【夏の日の想い出・ボクたち女の子】(1)

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アクアが(Mの)不本意にも、白雪姫を演じることになったのは、こういう経緯であった。
 
アクアは大和映像さんの企画で4月に『ロミオとジュリエット』をロミオとジュリエットの1人2役で撮った。映画は5月頭に撮了し、だいたい5月中に編集も完了した。公開は日欧米豪の(ほぼ)同時公開で7〜8月の予定になっており(日本では7月15日に公開された)、ドイツ語・英語・フランス語・スペイン語の吹き替え版を、ドイツのモンド・ブルーメ社が中心になって、各国の協力映画会社に依頼し制作した。(公開後にイタリア語・ポルトガル語・ロシア語版も制作された)
 
公開前の映像を見たモンド・ブルーメ社の社長(多数の名画を過去に撮っている名監督のアウグスト・ジールマン)が言った。
 
「このジュリエット演じてる女優さん、ものすごくいいね」
「いいでしょ?」
とアクアで『気球に乗って5日間』を撮った、クラウス・ユンケル監督が言う。
 
「このロミオ演じてるのは、ジュリエット役の女優さんの双子の弟か何か?顔立ちがよく似てる」
 
「本人ですよ。一人二役なんです。吹き替え版ではハンナヴァルト兄妹に声を当てさせますけどね」
 
「嘘だろ?こんなにきれいに男女演じ分けられるなんて?」
「だから凄いんですよ、この子」
「この子・・・自然の性は女の子だよね?」
 
「それがよく分からないんです。女役の時は完璧に女だし、男役の時は完璧に男だし。本人は自分は男だと言っているけど、怪しいです。日本ではこの子は本当は女の子ではと思ってる人が多いみたいですよ」
 
「いや。間違いなく女だと思うなあ」
「ね」
 
「FTMなのでは?」
「ひょっとするとそうかも知れません。でも多分身体は女のままの方がいいんですよ」
「ああ、FTMにはわりとそういう人いる」
 

結局、ジールマン社長はこの映画を全部見てしまったのだが、言った。
 
「この子で次の映画撮ろうよ」
「ハイジとかモモでも撮りますか?」
とユンケル監督は尋ねる。
 
「Schneewittchen(シュネーヴィトヘン:白雪姫)がいい」
 
「いいかも知れません。自分は男だと主張するだけあって、この子、剣を扱う様とかもちゃんと形になってるんですよ」
「なってたね!」
 
と社長も言う。ロミオがティバルトと闘う所、パリスと闘う所は、アクア本人が吹き替え無しで演じている(ティバルト:松田理史は七浜宇菜の吹き替え!!)。
 
「でもこの子、自分は男だと主張してるから、基本的に女役だけでは仕事を受けないんですよ。男役との二役なら受けます」
 
「だったら、王子か狩人か小人とセットにすればいい」
「狩人がいいかも知れないですね。王子は最後にちょっと出てくるだけだし」
「まあ出番増えす手はあるけどね」
「ディズニー1937年版みたいに元々白雪姫に恋してたという設定ならですね」
「それそれ」
 

「まあそういう訳で、ドイツから、若手俳優のロビン・フライフォーゲル君がアウグスト・ジールマン社長と一緒に来日した」
と大曽根部長は、コスモスの所に来て、申し訳無さそうに言った。
 
「来日したって、もう日本に居るんですか!?」
とコスモスも驚いて言う。
 
「現在2週間の隔離中。一応フライフォーゲルもジールマン社長もバイオエヌテックのコロナ・ワクチンを既に2回接種している。ドイツから日本へは、チャーターしたサイテーション・ジェット(*1)に乗って飛んできて、現在は成田近くでうちが借りたホテルで隔離中」
 
「そのフライフォーゲル君が白雪姫を演じるんでしょうか?」
とコスモスは訊いたが
「ナイン(ノー)」
と大曽根さんのお答え。
 
「アクアは女役は受けませんよ」
とコスモスははっきり言う。
 
「だから女役と男役の2役で頼みたい」
 
コスモスは渋い顔をする。ロミオとジュリエットだって、和泉からかなり文句言われたのに。
 

「アクアに何をして欲しいと?狩人と王子の二役ですか?」
「狩人と白雪姫、王子と白雪姫、そのどちらかをして欲しい」
 
やはりそう来たか。
 
「ギャラは2人分で1000万ユーロ出そうという話になっている」
「1000万ユーロって、13億円ですか?」
 
さすがにコスモスも仰天した。『ロミオとジュリエット』のギャラは(2人分で)1.4億円である。その10倍だ。
 
「だいたいそのくらいの相場になると思う」
 
「アクア君が王子ならフライフォーゲルが狩人、アクア君が狩人ならフライフォーゲルが王子。彼にもどちらかをして欲しいと言っている」
 
「台本は?」
「現在概略の筋だけ2本作ってる。コスモスちゃんドイツ語は大丈夫だよね」
「まあ英語ほどうまくは話せませんけど」
「アクアを王子にする台本、アクアを狩人にする台本、2冊とも渡すから、できたら3〜4日のうちにどちらか決めて欲しい。それで詳細な台本を作らせる」
 
「彼らの隔離が終了するまでに?」
「できたらそうしたい」
 
「フライフォーゲルさんというのは、どういう方なんですか?」
「これが彼の写真」
と言って見せてくれる。結構な美男子である。女装させてもいいくらい!
 
「映画はあまり経験無いんだけど、昨年向こうでテレビドラマの準主役をして、その演技がかなり注目された。僕も彼の出演シーンのビデオを見せてもらったけど、充分演技力はあるよ」
 
大曽根さんが「演技力がある」と言うのであれば確かなのだろう。一応コスモスは彼の登場シーンが入っているDVDのコピーを1枚もらった。
 

それでコスモスはその晩、DVDも見た上で、2本の台本(になる前の原案)を読んだ。実は千里(*2)に自宅に来てもらい、コスモスが片方を読んでいる間に、もう1冊を千里に読んでもらった。コスモスがうまく読み取れない所は、ドイツ語に堪能な千里に教えてもらっている。
 
それで結局夜中すぎまでかかって2人で読んでみた、その結果。
 
「千里ちゃん、どちらがいいと思う?」
「狩人に1票」
「やはりそちらだよね〜。狩人は充分目立つけど、王子は目立たない」
「うん。付け足しみたいな役柄の男役だと、アクアは拒否すると思う」
「あの子もなかなか強情だから。もう“アクアは女”というのでいいと思うのに」
 
(アクアが『ピーターパン』のウェンディ役を引き受けたのは先週である)
 
