【夏の日の想い出・第三章】(その4)

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ステージ横にいた町添さんが6人全員と握手をした。
 
「マリちゃん、頑張ったね。また頼むよ」と町添さん。
「はい、気が向いたら」などと政子は笑顔で言っている。
「でも、ケイ、お腹空いたよ。打ち上げはたくさん食べられる所行こう」
などと言い出す。
 
「マリちゃん、1時間前にあれだけ食べて、もうお腹すくの?」とヤス。
「だって、いっぱい歌ったよ」
「じゃ、打ち上げは焼肉にでもする?」
「うんうん」
 
町添さんが笑っていた。
 

夏フェスが終わって一週間後の8月18日、ローズクォーツの8枚目のシングルが発売され、ローズクォーツの面々とその準メンバー扱いの、太田さん・政子の6人で、また全国をめぐるキャンペーンをした。今回の全国の旅のスケジュールに関しては私が少し要望を出して、仙台・京都・広島・福岡の後に1日休養が入るようにしてもらった。氷川さんは少し悩んだようであったが、うまく日程を組んでくれた。
 
実は3月に九州に政子とふたりで車を使って往復した時、宮島に今年中にお参りする約束をしたので、それを実現しようということなのであった。その話を7月に青葉のお見舞いに行った時していたら、
「宮島だけじゃなくて三大弁天様と弁天様の元締めの所にも行くといい」
と青葉が言った。
 
「弁天様って、えっと・・・・」と私がよく分からないので言うと
「宮島というか厳島(いつくしま)神社に祭られているのは、宗像(むなかた)の三女神といって、それが仏教の弁天様と同一視されている」と青葉。
「ああ。それは聞いたことあるような」
 
「三大弁天というのは、宮城県の金華山の黄金山(こがねやま)神社、琵琶湖の中に浮かんでいる竹生島(ちくぶじま)の都久夫須麻(つくぶすまじんじゃ)神社、そして広島の宮島にある厳島神社。3つとも船で渡らないといけないんだよね」
「へー」
「それと弁天様というか、宗像三女神の元締めは福岡県の宗像大社だから、そこにも行った方がいい。政子さんとの結婚の報告なんでしょ?」
と青葉は言った。
 
「ちょっと!なんで知ってるのさ?」と私は驚いて言った。
「部屋に入ってきた時、『マーサと結婚したことは黙ってよう』という心の声が聞こえたよ」
 
「もう。。。。青葉には絶対嘘つけないんだな」と私は呆れて言った。
「クライアントの秘密は守秘義務があるから大丈夫だよ。その腕に付けてるブレスレットが、結婚指輪代わりなのね?」
「そこまで分かるなんて。そう。これおそろいのを買ったんだよ」
 
「いいんじゃない? 政子さんとの愛と、正望さんとの愛は別チャンネルみたいだし、冬子さんって」
「うん。なぜかそのふたつの愛が矛盾しないんだよね。政子も正望には嫉妬しないと言うし、正望も政子には嫉妬しないって言うし」
「面白い関係だね」
 
「そうそう。その宗像大社も船で行くの?」と私は尋ねる。
 
「宗像大社は、3つに別れているの。本土にひとつと、船で行ける筑紫大島にひとつ、そして神社関係者や学術調査の人しか行かない沖ノ島にひとつ。どっちみち沖ノ島は女人禁制だから、私も冬子さんも行けないよ」
 
「じゃ、本土の神社と大島の神社に行けばいい?」
「本土の神社だけでもいいけど、大島まで行けば完璧。更には大島には沖ノ島の遙拝所があるから、そこまで行けばもっと完璧」
「分かった。ありがとう」
 

今回発売になるシングルは上島先生が書いた『あなたとお散歩』とマリ&ケイの『ビトゥイーン・ラブ』の両A面である。『ビトゥイーン・ラブ』は12月にキャンペーンで訪れた函館で書いた曲だが、今回これを使うというので上島先生にお見せしたら、3日後に先生からメールがあり『あなたとお散歩』が添付されていた。
 
『ビトゥイーン・ラブ』は終わった恋と次に来るであろう恋の狭間にあるということで、まだ終わった恋の心の痛みを引きずりながらも、次の恋に夢を膨らませる女の子の心情を歌ったもの。次の恋への憧れの部分を政子が、終わった恋の傷の部分を私が歌い、ふたつのメロディーが絡み合ってやがてひとつの心情に昇華していく。『雨の夜』と似た構成である。
 
『あなたとお散歩』はぼんやりと聞くと彼氏と楽しくお散歩したり、おしゃべりしたりしている幸せな女の子の話のようにも聞こえるのだが、よくよく聞くと、実はそういう恋に憧れているというシングルの女の子の物語である。多義文をうまく使った一種のギミックになっていて、2度聞くと美味しい曲。
 
これまではたいてい連絡したら翌日くらいにポンと新曲を送ってくれていた先生が今回3日掛かったので、私は先生はちょっと不調なのかと思ったのだが、直後にAYAとラジオ局で遭遇した時、AYAが笑いながら言っていた。
 
「先生はそろそろローズクォーツの次のシングル制作だろうからって、ひとつ曲を用意していたのよ。ところがケイちゃんの曲を見て、ぎょっとした様子でその日は私に渡す曲を書いてくださるということで御自宅に行っていたのに、『ごめん。そちらちょっと待って』と言われて。必死でケイちゃんに負けない曲を考えたみたい」
「わっ」
 
「結局、ローズクォーツに行く予定だった曲を私がもらっちゃったよ」
とAYAは笑っていた。
 
「これだって凄くいい曲なんだけどなあ。ローズクォーツやローズ+リリーには、敢えて扱いの難しい曲を渡すのが先生のポリシーみたいね」
 
この曲は7月にローズクォーツの4人に太田さん・政子も加えて6人で音源の制作を行い、2012年8月18日の発売となった。
 

18日(土)の発売日には東京周辺でキャンペーンを行い、翌19日(日)には北海道に飛んで札幌と旭川でキャンペーンをした。そして20日には盛岡と仙台でイベントをして21日はお休みとなる。
 
ここで私と政子は仙台からレンタカーを使って牡鹿半島の鮎川まで行き、そこから船で金華山に渡った。金華山は東日本大震災で、船着き場の土産物店が鉄骨だけになってしまうなど、甚大な被害が出た。参道も通行困難になり、神社の建物などにもけっこうな被害が出たのだが、神社のスタッフや氏子さんたち、そしてボランティアさんたちの努力もあり約1年で何とかふつうに参拝できるようになったものである。
 
私と政子は船着き場から参道の坂を歩いて登る。震災の爪痕は大量に残っている。あらためて自然の脅威が身に染みるが、そこから立ち上がっていく人の努力も大したものだと思った。
 
