【夏の日の想い出・受験生の夏】(1)

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高3の夏休み、ボクは自動車学校に通うことにした。
「大学に入ったらバイトとかしたいし、そのためには免許取っておきたいのよね」
とボクは両親に言った。
「だけど受験勉強のほうは大丈夫?」
「うん。自動車学校の方は1日2時間だし。送迎のバスの中で受験勉強の方もするよ」
ということで、両親はボクの自動車学校通いを認めてくれた。
 
ボクは誕生日が10月なので、自動車免許を取得できるのも10月だし、誕生日が来るまでは仮免試験も受けられない。しかし第1段階の学科と実技は受講することができるので(行くことにした自動車学校では18歳の誕生日の3ヶ月前から入校を認めていた)、夏休みの間にそれを受けておこうと思ったのである。順調に進めば夏休み中に第1段階は終了してしまうが、そのあと仮免試験を受けるまでの1ヶ月ちょっとの間は、週に1度くらいのわりあいで、運転感覚を忘れないためのオプションの実技練習に通うつもりでいた。
 
一応学校の方は成績上位の生徒については運転免許の取得を認めてくれていた。
 
普通免許取得のための時間数は第1段階が学科10時間・実技21時間、第2段階が学科16時間・実技18時間である。ボクは夏休みの間は2日に1度くらいのペースで自動車学校に行き、学科+実技の2時間または実技1時間の受講をするつもりでいた。誕生日が来て仮免を取ったあとは、毎日通って半月くらいで免許取得するつもりでいた。11月になってしまうと、大学の方の受験勉強一色になってしまう。ボクはそれまでの模試で比較的良い成績をとっていて、志望校として挙げていた都内の某私立大学の合格ラインを上回っていたので、両親も自動車学校通いを認めてくれたのであろう。
 
初日。その日は午前中は早朝から学校で補習が行われていたのでそれに出席し、自宅に戻ってから、私服に着替えて、自動車学校の送迎バスが来るところまで行った。15分くらい単語帳を見ながら待っていたら自動車学校の名前が入ったバスが来る。
 
「えーっと、唐本冬彦さん、いますか?」
「はい、私です」
と答えた時、係の人が『え?』という感じの顔をした。「唐本さん?」
「はい、そうです」
と答えると「分かりました。バスに乗って下さい」という。
 
ボクはピンクのフレンチ袖のTシャツに七分丈のジーンズを穿いていた。髪も肩につくくらいの長さである。自分としては一応『中性的な格好』という見解にしていたが、『それでも充分女の子に見えるよ』などと、親友の政子などは言っていた。
 
政子とボクは高2の時に「ローズ+リリー」という『女子高生歌手デュオ』として4ヶ月ほど活動した。その時はずっと女装していたのだが、4ヶ月間の女装がボクの心を確実に変化させていた。ボクはもう男の子には戻れない、という気持ちでいた。それで髪なども伸ばし始めたのだが、学校の先生は最初「おい、唐本、髪が少し長くないか?」といったものの、ボクが
「えっと三つ編みにすればいいんでしょうか?」と訊くと焦ってる様子で「あ、えーっと、ポニーテールのほうがいいかな」と答えた。
 
そこでボクはそのあと卒業までポニーテールで押し通したのであった。学校側はボクのことを性同一性障害のようだと思ってくれているようで、それで配慮してくれたようだった。なお、学校ではいつもポニーテールにしていたが、プライベートでは髪を解いてふつうのセミロング状態にしていた。自動車学校に通う時もそういう髪型だった。なお下着は常時女物の下着をブラも含めて身につけていた。
 
自動車学校に着き、事務上の手続きをしてから写真を撮られる。最初にオリエンテーションがあり、基本的な免許取得までの流れなどが説明された。その後シミュレーターの部屋に行き、シミュレーターで運転操作をした。とはいっても、ブレーキとアクセルを間違わずに踏む練習とか、乗り込んでエンジンのキーを入れて車をスタートさせるまでの練習とか、逆に車を停めてエンジンを切り車から降りるところまでの練習とか、そんなのでシミュレーターの時間は過ぎてしまった。
 
そしてそのあとは初乗車である。控え室で待っていた時、ひとりの同年代くらいの少女から声を掛けられた。
「あの、もしかしてローズ+リリーのケイさんじゃありませんよね?」
「あ、はい。ケイです」とボクは笑顔で答える。
「わあ、ここの教習所に通っておられたなんて知らなかった」
「今日が初めてなんです」
「そうだったんですか!私は昨日から。ね、ね、サインとかもらえませんよね?」
「ごめんなさい。引退した身なので、サインはできないことになっていて。でもよかったら、お友達になりましょう」
 
当時ボクも政子も基本的にサインは断ることにしていた。頼まれてサインに応じていたのは、小中学生とかお年寄りとかだけである。
 
「ええ、なりましょう。私は川北礼美。レミでいいです」
「じゃ、私は唐本冬子なので、冬(ふゆ)で」
 
「でもふだんから、やはりこういう感じの格好なんですね」
「自分では一応『中性的な格好』という見解なんだけど、マーサというかローズ+リリーのマリね、彼女からは『充分女の子に見える』と言われてる」
「女の子にしか見えないよ」
「でも親からはスカート穿いて外歩くなと言われてるの」
「あはは。あ、でもマリちゃんとはプライベートでも仲良しなんだ?」
 
「同じ学校だしね。志望校・志望学部も同じなんで補習とかのクラスも同じになるんで」
「どこ志望なの?」
「△△△の文学部」
「うーん。残念。私の頭では無理な学校だ」
「レミも高3?でも今からの追い込みで頑張れば?」
「うーん。頑張ってみっかなあ」
「まだ夏休み始まったばかりだもん。行ける行ける」
 
その内、教官が生徒を呼びに来る。「唐本さん」という呼び声に返事して、私は礼美にバイバイして、車の方に行った。
 
「唐本・・・冬彦さん?」と教官が戸惑うような顔。
「はい、そうです」
とボクが明るい顔で言うと、教官は
「はい。では行きましょう」
と言い、「えっと・・134号車は・・・」などと言って車を探して行く。
 
車が見つかると「運転席に乗って」と言われる。
「はい」と言って乗り込む。
 
初めて運転する車は、ちょっとドキドキだった。何も知らない自分が運転しても大丈夫なんだろうかと思ったが、とりあえず右側アクセル、その左にブレーキ。とにかくそれをしっかり頭にたたき込む。
 
AT車だから、エンジンを掛けてシフトレバーをDに入れれば、車は勝手にクリープで動き出す。最初はその状態でハンドル操作だけで走る。それでも、その初めて乗った日には、車が凄く速く動いているように思えて、ハンドル操作も緊張する。
 
しかしハンドルにしがみつくようにすると、ついつい車のすぐ前だけ見てしまう。教官から「視線を遠くに置いて」と注意される。結局そうしないとハンドル操作が急操作になりがちなのである。
 
細かい点はたくさん注意されたけど。この視点を遠くにやれ、と言うことばにはいろいろなことを考えさせられた。
 
少し慣れてきたところで直線を30km/hで走ってと言われる。きゃー、そんなにスピード出しても大丈夫? と思ったものの、少しずつアクセルを踏み込み速度が30km/hに到達する。この初日に経験した30km/hというのは、物凄く速い高速の世界という気がした。
 
実技が終わった後でボクはトイレに行きたくなった。ここでうーんと悩む。ローズ+リリーをやっていた時期は女装している時は当然女子トイレに入っていた。しかし学生服着て学校に行っている時は校内では(この頃までは一応)男子トイレに入っていた。こういう感じで性別曖昧な服装でプライベートな外出をした場合、女子の友人たちと一緒の時は昔からノリで女子トイレを使っていた。しかしここではどうしようか・・・・・一応登録上は戸籍名の唐本冬彦・男となっている。でも・・・・
 
ボクは「やっぱりこっちだよなあ」と思って女子トイレに入った。小さな学校だし、個室は3つしかないので列ができている。ボクはその列に並んで自分の番が来るのを待った。その時、何か視線を感じた。見回すが知った顔は無かった。
 
