【夏の日の想い出・第三章】(その2)

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町添部長は経緯をこう説明した。
 
デモ版の録音をスポンサーに聞かせたら「4人のバランスが悪い」と言われたということだった。北陸のFM局を中心に流しているローズクォーツの番組でも一応4人で出演はしているものの、実際にはほとんど私とサトで話しているのだが、そのデモ版でもやはりそういう雰囲気になっていた。
 
そこでスポンサーは「タカやマキに話が振られた時にどうも話の流れが悪くなる」と指摘し、ふたりを外して私とサトだけのトークにしてくれないかと言ってきたらしい。これに対して町添さんは、4人はセットなので、その中の2人だけというのは困ると主張した。この部分でスポンサー側と町添さんとの間で、どうしても妥協点が見い出せず、結局ローズクォーツにこの番組をしてもらうという話はお流れになって、別の人に番組をやってもらおうかということになった。
 
それで町添さんもこちらに申し訳無いがスポンサーの意向で今回は見送りということに、と連絡してきて、こちらも了承したのだが。。。。
 
代わりにやってもらうナビゲーターを、町添さんがもし私たちに断られた場合にと腹案で考えていた中堅のタレントさんに連絡してみたところ、選曲をしきれないのでそれを局側でピックアップして欲しいというのと週に4日もあるとなるとリサーチャー(ネタを提供してくれる人)を付けてくれないと厳しいと言われた。ところが低予算の番組なので、選曲までは局のディレクターにさせるにしても、構成作家などまで付ける余裕が無い。そこで、その人を使うのは諦めて、自分で選曲も話題探しもできそうな若い人がいないか、再度検討してみることになった。
 
町添さんがスポンサーさんに「そちらで誰かいい人とか思いつきませんかね?」
と投げてみた。スポンサー(ファッションブランドの社長)さんは少し考えて
「名前を覚えてないのだが、今年と去年の春に、鍋島康平の追悼番組でしゃべっていた女子大生2人組が感じが良かったけど、あの子たち確保できない?」
と言ってくる。
 
「えっと・・・・そのひとりは先日お断りすることになったローズクォーツのケイちゃんなんですけどね」と町添さん。
 
「え?あ、そういえば雰囲気似てると思った」とスポンサーさん。
「もうひとりは彼女の相棒のマリちゃんで、ふたりはローズ+リリーというユニットを組んでるんです。ケイちゃんはローズクォーツとローズ+リリーを掛け持ちしてるんですよ」と町添さん。
 
「おお。ではぜひその2人に」
とスポンサーさんが言うので、町添さんは「昨日の今日で言いにくいのだけど・・・」
と恐縮した様子で私たちの所に再度話を持ってきたのであった。
 
美智子は大笑いしていた。
 
「あ、ちなみに先方にケイちゃんが元男の子というのは一応説明している」
「はい、それは先に言っておいてもらった方が助かります」
「戸籍上も既に女の子になっていると言ったら、それなら全然問題ないですと言ってた」
「ありがとうございます」
 
結局、町添さんもそばで見ている中で、その場で先日のデモ版のシナリオを私と政子とで録り直した。町添さんがその録音をそのまま、スポンサーの所に持ち込んで聞かせると「雰囲気が良い!ぜひお願いします」ということになった。そこで、マキやサトたちには悪かったものの、この仕事はローズ+リリーで受けることになったのであった。
 
基本的には2週間分(8日分:4時間)を月2回録り貯めすることになった。ただし最初は方向性を調整する必要があるのと、リスナーからのリクエストのストックが存在しないので最初の週の2回(1月4日・5日の水木)だけ生でやって、次回から2週間分ずつ録音することとなった。ギャラは構成コミで1回につき2万に抑える代わりに、毎回自分達の曲(ローズ+リリーやローズクォーツが歌っている曲、またはマリ&ケイで書いた曲)を2曲以内まで流して良いことになった。
 
鍋島先生の追悼番組は昨年は契約が中ぶらりんの状態だったので無償でやったのだが、今年も予算が無いので申し訳無い、などと言われて無償だったし、北陸の局でやってるローズクォーツの番組は1回5000円なので、それに比べたらギャラも大進歩という感じであった。
 

さて、私たちは町添さんが事務所に来た11月30日からスイート・ヴァニラズとの「交換アルバム」の制作に入っていた。
 
その制作が、ちょうど半分くらいまで来た12月4日のお昼。私たちはレコーディングスタジオ近くの定食屋さんで食事休憩をしていたが、その時、以前からちょくちょくやっている民謡シリーズを一度まとめてアルバムにしましょうよという話が出た。
 
ところがそれを話している内に、ローズクォーツって、いろんなジャンルの音楽が出来るから、様々なジャンルの音楽を演奏した『Rose Quarts Plays ……』
といったものを幾つか出さない?などという話に発展してしまった。その場にいたローズクォーツの4人、美智子、政子の6人で、どんなものがあるかなとワイワイ話していたら、ちょうど近くでお昼を食べていた太田さんが寄ってきた。
 
太田さんはローズクォーツやローズ+リリーの音源制作に何度か参加したことがあり、ローズクォーツの理解者のひとりなので、彼もあれこれと意見を出し、やがてこのようなラインナップが浮かび上がってきた。
 
Rose Quarts Plays Rock
Rose Quarts Plays Jazz
Rose Quarts Plays Minyo
Rose Quarts Plays Classic
Rose Quarts Plays Latin
Rose Quarts Plays Pops
Rose Quarts Plays Sakura
Rose Quarts Plays Summer
Rose Quarts Plays Autumn
Rose Quarts Plays Anime Song
Rose Quarts Plays Christmas
Rose Quarts Plays Love Song
 
「作っている内に差し替えは発生するかもね」
「そのあたりは成り行きで」
「これだけ作るには2年掛かるなあ」
「2ヶ月に1枚くらいのペースですよね」
「制作はここにいる6人で」とサト。
「うん。そうしよう」と美智子。
 
「ちょっと待って。6人って、私も参加するの?」と政子。
「当然」
「ね、ひょっとして俺も頭数に入ってない?」と太田さん。
「当然」
 
そういうわけで、太田さんはこの後、ローズクォーツの『Rose Quarts Plays』
シリーズに毎回参加することが決まってしまった。そして1月にその第一段の『Rose Quarts Plays Rock』の音源制作をしていたら、そのまま続けてローズ+リリーの『Month before Rose+Lily』『Rose+Lily after 1 year』の録音にも参加することになり、更には2月のローズクォーツのツアーにも帯同することになってしまったのであった。
 