「大変だからって諦めちゃだめなのね」と唐突に政子は言った。
「そうだよ。あきらめたらそこで試合終了ですよ」
「私、もっと頑張ろうかな」
「うん。頑張るのはいいけど、無理しないでね」
 
「ねえ、冬」
「うん?」
「私、4月にライブしたし、今月フェスで歌ったし。12月くらいに、またライブで歌いたい」
 
「いいよ。企画考える」
「あまり大きなキャパの所は自信無いから、沖縄と同じくらいの広さがいいな。夏フェスのは、やっぱり少し辛かった」
「いいよ。そのくらいの会場でプランを練るよ」
 
政子が自分でこんなことを言い出したということは、ローズ+リリーの本格復活も近いなと私は思った。
 
拝殿でお賽銭を入れ、鈴を鳴らし二拝二拍手一拝でお参りする。何か心が清々しくなるような気がした。私と政子が付けているお揃いのブレスレットが拍手に合わせて共鳴したような気がした。
 
(注.神社で手を打つのは正しくは「拍手」であり「柏手」は俗称)
 

仙台の後は22日に金沢でキャンペーンをした。12月のキャンペーンで来た時と同じホテルに泊まる。もちろん私と政子はダブルの部屋を取ってもらった。
 
「あんたたち、最近ちょっと大胆になってない?」と美智子からは言われたが氷川さんは「いいんじゃないですか?プライベートが充実した方が作品もいいのが出来ますよ」と言っていた。
 
「じゃ、宿題。12月に出す予定のローズ+リリーのシングル用の曲を今夜考えて」
と美智子は言ったが、私たちは
「それは決まってます。『夜間飛行』を使います」
と言い、プリントした譜面を美智子に渡してから手を振って、部屋に消えた。
 
金沢という地は色々想い出の深い町だ。高校生の時、ここで私たちは自分たちに関する様々なルールを決めた。「マリ&ケイ」という共同執筆名を定めたのもここだ。
 
私たちはその夜、とても深く愛し合ったが、ふたりの愛が金沢という町が持つ独特の空気の中に溶け込んでいくような感覚があった。
 
私は少し疲れが溜まっていたのか、セックスの後けっこうな時間熟睡していたようであった。目が覚めたら午前4時で、政子は何か詩を書いていた。起きだしてお湯を沸かし、コーヒーを入れて政子の枕元に置く。
 
「ありがとう」
 
詩は珍しく書くのに時間が掛かっているようだ。悩んだり、時には一度書いた詩を横線で消して、書き直したりしている。ふだんの政子は迷わず一気に詩を書き上げるので、何か新しいことにチャレンジしているのかなと思って見ていた。
 
「ね、お腹空いた。コンビニでおやつ買ってきて」
などと言うので、私はホテルを抜け出し、近くのサンクスまで行っておやつを買って来た。
 
「お肉食べるかなと思ってチキンも買ってきたよ」
「サンクス。。って、コンビニもサンクスだったのか」
「うん。北陸はサークルK・サンクス多いね」
 
政子はチキンを3個、ハンバーガーを2個、更にソーセージも4本くらい食べた。政子はほんとによく食べるのに体重は私より軽く42kgしか無い。食べたものがどこに収まっているのか全く謎である。
 
政子の詩はかなり難航したようで、結局私が目を覚ましてから1時間以上たった5時半近くに完成した。タイトルは『宇宙恋愛伝説』と書かれている。
 
「長編恋愛小説があって、その中のエピソードをいくつか抜き出したみたい」
「そうなのよ。頭の中でずっと長編の恋愛小説が再生されていたの。どこを詩として切り出すかけっこう悩んだ」
 
「元の恋愛小説、再録できる?」
「無理。通り過ぎていったものは、私の頭の中からきれいに消えてしまう」
「ストリーミング配信なのか・・・」
 
私はその詩に朝御飯の時間まで掛けて曲を付けた。
 

朝御飯が終わると私たちは金沢駅からサンダーバードで京都に出て、まずは京都でキャンペーンした後、夕方大阪に移動し、大阪でもキャンペーンをした。そして翌24日はお休みになる。その24日。私たちは電車で近江今津駅まで行き、そこから船で竹生島に渡った。
 
「昔、伊吹山の男神と浅井岳の女神とが背比べしたんだって。その時最後に女神がちょっと背伸びしたら、男神がずるいって言って、女神の頭を切り落としてしまった。その頭が落ちてできたのが、この竹生島なんだって」
私は青葉から聞いた伝説を受け売りで話す。
 
「神様の身体の一部を切っちゃうという伝説もよくあるね」
「天岩戸(あまのいわと)事件を起こした素戔嗚(すさのお)神が高天原(たかまがはら)から追放される時、食べ物を乞うたら、大気津(おおげつ)姫が身体のあちこちから食べ物を出すんで、変な事するなと怒って素戔嗚神は大気津姫を殺してバラバラに切っちゃう。するとそのバラバラにされた身体の各部位から、稲とか麦とか、小豆・大豆とかが出来たという話」
「ほおほお」
 
「ギリシャ神話でもクロノスが昼寝していたウラノスのおちんちんを切っちゃったら、そのおちんちんが海に落ちた泡から美の女神・アフロディーテが生まれる」
 
「冬のおちんちんを切った時は、何の女神が生まれたんだろうか?」
「さあ。。。何か生まれたらいいけど。手術の時は凄まじく痛かったから、とても曲とか作れる状態じゃなかったよ。何か身体全体の内部バランスが取れない感じでさ。負けるな、頑張れ私! って自分を励ましてた」
 
「確かにあの時辛そうだったね。次におちんちんを切る時はもう少し頑張ってみようか」
「もう切っちゃったから次は無いよ!」
 

竹生島に降りた観光客はみんな宝厳寺の方に行っていたが、私たちは神社の方に行きたいので、分かれ道から都久夫須麻神社の方へ行った。私は黄金山神社が黄色なら、ここは青だと思った。御守りなどの授与所があったので少し見たあと、海の方に目をやったら、突然目の前に竜が昇ってきたような感覚があった。
 
「わっ」と小さく呟いたら、政子も「来たね」と言う。
 
私は突然メロディーが湧いてきた。あまり人もいないのでその授与所の木造の建物の端の方で、政子から五線紙を出してもらい、大急ぎで浮かんできたメロディーを書き留めた。
 
神職さんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「あ、すみません。私たち作曲家なんですが、今そこに竜が舞い上がってきたような気がして、それに刺激されて曲ができちゃったんで、ここで書き留めていいですか?」と政子が言う。
 
「ああ、確かにさっき来ましたね。こういう天気の日はよくそこを通っていくんですよ」などと神職さんが言っている。
「作曲はどうぞ。いいのができたら聴かせてください」
などと言っていた。
 
