【夏の日の想い出・ふたりの結婚式】(1)

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2025年3月9日(日)大安。私はついに木原正望と結婚式を挙げた。
 
私も正望も政子も、33歳になっていた。
 
正望と交際を始めたのが2011年8月だからそれから13年半。婚約したのが2018年(超多忙年)の6月でそれからでも7年弱。よくまあ愛想尽かされなかったね、と政子にも姉にも言われた。
 
うちの母と正望の母は
「いや、ほんとにここまで長かったですねぇ」
「全くもう自分が生きている間に結婚してくれるのか、やきもきしてましたよ」
などと語り合っていた。
 
最近は結婚式に媒酌人を置くことは滅多に無いが、上島先生が「ぜひやらせて」
と言ってきたのでお願いした。上島先生と茉莉花さんも最近はほんとに安定している感じだ。17年も連れ添えば、もうお互いに全てを許しあっている感じ。上島先生もここ数年は浮気を控えていて夫婦仲はとても良いようである。
 
ローズ+リリー(マリ&ケイ)の関わりで、私たちが楽曲を提供しているアーティストさんが大量に披露宴にはやってきたし、それ以外にも個人的に交友のある歌手・作曲家などは多いので、ひじょうに大勢が参加する豪華な披露宴となった。
 
スピーチは、私の友人代表は政子が、正望の友人代表は佐野君がしてくれた。政子が「友人代表」というのに、優美香(AYA)や恵里(Elise)、花村唯香、七星さん、など古い付き合いの歌手仲間も、琴絵・仁恵・奈緒・リナ・和実など古くからの親友たちも「愛人代表」の間違いでは? などと笑った。
 
余興など始めたら永遠に続いてしまうから、プロの人の演奏は、特に親しいスイート・ヴァニラズ、ローズクォーツ(私の代わりに政子がボーカルを取るスペシャル版)のみにさせてもらい、他の人は二次会にということにした。
 
新郎新婦さんへの花束贈呈は、6歳になったばかりの、あやめと、まだ2歳半のかえでの姉妹でやってくれた。ふたりの着る白いドレスが可愛い。
 
あやめは私が結婚式を挙げると言うと、
「えっと、ママとお母ちゃんの結婚式? ママとパパの結婚式? ママとお父ちゃんの結婚式?」
などと訊いた。
 
「ママとお父ちゃんは結婚したりしないよ。ママとお母ちゃんはずっと前にもう結婚してるからいいの。今度はママとパパの結婚式」
と正直に答える。
 
「へー。ママとお母ちゃんの結婚式の写真ある?」
などというので、古い写真を見せてあげると
「わあ、きれい。女の人同士で結婚するのも良いね」
などと言って見とれていた。
 

ホテルのスイートルームで初夜を過ごした後、ハワイに新婚旅行に行った。出国のところで性別 F のパスポートを出す。このパスポートを作ったのは大学4年生の時だったが、性別 F のパスポートを行使するのが、いまだに気恥ずかしい気がする。しかし Fuyuko Karamoto のパスポートを行使するのもこれが最後だ。帰国したら新規に Fuyuko Kihara のパスポートを作る予定である。
(記載事項変更ではサインなどを旧姓でする必要があり、ややこしくなる)
 
ハワイも何度か来ているが、やはり新婚旅行で訪れると、ダイヤモンドヘッドにしても、マノア・フォールズにしても、カメハメハ大王像にしても、全てが新鮮に見える。そんな時間を過ごしているうちに「ああ、私は結婚したんだ」
というのをあらためて感じた。
 
ふだん私も正望も忙しい日々を送っているので、一週間の休日を取れたことの方が大きい気もした。こんなに長時間ふたりで過ごしたのは、交際開始して14年も付き合っていて初めてだ。
 
「ん? フーコ、曲を書いてるの?」
「ごめーん。仕事人間で。だって何か感動して、いろいろ思い浮かぶんだもん」
「いいよ、いいよ。それ書き終わったら少し遊ぼ」
「うんうん」
 
私は優しく正望に愛撫されながら、五線紙に曲を書き綴っていった。今の時代に手書きで譜面を書く作曲家はかなり珍しいらしいが、私はやはり古い人間なのか、いったん手書きしてからMIDIを打ち込む方が良い曲が書ける気がしていた。私と政子はここ数年は4本のボールペンを使って曲を書いているが、今回の旅行には、いちばん古くから使っている「赤い旋風」というボールペンを持ってきていた。
 
政子にとってもいちばんお気に入りのボールペンだが、私がこれを持ってきているから、たぶん政子は「銀の大地」を使って詩作をしていることだろう。
 

ハワイから戻り、家に帰ると、政子と7人の子供たち、政子の母、うちの母、姉と4人の子供たち、麻央と3人の子供たち、正望の母、が来ていて、あらためて結婚の祝いをしてくれた。平日の昼間なので、男性陣は不在だった。みんなにお土産を配る。しかし子供が14人もいるので、騒がしい!
 
「町添社長から今週中に作って欲しい曲数のリストが来てるよ」
と政子は言った。
「全部で何曲?」
「シングル用に10組20曲、アルバム用に2組20曲。新婚旅行中だから冬に直接メールするのは控えたって言ってた」
「連絡がないからそうだろうと思ってた。でもハワイで一週間の間に30曲書いてるから、行けると思う」
と言いながら、私は「赤い旋風」を政子に返す。政子はボールペンに軽くキスをしながら「うん。さすがさすが」と言った。
 
「でもこれだけ孫たちがいると、凄く幸せな気分になりますね」
とうちの母がニコニコしながら言う。
「ちょっとうるさいけど、楽しいですね」と政子の母も言う。
「私、政子ちゃんが産んで冬子ちゃんが養子にした4人を自分の孫のように思ってたけど、この14人、全部孫のようなものだと思おうかしら」と正望の母。
 
「ああ、そう思って可愛がってください」と姉も麻央も言った。
「私の子供はみんな冬の子供でもあるから、紗緒里も安貴穂も夏絵も美代さんの孫と思ってください」と政子も言った。
 
「私も去勢した時は、これで自分には子供はできなくなったんだなあと思ってたけど、7人も子供できちゃったから、凄く幸せ」と私も言う。
 
「誰かがあと1人産めば、ラグビーのチームができるね」
「それはやはり、冬が産むんだよ」と政子。
「あはは。産めたらいいけどね」
 
「でも、冬のお友だちで元男の子なのに子供産んだ人が2人もいるじゃん」と麻央。
 
「あのふたりはどちらも特殊すぎるよ!」
 

「でも、あんたたち仕事も無茶苦茶忙しいだろうに、よく子供7人も育ててるよね」
と姉が言う。
「いや、姉ちゃんだって4人育てるのは大変でしょ。うちは、琴絵とか仁恵とか、礼美とか小春とか、世話しに来てくれる応援ママさんたちが何人もいるから。何かの時には、お医者さんの奈緒もいるから安心だし」
「お手伝いさんとか雇おうと思ったことないの?」
「家庭内に他人を入れたくないのよね。だから付き人も使わない」
「ああ」
 
