【夏の日の想い出・パイレーツ】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2012-10-03
いわゆる「海賊版」には、大きく分けて三種類がある。
ひとつは「カウンターフィット」と言って正規の商品をそのままコピーして作られたものである。counterfeit という単語はラテン語の contra(反する)と facere(作る)の合成語で、正規の製造者ではない所が作ったものという意味である。
しばしば特定のアーティストのCDが特定の地域で販売されていないような時に、余所から持ち込まれたコピー商品が蔓延することがある。かつて日本の歌手のレコードやCDがアジア地域で大量に違法コピーされて販売されていたが、当時はその地域にきちんとした日本の歌手のCDを販売する体制が無かった故であった。
次に「パイレーツ」と呼ばれるものがある。パイレーツ(pirates)は文字通り海賊で、狭義の海賊版ともいうべきもの。これは市販されているCD/レコードなどの音源を勝手に編集してCDやカセットテープなどにまとめて流通させているものでしばしば有名歌手のシングルを何個かまとめた独自?アルバムなどが出回ることがある。
最後に「ブートレッグ」というのがある。これは長靴の脚の部分のことで、アメリカの禁酒法時代に、長靴の中に酒を隠して持ち運んでいたことに由来するもので、非公開・未公開の音源が流出したものを使用したものである。この手のモノの中には後に貴重な音源として資料価値の出てくるものも希にある。
多くはアルバム制作途中の音源が関係者によってコピーされたものが管理の甘さから第三者の手に渡ったり、デモ版として作ったものを電車などに忘れたりしたものが流通したり、あるいは誤ってプレスしたものを廃棄したはずが、完全に廃棄されずに流出したりしたものとも言われている。
ローズ+リリーのCDは2009年6月に出た『長い道』から2011年7月に出た『夏の日の思い出』まで、25ヶ月ものリリース・ブランクがあった。
しかしその間にも実は「書類上」リリースされたCDが2つある。
2010年9月にリリースされたことになっている『恋座流星群』と2011年1月にリリースされたことになっている『Spell on You』である。
これらは放送局などへのリクエストに応えるため、日本国内のFM/AM/TV放送局、有線放送、カラオケ配信元、限定で頒布したもので、一般発売はしていない。「出荷数0」のCDである。(実際には2000枚ほどプレスしている)
人気歌手のCDが一般発売されないまま、このような形で音源公開されたらどうなるか?
当然海賊版が出るに決まっている。
実際2010年夏に『恋座流星群』が、一般発売をせずにそういう形で限定頒布するということが決まった時、2chなどでは海賊版の出現を期待する声が高まった。実際問題として、その時点で既に、5月の放送を録音した音源を使用した海賊版が数種類出たものの、速攻で法的な処置をして国内ではほとんど出回らせなかった。
おりしも、2010年8月13日、私はサマー・ロック・フェスティルを「観客として」
見に行っていて、出番直前に倒れたスカイヤーズのボーカルBunBunの代役で8万人の前でステージに立って歌った。
このことで、当時ローズ+リリーの最後のシングルであった『甘い蜜』、最後のアルバムになっていた『長い道』の売上げ・DLが急上昇し、どちらもレコード会社が急遽追加プレスをすることになった。
しかも、8月29日にはFMで「ローズ+リリー特集」が組まれることになっていた。
そんな時期の8月19日(木)の夕方。私たちの事務所、UTPに★★レコードの町添さんから電話が掛かってきた。
「済みません、須藤が今出かけておりまして」
とお留守番をしていた私は電話を取って答えた。
「ああ・・・。むしろ、須藤君よりケイちゃんと話した方がいい気がするから、ちょっと出てこない?」
「はい、どちらまで」
「表参道の駅まで出てこれる?」
「40分以内に行けると思います」
「どこで乗り換えるんだっけ?」
「九段下から半蔵門線です」
と私は《乗換案内》の表示を見ながら言う。
「じゃ九段下まで来たら僕の携帯にメールちょうだい」
「分かりました」
「あ、それから僕と会うということを須藤君に言わないようにしてくれる?」
「かしこまりました」
私は応接室のソファーで裸のまま寝ていた(なぜ裸だったかは置いといて)政子に声を掛け、後のお留守番を頼むと、オフィスを出て地下鉄を乗り継ぎ、表参道まで行く。表参道の駅で町添さんと落ち合い、近くの喫茶店に入ると、私たちは個室に入った。
町添さんが盗聴防止器をセットする。
「実はね。ちょっと知恵を借りたいと思って」と町添さんは切り出した。
「今度の『恋座流星群』だけど、あれは今のまま頒布すれば1ヶ月以内には丸ごとコピーした海賊版が出ると思うんだよね」
「でしょうね」
