【夏の日の想い出・風の歌】(2)

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翌週の日曜日は吹奏楽部の大会であった。私は貴理子に随分と
「セーラー服着ちゃいなよ」
と唆されたのだが、自粛してワイシャツと学生ズボンで出て行った。但し下着はブラとショーツを着けて、下着の線が出ないように、その上に色の濃いシャツを着込んでいた。
 
それで集合場所の部室(学校の音楽練習室)に行ったのだが・・・・
 
事前練習を終えた所で貴理子が「ちょっと来い」と言う。
 
隣の音楽準備室に連れ込まれる。
 
「これ着てよ」
と言って(夏服の)セーラー服を渡される。
 
「これ去年卒業した先輩のなんだけどね。事情を話したら、そういう子にだったら、着てもらってもいいというから」
 
「なんで〜?」
「だってさ、さっきの事前練習での冬のクラリネット、全然音が出てなかったじゃん」
「えー。だって始めて1ヶ月半だもん」
「いや、昨日私とふたりで練習した時はもっと吹けてた」
「それは偶然で」
「昨日は女の子の服だったでしょ。冬はやはり女の子の服を着ないと調子が出ないんだよ」
「うーん。。。」
 
「これ着た方が絶対うまく吹けるから。ほらあまり時間無いから」
と言われて、私は結局、そのセーラー服に着替えてしまった。
 
「さ、行こう」
と言われて部室の方に戻る。えーん、恥ずかしい、と思ったのに、誰も何も言わない。うむむ。私はできるだけ目立たないように俯いていた。
 

会場に移動する。クラリネットやフルートなど、またホルンくらいの楽器までは各自で持ってバスで移動。ユーフォニウム・チューバ、コントラバスなどの大型楽器は、協力してくれる数名の先生の車で運ぶ。
 
現地で各自の楽器があることを確認し、会場の裏手の公園で1回だけ合わせた。その時やっと、2年生のクラリネット担当、知花さんから言われた。
 
「あ、唐本さん? もしかして」
「はい」
「気付かなかった。可愛い!ってか、さっきと演奏が見違えた」
「そうなんです。冬ちゃんは、女子の制服を着ないと、本来のパワーが出ないんです」
「へー。だったら、いつもの練習にも女子の制服で出てくればいいのに」
「ね?」
 
「それ、もう初心者のクラリネットじゃないよ。1年くらいやってる子の演奏だよ」
「私よりうまいんですよね、こういう服を着ると」
と貴理子。
 
「セーラー服着ていいからさ、これからも時々でいいから練習出てこない?」
「あはは・・・・」
 

私たちの学校は全体の5番目に登場した。
 
最初課題曲の『吹奏楽のための風之舞』(福田洋介作曲)という曲を演奏する。木管と金管の掛け合いなどもある、ちょっと格好良い曲である。「風の楽団(wind band)」で「風之舞」という曲を演奏するということ自体が何だか面白い。
 
金管のパワフルな演奏に対して、木管の繊細な演奏が応じる。フルートなども格好良い見せ場があるが、クラリネットも懸命に演奏する。そもそもうちの学校の場合、木管セクションの人数が少ないので、あまり強弱を考えずに吹いても何とかなる感じであったので、その分初心者の私としては楽であった。
 
5分ほどの演奏が終わる。私は貴理子や、知花さんと見つめ合って頷いた。けっこう満足いく演奏が出来た。
 
そして次は自由曲でT-SQUAREの『Omens of Love』である。これも格好良い曲で、知花さんがクラリネットをアルトサックスに持ち替えて演奏する。このアルトサックスが主役になる曲だが、知花さんがサックスを持つと、2年生のもうひとりのクラリネット奏者は必ずしも巧くないので全体的にクラリネットが不安定になる。そこで私と貴理子の責任も重大なのである。
 
しかし私も貴理子もこの曲のクラリネットパートを何とかノーミスで演奏することができた。練習では成功確率が必ずしも高くなかったので、演奏し終わった時、私と貴理子は思わずハグし合ったが、その時、背中に鋭い視線を感じた。あはは、きっと貴理子の彼氏の金本君だなと思った。ごめんなさーい。だって感動したんだもん!
 

他にもうまい学校が多数あったので、私たちの学校は都大会進出はならなかったものの、20校中の6位と健闘した。過去の成績はだいたい14〜15位くらいだったらしい。
 
「今年は3年生が少なくて、2年生・1年生中心の編成だったのに、凄く頑張れたね。今回のメンバーの多くが来年まで残るだろうから、来年こそは念願の都大会進出目指して頑張ってください」
などと3年生の部長さんから言葉があった。
 
「冬ちゃん、来年も当然参加してよね」
と貴理子からも知花さんからも言われた。
 
「うーん。今年みたいな感じで、夏頃からだけの練習でも良ければ」
「うん、それでOK、OK」
「でも来年はずっとセーラー服で参加しよう」
「えっと・・・」
 
「あ、学校のクラリネットはいつでも自由に使っていいからね」
「冬ちゃん用のは何か印を付けておくよ」
 
「冬ちゃん、可愛いから何かお花のシールでも貼っておこう」
「あ、薔薇の花のシールとかいいかも」
「ああ、冬ちゃんには薔薇が似合いそう」
 
ということで、私は吹奏楽部の部室、楽器倉庫には出入り自由、クラリネットも私が在学中は、これを専用で使ってね、というのを指定されることになった。
 
ちなみに私が使うクラリネットが薔薇、貴理子のは桜であった。知花さんのクラリネットは自前である。ヤマハの30万円ほどするクラリネットを使用していた。アルトサックスの方は学校の備品で、そちらにはカトレアのシールが貼ってあった。
 

翌週の週末、名古屋の従姉、美耶の結婚式がある。この時期というのは、従姉兄たちの結婚式が何だか集中していた。
 
2000年が美耶の姉・恵麻の結婚式、2001年が聖見、2002年が俊郎、2004年が美耶で、2006年が鹿鳴、2008年が晃太、2009年が千鳥、といった感じである。しかしこれら、私の従姉兄たちの結婚式に、母たち五姉妹がちゃんと全員出席していたのは、やはり5人の団結力の強さなのであろう。5人の中で母だけは民謡を辞めてしまったのだが、それは団結力には何も影響していないようであった。
 