「この家、特殊すぎるよね。子供7人はいいけど、母親2人・父親2人。でも、その4人が全員多忙と来てるから」
 
「いちばん時間が取れるのは、やはり貴昭さん?」と麻央が訊く。
「会社勤めだからね。でもだいたい夜は遅いから」と私は答える。
「正望さんは重要な法廷がある前は何日も帰宅できなかったりするね」とうちの母。「でも政子ちゃんも冬ちゃんも、24時間仕事してるからね」と正望の母。
 
「で、結局日中はどうかすると私ひとりってことがあるんですよ。さすがにもうてんてこ舞い」と政子の母。
「そんな時はいちばん近くに住んでる礼美呼び出し推奨。車もあるからすぐ来れる」
と政子。
 
「それはいいけど、礼美ちゃんが来ると更に子供が4人増えて11人になるから」
「破壊力凄そうね」と姉。
「凄いよ。だから、うちには高い食器は置いてないもん」と政子の母。「全部、マンションに置いてるね。良い食器は」と政子。
 
「よく食べるでしょ?」と麻央。
「唐揚げは5kg作るよ」
「でもそのうち1.5kgくらいは政子が食べたりして」
「ふふふ」
 

やがて夕方になって、貴昭が帰宅した。ふたりの娘、紗緒里・安貴穂とハグする。すると、あやめと夏絵まで「あ、私も」と言って寄って行ってハグしてもらい、更に幼いかえでまで「私もー」と言って寄って行く。
 
「娘たちとこんなことできるのは、小さい内だけだろうな」
などと貴昭は笑っている。
 

政子が産んだ4人の子供は、順にあやめ・大輝(だいき)・かえで・博史(たかし)である。
 
あやめは私が大学1年の時に去勢手術を受けた直前に、政子が私の精液を「採取」
(政子的見解)して、冷凍しておき、2018年6月に顕微鏡授精で妊娠し翌年2月3日に産んだ子供である。自分は遺伝子を残すことができなかったと思っていたので、あやめの誕生に、私は天にも昇る思いがした。その時書いた『天使の歌声』という曲は、若いお母さんたちに支持されてミリオンヒットとなった。
 
政子が次に産んだ子が大輝だが、この子の父親は公表していないし認知も求めていない(向こうは認知すると言ったが政子が謝絶した)が、人気俳優である。彼は、認知はしなかったものの、毎月養育費を送ってきてくれている。これも要らないと言ったのだが、これは政子へではなく大輝への送金だから、と言うので、政子は大輝名義の口座を作り、養育費はそこに振り込んでもらうようにしたが、政子はその中身に手を付けていないので、大輝が成人する頃までには、かなりの額になっているだろう。
 

3番目に産んだ子が、かえでなのだが。この子に関してはいろいろ問題があった。
 
当時、政子は密かにロック歌手の百道大輔と付き合っていたので、私はてっきり百道の子供なのだろうと思っていた。その件に関して政子は少し言葉を濁していた。やがて子供が生まれて、百道は子供が生まれた病院にも来て、赤ちゃんを可愛がっていた。凄く幸せそうにしていたので、このままこの人と結婚すればいいのに、と私は思っていた。当時、政子も「私、もしかしたら彼と結婚して、この家を出るかも」などと言っていた。
 
「いいよ。あやめと大輝は私が育てるから、気にしないでお嫁にお行きよ」
と私も政子を応援していた。あやめも大輝も生まれてすぐ私は養子縁組をしたのだが、かえでに関してはしばし保留していた。
 
しかしその百道が、かえでが生まれて1年もしない内に突然死んでしまった。当時政子は物凄くうちひしがれていて、2ヶ月間、全く詩が書けなかった。あんな政子を見たのは初めてであった。
 
百道には前の奥さんが産んだ子供・夏絵がいた。政子は百道と結婚するつもりだったので、夏絵をよくかわいがっていたし、夏絵も政子になついていた。そこで、政子は百道のお母さんの了承を得て、その子を引き取り養女にした。従って夏絵の苗字は中田である。
 
夏絵を引き取ってから、政子は、「かえでも、あやめ・大輝と同じように冬の養子にしてあげてよ」と言うので、私はかえでと養子縁組をした。それでかえでの苗字は唐本になる。
 
私は夏絵とかえでは姉妹なのに、苗字が違ってもいいのかなと少し心配したのだが「それは大丈夫」とだけ、その時政子は言った。
 

政子が百道の死のショックから、やっと立ち直り始めた頃、私たちは久々に開かれた高校の同窓会(2023.04)で懐かしい人物に会った。それは高校2年の時の政子のクラスメイトであった、松山貴昭であった。私は高校時代彼とキスしたことがあったので、ちょっと面はゆい感じもした。
 
彼は高校卒業後阪大に進学したので、東京にいる私たちとは接触の機会は減ったのだが、私と政子の「新婚旅行」の時に、天河に連れて行ってくれたのを機会に政子と時々連絡を取るようになっていたようであった。政子は当時別のボーイフレンドがいたので、彼との関係は恋人のようなものにはならなかったものの、政子が松山君と話している時の様子を見ていると、好意以上のものを持っている雰囲気があった。
 
彼は2014年に阪大卒業後、大阪に本社を置く総合電機メーカーに就職。2016年に同期の女子と社内結婚して2人の子供(紗緒里・安貴穂)をもうけた。この時期はさすがに政子も彼に連絡を取るのは控えていたようであった。
 
ところがこの日同窓会で松山君は実は昨年、奥さんが亡くなったこと。そして、自分としても心機一転したかったのと、子供の世話をやはり男親だけではしきれないので、母に手伝ってもらうことを考えて、東京支店への異動を志願し、つい先日東京に引っ越してきたのだと語った。
 
「子供って何歳?」
「紗緒里が6歳、安貴穂が3歳」
「会社行く時とか困るでしょ、その年では」
「うん。だから保育所に預けてるけど、仕事が遅くなる時とか可哀想で。東京に来てからは、母が夕方引き取りに行ってくれるようになったけど、親の家には兄貴夫婦が同居してるから、あまり迷惑掛けたくないんだよね」
 
「じゃ、今はアパートか何かで暮らしてるの?」
「うん」
「住所は?」
「あ、メモ書いとくよ」
と言って松山君が住所を書いたのを見ると、政子の家の隣町である。
 
「これうちの近所じゃん。うちも4人子供がいるからさ、そこに2人くらい増えても構わないから、うちに連れておいでよ。御飯くらい食べさせるよ」
「わあ、それ助かるかも」
 

