないだ文化祭の時に私が制服貸したから」
「あ、あれ、一緒に着換えたんだ!?」
「久しぶりだったね。一緒に着換えたの」
「うん」
「そうか、女の子と一緒に着換えていい身体だって言ってたね」と琴絵。
「ああ、みんなでプール行った日は琴絵いなかったもんね」
「夏休みの合宿中だったしね。そもそも私ロック苦手だからサマフェスはパスだけど、プールはいいなあ」
「じゃ、受験終わってから落ち着いて5月くらいにでも一緒にプール行こう」
「いいね」
「体育の授業があったら、冬を女子更衣室に拉致してきたいところだな」
「もう無いからねー」
「で、みんなで寄ってたかって、解剖してみる」
「やはり解剖されるのか!? 1学期に何度か拉致されそうになったけど、逃げて正解だったかな」
その日、ボクたちは試験形式でタイマーをセットして、英語と国語の模試形式の問題を一緒に解いた。答え合わせをしながら自己採点し、点数を確認する。
「冬と仁恵は問題ない気がするね」と琴絵。
「政子も充分合格圏内だよね」と仁恵。
「ボーダーラインなのが、レミとコトだなあ」と政子。
「同じボーダーラインといっても点数の差が凄いけど」と礼美。
「レミ、これ私が昨日までやってた漢文の問題集なんだけど、よかったらしてみない?これ1冊あげたので、私もかなり力付けた」と琴絵。
「わあ、ありがとう。やってみる」
「じゃ、コトには私がやってる英語の読解問題集あげる」とボク。
「最後、まだ3ページやってないページが残ってるんだけど、そこはコピーしちゃお。マーサ、コピー借りるね」
「うん。勝手に使って」
コピーを取ってきてから問題集を琴絵に渡す。
「わあ、これ鍛えられそう」
「コトの英文力なら10分で1ページできるから、1日4ページやれば2週間で終わるよ」
「冬は2週間であげたの?」
「10月に入ってから始めて今終わりかけだから3週間かかってる」
「でも今からはもうあまりゆっくりとした勉強の仕方できないね」
「そう思う」
翌日は模試であった。ボクたちは会場になっている近くの大学の校舎へ行った。まとめて申し込んでいるので、仁恵・政子とは同じ教室での受験になった。琴絵は受けるコースが違うので離れた教室、礼美は別の学校なので会場も別である。
1時間目の数学を政子は(入試で使用しないので)欠席。ボクと仁恵だけ受ける。休み時間に仁恵がボクを誘って一緒にトイレに行き、列に並んだ。さすがにこういうところでは列が長い。2時間目は英語なので、単語帳など持ったまま並んでいる子も多い。ボクも仁恵も単語集を持って見ながらあれこれ会話をする。
「冬のいつもの服ではトイレ入りにくいよね」と仁恵。
「さすがに騒ぎになるよ」と笑いながらボク。
今日は私服で、ポロシャツ(女の子仕様)にスリムジーンズを穿いている。
「そういえば男子トイレも列できることあるの?」と小さい声で仁恵。
「ふつうはあまりできないけど、試験会場とかコンサート会場とかは列できるよ」
とこちらも小さい声。
「ああ。男子トイレも1列並び?」
「各便器の前に各々並んでる場合が多いんじゃないかな。1列並びはあまり見たことない。って、なんでこんな話を。でも女子トイレって、まず1列並びだよね」
「最近はほとんどそうだよね。昔は個室ごとに列ができてることも結構あったよ。ところが全然進まない列があって」
「中の人は苦しんでるんだよね、それ」
「だから自然とそこの前の列は無くなる。二重の意味で」
「あはは」
教室に戻ると政子が来ていたので、手を振って席に寄り、単語集など見ながらしばしおしゃべり。そして2時間目の英語が始まる。去年は今くらいの時期、中間試験とか実力試験とかの前日も当日もライブハウスで歌ってたな、などと思い出した。とにかく時間が無いから、やれる時にやれる限界までやる習慣が付いてたっけなどと思い、頑張らなくちゃと思う。再度気合いを入れ問題を解いていった。
