【夏の日の想い出・4年生の春】(1)

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2013年4月。私たちは大学4年生になる。学校の友人たちは就職戦線も本格化し一方卒論を書かなければならない人や、ゼミで日々が大変な人たちもいた。
 
私と政子が学んでいる英文科では卒論を書くことになっており、3年生の内に既にタイトルを提出している。私の卒論は『シェイクスピアにおける異性装』
というもので、十二夜のヴァイオラ、ヴェニスの商人のポーシャ、お気に召すままのロザリンドなどの男装を取り上げたものだが、シェイクスピアの時代は「女優」が存在しないので、この「男装する女性キャラ」は男性俳優によって演じられていたという複雑な事情がある。特にややこしいのはロザリンドで、このキャラは男装中に恋人に遭遇し、自分に気付かない彼氏に「彼女への告白の練習を僕をロザリンドだと思ってやってごらん」と言うのである。
 
つまり男性俳優が演じる女性キャラが男装した上で女役をするというトリプル性転換が発生しているのである。
 
「女優がいなかったということはだよ」と政子は言った。
「つまり『ロミオとジュリエット』のジュリエット役も男性俳優が演じていたんだよね?」
 
「まあそうだね。『夏の夜の夢』のハーミア、『ハムレット』のオフィーリア、『リア王』のコーデリア、それに歴史劇のクレオパトラとかもね」
「うぅぅぅ。男が『O Romeo, Romeo, wherefore art thou Romeo?』と言うのか」
「まあ、そうだね。でも現代日本のBLとか想像したら、そう辛くないんじゃない?」
「そうだなあ。美形なら良いが」
 
一方政子の卒論は『シェイクスピアにおける詩的台詞』というタイトルを提出していた。政子によれば、シェイクスピアの戯曲の台詞の中には詩としての性質の強いものが多くあるという。
 
「ハムレットの『To be or not to be』とか文章として見たら訳分からんけど詩的表現としてはありだと思うんだよね。ロザリンドの『Come, woo me, woo me, for now I am in a holiday humour and like enough to consent』とかもこれは恋人のことを思って歌った詩だよなあ。その恋人が実は目の前にいるんだけど」
 
「男装というのを隠れ蓑にして、自分の心情をストレートに出してるよね」
「高校時代の冬が女の子の服を着た方が本質が出ていたのとちょっと似てるかも」
「うーん」
 

2013年の1月に美智子が「4月から社員を増やすよ」と言った時、私は「社員増やすほど仕事あったっけ?」と思わず訊いてしまった。それが美智子は「学校を作る」
と言うので「えー!?」と驚きの声を挙げた。
 
美智子がこの事務所を作って以来、美智子自身が全国を度々巡回して声を掛けて音源製作に勧誘しているアーティストが多数おり、中にはインディーズの雀レコードからCDを出すところまで到達したアーティストも10組ほどいる。クォーツも元々そういう「勧誘された」バンドのひとつであった。
 
それで要するに、そのように音源制作のお手伝いをしている人たちを組織化しようという趣旨であった。この「学校」は入学金とか月謝とかも取らないが、音楽理論などを学びたい人のために講座を作り、その講座を受講する場合はその授業料を取るという趣旨である。
 
そこで、その「学校(仮称:UTPミュージシャンアカデミー)」関係の事務処理、講座管理、講師管理、などの業務をしてもらうため、昨年倒産した都内の音楽学校で主任講師をしていた、諸伏夢花さんを迎え入れたのである。彼女は音楽大学の声楽科を出た後、スタジオミュージシャンとしてギターやピアノを弾いたり、バックコーラスで歌ったりなどをしていた経験が長く、前の音楽学校でも歌唱・ボイトレにピアノとギターも教えていた。
 
「うちの最年長社員になる?」
「花枝いくつだっけ?」と美智子が訊くと
「これだけど」と言って夢花だけに数字を見せる。
「あ、私はこれです。じゃよろしくお願いします、お姉様」と夢花。
「うん、よろしく、妹よ」と花枝。
 
などとふたりでやりとりしていたが、人当たりが良いので、花枝とも若い悠子ともすぐに仲良くなった。
 
もうひとり雇い入れたのが甲斐窓香さんで、実は△△社の甲斐涼香さんの妹である。専門学校を出た後、電機量販店に勤めていたが、その会社が大手量販店に吸収され、店舗が整理されてそのあおりで解雇されてしまったため、新たな仕事先を探していた。ところがなかなか見つからない。
 
「ほんとに仕事見つからなかったら、姉ちゃんとこでバイトさせてもらえないかな」
などと言ったので津田社長に相談したら
「姉妹で同じ所にいると甘えが出るから、他の会社に行くか?」
ということでUTPを紹介されたのである。
 
そういう訳で4月1日から2人が加わってUTPの社員は5人になった。
 
年が近い社員が入って悠子は嬉しそうだった。
 
また現在抱えているインディーズアーティストの中に、バレンシアというガールズバンドが居て、良い作品が出来たらメジャーデビューの可能性有り、という話になってきていたので、窓香については、そちらのマネージメント絡みというのもあった。現在ローズクォーツは美智子自身が、スターキッズは花枝が主としてマネージメントをしている。
 
そういうアーティストごとのマネージング分担を言った上で担当は担当として全員で助け合って作業するので、他のアーティストに関する作業も自分の仕事と思ってやって欲しいという方針が説明されたが、窓香は
「あれ?ローズ+リリーの担当は?」
と訊いた。
 
「ああ、ローズ+リリーの担当は不要」と花枝が言う。
「へ?」
「そもそもローズ+リリーはマリちゃん・ケイちゃんの個人的な活動という建前になってるし、ライブハウスとかの演奏もしないし。昨年もライブは4回やっただけだから、余裕で他の人でカバーできたね」と花枝。
 
「あとマリさんはスケジュール管理困難です」と悠子が言う。
「だってスケジュール表書いて、お渡ししても、全然守ってくれないんです」
「ごめーん。私そういうのもらってもすぐ無くす」
「マリは感覚人間だから、気の向くままに行動してるだけだから」
と私が笑って言う。
「マリに時間を守らせるにはそばに付いてて『ほら出るよ』とか言わないといけない」
 
「まあ、それがケイの役目だよね」と政子。
「そういうこと。私はマリの専属マネージャー兼運転手」
と言うと、窓香が納得したような顔をする。
「それと御飯を作る係ね」
「うんうん」
 
「でも、ケイさんの方も忙しすぎるみたいで、とても私にはスケジュール管理不能です。ケイさんの手帳の予定表っていつ見ても真っ黒!」と悠子。
「それにかなり頻繁にそれを更新してますよね」
 
「私は大丈夫だよ。きちんと自分でプログラム使ってスケジュール管理してるから。スケジュール表は毎週1回プリントしてその後は日々更新を色の付いたボールペンで書き込む」
 
と言うが、実は私のスケジュールは、私自身と、町添さん、津田さん、畠山さんの4人でスケジュール表をネット上で共有した状態で管理している。ローズ+リリー、ローズクォーツ、マリ&ケイ、鈴蘭杏梨、水沢歌月、KARIONの蘭子といった名義での活動がお互いに複雑に絡むので、人間業では管理できない。衝突する日程については、最初津田さんが書き、その後町添さんがエンジン部分を微調整したプログラムで(場所の移動などが楽になるように)自動調整される。
 
「私の予定帳は真っ白。ついでに携帯のアドレス帳も真っ白」と政子。
 
マリはまた先日もiPhoneを壊して新しいのに交換し、現在登録しているのは、両親の携帯と私の携帯の番号のみである。彼氏のは?と訊いたら、その内電話が掛かってくるだろうから、その時登録するなどと言っていた。
 