太田さんがなしくずし的にローズクォーツの準メンバーのような存在になっていったきっかけは「定食屋さんで遭遇」したことであった。
 
「太田さんって呼ぶのも他人行儀だし、ニックネームとかある?」と美智子。
「じゃ、ヤスで」
「じゃ、ヤス、よろしく」と私。
「よろしく、ケイ」
 
という感じで、ヤスはその場にいた全員と握手を交わした。
 

定食屋さんで、そんな話をした翌日、12月5日の夕方。突然町添さんから私の携帯に着信があった。
 
「おはようございます。ケイです」
「おはよう。今日はレコーディングはもう終わった?」
「はい。先程今日の作業は終えて解散したところです」
「うん。月曜だから多分早く終わったかなと思って電話した。今暇?」
「はい、時間があります」
 
実はその日私は正望の家に行くつもりだったのだが、部長から「暇か?」と訊かれたら、時間があると答えるしかない。
 
「今から、僕の家に来てくれない?」
「部長の御自宅にですか?」
「うん。誰にも言わないで。マリちゃんにも彼氏にもね」
「はい」
「それで、目立たないように変装して来て欲しい」
「変装ですか!?」
 
私は正望に電話をして、申し訳無いけど急用が入ったので行けないと連絡し、それから都内に住む高校時代の同級生の佐野君に電話した。
 
「おお、唐本!愛してるよ〜」と佐野君。
「御無沙汰。ちょっとお願いがあるんだけど」と私は彼の《愛の告白》はスルーする。
「何だい?」
「今からちょっと佐野君の家に行っていい?」
「それは構わないけど」
 
実は部長の御自宅のある方面へ向かう途中に佐野君の住むアパートがあることで思いついたのである。佐野君は駅まで迎えに来てくれた。そして一緒にアパートに入ると私は突然
 
「ごめん。男物の服を貸して」と言った。
「は?」
「ちょっと仕事の都合で、変装して某所に行かないといけなくて」
「人気歌手は大変だね!」
 
と言いつつ、佐野君は、背広上下を貸してくれたので、私は髪をまとめた上で帽子で隠し、アイブロウで眉を太く見せ、佐野君から借りた背広上下を身に付けた。ウェストは盛大に余るので、サスペンダーを借りて吊った。
 
「ありがとう!恩に着る」
 
私は背広姿で電車に乗り、部長の御自宅へ行った。しかし・・・・背広なんて着ることになるとは思わなかったな、と思った。でも歌手として売れていなかったら、自分も大学を出たあと、男として就職するのか女として就職するのかって悩んだのかも知れないという気もした。その場合、自分も背広とか着て就活などしたのだろうか・・・・ああ、それって目眩がする。やはり自分は男としては生きられなかったに違いない。
 
部長の自宅に行き、名前を言って奥さんに案内され応接室に行くと、部長ともうひとりOL風の女性が居た。私は一瞬それが誰か認識できなかった。
 
「みっちゃん!?」
「あんた、冬?」
 
「ふたりとも、僕も一瞬誰か分からなかったね。変装は合格、合格」と部長。
 
「みっちゃんのOL姿って初めて見た」と私。
「冬の男装って、見たのは高2の時以来だわ」と美智子。
 

奥さんがお茶を持ってきてくれた。部長は奥さんが下がると
 
「単刀直入に言う。今後はローズ+リリーの方をメインにやって欲しい」
といきなり切り出した。
 
私たちは部長から、これまでのローズ+リリーとローズクォーツの売上の数字が印刷された紙を見せられた。Excelからそのままプリントした感じだ。
 
2011.07.01 rqs『一歩一歩』 8万枚
2011.07.08 R+L『after 2 years』 48万枚
2011.07.15 rqs『夢見るクリスタル』 4万枚
2011.07.22 rqs『夏の日の想い出』110万枚
2011.10.26 R+L『after 3 years』50万枚
2011.11.16 R+L『涙のピアス』80万枚
2011.11.16 R+L『可愛くなろう』40万枚
2011.12.07 rqs『起承転決』(事前リサーチによる予測枚数 12〜18万枚)
 
「ミリオン売れた次の作品なのでこちらも製造枚数の適正値を考えるのに、慎重に事前リサーチした。『起承転決』は予約枚数、事前の放送などに対する反応などから最大でも20万枚とみた」
「厳しいですね」
 
「ここでね。この数字を見る時に大事なのはね、『夏の日の想い出』でも同時A面の『キュピパラ・ペポリカ』でもマリちゃんがコーラスではなくケイちゃんと並立したボーカルとして歌っているということと、それまでローズ+リリーのシングルが2年半も出ていなかったということなんだよ」
 
部長はこの数字のほか、ローズ+リリーとローズクォーツの性別世代別購入数やスイート・ヴァニラズ、XANFUS、AYA、スリーピーマイスなどとのクロス分析などが印刷された紙を私たちに見せた後、部長はそれを即シュレッダーに掛けて「Your eyes only ね」と言った。
 
「だから結局『夏の日の想い出』を買った層は、この曲を演奏した《マリちゃんの入ったローズクォーツ》というのを、ローズ+リリーの拡大ユニットのように感じていたんだな」と部長。
 
「確かにあの曲をライブで演奏する場合、マリのボーカル部分は音源で流していますし」と私。
 
「それから以前、ローズ+リリーのファン層は10代から20代の男女半々だったのだけど、今年の統計を見ると、10代から40代までの女性7割・男性3割になってる」
 
「でも、確かに路線の見直しが必要かもしれませんね。私もローズクォーツ主体でやって行って、ローズ+リリーは、私とマリの個人的な活動という感じにしていこうかなと思っていたのですが」
 
「ファンはローズ+リリーの本格的な活動再開を心待ちにしているんだよ。いや僕もね、巷で《隠れたミリオンセラー》と言われているローズ+リリーの『神様お願い』を何でシングルカットして一般発売しないんだ?って、こないだも社長直々に言われて、答えに窮したよ」
 
「あれ、youtubeに上げたPVの参照回数も凄まじいですね」
「公開しない契約になっているので表には出してないけど、あの曲の有償ダウンロード数は200万件を越えている」
「えー!?」
 
「カラオケ、有線放送、放送局関係での印税も凄まじいことになってるよ。JASRACも、この曲と去年の『恋座流星群』の印税は特別に他のとは違う方法で計算してくれている。ふつうの計算方法ではかなり少なくなっちゃうんだよね」
「単独CDとしては出してませんからね」
 
ただこの「神様お願い」は収益の全てを東日本大震災の被災地に寄付することになっている。いくらダウンロードされても、私たちの収入にはならない。しかし200万件ダウンロードされたら、2億円以上の寄付になっているはずである。
 