金曜日の夕方に名古屋に入り、その日は市内のホテルで泊まる。しかし父は例によって、男性親族の集まりに誘われ、市内の居酒屋でかなり飲んだようである。この、母たち五姉妹の各々の夫たちというのも、結構な団結力がある感じであった。父は「いや断りにくくて」などと言っていたが、かなり楽しんでいるようである。聖見・恵麻の夫や、俊郎・晃太などもこの飲み会には参加していたようである。
 
「冬彦も18になったら飲み会に参加しろよ」
などと父は言っていたが
「お父さん、未成年で飲んだら逮捕されるよ」
と言っておく。
 
「18になったら俺が許可する」
などと父は言っていた。
 
「私たちはアルコール抜きで行こう」
などと言って、母たち姉妹4人(花嫁の母である風帆以外)と、女子の従姉一同、それに「あんたもついでに」と言われた私などは、市内のファミレスに行って、ケーキとコーヒーか紅茶という感じで、お茶会をした。男子でこちらに参加したのは、私と清香伯母の長男・薙彦の2人だけである。
 
最初その薙彦君(高1)と少し話をしていたのだが、
「冬彦君と話していると何だか女の子と話している気分になる」
などと言われる。
「ごめーん。ボク、だいたい女性的な性格だって言われる」
と言っておく。
 
清香伯母の末娘である佳楽(かぐら・中2)と、里美伯母の次女・明奈(中3)が席をずらして私の隣にやってきて
「冬ちゃ〜ん」
と声を掛ける。私の隣にいた薙彦君を佳楽が「兄ちゃん、ちょっとのいて」と言って押しのけて座る。どうも何かたくらんでいる雰囲気だ。
 
「なあに? 明奈ちゃん、佳楽ちゃん」
「明日はさ、私たち3人で出し物しない?」
「女子中学生3人、じゃなかった、中学生3人だし」
と明奈。最初わざと「女子中学生」と言った雰囲気もあった。
 
「うーん。まあいいけど。でも何やるの?」
「GO!GO!7188やろうよ」
「なるほど。男の子1人と女の子2人のユニットだね」
「歌は3人で歌う。私がギター弾いて、明奈ちゃんがベース」
「じゃボクはドラムス?」
「それ考えたんだけど、ドラムス持ち込むのが大変だから、キーボードにしてもらおうかと」
「ああ、キーボードなら問題無いよ。ドラムスなんて打ったことないし」
 
「それで曲は『浮舟』にしよう」
「それって、恋が終わる歌では?」
「ああ、歌詞ちょっと改造するから。なんか和風っぽくていいじゃん。あの曲。明日歌詞カード渡すね」
「確かに和風ロックって感じだよね。じゃ、よろしく」
 

そういう訳で、翌日の午前中、美耶の結婚式が行われた。披露宴は午後1時からであるが、披露宴に出席しない私たち子供は適当に食べておいてと言われ、みんなで、結婚式が行われているホテルのレストランに行く。
 
「お勘定は親持ちだし、豪華なの食べよう」
などと言っている子もいるが、私はキシメンのミニセットを頼んだ。
 
「冬彦君、そんなんで足りるの?」
と薙彦君が驚いている。彼はハンバーグと味噌カツのコンボセット大盛りに更に名古屋コーチンの手羽先盛り合わせを単品で頼んでいる。
 
「ああ、冬ちゃんは昔から少食だよ」と明奈。
「でも陸上競技やってるって言ってなかった?運動やってたら食べそうなのに」
 
「うん。それで体重が軽すぎて向かい風に押し戻されてるから、頑張って食べろと言われてるんだけど、なかなか増えないんだよね〜」
「そりゃ、その程度しか食べないんじゃ、体重増えないだろ。今何kg?」
「38kg」
「38〜? 有り得ない」
「軽すぎるよね。私だって47kgあるのに」と明奈。
 
「この春までは36kgだったんだよ。何とか2kg増やした」
「信じられん体重だ」
 
「ボク体重が付かない体質みたい。毎日晩御飯2杯食べてるのに」
「2杯って、それ自体少なすぎる。中学生男子は普通でも5〜6杯、スポーツやってるんなら7〜8杯、食べてもおかしくない」と薙彦。
「えー? そんなに食べるもの?」
 
「私でも3〜4杯食べるな」と佳楽も言う。
「2杯なんて、普通の女の子の食べ方だよ」
と佳楽たちの姉で大学生の歌衣まで言っている。
 

さて、子供グループがレストランでの昼食を終えて会場近辺に戻ってきた頃に披露宴が始まった。白無垢姿の美耶が、紋付き袴姿の新郎と並び、来客者を会場に迎え込むところであった。私たちが手を振ると、美耶も振り返してくれた。
 
さて、うちの母の系統の従姉兄は私と姉、新婦の美耶も含めて15人であるが、その内既に学校を出ている7人が披露宴に出席し、大学生以下の7人が外でたむろしていた。
 
これは清香伯母の子供達の歌衣(大1)・薙彦(高1) 佳楽(中2)、里美伯母の子供達の純奈(高2)・明奈(中3)、そしてうちの姉(高3)と私(中1)である。
 
今回は7人とも出し物がある。姉は純奈と組んで『Can you celebrate』を歌うと言っていた。歌衣は三味線を弾いて『さんさ時雨』を歌うらしい。薙彦は新婦の弟・晃太と組んで『明日があるさ』を歌うと言っていた。
 
そして佳楽・明奈・私の「中学生3人」はGO!GO!7188の『浮舟』を歌うと言われ食事の後で、「改造版」の歌詞カードをもらったのだが・・・・どうも何か仕掛けがあるような気がしてならなかった。明奈も佳楽も何だか楽しそうな顔をしている。
 
やがて披露宴は余興が始まったようである。姉と純奈、薙彦と晃太、そして歌衣と各々無難にこなしていく。そして私たちの順番になる。
 
私たち3人が入って行くと、司会の人は
「次は新婦の従妹、女子中学生3人組によるバンド演奏です」
と言った。
 
やはり「女子中学生」という話になってる!
 
