【夏の日の想い出・セーラー服の想い出】(中)

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ボクがセーラー服で集合場所の駅に出て行くと、同級生たちから
「可愛い!」
「あ、でも最近何度かそれ着てるの見かけた」
などと言われる。
 
「実は最近、通学はこれで、合唱部の朝練が終わってから男子制服に着替えて放課後はまたセーラー服に着替えて合唱部の練習に行ってたんだよね」
とボクが説明すると
「そもそも合唱部は女だけだもんな」
「今まで男子制服で合唱部に行ってたこと自体が異常だよね」
などと言われた。
 
しかしボクのセーラー服姿を見た担任の有川先生が少し焦った顔をした。
「君、それでこの旅行に参加するの?」
「はい」
とボクが笑顔で言うと、
「わ、分かった。ちょっと話し合うから」
と言って、ほんとに数人の先生で話している風だった。
 
ボクは周囲を見回して、あれ?と思った。
「ね、今日Sちゃん見かけなかった?」と日奈に訊く。
「ああ、Sちゃん熱出して、この旅行欠席だって」
「えー!?」
 
「ああ、修学旅行先でデートしたかったんでしょ?」とひとりの同級生女子。「ついでにHしようとか目論んでなかった?」と別の同級生女子。
「ボク、女の子には性欲感じないから」
「あれ? そうなんだっけ?」
 
「ボク、男の子とHなことした時はあれ少し大きくなったことあるけど、女の子に裸にされて触られても大きくなったこと1度も無いし」
 
「ちょっと待て。冬って、男の子とも女の子ともそんな経験があるんだ?」
「えっと・・・・、女の子はそれされたの、みんなただの友達だよ。お互いHなことする気もなくて、少しきついジョークって雰囲気だったし」
「ああ、女の子同士でふざけて、あのあたり触ったりするのと同じか」
「そうそう」
 
「じゃ、Sちゃんに対しても実は恋愛感情無いの?」と日奈が少し厳しい顔で訊く。
「それはあるつもり。ボクSちゃんのこと好きだよ。性欲は無いけど本気で好き」
とボクはマジメに答えた。
「へー。冬ってバイ?」
「ストレートのつもりだったんだけどなあ・・・彼女は例外中の例外だと思う」
 
「待って。冬にとってストレートって、男の子にしか興味無いという意味?」
「そうだけど、なんで?」
「あ、まあいいや」
 
「でも、やはりSちゃんに自分が女の子だってことカムアウトするつもりで今日はこの服を着てきたの?」
「そういう訳でもないけど、結果的にカムアウトすることになるとは思ってた」
「まあ、修学旅行終わるまでにはSちゃんも風邪治ってるだろうし、それからカムアウトすればいいね」
「うん・・・・」
 
ボクが持って来たデジカメで記念写真撮ってくれない?と言うと
「あ、撮ってあげる」とひとりの子が言い、「あ、じゃ私と並ぼう」と何人かの子が言って、ボクは彼女たちと駅名プレートを背景に記念写真を撮った。何人かデジカメを持って来ている子がいるので、お互い撮影係を交替しながら何枚も写真を撮る。
 
そんなことをしている内に、森島先生がこちらに来た。
「ね、唐本さんって、小学校の時、修学旅行は男子のグループだった?女子のグループだった?」
「一応グループは男子の方でした」
とボクは答えたが、そばにいた日奈が
「でもお風呂は女湯に入ってましたよ」
と言った。
 
「冬ちゃんって、女湯に入れるんだ?」と驚いたふう。
するとちょうど近くにいた貞子が
「冬子は、陸上部の合宿でも、私たちと一緒に女湯に入りましたよ」
と言った。
「へー!」
「そもそも男女別れての合宿で、女子グループでしたし」
「なるほどねぇ。了解了解」
と言って森島先生はボクたちのそばを離れて、また数人の先生で話している所に戻った。
 
「ああ、これは冬は女子のグループに入れられそう」
と美枝が楽しそうに言う。案の定、しばらくして森島先生と有川先生が来て、
「唐本さん、この修学旅行では女子のグループに入ってくれる?」
と言われた。
「はい」
「新幹線の席は急遽組み替えて、隣は網浜さん(日奈)にするけどいいかな?」
「あ、OKです。仲良しだから」と日奈。
 
「お部屋も、ちょうど網浜さん・望月さん(亜美)・山吹さん(若葉)のお部屋が3人部屋だから、そこに追加してもらっていい?」
「あ、私も亜美も冬子とは仲良しですから」と日奈。
「若葉は去年の合宿でも冬子と同じ部屋でしたし、いつも一緒に水泳の練習とかロードワークとかしてる仲ですよ」
と貞子。
「へー。いやなんかよく話してるよなと思ったから。そういうのいつもしてるなら大丈夫ね。じゃ、よろしく」
と言ってから
 
「水泳の練習って・・・・唐本さん、プールの更衣室はどちら使うの?」
と森島先生がふと気付いたように訊く。
「冬子が男子更衣室に入って行ったら、パニック起きますよ」
と貞子が言う。
「ああ!」
と森島先生は納得したように声を出した。
 
「でもあなた、ふだんの体育の授業の時は男子更衣室だったよね?」
「更衣室の隅っこで後ろ向いて急いで着替えるらしいですよ。他の男子も冬子の方は見ないように気をつけてくれてるみたい」
「うーん。。。そのあたりは修学旅行終わってから再度話し合おうか?」
「えっと・・・」
 
ということで、ボクは中学の修学旅行はホントに女子として参加することになってしまった! 森島先生は少し離れた所にいた亜美、それから若葉に声を掛けて話をしていたが、ふたりとも笑顔でこちらに手を振った。
 

うちの中学の修学旅行は2泊3日で奈良京都である。初日は東京駅から新幹線で京都まで移動し、そこからバスで奈良往復になる。
 
ボクたちはまずは東京駅に向かった。
 
途中乗り換えの駅のホームで、おしゃべりしながら電車を待っていた時のこと。ボクは視界の端で27〜28歳くらいの母親とじゃれていた3〜4歳の女の子が、飛び跳ねている内に勢い余ってホームから転落したのを見た。
 
瞬間ボクはダッシュしてそちらに走り出した。電車が来るはずの右側をチラっと見る。電車が来てる!やばっ!!
 
