【夏の日の想い出・クリスマスの想い出】(1)

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それはまだボクが政子に出会うずっと前、まだ中学生だった頃の物語。ボクは中学の1年から2年まで陸上部にいたのだけど、足が速かったからではない。マラソンというものに憧れていたからだった。
 
ボクが小学5年生の時、たまたまテレビをつけた時にやっていた大阪国際女子マラソンで、坂本直子というマラソン初挑戦という選手が物凄い勢いで走り、野口みずきと凄まじいデッドヒートを繰り広げたあげく、結局負けて最終的に3位で終わってしまった。ボクは勝った野口より負けた坂本に感情移入してしまった。そして翌年の同じ大会。坂本は凄まじいハイペースで2位以下を大きく引き離す独走。美事に優勝してアテネ五輪の切符をもぎとったのであった。
 
ボクはその坂本に憧れて「ああ、あんな感じの選手になって自分もこの大会を走ってみたい」などという気持ちになって(ずっと後にこの頃の事を政子や琴絵に自白させられた時『要するに女子マラソン選手になりたかったのね?』
と指摘されたが・・・)、ボクは中学に入るとすぐ陸上部に入った。
 
しかし当時ボクは100mを28秒でしか走れない、とんでもない鈍足であった。うちの中学の陸上部は前年地区大会で優勝したような、けっこうな強豪校であったのだが、陸上部の加藤幾子先生は、そんなボクを門前払いにしたりせず頑張れ頑張れと励ましてくれた。
 
練習前のジョギングなども、他の部員さんたちはみんな軽〜く流しているのだろうけど、ボクはほぼ全力疾走だった。そして最終的には2周くらい周回遅れになっていたけど、一所懸命走っていた。またボクは毎日昼休みにも校舎の周りを自分のペースで何周も何周も走っていた。
 
そして頑張って練習をした成果もあり、100mのタイムは6月頃には17秒くらいになっていた。ボクがジョギングやロードなどでみんなからずっと遅れながらも頑張って最後まで走っている様子を見て、先生はボクに長距離選手として頑張ってみようかと言った。そもそもマラソン選手が夢で陸上部に入ったのでそれはとても嬉しく毎日毎日たくさん走った。当時たぶん毎日20kmくらい走っていたと思う。分厚い靴下を履いているのに、その靴下が毎日穴が空いてしまい、お母さんはユニクロで安い靴下をたくさん買ってきていた。
 
夏になるとしばしば学校から少し離れた所にある陸上競技場で練習をするようになった。日が長いのをいいことに、毎回7時頃まで練習をしていたが、帰りには真っ暗になっていた。そしてこの真っ暗な時刻に帰るとき、実はボクは密かな冒険をしていた。
 
当時としてはそんなに明確な意志は無かったのだけど、ボクはスカートを穿いてみたいという気持ちが少しあった。でも、人前で穿いたりする勇気は無かった。でも日が落ちた暗闇の中では、スカートを穿いて歩いていれば、きっとふつうに女の子が歩いているようにしか見えないのではないか、顔だって、見えないだろうから、万一知り合いが近くにいてもボクとはわからないだろう。そんなことを思っていた。
 
姉がしばしば半ばふざけるような感じでボクに自分が着れなくなった服や好みに合わなかった服を押しつけてきた。それでボクの部屋には姉からもらった女物の服が結構あった。ボクはその中の1枚のプリーツスカートを、かさばらないのをいいことに、体操着を入れるスポーツバッグの内ポケットに隠しておいた。普段はかなり慎重に場所を選んでそのスカートを試着していたのだが、陸上部の帰りにはけっこう大胆になっていた。
 
ボクは陸上競技場での練習が終わると、ミーティングの後「あと少しだけ練習してから帰ります」と言い、競技場の外側をだいたい10周くらい走ってから帰るようにしていた。結果的にボクはいつもみんなより遅れて帰ることになった。
 
そして、この居残り練習が終わった後、ボクはジャージを脱ぎ、上はワイシャツ、下はプリーツスカート、という格好になり、バス停までの1kmほどの道のりを歩いて帰った。夜なので、バス停の待合室はもうボクが辿り着く頃は空っぽになっている。そこで、ボクはバスが来る直前の時間まで待合室の中でスカート姿を満喫していた。この30分ほどのスカートを穿いている時間は、毎回けっこうきつい練習をしている自分へのご褒美になっていた。
 
このスカートを穿いて夜道を歩いている時間、そしてバス停で待っている時間、ボクの心臓はドキドキしていた。それは不思議な昂揚感のある感覚で、この30分でボクは練習の疲れも取れてしまっていた。それで8時くらいに家に戻り、夕飯を食べて(ボクの担当になっている台所の片付けをしたり、明日用のお米を研いで炊飯器をセットして)から、深夜1時頃まで勉強をしていても、頭がとてもクリアで、しっかり勉強することができていた。
 

その事件は夏休みに突入する直前の7月中旬に起きた。
 
競技場での練習もその日が5回目だった。いつものように陸上部の練習が7時頃終わり、ミーティングの後、ボクはいつものように居残り練習を始める。みんな「気をつけて帰れよ」と声を掛けて帰って行く。ボクはこの頃、日頃の練習の成果がかなり出て来て、結構なスピードを保ったまま、5kmでも10kmでも事実上の全力疾走をキープすることができるようになっていた。先月いちど肺活量を測定されたら6000ccという結果が出て、測定してくれた体育の先生がびっくりしていた。
 
「唐本、これ水泳選手並みだぞ」
「なんか凄いんですか?」
「他の奴はみんな3000とかだぞ」
「へー」
「やはり毎日陸上部で走っているからだろうな。かなり頑張ってるな」
「はい、頑張ってます」
 
ボクは小学校の1年の頃以来、体育の先生に褒められるなんて経験はしたことがなかったので、けっこう嬉しかった。
 
この肺活量が増えたことで、ボクは音楽の時間に歌を歌う時、かなり長時間ブレス無しで歌えるようにもなっていた。友人でコーラス部に入っている女子がいて彼女とよく、昼休みに一緒に歌ったりしていたが、長い音符をずっと伸ばして歌う競争などもしていた。1学期の初め頃はこの長音発声で彼女に全然かなわなかったのに、この時期はたいていボクのほうが長い時間声を出し続けられていた。
 
「唐本君、最近凄いよ。惜しいなあ。ほんとに女の子になってコーラス部に入らない?」
「はは。ボクが女の子になると言って、親がショック死しちゃいけないから」
「それ、全然驚かれないと思う。とうとうその気になったかと思われるだけ」
「そうかなあ」
などと言ったりして、彼女とはよく一緒に歌を歌っていた。
 