「でもiPhoneよく壊れるね」と政子。
 
政子は大学に入って間もなくiPhoneを買ったのだが、3年間に5回壊し、今回のがもう6代目である。ショップで展示機を壊したことや友人のを壊したこともある。
 
「アメリカでiPhoneとGalaxyを破壊する実験やってたけど、iPhoneの方が先に壊れてたから、多少iPhoneの方が脆いのかも」と夢花が言うが
「iPhoneじゃなくても以前使ってたフィーチャホンも年に1度は壊してたね」
と私が言うと
「何やったらそんなに壊すの?」
と呆れられる。
 
「あ、そうそう。ふたりに言っておかなくちゃ。マリちゃん、そういう訳でよく電化製品壊すから、会社のパソコンやプリンタを絶対マリちゃんには触らせないで下さい。携帯電話などもダメです。マリちゃんがちょっと触っただけで壊れたことあります。マリちゃんにメールとか見せる時は必ずプリントして紙で渡して」
と花枝が言う。
 
「放電型?」と窓香が訊く。
「強烈な放出タイプですね。私が強い吸収型なので、私とマリは最高のコンビなんですよ。私がそばに居る時はマリも物を壊す確率が低くなります」
 

3月下旬に発売された音楽雑誌に「ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラ団員募集」なる広告が出ていた。UTPのサイト,ローズクォーツやローズ+リリーの公式ページにもバナーが張られていた。募集するのはヴァイオリン又はヴィオラ8名、トランペットとトロンボーン各4名の合計16名ということにしていた。
 
これは「Rose Quarts Plays」シリーズの次作『Rose Quarts Plays Easy Listening』
用の臨時編成オーケストラのメンバーを募集するものであった。イージーリスニングを演奏するのに、トランペットやヴァイオリンの音を全部シンセで代用してもいいのだが、せっかくだから生の音でやろうということになった。そこでパートを割り当ててみたものの不足するヴァイオリンと金管の演奏者を募集したのである。条件は4月1日現在15〜29歳の演奏者で4月から9月までの指定の土日祝日に日本国内で稼働できることと、プロアマ不問だが特定の芸能事務所や楽団などと専属契約の無い者ということにした。
 
年齢制限を設けたのは、年齢が高い人が多いと20代のケイやタカから指示が出しにくいためであるが「私は戸籍上は30代ですが心は20代です」などと言った人と「年齢制限は指示のしやすさのためと思いますが」と意図を理解した上で「私は年下の指揮者の指示にも素直に従いますから」と言ってきた40代の人も受け入れた。
 
演奏したカセットテープ又はMP3を送ってもらって事前選考した上で、4月6日に東京でオーディションを行った。オーディションはタカ、サト、宝珠さん・鷹野さん・香月さん、私、そして今回のオーケストラの指揮をお願いすることにした渡部賢一さんが選考者となった。
 
渡部さんは以前私がリハーサル歌手をしていた『歌う摩天楼』というテレビ番組で演奏していた番組内オーケストラの指揮をしていた人で、今回誰かお願いできそうな指揮者がいないかと考えた時ふと思い出したので「柊洋子と申しますが」
と言って連絡を取ったら、私のことを覚えていてくださった。そして趣旨を説明すると、指揮はOKだし楽団員の選考をするなら、僕も参加させてというので、来て頂いたものである。
 
また募集の際も選考者を「ケイ・タカ・鷹野繁樹・渡部賢一ほか」と書いていたことから『歌う摩天楼』のオケメンバーが4人も応募してきた。また、鷹野さんが学生時代に所属していたオケの仲間も2人来ていた。
 
私は、クラシック系の演奏者にはポップスがだいたい低く見られがちだということと期間限定のオーケストラということで、あまり応募は無いのではと心配していたのだが、そんな訳で書類を送ってきた人が全部で100人ほど。オーディション参加者約50名という大盛況であった。
 

ほとんどの応募者がセミプロなので、急な用事や仕事競合での欠席のことも考え、Vn10 Tp5 Tb5 の合計20名を採用した。例の「心は20代」の30代の人(加治さん)、「素直」な40代の人(清水さん)も合格したし、『歌う摩天楼』
の人4人(塚内・柴野・梅津・桑村)、鷹野さんの元仲間2人(長田・杉江)も合格した。この8人はむしろ合格させたという感じである。『歌う摩天楼』の元オケメンバー4人には「柊洋子がケイだったことに今気付いた」と言われた。
 
「男の子だったなんて全く思いも寄らなかった」と塚内さん
「あはは、最近女に埋没してるんで、そういう台詞は久しぶりに聞きました」
「でも当時から歌唱力凄かったもんなあ」と柴野さん。
「本番で歌う歌手を完全に食ってたもん」と梅津さん。
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「でも当時は少し苦手っぽかった高音が凄くよく出るようになったね」と桑村さん。
「はい、頑張って練習しました」
 
なお、このオーケストラのコンサートマスター(第1ヴァイオリン)は、鷹野さんを予定していたが、上手な人ばかりで、自分がコンマスではみんなが従ってくれないから最年長の清水さんお願いしますと言い、清水さんは自分は先頭に立つタイプじゃないからと譲り合い、ふたりで話して唐突に桑村さんを指名した。桑村さんはびっくりしていたが、指揮者の渡部さんとも親しいのでみんなとの架け橋になれればということで引き受けてくれた。
 
「ところでケイ、そのテレビの仕事には私服で行ってたの?」と政子。
「えっと、制服だけど。私や和泉は出演者じゃなくてスタッフだから、きちんとした服着ないといけなかったから」
「あの番組、確か10月か11月頃に打ち切りになったよね。何か凄く唐突な時期に終わったなと思ったの覚えてる。ってことはさ。ケイ、もしかして10月頃は冬服で行ってる?」
「そうだね。夏服じゃ寒いよね」
「つーことは、高校の女子制服の冬服も持ってたのね?」
「えっと。その件はまた後でね」
 

翌日日曜日、早速全員集まってもらい、顔合わせ・試演をしてみた。UTP側から参加したのは、私と政子、ローズクォーツのメンバー、スターキッズのメンバー、それに安価?に徴用することにした私の友人たちであった。
 
「みなさんお集まり頂きありがとうございます」
と私は挨拶する。
 
「思えば私が中学生の時に伯母から大量のCD/LPを頂きまして、その中で熱心に聴いたのがビートルズ12枚とポール・モーリア30枚でした。その時、ポール・モーリアがどの楽器にどこで音を出させているのかと何度も聴き直してチャート化したりしていたのが、私が今曲をアレンジする時のベースにもなっています。普段はストリングスやブラスの音はエレクトーンなどで出しているのですが、一度ああいうグランドオーケストラってやってみたいと思っていました。それが今回ローズクォーツ・プレイズのシリーズでイージーリスニングを取り上げようということになった時、本当にオーケストラ作っちゃおうかと提案したら、あんたがお金出すならやってもいいよと言われたので、やらせて頂くことになりました」
 
そういう訳で今回のグランド・オーケストラの費用はサマーガールズ出版から出ているのである。1回集まるのに手当・交通費・場所代・宿代で100〜150万、半年間で15〜20回(×土日の2日間)くらい集まる予定なので、3000万円程度の予算を予定している。このシリーズも何だか大型企画になってきた感もある。(赤字だが!)
 
