【夏の日の想い出・音の伝説】(1)

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それは1本の電話から始まった。
 
その日私は午前中の仕事がキャンセルになったので、溜まっている疲れを取るべく、ひたすら眠っていた。政子がお腹空いたようと言っていたが「ごめん。ほんとに疲れてるから寝せて」と言って寝ていた。結局、政子はファンの方から頂いたお菓子の箱を3つほど開けてそれを朝ご飯代わりにしていたようである。
 
取り敢えず満腹した政子が私のそばに潜り込んできて、寝ている私で勝手に遊んでいるような感触があった。
 
「お早う、冬。今日は忙しいよね?」
と電話して来たのは、高校の時の親友、詩津紅であった。彼女とは1年生の春から2年生の夏近くまで一緒に歌の練習をしていた仲である。
 
「14時から放送局に行かないといけないけど、午前中なら空いてるよ」
「わあ、ちょうど良かった。ね、ね、アンサンブルを組んでみたのよ。ちょっと聴いてくれないかなと思って」
 
「あ、いいよ。どこ?」
「新宿の○○スタジオって分かるかな?」
「あ、何度か行ったことあるよ」
「じゃ10時とか来れる?」
「うん、行く」
 
と言って電話を切ったものの身体が動かない。よくよく見ると私は裸にされて金属製のチェーンでしっかりと縛られていた。
 
「マーサ、ちょっとこのチェーン外してくれない?」
「浮気しに行くの?」
「高校の時の友だちだよ〜。詩津紅だよ」
「ああ、詩津紅か!」
 
政子は2年生の時、詩津紅と同じクラスであった。そしてちょっと面倒なことを頼んだこともある。
 
「じゃ、私も行っていい?」
「もちろん。一緒に行こう」
 

そういう訳で私は政子と一緒に新宿のスタジオに向かった。9時半にスタジオのロビーで落ち合う。
 
「おお、何だか面白いメンツだ」
 
スタジオに来ていたのは、高校の時の友人の詩津紅・風花・美野里、それに中学の時の友人の倫代である。風花・美野里・倫代は同じ音楽大学に行っている。
 
「いや、こないだ私がバッタリと町で風花と会ってね」
と詩津紅は説明する。
 
「話し込んでいる内に、ピアノ2台でのアンサンブルってやってみたいね、という話になって」
「へー」
「それで話している内に、どうせなら4台か5台くらいでやろうよと話が広がって」
「ふんふん」
 
「それで私が倫代を誘ったのよ」と風花。
 
「で、私は唐突に今日呼び出されたー」と美野里。
 
「それでね、弾く曲はね、冬たちが08年組コラボでやった『8人の天使』」
「え?まだ発売してないのに」
「FMで流れてたから、それ録音しておいて譜面を起こした。それで冬に聴いてもらえないかなと思って呼んだのよ」
「へー。でも言ってくれたら譜面あげたのに」
 
「うん。でも譜面起こすのも楽しいから。それでボーカル4パートと、ギター・ベースのパート、キーボードパートにアレンジした。それぞれ両手弾き」
 
「あれ?それだと6人必要なのでは?」
「そうなんだよね〜。だから大学の友人を後ふたり誘ってたんだけど、今日来れなくなったと言うのよ。折角ピアノ6台で部屋借りたのに」
と風花が言ったが
 
「あ、冬に1台弾いてもらえば?」と詩津紅が言う。
「あ、そうか。お願いしていいかな?」
「美野里みたいな上手い子がいる所で私なんかが弾いていいのかな」
「私より上手いのに何言ってる?」と風花。
 
「後ひとり誰かすぐ呼べるような子がいないかなあ」と詩津紅が言うが
 
美野里が
「あ、もう1台は政子さんが弾けばいい」と言う。
 
「あれ?政子ピアノ弾けたんだっけ?」と詩津紅が訊く。
 
「こないだから練習してる〜。取り敢えずトルコ行進曲と猫ふんじゃったは弾けるようになった」
「おお、じゃ政子に6台目のピアノは弾いてもらおう」
 

スタジオを借りる時間の5分前に受付で手続きをし、借りた部屋に案内される。ひとつの部屋にグランドピアノが6台並べられていた。
 
「壮観だね、これ」
「でも100台のピアノで猫踏んじゃったを演奏した、なんてCDが存在するからね」
「へー。体育館か何かにでも並べたのかな」
「あ、確かそんなことだったと思う」
「でも100台も並べたら音の時間差が無茶苦茶にならない?」
「なるだろうね。まあお遊びだからね、そういうのは」
 
政子には『8人の天使』で実際に政子が歌っていたパートを弾いてもらうことにする。いちばん上手い美野里が、いちばん面倒なギター&ベースのパートを弾くことになった。各自しばらく練習した後で、取り敢えず合わせてみる。
 
「おお。さすがみんな上手いね」
「政子も上手いじゃん。初見に近いのにちゃんと弾けてる」
「私は天才ですから」
 
「でも今の演奏は音のまとまりが悪かったね」
 
ということでみんなでスコアを検討し、少し和音の改訂をしたり、強弱の設定を少し細やかにしてみるとこにした。
 
何度か演奏しては譜面を修正してというのをやっていく内にけっこう良い雰囲気になってきた。
 
一応その状態で録音をした。
 

「じゃ、これmp3にまとめて配るね」
「よろしく〜」
 
「また時間が取れたら集まって、別の曲もやってみたいな」
 
などと言っていた時、私はふと思いついた。
 
「ね、ね、風花と倫代はフルート吹けたよね?」
「うん、趣味の範囲でだけど」
「詩津紅はクラリネット行けたよね?」
「うん、まあ」
「ああ、高3の夏に『けいおん』したね」
「ああ、冬の女子制服姿が可愛かった」
 
「じゃさ、今度うちでグランド・オーケストラやるんだけど、参加してくれない? 活動は土日や連休とかだから、学業には差し支えないと思うんだけど」
 
「グランド・オーケストラ? ポール・モーリアみたいな?」
「そそ」
「指揮は?」
「渡部賢一さんって知ってる?」
「ちょっと。本格派じゃん!」
「あの人、そういうのには最適かもね。ポップスとか演歌とかの伴奏もテレビの番組でたくさん経験してるもん」
「うん。劇伴と言うらしいけど、昔はドラマの音楽を進行に合わせながらリアルタイムで演奏する仕事をしてたらしい」
「へー」
 
「じゃ、頭数に入れておくから来てよ。お弁当くらいは出すよ。いやぶっちゃけた話、予定していたフルーティストとクラリネッティストが急に参加できなくなって困ってたのよ」
「ふーん。ちょっと面白いかも」と倫代。
 