母親が「きゃー!」という悲鳴を上げるのと、ボクがホームから飛び降りるのとがほとんど同時だった。
 
ボクは線路に落ちて泣きそうな顔をしている女の子を抱き抱えると飛び降りた反動を利用してそのまま跳ねるように向こう側の線路まで走って行き、その子をホームの壁に押しつけるようにした。直後、後ろに凄い風圧と轟音を感じる。ボクはその音が止まってから大きく息をついた。
 

向こう側のホームにいた男の人が、女の子を上に引き上げてくれて、ボクも手伝ってもらって上に登った。「子供は無事ですよ〜!」と大きな声で伝えてくれた人がいた。ボクはその女の子に「さ、お姉ちゃんと一緒にお母ちゃんとこに行こうね」と言って再度抱きかかえると、階段を昇り降りして自分のいたホームに戻った。電車はこの事故のため、停車したままになっている。
 
母親が駆け寄ってきて、抱きしめて大泣きしている。子供も泣き出した。
 
その様子を微笑んで見ていたら、トントンと肩を叩かれる。
「大手柄じゃん!」と貞子。
「たまたま視界に入ったから。反射的な行動だよ」
 
「大丈夫か?唐本」「大丈夫?唐本さん」と有川先生と森島先生。
「あ、私は全然大丈夫です」
 
「でも、唐本があんなに反射神経良いとは思わなかった。みんな見てたけど身体が動かなかった」
「間一髪だったね。あれワンテンポ置いてから駆けつけても間に合わなかった」
と先生達が言う。
 
「冬子がセーラー服着てたからですよ」と貞子が言う。
「へ?」
「前にも何度か見てますが、冬子って、女の子の服を着ている時は頭も良くなるし、運動能力も上がるんです。女子の服を着てると100mのタイムが1秒速くなるし、ピアノとかも凄くうまくなります」と貞子。
「えー!?」
「100mのタイムで1秒って大きいじゃん」
 
「小学生の時に鍾乳洞の中で迷子になった時、女の子の服を着た途端、帰り道が分かって脱出出来たらしいですよ」と日奈。
「え〜〜!!?」
「それは凄い」
「プリキュアかセーラームーンか・・・」
「女の子の下着をつけてるだけでも少し能力が上がるから、テストの時はいつもパンティにブラ付けてるらしいですし」と倫代。
「へー!」
 
「じゃあの子が助かったのは、唐本が女の格好してたお陰?」
と有川先生は言うし、
「だったら、修学旅行明けからも、あなた女子制服で授業受けなさいよ」
と森島先生は言った。
 
「えーっと・・・・」
と戸惑うような声を出してボクは頭を掻いた。
 
結局電車は駅に10分間停車してから運行を再開。ボクたちは東京駅に向かった。
 

東京駅を朝8時すぎの《ひかり》に乗った。隣の席の日奈とあれこれガールズトークをする。ジャニーズ大好きの日奈とは、ジュニアの子の品評で話が盛り上がった。
 
「でも、冬ってジャニーズ嫌いなのかと思ってたのに」と日奈。
「別に嫌いじゃ無いよ。歌を聴かないだけ」とボク。
「なるほど!」
「顔やスタイルを鑑賞しているだけなら耳も痛くならないし」
「むしろジャニーズの存在意義はそちらかも知れん」
「確かに!」
「じゃ、この曲知ってる?」
と言って日奈は何かの曲を歌い出した。
 
「『LOVE SONG』。山Pが作った曲だよね。日奈、本人よりうまい」
「そう?でもよく知ってるね!アルバムの中の曲なのに」
「何度もは聴かないけど、1度は聴いてるから。このアルバム(NEWS『touch』)は美枝んちで聴いた」
「ああ。そうか。1度聴いた曲は歌えるって言ってたね」
「歌えるよ」
と言って、ボクは山下智久作詞作曲の『LOVE SONG』を歌ってみせる。
 
「凄い!フルコーラス歌えるって。私、2番の歌詞が怪しいや」
「ああ。私も怪しかったから、不確かな所は適当に歌った」
「えー!? でも適当に歌えるところが凄いよ!」
「歌詞を作詞しながら歌うのは昔から割と得意」
「へー!」
「もっともそれ女の子の服を着てる時しかできないんだけどね」
「なるほど!やはりそうか!!」
 

「だけど、冬とは、冬が男の子の服を着ててもよくこんな感じでおしゃべりしてるけど、やはり女の子の服を着ていてくれた方が、私も話しやすいよ」
「中身は同じなのに」
「それが中身も変わってる気がするんだけどね−」
「そうかな」
「女の子の服を着ている時は中身もちゃんと女の子にトランスフォームしてる気がする」
「そうなったら凄いけどね」
 
日奈はいきなりボクの胸に触った。
「この感触、本物のバストのような気がするんだけど」
「パッドだよお」
「ほんとかなぁ」
「ほんとだよお」
「まあいいや。今夜は確認出来るし」
「へ?」
 

新幹線は11時前に京都駅に到着。ボクらは駅前でバスに乗り換える。バスは京奈和自動車道を通って奈良市内に行き、お昼を食べた後、春日大社・東大寺・興福寺に行った。
 
興福寺の阿修羅(あしゅら)像の前でボクたちは足を止めた。
 
迦楼羅(かるら:ガルーダ:神鳥)・緊那羅(きんなら:音楽の神)など八部衆が壁に沿ってずらりと並ぶ中、やはり阿修羅は一際強い存在感を放っている。
 
「きれーい!」
「ってか可愛い」
「これって女の子だよね」
「けっこう意見が分かれるみたいよ。男の子だと感じる人もいるみたい」
 
「男とみるか女とみるか意見が分かれるって冬ちゃんみたい」
「いや、冬子は男の子だと思う人いない」
「あ、そうか!」
 
「でも本来、阿修羅って争いばかりしてる部族ってことになってるんだけど、ここの阿修羅像には、争いとか諍いとかいうイメージは全く無いね。平和そのものって感じだよ」と彩絵が言う。
 