「収益を全額寄付することにしたこと、後悔したくならない?」と町添さん。「正直、今一瞬思いました」と私。
 
「でも、この曲でローズ+リリーのファンはかなり増えたね。2億円、3億円くらい寄付しても、宣伝費と考えると安いものかも知れないよ。『夏の日の想い出』がミリオン行った背景のひとつは『神様お願い』のダブルミリオンでファン層が拡大したことがあると思う」
 
「ただマリちゃんが、なかなかやる気を出してくれなくて。無理強いするとよけい悪いようですし」と美智子。
 
「一緒に暮らしてるケイちゃんとしては、そのあたりどうなの?」
「マリはけっこうやる気出す時もあるんですけどね。まだ基本的にはあまり人前であれこれやりたくないみたいで。でも、昨年の春には実は1度、ライブハウスで歌ったことあるんですよね。ハプニング的なものでしたけど」
 
「ほほぉ」
「演奏していたバンドのボーカルの人が店内を走り回って、マリの手をつかんで、君たち可愛いね、ちょっとステージに来ない?なんて言われて連れて行かれて、ノリでそのまま、そのバンドの人たちと一緒に10曲ほど歌ったんですよね」
「10曲も!コンサート1回分じゃん。それは見たかったなあ」
 
「去年の5月、今年の5月には鍋島先生の追悼番組で生で歌ってますしね」
「うんうん。歌唱力はどんどん上がってるじゃんと僕は思った」
「毎日自宅のカラオケで最低20曲は歌ってるみたいですから。歌のレッスンにもここ1年ほど、ずっと通ってますし」
「偉いね」
「たぶん、何かきっかけがあったら、歌ってみようかなと言い出す気はします」
 
「じゃ、そのあたりの煽動はケイちゃんに任せることにしよう。今度のローズクォーツの新曲キャンペーンだけど、あれケイちゃんひとりで全国回ることにしてたね?」
 
「はい」
「マリちゃんを連れて行きなよ。旅先のホテルは全部ダブルにするから」
「分かりました。代理マネージャーということにして連れて行きます」
 

「だけどケイちゃんが入ってきた時、本気で誰だ?と一瞬思ったね」
 
「でも、何か背広に物凄い違和感がありましたね」
「うん。男物の背広を着ている女の子、にしか見えなかった」
「ケイに男装させるのは無理っぽいですね」
 
私は室内でふつうの服装に着替えさせてもらっている。
 
「帰りはもう深夜になるから大丈夫だろうし、その格好で帰っていいよ。今、加藤君(町添部長の部下で課長)を呼んでるから、彼に各々の自宅まで送らせるから」
「ありがとうございます」
 
「ケイちゃん、性転換手術の跡は痛まないの?」
「最初の3ヶ月くらいまではけっこう痛かったんです。でも6月に偶然知りあった凄腕のヒーラーさんにヒーリングしてもらったら痛みが取れてしまいました。その人のお勧めで、胸の豊胸バッグも抜いちゃったんですよね。実は下の方より胸の方がもっと痛かったのですが、ヒーリングのおかげでどちらも痛みがなくなってしまいました。みんなに夏頃から調子上がったねと言われたのですが、それもひとつはヒーリングのお陰だと私は思っています」
 
「私も胸のバッグを抜くって聞いた時はびっくりしたんですけどね」と美智子。
「8月頭の時点でEカップだったんですけど、シリコン抜いてCカップになって。でも10月頃にはEカップに戻っちゃいました」
「それもヒーリングなの?」
 
「ええ、そうです。結局、ヒーリングするのに、シリコンが入っていると異物だから、その部分にきちんと『気』が通らないということで。抜いてヒーリングしてもらって、凄く楽になりました」
 
「ケイは実は今生理もあるんですよ」と美智子。
「へ!?」
 
「そのヒーラーさんに体内の波動を女性型に変えてもらったので、体内で勝手に女性ホルモンが生産されるようになっちゃって。だから私、もう女性ホルモンの製剤は飲んでいません。そしてバストが発達した上に生理まで始まっちゃったんです。お医者さんに見てもらったら、人工的に作ったヴァギナの奥の方が子宮の代理をしているようだと言ってました」と私は説明した。
 
「何か凄いね。世の中には凄いヒーラーがいるもんだね」
「まだ中学生なんですけどね。多分日本で五指に入る実力者だと思います」
「それは凄い。将来が楽しみだね」
「彼女もMTFなんですけどね」
「へー」
「アナウンサー志望だそうですよ」
「ほほお」
 

12月10日。マキが結婚式を挙げた。私は正望と一緒に出席したのだが「婚約はしてないから」などと言って、席は離れた場所にしてもらった。しかしロビーに出ると、こっそり手をつないだりしていた。
 
この結婚式の披露宴で、私と政子は一緒に『ふたりの愛ランド』を歌った。
 
その日の朝、私は朝からステーキを焼いて朝食にした。
「わあ、今日の朝御飯は豪華だね」と政子が言う。
「今日は忙しいからスタミナ付けておかなくちゃと思ってね。朝からステーキは入らない?」と私。
「ううん。お肉大好き」と言って、政子はニコニコ顔で食べている。
結構食べたかなと思った所で、私はふと思いついたかのように政子に言ってみた。
 
「ねぇ、マキの結婚式だからさ。私たちふたりで何か歌ってお祝いしてあげない?」
すると政子は
「そうだね。『ふたりの愛ランド』とか歌わない?」
と本人から言い出したのであった。
 
ローズ+リリーが、100人近い人数の前で歌うのは3年ぶりのことで、たくさん写真を撮られた。マスコミ関係者も多数来ていたので、あちこちの放送局のブログなどにも写真が貼られたし、翌日のスポーツ新聞にも1面で報道されていた。新聞によってはマキの写真より大きく載っていて、ちょっと申し訳ない感じであった。
 
披露宴が終わり、花嫁さんが会場を出て行く時にブーケを投げたら私の方に飛んできて、つい私が受け止めてしまった。
 
「きゃー、私なんかが受け止めてよかったのかしら?」と焦っていると、みんなから「次の花嫁さん、頑張ってね」などと言われる。私はすぐにいつものノリになり、ブーケを右手で高く掲げると「ありがとう」と笑顔で応えた。
 
披露宴が終わったあと、みんなは二次会の方に流れて行った。私も正望と一緒にそちらに行きたかったのだが、仕事が待っていた。
 
物陰で正望にキスして別れた後、私と政子とサトの3人で会場を抜け出し、タクシーで都内の別のホテルに向かった。そこで、YS大賞の授賞式が行われるのであった。ローズクォーツの『夏の日の想い出』とローズ+リリーの『Spell on You』
がいづれも優秀賞を受賞していた。
 