「みなさん頑張ってね」と美野里。
 
「美野里も来てよ」
「私は木管楽器吹けないよ」
「ピアノを弾いて」
「えー? 私ギャラ高いよ」
「うん、出すよ。幾ら希望?」
「今例の喫茶店で40分のステージこのくらいもらってるんだよね」
「ふんふん。じゃ、練習や演奏会、音源製作などで1稼働日あたりこのくらいでどう?」
「受けた!」
 
「私たちはギャラ無いの?」と風花。
「えっと、じゃ他の人たちは1日このくらいということで」
「うん。まあいっか」
 
ということで、4人は引き受けてくれたので、直前に欠けた木管セクションの補充をどうするか悩んでいた問題が解決した上に、ピアノも専門家をゲットできたのであった。
 

お昼をみんなで一緒に食べようということになり、部屋を出て1階に降り出口の方へ行きかけていた所で、美野里が50歳くらいの女性とぶつかってしまった。
 
「あ、ごめんなさい」
と反射的に美野里が言うが、向こうは無言のまま会釈をする。その反応に私はあれ?と思った。
「あ、耳がご不自由なんですね」
と言ってしまってから、そんなこと言ったって聞こえないじゃんと思い直し、私はバッグの中からメモ帳とボールペンを取り出すと
 
「失礼しました。田中鈴厨子先生でいらっしゃいますか?」
と書いた。
 
私が書いた名前を見て、美野里と風花が『あっ』と小さく声を立てた。向こうはにこやかに頷く。
 
美野里が私のメモ帳を借りて
「ぶつかってごめんなさい」
と書き、田中さんは「いえいえ」という感じで、笑顔で首を振った。
 
そして田中さんは口をしっかり開け閉めしながら、少し特徴のある話し方で
「あなた、写真を見たことある。どなたでしたっけ?」
と声を出して尋ねた。
 
あ、口話法だと気付いた私はこちらも放送などの時に使う口をしっかり開け閉めする発音で
「失礼しました。こういう者です」
と言って、名刺を渡した。
 
「ああ!ケイさん。最近大活躍ですよね。たくさん素敵な曲を書いてるみたい」
「恐れ入ります」
 
田中先生からも名刺を頂いた。
 

「耳は噂通り全然聞こえてないみたいね」
と昼食の席で美野里が言う。
 
「あれ?でも最後の方、会話してたじゃん」と政子。
「あれは口話法といって、相手の唇の動きから何を話しているかを読み取る技術なんだよ」
「へー、そんなことできるんだ」
「話す方も、この口の形で声を出せばこの音になる筈、というのをしっかり覚えて発話している」
「それも凄いな。モニター無しで歌ってるみたいなものだよね」
「そうそう。まさにそれ。でも読話も発話も、マスターするのはかなり大変なはず。でも読話については、こちらができるだけ明確な口の開け閉めをすれば、それだけ読み取りやすい」
 
「でもその状態で、作曲とかしてるんでしょ?」
「そうなんだよね。ベートーヴェンは耳が聞こえなくなってからたくさん名曲を書いてるけど、あの人も聴覚を失ってから歌手は引退してしまったものの、作曲はしているから凄いね」
 
「でも音が聞こえない場合、どんな曲を書いたかって自分で分かるものなの?」
「あ、それは冬がいつも言ってるのと同じじゃない?」
と政子は言う。
 
「冬は楽譜の例えばフルートの所にドの音符を記入したら、頭の中でフルートのドの音が鳴ると言ってるじゃん。それと似た感覚を持ってるんじゃないの?」
 
「うん。多分そうだと思う。特に田中先生の場合、長年音楽の世界で生きてきたから、音の流れみたいなものもたくさん経験していて、だから作曲ができるんだろうね」
 

私たちのプロダクション「UTP(宇都宮プロジェクト)」では4月からセミプロのミュージシャンや、音源製作を目指すアマチュアミュージシャンを対象にした通信教育の学校「UTPミュージシャン・アカデミー」を作ることになった。
 
音楽理論の講座、楽器の演奏を学ぶための講座、もう少し高度な演奏技術の講座、またDTM、ボイトレ、作曲・編曲などの講座を、テキストや演奏している所を収録したDVD(あるいは配信)などを通して行い、演奏を収録したデータを送ってもらって添削して返すなどといったものである。
 
セミプロから中級アマくらいの層をターゲットとして想定して開講したのだが、実際には、結構プロのミュージシャンの受講もあり、正直驚いた。プロとしてやっていても、実は理論があやふやな人、今やっている楽器以外の楽器を覚えたいが、そもそもミュージシャンの仕事は時間が不規則なので、普通の音楽学校に通うには時間の都合が取れないといった人たちが結構いたのである。
 
その講師陣の中で、ギターの初級および中級演奏コースの講師に、中村将春さんが就任すると知って、私はびっくりした。2年前までクリッパーズという人気バンドで naka の名前でベースを弾いていた人である。クリッパーズ解散後は、様々な勧誘を断り、友人を頼って新潟に行き、飲食店で働いていた。私たちは1年ほど前にキャンペーンで新潟を訪れた時に偶然遭遇したのである。
 
「どういうツテでnakaさんを?」と聞いたら、アカデミー学長の夢花は
「前の学校で何度か短期特別コースの講師をしてもらったことがあるんです」
と言う。
 
「へー。でもベースじゃなくてギターなんですか?」
「nakaさんは、元々ベーシストじゃなくてギタリストなんですよね。クリッパーズでは、リーダーのkaoruさんがギター弾いてたから、ベースに回ってたんですけど」
「そうだったんだ!」
 
実際問題として、nakaが講師をするという話に、受講希望者が多数応募してきて、おかげでアカデミーも幸先良いスタートを切ることになった。
 

私と政子も中村さんがUTPの事務所(アカデミーの本部はUTP事務所に同居している)に来訪した折、少し話した。
 
「いつ東京に戻って来られたんですか?」
「正月明けに戻って来た。実は年末で勤めていた料理店が閉店になって」
「あらあ」
「個人的な交流のあった歌手の吉野鉄心さんに呼ばれて、アルバム制作のお手伝いをしてたんだよ。主に作曲、制作、それにギター伴奏をしたんだけどね。その間、吉野さんが家賃とかまで払ってくれて」
 
「わあ、良かったですね」と私。
 
「そうそう。それで共演したベーシストがちょっと凄い人でね」
「上手いんですか?」
「まあ俺よりは上手い。でも凄いのはそれより耳が聞こえないことなんだよ」
「耳が聞こえないのに演奏できるんですか!?」
 
「ギターやベースはフレットが付いてるから、正しいポジションで押さえて鳴らせばその音が出るんだよね。だから耳が聞こえなくても指使いが正確にできれば、ちゃんと正しい音を出せる。キーボードなんかもそうだよね。ヴァイオリンじゃ耳が聞こえないと厳しいだろうけど」
 