やがて試験が終わり、3人で外に出て芝生でお弁当を広げ、今やった試験の難しかった所などを答え合わせして「きゃー間違った」「あ、勘違いの更に勘違いで、私合ってる」などとやっている。そして話は3時間目の社会の話へ。年号やら武将の名前やらを確認し合う。一方で雑談も多い。途中で偶然近くを通りかかった琴絵も合流してしばしおしゃべり。
「でも今日のお弁当、誰が作ったの?」
「自分で作ったよ」と仁恵。「ボクも」「私も」
「わっ。私だけか。お母ちゃんに作ってもらったのは」と政子。
「でも政子、去年とかは全部ひとりで御飯作ってたんでしょ?」
「なのよねー。でもあまり料理自体は得意じゃないし。お母ちゃんがいると、ついつい頼ってしまって。将来彼氏を作る時は料理のできる彼氏がいいなあ」
「冬と結婚すれば?」と仁恵と琴絵。「冬、料理得意だよね」
「あはは」
少し先の話。ボク達が大学に入った時点で政子のお母さんはお父さんが長期出張中のタイに戻って、ボク達が大学4年の時に夫婦で帰国した(5年間の出張だった)。大学1〜3年の時、ボク達は各々の家で一応「別々に暮らしている」というタテマエではあったが、音楽活動上のパートナーであることを理由に、実際にはほとんど一緒にどちらかの家で泊まっていった。そういう時、食事を作るのは基本的にボクの役であった。
やがて暦は11月に入る。ボクたちはほんとに受験一色になっていった。相変わらずボクと政子は1日交替でどちらかの家で一緒に勉強していたし、週に1度、たいてい土曜日に政子の家に数人が集まっての合同勉強会もしていた。何度か政子の家に泊まり込んで土日ぶっ通しの勉強会もしていた。政子の家は部屋数があるので、こういうのもしやすいのである。勉強会のメンツは、ボクと政子と礼美が基本で、仁恵もよく来ていたし、琴絵や奈緒もけっこう顔を出していた。
学校の先生は国立との併願を勧めていたが、ボクは結局併願せずに△△△のみで行くことにした。結局、ボク・政子・礼美はセンター試験は受けずに本試験のみになる。国立の同じ大学を受ける仁恵・琴絵はセンター試験からである。(仁恵は文学部、琴絵は理学部)
ボクと政子はふたりきりになるとキスくらいはしていたが、イチャイチャするような時間は、あまり取れなかった。この時期、琴絵が文化祭の日にキスしてしまったのもあるのか、以前よりべたべたしてくる感じの時があり、そのことを政子も(口では気にしてないよと言っている割りに)実は気にしている感じで、ボクと琴絵が(偶然)並んでいたりすると、政子がわざわざその間に入ってきたりすることがあり、ボクは心の中で苦笑していた。でも、政子と琴絵も、お互いに仲良しだった。
11月中旬に『甘い蜜/涙の影』がBH音楽賞を頂いてしまった。ボクのスキャンダルで話題になって売れた分がかなりあり、実力以上の売れ方をしたもの、という後ろめたさはあったのだが、それでも80万枚の大ヒットは立派ですよと秋月さんにも言われ、ボクと政子は受験勉強の合間を縫って、授賞式に行ってきた。
ボクはジーンズを穿いて行き、政子もそれに合わせてくれてジーンズを穿いていたのだが、秋月さんから「ミニスカ穿こうよ」と乗せられてしまって、結局揃いのミニスカの衣装を着て、記念の盾を受け取った。一般の客などは入れず報道機関だけがいる場であったが、ローズ+リリーが公の場に姿を見せたのは11ヶ月ぶりだったので、たくさん写真を撮られて、翌日の新聞や、その月の音楽雑誌にも掲載された。なお現在は実質的に引退中の身ということもあり、秋月さんに話を通してもらって現場でのインタビューなどは勘弁してもらい、ふたりでまとめたコメントだけ発表させてもらった。
11月下旬の連休。ボクらは当然もう寝る間も惜しんで受験勉強をしているはずだったのだが、なぜかボクらは沖縄行きの飛行機に乗っていた。
それは△△社に届けられた1通の手紙によるものだった。