私たちは結婚式に参列するのにイブニングドレスや礼服を着ていたのだが、授賞式用にサトは普通のスーツに着替え、私と政子はお揃いのミニスカの衣装に着替えた。★★レコードの南さんには、もっと大人っぽい衣装を頼んでいたのだが、町添さんが「君たち用にミニスカの衣装用意させたから」などと電話してきて、こういう衣装を着る羽目になった。
 
「でも、こういう衣装を着るのも悪くないよね」などと授賞式会場の控え室で政子は楽しそうにしている。
 
「ついでにステージで歌う?」
「パス」
「ふふふ」
「あれ? ブーケそのまま持って来ちゃったの?」
「うん。綺麗だからこのまま自宅まで持ち帰ろうかと思って」
 
「次の花嫁さん、なんて言われてたけど、正望君と結婚するの、7年後なんでしょ?」
「うーん。婚約するのが7年後だから結婚するのはもう少し先」
「なんでー? 7年も待たせたらそのまま結婚すればいいのに」
「婚約してから結婚まで7年かかったりしてね」
 
そこに同じ控え室を使っているXANFUSのふたりが近づいてきた。
「こんにちは〜」
「こんにちは〜」
と言って、私たちはお互いにハグする。XANFUSとは昔から会う度にこれをやっている。
 
「あれ? きれいなブーケ!」
「うん。結婚式からここに来たから」
「え? ケイちゃんとマリちゃん、とうとう結婚したの?」
「違う違う。うちのバンドのリーダーのマキが結婚して、私たちその結婚式に出席してたのよ。花嫁さんが投げたブーケを私が受け取っちゃって」
 
「あ、じゃ次にマリちゃんとケイちゃんが結婚するのね」
「えっと・・・」
「ケイちゃんがブーケを受け取ったのなら、ケイちゃんが花嫁さんでマリちゃんが花婿さんかな?」
「あ、それでもいいよ」などとマリは言っている。
 
そういう冗談はさておいて、私たちは音楽界の噂などで、しばし盛り上がった。
 

ほどなく受賞式が始まる。式では、私とサトで『夏の日の想い出』の賞状と記念品を受け取り、続けて私と政子で『Spell on You』の賞状と記念品を受け取った。
 
政子は高校時代に『甘い蜜/涙の影』でBH音楽賞を受賞した時、私と一緒に授賞式に出席したことがある。授賞式なるものに出席するのは2年ぶりであった。
 
賞状をもらった後、マイクを向けられる。私が『夏の日の想い出』の方のコメントを言ったので司会者さんは『Spell on You』の方でのコメントを求めて、政子にマイクを向けた。
 
「大変名誉ある賞を頂きありがとうございます。ひとえにファンのみなさんのお陰です。また素敵な音楽を作って、みなさんのもとにお届けしたいです」
と政子は笑顔で言った。
 
テンプレートみたいな発言だが、マイクを突然向けられてもこの程度のことは言えるようになったんだなと、私は正直驚いた。
 
そこでその日自宅に戻ってから、ブーケのお花を花瓶に活けながら私は政子に言ってみた。
 
「明日から私全国キャンペーンで飛び回るけど、ここのところ忙しかったから冷凍の御飯ストックが無いんだよね。マーサ、ひとりで御飯作って食べられる?」
「いつまでだっけ?」
 
「18日まで」
「えー? 一週間も冬がいなくて、御飯のストックも無しで、私餓死しちゃうよ」
「じゃ、いっそのこと、私と一緒にキャンペーンで全国回る?」
「行く!」
 
「じゃ、いつものように臨時マネージャーということで」
「了解」
「何ならライブで私と一緒に歌ってもいいけど」
「パス」
 
私は微笑んだ。まだ無理しなくてもいい。しかし私は政子が私と一緒に全国を回ってくれることになったことを、美智子と町添さんに連絡した。
 
なおブーケのお花は私たちが不在だとお世話できないので、ここの鍵を持っている友人の礼美に連絡して明日引き取りにきてもらうことにした。礼美は「じゃ、私が次の花嫁さんになっちゃうよ」などと言っていた。
 

この全国キャンペーンの旅は九州から北海道まで駆け抜けたが、大分と京都で、地元のプロモーターの社長さんと『偶然』遭遇して食事を一緒にした。ふたりとも、元々マリの熱烈なファンで、話しているとマリもかなり気分が良くなっていたようであった。
 
「ローズ+リリーが復活したらぜひ大分でライブしてくださいよ」
と大分の社長さん。
「はい。今日食べた関鯖が美味しかったから、また来たいです」
「関鯖なら秋の終わりから冬がシーズンですよ」
「じゃ、来年も今くらいに来ようかな・・・・」
 
私と社長は顔を見合わせた。今ここで「じゃ来年の冬に大分でライブやる?」と訊きたいところだけど、敢えて訊かずに余韻を残しておいた方が良さそうだと私は思った。社長さんも同じように思った感じであった。
 
京都で会った社長さんはダイレクトに
「マリさん、そろそろステージに復活しないんですか?」と訊いた。
「そうですね。5年後くらいなら、またやってもいいかな」とマリは答える。
「5年って長いですね・・・」
 
「マリが言う時間がだんだん短くなってきているんですよ。最初の頃は50年後とか言っていたのが30年後20年後10年後となってきて、この秋くらいからは5年後って言ってるので、たぶん実際には1〜2年後にはローズ+リリーの復活はあるかな、と思い始めているところなんですけどね」と私。
 
「ふふ」と政子はコメントせずに笑っていた。
 
政子は社長さんに、やはり今年発売したアルバムが物凄く売れて、たくさんのファンレターを頂いたので、かなり自分もやる気になってきているということを言っていた。
 
新潟では本当に偶然に、解散した人気バンド、クリッパーズのnakaに遭遇した。今は充電中だというnakaに政子は「寂しくないですか?音楽しないでいるの」
などと訊いた。
 
それに対して naka は「マリちゃんこそ、3年も休養したら、そろそろ活動再開していいんじゃない?」と言った。
 
すると政子は「そうだなあ」と言って、遠くを見つめるような目をした。
 

年明けて、2012年1月中旬。私たちの会社 UTP(宇都宮プロジェクト)は事務所の引っ越しをした。
 
美智子が2009年8月3日に芸能マネージメント業を創業した時は、とにかくお金が無かったから、家賃の安い所を探して、常磐線沿いの金町駅の近くにワンルームマンションを借り、そこを自宅兼事務所にしていた。家賃は月3万円だったという。
 
