【夏の日の想い出・3年生の冬】(上)

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2012年の各種音楽賞の表彰は11月のBH音楽賞から始まった。私たちは2009年に『甘い蜜』で、当時は活動休止中であったにも関わらずローズ+リリーでこのBH音楽賞を頂いてしまい、お揃いのミニスカの衣装で授賞式に出席した。活動休止期間中の、数少ない公の場へのふたりの出席であった。
 
昨年はローズクォーツの『夏の日の想い出』でやはりこの賞を頂き、マキ・タカ・サトと4人で賞をもらってきた。そして今年2012年はローズ+リリーの『天使に逢えたら/影たちの夜』での受賞となった。ローズ+リリーとしては3年ぶりの受賞であるが、この曲のクレジットは『Rose+Lily+AYA ft Star Kids』
ということになっているので、AYAおよびスターキッズの宝珠さんと4人で受賞式に出席した。
 
この授賞式で私たち4人は、高校の制服を着て出て行った。
 
授賞式でインタビューワーから訊かれる。
「えっと、4人とも女子高校生でしたっけ?」
「私は高校を出た後、どこの学校にも入ってないので、女子高生の残像です」
とAYA。
「『天使に逢えたら』は高校の修学旅行の時に作った曲なので」と私。
「ケイの高校の女子冬服姿って卒業式の時に1度見ただけなので、また見たくなりました」と政子。
「永遠の女子高生です」と宝珠さん。
 
「これ実際の制服ですか?」
「私とケイの出身高校のものです。高校には特に許可を頂きました。ケイは実は高校の卒業式の日、1日だけこの制服を着たんです」と政子。
「へー。じゃ、ケイさんって女子として高校を卒業したんですか!」
「唐本冬子って名前の卒業証書がうちにありますよ」と政子。
「凄い」
 
「私は冬ちゃんから借りました」とAYA。
「私は自分のを着たので、まだ持ってた友人から2着借りてきました」と私。
 
政子は自分の制服を着て、私は仁恵からもらった制服を着ているが、AYAが着ているのは奈緒の制服、そして宝珠さんが着ているのが実は私自身の制服である。私が実は制服(冬服)を持っていたことは若葉などほんの少数の友人しか知らない。(政子も知らないし、特に私に制服をくれた仁恵には絶対に知られたくない)
 

うちのマンションの鍵は町の鍵屋さんでは複製出来ないというタイプ(Kaba製)でその代り最初から5本もらっている。(マンションに入るには玄関で電子キーと暗証番号が必要。電子キーは鍵のつまむ部分に組み込まれている)この5本の内2本は私と政子が持ち、1本は私の姉の萌依、1本は何かと私たちが不在の時などに用事を頼んでいる友人の礼美に預けているのだが、あと1本余っていた。それを私の姉と麻央の兄が結婚して麻央が私の義姉になったのを機会に麻央に渡した。
 
麻央がその鍵を最初に行使したのが、姉の結婚式から1ヶ月ほど経った11月23日(祝)だった。その日私と政子はスリファーズのライブに帯同して沖縄に行っていたのだが、同じ日、名古屋に住んでいる友人のリオと美佳が用事があり上京してくるということだったので、どうせ部屋は空いてるし、うちに泊まればいいよ、ということで愛知県に住んでいた当時から私ともリオたちとも親しかった麻央に、うちのマンションの鍵を開けてふたりを泊めておいてと頼んでおいたのである。麻央はぶっつけ本番は怖いと言って事前に鍵を開け閉めする練習までしていた。
 
沖縄からは翌24日の昼くらいに戻る(一緒に沖縄に連れて行った青葉は千葉市に住む彼氏の所に行くと言うので羽田で別れた。なんでも先週が彼氏の誕生日であったらしい)。私と政子は夕方からまた都内でのスリファーズのライブに行くのだが、それまでしばし5人(リナ・美佳・麻央・私・政子)でのおしゃべりを楽しんだ。
 
「東京に出てきて、ちんすこうを食べることになるとは思わなかった」
と美佳。
「名古屋のウイロウも美味、美味」
と政子。
 
「ファンの方から頂いた全国各地のお菓子もあるから、適当に物色して食べていいからね」
「あ、今朝、中家さんという方がどっさりお菓子とお酒を持って来てくれたよ。仙台のずんだ餅は冷凍保存みたいだったから、それだけキッチンの冷蔵庫の冷凍室に入れて、他はあちらの冷蔵庫(もらいもの専用の冷蔵庫)に入れた」
「ありがとう」
 
「あ、ずんだ餅があるんだ。じゃ食べよう」と政子。
「じゃ冷凍室から出しておくよ。3時間くらいで解凍されるだろうし」
と言って麻央が席を立つ。
「だったら、ライブの出がけに食べられるな」
 
「またゲリラ・ライブ行こうよ」と政子。
「うん。あれも何となく続いてるね」と私。
 
「ゲリラライブ?」
「そうそう。私たちが時間取れた時に突然東北のどこかに行って30分くらい路上パフォーマンスして帰ってくる。仙台を中心に松島とか一ノ関辺りまで足を伸ばすこともある。一度青森でもやった」
「へー」
 
「震災以来、もう15回くらいやったかな」
「そんなに!」
「でもブログとかに書かれたことないね」
「そもそも正体ばれてない雰囲気の時多い」
「東北に来るアーティスト多いしね」
「あまり歌わないしね」
「歌わないの?それで何するの?」
「私はヴァイオリン、冬はフルートやウィンドシンセ」
「へー」
 
「福島でもまたしたいね」
「来月は福島に行こうか」
「うん」
 
「あ・・・」
「どうしたの?美佳」
 
「いや、やっぱり麻央って、あぐらなんだなと思って」と美佳。
「あ、ボクは昔からだいたいそんなものじゃん」
「冬はお姉さん座りなんだ」
「あ、私は昔からそんなものだよ」
「お姉さん座りや女の子座りだったね」とリナ。
 
今日はソファーよりこっちがいいと言って居間のカーペットの上に直座りなのである。
 
「へー。冬って昔からお姉さん座りや女の子座りだったのか?」
と政子は昔の話には興味津々の様子である。私は話をずらす。
 
「麻央って、大学でも男の子の友だちの方が多いみたいね」
「それも昔からそんなものだよ」
と麻央は笑っている。
 
「麻央は小学校の高学年の頃も中学の頃も、男の子たちとサッカーとか野球とかばかりしてたね」とリナ。
「ってか、中学の野球部ではエースで4番だったよね」と美佳。
「まあ公式戦には出られなかったけどね」と麻央。
「高校では野球しなかったの?」と政子。
「うちの高校、野球部無かったから」
「あら」
 
