【夏の日の想い出・あの子は誰? who's that girl】(1)

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2012年10月28日(日)。姉と小山内和義さんの結婚式の翌日。私は午前中に品川に出て、ホテルのレストランで正望と久々のデートをしていた。
 
ここ数ヶ月無茶苦茶忙しかったので全然デートができていなかったのである。「今年」になってから、まだ4回しかデートしていないと聞いて、政子がさすがに呆れて「ちょっとデートしてきなさい」と言って、政子自身で正望に電話して呼び出し、レストランまで予約してくれた。
 
発端は昨夜20時頃政子といつものように愛し合ってから、ベッドの中で半ばまどろみながら会話していた時のことだった。
 
「マーサってさ。恋人はよく作るけど、実はセックスしてないよね?」
と私はふと思いついたように言った。
 
政子は7月に道治君という新しい恋人を作りかなり仲良くしているふうなのにまだ一度も外泊してないようなので私は言ってみた。大学に入ってから3人目の恋人であるが、前の恋人とも一度もセックスしないまま別れている。
 
「うん。彼とはおしゃべりしているだけで楽しいし。別にセックスは必要ないよ」
「それ可哀想。きっと彼は、したがってるよ」
「そうかなあ。でも、冬もずっと恋人いるけど、ほとんどセックスしてないよね?」
「えっと・・・」
 
政子は言ってみてから「あれ?」と思ったような顔をして、私の前にぐっと寄った。
 
「正望君と今年何回した?」
「うーん。。。4回かな」
「信じられない!明日、午前中は空いてるよね? デートしなさい!」
 
と言って、政子は私の携帯を勝手に取ると、正望を呼び出した。
 

そういうわけで、政子にセッティングをされた私と正望は朝6時に五反田の駅で待ち合わせ、早朝からラブホテルに入り、久々の睦みごとを堪能した。
 
ふだん、政子と女同士のセックスは日常的にしているものの、たまに正望との男女間セックスをすると、これはまた別の歓びがある。女同士のセックスでは絶対に得られないものを感じる。正望に入れられている時は凄く幸せな気分で、ああやっぱり私は女になって良かったなと思う。しかし、また正望との男女間セックスでは得られない別の快感が政子との女同士のセックスにもあることは事実だ。できたら、ずっと両方とセックスしていたいなあ、などとわがままなことを思ってしまう。
 
そういえば Elise が以前「男とのセックスは快感、女とのセックスは癒やし」
と言ってたけど、何となく自分の感覚もそうかなという気がする。私は男性時代には男の子と一度だけちょっと怪しいことをしたことはあるもののインサートまではしてないので、男同士のセックスは未経験だ。男同士のセックスってまた違う感覚なのだろうか、などと変な事も考えたりしていた。
 
しかし今年は1月に正望の家に泊まった後は、2月に1度デートした後、凄まじく忙しい日々が続き、5月にかろうじて1回夜中の1時から5時までというとんでもない時間のデートをしたものの、その後は7月に姉の結納の時に、私の婚約者に準じる人として列席させて、その後また短時間のデートをしただけだったのである。
 
「なんなら、私のヴァギナの型取りでもして、持っておく?」
「そんなの型取りできるの? おちんちんの型取りは聞いたことあるけど」
「あるらしいよ。こないだ大学のクラスメイトが作ったと言ってた」
「しかしおちんちんと違ってヴァギナなんて特に形のあるものではない気もするけど」
「うん。けっこう広がるしね。まあ実物で型取りしたもの、という気持ちだけの問題かもね」
「確かに。でもセックスしたいというより、僕はフーコと一緒にいたいから」
「ごめんねー。ほんとに全然会えなくて」
 
朝6時半から3時間密室で楽しんだ後、品川駅近くの普通のホテルのレストラン(ここを政子が予約してくれていた)で朝昼兼用でコース料理を食べながら会話をする。
 
「しかしまあフーコが忙しいというのもよく分かるよ。無茶苦茶売れてるもん。出す曲出す曲、ゴールドディスクでしょ。大分のライブのチケット、僕も申し込んだけど抽選落ちちゃった。先週の札幌は気付いた時はもう売り切れてたし」
 
「モッチーなら、チケットくらいあげるのに」
「ほんと?」
「何枚欲しいの?」
「じゃ、母ちゃん連れてくから2枚」
「OK。後で手配するね」
と私は笑顔で言った。
 
そんな感じで話していた時に「よぉ」と言って声を掛ける人がいる。
「佐野君!」
「おっ、木原、久しぶり。何、何?ミニ同窓会?」
「えーっと、私たちデートしてんだけど」
「何だ? お前ら付き合ってんの?」
「うん。去年の秋からね」
「へー。あ、それでさ・・・・」
と言って、佐野君は私たちの席に座り込んで、話を始める。
 
「えっと・・・・」と私は戸惑う。
「佐野、済まんけど、遠慮しない?」と正望。
「あ、遠慮は要らないよ。気にしないで、気にしないで」
と言って、佐野君はしゃぺり続ける。正望は天を仰いだ。
 
結局、私も正望も諦めて開き直り、佐野君と3人での会話を楽しむことにした。
 
「あ、そういえばお前ら、大学出た後はどうすんの?」
「私は歌手専業になるよ」
「僕は法科大学院に進学」
「ああ、じゃみんな就職の心配はしなくていいんだな」
「佐野君は?」
「俺は理学部だから、修士まで行くのがデフォルト」
「就職活動しなきゃいけない人はもうみんな頑張ってるよね」
「不況だから、みんな苦労してるみたい」
 
「でもふたりが付き合ってるなんて、初めて聞いたなあ。週刊誌やワイドショーで話題になったこともないよね?」と佐野君。
 
「まあ、あまり目立つような所ではデートしてないしね」
「そうか。でも俺はやはり唐本の存在が透明だからだと思うな。そこにいることに気付かれないというか。凄く控えめなオーラ持ってるじゃん」
「そう?」
 
「高校時代にマリ・ケイの正体がバレなかったのも、その透明性故だと思うな」
「ほほお」
 
「あの頃、中田さんはマリちゃんに似てるって、みんな結構言ってたね」と正望。
 
「そうそう。だから、ケイちゃんに似た子がうちの学校にいれば、実はRPLはうちの学校の生徒ではないか、なんて話も流れてた」と佐野君。
 
RPLというのはローズ+リリーの略称のひとつだが、オープンスペースで会話していることを配慮して、佐野君がフルネームを言うのを回避してくれたのだろう。
 
「でも、そもそも中田さんって、あんまり女の子の友だちがいなかったもんね」
と正望。
「そうなんだよね。だから中田さんがマリちゃんだとしても相棒のケイちゃんの見当が付かん、とみんな言ってた。中田さんが唐本と仲良いのは分かっててもまさか、唐本が女装して歌手やってるとは思いもよらなかったし」と佐野君。
 