するとマイクを取った佳楽が言う。
「あれ〜、女子中生3人という話だったのに、ここには女子2名と男子1名いますね」
「こういうおめでたい席で、そういう間違いがあってはいけません、訂正しましょう」
と明奈。
 
「やはりここは、男子1名を女子に性転換してしまうに限りますね」
「ということで、冬ちゃ〜ん、このワンピースを着よう」
 
私はもう笑うしかなかった。こんな所で揉める訳にもいかないので、明奈から渡された白いワンピースを素直に今着ている服の上に着る。明奈と佳楽も同じ白いワンピースを着た。
 
「それでは女の子3人なので、女の子バンドの曲でZONEの『一雫』です」
 
曲も違うじゃん!
 
明奈が譜面を渡すので私は笑ってそれをキーボードの譜面立てに置いた。三人で頷き合う。私がキーボードのオートリズムをフィルインスタートさせる。明奈のベースが鳴りだし、更に佳楽のギターもリズムを刻み始め、私たちはこういうおめでたい席にふさわしい曲である『一雫』を歌い始めた。
 

「まあ、冬ちゃんはどんな曲でも、初見でも弾いちゃうだろうと思ったからね」
と明奈が言う。
 
そのあたりはどうも、アスカ・奈緒との情報交換で掴んでいたようである。この情報交換網に更に先日からリナが加わったようなので、やっかいだ。
 
「だけど素直にワンピース着たね」
「そりゃ、あそこで揉める訳にはいかないもん」
 
「なるほど。冬ちゃんに行動させるには、それしかない状況に追い込むのがいいんだな」
「もう」
 
「だけど、冬彦君、女の子みたいな声で歌ってたね」
と薙彦君。
 
「ああ、冬ちゃんは男の子の声も女の子の声も出るのよ」
「へー」
 
「ヴァイオリンや三味線は、低音を出す太い弦でも短く押さえると高い音が出るでしょ。だから、男の子でも、喉の使い方次第で女の子の声は出るんですよ。声帯を半分だけ振動させればいいのよね」
 
と私が説明すると
「へー」
と感心している。
 
「長い弦は短く押さえれば高音が出せるけど、短い弦は低音が出せないから女性が男性の声を出すのは難しいんだけどね」
などと言っていたら、明奈が反論する。
 
「うん、それが冬ちゃんの公式見解なんだけどさ。今回は来てない従姉のアスカさんによるとだね。別の解釈も出来るというんだよね」
と明奈。
 
「へ、へー」
 
「管楽器には片方が閉じている閉管楽器と、閉じてない開管楽器があるんだよね。フルートは開管楽器、クラリネットは閉管楽器。開管楽器では両端が自由だからXみたいな形の両端が開いた波が発生するけど、閉管楽器は管が閉じている所で波の振動が抑えられるから、⊂みたいな形の片方だけ開いた波が発生する。結果的に同じ長さの管でも開管楽器の倍の長さの波が発生する。波長が倍ということは周波数は半分、つまり閉管楽器は同じ長さの開管楽器よりオクターブ低い音が出るのよね。実際フルートとクラリネットってそんなに長さが違わないのに、クラリネットの方が低い音だよね」
と明奈は管楽器内部の空気の波動理論を説明する。
 
「ああ、確かに」
 
「人間の声帯も、女性の声帯は開管、男性の声帯は閉管なんだよ。声帯の長さで声の高さが定まるんなら、外人さんの女の人は日本人の男の人より低い声になるはず」
「そういえばそうかも」
 
「要するに男女の声の高さの違いはむしろ開管か閉管かの問題。声帯を開くか閉じるかの問題。男性は閉じて声を出すから、開いて声を出す女性の声よりオクターブ低くなる。だからさ、男性でも声帯を開いて声を出せば女性のように高い声が出せるし、女性であっても声帯を閉じて声を出せば男性のように低い声を出すことができる」
 
「ほほお」
 
「つまり、女性でも喉の使い方次第で、男性の声は出るという訳。だから冬ちゃんは本当は女の子なのに、そうやって声帯を閉じて男の子っぽい声を出しているのではないかと」
 
「うーん、その見解はボクも初めて聞いた」
と、私は笑って答えておいた。
 

翌日は、ナガシマスパーランドであった。
 
この日参加したメンツは、リナ・美佳・麻央(以上中1)、明奈(中3)・純奈(高2)、佳楽(中2)、アスカ(高1)、そして私(中1)と姉(高3)という「中高生女子」9人であった。
 
母たちはジェットコースターとかとんでもないと言って、市内でのんびりと美味しい御飯を食べると言っていた。歌衣はどちらに行くか迷ったようだが、遊園地の後、プール・お風呂だという話に、ヌードになる自信が無いなどといって母たちの方にくっついて行った。母たちの方には歌衣や佳楽の姉の鈴奈・千鳥や、美耶の姉の恵麻、聖見、聖見の姉・友見も行っている。
 
男の子たちは高校生の薙彦も含めて、父たちの集まりの方に動員されてしまったようであった。
 
「なぎちゃん、絶対ビールとか飲まされてるよね」
「うんうん。全く、悪い親たちだ」
 
今回の集まりに来たいと言っていた奈緒はこの日、検定試験を受けることになっていたということで無念の欠席であった。アスカは実は前日の土曜日、札幌でリサイタルを開いていたのであるが、午前中の飛行機で新千歳から中部に飛んできて出席するという熱心さであった。
 
純奈と萌依は暴走防止のお目付役という感じだが興味半分という感じもあった。それでも「春みたいにお風呂の中で押し倒したりするのは危険だから禁止」と明奈たちに通達してくれた。
 