礼美とは毎回顔を合わせたので、よく話した。向こうは5月生まれで誕生日をすぎているので夏休み中に免許取得するつもりで毎日通っているらしい。私は1日おきなので、向こうとしては2回に1度、私と会う形になっていた。どちらも受験生なので勉強の話もよくしたし、英単語や歴史の年数などを一緒に覚えたりもした。
 
3回目に行った時はちょうど礼美は帰る所だった。
「あ、今から?」
「そうなの。今日は受講する講義の時間の都合で」
「そっかー。けっこうスケジュールの組み合わせ悩んだりするもんね」
「うんうん」
「あ、トイレ一緒行こう」
「いいよ」
といいながら、ボクたちは本館1Fのトイレの方に行く。
 
「あれ?冬はどっち入るんだっけ?トイレ」
「もちろん女子トイレ」
「そっかー。でも冬なら構わないよね」
などといいながら一緒に中に入り、列に並んでボクたちはおしゃべりを続けた。
 
5回目に行った時のことだった。学科が始まるまで少し時間があったのでロビーで礼美とおしゃべりしながら教則本を読んでいたら、事務室からスタッフの女性が出てきて、「唐本さん?」というので「はい」と返事をする。
「えっと、唐本冬彦さんですね」
「そうです」
「男性の方ですよね?」
「そうですね。戸籍上はそういうことになっています」
「女性用のトイレを使われているようですが・・・・」
ああ、誰か告げ口したんだろうな。ここは開き直るしかない。ここに来て最初に自分はどちらのトイレに入るか悩んだ時に、女子トイレを選んだ以上、自分はもう男ではなく女でなければならなくなったのだ。
 
「ふだんから私は女子トイレを使用していますし、自分では女のつもりでいます」
とボクは答えた。
「分かりました」
とスタッフの女性は頷いた。
「遠慮無く、女性用トイレを使ってください。もし何かトラブルなどありましたら、私に連絡してください」
と彼女は私に名刺をくれた。
 
そういうわけでボクは正式に女子トイレを使ってよいことになったようだった。
 
「なんかよく分からないけど、冬は女の子だもん。当然女子トイレ使うよね。むしろ冬が男子トイレにいたら、男の人がびっくりしちゃうよ」
と礼美が言った。
「女子トイレが混んでたんで男子トイレに侵入してきたのかと思われるかもね」
とボクは笑って答えた。
 
これは自分が女であることを主張した最初でもあった。この時期、ボク自身としては自分の性別認識はほぼ女であるということで固まっていたものの、社会とのインターフェースの部分では結構曖昧にしている部分もあったし、学校ではその曖昧な状態を是認してくれていた。しかし、やはり自分は男か女かどちらかをきちんと主張しなければならないのだ、ということをこの問答で意識させられた。ここで女子トイレを使う選択をし、またそれを自動車学校の人に認めてもらったことで、既に自分は女という性別を選択してしまったのだとボクは認識した。
 
まあ、どっちみち来年か再来年には性転換しちゃうだろうしなあ・・・・
 
当時のボクはほんとにまだ自分の進んでいく道の認識がぼやけていたものの、この高3の夏休みあたりから、それは少しずつ明確になっていく。
 

ローズ+リリーの活動休止以来、ボクは一応「男子高校生」に戻ったのだけど、いくつかローズ+リリーを始める前とは変わってしまったことがあった。
 
ひとつは髪を伸ばしはじめたこと。ひとつは女物の下着を常用するようになったこと。それからヒゲを抜くようになったこと、足の毛はいつも処理しておくようになったこと。それからオナニーすることが無くなったこと。女子トイレの使用率が高くなったこと。
 
ローズ+リリーを始めた当初は、女物の服は政子の所におかせてもらっていたから、自分の家と政子の家を往復する時、それから学校に行く時などは男の子の服だったし、下着も時々は男物のブリーフやシャツを着ていることもあった。特に体育の授業がある日はできるだけ男物の下着を着けていた。
 
しかし毎日放課後は完全に女の子として人前で行動していたことから、自分は女だという意識が強くなったし、また次第にカムフラージュするのが面倒になってきて、もう男物の下着は全く使わなくなってしまった。
 
ボクはいつもブラジャーと女物のショーツを身につけていたし、体育の授業の時も、上はグレイや濃紺のゆったりとしたTシャツを着てブラ線を隠し、下は一見トランクスにも見えるフレアパンティを穿いてショーツを隠していた。しかし物理的にブラジャーは付けているので体育の時間に柔軟体操で組んだ子に「お。目覚めたね?」などと言われてしまったが。
 
体毛の処理は以前からけっこうしていたのではあるが、ローズ+リリーで活動しているとミニスカを良く穿くし、そういう時は原則として生足なので、絶対にスネ毛を見せる訳にはいかなかったし、また接触し、打ち合わせなどする人、また放送局などに行って会う人、番組のナビゲーターさんなどに、ボクが男の子であることは内緒だったので、ヒゲなども絶対に伸びていることがないように気をつけた。
 
具体的にはヒゲは毎朝30分ほど掛けて、よく見える凹面鏡できちんと見て抜き、また放課後仕事に出かける時もよくよくチェックしていた。また足の毛はソイエで処理していた。これは無茶苦茶痛かったが、頑張った。政子からは
「いっそ足も顔もレーザー脱毛したら?」
とは言われたのだが、当時はレーザー脱毛した後の「引き籠もり期間」が取れないくらい忙しかったのである。
 

一方ボクはもう長いこと、ふつうの男の子たちがするような形でのオナニーはしていなかった。中学の時に5回ほどしたっきり、高校に入ってからは1度もしていない。自分自身もう立たないかも知れないなあと思っていたのだが、奈緒、若葉、そして政子の前で合計10回くらい立ったことがあり、ああ一応勃起性能は残っているのかと思っていたが、ローズ+リリーの活動停止後に何度か政子とHなことをした時は立たなかったので、とうとう男性能力も消失したか、と自分では思っていた。
 
(奈緒には「診察」と言われて裸にされ、「性能検査」をされたものである。また若葉の場合は、彼女自身の男性恐怖症の治療に協力して欲しいと言われて戯れたのと、ボクの精子の冷凍保存に協力してもらったもので、このふたりとは恋愛的な要素はお互いに全く無かった)
 
そんなボクでも、ごくたまにオナニーすることはあった。それはいわゆる脳逝きというもので(この言葉は若葉から習った)、空想でHなことを考えて(だいたい男の人にされている所を想像している)それで気持ち良くなるのだが、これで射精することは無かった。しかし、ローズ+リリーの活動停止後はそのようなドライオナニーもすることはなくなってしまった。実際自分は性欲自体無いのかも知れないなと思うことはあった。
 
この時期、自分の中にある「男の心」と「女の心」の中で、既に優勢であった「女の心」の方が、完全に主導権を握っていることが多くなった。そして自分の中の「まだ男」である部分を排斥していくようになった。それでボクは高2の3学期から髪を伸ばし始めた。
 
ボクは高校に入って以来、ローズ+リリーを始める前でも「普通の男の子とは違うようだ」と先生たちから配慮してもらって普通の男子の髪の基準ではなく、女子のショートカットの髪の基準で髪の検査などを受けていたので、だいたい肩につかない程度の髪があり、ローズ+リリーをしていた頃はそれにウィッグを付けて、胸くらいまで髪があるかのように装っていたのだが、ローズ+リリーを中断してからは、ウィッグは使わないようになったものの、代わりに自毛を伸ばし始めたのである。
 
また女の子の心が大きくなってきたことから、ボクは男の子の服を着ている時でも、男子トイレを使うことに抵抗感を感じるようになってきていた。そもそもボクはずっと以前から、男子トイレでは個室しか使っていなかったのだがこの時期、そもそも男子トイレを使うのが「間違った場所に侵入している」
かのような気持ちになってきた。それで高2の3学期以降は、学校では1階に1つだけある男女共用の多目的トイレを使うことが多くなったのだが、ぼんやりしている時はうっかり女子トイレに入ってしまうこともよくあった。
 
