【夏の日の想い出・セーラー服の想い出】(1)

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ボクは中学3年生の時、同級生の女の子Sと恋人関係になった。ボクは男の子となら何度か恋をしたことがあったけど、女の子と恋人関係になるのは初めての体験でいろいろ戸惑いがあった。今まで女の子を好きになったことが無かった訳では無いけど、たいてい向こうはこちらを同じ女の子としか見てくれないので恋愛関係に発展することは無かった。でもSの場合、転校生でボクのことをよく知る前に恋愛感情を持ってしまったのである。
 
彼女と付き合い始めて間もなく、倫代が「話がある」と言ってボクを校舎の裏に呼び出した。
 
「冬って女の子と恋愛できたのね」と倫代。
「ボクもびっくり。初めての経験」とボク。
 
「冬を合唱部に入れたのは女の子には恋愛的な興味が無いから他の部員とそういう方面のトラブルが起きる心配無いと思ったからなんだけどなあ」
「ごめーん」
「男の子として目覚めたの?」
「まさかぁ。ボクは女の子だし、正直、恋愛的には基本的に男の子にしか興味は無いよ。Sちゃんの場合、気がついたら恋愛関係になっていたというか」
 
「んじゃ、オトシマエ付けてもらおうか?」
「へ?」
「指詰めるのは、ピアノ弾くのに困るだろうから、お情けで代わりにおちんちん詰めてもらおうかな」
「うっ」
 
「おちんちん必要? 彼女とセックスしたいんだっけ?」
「多分・・・・ボク、女の子の裸を見ても全然興奮しないと思う。だからボク女の子とのセックスは多分無理」
「ふーん。。。冬ってオナニーするの?」
「中学に入ってから2回しちゃったかな」
「ああ、そのレベルか。じゃ、おちんちん無くなってもいいね?」
「ホントに切るの?」
 
「そうだね。まあ、そのおちんちん詰めるのはセルフサービスでやっといてね。でも、おちんちん切っちゃったら、もう男子の制服は着られないよねぇ。おしっこするのにも困るだろうしね」
「えーっと」
「ちょうど衣替えの季節だしね。その学生服は私が没収」
「へ?」
「代わりにこれ着て。おちんちん無くなったら、こちらの方が着やすいと思うよ」
 
そう言って、倫代はボクに紙袋を渡した。
 
「えーっと、このセーラー服は」
「この件で、若葉ちゃんに相談したらさ、ああ、それなら冬に制服あげたがってるOGがいますよ、と言われて、もらってきた」
「絵里花さんのか!」
 
果たして、スカートの内側に「美咲」という名前の刺繍が入っている。
 
「このセーラー服で就学しても良いし、練習の時だけセーラー服に着替えても良いし」
「練習の時だけにさせてください」
 
「秋になったら冬服ももらってきてあげるよ」
「えーっと」
 
「取り敢えず、これに着替えてよ。その学生服上下は私が廃棄しておくから」
「ひぇー」
 
ボクは取り敢えず体育用具倉庫の裏手で倫代から渡された夏服のセーラー服に着替えた。
「じゃ、これで練習行こう」
「あはは」
 

ボクが倫代と一緒に音楽室に入っていっても誰も何も騒がないので、内心ドキドキしていたボクはちょっと拍子抜けしたような気分だった。
 
そのままいつも通り、練習が始まる。今日のピアノ担当、美野里の伴奏で最初はドレミファソファミレドの練習である。その後、ウォーミングアップ代わりに瀧廉太郎の「花」を歌った。それが終わる頃に顧問の上原先生がやってくる。
 
「ではコンクールの課題曲『虹』を行きましょう。あれ?今日は冬子ちゃん来てないのかな?」
「来てます」と私はアルトの席の最後尾から言った。
 
その時初めてみんなが「えー!?」と言って私の方を見た。
 
「全然気付かなかった」
「女子制服着てる!」
「私は気付いてたけど、別に違和感感じなかったから」と日奈。
「ああ、女子制服着てるなあとは思ったけど、冬ちゃんの冬服の女子制服姿は以前にも見たことあったし」と亜美(つぐみ)。
「あ、そういえば去年のクリスマスコンサートには女子制服で来てたもんね」
 
「女子制服で通学することにしたの?」
「えーっと、私どうなるんだろう?」
「冬はもう男の子ではないので、少なくとも合唱部ではこの服です」
と倫代が言うと、
「はい、了解です。じゃ頑張ってね」
と先生は平然とした顔で言って、ふつう通りの練習が始まった。
 

その日、練習が終わった後、ボクは音楽室から出るとそのまま校門の方に向かった。「あれ? 今日は教室に戻らないの?」と日奈。
「いや、戻っていて誰かに見られたら恥ずかしいから」とボク。
「合唱部の全員に女子制服姿を晒しといて、何を今更?」と亜美。
「えーっと」
「ああ。Sちゃんに見られたくないんでしょ? SちゃんもそろそろJRC終わる頃だから、鉢合わせしたくないんだ?」
「うん、まあ・・・」
「女子制服姿を見せて、実態知ってもらえばいいのに」
「うーん・・・」
 
「でもさっき倫代が『冬はもう男の子ではない』って言ってたけど性転換したの?」
「えーっと、おちんちん今日中に切りなさいって言われたんだけど、どうしよう?」
「切れば?」
「うーん・・・・・・」
 

自宅に(夏服セーラー服のまま)帰ったら、姉がいた。
「ただいま」
「おかえり。あれ? もう衣替えなんだっけ?」と姉は言った。
「衣替えは6月1日からなんだけどね」
「まあ少しくらい早くてもいいよね」
「えっと・・・それだけ?」
「ん?何か問題ある?」
 