取り敢えず栄に集合した時点で
「さて、冬ちゃんは女の子の服に着替えてもらわなきゃ」
と明奈とアスカから言われる。
 
「了解!着替えて来ます」
と私は言って、駅のトイレで服を着替えてくる。
 
「おぉ!!」
「可愛い!!」
 
「マリンルックか」
「女子中生らしい、清楚で可愛い出で立ち」
 
「でもどうしたの?今日は随分素直じゃん」
「ヴァイオリンの借り賃なんだよぉ」
と私は答える。
 
「なにそれ?」
アスカが説明する。
 
「6月に冬がヴァイオリンを練習するというから、私少し教えてあげたのよね。それで冬が友だちから借りたというヴァイオリンがちょっと酷い作りで、こんなので練習してたら悪い癖がつくからといって、私が昔使ってたヴァイオリンを貸したんだよ」
「その借り賃で、今日はボクは女の子の服を着て、女子水着を着て、女湯に入らなければならないことになってる」
 
「なるほどー」
「約束を反故にしたら、高価な代償が待ってるんだ!」
「既に3ヶ月借りてるから、普通のレンタル屋さんであのクラスのヴァイオリンを借りた場合は、レンタル料をたぶん20万円くらい払わないといけないんじゃないかな」
とボクは笑いながら言う。
 
「うん、そんなものかな」
とアスカ。
 
「きゃー」
「じゃ、今日は20万円掛けて、冬の身体の秘密を探求するのね」
「あはは、お手柔らかに」
 

バスでナガシマスパーランドに行く。プールと遊園地の両方に入れるワイドパスポートに《湯浴みの島》の券もあわせて買う。
 
まずはここに来たらということでジェットコースターに乗る。超人気の木製コースター、ホワイトサイクロンは長時間待ち必須なので9時の開園と同時に入り、すぐ行く。幸いにも5分ほどの待ち時間で乗ることができた。
 
「面白い!もう一度乗ろう」
ということで列に並んで再度乗る。まだ早い時間帯のせいか今度も15分ほどの待ち時間で乗ることができた。更に他のコースターにも一通り乗る。
 
しかし、純奈・萌依の2人は最初の1回目のホワイトサイクロンでギブアップして、後はもう少しおとなしい乗り物に乗っていたようである。アスカと中学生組6人はひたすらジェットコースターに乗っていた。
 
「冬、ジェットコースター、全然平気なんだね」
「特訓したから」
「ジェットコースターの特訓?」
「うん。陸上部の長距離組で、下り坂の恐怖克服ってんで。ジェットコースターの下りが怖くなければ、下り坂を全力で走る時も怖くない、という趣旨」
 
「冬はきっと『キャー』とか泣き叫ぶと思ったのになあ」
「こういうの、男の子はタマが縮み上がってダメだと聞いたのに」
「ああ、ボクは縮み上がるようなものがないから」
と私が言うと
 
「やはり、もうタマは無いのね?」
と訊かれる。
「さあ、どうだろうね」
と言って、笑って誤魔化しておく。
 

早めの食事を取ってから、プールの方に移動した。
 
「あれ?ここ更衣室、男女に分かれてないの?」
 
ロッカールームの中は男女混合で、至るところで着替えている男女が見られる。
 
「あ、ここロッカールームは男女共通で荷物の少ない家族は共同でロッカーを使えるんだけど、着替える場所は壁際に男女別にあるよ。でも面倒くさがってここで着替える人も結構いる」
とリナが解説する。
 
「ボクは女子更衣室に入っていくと悲鳴あげられそうな気がする」と麻央。「ああ、麻央はここで着替えちゃった方が無難だよ」と美佳。
 
私は下に水着は着込んで着ているのでさっさと脱いでしまう。
 
「うーん。完璧な女性体型」
「ちょっと胸触らせて」と言って明奈が触る。アスカも触る。
 
「これ春休みより更に成長してない?」
「そうだなあ。成長する時期なのかも」
「へー」
 
中学生6人は全員水着を着込んできていたので、そのまま脱いでしまうが、高校生3人は女子更衣室の方に行って着替えて来た。
 

ここは多数のスライダーがある。まずはフリーフォールスライダーに行く。傾斜60度という、ほとんどそのまま落下する感覚のスライダーだ。萌依と純奈は見ただけで「パス」と言って、普通のプールの方に行っていた。
 
次にUFOスライダーに行く。ここはボウル状というか漏斗のような形状の所を回転しながら落ちていくもので、何周するかはスピード次第というものである。でも最後に中央の穴から下のプールに落ちる時が少し痛かった。
 
「でも今日はあまり混んでないね。あまり待たなくていいし」
「9月も下旬だからね。今日で今年はプールは営業終了みたいね」
「スライダーだとあまり気候は関係無い感じ」
「さすがに12月や1月にしたいとは思わないけどね」
 
そのあとビッグワンスライダーに乗る。これは4人乗りのボートで滑り降りるスライダーなので、明奈・アスカ・リナ・私と、佳楽・美佳・麻央という組で滑った。
 
それからトルネードスライダーに行くが、ここは何種類もコースがあるので、何度も滑り降りた。
 
「すんなり滑られるのがいい! 全種類制覇しようよ」
と美佳が異様に元気である。
 
「頑張るなあ」
「だって夏休みに来たら人が多いから3種類くらいが限界だもん」
 

かなりすべった所で少し休憩するが、アスカが「うーん」と言って悩んでいる。
 
「どうしたの?」
「私間違ってた」
「何を?」
「ヴァイオリンの貸し賃のカタに冬に女の子の服を着ろと言ったんだけど、本人全然嫌がってないし」
「ああ、満喫してる感じ」
 
「冬、貸し賃の件はキャンセルするから」
「へ」
「だから、冬は何を着ようと自由だし、この後、男子更衣室で着替えてもいいし、男湯に入ってもいい」
とアスカが言うと
 
「えーー!?」
と明奈が驚く。
 
「だって本人が嫌がってないのを、女子更衣室や女湯に連れ込んでも面白くないじゃん」
「えっと、それつまり、ボクの義務を解除した上で、やはり女子更衣室や女湯に連行しようってこと?」
「そういうこと」
 