「それ気付いたのは多分琴絵だけだよ」と私。
 
「でも、ひとり言ってたんだよな。俺、以前ケイちゃんにそっくりな子を去年の夏に図書館とか体育館で何度か見たことあるって」と佐野君。
「ほほお」
「でも1年前に見ただけなら、もう卒業生じゃないのとか言われてた」
 
「フーコ、女子制服で学校に出てきたりはしてないよね?」
「してないよ。私が女子制服で出てきたのは卒業式の日だけだもん」
「そうか。あ、それに夏に見かけたのなら夏服だよね。渡海さんにもらった服は冬服だけでしょ?」
「うん」
「じゃ、図書館で見たってのは、僕たちの2つ上の学年で、もう卒業しちゃってた子じゃないのかな」
「そうだよなあ」
 
「でも私ってそんなに透明?」
「そうそう。よくラジオで他の人の出演枠に出て行って『出しゃばり屋のケイでーす』とか言ってるけど、全然その本来のゲストを邪魔してないでしょ。むしろうまく立ててる。だから、また呼ばれるんだろうけどね」
「ああ」と正望が同意するように言う。
 
「ただ、RPLでは、物凄く光る。いわば、マリちゃんが太陽で、ケイちゃんが月って感じかもね」と佐野君。
「なるほど」
「中田さんのオーラって、なんか凄まじいもんね。強烈だよね」と正望。
「うん。中田さんがあまり人を寄せ付けない感じなのは、あの強烈さも原因だと思う。あの近くに寄れるのは、無神経な人間か、吸収型の人だよ」
「ああ、フーコは吸収型だもん」
 
「そういえば、政子も自分で放出型だって言ってたなあ」
と私は呟くように言った。
 

私はその日は次の予定があったので、まだ話している正望と佐野君をそのまま放置して(一応お母さんへのお土産だけ渡した)、11時に品川を出て、新宿に向かった。UTPの事務所でタカと会い、RQP(RoseQuarts Plays)シリーズの第五弾『民謡』の収録曲について打合わせるためであった。この時期、ローズクォーツのおおまかな活動方針は私とタカの話し合いで決まることが多かった。
 
「じゃ、収録曲としては、相馬盆唄と斉太郎節は絶対入れて、ほかに木曽節、越中おわら節、こきりこ節、刈干切唄、会津磐梯山、小原節、祝いめでた、といったあたりかなあ・・・・」
「氷川さんから朝電話があって、売れそうな誰でも知ってる曲を2曲は入れてと言われたんだけど」とタカ。
 
「斉太郎節も木曽節も会津磐梯山もみんな知ってると思うけど」
「聴けば分かるけど、民謡に馴染みの無い人には意外に題名が知られてない。松島〜の、とか小原庄助さんとでも書けば別だけど」
 
「じゃ、あまり気が進まないけどソーラン節とか黒田節。あまり歌われすぎてるものは入れたくない気分なんだけど」と私。
「でも売れないと困るし」
「そうだねえ」
 
ということで曲目のラインナップはだいたい固まってきた。
 
「あ、そうだ。歌詞を聴けば分かるんなら、各々のタイトルに歌詞の有名な部分をくっつけようよ」
「ああ、それはいいかもね」
 
「斉太郎節/松島〜の、会津磐梯山/小原庄助さん、木曽節/木曽の中乗りさん、黒田節/酒は飲め飲め、小原節/花は霧島、祝いめでた/若松様よ、みたいな感じね」
「そうそう。あ、そうだ。ドンパン節も入れようよ」
「ドンパン節/うちの父ちゃん禿頭、だよね。表記は?」
「もちろん! あ、炭坑節も行こう」
「炭鉱節/月が出た出た」
 
タカは楽しそうだった。
 

「そういえば、ちょっと面白いものが出てきたよ」とタカがカバンの中から分厚いファイルを取り出す。
 
「なあに? ローズ+リリー探偵ファイル??」
「そうそう。ローズ+リリーの正体は誰か?って調査した記録」
「へー!」
 
タカは元々ローズ+リリーのファンで、私と会う前もインディース時代からのCDを全部持っていたのである。しかも彼は今となっては貴重な『明るい水』
初期ロット版まで持っていた(私でさえ第2ロットのものしか持っていない)。
 
「だって、当時ほんとに謎だったからね。ふたりの顔写真が出てたのって、インディーズで出した最初のCDの初期ロットだけでしょ?」
 
「うん。最初の1000枚だけ。意外に売れて再プレスしようとなった時にジャケット印刷しようとしたら、元の私たちの写真撮ったデータが見当たらなかったのよ。ごめーん。間違って捨てちゃってたかも、といって素材集から取ったバラとユリの写真使ったんだけどね」
 
「でもそれさ、誤ってというか」
「うん。まさか再プレスすることはあるまいと思って、捨てちゃったんだと思う」
「だよねー。いきなり何万枚も売れるとは普通思わないもん」
 
「まあ、それでローズ+リリーは誰かの覆面ではないかとか、ボカロイドではないかとか、いろんな説が出てきたんだけどね」
とタカは懐かしむように話す。
 

「ボカロイド説が出たのは、やはりケイちゃんの歌が凄く正確だからだよ。たぶんクラシック的な歌の訓練を受けた人だろうとはみんな言ってたけど、発声法はベルカントじゃなくて、ポップスの発声だからね」
「まあ、小学校・中学校と合唱部だったからね。高校でもローズ+リリーの活動停止中にやっぱりコーラス部やってたし。でも女声の発声とベルカントって実は対極の発声法なんだ」
「へー!」
 
「ベルカントは声道をいっぱい広げて声を大きく循環させるように出す。だから胸張った感じで歌うでしょ。男の子が女声を出す場合は、声道を狭くするためにむしろ身体を丸めるようにして声を出す」
「ほほお」
 
「タカちゃんも練習してみる?」
「いや、俺はそもそも歌下手だから」
「ヒロちゃん(マキのこと)よりうまいよ」
「ヒロと比べるなよ!」
「あはは」
 

タカが録画した動画をパソコンで再生する。どこかの大学教授とかいう人が出ていて、ローズ+リリーの声をホルマント分析した結果などを説明している。
 
「そういう訳で、基本的には10代の女性の声というのは間違いありませんが」
と教授は断言した。
 
「凄いね。断言しちゃってるよ」とタカ。
「まあ、男の子の声という可能性を考えてもみなかったのかもね」
「ふつう、ケイちゃんの声聴いて男の子の声とは思わないから」
「うん。あれ聴いた時に最初から男の子の声と思ったってのは、知り合いにふたりいるけど、どちらもMTFだからね」
「ああ」
 
(ふたりというのは和実と青葉)
 