「あはは。それにフライフォーゲル君は優男(やさおとこ)で、狩人には似合わない」
「アクアはどちらでも演技できるだろうね」
「そう思う」
 
(*2)千里は公式にはオリンピックに向けて合宿につぐ合宿をしていることになっているが、実際には合宿に参加しているのは3番である。ふだんフランスに住んでいて、フランス語・ドイツ語・スペイン語に堪能な2番は時間が取れたので2番に来てもらっている。
 

それでコスモスは7月12日(月)、成人式向けの振袖のCM撮影で福井から戻ったばかりのアクアを朝から代々木のマンションに訪ねたのである。
 
多忙なコスモスがわざわざアクアのマンションを訪問するというのは異例である。通常は用事があれば呼びつける。
 
アクアはコスモスを笑顔で招き入れながら、相当面倒な案件だなと思った。
 
昨夜から泊まっていた彩佳がまるで秘書のようにコスモスにコーヒーを出す。
 
「このコーヒー美味しいね」
「千里さんからいただきました」
「あの子は仕事の半分は輸入商になってる」
 

「それでさ」
とコスモス。
 
「はい」
とアクア。
 
「悪いんだけどさ」
とコスモスは本当に申し訳無さそうに言った。
 
「何でしょう?」
とアクアは答えながら、どんな案件だと思う。
 
「ギャラが13億円という話でさ」
「13億!?」
 
彩佳が仰天している。何か想像のつかない金額である。宝くじの1等っていくらだっけ?などと考える(年末ジャンボは1等前後賞の合計で10億円)。
 
「本来はアクアの取り分は4割の5億になるけど、今回は事務所と山分けにしようよ。だからアクアは6.5億で」
 
「一体何の役です。そんなとんでもないギャラを出すって」
 
「白雪姫やって」
「え〜〜〜〜!?」
 
とアクアは声をあげたが、彩佳は吹き出した。そしてアクアに“代わって”答えた。
 
「いいじゃん、いいじゃん。やるよね?こないだマリさんからも白雪姫をしない?と言われてたし。ついでにアクア、女の子になっちゃったこと、もう公表したら?」
 
(マリがわざわざアクアに電話して来て「白雪姫しようよ」と言ったのも、つい先週)
 
アクアは和泉さんが怒るぞ、と思いながら腕を組んで彩佳を見た。
 
(アクアMが男の身体に戻ったのは6/17でこの時点(7/12)ではちゃんと男の身体の状態になっている:バストも無い。但し睾丸は声変わり防止のため取り外し中)
 
なお、コスモスが八王子ではなく代々木に来たのは、アクアMの同意を取る必要があったからである。アクアFは喜んで引き受けるだろう。
 

そういうわけで、ロビン・フライフォーゲル、ジールマン社長、および同行者たちの隔離が終了した7月23日(金)から『白雪物語』 (The story of Snow White, Die Geschichte von Schneewittchen) の制作が始まってしまったのである。
 
制作陣は、それまでの間に、台本を完成させ、出演者を手配し、制作の準備を進めた。実務的な作業を任せられた、あけぼのテレビ専務の坂口(兼・大和映像の映像課長。時間がないので大きな権限を持つ人が動く必要があった)はこの2週間まともに睡眠を取る時間も無い状態で必死に動き回って、クランクインに何とか辿り着かせた。
 
出演者およびスタッフは熊谷の郷愁村に集められた。ホテルの新館“赤城”(後述)に泊まってもらう(ごく一部の俳優さんはコテージ“桜”)。
 
監督は結局、ドイツ側からも信頼の高い河村貞治監督が就任することになった。アクアとの相性もよい。河村は夏休み中に『いちご日記』という別の映画を撮る予定だったのだが、そちらは撮影が9月に延期された!制作体制としては、モンドブルーメ、大和映像、あけぼのテレビそして中映の4者が出資した制作委員会が運用する。
 

主な配役はこのようになった。
 
白雪姫・白雪姫の実母:アクア
狩人レオン:アクア(二役)
レオンの妹マルガレータ:七浜宇菜
アクアのボディダブル:今井葉月
レオポルト王子:ロビン・フライフォーゲル
ルードヴィッヒ王子(レオポルトの兄):ステファン・フランケ
国王:村里泰蔵→水川耕祐(後述)
王妃グネリア:雨梨美貴子
鏡(声)今井葉月
大臣バウアー:大林亮平
白雪の侍女マリア:坂出モナ
フランク軍曹:松田理史
グスタフ少尉:岩本卓也
鉱山技師:広原大司(日郎)、元原ユミ(月子)、大山弘之(火吉)、斎藤恵梨香(水恵)、弘田ルキア(木蔵)、斎藤良実(金也)、花園裕紀(土雄)
黒魔女カンドラ:滝野英造
軍医ルター:ユリアン・ウェステマン
 
語り手:中村昭恵
 

今回、時代としては16世紀を想定している。バロック文化が始まる前、ルネサンス文化が終わりかけている時代である。結果的には『ロミオとジュリエット』と似た時代になるので、実はパーティーの客の衣裳などを流用することにした。実際話が急すぎて、全てを新たに作るのでは間に合わなかった!
 
白雪姫の物語の時代がいつかについては議論がある。グリムがこの物語を発表したのは1812年である。この物語は民話蒐集段階で20代だったフランス系の女性から聞いたものである。ただグリムは彼女から聞いた物語の筋に納得が行かず、他の民話から内容を一部取り込んで改変している。どっちみちこの物語は1800年頃以前には成立していたことになる。
 
しかし、白雪姫のモデルと言われるMargaretha von Waldeck (1533-1554.3.15)は16世紀の人である。彼女は継母との関係がうまく行ってなくて、更に最後は毒殺されている。また彼女が住んでいた所の近くに鉱山があり、多数の少年鉱夫が働いていた。白雪姫の物語に出てくる“小人”というのは、実は少年鉱夫ではないのかというのは、わりとよく言われることである。(少年が使われるのは、坑道をあまり広く掘らなくても済むから)
 
一方、白雪姫の物語を文章の形で確認できる最古のものはシェイクスピアが1610年頃に書いた『シンベリン』(Cymbeline)とされる。
 

シンベリン王には2人の王子と1人の王女がいたが、王子たちは行方不明になっていたので、王は残った王女イモージェン(Imogen)に期待を掛けていた。
 
3人を産んだ王妃は既に亡く、王は後妻を迎えたが、彼女には先夫との息子クローテンがおり、王妃はイモージェンをその息子と結婚させたかった。しかしイモージェンは父王の許可も取らないまま、身分の低い男ポステュマスと結婚してしまう。王は激怒してポステュマスを追放し、王女は軟禁された。
 
王妃はイモージェンが自分の息子と結婚してくれないのなら、いっそ殺害しようと思い、毒薬を彼女の召使いピザーニオに「万病に効く薬」と偽って渡した。一方、追放されている彼女の夫ポステュマスは欺されてイモージェンが彼を裏切って別の男と通じたと思わされる。嫉妬にくるった彼は、ピザーニオにイモージェンの殺害を命じた。
 
ピザーニオはイモージェンを王宮から連れ出すが、殺すことはできず逃がしてくれる。彼女は男装!して逃亡し、洞窟に住む3人の猟師に保護される。男装の彼女は猟師たちが出かけている間に、逃亡前に渡されていた薬を飲んでしまい死亡する。猟師たちは彼女を埋葬する。
 
(つまりヒロインは王妃・自分の夫の2人から殺されようとしていた!)
 