私たちは神職さんの御名前を聞き、帰京後この曲『ウォーター・ドラゴン』のMIDI音源に合わせて、UTP付属のスタジオで私たちふたりが歌ったものをCD-Rに焼いてお送りした。また後に、CDとして一般発売した時も1枚贈呈した。
 
神社はその授与所から階段をのぼり拝殿で一緒にお参りしたが、金華山の時と同様、拍手を打つ時に、ふたりのブレスが共鳴するような感覚があった。
 
「共鳴する時の響き方が金華山とは違うね」
「うん。あちらは上に響いていった感じ。ここは下に響いていく感じ」
「高い場所にあるからかな」
「黄金山神社だって、けっこう高い場所にあったよ」
「あ、確かにそうだ」
 
「そういえば、さっきこの神社に入ってきた時、五大弁天ってのが書いてあったね」
「マーサも気付いた?」
「うん。私たちが気付いたというのは、五大弁天も回れってこと?」
 
「かもね。今回回っているところに、江ノ島と天河を入れて五大弁天になる訳か」
「江ノ島はいつでも行けるけど、天河は日程取らないと行けないね」
「うん。東京に戻ってから行き方とか調べてみる」
 

翌25日は名古屋、その翌日は横浜でキャンペーンをして、27日は休養日となった。28日が那覇なので、他のメンバーは28日朝の便で移動することになっていたが、私と政子だけ27日の午後の便で那覇に飛び、麻美さんのお見舞いに行った。麻美さんはとても元気で、4月に会った時よりもかなり顔色が良くなっていた。体調がいいので、最近は歩行器を使って歩く練習などもしているということであった。
 
その日はお見舞いの後、那覇の町でのんびりしようと思っていたのだが、どこからか聞きつけた、なじみのFM局のパーソナリティさんが電話を掛けてきて、私たちはふたりでFM局に赴き、夕方の番組に飛び入りで出演して、明日キャンペーンをすることを話した。
 
「今回はローズクォーツの方のキャンペーンですか」
「そうです。『ビトゥイーン・ラブ』はふたつのメロディーが絡み合うきれいな曲ですし『あなたとお散歩』もとってもキュートな曲なので、お近くの方はぜひいらしてくださいね」
 
「マリちゃんも歌うんですか?」
「いいえ。歌いません」
「私は4月のライブの時はスタッフで行ってたので役得でマリちゃんの歌を聴くことができたんですけどね。堂々と歌ってるし、上手いし、このままステージ復帰するのかと思ったんですけど。夏フェスでも歌いましたよね」
 
「ええ。年内にはもう1回くらい、日本のどこかで歌うかも知れません」
 
「ちょっと、マリ、それまだ非公開情報!」
と私は慌てて言ったが、生放送で流れてしまったものはどうにもならない。
 
マリの爆弾発言は、沖縄のリスナーによりネットに書き込まれ、30分以内には全国のファンの知るところとなった。
 
★★レコードや事務所などに問い合わせが殺到したがどこも「確かに年内に1度ローズ+リリーのライブを予定していますが、詳細はのちほど発表します」
とだけ答えた。
 
金華山で突然政子が歌いたいと言った後、私はすぐに美智子と町添さんに政子がやる気になっているので、ぜひ今年中に1度ライブをしたいということを伝えていた。すると翌日には町添さんから、そのライブの企画案を作ったよという連絡があり(町添さんと浦中さんの電話会談で概要が決まったようであった)、その計画は「未公開資料」として、上島先生、○○プロ、△△社、そしてUTPに開示されていた。
 
が、いつ発表するかというのもまだ決まっていなかったので、協定違反と言われないかと私は肝を冷やしたのだが、慌てて電話をすると町添さんは笑っていたし、浦中さんも津田さんも「事前に内容について連絡は受けていたのでノープロブレム」と寛大な言い方をしてくれたので、ほっと胸をなで下ろした。
 

その日の宜野湾市内のホテル。政子は
「私の発言、まずかった?」と訊いた。
 
さすがに本人もちょっとやばかったかなと思ったのだろうが、私は
「大丈夫だよ。一応事前に協議はしていたし。でも気を付けてね」
と言った。
「ごめんねー。で、いつライブするの?」
「あれ、まだ見てないんだっけ? って旅先だからマーサはパソコン持ってきてなかったね」
「うん」
 
私は政子がまだメールを見ていなくて良かったと思った。見ていたら場所と日時までしゃべっていたかも知れない。
 
「これだよ」
と言って、私は町添部長から送られてきたメールを見せる。
 
「大分?」
「だって、去年の12月に大分に行ったとき、マーサったら関鯖食べたいから今年も12月に大分に来て、ライブするって言ったじゃん」
 
「あ!そうだ。関鯖食べなくちゃ! 冬!よく覚えてくれてたね。大好き」
と言って、政子は私に抱きついてキスした。
 

自分の失言で少し政子も凹んでいたようではあったが、夕食にタコライスとアグー豚のトンカツを食べるとたちまち元気になった。食事の後少し休んだらホテル内のプールに行って一緒に泳ぎ、エステで身体をもみほぐしてもらった。
 
私もゴーヤートリートメントで全身をマッサージしてもらうと、あまりの気持ち良さに途中で眠ってしまったくらいであった。
 
「丁寧にエステしてもらったから身体が軽い気がする」と政子。
「私も。なんか疲れの溜まっていた所をきれいに解放してもらった感じ」と私。
 
「でもこういうエステって女性専科が多いよね。今日受けたメニューも女性専用だったし」
「まあ、女性客と男性客を同じ部屋で裸にできないしね」
「冬は女性の身体になれて良かったね。こういうのが受けられるから」
「そうだね。別にエステしてもらいたいから女になった訳じゃないけどね」
 
「冬はどうして女の身体になりたいって思ったの?」
「うーん・・・・何でだろう・・・・」
「じゃ質問変えて、最初に女の子になりたいと思ったのって、いつ頃?」
「・・・・こないだ。うちのお母ちゃんから、お前の小さい頃の写真が出てきたっていってメールで送ってきたんだ」
「へー」
 
「普及価格帯のデジカメが発売されて間もない頃だよ。QV-10って機種で当時のCPUは非力だから320x240ドットなんだけどね。でもこれ」
 
私はその写真を開いて政子に見せた。
 
「わあ、可愛い女の子! って、これ冬?」
「うん」
と言って私は微笑んだ。そこには、ツインテールの髪で麦わら帽子をかぶり、サマードレスを着た、3歳の私の姿があった。
 
「この写真、小学生の頃は何度か見たことあったんだけどね。その後見てなかったから、消しちゃったか、行方不明になったんだろうなと思ってたんだけど」
 
「冬と正望君との結婚式ではこれぜひプロジェクターで映して参列者に見せたいね」
「やめてー。恥ずかしいよ」
 

翌日は午前中にクォーツのメンバーが到着。お昼から那覇市内の数ヶ所でキャンペーンを行った。そしてその日は私たちが前泊したのと同じホテルに泊まる。夕方、そのホテル内のレストランでみんなで食事をした。
 