そうして、紗緒里と安貴穂は日中、政子の家で過ごすようになった。あやめ・大輝・夏絵などとも仲良くなり、まだ赤ちゃんのかえでのお世話を一緒にしたりもしていた。貴昭もまた時間がある時は、政子の家で自分の子供だけではなく、あやめや夏絵たちの遊び相手にもなってあげていた。特に日曜は私と政子が高確率で仕事で外出しているため、貴昭がひとりで6人の子供の世話をしていることもあった。
 
あやめたちは、政子のことをお母ちゃん、私のことをママ、正望のことをパパと呼んでいたが、貴昭のことはお父ちゃんと呼ぶようになった。
 
「僕、子供の世話をしてあげるからと言われて、ここに娘たちを預けに来たのに、なんだか僕が主として子供6人の世話をしているような気がするんだけど」
などと貴昭は言っていたものの、楽しそうだった。
 
そして政子も子供の数がにわかに増えたものの、そのお世話をしていることで百道の死のショックから立ち直っていった。それは貴昭も同じで、6人の子供の世話をしている内に妻を亡くしたショックから少しずつ立ち直っていった。
 
そんなふたりが愛し合うようになるのは、ごく自然なことだったと私は思う。
 
やがて政子は貴昭の子供を身籠もった。
 
そして2024年6月に政子は自分が産む子供としては4人目の子供、博史を産んだ。
 

政子と松山君がとても仲良くしているので、私がちょっと寂しい思いをしているふうなのを見て、正望は「ね、僕たちもそろそろ結婚しない?」と言った。
 
「そうだね。結婚しちゃおうか!」
 
ということで、私と正望はやっと結婚するに至ったのであった。
 

私が正望と結婚する一週間前(2025年)。私と政子は仕事で金沢に来ていた。駅前のホテルのスイートルームに泊まり、私たちは久しぶりの睦みごとをする。
 
「ああ、やっぱり冬とするHも快感だなあ」
などと政子は言った。
 
「ふふふ。マーサがずっと貴昭君としてるから、私も最近かなり正望としてるよ」
「うん、良いことじゃ、良いことじゃ。でも私ともセックスしてよね」
「もちろん」
 
と言って、私たちはお互いの身体をむさぼり合う。
 
「でも金沢のホテルって何か特別な思いがするね」
「私たちが結ばれた場所だしね」
「うんうん」
「高校時代のこととか懐かしいね」
「でも、あの頃のことはよく覚えてるよ」
「女の子の服を着た冬は、あの頃、ほんとに可愛かったなあ」
「今では、おばちゃんになっちゃったけどね」
「おじちゃんにならなくて良かったね」
 

「ところでさ。かえでのこと、私言っとかなくちゃと思ってさ」
と政子は切り出した。
「ん?」
 
「百道とは4年前の10月に一度別れたんだよ」
「あれ?そうだっけ?」
「それで別れてから、私もそろそろ3人目の子供産もうかなと思って」
「うん」
「冷凍保存していた精液を解凍することにしたんだ」
「・・・・誰の精液?」
 
「もちろん、冬のだよ」
「何〜〜〜〜〜!?」
 
「去勢直前の冬の精液を採取した時、念のため2つに分けて精液は冷凍したんだよ。あれだけが冬の遺伝子を持つ子供を産む手段だけど、体外受精って一発で成功するとは限らないでしょ。だから失敗した時に再挑戦できるように、2つに分けておいた。でも、あやめは一発で妊娠したんだ」
 
「じゃ、1個残ってたのか!」
「うん。でも採取したのが2010年だからね。10年ももつものだろうかと少し心配した」
「じゃ、かえでは、私の精液で妊娠したの? もしかして」
 
「それが実は私自身も分からなかったのよ」
「は?」
 
「今回はあやめの時みたいに体外受精じゃなくてふつうの人工授精にしたんだよね。やはり最近の生殖医療の技術が上がってるから、わざわざ卵子を取り出してやらなくても、たぶん大丈夫ですよと言われたし。まあ2人目だから失敗した時は失敗したというので諦められるし」
「うん」
 
「排卵が今にも起きそうなのをエコーで確認してもらって、そこに残ってた精液を解凍して子宮に注入して。ふふふ。これで冬の子供をまた産める、と思ったんだけど、その日の夜、ちょうど大輔がきてさ」
「え?」
 
「凄く熱く口説かれちゃって・・・・・」
「彼としたの?」
「そうなのよ!」
「じゃ、どちらの子供か分からなくなったんだ!」
 
「うん。人工授精した後、8時間くらいした時に、大輔とセックスした。妊娠が確認できた時、どちらの子供というのもありえると思った」
「ああ」
 
「でも妊娠中に検査するのは好きじゃないから、かえでが生まれてからDNA検査したよ」
「うん」
「結果は、冬の子供だということが判明した」
 
「あはは・・・」
 
「自分の子供で良かった?」
「うん。ちょっと嬉しい」
「だから、あやめとかえでは、時間差双子みたいなものだよ」と政子。
「そうなるか」
「4つ違いだけどね。だから、大輔のことは気にせず、ちゃんと冬の養子にしてあげてと言ったの」
「そうだったのか」
 

私と正望は結婚はしたものの、お互いの生活は特に変わらなかった。私はずっと政子の家に住み続けて、7人の子供の世話をしながら仕事をしていたし、正望も仕事が忙しくて、なかなか自宅に戻って来れなかったが、戻る時は政子の家に「ただいま」と言って帰って来て、翌朝「行ってきます」と行って出て行った。
 
政子の家は、住む人数があまりにも増えすぎたので、昨年改築して3階建てで、部屋数が10個+LDKという広い家に生まれ変わっていた。(この時、離れは解体した)1階に2部屋、2階と3階に4部屋ずつである。
 
(建て替えの間、近所の空き家を借りて一時期そこで暮らしたのだが、改築終了後、その仮住まいしていた所に貴昭が引っ越してきたので、政子の家と貴昭の家は「味噌汁の冷めない距離」になった)
 
新しい政子の家では、2階のいちばん奥の部屋が、私と正望のスイートルーム、3階のいちばん奥の部屋が政子と貴昭のスイートルーム、そして1階の2つの部屋は、政子の両親の部屋と私と政子の「仕事部屋」ということにしていた。実際その部屋は防音加工して、エレクトーンを置いていたし、他にもいくつか楽器を置いていた。
 