「ああ、なるほど。無理矢理の方が萌えるよね」
「そそ」
 
「何だか結局同じことのような」
「だから冬は、私たちが連れ込もうとしたら抵抗してもいいよ」
「抵抗しても強引に連れ込むんでしょ?」
「当然」
「変なの!」
 

休憩後は、流れるプールで楽しんだり、また美佳・麻央・佳楽がスライダーに行ったりしていた。スライダーで身体を使っている分にはいいのだが、さすがに9月下旬なので、じっとしているのには寒い。それで私たちは温泉プールで身体を温めては少し泳いだりもしていた。
 
「冬〜、少し泳ぐの競争しない?」
「あ、私金槌だから。平泳ぎは何とかなるけど、沈まない程度で推進力ほとんど無いし」
「それはいけない。水泳やってると心肺能力が鍛えられて、楽器も歌も基礎力が上がるよ」
「ほんと? そしたら少し練習しようかなあ」
「あ、アスカさん、私と競争しません?」
とスライダーから戻って来た麻央が言うので
「よし、泳ごう」
 
と言って、ふたりでかなり泳いでいた。今日は客が少ないので、泳ぎたい人には便利な日である。私はアスカに言われたので、プールの縁につかまってバタ足の練習をしていた。
 

営業終了時刻の30分前にあがる。水着になるのは中学生組はロッカールームでしてしまったのだが、水着を脱ぐのはさすがに更衣室に行く。
 
「冬、男子更衣室に行っていいよ」
「いや、この水着で男子更衣室に入って行くとパニックを起こすから」
「ふーん。じゃ、どうするのかな?」
「えっと、女子更衣室に入ってもいいかなあ」
「痴漢として捕まっても知らないけどね」
 
などとアスカはわざとそんなことばを掛ける。
 
それでもみんなでぞろぞろと女子更衣室に入る。麻央を見てギョッとしている客もいるが、女子9人の集団でいるし、麻央もちゃんと女子水着をつけていて胸もあるので、悲鳴をあげたりするには至らない感じである。
 
「冬、ここで水着を脱がない?」
「あ、えっと個室で着替えてくるね」
「まいっか。次が待ってるし」
 
ということで全員、個室に入って着替えてくる。私が着替えて個室から出ようとした時「キャー」という声を聞いた。ああ、麻央かな? と思ったら案の定であった。
 
「この子、間違いなく女の子ですから。スポーツしてるんで短髪なんです」
とそばで明奈が説明している。
 
「ほんと? ごめんねー」
と悲鳴をあげてしまった女性が言っているが、表情を見るとまだ完全に麻央の性別疑惑を解消した訳ではない雰囲気だ。
 

全員着替え終わった所で、お風呂の方に移動する。受付で半券1を渡して中に入り、3階の受付で半券2を渡す。何だか不思議なシステムだ。靴を下足箱に入れてフロントでロッカーの鍵をもらってから、エレベータで1階に降りる。ここで男女に分かれることになる。
 
「冬ちゃん、男湯に行ってもいいよ」
などとアスカが言う。
「入れるものならね」
と明奈も何だか嬉しそうな顔で言う。
 
リクエストされたからには、ということで私はためしに男湯の入口の方に入ろうとしたが、女湯の入口の所にいるスタッフの人から声を掛けられる。(男湯の入口にはスタッフはいない)
 
「お客様〜! そちらは男湯です!!」
「あ、すみませーん」
 
と答えて戻ってくる。
 
「やはり、冬は男湯には入れないね」
「そうみたい」
「じゃどうするの?」
「あ、えっと、女湯に入っちゃおうかな」
「へー、女湯に入るつもりなんだ?」
とアスカは意地悪な顔で言う。
 
「じゃ、冬ちゃんが男の子だという証拠をつかんだら通報しよう」
などと佳楽も言う。
 
それで9人一緒に女湯のロッカールームへ入ろうとする。その時スタッフさんがまた声を掛ける。
 
「すみません、そちらの方は男の方では?」
 
ん?ということで一瞬みんなの視線が私に集中するが、すぐにスタッフさんは麻央を見ていることに気付く。
 
「あ、すみません、ボクたぶん女です」
「この子、スポーツしてるんで髪を短くしてるんですよ。間違いなく女の子ですから」
とリナが言う。
 
「そうでしたか。失礼しました」
とスタッフさん。
 

「でも男湯が黒部峡谷の湯、女湯が奥入瀬渓流の湯というのは最高に分かりにくい」
「一応小さく、男湯・女湯と書いてはあるね」
 
「でも、麻央はずっと丸刈りなの?」
「顧問の先生は伸ばしてもいいよと言ったんだけどね〜。他の部員は丸刈りだから、ボクも合わせて丸刈りにしておくよ」
「でも、丸刈りにしてると、ずっとトラブルが発生し続ける気が」
「うん。その内、有無を言わさず逮捕されそうな気もする」
 
ロッカーに貴重品を入れようという所で佳楽が気付く。
 
「ね、男湯に入っちゃったら、この番号に合うロッカーが無いのでは?」
「あ、そうだね」
「全員ちゃんとロッカーある?」
「冬はある?」
「うん、ここにあるよ」
「麻央は?」
「ある。フロントの人はボクは女と認識してくれたのかな」
「まあ、服装は女の服に見えるし、女の声で麻央話してたからね」
「ああ、声は性別を判断する上で重要な情報だよね」
「髪だけなら、神取忍みたいな人もいるし」
 
貴重品をロッカーに入れた上で脱衣場に移動する。話題が麻央のことになってしまったので、その件で、麻央のこれまでの「悲鳴をあげられた話」を聞きながら、がやがやとした感じで、みんな服を脱ぐ。
 