ボクはその日そんなことを思い起こしながら、かなりのハイペースで競技場の周りを走り続けた。やがて10周走りきり、更衣室で着換える。いつものようにジャージを脱ぎ、ワイシャツとスカートを着る。最初の頃はスカートを穿く度に変にドキドキしてしまって、あそこが大きくなってしまい困っていたのだけど(大きくなったからといって何かするわけではない)さすがに5回目ともなると少し慣れてきて、スカートを穿いたからといって、変な興奮の仕方はしないようになっていた。
 
それに実はそもそもスポーツ用のサポーターを穿いているので、実はあの辺りもサポーターで押さえつけられているのである。そのサポーターに前開きの穴が無いのが、ちょっと女の子のパンティを穿いてるのに似たような気がして、それも実は密かな楽しみであった。
 
このサポーターがけっこう高いので、女の子のパンティをサポーター代わりに使っている人がいるという話も聞いていたので、そのうちお母さんにそんなこと言って、女の子用のパンティを買ってもらえないかな、などとその頃は夢想したりもしていた。
 
着替えをまとめて競技場を出てバス停に向かい歩いて行く。この通りは街灯などもなく真っ暗である。だからこそこちらはスカート姿を楽しめるのだが、これって別の意味で危険だよな、という気はしていた。こんな暗い所を女の子がひとり歩きしてるなんて不用心だ。それでボクは念のため「用意」だけはしておいた。しかしそれを本当に使うことになるとは思っていなかった。
 
道を半ばころまで歩いた頃。ボクは後ろのほうに足音がしだしたのを認識した。これはたぶん男性の革靴の音だ。嫌だなあ。後ろを付いてこられるの気になるし、追い越してってくれないかなと思い、ボクはペースを落とした。足音が少しずつこちらと距離を詰めてくる。
 
その時、ボクは突然恐怖を感じた。駆け出そうとした時、一瞬向こうが早くこちらに駆け寄り、服の端を掴まれてしまった。
 
こいつ、ボクに何かする気だ!ふりほどこうとするのだが、向こうが物凄い腕力でふりほどけない。一瞬でもふりほどけたら、こちらは一応陸上選手である。逃げ切る自信があるのだが、要するにボクは危険を認識するタイミングが遅すぎたんだなと少し後悔した。しかしここは何とかしなければならない。持っている学生鞄やスポーツバッグで相手を殴るが向こうはひるまない。かえって凄い力で頬を平手打ちされ、ちょっと頭がクラクラして、ボクはそこにしゃがみこんでしまった。
 
すると相手はボクの上に覆い被さるようにしてくる。これは絶対やばい!
 
ボクは「あれ」を使う決断をした。相手に組み敷かれながら、スポーツバッグの中に入っている秘密兵器を取り出す。そして思いっきり相手に向けて噴射した。
 
「ぎゃっ」と相手が顔を押さえてボクから離れた。それでボクは立ち上がり、逃げようとしたが、更に向こうは顔を押さえながらもこちらに向かってくる。再度噴射。相手がひるむ。その時
 
「やめなさい」
と鋭い女性の声がした。その女性はボクをかばうようにして、男の前に立つ。男は相手が2人ではさすがに不利と思ったようで、一目散に逃げていった。
 

「大丈夫?唐本さん」
と優しく声を掛けてくれたのは加藤先生だった。
「先生・・・・・・」
ボクはほっとして力が抜けてしまい、思わずそこに座り込む。
すると先生はボクを優しくハグしてくれた。
ボクが落ち着いたのを見て、一緒にバス停まで歩きながら話した。
 
「実はね・・・・いつも私、唐本さんがバス停に辿り着くまで、見てたの」
「えー!?」
「だって、生徒がひとり残って練習してるの、顧問として放置しておける?車をバス停の近くに置いてたからね」
 
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「でもほんとに唐本さん頑張ってるんだもん。4月頃からしたら別人だよ」
「100mを16秒2で走れるようになりました。みんなよりずっと遅いけど」
「最初28秒だったもんね。ほんとに努力の人だね」
「ありがとうございます。まだまだ頑張ります」
 
「そして、唐本さんの趣味・・・・なのかな、この姿もずっと見てた」
「今更だからスカートの件は開き直っちゃおうかな・・・・」
「待合室でスカート姿で待っている所、私車の中から遠目で見てたけど、何だか違和感が無いよ」
「そうですか?」
 
「唐本君って言っちゃうと何か変な気がするから、唐本さんでいい?それとも冬子ちゃんとか言ったほうがいいかな?」
「えっと・・・・それじゃ、唐本さんか冬ちゃんくらいで」
「じゃ、冬ちゃんにしちゃおう。女の子の部員はみんな名前で呼んでるし」
「はい」
「冬ちゃんは、女の子になりたい男の子なのかな?」
 
「そのあたりは自分でも良く分からないです。小さい頃、なぜか友だちってみんな女の子ばかりで。それで彼女達からよく『冬ちゃん、おちんちん取ってスカート穿かない?』なんて言われてたんですよね。何かそんなこと言われてると、ああ女の子になってスカート穿いたりしてみたい気もするな、とか思ったりしたこともありました。このスカートは姉がふざけて「あげる」なんて言うんで、もらっておいたものなんです。今は時々こうやってスカートを穿いて過ごせる時間が持てるだけで満足してます」
 
「そのあたりは、自分の性別に関する自己認識というのかな、自分なりにゆっくり考えていけばいいんじゃないかな。大人になるまでにね」
「そうですね」
「でも、冬ちゃん、今私と話すのに、普段とは少し違う声使ってるね」
「この格好ではあまり低い声では話したくない気分で」
「でも、もう少し緊張を解いたほうが、もう少し女の子っぽい声になるよ、多分」
「緊張ですか!」
 
この時、私は当時開発中だったメゾソプラノボイスを使っていた。
 
「そうそう。冬ちゃん、高い声出そうとして、その高い声出すために喉が緊張してる。それで少し不自然な声になってるんだよね。その喉の緊張を解くと、もっと自然な声になると思うの」
「わあ、もっと女の子っぽい声になります?」
「女の子みたいな声を出す方法は別途あると思うんだけどね。『もののけ姫』のテーマ曲を歌った、米良美一さんの声なんて女性の声にしか聞こえないでしょ」
「ええ。あれ凄いですよね」
 
「私はそういう発声法とかわからないけど、今冬ちゃんが使ってる声、少し変えていくことで、けっこう女の子っぽく聞こえると思うよ」
「そうですか?じゃ少し練習してみようかな・・・」
「あ、今くらいの感じ、さっきより少し良い雰囲気」
「こんな感じ?」
「うーん、少し考えすぎてる。さっきくらいの感じのほうがいいよ。ね、冬ちゃんここに練習に来た時はいつも居残り練習するでしょ?」
「はい」
 