しかし翌年6月に私たちとの契約が出来て、いよいよ本格的な活動に入るという時点で、さすがに金町は不便なので、新宿から京王線で3つ行った笹塚駅から歩いて7分(不動産屋さん見解では5分)の所に3DKのマンションを借りて、そこに登記を移した。家賃は月15万円であった。もちろんオートロックでは無い。私にはオートロックのマンションに住めと要求した癖に!(美智子本人の住居は調布の安アパートに移した)
 
ともかくも、ここで私たちは1年半にわたって活動していたのである。
 
しかし、2011年に『夏の日の思い出/キュピパラ・ペポリカ』がヒットして、それまで△△社・○○プロから借りていた活動資金を一気に返済することもできて少し資金的な余裕ができたことから、秋頃から、もう少し便利な場所に移動しようかという機運になってきた。
 
ひとつには機材や楽器などの置き場所の問題があった。事務所で所有している機材などを事務所内の一室に置いているものの、そこが満杯ぎみになりつつあった。また事務所で所有している楽器でも、ふつうのギターやキーボードなどはそこに置いておけるが、やや高価なものは盗難の危険を考えると、ここには置けず、実は私のマンションに置いていた。
 
そしてそれ以上に不便していたのがスタジオの問題だった。一応新宿の貸しスタジオの1室を年間契約で借りっぱなしにしていて、24時間自由に使うことができるようにしていたのだが、そこまで移動するのに電車の待ち時間まで入れてどうしても20分以上掛かるので、この時間のロスを何とかしたいというのがあった。
 
それが、ちょうど、借りている貸しスタジオから歩いて2分という場所に良い物件が見つかったので引っ越すことにしたのである。これまでの事務所が60平米だったのに対して、今度の事務所はその倍の120平米で、ぐっと広くなったが家賃は3倍の45万円である。周囲の相場からするとかなり安い賃料のようであったが、築年数が30年たっているのと、不景気で借り手が少ないことからこの値段で出したようであった。それでも結構な負担である。
 
「まあ、全然売れなかったら、不便で安い所に引っ越そう」
「みっちゃん、提案。セコムしようよ」
「そうだなあ。やはりしないとまずいかな?」
「絶対まずい」
 
ということで、新事務所はセコムとの契約もすることにした。
 
しかし新宿駅の徒歩圏内ということで、中央線沿いの政子の家からも、東西線沿いのうちのマンション、そして大学からもアクセスが容易になったので、かなり便利になった。
 
私のマンションに置いていた楽器のうちの半分くらいを新事務所に移動した。また、事務所の一室に300万掛けて本格的な防音加工を施し、ここでも一応の練習や簡易な音源製作ができるようにした。電子ピアノにドラムスセット、アンプ、録音・編集用のパソコンなども設置した。必要に応じて隣接する機材倉庫から小型のグランドビアノやバージナル(弦を横に張った小型チェンバロ)を直接運び込めるよう、そちらとのドアが広く開くようにした。
 
これまでの事務所では3つの部屋の内、1つが機材・楽器・CD・譜面などの倉庫、1つが事務室、1つが応接室兼会議室になっていて、その応接室に自分たちで防音マットを敷き、壁と天井に防音板を貼り付けて、ドアも防音タイプのものに交換して簡易防音室にし、アコスティック・ギターや電子ピアノを弾きながらの作曲や編曲程度はできるようにはしていたのだが、エレキギターの音を出すのは憚られたし、やはり部屋のやりくり上、けっこうな無理があった。
 
新しい事務所の防音室(-75dB)は防音性が完璧なので、深夜にエレキギターを鳴らしても、外には全く聞こえなかった。上の階と下の階で入居者さんに協力をお願いしてdB(デシベル)数を測定したのだが、防音室内でエレキギターを最大音量で鳴らしてみても、上下階では15dBしか無かった。木の葉のふれあう音が20dBで、それ以下である。ビル自体の防音性も良いようである。そもそも上下階とも普通の会社の事務所なので夜間は人がいないし大丈夫ですよと言ってもらった。
 
「これだけ防音性が高かったらセックスで少々声出しても平気だよね」
と政子が唐突に言う。
「あんたたち、前の事務所でセックスとかしてたの?」と美智子が訊く。
「2回くらいしたかな」
「この部屋ではセックス禁止」と美智子。
「いいじゃん、誰もいない時は」と政子。
「だめ」
「はーい」
たまたま事務所に来ていた宝珠さんが笑っていた。
 
「でも若いっていいなあ。何の制約も無しに突っ走れる」と宝珠さん。「七星(ななせ)さんたちは、結婚しないんですか?」と私は訊いた。
「そうだねー。お互いにバツ1だしね。少し臆病になってる面もあるかな。でも何かの間違いでその気になったらするかも」
「今、住まいは別々?」
「うん。お互いオフの時はずっと一緒にいる時もあるけどね。マリちゃんとケイちゃんは一緒に住んでるんだよね?」
 
「ええ」
「結婚しないの?」
「私が性別変更して女同士になっちゃったから籍入れられないし」
「紙は関係無いんじゃない?夫婦かってのは本人たちの意識の問題でしょ?」
「そのお言葉、そのまま七星さんにお返しします」
「むむ。しまった」
 
しかし政子はこの新しい事務所の防音室がとても気に入って、事務所で待機している時は、よくこの部屋に入って歌の練習をしていたし、2月にスターキッズがUTPの契約アーティストになってからは、宝珠さんもよくここで管楽器の練習をしていた。宝珠さんがここに来ている率が高くなったので、私と政子も宝珠さんと話す機会が増え、親密度が上がった。
 
新事務所の構成は、一応、事務室、応接室兼会議室、第二応接室兼待合室、防音室、倉庫兼仮眠室、ということになる。この他にキッチンとトイレ、バスが付いている。夏になるとバスルームでシャワーを浴びてくる人も結構出た。
 

2月にスターキッズがUTPと契約するきっかけになったのが、アニメのテーマソングに関する事件であった。
 
2月5日に放送開始のアニメ番組のテーマ曲を上島先生が書いて、AYAとローズ+リリーが歌っていたのだが、その前夜、上島先生の浮気現場を写した写真が盗撮され、5日付けのスポーツ紙に載ることになった。そして情報をつかんだスポンサーから緊急に連絡が入った。
 
「まさか子供向けの番組のテーマ曲にスキャンダル起こした作曲家の作品なんて使いませんよね?」
とスポンサーさんは言った。
 
番組の開始日なのに、その日の朝の新聞に上島先生の浮気写真が載っているというのは、あまりにも間が悪い。
 
そういう訳で、翌朝の放送で上島作品が使えなくなってしまった。私たちは深夜にテレビ局で開かれた緊急会議に招集され、そこで明日の放送に私たちが書いた曲を流したいと言われた。
 