「アシュラというのはインドでの言い方で、ペルシャではアフラって言うんだよ。インドではアシュラが悪い神でデーヴァというのが良い神。ところがペルシャではアフラが良い神で、ダエーワが悪い神。アフラの頂点がアフラマズダ」
と若葉が博識な所を見せる。
 
「ああ、アフラマズダって聞いたことある」
「デーヴァとダエーワって似てるね」
「同じ言葉だろうね。ミシンとマシン、アメリカンとメリケンみたいな同根語だよ」と若葉。
 
「インドとペルシャで良い神と悪い神が入れ替わるんだ?」
「つまりさ、インドもペルシャもアーリア人の末裔だけど、インドに来た人たちの信奉した神がデーヴァで、ペルシャに来た人たちが信奉した神がアフラで、お互いに対立していた部族の神を悪い神だと言ったんじゃない?」
と若葉は言った。
 
「なるほど!」
「あ、アーリア人の大移動って、なんか社会で出てきたね」
「BC2000年だよね」
 
「でもこの阿修羅像、誰かモデルがいたのかなあ」
「光明皇后だとか、称徳天皇だとかいう説があるよ」
「どちらにしても、男勝りの女性だ!」
「それで中性的な雰囲気なのかな」
「冬子の中性的な魅力とは少し方向性が違うんだね」
「はいはい。私は随分『女勝り』って言われたよ」
「自己申告、殊勝である」
 

興福寺の後はバスで1時間ほど移動して、法隆寺に行った。ここの五重塔の前で記念写真を撮る。ボクはもちろんちゃんとセーラー服で写真に納まった。男女で左右に分かれて並んだが、私は女子の並び、日奈と若葉の間で笑顔で写っていた。他にもお互いのデジカメで思い思いの組合せで写真を撮りまくった。
 
法隆寺の後は1時間半ほど掛けて京都市郊外のホテルに行く。京都駅から奈良まで、奈良市から斑鳩まではけっこう道が混んでいたのだが、斑鳩から近畿道・名神経由で京都までは比較的スイスイ行き、18時前にホテルに着いた。
 
食事は2グループに分けてになるとのことで、ボクたち2組は後のグループと言われたので、まずはお部屋に入った。本来ツインの部屋にエクストラベッドを2個入れて4人泊まれるようにしてあるが、元々の部屋が結構広いのでベッドを4つ置いても、充分余裕がある感じであった。
 
なんとなく雰囲気で各々使うベッドを選び、寝転がっておしゃべりをした。
「でも今日はちょっと疲れたね〜」
などとボクが言っていたら、若葉が
「元気が出るお薬、注射してあげようか?」
などと言い出した。
 
「・・・若葉って、いつも思うけど、なぜそういう用意がある?」
「気にしない、気にしない」
と言いながら、若葉はバッグの中から注射器とアンプルのセットを取り出す。
 
「これ、腕に打ってもいいし、お尻に打ってもいいけど、どちらにする?お勧めはお尻」
「腕でお願いします!」
 
若葉はアンプルを開封して注射液を注射器で吸い上げると、針のキャップを外し、少し液を出して空気を排出する。そしてボクの左腕の袖をめくると、アルコール綿で消毒し、針を刺した。
 
若葉にはこれまでも何度か栄養剤とかを打ってもらったことがあるがとても針を刺すのが上手い。ほとんど痛みが無い。若葉はゆっくりと薬剤を注入した。
 
「これって、前にも打ってもらったブトウ糖か何か?」
「違うよ」
「え?何のお薬?」
「ここに書いてあるじゃん」
 
アンプルには「Pelanin depot」と書いてある。英語の文字の下にタイ語っぽい記載もあるので、おそらくタイから直接輸入したものだろう。
 
「このお薬の名前知らなかった?」
「ううん」
「エストラジオール(女性ホルモン)だよ」
「ぶっ」
 
ボクは思わず咳き込んだ。
 
「これ打っておけば、冬は2〜3日は男性能力使えないだろうから同じ部屋で寝ていてもお互いに安心」
などと若葉は言う。
 
「おお、それは良いことだ」と日奈。
「2〜3日で済むの? ずっと男性能力戻らなかったりしない?」
と心配そうに亜美。
「ああ。冬はふだん飲んでる女性ホルモン剤は一週間くらい飲まない方がいいね」
などと若葉は言う。
 
「そんなの飲んでません」とボク。
「ほんとに? 冬の雰囲気って、絶対ホルモンやってると思ってたのに」
と若葉。
「やってないよ〜」
 
「だっておっぱいあるじゃん」
若葉とはいつも一緒にプールに行っているので、胸もいつも見られている。
 
「だから、これはビッグバストドロップを飲んでるからだって」
「それ絶対嘘。あんなの飲んで、おっぱい大きくなる訳無い」
「ああ、あれは効かないみたいね。うちの姉ちゃんも一時期飲んでたけど、効果無いってゆってやめたよ」と亜美。
 

やがて食事の時間になり、みんなで食堂に移動した。食事はハンバーグセットという感じだが、見ただけで自分には全部食べきれないと思った。
 
「ねえ、若葉。このスパゲティとかライスとかもらってくれない?」
「いいよ」
と言って、若葉はボクの皿からスパゲティを自分の皿に移し、ライスは皿ごと持って行った。
「でもホントはちゃんと食べた方がいいんだけどね」と若葉。
「ちゃんと食べないとおっぱいも大きくならないよ」と日奈。
「えーっと、そんなに大きくならなくてもいいかな」とボク。
 