「でも麻央も、このおっぱい見られたら、男とは疑われないよね〜」
 
といった話になったところで
「あ、冬ちゃんは?」
となる。
 
「ん?」
「冬ちゃんも、おっぱいあるね」
「うん、これ既にちゃんとしたおっぱいだという気がする」
「ここまで発達すれば、もう御婿さんには行けないね」
 
などと言って、みんなから触られる。
「ビッグバストドロップ飲み始めてから、もう1年半だからね〜」
と私は答えるが
 
「そんなんで、ほんとに大きくなるかなあ」
と疑いの声があがる。
 
「で、女性ホルモンの方は飲み始めてからどのくらい?」
と明奈。
 
「そんなの飲んでないって」
と私。
 
「冬、私が冬の鞄の中に入れておいてあげたのは?」
と姉が言う。
 
「飲んでないよぉ。でもお母ちゃんに見つかると飲んでると思われそうだから分かりにくい所に隠しておいた」
と私。
 
「お姉さん、何を入れてたんですか?」
「エストロゲンの錠剤1瓶。まあビッグバストドロップより安い」
「へー」
 
「ああ。あの手のは全然効かないサプリより、ちゃんと効く本物の方が安いみたいね」
とアスカが言う。
 
「あ。分かった! エストロゲン飲んでないなら、注射してもらってるとか」
「そんな、小学生や中学生の男の子にエストロゲン注射してくれる病院がある訳無い」
「あ、注射液を入手して自己注射してるとか」
「まさか」
 
「飲んでもない、注射してもいないとしたら・・・・」
「実は卵巣があるんじゃない?」
「ああ、そうかも」
「冬、どうなの?」
「さ、さあ、どうなんだろうね?」
 

洗い場は仕切りがされている。そこで各自身体を洗ってから、まずは内湯に入る。
 
「うーん。。。付いてるように見えないなあ」
「あまり、じーっと見ないように」
 
「ほんとにそれ隠してるだけ?」
「手術した覚えはないけどなあ」
 
「本人も知らないうちに手術されちゃったとか?」
「それで本人も無くなっていることに気付かないとか?」
 
「しかし冬って前は手やタオルで隠しても、ぶらさがっているのが後ろからなら見えそうなのに、歩いている所を後ろから見ても確認できないね」
「うん、やはり付いてないとしか考えられない」
 
「なんか、もう私の中では冬にはアレは付いてないという結論を出してもいい気がしてきた」
などとアスカは言う。
 
「お姉さんの見解は?」
「そうだなあ。あんた、もう私の妹ということでもいいよ」
「ああ、たぶん本人は妹という意識だという気がします」
「そっかー」
「こないだ、富山では風帆おばさんの姪ですって自己紹介してたよ」
「なるほど」
 
 
「でもいつ手術したのさ?」
「お姉さんが最後に冬ちゃんのアレを見たのは?」
「それが記憶無いんだよねー。赤ちゃんの頃、おしめ取り替えるのには見てるよ」
「ほほお」
 
「私よりリナちゃんの方が見てない?」
「少なくとも小学校に入ってからは見てないです。小3の時に麻央や美佳と一緒にお風呂に入った時も、気をつけてたけど見なかったもんね。幼稚園の時には私何度か冬と一緒にお風呂入っていて、冬は私に見られたと言っているけど、私自身は見た記憶が無いんだよねー」
とリナ。
 
「冬ちゃんが幼稚園の年中の時に、私別府で一緒にお風呂入ったけど、その時はあそこには何にも無かったですよ」
と明奈。
 
「ということは少なくとも5歳頃までには既に無かったということでは?」
「なるほど」
 
「でも手術してないというのであればどうやって無くなったんだろ?」
「自分で切っちゃったとか?」
「誰かに襲われて切られちゃったとか?」
「何かの事故で無くなったとか」
「自然に消滅したとか」
 
「もう、みんな想像力が豊かなんだからあ。ちゃんと付いてるよ」
「付いてるなら、見せてごらん」
「そんなの見せられません。こんな所で見せたら逮捕されるよ」
 
「付いてるのに女湯に入って、私たちのヌード見ているとしたら充分逮捕されていいと思うな」
「そうだ、そうだ」
 

その後、内湯を出て露天風呂を回るが、話題はアスカのドイツ短期留学の話とか、麻央の野球の話とかに中心は移っていく。純奈・明奈・佳楽が民謡を習っているので、民謡の話題も出た。
 
「でも冬ちゃん、民謡も唄うし、クラシック系の曲も歌うし、ポップスも歌うよね」
とアスカが訊く。
「どれが本命?」
 
「ポップスです」と私。
「即答したね!」
 
「民謡はやはり喉を鍛えるためにやっているというのが本音です。元々は声変わりを克服して、こういう女の子の声を維持するために始めたんですけどね」
 
「いや、タマが無ければ声変わりはするはずもない」
「うーん。。。。」
 
「それにね。クラシックとかでは小さい頃から鍛えているアスカさんとかにはかないようもないし、民謡でもやはり小さい頃からちゃんとやってた佳楽ちゃんや明奈ちゃんたちにかないようがないです。結局、ボクが小さい頃からずっとやってたのってポップスなんですよ。お母ちゃんが洋楽ファンでよくCDや楽譜買って来てくれて、エレクトーンでも弾いてたし、歌ってたし」
 
「うーん。冬ちゃんって音程が物凄く正確というか精密だから、クラシックの発声法とか勉強すれば、私すぐ追い越されそう。歌ではね。ヴァイオリンじゃ絶対負けないけどさ。私は440Hzのラも442Hzのラもいきなり聴かせられたらどちらもラとして認識してしまうけど、冬ちゃんは440Hzと442Hzを聞き分けて別の音と認識するでしょ」
とアスカ。
 
「冬ちゃん、三味線は五年生の時から始めたんでしょ?たった2年で今は6年くらいやってる私とほとんど差が無い感じだもん。物凄く習得が速いから、あと2〜3年経てばきっと私、追い越されるよ」
と明奈も言う。
 
「うん。ボクって確かに物を覚えるの速いけど、最初だけなんだよねー。ただ器用なだけで、全てが中途半端なんだよ。いわゆる器用貧乏だよ」
と私は言う。
 
「ああ、そういうタイプか」
「うん。クラシックも民謡も中途半端」
 
「冬って男としても女としても中途半端かもね」
「うん、それも認識してる。どっちみち男にはなれないけど、100%女ではないし」
「ああ、冬は男には絶対なれないね」
「でもそれも修行してれば、そのうち100%の女になれるよ」
「どんな修行するの!?」
 