ちょうどこの日、ローズクォーツは博多に居た。朝までに戻ってくる手段が無いので、私たちは以前から交流のあった、近藤さんと宝珠さんを中心とするバンド、スターキッズに深夜スタジオに来てもらい、明日の朝のアニメのテーマ曲の録音をして、何とか放送に間に合わせた。
 
それが『天使に逢えたら/影たちの夜』であったが、この曲は元々がとても良い曲であったので、大ヒットとなり、ローズ+リリーにとって3枚目のミリオンヒットとなった。(そもそも政子がライブ活動を嫌がったりしていなければ、私たちはこの曲でカムバック・デビューする予定だったのである)
 

この事件には更に余波があった。
 
元々このアニメのテーマ曲は、オープニングをAYAが歌い、エンディングをローズ+リリーが歌う予定であった(どちらも上島先生の作品)。
 
それが上島先生のスキャンダルの結果、上島作品が使えなくなったので、私たちの作品を使うことになり、オープニングはAYAが歌う『天使に逢えたら』、エンディングはローズ+リリーが歌う『影たちの夜』を使うことになった。
 
しかし、このスキャンダルには当初 AYA まで巻き込まれてしまっていたので(誤解であることが判明していたのだが、朝の放送にはその弁明が間に合わない状況であった)、初回だけ、私とマリと宝珠さんの3人で歌った特別版をオープニングで流した。
 
それで AYA の「スキャンダル」というのは単純な誤解であったことがすぐに証明されたので、2回目の放送からは AYA と宝珠さんのふたりで歌うバージョンに差し替えた。
 
ところがこの差し替えに対して「外されたマリちゃんとケイちゃんが可哀想」
という声が大量に放送局に寄せられた。
 
私たちとしては元々オープニングはAYAが歌い、エンディングを私たちが歌う予定だったのでその形に戻しただけのつもりだったのだが、歌手として実績のあるAYAが限定活動中のローズ+リリーから仕事を奪った、みたいな書き方をしている人が多かった。私たちは困惑したが、AYA本人まで自分のブログで「本当はマリちゃん・ケイちゃんと一緒に歌いたかったのよね」などと書いたこともあり(この件は所属事務所の社長さんからキツいお叱りをくらった)、結局、この部分の録り直しをすることにした。
 
新たにボーカル4人で歌うアレンジをして、スターキッズの演奏部分はそのまま、ボーカルだけ、AYAのメインボーカルに私と政子と宝珠さんが加わって歌う形で収録したものを作った。そして第4回目の放送からオープニングは4人で歌う版に変更したのである。
 
ところがこの変更に今度はAYAのファンから「AYAだけで歌っていたのに」と不満の声が出た。一方でローズ+リリーのファンからも「第1回に流したバージョンはケイちゃんがメインボーカルだったのに」とそちらもまだ不満ということで、不穏な空気が流れ始めた。
 
そこで私たちはAYAと連絡を取り合い、★★レコードの町添さんにお願いして私たちが「仲良し」であることをアピールできる場を作ってもらった。ラジオの番組に、ローズ+リリーとAYA、更には宝珠さんまで呼んでもらい、司会者そっちのけで4人でしゃべりまくった。4人が仲良さそうな様子に双方のファンも「仲良しならいいか」という雰囲気になって、この騒動はやっと収まった。
 
そしてこの番組で「誰?あの格好良いお姉さん?」という感じで宝珠さんのファンが大量発生し、スターキッズ単独のCDを発売しようという気運も高まったのであった。
 

スターキッズはインディーズ版のCDではインストゥルメンタルの曲ばかり演奏していたが、実際のライブでは近藤さんがボーカルを取って歌う曲もやっていた。しかしメジャーレーベルからスターキッズのCDを出すということになった時点で、加藤課長は「宝珠さん、歌が上手いじゃないですか。歌って下さいよ」
と言い、宝珠さんをメインボーカルにした曲を入れることになった。
(ライブで宝珠さんが歌わないのはサックスかフルートを吹いているからである!)
 
最初のCDは、私と政子が書いた曲を中心に、近藤さんと宝珠さんの共作(名義は Star=Kid )を混ぜ、1曲だけローズクォーツのマキが書いた曲も入れて、全体が物語になるように構成した。
 
Prelude No.5 (Mari and Kei) ※,
Lovers Serenade (Mari and Kei) ★,
Starlight Nocturne (Mari and Kei) ※,
I want your call (Star=Kid),
Grand slam (Star=Kid),
Mirror Game (Star=Kid),
Intermezzo 77 (Mari and Kei),
Fuga for two (Mari and Kei) ★,
Forest Air (Star=Kid),
From Skyscraper (Maki),
Morning Kids Menuet (Mari and Kei),
Can't stop Dancing: Tomaranai... (Mari and Kei) ※
 
(※:Vo.Nanase, ★:Vo.Nanase and Reiji)
 
3月下旬に制作しゴールデンウィーク中に発売されたこのメジャーデビューアルバム『Prelude No.5』は、半分くらいがインストゥルメンタル、歌詞のあるものも全部英語という、通好みの構成であったにも関わらず、宝珠さんのファンが事前に発生していたことから結構売れて、いきなりゴールドディスクを達成した。
 

2012年3月8日から13日に掛けて、私と政子は車を使って九州まで往復し、阿蘇と宮崎でイベントや音源制作に参加してきた。
 
例によって「マリちゃんを連れて行きなよ」と町添さんから言われたのであれこれやって誘うものの、ちょうどレコーディングが終わった所で疲れていたこともあり「私、寝てる」とか「カップ麺食べてる」などと言って、なかなかうんと言わなかったが「マーサが行かないならコトを誘ってみようかな」などと言ったら「そんなこと言ったら死刑」などと言って、やっと行く気になってくれた。
 
(政子は私が男の子と愛し合うのは全然気にならないが、女の子には嫉妬するらしい)
 
実際の用事であるが、阿蘇の方は『天使に逢えたら』の曲が、元々私たちが高校生の時の修学旅行で阿蘇を訪れた時に作ったものなので、そのことを言ったら阿蘇の観光協会からぜひ、こちらの観光PRに使わせてくれと言われ、その件での訪問であった。
 
宮崎の方は前年秋にリリースした『花模様』が、たまたまそちらの酒造メーカーの製品と同じ名前であったため、CMに使わせてくれということで、私たちの声をそのCMに入れるのに、訪れたものであった。
 
実際問題として、どちらも私たちが行かなければならないような案件ではない。CMだって、私たちがしゃべる部分を録音して現地に送れば済むことだった。
 
しかし町添さんは「旅先」という環境で、政子のやる気を刺激したかったのである。その町添さんのもくろみは美事に成功した。
 
阿蘇ではイベントで私がひとりで(政子のパートは音源で流して)歌うつもりでいたのだが、政子は直前に牛串をおごってもらったので機嫌が良くなり、「私も歌おうかな」と言い出したので、ボーカルを完全に抜いた音源を流してふたりで歌った。
 
東京で政子が歌ったら、翌日のスポーツ紙の一面にどーんと書かれること間違い無しであるが、田舎だし地元の町の広報誌の片隅に小さく写真が載る程度である。そもそも『歌手が人前で歌った』ことを誰も特別に思う訳がないのである!
 