「チューニングは他の人がしてあげるんですか?」
「今の世の中、チューニングメーターというものがある」
「あ、そうか! 音痴の人でもチューニングできる機械だと思ってたけど、耳の聞こえない人にはとても助かる機械ですね」
「そうそう」
 
「それにしても凄い」
「うん。彼は凄いよ。彼と一緒に音作りしていて、耳が聞こえてる自分はもっと頑張らなきゃという気持ちになってきた。何か新しいことを始めたい気分」
 
「わあ、ぜひそれは始めましょうよ」
 
「でも取り敢えず3月中旬でその仕事が終わるんで、さてこの後どこで何をしようかなと思ってた所で、諸伏さんからお声が掛かってね。それで取り敢えず東京に居座ることにした」
 
本来の講師報酬はそんなに高くないのだが、中村さんに関しては宣伝効果を期待して、家賃を全額アカデミーが負担することにしたのである。
 
「でもやはり新しいバンドとか結成するんですか?」
「それも考えてはみたんだけど、それをやるにはまだもう少し自分的には充電時間が欲しい気もするんだよね。取り敢えずここの講師を何年かした後かな」
 
「その内、私たちとも一緒に何かしましょう」
 
などと半分外交辞令的な挨拶でその日は対談を終えた。
 

詩津紅たちと6台のピアノでのセッションをした週の週末は、ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラのオーディション、そして第1回目の練習を行った。(練習には美野里や詩津紅たちにも来てもらった)
 
練習が終わった後、駅の方に歩いて行く中、何となく指揮者の渡部さん、第一ヴァイオリンの桑村さん、タカ、宝珠さん、それに私と政子の6人でグループっぽくなったので「もし良かったら軽食でも一緒に」と言ってみたらタカが「飲める所がいい」などというので、6人で居酒屋さんに入った。
 
渡部さんはお酒を控えているようだったが、桑村さん、タカ、宝珠さんがビールを頼み、私たちは烏龍茶で乾杯する。
 
「でも本当にみなさん上手い人ばかりですね」と宝珠さん。
「いや、こんな上手い人たちと共演させてもらっていいのかなと正直申し訳無いくらい。オーディション受けてたら俺落ちてそう」とタカが言うが
 
「いや、星居さんのギターテクは充分高いと思う。調和して演奏するのも上手いし」
と桑村さんが褒める。
 
「しかし演奏陣も凄いけど、マリさん・ケイさんの歌も素晴らしい。とても安定してる」と渡部さんは言う。
「この話が来てから、ローズ+リリーのCDを全部聴いたんだけど、マリさんはデビュー当初から物凄く進歩したね」
「はい、私天才ですから」とマリ。
 
「うんうん。歌の上達の仕方も作詞も天才。ケイさんも凄い。ケイさんは元々歌が上手かったけど、初期の頃のCDを注意して聴いても、とても男性歌手の声には聞こえないんだよね。よくこういう発声法を身につけたよね。誰かに指導を受けた?」
 
「何人かアドバイスしてくれた人はいるけど、ほとんど独学ですね」
「そのアドバイスした人の話を聞きたいな」と政子。
「声変わりが来なかった訳じゃないんでしょ?」と宝珠さん。
「来ました。私の地声はこんな感じです」
と私は滅多に他人には聞かせない男声を出してみる。
 
「すごーい。でもその声もやや中性的かな」と宝珠さん。
「うん。女性と思い込んでいたら女性の声に聞こえるかも」と渡部さん。「和*ア*子の声なんかと雰囲気似てる」と桑村さん。
 
「ケイは声変わりが来始めの頃に去勢しちゃったから、声変わり軽く済んだんですよ。だから喉仏もほとんど目立たない」
と政子が言う。
 
「そんな小学生で去勢とかしないって」
「あ、生まれてすぐ去勢したんだっけ?」
「んな馬鹿な。去勢したのは大学に入ってからだよ」
「ほんとかなあ」
 
「まあ凄い努力して今の発声を身につけたんだろうね」
 
と宝珠さんがフォローしてくれたが、それを聞いて渡部さんが
 
「そうだ。努力の発声というと、今日こちらに来る途中、田中鈴厨子と会ったよ」
と言い出した。
 
「あ、渡部先生は以前田中先生とテレビ番組で共演なさっていたんでしたね」
「南の島ホリデイでしたっけ?」
「そうそう。彼女が番組のホステス役で、いろんな歌手を迎えて一緒に唱歌とか名曲とか歌ったりするの。それで僕がその伴奏楽団を指揮していて、彼女とは結構コミカルなやりとりとかもしてたんだ。台本だけどね」
「へー」
 
「そんなつながりがあったから、彼女が突然耳が聞こえなくなったという時はお見舞いに行ったけど、当時は物凄く落ち込んでいたね」
 
「歌手にとって聴覚を失うのは辛すぎます」
「うん。それで実際何度か自殺未遂もしたんだよ。報道はプロダクションが押さえたんだけど」
「まあ、当時のあそこのプロダクションなら、テレビ新聞雑誌社全部押さえられたでしょうね」
「うんうん。影響力が凄かったからね」
 
「だから作曲者として再起して、花村かほりの『帰りたい』をヒットさせてレコード大賞取った時は僕も自分のことみたいに嬉しくてね。でっかい花束を贈った」
「わあ」
 
「そして声も頑張って口話法の読話・発話を身につけてね。静かな所で集中していれば相手が耳が聞こえてないことに気付かないくらいうまく日常会話が出来る」
「凄いですね。本当に努力なさったんでしょうね」
 
「あ、田中鈴厨子って何か聞いたような名前だと思ったら、こないだスタジオで会ったおばちゃんか」
と政子が言う。
「マリ、その『おばちゃん』という言葉は使ったらダメ」
「あ、ごめーん。お姉さん?」
「いや。先生でいいよ」
「あっそーか」
 
宝珠さんが笑いをこらえていた。
 
「まあ、いいおばちゃんになったけどね。昔はアイドルだったから、ライブでは男の子たちの物凄い歓声が起きてたんだけどね」
と渡部さん。
「その歓声を上げてた男の子たちも今は良いおじさんですよね」
と桑村さんが言う。
「そうそう。年というのは無情だよ。誰でも年々年を取っていく」
 
「でも聴覚を失ったのに、作曲であれだけ活躍しておられるのは凄いです」
「うん。現役時代には全然作曲とかしてなかったみたいに見えるけど、実際は結構書いてたらしいね。それで様々なペンネーム使って、自分のアルバムに入れたり他の歌手に提供したりもしてたらしいよ」
「へー」
「アイドルがそういう活動してるとアイドルっぽくないというので公にはできなかったみたい」
「なるほど」
 
