【夏の日の想い出・クリスマスの想い出高校編】(1)

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ボクは陸上部にいた中学1年の時、1年先輩の絵里花のピンチヒッターで、女の子サンタの衣装を着て、クリスマスケーキの配達をした。絵里花のお父さんがケーキ屋さんをしていて、そのケーキを絵里花が配っていたのだが、配達の途中で足を捻ってしまい、たまたま現場に居合わせたボクが代わりに配りましょうか?と言い出して、絵里花が着ていたサンタの服もピッタリだったので、「ではお願い」ということになったのである。
 
それが好評だったので、中2の時は最初から「今年もお願い」と頼まれた。1年の時は8軒に配っただけであったが、中2の時は絵里花がちょうど高校受験の前であったこともあり、全面的に引き受けて2日間で50軒ほどに配り、バイト代もたくさん頂いてしまった。中3の時はこちらが受検勉強中なのでパスさせてもらったが、高1になって「また今年もお願いね」と絵里花から言われた。
 
(高2の時は写真週刊誌の報道で大騒動の最中だったので無理(絵里花も大学受検だったので結局貞子が引け受けた)。高3の時は大学の受験前で無理、大学に入ってからは芸能活動が忙しくなり、また顔も知られてしまったので無理ということで、この年が最後のサンタガールとなった)
 
この年は24日が月曜日だったので、配達の要望は23日の日曜日が最も多く、21日金曜日から24日月曜日までに分散していたが、絵里花も高2で時間が取れるので2人で配ったこともあり、わりと楽だった。
 
「冬ちゃん、3年前からすると、けっこう色っぽくなってきたわねえ」と絵里花のお母さんはニコニコして言う。絵里花のお母さんにはもうこの頃はボクが男の子であることはバレていたのだが、ボクが時々絵里花の家に来て、女装させてもらったりしているのを「たまの息抜きにはいいかもね」などといって容認してくれていた。「ただ、親御さんにもその内ちゃんと言った方がいいわよ」などとも言っていたが。ボクもこの頃には、親にカムアウトする時期はあまり先ではないような気もしていた。
 
金曜日は学校が終わってから、いったん自宅に戻り、セーターとジーンズに着替え、ダウンジャケットを着て絵里花の家に行き、女の子サンタの衣装に着換えてから自転車でお店に行き、荷台にケーキを積んで配って回った。
 
3度もやると、以前配ったことのある家もけっこうあり「昨年は違う子が来たけど、今年はまたあなたなのね」などと言われたりもした。中1の時にボクが最初に配った家の女性で、ボクにぜひ歌手か女優になりなさいよ、などと言っていた人は、その年は「ねえ、ねえ、こういうオーディションあるけど受けてみない?」などと言ってパンフレットまでくれた。
 
なお、彼女は後にローズ+リリーの正体がばれて大騒動になって、ボクと政子が引き籠もり状態に陥っていた時、(場所はその年ケーキを配った貞子から聞いたといって)ボクの自宅までやってきて励ましてくれた。ボクはお礼にサインを書いて渡した。引き籠もり期間中にサインを書いたのはその1枚だけだし、彼女が「きっと、ケイちゃんは復活できるから」と言ってくれたのも、とても大きな心の支えになった。
 

23日の配達は午前中にやった後、残りは夕方からということで、午後は絵里花から、都内のホテルであるクリスマスパーティーに誘われた。
 
「女の子限定のパーティーだけど、冬子は女の子だから、いいよね?」
などと絵里花に言われ、少し可愛い感じの服を着せてもらい、お化粧もされてハーフウィッグまで付けてもらった。絵里花のお母さんが「わぁ!可愛い!」
と凄く喜んで、絵里花と並んでいるところの写真もたくさん撮られた。絵里花もかなり可愛い格好をしている。電車に乗ってふたりで都心まで出た。
 
これは外資系の化粧品会社主催のクリスマスパーティである。来ているのは半分くらいが全国のその化粧品の代理店・販売店の人たちであるが、販売店の店頭などで、利用者などに配られた招待状をもらった一般の女性もかなり来ていたようである。
 
絵里花の高校の2年先輩で晃子さんという人がこのパーティーで行われる歌謡ステージで歌うことになっていた。ボクはそういう名前の歌手は全然聞いたことが無かったので「どんな歌を歌ってる人?」と聞く。
 
「うーん。全然売れてないみたいね。高校在学中に大手のレコード会社からCDを出したんだけど、200-300枚しか売れなかったらしい」
「ああ、それは悲惨だね」
「大手レコード会社との契約も切られちゃって、その後、インディーズで2枚CD出したけど、これも全く売れてないみたい」
「まあ厳しい世界だからね」
 

少しパーティーで食事などをつまんだりジュースを飲んだりして雰囲気を楽しんだあと、晃子さんの楽屋におじゃました。
 
「こんにちは。お元気?」
「久しぶり〜、絵里花。そちらは?」
「私の妹分で、冬子って言うの。中学の陸上部の後輩なんだけどね」
「よろしくお願いします。唐本冬子です」
 