「ここ、いいホテルだなあ。4月に来た時も思ったけど」とヤス。
「去年沖縄に来た時はふつうのビジネスホテルだったけどね」とサト。
 
「ローズクォーツの『夏の日の想い出』、ローズ+リリーの『涙のピアス』がミリオン行ったから、グレードが上がったんですよ」と氷川さん。
「でもこのあとヒットが出なかったら、たちまちグレードが下がるね」と美智子。
 
「昔は一流ホテルに泊まってたのに、とか言うハメにならないよう頑張ろう」とタカ。「全く。でもヒットは運もあるからね」とサト。
 
「でも今のレコード業界『1万枚売れたらヒット』みたいな雰囲気になってきているから、その中でミリオンを連発している、ローズ+リリーとかXANFUSとか、スカイヤーズって、レコード会社としては超VIPなんですよ」と氷川さん。
 
私は思った。政子の失言が問題にされなかったのも、その特別待遇あってのことなのだろうと。
 
「でも、ケイちゃんの曲がやはり去年の夏から突然グレードアップしたよね。それ以前の曲もいい曲が多いんだけど」とヤスが言う。
「あ、その説には俺も賛成」とサト。
 
「去年の夏に凄いヒーラーさんに出会って、ケイは体内の波動を女性型に変更してもらったんです。それでおそらく、ケイの体内の能力が上昇したんですよ。それまでは男の部分と女の部分が混在して充分なパワーが出なかったのが、完全に女になったからフルパワー出るようになったんだと思う」
と政子が言う。
 
「性転換したのでスッキリしてパワーアップしたんですね?」とヤス。
 
「でも今年ミリオンを出した曲はみんな昔の曲なんですよね。『影たちの夜』
は高校を卒業した直後、『天使に逢えたら』と『A Young Maiden』は高校2年の時の作品」と私。
 
「そのあたりは突発的に凄くきれいにチューンしたんだろうね。マリちゃんもケイちゃんも天才型だから、時々凄いのができちゃう。でも去年の夏以降の曲はコンスタントに凄い。今年の曲だって悪くないよ。『風龍祭』は80万枚。あんな実験的な曲でこのセールスは凄いよ」とサト。
 
美智子も頷いている。
 
「『祝愛宴』のお陰で雅楽に興味を持つ人が増えたみたいですよ。逆に雅楽に関わっていた人たちでローズ+リリーのファンが増えたみたいです。でも、古い曲は今年出したふたつの自主制作アルバムでだいたい尽きました?」
と氷川さん。
 
「そうですね。だいたい尽きたけど・・・・」
「けど?」
「1個、行方不明の楽譜があるんですよね。私とマリが初めて一緒に書いた作品なんですが」
「へー」
「高校1年の時の作品で。その頃はMIDIツール使ってなかったから、譜面をパソコンに入力してないんですよね。高2の時に譜面の紛失に気付いてその時点の記憶で書き出したものはあるのですが、微妙に違う気がして。マリは詩を書いたら即忘れちゃう人だし」
 
「それ、見つかるといいですね」
 

翌日は朝の飛行機で大阪を経由して高松に行き、その翌日30日は広島に移動して各々の地でキャンペーンをした。そして31日は休養日となったので、私と政子は宮島に渡った。
 
ここはどうしても観光地になっているので、できるだけ観光客の少ない早朝にお参りしようということで、朝1番のフェリーを使った。それでもお婆さんたちの団体さんと一緒になってしまった。私と政子は少し早歩きして先に行き、喧噪に巻き込まれないようにした。
 
お参りする。お揃いのブレスレットがまた共鳴した。今度は響きが水平に広がっていくような感覚を覚えた。
 
「冬、金華山は黄色、竹生島は青だって言ってたよね。ここは何色だと思った?」
「赤」
政子も頷いている。彼女もたぶん似たような感覚を感じているのだろう。
 
お参りした後、参道の商店街で紅葉饅頭を買って、フェリーターミナルの近くで一緒に食べていたら、政子が何か考えている風であった。
 
「どうしたの?」と声を掛けるが
「うん」と言ったまま政子は微笑んでいる。珍しい反応だ。
 
「ねぇ、私が赤ちゃん産むしたら、いつ頃がいいかな?」と政子は唐突に訊いた。「ふーん。道治君の赤ちゃん、産みたくなったの?」と私。
 
政子は先月くらいから新しい彼氏を作って付き合い始めていた。彼氏がとても熱心で、政子にもう夢中という雰囲気で、私も微笑ましく思っていた。
 
「ああ、道治の子供か・・・・彼の子供だったら産んでもいいな」
「ん?道治君とのこと考えてたんじゃなかったの?」
 
「特に誰かのってんじゃなくてさ。やはり在学中は難しいでしょ?」
「休学が必要になるかもね」
「それやると母ちゃんに叱られるな。でも大学卒業したら、私、ライブ活動に完全復帰すると思うんだ」
「お、とうとう復帰する気になったか」
「在学中も何度か歌うかも知れないけど、限定的でいい?」
「うん、いいよ」
 
「するとたくさん休んでいたのに、復帰してすぐに出産で休んだりしたら、町添さんに悪いもん。だから大学卒業してすぐ産むのも無し」
「それに、私たちの世代の女性歌手って結婚したり出産したら商品価値が下がるからさ」
「うん。それは意識してる。私たちって性まで商品の一部だもんね。でも最初の子供、30歳前には産みたいのよね」
「そうだね」
「じゃ、27歳くらいで産もうかなあ」
「まあ、そのくらいの年齢になったら、子供産んでも町添さんだって、むしろ祝福してくれるんじゃない?」
 
「じゃ、決めた。私、27歳で子供産む」
「ふふふ。いいんじゃない?」
「私の子供は冬の子供だよ」
「そんなこと言ってたね」
「子育て、一緒にしてくれる?」
「女同士だから、そのあたりってやりやすいよね。手伝えることは何でも手伝うよ」
「じゃ、おっぱいあげるのも手伝ってね」
「そんな無茶な!」
 

翌日9月1日は神戸で、そしてキャンペーンの最終日2日は福岡でイベントを行った。2日は日曜なので、そのあと月火の3,4日はお休みとなる。私たち以外のメンバーは2日の夕方の飛行機で東京に帰ってしまったが、私たちは博多で1泊した上で、3日朝からレンタカーを借りて、宗像大社にお参りに行った。
 
広い駐車場に車を停め拝殿の方へ進んでいったが、ピリリとした空気を感じた。緊張する。拝殿で二拝二拍手一拝する。またお揃いのブレスが共鳴する。心地良い。
 
その後、青葉から「絶対行ってみて」と言われていた奥の宮の方へ行く。
 
「うそ・・・・」と政子が声を上げた。
 
「ここ、お伊勢さんを切り出してきたみたいな場所だね」
「うんうん。凄くきれい!」
 
伊勢の神宮で見るような古風なお社が立っていて、またここの空気が素晴らしくきれい。私たちはそこでしばらく見とれていたが、心が本当に洗われていくような気分だった。ここに来て良かった、と本当に思った。
 