それでも前回の『Girls Sound』はメンバーの女装が取り上げられてテレビにも出演依頼が相次いだこともあり(おかげでローズクォーツのメンバーはその度に女装させられた)8万枚を売るヒットとなった。過去のPlaysシリーズはClassicが3万枚を売ったのが最高だったので大幅に記録を更新した。また過去のPlaysシリーズの売上も押し上げたし、カバー元のガールズバンドなどのCDセールスも押し上げて、権利関係で協力してくれたレコード会社各社もご機嫌であった。特にリリックスやヴァニラニンジャの知名度が上がった感もあり、FMでよくこれらのバンドの曲が取り上げられたり、ローズクォーツ版との聴き比べなどもされていた。
 

取り合えず練習初日、譜面を配って合わせてみる。今日の楽器配置はこうなっていた。
 
リズムセクション(4) E.Bass マキ E.Gt タカ・近藤 Dr. サト
木管セクション (4) Fl 宝珠・風花・倫代 Cl 詩津紅
鍵盤セクション (4) Pf 美野里 Or 山森 Mar 月丘 Vib ヤス
弦セクション  (13) Vn 鷹野+10名 Vla 酒向 Vc 宮本
金管セクション (11) Tp 香月+5名 Tb 5名
コーラス    (2) マリ・ケイ
 
総勢38名、これに指揮者の渡部さん、音響技術者として参加してもらった有咲まで含めて40名という本格編成である。この他実は雑用係として仁恵・琴絵も徴用しており、仁恵はピアノの譜面めくり係もしてもらった。
 
配った譜面はポール・モーリアの『Penelope』(エーゲ海の真珠)であるが、まずはMIDIで作った音源を流してイメージを掴んでもらう。
 
その後、譜面読みの時間を10分くらい取った後、取り敢えず合わせてみた。
 
冒頭、トランペットとフルートがこだまするかのように歌い合う。香月さんのトランペットと宝珠さんのフルートの呼応である。その後は同じパターンを美野里のピアノと月丘さんのマリンバで繰り返す。そしてBメロはストリングスの見せ場である。総勢13人の重厚な弦楽器サウンドが鳴り響き、弱音器を付けたトランペット・トロンボーンがそれに彩りをつける。そしてサビの部分では私とマリのスキャットが透明な響きを奏でる。その後出てくるAメロでは山森さんのオルガンとタカのギターの呼応もあった。
 
一通りの演奏が終わった所で、思わず拍手が起きた。
 
「凄い。これだけの人数なのに1発で合うなんて」とタカ。
「さすが、みんなうまい人ばかりですね」と宝珠さん。
「ところでこれクォーツは埋没してない?」とヤス。
「細かいこと気にしない」とサト。
 
その後、録音したものを聴いてみて、渡部さん、桑村さん、私、宝珠さん、タカなどで意見を出し合う。それから各セクションに細かい指示が出され再度演奏する。この日はこういうパターンを繰り返して、基本的な音作りの方向性を見定める時間とした。
 
他の譜面も渡され、今後の日程についての説明をした。実際の音源制作は4月下旬から5月上旬。だいたいゴールデンウィークの時期とした。会社勤めしているメンバーや学校の先生なども多いので、休日の方が動きやすいためである。
 
また活動内容を指定解禁日(5月5日)までは、ブログやSNSなどで書いたり、友人に話したりしないこと、という守秘義務に関するお願いを改めてした。(一応全員、そういう誓約書にサインをしてもらっている)
 

4月10日。KARION、XANFUS、ローズ+リリーのコラボCDが発売された。お正月の挨拶回りの時に偶然三者が遭遇して思いつきのように出来た企画であったが、結局その後三者が一同に会することはなく、録音も同じ機材を使うために同じスタジオで録ったというだけで、各々バラバラに録音してミクシングしたものであった。しかしこの日は何とか全員都合を付けて、共同記者会見に漕ぎ着けた。
 
CDタイトルは『THE SEVEN』。収録曲は次の3つである。
 
マリ&ケイ作詞作曲『8人の天使』。ケイがソプラノとアルトの2つの声で参加しているので3組7人8声のボーカルによる多層ハーモニー(女声四重唱:ケイ・いづみ/音羽・こかぜ/マリ・光帆/みそら・ケイ)が魅力である。伴奏はスターキッズ(クレジットはSK)。
 
神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲『Love Race』。曲頭では音羽がメインボーカルだが、その後、マイクを奪い合うようにして7人全員がメインボーカルを取り合って歌っている。まるで全員揃って録音したかのような構成で「あん、取られた」
とか「こっちに貸して」などといった声も入っているが、きちんと譜面を作ってそれに沿って収録したものである。伴奏はパープルキャッツ(クレジットはPC)。
 
そして森之和泉作詞・水沢歌月作曲『仲間の唄』。和泉・ケイ・音羽が順番にとても平和的に交替でメロディーを歌っている。伴奏はトラベリング・ベルズ(クレジットはTB)。
 
ジャケットは1月に遭遇した時に撮った記念写真を利用している。X版,R版,K版の三種類があり、X版ではXANFUSの2人が中央で写り曲順も『Love Race』が先頭。R版はローズ+リリーの2人が中央で写り曲順も『8人の天使』が先頭。そしてK版はKARIONの3人が中央で写り曲順も『仲間の唄』が先頭。しかしこれらは中身は同じなので、集計上はひとつになる。
 
「もしかして*KB商法ですか?」
と記者から質問が飛ぶが
「いえ。どのユニットを中心にしても他のユニットのファンからクレームが来るので。みなさん、各々好きなジャケットのものをお求めください。中身は同じですので」
と加藤課長が回答する。
 
「でもなんか楽しそうですね」
「はい、私たちみんな仲良しですから」といづみ。
「全員集まって収録したんですか?」
「どうしても時間が合わなくてバラバラの収録になりました」とケイ。
「ジャケ写も合成ですか?」
「お正月に偶然三組が遭遇したので、その時の記念写真を使いました。三通りのスナップを撮っておいたんです」と光帆。
「その時、この企画が浮上したんですよね」といづみ。
 
この日の質問にはこの3人が代わる代わる回答した。この時、テーブルに鉄道単線の閉塞用タブレットを置いておき、発言者がそれを取ってから発言した。このタブレットには、ローズ+リリー、KARION、XANFUSの似顔絵タグが付いていた。
 
「そのタブレット、特製ですか?」
「小道具係さんに作って頂きました」
「似顔絵は誰が描いたんですか?」
「ケイちゃんです。以前スイート・ヴァニラズの似顔絵も描いてましたね」
「でも色を塗ったのはいづみちゃんです」
「ハサミで切って、タブレットに取り付けたのは光帆ちゃんです」
 
「この3組集まってのコラボライブとかは無いのでしょうか?」
「今の所予定はありませんが、状況次第では話が出てくる可能性もあります」
と加藤課長。
 
今日は7人が同じデザインの服を着てきている。但し色が、ローズ+リリーは赤、XANFUSは黄色、KARIONは青である。
 
7人が円環(ケイ・いづみ・音羽・こかぜ・マリ・光帆・みそらの順)になって手を合わせている所を、真上から撮ったカメラでスクリーンに投影して、それで記念写真とした。
 

4月14日の夜。RQGO(ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラ)の2度目の練習を終えて私と政子はマンションで少しゆったりしとした時間を過ごしていた。
 
私が疲れが出てきて少しまどろんでいたら、いきなり首筋に冷たい金属が当たる。
「何なの〜?」
「亀甲縛りがいい?逆さ吊りがいい?」
「こないだロープは捨てちゃったじゃん」
「ふふふ。予備をこのマンションに置いてたのだよ」
「もう。今日は何追求するのさ?」
 
「こないだ冬、言ってたじゃん。小学生の時に少女漫画みたいな怪しいレッスン受けてたって」
「あぁ」
「おとなしく白状すれば、痛い目には遭わせない」
 
「そうだなあ。たまには素直になるのもいいか。あれはちょっとワクワクする体験だったんだよ」
「ふーん。何年生の時?」
「小学2年生の時の担任の先生だよ。でも1年生の時も隣のクラスの担任で、その時からピアノを教えてくれたんだ」
「へー」
などと言いながら、政子は私の身体にロープを掛けている。
 
「私、エレクトーンは幼稚園の頃から弾いてたけどピアノは憧れの楽器で。学校には教室は電動オルガンだったけど、音楽室にグランドピアノがあって、その隣の倉庫みたいな部屋に壊れかけたピアノもあったんだよね」
「ふーん」
 