「冬は女子しか入れないはずの合唱部とかチアリーダーとかしてたみたいね」
と政子。
「ああ、やっぱりボクと冬って性別逆転してるね」
と麻央。
 

そこに私の携帯に着信があった。佐野君からだ。
「やっほー」と私はオフフックすると言った。自宅なのでハンズフリーのセットのところに置いている。
「おお、唐本、愛してるよ〜」と佐野君。
 
これは昔から佐野君が私に電話してきた時の「いつもの挨拶」だ。しかし今日は間が悪い。
 
「へー。佐野、私のこと愛してるの?」
「もちろんだよ、まいはにー」
「ここに麻央がいるんだけど」
 
佐野君が咳き込む。
 
「ちょっと代わるね」
と言って、私はハンズフリーのセットから携帯を取ると、麻央に渡した。
 
「やあ、佐野君、おはよう」と麻央。
 
それから数分のふたりのやりとりは書かない方が良いであろう。
 
「でさ、冬、敏春が今度の大分のチケット何とかならないか?って言ってるんだけど」と麻央。
「何枚?」
「私のと2枚」
「うーん。主催者枠がもう残り少ないんだけど、麻央なら何とかするよ」
「ありがとう」
と言って麻央は電話に向かい
 
「ということで、2枚取れるってよ、佐野君」
などと言って、更に少し話してから電話を切った。麻央は今日は終始「佐野君」
とは言っていたが、笑っているので、そんなに怒っている訳ではないようだ。
 
私はすぐに氷川さんに電話し、大分のライブに自分の義理の姉が行きたいと言っているので本当に申し訳ないが、何とか後2枚チケットを頼むと言い、OKをもらった。(本当は特別な人から頼まれた時のためにちょうど残り2枚だけ留保してもらっていたのである。その最後の枠を使い切った)
 
「やはり大分のチケット、みんな取れなかったみたいね」と美佳。
「という私も冬に頼んじゃった訳だけど」
 
「うん。結局友だちとかから全部で20枚くらい頼まれたよ。でもこれで最後だから、後はごめんなさいということで」
 
「私は一般発売でゲットしたからね」とリナ。
「運が良いね。抽選は倍率5倍くらいだったっけ」
「うん。そんなもの」
 

翌日。スリファーズの全国ツアーも昨日の東京に続き、今日の横浜で打ち上げになる。私は春奈の体力がよくもったなと思い、春奈の頑張りを称讃したい思いと、ずっとツアー中、春奈の身体をヒーリングしてくれた青葉に感謝したい気持ちでいっぱいだった。
 
スリファーズは★★レコードでも5本の指に入るくらいの稼ぎ手だ。大事なアーティストであるがゆえに、本来なら春奈には無理をさせずにゆっくりと回復を待ちたいところであるが、私は町添さんと話し合い、あの子は仕事をさせた方が早く回復するタイプだ、ということで意見が一致した。そこで春奈のいちばんの理解者である彼女のお姉さんとも話し合った上で、性転換手術の2ヶ月後から音源制作、そのあと全国ツアーなどという計画を作ったのであった。
 
その日は政子は横浜の中華街で買物をしたいということだったので別行動になり私は横浜駅で政子と別れて、みなとみらい線に乗り、会場へ向かった。駅を降りて会場に向かっていたら、バッタリとマキと出会った。
 
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
と挨拶を交わす。ちなみに今は昼の12時半である。
 
「冬ちゃん、こちらは仕事だっけ?」とマキ。
「ええ。スリファーズのライブの付き添いで。まだ時間があるから、いったん顔を出してから、散歩でもしようかと思ってたんですけどね。ヒロちゃんは?」
 
お互いを「ちゃん」付けで呼ぶのは、まあこれも「おはようございます」同様、この世界の習慣である。もっとも最近はふつうに「こんにちは」の人も増えてきている。
 
「俺は、来月結婚1周年なんで、何か彼女にプレゼントをと思って」
「ああ、いいですね。おふたり凄く仲よさそうで微笑ましいです」
「うん。彼女のこともあるし俺も頑張らなきゃいけないなあとは思うものの、どうも調子が出ない感じで。今年はゴールドディスク出てないしなあ。。。」
 
(『あなたとお散歩』は最終的に10万枚/DLを越えたのだが、この時点ではまだ越えていなかった)
 
「少しお茶でも飲みます?」と私は言ってみた。
「あ、そうだな」
 

ということで、私たちは近くのビルの中のカフェに入った。あまり話を聞かれないよう、奥の方の席に座る。
 
「冬ちゃんと政子ちゃんって、凄く曲書くのが速いよね」
「上島先生からモーツァルト型って言われました。私も政子も途中で筆を止めないんですよね。一気に書き上げる。でも、書き出す前に頭の中で構想を練っている時間が実は数時間あったりするんですよ」
「へー。それでも数時間か」
 
「モーツァルトはむしろ上島先生だと思うんですけどね。だって、どう考えても年間1000曲くらい書いてますよ」
 
「恐ろしい・・・俺は1曲書くのに1週間、どうかすると1〜2ヶ月掛かるからなあ」
「ベートーヴェン型ですね」
「ベートーヴェンみたいなレベルの曲が書けたらいいけどね」
 
「でも震災の後の避難所巡りしてた時は毎日曲を書いてましたよね」
「うん。あれは鎮魂のためと、自分を鍛えるためにね。その日回った地域で亡くなった人への鎮魂のために曲を書いていた」
「あの1ヶ月は私も忘れられません」
「でも冬ちゃんは毎日2-3曲、書いてた」
「浮かんでくるんですよ。あそこ回ったら自然に」
 

「俺さ・・・」
と言って、マキは語り始めた。
 
何だか話が長くなりそうだ。ちらっと左手首内側のBaby-Gの文字盤を見る。今1時。公演は3時からだ。2時には会場に入らなければならない。彼の話を聴けるのは1時間以内だ。私は念のためスリファーズのマネージャーの甲斐さんに「今隣のビルにいます。2時前後にそちらに移動します」というメールをテーブルの下でほぼ指の感触だけで打った。これができるから私はスマートフォンには乗り換えない。一時期iPhoneも持ち歩いてはみたものの、アプリを使う端末としてはiPadに乗り換えて電話はやはり従来型の端末(フィーチャーフォン)を使い続けている。
 
「最初、ケイちゃんの話を須藤さんから聞いた時、アイドル歌手に毛の生えた程度の子かと思い込んでいたんだよね」
「まあ、実際そんなものですよ」
 
「で実際に会ってみると、クォーツの曲をその場で譜面見て初見できれいに歌ってしまう。アイドルにしてはなかなかうまいと思ったものでね」
「ふふ」
 
「だけどその後、ふたりで一緒に民謡教室に通わされたじゃん。そしたら冬ちゃん『佐渡おけさ』をいきなり、すごく上手にコブシまで回して歌って、先生に褒められたでしょ。それで何て器用な子なんだと思ったよ」
 