子供達は、2階の3部屋をあやめの部屋、夏絵の部屋、紗緒里と安貴穂の部屋とし、3階の1部屋を大輝の部屋にしていた。実際には子供達はお互いの部屋に出入りして遊んでいた。かえではまだ小さいので、ふだんはLDKに居て、寝る時は3階の奥の部屋で政子と一緒に寝るか、2階の奥の部屋で私と一緒に寝るかである。なお、夜間は貴昭はふつう紗緒里・安貴穂を連れて自宅に戻っている。紗緒里・安貴穂の部屋は基本的には昼間の滞在用だが、ここに泊まってしまうこともよくあった。
 
そして・・・・1階の「仕事部屋」は事実上、私と政子のスイートルームでもあった。実際、私と政子はここで一緒に寝るか仕事場にしているマンションの方で一緒に寝るかで、かえでもこの時期はここで私たちふたりと一緒に寝ていることがいちばん多かった。
 
3つのスイートルームは、お互いの不可侵領域として私たちはテリトリーを守っていた。また正望と貴昭は、しばしばLDKで、政子の父とお酒を飲んでいた。
 
「1階のお部屋はママとお母ちゃんの部屋、2階のお部屋はママとパパの部屋、3階のお部屋はお母ちゃんとお父ちゃんの部屋でしょ? パパとお父ちゃんが一緒に寝られる部屋もあればいいね?」
などとあやめは言っていたが、
「いや、パパとお父ちゃんは一緒に寝ないから」
と言うと、不思議そうにしていた。
 
「でも、ママとお母ちゃんは結婚してるでしょ?ママとパパが結婚したから、次はお母ちゃんとお父ちゃんが結婚する番だよね」
 
というあやめのことばに、政子は「そうだなあ。結婚してもいいかなあ」
などと言った。
 
そして、その年の秋、今度は政子と貴昭が結婚式を挙げることになった。
 
★★レコードの町添社長も「ふたりは息があってるね。ケイちゃんが結婚したからマリちゃんも結婚するんだ!」などと言いながらも、祝福してくれた。
 

結婚式の1ヶ月くらい前「クロスロード」のメンバーがマンションに集まってきて、私の結婚と、政子の結婚をまとめて祝福してくれた。みんな忙しいので、なかなか集まれないものの、私たちは年に1度は集まって、交流を楽しんでいた。
 
今回集まってきたのは、桃香・千里夫婦(+早月・由美)、青葉・彪志夫婦(+しおん)、呉羽、和実・淳夫婦(+明香里)、若葉、あきら・小夜子夫婦、春奈、唯香、泰世、それに私と政子、奈緒、正望と貴昭といったメンツである。あきら・小夜子夫婦の子供はもう中学生なので連れてきていない。
 
あやめと夏絵が付いていくと言ったので連れて来たのだが、あやめが
「すごーい!」
と叫んだ。
 
「どうしたの?」と青葉が訊くと
「だって、元男の人だった女の人がたくさん!」
と言う。
「へー。誰が、元男の人だったか分かる?」と尋ねると
「この人でしょ、この人でしょ、この人でしょ」
と言って、あやめは全員きれいに指摘した。
 
「すごいね。リードの達人!」と桃香が感心している。
「私だって、元々知ってなきゃ、分からないよ、このメンツは」
と和実は笑っている。
「いや、医者の目で見ても、このメンツは凄すぎる」と奈緒。
「冬もそうだけど、青葉ちゃん、和実ちゃんは骨格が女だよね」」
 
「私と和実と春奈の3人は二次性徴が始まる前に女性化を始めてるから、男だった痕跡も残ってないはずなのに、それが分かるってのは、あやめちゃんは今ここにいる私たちを見てるんじゃなくて、私たちの過去の影まで見てるんだろうね。霊感が凄いね」と青葉は言う。
 
「でもどうやって女の人になったの?」とあやめは不思議そうに訊く。
「お医者さんに手術してもらって、おちんちん取って割れ目ちゃん作って女の子の形にしてもらったんだよ」と私は簡単に説明する。
 
「へー。奈緒ママでも手術できる?」
「私はやったことないけど、うちの病院でも男の人を女の人にする手術はしてるよ」
と奈緒。
 
奈緒・礼美・仁恵たち、あやめたちのお世話に来てくれる友人たちは《奈緒ママ、礼美ママ、仁恵ママ》などのように、あやめたちからは呼ばれている。
 
「ふーん。大輝でも奈緒ママの病院に連れて行けば女の子にしてもらえる?」
「手術すればなれるだろうけど、別に大輝は女の子にはなりたくないと思うよ」
と私は言う。
「そう? 大輝、スカート穿かせると可愛いのに」とあやめ。
 
姉がいる弟というのは、どうも女装させられる宿命にあるようだ。
 
「でも最初に集まった時は、あやめちゃんのママだけだったよ。手術が済んでたのは。でも今はもうみんな手術終わっちゃったね」と和実。
「へー。でもおちんちん取るの嫌じゃなかった? 大輝はおちんちん取っちゃおうか? って言うと嫌だって言うけど」
 
「そうだね。大輝はおちんちん持っておきたいんじゃない?でもここにいるみんなは生まれた時から女の子になりたいと思ってたし、おちんちんは要らないと思ってたからね」
「ママも?」
とあやめが私に訊くので、私は微笑んで
「そうだよ。あやめくらいの年には、もう女の子になりたいって思ってたよ」
と答えた。
 
「パパも女の人になりたい?」とあやめは突然正望に尋ねる。
「別になりたくないよ」と言って正望は笑っている。
 
「でもスカート穿いてることあるよね?」
「あれはママの悪戯だよ」
「へー」
 
「でも、ママ、おちんちん取る時痛くなかった?」
「凄く痛かったよ。でも女の子になりたかったから我慢したよ」
「へー。大変なんだね。私、最初からおちんちん付いてなくて良かった」
 

「ねぇ、あやめちゃん」と青葉が話しかける。
「あやめちゃん、お化けとか見えるでしょ?」
 
「うん。でもママが『あっち行け』って言うと、行っちゃうよ」とあやめ。
「あやめちゃん、まだ『閉じ方』分からないよね」
「閉じ方??」
 
「冬さん、ちょっとあやめちゃん借りていい? そろそろこの子に教えておいた方が良さそうなことがある」
「うん。奥の寝室使って。あそこ結界がしっかりしてるから」
「うん。あやめちゃん、ちょっとお姉ちゃんと遊ぼ」
と言って、青葉はあやめを奥の部屋に連れて行った。
 
夏絵はちょっと不思議そうに
「あやめって、学校でもよく何もないところ見て『変なのが居る』とか騒いでるのよね。気のせいだと思うのに」
と言う。
 
あやめは早生まれなので、夏絵と同じ小学1年生である。
 
「そうだね、きっと気のせいだよ」と和実が優しく言った。
「そういう時は夏絵ちゃんが、あやめちゃんを元気付けてあげればいいよ」
「うん」
 

政子の結婚式は2025年9月14(日)大安に行われた。新婦側の参列者は3月の私の結婚式の時とほぼ同じである。やはりミュージシャンが多いので、披露宴の余興は、今回富士宮ノエルとスターキッズだけにしてもらい、他は二次会で演奏してもらうことにした。また、今度も上島先生ご夫妻が媒酌人を買って出てくれた。
 