「えーっと。特に無いかな。お母ちゃんは?」
「買物行ってるよ」
「着替えて来よう」
「それがいいかもね。明日もそれで通学するの?」
「うーん。。。どうしよう」
 
姉があまりにも平然としているので、ボクは何だかセーラー服を着ているのが特別なことではない気がして、そのまま自分の部屋に行くと、ポロシャツとショートパンツに着替えて、取り敢えずは宿題をした。セーラー服はハンガーに掛けて部屋の鴨居のフックに掛けた。
 
宿題が終わってから居間に出て行くと母が帰ってきている。
「ああ、冬、ちょうど良かった。今日はハンバーグしたいのよ」
「うん、作るよ」
とボクは微笑んで答えて台所に行き、材料のチェックを始める。ずっとファッション雑誌を読んでいる姉が、少し笑った気がした。
 

食事が終わってから自分の部屋に入り、ボクは少し悩んだ。
 
倫代から「おちんちん今日中に切っておいてね」と言われたけど、そう簡単に切れるものじゃないし・・・・どうしよう? そりゃ、ボクとしてもその内切ってしまいたい気はしているけど・・・・
 
ボクは部屋に置いている家電の子機を使って、奈緒の家に電話した。奈緒のお姉さんが出たが、ボクの声を聞いただけで「ちょっと待っててね」と言って奈緒に代わってくれた。
 
奈緒はボクの話を聞くと大笑いした。
「冬って時々面白すぎるよ」
「そ、そう?」
「電話じゃちょっと話しにくいから、今からうちに来ない?」
「今から? いいの?」
「冬ならいいよ。お風呂であのあたりきれいに洗ってからおいでよ」
「うん」
 
ボクはお風呂場に行き、取り敢えずその付近をきれいに洗った。それから新しい下着をつけた上で
「ちょっと奈緒んちに行ってくる」と母たちに告げる。
 
「こんな時間から?」
「近所だし。そんなに遅くならないから」
「まあ、奈緒ちゃんならいいか」
 
ということでボクは夜7時半ではあったが、500mほど離れた奈緒の家に行った。(奈緒とは家の距離は500mくらいだが、その500mで校区をまたぐので隣の中学になってしまうのである)
 

「こんばんは。夜分恐れ入ります」と奈緒のお母さんに挨拶し、奈緒と一緒に部屋に入った。
 
「下着はどっち着けて来た?」と奈緒から訊かれる。
「えっと・・・・女の子のパンツ」とボクは少し恥ずかしげに答える。
「よろしい、よろしい。女の子になっちゃったら、男物のパンツはもう穿けないからね。じゃ、私が冬を女の子にしてあげるよ」
「え・・・」
「冬も女の子になりたいんでしょ?」
「うん・・・・」
「じゃ、問題無い。冬が女の子になっちゃったら、冬の彼女は戸惑うかも知れないけど、元々冬は実質女の子だったんだからねえ」
「うーん・・・」
 
「じゃ、まずこれでセルフサービスで処置してくれない?」
と言われて、ハサミとカミソリを渡された。
 
「え? これでアレを切るの?」
「それを自分で切れなかったから、私の所に来たんでしょ?」
「うん」
「それで毛を全部切って剃ってよ。毛があったら邪魔で切ってあげられないもん」
「ホントに切るの!?」
 
「切って欲しくてうちに来たんじゃないの?」
「えっと・・・・」
「私ちゃんと止血できるよ。私、お医者さん志望だからね。ただ麻酔は持ってないから、痛みはあるだろうけど」
「ひゃー・・・」
 
「切られたくない?」
「いや、そのうち切っちゃうかも知れないけど、心の準備が」
「おちんちん、無くてもいいんでしょ?」
「うん。まあ・・・・」
「じゃ、切っちゃってもいいじゃない」
「うーん・・・」
「取り敢えず毛を剃っちゃいなよ」
「うん」
 
「これの上でやるといいよ。私、後ろ向いてるね」
と言って、奈緒は古新聞を渡してくれた。更にシェービングフォームとウェットティッシュを渡された。
 
ボクはドキドキしながら、新聞紙の上で
ズボンとパンティを脱ぎ、まずはハサミでその付近の毛をザクザクと切り、その上でシェービングフォームを付けて、カミソリで剃ってきれいにしていった。ウェットティッシュできれいにフォームを拭き取る。新聞紙をまるめる。
 
「剃ったよ」とボクが答えると、奈緒は笑顔でボクの前に回る。
 
「何隠してるの?」
「いや、だって・・・・」
「私は今日はお医者さんだよ。お医者さんには見せていいでしょ? そもそも見なきゃ、冬を女の子にしてあげられないよ」
「うん」
それでボクは手を離した。奈緒は遠慮無くボクのおちんちんを触った。少し弄んでいる。
 
「なんで大きくならないの?」
「え?だって奈緒には恋愛感情持ってないから」
「ふーん。恋愛感情持ってる相手に触られたら大きくなる?」
「分かんない・・・」
「自分では大きくしたりする?」
「うーん。。。小学校の4〜5年生の頃は何度かしたけど」
「最近はしてないの?」
ボクはコクリと頷いた。
 
「じゃもうほとんど女の子だったりして。でも本当の女の子になっちゃったらSちゃんとの関係はどうするの?」
「うーん。。。。彼女とセックスとかまでする所までは多分行かないと思うから。さすがにそれ以前にボクの性格、バレると思うし」
「性格というより性的志向ね」
「そうだね・・・」
 