「わあ、可愛い!よろしく〜。ちょっと外人さん好みの美人だね」
「ああ!そういわれたらそうかも。目鼻立ちがハッキリしてるもんね」
 
「あれ?でも晃子さん、少し顔色が悪くない?」
「実は風邪引いちゃって。でもステージだから頑張る」
「何を歌うんですか?」と私。
 
「まずは『荒野(あらの)の果てに』、ユーミンの『恋人がサンタクロース』、SPEEDの『ホワイトラブ』、山下達郎の『クリスマス・イブ』、最後に『きよしこの夜』。基本的に全部日本語」
「自分の持ち歌は歌わないんですか?」とボク。
「却下されちゃった。でもこういう場で歌わせてもらえるだけでもありがたいから」
「大変ですね」
 
しばらく話していたのだが、風邪のせいか喉の調子も悪いようで、ずっと喉飴を舐めている。
「何だか吐き気がする。ちょっと熱計ってみよう」
と言って計ってみたら39度2分もある!
 
「これ、ちょっとやばいですよ。少し横になった方がいいかも」
いくつか椅子を並べて横になり、晃子さんのお母さんがコートなどを掛けたら、そのまま眠ってしまったようである。
 
「昨日は大阪でやはり似たような感じのクリスマスイベントで歌って、その後泊まったホテルの空調がどうも調子悪くて、それで喉を痛めちゃったみたいなのよね。一応お医者さんに行って注射も打ってもらったんだけど。本当はお医者さんから、2-3日寝ておくように言われたんですけど、仕事を休めないからといって出て来たのですが・・・・」とお母さん。
 
「移動が多いと体調管理も大変ですよね」と私。
「でも、晃子さんってどんな歌を歌っておられるんですか?」
「あ、興味あるならCDあげるわ」とお母さんは言って、CDを3枚くれた。「ありがとうございます。CDプレイヤーあります?」ときくと、ポータブルのCDプレイヤーを出してくれたので、イヤホンで聴いてみる。
 
最初に聴いた大手レコード会社から出たというCDを聴いてみる。うーん・・・とボクは論評に困ってしまった。歌詞が適当、曲が適当、編曲が適当、伴奏はどうも打ち込みっぽいがその打ち込みが適当。ほとんどやっつけ仕事の雰囲気。ついでに歌も音程を外している。これはさすがにきつい。200-300枚も売れたというのが奇跡に思えた。
 
次にインディーズで出したというCDを聴いてみた。こちらはまともな曲だ!少し素人っぽい作りの曲だと思ったが、お母さんに尋ねたら、本人が作詞作曲したらしい。大手からデビューした時は、素人以下の曲しかもらえなかったということか。ただ、このインディーズ版のを聴いても、根本的に歌が下手なので、どうにもならない気がする。逆に言うと、よくこの歌唱力で、大手からデビューしようという話にまでなったものだとボクは内心思った。
 
「インディーズで出した曲の方がいいですね。歌唱力を鍛えていけば、また道は開けていくと思います」とボクは少し言葉を選びながら言った。
 
ボクと絵里花は、晃子さんのお母さんから、いろいろ歌手をしていての苦労話や逆に楽しかった話などを聞いていたが、1時間近くして、少しお母さんがそわそわしだす。「あと少ししたらステージなんだけど、この子行けるかしら?」
 
ボクは晃子さんの額に手を当ててみたが、かなり熱い。お母さんに体温を計ってもらったら、39度5分。さっきより上がっている!これはどちらかというと、このまま病院に連れて行きたいくらいの体温である。その時、楽屋のドアがノックされた。お母さんがドアを開ける。
 
「It's about time. Akiko(そろそろだよ、晃子)」
どうもこのパーティーのマネージャーさんのようであった。そろそろ出てきてもいいはずの晃子さんが出てこないので楽屋まで来てみたのであろう。
 
「Sorry. Akiko has broken down from cold.(済みません。風邪で倒れてしまって)」
「What?(何ですって?)」
「I'll wake her up. 晃子、晃子、何とか起きれない?」
「Yes. I will go」
といって目を覚まし、起き上がろうとするが、晃子さんは寝ていた椅子から立って2〜3歩歩きかけた所でふらふらとして倒れてしまった。
 
「Isn't it serious? What are you going to do? If she can't sing, you should pay us 10,000 dollars by penal sum.(ちょっとまずくないですか?もし彼女が歌えなかったらペナルティとして120万円払ってもらいますよ」
すぐお金の話をするのが外人さんっぽいなと思った。しかしその時、ボクの頭の中で誰かに何かを言われたような気がした。そしてボクは反射的に言った。
 
「Can I sing instead of her?(私が代わりに歌ってはいけませんか?)」
「You can sing?(君、歌えるの?)」
「I am a good singer.(歌うのは得意です)」
「Try sing "Gloria"(「荒野の果てに」を歌ってみて)」
「OK」
 