「音楽室のピアノはピアノ教室に行ってる子たちが代わる代わる弾いてたから私はあまり近寄れなくて。当時はピアノ全然弾けなかったし。それで倉庫にある壊れかけたピアノを私はよく弾いてたんだ」
「ふんふん」
「でも弾いてる内に音が狂ってることに気付いて」
「耳は良かったんだ!」
 
「それで私がどうしようと思ってた時にその先生が通りかかって『最近ここのピアノがよく鳴ってるなと思ってたけど、君が弾いてたの?』と言われたから『はい』と答えて『でも音が狂ってますね』と言ったら『直してみる?』と言われて」
 
「調律したの!?」
「うん。工具渡されたから、それで」
「へー!」
 
「私その当時は平均律というのを知らなかったから、5度の音程がきれいに響くように合わせていった。後で考えたら純正律で調律しちゃったんだよね」
「それは逆に凄い」
 
「それで折角音を合わせたなら実際ピアノ弾いてみようというので、その後、毎日放課後30分くらい教えてくれたんだ」
 
「で、女装は?」
「えっと女装って何?」
「そのレッスンの時、女装してたんでしょ?」
「なぜ〜!?」
「だってこないだは認めたじゃん。よし。このロープを引くとだね」
「痛たたた! ちょっとやめてよ」
「だから素直に白状しなさい」
 
「分かった、分かった。それはね。ある雨の日だったんだよ」
「ふんふん」
「話すからちょっとロープ緩めてよ。痛いんだけど」
「もう少し話したら緩めてあげるよ」
「もう。校舎がボロいもんだから、天井に水が溜まってんだよね。それで譜面を落としたのを拾おうとして、倉庫内に立てかけてあった板を倒してしまったら、それでそばにあった棒が押されて弱くなってた天井を突き破って、それで天井から水が落ちてきてずぶ濡れになって」
 
「ピタゴラスイッチだな」
「そうそう。まさにそれ。で11月だったから、これじゃ風邪引くから何か適当な着替えをといって」
「女の子の服を渡された?」
「うん」
「女の子の服の着替えしかなかったの?」
「多分先生の趣味。『え?女の子の服なんですか?』と訊いたら『君、これが似合いそうな気がしたから』と言われて」
「やはり、そういうオーラが漂ってたんだよ」
 
「それで私も女の子の服は着たい気分だったから素直に着て。それでピアノのレッスンの続きやったらさ」
「凄くうまく弾けた?」
「うん」
 
「例の女装するとパワーが上がるって奴だな」
「そうなんだよね。それまでどうしても引っかかってうまく弾けなかった所が女の子の服を着ているとスムーズに弾けた」
「ふふふ」
「それで翌日、ふつうに男の子の服でそこを弾こうとすると弾けないんだよね。それで先生がもしかしてと言って、また女の子の服を持って来て着てみてと言われたから着てみたら、スムーズに弾ける」
「ふむふむ」
「君、女の子の服を着るとピアノが上手になるみたい、と言われて、じゃこれから毎日、女の子の服を着てレッスンしようよ、ということになっちゃった」
「あはは」
 
「それでその先生が他の学校に転任しちゃった2年生の終わりまで、私ずっと毎日放課後に音楽倉庫で女の子の服に着替えて、ピアノの練習をしてたんだよね。2年生の時はその先生が担任になったから音楽の時間のピアノ係もさせてもらったんだ」
「ふーん。音楽の時間のピアノ係の時はやはり女の子の服で?」
「いや、それは普通の男の子の服」
「女の子の服を着れば良かったのに」
「ふふふ」
 
「冬の子供が男の子だったら、女装させて育てようかなあ」
「私の子供って、私は子供できないから」
「冬なら子供産めると思うなあ」
「子宮持ってないから無理だって」
「冬なら何とかするという気がする」
「無茶な」
 
「でも私が産んでも冬が産んでも子供一緒に育てようよ」
「まあそれはいいけど」
「私は一応27歳で取り敢えずひとり産むつもりだから」
「頑張ってね」
 
「私たぶんひとりの男性とずっと恋愛状態をキープするの無理だと思うんだよね。だから結婚はしないと思う。男の人と恋愛できない訳じゃないけどテンション続かない。女の子となら長続きするんだけど」
 
「道治君とも何だかレスビアンっぽくなってきてるみたいね」
「そうなんだよね。最近デートの度に女装させてるよ」
「彼のセクシャリティとしてはどうなの?」
「女の子になりたい訳じゃないみたい。でも女装して私と散歩したりセックスするのは楽しいみたい。お互いスカート穿いたままのセックスとか凄く燃えるし。嫉妬する?」
 
「しないよ。道治君が日常的にも女の子として生活しているなら別だけど、彼はふだんは男の子として行動してるし。私はマーサが男の子と恋することについては嫉妬を感じない」
「私も冬と正望君との関係には嫉妬を感じないしな」
 
「ね・・・ひょっとして貴昭君との関係もレズっぽくない?」
「・・・・彼ね・・・・小さい頃女の子になりたいと思ってたと言ってた」
「ふーん」
「でも男の子として生きる道を選んだんだって」
「そういう背景があったから、私のことも理解してくれるのかなあ」
「そうかもね」
 
「貴昭君って女装はしないの?」
「大学1年の時に付き合ってた彼女に面白がられてスカートとか穿かされたって」
「ふふふ」
「でも今は女物の服は持ってないらしいよ」
「ふーん。でもやっとマーサ、素直に貴昭君のことも話すようになったね」
「うん。でも私には道治がいるから、彼とは今は恋人になれない」
「まだセックスしてないの? こないだ彼が東京に出てきた時デートしてたよね?」
 
「セックス《は》しなかった」と政子は微妙な言い方をした。
「すれば良かったのに」
「彼との関係はもう少しゆっくり育てたいんだ」
「マーサって純情乙女だね」
「そうかもね」
「ところでロープ少し緩めてくれない?」
「そうだなあ。冬のあそこ舐めていい?」
「別に許可取らなくたって、いつも舐めてるじゃん」
 
「そうだけどね。ロープがじゃまだな。仕方無い。ここだけ緩めよう。ああ、でもここにおちんちん付いてた頃もちょっと懐かしいな。冬のおちんちんって立たないからロープできれいに押さえられてたし」
 
「おちんちん舐めたかったら、道治君のを舐めてあげなよ」
「いや別におちんちん舐めるのが楽しい訳ではない。おちんちんを弄んでこれ切っちゃおうかと言って、相手が切って欲しそうな顔をするのを見るのが良い」
「やはりマーサって、そういう子がいいんだ?」
 

4月22日月曜日。ローズ+リリーの第2ベストアルバムに向けてのファン投票の中間結果が発表された。投票総数は約60万票で、ここまでの『言葉は要らない』
のセールス90万枚に対して約3分の2の人が投票したことになる。
 
対象作品は『明るい水』から『言葉は要らない』までの5年間のローズ+リリーのシングル・アルバム(『夏の日の想い出』を含む)に含まれる曲で、一部権利関係の兼ね合いから対象外になる曲がある(初期に歌ったカバー曲)。この時点で106曲であったが、上位30曲には次のような曲が入っていた。
 
1.神様お願い 2.A Young Maiden 3.キュピパラ・ペポリカ 4.夏の日の想い出5.影たちの夜 6.天使に逢えたら 7.Spell on You 8.ピンザンティン
9.ふたりの愛ランド 10.言葉は要らない 11.恋座流星群 12.あの街角で13.遙かな夢 14.聖少女 15.Long Vacation 16.SWEET MEMORIES 17.花模様18.涙の影 19.夜間飛行 20.涙のピアス 21.帰郷 22.ギリギリ学園生活
23.エクスタシー 24.ヘイ・ガールズ! 25.長い道 26.その時 27.甘い蜜28.可愛くなろう 29.ブラビエール 30.アコスティック・ワールド
 