「じゃ、帰り私が付き合ってあげるから、バス停までの道々、声の出し方練習しようか」
「え?でもいいんですか?」
「今日みたいな変なのが出たら怖いでしょ」
「ええ、でも」
「実は冬ちゃんを見守ってた私の方も少し怖かったのよね」
「あ、すみません」
「でもふたりで帰れば心強いじゃん」
「あ、そうか。わかりました。よろしくお願いします!」
「はい。陸上の練習の方も頑張ろうね」
「はい」
 
そういう訳で、この陸上競技場での練習があっていた時期、ボクはここに来る度に加藤先生と一緒に帰ることになり(結局バスに乗らずに自宅まで送ってもらっていた。スカートからズボンへのチェンジは先生の車の後部座席でいつもしていた)、その帰り道ずっとボクはメゾソプラノボイスが自然に響くように、声の出し方の練習をしていた。
 

陸上部の練習も10月の大会を過ぎると、急に参加者が減ってしまう。4月頃は練習に出て来ていた部員が30人くらいいたのに、この頃は、3年生はもう抜けてしまって、2年の男子の人が部長を継ぎ、2年の女子の人が副部長を継いでいたが、その部長と副部長以外ではいつもボクを入れて3〜4人しか出てこず、自然と練習も男子と女子と合同の練習になって、5〜6人で練習をしていた。この頃になるとボクも練習前のジョギングで周回遅れになることもなく、ロードでもだいたい他の部員と同じくらいのペースで走ることができるようになっていた。
 
特にボクは肺活量が大きいおかげで上り坂でも全然バテることなく走ることができて、上り坂の続く部分では逆に他の部員さんたちから「ちょっと待って−」
などと言われたりするほどであった。
 
「3月に駅伝大会があるからさ、お前、上り坂の区間の担当、な」
などと部長さんから言われていた。自分でも上り坂にはけっこう自信が持てる気がした。
 
男子と女子の合同練習なので、体力的には女子の方にあわせる形になり、この時期の練習はあまりきつくなく、楽しい時間を過ごす感じだった。ボクは一応長距離ランナーなので、毎日3000mとかを走ってタイムを計られていたけど、それが終わると、他の部員と一緒に砲丸投げとか、走り高跳びとかをよくやっていた。
 
砲丸投げをする時、最初ふつうに男子の砲丸を使うと、どうにもうまく投げられなかった。
「唐本、腕が細いもんなあ。お前女子の砲丸を使ってみるか?」
「はい」
ということで、女子用の軽い砲丸を使うと、一応きれいなフォームで投げることができた。
「よし、お前はそちらを使ってろ。重いの投げて肩壊したらいかんから」
と部長さんから言われていた。
 

11月のある日曜日、練習が終わったあと、みんなでボウリングにでも行こうということになった。その日出て来ていたのはボク以外に男子3人、女子2人で合計6人だった。最初に少し試投してみた。ボクはボールが重たくてうまく投げられず、速攻でガーターになってしまった。
 
「お前の腕力じゃ、そのボールは無理だよ。女子用の軽いボール使った方がいい」
「でも指が入るかしら」
「ちょっと持ってみ」
「はい」
「あ、無理なく入る感じね」
「こいつ、指も細いもん」
 
その女子用のボールを持って試投してみると、きれいにボールはまっすぐ転がっていき、ピンの真ん中に当たる。
「おっ、ストライクか?」と隣にいた桜木先輩が言ったが、ボクのボールは真ん中のピンだけ倒して、両側2本を残してしまった。
「ボールにパワーが無いから全部倒せないんだな」
「すみませーん」
「でも投げ方はそんな感じでいいよ」
 
「ねぇねぇ、男女で対抗戦しない?」と副部長の絵里花。
「いいけど、人数が4人と2人だぜ」
「冬ちゃんを女の子の方にトレードしちゃう」
「ああ、いいかもね。唐本、女の子の方でもいい?」
「あ、はい。全然問題無いです」
 
「じゃ、唐本をそちらに入れて、女の子の方は30点のハンディね」
「冬ちゃんのハンディはどうする?」
「今投げたの見てたらハンディ30でいいようだ」
「OK」
 
ということで、ボクは女子の方のチームに入れられて、女子と同じハンディでボーリングをしたが、ボクはスペアもほとんど取れないまま、9フレームまで行き、最後の最後で初めてストライクを取った。ボクの投げるボールは基本的に真ん中に飛んでいくのだけど、力が無いので、いつも6〜7ビン、よくて8ピンしか倒せず、2投目でも、うまく端を狙ってなげることができないので、両側に立っているピンを1本も倒せないままということが多かったのである。
 
ここまで男子が3人で451点、女子は私が62点で、既に終わった2人が合計で270点。私の分まで入れてハンディも足して422点だった。ここで私が6点とかで終わっていると完璧に女子の負けだったが、私のストライクでギリギリ逆転の可能性が出て来た。
 
私の2投目。
 
ストライク。歓声が上がる。「冬ちゃん開眼した?」などと同じ1年の女子、前村貞子さんから肩を触られる。「えー?たまたまだと思う」と言いながら3投目。
 
これで9本倒すと引き分け、もしストライクが出れば女子の勝ちという場面である。
 
ボクの投げたボールはレーンの真ん中をゆっくりと転がっていく。やがてピンに当たり、当たって飛んだピンが他のピンを倒し・・・・
 
「あーー」
「残念」
 
ボクの最後の投球はピンを8本倒し、両側のピンが1本ずつ残った。
 
「451対450で男子の勝ち」
 
ボウリング場を出てから、スーパーで、負けた女子(ボクを含む)3人でお金を出し合ってコカコーラのファミリーサイズと紙コップを買い、みんなで飲んでその日は終了となった。
 
何となく男子と女子に別れて町から自分たちの校区のほうに帰ったが、貞子から「冬は私たちと一緒」などと言われて、副部長の絵里花と3人で何となく会話をしながら歩いて帰ることになった。
 

「こないだまで『唐本君』なんて呼んでたけど、冬ちゃんでいいよね?」
「うん。いいよ。小学校の低学年の頃とか女の子の友だちからそう呼ばれてたし」
「もしかして男の子の友だちより女の子の友だちの方が多かったとか?」
「男の子の友だちいなかった」
 
「やっぱりね・・・・なんか4月に最初に見た時にも何となくそんな感じがしたのよね」と貞子。
「あ、私もそんな気がした」と絵里花。
「冬ちゃん・・・と私も呼んでいいよね。冬ちゃん、男子たちが下ネタとか言ったりすると顔を赤らめてるでしょ」
 
「ちょっと、ああいうの苦手だから」
「あ、けっこうこの子、女の子っぽいと思ってたのよね」
「そう?」
「女の子になりたいの?」
「うーん。。。自分でもそのあたりはわからない」
 