教授は説明を続ける。
 
「まずはメロディーを歌っている中性的な声。これがやはりケイちゃんの魅力ですよね。『遙かな夢』ではケイちゃんのもうひとつの声が聴けるのですが、たぶんこちらが本来のケイちゃんの声で、中性的な声は低い音域を出すのに特殊な発声法で作っている声ではないかと思います。ホルマントを見てみると、この中性的な声では倍音成分が少なくて、ちょっと人工的っぽいんです。ソプラノボイスの方は、ごく自然ですね」
 

「そうなの?」とタカが訊く。
「確かに中性ボイスってのは、日常会話用に小学4〜5年生の時に作った声だよ。当時、声変わりが始まったものの男の子の声は使いたくなかったし、といって女の子の声を使うのはまだ恥ずかしかったから。でも『遙かな夢』のハイトーンを歌っているのはソプラノじゃなくて、アルトボイスで、本当のソプラノボイスは翌年1月に出した『涙の影』で披露したものなんだけどね」
 
「ああ。でもまだこの時点では『涙の影』は出てないからね」
「たしかに」
 

動画の中の解説者は更に説明を続ける。
 
「しかしこの中性的な声にしてもソプラノボイスにしても、どちらも音程とリズムが極めて正確で、本来の位置から全くずれていません。まるで機械で出しているかのような歌で。それで、このふたつはひょっとしたらボカロイドではないかと考えてみたんです」
「ああ、それなら納得できますね」
 
「だとすると、実はマリちゃんの声というのだけが、生の声で、ローズ+リリーというのは実は実質ひとりで、あと1〜2個の声はボカロイドである可能性もあるわけですか?」
「そうです、そうです。つまり新開発のボカロイドがどのくらい本物の歌手の声と思ってもらえるかの市場テストをしているのではないかと?」
 
「でも、もしかしたらマリちゃんの声もボカロイドなのかも知れません。わざと音程やリズムを外して、それで人間っぽさを表現しているのかも」
「ああ、それは考えられますね」
 
「数ヶ月後には新ボカロイド《ローズ+リリー》なんてのが発売されるかも知れませんね」
 

「マリちゃんの歌、無茶苦茶言われてるなあ」
「うふふ」
「いっそケイちゃんのボカロイドでも作ってみる?」とタカ。
「面白いかもね」と私は答える。
 
タカはまた別の動画を再生する。
 

さっきのとは別のワイドショーからの録画のようである。
 
「これだけ騒がれているのに、正体が不明というので、誰かの覆面なのではという説もありますよね」
 
「KARION説というのはありましたよね。声質がやはり中高生の女性という感じなのですよね」
「でもKARIONは3人ですよ」
 
「『遙かな夢』は3つの声が聞こえますよね。低音部で三度唱しているのがマリちゃんと、ケイちゃんの低い方の声、高音のオブリガートを歌っているのがケイちゃんの高い方の声、とレコード会社からは説明があったのですが、実はこれが別の人の声で、聞いたら素直に思うように3人で歌っているのではないかとも考えられる訳です」
「なるほど」
 
「でもKARIONとは声が違いますよ」
「そこは声色なのか、あるいは少し電気的に加工したのか」
「ああ」
「マリちゃんの声ってKARIONの、こかぜちゃんの声に少し似てる気がするのですよ。あとふたつの声は、みそらちゃん・いづみちゃんの声と結構違いますが、あるいはオートチューンとかで加工したのかも。それで副作用として凄く正確な音程になっている可能性もあります」
「なるほどですね」
 
「KARIONは、デビュー以来木ノ下大吉さんから楽曲を提供されていますね。でもまだ5万枚を超えるヒットが出てない。それで今回、彼女らの新たな可能性を探るために、上島雷太から楽曲をもらって変名を使って出してみたのでは、と」
「ああ、面白い推察ですね」
 

「それで今日また別の説が浮上したということで、それを説明して頂けますか?」
 
「はい、それが新エピメタリズム説というものなんです」
「エピメタリズムというと、去年の春に解散しましたよね」
「そうなんですが、ちょうど、ローズ+リリーというのは、エピメタリズムと同世代なんですよ」
「ああ」
 
「この説が出てきたのは、マネージャーさんからなんです。ローズ+リリーのマネージャーさんは、はらちえみといって、昔サンデーシスターズにいた人なのですが、エピメタリズムでも途中から、この人がマネージャーをしていたのですよね」
「ほほお」
 
「エピメタリズムは、元々、恵通子・比輪子・芽依子・多毬子の4人で2004年に結成されたのですが、まもなく芽依子ちゃんが不祥事を起こしまして」
「お酒飲んでるところが、パッチリ写真に撮られていたんでしたね」
「それで、解雇されちゃったわけで、その時、マネージャーも同時に責任を問われて辞職に追い込まれまして」
「あの時はけっこうな騒動でした」
 
「それで、以前ビリーブのマネージャーをしていて、その時ノートラブルだった、はらちえみさんが新しくマネージャーとして付いたんです」
「ビリーブとはまた懐かしいですね」
「ビリーブは2000年から2003年まで活動しました。ふたりとも現在は女優さんとして活躍していますね」
 
「はらちえみさんは、自身がアイドル出身なので、押さえつけられたり束縛されると、反発するという、この世代の特徴をよく分かっているんですね。ですからポイントだけ締めて、ルールは決めるけど自主性に任せるという主義なんですよ。それで、エピメタリズムの子たちにも慕われていたようですね」
 
「なるほど。酒飲むなとか男と付き合うなと言われていつも厳しく監視されてたら反発して監視の目をかいくぐって、デートしてみたりこっそり飲んでみたくなるけど、あんたらの自主性に任せるけど、彼氏作るとファンに嘆かれるよとかまだ飲酒できない年齢だからね、などと優しく言われたら、ちゃんとしなくちゃかな、と思う訳ですね」
「そんな感じです」
 
「それでエピメタリズムの方も新メンバーに朱慶美ちゃんを加えて活動再開した訳ですが」
「この時《め》で始まる子じゃないんですね?なんて言われましたね」
「ええ、そもそも恵通子・比輪子・芽依子・多毬子の頭文字をとってエヒメタでしたからね」
「Akemi の中に me が入ってます、なんて苦しい説明してましたが」
 
「まあ、それでその後は、ノートラブルで2007年春まで約2年半新エピメタリズムは活動しました。それで、その後の4人の動向なのですが」
 
と言って、レポーターさんがパネルを用意する。4人の顔写真が出ていて、1枚ずつ、横の紙を剥がしていく。
 
「リーダーの恵通子ちゃんは現在、両親とともにフランスで暮らしています。そもそも恵通子ちゃんのお父さんが海外転勤になるので、それに付いて行くため辞めたいと言ったのが、エピメタリズム解散のきっかけとなったんですよね」
 