そして4月24日水曜日、ローズ+リリーの14枚目のシングル『100%ピュアガール』
と7枚目のアルバム『Rose+Lily the time reborn, 100時間』が同時に発売された。水曜日発売なので火曜日から店頭に並ぶ。この2枚にも各々投票券が入っている。中間結果の発表翌日にこれを発売するというのは、なかなか商売がうまい。
 
発売の記者会見代わりにスタジオ・ミニライブを行った。
 
◇◇テレビに協力してもらい、スターキッズをバックに最初『ラブ#』を歌う。その後、ローズ+リリーの2人がスタジオ内を走って行くと、そこにはワンティスがスタンバイしている。音源製作の時はこれに近藤さんと宝珠さんが入ったのだが、この日はタカと百瀬みゆき(上島ファミリーの歌手)が入っていた。
 
全く予告されていなかったので、ワンティスの登場に見ていた人が度肝を抜かれる。『疾走』が演奏される約5分の間に視聴率が急上昇したらしい。
 
その後ローズ+リリーはスターキッズの所に戻り、『あの夏の日』『快楽大王』
『包まれて』『100時間』『桜色のピアノ』『制服姿の君』をショートバージョンで演奏し、最後にタイトル曲『100%ピュアガール』を歌った。
 
ここで本来は番組は終了する予定であったが、◇◇テレビの女性アナウンサーが登場して「テレビ局宛に物凄いワンティス・アンコールの電話が掛かってきているのですが」と言う。
 
「行きましょう!」
という海原さんの声。
 
そこでローズ+リリーはワンティスの所に移動して、マリがヴァイオリン、私がイーウィーを持って、上島先生・雨宮先生が前に出てきて、2人のヴォーカルでワンティスの初期のヒット曲『漂流ラブ想い』を歌う。そしてふたりがまた楽器の所に戻り、マリと私のヴォーカルで再度『疾走』をショートバージョンで歌った。
 
30分番組の予定だったのだが、その後に予定されていたニュースの時間を潰して40分間の放送となった(ニュースの時間は最初から食いつぶす予定で計画)。
 

番組終了後、物凄い数の電話が◇◇テレビと★★レコードに掛かってきた。
 
「ワンティスは活動再開するのですか?」
「『疾走』の作詞者クレジットが長野夕香になってましたが、高岡さんの作品じゃないんですか?」
 
これに対して両者とも、クレジットについてはワンティス側からそう表示してくれという要請があったのでそう表示したということ。またワンティスは活動再開する予定は無いという回答をした。
 
ワンティスは★★レコード内のアーティストページを通して
「作詞者クレジットの件は27日・土曜日に見解を発表します」
というコメントを出した。
 
そして4月27日。上島先生と雨宮先生、それにワンティス担当であった加藤課長、更には松前社長と町添部長も一緒に記者会見をし、ワンティスの作品の大半は実は高岡さんではなく夕香さんが歌詞を書いていたことを明らかにした。
 
「まず最初に『疾走』の作詞者ですが、これは長野夕香であることは確かです。ふたりが事故で亡くなる直前、私の所に高岡から電話があり、すごくきれいな作品を夕香さんが書いたので、そちらにFAXするから曲を付けてくれと言われました。結果的にはこれが高岡の遺言になりました」
と上島先生。
「その日私は上島の家で下川と3人で一緒に飲んでまして、送られてきたFAXを私も下川も見ていますが、確かに夕香さんの字で歌詞は書かれていました」
と雨宮先生。
 
「それまでも夕香さんが作詞をすることがあったのでしょうか?」
 
「その点に関して、ファンの皆様に謝らなければならないことがあります」
と上島先生。
 
「ワンティスの作品は全て高岡の作詞ということでクレジットされていましたが、それは事務所の方針でそのような表記になっていただけで、実際にはワンティスのメンバー全員で分担して書いていました」
 
と上島先生は説明し、ワンティスの全ての作品について正しい作詞者が書かれたリストを公開した。パソコン画面がスクリーンに投影され、記者にはプリントしたリストが配られた。
 
「これを見ると高岡さんの作品は初期の頃のものだけですね」
「作品の大半が長野夕香さんの作詞だったのですか?」
 
「そうです。私たちは長野夕香作詞として発表したかったのですが、事務所側が
『高岡君の作品でないと売れないし、レコード会社側もそれでないと企画を通してくれない』と言うもので、やむを得ずその方針を受け入れていました」
と上島先生。
 
「長野夕香は、高岡と結婚するつもりだったので、それならどちらが印税を受け取っても同じことと考えていたようです」
と雨宮先生。
 
「レコード会社側の指示だったのですか?」という質問に対して加藤課長は苦虫を噛み潰したような顔で回答した。
 
「私がワンティスを担当する以前にそういう流れが出来てしまっていたようでして、私はそのことを1月に上島先生から相談されて知りました。当時の担当者は既に社外に去っているのですが、事が重大ですので当社の役員と共に訪問して当時のことを聞いたのですが、そのことは知っていたが自分が指示した覚えは無いと申しております」
 
「ではその作詞印税はどういう扱いになっているのですか?」
「高岡君の遺族に支払われています」
「長野さんの遺族には支払われていないのですか?」
 
「実はその代わりに、上島先生が自分が受け取るべき作曲印税を全額長野さんの御遺族に渡しておられたそうです」
と加藤課長。
 
「最初の頃は私も経済的な余裕が無かったため、毎月10万渡していました。その後こちらの余裕が出てきたので、ワンティスで入る印税の半分を渡すようになり、その後全額渡すようにして、最終的には過去の分を遡って渡しました」
と上島先生。
 
「夕香さんのお母さんが、事故のショックその他で倒れてしまい、実際にはお渡ししたお金の大半はその治療費に使われています」
と雨宮先生が補足する。
 
作詞者のクレジットに関しては、上島先生・雨宮先生・加藤課長の3人が高岡の遺族(父)と話し合い、高岡の印税を生活の当てにしていたこともあり、上島先生と雨宮先生が共同で和解金(金額非公開)を支払うことを条件に、名義を本来の作詞者に変更することを合意したこと、それで24日付けで全て変更したことを明らかにした。
 
「このようなことを今になって明らかにしたのはなぜですか?」
「昨年末に当時の事務所の社長が亡くなり、事務所自体が閉鎖されたことから私たちは、事務所と結んでいた業務上の守秘義務契約よりも、正しい著作権者の登録を優先すべきであると判断しました」
と上島先生は言った。
 
また★★レコードでは、加藤課長、当時の制作部門の責任者であった松前社長、現在の責任者である町添部長に減給6ヶ月の処分を課したことも明らかにした。
 

しかし騒動はこれだけでは済まなかった。実際には高岡が作詞をしていなかったのに作詞の印税を受け取っていた高岡の遺族に非難が集中した。上島先生と雨宮先生があらためてコメントを発表し、高岡の父親はそのことを知らなかったのだから勘弁して欲しいと擁護をした。
 
しかし休日明けの4月30日、高岡の父は今回の和解金の3000万円、及びそれに加えて自宅の土地建物を担保に銀行から借り入れた2000万円の合計5000万円を東日本大震災の被災地に寄付するという意向を明らかにした。(自宅についてはできるだけ早い時期に売却し、銀行からの借入金の返済に充てるとした)
 

「いや、ワンティス問題で、こちらのCDの話題は吹き飛んだ感があるね」
と町添さんは苦笑しながら言った。
 
5月1日に私は、神奈川県内の料亭で、町添さんと会っていた。
「10年間のツケの支払いですからね」
 
「でもこれでワンティスのCDを作ろうという機運が出てきたみたいでね」
「それは楽しみです」
 
「5000万円寄付すると言ったお父さんが潔いというので、ワンティスのファンから『高岡さんのお父さんに渡して』と言ってレコード会社にたくさんお金が送られて来ていて」
「わぁ」
「お父さんはそれは受け取れない。それも被災地に寄付してくれと言っているのでその方針で処理するということにして、それを今日明日にはウェブサイトでも告知するけど、純粋にお父さんを支援しようというので、ワンティス初期の作品で、高岡君が本当に作詞していた作品を集めたCDを出そうということなんだよ」
 