「言ってませんでしたっけ? 私の祖母が高山で民謡教室を開いてたんです。今は伯母が引き継いでますが。私の母も民謡の先生の資格持ってますよ」
「えー?そうだったんだっけ?」
 
「私も小さい頃、こども民謡大会で入賞したことあるし、『佐渡おけさ』は幼稚園の頃、けっこう歌ってました。あの時は12年ぶりに歌いましたけど」
「それは知らなかった」
「もっとも私が物心付いた頃、母はもう民謡には挫折してたんです。だから私は母が民謡を唄ったり三味線弾くところを見たことないんですよね」
 
「へー。でもやはりケイちゃんの実力に感嘆したのは、その後のドサ回りだよ。クォーツもレパートリーの数には自信があったけど、クォーツが演奏できる曲はとにかく全て、ケイちゃん歌えたんだもん。俺、あの時サトにもしケイが詰まったら最悪ドラムス放置してもいいから代わりに歌ってくれと頼んでたんだけど、その必要は無かったね」
 
「ふふ。政子によれば私の頭の中に入っている曲は数万曲ではないかと」
「いや、ほんとに入ってそう。それと、ハプニングへの対処が無茶苦茶うまいじゃん。2コーラス目の出だしでタカがいきなり変な音出しちゃったら、顔色ひとつ変えずに、それに合わせてとっさに転調して歌いだしたのとか、すごっと思った」
「でもマキさんのベースもちゃんとそれに合わせてくれました」
と私は微笑む。
 
「俺、ケイちゃんの実力の凄さに驚いて、一度須藤さんに訊いたことあるんだよ」
「へー」
「この子、俺たちと組ませるのもったいないのでは。ソロデビューさせた方が売れませんか?って」
「私、ソロで歌うつもりは無いから。歌う場合はマリとです」
と私は明言する。
 
「須藤さんは、この子は確かに一度は売れたけど、急速に売れたから、客席の反応見ながら歌うのとか、ステージ現場でのとっさの対応とか、そういうのに慣れてないからその経験を俺たちと一緒に積ませたいんだとか言ってたんで、俺もその場では納得したんだけど、実際には、俺たちより、そういう客席への反応・対応がうまかった」
 
「そんなことないと思いますけど。私もあの頃はもう日々焦るばかりで、きゃーどうしようと思うことの連続でしたよ」
 
「音楽理論とかも凄いよね。ほら、あの時期ふたりで一緒にビートルズやクィーンの曲の分析とかしたじゃん」
「あれは楽しかったですね。最近忙しくてああいう勉強できてないから、また他の人も入れてやりたいですね」
 
「一緒に『さくら』の編曲した時とかも、西洋的な音楽理論だけじゃなくて、日本音階とかにも詳しいのでびっくりしたし。俺、もう日本音階の名前忘れちゃったよ。イチコシとかコウショウとか」
「壱越(いちこつ)に黄鐘(おうしき)ですね。黄鐘(コウショウ)というのは黄鐘(おうしき)と同じ字を書きますが、中国音階の名前で、名前は日本音階と同じ漢字なのに、全然別の音なんですよ。もっとも「コウショウ」は日本読みで中国読みだと「ファンチョン」って感じですが、」
 
「へー!」
「日本の黄鐘(おうしき)はラの音、中国の黄鐘(ファンチョン)はドの音です」
「面白いね」
 
「でもやっぱり、一番自分はケイちゃんたちには適わない、と思ったのがその後の『一歩一歩』『夢見るクリスタル』の制作の時でさ。俺最初、シングル用に1曲用意していたんだけど、ケイちゃんたちの『峠を越えて』を見たら、もうまばゆくて、まばゆくて。俺の作品、とてもこんな凄い作品と並べられないと思ってそれ引っ込めて、アルバム用に回したんだよね」
「『君無しでは・・・』ですか?」
 
「よく分かるね!」
「だって、これシングルの方に使ってもいいのではって私思いましたよ」
「そ、そう?」
「いい作品だと思います」
 
「んで、それで俺が『済みません。作れませんでした』と言ったら、その穴埋めにと言って、マリちゃん呼び出して、その場でふたりで1曲作ったじゃん」
「『恋の勇者よ』ですね。ちょっと練る時間が足りなくて私もマリも少し不満は残ったのですが、すぐ曲が必要だったので。まあ翌日少し調整しましたが」
 
「不満だというけど、俺はふたりがその場で1時間で書いた作品にもかなわないと思った。それ以上に、1時間で曲が書けるのが凄いと思ったけどね」
 
「それでローズクォーツのリーダーは決まってない、とか言い出したんですか?」
 
マキはその時期「ローズクォーツのリーダーをまだ決めていなかった」などと言い出したのである。みんな当然、マキがリーダーと思っていたのだが。結局「投票」をして、あらためてマキをリーダーに「選出」したのだが。
 
「まあね。でもリーダーをきちんと決めてない、というのは須藤さんから『ローズクォーツ』というユニット名を聞いた時から思ってはいたんだけどね」
「思ってたら、あのユニット名言われた時に確認すれば良かったのに!」
「いや、それが・・・」
 
思ってもとっさに行動しないのがマキの良い所でもあり、使えない所でもある。タカは思う前に行動する。
 
「でも、俺もあれで少し頑張らなきゃいけないかなと思って」
「その後、できた『南十字星』は素敵な作品でした」
 
「うん。あれは自分でも気に入ってたけど、あんな作品がコンスタントにできる訳じゃない。あれは泥沼に咲いた蓮の花のような曲だったよ」
「そうですか?」
 
「だから俺はまだまだ勉強が足りないと思って。作曲の理論の本とか買ってきて読んだり、ビートルズ、クィーン、レッド・ツェッペリン、ELOからレッド・ホット・チリ・ペッパーズまで、国内アーティストではスクエア、カシオペア、喜多郎、スペクトラムから、→Pia-no-jaC←(ピアノジャック)まで、自分が凄いと思うクリエイターの曲を手で五線譜に書き写してみて、メロディラインの流れ、コード進行の流れとかをかなり勉強した」
「凄いです、それ」
 
「それで出来たのが春の新譜に入れた『スタールビー』なんだよね」
「あれも素敵な曲でした」
 
「また、あんな曲が書けたらいいなと思うんだけど、なかなかいいのができない」
 
マキの話はまだまだ続きそうだったが、私はタイムアップを認識した。
 
「ヒロちゃん。申し訳ないけど、私、そろそろ会場に入らないと」
「あ、ごめん!」
 
「そうだ。ヒロちゃんも一緒に来ません?」
「え?でも今日の楽屋は女の子ばかりなのでは?」
「マキさんなら構いませんよ。他にも男性スタッフは出入りするし。ただし男性がいてもみんな気にせず脱ぎますから、女の子が下着姿になってても、服を着てると思って見ておいてくださいね」
「裸の王様みたいだな!」
 