「でもだからこそ今作曲ができるんですね」
「うん。耳が聞こえていた頃に全然作曲したことが無かったらさすがに厳しいんじゃないかなあ」
「作曲の工程が分かってるから、頭の中で鳴り響く音を頼りに曲が書けるんでしょうね」
 
「でもね」と渡部さんは言った。
「僕は彼女に『歌わない?』と時々言ってるの」
「歌えるんですか?」とタカが尋ねる。
 
「コーワコーで聞こえなくても声出せるんでしょ?こないだ話してたのも結構しっかりしてたね」
と政子が言うので
「口話法ね」と私は訂正する。
 
「うん。彼女は口話法うまいよ。それだけきちんと発話できるなら、それで歌うこともできるはずだと僕は言うのだけど、そこまでは自信が無いと言うんだ」
 
「正しい声が出ているかどうかも不安なのに、正しい音で出ているかというのは更に不安でしょうね。自分で確かめる方法が無いから」
「うん。でもそのあたりは例えば今出した音が高すぎる場合は赤い札、低すぎる場合は青い札、みたいな感じで補助者が教えてあげたら、正しい音で出す練習はできると思うんだ」
 
「原理的にはそうかも知れませんが、本人が乗り越えるべき壁は大きいんでしょうね」
と宝珠さんが言う。
 
「うん。凄く大変だと思うけど、できないことは無いと思うんだよね。特にあの子は昔から努力の子だったもん」
 
やがてそろそろ出ようかという話になる。
 
「さて、割り勘でいいかな」と言って渡部さんは伝票を取ったがギョッとしている。ふとテーブルを見ると、マリの横に物凄い数の皿が積み上げられている。
 
私は苦笑して「今日のお会計は私に出させてください」と言った。
「あ、それじゃ、御御馳走様」
と渡部さんは言いつつ、マリの横の皿から目が動かない感じであった。
 

そしてちょうどその晩のことだった。私と政子がベッドの上でイチャイチャしてた所に町添さんから電話があった。
 
「ケイちゃん、間島香野美さんって知ってる?」
「ゆきみすず先生ですね。某ユニットでお世話になりましたので、面識はあります」
 
ゆきみすずはKARIONの初期の作品の作詞者である。この人は美智子と同じサンデーシスターズの出身だが、シスターズの中では最年長の部類に入り、美智子より5つくらい年上だったはずである。作詞者としては「ゆきみすず」、歌手としては本名の「間島香野美」を使い分けている。
 
「ああ、そういえばそうだったね。実は彼女が歌手デビュー30周年でね」
「わあ、凄い」
「ここ10年ほどは実際の歌手としての活動は少なくて、もっぱらソングライター、特に作詞者としての活動がメインになってるんだけど、歌手を引退した訳では無いので、記念のアルバム制作とコンサートを開こうという企画が出ていて」
「それはおめでとうございます」
「ということで、忙しいのに申し訳無いのだけど、1〜2曲、アルバムに入れる曲を提供してもらえないかと思って」
「いいですよ。アルバムのイメージみたいなのはありますか?」
「タイトルは『音の伝説』というのだけどね」
 
「伝説か・・・・部長」
「うん」
「間島先生の歌手デビューって、田中鈴厨子先生とのペアでしたよね」
「そうそう。スノーベル。田中鈴厨子もサンデーシスターズでそちらはすずくりこだったから、ゆき・すずでスノーベルなんだけどね。それで3年ほど活動した後で間島さんが結婚するということでいったん解散した。だから今回は久しぷりに、ゆきみすず作詞・すずくりこ作曲の歌が作られる。もっとも当時はそのペアで書いても他人名義に仮託されていたのだけどね。印税はちゃんと本人達に渡されているのだけど」
「ああ」
 
実はこの時期、★★レコード内部ではワンティスの曲の作詞者名義問題で大騒動になっていたのであった。
 
「いっそそのお二人のデュエットを再現できませんか?」
「それは無理だよ。田中鈴厨子は耳が全く聞こえなくてね。補聴器とかでも使って少しでも聞こえるなら何とかなるのかも知れないけど」
 
そこで私は渡部賢一さんと田中鈴厨子のことを話したこと、渡部さんがかなり積極的に歌手復帰を勧めていることを話した。またnakaから聞いた耳の聞こえないベーシストのことも話した。
 
「ふーん。その話を聞くとひょっとして歌えるのかも知れないという気になってくるね」
 
「歌うタイミングについては、たとえば間島先生と向かい合ってもらい、間島先生が歌う唇の動きを見ながら一緒に歌ってもらうという手もあるとなんて話もしたんです」
「ああ。それなら何とかなりそうだね。しかし音程はどうする?」
「喉の使い方と音程との関係を把握する訓練をしてもらうんです。この感じの喉で声を出せば、この高さの音になるというのを覚えてしまえばちゃんと歌えるはず、と渡部先生はおっしゃるんですけどね」
 
「なんかケイちゃんの話を聞いてたら歌えそうな気がしてきた。ちょっとその辺り調べてみる」
「はい、お願いします。もし歌えたら、田中先生自身、物凄く自信を回復できるんじゃないかと思うんです」
「うんうん」
 

その週の金曜日、★★レコードで会議が行われた。
 
町添部長、加藤課長、ゆきみすず担当の小池さん、技術部の則竹さん、それに渡部賢一さん、私と琴絵!、そして聴覚障碍者の歌唱について論文を書いたことのあった****大学の太田准教授といったメンツであった。
 
最初に町添部長が解説する。
「聴覚障碍者の歌というと手話歌ですか?なんと随分聞かれたんだけど、聴覚に障碍を持っている子供とかが普通に歌ったりしてる例もあるんですね。私も太田先生に連れられて支援学校に行って、耳の聞こえない子供たちが歌っている所を見学させてもらったのだけど、調子っ外れで歌っている子や単音程でラップみたいに歌っている子もいるけど、けっこう良い音程で歌っている子もいてね。そのあたりは障碍の程度の差もあるけど個人差も大きいという話だった」
 
加藤課長も補足する。
「それとこれもケイさんから教えて頂いて、耳が聞こえないペーシストがいるということで、その人が他のレコード会社ではあるのですが、吉野鉄心のアルバムの製作に参加して、更にはライブでの伴奏もするということだったので、練習しておられる所にお邪魔して聴かせてもらったのですが、しっかり演奏しておられるので驚きました。音でタイミングを取れないのでドラムスの人の方を向いてそのスティックの動きを見てベースを弾いてるんですね。ケイ先生が言っておられたように、ゆきさんとすずさんが向かい合って歌うというのはアリだと思いました」
 