「Sちゃんのこと、そんなに好きな訳じゃないんだ?」
「好きだけど・・・・彼女に対して性欲は持ってないと思う。プラトニックな恋だよ、ボクの感情は」
 
「もし今ここにSちゃんが居て、これに触られたら、大きくなると思う?」
「彼女とそんなことするつもりはないけど・・・・大きくなるかも知れないけど自信無い」
「でも、Sちゃん居ないし、今夜限り冬は女の子になっちゃうから、残念だね」
「うん・・・・」
 
「横になって」
「ほんとに切るの?」
「もう覚悟を決めなよ」
 
「うん」
ボクはまだ迷いながらもそのまま横になった。本当に切られちゃうのかな・・・・
 
「膝を立てて、身体から力を抜いて」
「うん」
「目を瞑ってた方がいいね」
「分かった」
 
何か冷たい金属がおちんちんの根元に接触した。きゃー。ホントにホントに切っちゃうの!? えーん。でも切られたい気もする。心臓がどきどきする。そして鋭い痛みがした。う。。。。。
 
と思った次の瞬間、ボクは「え!?」と思った。
「ちょっと、ちょっと」
「動かないで」
「うん」
 
きゃー。ちょっと〜。これって、あれ・・・・されてんだよね?
それは深く深く、入ってきた。
何これ? 気持ちいいけど・・・・
 
「もしかして初めて?ここに入れられるのって?」
「初めて」
「じゃ、私、冬のバージンもらっちゃったのね」
「あはは」
 
「このまま出し入れすると、気持ち良いらしいよ。そのまま逝くまでやってみる?」
「勘弁してください」
「自分で握って出し入れしてもいいよ。私、後ろ向いてるから」
「いや、もういいです」
「じゃ、抜くよ」
「うん」
 

奈緒はボクのあそこから、入れていたものを抜くと、しばらくボクをそのまま放置してくれた。抜かれるとホッとした気分になるが、すぐには動けない。ボクはしばし放心状態に近い状態だったが、やがて少し気持ちが落ち着いてくる。
 
「何を入れたの?」
「これ」
と言って見せてくれたのは、ビニールのようなものに覆われたマジックインキだ。
 
「あはは」
「冬はヴァージンをマジックインキに捧げちゃったね」
「うん。まあ、いいか」
「でも、これで冬は女になったんだよ」
 
「うっ・・・・たしかにやっちゃうことを女になるとは言うけど」
「でも冬のおちんちんは最後まで大きくならなかったね」
「それは男の子の器官だから」
「やはり、冬って女の子なんだ!」
「そうかも」
と言ってボクは微笑む。
 
「まあ、大きくなったらホントに出血してたかもね」
「あはは」
奈緒はおちんちんの根元をカミソリでとても浅く切ったのである。傷跡は付いているものの、凄く上手に切ってあって血は出ていなかった。痛いけど!
 
「じゃ、私が証明書書いてあげる」
「へ?」
 
奈緒はレポート用紙にボールペンを走らせて
《唐本冬子は本日確かにおちんちんも切り、女になったことを証明する。2006年5月29日 横沢奈緒》
と書いた。
 
「はい。これを倫代に見せればいいよ」
「あはは。ありがとう」
「記念に冬のバージンを捧げた相手もあげるね」
 
と言って、奈緒はビニールのようなものを外してマジックインキをボクにくれた。
 
「そのビニールみたいなの、なあに?」
「ん?知らないの」
「うん」
「コンドームに決まってるじゃん」
「え?」
 
ボクは初めてそのことに気付いて真っ赤になってしまった。
 
「ああ。純情だ! コンドームって見たことなかった?」
「うん」
 
「じゃ、これもあげるけど、臭うから捨てた方がいいよ」
「うん、さっき毛をそったのと一緒に捨てるよ」
 
ボクはビニール袋をもらい、そのあたりの様々なものをまとめて入れた。服を着るが、切った所が下着で押さえると出血する可能性があるので、ナプキンを1枚恵んでもらって、パンティに貼り付けておいた。
 
「冬から私がナプキン借りたこともあったしね」と奈緒。
「そうだね」
 
「ところで痛くない?」と奈緒は訊く。
「前も後ろも痛い」
「それは冬が女になった痛みだね」
「うん」
 
「まあ、でもできるだけ早くおちんちんもタマタマもホントに取っちゃった方がいいよ」
「考えとく」
 
「ついでにこれもあげるから、飲んじゃいなよ」
と言って、奈緒は机の中から何かの薬の瓶を出し、錠剤を5粒くれた。
 
「なあに?」
「私が使ってる生理不順の薬」
 
「・・・・」
「のんでみない?」
「飲んじゃう」
と言ってボクはその錠剤を飲んでしまった。漢方薬独特の苦みが口の中に広がる。
 
「ふふふ。これでもう冬は完璧に女の子」
「うん」
「これ、自律神経の乱れを整える効果があるから、冬みたいなタイプには実は合う薬なんだよ。冬って自律神経弱いでしょ?」
「うん」
「ただ、男性に飲ませることはまず無い薬だから、男性機能にどう作用するかは私もよく分からないけどね」
「あはは」
 
「じゃ、またね」
「うん。おやすみ」
 

家に戻ると、姉から声を掛けられた。
 
「倫代ちゃんって子から電話があったよ」
「あ、うん」
「朝7時に音楽室に集合だって」
「7時!?」
「ちゃんと《制服》着て来てね、だってよ」
姉はその《制服》というところに妙にアクセントを置いた。
「うん、分かった」
 
そうだ! 明日の朝、ボクどうやって出て行こう!?
 

