【夏の日の想い出・3年生の冬】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2012-10-13
ある程度話がまとまった所で、御飯を食べましょうということで、食事が運び込まれてくる。このホテルのレストランで調理された洋食メニューで、素敵な感じのビーフシチューに、豚肉と根野菜のココット、それに魚介類のパスタ、小さめのテリーヌが添えられている。軽くトーストしたバゲットを自由に取れるようにテーブルの数ヶ所に置かれた。
「わあ、美味しそうな御飯ですね。いただきます」
と私が言ったら
「そういうのって、本来マリちゃんの台詞だよね」
と言われる。
「はい。でもあの子連れてくるんだったら、3人前くらい用意してあげて下さい」
と私は笑って言う。
「シャブシャブの食べ放題の後、焼肉の食べ放題に行ったという話は聞いた」
「あれは大変だったんです。私も氷川さんももうとても食べきれなかったから、食べる係で、宝珠さんと北川さんを呼び出しましたから」
と私は昨年4月の沖縄ライブをした時の「食事工作」のことを話す。
「あの子、ふだんもそんなに食べるの?」と町添さん。
「唐揚げは2kg揚げますし、カレー作る時は26cmのルクルーゼの鍋を使います。26cmなんて、ふつうなら食べ盛りの男の子が何人かいるような家で使う鍋ですね」
「ひゃー」
「それ、一食で無くなるんだよね?」
「はい、たいてい」
「凄いな」
「でもあの子、それだけカロリーを使ってるんですよ。いつも頭があちらの世界に行っていて、物凄く深い思索をしてますから。常時頭脳フル回転です。手塚治虫さんが1日8食くらい食べていたといいますが、やはり似たタイプだったのかも知れません。創作するのに、そのカロリーが必要なんですよ」
「ああ」
「あの子、典型的な天才型だよね」と浦中さん。
「ボーっとしているみたいに見えるけど、頭がいつもそちらの方で使われてるから、現実世界のことに疎くなってしまっているだけで」
「ええ、そんな感じです。ですから、あの子、テレビはやはり苦手みたいです。10月から今月まで3ヶ月間、少し番組に出させて頂きましたが、テレビで求められるようなサービス精神は持ってないから」
「あれ見てて、ケイちゃんの方は芸人さんたちに反応してるけど、マリちゃんは完全に黙殺してるなと思ってた」
「元々、お笑いとかあまり好きじゃないみたいですね。実際、うちではテレビなんてほとんど点けませんから」
「へー」
「うちでは食事の時にテレビ点けたりしないの?」
「ええ。だいたいおしゃべりしながら食べてますよ。BGMとかも特に流さないです。食事中に突然詩を書き出したりすることもあるから、そういうのあると邪魔なんですよね」
「ああ」
「でもテレビ要らないって新婚家庭の食事みたいだね」
と津田さんが言うと
「いや、実際新婚さんみたいなものだよね」
と上島先生が言って、私は微笑んだ。
「マリちゃんとケイちゃん、放送局なんかに行く時はしてないみたいだけど、プライベートで行動している時、最近よくお揃いのブレスレット付けてるよね」
と町添さん。
「このメンバーなので言ってしまいますが、あれは私たちにとって愛の証、マリッジリング代わりです。さすがにマリッジリング付けたら叱られるから」
と私は正直に言った。
「おお!」
「結婚式とかしたの?」
「夢の中でしました」
「へー」
「ふたりが一緒に同じ夢を見たんですよ」
「へー!!」
「でも、公式見解では私たちは『とっても仲の良い友だち』ということで」
「いいよ、いいよ」
と浦中さんも楽しそうに言う。
「なんか、夏頃から君たちの公式サイトで、ふたりの関係の所にハートマークが付いてるなと」
「2chの『ローズ+リリーはレズか?』のスレッドで、スレタイを『ローズ+リリーはレズである』に変えるべきかとか議論されてましたね。結局そのままになったようですが」
「でも結婚するんなら、ケイちゃん性別変更しない方が良かった?」
「いいえ。私たちの関係は関係で、各々別の男性と結婚するつもりですから」
「えー!?」
「マリは2019年くらいに子供を産んで、2025年くらいに結婚しようかな、と言ってます。どちらも当てがある、という話なんですけどね。どういう当てなのかよく分かりませんが」
「ほほお」
「私も子供は産めないけど、やはり2025年くらいに結婚しようかなと。私も一応当てがあるので」
町添さんが頷いている。
「もっとも、ふたりとも、他の男性と結婚しても私たちふたりで一緒に住み続けるつもりです」
「えー!!?」
「通い婚ですね。私たち、創作活動のためには一緒にいる必要があるから」
「ああ」
「それは僕はありがたいけどね」と町添さん。
「君たちに主婦なんかやらせるのは日本にとっての大きな損失だよ」
と浦中さん。
「でも最近は、子供作ってから結婚するパターン多いよね」
「明治の頃ってそうだったみたいだから、昔に戻ったのではないでしょうか」
「ああ」
「HIJKと言いますね。HしてからIして、Junior作ってからKekkonして、と。だいたい最近はデートしてから告白するのが多い。昔は告白してからデートだったのに」
「1度デートくらいしてみなきゃ、付き合っていいのかどうか分からないから、ということらしいね。言われてみたらそうかも知れないけど」
「最初のデートはテスト、恋愛試験ということか」
という言葉が出た時、上島先生がピクっとしたので多分『恋愛試験』という曲を書くなと私は思った。
「世の中、いろいろ変わっていくのかねぇ・・・」
「僕らの中高生時代は、キスが恋愛のゴールだったのになあ」と浦中さん。
「最近の子はキスくらい、すぐしちゃいますね。中学生でも普通にセックスしてるし」と上島先生。
「私とマリもそういう前提で若い人向けの曲は作ってますよ」
と私も言う。
「そういえば、先週発売になった花村唯香だけどね」と浦中さん。
「初動で6万行ったよ。初ゴールド行くかも知れない」
「おお、凄いですね」
「ケイちゃんや春奈ちゃんが活躍してるのもあって、こういう子に対する抵抗感のようなものは、かなり減ってきているんだろうね」
と津田さん。
「ケイちゃんにしても、春奈ちゃんにしても、唯香ちゃんにしても、女声の発声が素晴らしいよね。かなり注意して聴いても女性の声にしか聞こえない」
「ええ、それなりに苦労というより苦闘してきましたから」