「渡部さんが、補助者に音程が高すぎたら赤い札、低すぎたら青い札を上げさせるというのを提案なさったそうですが、こういう機械がありまして」
 
と町添さんが言って、則竹さんがマイクとモニターのついた機械を持ってくる。
 
「コト『きらきら星』を歌ってみて」
「そうか。ここに呼ばれたのは音痴のサンプルとしてか」
「そそ。最初の音はこれで」
と言ってドの音を教えてあげる。
 
琴絵が開き直って歌い出すが、いきなりドの音より20セントほど低い音だ!そして12小節歌う内に短3度近くずれてしまった。
 
「ご覧の通り、声を文字化するのと同時に音が本来のピッチとどの程度違うかを1〜4小節単位で視覚化して表示するのがこのシステムです」
と則竹さん。
 
「凄いですね。こんなシステムがあったんですか」
と太田准教授が感心するが、則竹さんは
「いえ、町添から聞いて、それならというので1日で作りました」
 
と言う。確かに(基本のライブラリを持っていれば)プログラムとしてはそんなに難しいものではないだろう。カラオケの採点システムを少しモディファイしたようなものだ。
 
「田中鈴厨子は元々絶対音感を持っていたんですよ。楽器の音を何も聞かなくても正しい音をいきなり出すことができていた。そういう元々音感の良かった人がこれを見ながら歌の練習をすれば、けっこうちゃんとした音程が出せるようになる可能性はあると思うのですが、どうでしょう?太田先生」
 
「いや、それはむしろそういう実験をぜひお願いしたいです。こちらとしても未研究の分野です」
と太田先生。
 
「私はこれで練習してもうまくならない気がする」
と琴絵。
「うん。コトは音程が外れた表示を確認するためのサンプルということで。あちらのプロジェクトのついでにでも月2回くらい来て、機器のメンテに参加してもらえれば。お弁当とおやつくらいは出るから」
「音痴にもやはり価値があるんだな」
「うんうん。価値がある」
 

田中鈴厨子にやる気を出させる説得係として、当時スノーベルに多くの楽曲を提供していた、作曲界の長老格の人を担ぎ出すのに成功した。
 
話を聞き、音程モニターのシステムなどを見て、田中は「やってみようかな」
と言い出した。
 
元々譜面は読める人であるが、ごく低い域の周波数の音だけは実は僅かながら聞こえるということから、自分の声をベース音に変換して出してあげることで歌いやすさが増すらしかった。またクリック音代わりに光の点滅と楽譜の位置表示を併用することでリズムはかなり正確に取れるようになった。
 
彼女が練習するのに使うシステム自体、本人と相棒の間島香野美、太田准教授、則竹さんなどで実際に使いながら意見を出してもらって改良していった。
 
その結果2ヶ月ほどの訓練で田中はかなり良い感じで音程も取れるようになってきた。音程が取りやすいように、ふたりでデュエットする曲は「よな抜き」
の五音階(ドレミソラ)で作ることにした。
 
「これだけ歌えたら下手なアイドル歌手より上かな」
などと、間島先生からも言われていたりした。
 
こうして『スノーベル・デビュー30周年アルバム』制作のプロジェクトは動き出したのであった。
 

「ところで、ローズ+リリーのケイちゃんがKARIONの蘭子と同じ人だったなんて、びっくりだわ」
と、間島先生から言われた。
 
「あはは、その件は内密にしていただけたら助かります」
と私は答える。
 
「それはいいけど。でもそれで蘭子ちゃんは表に一切出てこないのね。毎回音源製作には参加してるようなのに、何故正式メンバーにしないんだろうと献納してもらうCD聴く度に思ってたんだけどね」
 
「恐縮です。私が男の子とバレると、KARION自体が色物と思われてしまうからということで私は表だった活動を自粛させてもらっていたんです」
 
「そうそう。その件。蘭子ちゃんが実は男の子だったなんて想像できる範囲を越えてたわ」
「すみませーん」
 
「でもローズ+リリーの方は色物と思われても良かったの?」
「元々1ヶ月限定のユニットという話でしたし。それがあっという間にメジャーデビュー、それに全国ツアーとかで、私自身、え?え?という感じでした」
 
「アイドルって、やってる内に思考停止しちゃうよね。それで私も結婚を機会にいったん辞めて、落ち着いてからまた再デビューしたんだ。今度は自分のペースで仕事できるような態勢で」
「ローズ+リリーもある意味似てますね。私たちも今は契約自体、自分たちで決定権を持つ形にしていますから」
 
間島先生は頷いていた。
 

4月下旬。ローズ+リリーの新しいシングル『100%ピュアガール』とアルバム『Rose+Lily the time reborn, 100時間』が発売された。この発売記念に記者会見代わりに◇◇テレビで、私たちのミニスタジオライブを生放送で放映した。そこにワンティスが『疾走』の伴奏に登場したこと、そして『疾走』の作詞者クレジットが長野夕香になっていたことに、物凄い問い合わせが殺到する。
 
ワンティスの実質的な代表である上島先生と雨宮先生(このふたりがワンティスという名前の権利を持っている)がレコード会社の幹部と共同で記者会見し、ワンティスの作品の大半で実は作詞者名が偽装されていたことを明らかにし、大きな衝撃、そして騒動が巻き起こった。しかし、騒動の結果、ワンティスは取り敢えず2枚のアルバムを制作することが決まった。
 
1枚は高岡さんが本当に詩を書いていた初期(アマ時代を含む)の作品を集めたもので、もう1枚は実際にワンティスのヒット曲のほとんどで詩を書いていた夕香さんの代表作といくつかの未発表作を集めたものである。
 
私と政子はその日用事があって★★レコードに行っていて、ちょうど上島先生と雨宮先生がワンティスのアルバムの件で来社した所に居合わせ「ついでにあんたたちも聞きなさい」などと雨宮先生に言われて、一緒に会議室に入り、雨宮先生がMIDIで伴奏を作り、ご自身で仮歌を入れた「叩き台の音源」を聞くことになった。
 
「ケイちゃん、マリちゃん、感想を言ってよ。あんたたちなら本音を言ってくれそうだから」
と雨宮先生に言われる。
 
「どちらもそれぞれの魅力がありますね」
と私は言葉を選びながら言う。
 
「高岡さんの作品は上島先生もおっしゃっられていたように突き抜けていると思います。独創的です。逆に理解できる人が少ないかも知れない。夕香さんの作品は文学的な評価は低いかも知れないけど、多くの人に受け入れられると思います。平易な言葉で綴られているので」
 
「そうそう。高岡の詩は難解なんだ。『時計色の空に誓った日』とか言われても、時計色ってどんな色だよ?と。『恋然』とか『貫絡』とか誰も聞いたことのないような造語も多いから耳で聞いても歌詞が想像できない。文法も難しい。それでよく議論してたんだよね」
と雨宮先生は答える。
 