ボクはこの曲は裏声で歌うしか無いと決断した。中1の頃にコーラス部の女の子と一緒に裏声でたくさん高音の歌を歌っていた頃のことを思い出した。あれ以降も裏声の練習はずっとしている。大きく息を吸い、目を瞑る。自分の部屋で何度も歌った音程を思い出す。この曲は物凄く発声練習になるのでいろんな音程で歌っているがいちばん安定して歌える音程を頭の中で模索して『確かこの高さのはず』
というのを思い出した。
 
「荒野の果てに、夕日は落ちて、妙なる調べ、天より響く。
Glo- ---- ----- ----- -ria. In excelsis Deo,
Glo- ---- ----- ----- -ria. In excelsis De---o.」
 
「Gloria」の「ria」の部分が低い音程なので気をつけないと男声っぽくなる。そこは慎重に声を出した。
 
マネージャーさんの顔が明るくなっている。
「You sing good! though your voice is little small.(君歌が上手いね!声は小さいけど)」
「Can you amplify my voice through PA?(声はPAで増幅できますよね?)」
「Of course. Come within 15 minutes after changing to the stage costume.(もちろん。ステージ衣装に着替えて15分以内に来て)」
「Yes sir」
「One more thing. What's your stage name?(あ、そうそう。君のステージ名は?)」
「Hmm... Keiko」
 
ボクは以前女装で町のドーナツ屋さんにいた時に名前を訊かれてとっさに名乗った時の名前を思い出し、答えた。
「Keiko. OK」
 
マネージャーさんは出て行った。
 

「すごーい。冬子って、そんなに高い声が出るんだ!」と絵里花。
「裏声はけっこう鍛えた時期があったんですよね。高校に入ってからも、音楽の時間にバス・テノール・アルト・ソプラノ全部歌いますなどといって、裏声でさんざんソプラノを歌っていたし。でも裏声はあまりボリュームが出ないのが欠点で。でも今日のステージ、両脇に大型のスピーカーが置いてあったし、PAの装置が置いてあるのも見ていたから、PAが入るなら声量の足りない分はPAで増幅してくれるはず、と思ったんです」
「観察力が鋭いね、冬子」
 
「お母さん、晃子さんのステージ衣装を貸してください」
「でも冬ちゃん、歌詞分かる?」と絵里花が心配そうに訊く。
「荒野の果てに、恋人がサンタクロース、ホワイトラブ、クリスマスイブ、きよしこの夜、全部問題無いよ」
「でもピアノを弾きながらだけど」
「だからいい。自分が歌える音程で弾いちゃう」
「あ、そうか!」
 
お母さんが晃子さんのステージ衣装を渡してくれた。その場で着換える。裾が大きく広がるドレスだ。素敵な衣装だなと思う。こんなの自分でも欲しいな、と思ってから、そんなのどこで着るんだ?と自分で心の中で苦笑する。
 
幸いにもウエストは問題無く入った。再度ウィッグをしっかり固定してから、ティアラを付けてもらった。晃子さんのお母さんが急いでメイクをしてくれる。譜面を持ち、ボクはステージに向かった。お母さんは晃子さんのそばに付いててもらい、絵里花に付き添ってもらった。
 
ステージではギターを持った男性デュオが歌っていた。
 
「Next of them, your turn, Keiko(次が君の番だよ、ケイコ)」
とマネージャーさんが言う。
「I see(分かりました)」
 

袖で待つこと約15分。大きな拍手が起き、男性デュオが下がる。スタッフの人たちがステージの端にあったピアノを中央に移動する。進行の人が、歌う予定であったAkikoが急病のため代わりに友人の歌手・Keikoが歌いますとアナウンスする。ボクは譜面を片手に出て行き、観客に挨拶した。ピアノの前に座り、最初の音をピアノで出してから再び立ち上がり、ピアノの横に立った。不思議と緊張はしなかった。大きく息を吸い込み、ボクはマイクに向かって裏声で歌い始めた。
「荒野の果てに、夕日は落ちて・・・・」
 
最後の「In excelsis Deo」を歌いきった所で大きな拍手が来る。わあ、なんかこれ気持ちいい!
 
ボクは気をよくしてピアノの前に座ると『恋人はサンタクロース』のサビの部分を前奏変わりに弾き、それから和音を弾きながらAメロを歌い始めた。
 
『荒野の果てに』は裏声で歌ったが『恋人はサンタクロース』『ホワイトラブ』
はいづれも実声の高い部分を使って歌った。家で何度もエレクトーンを弾きながら歌ったことがある曲なので、各々の曲のいちばん高い音が自分が出る限界のD5になるような調を知っている。そこでその調でピアノを弾き歌ったが、低い部分はどうしても男声っぽくなりがちである。そこでその部分はわざと声を弱くし、周波数の低い倍音が発生しにくいようにして誤魔化した。
 
(喉の鍛錬!の結果、喉の緊張度合いを調整してこの声域でちゃんと声を出しても中性っぽく聞こえるようにできるようになったのは翌年の8月である)
 
『クリスマスイブ』は元々男性の歌だし、比較的狭い声域で歌える曲なので、Aメロをアルトボイス、Bメロを裏声と使い分けて歌うことで破綻無く歌えたが、かえってまるで《ひとりデュエット》したような雰囲気になり、これはこれで良かったようであった(この時期は実声と裏声の切り替えに2〜3拍程度の間が必要で、後にボクが《宴会芸》として覚える、ひとりデュエットのような細かい切り替えはできなかった)。
 