その日。このツアー最後のステージで、春奈は観客の前で「8月に性転換手術を受けて、本当の女の子になりました」と告白した。会場は「おめでとう」の声で埋め尽くされる。すると春奈は「ケイ先生、私が女の子になったお祝いとツアー完走記念で何か曲をください」と言った。
 
そこで私はいいよと言い、キーボードの人から楽器を借りて即興で1曲演奏する。そして、そのあと今度はマリが即興で詩を作りながら、その曲に合わせて歌う。その詩を彩夏が書き留めてくれて、そのあと、私のキーボード演奏に合わせて今度はスリファーズが歌った。この曲は「女になった日」というタイトルで後日あらためてスタジオで録り直し年末に緊急発売されることになる。
 
「春奈へのプレゼント」の曲が終わったところで、私と政子はステージから袖に下がってくる。マキが訊いた。
 
「ね、今のってあらかじめ作っておいたの?」
「いえ。今、あの場で作りましたよ。春奈も突然あんなこと言い出したし」
「すげー! ほんとに即興で作ったんだ!」とマキが感心したように言う。「ね、譜面書き留めなくていい?」と政子。
「ああ、大丈夫。録音してくれているんじゃないかと」
と言って甲斐さんを見ると、指で丸のサイン。
 
「でもここで書いちゃおうか」
と言い、私は甲斐さんから五線紙をもらうと、私は政子から「青い清流」と私たちが呼んでいる青いボールペンを受け取り、今政子と一緒に作った曲をささっと譜面に書いて行った。歌詞も一緒に書いていく。甲斐さんが録音していたのを聴いて確認したが、どこも間違っていなかった。
 
「凄い記憶力だ・・・」とマキ。
「冬は、ライブとかに行くと、初めて聴いた曲でも、それを後で譜面に書けるよね」
と政子。
「それできる人は、音楽界にはザラにいるよ」
と私は笑って言う。
「へー」
 
「上島先生や雨宮先生もできるよ」
「わあ」
 
「あ、今その譜面見てて少し直したくなった」と言って政子が自分も「赤い旋風」
と呼んでいる別の赤いボールペンを取りだし、譜面に加筆する。
 
「ね、ついでにここのメロディーだけど、こんな感じにしない?」
と政子が指で五線紙の上にカーブを描く。
「ああ、その方がいいね」
と言って私は音符を修正し、新しいメロディーラインでそこを歌ってみる。
「うんうん。それでいい」
と政子は満足そうである。
 
そんな感じで20分ほどで曲は完成した。
 
「私も何度かこの制作現場見たけど、いつもながら凄いね」と甲斐さん。「これ、凄く良い曲だ」とマキ。
「けっこう売れそう」と甲斐さん。
 
「でも、どうしてこんなにすぐ曲が書けるの?」とマキ。
「さっきは、お客さんからパワーをもらいました。客席のファンの人たちから、『おめでとう』というオーラが凄まじく来てたから、それを自然に受け止めたらメロディラインが浮かんできた」
「凄っ」
 
「ケイちゃんもマリちゃんも、曲を作る人じゃなくて彫り出す人だよね」
と甲斐さん。
「ほりだす?」とマキが問い返す。
 
「ほら、夏目漱石の『仁王』って短編小説があるでしょ(『夢十夜』の第六夜)。運慶が仁王を彫っているのを見て、みんなが凄いなと言うんだけど、ひとりの見物人が「あれは木の中に埋まっている仁王像を掘り出しているだけなんだ」
と言うのよね。それで主人公が家に帰って、木を彫ってみるんだけど、自分が彫った木には仁王像は埋まっていなかった、と言うのよ」
「ああ・・・国語の教科書で読んだ気が」
 
「でも、マリちゃんもケイちゃんも、仁王を掘り出せる人なんだな」
「ああ」
と言ってマキは何か考えるかのようであった。
 

その日は春奈の体調が良かったこともあり、ゲストで出演したベビーブレス、そしてついでにマキもそのままスリファーズの打ち上げに連れていき、この1ヶ月のねぎらいをした。ベビーブレスの2人は春奈の体調が万全で無かったのが性転換手術の直後だったからというのを知って、ほんとに驚いたと言った。
 
「性転換手術って、手術のあと半年くらい回復にかかるのかと思いました」
とベビーブレスのサキ。
「春奈はスーパーウーマンだから2ヶ月で稼働できるんだよ」と私。
「手術のあと1ヶ月でライブやったケイ先生には適いません」
と春奈。
「ケイのお友だちには、性転換手術受けた10日後に合唱コンクールに出て、ソロを歌った子がいるのよね」と政子。
「うっそー!」とベビーブレスのユキ。
 
「類友だよね。なんかケイちゃんの周りには凄い人ばかり集まってる」と甲斐さん。
「ほんと凄いよね」
と春奈が言うと、彩夏が
「いや、はっちゃんも、その凄い友だよ」
と言う。
 
「ほんとに負けたぁって感じ」
とマキが言ったが、
「マキさんも充分その凄い友だよ」
と甲斐さんは笑顔で言った。
 
「ローズ+リリーやスリファーズが凄すぎるから、つい比べちゃうかも知れないけど、毎回10万枚前後売ってるローズクォーツも★★レコードにとってはVIPのはず。10万枚って1億円だからね。それだけ稼いでるグループのリーダーなんだから、自信持たなきゃ」
「うーん。。。」
 

打ち上げが終わった後で、マキがまだ少し話し足りない感じだったので、私は彼を私と政子がマンションに帰るタクシーに乗せて一緒に連れていった。うちのマンションは「男子禁制」だが、カップルの客だけは入れてもいいルールなので、マキの奥さんの葵さんに連絡して最寄り駅まで出て来てもらい、彼女を拾ってマンションに戻った。そもそも結婚1周年のプレゼントを買いに行ったはずがなかなか戻って来なかったので、葵さんは少しピリピリしていた感じだったが、うちで、レアもののカティサークを出して来たら、かなりご機嫌が直った。葵さんは洋酒に目が無いのである。
 
「これ美味しい〜。どこで売ってるの?」と葵さん。
「お酒に詳しい友人によると、イギリスでしか売ってないらしいです。多分イギリス旅行か出張かのお土産ではないかと」
「へー」
「これ持って帰っていいですよ」
「ほんと!嬉しい」
とは言ったものの、実際には葵さんはその夜の内にその瓶を飲み尽くしてしまったので、ふつうのカティサークをお土産に持たせた。
 
マキの作曲に関する苦悩の話はほんとに延々と続いた。私がずっと聴いていたが、奥さんは政子を話し相手に、ファッションの話や食べ物の話で盛り上がっていた。
 
「それでさ。俺ずっと思ってたんだけど」
「はい?」
「『夏の日の想い出』はローズクォーツの作品ってことになってるけど、あれはクレジットを変えるべきだと思う」
「え?」
「あれはローズ+リリーの作品だよ。印税も返上すべきじゃないかとずっと思ってて」
 