食事の後は、いったん部屋に戻ってから、お風呂に行く。ここのホテルは部屋にはトイレだけがあり、お風呂は大浴場に行く方式である。ボクたちは体操服に着替えてからお風呂セットを持ち、一緒に地下の大浴場に向かった。みんな行くので15人くらいの集団になる。
 
行く途中のおしゃべりが盛り上がったので、ボクたちはそのまま女湯の脱衣場に入り、服を脱いで浴室に入り、身体を洗って浴槽に入る。さらにおしゃべりが続いて、かなりしてからひとりの子が「あっ」と言った。
 
「どうしたの?」
「いや、冬ちゃん、何だかふつうにここにいるなと思って」
「え?いちゃいけない?」
と言ってボクは笑う。
 
「うーん。。。そう開き直られると。ま、いっか」
「ふつうに女の子の身体に見えるよね」と美枝。
「ってか、どう見ても女湯に場慣れしてるよね」と若葉。
 
美枝・若葉とは昨年の夏にも陸上部の合宿で一緒にお風呂に入っている。
 

「おっぱい、あるね」と言って触られる。
「小さいけどね」
「ホルモン飲んでるの?」
「飲んでないよ。バストアップのサプリは飲んでるけど」
「へー、あんなの効くの?」
 
「それ、絶対嘘だと思うんだけどね」と美枝。
「たぶん冬はホルモン飲んでると思うなあ」
「飲んでないってのに」
 
「まあ、いいや。下の方は?」
「誤魔化してる」
「付いてるんだ?」
「うん。付いてるけど、絶対、人には見せない」
「へー」
 
「たぶん冬のおちんちんを見たことのある子は物凄くレアだよ。男の子は誰も見たことないらしい。女の子でも見たことのある子は数人。私も見てないんだよね」と美枝は言ってから「若葉は見たことあるよね?」と訊いた。
 
「うん。見たことあるし、生で触ったこともある」と若葉は笑顔で言った。
「えー?触ったの?どこで?」
 
「私、冬とは毎週週末にプールで泳いでるからね。更衣室で触ったことあるし、去年の陸上部の合宿では冬を解剖したしね」
「ああ、やったね。途中で逃げられたけど」
 
「おお!解剖、解剖!楽しそう」
「解剖してみたいね」
「勘弁して〜」
 
「でも解剖しなくても、今既に全裸じゃない?」
「確かにそうだ!」
 

そんなことを言っていたら、1組の森島先生が浴室に入ってきた。
「あ、先生、こっちこっち」
といくつかのグループで呼ぶので、先生はあちこちに顔を出してから、こちらの会話の輪にも寄ってきてくれた。
 
「みんな、今日は疲れなかった?」と先生。
「移動距離が長くて疲れました」
「私は春日大社から興福寺まで歩いたので疲れた」
などと言う。
「でも明日はもっと歩くからね」
「わあ」
「今日は足のマッサージお互いにしようよ」
などと何人か言い合っている。
 
「あれ?唐本さんだ」と先生はボクに気付いた。
「どもー」
「なんか普通に女の子の中に埋没してるから気付かなかった」
「あ、冬はそれがいちばん大きいんですよ。この子、雰囲気が完璧に女の子だから」と若葉。
 
「体形も完全に女の子体形だよね」と美枝。
「へー。ああ、おっぱいもあるしね。少し小さいけど」と先生。
「ええ。これ以上大きくすると、男として生活できなくなるので、このサイズで止めてます」
とボクは言ったが、
 
「冬はとっくの昔に男としては生活できなくなってると思う」と倫代。
「おっぱい、これだけあったらもう男湯には入れないよね」
「ってか男子用水着には、なれないよね」
「ブラ跡も付いてるしね」
「いや、そもそも冬は男として生活していたことがないと思う」と日奈。
「うむむむ」
「よし、冬には強制的に女性ホルモンを飲ませよう」
「強制的になの?」
 
「そうそう。何人かで押さえておいて、口をこじ開けて女性ホルモンの錠剤を飲ませる」
「いや、女性ホルモンの注射しちゃった方がてっとり早いよ」
「その前に去勢しちゃおう」
「ああ、それがいい」
 
ボクはもうただ笑っていた。
 

お風呂の後は、みんなでロビーに行って、湯上がりの身体を涼ませながら、クラスも入り乱れておしゃべりを楽しむ。ボクはふと喉が渇いたのでひとり立って、廊下の自販機の所に行った。烏龍茶のペットボトルを買って戻ろうとした時、男の子に呼び掛けられた。
 
「ね、ね、唐本さん、ちょっと相談があるんだけど」
振り向くと《吟ちゃん》だ。
 
「うん。いいよ。そこ、バルコニーに出ようか」
と言って、ボクたちは戸を開けて建物の外に出た。
 
「凄いね。女子制服で修学旅行に出てくるって勇気ある!」と吟ちゃん。「吟ちゃんも女子制服で来れば良かったのに」とボクは言った。
「私、とても無理〜。そもそも女子制服持ってないし」
 
吟ちゃんはいつも女言葉である。そしていつも「女の子になりたい」と言っている。でも、女の子のおしゃべりの輪には入る勇気が無いみたいで、でも男の子たちと話すのも苦手みたいで、いつもポツンとひとりでいる。その姿は自分のかつての姿を見るような気もしたけど、教室の中では表面的には男の子の振りをして行動しているボクよりも、普段から《女》を強調していて、授業中もいわゆるオカマ声で女の子のような話し方をする。(ボクは今回の旅行では女声・女言葉だが、ふだんの授業中は男声で男言葉で話している)
 
だから「女の子になりたい男の子」という面では、ボクより吟ちゃんの方がよほど目立っているのである。実際ボクの女性志向を知らない先生・生徒はたくさんいたはずだが(さすがに今回の修学旅行で広く知られてしまった気がするが)、吟ちゃんの女性志向を知らない先生・生徒は多分いない。
 