最後の『きよしこの夜』はピアノでは和音だけを弾いて、裏声で透き通るようなイメージで歌った。最後の「輝けり、ほがらかに」というところをたっぷり音を伸ばして歌い終わると、大きな拍手が来た。
 
ボクは立ち上がり、観客に向かってお辞儀をする。たくさん拍手が来るので両手を斜めに挙げて、その拍手に応える。再度礼をしてから、下手袖に下がった。絵里花がボクをハグしてくれた。
 
「すごーい。冬ちゃん歌手になれるよ!」と絵里花。
「そうかな?」
「ただし女の子の歌手ね!」
「あはは、やはりそうだよね」
 
マネージャーさんも「You Great!(君すごいね!)」と褒めてくれて握手を求められた。
 

ボクと絵里花は、ケーキの配達の時間が迫ってきていたので、楽屋に戻ると、お母さんへの挨拶もそこそこにホテルを出て、絵里花のお父さんのケーキ屋さんに向かった。すぐにふたりとも女の子サンタの衣装に着替え、手分けしてケーキの配達を始めた。
 
夕方からの配達は40軒で、それを20軒ずつボクと絵里花で配った。基本的にはわりと狭い町の中で配っているので、だいたい1軒5分くらいのペースで配達することができる。しかしたまに配達先の人が話し込んで、時間を食う場合もある。
 
ある家に配達に行った時
「あら、あなたさっき○○ホテルで歌ってなかった?」
と訊かれた。
「あ、はい。知り合いの人が歌うはずが、風邪でダウンしちゃったんで代わりに歌ったんです」
「へー。あなたもCDとか出してるの?」
「いえ、そういうのは出してないです」
「出すといいと思うなあ。きっと売れるよ」
「ありがとうございます。じゃ、その節はぜひCD買って下さいね」
などとボクは笑って言った。
 
(この人にも後、高3の時、再会したが、当時出ていたローズ+リリーのCDを全部持って来てくれていたので、ボクはその全部にサインした。彼女からも当時、頑張ってねと励まされて、心が支えられる思いだった。ボクが高校を卒業したら歌手に復帰しようという気持ちを固めていった背景にはこういうありがたいファンの応援があった)
 

ステージが好評だったということで、化粧品会社のマネージャーさんはギャラを約束の額より2割り増しで払ってくれたらしい。晃子のお母さんはそれを全額ボクに渡そうとしたが、そんなにもらえませんと押し問答し、晃子さん側とボクとで折半することで妥協が成立した。
 
「でも違約金に1万ドル払えとか言ってたから出演料は5000ドルくらいあるかと思ったのに、500ドルだったんた!」と絵里花。
「500ドルでも破格でしょうね。あの手のイベントなら普通2〜3万円じゃないかなあ」
 
ボクたちは24日のお昼頃、絵里花の家でお茶を飲みながら話していた。この日は学校の終業式が終わった後で、やはり一度家に戻ってから絵里花の家に来ていた。また夕方にケーキ配達である。
 
「で、その2割増し600ドルを晃子さんとボクで折半して、ボクの取り分は約3万5千円。高校生にとっては驚きの臨時収入。秘密のお小遣いにしよっと」
 
「何か買うの?」
「お洋服が欲しいと思っちゃった」
「女の子のだよね」
「もちろん」
「高校の制服が買えるんじゃない?」
「実は思っちゃった」
「買っちゃえ、買っちゃえ」
「うーん。少し考える」
 

書道部は秋に3年生が抜けて部長が代替わりし、2年生の静香先輩が部長を継承したのだが(石川先輩とジャンケンして、静香先輩が負けたので引き受けた)活動の方はますますのんびりというより停滞している感じだった。ボクや政子は個人的に検定試験などを受けに行ったりもしていたが、部室にはボクと政子以外は誰もいないこともよくあった。ボクと政子はひたすらふたりでおしゃべりをしていたが、花見先輩は出て来てないので嫉妬の視線を受けることもなくて気楽であった。たまに圭子と理桜も来て、4人でのおしゃべりになることもあった。しかし、この時期、ほんとに実際に書道をしていることはめったになく、科学部の琴絵から「あんたたち全然活動してないね」などと言われていた。
 
冬休みは部活の予定もなく、学校の補習も無かったので、特に出て行くつもりは無かったものの、25日に図書館で本を見たくなったので出ていったら、バッタリ政子と出会った。
 
「今日は暇?」と政子から訊かれる。
「うん。時間は取れるけど」
「じゃ、夕方うちに来ない?クリスマス会しようかなと思って」
「いいけど」
「そうそう。折角だし、女装しておいでよ」
「え?」
 