クローデンはポステュマスの服を着てイモージェンを陵辱しようとして猟師に首を切り落とされ、イモージェンの傍に埋葬される。
 
しかしイモージェンが飲んだ薬は、調合した人が王妃の行動に疑問を持ち、偽って渡した、一時的に仮死状態にする薬だった。それでイモージェンはやがて蘇生するが、そばにポステュマスの服を着た首無し死体があるので、夫が死んだと思い絶望する。
 
(このあたりの展開は『ロミオとジュリエット』(1595)に似ている)
 
しかしそこにたまたま、ローマの将軍が通り掛かり、彼女は男装のまま、将軍に保護される。
 
(『ロミオとジュリエット』の結末が悲しすぎたので、もしかしたらこの物語はそれを“修正”したものなのかも知れない)
 
一方、息子が死んだことを知った王妃は嘆きのあまり死亡する。
 
最後は関係者が一同に集まり(このあたりはいかにも舞台劇風である)、誤解が全て解ける。
 
イモージェンを保護した猟師は実は行方不明になっていたイモージェンの兄たちだった。それで兄が王位を継ぐことになり、ポステュマスとイモージェンは和解して、再度結婚する。
 
登場人物の人間関係などは少し異なるが、おおまかな筋はかなり似ている。むしろ『白雪姫』はこの話を簡略化したものではと思えるくらいである。
 
白雪姫が死んでいる所に偶然王子が通り掛かるというのは、仮死状態から蘇生したイモージェンのそばをローマの将軍が通り掛かるという話の変形かも。
 
2012年の映画『Grimm's Snow White』では白雪姫が王妃の首を切り落とすが、これはひょっとしたら『シンベリン』で王妃の息子が首を切り落とされる展開を下敷きにしているのかも知れない。
 
またヒロインは物語の主要部分でずっと男装しているが、これはシェイクスピアの時代には女優がおらず、少年俳優が女役をしているので、男の格好をしている方が、俳優さんとしては楽だという事情もあると思う。『お気に召すまま』のロザリンドの男装、『ベニスの商人』のポーシャの男装も同様の事情だろう。
 

今回はこのシェイクスピアが書いた劇が存在することから物語の時代設定を16世紀に設定し、結果的に『ロミオとジュリエット』と似たような時代ということにした。
 
白雪姫の年齢については、グリム版では7歳、ディズニー版では14歳だが、今回は大本のシェイクスピア版で結婚するような年齢になっていることを踏まえ、主役のアクアがちょうど制作中に20歳の誕生日を迎えることもあって、19歳設定にした。実際問題として、最近の白雪姫の実写版映画も多くはおとなの女優さんが演じている。14歳は微妙だが、少なくとも7歳の少女に白雪姫の演技をさせるのは無理がありすぎるし、7歳との結婚は犯罪だ!
 
2012年に制作された3本の映画では↓のようになっている。
 
"Grimm's Snow White" - Eliza Bennett (1992) 19歳
"Snow White & the Huntsman" - Kristen Stewart (1990) 21歳
"Mirror Mirror" - Lily Jane Collins (1989) 22歳
 
なお今回“小人”ではなく“鉱山技師”としたのは、実は上記にあげた3本のひとつ "Snow White and the Huntsman" (白雪姫と猟師:邦題「スノーホワイト」)が、デジタル編集で小人を登場させたら、小人症の患者支援団体から抗議が入ったのを踏まえ、ストーリー上は小人である必要が全く無いので、普通の背丈の鉱山開発者ということにしたのである。
 

鉱山技師たちの名前について、日本語版では
 
日郎・月子・火吉・水恵・木蔵・金也・土雄
 
とした。ドイツ語・英語では
 
Sonntag, Montag, Dienstag, Mittwoch, Donnerstag, Freitag, Samstag
Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday
 
としている。
 

松田理史は前回の『ロミオとジュリエット』ではアクアとの共演を恥ずかしがってちゃんと演技ができずに一部を七浜宇菜に代わってもらうという失態をやってしまった(美高さんから、かなり叱られた。アクアFまで一緒に叱られた!)が「以降、私情を交えずにきちんと演技します」という誓約書を河村さんに提出して、再登板である。
 
彼は実は7−8月に河村さんが監督をする『いちご日記』に準主演格で出る予定だった(主演は木田いなほ)が、河村さんがこちらに取られてそちらの撮影が延期されたので、そのまま『白雪姫』にシフトした。
 
彼もアクアとは関係無い映画で名誉挽回するつもりが、またまたアクア映画に入ることになり、不安だった(河村さんはもっと不安だった!)が、美高さんがわざわざ八王子に彼とアクアFを訪ね!話し合った末、2人とも「ちゃんとやります」と誓うので起用した。(八王子の家を訪問したのは、千里、コスモスに次いで3人目である)
 
「にやけた顔して演技したら鞭10発のおしおきです」
「それ喜んだりして」
「じゃちんちん切断の刑で」
「それは勘弁して〜」
 
(なんかじゃれあっているだけという気もする)
 

元原ユミは、アクアとよく共演している元原マミの妹で、アクアより1つ年上である。マミの方にオファーを出したらスケジュールが塞がっていて「じゃ代わりに妹を使ってください」と言われたので起用した。
 
アクアが白雪姫と狩人の2役をすることになったので、ドイツから送り込まれてきたロビン・フライフォーゲル(22)が王子役になる。彼と一緒に「脇役要員に使って」と言って送り込まれてきた3人の俳優さんは、最初王子の護衛役に使おうかとも言っていたのだが、必ずしも肉体派ではないこともあり、結局次のような役に当てられることになった。彼らはフライフォーゲルが狩人役になる場合は、狩人仲間の役になり、白雪姫の王宮突入に参加するシナリオだった。
 
マラス大公:ミハエル・クラウスナー
ルードヴィッヒ王子:ステファン・フランケ
軍医ルター:ユリアン・ウェステマン
 
王子の護衛役は、結局都内のドイツ人留学生3人をツテ(実はアクアのボディガード川井唯の人脈)を辿って採用した。(オーディションをすると“密”が発生しやすいのでオーディションはしていない)
 