「でも惜しいなあ。冬ちゃんがホントの女の子なら、冬ちゃんのスピードなら、女子の部でなら入賞狙えるのに」と絵里花。
「今はみんなの練習に付いて行くだけで精一杯だし」
「それは男子の方の基準でだもん」
「でも性転換したら女子として出られるんじゃないの?」と貞子。
「性転換!?」
 
「その内する気ないの?」
「うーん。。。」
「女装はいつもしてるんでしょ?」
「え?しないよー」
「そう?怪しいなあ」
「怪しいよね」
 

12月19日の日曜日。その日は雪が降っていて、ホワイトクリスマスの雰囲気になっていた。その年は24日が金曜なので、その週末がクリスマス前最後の週末ということになり、町はクリスマス一色の雰囲気だった。
 
その日は陸上部の練習もなく、ボクは商店街に冬休みにやりたい参考書と問題集を買いに行っていた。思ったようなものが見つからずに少し遅くなり、もう暮れはじめる。自分の家の近くまで来るバスが無かったので自宅から1kmほどの所まで来るバスに乗り、そのバス停で降りて、雪が降る中を自宅まで歩いてボクは帰って行っていた。
 
そして住宅街の角をちょっと曲がった時、自転車を押している女の子とぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」とボクはとっさに女の子っぽい声で言ってしまった。「あ、ごめんなさい」と向こうも言うが
 
「あれ、冬ちゃんだ」
「絵里花先輩、お疲れ様です。バイトですか?」
「というよりうちケーキ屋さんだから私も動員されてケーキの配達。今この近辺で4軒配り終えて、いったん店まで帰るところ」
「わあ、そうだったんだ。でも可愛い衣装ですね」
「うん。ちょっと可愛いよね」
 
絵里花先輩は女の子のサンタの衣装を着ていた。
 
「でも大変ですね。こんな雪の日に。自転車滑りやすいから気をつけて下さいね」
「自転車は押してるだけ。リヤカー代わりだもん」
「なるほど」
「さて、いちど店まで行ってたしかあと8軒配れば終わりの筈」
「わあ、頑張って下さい」
 
そんな立ち話をしていた時、向こうから走ってきた軽自動車がボクたちの前で突然スリップした。
「きゃっ」「わっ」(ちなみに前のがボクの声、後のが絵里花さんの声)
 
軽自動車はスリップしたまま、ボクたちがいた近くの電柱に激突していた。ボクは慌てて駆け寄り、運転席の中に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。何とか。あたたたた」
「救急車呼びます」
 
ボクはその人の携帯を借りて119に掛け、交通事故であることを伝える。その時絵里花さんがまだ起き上がっていないことに気付いた。
 
「絵里花先輩、大丈夫ですか?」
「えっと・・・少し足を捻ったみたい」
「ありゃあ・・・・」
 
絵里花さんに促し、お母さんに電話して迎えに来てもらうことにした。119で呼んだ救急車より先に絵里花さんのお母さんの車が到着した。ボクは事故の目撃者なので気が咎めたが、運転手さんは大丈夫そうだし、携帯の番号だけメモさせてもらって、絵里花さんのお母さんと一緒に絵里花さんを連れて、自転車は車の荷室に積んで、絵里花さんの自宅に戻った。
 
「ちょっと湿布してれば治るよ」と絵里花さん。
「念のため病院に行ったほうがいいです」とボク。
「うん。月曜日にでも病院に連れていく」とお母さん。
 
「でもごめーん。配達あと8軒残ってるのに」と絵里花さん。
「それは私がやるよ」とお母さん。
「何でしたら、私がしましょうか?お母さんは絵里花先輩に付いててあげてください」と私は自分でもそれまで思っていなかった言葉を発していた。
 
「あ、いいかもね」と絵里花さん。
「冬子ちゃん、私と体格あまり変わらないから、私の衣装入りそう」
え?衣装??
 

ボクは突然「冬子」と呼ばれて少し戸惑った。でも今日はボクはセーターにジーンズ、その上にダウンジャケットを着ていて、身体の線がよくわからない。それにさっきお母さんと会った時からずっと、というかその前に絵里花さんと会った時からずっと、ボクは女の子の声にも聞こえる声で話していた。それにうちの中学は髪型の規制が緩いので、ボクはけっこう髪を伸ばしていた。多分お母さんはボクを女の子と思っているよね、ということにすぐ思い至る。
 
「あら、お願いできたらそれがいいかもね。40歳のおばさんサンタが行くより中学生の女の子サンタが行くほうが、喜んでもらえるしね」
「じゃ、決まり。だいたいお母ちゃんじゃ、私の服入らないし。ね、冬子ちゃん、今まで私が着ていた衣装で悪いけど、それ着てみてもらえる?」
「はい」
 
ボクはこうなった以上、変にあれこれ言わない方が良いと割り切った。衣装を借りて、隣の部屋で手早く着換えて、戻って来る。
「わあ、可愛い」
「冬子ちゃんって、こういう可愛い系の服が凄く似合うんだ・・・」
「じゃ、届け先の住所とかを」
「じゃお店に行ってもらえる?電話しておくから」
 
そういう訳で、その夜、とりあえず自分の家には、足首をねんざした先輩のピンチヒッターで配達のバイトをするので1時間くらい遅くなると電話を入れ、絵里花さんの自転車でお店まで走っていき、荷台にケーキを4個積んで、道順付きの地図ももらった。最初の家まで、雪道に気をつけながら走って行く。
 
スカートを穿いて自転車に乗るのは初めての経験だったので、最初はけっこう戸惑ったが、サンタの衣装の短いスカートは、自転車を漕ぐのに邪魔にならないことにすぐ気付いた。スカートの中が見えちゃうことを気にしなければ!中身といってもタイツを穿いているのだけど。でも、誰か通りがかりの男の人が、ボクのスカートの中身に気を取られて転んだりしないといいなあ。
 
女の子サンタの衣装を着て人前に出ること自体は不思議と恥ずかしさは無かった。むしろこの時は、事故に遭遇して配達時間が少し遅れてしまったので、少しでもそれを取り戻せないかなということばかり考えていた。むろん自分が転んだりしたら元も子もないので、雪道でタイヤが取られやすい中だけど、慎重に自転車を漕いでいった。
 

最初の家を訪問する。
「こんばんは。○○屋です。遅くなりました。クリスマスケーキを持ってきました」
と女の子っぽい声で言う。
「はーい」と言って若い女の人が出てくる。
「きゃー。可愛いサンタさん!ね、中学生?」
「はい。中1です」
「ね、ね。記念写真撮っていい?」
「いいですよ」
 
こういう事態に関する指示は受けていなかったが、別に写真くらい構わないだろうと思い、ボクはこの家の女性と記念写真を撮った。
 
「でも、ほんとにあなた可愛いわねー。すっごく美人になるよ、きっと」
「ありがとうございます」
「あなた、そうだなあ。そんなに可愛いならお嫁さんに行っちゃうのもったいない。歌手か女優さんにでもならない?」
「そうですね。考えてみます」
 