などという会話をして、その日は家では夕飯の当番では無かったので、友だちの家に行ってくるねと言って、出かけていった。
 
政子から「女装しておいでよ」などと言われたせいで、少し変な気分になって、女物のパンティにブラを付けた。まさかこの寒い中で『解剖』されたりはしないだろうと思い、このくらいいいよねと思う。姉から押しつけられた通販失敗物のレディスのポロシャツを着、ブーツカットのジーンズを穿く。モカ色のケーブル柄のセーター(姉が「あとひとつ買ったら送料無料になるから」と言うので選んだレディスのもの)をその上に着た。更に寒いので白いダウンジャケットを着た。
 
電車で政子の家の最寄り駅まで行き、5分ほど歩いて到着。「こんばんは」と言って家の中に入ると、お母さんが「いらっしゃい」と言って迎えてくれた。お父さんは残業で遅くなっているということだった。
 

「でも政子が女の子の友だちを呼んでクリスマスをするなんて珍しいと思って。政子の話ではよく冬ちゃんというお名前は聞いてたんですけど、仲良くしてやってくださいね」などと言っている。
『女の子の友だち』などと言われてしまうと戸惑う。ボクは政子の話の上では女の子ということになっているのだろうか?それならできるだけ女の子っぽく振る舞った方が良い?
 
などと思っていたら、政子があっさりボクの性別のことは言ってしまう。
「あ、違う違う、冬は男の子だよ」
「えー!?」
「あ、すみません。性別紛らわしい格好で」
「お姉さんのお下がりの服だよね」
「うん。私、体型が女性体型なんですよねー。男物の服合わないもんで。姉がいろいろ押しつけてくるのをありがたくもらって着てます」
「へー。でも雰囲気が女の子っぽい・・・・なんて言ったら失礼よね」
「あ、そう言われるの慣れてるから大丈夫です」とボクは笑顔で答えた。
 
「冬の場合、『女の子らしい』というのは褒め言葉になるんだよ。そんなこと言われると、けっこう本人喜んでいる」
「あら」
「だから、私と冬は『女の子の友だち同士』に近い感覚なの」
「うん、まあそんな感じかな」
「へー」
 
「ところで今日は何人集まるの?」
「私と冬だけ」
「あ、そうだったんだ!でも花見さんは?」
「啓介とは日曜日にクリスマスデートしたよ。夕方17時までの時間限定デート」
「花見さんとデートしてくるというから、てっきり夜遅くまで帰らないかと思ったら、夕方に帰ってくるから、私何かあったの?って聞いたんですよ。そしたら元々この時間に帰るつもりだったって」
 
「夜遅くまでデートしたら、やっちゃったと思われるのが嫌だし」
「ちゃんと避妊するんなら、してもいいんじゃないの?クリスマスだし」
とお母さん。なんて物わかりのいいお母さんだ!
 
「結婚するまではしたくないもん」と政子。
「よく政子さん、そういうこと言ってますよ。今時珍しいですよね」とボク。
「でも、冬さんが男の子と聞いて、政子もしかして啓介さんから冬さんに乗り換えるつもり?と一瞬思ったけど、そういう仲ではないみたいね」
 
「ええ。私と政子さんは純粋な友だちですよ。でも書道部で一緒にいた時はさんざん嫉妬されたなあ」
「ふふふ。友だちだからこの時間帯に呼んだのよね。私恋人とはこんな時間まで一緒にいたくないもん」
 
「じゃ、花見さんを夕食とかに呼んだことないの?」
「ないない。彼氏は17時が門限」
「やはり政子は、面白い」
「冬もかなり面白いけどね」
 
その夜は、私が持参したケーキ(来る途中に絵里花のお父さんの店で買ってきたもの)を食べ、政子のお母さんの手料理を頂き、3人で9時頃までおしゃべりを続けた。
 
帰りがけ、玄関まで出てから、お母さんが「あ、そうそう。お土産あげる」
と言ってお母さんがいったん奥に戻った時、政子はさっと私の胸に手を当てた。
「あ・・・」
「やはり」
「えっと」
「ちょっと安心した」
「そう?」
 
「冬が来る前にね。自分の部屋で冬はどんな服着て来るかなって想像してたら可愛いピンクのブラとパンティ付けて、その上に赤いケーブル柄のセーター着てる姿が浮かんできたんだ。色は外れたけど、ケーブル柄は当たったから、ブラも付けてないかなと思って確かめたかったんだ」
 
「ブラとパンティの色は当たり」
「おお」と政子は嬉しそうだ。
「私が女装して来てって言ったから、そんなの付けてきたの?」
「そういう訳でもないけど」
「いつもそういうの付けてるの?」
「たまにだよ。ちょっと今日はそんな気になっただけ。普段は男の子の下着付けてるよ」
 
「ほんとかなあ。。。。。でも冬は私の思ってる通りの子のような気がする。ね、ブラは何サイズ付けてるの?」
「B70」
「うん。素直でよろしい」
と言って、政子はボクの額に素早くキスをした。
「あ」
「友情のキスだからね、念のため」
「うん」
 
「あ・・・・」
「どうしたの?」
「ね、ちょっと来て」と言い、政子はボクの手を引いて居間に戻る。
 
「あら?どうしたの」とお母さん。
「うん。冬、そこに座ってて」
「うん」
 
政子は部屋の隅に置いてあった愛用のトートバッグから、ボールペンを取り出すと、棚に置かれたプリンタの用紙フィーダーから数枚PPC用紙を取り、何か書き始めた。お母さんはコーヒーを入れてくれたので、ボクはそれを飲みながら、政子が書くのをじっと見ていた。
 