「やはり、恵通子ちゃんの代わりのメンバーを入れて継続、という訳にはいかなかったんでしょうねぇ」
「4人の年齢的な問題もあったと思います。当時高校2年生でしたから、大学進学を考えて、勉強に集中したいという雰囲気もあったようで」
 
「比輪子ちゃんだけですね。進学の意志が無かったのは」
「比輪子ちゃんは、しばらくモデルなどとして活動した後、ギャラクシアン・ガールズに入りましたね」
「ええ。今はそちらで現役活躍中です」
 
「解雇された芽依子ちゃんの動向はつかんでますか?」
「あの事件のあと消息がつかめなかったのですが、どうも現在アメリカ在住のようです」
「はあ」
 
「それで、残るのが朱慶美ちゃん・多毬子ちゃんなのですが、ふたりとも現在は芸能活動はしていません。ふつうの高校生をしています」
「高校3年生ですよね?」
「そうです。インタビューを試みたのですが、受験で忙しいということで、遠慮して欲しいという申し入れがありました」
「ふんふん」
 
「それでですね、朱慶美ちゃんの名前の文字の中に《慶》、多毬子ちゃんの名前の中に《毬》があるのですよね」
「おお!!!」
 
「朱慶美ちゃんって、物凄く歌唱力がありましたよね」
「そうそう。ローズ+リリーのケイちゃんもうまいですからね。実際問題として、朱慶美ちゃんはリーダーでメインボーカルの恵通子ちゃんよりうまいのでは、と言われていました。だからエピメタリズムのファンの大半は恵通子派と朱慶美派に別れていましたね」
 
「でも朱慶美ちゃんってのが凄く控えめな性格で、いつも恵通子ちゃんを立てていたんですよね」
「ええ。それでこのグループは崩壊せずにもっていたんですよね。でもやはり内心、恵通子ちゃんはかなりの対抗心持っていた感じで、結局自分で辞めると言い出したのも、そこに遠因があるのではという説も随分ありました」
 
「実は当時、恵通子ちゃんが辞めたら、朱慶美ちゃんをメインボーカルにして補充メンバー誰か入れればいいのではという意見もあったらしいのですが、朱慶美ちゃんが、自分はエピメタリズムのメインにはならないと言って結局解散が決まったみたいで。実際継承してたら恵通子派のファンが猛反発したでしょうけどね」
「ああ」
 
「まあ、そういう訳で、ほとぼりが冷めるまで1年ほど待って、新しいユニットを稼働させたのではないかと。『エピメタのメイン』はしないと言うのだから、別のユニットにすればいいわけで。それで敢えて事務所も元の○○プロではなく協力会社の△△社にしたのではないかと。はらちえみさんは、エピメタ解散後すぐに△△社に移っているのですよ。それで再デビューに向けて準備し始めていたのかも知れません」
 
「それなら、インディーズでの実績も無かった弱小プロダクションの無名の新人がいきなり売れっ子作家の上島雷太から曲をもらったというのも納得いきますよね」
「エピメタは最高で2万枚のヒット出してますから、実績としては充分ですもんね」
 
「ということで、ローズ+リリーのケイちゃんは実は朱慶美ちゃんで、マリちゃんというのは実は多毬子ちゃんではないか、というのが新しく出てきた説なんです」
「面白いですね」
 
「ローズ+リリーも事務所に照会してみたら、リーダーはマリちゃんらしいのですよ。普通ならメインボーカル取っててライブではMCもしてるケイちゃんがリーダーで良さそうなのに、そうしてないのはケイちゃんの控えめな性格というのが感じられて、それが朱慶美ちゃんの控えめな性格と通じる気もするんです」
 
「ローズ+リリーがテレビなどに出てこないのも、受験勉強中で、忙しいので時間拘束の長いテレビを嫌っているのかも知れないですね」
「はい、それも考えられます」
 
「でも、エピメタリズムの縁があるので、はらちえみさんがマネージャーをしている、と」
「そうです、そうです」
 

「そういえば、ローズ+リリーのリーダーってどうやって決めたの?」
とタカが訊いた。
「ああ。じゃんけんだよ」と私は答える。
「おっと!」
 
「私と政子でじゃんけんすると、8割くらい、政子が勝つんだけどね」
「冬ちゃんがじゃんけんに弱いんじゃない?」
「うん。そうかも知れない」
 
「でも、朱慶美ちゃん・多毬子ちゃんって、別に芸能活動してないよね、今でも」
「うんうん。エピメタリズム解散とともに完全に引退したみたいね」
「騒がれて迷惑だったろうなあ」
「ほんとほんと」
 

そのままタカとふたりで新宿の町で軽く昼食を取り、その後私は銀座に出た。そこで、昨日姉の結婚式に出ていた、奈緒・リナ・麻央と待ち合わせていたのである。政子も来るはずだったのだが、電話で呼び出しても出ない。おそらく寝ているのであろう。
 
仕方無いので、私たちは4人で予約していたレストランの個室に入る。
「6人で予約していたのにちょっと悪かったね」と私は言う。
「6人?もうひとり誰か来る予定だったの?」
「いや、政子はたくさん食べるから、政子の分を2人分でカウントした」
「ギャル曽根の2代目になれるよね」と奈緒。
「へー、そんなに食べるんだ!?」とリナ。
 
「最近ではファンの間でもマリの大食いは知られるようになってきた感じ」
「先週の札幌突然ライブのクイズでも、ラーメン5杯食べたって言ってたね」
「うん。5杯というツイートがあの短時間に100件あったから」
「きゃー」
「6杯、7杯とか、10杯なんて回答もあった。実際私は政子がラーメン10杯食べるの見たことあるし」
「すごい」
「しゃぶしゃぶの食べ放題の後、焼肉の食べ放題に行ったこともあるし」
「どういう胃袋してんの?」
「でもスリムだよね」
「うん。私より体重軽い」
 
「でもローズ+リリー、4年ぶりのライブか・・・・」
「4年前も全国9ヶ所でライブしただけだけどね」
「でも9ヶ所なら全部で2万人くらい動員してるんじゃない?」
「そうだね。チケットは全部ソールドアウトしてたから」
 
「当時は、高校の友だちや先生には黙ってたんでしょ?」と麻央。
「最初知ってたのは、私くらいだよね」と奈緒。
「ああ、奈緒にだけは言ってたんだ?」
 
「ってか、ローズ+リリーの2度目のライブに奈緒は来てたんだよ。実はそのライブが初めて《ローズ+リリー》を名乗った日だったんだけどね」
「えー!?」
 
「最初、8月3日に宇都宮のデパートで公演したんだけど、この時はリリーフラワーズの代役だったんで、《リリーフラワーズ》を名乗ってたんだよ。でも、それを名乗り続ければ、本来のリリーフラワーズ知ってる人が変に思うから別の名前にしようというので《ローズ+リリー》という名前を作って、その最初の公演を8月8日に戸島遊園地でしたんだけど、その時、たまたま奈緒がその遊園地にいたんだよね」
「びっくりしたよ。政子と冬が並んで出てきて『ローズ+リリーでーす』とか言うから」
「一発で正体分かったんだ?」
 