「でも同じ年に結婚するなんて、ほんとにケイちゃん・マリちゃんは仲が良いね」
と上島先生も言う。
「あ、それ町添社長からも言われました」
と私たちは言った。
 
「でも子供7人育ててるって凄いね。創作活動の方もフル回転なのに。うちは子供2人でも、てんてこ舞いだよ」
「子供3人目くらいからは、もう増えてもどうにでもなる気になってきました」
と政子。
 
「でも、先生の所のお子さんふたりが、うちのあやめ・かえでと同い年ですね。今いちばん可愛いさかりでしょ?」
「うん。上の4人は、僕自身あまり子供の顔を見に行ってやれなかったから、やはり家の中に子供がいるというのは、いいね」
と言う先生は、ふつうの父親の顔になっていた。
 
披露宴での「友人代表」のスピーチは政子の友人代表は私、貴昭の友人代表は正望がしたが、みんなから『3月の式でもそうだったけど、おまえら友人というより家族じゃん』と言われた。
 
新郎新婦への花束贈呈は、今回は紗緒里・安貴穂の姉妹にやらせた。娘2人から花束を受け取り、貴昭は感動して涙を流していた。
 

貴昭が涙を流してるのを見て、唐突に政子が叫んだ。
「冬〜! 歌おうよ」
 
「新婦が歌うの?」と私は笑顔で尋ねる。
「感動したら歌うんだよ。冬、ピアノ弾いてよ」
「OK」
と私は返事したが、ちょっと思い直して
「あやめに弾かせていい?」と訊いた。
 
「うん。いいよ」と言うので、私は披露宴会場のドアを開けて、そこで弟や姉妹たちと遊んでいたあやめに声を掛けた。
 
「あやめ、ちょっと来てピアノ弾いて」
「いいよ。何弾けばいいの?」
 
「こないだから練習してたでしょ? カノン」
「おっけー」
 
あやめが披露宴会場に入り、ピアノの前に座ると、パッヘルベルのカノンを小さな指で弾き始める。私は政子の右に立ち(政子が貴昭の右にいるので)、一緒に歌い始めた。
 
「バラの香り、秘密の園、深き愛、優しい声」
「ユリの花の、白き思い、甘い囁き、熱い思い」
 
私の歌と政子の歌がまさにカノン(追いかけっこ)をしていく。
 
「永久(とわ)の愛を誓った時から、ふたりの心は天を駈けて」
「遥か時空の遠き果てまで、共に喜び共に楽しみ」
 
そう歌いながら、私は政子の手と貴昭の手を重ねてあげた。ふたりが微笑んで見つめ合っている。そして、私と政子の歌は愛を祝福していく。
 
あやめの指が、ソミファ・ソミファ・ソ・ソラシドレファ、というカノンの和音を奏でて行く。私と政子の声が調和して、天に響くような感覚であった。
 

披露宴が終わり、二次会が始まる前、ロビーで私が子供たちの様々な「報告」
を聞いていたら、肩をトントンする人がいる。振り返ると、KARIONの和泉だった。
 
「素敵な披露宴だったね」
「ありがとう」
「春の披露宴の時も思ったけどさ」
「うん?」
「表面的には、冬と彼氏、政子ちゃんと彼氏の各々の披露宴なのに、何だか冬と政子ちゃんの披露宴でもあるかのようだった」
「あはは」
 
「そしてさ、KARIONが、どうしてもローズ+リリーや XANFUS を越えられない理由(わけ)が分かった気がした。さっきのカノン聴いて」と和泉。
「へ?」
 
「だって3人じゃ結婚できないもん」
「えっと・・・・・」
 
「XANFUSのふたりは堂々と結婚式挙げちゃったからね」
「まあ30すぎたらレコード会社も文句言わないから」と私も笑って答える。
 
「マリとケイは・・・・かなり以前に既に結婚済みだしね」
「ふふふ」
「やはりね・・・あの歌、重婚宣言なのね?」
「カノンって三重奏だからね」
「意味深だなあ」
 
「だから、3Pって手もあるかもよ」
「そっかぁ。そういう道もあることはあるか?」
「男の子も入れて6Pとか」
「うっ。それ、やってみたい!」
と言って、和泉は楽しそうに笑った。
 

二次会の席上で、多数のアーティストが演奏してくれていた時、★★レコードの町添社長が寄ってきて、小さい声で言った。
 
「披露宴で、あやめちゃん、堂々と弾いてたね」
「子供だから、緊張するってのを知らないんですよ」
「ピアノ凄くうまいし。7歳?」
「まだ6歳です。2月で7歳になります。ピアノとヴァイオリンとフルートを3歳の時から習わせていますが」
 
「僕ね、60歳になったら会長に退いて、誰か若い人にでも社長は任せようかと思ってたんだけど気が変わった」
「まだ引退には早いですよ」
「あやめちゃんがデビューするまでは頑張るよ」
「ありがとうございます。須藤も同じことを言ってました」
 
町添さんは頷いた。
 
「でさ、ちょっとちょっと」と言って、町添さんは私の耳に直接口を付けるようにして、ささやいた。
「あやめちゃんのお父さんって、まさかケイちゃん?」
と訊いた。
 
「ええ、そうです。妹のかえでもです」
と言って、私はにこやかに微笑んだ。町添さんが口の硬い人と分かっているから、私はこの人には何も隠さない。
 
「そうだったのか! じゃ、かえでちゃんがデビューするまで頑張る」
「社長、まだまだ現役プロデューサーできますよ」
「そうだなあ。誰かのプロデュースしてみるかな」
 

「ママとパパの結婚式も素敵だったけど、お母ちゃんとお父ちゃんの結婚式も素敵だったね」
と家に帰ってから夏絵は言った。
 
「ありがとう」
「あやめから聞いたけど、ママとお母ちゃんも結婚してるんでしょ?」
「そうだよ」
 
「じゃ、あとはパパとお父ちゃんが結婚すると完璧かな?」
「いや、それはしないと思うよ」
 
「男の人同士では結婚できないの? それなら、パパが女の人になっちゃえばいいかも。ママも昔、男の人だったのに手術して女の人になったんだよね」
「そうだよ。でもパパは別に女の人になりたいとは思わないと思うよ」
「ふーん。何だか難しい」
 