政子は途中「うーん」とか「そうだなあ」とか言いながら20分ほどで詩を書き上げた。タイトルの所に「ピンク色のクリスマス」と書いてある。政子には珍しい、明るくて楽しい感じの詩だ。
《だから私はピンクのブラを身につけて》という一節にボクは心の中で苦笑した。
 
「可愛いポエムだね」
「ねえ、冬、これに曲付けられる?」
「うん。じゃ冬休みの間にやってみるよ」
 
「でもこのボールペン、ほんとにいいなあ。物理的に書きやすいってだけじゃなくてさ、私の発想の邪魔をしないの」
「へー」
「これを使ってると、自分のイメージをストレートに文字として紡ぎ出せるのよね」
「よかったね」
「あ、それ冬さんから頂いたんでしょ?高価そうなのに良かったんですか?」
とお母さん。
「ええ、政子さんなら活用してくれそうな気がしたから」
 
「このボールペンもらってから、何か詩を書くペースが上がったんだよね。それも、こんな感じで以前より明るい詩が増えたのよ」
「へー。書道部でもよくそのボールペン使って詩を書いてるね」
 
「それがさ・・・・冬が近くにいる時に特にいい詩が書ける気がするんだ。だから、今も冬を引っ張ってきた」
「面白いね」
 
「そうだ。冬、初詣に行こうよ」
「いいよ。いつがいい?」
「1月2日、○○神社。朝10時」
「了解」
 

大晦日の夜。自宅で年末の番組を見ていたボクは、突然ある衝動が込み上げてきた。
 
ボクはお姉ちゃんに「いつものサイン」を送りOKの返事をもらう。姉の部屋に入って、中学の時の女子制服を洋服ダンスから取り出して自分の部屋に持って来た。
 
服を全部脱ぎ、女の子パンティとブラを身につけ、キャミソールを着け、女子制服の上下を着た。政子が書いた詩のコピーを取り出す。今ならこの詩に曲が付けられる気がした。机の引き出しから五線紙を取り出した。
 
ポータトーンのスイッチを入れ、音量を絞る。この曲はG-Majorだよな、と思う。五線譜にト音記号と#1個を書き込む。そしてポータトーンを探り弾きしながら、音符を書き入れて行った。
 
Aメロ、Bメロ、サビのだいたいのメロディーラインが定まった所で、コードネームを書き込んでいき、一部コード進行を優先してメロディーラインの修正をした。そしてあらためて詩に合わせ付けて譜面を構成していく。書き上げたところで居間のほうで、テレビの「カウントダウンです」という声が聞こえてきた。
 
ボクは制服の上下をさっと脱いでとりあえず畳んでその上に膝掛けをかぶせた。「明けましておめでとうございます!」という声が居間のテレビから聞こえる。ボクは下着はそのままにして、トレーナーとジーンズを着て居間に出て行き「明けましておめでとう」と言った。
 
そういう訳で、その年の新年をボクは、ブラとショーツにキャミソールなどという格好で迎えたのであった。
 

1月2日、ボクは「友だちと初詣に行ってくる」と家族に言い、政子との待ち合わせ場所に行った。政子はきれいな小振袖を着ていた。ボクはその日はわりと暖かかったので、コートは着ずに、モヘアのピンクのセーターに黒いスリムジーンズを穿いて出て行った。
 
「おお、女装で来たか。もう今年は女の子で行くんだね」
と政子は言った。
 
「え?女装のつもり無いけど」
「でもそのセーターもジーンズも女物だよね」
「うん。お姉ちゃんのお下がり。でも女の子を装っているつもりは無いし。ちなみに今日は女の子下着は着けてないよ。お股は盛り上がらないように調整してるけど」
 
「そっか。でも確かに女の子がメンズの服を着ていても、それで男装という訳じゃないもんね」
「そのあたり考えていくとよく分からなくなる」
「でも、冬は雰囲気が女の子だからなあ・・・。スカートとか穿かないの?」
「スカート穿いたのは、あのキャンプの時だけだよ」
とボクは笑って言う。
 
「あの後、あの服着てないの?前にも何度か聞いたけど、正直に自白しなよ」
「実は自分の部屋の中でたまに着てみる。でもあれで外は歩いてないよ」
 
あのあとボクは「下着だけは返すよ」と言って学校で政子に洗濯した下着を返したが、政子は翌週「じゃ代わりに新品をあげる」と言って、新品の可愛いショーツとブラをくれた。
 
「ふーん。でも逆に冬は、男物のジーンズとセーター着てても女の子に見えちゃうかもね」
「えーっと」
「来年のお正月は冬に振袖を着せてみたいなあ」
「えー!?でも、政子、振袖姿が可愛いね」
 