普通は中に入ってから気付いて「あ、ごめん」と言って出て行っていたのだが、時にはあんまりぼんやりしていて何も考えずにそのまま列に並んでしまうこともあった。それで、前後の子に話しかけられておしゃべりなどしていて、かなりたってから
 
「あ・・・・ここ女子トイレだった」などと気付いて言う。
「何を今更」
「冬ちゃんは別に女子トイレ使っていいと思うよ」
などと言われて、ボクも、まいっかと思って、そのままおしゃべりを続けていた。
 
お股のタック(股間整形)については、ローズ+リリーをしていた時期はテープを使ったタックをしていて、最初の内は毎日活動が終わったら外していたのだが、その内、付けたり外したりするのが面倒になり、一週間くらいずっと付けっぱなしということが多くなる。そして春先くらいから時々接着剤タックを試みるようになる。最初の頃はテープタックより持たなくて、1〜2日で外れてしまっていたのだが、だんだんうまくなって、6月は1ヶ月間ずっと接着剤タックしたままということもやってみた。
 
ただ、タックしていると睾丸がずっと体内にあるので完璧に機能低下してしまう。それでボクはローズ+リリーをしていた10月頃、一時期完全に精液の中に精子が無くなっていたのだが「少しお休みを作った方がいい」という政子のアドバイスに従って、テープタックの時は週に2回くらいタックしない日を作り、接着剤の場合は外してから最低4日くらいは次のタックをしないようにしていたら、夏頃になって、精液の中に精子が復活した。
 
「良かったぁ。これで私、冬の赤ちゃんを産める」
などと政子は言う。
 
「何もボクの子供を産まなくても、ふつうの男の人と結婚してから産めば?」
「冬の赤ちゃんを産んだら誰か男の人と結婚するよ」
「それ変だよ」
 
「ねー。私のヴァージンもらってくれる気になった?」
「誰か男の子の恋人作ってから、ヴァージンあげればいいじゃん」
「冬がヴァージンもらってくれたら彼氏作るよ」
「それ絶対に変だよ」
 

ボクはだいたい中学3年の頃から、ほとんど女子の下着しか着けないようになっていた。それでも高1の頃は時々男物の下着を着けていることもあったのだが、ローズ+リリーの活動をしていた時はずっし女子下着だったので、活動が中断して以降、久しぶりにちょっと男物も着てみようかなと思って、ブリーフなど穿いてみたのだが・・・・
 
違和感がありすぎて、すぐに着替えてしまった。
 
「なんか、すっごく変な感じがした」
とボクは政子と話していた時にその事を言った。
 
「冬はもう男の子には戻れないよ」と政子。
「だろうね」
 
「ってか、冬が男の子に戻るなんて言ったら、女の子の友達たちにリンチされて殺されるよ。だってみんな冬が女の子という前提で、ハグしたり、一緒にお風呂入ったり、おっぱいの揉み合いっことか、してるでしょ?」
「うん、確かに」
「それが実は男だったなんて言ったら、超犯罪者だよ」
「そうだよねー」
 
ボクはそれまでは父が見ている所ではけっこう男物の服を着ていることもあったのだが、バレてしまってからは、学校に学生服を着て出かけるの以外ではいつも女の子の服を着ていた。父がちょっと不満そうだったが「家の中だし、いいじゃん」
などと答えたりしていた。
 
姉はそれまでもしばしば自分に合わない服をボクに押しつけていたのだが、バレてしまった後は、自分の洋服ダンスの中から「これと、これと、これと、これと、あげるね」などと言って、大量に女物の服をくれたし、押し入れの中の段ボールに入れていた「これ、そのうち冬にあげようと思ってたのよ」という服もどーんとボクの部屋に置いていった。
 
そしてボクの部屋のタンスは女物の服で満ちてしまい、男物の服はほとんど無くなってしまった。(実際かなり処分した)
 
しかしそういう生活をしていても学校に行く時は学生服を着ていたのだが、これは半分は父とそういう約束をしたから仕方無くというのもあったが、半分は惰性である。でも、女子の制服着て来ちゃおうかな・・・などと思いながら女子のクラスメイトたちを眺めたりしていた。
 
ある時同じクラスの仁恵から
「なんか視線を感じるんだけど」
と言われたので正直に
「女子の制服、ボクも着たいな、とか思っちゃって」
と言ったら、
「一度貸してあげようか?」
と言われて、放課後に貸してくれた。仁恵が更衣室でジャージに着替えてきてから「どうぞ」といって渡してくれた。
 
教室の片隅を女子数名でブロックしてくれたので、ボクはそこで着替えた。
「女の子のパンティ穿いてるんだ」
「なんだ、ブラジャーも付けてるのね」
などとブロックして取り囲んでいる女子たちから言われる。
「でもウェスト、くびれてる−」
「足も細い−」
 
「足がすべすべ。ムダ毛処理してるの?」
「それはずっとしてるよ。ソイエだよ」
「わー。でもミニスカートとか穿いてたもんね」
「うん。家の中では今でもスカート穿いてるけど、それで外出するなと親から停められてる」
「へー」
 
「ね、おまたに膨らみがないけど、もしかしてもう手術済み?」
「おまたの付近は企業秘密」
とだけ答えておいた。
 
女子制服を着たボクを見て、みんな褒めてくれる。
「可愛い〜」
「似合ってる」
「さすがアイドルしてただけのことある」
 
「私のスカート、W61なのに、ちゃんとファスナーしまるね。というか少し余ってる?59のスカートでも入ったりして」
と仁恵。
 
「ローズ+リリーを始めた頃は64のスカートだったんだけど、ハードスケジュールで動いてて、けっこう体重減ったかも」
「でもさすが。凄く自然に女の子だよね」
「うんうん。女装してる男の子には見えない」
 
同じ教室にいて遠巻きに見ていた男子のクラスメイトたちからも
「お前、そちら着てたほうが合ってる感じだ」などと言われた。
 
鏡に映してみてボクもちょっと嬉しくなる。ボクがクラスメイトの前で女子制服姿をさらしたのは、高校では、この時と卒業式の日だけである。
 
ボクが「恥ずかしいから写真は勘弁して〜」と言ったので誰も撮らなかったがあれはとてもいい想い出になった。隣のクラスにいてボクの女子制服姿を見逃した政子からは後で「そんな時は私も呼んでよ」と言われた。
 

自動車学校で女子トイレの使用を認めてもらった時、ボクはここ半年ほどの自分の「女の子ライフ」を思い起こしながら、礼美とおしゃべりを続けていた。
 
「だけど、ふと思ったんだけど」
「ん?」
「冬と話している時って、ほんと普通に女友達と話している時と同じ感覚」
「ボクってあまり男の子の友達とは話さないんだよね〜。学校に行っても話してるの女の子の友達とばかり。話題もそういう系統になってるし。実際男の子たちの話題について行けないから」
 
「話題もだけど、発想とか感覚とか、それが女の子なのよね」
「小学校の3年生頃までは友達というと女の子ばっかりだったし、元々の感覚がそうなってるのかもね」
 
「思春期になると、女の子は女の子、男の子は男の子でまとまろうとするから。でも、じゃ、けっこうその後は孤独な状態だっんじゃない?」
 
「うん。一時期はそれでほんとに誰も友達がいないなんて時期もあったね。その内だんだん素性がバレて、女の子たちと話をするようになっていくんだけど。マーサの場合は高校入った時に既にボーイフレンドがいたから、よけい恋愛とかを意識せずに話をすることができて楽だったね」
 