「何かうまい海賊版防止策が無いかと思って」
「ああ」
「本来はこのCD自体をそのまま一般発売すれば一番問題が少ないのだけど、今君たちはこれを出したくないんだっけ?」
「うーん。私もマリもどちらかというと一般発売したいですが、事務所の意向として、まだ売りたくないようですね」
「うん。ケイちゃんはそのあたりを正直に言ってくれるから話が早いね」
「町添さんが口が硬いことは、これまでのお付き合いで充分承知しているので」
「なぜ須藤君はローズ+リリーの新譜を出したくないの?」
「マリの気持ちの問題があります。取り敢えずプロ契約はしましたけど、本人のテンションが低いもので無理強いして活動させても、ということでローズ+リリーの方はのんびりやっていこうかというムードになっていて。それで当面ローズクォーツの方を事務所の営業の中心に据えたいのですよね」
「うんうん」
「そういう状況でローズ+リリーの方のCDを出すと、ローズ+リリーの完全復活に期待が高まって、それ自体がマリにプレッシャーになってしまうという問題と、ローズ+リリーが活動再開するなら、ローズクォーツは一時的なユニットと思われて、ほとんど売れないのではないかという懸念があるんです」
「ああ」
「それで来年1月くらいに考えているローズクォーツの最初のアルバムが出るまで、ローズ+リリーの新譜は出さないようにしようかということになっていまして」
「しかし、ファンはそんなに長く待ってくれないよ。君たちが活動停止してから既に1年8ヶ月。最後のCDが出てからでも1年2ヶ月経っている。そろそろ新譜を出さないと、ファン層が瓦解してしまう」
「昨年は私とマリが受験勉強中ということでファンも我慢してくれたと思うのですが、大学に入ったからには、復帰してくれるのだろうと思ってますよね」
「うん・・・マリちゃんはCDを出すことには抵抗はないの?」
「はい。ライブ活動する自信は無いと言ってますが、ファンの人からもたくさんお便りもらって、CDは出したいなあと言っています」
「ふむ。何か搦め手(からめて)が必要かも知れんなあ・・・・・」
「済みません。私もどうしたらいいか今晩一晩考えさせてください」
「うん」
「明日ご連絡します」
「僕の携帯に直接メールして。須藤君には言わないで」
「分かりました」
そうして私と町添さんはその夕方の会談を終えた。
町添さんと別れた後、考え事をしながら道を歩いていたら、いつの間にか渋谷駅前まで来ていた。映像にはコピーガード信号を混ぜる手もあるけど、音声には使えないしなぁ・・・などと考えながら、とりあえず山手線に乗って新宿へ移動する。電車を降りてホームに立ってから「あれ?なんで私はここで降りたんだ?」と考えてしまった。(マンションに戻るには高田馬場で乗り換える)
まあ、いいや、中央線で途中まで行ってから歩いて帰ろう・・・と思いながら、なにげなく中央線の上りホームに行ったつもりが、よく見ると下りホームだ!ああ!自分は何やってんだ!?と思い、階段の方に戻ろうとした時、「冬〜!」
と呼ぶ声がした。みると、今ホームに入ってきた電車の乗降口の所に、親友の若葉がいて、手を振っている。
私は顔がほころび、とりあえずその電車に乗ってしまった!
「今帰る所?」と私は訊く。
「うん。今日は早番だったからね」と若葉。
「大変だね」
「いや、冬の方こそ大変そう。新宿でお仕事?」
「うーんと、青山だったんだけどね」
「あ、じゃ今日は政子さんとこか実家に戻るのね?」
「あ・・・・自分のマンションに戻るつもりだったんだけど。政子はたぶんそろそろマンションに戻ってお腹を空かせて私の帰りを待っている」
「・・・・それがなぜ新宿駅の中央線下りホームに・・・」
「いや、考え事してたら、自分でもよく分からない行動取ってた」
「ああ、あるよねぇ。。。それとも何か悩み事?」
「うん。ちょっと難題を抱えてて」
「何なら、私と少し話してみる? 人に話してたら頭の中が整理されるよ」
「そうだなあ。それもいいかな」
「じゃ、私の家にでも来る?」
「うん。若葉の家なら微妙な話しても安全だろうね。あ、しまった!政子に御飯あげないと」
若葉が吹き出す。
「どうしたの?」
「政子さん、まるで冬のペットみたい」
「だって、あの子、大学に入って以来、全然料理作らなくなったんだもん。高校時代はまだ、私にいろいろ教えられて少しは作ってたのに」
「じゃ、政子さんも呼んだら?」
「あ、そうしよう。メール送っちゃえ」
ということで、私は政子の携帯に若葉の家に行くので、御飯食べたかったらこちらまで来るように、とメールした。「すぐ行く!」という返信が速攻であった。
若葉の実家はとても素敵なお家である。
ここを訪問するのも何度か目なので、向こうのお母さんにもにこやかに迎え入れられ、おいしいお茶と和菓子を出してもらい、応接室で若葉とふたりにしてくれた。この家には盗聴防止システムが働いているので盗み聞きされる心配は無い。さて、政子が来るのは多分1時間後くらいだろう。政子には聞かせられない話だから、それまでに若葉に話していて少し考えがまとまれば良いのだが。