と私は微笑んで答える。
「唯香ちゃんは私と同じタイプの発声ですよ。細かい点は異なりますが。春奈ちゃんの場合は変声期前に女性ホルモンを取り始めたので、そもそも変声してないから、本当にふつうの女の子と同じです」
「僕も元男性という女性と何人か付き合ったことあるけど、ケイちゃんや唯香ちゃんほどの声じゃないよ。声自体は男声かも知れないけど話し方で女性が話してるように聞こえるというパターンや、うまい子でもふつうに聞けば女性の声に聞こえるけど、男と思って聴くと男の声にも聞こえるという子とか」
と上島先生が言うと
「先生、あまり浮気自慢なさらないように」と町添さん。
「あ、済まん、済まん」
「あ、いえ、そのレベルの人は女声の発声としてかなりの上級者ですよ」
と私はコメントする。
「うん。だと思う。たいていのその傾向の子は、男声だけど開き直ってるタイプ」
「開き直ってるのも実は上級者です」
と私は微笑んで言う。
「開き直ることで不自然さが減少するから。不自然さが無いだけで実は相手は女性と会話している気がしてしまう。実際ほとんど男声って感じの声の女性もいますし」
「なるほどね」
と上島先生が納得するように言うと、その言葉を美智子が少し考えているようだった。
その日の夕方。UTPの事務所にマキ・サト・タカ・ヤスにマリまで緊急招集して、美智子はお昼の会議で承認された内容を話した。
・今後、マリのローズクォーツの音源制作への参加は「Rose Quarts Plays」
シリーズのみとする。
・『夏の日の想い出』のクレジットを変更する。ただし印税の分配比率は変えない。
・ローズ+リリーの伴奏は、スターキッズとローズクォーツを半々くらいずつ使っていく。主として小さい会場でスターキッズを使い、大きい会場ではローズクォーツを使う。今度の大分ライブには両方連れていく。
「ちょっと仕事減っちゃう人も居て、申し訳無いけど」
「いや、ローズ+リリーとローズクォーツが結果的にほぼ同じメンツでやってるのは気になってました」
とタカ。
「私は負荷が減るので助かります。私、ケイほどパワフルじゃ無いので」
とマリ。
「最近、ローズ+リリーの音源制作には、宝珠さんと鷹野さん・酒向さんはたいてい入ってましたね」とサト。
「ええ。サックス・トランペットとヴァイオリンが必須なもので」と私。
「マキさんもいいかな? 特にクォーツの仕事が減るのが申し訳無くて」
と美智子。
「あ、いえ。『夏の日の想い出』の印税比率変更無しというの助かります」
とマキ。
「うん。リーダーらしい発言でいいね」
と美智子が言うと、マキは微笑んだ。
「ヤスさんからは何か無いですか?」
「私も、タカさんと同じで、両方同じメンツでやってるの気になってました。何度か友人から『ローズ+リリー/伴奏ローズクォーツ』と『ローズクォーツ・マリちゃんボーカル参加』というのと、何が違うのかと訊かれて、答えに窮してました」とヤス。
「一時期、ローズクォーツ++とか、ローズクォーツ−−というクレジット作ろうなんて話もあったね」とサト。
「ああ」
「イベントなんかの伴奏に行くのにはボーカルが要らないからケイ抜きで行くので、そういう時が−−(デクリメント)、マリちゃんも参加する時は++(インクリメント)」
「インクリメントPみたいね」
「あれはパイオニア++という意味だからね」
みんな、なごやかに会話する、けっこうみんなが内心思っていたことなのではないかという気がした。
「ね、この際だから言っちゃうけど、ヤスさんの報酬を改定しない?」とタカ。「俺もそれ考えてた」とサト。
「ん?」と美智子が訊く。
「今、ローズクォーツがイベントなどで演奏した時の報酬はその時参加したメンツで均等割してますが、CDの演奏印税についてもその方式にしませんか?」
とタカは提案した。
「ほほお」
「だから、マリちゃんが参加してない音源については、ケイ・マキ・タカ・サト・ヤスの5人で均等割、マリちゃんも参加してたら6人で均等割。まああまり売れなかった時は、マリちゃんとヤスの報酬が今より下がっちゃうけど」
「私の方はローズ+リリーで充分頂いているから全然問題無いけど、ヤスさんはどうだろう?」と政子。
現在マリとヤスはローズクォーツの音源制作の場合、1曲に付き2万円をもらっている。(ローズ+リリーの音源制作より安いが、予算の都合上やむを得ない)
「ちょっと計算してみましょうか」と言って私はパソコンを開きExcelで数値を入れてみた。
「現在ローズクォーツのCDの演奏印税は2%なので、1000円のシングル1枚売って印税は18円(1割は自動控除される。通称ケース代)。6人で割ると3円ですから、10万枚売ると30万円。1万枚だと3万円です。シングルでもアルバムでも3万枚くらいが今より報酬が増えるか減るかの分岐点ですね」
「今のままの方が収入良さそうだ」とヤス。
確かに特にRose Quarts Playsシリーズでは報酬が激減するだろう。
「今のままで行く?」と美智子。
「いや。出来高にしていいならしてください。励みになります。でも私の分まで均等割りすると、他の人の収入が減りますがいいんですか?」
「その分たくさん売れたら、結局増える」とタカ。
「ではその方式で」
ということでヤスの報酬は(先月収録したRQP Minyo以降)、正式メンバーと同じ方式になることになった。今月支払分から適用ということにすると今月は(私と政子以外の)契約アーティストには年末のボーナスが出るので、それで収入の落ち込みが緩和されるのである。更に美智子は言った。
「この方式に変えると、印税が入るのは3ヶ月後になるから、取り敢えず3ヶ月分の生活費で100万くらい貸し付けようか? 返済は毎月2万くらいの天引きで」
と美智子。
「100万まではいいですけど、50万くらい貸してください」とヤス。
「OK」と美智子。
「いっそ、本人も良ければヤスも正式メンバーにしちゃう?」とサト。「でも4人だからクォーツじゃなかったの?」とヤス。
「5人ならクィンツ?」
「でも結構3人でやってた時もクォーツのままだったし」
「面倒だから、クォーツのままでいいですよ」
「で、結局正式メンバーになるの?ならないの?」
「報酬は等分で頂くし、正式メンバーと準メンバーと何か違うんでしょうか?」
「うーん。。。リーダーを選挙で決める時に投票権があるかどうかかな」