今回のプロジェクトは『ロミオとジュリエット』の公開とほぼ同時進行で企画が進行したので、そちらの興奮が落ち着くまで一切情報を公開しないことにして進めた。だから実は私も知ったのは、撮影が終わり編集も終わってからであった。§§ミュージック内部でも知っていたのは、出演した人を除けば、コスモスとスケジュール管理の元締めである美咲主任などほんの数人である。ゆりこや花ちゃんも知らなかったらしい。
 
結構§§ミュージックのタレントが使われているが、彼女たちは“解禁日”まで一切そのことを他人に話したりSNSなどに書いたりしないよう厳命されていた(読者限定投稿でも禁止)。
 
彼女たちは「万一破ったら罰金1億円」と言われて厳守した。実際そのくらいの損害が発生していたと思う。
 

今回の制作は、熊谷市の郷愁村にセットを建て、出演者やスタッフも郷愁村のホテル昭和に泊まり込んで作業をすることになった(最終的には専用ホテルを建てた:後述)。これはオリンピックで混雑する東京を避けたいというのと、何といっても感染防止のためである。
 
ドイツ組は隔離されていた成田近くのホテルから大和映像が手配したマイクロバスで直接郷愁村に入っている(オリンピックで人が増えている東京を素通りするのが重要)。
 
それで制作中、(制作を休む日も含めて)郷愁村から出る場合は、事前届出制とし、出る場合も公共交通機関の利用は禁止である。映画制作委員会が用意した専用運搬チーム(実際にはSCCが代行)もしくは各俳優のマネージャーの運転する車で移動する。
 

ということを制作を始めた7月23日(金)に言い渡したのに、その日の夜、王様役の村里泰蔵さん(44)が、無断でタクシーを呼んで熊谷市内に行き、市内のスナックで飲んでいたことが“本人のインスタグラム”で判明してしまう!
 
温厚な河村監督が苦虫をかみ潰したような顔をしていた。本来今回の出演者の中で一番年上でみんなの手本になるべき人である。彼は特別待遇でコテージ“桜”に泊めていた(逆に外出しやすい)。
 
7/26(月)の午前中、監督は村里さんにクビを言い渡した。示しがつかないのである。
 
村里さんも「すまなかった」と謝っていた。
 
それで急遽、村里さんと同じ事務所の後輩・水川耕祐さん(40)が国王を演じることになり、東京からやってきて交替した。事務所の社長まで一緒に来て、監督や制作の大曽根部長に謝っていた(どちらかというと大曽根さんが恐い!)。村里さんは9月末まで約2ヶ月謹慎させるという話であった(映画の制作日程が約1ヶ月なので1ヶ月謹慎では処分にならない)。
 
しかしこのクビ通告でみんな引き締まった感じで、この後、ドイツ組を含めて規律を破る人は出なかった。
 
なお、今回の制作の実務面を取り仕切っている坂口さんが、ドイツ組に「恋人が必要なら紹介するけど」と言った(勝手にコールガールなど呼ばれるとコロナ対策上困る)ものの「大丈夫。僕達、手が恋人です」と言っていた(ジールマン社長から「ドイツ人は紳士でなければならない」とか、かなり厳しく言われた模様)ので、テンガエッグをプレゼントしたら「日本は凄いのある」と喜んでいたらしい(ドイツでもテンガは売られているらしいが、彼らは知らなかったという。最終的にお土産にたくさん買って帰ったようだ)。
 
念のためジールマンさんにも打診したが
「僕はもう涸れてるから大丈夫だし、万一浮気したら慰謝料は100億ユーロ(1兆円)と言われてるから」
などと言っていた!
 
1兆円の慰謝料は恐ろしい。
 
でもテンガエッグは喜んでいた!!
 
「女房を抱くより気持ちいい」
などと言っていたが、奥さんに聞かれたらまずい気はする。
 

なお、映画の出演者を一般客と同じ棟に泊めると、一般客からサインを求められたりなどの面倒が発生するので、若葉は、話があった7/12からわずか半月で、出演者・スタッフなど、最大80人ほどが泊まれる4階建てのホテル棟を1軒建ててしまった!(元々増築を想定して基礎工事をしていた場所)
 
ドイツ組は
「2週間でホテル1個作るって、日本の技術は凄いね」
 
などと言っていた。
 
それで7/23(金)に郷愁村に集められた出演者たちはこのホテル新館“赤城”に入って、台本を渡され、監督や制作者の説明を聞いたのである。
 
但し、アクアと葉月、ドイツ組の俳優4人は各々コテージ“桜”に泊めている。他に“桜”に泊まったのは、出演者では王様役の村里泰蔵さんと、王妃役の雨梨美貴子さんのみであった。
 
7711 アクア・葉月・和城理紗
7712 ドイツ組4人
7713 村里泰蔵
7714 雨梨美貴子+女性マネージャー
 
ただし村里さんは規律違反で首になったので退去し、後任の王様役の水川さんは“桜”を辞退したので、赤城の特別室に入れた(ここは昭和と同じ仕様なのでレトロにあふれている。水川さんはインベーダーゲームにハマったらしい)。
 
また監督、制作者もコテージを使った。
 
7715 河村監督・美高助監督・リニュス川口(脚本)・矢本かえで(第2撮影者)・田崎潤也(第3撮影者)
7710 大曽根・ジールマン+男性の通訳兼秘書[アクアたちの隣!]
 
美高さんは、ΛΛテレビの昔話シリーズの撮影をやっていたのだが、こちらに借り出された!それでこの映画の制作とぶつかる↓3つの作品は美高さんに代わって、このシリーズの助監督をしている沢口富恵さんが監督を務めた。
 
ブーツを履いた猫(新里耕児主演)
銀河鉄道の夜(UFO主演)
ヘンゼルとグレーテル(WADO主演)
 
美高さんは作業の都合上河村と同じ棟で過ごすが、部屋は別だし、制作中はセックス禁止らしい!(桜は居間は共通だが、寝室(5個)は個室で鍵も掛かる)
 
「だってみんなに外出禁止を言い渡してるのに監督が奥さんと一緒で毎晩セックスしてたら、示しがつかないでしょ」
 
と彼女はみんなが聞いている所で言っていた。ちなみに河村もテンガをもらっていた!!
 
脚本家と撮影技師たちも一緒に泊まり込んでいるから、実際問題としてイチャイチャもできないだろう。
 

アクアたちには最初桜木ワルツ(天月和紗)を付けるつもりが、彼女が体調が悪そうだった(実は妊娠していた!)ので、理紗に頼んだ。ワルツが体調悪いなら、自分が付こうかとアクアのメインマネージャー・山村が言ったのだが「女の子の部屋に男子は禁止」と言われて理紗になった。
 
「私、建前上は女なのに」
などと文句言っていたが、彼はあまり女には見えない(でもいつも女の服を着ているから、女と思い込んでいる人たちも多い)。山村は赤城に泊まった。
 
実際には彼を追い出したのは2人のアクアを見せないためである!
 