私は今のローズ+リリーの置かれた状況、事務所の事情などを素直に話し、そういう状況で、CDの一般発売が困難な中、どうやって海賊版の防止策を取ればいいか、悩んでいるということを話した。
こんな内部事情を話してもいいと思ったのは、若葉という子が物凄く口の硬い子だからである。若葉は他の友人の個人的な話なども一切語らない。
「ふーん。でも、ローズ+リリーのファンは、ふたりの新譜が出るのを本当に心待ちにしているよ。事務所の内部事情はあるだろうけど、私はむしろ事務所の社長さんを何とか説得しても、一般発売するべきだと思うなあ」
と若葉は素直な感想を言った。
「やはりそうだよねぇ。でもそれやると、下手するとホントにローズクォーツの方がコケちゃうから。ローズクォーツのメンバーには9月いっぱいで各自の昼間の仕事を辞めて専業になってくれと要求してるのに」
「お金の問題なら、そのメンバーに1人1000万か2000万くらいずつ渡して御免なさいと言う手もあるよ。資金足りなかったら、私が銀行に口聞いてもいいよ」
「うん。最悪そういうコースも考えた。でもローズクォーツというのも面白い企画ではあるとは思ってるんだよね」
「どっちみち、両方のユニットを続けて行くのは無理だと思うけどな」
「うん。でもやれる所までやりたい気分なんだよね」
「それにさ。ローズクォーツの方を優先して、ローズ+リリーのCDを出さないという事情が知られると、ローズ+リリーのファンがローズクォーツや事務所に反発して、逆に不買とかし始めるよ」
「うん。それは早くローズ+リリーのCDを出さないと、そういうファンが出てくるなとは思ってる」
「なんか冬って、欲張りだよね」
「え?」
「冬って、小学生の時点で既にほとんど女の子だったのに、今年の春に去勢手術するまでは、男と女の両方生きようとしてたでしょ?」
「・・・・」
「そんなの無理だとみんな思ってたのに」
「うーん・・・」
「そうだ。高校の冬服、私がずっと預かったままだけど、そろそろ返そうか?」
「ごめん。あれはずっと預かっててくれない? 存在を友人に知られたくないから」
「いいよ。場所はたくさんあるし」
「ありがとう」
「冬は、今もローズ+リリーとローズクォーツの両方をしようとしてる。いや、ひょっとして、冬は更にもうひとつくらい何かし始める気もするな」
「さすがにオーバーフローするよ」
「政子さんは、ローズ+リリーしながら学生すること自体にも負荷を感じてるんでしょ? それが普通の感覚であって、学生しながらローズ+リリーと更にローズクォーツをしようとしている冬がパワフルすぎるよ」
「でも学生しながらバイトしてる子は大勢居るし。若葉だってそうだ。私より明らかに忙しいはずの理学部なのに」
「まあね。でも冬って器用だもんね」
「そうかもね」
「あるいは・・・・」と若葉は何か思いついたように言った。
「日本のレコード会社から出せなかったら、どこか海外のレコード会社で売る手もあるかもね」
「へ?」
「ローズ+リリーという名前の権利は、冬と政子さんが持ってるんでしょ?」
「うん。そういう決着になった。私たちが高校2年生の夏に活動し始めた時、ローズ+リリーに関する権利は△△社に属する、という契約書を交わしたんだけど、その契約書は私たちの保護者の承諾を得ていなかった。それで音楽制作者の連盟の会議の席上討議されて、無効な契約書であったと認定されて、私たちはどことも契約したことは無い、ということになってしまったんだ」
「うんうん」
「それでローズ+リリーとかマリとかケイとかいった名前や、そのレコードや楽譜の出版権・上演権について、今年の春にあらためて私と政子の顧問弁護士さんに動いてもらって確認した所、ローズ+リリーに関する全ての権利は私と政子が共同で占有しているということを、△△社、○○プロ、★★レコードの三者が認めてくれた。私たちはUTPと契約した時点でも、これらの権利をこちら側に留保していて、UTPは事務的な作業の代行をするだけという契約になってる」
「だったら、どこのレコード会社から出したって自由じゃん」
「うん。自由ではあるけど、浮き世の義理があるからね」
「ね。CDを出したいと思っているのは、冬と政子さんもだけど、多分レコード会社もだよね」
「うん。レコード会社は最初今回のCDを当然一般発売するものと思っていたみたいで、発売しないという方針に反発して、場合によっては私たちを強引にどこか他の事務所に移籍させろという意見もあったみたい。これ裏情報で。町添さんがそういう過激派の意見を押さえてくれているんだと思う」
「だったら、レコード会社のトップと話を付けて、密約を結んだ上で、海外のレコード会社に出版させて、それを逆輸入すればいいのよ。表面的には海賊版ってことにして」
「えー!?」