「そうか。やはりマリちゃんとの出会いって運命的だったんだ」
「うん。そんな気もする」
 
「そういえばこないだから、胸パッド入れてるよね」
「うんうん。シリコンのなんだ。感触が好きなのよね。ほら、触って」
「わあ、本物の胸みたいな感触」
 
「何となく胸が無いのは寂しい気がして。でも本物のおっぱい欲しいなあ」
「大学生になってから豊胸手術とかすればいいんじゃない?」
「うん。一応お父ちゃんからは高校生の内はあれこれ手術したりするの禁止って言われてるから。ホルモンもダメって言われてるし。ホルモンくらいはこっそり飲んじゃおうかとかも思うんだけど、まだ怖くて踏み切れないのよね」
 
「慎重にするべきだと思うよ。迷ってる内は飲んじゃだめ」
「うん。よくよく考えてからにする。あーでも小学生の頃からホルモン飲んでたりしたら、声で苦労しなかったのになあ」
「冬の声は女の子の声にしか聞こえないよ」
 
「うん。学校でも家でも最近はこっちの声ばかり使ってて、男の子の声はもうほとんど使ってない。あと、女の子の声を鍛えるのに、コーラス部にも入れさせてもらっていて、1学期は昼休みの練習に行ってソプラノで歌ってたんだ。夏休みになってからも時々顔出させてもらってる」
 
「わー。ちゃんと鍛えてるのね。でも受験勉強しながら、コーラス部にも行って自動車学校にも来てって、忙しいね」
「うん。でも塾に行ってる子たちよりは時間的な余裕があるかも。夏休みの特別講義とかで早朝から夜中までなんて凄すぎる」
「私、塾は挫折しちゃった」
「ボクは塾に行く時間で自分で勉強したいと思って行ってない」
 
「うーん。同じ塾に行かないのでも意味合いが違う気がする」
「そう?だって自分のペースでやったほうが勉強は進むよ。自分と違うペースでどんどん講義が進んでいっても、ちゃんと理解できないままになるかあるいは暇すぎるか。オプションの授業は高校でやってくれる補習で充分かな」
「確かに塾行ってても、さっぱり内容分からなかった」
 
「参考書見ながら、自分で理解できるまでゆっくりしたペースで考えてみるといいと思うな。結果的にはそれが学力アップの近道だよ」
「うーん。そう言われるとできそうな気がしてきた。やってみようかな」
「うん。頑張って」
 
「でも大学生になったら、歌手に復帰するの?やはり」
「復帰するよ。今5つの事務所から継続的に勧誘されていて、どこの事務所と契約することになるかは分からないけどね。所属が決まれば活動再開することになると思う。でも今は基本的に受験勉強中だから、どことも契約できません、とは言ってるんだけどね。あと、ちょっと待ってる人がいるのよね」
 

当時ボクたちが契約先の候補として具体的に考えていたのは実際にはその5社の中でも、△△社・##プロ・∴∴ミュージックの3社だったし、あと当時、ボクたちは高2の時のローズ+リリーの活動の際にマネージャーをしていた須藤さんの復帰を待っていた。
 
須藤さんは騒動の責任を取って辞職し、こちらに何も連絡をくれなかったので当時ボクたちはその消息をつかんでいなかった。
 
その須藤さんがブログを立ち上げて自分の活動内容の報告をしはじめたのは礼美とそんな会話をした直後の8月3日のことだった。それはちょうど1年前にボクと政子が急造ユニットでリリーフラワーズの代役を務めた日であり、その日付自体にボクは自分達へのメッセージを感じた。
 
ひょっとして須藤さんからボクたちに何か接触があるかとも思っていたが、特になかった。「受験生だから今は活動無理と思って遠慮してるんじゃない?」と政子は言っていた。ボクも同意した。
 

ボクたちを勧誘していた5社の中で、いわば本命的な存在でもあった△△社の窓口になっていたのは甲斐さんである。
 
甲斐さんは須藤さんがいた頃、その助手的な仕事をしていて、ボクたちも随分お世話になったのだが、須藤さんが抜けた後は、プロデュース部門の事実上の責任者になっていた。
 
当時甲斐さんは「もし気が向いたら、受験勉強の妨げにならない範囲でいいので、またやりませんか」という感じの勧誘の仕方をしていた。∴∴ミュージックの三島さんなども「取り敢えず契約だけして、色々こちらでおふたりの日々の様子をレポートなどして、CD出すのは大学に合格した後でもいいですよ」などと言っていたのと双璧で、この2社の勧誘がいちばんソフトだったのである。
 
甲斐さんは、ボクが女の子の格好で歌うことに父が抵抗感を示していると言うと「女の子の格好に問題があるなら男の子の格好でもいいですよ」と言ってくれたが「それは絶対嫌です」とボクも言ったし、政子も「それはありえません」
と言った。そしてふたりともやはり芸能活動の受験への影響を気にしていた。
 
これは時間的な問題より、精神的な問題である。どこかの事務所と契約している状態にあることで、気持ち的に受験に集中出来なくなることを恐れていた。ボクたちは友人と一緒にカラオケなどに行って歌ったり、時には政子とふたりでスタジオに行ったりもしていたが、あくまでそれは「息抜き」の範疇だった。
 
##プロの長谷川さんとはどちらかというと、ひたすら音楽関連の雑談をしていた感じだった。長谷川さんはボクたちの音楽をとても良く理解してくれている感じで、長谷川さんと話すことで、ボクも政子も自分たちの音楽の方向性がよりしっかり固まる感じだった。長谷川さんの場合、しばしば勧誘すること自体を忘れてしまっているようであった。
 
それ以外のプロダクションでは、契約してくれたら、即CD作ってTVスポットを1000GRPくらい打ってなどと、積極的に売りたい人なら喜ぶかもという勧誘をする所もあった。ここでGPPというのはTVスポットを買う単位である。視聴率1%の番組に1本スポットを流すと1GRP。視聴率10%の人気番組に20本流せば掛け算して200GRPになる。関東一円に流す場合で、だいたい1GRP10万円するので1000GRPは1億円掛かる。
 
あとひとつのプロダクションの場合、熱心なのはいいし、一応受験が終わるまでは具体的な活動は休みましょうとは言ってくれていたのだが、アイドル的な売り方を考えているようで、ボクや政子の考え方とのずれがあった。向こうは「この方が売れますよ」的な言い方だったのだが、ボクたちは売れることより自己表現としての音楽というのを大事にしたかった。それにアイドル的な売られ方は、高2の時に経験して、政子は2度と御免だと言っていたし、ボクでさえもう勘弁してという思いがあった。
 
実はボクたちが「登場を待っていた」須藤さんについては、予想される売り方がまさにそのアイドル的な売り方に近い気はしたのだが、例の騒動で結局全ての責任を須藤さんが負ってくれたことに、ボクたちは負い目のようなものを感じていたこと、それから須藤さんの性格、そして須藤さんが設立するであろう会社の性格というのがポイントとしてあった。
 
この時期、多数のプロダクションの勧誘合戦で、鍵を握っていたのは政子の父である。うちの父はボクの音楽活動について「まあ、あまり恥ずかしいことしない範囲でならな。バラエティに出て馬鹿な真似したりとかは止めてくれ」程度の言い方だったが、政子の父は娘にそもそも芸能活動をして欲しくないと思っていた。
 
そんな政子のお父さんが須藤さんについてだけは「あの人には迷惑掛けたなあ」
と言っていた。また政子のお父さんに対する働きかけをいちばんしていたのは∴∴ミュージックの畠山社長で、畠山社長は何度かバンコクまで行って政子の父に面会し、いろいろ話をしてくれていた。
 
だから、実際問題として政子の父が折れる可能性のあった人は、須藤さんと畠山さんの2人だけだったのである。
 
またボクたちが須藤さんと契約することで最も期待していたのが「活動の主導権をこちらに持つこと」ということだった。
 
ひとつは須藤さんの性格がアバウトでおおらかであること。実際、彼女のマネージングというのは高2の時に体験した感じでも、他のアイドル歌手などのマネージングより緩やかで、あまり拘束しない感じだった。
 