「まあ、女の人になる手術を受けなくても、男の人同士で結婚する人はいるけど、別にパパとお父ちゃんは愛し合ってはいないから」
「嫌いなの?」
「そんなことないよ。ただのお友だち」
「ああ、お友だちか!」
と言って、夏絵は何となく納得したようであった。
 

「しかしさあ、あやめも、夏絵も、『パパ女の人にならないの?』とか訊いたけど、なんでだろうね?」
と私は、うちに遊びにきていた奈緒の前で自分に問いかけるように言った。
 
「面白いね。正望さんより、貴昭さんの方が、むしろ女性的な感じなのに」
「正望はたぶん・・・・女装癖とかは無いよね?」
「さあね。隠してるのかもよ、冬には」と奈緒は言った。
「うーん・・・・」
「女装していることを隠すことについては、冬こそ天才的だったけどね」
「うむむ・・・」
 

政子は新婚旅行から戻って来たあと、貴昭の家の方に住むのだろうと思っていたのだが(貴昭の家はうちから100mも離れていない)・・・・ずっとこちらの家にいるので、訊いてみた。
 
「ね、向こうの家に行かなくてもいいの?」
「うん。私の家はここだもん」
「でも結婚したのに」
「冬だって、結婚してもここにそのまま住んでるじゃん」
「う・・・」
「それにここにいないと、私、御飯食べられないもん」
「うむむ」
 
もちろん御飯を作るのは私の仕事である。これだけの人数の御飯を作っていると、もう食堂のおばちゃんの気分であるが。(私が仕事で不在の時は政子の母やうちの母が頑張って作ってくれる)
 
そういう訳で、政子と貴昭の方も、結婚したからといって今までと何かが変わるわけでもなく、これまで通り、貴昭の「通い婚」の状態のまま続いていくことになる。
 

この年、私と政子がそれぞれ結婚したことで、うちの家の住人の苗字はかなりややこしいことになった。
 
私と正望は木原姓、政子と貴昭は松山姓である。7人の子供のうち、元々貴昭の子供である紗緒里と安貴穂が松山姓、私が養子にしていたあやめ・大輝・かえで・博史の4人は唐本姓、そして夏絵は政子の養子なので中田姓である。
 
博史に関しては私が養子にせずに、政子と貴昭が結婚した上で、ふたりの養子にしたら?と言ったのだが、政子は「私が産んだ子はみんな冬の子供でもあるのだから養子にして欲しい」と言ったし、貴昭も苗字は気にしないというので養子にした(博史は政子が妊娠中に貴昭が胎児認知しているので法的には私と政子と貴昭の3人の子供になる)。
 
そういう訳で「母親2人・父親2人・子供7人」の変則家庭は、子供の苗字も唐本・中田・松山という3つの姓が入り乱れることになった。
 
夏絵が中田の苗字のままになったことは、政子のお父さんにはちょっと嬉しいようであった。政子が産んだ子供を、大学生時代の約束通り、私が養子にしたのは、「まあ、冬子さんと政子は結婚しているようなものですしね」と言って受け入れてくれたものの、中田姓の子供がいないのを少し寂しく思っていたようでもあったので、その中で中田姓を名乗る夏絵の存在は政子のお父さんにとっては、大きなもののようである。
 
政子のお母さんは
「どうせお嫁に行けば、そっちの苗字名乗るのに」
などと言っていたが。
 

「木原姓の子供がいなくてごめんなさい」と私は正望の母・美代さんに言ったのだが、
「うちの家は代々、血がつながっていかない家庭だから、問題無いよ」
などと美代さんは言っていた。
 
美代さん自体が養子であの家に入ったのだが、そもそも美代さんの養母も養子だった。そして正望は美代さんの夫が他の女性との間に作った子供(美代さんの養子になっている)というややこしい関係で、それ故に、美代さんは私みたいな変な嫁も受け入れてくれたのだろう。
 
政子は正望に「人工授精でなら、正望さんの子供、私が冬の代わりに産んでもいいよ」と言っていたのだが、正望は
「子供が7人もいるのに、また更に作らなくてもいいよ」
と笑って言っていった。
 
ところが、そんなことを言っていたら、ある日うちに来ていた麻央が
「政子、仕事忙しいだろうし。私が産もうか?」
と言い出した。
 
「だって政子がまた妊娠したら、須藤さんの白髪がますます増えるよ」と麻央。
「ああ、確かに」
 
「私、もうひとりくらい産みたい気分だったのよね。でもさすがに4人育てる自信無いし。産んだだけで、あと冬が育ててくれるんなら、産んでもいいな」
 
「まあ確かに7人育てるのも8人育てるのも大差無い気はする」と私。
「なんかもう大家族スペシャルの世界になりつつあるもんね」と政子。
 
「何なら人工授精じゃなくて、生でやってもいいよ」と麻央。
「いや、それはさすがにまずすぎるよ」と正望は言ったが
「あ、私は麻央がモッチーと寝るのなら別に嫉妬しないよ」
と私は言い、麻央の夫・敏春までも
 
「ああ、木原になら、麻央を一晩貸してもいいよ」などと言うので、正望も「えーっと・・・・」と迷うような表情をする。
 
「ね、正望さん、冬のヴァギナしか経験したことないよね?人工女じゃなくて天然女のヴァギナも1度経験してみない?」などと麻央。
「いや、それは・・・」と焦る正望。
 
「人工と天然って、差が分かるものなのかな?」と敏春。
「上島先生は人工ヴァギナの女の人とも何人かやったことあるらしいけど、差異は無いって言ってたね。個人差の範疇だって」と私。
「へー。さすが浮気の鉄人」
 
「ね、冬、もういっそ正望さんの精液搾り取って持っといでよ。私、子宮に入れちゃうから」と麻央。
 
「ほんとにやっちゃおうかな」
「ちょっと待ってくれー」
 

しかし私たちはこの後、真剣にこの問題について話し合った。その結果、麻央は人工授精で正望の子供を産むことにした。(麻央の卵子に採取した正望の精液を受精させて、麻央が産む)
 
その子供は翌年7月に生まれた。女の子で「もも」と名付ける。そして1年後、特別養子縁組が認められて、ももは私と正望の間の子供になった。
 
もうたくさん子供がいるから、これ以上要らないなどと言っていた正望もいざ自分の子供が生まれると嬉しそうだった。なにより、正望の母・美代さんが四六時中ももに付いていて、実家はほとんど空の状態になってしまう。
 
しかし美代さんがうちに居てくれると、食事を作る係が増えて、我が家はとても運用しやすくなったのである!
 