山村はいまだにアクアが2人に戻ったことに気付いていない。本当に勘の悪い人であるようだ。ちなみに葉月が男の子に戻ったことにも気付いていない!
 
(だからアクアは「女の子の部屋」と言ったが、実際にはアクアF・アクアM・葉月・理紗が泊まっていて、本当は男2女2である。但しMも葉月も睾丸が無い)
 

7/23は、最初に監督が出演者・スタッフが泊まっている部屋に設置されているモニター・スピーカーを通して、この映画のコンセプトや時代背景などについて説明した。監督は『白雪姫』の原型になったと思われるシェイクスピアの劇『シンベリン』についても説明したが、この作品は知らない人が多かったようだ。
 
そして主な出演者がひとりひとり紹介されて、各々短い挨拶をする。これは各自の部屋に設置されているカメラ・マイクを通して全員に中継される。これはテレビ会議などと同様のシステムを使用している。
 
その後、監督から今回の映画の制作体制が説明される。基本的に週7日の内の2日間は休みとすると言われて、日本人の出演者は「嘘みたい」と声を挙げたが、ドイツ組はなぜ驚く?という表情である!
 
できるだけ土日を休みにしたいが、作業の都合上、どうしても変更する場合もある。しかし、それでも“平均して”週に2日は休みにすると説明された。制作日程が7/23-8/27の36日間(約5週間)なので、その間に10日間の休日を設定する。これは下記を休日として予定している。
 
7/24-25(Sat,Sun)
7/31-8/1(Sat,Sun)
8/5-6(Thu,Fri)
8/13-14(Fri,Sat)
8/21-22(Sat,Sun)
 
7/23から制作を開始してすぐ土日が休みだが、これは23日に台本をもらって土日にゆっくりと台本を読みたいという希望が多かったからである。だから7/23は台本を渡して説明を受けただけで、実質的な制作は7/26の月曜日から始まっている。
 
8/5-6日が土日ではないが、これは実は、この映画の話が急に決まったことから予定の入っていた出演者も多く、色々調整した結果、どうしても平日の撮影休みが欲しいということになり、この2日間を空けることにしたためである。
 
8/13-14が休みで8/15(日)が稼働日となったのは、ここを土日にすると8/7-13と7日間連続稼働になってしまう問題があったのと、製作スケジュールを考えると、8/15から演技撮影(後述)に入りたいので、音声録音を8/12までに完了させ、2日間の休みを置いて、8/15からは撮影に入ろうという計画になったからである。
 
8/16はアクアはライブがあるが、この日は実はアクアの出番が無い!のでジェット機で小浜まで往復してくる。8/20にもアクアは誕生日の記者会見があるが、現在の予定では8/20もアクアの出番が無いので、この日はアクアは休みとなる。結果的にアクアは8/20-22が三連休となるが、むろんゆっくり休むことなどできず、テレビの番組撮影などが詰まっている!
 
各々の出番の予定表が渡され、各自の録音・撮影の出番が無い日は個別の仕事を入れてもよいし、連続した休日には自宅に戻ってもよいことにした。ただし録音・撮影の時間帯は後にずれることがあるので、録音・撮影がある日はその前にも後にも予定を入れないで欲しいと要請された。
 
録音・撮影は予定通りに行かずに遅くなる場合もある。時間が早くなることはないが、別の仕事を入れていて、そちらの予定がずれ込んだりすると困る。
 
制作休日については、実際には、とても多忙なアクア、結構仕事のある松田理史、七浜宇菜、など少数の出演者以外は、多くの出演者が休みの日は各自の部屋でゲームをしたり、CS放送で古い映画を見たりしていたようである。
 

制作日程と休日に関する説明のあと、コロナ感染対策のため、基本的には演技と声を別録りにするという説明がある。『ロミオとジュリエット』にも出た人たちは頷いているが、それ以外の人たちは戸惑っているようである。
 
ただ『ロミオとジュリエット』では先に演技の撮影をしてその後、声のアフレコをしたら合わなくなってしまった!という反省から今回は逆に音声を先に録音して、それが全部完成した所で演技の撮影をすると説明された。日程的にはこのようになる。
 
7/26-8/12 録音
8/15-8/27 撮影
 
つまり制作日程の前半は朗読劇のような作り方をする。演技撮影ではその声を聞きながら、それに合わせて口を動かすが声は出さずに撮影する。
 

映画の台本だが、基本的には日本語台本で録音は行われている。
 
ドイツ組は実は、フライフォーゲル以外は元々日本語のできる俳優さんが選ばれている。フライフォーゲルも2週間の日本語の訓練を受けてから来日し、成田での隔離期間中にもずっと日本語の先生とリモート接続でつなぎ、日本語の練習をしていた。
 
ただ、元々日本語ができた人でも、漢字を読むのは苦手っぽかったので、台本は全てローマ字で“ルビ”を振ったもの(+ドイツ語訳並記)を渡している。
 
これは、自動読み上げソフトのバリエーションで、漢字かな混じりの文章を自動でオールかな文字に変換するソフト(を・は・へ等は、お・わ・えと書く。また“馬”は“んま”に変換する)に掛けて、その段階で大和映像のスタッフがチェック修正し、最後にかな文字原稿を“ドイツ語っぽい!”ローマ字に自動変換してから、大本の漢字かな混じり原稿、それにドイツ語訳、と並べて印刷したものである。
 
(たとえば「し」は"schi"などに変換している。“白雪”は"Schila-Juki")
 
台本は結構途中で変わったので、こういうソフトが無かったら困難な作業だった。この変換担当者は、制作中は昼間は寝ていて毎日夜間に作業している。また、ドイツ語訳の執筆者も毎日夜間にドイツ語訳を調整している。どちらもお疲れ様である。
 
またドイツ組の録音作業の前には、日本人の朗読者(∞∞プロの30代の男性俳優さんたち:実は城の警備兵役の人たち)がそのセリフを発音するのを聞かせ、更に本人に発音させておかしな所を修正する作業を経て、本番録音に臨んでいる。だから、実際の録音ではごく普通に聞こえる日本語で発音するので、日本人の出演者たちが感心していた。
 
なお、王子のガードを演じたドイツ人留学生たちや、マラス大公妃役のエリザさんなどは、日本語を流暢に話すので日本人俳優と同じ扱いで特に配慮はしていない。王子たちの子供時代を演じたドイツ人子役さんたちも日本で育っているので、日本語はふつうの日本人の子供並みに話せる。レオポルド役のゲオルク君など白雪やまとをナンパしてた!(やまとが男の子だということに気付いてない!)
 