ちょうどその時、奥さんはトイレに立っていた。私は厳しい顔でマキに言った。
 
「誰の作品かというのは置いといて、印税返上とか、そういうことをリーダーが安易に口に出したらいけない。ヒロちゃんだけの問題じゃないよ。奥さんも困るし、タカちゃん・サトちゃんも困るよ」
 
「そうだよなぁ・・・・」
とマキはまた悩むようにつぶやいた。
 

翌日から私達はローズ+リリーの新しいシングルの音源制作作業に入った。いつもながら、ローズクォーツの4人に、宝珠さん、鷹野さん、酒向さんが参加した特別ユニットが伴奏する。(ローズ+リリーの音源制作の場合、ローズクォーツあるいはスターキッズのメンバーに対しては1曲につき5万円を支払う代わりに、演奏印税は無しということにしている)
 
今回のシングルに収録する曲はマリ&ケイ作の『夜間飛行』『ピンザンティン』
『カントリーソング』『Again』及び上島先生の『ハッピー・ラブ・ハッピー』
である。この「ラブ」という文字の周りにハートマークが描かれている。他の人には見せられないが、先生から送られてきた譜面には「もしかしてマリちゃんとケイちゃん結婚した?ハッピーウェディング!」というメモが添えられていて、私達は微笑んだ。
 
5曲構成で演奏時間は全部で23分ほどで、これなら少し編集して短くすれば何とか8cm-CDにも入れられないこともないが、私たちはこれにインストゥルメンタルバージョンを入れて、倍の46分ほどにして12cm-CDで発売することにした。前作の『出会い』を12cm-CDにしたら、こちらの方が助かるという声が多かったこと、そしてやはり8cm-CDがもうほとんど生産されないようになってきているということと、様々な機器での再生の便を考えて、今後のローズ+リリーのCDは全て12cm-CDにすることにした。
 
インストゥルメンタルバージョンは、単に私達の歌を抜いた「カラオケ」
ではなく、私と政子の歌唱パートを、実際の私と政子のフルートとヴァイオリン又はウィンドシンセと電子ヴァイオリンで演奏したものである。『夜間飛行』などは、そのインストゥルメンタル版が何気に格好良くできあがってしまって「これをタイトル曲にしようか?」などと、演奏には参加しない(ギャラも出してない)のにスタジオに毎日来ていた近藤さんに言われたくらいである。
 
ダウンロードサイトでは歌唱版が250円、インストゥルメンタル版が150円の設定にする。
 
『夜間飛行』は2年前に沖縄の麻美さんが一時危篤になり、私と政子が深夜沖縄に行って回復を祈ったりした時、何とか彼女が持ちこたえて危篤状態を脱した後、回復を喜ぶかのように私達は愛し合い、そして書いた曲である。
 
「ドドミミファファソソ・^ド^ドソソファファソソ」という単調なリズムを刻むベースラインが軽やかに巡航する飛行機のエンジン音のようで、行き交う他の飛行機のライト、地上の高速道路の車のライトの列、そして海を渡る船の灯りなど、夜のフライトならではの美しさの中に、都会的な恋を読み込んでいる。躍動感あふれるサックスの音色、流れ星のようなピッコロが特徴的で、実際問題として宝珠さんのサックスと笛を前提で書いた曲である。
 
『ピンザンティン』は政子らしい食の讃歌である。
 
「サラダを食べよう、ピンザンティン(ドファソラーシ・レドシラ・ソミラ)」
という大胆なサビがリピートされる。これは音源制作に続いて制作したPVでは、私と政子が野菜サラダを作ってはどんどん食べるシーンを撮影した。
 
「ピンザンティンってどういう意味?」と宝珠さんが訊くが
「分かりません」と政子。
 
政子はしばしばこういう意味不明の単語(?)を創造する。
 
『カントリーソング』は田舎でのんびりと暮らす若いカップルを描いた幸せいっぱいの歌で、畑を耕し、牛に干し草を与え、朝日に祈り、夕日に涙する、牧歌的な曲である。スローロックのリズムに乗せて、ふたりの日々の幸せを歌っている。
 
実を言うと、この曲は盛岡に「ゲリラライブ」に行った時に双葉町で農業を営んでいたという20代の夫婦に出会って書いた曲である。夫婦は、地元に帰られるメドが立たないので、岩手県内の廃村寸前の村で土地を買い、そこで新たに農業を始められたのである。私達は彼らのことをライナーノートに書きたいと思ったのだが、ご本人たちがそういうのはやめて欲しい。自分たちは同情は要らない。ただ黙々と生きて行くのみ、とおっしゃったので、敢えて何も書かないことにした。しかしこれは震災にやられたものの頑張っている全ての人に捧げる歌である。
 
『Again』は、復活愛を歌った曲で、以前はささいなことで喧嘩してしまった。愛の大事さに比べたら、どうでもいいようなことだったのに、という自省の念から、偶然その昔の恋人に出会い、相手にはその時点で交際中の彼女もいてこちらには消極的だったのを頑張って攻めて、口説き落とし、略奪復活愛を成し遂げるまでを歌っている。今回の曲の中では唯一ストレスのある歌である。最後に彼氏を元カノに奪われて泣く彼女の思いが悲しげなサックスの音で表現されている。
 
『ハッピー・ラブ・ハッピー』は、文字通り幸せな恋を描いたもので、設定年齢は20〜22歳くらいの女性の感じである。「キスで起こして、愛のコーヒー、幸せな朝ご飯、キスでいってらっしゃい」などと、新婚生活の楽しさが描かれている。
 
「僕は通勤生活っての、したことがないから、想像で書いたんだけどね」
などと上島先生はおっしゃっていた。上島先生は大学を卒業する前にスカウトされて、卒業してまもなくバンドでこの世界にデビューしている。
 
氷川さんが
「ね、マリ先生、ケイ先生、時々付けてるおそろいのブレスがありますよね。あれを付けてジャケット写真撮りません?」
と言ったが、それはあまりにも「まんま」なので遠慮した。あれは私たちにとってマリッジリング代わりなのである。
 
しかし結局ジャケット写真は薔薇と百合の花に囲まれて、私と政子が手を取り合い、見つめ合っている写真になってしまったのである。
 

このローズ+リリーの音源制作を始めて2日目。みんなでスタジオ近くの天麩羅屋さんにお昼を食べに行っていた時、マキが唐突に言い出した。
 
「でも最近やっと、俺も自分で納得のいく曲が時々できるようになったよ」
 
「ああ、最近演奏しててもなんか今までより自信を持ってる感じだなとは思った」
とタカ。
 
「それでさ、今度のローズクォーツの新譜用に、これかこれか、どちらか使えないかと思うんだけど、どうかな」
と言ってマキは譜面を取り出す。
 
「おいおい、そういう譜面はスタジオで出せよ」とタカ。
「いや。スタジオではローズ+リリーの曲に集中してるから出したら悪いかなと思って」
「どうせメンツはほとんど同じなんだから気にすることないのに」とサト。
 