ここで少しゆっくり過ごした後、私たちは車で神湊まで行った。フェリーに車ごと乗船して筑紫大島に渡る。まずは港の近くの宗像大社中津宮にお参りした。
 
「ちょっと黄金山神社と空気が似てない?」
「あ、それは人が少ないからかも」
「なるほど」
 
参拝しているのは私たちだけである。ここまでお参りにくる人は滅多にいないのだろう。そこでお参りした後、島の反対側にある沖津宮の遙拝所まで行った。
 
中津宮にだけお参りするなら車と一緒に渡る必要は無かったのだが、徒歩でここまで来るのは辛そうだったので、お金は掛かるが車と一緒に渡ってきたのであった。
 
ここは巨大な扉が置かれていた。この扉の向こうに女人禁制の地・沖ノ島がある。遙か海の向こうの島に思いを寄せながら、私たちはお参りをした。
 

レンタカーを返して、お昼を食べた後、私たちは新幹線で東京に帰ろうとして博多駅に行った。普通なら飛行機で帰るのだが、時間もあるしのんびり帰ろう、などと言って乗車券は東京まで買ったが、新幹線は新大阪までしか買っていない。大阪で一休みしてから、その先はまた考えようという魂胆である。
 
ホームで待っていたら、意外な人物から声を掛けられた。
「中田さんと唐本さん?」
「松山君!」
 
それは高校の時の友人、松山貴昭君だった。彼は阪大に進学していたが、何となく交流が続いていた。政子は暇な時に適当に友人に電話して、おしゃべりなどしているが、その電話先のラインナップに松山君は入っていて、向こうの都合は関係無く、会話に付き合わせていた。しかし私も政子も会うのは高校を卒業して以来であった。
 
「こちらは仕事?」
「うん。キャンペーンで来ていて、今から帰る所」
「へー。でも飛行機じゃないの?」
「うん。今日明日は休みだから、たまにはのんびり帰ろうと思って。松山君はこちらは旅行?」
「佐賀の親戚で法事があったんで、そこに顔を出して帰る所」
 
私たちは自由席の3列の所に行き、窓際に私、真ん中に政子、通路側に松山君と座って、あれこれつもる話をした。
 
「へー。宗像大社に行って来たんだ。いい所でしょ?」
「うん。心が洗われる感じだったよ。今回のキャンペーンに便乗して、三大弁天様を回ってきて、最後の締めで宗像さんに行ったのよね」
「三大弁天?」
「金華山、竹生島、厳島」
 
「へー。そういう数え方もあるのか。僕は三大弁天は江ノ島・竹生島・厳島かと思ってた」
「多分、諸説あるのかも。これ教えてくれた子は東北出身の子だから、金華山が入るのかもね」
「なるほど。五大弁天は知ってる?」
「うん。金華山・江ノ島・竹生島・天河・厳島」
 
「その5つは安定してそうだね。三大弁天は厳島と竹生島は確定だろうけど、恐らくもうひとつは人によって入れるものが違うんだよ。ところで、天河は先月車で行って来たよ」と松山君。
 
「えー?ほんと。行くの大変じゃなかった?」
「ううん。まあアップダウンはあるし、曲がりくねってるけど、天川村まで行く道は割と広いし、楽だよ。そうだ。明日もお休みなんだったら、連れてってあげようか?」
「ほんと、行きたい!」
 
ということで、私たちは急遽、松山君の車で天河弁天まで行くことになったのであった。
 

大阪のホテルに1泊し、翌朝松山君に拾ってもらい、奈良県を目指した。運転は交替ですることにし、行きは大阪市内から下市まで私が運転。その後山道に入るあたりから松山君が運転してくれた。
 
「しかし唐本さん、運転うまいね」
「年間3万kmくらい運転してるよ」
「おお、大したもんだ。それに絶対制限速度を超えないんだね」
「それは交通法規遵守って誓約書を出してるから。万一、スピード違反とかで捕まったりしたら、全国報道されちゃうもん」
「ああ、芸能人ってそれは辛いね。有名税だね」
 
松山君はだいたい制限速度+15くらいで走り、11時頃に天川村に到着した。川を渡ったあと少し細い道を走った所に天河弁天はあった。
 
もっと辺鄙な場所を想像していたのに、若い女の子などがたくさんお参りしていて、びっくりした。
 
「けっこう観光地化してるよね」
「ここ去年の台風で壊滅的な被害を受けたんだけど、かなり復興してきたね」
「ここって役行者(えんのぎょうじゃ)と関係あるんでしょ?」
「そそ。役行者が蔵王権現を示現しようとしていて、先に天河弁天が出て来てしまったんだよ」
 
「面白いね、それ。天河弁天の次が蔵王権現?」
「いや、間にいくつか入ってるよ」
「ちょっと興味覚えた。今度調べてみよう」
 
「ここは風水的なエネルギースポットなんだよね。この付近の地形が風水的に観察すると、女性器の形に似ている。だからこそ弁天様なんだろうね」
「山脈の端にそういう場所があると、そこは龍穴になるよね」
 
「今度時間のある時に丹生(にゅう)川上神社にも行くといい。龍に逢えるよ」
「来年の夏・・・・くらいに来ようかな」
「うん。丹生川上神社は3つあるから」
「へー」
 
私たちは天河弁天にお参りしたあと、細い道を少し先の方まで行き「六角岩」
を見た。鳥居をくぐって河原に降りて行く。ここはまだ台風の爪痕が残る。しかし、川の向こうにほんとにきれいな六角形の岩が見えた。
 
「あれって・・・・人工的なもの?」
「分からない。天川村の近くにはこれ以外にもいくつか特徴的な形をした岩があるんだけど、どういう意味があるのか、人工的なものか自然の産物か、そのあたりもよく分からないんだよね」と松山君。
 
「ね・・・・今とっても詩が書きたいんだけど」と政子が言ったが
「ここはダメ。車に戻って車内で書いて」と私は言った。
「うん」
 
帰り道は私が御所(ごせ)まで運転した。政子はその車内で詩を完成させた。「森の処女」というタイトルが書かれていた。御所から大阪まで、松山君が運転する車内で、私はその詩に曲を付けた。
 
「このあと江ノ島にも行くの?」と松山君。
「うん。今度の週末に行くつもり。それで五大弁天を回りきることになる」
 
「だけど、君たちの創作現場、久しぶりに見たな」
「そうだね。高校時代から、よくこんな感じで歌を作っていたね」
 
「中田さんが先に詩を書く場合と、唐本さんが先に曲を書く場合があるよね」
「うん。だいたい半々かな。どちらが先行した場合も、詩も曲もふたりで書いてる感覚なんだけどね」
 