それと須藤さんが設立するであろう事務所は最初やはりスタッフも少数だろうし資金も無いだろうから、恐らく原盤制作などでは、実際問題としてその資金をほとんどボクと政子が出すことになると考えていた。またそういう小さな会社であるがゆえに、ボクも政子もかなり「わがまま」をさせてもらえるのではという期待をしていたのである。
 
ボクたちはできたらフリーハンドに近い自由を持った音楽活動をしていきたいと思っていた。
 

須藤さんがブログを立ち上げた翌4日、その甲斐さんから連絡があり、芸能活動にまた勧誘する訳ではないけど、8月8日(土)のイベントのチケットを用意できるのでお友達なども誘っていきませんか?という話だった。
 
甲斐さんから聞いたチケットは、国内の実力派のロックバンドが10組集結するイベントだったので、政子は即答で「行きます!」と答え、チケットを4枚もらってきた。政子は「私、誘えるような友達がいないのよ。冬は誰かいない?」
などというので、友人たち数人に打診してみた。
 
しかし、みんな「私たち受験生だってこと分かってる?」などと言う。そんな中で仁恵が「あ、気分転換に行ってもいいかな」と言い、また礼美は「行く行く!」
と言ったので、このふたりと一緒に行くことにした。礼美は政子にも会えると聞いて、喜んでいた。
 
東京駅で待ち合わせて、電車で会場のもより駅まで行く。凄い人出であった。
 
礼美は政子に会うとホントに感動しているみたいで、握手して「お友達になってください」と言っていた。政子も「いいよ」と言って、携帯の番号を交換する。4人の中で仁恵が携帯を持っていなかったので「私か政子かに確実にくっついててね」と言っておいた。会場で離れ離れになってしまうと、まず二度と会えない。
「冬にくっついててトイレの時はどうするの?」
「ボクも女子トイレだから大丈夫」
「あ、そうなんだ」
「男子トイレに入るのは学校でだけだよ」
 
夏なのでみんな軽装である。ボクはTシャツに膝上丈のショートパンツ、政子はTシャツに膝丈スカート、仁恵はポロシャツに七分丈のパンツ、礼美はポロシャツに短めのスカートだった。仁恵がボクに
 
「でも冬、そのくらいの格好まではするのね、プライベートの時」という。
「うん。親からスカートでの外出はダメと言われてるけど、これならスカートじゃないから、ということで」
とボクは笑って答えた。
 
「スカートじゃなくても充分女の子に見えるけどね。そうやって中性的な格好していても、冬って雰囲気が女の子なんだもん。それに今日は胸もあるし」
「うん。シリコンパッド。あ、仁恵はこれ触ったことないでしょ」
といって仁恵の手を取って胸に触らせる。
 
「おお、ホントに胸あるみたいな感触」
といって仁恵は喜んでいた。
 
会場のキャパが大きいだけあって入場にも時間がかかる。ゲートでは入場券を指定場所の記号が印刷されたタグに交換してもらう。これを手首に巻き付けておくのである。ブロック指定だが各ブロックに1000人くらいは入っている。ボクたちは比較的前のほうのブロックで、充分アーティストの表情が肉眼で見える感じだった。
 
「ねえ、ここ実はいい席じゃない?」
「うん。ホントの招待席だね。招待席って2種類あるんだよね。VIP向けに用意された良い席と、人数合わせのための通称『動員』。ボクたちはVIPということみたい」
「わあ、すごい」
 
イベントで最初に登場したのは昨年の新人賞を総なめした新鋭のバンドであった。メンバーがみな18-19歳と若く、若い感性をそのままぶつけたような曲が多いこともあって会場は最初から強烈な熱気に包まれた。ボクたちは全力でビートを打ち、身体を揺すっていた。凄まじい歓声だが、音は場内に細かく設置されたスピーカーから遅延入りで流れてくるので聞き逃すことはない。
 
「なんか凄いよぉ、感動だよぉ」などと礼美が叫んでいる。
「私、受験勉強ばかりでかなり煮詰まってたからこういうの凄く新鮮」と仁恵。「自分がステージの上にいるみたいに興奮しちゃう」と政子。
「なんか凄く気持ちいい。こういうのいいなあ」とボク。
 

3バンド演奏したところで30分の休憩が入る。
「トイレ行こう」と仁恵がいうので、ボクとふたりでトイレの方まで行った。休憩が始まってすぐ行ったのだが既に長い列ができている。
 
「待つしかないね」
「ぎりぎりまで我慢したら大変なことになるね」
「暑いから水分は取らないといけないしね」
今日は4人とも水筒持参である。
 
結局ボクらはトイレに入るのに10分くらい待つことになった。自分達のブロックに戻りながら仁恵が小声で訊いてきた。
「ね、ね、冬。ここだけの話」
「何?あらたまって」
「冬、女性ホルモンとか飲んでる?」
「えー、飲んでないよ」
「でもこうやって汗掻いてるのに、男の子の臭いがしない」
「あう・・・」
 
「だってあまり臭いの強くない男の子でも汗掻くと、やはり男臭い臭いがするよ」
「実はエステミックスってサプリ飲んでる。プエラリアが入ってるの」
「植物性女性ホルモンってやつか」
「よく知ってるね」
 
「でも、そういうの飲むってことはもう男の子は捨てちゃってるのね」
「ああ。一時期は完全に男の子廃業してたんだけどね。精子も無くなってたし。でもなんか最近また少し生殖能力自体は復活してきているみたい」
「へー」
 
「もっとも、ボクの意識はむしろ完全に女の子になっちゃってるけどね。政子とかも、今更ボクが男だとか主張したら殺すからねと言ってるし」
とボクは笑いながら言った。
 
「私、冬と話したりする時の自分のポジショニングに少し迷ってたんだけどさ」
「ああ、ごめんね。紛らわしい存在で」
「ううん。私も冬のことは普通に女の子の友達と思うことにする」
「ありがとう。それが嬉しい」
 
最初の休憩の後、2バンドの演奏があってから、お昼休みとなった。政子と礼美がトイレに行くというので、ボクと仁恵がお昼御飯を4人分買っておき、政子達が戻るのを待った。とにかく人数が多いので、お昼を買うのに時間がかかったし、政子達もトイレに入るのにかなりの時間が掛かったようであった。
 

焼きそばとおにぎりのセットを会場横の斜面に座って食べていたら、△△社の甲斐さんが通りかかった。
「あ、おはようございまーす」
とボクは挨拶した。
 
「こんにちは〜。楽しんでる?」
「ええ。いいチケットありがとうございました」
「受験勉強忙しいだろうけど、このくらいの息抜きはいいかなと思ってね」
「でも凄いメンツですよね。このイベント。なんか凄い刺激受けちゃった」
「またやりたくなったりしない? あ、ごめん。今日は勧誘しないことにしてた」
「あはは。高校卒業してから考えさせてください。でも凄く創作意欲が沸いて」
「へー」
 
「休憩時間に思いついたメロディーいくつか書き留めたんですよ。あとで帰宅してから、整理し直してみます」
「五線紙ちょうだいって言われたけど、私も今日は持って来てなくて。そんなの自分で持ち歩けばいいのにと、よく思うんですけどね」
と政子が笑いながら言う。
 
「私がたまたま英語のノート持ってたんで、それで代用して書き留めてました」
と仁恵。「線が1本足りないけど」
 
「いいのできたらまた見せてくださいね」
と甲斐さんは言っていた。
 
午後からは2バンド演奏して休憩、そして最後に3バンド演奏が続いてフィナーレとなる。最後に登場したバンドは現在国内で最高の人気を誇るロックバンドであった。演奏する曲目も、誰もが知っている曲ばかりである。ここまでの声援で少し疲れていた人も、また元気が出て、みんな凄い手拍子・歓声を送る。かなり興奮している子もいた。最後の曲が終わった瞬間、政子など興奮してボクに抱きついてきたほどであった。「ちょっとちょっとマーサ。またフライデーされちゃう」
 