阿蘇から宮崎に移動する途中、私たちは霧島SAで車中泊をしたのだが、その夜、不思議な夢を見た。
 
私と政子が随分古風な衣装を身につけていた。私たちは神殿のような場所で並んで跪いた。そこに巫女さんのような人がやってきたが、顔を見たら親友の琴絵だ! 琴絵は白い土器(かわらけ)の杯を大中小3段に重ねて持っている。
 
琴絵は最初に小さな杯に白い古風な壺に入ったお酒を注いだ。政子がそれを手に取り、少し飲んで私に渡す。私はそれをまた少し飲んで政子に返す。それを政子が飲み干した。
 
次いで中サイズの杯にお酒を注ぐと、私に手渡したので、私が少し飲んで政子に渡し、政子が少し飲んで私に返し、残りを私が飲み干した。
 
最後に琴絵は大きな杯にお酒の残りを全部注ぎ、政子に渡す。政子はそれをけっこう飲んでから私に渡し、私は残っているものの半分くらいまで飲んでから政子に返す。そして残りを政子が全部飲んだ。
 
その後、琴絵は鈴の付いた首飾りを、まず政子に、そして私に掛けてくれた。首飾りは大きなものが2つと小さなものが1つあった。私たちの後ろの方から小さな女の子が歩いて来て、私たちの間に入り、琴絵は最後にその子にも鈴の首飾りを掛けてくれた。
 

私たちは目が覚めたが、目が覚めてから、私と政子のふたりが同じ夢を見ていたことを知った。不思議な夢だと思っていたら、その日宮崎で訪れた酒造メーカーで、お酒を試飲していたら、夢の中で飲んだのと同じお酒があった。
 
私たちが驚いていたら、社長さんが「気に入ったのでしたら差し上げましょう」
などといって、そのお酒を1箱(6本)くれた。
 
更にそこのメーカーの関連会社で酒器を作っている工房に行ったら、夢で見たのとそっくりの、土器の杯3枚セットがあった。これも私たちは頂いてしまった。
 
更には、九州から帰ってから鬼怒川温泉のイベントに行ったら、そこで遭遇した、前々から知っているリュークガールズのマネージャーさんから御守りの鈴を3つもらってしまった。
 
そうして、夢の中に出て来た小道具が全部現実に揃ってしまったのであった。
 
この鬼怒川温泉でのイベントでも再び政子は歌った。
 
私たちの直前に歌ったリュークガールズが、とても良い雰囲気の歌唱をして会場の雰囲気もとても良くなっていた。するとそれを見て感動したかのように「私も出ていい?」などと言うので、ふたりで『影たちの夜』を歌った。政子は陶酔したような歌い方をし、私たちはステージ上でキスもした。
 
リュークガールスの朋香が「同い年とは思えない色気!」と驚いていた。
 
「影たちの夜」は2年前に鬼怒川温泉にふたりで泊まった時に書いた曲である。その夜、私たちは初めて「避妊具の御守り」を開封し、極めて濃厚に愛し合った。最高に熱い夜から生まれたのが、この熱い歌で、私たちは歌いながら2年前の夜のことを思い出していた。
 

私たちが鬼怒川温泉から戻った翌3月18日の夕方。友人の琴絵と仁恵が私たちのマンションにやってきた。
 
「最近、マンションの方にいる確率が高いね」と琴絵。
「ここのところずっと仕事が続いてるのよね。するとこちらの方が放送局とかスタジオとかに出るのに便利だし」と私。
「帰るのにも便利だしね」と政子。「深夜に帰りたい時、私の家まで帰ると、タクシー代1万円以上かかるもん」
「やっぱり時間というものの無い仕事だよね」
「高校の時はなりゆきで仕事してたけど、今は自分たちで選んで仕事してるから」
 
「でもそれだけ活用してるなら、このマンション借りて良かったじゃん」と仁恵。
「ほんとほんと。借りた時は、こんな凄い家賃払っていけるのかって思ったし、最初の9ヶ月は貯金を取り崩して家賃払ってたからね」
「ここの家賃の9ヶ月分って計算すると気が遠くなるな」と琴絵。
 
「あの年の年末頃に、ローズクォーツがボチボチ売れ始めて、一方でローズ+リリーの新曲のカラオケの分の印税が入り始めて、SPSやELFILIESも売れたので、ああ何とかなるかもと思ったけど、やはり、スリファーズがいきなりプラチナディスク達成したのが大きかった。春奈ちゃん様々だったよ。それでもJASRACからの支払いはCD分が3ヶ月遅れ、他は半年遅れだから、実際に印税で家賃を払えるようになったのは去年の4月頃からだったね」
 
「ここの家賃って冬ひとりで払ってるの?」
「ふたりで折半してる。その代わり、私の家の光熱費や固定資産税も冬と折半してる」と政子。
「車に関する費用もふたりで払ってるよ」
「食費も共同の財布から払ってるね」
 
「そもそも、ふたりがバラバラにいることないよね?」
「うん。私がひとりでいるのは、冬が仕事で地方に行ってる時だけ」
「じゃ、ちゃんと同居してるのね」
「うん。ここにいるか、うちの家にいるかはその日次第だけどね」
「こちらが仕事場、向こうは休息の場って感じだよね」
「そうそう。冬がオフの日はけっこう向こうでのんびり過ごすもんね」
 
「ということで、結婚おめでとう」「おめでとう」と琴絵と仁恵。
「ありがとう」「ありがとう」と私と政子。
 
高千穂であの夢を見た翌朝、琴絵は「結婚おめでとう」というメールを私たちの携帯に送ってきた。
 
あの夜、私と政子も同じものを見ていたが、その夢の中で結婚式を司る巫女の役をしてくれていた琴絵もやはり同じ夢を見ていたのであった。
 
「私たちが結婚しちゃってるということは、この4人だけの認識ということで」
「いつ結婚したの?」
「私たちの認識的には2年前の3月23日の晩。翌朝『影たちの夜』を書いた」
「おお、あと5日で結婚2周年か」
「でも結婚してるね、という意識を持ったのはあの夢を見た晩」
「たしかにふたりって大学に入った後、ほとんど同居状態だったよね」
 