一方で若葉は、7/12から“撮影”が始まる8/15までの約1ヶ月で、郷愁村の『ヒカルの碁』の撮影セット跡地に、白雪姫のお城を建ててしまった。また、郷愁村と郷愁飛行場の間の森林部分に、七人の鉱山技師の小屋と、狩人の家を建てた。
 
今回の作業は、播磨工務店の3つのチームが分担して行った。若葉は千里がオリンピックで多忙なのをいいことに、播磨工務店に直接指令を出して動かしている。若葉はいつの間にか、南田社長と青池の携帯番号をゲットしていた。
 
・録音スタジオ:青組(ラピス隔離中に臨時スタジオを作ったチーム)
・ホテルの新館:黄組(クレール女子寮を作ったチーム)
・白雪姫の城:赤組(鏡迷宮を作ったチーム)
 
青組はスタジオを完成させた後、七人の鉱山技師の小屋・狩人の家を建てた。
 

映画の録音スタジオには、普通のスタジオにあるような“フロア”が存在しない。特別棟1つと3つの一般棟、それに録音技師や監督達のいる管理棟があり、特別棟に8個、一般棟には各10個の個室がある。個室は外部から直接入る仕様になっている。それで各々単独で部屋に入って台本を読んでいくのである。部屋にはトイレも付いている。トイレを共同にしないのも感染防止のためである。
 
部屋は安全のため、内部からロックできるので中に入ったらロックするように出演者たちには言ったが、椅子に座るとドアは自動的にロックされるようになっているので、ロック忘れにも安心である。念のため非常ブザーがあり、それが鳴れば(マスターキーを持つ)警備員が急行する。作業中は管理棟に警備員が2人常駐したが、幸いにもその手のトラブルは無かった(初日はロックの外し方が分からないと言った出演者に数回対応した!)。
 
個室は使用の度に消毒されるが、女性用の個室と男性用の個室は別になっており、女性の俳優さんが使った後の個室を男性の俳優さんが使うことはない。なお、アクア、雨梨美貴子、フライフォーゲル、七浜宇菜、坂出モナ、松田理史、岩本卓也、今井葉月の8人は特別棟に専用個室が用意されており、彼女たちの個室は他の人は使用しない。(モナなど結構私物を置いていた)
 
なおアクアの部屋には、他の出演者には内緒だが、椅子が2つあり、MとFが並んで座れるようになっている。マイクは1つである。マイクを2つ置くと、各々の声をもう一方のマイクも拾ってしまうからである。
 
でも狭い!
 
ついでにFがMに本番中に!“悪戯”するので、Mは我慢するのに苦労した!
 
(理史君には絶対知られてはならない)
 

お城の外観は、実は鏡迷宮のプティ・シャトウの設計を流用している。ただし、内部にはプティシャトウにもある王妃の部屋(鏡がある)の他に、広い玄関ホール、パーティー・成人式や結婚式の撮影をするメインホール、曲がりながら100mも続く廊下、白雪姫が落とされるテラス、水で満たされる地下室、王妃が魔獣を呼び出したりカンドラと密会する地下室、最後に白雪と王妃が闘う部屋、などが造り込まれた。この設計は播磨工務店の青池がミューズセンターの技師と一緒にスーパーコンピュータ Muse-4 を使用して3日で造り上げたものである。Muse-4の使用料金が7000万円!かかっている。なおお城の建設費は10億円だがむろん映画制作委員会が全額出している。(ホテル新館の建設費はムーランの負担で、制作委員会は宿泊料4000万円のみを払っている)
 
ヒカルの碁の映画で日本棋院を建てた場所に建設したので基礎もしっかりしている。
 
大曽根さんは、ハリボテの城とかを作って何とかしようと考えていたようだが、播磨工務店がわずか1ヶ月でちゃんと中身まであるお城を作ってしまったのに、驚いていた。念のため他の工務店に検査させて強度などは問題無いと確認してもらっている。
 
「このお城は震度7の地震がきても平気ですよ」
と検査した技師はむしろ感心していた。
 

映画の制作は初日の全体説明から土日の休日を置いて、7/26(月)から実質的に始まった。
 
暑い時間帯は避けて作業する。それで5:00-11:00, 18:00-22:00 という体制で臨むが、(出演者)の各々の稼働時間は(アクアを除いて!)8時間を越えないように調整する。
 
(でもスタッフは毎日10時間働いている!更に監督・助監督・脚本・制作の5人は毎日時間外に結構会議をしていて1日14時間くらい働いている。多分いちばん働いたのは脚本家で制作期間中は睡眠時間が4時間くらいだったと後日言っていた)
 
録音スタッフは3チーム編成していて、出演者がぶつからないシーンは同時進行で録音が行われる場合もあるので、実は録音スタジオに入っている俳優さんたちは、隣同士の部屋に居るのに別の場面の録音に参加している場合もある!
 
(各録音技師の部屋から、誰の個室と誰の個室を録音室に接続するかが指定できる。誰がどこに入っているかは各々の俳優さんが使用しているIDカードで自動的にシステムか認識している。だから実は俳優さんは好きな個室に入って良い!)
 

7月31日。この日は録音作業はお休みだったのだが、午前中にジールマン社長が1人だけでアクアのコテージを訪ねた(実はコテージがお隣!)。慌ててアクアMが自分の個室に籠もる。
 
「Mx Aqua, Can you speak English?」
とジールマンが言う。(Mx は性別に中立な敬称。s/heなどと同様の表現)
 
「I don't understand German well, but English, I can speak」
とアクアFは答える。
 
葉月と理紗は視線を交わして「We stay in own room」と言って席を外した。
 
↓以下は面倒なので日本語で表記するがアクアとジールマンは英語で会話している。
 
「ここまでの録音作業で君の演技を聞いていたけど、君本当にうまいね」
「ありがとうございます」
「君が出演した『ロミオとジュリエット』、それに昨年の『気球に乗って5日間』、それに日本国内で放送された『ねらわれた学園』とかも見た」
「『ねらわれた学園』とか駆け出しの頃でお恥ずかしいです」
 
「いや、君はデビュー間もない頃から上手かった。君の演技力は天性のものだよ」
「褒めてくださってありがとうございます」
 
「それにしても本当に君は男女を美しく演技し分けるね?本来の声は今話しているみたいな高い声?」
「そうです。でも男の子のような声も出せますよ」
と後半を男声の声色で話してみせた。
 
「凄い。声のトーンだけでなく、話し方まで違う」
というジールマンさんはなかなか観察力が鋭い。普通話し方の違いまでは気付かない。
 
「日本ではこういうのを“両声類”と言うんです。蛙とかの“両生類”(amphibian)にひっかけて。ラテン語で言うと amphivoxan かも」
「面白い表現だ!」
とジールマンさんは喜んでいる。
 