イベントが終わったのは16時頃だった。ボクたちはどうせ出るのに時間が掛かるし、ということでゆっくりと移動して電車の駅まで行った。
 
「なんか興奮しちゃってどこかで鎮めないと帰れない気分」と政子。
「水の中にでも飛び込んで鎮める?」とボクが言うと
「あ、それいいね。ね。みんなでプールとか行かない?」と政子が言う。「えー?でも水着持ってないよ」と仁恵。
 
「そのくらい買えばいいじゃん。私少し余分にお金持ってきてるから、みんなの水着代くらいおごっちゃうよ」と政子。
「あ。じゃ私がプールの入場料出しちゃう」とボク。
「そうか。ふたりともお金持ちだもんね。ここはたかっちゃおう」と仁恵が笑っていうので、それで4人でプールに行くことになった。
 
プールの最寄り駅の駅ビル内にあるファッションタウンで、思い思いの水着を調達した。ボクは他の2人には気付かれないように普通にちょっと手を握るような感じで折り畳んだ諭吉さんを1枚政子に手渡した。政子は目でありがとと言っていた。
 
政子はセパレートだが胸のあたりは広く覆うタイプ。仁恵はタンクトップ型で下はパンティ型の上にショートパンツを重ねるタイプ、礼美はビキニの上下、ボクはワンピース型を選んだ。
「冬、パレオとか付いてるのでなくていいの?」と仁恵が心配そうに訊くがボクはOKサインを出して「問題無し」と笑顔で答えた。
 
プールに行って四人分のチケットを買い、ロッカーの鍵付きの赤いタグを4本もらう。一緒にがやがや話しながら、更衣室に入った。礼美が少し心配そうにボクを見ていたが、その視線に気付いた政子が「あ、冬の着替えは心配不要」
などと明るい声で言う。
 
「んー。じゃ、先に着替えちゃおう」
などとボクは言って、みんなに背を向け壁の方を向いたまま、全部服を脱いでしまった。
「冬のヌードは後ろから見る限り、完璧に女の子だから」
と政子が笑いながら言っている。
「下着姿は見てたけど、ヌードは初めて見た」と仁恵。
「すごーい。ウェストがきゅっとくびれてる」と礼美。
「ふふふ。大公開」と言ってボクは胸を手で隠したままくるっと360度回転してまた壁の方を向き、そのまま手早くワンピース水着を手早く身につけてしまう。
 
「え?え?」
「何も付いてなかったよね?」
「付いてないように見えるでしょ」と政子は笑っている。
 
ボクはそして、またくるりと右足だけで180度回転して両手を軽く広げ
「着替え終了」と言って、みんなのほうを向く。
「そっか、胸も入れてるんだった」と仁恵。
「今日は熱狂したら踊るだろうしと思って肌に粘着する外れにくいタイプのパッドを付けてきてたのよねー。だから泳いでも平気」
「おまたの所、何も無いみたいに見えるんだけど」と礼美。
 
「だって、冬は女の子だらけの大部屋の楽屋でふつうに着替えていたんだから」
と政子が笑いながら言うと、仁恵も礼美も大きく納得したような顔をした。
 
「さ、私達も着替えちゃおう、着替えちゃおう。あ、そうそう。冬は女の子の裸も見慣れているし、それで興奮したりするような子じゃないから」
「じゃ、ホントに女の子と思っていいんだ」と礼美。
「そういうこと」と政子。
ボクは何も言わずに笑っていたが、政子はやはりボクの一番の理解者だなあと思っていた。
 
政子がボクの見ているところで平気で裸になって水着に着替えるので、仁恵も礼美もそれに続いた。そしてボクらは一緒にシャワー室を通って、プールに出た。
 
プールでは、ほてった身体を冷やすのが第1目的という感じだったので、みんなで水浴びして、水を掛け合ったりして遊んだ。
 
礼美は「せっかくここに来たら」と言って、ウォーターシューターに行って何度も滑り降りていた。やがて仁恵が少し疲れたといってプールサイドに上がり、座って休む。ボクと政子はまだ少し興奮が冷めやらない感じだったので「ね、少し泳ぐ?」「うん」
 
などと声を掛けて25mプールの方に行き、同じコースを政子が先行して、その後をボクが追う形でクロールで数往復した。それでけっこう気持ちはクールダウンできた。
 
仁恵も25mプールのプールサイドの方に移ってきてボクらの泳ぎを見ていたが、泳ぎ終わって、ボクらが上がってくると
「すごーい。ふたりとも水泳得意なのね。でも同じコースで泳いでいて追突したりしないのね」
などと言う。ボクと政子は笑顔で顔を見合わせた。
 
「冬のほうが泳ぐのうまいから、私のペースに合わせて泳いでくれるの。狭い公共のプールで2人で泳ぐのに2コース取っちゃったら迷惑でしょ。だから、1コースだけで泳ぐのに、こういうやり方で泳ぐんだ」
と政子が説明した。
「ターンの時だけだよね。ぶつからないように気をつけるの」
とボクは付け加えた。
 
「わあ、そういうことだったのか!」と仁恵は言ったがすぐに
「でも、それってふたりの息がぴったりということじゃん」と付け加えた。
 
「うーん。何となく合うんだよね」
「うんうん」
「でも、ふたりで時々一緒にプールに来てるのね」
「そう何度ででもないよね」
「うん。一緒に来たのは5回目くらいかな」
 
ボクたちはプールのあと、マクドナルドで軽食を食べてから、その日解散した。
 

夏休みの間、ボクは学校の補習授業で政子や仁恵と会い、自動車学校では礼美と会って、いろいろなおしゃべりを楽しんだ。またボクたちは時々数人で街で会って合同受験勉強を兼ねたおしゃべりを楽しんだ。
 
友人の噂話などと同時に
「御成敗式目は何年?」「1223年」「違う。1232年」などといった会話も飛び交っていた。礼美は
 
「冬の言うようにさ、参考書見ながらホントに自分で理解できるようになるまで時間掛けて英文を読んでたら、なんか少しずつほんとに文章読む力が付いてきた気がする」などと言っていた。
 
8月23日に模試があるので、その成績次第ではほんとにボクや政子が受ける予定の大学を狙うかもなどと言っていた。「頑張って」とボク達は礼美を応援した。礼美はその模試の直前、8月21日に自動車学校の卒業試験に合格、模試を23日に受けて翌24日には免許センターで学科試験を受け、免許を見事取得した。ボクは電話で合格の連絡を受け、その日の夕方街で会って祝福した。
 
ボクは自動車学校の授業を受けている間以外はほとんどの時間を受験勉強に充てていたので、23日の模試にはかなりの手応えを感じた。
 
模試の成績が出たのは9月になり2学期が始まってすぐだった。
「唐本、今のお前の成績なら国立の千葉とか埼玉でも行けるぞ」
と進路指導の先生が言ったが
 
「いえ、△△△に行きたいです」と答えた。
「もしかして中田(政子)と同じ所に行きたいのか?」
「ええ。それもあります。お互いに第一の親友なので。それと大学入ったら音楽活動を再開するつもりなので、ある程度自由度のある大学のほうが助かるので」
「ああ、それがあるなら仕方ないなあ」
と進路指導の先生はそれで納得してくれたようであった。
 
模試の成績は政子は可もなく不可もなくという感じであった。
「何とか△△△の合格圏はキープしてるけど、気を抜くとやばいなあ」
「時々一緒に勉強会とかしようよ」
「うんうん」
 
そういう訳で、ボクたちは毎週土曜日に政子の家に集まり、3時間くらい一緒に勉強をした。土曜日にしたのはボクが毎週日曜日に自動車学校に行って1時間車を運転してくるからである。
「私やばーい。合格したあと全然車の運転してないから、もう忘れかけてるかも」
などと礼美が言っていた。
 