「海賊版を防止するのにはどうすればいいかって、冬、言ったよね?」
「うん」
「海賊版を出させないためには、先手を打ってこちらが海賊版を売っちゃえばいいのよ」
「はあ・・・」
「すごく音質がよくて、曲もしっかりフルコーラス入ってる海賊版が既に存在していたら、それの丸ごとコピーを作るところは出てくるだろうけど、放送とかライブを録音したような、劣悪な海賊版は駆逐されるでしょ?」
「なんか理にかなってる気がしてきた!」
若葉は自分の携帯で、商事会社を経営している伯母に電話し、友人が海外でCDをプレスし、国内に逆輸入するプランを考えているのだが、協力は可能かというのを打診した。全然問題無いが、いっそ国内のレーベルを紹介しようかなどと言われる。それが実は国内でメジャーと契約しているアーティストの海賊出版を考えているのだと言うと、楽しそう! と言った。
私は町添さんに電話して、この「奇案」を提示してみた。町添さんは興味を示した。
「毒をもって毒を制す。海賊版をもって海賊版を制す。その手法はアリだよ」
と町添さんは言った。
「大きい声じゃ言えないけど、実は過去にも似たことをやったことある」
「へー」
「その海外のレコード会社というのはどこか当てがあるの?」
「これを出すためだけに作り、作り終わったら解散させちゃえばいいと言っています」
「それはまたいかにも海賊版だね」
「一度、こちらと話してみたりはしませんか? 別にその方法にこだわらずに別の方法になってもいいですし、この話は無かったということにしてもいいです。先方はとても口の硬い人です」
「その話を持って来たのは、ケイちゃんの知り合い?」
「部長は****という会社をご存じですか?」
「もちろん知っているけど」
「今私のそばにいる友人は、その社長の姪御さんです」
「なるほど!」
「社長さんにも彼女がこちらの個人名を出さずに状況を説明したのですが、協力できるものは協力していいと言って下さいました」
「そういうことなら、内密になら1度会ってみてもいいかな」
私と町添さん、若葉と伯母さんの電話でのやりとりを何度かした末に、4日後に私と町添さん、若葉と伯母さんの4人で、都内の料亭で極秘会談をすることで話がまとまった。
そこまで話がまとまった所で、政子が到着した。
「お邪魔しまーす。お腹空いた−」
と政子は開口一番に言った。
8月29日(日曜日)。 N*K-FMでローズ+リリー特集(ナビゲート役はAYA)が放送され、★★レコードが貸し出した音源から『恋座流星群』『私にもいつか』
『ふわふわ気分』『天使に逢えたら』『影たちの夜』の新曲5曲、『明るい水』
のアコスティック・バージョン、『ふたりの愛ランド』の新バージョンなどが流された。
この時、この時点では年末か年明けにでもリリースする計画のあった
『天使に逢えたら』と『影たちの夜』の2曲については、1コーラス半だけの公開となった。しかも、曲が流れている最中のほとんどの時間、AYAは曲にかぶせてナレーションをした。
翌8月30日・月曜日、前日の放送で流した7曲の新音源の内、『恋座流星群』
『私にもいつか』『ふわふわ気分』『明るい水』『ふたりの愛ランド』を収録した限定CDを★★レコードは頒布希望した放送局・有線などに向けて発送し、放送に使用するのは9月1日0時以降でお願いしますということにした。またカラオケ配信元には私自身が出演した映像付きで、これら5曲のMIDIデータを送った。
『私にもいつか』と『ふたりの愛ランド』には私の高校の制服姿までサービスで入っている。『私にもいつか』は冬服、『ふたりの愛ランド』は夏服で、この映像を見た友人達から
「女子制服姿、可愛い〜」
「まだ現役女子高生を装えるよ」
などと言われた。
この映像には、私自身の他に、別の女性が、やはり制服姿で後ろ姿だけ出てくる。これが一体誰だ? というので、その映像をしっかり見ようと何度も続けてカラオケの再生をする利用者が相次ぎ、かなり話題になったようであった。
2chやtwitterでも、かなり議論されたようであったが、一週間もしないうちに「マリちゃんではない」という結論に到達したようであった。結論が出た所で私はtwitterでその「ネタばらし」をした。
「みんな期待させてごめんね〜。あの後ろ姿は小野寺イルザちゃんと言って近日デビュー予定の新人歌手です。とても歌のうまい子なので新曲が出たら、良かったら聴いてあげてね」
というツイートをする。
「プロモーションだったのか!」ということでネットの反応は概ね好意的であった。★★レコードも小野寺イルザの画像を公開し、
「11月デビュー予定・新曲『夢見る17歳(仮題)』」
というメッセージを添えた。
またカラオケ屋さんに渡したのと別のバージョンの私とイルザが出ている映像を入れた『恋座流星群』のPVをyoutubeに掲載した。こちらにはイルザの顔も映していた。