「だって、私は冬の女装なんてふつうに見てるし、冬が女の子の声で歌っているのも何度も聴いてるし」と奈緒。
 
「じゃ、私より早かったのか。ちょっと悔しいな」とリナ。
 
「リナにはメジャーデビューして最初のサインを送ったからね」
「うん。古い約束をよく覚えていてくれたね」とリナ。
 
「何約束したの?」と奈緒。
「リナがさ、私はきっとアイドル歌手になれるとか言って、じゃ、もしなれたら最初のサインを送るよ、と言ったんだよ」
「へー」
 
「でも、ほんとうに女の子のアイドルになるとは思ってなかったから、冬から宅急便が来て、中を見たら『Rose + Lily』ってサインとCDが入ってるから、びっくりしたね。慌ててホームページチェックしたけど、マリちゃん・ケイちゃんの写真とか出てないし、最初はちょっと疑心暗鬼だった。10月に新曲キャンペーンで名古屋に来た時に見に行って、改めてサインもらって握手した」
「うふふ」
 
「まあそれでリナから、冬が女の子として歌手やってると聞いて、来月名古屋でコンサートあるというからチケット申し込んだんだけど」と麻央。
「取れなかったね」
「40分くらいでソールドアウトしたみたいだった。私はずっと電話掛けてたけど、全然つながらなかった」とリナ。
 
「まあ、それで冬に連絡したらチケット送ってきてくれたから、私と麻央と美佳の3人で見に行ったけどね」
 
「でも例の週刊誌で報道される前に、ふたりのこと知ってたのは、ほんとにごく少数の人間だよね」
「だいたい家族にも言ってないってのは、やはりまずすぎたね」と奈緒。
 
「うん。それはまずかったと反省してる」と私。
「結局、冬がちゃんと高校に女子制服で通っていたら、最初から周囲の人がケイちゃんの正体分かってて、あんな騒動にもならなかったんだろうね」
とリナ。
 
「うん。ただ、ローズ+リリーの正体がバレるとまずかったのは政子の方もだから」
「ああ、御両親は政子が大学受験で頑張りたいというから日本にひとり置いて外国に行ってたんだもんね」と奈緒。
「それで歌手やってたら親は怒るよね」と麻央。
「逆に言うとよく4ヶ月もバレなかったというべきなのか」とリナ。
 
「だけど冬は1年の時には、けっこう女子制服で学校に出てきてたよね。日曜とか夏休みとか」と奈緒。
「うん。夏服は作ってたからね。でもみんな私だってこと分からなかったみたい。分かってたのは奈緒くらいだもんなあ」と私。
 
「図書館で本を借りるには女子制服でないととか言ってたね?」
「だって、私の生徒手帳の写真、女子制服で写ってたから、男子制服で借りようとすると、とがめられるもん」
「じゃ、本を借りたい時は女子制服着てたんだ!」
「そうそう。うちの高校の図書館、日曜も開いてるから、それを利用してた。あと、奈緒の弓道部の練習を見学したりもしてたね」
 
「2年の時はあまり女子制服着てないの?」
「バイトで忙しくて。それでそのバイトしてるうちにローズ+リリーやりはじめたし。それでも2回くらいは女子制服で学校に出てるよ」
「へー」
 
「冬服の期間は図書館使ってないの?」
「閲覧はしてるけど、借りてない」
「冬服の女子制服も作れば良かったのに」
「いや、夏服の女子制服を作ってお母ちゃんにお金出してもらって。でもそれで通学はしてなかったでしょ。冬服まで作ってとは言えなかったんだよ」
 
「でも自分でお金稼いでたんだから、自分のお金で作れば良かったじゃん」
「うーん。。。でも学校の制服は親に買ってもらいたかったんだよ」
「なんか変な所で筋を通そうとするね、冬は」
「でも親に買ってもらいたいなら、ちゃんとカムアウトして頼めばいいじゃん」
 
「実はそれ高校2年の2学期から言おうと思ってたところで忙しくなっちゃって、思考停止してたんだよね」
「ああ」
 
「先生たちには冬が女子制服で時々学校に行ってたのは知られてたの?」
「ひとり高田先生って人にはカムアウトしてたんだけどね。実際校内で女子制服で高田先生と話したこともあるし。でも2年になる時に他の学校に転任しちゃったからなあ」
「ふーん」
 

レストランの後は、みんなで銀座を散歩して洋服屋さんをのぞいたりした後、夕方、東京駅で名古屋に帰るリナを見送る。リナの乗った新幹線が出て行った直後、政子から電話が入った。
 
「寝過ごした!レストランまだ行ける?」と政子。
「とっくに終わっちゃったよ」と私。
「えーん!お腹空いたよ〜」
「これから中学の時の友だちと会うけど、来る?」
「行く!焼肉かしゃぶしゃぶにしようよ」
「食べ放題のところね?」
「もちろん!」
 
夕方から会うことにしていたのは、倫代・日奈・亜美だが、倫代と日奈は奈緒も知っているので、奈緒と、ついでに麻央もそのまま残ることにした。結局、7人で一緒に焼肉の食べ放題に行くことになった。
 

「そういえば、今日の昼、知り合いと、ローズ+リリーの正体問題について話してたのよ」
と私は言った。政子は物凄い勢いで焼肉を食べていて、焼くのが追いつかない感じである。皿の消化が速いので、お店の人が「え?」という表情を見せた。
 
「ああ、ローズ+リリーって、誰かの覆面じゃないかとか?」
「いろいろ取り沙汰されてたけど、その中にエピメタリズムじゃないかって説まであったらしいね」
「エピメタリズム?」
 
「ほら、私たちが Who's that girls した時の本来の出演者」
と言うと、
「ああ、あの時の子たちか!」
と日奈が言う。
 
「日奈ちゃんのMCが切れてたね」
「何、何、何があったの?」と政子が訊く。
 
「中学の時の合唱部でさ、コンサートが終わった後、町に出てCDショップにいたら、『エピメタリズムのライブがあります』とかいうから、客席で待ってたら、なかなか来ないのよね。で、渋滞で遅れているから、それまで誰か歌いませんか、なんてお店の人が言ったら、日奈ちゃんが『歌います!』って名乗りをあげて」と私は説明する。
 
「4人で歌ったね」と倫代も懐かしそうに言う。
「エピメタリズムって、アイドルか何か?」と政子。
「そうそう4人組のアイドル」と亜美。
 
「冬って、ホントに代役の鉄人だね」と政子は感心したように言ってから、ハッとしたように
 
「ねえ、その時、冬は学生服を着ていたのでしょうか?」と訊く。
「まさか。セーラー服ですよ。中学の女子制服」と日奈が答える。
「うむむ。今夜しっかりその付近、冬を追求したい」と政子。
 