翌日の朝。ボクはお味噌汁を作り、お父さんのお弁当を作ってから、塩鮭をロースターに入れてタイマーを掛けた。自分だけ先に御飯を食べてから起きて来た母にタッチして自分の部屋に戻る。
 
昨日学生服の上下を倫代に取り上げられてしまったので、学校に着ていくものが無い。ワイシャツは手に取ってみたものの、ズボンが無いのではどうにもならない。体操服で出て行こうかなと思ったものの、倫代は「制服を着て来て」
と言ったらしい。
 
ボクはふっと溜息を付くと、ワイシャツをスポーツバッグに入れ、セーラー服の上下を身につけた。居間の方の様子をうかがう。一応今日は6時40分くらいに出ることは母に言ってある。でもこの格好見られたくないな・・・・
 
母がトイレに入った様子。よし。今だ。ボクは部屋を出た。
 
するとそこにちょうど襖が開いて姉がパジャマのまま起きてくる。
「あ、お姉ちゃん、お早う」
「うん。冬、お早う」
と姉は言って、ボクを見つめ「ふーん」という顔をする。ボクはそのまま居間を通過し、玄関に行く。
「行ってきます」と大きな声で行って、ドアを開けた。玄関のドアが閉まるのと同時に母がトイレから出てきたような音がした。
 
こうしてボクのセーラー服での通学初日!?は始まった。
 

早朝の道は気持ちいい。まだ5月30日。今の時期の早朝はまだ涼しい感じで、スカートで歩くのはちょっと寒いくらいだったが、ボクは女子の制服を着て自分が歩いているということに少し気分が昂揚していて、そんなに寒さは感じなかった。
 
学校に着いて音楽室に行く。倫代はもう来ていた。
「お早う」
「お早う」
と挨拶を交わす。
 
「偉い偉い、ちゃんと女子制服で出てきたね」
「だって男子制服を取り上げられたから。あれ捨てちゃったの?」
「ふふ。どうかな。おちんちんは切ったの?」
 
「えーっと・・・・これを奈緒が書いてくれた」
 
ボクは昨夜奈緒が書いた
《唐本冬子は本日確かにおちんちんも切り、女になったことを証明する》という奈緒の「証明書」を見せる。
 
「うーん。。。何だか怪しげだなあ。でもこれ確かに奈緒ちゃんの字だし。まあいいや。冬子が女の子になったんなら、ズボンだけでも返してあげるよ」
「助かる」
 
「でも合唱部では、ちゃんと女子の制服を着てて」
「うん、そうする」
「それとこれから毎日、通学はセーラー服にしよう」
「えー!?」
「これから大会まで毎日朝練するし、放課後も練習あるから、冬子は朝は通学してきたままの格好で音楽室に来て、帰りはまた女子制服になってここで練習してそのまま帰ればいいのよ」
「なるほど」
「授業中はワイシャツとズボンでもいいよ」
「うん、そうする」
 
「昨日、どういう形で冬子が女の子になったのかは知らないけど、多分意識はもう女の子の意識になってるよね?」
「うん」
「それで女子の制服を着てれば、恋愛問題は生じる可能性無いから私も安心」
「うふふ」
 

やがて日奈や亜美、光優など数人の3年生に10人ほどの2年生が出てきて合唱部の朝練が始まる。ピアノは弾ける人が交替で弾こうということで、その日はボクが演奏した。
 
「ねえ、冬ちゃん、いつもよりピアノがうまい気がする」と日奈。
「ああ、冬子は女子の服を着ているとピアノがうまくなる」と倫代。
「へ?」
「ピアノだけじゃなくて、何でも能力が上がる。足は速くなるし頭もよくなるし」
「だったら、いつも女子の服を着てればいいじゃん」
「私もそう思う」
 
ボクは頭を掻いた。
 
朝練が終わってからワイシャツとズボンに着替えて教室に行き、朝礼に出る。
 
「おい、唐本もう衣替えなのか?衣替えは1日だぞ」と担任の先生から言われた。
「済みません。うっかり勘違いして学生服をクリーニングに出してしまったので」
「それなら仕方無いな。お前って結構うっかり屋なんだな」
 
などというやりとりがあった。
 

結局その日からボクは毎日朝はセーラー服(夏服)で出てきて、合唱部の朝練に参加し、それからワイシャツと学生ズボンに着替えて教室に行き、授業を受けて、放課後はセーラー服に着替えて音楽室に行き、合唱部の練習をして、そのままセーラー服で帰宅するようになった。
 
さすがにこんな生活をしていたら、その内、セーラー服着ている所を母に見られるかな、とも思ったのだが、幸か不幸か、この時期は一度も母にはそれを見られなかったのである。ボクが毎日セーラー服で通学しているので姉はニヤニヤしてボクのことを見ていた。
 
この時期、恋人のSとは主として昼休みに校内のあまり目立たない場所でデートしていた。お互い部活があるので、帰りはバラバラになってしまう。昼休みがいちばん都合が良いのである。
 
ただ、ボクは倫代や奈緒たちの唆しもあり、あらためて自分が女の子だという意識が強くなってしまい、女である自分が女の子のSと交際していていいのだろうかという疑問のような葛藤が、心の中で強くなっていた。それは結果的にはボクのSに対する消極性のようなものにつながっていたのかも知れない。
 

「最近、冬って学校にもセーラー服で通学してるよね」と若葉が言った。
 
若葉とは毎週土日に一緒にプールで泳いでいる。プールに行く時はいつも私服の女の子の服を着ていたのだが、この時期はもうノリで女子制服で出かけていた。若葉もセーラー服である。
 
「うん。ボクの恋愛対象が男の子だと思ってたから合唱部に入れたのに女の子と恋愛するなんて、と言われて学生服を取り上げられちゃったから」
「それで素直にセーラー服で通学しちゃうのが、冬だね」
と若葉は呆れたように言う。
 
「うん。ボクって何でも無条件に受け入れちゃう性格だなとは思うけどね」
「もうこのままずっと卒業まで女子制服?」
「まさか。18日の合唱部の大会までだよ」
「ふーん。じゃ、その後、水泳部の大会に出てくれない? 女子として出て欲しかったんだけど、無理みたいだから、男子の部ででもいいよ」
「女子の水着を着てもいいの?」
「うん。それは確認した」
「じゃ、合唱部の大会終わってからね」
 

この時期、放課後はずっと女子制服で過ごしていたので、Sと遭遇したりしないよう、だいたい部活が終わったら教室には戻らず、音楽室からそのまま生徒玄関に行って帰宅するようにしていた。しかし、ある日ボクは教室に忘れ物をしたことに気付き、取りに行った。そして教室の後ろ側の戸から中に入ろうとした時、ボクは目の端にSが向こうからやってくるのを見た。やばっ!
 