「なんかさ、夢の中で私が巫女さんになって、ふたりの三三九度をしてあげたんだけど、物凄く現実感のある夢だったから、ふたりに『結婚おめでとう』ってメールしてみたら、両方から即『ありがとう』って返信あったから、本当に結婚したのか!って正直驚いた」
「私と冬とコトの3人が同じ夢を見たみたいね」
 
「あの夢で見た冬と政子の衣装、ちょっと調べてみたんだけど、冬が着ていたのは、飛鳥時代くらいの女性の服、政子が着ていたのは同じくらいの時代の男性の服だったみたい」と琴絵。
「三三九度で私が先に飲んだからね。あ、私の方が男役なのかって思ったよ」
と政子も言う。
 
「つまり、政子が夫で、冬が奥さんってことか。でも、私だけその夢を見てないってのが悔しい」と仁恵。
 
「でもふたりって実は夫婦じゃないの?って最初に言ったのもコトだよね。あれたしか大学1年の6月くらいだったよ」と私。
「うん。あれは単にふたりをからかっただけだけどね」と琴絵。
「でもあの年の3月に結婚していたのなら、その時期は新婚ほやほやだった訳か」
と仁恵。
 
「でも、ふたりとも彼氏との関係はどうするの?」
「それは私たちの関係とは別」
「つまりふたりとも重婚するつもり?」
「うん」と私と政子。
「こう開き直られてると文句言えないな」と琴絵。
 
「ということで取り敢えずケーキ」とふたりは荷物の中から大きなラウンドケーキを取り出す。
「わあ、凄い」
「その前に、あらためて私たちの前で三三九度しない?」
「えへへ。こないだから3回リアルでもやった」
と言って、私は三三九度の杯セット
と、酒造会社で頂いた日本酒「花霧」を
出してくる。
 
「あの夢を見た翌日、訪問したお酒屋さんで頂いたんだよね。夢の中で飲んだのと同じ味だったからびっくりした」
「三三九度の杯も夢で見たのとそっくりだったね」
「凄いね。ふたりとも実は霊能者だったりして」
「それはない。でも霊感は少しあるよね」
「うん。それはあるから詩や曲が書けるんだと思う」
 
琴絵がお酒を注ぐ役をしてくれて、私たちはふたりの前で三三九度をした。そのあと、グラスを出して来て、そのお酒を私がふたりにも注いであげた。
「わあ、このお酒美味しいね」
「美味しいでしょ?どーんと一升瓶6本もらっちゃったから、1本あげるよ」
「おっ、もらって行こう」
「ついでにファンからの頂き物のウィスキーとかお菓子とかも少し持って行かない?」
「頂きます」
「仁恵のアパートに置いておけば、いいよね」と琴絵。
「うん。なんか、うちのアパートが寄り合い所になっちゃってるのよね。真菜香とか、勝手に入って寝てたりするし」
 
「鍵渡してるの?」
「ううん。渡してないけど、合い鍵の隠し場所を知ってる」
「ああ。ガスメーターの中とか?」
「そんな不用心なことはしないよ。郵便受けの天井にマグネットで貼り付け。でも郵便受けを開けるには回転式数字キーを開けないといけないから、その番号を知らないと取り出せない」
 
「その数字を知ってるということか」
「私、回転式の鍵は数字知らなくても開けられるけど」と政子。
「うん。私も開けられるけど、ガスメーターの中よりはマシでしょ」
「まあ、鍵ってある意味、気休めだしね」
 
その日は琴絵たちが持ってきてくれたケーキを食べ、用意していたチキンとかポテトやタマネギのフライとか、ピザとか、おにぎりとかを出してきて食べて、夜遅くまで4人で話していた。
 

翌日はちょうど、水戸の放送局に出演する予定があったので、琴絵と仁恵を千葉まで車に乗せていき(日本酒と焼酎を1本ずつ、それからウィスキーを3本、お菓子の箱を5箱、仁恵のアパートに置いてきた)、そのまま政子と2人で水戸まで行った。
 
放送局ではパーソナリティさんとトークしながら、『影たちの夜/天使に逢えたら』
を流してもらったし、先月ローズクォーツでリリースした『Rose Quarts plays Rock』
というコンセプト・アルバムも紹介してもらい、その中からポール・アンカの『Diana』とABBAの『Dancing Queen』も流してもらった。
 
「これローズクォーツのCDですが、今流れた『Dancing Queen』はマリさんも歌ってますよね」
「ええ、最近ローズクォーツの音源制作にはたいていマリも参加しています」
「ローズ+リリーの音源制作でもローズクォーツが伴奏することが多いですよね」
「はい、今流してもらった『影たちの夜』とかはスターキッズというバンドが伴奏をしているのですが、昨年秋に出した『花模様』とかはローズクォーツが伴奏しています」
 
「ローズクォーツの演奏にマリちゃんが参加しているのと、ローズ+リリーの伴奏をローズクォーツがしているのって、ひょっとして同じになりません?」
「メンツは同じですね」と私は笑って答える。
 
「でもローズクォーツとローズ+リリーはコンセプトが違いますから」と私。
「コーヒーに牛乳を入れたらミルクコーヒーになって、コーヒーと牛乳を同時に器に注げばカフェオレになるようなものかな」と政子。
「ああ、面白いたとえですね。じゃカフェラテは?」
 
「うーん。カフェラテはエスプレッソですから、クォーツのメンバーが酔っぱらって演奏するとか」と私。
「私とケイまで酔っぱらってたら、カプチーノですね」
「おお、そういうのも見てみたいですね」
 

「指輪買ってあげようか?」
と私は放送局からの帰り、政子に言った。
 
「でも冬のエンゲージリングは正望君が買ってくれたんでしょ?」
「うん。サイズ確認のために1度だけ付けた。心が転びそうになった」
「そのまま受け取っちゃえば良かったのに」
「受け取るのはたぶん5-6年先、あるいは歌手を引退したら。マーサとはもうエンゲージじゃなくてマリッジリングでいい気がする。付けられないけど」
 
「そうだなあ・・・・ブレスレットにしない?おそろいのブレスレット持ってるの。付けなくてもいいけど、付ければお互いの関係を再確認できるような」
「うん。それもいいね」
 
私たちは東京に戻ると一緒に宝石店に行き、おそろいのプラチナ・ブレスレットを求めた。
 
そして自宅に戻るとそれを腕につけ、私たちはキスをした。
 
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【夏の日の想い出・第三章】(その2)