「どっちみち俺はギター無いと分からんな」とタカは言う。
「ケイ、歌ってあげたら?」とヤスが言うが
「未発表曲をこんな所で歌えないよ」と言って、私はバッグの中から小型のキーボードとヘッドホンを取り出すと、ヘッドホンをタカに渡して、キーボードで、その2曲を弾いてみせた。宝珠さんと近藤さんが後ろから覗き込んで何やら頷いている。
 
「ほんと、ヒロはいい曲書くようになったね」とタカが感心したように言う。「どっちがいいかと言えば、こっちだよ」とタカは1枚目の譜面を指さす。
 
「冬はどう思う?」と訊かれるので
「私もこちらが上だと思う」と答える。近藤さんと宝珠さんも同じ意見のようであった。
 
「でもこれ2曲とも入れていいんじゃない?」と私。
「ああ、そうだよね」
 
そういうことで、私とタカの意見が一致したので、次のローズクォーツの新譜でマキの曲は『メルティングポット』をメインにして、『ダークアロー』も入れることにした。(ローズクォーツのCD構成はだいたい私とタカで決めている。ライブの演奏曲目はだいたい私とサトで決める)
 
「こういう曲がコンスタントに書けるんなら、今年の夏に作るローズクォーツのアルバムは全曲マキの作品で埋めてもいいんじゃない?」
と私は言ってみたが
「それでは売れん」とサトが言い
「マリ&ケイに最低でも3〜4曲は書いてもらわないと」
とタカも言った。
 

「だいたいこの『メルティングポット』にしても、曲の出来はいいけど、売れるかってのを考えてないだろ?」とタカは言う。
「えっと・・・・売れないかな?」とマキ
「売れる曲ではない。聴いたら『いいなあ』と思ってもらえるけど」とタカ。
 
「どうしたら売れる曲になるんだろう?」
「それは上島先生の曲とか、ケイの曲を聴いてみるといいよ」
「うーん。。。」とマキはまた悩んでいた。
 
「売れるためにはツカミが必要なんだよね。それがこの曲には無い」とサト。
「あと、上島先生にしてもケイにしても、ターゲットを考えて書いてるよね」
とヤス。
「そうそう。アイドル歌手に渡す曲は、10代の男の子に受ける曲作りしてるし、スリファーズやELFILIESの曲は逆に女性受けする書き方してる。花村唯香の場合、こないだの『言いかけてやめないで』はまだ探るような感じだったけど、今回の『私は誘惑人形』は、ああいう性別曖昧な子に寛容な20〜30代の女性にターゲットを絞ったね」
とサトが解説する。
 
「なんで、そんなの分かるの?」とマキ。
 
「富士宮ノエルとか、坂井真紅(しんく)とか、鈴懸くれあとか、青居カノンとかの曲を聴いてみれば、どういうのが若い男の子に受けるか分かると思うけどなあ」とタカは言い、
「ま、俺は文句は付けるだけで曲は書けないけどな」
と付け加えた。
 

12月3日月曜日。私は美智子から「ちょっと、一緒に来て」と言われて都内のホテルに行き、小さな会議室に入った。そこに並んでいるメンツを見て仰天する。
 
「遅くなりました」と私も美智子も言った。
 
「いや、僕たちが早く来ただけだから」と上島先生が言った。
「このメンツで集まるのはかなり久しぶりだね」と浦中部長。
「でも以前はケイちゃんは入ってなかったからね」と津田社長。
「僕たちの会議のことをケイちゃんは『ローズ+リリー制作委員会』と呼んでるようだよ」と楽しそうに町添部長が言う。
「いや、本当に集まって会議なさっているとは知りませんでした」と私は言う。「君の性別のこと知らなかった頃から時々集まってるよ」と浦中部長。
 
「津田君がめったに来ないし、須藤君は忙しくしてるから、僕と上島先生と町添君の3人で打ち合わせてることが多いよ」と浦中部長が言う。
 
「浦中部長も、上島先生のお名前を言うのに『先生』を付けられるんですね」
 
上島先生は34歳、浦中部長は58歳である(今いるメンツの中で最年長)。
 
「そりゃ、うちの歌手もかなり上島先生にお世話になってるからね」と浦中部長。
「★★レコードにとっても売上の2割くらいを稼ぎ出してる、第2の稼ぎ頭だから僕もだいたい『上島先生』だね」
 
と町添部長(42歳)は言うが、町添さんは私とふたりだけの席ではけっこう先生のことを『上島君』と呼んでいる。でも確かに人前でも『上島君』と先生のことを呼ぶのは、◇◇テレビの響原部長だけかも知れない。上島先生から曲を提供されている歌手・ユニットはおそらく100組を越える。その影響力はレコード会社の枠を越えて絶大だ。
 
しかし私はそれより『第2の稼ぎ頭』という言葉が気になった。
「『第2の稼ぎ頭』なんですか? 最大の稼ぎ頭だと思っていました。★★レコードで一番って、今、どの先生でしたっけ?」
 
と私が言うと、上島先生と町添部長が私を指差した。
 
私はキョロキョロする。え??
 
「何言ってるの?★★レコードの稼ぎ頭はマリちゃん・ケイちゃんに決まってるじゃん」と津田社長(54歳)。
「え?」
 
「ああ。どうも自覚が無かったみたいだね」と上島先生。
「自分がどれだけ稼いでるかってのが分かってないよね」と浦中部長。「須藤君とこで搾取してないよね?」と町添部長。
 
「搾取してないつもりですが。そもそもマリ&ケイの著作印税もローズ+リリーの歌唱印税・原盤使用料も、私の会社UTPではなく、マリとケイの共同音楽出版会社であるサマーガールズ出版に直接入るようになっていて、UTPはその手数料を頂くだけです。その手数料が凄い金額なのでうちは今安定経営なのですが。ローズ+リリーの原盤制作費もサマーガールズ出版が出すからこちらはノーリスクですし」と美智子。
 
「複雑ですよね。サマーガールズ出版から、更に私とマリに給料が支払われて私たちは実質それで生活しています。UTPからも報酬は頂きますが。楽器の類は個人名義では無く、出版会社名義で所有しているものも多いです」
と私は戸惑いながら言う。
 