「手始めに明日からはセーラー服着て、学校に行くとか」
「あはは」
 
「ということで、お股を特別公開しない?」
「いや、それ見せたら逮捕されるから」
 
「見せなくても、付いていたら逮捕されると思う」
「全く、全く」
「付いてるのかも知れないけど、付いてないようにも見えるという微妙な線で冬は今通報されずに済んでいる」
「うん、だから絶対に見せない」
と私は笑いながら言った。
 
「日本国内に配備されている米軍の*兵器みたいなものか?」
「いや、それは間違いなく存在するだろうけど、冬のおちんちんは正直分からん」
 

お風呂に入った後は再度遊園地に戻り、最後にみんなで観覧車に乗って夜景を楽しんだ。ただ、新幹線の時刻の関係で、明奈と純奈だけはお風呂からあがった時点で先に帰って、観覧車は7人になった。
 
「まあ、でもこの人数の女子と一緒に平気で女湯に入って、恥ずかしがっている風でもないし、他の子を変な視線で見たりするようなこともないし、という時点で、私の中では、冬は女の子である、と結論付けてしまった感があるな」
とアスカは言った。
 
「冬本人が主張するように、本当にまだ付いてるのか、あるいは実は密かに既に取ってしまっているのかは分からないけど、バストは他の女の子ほどではなくても少しずつ成長しているというし、冬がこの後、男っぽくなっていくことも男の声になってしまうことも有り得ないみたいだし、冬はやはり女の子なんだろうね」
とリナも言う。
 
「そのバストがBカップくらいになった頃には、もう冬は完全な女の子に変身完了してるんだろうね」
と美佳。
 

「でも夜景がきれいだね〜」
「なんで夜景ってきれいなんだろう」
 
「昼間は太陽が全てを支配しているから。夜は小さな星たちの出番だよね」
「天上の星と、地上の星との共演」
 
「昼間の風景はピアノ協奏曲とか、オーケストラが伴奏する歌とかで、夜景は楽団だけで演奏する管弦楽曲かな」
 
「弦楽器は天上の星で、管楽器は地上の星かもね」
 
「冬は学校とかで男の子の振りをしているのが太陽。でもその太陽が沈んでいる時は、女の子としての本性を見ることができる」
「昼間は男で、夜になると女なのか」
 
「ってことは、冬はやはりお婿さんにはなれないね」
「初夜にベッドに入ってみたら女の人だったというので相手がびっくりする」
「冬はお嫁さんにしかなれないよね」
「そうそう。夜のお務めは女としてしかできないから」
 
「まあ、本人お嫁さんに行く気みたいだしね」
 

名古屋に行った翌週、私が通っている民謡教室の津田アキ先生が、50歳の誕生日記念の演奏会を開いた。
 
(正確には通っているというより顔を出してるというのに近い。中学になってからは部活の関係で出席頻度が減ったし、行くと教わっている時間より初心者に教えてあげたり三味線の調弦をしてあげている時間の方が長いので、月謝もいいよと言われて払ってないし!)
 
津田さんのお弟子さんや教室の生徒、お友だちなどが出演して様々な民謡や地唄などを披露する。私は津田さんから「出てよね」と言われていたので伴奏をするのかと思っていたら、出演者の方でカウントされていたので慌てた。
 
そして私がその演奏会に出るというのをどこで聞きつけたのか、アスカが前日に「聴きに行くね」と連絡してきた。アスカは今週も土曜日に福岡でリサイタルをしていて、朝から飛行機で飛んで帰っての出席である。私は何も曲目を考えていなかったので、他の演奏者とかぶらなそうな、岐阜県のマイナーな民謡を唄おうかとも思っていたのだが、アスカが聴きに来るのであれば、それではいけないと考えた。
 
さて、何にしようかな・・・・
 

当日、午前中に奈緒の家に寄って、和服に着替えてから行こうとしたら、奈緒まで付いてくるという。やれやれ。
 
演奏会は13時からであるが、10時にアスカと待ち合わせ。奈緒と3人で早めの昼食をミスドでして、それから11時前に会場に入る。
 
私は津田さんには、使いやすい存在なので、控室に椅子を並べたり、ステージにシルクの布を垂らしたり、撮影用の機材を設置したりなどした。(こういう作業には奈緒もどんどん使った)また私は演奏者や伴奏者の三味線の調弦なども引き受けた。
 
本来三味線というのは、自分でピッチを判断して演奏できなければならないのであるが、実はそれができない三味線弾きも多い!のである。あちこちの演奏会にお邪魔していると、歌唱者とずれたチューン、尺八とも違うチューンで平気で演奏している三味線なども、しばしぱ見かける。要するに「この音はこの場所で弾く」と指を押さえる場所(勘所)を決めていて(勘所に印を付けている人までいる)、それで調弦がアバウトなので、その音が出ていない演奏者である。調子笛を使っても調弦できないと言う人もいる。いわゆる耳音痴だ。こういうのは困るので、怪しい人のは全部調整してあげた。
 
もっとも三味線は弾く曲によって二上り・三下りなど数種類の調弦が存在するので、こういう人の三味線は実際に弾く曲を訊き、その曲の調弦にしてあげる必要がある。
 
12時すぎに、そのような準備も一段落して、リハーサルが行われている最中、会場の後ろの方で様子を見ていた時、会場の中に入ってきた初老の男性が私の方を見て、驚いたような顔をしてやってきた。こちらもびっくりした。
 
「やあ、こんにちは、薔薇の君」
「こんにちは。ご無沙汰しておりました」
 
それは7月に陸上競技場のライブ前夜のステージで偶然遭遇した○○プロの丸花社長であった。
 
「和服着てるね。君、もしかして関係者か何か?」
「はい、津田先生の教室に生徒として通っています」
「へー! 民謡を習ってるんだ!」
「最近サボり気味であまり顔を出してないのですけど」
「ふーん」
「民謡は喉を鍛えられるので。私の本職はポップスなんですけど、基礎的な力を付けるのに民謡もしています」
 