ここの女性がなかなかボクを離してくれず、ここで10分近く話していた。ボクは済みません。次の配達があるのでといって勘弁してもらい、次の家に行った。
 
2軒目は30代くらいの男の人だったが、いきなり「遅い!」と言って怒られた。しかし、こちらの顔を見たとたん上機嫌になり、
「あれ、君可愛いね。ね、ね、少し上がってケーキひとくちでも食べて行かない?」
などと言われる。まさか配達に行ってナンパされるとは思わなかったが
「申し訳ありません。配達以上のことはしてはいけないと言われていますので」
と言って断り、次に行った。
 
その夜はそんな感じでまず4個のケーキを届け、いったん店に戻ってまた4個ケーキを積んで、また地図をもらって、それにそって配達をした。
 
配り終えたのは18時半くらいであった。
 
「ありがとう、助かったよ。君が自転車に乗れたので結果的に予定より早く済んでしまった」と絵里花さんのお父さん。
「ああ、絵里花さんは自転車乗れないから押して歩いてるって言っておられました」
「まあ近くだからいっかと思ったんだけどね」
「これ、ささやかな御礼」と言ってポチ袋をわたしてくれる。
「いえ、いいですよ。いつも先輩にはお世話になってるし」
「こういう時は受け取っておくものだよ」
「わかりました。では頂きます。ありがとうございました」
「また来年も頼みたいくらいだね」
「あはは、そうですね。では失礼します」
「はい、お疲れ様」
 
そういうやりとりをして、ボクは絵里花さんの家までまた自転車で戻り、元の服に着替えて、先輩の家を辞した。ボクが帰るころには、絵里花さんの足の痛みもかなり引いていた。
 
「ほんとにありがとう。助かったわ」とお母さん。
「これ、ほんの御礼」
「お父さんからも頂きました!」
「あら」
「二重取りしとけばいいよ」と絵里花さんが笑って言う。
「じゃ、押しつけちゃえ。あなた可愛いから倍額報酬」
「えー?顔で報酬が変わるんですか?」
「当然。芸能界とか見てごらんよ」と絵里花さん。
「冬子ちゃん、女優さんとかになったら、たくさん稼げるよ、きっと」
 

結局、ボクはその夜、遅くなったので、そのまま自転車を借りて自宅まで走って帰った。明日返しにいくことにしていた。19時すぎに自宅に帰着する。
 
「ごめーん。遅くなって」
「冬彦〜。チキンが揚げられるのを待ってるよ」と情けない感じの姉の声。
「了解。今からじゃんじゃん揚げるね」
 
ボクは小学生の低学年の頃から料理の手伝いをさせられていて、オムレツなども小学2年生の頃からきれいに焼いていたが、揚げ物は母も姉も不得手で、いつもボクの担当になっていた。その日、うちの家も少し早いクリスマスということになっていた。ただしクリスマスケーキは24日に食べることにして今日はショートケーキを家族分4個である。
 
お肉は母が切って唐揚げ粉を付けるところまではしてくれていた。ボクは油を180度に暖めると、その中に鶏肉をどんどん放り込んでいく。そして揚がり次第どんどん食卓に運んでいった。
「ねえ、先に食べてていい?」と姉。
「どうぞー。暖かいうちにどんどん食べて」
「冬彦、揚げ物が上手だなんて、いいお嫁さんになれるね」
「ボク、お嫁さんになるの!?」
「冬彦ならなってもいいと思うなあ。なんとなくウェディングドレス似合いそうな気がするよ」
「あはは」
「ねーまた女装してみない?私、服貸してあげるからさ」
「取り敢えず遠慮しておく」
とボクは笑って言った。
 
やがて唐揚げが全部できて、ボクも食卓につき、シャンメリーで乾杯。ケーキと鶏肉を食べる。気分が良かったので、ボクは歌を歌った。
「Sul mare luccia l'astro d'argento, Placida e l'onda, prospero e il ventoVenite all'agile barchetta mia. Santa Lucia! Santa Lucia! 」
 
実はちょっと出だしの音を間違えて最後の「サンタルチア」と歌う所ではかなり高いキーの声になってしまった。中性的な声で歌い始めたものの高音になってしまったので、かなり女の子っぽい声になってしまう。
 
「へー、きれいな声持ってるね。ちょっと中性的。というかよくそんな高いキーが出るね」
「出だしの音間違っちゃった。少し高すぎ。ボク絶対音感が無いからなあ」
「私もそんなの無いや。でも、冬彦、よく私のエレクトーン弾いてるけど、私よりうまいよね、最近」
「そう?こないだから練習していた『エーゲ海の真珠』はけっこう頑張ったかな」
 
「ああ、あれ冬彦が弾いてたんだっけ」と母。
「てっきり萌依が弾いてるものと思い込んでいた」
「私もう最近はほとんど弾いてないから『エーゲ海の真珠』みたいな転調まである曲はとても弾けないよ。ひたすらC−F−G7−Cなら行けるけど」
「全部Cコードに直しちゃうのね」
「そ、そ。シャープとかフラット嫌い。冬彦なんならエレクトーンのレッスンに行く?」
 
「今は陸上部やってるから無理だよ」
「陸上部って3年生までやるの?」
「ううん。2年生まででやめる。というか2年生の秋でやめる。そうしないとさ」
「うん」
「ボクって変にまじめに練習に出てるから、部長やれって言われると思うんだよね」
「ああ。。。」
「でも、ボクみたいに足の遅い人が部長ってのでは部がまとまらないと思う。だから、そういう問題が起きないように、2年生の秋の大会が終わった所でやめちゃうつもり。高校受験の勉強しなきゃといえば納得してもらえるだろうし」
「そうだねえ」
「考えすぎだと思うけどなあ。別に部長が一番運動能力無いといけないこともないと思うけど」と姉は言っていた。
 

 
「あ、そうそう。お前たちにクリスマスプレゼント」と父。
「来週はずっと遅くなりそうだから、今日渡しとく」
と言って、父は私と姉にデパートの包みを渡した。
「わあ、ありがとう」
「部屋に帰ってから開けるといいよ」
「はーい」
 
夕食の後片付けをし、お風呂に入って22時近くに自分の部屋に入った。お風呂の中では今日の女の子サンタの衣装を着ての配達の仕事を思い出していた。随分可愛いと言われたなあ、などと思う。ボクそんなに可愛いのかななどと思って、お風呂場の鏡にむかって少し可愛い子ぶった笑顔をしてみる。ドキっとした。
 