「そんなの実際にやればすぐ思い出すよ」
「もうMT車の始動できないかも」
「実際に運転するのはほとんどAT車だから忘れても平気」
 
礼美は模試の成績が1学期に比べてかなり上昇していて先生にも頑張ったなと褒められたという。△△△狙ってもいいですか?と聞いたら、かなり努力しないといけないけど、狙ってみる価値はあると言われたと。みんなで頑張れ頑張れと言った。仁恵は国立の□□を狙っているのだが、今回の模試では前回より少し上げて合格ラインぎりぎり付近まで来ているので、あと少し頑張れば何とかなるかもということだった。
 
勉強会のメンツは日によって色々であったが、ボクと政子以外では、仁恵と礼美の出席率がいちばん高かった。それ以外で顔を出していたのは琴絵・奈緒・紀美香・理桜・圭子などといったメンツである。いちばん多い時で12人集まった時もあった。
 
常連の中では、模試の成績はもちろん仁恵がいちばん良くて、ボクがそれに次ぐくらいの成績だが、英語はボクのほうが得意なので、けっこうお互い刺激になっていた。政子の場合、数学は答えは分かるが途中の式が書けないし、英語も外人さんと実際に話すと英語がペラペラなのに文法とかあまり理解していないというホントに試験向きではない実力の持ち主なので色々苦労していた。
 
「レミ、形容詞と副詞をきちんと区別しよう。アメリカの会話語だとわりとShe made it quick. みたいな感じで形容詞を副詞の代用に使うこともあるんだけど、文法的には She made it quickly.と動詞を修飾する場合は形容詞ではなくて副詞を使うのが正しい。形容詞は名詞を修飾する時」
「あ、そうか。私確かにその辺が曖昧だった」
 
ボクにしても仁恵にしても、人に教えることでまた自分の頭の中が整理される。
 
「仁恵〜。歴史の年数が覚えきれないよう。東ローマ帝国の滅亡は1435年?」
「1453年だよ。冬って器用な間違い方するよね。しばしば数字が入れ替わってる」
「こういう単純な数字覚えるの苦手」
 
勉強の話が大半だが、女の子が何人も集まれば雑談も多い。
 
「ところで冬は、夏の間何度か女子制服着てたよね」と政子。
「うん。学校で仁恵から借りて試着させてもらったこともあったし」とボク。「ああ、あれ凄く可愛かった」と仁恵。
「冬服は着たことないの?」
「無い無い」
 
「じゃ、私の冬服着てみない?」
「あはは、いいけど」
 
ということで勉強の合間の息抜きにボクは政子の女子制服冬服を借りて、隣の部屋でそれに着替えてきた。
「わあ、似合ってる」
「うんうん。可愛い」
 
「私は女の子の冬をずっと見てきたからさ、学生服着てる時の冬が不自然に感じちゃうんだよね。やはり、こういう服着てるのが自然だなあ」
政子と礼美が携帯で記念写真を撮る。ボクは自分の携帯ででも撮影してもらった。
 
「冬服、作らないの? 今から作っても着るの半年だけだけど、お金には余裕あるでしょ?」
「そうだなあ」
 

ちょうどそこに政子の母が紅茶を入れて持ってきてくれた。
「あら、冬ちゃん?そうしてると、普通に女子高校生ね」
「政子さんの借りました」
「いつもは性別曖昧な服装してるみたいだけど、冬ちゃんは女の子の服着た方が落ち着く感じね。政子とふたりで女子高生デュオで歌っていた所、ちょっと生で見たかった感じ」
などとお母さんは言う。
 
「何なら、1度歌おうか?」
「そうだねぇ」
 
9月からの高校の授業は受験科目の英数国社理にほぼ絞られており、私立文系のみを受験する生徒は数学や理科の授業、また社会で自分が受験科目にしてるもの以外は授業を受けずにその時間図書館などにいてもいいことにされた。ただ必須科目の未履修だけは発生しないように各自気をつけろと言われた。昔はこのあたりが適当だったのが数年前に全国的にその問題が発生し注意が来ていた。うちの学校の場合も芸術や体育などの科目を1〜2年の内に余分に履修させて調整している。
 
ボクは結局日本史と世界史で迷ったあげく日本史で受けることにしたので世界史や地理の時間は図書館で他の科目の勉強をしていた。政子も日本史を選択したので図書館ではよく一緒に勉強していた。なお、数学や理科の授業は受けなくても良かったのだが、先生から気が変わった時のために国立受験にも備えておいたほうがいいと言われたことと気分転換もしたかったので、数学と化学の授業には出ていた。
 
図書館では、あまりおしゃべりはできないが、ボクたちは各々自分の問題集をやりながら小型のホワイトボードで筆談する形で
「三方ヶ原の戦い」「1573年」とか
「acquaintance」「知識・知人」とか
などといったやりとりをしていた。しかし時々?そういうのに混じって
 
「○駅前・三萩屋の三色団子マジ美味」とか
「今週の○○の表紙の子、もしかして男の娘?」とか
かなりの雑談も交わしていた。
 
しかしボクと政子の場合お互いの存在をほとんど意識しないまま意志の疎通は効く感じなので、お互い邪魔にもならず余計な気も使わずに勉強に集中して、必要な所は助け合える感じなのが良かった。
 
「私今、週3回塾に行ってるけど辞めようかなあ。ね、代わりにお互いの家で一緒に勉強しない?1日交替で私の家と冬の家で」
「いいよ」
 

ボクは政子の家に良く行っていたが、政子がボクの家に来たのはそれまで何度かしかなかった。母も姉も政子を歓迎した。学校から直行しての勉強会なのでボクは学生服のまま政子の家に行って、政子のお母さんから「男装してる女の子にしか見えない」なんて言われていたが、自分の家に政子が来る時はボクは学生服から普段着に着替えていた。
 
「ふーん。家の中でもその程度の服装なんだ」
「うん。性別曖昧な服装ってやつ。今日は一応スカートではあるけど、そんなに女の子・女の子はしてないでしょ」
「うん。中性的な感じ。服装はね。中身はやはり女の子にしか見えないけど」
「ははは」
 
母がコーヒーを持ってきてくれた時に政子に言った。
「冬がいつもそちらの家にお世話になってるみたいでありがとうございます」
「いえ。冬さんとは高校に入った頃から結構話が合うなと思っていたんですが当時は男女だったからいろいろ遠慮もあったんですよね。でも冬さんがこんな感じになっちゃったので、女同士の感覚になって、凄く仲良くなれたんです」
 
「もうねえ、私もこの子のことどう考えればいいのか悩んだ時期もあったし、そのことを話題にするのをむしろ避けてた面もあったけど、こないだからむしろ良く話すようになってね」
「はい」
 
「この子が女の子の服を着ているのは結構前から見てはいたものの、私の心の中では、やはり息子であって欲しいみたいな気持ちもあったんだけどねえ。やはり、この子にはこういう生き方が合ってるのかも知れないな。この子は自分の娘なのかも知れないって思うようになってきたの」
 
「立派な娘さんですよ、冬さんは」
「そうよねぇ。この子のこと知らない人がパッと見たら、ふつうの女の子としか思わないだろうしね」
「ええ。冬さんは男の子の服を着ていても女の子にしか見えません。持っている雰囲気が女の子だから」
「そういえば、この子、小さい頃から女の子とばかり遊んでたし。男の友達を家に連れてきたことなんて1度も無いし」
 
「小さい頃、友達からおちんちん取っちゃってスカート穿かない?とか言われてたね」
「なるほど、それでおちんちん取ってスカート穿くようになったのね」
「いや、まだ取ってないけど」
 
「でもおちんちん取っちゃうんでしょ?」と母。
「たぶん、その内」
「まあ、仕方ないかねぇ」
 
そんな会話をしたが、この時点ではまだボクもいつ頃「取っちゃう」かは、はっきり考えていなかった。25歳頃までには、とは思っていたが。
 

9月下旬にまた模試を受けて、その結果が10月6日に出た。ボクはまた成績を上げて、しかもほとんど勉強していない数学や化学の点数も高かったことから進路指導の先生からあらためて国立の上位も受けないかと言われたが、笑って誤魔化しておいた。
 