「女子制服、誰か先輩がまだ持ってたりしないか、訊いてみようか?私もこれ、卒業した先輩からもらったんだよ」
「えー。どうしようかなあ・・・・でもやっぱり着る勇気が持てない気がする」
「一度着てくれば平気になるよ。それに吟ちゃんが女子制服着てても、誰も変に思わないよ」
 
とボクは笑顔でいう。
 
「でもお母さんに叱られたり、お父さんに殴られたりしそう。自分でブラとかスカートとか買ったこと何度かあるんだけど、お父さんに捨てられちゃったんだよね」
 
ああ・・・普通の親だとそんなの見つけちゃうのかもね、とボクは思った。うちは父親は家庭内のことに無関心だし、母親はのんびり屋さんだから、バレてない気もする。それにボクは家の洗濯係だから親に見つからずに服の洗濯ができるしね!
 
「でもね、でもね、私、お小遣いやお年玉を少しずつ貯めて、去年の夏休みとか、こないだのゴールデンウィークとかにバイトしたのとかで、何とか10万貯めたの」
「すごーい! 私は全然貯金無いよ。あれこれ、かなり姉ちゃんに借金してる」
「それ貸してくれるお姉ちゃんがいるのが羨ましいよ。それでね。私、この夏休みに去勢手術、受けちゃおうかと思って」
「おお。おめでとう! 頑張ってね」
 
「私もうこれ以上身体が男性化していくのが我慢できなくて」
「ああ。それは辛いよね」
「オナニーしてしまう度に悲しい気分になるの」
「ああ、分かる分かる。私もそれ小学4〜5年生の頃、辛かったから。去勢は中学生には早いと思うけど、もう我慢できないなら、やっちゃってもいいんじゃない?」
 
「それでさ、病院紹介してくれない?」
「へ?」
「唐本さんも去勢してるんでしょ?どこでやったの?」
「えーっと・・・」
「何軒か電話してみたんだけど、私の年齢では手術できないって言われたの。唐本さん、たぶん小学生のうちか中学1年生くらいで手術したんだよね?緩い所か年齢誤魔化せそうな所が知りたくて。お金は今ある貯金で足りなかったら、この夏休みまたバイトして稼ごうと思ってるし」
 
「・・・・私去勢してないけど」
とボクは困ったように答える。
 
「そんな隠さなくてもいいのに」
「いや、ホントに去勢してない。私まだ男性能力あるよ」
とボクは言いながらも、夕方若葉に女性ホルモンを注射されたのでたぶん1ヶ月くらいは使えないだろうけどね、と思った。
 
「うっそー! ホントに?」
「うん。ホント。でも10万貯金あるなら、女性ホルモン買って飲んでてもいいんじゃない? 取り敢えず男性化の進行は止められると思うよ」
「う・・・・やはりその方法か・・・・」
「タマがあっても機能させなければいいんだよ」
 
「唐本さんは女性ホルモン、どこで買ってるの?」
「あ、私は女性ホルモンも飲んでない」
「えーーー!? それはさすがに嘘でしょ」
「いや、ホントだよ」
「信じられないよ〜!」
「うん、みんなから言われるけどね。でも女性ホルモンは輸入代行ショップで通販で買えると思うよ」
 
「それって、どうやって頼むの?」
「私は使ったことないから良く知らないけど、ネットで頼んでタイとかから輸入してもらうんだよ。でも、薬の名前は知ってないと頼めない。男性化を止めたいなら、ダイアン35とか使えばいいよ」
「あ、メモする」
と言って、吟ちゃんは可愛いキティちゃんのメモ帳を出して、薬の名前を書いた。
 
「これいくらくらいするの?」
「1ヶ月分が1000円くらいかなあ。でもコンビニで買えるエステミックスとかよりはすごく強烈だから、飲み始めたらもう男には戻れないし、やめてもいけない。一生飲み続ける必要がある」
「うん。それは全然問題無い。その覚悟でやる。でも月1000円ならエステミックスより安いじゃん」
 
「そうだね。輸入代行ショップはネットで検索すると、引っかかると思うよ」
「うん。。。。あ、でも私、昼間は学校に行ってるから、お母ちゃんに受け取られてしまう」
「ショップにもよると思うけど、郵便局の局留めが出来る所があるかも。そのショップに相談してごらんよ」
 
「ああ!そういう方法があるか。あ、でもクレジットカードとか無いけど」
「振り込みでも払えるんじゃない?」
「そうか! 頑張ってみる」
「うん。頑張ってね・・・・でも」とボクは言葉を続ける。
 
「ん?」
「やはり女性化を進めるならお母さんとは話し合って、何とか認めてもらうようにした方がいいよ」
「やはりそうかな・・・・」
 
「そうすれば、ホルモン剤も受け取ってもらえるし。それに高校生になって18くらいになって去勢手術することができるようになっても未成年だと保護者の同意が必要だよ。親の同意取らずにそんな手術したら、お医者さんは親から訴えられるリスクがあるもん」
「うーん・・・・」
「お父さんを説得するのは難しいかも知れないけど、お母さんなら何とかなる可能性あるし」
「そうだよね」
 
と言って、吟ちゃんは悩む様子を見せた。
 

ボクはその後もしばらく吟ちゃんの悩みを聞いていたが、やがて遅くなったので戻ることにする。ロビーにはもう人影が無かったので自分の部屋まで戻った。全員に渡されているカードキーでドアを開けて中に入る。
「ただいまあ」
「おかえり」
「どこ行ってたの?」と日奈が声を掛ける。
 
「いやあ、吟ちゃんの相談に乗ってたのよ」
「ああ! あの子も、女の子の話の輪に入ってくればいいのにね」
「なかなかその勇気が無いみたいね」
 
「転校して来たての頃の冬みたいだね」と日奈。
「あの子、小学校の頃からずっとあんな感じだよ」と亜美(つぐみ)。
「つーちゃん、同じ小学校だったんだっけ?」
 
「そうそう。同じクラスになったのは中学に入ってからだけどね」と亜美。
「へー」
「やはりずっと足踏みしたままの子も多いんだろうな」
とボクは言ってから、それって自分のことじゃん、という気もした。若葉が何気に微笑んだ気がした。
 

やがて森島先生が巡回してきて「消灯時間だよ〜」というのでボクらは寝ることにして、灯りを消した。
 
でもまだおしゃべりをしていた!
 