「うん。だからケイちゃん、あとでその音楽出版会社の資産台帳や損益計算書を見てみるといいよ」と津田社長。
「えーっと・・・」
 
町添さんが解説を加える。
「ローズ+リリーだけで★★レコードの売上のだいたい2割強は稼いでるよ。それからスリファーズが大きくて全体の1割弱。他のマリ&ケイ・ファミリー、カズンズまで入れたら★★レコードの売上の半分くらいある」
「そんなにですか!?」
と言ったまま私は絶句した。
 
「だってローズ+リリーは年間500万枚売ってるでしょ?これ専門のレコード会社設立しても、日本のレコード会社ランキング7位か8位になるよ」
「・・・・・」
 
「ほんとに気付いてなかったみたいね」と浦中部長は楽しそうだ。
 
「だから今ここにいる上島先生とケイちゃんとで、★★レコードの売上の3分の2を稼ぎ出してることになる」と町添さん。
「きゃー!」
 

「いや、本当はケイ先生と呼ぶべきところなんだけど」
「つい、ケイちゃんと言っちゃうね」
「『ケイ先生』はやめてください。そう呼ぶのは富士宮ノエルや坂井真紅(まこ)だけでいいです」
と私は焦って言った。
「じゃ、やはり、ケイちゃんで」
 
「でもケイちゃんはちゃんと『真紅(まこ)』と呼ぶんだね」と浦中さん。
「たいてい『しんく』と読まれちゃいますよね、あの子」
と言って私は微笑む。
 
「でね、今日ケイちゃんまで来てもらったのは、ローズクォーツの方針転換のことで須藤君から僕たちに確認を求められて、そういう話ならケイちゃんも入れて話し合うべきだということになってね」
と町添さん。
 
「方針転換ですか?」
と私は驚いて訊く。
 
「説明します」
と言って、美智子は立ってホワイトボードの前に立ち、図を描いたりしながら説明を始めた。
 
「根本的な発想は『まがい物は本物には勝てない』ということなんです」
と美智子は切り出した。
 
「基本的にローズ+リリーはローズ+リリー、ローズクォーツはローズクォーツだと思うのですよね。それが去年の夏以来、発端は緊急事態に対処するためだったとはいえ、マリちゃんにローズクォーツの音源制作にずっと参加してもらっていたのですが、それをやったことで、ローズクォーツというのはローズ+リリーの拡大ユニットみたいに思われてしまった面があると思うのです」
 
確かにそれは私が過去に何度か美智子に言った点でもある。
 
「『夏の日の想い出』などはそのお陰で売れた面が大きかったのではないかと思うのです。それまでローズ+リリーは2年間新譜を出していなかった。それでローズクォーツの新譜を聴いてみたら、マリちゃんとケイちゃんがツインボーカルで歌っている。これって事実上ローズ+リリーの曲ではないかと思われたと思うんです」と美智子の説明は続く。
 
町添さんと浦中さんが頷いている。
 
「でもその後、ローズ+リリーの方も『Long Vacation』を皮切りに『涙のピアス』
以降精力的に新譜をリリースするようになった。それでみんなそちらを買うようになって、『拡大ローズ+リリー』の方には興味を抱かなくなった。それで『起承転決』以降のローズクォーツはそんなに売れなくなった」
 
「でも、『起承転決』以降のローズクォーツの音源制作にもマリちゃんが入っているからボーカル部分だけ見たらローズ+リリーだよね。それに、ローズ+リリーの伴奏はたいていローズクォーツがやってるし。実質同じものと思って、そちらも売れそうな気もするのだけど」
と津田社長。
 
「そのあたりは微妙な心情だと思うのですが、かつて菊池桃子がラムーを始めた時、ラムーは全く売れませんでした。菊池桃子が歌っているのに」
「うんうん」
 
「その手の事例ってかなりありますよね。どちらかというと拡大ユニットになって成功した事例の方が少ないと思います。みなさんお酒好きの方も多いかと思うのですが、純粋にウィスキーを飲むのと、ウィスキーをコーラで割ったのと、どちらがお好きですか?」
 
「僕はロック」と上島先生。
「僕も昔はロックだったけど、さすがに身体にこたえるから水割り」と浦中部長。「水割り」と町添部長。
「僕はウィスキーは飲まないけど、チューハイより焼酎だけで飲みたいね」と津田社長。
 
「ケイは?」
「えっと、どちらかというとアルコール無しでコーラだけで」
 
「まあ、そういうことです」
「なるほど」
「ローズ+リリーのファンは、ローズ+リリーとしてリリースした曲を聴きたいんですよ」
 
「ライブなんかもそうだよね。例えばスカイヤーズとサウザンズのジョイントコンサートなんてやっても、それなりに客は入るけど、むしろスカイヤーズの単独ライブ、サウザンズの単独ライブを各々やった方がたくさん客は入る」
と浦中部長が言う。
 
「そうです、そうです。つまり、各々美味しいものは混ぜちゃダメなんです」
「うんうん」
 
「ではどうするの?」
「取り敢えず、来週から始める予定の次のローズクォーツの音源制作以降、マリちゃんは入れずに、ケイちゃんだけのボーカルで行こうと思います」
「ああ」
 
「それから、曲の構成でも、基本的にマキが書いた曲中心で行きたいんですよね」
「じゃ、僕は遠慮しようか?」と上島先生。
 
「いえ。マキの曲だけでは看板が無いので、やはり上島先生とケイちゃんに1曲ずつはお願いしたいです。それ以外をマキの作品だけにしようと」
「ああ、それがいいだろうね」
 
「来年夏くらいに考えているアルバムでも、やはり上島先生とケイちゃんは1曲くらいずつお願いして、残りはマキに頑張って書いてもらおうと」
 
「それでかなりテイストの差が明確になるだろうね」
 
「ただ、Rose Quarts Plays シリーズの方は、マリちゃんのボーカル前提で企画したものなので、こちらは最後までお付き合いしてもらおうかなと」
「うんうん」
 
「ローズ+リリーの拡大ユニットではなく『ローズクォーツ』というユニットなんだということにした方が、ちゃんと売れると思うんですよね」
 
「なるほどね。ただ、ローズクォーツがまがりなりにも毎回10万枚前後売れてたのは、ケイちゃんたちの曲で、マリちゃん・ケイちゃんが歌っていたという面もあるから、元々のクォーツ色を強くした場合、今より売れなくなる可能性もあるよ」と津田さん。
 
「まあ、その時は仕方無いですね。でも、最初に私が言ったように、まがい物では結局本物に勝てないんです。《ローズ+リリーもどき》のバンドではこの先発展の可能性がないから、落ちていくかも知れないけど、ローズ+リリーとは切り離そうと」
と美智子。
 
「実は昨年秋の段階で、ローズ+リリーとローズクォーツの路線が明らかに混乱しているからというので、ローズ+リリーはケイ自身が統括し、ローズクォーツは私が統括する方針にして、混乱を防ぐようにしたのですが、それをもっと徹底した方がいいかなと」
と付け加える。
 