「冬、女の子の褒め方が分かってるね。『その振袖可愛いね』じゃなくて、『振袖姿が可愛いね』って」
「政子自身が可愛いからね。振袖も可愛いけど」
 
「わりと可愛い柄だよね。判押しだけど、友禅っぽい古風な柄だし。それから、これ普通の振袖よりは袖丈が小さいでしょ。小振袖って言うんだよ。お母ちゃんが去年の春にヤフオクで2万円で落とした」
「わあ!そんなに安く買えるんだ!」
「冬もお年玉か何かで買っちゃう?」
「いや、別に振袖着るつもりはないけど」
「こういうの着るのは中高生くらいだから。たぶん着ていた本人が高校卒業して不要になったんじゃないかなあ」
 
お参りしたあと、境内を歩いていたら、記者みたいな人に声を掛けられた。
「すみませーん。雑誌の○○の記者なんですが、写真撮らせてもらえませんか?」
「はい、いいですよ」と政子。
ボクはてっきり政子の写真を撮りたいんだろうと思い、離れようとしたら「あ、妹さんの方も一緒に」などと言われる。
「あ、いや、姉妹じゃなくてお友達かな?」
「ええ。同級生です」と政子。
「あ、そうだったんですか!」
 
ふたりで並んだ所の写真を撮られたので、花見さんが見て嫉妬しないかなと一瞬思ったが、ティーン女性向けのファッション雑誌だし、花見さんが見ることはあるまい。
 
「お名前と年齢、よかったら教えて下さい。誌上の名前でいいですから」
政子はチラッとボクの方を見ると
「私はマリカ、こちらは親友のフウカ。どちらも16歳です」
「ありがとう」
記者さんは名前と年齢をメモし、それもカメラに収めてから次の被写体を探すかのように立ち去った。
 
「マリカにフウカ?」
「とっさの思いつき。記者さんは冬のこと、女の子と思ってたみたいだしね。今度からフウカと呼んであげようか?」
「いや、冬子でいいよ」
「やはり、女の子名前で呼ばれたいんだ!」
 
ボクは境内のお茶屋さんでお汁粉を頼んでふたりで食べながら、大晦日の夜に政子の詩に付けた曲を聴かせてあげた。あの後、譜面をMIDIに打ち込み、ボカロイドの歌を重ねて仕上げ、MP3に変換したものである。このボカロイドは24日にもらったお金の一部で買ったもので、初使用になった。(パーティーで歌ってもらった3万5千円に加え絵里花のお父さんから配達のバイト代で1万円もらった)
 
「わあ、なんか私のイメージ通りの曲に仕上がってるなあ。私たち、やはりいいコンビという気がする」
「そうだね。政子と会ってからだもんなあ。ボクがこんな感じで曲が書けるようになったの」
「へー。でもなんで初音ミクなの?冬、自分で歌えばいいのに。冬、わりと歌はうまいよね」
「いや、自分の声を録音するにはスタジオみたいな設備が必要だから。ボカロイドは騒音のある場所ででも使えるもん」
「ああ、そういう使い方は便利だね」
 
「でもこのガチャピンのUSBメモリー可愛いね」
「それごとあげるよ」
「よし、もらった」
 

「えへへ。こんな服買っちゃった」
1月の中旬、絵里花の家に行ったボクはその服を披露した。
 
「スクールブレザーとチェックのスカートか」
「上下あわせて2万160円」
「どこかの制服みたいに見えるね」
「でしょ?」
ボクはその服でお姉さん座りをすると、絵里花がいれてくれた甘いキャラメルマキアートを飲んだ。
 
「どうして自分とこの制服にしなかったの?」
「うん。それ着て学校に出て行く気持ちになったら親に買ってもらう。これは女子高生の自分を開発するのに使う」
「それ着て町を出歩いたりするの?」
「あまり出歩かないかも。とりあえずひとりでこっそり着る。こことか深夜に自分の部屋でとか」
「ふーん」
「そして女子高生である自分に慣れたいんだ」
「もう充分慣れてると思うけどなあ」と絵里花は笑う。
 
「ね・・・冬ちゃんってさ、自分の部屋では結構女の子の服を着ているんでしょ。女の子の服を着てひとりHしちゃったりすることあるの?」
 
「あ、女装趣味の人にはそういう人よくいるらしいけど、ボクは女の子の服着てやっちゃったことないよ。というか、女の子の服を着て大きくなっちゃったことって、小学生の頃とか中学生の始め頃に何度か経験しただけ。大きくなっても、それいじったりはしなかったし」
 
「そうか。やはり小学生の頃から女の子の服を着てたのか」
「あ、しまった」
「まあいいや。女の子の服を着ている時って男の子の服を着ている時と比べて気持ちが違う?」
 
「男の子の服を着ている時はそれ自体がストレスなんだよね。ずっと緊張している感じ。女の子の服を着るとホッとするの。だから夜中に勉強していて分からないことがあったりした時、下着から上着から女の子の服に着替えたりするんだよね。そしたらパッと分かったりする。それから、ボク、この夏から時々作曲するようになったんだけどね。作曲ができるのは女の子の服を着ている時だけ」
「へー」
 