沖縄に住む女子高生が難病と闘っていた。まだ充分な治療法が確立していない病気で、もう2年ほど入院生活を送っているのだが、入院中にたまたま聴いたローズ+リリーの曲に惚れ込み、すっかりファンになってしまったという。ボクの素性に関する週刊誌報道に伴う大騒動では、連日ボクらが嘲笑されたり、マネージャーの須藤さんが責められたりしている姿が、病気に責められている自分に重なり合う気がして、ますます共感を覚えるようになったらしい。夏のベストアルバム販売に伴って、ボクたちがラジオにコメントを寄せ、明るく元気な声を聴いたことで、ケイちゃんとマリちゃんも頑張ってるんだなと思い、それなら自分も頑張らなければと闘病意欲を新たにしたのだという。
そして先日の音楽賞の受賞で、ボクたちの写真が新聞に載ったことから、彼女は、この人たちと一目でいいから会えないのかなと思い、その気持ちを見舞いに来てくれていた友人に言った所、その友人が△△社に手紙を書いてくれたのだということであった。ボクらの現在の窓口になっている★★レコードではなく△△社に手紙を出したのは、そちらの方が手紙の絶対量が少なそうで、見てもらえるかもと思ったということであった。
ともかくも、その手紙はいったん★★レコードの秋月さんに渡され、そこからボクたちの所に届けられ、ボクと政子は受験勉強の忙しい時期ではあるものの彼女に会いに行くことを決めた。
秋月さんが付き添ってくれて、3人での沖縄行きになった。
「沖縄ではライブをしてなかったよね」と秋月さん。
「そうなんですよね。年明けからの全国ツアーで回る予定になっていたのが、週刊誌報道で吹っ飛んでしまったから。沖縄のファンには申し訳無かったです」
とボク。
「沖縄はさすがに日帰り無理だから、沖縄だけのために土日を潰すことになったからね。土日限定で活動しているユニットには、なかなか辛かったのよ」
と秋月さん。
「あの全国ツアーをやり終えた辺りで、さすがに私も親に自分の活動についてカムアウトしなくちゃな、とは思ってたんですよね。どっちみち受験前の1年は活動は無理だから休養させて欲しいという話は須藤さんともしていたし、その1年間で親を説得しようと思ってた」
「でも結果的にはもう冬のご両親は、冬の大学入学後の歌手復帰をほとんど認めてくれてるよね」
「どうなのかなあ・・・・私が女の子になっちゃうことについては受け入れてくれている気がするけどね」
「性別問題に比べたら、歌手活動なんて、わりとどうでもいいでしょ」
「うーん。。。」
「まあ、私はふたりの現役復帰について勧誘してはいけないことになってるからその件については何も言えないけど、たくさんのファンが待っていることは確かだよ。今日会いに行く女の子も含めてね」
と秋月さん。
「勧誘についてはいろいろおとなの事情があるみたいだけど・・・ファンには申し訳ないけど、私はやっぱり現役復帰はもうしばらく無理だなあ」と政子。
「当時は勢いでやっちゃってたけど、やはり私みたいな歌が下手な子が大勢の人の前でお金取って歌って、CD出してとか、犯罪じゃないかなんて気もして」
「そんなこと言ったら、アイドル歌手の大半が犯罪だよ」とボク。
「歌の稚拙はある意味関係無いと思うよ。心に響くかどうかが大事」と秋月さん。
政子は無言で頷いていた。ただこの時期、政子は色々あって歌手復帰についてかなり消極的になっていた。以前はあと「200年くらいしたら」歌手に復帰してもいいかな、と言っていたのが、一時的に「10万年くらいしたら」と後退してしまっていた。
飛行機を降りてからタクシーで病院に行く。
病院には手紙をくれた友人を含めて、患者の女子高生の友人の女子が5人来ていた。またこの件に関して★★レコードが報道各社と交渉し、代表取材することになった現地の新聞社の記者とカメラマンが来ていた。病室に何社も来られては迷惑である。
病室に入っていくと、その友人たちが凄い騒ぎよう。患者本人と握手する前に、その友人5人とボクたちは握手することになった。そして、やっと本人と握手。そしてサイン色紙をその場で書いて渡した。
「何だか夢のようです」
「夢じゃないよ。ほれ」と言って政子がボクの耳をつねる。
「痛!」
「ほら、夢じゃなかった」
使い古されたギャグだが、それでも彼女は笑ってくれた。