「ももちゃんは、戸籍上どうなってるの?」とうちの母に訊かれた。
2027年末頃だったと思う。
 
「私と正望の戸籍で、実子として記載されてるよ。ももの父親欄は正望、母親欄は私」
「お前が産んだとして記載されてるの?」
 
「さすがにそんな嘘は書かない。『木原もも』の戸籍より入籍って書かれてるよ」
「ももちゃんだけの戸籍があったの?」
「いったんそれを経由して、実父母の名前が直接は見られないように配慮してあるんだよ。これって、元々子供を育てきれない人から子供が欲しい夫婦に里子にもらうためのシステムだから」
 
「へー。難しいことするんだね。でも、これであんたにも実子ができたんだ?」
「そうだね。でも私の遺伝子を受け継いでるのは、あやめとかえでだからね」
 
「ちょっと待って。あやめがあんたの子供だってのは聞いてたけど、かえでもなの?」
「そうだよ。気付かなかった?」
「かえでは、大輔さんの子供かと思ってた」
「私もそう思ってたんだけどね。政子も産むまでどちらの子供か分からなかったというミステリアス・ガール」
「えー!?」
 

2025年秋まで時間を戻そう。
 
この年、私と政子が相次いで結婚したことから、町添社長は「ローズ+リリー・ブライダル全国ツアー」なるものをぶち上げた。
 
札幌・仙台・金沢・名古屋・大阪・神戸・岡山・福岡・那覇・東京・横浜、と全国11箇所のツアーである。
 
マリ&ケイ・ファミリーの中で最も若い女子高生デュオ、売出中のピーチ&マロンをゲスト出演させるという「抱き合わせ商法」で、ローズ+リリーを若い世代にも知ってもらい、またピーチ&マロンを30〜40代にも知ってもらおうという町添さんらしい戦略であった。
 
さすがに私たちの全盛期ほどではないので、即日ソールドアウトとはいかなかったが(購買層は充分いるが、ファン層の情報に対する反応速度が落ちている)、一週間でチケットは売り切れになった。
 
2018年の政子の最初の妊娠以来、ローズ+リリーはだいたい1年おきにライブを休業していたのだが、休業の前と後でツアーをしているので、だいたい毎年1回は全国ツアーをしていた。ローズ+リリーの音楽というのは、ロックバンドやアイドルなどとは違って、基本的にはコンサートホールで聴いてもらいたい音楽なので、3000人以下のキャパのホールツアーをしていた。
 
私たちが次々と子供を作り、その子育て奮戦記(琴絵・仁恵共著)へのアクセスが高く、それで私たちの歌にも子育て世代からの支持が篤かった。子育て奮戦記の方もしばしば書籍化され、既に Vol.8 まで出ている。最近はそちらを読んでからローズ+リリーの音楽を聴き始める人たちもいた。
 

「昔、女子高生のローズ+リリーから、女子大生のローズ+リリー、ママさんのローズ+リリー、おばちゃんのローズ+リリー、おばあちゃんのローズ+リリーまでやろうよ、なんて言ってたけど、ほんとにそうなりつつあるね」
 
などと最近白髪が目立ってきた美智子なども言う。私と政子がわりとのんびり構えている分、裏方として走り回っている美智子はやはりそれなりの苦労をしているのだろう。まだ57歳だが、66〜67歳くらいに見えてしまう。
 
「まあ、冬はおじちゃんじゃなくて、おばちゃんになれて良かったね」と政子。「冬がおじちゃんになった姿って、想像できん」と美智子は顔をしかめて言う。「今一瞬想像して気持ち悪くなった」と政子。
私は笑っていた。
 
「みっちゃん、白髪染めないの?」
「別に。そういうの取り繕っても仕方無い」
「でも冬のおばちゃんが凄いよね。今77歳だっけ?」と政子。
 
「そうそう。喜寿のお祝いしようかとか言ったら『7歳の誕生日ならする』なんて言ったから、ほんとにケーキに7本ロウソク立ててお祝いした。見た目まだ60前後に見えるもん。豪快だしね」
 
「でももう、あの人も民謡界の長老格になってきたね」
「うん。あちこちの大会にゲストで呼ばれて全国飛び回ってるしね。その飛び回るパワーが凄いけど」
「自分で運転して回るんでしょ?」
「そうなのよ。あの年で車中泊旅行だもん。どこに行くのにも。真っ赤なGT-R。軽快に走って颯爽と停まって、どんな美女が降りてくるかと思ったら振袖着たおばあちゃんが降りてくるから、度肝を抜かれる」
 
「うーん。冬の家系は元気な人が多いのかねえ・・・。冬のお母さんがまた若いし、冬だってまだ充分24〜25歳で通る」
 
「でも77歳でも振袖着るんですね」と事務所に遊びに来ていた春奈が言うが「民謡の人はみんなステージでは振袖だからね。年齢関係無く」と私は説明する。
「大会なんかでは、結構孫のを借りてきた、なんて言ってる人たちもいる」
 
「ああ。スリファーズも3人ともおばあちゃんになるまで続くといいなあ。それで振袖着てキャンペーンするの」
などと春奈は言った。
 
「3人仲良しだし、続いていくんじゃない? 60歳で3人振袖着て歌えばいいよ」
「私ね・・・・60歳で3人ミニスカ穿いてステージに立つなんての提案したことあるんだけどね」と春奈。
「あ、いいんじゃない?」
「さすがに60歳でミニスカ穿く自信は無い、って彩夏に言われた」
 
「春奈は新婚生活どう?」
「えへへ。猿です」
 
春奈はこの7月に結婚していた。媒酌人は★★レコードの町添社長夫妻が務めてくれた。
 
「うんうん。新婚さんは猿でいいんだよ」
「私、女の子になって、それで結婚できるとは思ってなかったから、もう本当に幸せ」
「いい人見つかって良かったじゃん」
 
「うん。やっぱりこれ、中学生時代にケイ先生や青葉先生に出会って、恋を諦めたらいけないって、励まされたおかげかも知れないな、と思う。だって、恋って突然できるものじゃないでしょ? 恋ができる心の態勢をずっとキープしていた人だけが恋できるんだよ」
 
「ああ、そうかも知れないね」
 
「さすがに青葉さんみたいに子供まで産む自信はないけどね」
「青葉は超人だから」
 

全国ツアー、初日の札幌の舞台の幕が上がった。
 
割れるような拍手がいったん収まり、ローズ+リリーのホールライブでは恒例となったアコスティック楽器のアンサンブルで演奏が始まる。私のフルートとマリのヴァイオリンに、鷹野さんのヴィオラ、宮本さんのチェロが合わせてくれる。今年のオープニングは『夏の日の想い出』。今となってはこの曲自体がとっても想い出の曲となった。
 
演奏が終わると、大きな拍手。
 
「こんにちは。ローズ+リリーです」
と私と政子は声を合わせて言う。
 
「私たちの活動も17年になりました。私たちが歌い始めた時におぎゃぁと生まれた子がもう高校生なんて、すごいですね。私たちはダブル高校生という感じです」
「私たち何周年までやれるんだろうね?」
「私たちが生きてる限りは。20周年、30周年、40周年、50周年、・・・」
「50周年やる時は67歳か。ケイ、50周年では何を着る?」
「そうだね。ビキニの水着を着ようか?」
 