「リーダーを選挙で決めてるんですか!?」とヤスが驚いたように言う。
「ああ、1度やったね」とサト。
「任期でもあるんですか?」
「無い。マキは死んでもリーダー」
「死んだら演奏できないよ」
「いや、骨壺をベースの前に置いて譜面を置いておけば、マキだったら、死んでてもベース弾いてくれそうな気がする」
「ああ、ありそう!」
「マキさん、すげー!!」
タカは、どうせローズ+リリーとローズクォーツの違いを明確にしたいというのであれば、次のシングルはローズ+リリーとローズクォーツのを同時発売すればいいと提案し、調整することになった。取り敢えず来週からの予定であったローズクォーツの新譜をもう明日から制作に取りかかろうということになる。町添さんと上島先生に連絡して承諾を得た。上島先生は
「来週からと思ってたので、新曲は来週書くつもりだった。少し待って」
と言い、私も
「制作は8日までやってますから、それまでに頂けると」
と先生に言ったら、
「うん。それまでには書くね」
と言った。
このパターンは多分8日になってから送られてくるなと思ったら、先生の作品は8日の夕方になって、やっと届いて、予備日にしていた9日にその作品の制作をすることになった。
今回のシングルに入れた曲は、上島先生の『Night Attack』,マリ&ケイの『ウォータードラゴン』、マキの『メルティングポット』『ダーク・アロー』
『オルタネート・ラバー』の5曲。なんと全部英語のタイトルだ! 加藤課長あたりから「あんたら売る気ある?」とか言われそうである。
上島先生の作品が遅れていたので、『ウォータードラゴン』から制作を始めたのだが・・・・美智子が持って来たアレンジ譜を見て私は頭を抱えた。
「みっちゃん、申し訳ない。この曲は私にアレンジさせて欲しい」
と私は言った。
「うーん。そうだね。元々マリ&ケイの曲だし。いいよ」
ということで初日12月4日の午前中、私はスタジオの副調整室の隅でキーボードを弾きながら『ウォータードラゴン』のアレンジをした。
「ケイちゃんが、アレンジするのに楽器使ってるの初めて見た」
などと初日なので顔を出している氷川さんに言われる。
「私だって、楽器くらい使いますよぉ」
「でも、いつも楽器使わずにひたすら書いてるイメージが」と氷川さん。「だよね〜。どんなアレンジをするのか」と美智子。
午前中に『オルタネート・ラバー』の楽器パートを録り終えたので休憩にする。私はちょうど仕上げた『ウォータードラゴン』のアレンジ譜をMIDIで鳴らしてみせる。
「格好え〜」とサト。
「凄い。同じ曲とは思えん」と美智子。
「えっと・・・・これを俺たちが演奏するの?」とヤス。
「これ1日で弾けるようになる自信無い」とタカ。
「みんなまた1ランク、レベルアップしてもらわないといけないね」
と美智子は笑顔で言った。
「ね。ケイ、『メルティングポット』も同様にアレンジしてくれない?」
と美智子が言うので、私は「はい」と笑顔で答えた。
他の4人が昼食に出ている間に『オルタネートラバー』のボーカル部分を吹き込んだ。
「ね、ケイ。高音がすごくきれいに出るようになってるね」
「そうですね。安定しては出せないけど、時々E6が出ることがあります」
「凄いね。それ考えてアレンジしたいなあ」
「そういえば、クォーツってアレンジャーがいないんですね」
と私は言った。
「うん。そうなんだよね。マキは作曲の才能はあると思うんだけど、マキの編曲は凡庸すぎるんだよね〜」
「でも私があまりやると、またまたローズ+リリーとの区分けが分からなくなっちゃうから、今回はこの2曲だけということで」
「うんうん。それがいい。でも私もマキじゃないけど、アレンジの勉強やり直すよ。この曲がこんなに凄くなるというのが私には見えなかった。そういえば、以前にも似たことあったね。『用具室の秘密』だったかな」
「そうですね」
と言って私は微笑む。体育用具室という場所は私にとっても政子にとってもいろいろ思い入れのある場所であった。
「マキは頑張る努力家ではあるけど、努力の方向のセンスがやや悪いからそれがもったいないです」
「まあ、それがマキの持ち味なんだろうけどね」
と美智子は笑顔で言った。
「ところでさ、ケイって編曲も凄いけど、ミクシング技術も持ってるよね。だから編曲とミキシングがきれいに呼応している。ミクシングでこうすればいい、というのを考えて編曲されている」
「そうですね」
「ケイって人前ではあまりやらないけど、ギターとかヴァイオリンとかサックスとかトランペットも演奏できるよね」
「音が出せるというだけで、演奏というレベルには遠いですよ。楽器の特性を知らずにはアレンジできないから、最低限の知識です」
「ふふ。それにケイって、こういう副調整室の機器を全部ひととおりちゃんと操作できるじゃん。前からよく制作途中に仮ミクシングした音源をちょちょいと作ってみんなに聴かせたりしてたし。『天使に逢えたら』の緊急録音の時とかはケイが直接コンソールの前に陣取って、全体の指揮をしてたよね」
「みっちゃんも『影たちの夜』は直接、コンソールに座って作業したんでしょ?」
「あれはもう時間的に最初からミックスダウンされた状態を考えて音を出させないと間に合わなかったんだよ」
「私も同じ理由でコンソールから指示を出してました。みっちゃんはいつこういうの覚えたの?」
「20歳頃のほんとに売れてなかった頃に、スタジオでバイトしててその時に操作とかも覚えたんだよ」と美智子。
「私も一時スタジオでバイトしてたことありましたから。サウザンズのアルバム制作でアシスタントしたこともありますよ」
と私が言うと
「えー!?」
と驚かれた。
「そういや、ケイって△△社に最初に来た時から、この世界の慣習とか言葉遣いに慣れてるって思った。そんなバイトしてたから?」
「スタジオでバイトする前に、リハーサル歌手してたんですよ。その時覚えたんです」
「何〜〜!? そんな話は聞いてないぞ」
「ああ。これ政子にしか言ってなかったし。KARIONの和泉と組んでふたりでやってたんです。向こうもKARION結成前ですよ」
「うっそー!!?」
と美智子は叫んでから、おそるおそる訊く。
「KARIONのいづみちゃんと組んでって・・・・まさか女性デュオ?」
「はい」
「じゃ、その頃からケイって女性歌手だったんだ!?」
「えへへ」