ボク・・・・ほんとに可愛いかも・・・・待て、そんなこと考えちゃうなんてボクってナルちゃん? などと思って、シャワーを浴びて湯船につかる。はあ・・・・でも女の子の服を着るの、ちょっと気持ち良かったな、などとも思った。湯船につかったまま、つい「それ」を眺めてしまう。ちょっとお股に挟んでみた。女の子だとこんな感じかな。。。。。何かの拍子にこれ、無くなっちゃったりしないよね。。。。朝起きたら無かったとか。無くなっちゃったら、無くなっちゃったで、何とかなりそうな気もするな、などと思った。
 
同じクラスの男の子たちは、これをいじるの、毎日しているみたいだ。でも、ボクはそんなことしていなかった。寝る前につい少しいじったりすることはあるけど、硬くなるまではいじらないし。
 
そういえば貞子から性転換するの?なんと訊かれたなあ。。。。性転換か・・・したいなあ。股の間にアレを挟んだ状態で、何も付いてないかのような股間を眺めながら、ボクは悩んでしまった。こういうことを考えている時、何かせつないような気分になるのが不思議だった。
 
お風呂から上がり、ボクは「いつもの」をする。バスタオルを腰に巻き付けて鏡に映すと、ちょっとスカートを穿いてるみたいな感じ。でも・・・おっぱい無いもんなあ。同じ世代の女の子たちはおっぱいが膨らんでいる。ブラジャーも付けている。ブラか・・・・ボクは自分の胸回りをメジャーで測り、多分A70で合いそうというのは知っていた。さっき4000円ももらっちゃったし....新しいブラ買って学校にも着けて行こうかな。
 
ホントに女の子になりたいなあ。もっと女としての自分を自己主張しないといけないのかなぁ・・・・・ クラスに1人そんな子がいる。彼?彼女?は学生服着ていても、いつも女言葉だし、女の子になりたい!ってよく言ってる。ボクもあの子みたいにカムアウトしちゃえばいいんだろうか。なんか勇気が持てないなあ。
 
今日は「女の子」という時間を2時間くらい体験してしまっただけに「女の子の美味しさ」のようなものを味わってしまったので、今こうして自分が男の子に戻っているのが何かやるせない気分だった。ため息を付きながら自分の部屋に戻る。宿題をしなくちゃ。ボクは鞄から勉強の道具を出して、宿題をやり始めた。23時頃終わり、明日の予習も簡単に済ませた。ふだんはこのあと1時くらいまで問題集を解いたりして過ごすのだが今日はちょっと早く寝たいような気分だった。
 
パジャマに着替えてトイレに行き、両親に「おやすみなさい」と言って部屋に入る。そして寝ようとした時、ふとお父さんからもらったクリスマスプレゼントのことを思い出した。いけない、いけない。何かな・・・去年はセーターだった。一昨年はウィンドブレーカーだった。軽いし今年も何かの衣類かな?と思って包みを開ける。
へ?
 
ボクはそれを広げて、表裏返してみて、うーん。。。と悩んでしまった。
 
「これ、どう見てもスカートだよね」
 
ちょっと穿いてみる。暖かいダウン生地のスカートで、ウェストがホックで留めるようになっている。穿いてみたが、ウェストにかなりの余裕がある。あ、そうか!これはオーバースカートだ、と思い至る。ふつうのスカートの上に重ねて穿くと、暖かいって感じだよね。えっと、ボクの場合、ズボンの上に重ねて穿けばいいのかな?? 確かにズボンの上にオーバースカートという着方はあるけど、それって女の子のファッションだよね。。。。
 
ま、いいや。とりあえず今日は寝ようと思って寝る。
 
その日はあちこちで「歌手になれる」「女優になれる」などと言われたせいだろうか。ボクは夢の中でミニスカートを穿いてステージで歌を歌っていた。となりにもうひとり女の子がいるみたいだった。デュエットなのかな?と思う。ああデュエットなら、その相手の子と仲良くできたらいいなと思った。ボクはその隣で歌っている女の子の顔を見ようとしたが、そこで目が覚めてしまった。
 
翌朝、ボクは朝御飯の当番なので、お味噌汁を作り、玉子焼きを焼いて4つにカットして、テーブルに並べた。フライパンで鰤の切り身を照り焼きにする。それも並べたところで姉が、そして御飯まで盛ったところで父が起きてきた。母はずっとヨガだか柔軟体操だかをしていたが、みんなが揃ったのでテーブルに付いた。
 
「あ、お父さんマフラーありがとう。暖かそうで助かる」と姉。
「へ?」と父。
「マフラー?萌依の包み、マフラーだった?」
「え?違ったの?」
「冬彦、お前の包みは?」
ボクはようやく事の真相がわかった。
 
「暖かそうなオーバースカートだった。ボクにこれを着ろということなのかなって、少し悩んでた」
「すまん。間違った。逆に渡した」
「えー?」
 
「いや、お嫁さんになれば?とか昨夜言われてたし、さっそくスカートを穿けということかと」
とボクは笑って言った。
 
「ふーん。。。私それでもいいけどね」と楽しそうな顔で姉。
「あ、お味噌汁美味しい。冬彦、お味噌汁作るのもじょうずだよね。やっぱりお嫁さんになっちゃいなよ」
「そうだねぇ。でもお嫁さんに行ける身体してないし」
「そんなのちょっと手術して改造しちゃえばいいじゃん。最近そういう人多いよ。それにこないだ出来た法律で性別変えられるようになったしね」
(特例法はこの年の7月に施行された)
「うーん。少し悩んじゃうかも」
 
「申し訳無い。ふたりで交換してくれ」
「うん。いいよ。でも冬彦、そのオーバースカート、穿いてみた?」
「穿いてみたよ。暖かそうだったよ」とボクは涼しい顔で答える。
「へー」姉は何かとても楽しそうな顔をしていた。
 

24日の金曜日は終業式であった。その日は陸上部の練習は無いことになっていたので帰ろうとしていたら、玄関のところで貞子に呼び止められた。
「冬ちゃん、今日絵里花先輩の家で陸上部のみんな集まって、クリスマスパーティやるから、来ない?」
「あ、行く行く」
「午後4時からだから一度家に帰ってから、セーターとジーンズとかの服装でおいでよ」
「あ、そうしようかな。何時くらいまで?」
「たぶん8時くらいまで」
「じゃ夕食も兼ねてになっちゃうのかな」
「そうそう。参加費は1人500円ということで」
「OK」
 
ボクはいったん家に帰ると、陸上部のみんなでクリスマス会をするので晩御飯もそちらで食べてくると言い、今夜の我が家の御飯にカレーを作ってから着換えて出かけた。
「お母ちゃん、カレーは食べる前に暖めてね」
「どのくらい暖めればいいの?」
「うーん。この量だとIHヒーターで4分」
「OK」
 