「ただ僕が凄く疑問に思ったのはね」
とジールマンが言う。
 
「はい」
「『ロミオとジュリエット』でロミオとジュリエットが結婚式をあげる場面で、ロミオとジュリエットが並んでいる場面でね。合成の跡が見つからないのだよ」
 
アクアは腕を組んだ。
 
「例えば『気球に乗って5日間』では、気球に4人が乗っているシーンの映像を超拡大してみると、繋ぎ目を発見することができる。コンピュータによって物凄くきれいに編集されているから、かなり観察眼の鋭い人てないと見つけきれないと思うけどね。しかしロミオとジュリエットの結婚式シーンにはそれがない」
 
「はい」
 
「つまり、あれはまるで双子の役者さんが並んで撮影したもののように見えるんだよ」
 
「・・・・」
 
「ね。誰にも決して言わないからさ、本当のこと教えてよ。僕も老い先短いからあの世の土産にさ」
 
アクアは微笑んだ。この人なら絶対秘密を守ってくれるだろう。
 

Mの部屋を開ける。
「ちょっと出ておいでよ」
 
それでMが出てくる。
 
「やはり双子だったのか!」
とジールマンは言った。
 
「違います。私たちは同一人物です」
とアクアは答えた。
 
「どういうこと?」
 
「まずこれを見てください」
と言ってアクアFは自分の服をめくってお腹の手術跡を見せる。
 
「これは7歳の時に大病をして手術を受けた時の傷跡です。Mも見せなよ」
「うん」
 
それでMも服をめくって傷跡を見せる。
 
「同じ形でしょ?触ってもいいですよ」
 
ジールマンは「Sorry」と言って、2人のお腹の傷に触る。
 
「どちらも本当の傷だ」
 
「同じ形の傷があるというのが私たちが同一人物である最大の証拠です」
 

アクアは更に数字や単語を紙に書いてFだけに見せてMが答える、Mだけに見せてFが答えるというのもやってみせた。
 
「私たちは同一人物だから、記憶も共通なんですよ」
「違うのは性別だけだよね」
「うん。ボクは男なのでM」
「私は女なのでF」
 
「じゃ女性役はFちゃんが演じて、男性役はMちゃんが演じてたんだ?」
「違います」
 
「違うの?」
「どちらがどちらを演じるかは決まっていません。実際ロミオとジュリエットの結婚式シーンは、Mがジュリエット、私がロミオを演じました」
「え〜〜!?」
 
「ボクたちは本来同一人物なんで、どちらも男役・女役ができるし、男の声・女の声の両方が出せます」
「どちらかというと、双方の負荷を分散するように分担してるよね」
「だから今回も白雪の出番がずっと続いている所は2人で交替しながら演じているんですよ」
 

それで2人は『ロミオとジュリエット』の“窓”のシーンを
 
M=ロミオ、F=ジュリエット
F=ロミオ、M=ジュリエット
 
という2通りの配役で演じてみせた。
 
「凄い!」
とジールマンさんが感動していた。
 

「だけどM君は男の子だと言うけど、喉仏が無いよね?」
とジールマンさんが尋ねる。
 
「それなんですけど、やはり7歳の時の大病の影響と、その後の治療薬の副作用もあって、ボクの睾丸はどうも機能不全っぽいんです。だから男性的な二次性徴が出てないんだと思います」
とMは言う。
 
「私は2人に分離して以来女性的に発達してるけどね」
とF。
 
「するとM君はホルモン的には中性に近いのかな。だけどF君が女性的に発達していても、ふたりの体型はほとんど変わらないよね」
 
「それはボクたちが体液を共有しているからだと思います」
「共有?」
 
アクアは理紗の部屋をノックして開けた。
 
「理紗ちゃん、アルコールチェッカーとワインか何か調達できる?」
「ホテルからもらってきます」
 
それで理紗がホテル昭和まで行き、アルコールチェッカーとワインの小瓶にグラス3個を持って来た。
 
それで2人のアクアは最初にアルコールチェッカーでふたりともアルコール分ゼロであるのを見せた上で、Fだけがワインをグラス1杯飲む。すると2人ともアルコール濃度が出たので、ジールマンさんは驚く。
 
「実はFが生理になっている時はボクも生理痛を感じるんですよ」
「だからボクたちは身体は2つに見えるけど、体液も共有しているみたいなんですよね。だからボクたちはホルモン濃度も同じなんです」
 
「だけどそれならMちゃんもおっぱいが膨らんだりしないの?」
「ボクには女性ホルモンのレセプターがほとんど無いんだと思います」
「なるほどぉ!」
「でも体型は一緒になっちゃうみたいね」
「だからボクたち、バストはFにしかないけど、アンダーバスト・ウェスト・ヒップは同じサイズなんですよ」
 
「もしかしてだからMちゃんは男性的な発達をしないのだったりして」
 
「それはあり得ますけど、ボクは男の子であるという自己認識はあるけど、あまり男っぽい身体にはなりたくない気持ちもあるので、それを容認しています」
 
「なるほど。ごめんね。凄く微妙なことを聞いて」
「いえ」
 

「でも君たち、いつから2人いるの?本当に双子として生まれたんじゃなかったの?」
 
「私たちは2017年春に唐突に分裂してしまったんです」
「人間が分裂するの!?」
 
「ごくたまにある現象みたいです。ただずっと分裂したままなのか、最終的に1人に戻るのかは分かりません」
 
「私たちが2人いることを秘密にしているのは、公表したあとで1人に戻ってしまった場合、2人いたはずが1人しかいなかったら、もう1人は殺されたのではとか疑われるからです。人間が分裂したり統合したりするなんて、誰も信じてくれませんから」
 
「いや、僕も信じられない気分だ」
 

「私たちが2人いるのはごく少数の人しか知りません。たから今回も狩人と妹と白雪の3人だけのシーンは2人が同時に出て撮影する予定です。七浜は2人いることを知っているので。それで一人二役なんだけど、2人の役者が演じているのと同じ時間で撮影できるんですよね。合成とかの必要が無いから」
 
「うーん・・・・」
 
アクアたちとジールマンの会話は結局丸一日、この日の夕方まで及んだ。その間、アマアはテレビ局などの仕事があるので、片方が理紗と一緒に出かけて行き、残った片方がジールマンと会話を続けた。(スタンドイン役の葉月はそれ以前に出て行って夕方戻って来た)
 