そんな時突然亜美が「セックスしたーい!」と言った。
 
「何を突然」と日奈。
「したくない?」と亜美。
「してみたい気はするけど、相手いないし。亜美は彼氏いるんだっけ?」
「いないんだよね〜」
「じゃ、先に彼氏作らなきゃ」とボクも言う。
 
「セックスなんて、そんな楽しいもんでもないよ」と若葉がまた唐突に言う。
「・・・・若葉にこのこと訊くのはタブーだって聞いてたんだけど、若葉ってセックス経験あるの?」と日奈。
 
「別にタブーにしなくてもいいよ。過去に3人の男としたことあるけど、どれも楽しくなかった」と若葉。
 
「それはたまたま相性が悪かったんだと思うよ。きっと若葉を気持ちよくさせてくれる男の子もいるよ」とボクは言った。
「ふーん。。。冬、私を気持ち良くさせてくれない?」と若葉。
 
「ちょっと、ちょっと、そういう交渉はふたりきりの時にしなさい」と日奈。「じゃ今度ふたりで会った時に誘惑してみよう」と若葉。
「もう・・・」
 
「冬はSちゃんとはセックスしたの?」と亜美。
「まだキスもしてないよ」
「でもSちゃんが冬の実態を知ったら、さすがに振るかもね」と日奈。
「それ言わないでよ。でもそれはちょっと覚悟してる」とボクは言う。
「振られたらショック?」
「ああ。ショックだと思う。好きになっちゃったから」
「おお」
 
「そうそう。**ちゃんは、夕方**君とやっちゃったらしいよ」
「まあ、なんて大胆な!」
「同じ部屋の子に協力してもらって、1時間だけお部屋でふたりだけにしてもらったんだって」
「凄いな」
「まあ、セックスしてるそばには居たくないしね」
「それはさすがに遠慮したいね」
「でもよく見つからなかったね。女子のフロアは交替で先生たち巡回してるのに」
 
「ああ、この際、冬でもいい気がしてきた。冬、今から私とセックスしない?後腐れ無しで」と亜美(つぐみ)。
「私たちのいるそばでやる気? もうつーちゃんも若葉も、節操が無い」
と日奈。
 
「無理だよ。私、女の子に性欲感じないし、そもそも立たないし」とボクは言う。「ああ、今日は特に立たないだろうね。さっき女性ホルモン打ったし」と若葉。
「そういえばそうだった!」
 
「女性ホルモン打たれて、何か感じる?」
「軽い頭痛がする。たぶん生理痛」
「ああ」
「生理痛のお薬あげようか?」と若葉。
「成分は?」
「低容量ピルなんだけどね」
「もう・・・・」
 

翌日は京都市内を観光した。まずは三十三間堂から清水寺に行き、ここで記念撮影。これで私は中学の修学旅行は2枚ともセーラー服で記念撮影をしたことになる。清水寺からは八坂神社、知恩院まで歩き、バスで移動した後、下鴨神社でまた長い参道を歩いた。何だか午前中はひたすら歩いた感じだった。お昼を食べてから午後も金閣寺を見た後、龍安寺から仁和寺まで歩いて、最後は嵐山で終了。
 
渡月橋の前でお互いのデジカメで記念写真を取り合う。そして昨日と同じホテルに戻る。同じホテルに戻るので荷物を持つ必要が無く助かったが、この日は無茶苦茶歩いた気がした。
 
「これ修学旅行というより、徒歩大会だと思わない?」
「同感」
「若葉〜、サロンパスとか持ってない」
「あるよ」
「ちょうだい」
 
夕食の後、部屋に戻った私たちは、若葉が出してくれたサロンパスを各々足に貼って各々ベッドの上で本当にバテていた。
 
「でも若葉のそのカバンって実に様々なものが入ってるよね」
「ふふ。これ魔女のカバンだから」
「あ、若葉って魔女のイメージに合うかも」
「あれ、そういえば小学校の学芸会で魔女の役してなかった?」
「シンデレラの魔女の役したよ」と若葉。
「へー」
「あれ? 冬も魔女の役しなかった?」
「ああ。眠り姫に呪いを掛ける魔女の役をしたよ」
「同じ魔女でもかなり傾向が違うな」
 
「あ、しまった!」と亜美が言う。
「どうしたの?」
「今サロンパス貼ってしまったらお風呂に行けない」
「21時すぎたら自由に入っていいと言ってたから、後で一緒に入りに行こうよ」
「ああ、そうしよう。私、寝る」と言って亜美は眠ってしまう。
 

亜美が眠ってしまった後は、3人でトランプをしながらおしゃべりをした。
 
「でも昨日、冬は女湯でほんとに堂々としてたね」と日奈。
「そうかな?普通にしてただけだけど」とボク。
「緊張しないの?」
「なんで〜?」
「去年の夏、合宿で一緒に温泉入った時も思ったけど、なんか凄く場慣れしてる感じだよね」と若葉。
「前も隠してなかったし」と日奈。
「ヌード晒すのに自信がある感じ」と若葉。
 
「でも隠してる子の方が少数じゃん」とボク。
「それはそうだけど」と若葉。
「男湯だと、どうなんだろ? 隠すのかな?それともむしろ見せびらかすのかな?」
と日奈が訊くが
「さあ、どうなんだろうね」とボクは答える。
 