「最低でも下着は女の子のを着けてないと何にも浮かばない」
「面白いね。男の子の服を着てる時は冬ちゃんの才能がロックされちゃってるんだ」
 
「実はね・・・・高校受験する時も、同じ中学から受験した子がだれもいないのをいいことに、女の子っぽい服で出かけたんだよね。スカートは穿かなかったけど。下着はもちろん女の子用。パンティとブラとヒートテックのキャミソール。休憩時間のトイレも女子トイレ使った」
「わあ」
 
「実は試験官に、君受験票の人物と違うよね、受験生のお姉さん?と訊かれて焦った。私ふだんはこういう格好してるんですとわざと男声で女口調で言ったら同一人物と認めてくれた」
「あはは」
「女声で言ったら、やはり君女の子じゃんと言われそうだったからわざと男声使ったけど、男声で女言葉使うのは、自分でも気持ち悪かった」
「あまり想像したくないな、それ」
 
「でも男の子の服で受検したら合格できなかったと思う。ボク後から聞いたけど合格した時はホントにすれすれだったらしいから」
「今の成績はどのくらい?」
「学年400人中の100番目前後。実力テストの100番まで名前が張り出されるんだけど、そのリストに入ったり出たりしてるところ」
 
「凄い。この1年で頑張ったね」
「夏休みに受けた模試では校内で30番目で、先生からも褒められたんだけど、実はね・・・・わざと申込書を他の子と別に出して、受ける教室が他の子と違う所にして」
「女の子の服で行ったのか」
 
「えへへ。大学受験の時も完璧に女の子の服で出かけるつもり。この服になるかも」
「その前に、もう女子高生になっちゃってるんじゃない?」
「うん。その場合は学校の制服かな。どちらになるか確率半々かもって気もしている」
「去勢しちゃう?」
 
「実はね・・・・夜寝る時は女の子のパンティ穿いてることが多いんだけど。朝男物のブリーフに穿きかえて学校に行くんだけど・・・その時、玉を体内に押し込んでパンティで押さえ込んでいるんだよね」
「・・・わざと機能低下させてるのね」
 
「うん。中3の11月に失恋したのを絵里花に慰めてもらって、女性ホルモンのプラセボをもらったでしょ。実はあの時からずっとそれをやってる。それで以前は月に2-3回くらいどうしてもしたいって衝動が起きることあったんだけど、最近はそういうの2ヶ月に1度くらいしか起きてない。この夏以降は実は一度も『おいた』してない」
 
「夏って、あの女装で私の家に飛び込んで来て、着替えさせてって言った時ね」
「そうそう。書道部の人たちの前で女装で丸1日過ごしたから、あの時は。余興で女装させられちゃったんだけど、いつ元の服に戻ったらいいの?と訊いたらそのままおうちに帰んなよと言われちゃって。でもさすがにそれはできなかったから」
「女の子の服で帰れば良かったのに。カムアウトにはいい機会だったかも」
「うーん。そのあたりがまだ・・・・」
 
「もう大人の男の人になる気はないよね?」
「うん。背広着て会社勤めしてとかするのって自分でもう想像できない」
「スカート穿いて会社に行くのね」
「そこをまだ決断しきれないんだけどね」
「あれれ」
 
「まだ女として生きて行く覚悟はできてないけど、少なくとも男として生きるつもりは無くなっちゃったから、取り敢えず機能低下させちゃおうと。去勢はやっぱり高校卒業してからという気がする」
「そうか」
 
「ボク、親に黙ってこっそり去勢とかしたくないのよね。去勢する時は親にちゃんと認めてもらってからしたい。でも親は高校在学中は去勢までは認めてくれないと思う」
「ふーん。。。。ところでさ」
「うん」
 
「そこまで気持ちが固まってきてるんなら、冬、自分のこと『私』と言わない?『ボク』というのやめて」
「あはは・・・」
「冬、けっこう『私』という一人称も使ってるよね。知らない人がいる時」
「うん、まあ」
 
「友だちの前でだけ『ボク』と言ってる。それも、ふつうの男の子が『僕』というのとイントネーションが違うんだよね。それ冬が中学1年で陸上部に来た時から感じてたけど。冬の『ボク』って女の子の1人称なんだ」
 
「・・・そのあたりはボクの密かなアイデンティティなの。『僕』じゃなくて『ボク』と言い出したのは小学4年生のある時から。ちょっとあってね。。。『男の子』というバスから降りることにしたの。でもすぐ『女の子』のバスに乗る勇気が無かったから、そういう言い方に変えた」
 
「今はもう半分くらい『女の子』のバスに乗ってない?」
「うーん。足は掛けてるのかも知れない。何かのきっかけがあったらもう『女の子』
のバスに座っちゃうかも」
 
「今、冬って女の子の格好するの週に1〜2回くらい?」
「あ、たぶんそんなもの」
「1年後くらいにはもうたぶん毎日してるようになってるね」
「あ、そんな気はする」
 
「きっかけか・・・・・この夏くらいまでには何か起きそうな気がするなあ」
と絵里花は遠くを見つめるような目をして言った。
 
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【夏の日の想い出・クリスマスの想い出高校編】(1)