さて、この「限定版CD」が放送解禁になったのが9月1日・水曜日であるが、このCDは放送局などの他、上島先生・下川先生など、ローズ+リリーがお世話になっている人や、ローズクォーツのメンバー、○○社の社長、△△社の社長など一部の関係者に贈呈した。贈呈した枚数は9月中にだいたい100枚程度である。
そして、ひとりのネットワーカーが「その登録」に気付いたのは本人の弁によると9月21日(火)の21時半すぎであった。
大手の音楽ダウンロード・ストアに
『Rosa mas Azucena / Amords』
という登録があった。
彼はラテンミュージックのファンだったが、聞いたことのないアーティスト名だったので、新人かな?と思い、試しにタイトル曲の『Amords』(200円)だけダウンロードして聴いてみて驚く。
「おい、『恋座流星群』が公開されてるぞ」
と彼が2chに書き込んだのが22:03のタイムスタンプになっている。
彼はあらためてアルバムをまるごと(1000円)ダウンロードしてみる。
『Amords』は『恋座流星群』、『Un dia tengo』は『私にもいつか』、『Sensacion Blanda』は『ふわふわ気分』、『Agua Ligera』は『明るい水』、『Isla del amor』は『ふたりの愛ランド』『En esa esquina』は『あの街角で』
であったことが分かった。中身は全てマリとケイが日本語で歌った歌である。
後にそのダウンロードストアが調査した所によると、このアルバムは21日の日本時間21:00(アルゼンチン時刻21日9:00)に同ストアのアルゼンチン支店から登録されていた。そして、この2chでの書き込みをきっかけに日本時間の22時台に約1000件、23時台に2000件、朝までに1万件、ダウンロードされ、22日水曜日の24時までに3万件、23日(祝)をはさんで、24日(金)・25日(土)もダウンロードは続き、26日(日)までの累計ダウンロードは10万件を越えた。
しかし「無名の新人」の「洋楽」作品であるため、日本からアクセスした場合特にトップに表示されることもなく、日本の利用者は、このアーティスト名かアルバム名を知らない限り、この作品に到達することは困難であった。
ファンたちは、これがあまり騒ぎにならないように、静かに静かにファンの間でのみ情報を流していった。そして27日・月曜日になって★★レコードは電話による通報を受け、ローズ+リリーの非公開のはずのCDがまるごとアップロードされていることを確認、ダウンロードストアに公開停止の要請をした。
しかしこの楽曲がアルゼンチン支店の管轄であったため、★★レコードからの要請はアルゼンチンが朝9時になった、その日の日本時間21時になってようやく受理。しかし向こうでの事務処理は決して速くなく、現地支店がこのアルバムを公開停止したのは、10月1日金曜日の午後2時(日本時間の2日午前2時)になってからであった。
それまでの間に、この楽曲は日本国内で10日間に20万件がダウンロードされ、香港・台湾・フィリピン・シンガポールなど、ローズ+リリーのファンがいる他のアジアの地域でも合計3万件がダウンロードされていた。
アルゼンチン支店はこの音源を持ち込んだアーティストについて調査したが、登録されている住所には該当する人物がいないことを確認。売上げについては登録されているアーティストには支払わないことを決定。その後日本支店との話し合いにより、売上は本来の原盤権利者である★★レコードに支払うこと、また作詞作曲印税に関しては JASRAC 経由で、本来の作詞作曲者に支払われることが決定した。これによりローズ+リリーは5%の歌唱印税と、8%の作者印税(の6分の4)を手にすることになった。(6分の1は『明るい水』の作者である鍋島康平の遺族に、6分の1は『ふたりの愛ランド』の作者であるチャゲ・松井五郎に渡される)
ところで、この大手ダウンロードストアに登録されたアルバムは6曲構成で、放送局などに限定頒布した5曲入りのアルバムより1曲多かった。その多かった曲が『あの街角で』である。他の5曲は★★レコードの調査で、限定版CDに入っていた音源がそのまま使用されていることが分かったのだが、『あの街角で』
はそのCDには入っていない音源であった。そしてレコード会社はこの音源の出処について首をひねった。
『あの街角で』は、この年8月3日に発売されたローズクォーツの『萌える想い』
に収録された版(下川編曲:ケイのみが歌う)と、9月末に録音だけされたもの未発売の『After 2 years』収録の版(はらちえみ編曲:マリとケイが歌う)があるが、このCDに収録されているものは、マリとケイの2人で歌っているものの、アレンジが『After 2 years』版とは異なる。
そもそも、この「アルゼンチン・アルバム」が登録されたのは『After 2 years』
のアルバム制作の真っ最中で、登録された時点でまだそちらの音源はできていなかったのである。