「いい企画ですね」
「それから、夕香さんの実家が一時期かなり厳しい経済情勢にあったこととかもここ数日の取材で分かって同情を集めているので、夕香さんの代表作品と、未発表作品とをセットにした作品も出そうと」
「それもいい企画です」
 
「結果的にワンティスは夏くらいまでの限定で稼働することになるみたい。まあ50万枚売れれば作詞印税が約2000万円入るから、税金引かれても銀行から借りたお金の半分は返せるからね」
「売れるといいですね」
 
「ワンティスの元担当の**君はかなり責められていたね」
「言い逃れが潔くないですから。いちばん張本人っぽい事務所の社長が亡くなっているから、結局誰が高岡さんの名前でなきゃダメだと言ったのかは真相不明のままですけどね」
 

「でもくれぐれもケイちゃんも運転に気をつけてよ。君かなり運転してるでしょ?」
「はい。上島先生からも言われています」
「疲労運転はしてないよね?」
 
「疲れたら最悪非常駐車帯ででも寝てます。最初の頃何度かウトウトとしてマリに殴られたので、最近はもうそのあたりは徹底しています。危ない気がする時は事務所のスタッフや友人を呼び出して、運転を代わってもらっていますし」
 
「うん。君のスケジュールがどんどんきつくなってきてる気がするしね」
「そうですね」
 
「実際問題さ、ケイちゃん」
「はい」
「君、もう既にオーバーフローしてない?」
「部長と津田さんとで作ってくださったスケジュールプログラムの指示に従って動いてますから」
 
「単刀直入に言ってさ。君、ローズクォーツから外れない?」
 
ああ、これが今日の本題だったかと私は理解した。
 
「いや、ローズクォーツも20年くらいやるつもりですから」
「君に過労で死なれると、困る人が大勢いるから。君がうちの会社の売り上げの半分を稼いでいるから、君に万一のことがあれば、大リストラせざるを得なくなって、路頭に迷う社員が大量に出る。君が曲を提供している歌手もみんな困る」
 
「それはまずいですね。強制休日でも作りましょうかね〜」
「君、休日作っても、その休日に作曲や編曲してるでしょ?」
「う・・・それはそうかも知れません」
「ケイちゃん、仕事人間だからなあ」
「そのお言葉、そのまま部長にお返しします」
 
「あはは。でもローズクォーツを作ってから来月で3年でしょ。そろそろ見直してもいいんじゃないかなとも思うんだけどね」
「うーん・・・・」
 
「何らかの形で仕事を少しセーブしないと、ほんとに君死ぬよ。自分の体力を過信しちゃだめだよ。もう少し上手にサボるようにしないと」
「でも上島先生はもっと凄いですよ」
「あの人はスーパーマンだから別格」
「私も何だかスーパーウーマンだとか随分言われてますが」
 
「取り敢えず響原君と話し合ってね。ローズクォーツの仕事をひとつ入れるから」
「えっと・・・私に更に負荷を掛けると?」
「逆、逆。音楽番組の伴奏をお願いすることにした。今年の秋の番組改編で視聴者参加の音楽番組をやることにして、その伴奏をローズクォーツに依頼する」
「のど自慢みたいなものですか?」
「そうそう。伴奏だけなので、ケイちゃん抜きになる。ローズクォーツ−−(マイナスマイナス)という奴だね。ローズクォーツって何でも演奏できちゃうから、こういう仕事には最適なんだよね」
「ああ。++とか−−って話がありましたね」
(ローズクォーツ++はマリが参加したもの。−−はケイを抜いたもの)
 
「それで他の4人にはちゃんとお仕事がある状態で自然に君は休める」
「あはは」
 
「それに今年度の後半は、君もマリちゃんも卒論があるでしょ?」
「ええ。それは何とか時間を作らなきゃと思っていました」
 
「まあそれで取り敢えず半年の休暇みたいなもんだね」
「ありがとうございます」
「あと、津田君から聞いてるよね? kazu-manaのみどりちゃんが妊娠出産のため休業期間に入るのと、槇原愛も大学受験のため夏以降お休みになる」
「ええ、それで鈴蘭杏梨もしばらくお休みになります」
 
「しかし不思議だよね。同じようにマリ&ケイから曲の提供を受けていてもスリファーズと槇原愛ではセールスが100倍違う」
 
「素材の良さですよ。やはりスリファーズの3人のスター性だと思います。槇原愛が悪い訳じゃないと思いますけどね。相性の問題もあるかも知れないから、他のソングライターさんの作品とかも試してみていいですよ、とは津田さんに伝えてますが」
 
「うん。でも津田さんとしては毎回7000〜8000枚も売れたら充分売れている部類に入るから、そのあたりで変な混乱も起こしたくない感じだね」
「確かにそこそこ売れていた歌手がソングライターを変えた途端売れなくなることもよくありますから。KARIONとかELFILIESは偶然うまく行っただけで」
 
「そうなんだよね。作詞作曲者の変更は博打だよ」
「もしかしてワンティス問題もそのあたりがあるんでしょうかね」
「多分ね。事務所としては毎回数十万枚売れているバンドで冒険したくなかったんだろうね」
「そういう意味ではスイート・ヴァニラズ方式は意外といいのかも知れません。誰が作詞して誰が作曲してもスイート・ヴァニラズ作詞作曲にして印税山分け」
「マリ&ケイもだね」
「確かにです!」
 

「しかしローズ+リリーは好調だね。『言葉は要らない』はミリオン到達したよ」
「ありがたいです」
「これで6枚目のミリオンになるね」
 
(過去のミリオンは 1.甘い蜜 2.神様お願い 3.夏の日の想い出 4.涙のピアス 5.天使に逢えたら)
 
「でも色々それぞれに事情がありましたからね。もしかしたら純粋な意味でのミリオンはこれが初めてかも知れません」
「うん。でも売れたらそれが勝ち」
「ですね」
 
「『100%ピュアガール』も凄い売行きだよ。初動で50万行ったけど、その後、どうもワンティスファンが大量に買い求めているみたいで。連休明けにはミリオンを越えそうだよ」
「また事情ありのミリオンですね」
 
「ワンティスの件が大騒ぎになって埋もれてしまったけど『the time reborn』
も物凄く反響が大きい」
「そうですか」
「初動が70万なんだよね。つまり、同時発売された2枚に関しては、ショップに買いに行ってアルバムの方だけ買って来た人もかなりいたということだと思う」
「わあ」
「これも2枚目のミリオン・アルバムになる可能性があるね」
(1枚目のミリオンは『Month before Rose+Lily, A Young Maiden』)
 
「ファン様々です」
「FMでもかなりオンエアされているし、有線のリクエストも凄いね。オンエアや有線では『100時間』『破壊』とかが多いけど、カラオケでは『桜色のピアノ』
『涙のハイウェイ』とかが多い」
 
「『100時間』『破壊』は私とマリが会った1日目に書いた作品でまだ谷底の心理状態で書かれた曲ですが『桜色のピアノ』『涙のハイウェイ』は2日目、立ち直り掛けに書いた曲ですから。歌いやすいと思います」
 

「KARION, XANFUSとのコラボCDも凄いよ。R,X,Kのどの版が何枚売れたかというのは公表しないことにしてるけど、今の所R版35万枚、X版32万枚、K版28万枚売れてる。合計100万突破は時間の問題」
「ああ。そんなものでしょうね」
「この数字は君と、和泉ちゃんと光帆ちゃんの3人にだけ個人的に伝えた」
「個人的にというと、事務所には?」
「言ってない」
「うふふ」
 