「ふたりって凄く息が合ってるもんね。そうそう。そのお揃いのブレスレットきれいだね。友情の証し? それとも愛の記念?」
「ふふふ。松山君だから言っちゃうけど、後者かな」
「いいんじゃない? 高校時代からとっても仲良かったしね。今一緒に住んでるんだよね?」
「うん。どちらかが結婚するまではずっとこのまま同棲してるかな」
 
「たぶん、ふたりって、各々が結婚しても、同棲してる気がするよ」
「そう?」
「そして、各々の旦那は通い婚」
「それって、とってもありそうな気がする!」
 
午後3時頃、大阪市内に戻って来たが、私たちは松山君のアパートの近くのレストランで休憩し、軽食を食べてから別れることにしたが、結局松山君が新大阪駅まで送ってくれた。松山君の車が去って行くのを見送る政子の目がちょっと熱い感じなのに私は気付いたが、そのことについては何も言わずにおこうと思った。
 

帰京して自宅マンションに戻ったら留守電が入っていた。再生してみると、上島先生だ!
 
「あ、もしもし。急ぎの用事じゃないので、メールせずに留守録に残しておきます。韓国に行ってきたんだけど、君たちにお土産があるから、いつでも取りに来て。僕がいなくても茉莉花(奥さんの名前)がいると思うから」
 
というメッセージであった。私はすぐに先生のご自宅に電話したところ、果たして奥さんが出て、先生はまた海外に出張中ということだったが、奥さんとは私も政子も親しくしているので、すぐにお伺いした。
 
途中、ちょうど通り道になるので、古い友人の絵里花のお父さんがやっているケーキ屋さんに寄り、ケーキを5個買って持って行った。私と政子と奥さんだけなのに5個というのは、誰か他にも来客があった場合の用意である。余ったら政子が食べるし! 果たして先生の家に行ってみると、奥さんの親友の歌手、丸井ほのかさんが来ていた。私たちが着くちょっと前に来たらしい。奥さんがお茶を入れてくれて4人でケーキを食べる。当然政子が2個である。
 
「あんたよくケーキ2個とか入るね。体重増えちゃうよ」と丸井さん。
「この子はケンタッキーなら一度に8本、ビッグマックなら一度に4個くらいぺろりと食べちゃう子ですから。でも体重が増えないんですよね。この食欲なのに体重42kgなんです」と私が言う。
「わあ、ギャル曽根並みじゃん。あんた、大食い選手権とかに出なよ」
「済みません。この子、テレビ出演拒否してるので」
「へー」
 
ケーキを食べ終わったところで奥さんが、先生のお土産というのを出してきた。
「これなのよ」
「わあ、可愛い!」
 
それは先生が韓国で買ってきたという青磁の皿だったが、中央に龍の模様がある。その龍がデザインは本格的なのに顔がなんだか、とても可愛いのだ。
 
「これ韓国でも人気の青磁作家の作品なんだって。まだ30歳代の女の人で、こういう可愛い絵を描くから、特に女性に人気らしい」
「へー。でもさすが韓国の作品ですね。色がすごく素敵」
「そうそう。日本の青磁はこの色が出ないのよね。使う松とか、あとは湿度とかの関係なのかも知れないけど」
「この可愛い感じが、あなたたちにぴったりな気がするからあげたいって言ってね」
「ありがとうございます!」
 
「でも今回の旅で、けっこうあちこちで龍には会ったよね」と政子。
「うん。竹生島で会ったのがいちばんハッキリしてたけど、宗像大社の沖ノ島遙拝所とか、天河弁天の境内でも1ヶ所、一瞬龍の気配を感じた所があったよね」
「へー」と奥さんが感心しているが、丸井さんは
「そういう龍って見えるもんなの?」と訊く。
 
「見える人、感じる人、様々だと思いますよ。ある意味、一種の自然現象みたいなものだし」
「なるほどねー」と丸井さんは言っている。
 
「そういえば先生は、今度はどちらへ?」
「あの人、今月いっぱいまで謹慎期間中だから、その間にふだんなかなか行けない所に行こうとか言って、今はエジプト。私にも一緒に来ない?って言われたんだけど、エジプトはしんどそうだからパスした」
「エジプト!」
 
「あの人、この半年はよけいなテレビ出演とかしなくて済んで、創作活動に専念できるとかいって、むしろ謹慎を楽しんでるみたい」
「さすが、先生。ただでは起きないですね。しかしエジプトに行って先生がどんな作品の着想を得られるのか楽しみです」
 

その日の夜、終電で自宅マンションに戻った私たちは、その龍模様の青磁の皿を居間のサイドボードの上に飾った。
 
「なんだか私たちの結婚記念にもらったみたいな感じ」と政子。
「私も思った。先生からってのが何か嬉しいね」と私。
 
私たちは見つめ合い、キスして、そしてまた愛し合った。
 

その週の週末、私と政子は電車に乗って江ノ島まで出かけた。行きは小田急で片瀬江ノ島に着き、境川を渡り、江ノ島弁天橋を渡って島に入る。辺津宮、中津宮、奥津宮、の順にお参りしていく。けっこう体力を要する。奥津宮に行く途中で政子が「疲れた、お腹すいた」と言うので、茶店に寄って黒蜜の掛かったところてんを食べた。
 
奥津宮・龍宮大神にお参りした後、少し山道を入り龍恋の鐘に行って、鐘を一緒に鳴らした。鐘の音に合わせてふたりがしているブレスレットが共鳴する。心地よい。
 
「この鐘を一緒に鳴らすと永遠に結ばれるんだって」
「私たちはもう一生結ばれているけどね」と政子は確信するように言う。私も頷いた。
 
やはり男女のカップルで鳴らしている人が多い。中には女の子同士で鳴らしている人たちもいるが、友情の証ということだろう。
 
「岩屋まで行く?」
「その階段、しんどそう。パス」
 
ということで、私たちはそこから島の表側の方まで、ショートカットの道を歩いて帰り、江ノ電とJRで東京に帰還した。これで五大弁天の旅、私たちにとっての「結婚報告の旅」を終えた。
 

「でも私たちが結婚するのに、なんで政子が男役で、私が女役になるのかな」
とある時、私は青葉に訊いてみたことがある。
 
青葉は少し考えていたが、こう言った。
「Rose+Lily って R と L でしょ。Right+Left に通じるんだよね。冬子さんはRose だから Right。右。水。女性属性。政子さんは Lily だから Left。左。火。男性属性。ローズ+リリーって、歌う時、ケイの方が右に立ってるよね」
「あ、それは最初から何となくそうだった」
「つまり、最初からそういう男女属性だったんだよ」
 