「小学校の頃とか、男湯入ってたんでしょ?どうだった?」
「えっと・・・私、男湯には入ったことない」
「何〜!?」
 
「幼稚園の頃はお父さんに連れられて入ったこともあるみたいだけど、あまり覚えてないんだよねー。その頃もどちらかというとお母さんや伯母ちゃんに連れられて女湯に入ることが多かったみたいだし、小学生になってからは1度も男湯に入ったこと無いよ」
「ちょっと待て」
 
「だって混浴は幼稚園までだよ。小学生が男湯には入れないでしょ」
とボクは笑顔で言う。
「あのなあ・・・・」
と日奈が呆れた顔をしている。
 
若葉がハッとしたように言う。
「冬さ、小学校の修学旅行の時、間違って女湯に入っちゃったみたいな言い方してたけど、あれ最初から確信犯だったの?」
 
「あはは。あれはホント何も考えてなかったんだよ。旅館の人に尋ねて言われた通りの場所に行ったら、女湯だったというだけで。有咲が入ってくるまで女湯ということに気付かなかった」
「じゃ、有咲が入ってくるまでは男湯と思ってたの?」
「いや、何にも考えてなかった。これは本当」
「なんか怪しいなあ・・・」
 

やがて21時半頃、亜美が起きたので一緒にお風呂に行くことにする。
 
「剥がしたサロンパス、また使えないかなあ・・・」と亜美が言うが
「ああ、まだもう1箱あるから、あげるよ」と若葉が言うので、みんなサロンパスを剥がしてから、お風呂セットを持ち、4人で一緒に大浴場に行く。
 
エレベータホールの所でエレベータが来るのを待っていたら巡回中っぽい森島先生が通り掛かり「あんたたち、今からお風呂?」と訊く。
 
「さっきまで寝てたので」
「今日はさすがに疲れました」
などと言い合う。
 
「うん。気をつけてね。あまり遅くならないようにね」
と森島先生。やがて上行きと下行きのゴンドラが同時に来たので、先生は上の階行き(女子は8〜9階を使っていてボクたちは8階)、ボクたちは下の階行きに乗る。
 
B1で降りて右手女湯の暖簾が掛かっている方におしゃべりしながら歩いて行く。暖簾をくぐって脱衣場に入り、ロッカーはたくさん空いているので4つまとまって空いている所で各自服を脱いで、浴室に入った。身体を洗い、浴槽に入る。心地好いお湯に浸かりながら、私たちはのんびりとしたペースで、今日見た所や友人の噂話などをしていた。
 
その時、私は近くで湯船に浸かっていた30歳前後の女性と目が合ってしまった。ぎゃっ、と思って目をそらすが遅かったという気がした。
 
「あの、すみません」
とその女性は声を掛けてくる。
「はい?」と日奈が返事をする。
 
「あ、いやすみません。勘違いです。知ってる人と似てたもので。でもその子は男の子だから」と彼女。
「あはは、私たち女の子ですから」と日奈。
「そうですよね! 男の子が女湯にいるわけないし。ごめんなさい」
と言うが、彼女の視線はボクの方に固定されたままだ。ボクは開き直った。
 
「ご無沙汰、聖見(きよみ)お姉ちゃん」
とボクは笑顔で言った。
「あんた、やっぱり冬ちゃん!?」
「えへへ」
「なんで、あんたここにいるのよ?」
「あ、修学旅行。今日は京都市内で10kmくらい歩いてもう疲れた疲れた」
などと、ボクは平然として話す。
 
「どなた?」と亜美。
「あ、私の従姉。岐阜県に住んでるんだよ」とボク。
「あんたいつの間に女の子になっちゃったの?」と聖見。
「えへへ」
「私の見解では恐らく小学生の頃から」と亜美。
「私の推測では多分幼稚園くらいから」と日奈。
「私の想像ではきっと生まれた時から」と若葉。
聖見は笑っている。
 
「ちゃんとおっぱいあるんだね〜」
「ちっちゃいけど」
「身体も細いですよね。もっと食べなきゃと言うんだけど」
「体重は?」
「48kg」
「細すぎる」
 
「マックに行っても、冬ったらハンバーガー半分くらいしか食べないよね」
「ああいう脂っこいものは特に入らないんだよ」
「もうおちんちんも取っちゃったんだ?」
「あ、それはちょっと偽装工作」
「へー。でもあんた、雰囲気的に女の子だもんね」
「そうそう。私より女らしいかも知れん」と日奈。
 
「ねえ、伯母ちゃんやうちのお母ちゃんには内緒にしといて」とボク。
「あんた、親に黙って身体改造してるの?」
「うーん。何度かカムアウトしようとはしたんだけど、タイミングが合わなくて」
「ふーん。黙ってるのはいいけどさ」
 
「あ、やはり冬ってそれ身体改造してるんだ?」と亜美。
「してない、してない」とボクは言うが
「その胸、その声、なで肩、ほとんど無い喉仏。どう考えても改造済、というか男性化を停止させて女性化させてるでしょ?」と聖見。
 
「ああ、従姉さんから見てもそうですよね」と日奈。
「多分小学4〜5年生の頃から女性ホルモン飲んでるんだと思うんだけどね」
と若葉。
 
「そんなの飲んでないけどなあ」
「嘘つき良くない」
「何も改造せずに、男の子がこんな体つきになる訳無いよね。冬ってウェストもきゅっとくびれてるし」
 
「でもあんた、私の結婚式の時に婚礼衣装見て、着てみたそうな顔してたもんね」
「あはは」
「ああ、冬は花嫁さんになると思います」
「花婿さんってのは絶対あり得ないよね」
 
「月子ちゃん、もう幼稚園行ってるんだっけ?」
「まだ。来年入れるつもり。3年保育で」
「こちらへは旅行?」
「そうそう。旦那が久しぶりに休暇取れたから、親子4人で小旅行。子供ふたり旦那に見てもらってお風呂に来た」
「ああ、子供いたら交替になるよね」
「まあどっちみち男女で一緒には入れないし」
「確かに」
 