これがいわゆる「ブートレグ」であることは間違いないとされたものの、その元データをどうしても特定することができず、結果的に流出元の特定もできなかった。レコード会社はかなり調査したものの結局音源の出所は不明という結論(?)を出した。不明であるため、結局誰も責任を問われなかった。
そして何よりも、この「アルゼンチン・アルバム」は海賊版を駆逐した。良質の音源がダウンロード出来る状態では、放送を録音したような音質の悪いCDなど作っても売れなかったし、海賊版まで買おうと思うようなファンはほぼ全員入手できていたので、需要が無かったのである。
『After 2 years』の録音作業は9月11日から25日まで行われ、26日はお休みだったので、私は「きついから寝てる」と言う政子をマンションに放置してドライブに出かけ、宇都宮のデパートで、あやめという少女とスリファーズに遭遇した。今日はちょっと楽しい日だったなと思って帰宅すると、政子が居間のソファーに寝転がって『あの街角で』を聴いていた。
「これ、やっぱりいい歌だね〜。自分で言うのも何だけど」
「えっと、それどうやって入手したの?」
「gSongsからダウンロードしたよ。6曲入ってて1000円だけど、中身が濃厚で凄いお得。いやあ、全然知らなかったよ。スペインでも私たちの曲って売れてるのね。これ、小春から教えてもらったんだよ。でも Rose plus Lily をスペイン語にしたら Rosa mas Azucena になるのか。Lilyじゃないのね」
「Lily というか Lirio はスペイン語ではユリじゃなくてアヤメだね」
と言ってから、私は今日出会った、あやめという少女の顔を思い返していた。
「へー。花の名前の対応は私も辞書で確認しないとあやしいや」と政子。
「同じ漢字を書く花や動物の名前が、日本と中国で違ったりするでしょ?桂って中国語では木犀のことだし」
「だけど、ちょうど飛び石連休になったからレコード会社の対応が遅れてるね。たぶん明日くらいには公開停止要請が掛かると思うけど」
「え?これもしかして違法なの?」
「うん。違法というか無断掲載。ことしの2月にもPerfumeの曲が勝手に掲載されてた。本来Perfumeの曲はここのストアでは売ってないのに」
「へー!」
「でもこれ、なんか懐かしいね」と政子は言った。
「懐かしい?」
「この『あの街角で』の歌い方って、高校3年生頃の歌い方だよね」
「・・・・それ、誰かに言った?」
「ううん」
「もしレコード会社の調査の人とかから聞かれても分からないと答えておいて」
「大丈夫。私、歌ったらすぐ忘れるし、聴いたらすぐ忘れる」
「まあ、マリちゃんがそう言えば信じるだろうね、普段の言動から」
「へへへ」
政子はFMに出演していた時、自分が作った曲が流れているのを聴いて
「これ何度聴いてもいい曲だね。これ上島先生の作品だったっけ?」
などと言って、パーソナリティさんを唖然とさせた前歴がある。
ネット上にはマリのこの手の「とんでも発言」をまとめたサイトまで存在する。
「でもこの伴奏アレンジ、あまり好きじゃないな。みっちゃんのアレンジでもないし、下川先生のアレンジでも無いっぽいけど、冬のアレンジでもないよね?」
「まあ、とあるお方が、昔取った杵柄で自分でスコア書いて一晩で打ち込みしたのさ」
「へー。あのお方がね」
「それも誰にも言わないでよ」
「大丈夫。私、明日には忘れてるから」
「マリちゃんらしいね」
「ふふふ」
2011年1月、FMでまたローズ+リリー特集が組まれることになり、私たちはそれに合わせてまた若干の新曲録音をした。この時に録音したのは『神様お願い』
『イチャイチャしたいの』『帰郷』の3曲で、この音源を昨年の『恋座流星群』と同様の方法で、放送局・有線・カラオケなどだけに提供した。この時、春くらいにリリース予定であった『After 2 years』に収録されている曲『Spell on You』
も一緒に入れて4曲構成のCDにした。
そして、そういう限定配布する以上、海賊版対策をする必要があった。
私と町添部長、若葉と若葉の伯母さんの4人で、都内の料亭に集まり、対策を練った。
「2chでは、また誰かがgSongsにアップしないかな、という期待するような書き込みが見受けられますね。監視チームまでできてる」
「ネットワーカーが臨戦態勢ならうちの著作権侵害対策チームも臨戦態勢です。gSongsだろうと、youtubeだろうと、他のダウンロードサイト・動画掲載サイトだろうと、アップされたら半日以内に公開停止にするでしょう」
「まあ、同じ手を2度は使えないでしょうね」
「臨戦態勢はあちらもそうです。23日の放送を日本国内で高品質録音して、速攻で向こうに送信し、CDをプレスして、一週間以内には日本国内で売ろうと考えてる連中が分かっただけでも5グループあります」
「つまり海賊版対策の海賊版を作る場合、彼らより早く、放送内容より高品質のを作らないとこちらが負けるということですね」