「でもホント、私みたいな普通の女子高生の所に、わざわざ東京から来てくださるなんて。今の時期、受験でも忙しいんでしょう?」
「私たちだって、今は普通の女子高生だしね」と政子。
「そうそう、引退しちゃったからね。普通の女子高生に戻っちゃったね」
とボクが言うと。
「あれ?ケイはローズ+リリー始める前は男子高校生だったと思うけど」
と政子が突っ込む。
「でも今は女子高生だよ」とボク。
「それじゃ『戻った』とは言わないよ」
「おふたり面白い!まるでマンザイみたい」と結構彼女には受けている。
「おふたりは引退と言ってるけど、★★レコードとしては『休養中』という見解なんだけどね」と秋月さん。
「引退なんて言わないでまた歌って下さい」と彼女。
「そうだなぁ。。。歌ってもいいかな、また」と政子。
「わーい。楽しみにしてます」
「じゃ、私たちも頑張るから、麻美ちゃんも頑張ってね」とボク。
「はい」
ボクたちは病室で30分ほど話していた。そのうちボクたちに手紙を書いてくれた子が言い出した。
「あのお、凄く無理なお願いは承知なんですけど、ここで今おふたりに歌ってもらうことはできないでしょうか?」
ボクたちは顔を見合わせた。
「秋月さん、どうでしょ?」
「契約上は問題無いよ。あ、記者さん、申し訳ないですが録音をいったん停めて頂けますか?」
「了解です」といって記者さんがICレコーダを停める。
「じゃ歌います」
ボクは携帯のピアノアプリを使って最初の音を取った。ふたりで『甘い蜜』を歌った。この曲を一般の人の前で歌うのは実は初めてである。1月のツアーで披露するはずが、潰れてしまったので、歌う機会が無かったのである。
「わあ、感激!死んでもいいくらい!」
「死んじゃダメ!!ちゃんと病気治そうね」
「はい」
その日はせっかく沖縄まで来たんだし、ということで秋月さんに連れられて沖縄のFM局を訪ね、挨拶だけするつもりが・・・・結局番組にも10分間だけ出演して短いインタビューに応じた。また特別プレゼントということでサイン色紙3枚を視聴者プレゼント用に書いた。
自分たちも今受験勉強で頑張っているので全国の受験生のみなさんも頑張ってくださいというメッセージを送った。大サービスと称して『涙の影』をボクがピアノを弾きながら1分30秒だけ歌った。
また沖縄に来た理由についても聞かれたので、自分達と同い年の難病の少女の応援であったことだけ述べた。この番組はローカル番組で放送は沖縄県内だけに流れたのだが、大きな反響があり、県内各地から多数の応援メッセージが届けられた。千羽鶴を折って送ってきてくれた人もあった。また同様に病気と闘っている人からのメッセージもあった。これらは後日、放送局でまとめて、麻美さんの所に持って行ってくれた。
その晩は那覇市内のホテルに泊まった。ホテルは★★レコードさんが取ってくれていたのだが
「えーっとツインで良かったんだっけ?」と秋月さんは悪戯っぽい表情で訊いた。「はい、それでお願いします」と政子。
「じゃ、これ」と避妊具の小箱6個入りを渡される。
「部長から渡せと言われたから」と秋月さん。
「ありがとうございます。使わないとは思うけど頂いておきます」
夕食を国際通りで秋月さんと一緒に取ったあと、ホテルに戻り、それぞれの部屋に引き上げた。
ボクたちはふたりきりになると、すぐに熱く抱き合った。
「シャワー浴びてからにしない?」
という提案で、一緒に!シャワーを浴びてから、ベッドに行き、愛し合った。もっとも愛し合ったといっても、ボクはタックしてるし、ブレストフォームも貼り付けていたので、あくまで女の子同士でできる範囲のことである。ただ、こんなに深く愛し合ったのは、3月に久しぶりにした時以来だった。
1時間くらい恍惚の時間を過ごしてから休憩し、裸でくっついたままおしゃべりをしていた。
「今夜までは、冬を男の子と見てあげてもいい。私のバージン受け取ってくれる気があったらタック外して、私の中に入れていいよ」
「ボクは女の子だよ」