「やり方は正しいと思う。ただ売れるかどうかはまた別。たぶん売れない」
と浦中さん。
 
「まあ、売れなかったら売れなかった時ですね。全てはマキ次第です」
と美智子。
 
「それで逆にローズ+リリーの伴奏の方は今後はスターキッズを中心に考えていこうかと」
「ああ」
「ほんとに分離する感じだね」
 
「今月23日のライブもスターキッズにするの?」
 
「春の沖縄シークレットライブは両者の合体ユニット、夏のサマフェスはローズクォーツ、先日の札幌突然ライブではスターキッズが伴奏したのですが、3つの録音を聞き比べて見ると、フォーク系・バラード系の曲は圧倒的にスターキッズがいいです。リズミカルな曲は甲乙付けがたいですね。どちらも魅力的」
「うん」
「クォーツの方はロックやフュージョンが身体に染みついているメンバーが中心なので、ノリの良さが魅力的だし、客席の反応を吸収した臨機応変なサウンドを聴かせてくれます。スターキッズの方はクラシックの素養のある人が多く、とても正確な演奏をしてくれるので、精密な歌唱をするローズ+リリーと美しい調和を見せます」
 
「親子丼と唐揚げのどちらがいいか、みたいなもんだね」
と津田社長が茶々を入れるように言う。
「ああ面白いたとえ」
 
「それで今度の大分は前半をスターキッズでアコスティック、後半はローズクォーツでリズミカルにして、アンコールはケイのピアノのみにしようかと」
「ああ、それもいいかもね」
「両方連れて行くと、お金はかかりますが」
「ライブは基本的にはファンへの感謝、利益還元だから、気にすること無い」
「はい」
 

「そうそう。来年のローズ+リリーのライブスケジュールなんだけどね」
と町添さん。
 
「これはまだどこにも出さないでください。この場にマリちゃんがいないので言ってもいいと思って言うのですが」
 
という町添部長のことばに私は微笑む。
 
「マリちゃんが6回くらい歌いたいと言っていたので6回で計画してみました。2月名古屋、5月仙台、の後は、8月の夏フェスは当然出てもらうとして、9月に《デビュー5周年記念公演》と銘打って横浜エリーナと大阪ユーホール。どちらも1万席売ります」
「わあ・・・」
 
「そして12月は福岡ムーンパレス。これで6回です。福岡は抽選売りにします。行きたい人がたくさんいるということを考えると、大きな会場が望ましいのですが、今須藤君からもあったように、ローズ+リリーのコンセプトを考えるとこういう3000人クラスのホールでのライブが捨てがたいのですよね」
 
「ありがとうございます」と私は言った。
 
「来年、大学を卒業したら全国ホールツアーとか、横浜エリーナ3日間とかやろうね」
 
「卒業したらマリも頑張ってくれると思います」
 

「昔は、こういうなかなかライブ機会の少ないアーティストは、実際のライブの様子を撮影して、各地のホールで上映して、フィルムコンサートとかしてたね」
と浦中部長。
 
「ああ。外タレとかのよくやってましたね。結構な料金取って」
と津田社長。
 
「あと、テレビスタジオで演奏してもらってそれを放映して、スタジオライブとかもやってた。僕は昔、ミッシェル・ポルナレフのスタジオライブを見て胸が震えたね」と津田さん。
 
「まあ、今はyoutubeとかもあるし、有償でストリーミング配信とかすることもできますしね」
 
「映画を400円くらいで有料配信してますね。だいたいビデオをレンタルするのと同じくらいの感覚ですよね」
 
「ああ。そもそもローズ+リリーのライブビデオを発売すればいいのかも知れませんね。それ、できるようになったんですよね?」と浦中さん。
 
「はい。9月に契約条項を見直しまして、できるようになりました」
と美智子。
 
「ライブ映像なら、高校時代の金沢と東京でのライブを撮影したものと、4月の沖縄に先日の札幌ライブを撮影したものがあるけどね」
と町添さん。
 
「高校時代のがあるんですか?」
「なんでも撮っておいたんだよ。音源は全て録ってあるけど映像は2ヶ所だけだけどね」
「へー」
「こないだちょっと見せてもらったけど、マリちゃんもケイちゃんも初々しい女子高生で可愛いよ」と町添さんは言ってから。
「こういうこと言うとセクハラになるんだっけ?」と言うが
「私もマリもその程度は平気です」
と私は笑顔で言う。
 
「今年のを使うなら札幌でしょうね。ファンが集まってくれたものの方がいいですよ」と私。
「うん。私もそう思う」と町添さん。
 
「権利関係が難しいでしょうから、ノエルたちの出演シーンはカットしてかな」
と浦中さん。
「うん。商品化するなら、そうなるだろうね。あれもなかなか楽しかったけどね」
「あの子たち、トークのセンスありますね」
「特にしゃべるのうまい3人を連れてったからね」
 
「唯香は三枚目キャラを演じるのが好きだし、ノエルは話を振るのがうまいし。ノエルは、ふだんのライブでのトークも全部アドリブですよ。あの子シャイな性格なのに、ステージに立つと性格が変わって堂々としてるんだよね」
「スターですね」
「うんうん」
 

「それから後1点、クレジットの変更をしようと思っているのですが」
と美智子は言った。
 
「夏の日の想い出なのですが、あのシングルは最初『ローズクォーツ 制作協力ローズ+リリー』としていたのですが、クォーツ側から申し出がありすぐに『ローズクォーツ with ローズ+リリー』に変更したのですが、むしろ『ローズ+リリー ft ローズクォーツ』に変えようかと」
 
「ほほぉ」
 
「やはり、あのシングルはローズクォーツの人気で売れたんじゃないんです。どう考えてもローズ+リリーの人気で売れたものなので、ローズ+リリーのコラボシングルと考えるべきではないかと」
 
「それが妥当かも知れないね」と津田さん。
 
「ただ印税分配を変更したくないので、JASRACへの登録はそのまま変更せずに、ダウンロードサイトの表示を変えるのと、次にもし追加プレスする場合、そのジャケットとパンフレットの表示を変えるだけにしようかと」
「うん、それでいいだろう」
 
「このCDの演奏印税はそもそもマキ・タカ・サト・ケイ・マリの5人で5等分する特別な方式にしていたので、その分配比率は変えないつもりです」
 
「変えられたら、クォーツの3人が生活できないよ」と津田さん。
「ええ。そうなんです。ローズクォーツの作品の中でこれだけ突出してるから。この分の登録を変更して、減った分の印税を返してくれと言われたら困っちゃいます。彼らの生活は保証してあげないと」
 
と美智子が言った時、上島先生が何かを考えるような表情を見せた。
 
 
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【夏の日の想い出・3年生の冬】(上)