ボクは中に入ると、大急ぎでワイシャツとズボンに着替えてセーラー服をスポーツバッグにしまった。そこにSが入ってきた。
「やぁ、今部活終わったの?」とボクは彼女に声を掛ける。
「あ。うん。あれ? 今誰か女子生徒がこの部屋に入って来なかった?」
「え? 知らないよ」
「あれ〜。誰か入るの見かけたんだけど、誰か知らない子のような気がして。誰だったかなあと思ったのよね」
「隣の教室じゃない?」
「あ、そうかな。見間違ったのかなあ」
 
ボクは心の中で冷や汗を掻いていた。その日は久しぶりにSと一緒に楽しく下校した。しかしボクがワイシャツと学生ズボンで帰宅したのを見た姉が
「あんた、なんで男の子みたいな格好してるのよ?」
と言った。
 
「え?だってボク男の子だよ」
「嘘をついてはいけないなあ。もう冬子の男物の服全部タンスから没収しようかな」
「う・・・・」
「実際着てないんじゃない?」
「・・・そうかも知れない。でもタンスが空っぽになってたらお母ちゃんが変に思うよ」
「そろそろお母ちゃんにはカムアウトすべきだよ」
「うーん・・・」
 

ボクが男子制服で帰宅したことは翌日には倫代に知られていた。ヘッドロックを掛けて攻められた上で
「二度と男子制服では下校しません」
という誓約書を書かされた!
 
「ね、ね、これ私たち、冬子をいじめてる訳じゃないよね?」
と日奈が少し心配したように訊く。
「冬子が女の子としてちゃんと生きていけるように導いてあげてるのよ」
と倫代。
「本人、嫌がってる?」と亜美。
「えー? 私はどっちかってっと、女子制服でずっと過ごしたい気分」
「だったら、そうすればいいのに!」
と3人から言われる。ボクはタジタジとなった。
 
「もっとちゃんと女子中学生としての自覚を持とうね」と倫代は言う。
「はいー」
「今回は罰として一週間オナニー禁止」
「・・・・オナニーなんてしないよぉ」
「あ、そういえばそんなこと言ってたっけ。前にしたのはいつ?」
「去年の8月に1度しちゃったかな」
「へー」
「だって、あまりアレに触りたくないもん」
 
「何か冬子って私が思ってる以上に女の子なのかも知れないなあ。ね、おっぱいあるよね?」
「えー、そんなの無いよぉ。これはパッド入れてるだけだよ」
「ほんとかなあ」
「裸にして確認してみたいね」
 

この時期、ボクは早朝セーラー服で学校に行き、放課後18時くらいにセーラー服で帰宅する以外は、日中ワイシャツと学生ズボンで学校では過ごしていたので、大半の同級生にはボクがセーラー服を着ていることは知られていなかった。先生たちも最初は気付いていなかったのだが、6月2週目のある日、夕方練習が終わって帰る時に、隣のクラス3年1組の森島先生(数学担当・女性)とバッタリ遭遇した。
 
「先生、さようなら」と挨拶したのだが
「あれ? 君誰だったっけ?」と訊かれる。
「ごめんね。生徒の顔と名前はだいたい覚えてるつもりだったんだけど、君の顔、記憶にあるのに名前が出てこなくて」
 
「あ、すみません。2組の唐本です」
「・・・・えー!?」と先生が叫ぶ。
 
「なんでその制服なの?」
「えーっと・・・衣替えだから、夏服かなぁ、と。今月初めから、これで通学してます」
「え?そうだったんだっけ? あれ、でも授業では男の子の格好してなかった?」
 
「あ、通学だけこれで。授業中はワイシャツと学生ズボン着てます」
「へー! でもちゃんと制服なんだから、校則違反じゃないな」
「でしょ? じゃ、失礼しまーす」
「うん、さよなら」
 

更に翌日は早朝から、担任の有川先生とバッタリ校門の所で遭遇してしまった。
 
「先生、おはようございます」
「あ、お早う。早いね」
「合唱部の朝練なので」
「へー。頑張ってるね」と言ってから、先生は
「ごめん。君、誰だったっけ? 名前がこの辺まで出かかってるんだけど、出てこなくて」と言う。
 
「あ、唐本ですよ」とボクは笑顔で答える。
「何〜!?」と先生は言ったまま絶句する。
 
「何ふざけて女子の制服とか着てるの?」
「あ、私、女の子ですから」
とボクは笑顔で言って、
「では、練習に行くので失礼します」
と言い、足早に生徒玄関の方へ行った。
 

しかしその日の朝礼でボクがふつうに男子の格好をしているのを見て、先生は戸惑うような視線を投げかけた。そして昼休み、先生に呼ばれる。面談室に有川先生と森島先生のふたりがいた。
 
「そういえば、唐本さんって、わりと女性的な性格だよね」
と森島先生は言った。
 
「あ、そうですね。小さい頃からよく冬子ちゃんとかみんなに呼ばれてたし」
「へー」
「性同一障害とかいうんだっけ?」と有川先生。
どうも午前中ににわか勉強してきた雰囲気だ。
 