やがてクォーツの4人が戻ってくる。タカがお弁当を買ってきてくれたので、私はそれを食べながら『メルティングポット』のアレンジに取りかかり、美智子は『ダーク・アロー』の演奏部分の収録作業を進めた。簡単なのを先に仕上げておいた方が、後が少し気分的に楽になる。
夕方までに『ダーク・アロー』の演奏が完成したので、私はその間に書いていた『メルティングポット』のアレンジをMIDIで流す。
「明日はひたすら練習ですね」とタカ。
「うん。頑張ろう」
ということで、その日は彼ら4人はそれで帰して、その後『ダーク・アロー』の私が歌う部分を録った。
『ウォータードラゴン』と『メルティングポット』の演奏については4人ともかなり苦戦していた。結局12月5日,6日は収録はせずにひたすらみんな練習していた。私もこの2つの曲ではウィンドシンセで演奏に参加するので、その部分をひたすら練習する。
7日に『メルティングポット』を録ることにした。全体練習を午前中やって、それから、楽器ごとに個別に録ることにした。各々スタジオ内のブースに入り、独立した進行でクリックに合わせて演奏してもらい録音をするが、なかなかいい録音が取れない。難易度の高い所は充分な演奏能力のある彼らでも数回に1度しか成功しないので、その部分だけを何度も演奏して録り直すということもしたりした。各々がバラバラのペースで作業を進める中、美智子は副調整室でひとりずつに指示を出していた。しかし何とか夕方までに使える状態まで持っていくことができた。
8日は『ウォータードラゴン』であった。ひじょうに高い技術を要求される曲だけに、ほんとにみんな苦労していたが、昨日の『メルティングポット』で各々の技術が上がっていたこともあり、また昨夜は私と美智子以外は夕方で上がって4人とも充分休ませたこともあり、何とか仕上げることができた。
そこまで仕上げたところで上島先生から「遅れてごめーん」といって下川先生にアレンジしてもらった『ナイトアタック』のスコアが送られてくる。
「5日前の俺なら、この曲『できません』と言ってた」とタカ。
「明日頑張ろうね」
「はい」
ということで、その日も4人を夕方で帰し、私と美智子のふたりでここまでの4曲の編集・ミクシングを進める。
「これとこないだのローズ+リリーの『ピンザンティン』を聴いたら、ファンの人たちも納得してくれないかな」
と言って美智子は微笑む。
「記者会見が必要なら、一緒にしよ」と私。
「うん」
発売は、元々1月2日にローズ+リリーの新譜、1月16日にローズクォーツの新譜の予定であったが、1月9日に同時発売ということで話がまとまった。
12月9日はローズクォーツの音源制作の最終日だったが、私は途中スタジオを抜け出して、政子と落ち合い、YS大賞の授賞式に行ってきた。ローズ+リリーの『影たちの夜』が優秀賞を頂いたのである。
この賞はリクエストの数で表彰される賞なので、歌が本当に評価されて頂く賞である。そういう意味では、いちばん大事な賞だと私は思っている。
昨年はローズクォーツの『夏の日の想い出』、ローズ+リリーの『Spell on You』
ダブル受賞だったが、今年はローズ+リリーのみである。私は来年はまたダブル受賞できるといいなと思った。
更に12月20日にはDL大賞でまた『影たちの夜』が金賞を頂いた。これは着うたやダウンロード系の賞で、昨年は(実数こそ公表していないものの)恐ろしい数のDLがあった『神様お願い』が特別賞を頂いている。
新曲の事前宣伝は12月中旬くらいから始め、短時間のPVをyoutubeに上げたり、曲の一部をFMで流してもらったりしたが、やはり当然来たのが
「今回のローズクォーツの作品にはマリちゃん参加してないのですか?」
という問合せであった。
そこで私たちは★★レコードの本社で、私とサトと美智子に加藤課長が出席して記者会見を開いた。本来マキが出るべきだが、こんな場にマキを出したら何をしゃべるか分からなくて怖すぎるのでサトが出た。
私たちの説明はシンプルである。
「技術的な問題もあり、ここ1年ちょっと、マリにローズクォーツの音源制作にも特別参加してもらっていたが、ローズ+リリー本体の活動も少しずつ活発になりマリが多忙になってきたので、今後は Rose Quarts Plays シリーズ限定での参加になる」という趣旨であった。
「多忙になってきたというのは、やはりローズ+リリーの活動が本格化していくのでしょうか?」
「新譜の発売に関しては創作の波とかもあるので確約できませんが、来年はシングル3枚以上とアルバム1枚以上の発売はお約束します。また現在のところ6回のライブを予定しています。日程などがまだ確定していないので、詳細は随時発表していきます」
と私は答える。本当は全て会場確保済みだが、チケット販売政策上、公開するタイミングがある。9月の2万人ライブは5月の仙台が終わるまでは明かせない。
「ローズ+リリーの方が忙しくなってきてマリさんが離脱ということのようですが、ケイさんも多忙なのはマリさん以上だと思うのですが、ケイさんも離脱する可能性はあるのでしょうか?」
「元々、イベントの伴奏などにはボーカルが不要なので、私以外のメンバーで行っておりますが、私自身がローズクォーツから離脱することはありません。私はローズクォーツは20年くらいはやるつもりでいます」
サトが
「元々、ローズ+リリーの伴奏をローズクォーツがしているのと、ローズクォーツにマリが参加しているのと、どこが違うのか? という質問がよくあったのですが、実はやっている我々もそれが分からなくて」
と言うと、記者席がどっと沸く。
ここにいる記者さんたちの中にも、その質問を私たちにしたことのある人がけっこういるはずだ。私もサトもその質問に何度答えてきたか分からない。
「それで、違いをやはり明確にしようということになったのもあります。それでローズ+リリーの伴奏もスターキッズが務める機会が増えると思います」
とサト。
「それって、別にマリさん・ケイさんと、マキさん・タカさん・サトさんの関係が悪化したので、活動も別々になるということではないですよね?」
という質問が来る。これは予想された質問だ。
「そんなことは無いですよ。私たちはとっても仲良しです。何なら今ここでケイとキスしてもいいですが」
とサトがいうが
「いや、キスはやめましょう。私がキスするのはマリとだけです」
と私は言い、また記者席がどっと沸く。