「和泉ちゃんも光帆ちゃんも君と同じように『ああ、そんなものでしょう』
と言ってたよ」
「KARIONのファンはファミリー層が多いから人気が必ずしもCD売り上げに直結しないんですよ。XANFUSとローズ+リリーは競る感じになると思います」
「そんなことを光帆ちゃんも言ってた」
「うふふ」
 
「ところでさ」
「はい」
「音羽ちゃんと光帆ちゃんって、やっぱりそういう関係?」
「だと思いますよ。事務所のコントロールが厳しいので、それを認めるような発言は公の場ではしてませんが、個人的に会ったりした時はかなりイチャイチャしてます」
「マリちゃんとケイちゃんみたいに」
「うちは事務所が緩いから、かなり公言してますけどね」
「なんか公式サイトにハートマークが付いてるよね」
「あはは」
 

5月5日・仙台。ローズ+リリーの今年2度目の公式ライブが行われる。
 
ローズ+リリーのバックバンドは、ローズクォーツとスターキッズの両方を使っていく方針が年末に発表され、2月の名古屋はスターキッズ、3月の福島は両者合同であったことから、今回の仙台ではローズクォーツ単独になるのではという予想がネットではなされていた。ただ、最近のアコスティック楽器を多用したアレンジの曲にはやはりスターキッズが必要なのではという意見もあり、そこでどうなるかというのもファンサイトでは議論されていた。
 
またローズ+リリーのライブでは毎回何かの「サプライズ」をオープニングにやっている。10月の札幌では弦楽四重奏で始まり、12月の大分ではお料理の時間のセット、2月の名古屋は雅楽を演奏する中の結婚式から始まり、3月の福島ではステージ上に「ローズ+リリー&フレンズ」(ファンサイトでの表現)がずらり並んで会場と一体になり『I love you & I need you ふくしま』
を歌った。
 
今回の「サプライズ」の予想も色々ファンサイトや2chで行われていていた。真夏のセットでビキニで出てきて『ふたりの愛ランド』を歌うのではとか、漁船のセットで斎太郎節ではないか(これは実は候補として検討した)とか、ワンティスが出てくるのではなどという予想もあった。
 
一般発売した6000席に加えて、FM局などの招待枠、また福島ライブでギリギリでチケットを取れなかった人に配った優待券、また一部の被災地自治体に割り当てた特別招待枠などで、ハイパーアリーナは7000席満員になっていた。
 
ざわめいていた会場が客電が落ちるとともにさっと静かになる。そして幕が上がり始めると大きな拍手が起きて、多くの観客が立ち上がる。
 
が、ステージ上に並ぶ編成を見て、戸惑うようなざわめきが起きた。
 
第1ヴァイオリンの桑村さんの指示でクラリネットが音を出し、それで全員チューニングを確認する。そこに燕尾服を着た渡部さんが下手から登場し、指揮台に立つ。桑村さんを見て、それから全員の顔を見て指揮棒を振る。ギター2人による前奏に続いて16人も並んだストリング・セクションが華麗な音で『恋はみずいろ(L'amour est bleu)』のメロディーを奏で始めた。観客はお互いに左右前後を見たりして、結局五月雨のような着席していった。
 
ローズ+リリーのライブ未経験の人たちの中には、間違ったライブに来てしまったのではと不安になった人もかなりあったようである。
 
ストリングによるAメロ演奏の後、今度はピアノとエレクトーン、マリンバにビブラフォンという鍵盤楽器セクションで再度Aメロが演奏される。この時、マリンバを月丘さん、ビブラフォンをヤスが弾いているのに気付き、やはり正しいライブに来たようだと安堵した人もかなりあったようである。
 
Aメロ2回の後は木管セクションがサビを演奏する。フルート奏者の中に宝珠さんがいるのに気付き「ナナちゃーん」などと声援が飛んだ。このあたりで観客もかなりリラックスした雰囲気で聴き始めていた。
 
そしてサビが終わって間奏をはさんでAメロに行くところで、ヴァイオリンのセクションの最後列で実際にヴァイオリンを弾いていた、私とマリが楽器を置き、前列に飛び出してきて黒いシックなドレスを脱ぐと、白いミニスカの衣装を着ている。
 
歓声が起きて、「マリちゃーん」「ケイちゃーん」の声が飛ぶのに手を振って応える。そしてAメロをふたりのデュエットで「甘い恋心・・・」と歌い始めた。
 
そのままふたりの歌とストリングス、ピアノなどが絡み合いながら曲は最後まで到達する。
 
割れるような歓声と拍手があった。
私たちはマイクを取って挨拶した。
「こんにちは、ローズ+リリーです」
 
拍手が少し収まるのを待って演奏者を紹介する。
「ローズ・クォーツ・グランドオーケストラ! 指揮は渡部賢一さんです」
 
大きな拍手があり、私はこのオーケストラについて説明する。
 
「実はローズクォーツの方の企画アルバムで『Rose Quarts Plays』というシリーズを作っていまして、前回は『Girls Sound』ということでローズクォーツのメンバーが女装して女の子バンドの曲を演奏したのですが、今度は『Rose Quarts Plays Easy Listening』ということでイージーリスニングをやることになりました。最初はシンセの音で構成するつもりだったのですが企画している内に誰かが『本当は生楽器の音でやりたいね』と言い出して、それでグランドオーケストラを作ってしまいました。9月までの限定活動ですが、このオーケストラで演奏した楽曲のアルバムを来月発売しますので、よろしかったら買って下さい」
 
「ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラ」自体については雑誌で団員募集の公告もあったことから、一部のファンに名前は知られていたが、実態の情報が全く出てこないので、企画倒れに終わったのではという説がこの時期は流布していた。それが突然リアルに登場したことは大きな驚きをもたらしたようであった。
 
「それではローズ・クォーツ・グランド・オーケストラの演奏でもう1曲。『天使に逢えたら』」
 
拍手が鳴り止むのを待って渡部さんの指揮棒が振られる。第1ヴァイオリンの弓が引かれ、続けて他の楽器の音も鳴り出す。少しずつずらして鳴る弦楽器の音が、流れるようなサウンドを作り出す。その美しい音の流れに乗って私たちはこの歌を歌った。
 
大きな拍手があり、私はオーケストラと指揮者を再度紹介して、いったん幕が降りる。私たちはその幕の外側に立った。
 
「さて、取り敢えず2人だけど、何をする?」
「いつもやってた感じで演奏しよう」
「そうだね。私たちふたりだけで随分路上ライブやったもんね」
 
などと言うと「えー!?」という驚きの声が上がる。
 
そこにスタッフさんが政子のヴァイオリンと私のフルートを持って来てくれたので「それじゃ」と言って演奏し始める。
 
最初は『神様お願い』を演奏した。私のフルートがメロディーを奏で、マリのヴァイオリンがそれにハーモニーを添える。こういう形式の演奏は初めて聴く人が大半だったこともあり、みんな静かに聴いていた。なお、会場が広いのでヴァイオリンにもフルートにもピックアップを付けていて、PAで増幅して音を流している。PAは最初仙台の地元の音響会社に頼む予定だったのだが、そこの技師が麻布さんと旧知であったので「ローズ+リリーのライブを何度か見ておられるのでしたら、麻布さんメインでやりませんか? むしろこちらは初体験だから」ということになり、麻布さんが卓の前中央に座り、有咲も助手として傍に付き、それに仙台のスタッフが支援をするという形で今日は音響を管理している。
 
『神様お願い』のヴァイオリンとフルートによる演奏が終わると、拍手が来るがマリが
「でも歌が無いのは寂しいね」
などと言う。
「でもヴァイオリンもフルートも弾き語りができない楽器だから」
「だからケイはフルートの吹き語りを練習しなよ、と」
「それ無理だって」
 