政子も確実に成績を上げて英国社の3教科の偏差値で充分△△△大学文学部の安全圏に入っていた。仁恵は目標にしている大学の合格ラインを初めて越えた。礼美にも電話して聞いたら前回より更に上げて、△△△の合格可能性30%と言われたと言っていた(8月の模試では10%と言われていた)。
 
10月8日の誕生日。ボクは学校がひけると一度家に戻り普段着に着替えてから自動車学校に行って仮免試験を受けた。一発で合格することができた。これでやっと路上に出ることができる!政子と礼美にメールしたら速攻でおめでとうメールが帰ってきた。
 
家に戻ると誕生日のケーキが用意してあって誕生日おめでとう、そして仮免合格おめでとうと言われた。ケーキの文字には Happy Birthday Fuyu と書かれていた。去年までは Fuyuhiko と書かれていたのだが。ちょっと嬉しかった。姉が「誕生日プレゼントにこれあげる」と言って、エスティ・ローダーの口紅をくれた。「たぶん、この色、冬に合うと思う」「ありがとう」
 
ボクはお化粧とかプライベートではほとんどしたことが無かったのだが、口紅もらっちゃうと、付けてみようかなという気になった。実はお化粧の仕方がよく分かっていなかったのだが、口紅だけはローズ+リリーをしていた時に塗り方を覚えていた。
 

このあと10月は毎日学校から帰ると私服に着替えて自動車学校に行っていたので政子との合同勉強会ができなかった。政子は仕方ないのでひとりで勉強していたようだが、9月にボクと一緒に勉強していたのが基礎固めになったようで「前よりすいすいと問題集が解ける」などと言っていた。ボクは自動車学校から戻ってくる21時頃から、夜中の3時頃まで勉強していたが、その間、政子としばしば短いメールのやりとりで「問題集のどこまでやった」とか「ここの正答がこれになってるのは変だと思う」「あ、ほんとだね。これたぶん正答の間違いだよ」などといった会話をしていた。
 
10月22日木曜日、ボクは自動車学校の卒業試験に合格した。修了証をもらって翌金曜日、学校を午前中休んで免許センターに試験を受けに行く。学科試験に合格して、無事ボクは運転免許証を手にした。
 
「ちゃんとお化粧した状態で免許証の写真に写りたいの」
と言ったら、姉が朝からボクにフルメイクをしてくれたので、その顔を免許証に収めることができた。フルメイクしたボクの顔を見た父はぎょっとした表情をしただけで何も言わなかったが、母は「おお、美人、美人」と笑顔で言ってくれた。
 

翌土曜日、政子の家に4人(仁恵・琴絵・礼美・奈緒)集まっての勉強会、ボクが運転免許証を見せると
 
「おめでとう! あれ?お化粧して写ってる」などと言われる。
「へへ。姉ちゃんにやってもらった」
「この顔のまま学校に来れば良かったのに。実物見たかったな」
「それはさすがに叱られるよ。でも実は昨日は免許試験場にはスカート穿いてった。スカートでの外出って久しぶり」
「わあ、それも見たかった」
 
「これだけお化粧するとズボン穿いてく気分じゃなかったから。お母ちゃんに言ったら、じゃ今日は特別ねと言ってもらったから」
「へー。お母さんにけっこう理解してもらってるみたいね」
「うん」
 
「2012年11月8日まで有効か・・・・これ更新する時にはボク、もう女名前に変わってるかなあ」
「変わってるだろうね。改名すると免許証は新しいの発行してもらえるの?」
「ううん。たぶん裏書き」
「わあ、それもちょっと恥ずかしい」
「紛失した場合に再発行してもらうと、新しい名前で発行してもらえる」
「あ、それなら紛失すればいいんだ」
「まあね。あるいは別の免許、例えば自動二輪とか取る手もある」
 
「でもよく受験勉強しながら運転免許取りに行けたね」
「絶対成績を下げないのが条件、成績下がったら即退校って母と約束したことでよけい受験勉強に熱が入った。でも誕生日が12月とかだったら厳しかったね」
「12月はもうラストスパートの時期だもんね」
「12月でなくても来週くらいからもう最後の仕上げだよね」
「うん。明日の模試も頑張らなきゃ」
 

この後もボクたちは毎週政子のところで勉強会をしたし、平日もボクと政子は特にどちらかに用事がない限り、1日交替で各々の自宅で一緒に勉強をしていた。ボクたちの成績は順調に上がり、ボクと政子は無事△△△大学の文学部に合格した。
 
礼美はかなり頑張ったのだが、結局△△△大学の文学部には落ちてしまった。「手応えあったんだけどなあ」と悔しがっていたのでホントにあとちょっとの線だったんだろうなとボクらは思った。それで併願していたM大学に行くつもりでいたら4月になってから、補欠合格の連絡があり、M大学の入学金も既に払っていたのだが、親に泣きついてそちらは辞退し、△△△に入学した。おかげで私達は一緒に勉強することができるようになった。
 
仁恵と琴絵は無事目標にしていた国立大学の文学部に合格した。少し遠くになってしまうが電車ですぐに行ける距離なので、また定期的に会おうと約束した。
 

ボクたちは3月中に1度会いたかったのだが、ボクも実家から独立してアパート暮らしを始めたし、仁恵たちは千葉市内のアパートに引っ越したし、礼美は親から入学金の二重払いでお金が無くなったので授業料は自分で稼げと言われて春からバイトに精を出していたし、ということで、なかなか会えなかった。
 
結局会えたのは4月のゴールデンウィーク前の日曜日だった。
「わあ、冬はすっかり女らしくなったね」と仁恵が言う。
「うん。最近こういうフェミニンな格好が好きなんだ」
 
ボクは・・・・というか私は高校を卒業してから一人称を「私」に変えていた。私はその日は白地に淡い花柄のブラウスにプリーツスカートを穿き、足もヒールのあるパンプスを履いていた。きちんとお化粧もしている。これは政子にかなり教えてもらったものである。
 
「冬はとうとう男の子廃業したしね」
「ちょっとマーサ!」
「え?性転換しちゃったの?」
「まだ手術はしてないよお。ただ女性ホルモン飲み始めただけ」
 
「ああ、それでもう男性機能は無くなっちゃったのね」
「たぶん。私あれ自分でいじったりしないから分からないけど」
「へー、いじらないんだ?」
「ローズ+リリーやってた頃から全然いじってない」
 
「でも確かに冬がおちんちんいじってる所とか想像できないな」と仁恵。「私はそもそも冬におちんちんがあることを想像できない」と礼美。
「私、冬のおちんちん見たし何度か触った」と政子。
「きゃー」
 
「もう、マーサったら・・・・」
「でも最近はずっとタックしてるもんね。冬。だから裸にしても触れない」
「タック?」
「究極のおちんちん隠し技。パンツ脱いでも付いてるようには見えない」
「うん。体内に押し込んで接着剤で留めてるから水に濡れても大丈夫」
 
「ああ、プールに行った時、それしてたのね」
「まあね」
「高三の春頃からずっとタックしてたよね」
「うん。6月だったかな。タックしてるとそもそも大きくなったりしないんだよね」
 
「でも冬が完全な女の子になっちゃうのも時間の問題みたいな気がするね」
「たぶん1年以内と私は予想してる」と政子。
「あはは」私はただ笑っていた。
 
「でもおふたりさん、歌手への復帰の予定は?」
「そう遠くないうちにCDは作るよ。でもステージ復帰は100年後かなあ」
「ちょっと、それはいくら何でもファンを待たせすぎ」
「冬は?」
「ボクはすぐ復帰するつもりだよ。夏頃にはステージにも復帰したいな」
 
「かなり温度差あるな」と仁恵。
「じゃ、冬のソロで復帰するの?」と礼美。
「いや、ボクはソロはやらない。歌手として歌うなら政子とのデュオ」
「でも政子は100年後だと」
「ふふふ。まあ、なるようになると思うよ」
 
私達はまたいろいろなおしゃべりを楽しんでいた。
 
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【夏の日の想い出・受験生の夏】(1)