マリはこんなことを言った。
「高岡さんの詩って凄いです。ちょっと尊敬しちゃう。完璧。額に入れて飾っておきたい。夕香さんの詩はツッコミどころがある。添削したくなっちゃう」
 
「そうそう。実は添削したくなるような詩の方が、身近に感じるんだ」
と上島先生は言った。
「ツッコミどころが多すぎると評価は低くなるけどね。夕香はほとんど完璧なリングのほんの一部を欠かせて、キャッチーにするのがうまかったんだよ」
 
「でも上島先生ご自身でもおっしゃってましたけど、高岡さんの詩につけた曲と夕香さんの詩に付けた曲は、全く違う手法で作られていますね」
 
「そうそう。高岡の詩に付けた曲はだいたい頭の中で作ってる。理論をバンバン使ってる。だから曲自体は『標準的』。夕香の詩に付けた曲はだいたい感性で作ってる。ピアノ弾きながら書いた曲が多い。『偶発的』に見つけた音を使って理論では得られない音の世界を追求している」
 
「ケイって曲はどう作ってるの?頭?感性?」
と政子から訊かれる。
 
「マリの詩に付ける曲はだいたい、詩を読んだ時にそのまま浮かんでくることが多いよ。だから作るんじゃなくて掘り出す感じ。自分で曲先で作る場合は、最初のモチーフは何かの着想で書いてるんだけど、その先は結構理論使ってる」
 
「へー。でも最近は私が詩を書くとすぐ曲付けてくれるけど、高校時代は何日か待たされることが多かったよね」
「あ、えっと・・・・学生服着てると思いつかないもんで」
「あ、そうか! 冬って女の子の服を着ないと作曲できなかったんだった!女の子の服着てるとテストの成績も上がるし」
と政子。
 
「面白い子ね。だったらいつも女子制服着てれば良かったのに」と雨宮先生。
「ですよねー。どうも冬って、夏服冬服とも女子制服を持ってたみたいなんですよ。そんなの私にまで隠すことなかったのに」と政子。
 
「拷問して聞き出したのね?」
「拷問するんですけど、なかなか吐きません」
「拷問の仕方教えてあげようか?」
「雨宮先生、そんなこと言ってマリをベッドに誘うつもりでしょ?」
「あら鋭いわね」
 
「コホン」と町添さんが咳をして、話は元に戻る。
 

「しかし制作を進める上でギターを誰に弾かせるかというのは課題ですね」
と加藤課長が言う。
 
「リードギター、リズムギターと別れていたのをギター1本にアレンジする訳にはいかないんですか?」
と私が訊くと
 
「海原はギターが下手くそ」と雨宮先生。
「あらら」
「リズムギターに求められる単純なフレーズはいいんだけど、高岡がやってたような、テクニカルな演奏は海原には無理だと思う」
と上島先生も言う。
 
「こないだの『疾走』の音源製作ではスターキッズの近藤君、テレビ局でのライブではローズクォーツの星居君に弾いてもらって、ふたりともテクニッシャンだから、うまく行ったけど、本格的な音源製作をするとなると、誰かフリーで、充分な技術のあるギタリストを入れないと無理」
と上島先生は補足する。
 
「でも充分な技術を持ってて、フリーって人はなかなかいないよね」
と雨宮先生。
「うん。技術があると、当然どこかから声が掛かって、バンドに入ってしまう」
と上島先生。
 
「そしてできればある程度名前の知れているアーティストがいい」
「そうそう。無名の新人を入れたのではファンが納得しない。むしろ有名ギタリストの客演という感じにしたい」
 
その時、政子が唐突に言う。
「あ、フリーのギタリストで有名人だったら naka さんは?」
「ああ!」
 
「nakaって?」
「元クリッパーズのnakaさんです」と私は説明する。
 
「あの人、ベーシストじゃないの?」
「本来はギタリストなんですよ。演奏を聴かせてもらいましたが、凄く上手いですよ。実はうちの事務所で4月から始めた通信教育の講座でギター講座を担当してもらってるんです」
「へー」
「クリッパーズではリーダーのkaoruさんがギター担当だからベースに回っていたということで」
「そうだったのか!それは知らなかった」
 
「あの人がクリッパーズの潤滑油だったよね。協調性はありそうだな」
「通信教育の先生なら、音源製作に参加するくらいの時間は取れるわよね?」
「ちょっと一度演奏を聴いてみたいね」
 
「nakaさんのギター演奏なら私も聴きましたがうまかったですよ」
と加藤さん。
 
「実は吉野鉄心の音源製作と近々あるライブで、nakaさんがギターを弾いて、耳が聞こえないベーシストがベースを弾くというので、今社内で進んでいる別のプロジェクトの参考にさせてもらおうと思って先日見学してきたんですよ」
 
「へー。耳が聞こえないのにベースが弾けるんですか?」
「それもまた凄いな」
 
「CDも買って来ました」
と言って、部下に内線を入れて持って来させ、掛けてみる。
 
「ベースラインしっかりしてるね。耳が聞こえない人の演奏とは思えん」
「今の間奏のギターソロ、凄く上手いね」
「全体的に凄くセンスがいい」
「ね、ね、この人、kaoruより上手くない?」
 
と上島先生も雨宮先生も好感したようであった。
 

そしてその週末、吉野鉄心のライブがあったので、私と上島先生・雨宮先生・加藤課長の4人で見に行った。
 
「この作詞作曲・村中ハルって書いてあるけど」
「中村将春をもじったペンネームのようですね」
「中村で村中ってのは、川西幸一が西川幸一になるみたいなものね?」
「はい。その真似だって本人も言ってました」
 
ベーシストがドラムスの方を向いて演奏しているのは、ドラムスのスティックの動きを見てタイミングを取っているからだと私が説明すると、上島先生たちも感心していた。
 
さて肝心の中村さんの演奏は、歌手が歌っている間は静かにバッキングをしている。歌手の長い音符に対するレスポンス的な演奏もうるさくならないように無難にまとめるので、こういうギターを弾いてもらえると歌いやすいだろうなと私は思った。
 
「この人のギター、ハンディキャップを持つベースをしっかりカバーして音の整合性を取ってるね」と上島先生。
 
「うんうん。このギターがあって、このベースが生きてる。本当にセッションセンスが良い」と雨宮先生。
 
そして間奏部分になると、ギターは一時的な主役になる。ベースとドラムスの音をバックに、華麗なアドリブっぽいメロディラインを演奏して上島先生をうならせていた。
 
上島先生がお忙しいので前半だけ見て出たが「あれだけ弾けたら充分使えるね」
と上島先生と雨宮先生は話していた。
 

中村さんの勧誘は、上島先生自身がUTPに来訪して行った。生徒から送られて来た演奏データを受け取りに来た中村さんをキャッチする。中村さんは、今や伝説のバンドとなっていたワンティスから勧誘されて驚いていた。
 