「あのぉ、これ今までも何度となくした質問ですが、ケイさんとマリさんって恋人ではないんですか?」
「とっても仲の良い友人です」
と私はにこやかに答える。
「ずっと一緒に住んでおられるんですよね?」
「はい、その方が都合がいいので。創作は四六時中してますし。よく目が覚めてすぐに曲が浮かぶんです。今回発売する『ピンザンティン』なども起き抜けに生まれた曲ですね」
「じゃ、24時間、お仕事なさっているようなものですか?」
「ええ、そんな感じです」
「ほんとにたくさん曲を書いておられますよね。今年は何曲くらい書かれました?」
「うーん。それは数えたことないです」と私。
「150〜160曲だったと思います」と美智子。
(後でJASRACのデータベースで検索してみると、今年登録した曲は156曲であった。美智子の記憶も大したものである)
「凄いですね。2日に1曲書いている感じですか?」
「確かにそのくらいのペースかも知れないですね」
「物凄いペースですよね。モーツァルト並みでは?」
「モーツァルトは上島先生です。上島先生は私たちの6〜7倍書いておられます」
と私が言うと
「ひゃー」
という声が記者席から漏れた。
「一部では、マリさん・ケイさんは上島先生のゴーストライターのひとりではという説もあったのですが」
という質問が来る。悪意のある質問という感じではない。上島先生の仕事量がアンビリーバブルなので自然に思ってしまうことだろう。
「上島先生は天才型なんです。しばしば上島先生のお宅を訪問していますが、目の前で、まるでおやつでも作るかのように曲を作られます。『曲を作ろう、ピンザンティン♪』って感じです」
と私は新曲の替え歌で状況を説明すると、また記者席が沸く。
「あのPV面白いですね。あれの撮影でおふたりはどのくらいサラダを作って食べられたんですか?」
「えっと・・・・」
と言って私は加藤課長を見る。
「レタス2玉、ニンジン3本、ピーマン10個、タマネギ2玉、ミニトマト2パック、水菜1束、キャベツ半玉、セロリ2本、アルファルファ2パック、ジャガイモ1kg。それにピエトロのドレッシング2本。こんなものです」
と加藤さんがメモを見ながら話す。訊かれることを予想して確認してきていたようである。
「あのぉ、それ全部食べられたんですよね?」
「ええ。撮影に参加した人みんなで頂きました。それにマリがいますから大丈夫です。私たちは食べ物を無駄にしません」
と私はにこやかに答えた。
「マリさんって大食い選手権に出られるのではという噂がありますが」
「マリはテレビ出演、あまり好きではありませんからありえません。騒がしいのが苦手なので。彼女はほんとに詩を書いているのが好きで、作品化してないものでも、たくさん詩を書いていますから。本物の芸術家なんですよ」
「マリさんが本物の芸術家なら、ケイさんは?」
「似非(えせ)芸術家です。ついでに似非女だし」
と言うと、またまた記者席が沸いた。
そして12月23日は大分でのライブとなった。ローズ+リリーのライブとしては今年4回目なのだが、ふつうの形でチケットを販売して実施するのはこれが初めてである。4月の沖縄はシークレットライブ、8月の夏フェスは突然のステージ、10月の札幌は前日に発表するという突然ライブであった。マリのステージに対する恐怖心を和らげるために、こういう手法を採ってきたのもあるのだが、今回は本人も前日からノリノリであった。
都内のスタジオを使っての事前練習でもかなり調子が良かった。夕食はオージービーフを2kg買ってきて、すき焼きにしたが、もりもり食べていた。そして夜はふたりでたっぷり愛し合い、お揃いのブレスレットをして大分行きの飛行機に乗った。
お昼前に現地で集合し、打ち合わせの後、現地スタッフの人に買ってきてもらったケンタッキーでお昼御飯にする。仕出しなどを使い万が一にも食中毒でも起こしたりしたら怖いのでファストフードなのだが、政子がチキンを8本食べたのを見て、現地スタッフさんが驚いていた。クォーツやスターキッズの面々、美智子や氷川さんなどには「おなじみの風景」である。少し休憩した後ステージでリハーサルをし、それからまた少し休憩する。
「でもさすが広い会場だね」と政子。
「会議とかなら1万人入るからね。今日の観客は7200人だけど」と私。
「キスして」
「いいよ」
と言って、私は政子の唇にキスをする。
周囲が笑顔だが、美智子は
「あんたたち、ほんとにどんどん大胆になってきてるね」
とあきれ顔である。今日の宿は別府市内の高級ホテルだが、みんなシングルの部屋なのに、私たちふたりは一緒にスイートルームである。
1ベル。2ベル。客電が落ちる。緞帳アップ。そして嵐がわき起こるような拍手。この拍手のインパクトというのは普通のホールではあり得ない。大会場ならではの響きである。この独特の雰囲気が私を昂揚させる。私は政子と手を握り合った。
物凄い歓声が飛ぶ。しかしまだ音は始まらず、ステージにはキッチンのセットがあって、エプロンを着てヘッドセットを付けた私とマリが並んでいる。戸惑うようなざわめき。やったね!この反応が欲しかったのよ。
私はマリと微笑みあうと「さぁ、サラダ作るよ!」とマイクに叫ぶ。ステージの左右から、ギターを持った近藤さんと、ベースを持ったマキが走り込んできて、『ピンザンティン』の前奏を始めた。ふたりの伴奏に乗せて、私たちは
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
とこの曲のサビの部分を歌い、続けてAメロに入る。
この曲のPVをわざわざ会場のロビーでも流していたので、未発売の新曲であっても、反応は上々である(これを含むPVばかり集めた特製DVD-1000円-を会場で発売したら何と用意していた5000枚がきれいに売り切れてしまった)。
そして私たちは歌いながら、野菜を切り、サラダを作っていく。作ったサラダは「衛生上の問題が出ると困るから」食べるなと言われていたのだが、私たちはもうノリで「サラダを食べよう」と歌いながら、食べちゃった(後で叱られた)。
「こんばんは、ローズ+リリーです」
とふたりで一緒に挨拶する。拍手が来る。会場は満員で空気が熱い。
「マリちゃーん」「ケイちゃーん」という声もたくさん飛び交う。