「勝負ですね」
「放送前に限定版CDをコピーしちゃう所も出るんじゃないですか?」
「ええ。だから、彼らが入手できないものを入れよう、ということで悩んだのですが、『七色テントウ虫』を入れようと」
「音源は?」
「2008年のライブのものを使います」
「それはまた貴重な」
「うちの会社にあるライブ音源を使うとまたブートレグ流出問題になるので、一般の人が違法にライブを録音してしまったものを使ってしまおうと」
「そんなデータが存在するんですか?」
「当時ライブ会場で密かに録音していた客を発見して、録音機器を没収して会場の外にたたき出したのがあるのですよ」
「ああ」
「それを何気なく、浦中君が個人的に持っていたんだよね」
「物持ちがいいですね」
「そういう訳で今回の計画には浦中君も1枚噛んでるから」
「悪いことするお仲間ですね」
「そうそう」
と言う町添部長は楽しそうである。
「でもマリちゃんの調子はどう?」
「少しずつ良くなっては来ているという感じです。やはり秋からヴァイオリンを始めたのが、結構本人の意欲を高めてるんですよね」
「へー。こないだロシアフェアでの演奏聴いたけど、うまいじゃん」
「でしょ? 地方の楽団にはあの程度のレベルの奏者がけっこういますよ」
「いっそ、ローズ+リリー、ピアノとヴァイオリンの夕べとかやる?」
「あ、面白いですね」
「君の性転換手術の日程は決まりそう?」
「こないだ、コーディネーターの方と話しました。やはり今年の夏にやろうと思っています」
「ああ、いよいよ完全な女の子になるのね?」
と若葉。
「サマーロックフェスティバルにもしかしたらお声が掛かるかも知れないからそのステージを終えた後かな、と」
「もしかしたらじゃなくて、必ず呼ぶから」と町添さん。
「はい」
1月14日金曜日、ローズ+リリーの限定版CDの公開が全国の放送局、有線放送、カラオケで解禁になり、多数のリクエストが寄せられた。予想通り『神様お願い』と『Spell on You』はかなりリクエストが集中したし、『帰郷』は聴取年齢の高いコミュニティFMでかなりリクエストされていた。
そして、その日の夕方、大阪や東京の繁華街の路上で、
『露図李理/請上帝』
というタイトルの怪しげなCDが売られ始めた。
ジャケットは訳の分からない幾何学模様で、CDのラベルも黒地に白で簡体字で『請上帝』と印刷されただけの簡便なもの。歌詞カードも付いていなかったがURLを書いた紙が1枚入っていて、アクセスすると海外の無料サーバーにつながりそこに収録曲の歌詞が、印刷・セーブができないようロックされた状態で表示されていた。
販売価格は1200〜1500円くらいだったが、お客との交渉で1000円までは値引いて売るケースもあったようであった。
過去にローズ+リリーの海賊版は中国系の場合、『薔薇加百合』『薔薇和百合』
などのクレジットになっているものが多かったため『露図李理』というこの新しい表記にはレコード会社の関係者も最初気付かなかった。
それに、レコード会社の著作権侵害対策チームは、今回のローズ+リリーのCDの海賊版が出現するのは、23日のローズ+リリー特集の放送の後だろうと踏んでいたし、ネットへのアップロードの方を警戒していたので、まさか、限定版CDが解禁した日の夕方にもうCDの形で売られ始めるというのは予想していなかった。しかも週末である。ということで完全に対応が遅れた。
彼らが人を動員して、路上で売っている人たちに警告してCDを没収したりする作業を始めたのは結局18日火曜日になってしまった。
その間にこのCDは大都市でかなりの枚数が売れ、ファンの間で、表に出さないように、主としてメーリングリストやSNSの限定公開日記・限定ツイートなどで情報が伝わって、それを買うために大都市に赴くファンもあれば、地方のファンの依頼に応えて、大都市にいるファンが代理で買って送ってあげるなどというのも、かなりあったようであった。土曜にはオークションサイトにも掲載されたが、週末なのでオークションサイト側の対応も遅れた。
月曜日になると、あちこちのブログにも掲載され、火曜日にはテレビのワイドショーでも取り上げられた。放送局のスタッフが偶然路上でゲットしたものをテレビカメラで映し、実際にCDを掛けてみせていた(掛けたことに★★レコードから抗議がなされテレビ局側も謝罪した)。しかしワイドショーの報道は結果的にこのCDを販促したような形になった。
このCDを路上で売る人たちは火曜日のうちに東京・大阪では消えたが、逆に地方都市にまで広がっていく。週末になるとN*K-FMでローズ+リリー特集が放送されたこともあり、販売する所はかえって増えた感もあって対策チームもお手上げ状態になってしまった。地方の古本屋さんやCDショップなどでは、ふつうの逆輸入CDと思い込み、堂々と店頭で販売していたケースもかなりあった。一時的には大手の通販サイトでも買える状態になっていた!