「その時、日奈ちゃんが歌った私たち4人のことを Who's that girlsと紹介したんだよ」と倫代。
「ひとりひとりのニックネームもあったね」と亜美。
「誰が何だっけ? 自分がセイコというのだけ覚えてる」と日奈。
「亜美がアイコ、倫代がエイコ、私がケイコで、日奈がセイコだよ」と私。
「へー」
 
「あれ、もしかして『ケイ』って名前は?」
「うん。色々あるけど、元を糺せば、そこに行き着く」
「おお、初めて知った!」と政子は嬉しそうだ。
「じゃ、『ケイ』の名付け親は日奈ちゃんだったのか!!」
 
「だけど、当時ローズ+リリーも Who's that girls? 状態だったんだろうね」
と倫代も楽しそうに言った。
 
「倫代はいつ頃、ケイが冬だって分かった?」と奈緒。
「私は11月の東京ライブだよ。友だちに誘われて。うまい具合にチケット取れたから見に行って。で、ステージに出てきたケイちゃん見て『えー!?』と思った」と倫代。
 
「まあ、冬の女装を見慣れてる人には一発で分かるよね」と奈緒。
「それって、つまり、冬は中学時代にもよく女装してたのね?」と政子。「まあ、詳しいことは本人から聞き出せばよろしい」と奈緒。
 
「うちに中学の女子制服が夏服・冬服ともあるんだけどさ」と政子。
「冬は、けっこう女子制服で学校に出てきてたよ」
 
「特に中3の夏は、男子制服を取り上げられてたからね。冬は」
「ほほお」
「学生服、それからワイシャツも学生ズボンも全部没収」と倫代。
「おお!」と政子が嬉しそうに言う。
 
「それで、そんな時に冬は生徒手帳を破損してさ」
「まちがって洗濯機に入れちゃったんだよ」
「それで再発行してもらったんだけど、ワイシャツは全部没収されてるし」
「仕方無いからブラウスで写ってたね、再発行された生徒手帳の写真」
「うむむ、その生徒手帳は見てない。冬、それ取ってる?」と政子。
「うーん。どこかにあるかも」
「よし。今度、捜索してみよう」
 
「どうせ捜索するなら、例の楽譜を探してよ」
「あれね〜。どこに入り込んだんだろうね」
 
「何か楽譜が行方不明なの?」
「高2の夏にふたりで最初に作った曲の譜面が行方不明なんだよ。捨てるはずは無いから、どこかに入り込んでるんだろうと思うんだけど」
「へー」
 

政子が「満腹」というまで、焼肉を食べたあと、デザートでも食べてから帰ろうということになる。
 
それで近所のパーラーに寄って、みんな思い思いにパフェやケーキを注文し、食べていたら、「あれ? おはようございます」と声を掛ける人がいた。(時刻は今、21時である)
 
「あ、おはようございます」と私と政子が挨拶する。
「あ、美味しそうなパフェ」などというので、「良かったら、和泉ちゃんも座ってパフェ食べる?」と私は訊いた。
「あ、そうしようかな」
と言って、和泉は座ってパフェを注文した。
 
「あの・・・もしかしてKARIONのいづみさん?」と遠慮がちに亜美が訊く。「ええ、そうですよ」と笑顔の和泉。
「わあ、ファンなんです。サインもらえます?」と亜美。
「いいよ」
というので、私がサイン用に常備している色紙を1枚渡し、書いてもらう。
 
「冬、いづみさんと知り合いだったんだっけ?」と政子。
「うん。高校1年の時のバイト仲間。メールはずっと交換してるよ」
と私はあっさり答える。
「えー!?」
 
「だから、多分、私、ケイちゃんの正体をごく初期の頃から知ってたひとりだね」
と和泉は笑顔で言った。
 
「当時、ローズ+リリーの正体はあなたたちではないですか?とか記者が何人もKARIONの所に来たと言ってたね」と私。
「来た来た。けっこうしつこかった。違いますって否定して。本当は誰か知ってたけど黙ってた」と和泉。
 
「恩に着ます」と私は改めて感謝する。
 
「でもバイト仲間って、何のバイトしてたんですか?」
「リハーサル歌手」
「えー!?」
「私もケイちゃんも、わりとどんな曲でも歌えるんだよね」
「ああ」
 
「最初実はファーストフードで一緒にバイトしてたんだよ。で、私が当時芸能事務所に籍だけ置いてて、リハーサル歌手の話が来た時に冬を誘ったんだ。一緒にカラオケに行ってて、歌がうまいのは知ってたから。テレビ局で1ヶ月くらいバイトしてたね」
 
「うん。夏休み限定で」と私は笑って言った。
 
「でも、その時、顔見てたテレビ局のスタッフさん達が、よくケイがその時のリハーサル歌手だって気付かなかったね?」
 
「ローズ+リリーのケイちゃんは高校時代あまり顔を出してなかったし。今でもあまり出してないけどね。あとリハーサル歌手なんて、そもそも、注意を払われてないし。期間も短かったし」
「うむむ」
 
「その後、私の方は、こかぜ・みそらと組んでデビューしないかという話をもらって、実はもうひとりくらい入れて、4人組にしてもいいなんて話があったから、夏にリハーサル歌手してた時のお友だちとかは?と訊かれたけど、冬に連絡したら消極的だったし、性別のことでみんなに迷惑掛けちゃいけないからと冬も言ったから、断られましたと返事しといたのよね」
 
「じゃ、ひょっとしたら、冬は KARION になってた可能性もあったんだ?」
 
「そうだね。でもマリちゃんとのペアで良かったと思うよ。ふたりの歌を聴いてると、ハーモニーがどうとかでなくて、ふたりの歌が魂で呼び合っているみたいな感じなのよね。あんな素敵な音の組合せは、私たちと冬ではできなかった気がするもん」と和泉。
 
「そうかもね」と私は笑顔で言う。
「でも KARION の三人の調和も美しいよ」
「ありがと」と和泉。
 
「ひとつ質問させてください」と政子が右手を挙げて言う。
「そのバイトしてた時、冬は女の子としてバイトしてたのでしょうか?」
 
「もちろん。みんな本当の女の子だと思ってたみたい。私は実は男の子と知ってたけどね」と和泉。
 
「今夜は冬を追求したくてたまらないものが多すぎる!」と政子は言った。
 

翌日の月曜日。大学が終わってから、事務所に出て行くと、何と★★レコードの町添部長が来ていた。
 
「済みません、お待たせしてしまったでしょうか?」
「ああ。大丈夫。ちょっとくだらない会議があったから、抜ける口実にも使わせてもらったから」
「ああ、くだらない会議もあるんですね」
「まあ、会議の8割はくだらない」と町添さん。
「うん。まあ、会社勤めしてたら、そんなものだよ」と美智子も言う。
「へー」
美智子、そしてちょうど事務所に出て来た政子と一緒に応接室に入る。悠子が極上のコーヒーをミルで挽いて入れて持って来てくれる。
 