「やはり私たちが歌うには伴奏者が必要だね」
「伴奏者もローズ+リリーであればいいんじゃない?」
「それなら、ローズ+リリーだけで演奏してることになるね」
 
と言った所で、ケイとマリのお面を付けた博美と小春が、ギターとカホンを持って登場する。
 
「えっと、どなたですか?」
「ローズ+リリーでーす」と言うので会場に笑い声が起きる。
 
「あなたたちもローズ+リリーですか? 私たちもローズ+リリーなのよね」
「おや、それは奇遇ですね」
「じゃ、私たち歌うから、そちらは伴奏してくれない?」
「おっけー」
 
ということで、小春のギター、博美のカホンの演奏で『あの街角で』が演奏される。それに合わせて私たちは歌った。客席から手拍子が来る。
 
さっき演奏した『神様お願い』は私たちが東北でやっていたゲリラライブの形式、こちらの『あの街角で』は都内でやっていたゲリラライブの形式である。どちらも実際に見た人の数はそう多くないし、この会場に見た人がいるかどうかも分からないが、ローズ+リリーの活動がこれから本格化していく中で、当面ゲリラライブはできないので、その総決算の意味もあった。
 
「お疲れ様でした〜。ローズ+リリーのおふたりでした」
と言って、ふたりを紹介し、拍手と笑い声の中、博美と小春は手を振って下がった。
 
幕が上がる。バックにはローズクォーツがスタンバイしている。
サトの合図で演奏が始まる。最初は『花模様』だが、タカはいつものエレキギターではなくアコスティックギターを弾いている。ヤスも電子キーボードではなくグランドピアノである。マキはいつものエレキベースだが、これでかなり普段とは異なったサウンドになっていた。
 
観客は「へー」という雰囲気の反応。比較的静かな曲をローズクォーツにどう演奏させるかというのが課題だったのだが、観客の反応が悪くないので私たちはホッとした。
 
その後『帰郷』『カントリーソング』『桜色のピアノ』『涙のハイウェイ』
『包まれて』『言葉は要らない』『Long Vacation』『100時間』と演奏したところで、わたしたちふたりはステージ最前部の所まで出て、後ろで幕が降りる。
 
「なんか幕が下りたけど」
「気にしない、気にしない。それでは次の曲は高校1年の時に私とマリが初めて一緒に作った曲です。『あの夏の日』」
 
と言うと、ポータブルキーボードを持った仁恵とカスタネットを持った琴絵が出てくる。
「ひとえちゃーん」
「ことえちゃーん」
と声が掛かった。どうもこのふたりは熱心なファンにはおなじみの存在になっているようである。
 
ふたりが客席に手を振り伴奏を始める。音感ゼロの琴絵だが、リズム感はそう悪くもないのでカスタネットを打ちながら踊るというのは大きな問題が無い。
 
私たちはふたりの伴奏でこの6年前の曲を歌った。
拍手があった後で解説する。
 
「この曲を作ったのは6年前の2007年8月4日です。ちょうどローズ+リリーが生まれる1年前のことでした」
「あの時、私ケイを女装させたのですが、あまりにも可愛くて。いつ男の子の服に戻ればいいの?なんて訊くケイに、そのままおうちに帰りなさいって言ったんです」
「あれ困りました」
「それで女の子の服を着て帰宅したケイを見て、こんなに可愛くなるならとお母さんが感激して、お前もう女の子になりなさいと言われて、性転換手術も受けて2学期からは女子高生として通学するようになったんだったよね?」
「私の過去を勝手に改竄しないように」
 
「あれ?性転換したのはそれより前だっけ? そういえばあの時、私ケイの胸とお股に触ったけど、既におっぱいあったし、おちんちん無かったし」
「それはマリの勘違い。それでは次の曲です」
 
このマリの発言で「ケイはいつ性転換したのか?」というのがまたネットで議論されていた。
 

幕が上がると、ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラがスタンバイしている。
 
音合わせが行われて指揮者の渡部さんが登場。指揮棒が振られて『長い道』
が演奏される。それに合わせて私たちは歌った。
 
2008年12月のロシアフェアで歌った曲で、2009年夏のベストアルバムの表題曲になった曲である。これを町添さんが表題曲にしたのは、ローズ+リリーの活動は、まだ始まったばかり。今休止中になっている活動も、やがて復活し、ふたりは長い道を歩いて行くことになる、という思いが込められている。
 
このアルバムを聴いていない人も『悲しき天使』あるいは『花の季節』のタイトルで聴いたことのある人の多い曲なので、会場は結構ノリノリであった。
 
その後、再度オーケストラ、第1ヴァイオリン、ドラムス(サト)、ギター(タカ・近藤)、ベース(マキ)、第1フルート(宝珠)、ビブラフォン(ヤス)、そして指揮者を紹介して、私たちはいったん下がる。
 
そしてクォーツグランドオーケストラの演奏で『オリーブの首飾り(El Bimbo)』
『シバの女王(La Reine de Saba)』『エーゲ海の真珠(Penelope)』と演奏は続き、更に『恋人たちのバラード(Paris Ballade)』の前奏が始まると、お色直しをした私とマリが再登場する。そしてこの曲のスキャット部分をふたりでデュエットした。
 
そしてまたまたふたりを残して幕が下りる。
 
がそこにタカとマキが幕を潜って出てくる。そしてふたりの伴奏で私たちは続けて『100%ピュアガール』を歌う。
 
「I'm a pure girl」というマリの歌に呼応して「I'm a compatible girl」と私が歌うやりとりは、会場の中の特に男の子たちの笑いを取っていた。
 
更にふたりの伴奏で『夏の日の思い出』『キュピパラ・ペポリカ』『涙のピアス』
『甘い蜜』とミリオンヒットを連続で歌い、そこで幕が開く。後ろにはサトとヤスがスタンバイしていて、ドラムス・キーボードが入った伴奏で『制服姿の君』
『破壊』と最新アルバムの中の曲、『快楽大王』『ラブ#』と最新ングルの曲を歌って、更に『夜間飛行』『Spell on You』『影たちの夜』とダンスナンバーを歌った上で最後の曲『疾走』を歌って幕が下りた。
 

アンコールの拍手が起きて、幕が開き、また私とマリ、それにローズクォーツのメンバーがステージ上に登場する。更にはオーケストラのメンバーもぞろぞろと登場するが、全員楽器は持たずにお玉を持っている。渡部さんまでお玉を持っている。そして渡部さんが指揮台に立ち、観客の方を向いてお玉を振ると、ローズクォーツの前奏が始まり、客席から「ピンザンティン」の声が掛かり、客席でも多数のお玉が振られる。
 
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
客席からも歌声が聞こえる。渡部さんも楽しそうにお玉を振って指揮をする。オーケストラのメンバーは、ヴァイオリニストはお玉を弓を引くように動かし、トランペッターやフルーティストはお玉を吹くようにしている。サトはドラムスを実際にお玉(エボナイト製)で叩いている!
 
マリも楽しそうにこの歌を歌っている。食べ物のことを考えている時のマリはいちばん美しい。
 
やがて歌い終わり、大きな拍手が来たところで、私たちはアンコールの御礼を言う。私たちがMCをしている間にローズクォーツもオーケストラも下がる。そしてスタッフの手でグランドピアノが中央に寄せられる。
 
「それでは最後の曲です。『A Young Maiden』聴いてください」
と言って私はピアノの椅子に座り、マリはいつものように私の左側に立つ。
 
控えめなピアノの調べに合わせて私たちは一緒に歌う。ふたりの声は絡み合う。それはまるでDNAのふたつの螺旋が絡み合うかのようだ。きっと私とマリが一緒に歌う度に、私たちの子供が生まれているんだ。そんな気さえしてくる。
 
会場は手拍子も打たずに静かに聴いている。
 
そして最後の音を弾き終わり、マリが私にキスをする。「きゃー」という悲鳴なのか歓声なのか分からない声が帰ってくる。私たちは立ち上がり客席に向ってお辞儀をする。拍手の中、幕が下りた。
 
 
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【夏の日の想い出・4年生の春】(1)