「あ、性同一性障害ですね」とボク。
「なの?」
「さあ・・・私自身は障害とか特に思ってないんですけど。特に何かで困っていることもないし。ただ性別の自己認識は物心付いた頃から一貫して女です」
とボクはにこやかに言った。
 
「御両親とも話し合った方がいいのかしら? 女子の制服で就学したい?」
「私、親にはカムアウトしてないので。でも当面は通学と、クラブ活動だけ女子の制服で。授業中は男子の格好しておこうかな、と思っているのですが」
 
「うん。そういう状態が唐本さんにとって心地好いのだったら、それでもいいかもね」と森島先生は笑顔で言った。有川先生も頷いている。
 
「あなたトイレはどちら使ってるの?」
「えーっと、女子の制服着てる時は女子トイレ、男子の格好の時は男子トイレの個室を使ってます」
「女子トイレは・・・どうなんでしょ?」と有川先生は森島先生の顔を見るが「まあ、いいでしょうね」と森島先生も言う。
 
「下着はどちら着けてるの?」
「えっと、女の子のブラとショーツを着けて、その上にグレイのTシャツ着て下着の線が見えないようにしてます」
「なるほど」
「だから更衣室も男子更衣室で構いませんよ」
 
「そのあたりもその内、ちゃんと話した方がいいのかなあ・・・・」
「本人がいいのなら、取り敢えずそれでもいいのかも知れませんね」
 
「じゃ、その件で何か悩み事とか、他の生徒とのトラブルとかあったら、僕か森島先生に相談してくれる?」
「はい、その時はお願いします」
 
ということで、ボクのこの「混合通学スタイル」は先生にも追認された。
 

やがて6月18日。合唱部の地区大会の日がやってきた。
 
日曜なので父も母もゆっくり寝ている。ボクは朝ご飯を一通り作ってから、自分の分だけ食べ、それから部屋でセーラー服に着替えた後、まだ寝ている姉の部屋にそっと入り、ベッドで寝ている姉を揺り起こす。
 
「お姉ちゃん、ボク今日合唱部の大会だから出かけるけど、みんな起きたらお味噌汁を温め直して食べてね」
と伝える。
「うん。おっけー。行ってらっしゃい」
「行ってきまあす」
「でも、あんたセーラー服がホントに板に付いてるね」
「えへへ。じゃね」
 
バスを乗り継いで会場まで行き、他の子たちと合流する。
「よしよし、ちゃんとセーラー服で来たね」と倫代。
「なんで〜? 最近ずっとこれじゃん」とボク。
「もうその格好で出歩くの、慣れたでしょ」
「さすがにね」
 
ボクたちが歌う曲目は、課題曲の『虹』と、自由曲の『モルダウ』である。モルダウは実は歌以上にピアノ伴奏がとっても難しくてボク(の男子モード)や倫代だとよく突っかかるのだが、美野里というピアノがとてもうまい子がいるので、美野里前提で使うことにしたのである。
 
この大会に向けて春からずっとこの2曲を練習してきたが、特に中核になる子たちはここ3週間ほど毎朝の朝練もこなしてきた。ただ、この地区は三市合同で公立私立あわせて25もの(合唱部のある)中学があるので、入賞などはできないだろうとは思っていた。ここ数年うちの中学の成績は、25中学の中でだいたい8位とか9位とかであった。公立校の中では比較的上の方だが、上位はいつも私立の中学が独占している。
 
ボクたちの出番は25中学の中で22番目だった。課題曲はみんな同じ曲を歌うので、各々の学校の出来不出来がよく分かる。「私たちの歌もそう悪くないよね」
などと隣に座っている倫代・日奈と話したりするものの、「わあ。うまーい!」
と思う学校もある。やがて自分たちの出番まであと5校という所になってからボクたちはいったん会場の外に出て、ホールのそばの公園で一度課題曲と自由曲を歌った。気分転換とウォーミングアップの兼用である。
 
簡単な先生のお話を聞いてから、会場内に戻る。そしてそのまま舞台袖の方に向かう。2つ前の学校が歌っていた。ボクたちは緊張感を和らげるのに、お互いに手を握り合ったりしていたし、中には何人かハグし合っている子たちもいた。
 
そのふたつ前の学校の自由曲もボクたちと同じ『モルダウ』だった。
「ああ、なんかいい雰囲気だね」
「曲をしっかり解釈して歌ってるね」
とボクと倫代はその歌を聴きながら言った。
 
やがて演奏が終わり、ボクたちのひとつ前の学校がステージに上がる。
 
「あちらはあちら、こちらはこちらだよ」
と倫代がみんなに言った。
 
『モルダウ』を歌った子たちが入れ替わりで戻ってくる。ボクたちの学校の生徒と少し交錯する。その時、ボクはひとりの子とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
と言い合ったが、ボクはその子が「美しい声」を持ってる子だなあ、と思った。
 

そしてボクたちの番になる。小学校の合唱サークルは、音程に不安のある子が多いアルトがピアノの音を良く聴けるように配慮して(客席から見て)左にアルト、右にソプラノだったが、この中学の合唱部の場合、オーソドックスな配列で、左ソプラノ、中央メゾソプラノ、右アルトである。それでアルトが先頭に立ってステージに入っていくのだが、今日ボクはそのアルトの先頭に立ち入場して、楽譜を指揮台の所に置いてくる役目を仰せつかった。
 