「じゃ、作業内容としては基本的に音源製作だけなんですね?」
と中村さん。
 
「ええ。そうなんですよ。私にしても雨宮・三宅、下川・水上などにしても、みんなそれぞれ色々な歌手・ユニットのプロデュースとかしていて多忙で、とても集まってライブとかできる状況にはなくて。だから2枚のアルバム24曲の制作にもたぶん半年くらいかかると思うんですけど。拘束時間が不安定で期間が長くなるので、ギャラは回数や時間あたりではなく月**万で、取り敢えず12月までお願いできないかと思うのですが」
 
上島先生が敬語を使って話しているのは初めて見た。
 
「月**万ですか!そんなに頂けるんでしたら助かります。伝説のバンドを伝説から現実に引き戻す作業で、お役に立てたら嬉しいです」
 
中村さんはクリッパーズ解散直後は多数来た勧誘を全部断っていたらしいが、1年半にわたる音楽業界から離れた生活で、心の中で機が熟していたのだろう。先日私たちと会った時もまた何かやりたいと言っておられたし、ちょうどそのタイミングでの勧誘で、しかもギター通信講座の講師と掛け持ちで出来そうな仕事に、受諾する気になったのだと思う。
 

ワンティスのメンバーは本当に全員忙しくてなかなか時間の都合が付けられないのだが、高岡さんのパートを弾いてもらうギタリストのテストということで、一度全員集まってくれた。
 
中村さんの弾くギターフレーズを聴いて「おお、上手い上手い」と三宅さんも海原さんも言い、テストはあっさり合格ということのようであった。
 
「折角集まったから何か演奏しよう」
というので、夕香さんの未発表の詩に上島先生が曲を付けた新曲『トンボロ』
を演奏する。トンポロというのは、沖合の島と砂州で繋がっているものを言い潮が満ちると渡れなくなるので、恋人と心が繋がるような繋がらないような微妙な心情を歌ったものである。この歌のPVには小豆島のエンジェルロードという美しいトンボロが使われる予定になっていた。
 
下川先生が編曲した譜面に沿って演奏するのだが、例によってみんな勝手なことをするので全然まとまらない。色んな意見が出てアレンジは度々変更される。中村さんも遠慮せずに「ここはこんな感じでは?」などと意見を出していた。そのうち見学していた私まで
 
「ケイちゃん、黙って見てないでフルートでも吹こうか」
と言われて、下川先生が急遽書き足したフルートパートを吹くことになってしまった。
 
私がフルートを持って来ていなかったのでマンションで寝ていた政子に持ってきてもらったのだが、
 
「おお、マリちゃんも来たなら、マリちゃんにはヴァイオリン弾いてもらおう」
と言われてしまう。
 
「ごめんなさーい。ヴァイオリン持って来てない」
と言ったのだが
「あ、ヴァイオリンならあるよ」
と言って渡されたのはノコギリである。
 
「これどうするんですか?」
「よくさあ。ヴァイオリンを弾いててノコギリ引くみたいな音出す人いるじゃん。だから逆にノコギリを弾いてヴァイオリンの音を出そうというお遊びよ」
 
マリが一緒に渡された弓でノコギリを弾くとヴァイオリンの音とは違うのだがまるで笛でも吹いているような美しい音が出る。
「よしよし。それでやってみよう」
 
「ちょっと待って、そのノコギリの音域を確認させて」
と下川先生が慌てている。
 
「でも何でも楽器になるんですね」
と政子自身が感心していた。
 
「そうね。大抵のものは楽器にできるわよ。茶碗とお箸でも演奏できるし」
「そういえばケイのおちんちんを指ではじいて演奏してみたことあったな」
「へ?」
 
「おちんちん無くなっちゃったからもう演奏できないけど」
「マリちゃん、私のおちんちんで演奏してみる?」
「あれ?雨宮先生、おちんちん、まだあったんですか? 付いてないように見えたのに」
 
私たちと雨宮先生は実は先日伊豆大島で、雨宮先生の御友人宅の庭を借りてヌード撮影をしてきたところである。
 
「ああ、あなたたちには見せたこと無かったわね。触らせてあげようか?笛代わりにしてもいいわよ」
「笛?鳴るんですか?」
 
どうも政子は「尺八」という言葉を知らないようである。
 
「マリ、結局ベッドに誘い込まれるだけだからそのあたりでストップ」
 
そんな感じで色々変な方向に脱線しながらも5時間ほどがあっという間に過ぎたが、『トンボロ』の演奏部分はこの1日で完成した。この曲のクレジットには with Rose+Lily playing flute and nokogiri と書かれることになる。
 
「これにこないだみたいな感じで、雷ちゃんとモーリーの声で歌を入れればいいな」
「コーラスは結局どうするんですか?」
 
「こないだスタジオライブで共演してくれた百瀬みゆき君がやってもいいと言っているので、やらせようと思うのですが」
と上島先生が言うと
 
「ああ、彼女だったら美人だからOK」
と海原先生。
 
「顔で決めるんですか〜?」
と政子が呆れている。
 
「うん、顔は大事。売れ行きに大きく影響する」
などと雨宮先生はおっしゃる。
 
「いや、でも彼女はうまいよ。こじかちゃん(支香)とのハーモニーも良かったし」
と三宅先生がまともな意見を出す。
 
そういう訳でワンティスの音源製作は、元クリッパーズの中村さんのギターに、百瀬みゆきがコーラスに加わる形で進んでいくことになった。
 
なお、中村さんは今回の音源製作だけに参加するつもりでいたのだが、実際にはワンティスはこのメンツで活動がその後、20年以上続くことになり、数年後には「ワンティスの中村さんですね?」などと言われるようになっていく。
 

その年の秋『間島香野美・歌手デビュー30周年ライブ・音の伝説』が、東京渋谷の放送局系列のホールで開催された。このライブでは「サプライズあり!?」というのが予告された上で、その放送局のネットで全国に生中継で放送されることになっていた。
 
サプライズあり、というので巷では、やはりサンデーシスターズのメンバーが何人か来るのではとか、ひょっとしてスノーベルの相棒・田中鈴厨子が登場して挨拶するのではなどといったことがささやかれていた。
 
ところが幕が開くと、昔の「南の島ホリデイ」のセットが再現されており、当時の番組の楽団指揮者である渡部賢一さんが登場したので、サプライズの内容はそれであったか!ということで、多くの観客・視聴者が納得した。
 