江ノ島に行った翌週の土曜日、政子の両親がタイから一時帰国してきた。私は政子と一緒に成田に迎えに行った。私の車で政子の自宅まで行く。
 
「お疲れ様でした。今お茶を入れますね」
と言って玉露を入れる。
 
「美味しい!」とお母さんが声をあげた。
「九州に住んでいるファンの方から頂いたんですよ。八女の玉露です」
と私は説明する。
「何か、おやつとか殆ど買わなくて済むんだよね。たくさん送られてくるから」
と政子は言っている。
 
「あ、何か開けますね」と言って、私は今朝届いたばかりの山口の『豆子郎』の包みを開けて出した。
 
「なんか、冬ちゃんばかり動いてるけど、政子あんたは何もしないの?」とお母さん。「ん? 私食べる人、冬作る人」と政子は言って座っている。
「結局、御飯は毎日、唐本さんが作ってくださってるんですか?」とお父さん。
「ええ、そうですね。私、料理好きだからちょうどいいんです」
と私は笑って言った。
 
呆れたという顔をしてお父さんが、お菓子をひとつ摘まむ。
 
「これ・・・ウイロウですよね。こんなウイロウ初めて食べた」
とお父さん。
 
「これ、賞味期限が1日しか無いけど、凄く美味しいんですよね。しかも冷やしたらいけないからクール宅急便が使えない。ファンの方が超特急便で送ってくださったんです。送料の方が高かったと思います」
「熱心なファンの方たちがいるのね」とお母さん。
「ほんと、ありがたいですよ」
 
「先月、実はネット中継で夏フェスを見てたんですよ。政子が出てたんでびっくりしました」とお父さん。
「えへへ」と政子。
「それでネット見てたら、年末にライブやるとか書かれているし」
 
「今年は4月のライブと合わせて3回だけだよ」と政子。
 
「でも、あんた随分歌が上手くなったよね。高校時代はけっこう音痴だったのに」
などとお母さんが言う。
「うん。自分でも少しうまくなったかなという気はする」と政子。
「政子さんは、かなり歌が上達しました。先月のフェスで歌った『雨の夜』
なんて、かなりの歌唱力を持つ人にしか歌えない曲です」と私。
 
「政子、お前、大学出たらどうするの? どこかに就職するの?」とお父さん。
 
「私、OL無理〜。ぼーっとしてるから仕事務まらない」
「確かにね。あんた、運転も無理よね」
「絶対無理。運転しながらほかのこと考え始めるから、どこかにぶつけてからあれ?と思ったりするよ」
「私が政子さんのドライバーになってあげますよ」と私。
「うん。日々ドライバーになってもらってる」と政子。
 
「私ね、冬が作ったごはんを食べてあげる係と、冬が作る歌に歌詞を書く係でいいかなあ、と思ってるんだけどね」と政子。
「なんじゃ、そりゃ?」
 
「御飯はまあいいとして、政子さんは詩を書いているだけで億単位の稼ぎをしちゃいますから、歌詞を書く係でいいと思いますよ」と私は言う。
 
「億単位か・・・・」
「『神様お願い』などは、ここだけの話ですが300万売れてます」
「300万円も?」とお父さんが言うが
「いえ。300万枚です。売上額は9億円です」
「9億!?」
お父さんは絶句している。
 
「この曲の収益は全て東日本大震災の被災地に寄付する契約になっています。ですから、売上がいくらあったかも公表しない約束なので、この数字は他言無用でお願いします」
「わ、わかった。じゃ、その9億を寄付ですか?」
「はい。製造費や流通で掛かった経費を差し引いて4億円くらいだそうですけどね。でも、そういう契約にしたことをさすがに少し後悔しましたよ」
と私は笑顔で言う。
 
「『神様お願い』はね、沖縄の難病の子を応援するのに作ったの」
と政子が言う。
 
「その子との交流は私たちがまだ高校生の時からなんですよ」と私が言うと「ああ、思い出した! あんたたち受検前なのに沖縄まで行ったわね」とお母さん。
 
「ええ、その子です。その子がもう1年半前になりますが、一時危篤状態になりまして。連絡を受けて急いで沖縄に飛んだんですが、羽田空港で飛行機を待ちながらその子の回復を祈っていた時にできたのが、あの曲なんです」
「へー」
 
「あの子、私たちの物凄いファンで。もうほんとに危ないって時に私たちのCDを枕元で掛けてって友達に頼んで、それを掛けてたら、意識失っているのに、その音楽に合わせて身体が動いていたらしくて」
「わあ・・・・」
 
「回復してから本人が言ってたんですが、なんかどこかへ行ってしまいたい気分だったのに、私たちの歌が聞こえてきたから、そちらに戻ったって言うんですよ。向こうに行きたいけど、でも私たちの歌の聞こえる方にも戻りたいって、どちらに行こうか迷っているうちに、目が覚めたら生きてたって」
「凄い」
 
「意識の無い状態でICUに入っている間も、ずっと私たちの歌を聴かせてたんですよね。停めると血圧が降下するから、またCD掛けて。すると血圧が上昇して、という繰り返しをしている内に一晩持ちこたえたんです」
「うーん・・・」
 
「正直、私たちの作った歌にそこまでの力があったとは思いもよりませんでした」
と私は言ったが
「私、天才だから、そのくらいの力のある歌作れるかもね」
などと政子は言っている。
 
「あと『聖少女』には不思議な力があるんだよ」と政子。
「あの曲にはヒーリングの波動が入っているんですよ。だから、あの歌を聴くと心が癒されるし、体調も良くなります」
「ほほお」
 
「しかし、政子の作り出す歌が、それだけ人のために役立ってるんですね」
「日本にとって財産だと思います」と私。
 
「それだけ役に立つものを作っているんなら、それでもいいかも知れないな」
とお父さんも言う。
 
「本人も言ってるけど、この子には絶対OL無理ですよ。この子にコピーとかさせたら、きっと裏側をたくさんコピーしてきそう」とお母さんが言うと「あ、それ何度かやった」と政子。
「政子さんには誰もコピーは頼みません」と私。
 
「パソコンも3台くらい壊したかなあ・・・・」と政子。
「私が知っているだけでも5台は壊してる」と私。
「むむむ」
「私、電化製品を壊すのも天才なんだよね」
「困った天才だな」とお父さんは呆れたという感じで笑っている。
 
お昼は天麩羅蕎麦を作って出した。
 
「お蕎麦は信州安曇野のファンの方から頂いたんですよ。天麩羅はうちで揚げたものですが」
「美味しい!」
「信州の蕎麦はいいですね」
「いや、冬ちゃんの作り方がまたセンスいいのよ。天麩羅もすごくきれいにできてるし」とお母さん。
 