「それで、今日はちょっと企画ものの話を持って来たのだけどね」
「はい」
「クァルテットを作りたいんだ」
「へー。誰かいい素材がいるんですか?」と私が訊くと、
「うん。ここに」
と町添さんは私を指さした。
 
私は左右を見るが、やはり私が指さされているようである。政子はニヤニヤしていて、美智子は当惑した様子。
 
「申し訳ありませんが、今ケイはローズクォーツとローズ+リリーで手一杯で。でも、誰と組ませたいんですか?」と美智子。
 
「ケイちゃん1人で4人分歌う」と町添さん。
「はあ?」
「ケイちゃんって、いろんな声持ってるでしょ」
「ああ、七色の声とか言われてましたね」と政子。
「実際何種類の声があるの?」
「えっと・・・・数えたことないですが・・・・」
と私は焦る。
 
「『天使に逢えたら』で使ってるソプラノボイスでしょ、ふつうに使ってるアルトボイスでしょ、それから最近はあまり使ってないけど、初期の頃に『その時』とか『遙かな夢』のメロディラインで使ってた中性的な声があるよね。あと男の子の声も」
と政子は最後にちょっと悪戯っぽく付け足す。
 
「うん。少なくともあと2つあるよね。ノエルちゃんや真紅ちゃんの指導する時に使ってる、すごく可愛い声、それとソプラノボイスよりひとつ上の声」
 
「ソプラノの上のトップボイスはあまり使えないんです。響きが極端に少ない機械的な声で、言葉もあまり明瞭に出ません」
「あの可愛い声は?」
「自分ではメゾソプラノボイスと呼んでるんですが、実は可愛すぎてあまり使いたくないというか」
 
「んじゃ、ソプラノボイス、アルトボイス、中性ボイス、男声でカルテットする?」
「いやだ。男声は使いたくない」
「じゃ、開き直って可愛い声使いなよ」と政子。
「そうだなあ」
 
「その4種類で多重録音してカルテットにするんですよね?」と政子。
「そうそう。趣旨が分かってるじゃん」
 
「ちょっと面白いかも知れないですね」と美智子も言う。
「とりあえず、何かサンプル作ってみたら?」
「うーん。。。。。」
 

私はその場で、松任谷由実の『卒業写真』の女声四部編曲をして、社内の防音室を使って、ソプラノボイス、メゾソプラノボイス、アルトボイス、中性ボイスで各パートを歌った。
 
「ねえ・・・今聴いてて気付いたけど、この中性ボイスって実はテノールなんじゃないの?」
と町添さん。
 
「よくおわかりで。音域的に完全にテノールの音域です。実はテノールの発声から、息づかいを変えて、声道をコントロールして低い音が発生しないように気をつけながら倍音だけ出して、中性的にまとめたものなんです。笛が同じ指使いでも吹き方でオクターブ上の音が出るのと同じ。低い音が混じってないから、女の子の声と思って聴くと、女の子の声にも聞こえるんですよね」
 
「そうだったのか!」と政子が感心している。
 
「『ふたりの愛ランド』裏バージョンで使っている男声がバリトンボイスです」
「ほんとに、ケイちゃんっていろんな声を開発したんだね」
「けっこうそれぞれの声が不安定だったんですよ。声変わりが始まった頃から終了するまでの間。うまく出ないから、他の出し方の声を試してみて、なんてやってたら、いろいろな声が並行して出来ていったんです」
「それって、いつ頃?」
「小学校の4年生頃から高校1年頃まで。ローズ+リリーを始めて間もない頃でもまだ微妙に不完全だった」
「へー!」
 
「でもアルトボイスか中性ボイスのどちらかは、いつも出てたんだけどね」
「私の前ではだいたいアルトボイスで話してたよね」
「うん。話すのにはいいけど、歌で安定するようになったのは9月頃。ちょうど『その時/遙かな夢』を吹き込んだ頃だよ。ローズ+リリー始めてから泥縄的に8月の間、猛練習したから」
「ああ、そういえば、あの時期、カラオケに毎日行ってたね。女の子の声の出し方研究するって言ってたけど」
「うん。だから、アルトボイスを安定させる練習だよ。あの時期にやってたのは。いわゆるメラニー法に近い発声なんだよね、アルトボイスは。その後、ソプラノボイスの開発頑張って、結局そちらを使ったのは『甘い蜜/涙の影』
からだけどね」
 

4つの声を重ねて再生してみる。
 
「おお、ちゃんと出来てる」と町添さんは嬉しそうである。
「ほんとに4人の女の子で歌ってるみたい」と政子。
「声質が違う4つだからね」と私。
「これ、結構行けそうな気がしますね」と美智子。
 
「このユニット、最初フォアローゼスと名付けようかと思ったんだけどね」
と町添さん。
「それはまずいでしょ」
「うん。商標権が面倒。それでキャトル・ローズにしようかと」
「フランス語にしてみましたか!」
 
「どうするんですか? 正体は隠してCDリリース? Who's that girls?」と政子。
「ああ、それも面白いね」
「でも、さすがにすぐバレますね」と私。
 
「よし。私も協力してやろう」と政子。
「マリ、どれかひとつパートを歌う?」
「ううん。これはケイがひとりで全部歌うというのが面白いから。私は伴奏してあげるよ」
 
「ああ。それは助かる。女声合唱の欠点は低音が無くて聴いてる側も落ち着かないことなんだ。だから、それを楽器の伴奏で補う必要がある。リリーフラワーズとか市ノ瀬遥香の歌が、美しいけど聴いてて疲れるのはそれだもん。これがベビーブレスだと、高音のデュオなのに聴きやすいでしょ。伴奏楽器をうまく使っているからだよ。マリがピアノ弾いてくれたら助かる」
 
「私ピアノ弾けないよ」
「え?だってこないだの『Rose Quarts Plays Classic』では『エリーゼのために』
の冒頭のピアノを弾いたじゃん」
 
「いや、あれをやって2度とピアノは弾かんと決めた」
「練習すればいいのに」
 
「私はヴァイオリン弾いてあげるよ」
「ヴァイオリンだけじゃ足りないなあ。ヴァイオリンの最低音はアルトの最低音程度だから」
 
「じゃヴィオラとかチェロとかも入れれば良いのかな?」
「うん。チェロが入るとかなり安定するけど、マリ、チェロも弾けるの?」
「触ったこともない」
 
「七星さんに相談してみるかなあ」
 

この「お遊び」のカルテットの曲は吉住先生に書いていただいて、それを私が女声四部に編曲して歌った。『記憶はいつも美しい』という4ビートの曲である。これを歌唱者名を出さずにテレビでお酒のCMで流してみたのだが、即日「歌ってるのはローズ+リリーのケイちゃんでは?」という問合せが殺到した。
 