今日はオレンジ色のセーターに黒いスリムジーンズ、そして上にダウンジャケットを着た。ジーンズを穿いた時に、あの付近の盛り上がりがあるのが気になった。やはり、このスリムジーンズの時はあれかな・・・・
 
とボクは思い直すと、ジーンズを脱ぎ、ブリーフを下げて、あれの向きを変えた。下向きにしてブリーフを穿き直し、いつも陸上部の練習の時に使っているサポーターも付けた。その上でスリムジーンズを再度穿き腰まで上げる。うん盛り上がってない。ボクはその付近の形が外に見えるのが凄く嫌だった。だから体育の時間に夏に水泳をする時も、しばしばボクは適当な理由を付けて見学にしていた。
 
そうそう。このスリムジーンズも実は姉のお下がりでレディースものである。姉が穿けなくなっちゃったから捨てようかなと言っていた時
「えー、全然痛んでないのにもったいない」と言ったら
「じゃ冬彦が穿く?」と言われる。
「穿いてみようかな」
などといって穿かせてもらったらきれいに穿けたので、もらったのである。
 
「W64が入るって冬彦、ほんとに細いね。それでもヒップは余ってないし。冬彦って女の子体型だね」
「そう?」
 
この時期、姉からW64のジーンズを何着かもらった。「スカートもあげようか?」
と言われて「それはいい」と断ったものの、もらっちゃえば良かったかなと少し後悔した。(姉はこの時W64,W61のスカート,W61のジーンズを結局捨てずに、段ボール箱に入れて押し入れに収納していた。後にボクが女装していることがバレた時にまとめてもらった)
 
絵里花先輩の家に着き「こんにちは」と言って入ると、お母さんが出て来た。
「あ、先日はお世話になりました」
と、とっさに女の子風の声で挨拶する。
「こちらこそお世話になって。もうかなり集まってきてるわよ」
と言われて中に入る。
「こんにちは」と言って居間に入り、とりあえず貞子の隣に座った。貞子と絵里花の他に、2年生の裕子先輩、1年生の美枝と稀夕が来ていた。
 
「あれ?まだ女子ばかり?」
「だって女の子だけのクリスマスパーティだもん」
「えっと。。。ボクは?」
「女の子と同類ということで。冬ちゃん、あっちの声出しなよ」と美枝。
 
美枝や若葉と話す時はだいたいボクは女声で話している。
 
「分かった。じゃこの声にしてみようかな」
とまだ開発途中のメゾソプラノボイスにする。
「あ、そういう声も出るんだ」
「その声は私も初めて聴いた」と美枝。
 
「実は加藤先生に個人指導されてこの声を見つけた」
「わあ、先生、冬ちゃんにそんな指導もしてたんだ」
「でも加藤先生さ、3月いっぱいで転勤らしいよ」
「えー?寂しい」
「うちの陸上部も加藤先生あってここ3年ほど地区大会で優勝を続けて来たからね。来年はどうなるんだろう」
 
そんな話をしている内に2年の美千穂先輩、1年の彩絵、若葉もやってきた。
「あれ?女の子だけのパーティーと聞いていたんだけど」
「冬ちゃんは今日から女の子になったの」と絵里花先輩。「もう冬子ちゃんなの」
「えー?」とボク。
「ああ、女の子似合ってると思うよ」と若葉。
 
「冬子ちゃんに女の子の服着せちゃおうと思って、私用意してたんだけどね。でも今日の冬子ちゃんの服装は充分女の子で通じるよね」
「うんうん。だいたいそのジーンズ、もしかしてレディースじゃない?」
「あれ?分かった?」
「そんなに足にピッタリ付くジーンズ、男物には無い気がするよ」
「冬子ちゃん、足が細いからそういうの似合うよね」
「体重が軽くて風に流されてるから、あと5kg体重付けろって加藤先生からは言われてるんだけど、いくら食べても体重増えないんだよね。足も細いまま」
「今、身長と体重はいくら?」
「167cm, 40kg」
 
「細すぎる。羨ましい」
「冬子ちゃん、その体型ならモデルさんできるよ。むろん女の子のモデルね」
「モデルさん、背の高い人多いもんね」
「えー?でもおっぱい無いし」
「そんなの手術してシリコンでも入れればいいよ」
「あはは」
「だいたいさ、そんなに身体に密着するジーンズ穿いてて、男の子の盛り上がりが無いんですけど」
「えー?そんなの見せるの野蛮な感じで」
「スカートも穿くんでしょ?」
「穿かない、穿かない」
「下着は女の子の付けてるとか」
「そんなの持ってない」
 
「でも取り敢えず女の子だけのパーティーにいても問題無い感じだね」
「でしょ。だから呼んだのよ」と絵里花先輩。
「こないだ、冬子ちゃんが凄く可愛い服着てるの見ちゃったしね」
「えー、詳しく詳しく」
「ふふふ」
 

その日は絵里花先輩のお父さん手作り謹製のクリスマスケーキをみんなで堪能し、お母さんの手料理のフライドチキンやミートパイなどを味わった。
 
「お父さんがお菓子作りうまくて、お母さんが料理うまくて、って絵里花先輩幸せだね」
「私何もできないからいろいろ言われる。私、センスが無いんだよね。そんなんじゃお嫁さんに行って苦労するよ、とか言われるんだけど」
 
「冬子ちゃん、料理得意だよね」
「え?まあ」
「いつもおうちで御飯作ってるんでしょ?」
「うん。晩御飯も朝御飯も、ボクと姉ちゃんとお母ちゃんの3人で交替で作ってるよ。今日もボクの当番だったから、出かける前にカレーを作ってから出かけて来た」
 
「わあ、偉ーい」
「どんな料理作るの?」
「え?何でもするけど。3日前はハンバーグだったし、その前、こないだの日曜日は鶏の唐揚げだったし」
「あれ?もしかして日曜はあの後作ったの?」と絵里花先輩。
「うん。揚げ物はボクしかできないから」
「凄ーい」
「姉ちゃんは油が怖いって言うし、お母ちゃんは油の温度が適当だから焦がしたり、ベトつかせたりするし」
 
「冬子ちゃん、いいお嫁さんになれる」
「うんうん、なれる」
「よーし、冬子ちゃんにはやはりあの服着てもらおう」と絵里花。
「ちょっとこちらに来なさい」
 
そういわれて、絵里花に手を引かれて奥の部屋に入る。絵里花の部屋のようで可愛いミニーマウスのカーテンに、プーさんのベッドカバーが掛かっている。壁には嵐のポスターが貼られている。わあ、女の子の部屋だと思った。姉の部屋にはよく入るが、姉はあまりポスターなど貼る趣味はないようでシンプルである。
 