ジールマンは2人のアクアが交替で出かけていくのに、片方とした会話内容を他方も完全に覚えているのを見て、“アクアは1人”というのを理解したようだった。
 
「東洋の神秘だな」
 
「私たち仕事が忙しいから、実は2人いることで倒れたりしなくて済んでいるんですよ。もし良かったら、私たちがずっと2人で居られるようにお祈りしておいてください」
 
「うん。僕もそれを祈る。だから君たちは朝から晩まで演技をしていても疲れを見せないんだね?」
 
「そうなんですよ。これ人に知られると、絶対2人でもできないくらい大量の仕事を入れられますから」
 
「ありそうだ!」
とジールマンさんは最後は笑っていた。
 

そういう訳でアクアが2人で頑張ったこともあり『白雪姫』の制作は、予定通り、8/12までに音声の録音が完了した。
 
8/15からいよいよ“収録済みの音声を聞きながら”演技する作業に入った。
 
声に合わせて口を開けるが声は出さない。コロナ下で生まれた、特殊な収録方法である。声自体は各自自分が収録したものだから、ちゃんと内容を理解した上で演技できる。その声の収録の時点で充分に練っているので、撮影はスムーズに進んだが、ごく一部、ここは修正した方がいいという意見が出たところもあり、そこは声を録り直してから再度演技をした。
 
また、出番が1日で終わる役者さんの場合は、撮影当日に郷愁村に来て、その部分の音声もその日に録音している。実はその部分の音声は、8/12以前の作業では代役さんが代行しているので、この時に差し替えている。
 
撮影は『ロミオとジュリエット』でもそうだったが、感染防止の観点から、その場面の撮影に必要な人だけを呼び出しておこなっている。複数の撮影が同時に並行して進む場合もある!(声の収録の時もそうだった)
 
そのために撮影者は3人いる。撮影場所も、王宮だったり、地下室だったり、狩人の家、鉱山技師の小屋など様々である。それで各自のスマホに配信される予定表には「何時にどこに」行くかの指示が表示されるので、それを見て場所を間違わないようにと指示があった。予定は変わる場合もあり、その度に新しい日時が各人のスマホに配信されるが、基本的に早くなることはないので、各々の役者さんは自分の予定まで安心して休んでいることができる。
 
しかし結果的には自分の出番でもないのにずっと撮影に立ち会っている、みたいなことが無いので、こういう“河村流”を知らなかった役者さん、例えば雨梨美貴子さんなどは
 
「こんなに体力使わない収録は初めて」
と驚いていた。
 
「それでちゃんと予定は進んでいるから凄いですよね」
と、雨梨さんとすっかり意気投合した七浜宇菜が言う。
 
「そうそう。こんなに楽でいいのかなと思ったら、ちゃんと予定通り進んでいるし」
 

“撮影”初日の8/15、アクアは午前中に“白雪の母”の役をした。
 
そして15日夕方の飛行機で小浜に移動した(ことになっている:本当は飛行機で移動したのは葉月で、アクアは体力を使わないように転送!)。
 
8/16は、白雪の子供の頃のエピソードなので、少女時代のアクア・・・じゃなくて少女時代の白雪姫を演じる、白雪めぐみ・やまと・さくらの三姉妹(男の子も1人混じっているけど)の出番であった。それでアクア本人はその日、小浜でライブをしていた。
 
8/17が白雪の成人式シーンから、王妃に命を狙われるテラスの場面、地下室の場面と続き、ボウル市のパーティーの場面まで撮影する。その後次のように続く。
 
8/18 狩人が白雪を拉致する所から川辺で魔獣に襲われる所まで。アクア(狩人)と松田君(フランク軍曹)が馬を走らせるシーンは、早朝の薄明かりの中で空港を使用して撮影した(夕方は離着陸があるので)。カメラは軽トラの荷台に乗せて撮影している。アクア2人が乗る馬は美高さん、松田君とモナが乗る馬は矢本さんが撮影している。松田君は乗馬が習いたてで下手なので!2つの馬は自然に距離が離れていった!!
 
この日はアクアF・アクアM・七浜宇菜の3人だけで森の中のシーンを美高さんの撮影でした一方、王・王妃・侍女マリア・フランク軍曹・大臣は王宮のセットで矢本かえでの撮影で、王妃が王を倒して女王になる宣言をする所なども撮影している。
 
物語上もこの2つの場面は同時進行だったのだが、実は本当に並行して撮影した。
 
8/19 鉱山技師の小屋で狩人兄妹が白雪姫と再会する付近。
8/20 グスタフたちが国境に到着し、王子と一緒に白雪を探しに戻る付近。国境シーンは空港の脇に臨時設置したセットで撮影している。
(8/21-22休)
 
8/23 王妃がカンドラに白雪殺害を依頼するシーン、白雪がリンゴで倒れるシーン
8/24 白雪が蘇生するシーン。23-24の2日間は“白雪姫人形”大活躍である。この人形は王子に口づけされ、宇菜に口移しされているが、各々の撮影前にはきちんとアルコールで唇を拭いているから、王子と宇菜は間接キスしてない!
 
8/25 王宮突入、白雪と王妃の対決。総延長100mの廊下が使用される。この廊下には多数の“ポケット”があり、そこから白雪に味方する兵士、阻止しようとする兵士の双方が出てくる。
 
8/26 国王と王妃の葬儀、白雪と王子の結婚式
8/27 予備日
 
この物語には、白雪と狩人の他はごく少数しか居ないシーンが多く、そこに立ち会う人が、多くはアクアが2人いることを知っている人になるようになっている(正確にはそういうキャスティングをした)。
 
それで実は葉月をボディダブルに使って2度撮影して編集、という作業はそんなに多くは発生しなかった。それでアクアが1人2役をしている割にはあまり時間を食わずに作業は進んでいるのである。
 
そういう訳で、8/15から始めて本当に2週間で終わるのだろうかと多くの役者さんが心配していたものの、撮影は8/26までにほぼ終わり大半の役者さんが解放された。8/27の予備日は、アクアF・Mと七浜宇菜の3人だけで多少の追加撮影をした。
 

この映画の主題歌であるが、アクアがアルバムに収録していた『白い恋の物語』をそのまま使用することにし、結果的にシングルカットされることになった。また、ローズ+リリーのアルバムに収録される予定の曲、『白い雪・愛のテーマ』をアクアがカバーすることになった。更にオリンピックが終わって、やっと時間が取れた千里に書いてもらった曲『リンゴのパイ』と一緒に3曲入りシングルを出すことになった(それ以外にサウンドトラックも出る)。
 
『白い恋の物語』(マリ&ケイ)
『白い雪・愛のテーマ』(甲斐流星作詞・ケイ作曲)
『リンゴのパイ』(翔太&リル子作詞・醍醐春海作曲)
 
映画が12月公開予定なので、このシングルとサントラは11月に発売予定である。
 
『リンゴのパイ』のMVでは、アクア(もちろん白雪姫の衣裳)が実際にアップルパイを作って、七浜宇菜・坂出モナ・雨梨美貴子!と4人で美味しそうに食べているシーンなども映っている。
 
 
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【夏の日の想い出・ボクたち女の子】(1)