「なるほどねー」
「社長は、津田先生と何かお関わりが?」
「うん。私の元部下だから」
「あれ? もしかして津田先生が警察庁を辞めた後で勤めていた音楽関係の会社って・・・」
「うん、うちのプロだよ」
「そうだったんですか!」
 
「うちのプロダクションは、僕と津田君と、もうひとり浦中君というのと、3人で作って育てたようなものだよ」
「わあ」
 
「それで社長を津田君にゆずって僕は会長に退こうかと思ってたら、さっさと辞めちゃって、民謡教室を開くんだから。予定が狂って、僕はいまだに社長をしているよ。実務はもうほとんど残った浦中君に丸投げしてるんだけどね」
「へー!」
 
「○○プロを始める前から津田君も浦中君も僕の部下だったんだ」
「警察庁の時ですか?」
 
「そうそう。その頃の話とか聞いてる?」
「いえ。津田先生はその頃のことはあまりお話しになりません。お嬢さんの方から少しだけ聞いているのですが」
 
「僕がちょっとした事件で警察庁を辞めた時に、津田君も浦中君も辞めると言ってね」
「ああ、それはお伺いしました」
「それで僕は○○プロの前身の別の芸能プロに入ったんだけど、二人は紹介して警備会社に再就職させて」
 
「わあ」
「でもその芸能プロが倒産して、そこに所属していたタレントさんのための受け皿会社を作ろうというという話になった時に、人手が足りないんで、ふたりを呼んだんだよ。2年間は給料保証するからと言って」
 
「そうやって○○プロが誕生したんですか?」
「うん。あの時代のことを知る人も少なくなったね。芸能界は流れが速いから」
「栄枯盛衰が激しいですね」
 
「でも○○プロも保坂早穂が出るまでは、ほんとに弱小プロダクションだったよ」
「ビッグスターですね」
 
「プロダクションはひとりのビッグスターを出して、初めてまともなプロダクションと認められるからね。でも実は次世代のスターが欲しい」
「えー? でも****さんとか、***さんとか、****さんとか」
 
「うん。確かにその付近は売れてるけど、スーパースターじゃない。そうだ、君、もしかして今日出演する?」
 
「はい、5番目に歌うことにしています」
「じゃ、それを聴いてから帰ろう」
 

そこに津田アキさん本人がやってくる。
 
「社長、すみません。お忙しい所を」
「まあ面倒なことはウラちゃんに全部押しつけてるから。そのウラちゃんは例の4人組の件で忙しいようでね。今日は行けないということだった。すまん」
と丸花さん。
 
「いや、こちらも、うちの弟がやはり忙しいからといって来てないし。あの4人組は、やはり補充メンバーを入れる方向ですか?」
「うん。その線。入れる子はだいたい固まったんだけど、マネージャーの人選に悩んでるよ。前任者は厳しいのはいいのだけど、結果的にあの子たちと意志の疎通が全く取れてなかったからね」
「マネージングは信頼関係が第一だから」
 
「そうそう、アキちゃん、いい子を持ってるね」
と言って私の方に手を向ける。
 
「ああ、社長も目を付けられましたか。本人は民謡よりポップスやりたいみたいだから、その内、社長のお世話になるかも知れませんね」
「うん、その時はウラちゃんに一言声を掛けてよ」
 

いろいろ話があるようなので、私は軽く会釈をしてその場を離れた。少し離れていた所にいたアスカと奈緒が寄ってくる。
 
「あれ、どなた? どこかで見たことがある」
「○○プロの丸花社長」
「うっそー! なんでそんな大物と知り合いなの? 知り合いだよね?今の雰囲気」
 
「うん。2ヶ月ほど前にひょんな所で会ってね。歌手になりたい気になったら声を掛けてねと言われた」
「おお、歌手になるの?」
「まだ今の自分の力じゃ無理だよ〜」
 
「ところで、向こうは冬の性別は知ってるの?」
「うーん。。。たぶん女の子と思われてる」
「まあ、実際女の子だから、それでいいんだろうけどね」
 

出番の無かったはずのアスカが無理矢理、私の前の順番に割り込んだ。ヴァイオリンを弾くという。アスカは今日羽田からまっすぐここに入ったので昨日の福岡のリサイタルで使ったヴァイオリンをそのまま持って来ていた。
 
「次は蘭若アスカさんのヴァイオリン演奏です」
と司会の麗花さんに紹介されて出て行く。
 
何を弾くかと思ったら『タイスの瞑想曲』を弾き出す。比較的知名度のある作品なので場がしらけることもなくホッとした。しかし○千万円のヴァイオリンはアスカが弾くと会場にほんとによく響き渡る。この会場の空気を全て支配するかのような響きだ。心地良い。民謡関係者ばかり集まっているこの中でも、聞き惚れている感じの人が結構あり、首を振って聴いている人もある。
 
結構な拍手があった所で、私の番である。
 
「次は若山富雀娘さんの、三味線弾き語りです」
 
私はステージに上がると、三味線をギターっぽく弾き出した。いつも使っている象牙のバチではなくギターのピックで弾く。こうすると三味線の音がとても柔らかく響くのである。先ほどアスカがきれいに統一したこの会場の空気を破壊してぐちゃぐちゃにする響きだ。
 
そして「街の〜〜〜外れに〜」と『イエローサブマリン音頭』を歌い出す。サービスで、たっぷりと(民謡的な)小節をきかせる。会場のあちこちで笑い声が聞こえる。これでなくっちゃね! 津田アキさんが目を丸くしているが、隣にいる丸花さんは楽しそうに頷いている。
 
最後の「イエロ・サブマリン、潜水艦」まで歌ったところで大きな笑い声と共に拍手をもらった。
 

アスカが「うーん」という感じで笑いながら腕を組んでいる。
 
「私、だいぶ冬の性格が分かってきた」
「そう?」
「ステージに上がる時の姿勢がさ、私はストレートだけど、冬はフォークボールなんだ」
 
「ああ、そうかもね」
 
私の演奏の後、丸花さんはにこやかな笑顔で手を振ると会場を出て行った。
 
 
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【夏の日の想い出・風の歌】(2)