「これ、私のサイズで用意したんだけど、こないだのサンタガールの衣装がピッタリだったから、たぶん合うと思うんだよね」と言う。
「えっと・・・それに着換えろと」
「うん。着てごらんよ。ふだん女の子の服着ないの?」
「あまり着ない」
「あまり着ないということは時々着るのね。この服は下着も上もみんな新品だから、安心して着てみて」
「えーっと」
「後ろ向いてたほうがいい?」
「大丈夫かも」
 
ボクはこの時、純粋に女の子の服というものに興味を持ったのでせっかくだから着てみることにした。まずは服を全部脱ぐ。
「ああ、サポーター付けてたんだ」「うん」
「でも足の毛が無いね」
「生えて来たら抜いてる」「へー」
 
ボクは先輩に背中を向けたまま、サポーターとブリーフを脱ぎ、用意されていた女の子用のショーツを穿いた。アソコは体内に押し込みアレは下に向けた状態でショーツを上まであげる。Mサイズだったのでピッチリ押さえてくれるので、一見付いてないように見える。上も全部脱いで、ブラジャーを手に取った。サイズを確認するとB70だ。充分行けるはず。先輩には背中を向けたまま、肩に紐を通し、背中のホックを留めた。
 
「へー、ちゃんと後ろ手で留められるのね」「あ、えっと・・・」
「それでブラを付けたことは無いなんて言わせないからね」「あはは」
 
ブラウスを着てボタンを留めていく。スカートを穿き、最後にセーターを着た。先輩の方を振り向く。
 
「わあ、似合ってる」
「そう?」
「ほら、鏡を見てごらんよ」と行って絵里花先輩は部屋の隅にある鏡の覆いを取った。映してみると、その中に可愛い女の子の姿があった。
 
「可愛いかも・・・」
「可愛いよぉ。さあ、居間に戻ろう」
 
ボクは今まで自分が着ていた服を畳む。先輩が紙袋をくれたのでその中に入れて、居間に戻った。
 
「わあ、可愛い」みんなから声が上がる。
「冬子ちゃんって、やっぱり女の子だったのね」
「今度から女の子同士で誘い合って町に行く時とか冬子ちゃんも誘っちゃおうよ」
「あはは、いいけど」
「やっぱり普段から女装してるんでしょ?」
「えー?してないよう」
「別に隠さなくてもいいよ」
「女装経験の無い人がこんなに女の子の服をさっと着こなせる訳ないよね」
「同意。クラスの男子とかにスカート穿かせたら、たいてい変な感じになるじゃん。冬子ちゃん違和感が無いもん」
 
「よし。冬子ちゃんの女の子度テストをしちゃおう」
「えー?」
「第1問。このキャラクターの名前知ってる?」
「え?プルルンキュピでしょ?」
「これ答えられる男の子はいないよね」「うんうん」「えーっと」
 
「第2問。私が今穿いてるスカートは何と言うタイプのスカート?」
「え?ティアードというよりラッフルスカートかな?」
「ティアードもラッフルも男の子は知らないよね」「うんうん」「あれれ」
 
「第3問。うちの中学の女子の制服、スカートの丈の規則は?」
「えっと、生徒手帳には膝下5cm以上と書かれているけど、実際は膝上5cmくらいまでは注意されないよね。実際ほとんどみんな膝上だし」
「運用まで知ってるのは凄い」「えー?だっていつも生活指導の先生言ってるし」
「女子でないと、そんな注意聞き流してるよね」
「私もそう思う」
 
「第4問。女の子向けのファッション雑誌で徳間書店から出ているのは?」
「えっと徳間ならラブベリー?」
「あたし徳間って知らなかった」
「えっと以前お姉ちゃんが読んでたから。最近はセブンティーンとかノンノ御用達だけど」
「そもそもラブべリー自体を知らない男の子も多いよね」
 
「第5問。正直に答えろ。初恋の人は男の子?女の子?」
「えっと・・・・男の子」
 
「冬子ちゃんは100%女の子と認定します」
「えー!?」
みんなで拍手をされた。
 
「何やら賑やかね」と言って絵里花のお母さんがお手製っぽいプリンを配る。
「でも冬子ちゃん、立派な女の子なのに、今更女の子度テストなんてしなくていいわよね」などと言う。お母さんはこちらの話を半分くらい聞いている感じで、ボクのことは最初から女の子と思い込んでいるようだ。
 
その時お母さんの携帯が鳴った。
「はい。はい。あらあ。分かった。行く」
と言って電話を切る。
「ちょっとお店の方で今日来るはずだったバイトさんが急に来れなくなったということで手が足りないから手伝ってくれということなの。御免行ってくる」
「大丈夫。適当に食べてるから」
 
「ピザをまだ焼いてなかったのよね。誰か焼ける人いる?」
「あ、じゃ私焼きます」とボクは言った。
「ふだん、うちでもピザ係なので」
 
「揚げ物係だけじゃなくてピザ係もしてるの?冬子ちゃん」と絵里花。
「うん。生地から作ってるよ。お母さん、オープンは電気ですか?ガスですか?」
「電気なんだけど」
「うちのも電気だからたぶん似たような感じでいけるかな」
「じゃ、お願いして行ってくるね」
 
オーブンは既に予熱中であった。ボクは絵里花に尋ねながらピザ生地にトッピングを乗せていった。ピーマンやプチトマト、サラミなどをスライスして載せる。一部のトッピングは別途電子レンジで加熱して水分を飛ばした。そんなことをしている内にオーブンの予熱が終わったので3段のトレイにピザをさっと乗せ、タイマーを15分掛けた。
 
「なんか包丁さばきが美しかった」
「そう?」
「プチトマトなんかもきれいにスライスしたね」
「えー?ふつうできない?」
「私やると全部潰しちゃう」
「うーん。。。」
 
みんなでテーブルの方でおしゃべりしている内にオーブンがチンと鳴った。3枚とも各々皿に載せてテーブルに運ぶ。食べやすいようにナイフで各々を8等分した。
 
「わあ、美味しい!」
「凄い。うちのお母ちゃんが作ったのと同じ味だ」
「だってピザ生地はもう出来てたから」とボクは笑って言う。
「私には絶対できんかった」
 
「冬子ちゃん、ほんとにいい主婦になりそう」
「ほんとほんと」
「もう性転換して女の子になっちゃいなよ」
「えー?」
 
「だって、男の子になるのはもったいないよ」
「どうせなら、早めに去勢しちゃったほうがいいよ」
「あはは。何かそんなこと言われると、その気になっちゃいそう」
 
「いっそ新学期から女子の制服で出てこない?」
「そうそう。女の子になっちゃえ、なっちゃえ」
 
そんなことを言われながらボクはまんざらでもない気がしていた。
 
中1のクリスマスイブ。ボクはあらためて自分は女の子になってもいいよね、という気になった。
 
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【夏の日の想い出・クリスマスの想い出】(1)