「今年はライブは実は4回目なのですが、4月は幕が開いてみて初めて私たちが出演するとわかり、8月はほんの20分前に告知。10月は前日告知、とホントに突然のライブばかりだったのですが、今日やっとふつうに告知した上でのライブとなりました。こういう形のライブは2008年11月30日以来、4年ぶりになります」
と私は聴衆に向かって語りかける。
「でもこちらへ来る途中、空港でも町でもクリスマスのイルミネーション一色でした。やはりこういう日にライブやるにはクリスマスの歌も歌わないといけないかな、ということで『ピンク色のクリスマス』聴いて下さい」
バックではマキが近藤さんと握手して下がったあと、キッチンが片付けられ、スターキッズがスタンバイしている。今日は宮本さんのセカンドギターまで加わった6人編成である。前奏に引き続き、私達は高校2年のクリスマスに書いた曲『ピンク色のクリスマス』を歌い出す。
「だから私はピンクのブラを身につけて」と歌った所で、マリが私の上着を取ってしまう。すると、下にピンクのブラを付けているので、会場が沸く。
「この曲は高校1年の時に書いたものです。当時はほんとに私たちはソングライターとして未熟だったんですが、未熟な私たちだからこそ書けた作品も多いなという気がします。このあと少し、私たちがデビュー前に書いていた作品を聴いて下さい。最初は『A Young Maiden』です」
私のMCの間に、スターキッズが楽器を持ち換えている。宝珠さんはサックスからフルートに、鷹野さんはベースからヴァイオリンに、宮本さんはギターからチェロに、酒向さんはドラムスのセットを降りて、隣に立てかけていたコントラバスに、月丘さんは電子キーボードからチェンバロに、そして近藤さんはエレキギターからクラシックギターに。
スターキッズのアコスティックバージョンである。
この編成で私達は『A Young Maiden』『ギリギリ学園生活』『ブラピエール』
『渡り廊下の君』と歌っていった。『A Young Maiden』で深く愛し合ったけど『ギリギリ学園生活』で生理は来たのでセーフ、『ブラピエール』で突然目が合ってときめきを覚え、『渡り廊下の君』で風に髪をなびかせた姿に心ざわめく。という感じで、この付近はストーリーが対になっている。
『ギリギリ学園生活』は坂井真紅が、『ブラビエール』は富士宮ノエルがカバーしているので、アルバム内の曲にしては知られている率が高い。
そのあと私たちはMCをはさみながら俗に「高校3部作」とも呼ばれている『遙かな夢』『涙の影』『あの街角で』の3曲を続けて歌った。そして最後は高校の修学旅行の時に書いた『天使に逢えたら』で、この高校時代のシリーズを締めくくった。
そしてその後『神様お願い』を演奏して前半のステージを終了する。
「それでは今日のゲストの紹介です。ローズクォーツ」
と私が言うと、会場は「はぁ?」という反応。
しかし、ベースを持ったマキ、ギターを持ったタカ、手ぶらのサト・ヤスが手を振りながら登場する。そしてスターキッズは退場する。
「まあ、本日のゲストってのは、要するに長時間のライブで途中少し喉を休めないと歌いきれないので、その間ステージをもたせてくれる人ってことなんですけどね」と私。
「だけどローズクォーツのヴォーカルはケイだよ」とサト。
「困ったな。じゃマリは休めるけど、私は休めない」と私。
「じゃ。ケイの代わりに、誰か歌ってくれる人を会場内から徴用しちゃおう」
とサト。
「あ。いいね。じゃ、そこのPA席の横に座ってる青い帽子の女の子」
と私が言うと
「はーい!」
とその子が手を挙げて答え席を立ち、駆け足でステージに昇ってきた。
帽子を取った姿を見て「キャー」という歓声が沸く。
「はい、自己紹介お願いします」と私。
「東京から来ました、小野寺イルザと申します。19歳です」
会場から「イルザ・イルザ・イルザ・イルザ」という男の子たちのリズミカルな声援が飛んでくる。
「イルザって格好いい名前ですね。誰が付けたんですか?」
「うちのお母ちゃんです。これ本名なんですよぉ」
「へー!」という会場の反応。
「イルザちゃんには2年前にローズ+リリーのPVでマリの代役を務めて頂きましたしね」
「ええ。でも、その縁で、デビュー曲の『エンジェル・シェア』をマリ先生とケイ先生から頂いて、お陰で、いきなりゴールドディスクになりました」
「いや、その後も何枚かゴールド出てるし、やはりイルザちゃんの実力ですよ」
といったやりとりをしてから
「それでは私とマリが少し喉を休めてきますので、その間歌っておいて下さい」
と頼む。
「はい、頑張ります」
ということで私とマリは袖に下がる。バックではスターキッズが使っていた機材が片付けられ、代わりにローズクォーツのドラムスとキーボードが設置されている。4人が位置につき、『バーチャル・クリスマス』を演奏する。イルザが私の代わりに歌う。
私と政子はそれを聴きながら、うがいをして、服を着替える。政子はお腹が空いたと言って、用意してもらっていたミスドのドーナツを食べている。私はコーヒーを飲みながら体力を回復させていた。
イルザがステージ上で更に『聖少女』を歌ったところでサトが
「せっかくステージに立ってくれたので、イルザちゃんの新曲『熱い冬』を」
と言って、発売されたばかりの新曲を歌った。更にもう1曲、イルザの曲を演奏してから、サトが
「今日の本当のゲスト、小野寺イルザちゃんでした」
と再度紹介して、インテルメッツォを終了する。
衣装を変えた私と政子も拍手しながら舞台中央に行き、握手して、彼女は下がる。
後半は『Long Vacation』から始めた。この曲が発表された時、多くのファンが「ローズ+リリーは長い休暇を頂いておりました」という意味に取り、事実上の活動再開宣言ではないか、とネットには書かれたものだが、実際私たちはその後、矢継ぎ早に新譜をリリースしてきた。
更に『帰郷』を歌ってから『カントリーソング』『ハッピー・ラブ・ハッピー』
と幸せ感のたっぷりある曲を歌う。
その次の曲は『バナナ』だ。私はバナナがあまり好きではない。この曲は政子が「そういえば冬ってバナナが嫌いだよね」と何気なく言ったのが発端である。
「別に嫌いって訳じゃないけど」
「でも食事にバナナが出ると必ず私にくれる」
「いや、まあ好きってものでもないから」
「やはり嫌いなんだ」
ということで、早速政子はバナナを買ってきて(こういう時の行動は速い)、私に食べさせようとして、私が嫌がり・・・・というのをそのまま曲にしたものである。