「でも冬がもし女の子と結婚したら夫婦いっしょにお風呂に入れるね」
「ああ、それっていいなあ」
「無理だよ。私、女の子には恋愛的な興味無いもん」
「いや、レスビアンの女の子となら、恋愛できそうな気がする」
「ああ、それはありそう」
 

その日は聖見も入れて5人でかなり長時間湯船の中でおしゃべりし、その後、みんなで聖見の部屋に行き、もう寝ている3歳の月子、まだ11ヶ月の星子の姉妹を「可愛い〜!」などと言いながらそっと鑑賞し、それから聖見の夫が交替でお風呂に行った間、聖見にジュースをおごってもらい、それを飲みながら小声でおしゃべりを続ける。
 
そして聖見の夫がお風呂から戻って来たところで、やっと自分たちの部屋に引き上げた。部屋に戻る時に(物音に気付いて)森島先生が廊下に出てきて
「あんたたち、今までお風呂入ってたの?」
などと言われた。
 

翌日3日目は、午前中男女で別行動になった。男子は太秦映画村でフリータイムということだったが、女子は西陣織会館に寄った後、祇園の街でフリータイムとなった。西陣織会館では十二単と舞妓さん衣装の着付け体験をする。各クラスから各1名ずつじゃんけんで選んで着付けしてもらったが、うちのクラスでは亜美が十二単、美枝が舞妓衣装に選ばれて楽しそうに着付けしてもらっていた。みんなで記念写真を撮った。
 
「楽しいけど、これ毎日は着たくねぇって感じだよ」と亜美。
「ああ、たいへんそう」
「肩が凝りそうだよね」
 
「なんかこれ自分の人相が分からないよぉ」と美枝。
「舞妓さんのお仕事は夜だから、夜でも顔が分かるように白塗りらしいよ」
「顔があることは分かるが誰かが分からん」
 
西陣織会館を出てからは、バスで三条の木屋町通りのところで降ろされ、そこから、自由に南下していく。お昼に八坂神社集合である。
 
私たちは、日奈・亜美・倫代・若葉・貞子・美枝・協佳、といった集団でおしゃべりしながらしばしば立ち止まったり、お店を覗いたりしながら、道を下っていった。
 

やがて気分で右折し、河原町通りを横断して新京極まで行く。お土産物屋さんがあったので、日奈が興味を持って中を覗き、他のメンツも一緒に何気なく見ていた。
 
「あ、なんかきれいな笛があるね」
「ああ、漆塗りが美しいね」
 
それは朱塗りの横笛であった。
 
「冬、横笛とか吹かないの?」と亜美。
「吹いたことないよ」とボク。
「じゃ、これ買って練習してみたら?」
「なんで〜?」
「冬、いろんな楽器できるじゃん。これもレパートリーに加えなよ」
「そんなにできないけど」
 
「でもギター弾けるよね?」
「コードいくつか押さえられるだけ。CとFとG7とEm,Amくらい」
「それだけ押さえられたら、何の曲でも弾ける」
「全部ハ長調に移調しちゃうのね?」
「そうそう。私、シャープとかフラットとか嫌い」と亜美。
 
「こないだ、ブラス部に行ってクラリネット吹いてたよね?」と倫代。
「マウスピースだけ自分の持ってるんだよね。中1の時に買ってもらって音出す練習してたんだよ。本体は持ってないから運指が怪しい」
「へー」
 
「フルートとか篠笛とかは吹いたことないの?」
「横笛系は練習したことない」
「じゃ、買って練習しよう。これ1000円だよ。クラリネットのマウスピースより遥かに安い」
「確かにそうだけどね」
 
そんな感じで私はみんなに乗せられて、その朱塗りの横笛を買った。
 
「早速吹いてみよう」
などと言われるが、音が出ない!
 
「ファイフも吹いたことないの?」
「うん。ファイフ持ってない」
「この横笛が吹けるようになったらファイフも吹けるよ。少し練習したらファイフも買って、練習してみたら?」
「そうだね〜」
 
「あ、その横笛吹いてる振りしてるところ、写真撮ってあげる」
 
と日奈が言うので、私は新京極通りで、セーラー服姿で横笛を吹いてるみたいにしてる所を、自分のデジカメで撮ってもらった。日奈と倫代も自分のデジカメで撮っていた。このようにして私の中学の女子制服写真はけっこう増殖した。
 

土産物店で貞子は日本刀の形をした傘を買っていた。
「そんなの持ち歩いてたら、お巡りさんに捕まりそう」
「そんな時はさっと、開いてみせればOK」
「刺されるかと思って撃たれたりして」
「そこは弾丸受けの天技で」
「へー。うちのお父ちゃんがエアライフル持ってるけど、受け止める練習してみる?」
「いや、遠慮しとく」
 
ふつうに生八つ橋を買っている子が多い。若葉は和菓子屋さんで干菓子を買っていた。
 
ぶらぶらと集団で歩いていたら、歌声が聞こえてくる。何だろうね?などと言いながらそちらに歩いて行くと、結構な人だかりができている。見ると20歳前後の女の子の歌手が、キーボードの人の伴奏で歌っていた。
 
「あれ?見たことあるね、あの人」と美枝。
「青島リンナだね」と亜美。
「へー、有名な人?」と倫代が訊く。
「うーん。。。地道に売ってるという感じかな。R&Bファンの間では評価高いけどね」と亜美は言ってから
「冬は知ってるよね?」と訊く。
 
「うん。今歌ってるのは4月に出たアルバムの曲だね」とボクは答える。
「よくアルバムの曲まで知ってるね」
「いや、この人はシングルは出さないんだよ。アルバムを年に2回くらい出す」
「へー」
「20代以上の固定ファンには、その方がありがたいだろうね」
 
などと言いながら、ボクたちは何となく立ち止まって彼女の歌を聴き始めた。
 
 
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【夏の日の想い出・セーラー服の想い出】(中)