「そっか・・・じゃ、私もうこれからは冬を女の子としか思わないからね」
「うん」
「性転換する決断できたの?」
「それはまだできてない。でも大学出るまでにはすると思う」
「まあ、焦る必要は無いけどね」
「うん」
「でも25歳までに手術受けなかったら、私が冬のおちんちん切り落としちゃうから」
「あはは。ありがたいかも」
「だけどさ、男の子と女の子の関係なら、入れたかどうかというのが境界線になるけど、女の子同士って、どこが境界線なんだろうね」と政子。
「具体的にどうとか言うの難しいけど、何となく感覚は分かるよね。金沢での夜とか、1月のあの2日間とか、ゴールデンウィークの時とか。この4回くらいじゃないかなあ。越えちゃったのは」
「私たちさ。インサートする場合の避妊のためにいつもコンちゃん枕元に置いてたけど、実際インサートすることないし。今後は女の子同士として一線越える場合も開封しない? 象徴的な意味で」
「そうだね。そういうルールにしようか」
「開封しない場合はいつものように『気持ち良くなりすぎたらストップ』のルール」
「OK」
ボクたちは一晩一緒にふたりきりで過ごすのが久しぶりだったこともあり、その夜たくさんお話をした。ふたりきりになることは時々あったから、ふだんでも結構話をしているつもりだったのに、その日はやはりこういう場でないと話せないようなことをたくさん、お話しした。ボクたちはやはり時々こういう時間を持とうよ、ということでも同意した。
「でも私、あの子の前でまた歌うと言っちゃったなあ」と政子。
「一緒にやろうよ。おそろいのミニスカ穿いてさ」
「ミニスカは卒業したいなあ」
「だけど今日病室で楽器無しで歌ったけど、マーサまた歌上手くなってるじゃん。長い音符をブレス無しで歌えてたし、音程も正確だったし」
「肺活量は少しは付いたかな。でも音程は冬に合わせてただけだよ」
「やはり上手くなったんだよ」
「ダメダメ、私、乗せられないんだから」
「ふふふ」
「でも少し考えてもいいかなあ。また一緒に歌う件は」
「うん」
後で政子のお母さんから聞いた話では、この時期、政子は自宅に入れているカラオケシステムの使用頻度が一時減っていたが、この沖縄行きの後でまた毎日歌うようになったということだった。
「お勉強の方も頑張ってるよね、マーサは。ここの所かなり力付けてきてる感じじゃん」
「うん。何とか合格できそうだなという気はしてきてる。一応模試では安全圏の成績出来てるし。ただ本番では何が起きるか分からないし」
「でもボクたち、ローズ+リリーの活動を通して、ハプニングには強くなったよね」
「うん。なった」
麻美さんの闘病生活はとても長く続いた。後にボクがローズクォーツで芸能界に復帰した時、沖縄でのライブに彼女を招待したが、その時は体調不良で参加できず、悔しがっているお便りをもらった。更に後にローズ+リリーのライブ活動が復活して沖縄でのライブをした時も彼女を招待した。その時は、かなり病気の治療が進み、車椅子で看護婦さんの付き添いでライブに参加した彼女の元気な姿があった。むろんボクは沖縄を訪れる度に彼女の御見舞いに行った。
何度か青葉を連れて行ってヒーリングをしてもらったこともある。青葉は更に沖縄在住の知り合いのユタにも彼女を診せたが、青葉もそのユタも、この病気に関してはお医者さんの治療の方が効果が高く、ヒーリングや祈祷などの効果はあくまで限定的なものにしかならないとは言っていた。しかし彼女は少しずつ回復していった。あるいは彼女の中に芽生えた「治すぞ」という強い意志がそれを推進していたのかも知れない。
ずっと先に彼女が退院して日常生活を送れるようになってからも、しばしばボクと政子は麻美さんに会いに行った。彼女の回復は医者からも奇跡だと言われたということで、世界各地からその病気と闘っているお医者さんが彼女に会いに来たという。ボクたちとボクたちの歌も彼女の回復に少しだけ力になることができたかも知れないという気がしている。
【夏の日の想い出・受験生の秋】(1)