各種業界団体等から通知を出してもらい、この海賊版CDの販売を完全にやめさせることができたのは結局、2月も下旬頃であった。
このCDに収録されていたのは『神様お願い』『帰郷』『イチャイチャしたいの』
『Spell on You』『七色テントウ虫』の5曲であった。
音源は『七色テントウ虫』以外は、限定版CDと完全に同じもので限定版CDからダビングしたものと推測され、おそらく管理の甘い、どこかの放送局で関係者がコピーしたものと思われたが、大量に配布しているので、流出させた所については、調査のしようが無かった。
また『七色テントウ虫』は歓声や手拍子が入っていることから、ローズ+リリーのライブを違法に録音したものからノイズを減らす加工をしたものと推定された。レコード会社に残っているライブ録音と比較して2008年11月23日福岡公演の録音とは断定されたものの、むろん誰が録音したかなどは分からない。
そういうことで今回は音源流出のルートは問題にならなかった。
★★レコードの対策チームは2月の中旬に、ようやくCDの販売元を突き止め接触することに成功した。中国広東省の出版社だった。★★レコードはただちに販売を停止することと販売したCDの回収を要求。また、損害賠償を求める予告をした。
販売元は知人から委託された音源で違法なものとは知らなかったと主張。また販売ルートは自分のところでも把握していないので回収は不可能としながらも、販売はただちに停止した上で、損害賠償にも応じる姿勢を見せた。結局両者の話し合いで、販売元が得た利益の全額を★★レコードに支払う代りに★★レコードはこの販売元を告訴しないことで和解が成立した。
しかしそれまでの間にこのCDは香港・上海・台湾などの海外市場で推定5万枚、日本国内に持ち込まれたものが推定30万枚ほど売れていた。
なお、このCDの海賊版は結局この「広東バージョン」しか出回らなかった。海賊版を作ろうとスタンバイしていたグループのほとんどが、先を越されたことと「広東バージョン」の品質が良すぎたことから、製造を断念してしまったのである。ただ、この「広東バージョン」を更にまるごとコピーしたものは若干、アジア市場で出回ったようである。
★★レコードは販売元から受け取った賠償金の中から本来なら支払われるべきであった、アーティスト(ローズ+リリー・ローズクォーツ・スカイヤーズ)、事務所(UTP・△△社・スカイヤーズ事務所)、作詞作曲者(マリ&ケイと吉住先生)、JASRACの取り分を各々に支払った。
またこの騒動は『神様お願い』の放送局や有線へのリクエスト増加にもつながった。そしてこの曲は、その直後に起きた大震災の後、更にリクエストが増えることになる。
2011年3月8日、私と政子に美智子、★★レコードの南、加藤課長、町添部長の6人は JASRAC の幹部に呼び出されて、JASRACの本部に赴いた。
「昨年の秋にも似た騒動がありましたが、こういう大量の海賊版騒動はもう勘弁してもらえませんかね」
と幹部さんは言った。
「やはり、ローズ+リリーのような人気アーティストを音源だけ作って一般には販売せず、限定的にだけ配布すると、どうしてもこういう騒動になってしまうと思うのですよ。今後は、普通に販売するか、限定盤にする場合は、一般の人の手にもある程度渡るような配布方法にしてもらえませんか?」
JASRACがこういう販売の仕方にまで注文を付けてくるのは異例のことである。
「ご迷惑お掛けしました」
と町添さん。
「申し訳ありませんでした」
と美智子。
ふたりとも神妙に陳謝する。
「ローズ+リリーの新譜は次はいつ出しますか?」
「すみません。既に音源制作の完了しているアルバムはあるのですが、ローズクォーツのアルバムと同時期発売というのを考えておりまして、そちらの制作を先月やるつもりだったのが、予定がずれこんでいまして」と美智子。
「いつ出すの?」
と幹部さんが厳しい顔で言う。
美智子が口ごもったが、町添さんがおもむろに口を開いていった。
「今から4ヶ月後。7月8日までにはそのアルバムを発売します。もちろん普通の方法で一般発売します。いいよね、須藤君?」
「分かりました」
「うん。約束はきちんと守ってよ」
「はい」
自宅マンションに戻ると、政子は棚から『露図李理/請上帝』のCDを取り出し、居間のミニコンポに掛けた。
「それどこで買ったの?」
「先月大学の構内でテーブルの上にたくさんCD積み上げて売ってたよ。1000円で買った」
「堂々と売るなあ」と私は苦笑する。
「聴いてみたけど、『神様お願い』にしても『帰郷』にしても、いい曲だなあ」
と政子は言う。
「うん。自分で聴いてても、なんか涙が出てくるよね」
「『七色テントウ虫』も懐かしいね」
「これって、私たちが宇都宮のデパートでステージに立って、最初に歌った曲だもんね」
「ふふ。冬のとってつけたような女装が可愛かったよ」
「みっちゃんって、若干ファッションセンスに難があるよね」
「うんうん」
「でも、あの日のこと思い出して、ちょっと懐かしくなった。私も歌を歌うのは嫌いじゃないけどさ、お客さんの前で歌うってのは初めての体験だったからね」
「でも、しっかり歌えてたじゃん。私の歌に三度唱で合わせてたし」
「無我夢中だったからね」
「また歌わない?ステージで」
「そうだなあ・・・・来年の春くらいだったらいいかな」
「へー」
「と、私が今言ったことは忘れて」
と政子。
「いいよ。でも来年の春に、ライブの企画作っちゃうからね」
「美味しいものが食べられる場所がいいな」
「了解」
【夏の日の想い出・パイレーツ】(1)