渡部賢一はここ半年ほど活動を続けてきたローズ・クォーツ・グランド・オーケストラを連れてきていた。この日の伴奏はこのオーケストラが務める。無論ローズクォーツ、スターキッズのメンバーや、詩津紅たちも参加しているし、ピアニストは美野里である。私と政子は舞台袖でその様子を見ていた。
 
ライブでは、今回30周年記念で制作したアルバムに沿う形で、昔のヒット曲と新たに作った曲を取り混ぜて演奏していく。アルバムは翌週発売の予定になっていたが、3枚組で2枚が昔のヒット曲を集めたベストアルバム、1枚が新曲を集めたものと予告されていた。
 
そしてステージが中程まで進行した時、間島さんが
「今日のゲストを紹介します。私のかつてのパートナー、すずくりこちゃんこと、田中鈴厨子ちゃんです」
と言うと、観客席から「わー!」という歓声が上がる。
 
今日、間島さんは白いドレスを着て歌っていたのだが、田中さんは同じデザインの赤いドレスを着て登場した。
 
「では挨拶代わりにふたりで一緒に『猫のミャーオ』を歌います」
とスノーベルのヒット曲の名前を間島が言うと、観客席から「えー!?」という声が上がる。田中さんの登場は多くの人が予測あるいは期待していたことであったが、歌うというのは誰も考えていなかったことであったろう。
 
ギターを弾くタカが楽団席から出てきて、ふたりの間に後ろ向きに(指揮者の方を見て)やや田中さんの方を向いて立つ。そして田中さんと間島さんがタカを挟んで、横向きに向き合う形になった。渡部さんの指揮棒が振られ、サトのドラムスから伴奏が始まる。タカが分かりやすいようにピックを大きなモーションで上下させながら演奏するが、タカの演奏に合わせてギター自体が光るようになっている(1拍目青、2〜4拍目黄)。★★レコード技術部特製のギターである。それに合わせてふたりは歌い出した。
 
「可愛いミャーオ、悪戯なミャーオ」
 
とふたりのデュエットで歌が始まると、観客にざわめきが起きた。そして同時に全国のテレビの前でこの生中継を見ていた人たちが驚愕した。
 
歌が終わると物凄い拍手が湧き起こる。
 
司会進行役の放送局のアナウンサーがステージ下手袖から出てきて
「済みません、少しお話を聞かせてください」
と言う。
 
「今、田中さんが歌ったのにこの会場のお客さん、そして全国の視聴者が驚いたと思うのですが、田中さん聞こえるんですか?」
 
「私が代わってお答えします」と間島が言う。
 
「すずちゃんは全く耳は聞こえません。でもこうやって私と向き合って歌うと、私の唇の動きを見て、歌うタイミングが分かるんです。それでお客様には失礼なのですが、横を向いて向き合って歌わせて頂きました」
 
客席から大きな拍手が来る。
 
「でもタイミングは分かっても、音程はどうなのでしょうか?」
「元々、すずちゃんは物凄く音感が良かったんです。それで、★★レコードの技術部と、****大学の太田准教授の協力で開発した音感訓練システムで、喉の使い方と実際に出る音の関連をしっかり訓練した結果、ちゃんとした音程の音を出せるようになりました」
 
客席から「わあ」という感じの声が出る。
 
「世の中には目が全然見えなくても指の感覚だけで絵が描ける人もいます。元々すずちゃんは口話法と言って、口や喉の使い方だけで声を出す技術を身につけています。今回は半年ほどにわたって、その新開発のシステムを使って音程の訓練をして、このようにきちんとした音程で歌うことができるようになりました」
「凄い訓練をなさったんですね」
 
「はい。凄い努力をしました。また、すずちゃんは今ヘッドホンとヘッドマウントディスプレイを付けていますが、実はごく低い音だけは感じることができるので、自分が歌った音を低周波に変換してヘッドホンに伝えると同時に音程を視覚化してヘッドマウントディスプレイに表示しています。訓練した喉の使い方プラスその低周波の響きとディスプレイの音程表示も頼りにして、今の歌を歌いました。あとギターの方に分かりやすい感じで曲の進行を示してもらいましたので」
 
本当はここはベース演奏者を使った方が良かったのだが、マキには耳の聞こえない歌手に配慮して演奏するなどという器用さが無いのでギターのタカにその役目をさせたのである。
 
そして(客には明かせないが)実は田中さんがヘッドホンをしているもうひとつの理由は楽団の演奏や客席の手拍子などの音をカットするためである。聞こえない耳をカバーするため田中さんの聴神経は過敏なほどに高まっている。その耳に大きな音は辛いので、それをこのノイズキャンセル機能のあるヘッドホンでカットしているのである。
 
「ちなみに来週発売のアルバムにも過去の歌で5曲、新曲で3曲、ふたりで歌った歌を収録しています」
と間島さんは言う。
 
「それでは今のような感じでまだ何曲か歌えますか?」
「はい。次は『可愛いあなた』」
 
大きな拍手が来る。再びふたりはタカを挟んで横向きに向かい合い、スノーベルの最大のヒット曲を歌った。
 
そしてこの後、ふたりの歌を更に3曲歌ったところで、田中さんは下がり、間島さんだけの歌で後半の楽曲を歌っていった。
 

最後の曲まで歌い、いったん幕が下がるが、アンコールの拍手で出て行き、間島さんは、スノーベルが解散したあと、ソロ歌手として活動し始めた頃のヒット曲を歌った。
 
拍手があり、いったん間島さんが下がるものの再びアンコールの拍手に応えてステージ上に登場するが、田中さんと手をつないでふたりで出てきたので、一際大きな拍手が起きた。
 
再びタカが楽団席から出てきてふたりの間に立ち、ふたりは向き合う。そして渡部さんの指揮でスノーベルのデビュー曲『雪道にご用心』を歌い出す。
 
大きな拍手、そしてそれが手拍子に変わり、観客席もステージと一体になって歌唱は進んだ。
 
そして終曲。
 
ふたりが間に立って伴奏してくれたタカと握手する。指揮者の渡部さんも前の方に出てきてふたりと握手をした。間島や田中から楽曲を提供されている歌手が数人登場して花束を渡す。
 
タカが少し下がり、間島さんと田中さん、それに渡部さんが並ぶ形でお辞儀をして、幕が下りる。ちょうどこれが放送終了の時刻になった。
 
私と政子、そして彼女たちの旧友である同じサンデーシスターズ出身の美智子と河合さん(スイート・ヴァニラズのマネージャー)もステージ中央まで出て行き、間島・田中とハグし、渡部さんと握手した。
 
政子が「音楽って凄いね」と言い、私は微笑んで政子にキスをした。
 
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【夏の日の想い出・音の伝説】(1)