「唐本さんはそういえば性別はもう変更なさったんでしたっけ?」とお父さん。
「はい。昨年10月に20歳の誕生日が来たのと同時に申請を出して、すぐに認められました。今は完全に戸籍上も女性です」
「じゃ、政子とは結婚できないんですね・・・・」とお父さん。
 
「戸籍上はできないけど、私の意識としては、冬は私の奥さん」と政子。「冬ちゃんの方が奥さんなの?」とお母さん。
「うん。もし冬が妊娠したら父親は私」
「私も、政子さんの奥さんでいいと思ってますよ」と私は笑顔で言う。
 

「でも色々話聞いていたけど、それだけ政子の歌に力があるんだったら、冬ちゃんと一緒に歌を作るのもいいし、CD作るのもいいし、ステージで歌ってもいいんじゃない?」とお母さんは言い出した。
 
「お父さん、お母さん。私、大学卒業したら、歌手として完全復帰したい」
と政子は言った。
 
「在学中はどうするの?」とお母さん。
「今年3回歌うし、来年は6回くらい歌いたいなあ」と政子。
「うん。いいんじゃない?そのくらいなら」
 
「まあ、勉強に差し支えの無い範囲ならな」とお父さん。
「それは大丈夫だよ」と政子。
「私、天才だし」とまた言う。
 
「政子さんは音楽活動しながら勉強をおろそかにしたこと1度も無いですよ。高2の時も、お父さんたちに黙ってたのはいけなかったけど成績はぐっと上がってますから」と私は言った。
「確かにそうなのよねー。高2の初めの頃って、赤点ギリギリだったのに、取り敢えず△△△を受けますと言っても笑われない程度の成績にはなってたよね」
とお母さん。
 
私たちは翌日、美智子と会談して、政子の契約条件の見直しをしようということになった。
 
その日の晩御飯には、私はゴーヤチャンプルを作った。中華鍋に山のような量作って食卓に持ってきたのでお父さんがびっくりしていたが、それをどんどん政子が食べるので目を丸くしている。
 
「政子・・・・お前、こんなに食べてたっけ・・・・」とお父さん。
お母さんは笑って「この子はこんなものですよ」と言う。
「鶏の唐揚げとかはいつも2kg揚げてますよ」と私。
 
「でも凄く美味しい。ほんとに冬ちゃん、料理が上手」とお母さん。
「だって、私のお嫁さんだもん」と政子は言いながら、楽しそうに食べている。
 
「しかし、政子、こんなに食べるなら食費が凄そうだな」
「あんたたち、食費の分担はどうしてるの?」
「食費も含めて生活費は全部折半だよ。洋服代とかは各自負担」
「食費が半々って絶対おかしい。作ってくれるのは冬ちゃんだし、食べるのはあんた冬ちゃんの5-6倍食べてるでしょ」
「うん、そんなものかな」
「冬ちゃんは食費出すこと無いわよ。この子に全部出させた方がいい」
「そうかなあ」
「私は半々でいいですよ」と私は笑って言った。
 

翌日、私たちは私のマンションの方に行って、そこに美智子も来て、契約条項について話し合った。
 
その結果、ステージ活動やテレビへの出演については、学業に支障のない範囲であればOKということになった。出演頻度については良識に任せるということにして、回数などは定めなかった。新しい契約書は即日有効ということにした。
 
これで12月にローズ+リリーのコンサートをすることについて、契約上も問題が無いことになった。また来年度のライブ回数については政子が6回くらいしたいと言っているので、だいたいその線で検討しようということになった。
 
「しかし、もう始めてから4年になるんですね・・・」とお母さん。
「はい。来年はローズ+リリーのデビュー5周年です」と美智子。
「あんたたちが創作活動始めたのって、いつなんだっけ?」
「高校1年の8月ですよ。ですから、今年が活動開始5周年でした。夏フェスへの出演は、上手い具合にそれの記念みたいなものになりましたね」と私。
 
「高校1年の夏にキャンプ行ってて、私、冬に女装させちゃったのよね、その時、私たちの最初の曲が出来たのよ」と政子。
「私、女の子の服を着た時だけ、作曲ができる体質だったんです」
「それに気付いたのは高2の春頃だったよね」
「そうそう。だから高校の時の作品の数を数えると、私の女装回数が分かる」
「いや、作品数より女装回数の方がずっと多いはず」と政子。
 
お母さんが笑っている。
 
「冬〜、今日のお昼御飯は?」
「握り寿司作るよ」
「やった!」
 
お昼前に私の姉と母がやってきた。母に買物を頼んでいたので、お刺身用のお魚をたくさん買ってきてもらっていた。うちの母も政子のご両親に会うのは久しぶりだったので「御無沙汰しておりました」とお互い挨拶していた。
 
先に厚焼き玉子を作った。また軍艦用に海苔を切っておく。
 
寿司酢を作り、炊飯器で炊いていた御飯に混ぜ、寿司桶に入れる。姉が団扇で扇いで冷やしてくれている間に、私はお魚を寿司ネタのサイズに切った。筋子をほぐしてイクラの状態にする。生わさびを摺り下ろす。アイランドキッチンなので、こういう作業をしながら会話に参加できるので便利だ。
 
私は食卓に移動し、御飯を握っては、どんどんわさびを付け寿司ネタを乗せて皿に載せていった。イクラ、シーチキンなどは軍艦にしていく。
 
「どんどん食べて下さいね。遠慮してると政子が全部食べちゃいますから」
と言って、私自身も作りながら時々自分の口に入れていく。
 
「なんかお寿司屋さんで食べる寿司みたい」と政子のお母さんが感動している。
「ほんとに冬ちゃんって、料理が得意なのね。お寿司握れる女の子なんて、めったに居ないわ」
「私の奥さんだもん」とまた政子は言っている。
 
「いや、冬ちゃんのお母さんの前でこんなこと言っていいのか分かりませんが、冬ちゃんって、会った頃から既に女の子らしかったですけど、この4年間で、どんどん女らしくなっていきましたね」と美智子。
 
「最初に会った時、冬は男の子の格好してたのに、みっちゃんったら、女の子だと思ってたよね」と政子。
「そうそう。政子ちゃんとふたりで事務所に来た時、女の子2人だと思い込んじゃったんです、私」
 
「冬、あんた、いつ頃から女の子の格好するようになったんだっけ?」と母。「頻繁にするようになったのは、ローズ+リリー始めてからだけどなあ」と私。「少なくとも中3の頃には、この子、女の子の下着つけてたよ」と姉。
「えー?そうだったの?」と母はその頃のことまでは知らないようだ。
 
「だいたい高校の入試を中学の女子制服で受けに行ったと言うしね」と政子。「あ・・・それは本人から聞いたことあった」と母は昔を思い出すように言う。
 
「だけど、昔のこと、なかなか自白しないのよ、冬って」と政子。
私は笑いながら、お寿司を握り続けていた。
 
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【夏の日の想い出・第三章】(その4)