この歌が始まった時、政子はサトがドラムスの陰に隠していたバナナを持ってきて、歌いながら私に食べさせようとした。私は嫌がり、歌いながら逃げるのだが、政子は歌いながら私を追いかけてきて、ついにステージ上で私を押し倒し、無理矢理口の中にバナナを押し込む。私の歌が中断するので、政子が代わりにメロディーを歌いながら、強引に私はバナナを食べさせられた。これは政子がサトとしめしあわせて仕組んでいたことのようであった。
間奏部分では政子は自分のマイクをオフにして
「ケイ、自分のバナナは手術して取っちゃったんだから、潔く私のバナナを受け入れよう」
と言ったが、この台詞は私のマイクを通してしっかり会場に聞こえていた!(当然「まとめサイト」に追加された)
後でネットの感想を見ていたら「マリちゃんがケイちゃんをレイプしてる感じだった」というコメントが多数見られたが、ほんとにレイプされた気分だった!「ふたりの私生活が垣間見えました」という感想も多かった。
その後、私たちは一転してリズミカルな『影たちの夜』『キュピパラ・ペポリカ』
『Spell on You』『略奪宣言』と続けた上で新曲の『Again』を歌う。この部分『Spell on You』で、おまじないを掛けて『略奪宣言』で略奪するぞと宣言し、『Again』で実際に略奪成功というストーリーである。
これも後でライブの感想をネットで見ていたら、この『Again』をローズ+リリーのライブ活動再開宣言にとった人が多かったようである。ケイちゃんがクォーツに浮気していたのをマリちゃんが略奪して復活愛させたんだなどと解釈している人もいて、私もタカもその感想を読んで大笑いした。
そして最後は『夜間飛行』を歌った。冒頭に本物の飛行機(B787)のエンジン音が入っているので、なかなかインパクトがある。今回のステージではそのエンジン音のみ録音した音源を使用した。(さすがにB787を会場には持ち込めない:若葉は必要ならA320あたりなら1000万円くらいで「格安に」レンタルできるけど、などと言ったが)
間奏部分で飛行機の形をしたビニール風船を持った宝珠さんがステージ上手から出てきてステージを横断すると「ななちゃーん」などという声まで飛ぶ。
曲の最後では、前半の伴奏を務めたスターキッズが全員出てきて、一緒に挨拶して幕は下りた。
大きな拍手。そしてそれがゆっくりとしたアンコールを求める拍手に代わる。
幕が再び上がり、私とマリはステージ中央に出て行く。幕が下りている間にスタインウェイのコンサートグランドピアノが中央に置かれている。
「アンコールありがとうございます。アンコールって何度受けても気持ちいいですね」
と言うと、また大きな拍手がある。
「今日のライブにはカップルで来られた方も多いと思います。最近日本は出生率が下がっていて問題になっています。それでその出生率を 0.00001%くらい上げるのに協力したいと思います。『エクスタシー』」
というと会場が沸く。私はピアノの前に座り、政子はその左に立つ。いつものふたりのポジションだ。
私たちはこれも高校時代に書いた曲で、官能感いっぱいの同曲をセクシーに歌いあげた。政子が歌いながら昂揚しているのを感じる。そして曲が終わると、私の顔をつかみ、唇にたっぷり10秒はキスした。
「きゃー」という黄色い声。
「ええっと。みなさん愛し合いましょう」
と私がマイクに向かって言うと、会場がざわめく。
「でも中高生のカップルはしっかり避妊してね。中高生で赤ちゃん産むのはたいへんすぎるから」
と付け加えると、どっと笑い声が起きた。
その時マリが
「私たちこの曲書いた時、高校生だったけど、コンちゃん使わなかったね」
と発言する。どよめく会場。この発言もまた「マリちゃんのとんでも発言」
まとめサイトに掲載されることになる。
「あ、えっと。女の子同士では妊娠しないからね」
と私はフォローしたが、あまりフォローになってない気もした。
「まあ、確かにそうだね。でもあの日のケイも女子高生らしい服装で可愛かったよ。可愛いブラ付けてたし」とマリ。会場がまたざわめく。
「そう?ありがとう。えー、それでは最後の曲です。『夏の日の想い出』」
大きな拍手があり、それが落ち着くのを待って私は前奏の分散和音を奏で始めた。
ドミファソシラ・ドソファミファレ、というこの曲を特徴付ける分散和音である。ゆっくりとした手拍子が起きる。そして私たちは歌い始めた。
「白いスカート、浜辺の砂、熱い日差し、君の瞳」
「好きと一言、言えないまま、電車は去る、小さな駅」
歌いながら、私の脳裏にはこれまでに経験した色々な恋の思い出の欠片が、浮かんでは沈み、現れては消えていった。涙が出てくる。マリの顔を見るとマリの目にも涙が浮かんでいる。
そして演奏が終わると、私たちは再び熱いキスをした。
そして立ち上がるとステージ中央に行き、両手を斜め上にあげて歓声と拍手に応えた。幕が下り始める。私たちは深くお辞儀して、それから幕が完全に降りる間際またキスする。観客の「きゃー」という声を聞いたところで幕は降りきった。
「確かにマリちゃん、ケイちゃんは今日、日本の出生率を上げたよ」
と宝珠さんも笑って拍手で迎えてくれた。
「私は今日のライブは頭が痛かった」と美智子が言うが
「働き過ぎだよ。少し休んだ方がいいよ」と政子。
「素敵なステージでした。でもバナナレイプは今度からは自粛して下さい」
と氷川さん。
「はい」と政子も素直に笑顔で答えた。
12月30日、私たちはまたまた『影たちの夜』で賞を頂いた。今度はRC大賞の優秀作品賞である。昨年はスリファーズが同じ賞を受賞したのに付き添いで来ていて、主催者の放送局の取締役さんから
「来年こそは辞退しないでくださいよ」
と言われた賞であるが、今年は本当に受賞した。
2008年は『その時』が新人賞にノミネートされていたのだが、直前の私のスキャンダルによる活動停止に伴い、辞退した。
2009年は『甘い蜜』が優秀作品賞にノミネートされたものの、活動休止中なのでといって辞退した。
2010年は『恋座流星群』、2011年は『神様お願い』での賞授与が検討されたらしいが、なにしろどちらもCDとしては売られていなかったので、結局見送りになったようであった。
そして今年5度目の正直での受賞となったのであった。
12月31日と1月1日は政子はお休みで、私は例年通りローズクォーツで東京での年越しライブと大阪での新年ライブに出演した。