前の学校の生徒が下がってきた所でボクは真っ先に譜面を持ってステージに出て行き、指揮台の譜面立てに置く。これって快感! それからアルトの列の最後部中央の位置に立った。他のアルトの子がボクの左右と前に並ぶ。それからメゾソプラノの子たち、そしてソプラノの子たちと入る。ソプラノの列の最後部中央には倫代が立っている。またメゾソプラノ最後部中央には1年生の利恵が立っている。ボクたち3人が各パートの音程担当だ。利恵もボクと同じで絶対音感は持ってないのだが、比較的音感が良いので、メゾソプラノの中心になっている。
 
上原先生が指揮台に就き、合図で美野里がピアノを弾き始める。ボクたちはまず課題曲の『虹』を歌う。
 
「僕らの出会いを誰かが別れと呼んだ。僕らの別れを誰かが出会いと呼んだ」
 
そういう歌詞の意味が、この頃のボクには分からなかった。
 
やがて課題曲が終わり、自由曲の『モルダウ』になる。原曲はスメタナの『わが祖国』第2曲『ヴルタヴァ』であるが、この曲には平井多美子作詞・石桁真礼生編曲の『モルダウ川の流れ』(ボヘミアの川よモルダウよ)と、岩河三郎作詞編曲の『モルダウ』(なつかしき河よモルダウの)があり、ボクらが歌うのは岩河版である。(他に岡本敏明・野上彰などの詩もある)
 
難易度の高い曲だが、歌いこなすと何だか物凄く充実感のある曲である。声いっぱい出して絶叫するように歌う感じの部分が多いので、とても気持ちいい。特にボクはアルトのみんなに正しい音を伝える役目なので、とりわけ大きな声で歌っていた。そして最後のフレーズ「モルダウよ!」でF#の音を全力で歌って、この曲を終える。
 
どっちみち順位なんて関係無いし、というのでみんな開き直って思いっきり歌った感じだった。満足そうな顔をしている子が多い。先生も笑顔だ。ボクたちは拍手の中、舞台袖に引き上げて行った。
 

ボクたちの後で3校歌うが、いづれも私立の女子中学で、ソプラノソロをフィーチャーしたり凝った編曲をしているところもあり、「さすが上手いね」などとボクたちは客席に戻って話していた。
 
審査のための休憩時間になる。ボクは日奈たちと誘い合ってトイレに行く。
 
「そういえば冬は小学校の大会の時は男子トイレに入って叱られたね」
と日奈。
「さすがにもう男子トイレに入ったりはしないよ」
「ああ、学校でもこの格好の時はちゃんと女子トイレに入ってるね」
と光優。
「トイレに入る前に自分の服装を見てどちらに入るべきか考え入ってるよ」
と私。
「でも時々間違ってるね」
と亜美。
「うん、まあ・・・」
「ふだんの授業も女子制服で受けるようにすれば、混乱することもなくなるよ」
「そうだそうだ」
 
そんなことを言いながらトイレの中に入り、列に並ぶ。さすがに危険すぎるので、列に並んでる時はボクの性別を話題にしたりはしない。何となくボクが集団の先頭になったが、ボクのひとつ前はさっき舞台袖でぶつかった子だった。思わず目が合って笑顔で会釈を交わす。彼女の胸には「絹川」というネームプレートが付いていた。
 

トイレが終わってからまたおしゃべりしながら客席に戻る。やがてこの地区の音楽協会の会長さんが、総評を述べる。小学校の時に男子トイレに入ってきたボクを叱った人だ。そして成績発表となる。1位は25番目、最後に歌った私立女子中学だった。
「これで少なくとも3年連続1位だよ」と倫代が言う。
「へー、凄いね」
 
2位はボクたちの2つ前に『モルダウ』を歌った学校だった。名前を呼ばれたらなんか凄い騒ぎになってる。
「ちょっと騒ぎすぎ」と日奈。
「うるさいね」と亜美。
「まあ、嬉しいんでしょ」と光優。
「でも公立で入賞は凄いね」
 
表彰台に上がって賞状を受け取ったのは、例の絹川という名札を付けていた女の子だった。へー。あの子が部長なのか、と思ってボクは眺めていた。
 
そして3位の発表である。
「3位、H市立●▲中学校」
 
え?
ボクたちは一瞬お互いの顔を見合わせた。そして次の瞬間凄い騒ぎになった。
「私たち2位の学校より騒いでない?」
「いいんだよ。嬉しいんだから」
 
倫代が副部長の光優とボクの手を引いて、3人でステージに上がった。主催団体の課長さんだかから、倫代が賞状をもらい光優が記念の盾をもらい、ボクは副賞記念品の目録をもらった。その時、少し離れた所に立っていた音楽協会の会長さんが、こちらを見て「??」といった感じの表情をした。こちらが女子制服着てると認識できないかも知れないな、などとも思う。
 
1位・2位の賞状・盾・記念品目録をもらった6人がステージの端にそのまま立っているので、ボクと倫代・光優もその横に並んだ。その時、絹川さんとボクが並ぶ形になったので何となく、ボクたちは握手をした。
 
進行役の女性がその後、4位から10位までの学校名を読み上げた。4位以下は特に表彰は無い。名前を読まれるだけである。最後に主催者の人が短いコメントをして「入賞校に今一度拍手を」という声でボクたち9人はステージ端に立って拍手を受けた。会場に向かって一緒にお辞儀をして、ボクたちはステージを降りた。
 
「唐本さん、東部大会でも頑張りましょう」
と絹川さんがボクに小さな声で言った。
「ええ。絹川さんも。お互い頑張りましょう」
と言って、ボクたちはあらためて握手を交わした。
絹川さんの後ろにいて盾を持っている子、そしてこちらも倫代が会釈する。
 