私も町添さんも笑って、CMにも「歌:キャトル・ローズ」という表示を入れることにした。そしてマリ&ケイ作の『甘い誘惑』と組み合わせて11月末に発売した。
 

12月初め。ちょっと近くまで来たので、実家に寄ったら、姉が来ていた。発売されたばかりの『記憶はいつも美しい/甘い誘惑』のCDを母と姉に1枚ずつ渡す。
 
「おお、これ何か郷愁を煽るような曲調が好きだなあ」
「ジャズっぽいよね」
「うん。As time goes by とか Sweet Memories の路線」と姉。
「そうそう。ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンがいてもいい感じ」などと母。
 
「でも伴奏はフルート・ヴァイオリン四重奏だから」
「ああ、札幌でやった演奏ね」
「そうそう。でも少し組合せが違う。宝珠さんが本職のフルート、政子がヴァイオリン、鷹野さんがヴィオラで、チェロは鷹野さんのお友だちの宮本さんという人が弾いてる」
「へー」
 
宮本さんという人も鷹野さん同様、音楽大学を出た後、スタジオミュージシャンをしていて、ふだんは主としてギターとマンドリンを弾いている。本来の専攻がチェロである。
 
「クレジットは、キャトル・ローズ with リリー・カルテットか」
「私が歌ってて、政子が伴奏してるって分かりやすいでしょ」
「なるほどねえ」
 
「政子のヴァイオリンもかなり上達したよ。鷹野さんから、これだけ弾けたらアマチュア楽団でなら演奏できる、なんて言ってもらってた」
「頑張ったんだねえ、あの子も」
「ヴァイオリンやってるおかげで、歌う時もかなり微妙な音程差が分かるようになってきたみたい」
「凄い凄い。政子ちゃん、昔は歌下手だったのに、凄くうまくなったもんね」
 
「でもCMで流れてるし、かなり枚数売れるんじゃない?」
「どうかな。初動は8万。夏に出した『Angel R-Ondo』に似た雰囲気かも。あれは初動7万のあと、コンスタントに売れてて、今20万まで来たから」
「ああ、あの曲も面白いよね」
 

「それで、新婚生活はどう?」と私は訊く。
「快適、快適。御飯も美味しいしね」と姉。
 
「・・・お姉ちゃん、御飯はどちらが作ってるの?」
「もちろん和ちゃんだよ。私食べる人」
 
「ああ。麻央も言ってたな。小山内家でいちばん御飯作るの手伝ってたのは和義兄さんだって」
「そうなんだよね。麻央ちゃんはあまりやってなかったらしいね」
「うん。麻央も、料理の得意な男の子と結婚するんだ、なんて言ってる」
「うん、それが楽でいいよ」と姉。
 
「まあ、その夫婦それぞれだろうけどね」と母は笑って言っている。
「だけど、冬も萌依も出て行って、何だか家が寂しくなっちゃったよ」
「子供は巣立っていくものだから」と私。
 
「お前たちもその悲哀を20〜30年後には経験することになるよ」
「まあ、その前に子供作らなきゃね」
「冬はいつ頃、子供作るの?」と姉。
「うーん。。。。政子は27歳で子供を産むと言ってた。政子の子供は私にとっても子供みたいなものだと思ってる」と私。
「あんたたち、ほとんど夫婦みたいなものだもんね」と姉。
 
姉は私と政子が結婚していることを知っているが、さすがに母の前ではその事までは言わない。
 
「じゃ、政子ちゃんが産んだ子供は私にとっても孫みたいなものかねぇ」
「うん。そう思って可愛がってあげて」
「ちょっと楽しみにしてようかな」と母。
 
「お姉ちゃんはいつ頃子供作るの?」
「もう避妊せずにHしてるからね。いつできてもおかしくないけど、新婚期間中って意外にできにくいものだとも言うね」
「やりすぎで、薄くなるからね」と私は笑って言う。
「うんうん。今はお互い猿だもん」
「ふふ」
 
この時、ふと私は2年半前の、政子と1度だけした男女間セックスのことを思い出していた。私は中学3年の秋以降、一度も自慰はしていなかったが、その後、ずっと1ヶ月に1度くらい夢精が来ていた。政子とセックスしたのは前回の夢精からちょうど1ヶ月くらい経ったころ。あの時、政子の中に放出してしまった精液はたぶんかなり濃いものだったろう・・・・・
 
しかし、それで政子を妊娠させたりはしなかったのだから、自分が子供を作る唯一のチャンスは結局空振りだったのだろう。むろん、あの時、政子を妊娠させていたら、それはそれでとても困ったことになっていたのだが。そんなことを考えていて、ふと私は
 
「冷凍しとけば良かったかなあ」などと口に出してしまった。
「何を?」と姉から訊かれる。
 
「あ、昨日作ったカレー。珍しく政子が残したんだよね」
「それは不要だよ。もう冬がマンションに帰る頃には無くなってるって」
「そうだよね!」
と言って、私は笑った。
 
「あ、そうそう。新婚旅行のお土産、冬に渡すのまた忘れる所だった」
と言って、姉は何か小箱を2つ取りだした。
 
「わあ、何だろう。開けていい?」
「うん」
 
中を見ると、パワーストーンの花形ブローチだ。
 
「可愛い!」
 
「カエデの形のはインカローズ、アヤメの形のはアメジスト。政子ちゃんとふたりで好きな方を使うといいよ」
「ありがとう」
 
私がそのふたつのブローチを手に持った時、何かを思い起こさせるかのような空気を感じた。
 

私が自宅に戻ると、政子は姉の土産のブローチを見て「わあ、可愛い!」と言った(カレーはもちろん無くなっていた)。結局、政子がインカローズのカエデのブローチ、私がアメジストのアヤメのブローチを使うことにした。
 
「あ、そうそう。これ買っちゃったのよ」
と言って、政子が鈴を取り出す。
 
「あれ?これ春にもらったのと色違い?」
「そうそう。今日、道治の車で日光までドライブしてきたんだけどね。何か叶鈴とか売ってたから、買ってみてびっくり。同じ物とは気付かなかった」
 
春にリュークガールズの人たちからもらった鈴は青い鈴だったのだが、今回政子が買ってきた鈴は、赤い鈴である。
 
「私は既に1個持ってるしなあ」と政子。
「じゃ、春にもらって、余ってるのと一緒にCDケースに入れておく?」
「うん。そうしよう。チェーンもお揃いの買ってきて付けてあげよう」
と言って、政子は楽しそうにしていた。
 
 
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【夏の日の想い出・あの子は誰? who's that girl】(1)