それで会場がどっと沸いたが、マリはまじな顔で
「じゃ、みなさん今のケイの発言覚えててね。50周年のライブではきっちりビキニの水着をケイには着てもらいますから」
 
と言うので、また会場が沸く。
「50周年でマリは何着るの?」
「そうだなあ。セーラー服でも着ようかな」
 
また会場が沸く。
 
「よし、マリにはきっちりセーラー服を着てもらおう」
「それ見てお客さんがみんな逃げてったりして」と政子。
「あ、会場のお客さんにもみんなセーラー服着てもらえばいいんだよ」
「ああ。いいね。でも男の子もセーラー服なの?」
「そうそう。着てもらう」
「それで癖になって、女装にはまるお客さん出たらケイ責任取ってよ」
「その時は、性転換手術してくれる病院を紹介してあげるよ」
 

少々長めのオープニングのMCが終わると、前半のライブはアコスティック楽器の伴奏で進められていく。最初はお酒のCMで定番化して知名度の高い『花模様』
からである。伴奏はスターキッズだが、この時期スターキッズはメンバーが7人に増えていた。
 
七星さんのフルート、鷹野さんのヴァイオリン、香月さんのヴィオラ、宮本さんのチェロ、酒向さんのコントラバス、それに近藤さんのクラシックギターと、月丘さんのハープシコードが加わる。
 
これまでローズ+リリーでリリースした曲はシングルだけで60枚以上に及び、だいたい年1回くらいのペースでリリースしてきたアルバムが20枚ほど。発表した楽曲は400曲ほどにもなる。その中でも古い曲から新しい曲まで取り混ぜて私たちは歌っていった。前半の「アコスティック・ナイト」で歌うのはその中でも比較的、静かな曲・メロディアスな曲が多い。
 

やがて前半の演奏が終了し、私たちはゲストの《ピーチ&マロン》を紹介し、彼女たちにステージを譲って、いったん下がった。
 
ピーチ&マロンは高校2年生。16歳と17歳のデュオである。ちょうど私たちがデビューした時と同じ年齢の組合せで、今回の「ダブル高校生」の年齢でのツアーにはとてもふさわしいゲストとなった。
 
若さあふれるふたりの歌い方に、つかの間の休憩をしながら舞台袖で着替えている私たちは、ふたりから活力をもらうような思いがした。彼女たちのヒット曲を3曲歌ったあと、ふたりが『A Young Maiden』を歌い出した。これを歌うという話は私たちは聞いていなかったので、びっくりしたが、ワンコーラス歌ったところで、ふたりがこちらを手招きする。それで私たちは微笑んで出ていき、彼女たちと一緒に2コーラス目を歌った。
 
歌い終わったところで拍手。
 
「素敵な歌でしたね。やはり、この曲って16歳、17歳の子が歌った方がいいですね」と政子。
「うん、これからはこの歌はピーチ&マロンに歌ってもらいましょう」
と私も笑顔で言った。
 
その後、ピーチ&マロンはこの曲をいつもライブで歌うようになり、私たちのライブでは敢えて封印することにした。
 

ピーチ&マロンが下がったところで、スターキッズが今度は電気楽器を持って入ってきてライブの後半『リズミック・デイタイム』が始まる。
 
近藤さんと宮本さんのエレキギター、鷹野さんのエレキベース、月丘さんの電子キーボード、酒向さんの電子ドラムス、宝珠さんのウィンドシンセ、香月さんの電子トランペット。電気が無ければ音が出ない楽器ばかりだ!
 
前半はドレスを着て歌っていた私たちも年齢は忘れて膝上のスカートで踊りながら歌う。前半はPAを使わず、生の楽器の音と生の声で演奏したが、後半は歌も楽器もPAを通して会場に流す。
 
このアコスティックとエレクトリックの落差を楽しむのもローズ+リリーのライブの売りになっていた。そしてこういうスタイルのライブを実現するのには、スターキッズというバンドが不可欠のものとなっていたのである。
 
最初今年出して話題になった曲『結婚奇想曲』(本当は『結婚狂想曲』だったのだが、レコード会社からのお達しで『奇想曲』にタイトル変更した)を歌うと、歓声や手拍子に混じって多数の「結婚おめでとう!」という声が掛かり、私たちは間奏のところで「ありがとう!」と応えた。
 
『影たちの夜』『Angel R-Ondo』『Spell on You』などちょっと懐かしいリズミカルなナンバーを歌うと、会場は大いに盛り上がる。今年春に出したネットドラマの主題曲『高校生マーチ』を歌うと、いつの間にかピーチ&マロンが入ってきてコーラスを入れてくれた。私たちはこの曲の2番は彼女たちに任せた。
 
更にリズミカルな曲の演奏が続き、最後は大ヒット曲『お嫁さんにしてね』
を歌うと、またまた「結婚おめでとう」の声がたくさん掛かり、大きな祝福の中で幕は下りた。
 

そしてアンコール。鳴り止まない拍手の中、私たちはまだ息が荒いままステージに出て行く。
 
「アンコールありがとうございます。何度やっても、アンコールしてもらえるのって、ほんとに嬉しいです。では、あと少しだけ私たちにお付き合い下さい。それでは『神様お願い』」
 
わあーという歓声と大きく拍手が来る。私はベーゼンドルファーのコンサートグランドピアノの前に座り前奏を弾き始める。ずっと17年間そうであったように政子は私の左に立って、一緒に歌い始める。
 
満員3000人の観客が静かにこの曲を聴いている。東日本大震災から14年がすぎたが、あの大きな傷跡は、みんなの心から消すことなどできない。涙を流して聴いている人たちが大勢いる。
 
歌い終わると大きな拍手。
 
それが静まるのを待って私たちは最後の曲『天使の歌声』をピアノ伴奏と共に歌い始めた。とてもハッピーな曲調に観客の顔がほころび、たくさんの手拍子をもらう。
 
そして歌い終わるのと同時に大きな拍手。
 
私たちは何度も何度も歓声と拍手に応え、そして退場した。
 
スターキッズのメンバー、ピーチ&マロンが袖で拍手で迎えてくれる。七星さんが私たちをハグしてくれる。みんなと握手して、私たちは一緒に会場を後にした。
 
私たちは歌っていく。多分ほんとに30周年、40周年まで歌っているだろう。でも50周年を迎えられるかどうかは、ちょっと自信無いけど。私はそんなことを思いながら、政子にキスをした。
 
 
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【夏の日の想い出・ふたりの結婚式】(1)