某国営放送から、大晦日の大型歌番組への出演も打診されたのだが、基本的にローズ+リリー・ローズクォーツともに、テレビには出ないポリシーなので、ということでお断りした。正直、ああいう雰囲気の番組は政子が一番苦手とするものなので、政子のステージ活動に対する意欲と精神状態を考えると、絶対に出したくない番組でもあった。この時期、私も町添さんも、政子のステージへの情熱を削いだり、嫌な思いをさせるような物事を極力回避させるべく努力していた。
そして1月2日は、ローズ+リリーとローズクォーツの新譜が同時発売になった。
本当は1月9日に同時発売の計画だったのだが、大分のライブが物凄く好評であったため、できるだけその興奮が冷めないうちに発売しようということで一週間前倒しの発売になったのである。ローズ+リリーのファンの3割くらいを占めている中高生が、お年玉で買えるタイミングで発売したいというのもあった。
この新譜に関してまたいつものように全国キャンペーンをしましょう、などと言っていたので、これまでと同様に、全国のCDショップやショッピングモールを回るのだろうと思っていたのだが、その件に関して、私と美智子は12月25日、大分から東京に戻ってきてすぐ、★★レコードに呼び出された。
「CDショップやショッピングモールでのキャンペーンはできない」
と冒頭、町添さんは言った。
「何か不都合があったのですか?」
「前回、夏に全国キャンペーンした時も、一部の会場では入場制限したりしてけっこう大変だったのだけど、今年はローズ+リリーのライブで、ファンがかなり熱気を帯びているんだよね」
私は2008年のデビュー直後の頃、デパートで歌おうとした時に観客が殺到して怪我人まで出た時のことをふと思い出した。
「ローズクォーツだけのキャンペーンでも結構危険水準だなという気はしていたのだけど、今回、僕もまさかOKするとは思っていなかったんだけど、マリちゃんがキャンペーンで歌うと言い出したからね。氷川には話の流れで言えそうなら言ってみてとは言っておいたのだけど」と町添さん。
「私もびっくりしました」
と私も美智子も言う。
政子は大分のライブの打ち上げの席で、《関サバを食べながら》
「今回使った新曲のキャンペーン楽しみだなあ、また全国の美味しいものが食べられるし」
と言ったので、氷川さんが
「キャンペーン、マリちゃんも歌う?」
と言ってみたら
「もちろん。だってローズ+リリーのキャンペーンだもん」
と言ったのである。
町添さんは補足説明をする。
「もし、CDショップみたいなところでキャンペーンをしようとしたら、かなりの警備陣を置かないといけないし、CDなどを破壊されたりしないように商品の一時的な撤去なども必要になる」
「ああ」
「そこで、そういう問題の起きない場所に会場を変更します」
「ライブハウスとかですか?」
「ローズクォーツだけならいいのだけど、今回はローズ+リリー、ローズクォーツ双方のキャンペーンになっちゃったからね。そうなると、10代もかなり多いローズ+リリーのファンがそういう場所には入れない」
「確かに」
「小さなホールの類を使う。警備員もしっかり入れる」
「かなり費用が掛かりますね」と美智子。
「うん。でも仕方無い。だから、場所の数も絞らざるを得ない」
「費用が掛かるのは問題無いです。でも今からホール取れるんですか?」
と私は質問した。キャンペーンの費用も7割はサマーガールズ出版の負担である。
「ありがとう。小さいホールは意外に取れるんだよ。特に入場無料の公演なら。それで各地域のFMで整理券を配って、それを持っていないと入場出来ないことにする」
「うーん。やはり制限必須ですか」
「今は東京武芸館でやっても一瞬で整理券が無くなるだろうからね」
「どこかのアイドルグループみたいに、CDに入場券か握手券を封入することも考えたんだけどね」と加藤課長。
「えげつないです」と私は言う。
「うん。僕もそう思ったからやめることにした」と町添さん。
「サイン会とか握手会とかするんですか?」と美智子が訊くが
「しない。ケイちゃんはスーパーウーマンだから頑張るかもしれないけど、マリちゃんが体力的に無理」
と町添さんは言う。マリの体力をよく理解している。でも・・・
「えーっと、私っていつスーパーウーマンになったんだろう?」
「昔はスーパーマンだったのが去年性転換してスーパーウーマンになったね」
と加藤課長がどぎつい冗談を言う。
「うーん。。。。」
キャンペーンのステージは30分の予定である。
マリを入れないローズクォーツの5人で『ウォータードラゴン』『ナイトアタック』
『メルティングポット』の3曲を演奏した後、マリが登場してクォーツは下がって!マイナスワン音源で、私とマリが『夜間飛行』、『ハッピー・ラブ・ハッピー』
『ピンザンティン』を歌うという形式になる。クォーツが伴奏してもいい所を、両者の違いを強調するために下げるのである。
私たちが去った後は、ローズ+リリーとローズクォーツのライブを撮影したビデオ(各30分)を上映するので、興味のある人にはそれも見てもらおうという趣旨になっていた。ローズ+リリーのライブ映像は札幌版である。わずか30分(ローズクォーツ15分,ローズ+リリー15分)のために、わざわざ整理券まで取って来てくれた人たちへのせめてものサービスである。
巡回する場所は、北海道2ヶ所、東北2ヶ所、北陸2ヶ所、東海2ヶ所、関西2ヶ所、中国四国2ヶ所、九州沖縄2ヶ所、そして関東2ヶ所で打ち上げ。各地方を1日ずつ8日で回る結構なハードスケジュールである。政子には疲れたら口パクでもいいからと言ったが、口パクはあまりしたくないから、全部生歌にしたいと言う。それでも念のため私たちは、政子の歌の入っている音源と入ってない音源の両方を持ち歩きその時の状況次第でどちらでも使えるようにした。
このキャンペーンのことは、12月26日にキャンペーンで実際に行く都道府県のFM局の番組で告知してもらい、希望者はホームページ上から申し込んでもらって抽選ということにしたが、各局ともかなりの倍率の抽選になったようであった。
どこも基本的には小さなホールで、だいたい300〜700人程度のキャパである。
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【夏の日の想い出・3年生の冬】(2)