客席に戻ってから倫代から「友達?」と訊かれた。
「あ。袖すり合うも多生の縁って奴かな」
「へ?」
 

ロビーに出てから、先生を取り囲んであらためて黄色い歓声が上がった。
「もうこれで3年生はあと自由参加にするつもりだったけど、東部大会まではまだ少し頑張ってもらわないといけないね」と先生。
 
「どうしても受験で難関校とか狙っている人だけ離脱することにして、余裕のある人は来月の東部大会まで頑張ることにしませんか?」と倫代。
「うん、そういう方向だろうね。離脱したい人は後で私の所に個別に来て言ってくれる?」
「朝練も継続だよね」
「うん、頑張ろう」
 
東部大会は来月7月16日である。1ヶ月ほど活動が延長されることになった。しかしさすがに東部大会の入賞、都大会進出は考えられないから、一応1学期までで終了ということになるだろう。秋に地区の合唱祭と学校の文化祭があるが、それは3年生は自由参加に近い形になり、夏休みの間は特に練習にも出なくてよいことになっている。次第に今の2年生中心の体制に移行する。
 
なお記念品はその場でみんなに配られた。銀色のボールペンであった。ボクはそのボールペンをポーチの内ポケットにしまった。
 

ボクは倫代、日奈、亜美と一緒に、何となく町の中心部の方へのんびりと歩いて行く。
 
「でもこの3週間、結構ドキドキしたなあ。女子制服での通学、割と楽しかったよ」
と私は言った。
「ああ、この大会まで女子制服で通学することになってたんだっけ?」と日奈。「じゃ、明日からはまた男子中学生に戻るの?」と亜美。
「うん」とボクは言ったが
「んな訳無いじゃん」と倫代が言う。
「へ?」
 
「だって東部大会に進出して、合唱部の活動来月まで延長になったんだから、当然冬子の女子制服での通学も1ヶ月延長に決まってるでしょ。まさか男子制服で、部活に参加するつもりじゃないよね?」
「えー!?」
 
「他の部員との恋愛的なトラブルを避けるという目的では、やはり冬子にはちゃんと部活している最中は女子制服でいて欲しいもん」
「確かにそうだ」
「実際さあ、私知ってるのよね。2年生の子で、冬にちょっと片思いしてた子」
と亜美。
「でもその子、冬が女子制服で部活に出てくるようになってから、『唐本先輩ってやっぱり女の子なんですね・・・』とか、諦めたようなことを言ってた」
「ああ」
 
「それって・・・聖子ちゃんかな?」
とボクは訊く。
「気付いてたんだ?」
「うん。でも私は女の子を好きになれないから、彼女の前ではよけい女を強調した言動してたんだけどね」
「ふーん」
 
「じゃとにかく、来月16日まで、冬子はやはり女子制服で通学してくることになるのね」
「もちろん。そういう恋愛トラブルを未然に防げたのは良かった。聖子ちゃん最近かえって頑張ってるみたいじゃん」と倫代。
「気持ちを切り替えるのに部活にエネルギーつぎ込んでるんでしょ」
「ああ、なるほど」
 
「取り敢えず明日からの修学旅行どうするの?」と日奈。
「もちろん女子制服で参加だよね」と倫代。
「ひー」
と悲鳴をあげてから、ボクはそのことに思い至る。
 
「どうしよう・・・・バレちゃう」
「ああ、Sちゃんに冬子の女装癖がバレることになるね」
「でも、そろそろバレていい頃だよ」
「今まで1ヶ月、これがバレなかった方が不思議」
 
「冬子の実態を知ってもらった上で、恋人関係をそれでも続けるのか解消するのか彼女に選ばせるべきだよね」
「私もそう思う」
「この件に関しては冬子の方には選択権無いね」
 
「これまで冬子は本当は女の子なのに男の子と偽って恋愛関係を維持してたんだもん。この詐欺状態をもうやめるべき」
「う・・・う・・・」
 

そういう訳で、翌日の朝、ボクはスポーツバッグに替えの下着(もちろん女子用)と体操服、洗面道具・お風呂セット・筆記具などを詰め、セーラー服を着て、居間のパソコンで徹夜でゲームをしていたふうの姉に「行ってきます」を言う。
 
「ああ、やっぱりセーラー服で修学旅行に行くんだ?」
「だって、これで出てこいって倫代に言われたから」
「・・・・冬って、もしかして友達にセーラー服で通学しろって言われたからセーラー服で通学してるの?」
「うん。そうだけど」
 
「冬本人としてはどちらで通学したいの?男子制服?女子制服?」
「え?授業も女子制服で受けたいくらいだけど」
「・・・あんた、授業は男子制服で受けてるの?」
「うん」
「ずっと女子制服着てるんだと思ってた。今回の旅行は集合したら男子制服に換えるの?」
「ううん。旅行中はずっと女子制服でいなさいって言われた」
 
「あんたって、人から言われるとその通りにしちゃう性格だったね」
「うん。それは自覚してるけど、自分としてもそうしたかったから、人から言われたことを利用させてもらってる」
 
「冬子の性格ってホントに面白いわ」
と言って姉は眠たそうな顔で笑った。
 
「あ、デジカメ貸してあげるから、持って行って、女子制服での記念写真たくさん撮っておいでよ」
と言って、姉は棚から自分の使っているコンデジに三ツ口の電源延長コードを取って渡してくれた。
「カメラケースの内ポケットに予備バッテリと充電器入ってるから」
「うん。ありがとう」
 
「デジカメは禁止じゃないよね?」
「うん。携帯電話は禁止だけど、デジカメと写るんですはOKだって」
「じゃ、たくさん冬子の可愛い写真撮ってもらうといいよ」
「うーん。。。。でも借りてくね。ありがとう」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 
 
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【夏の日の想い出・セーラー服の想い出】(1)