【夏の日の想い出・星導きし恋人】(4)

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「人魚姫は東雲はるこちゃんで動かしてはいけないというのがよく分かりましたよ。はるこちゃんって、いつも儚げな表情してるから、人魚姫のイメージにぴったりだ」
とディレクターさんが言った。
 
「もう少し楽しそうな顔しろとよく言われます」
とはるこ。
 
『人魚姫』の撮影が全て終わってから、東雲はるこが、ひとつ疑問を出した。
 
「でも登場人物の名前が似てましたね〜。マリナ、マリア、アリナ。何度か言い間違っちゃった」
「私もだいぶ言い間違った」
と内野音子(侍女アリナ役)。
 
「まあ個々事情があったんだけどね。人魚姫は海の人だからマリンからマリナ。修道女は聖なる人でマリア、アリナは実は元々この役には浜坂アリナさんがアサインされていたから、ご本人の名前を流用した。コロナで出演できなくなって、内野音子さんに代わってもらったけど」
と鳥山プロデューサーが言う。
 
「ああ」
「コロナが落ち着くまでは急遽代役さんでのプレイになるケースを想定しておく必要がありますねー」
 
「それを代替できなくて中止に追い込まれた公演も多いですね」
「予算が無い所では起きがちだね」
「でも中止になると凄い損害が出る」
「落ち着くまでは仕方ないね。スペイン風邪は2〜3年で落ち着いた。今回も似たような期間で落ち着いてくれることを祈るしかない」
 

「だけど登場人物が似た名前ってのは、別の解釈もあるよね」
とディレクターさんは言ってから、こちらを見ている町田朱美を指名した。
 
「はい、町田君」
「心理学的な解釈としては、実はその3人、特に人魚姫と修道女は実は同一人物という考え方もあると思います」
と朱美は答える。
 
「へー!」
と東雲はるこが感心しているので、思いもよらなかったようだ。
 
「私もそれちょっと感じた」
と言っているのが宮村尚子(人魚姫の姉役)である。
 
「要するに人魚姫は海の宮の姫君とは名乗れないから、記憶喪失の身元不明の娘ということになっている。でもそれでは王子妃になるのは難しい。だから商人の娘という確かな出自の人物に生まれ変わって王子と結婚したのかもって」
 
「だったら、全然悲劇的結末ではないじゃないですか!」
 
「いや原作では、人魚姫と修道女は顔がそっくりという設定になっている。それは両者が実は同一人物であることを示唆していると思う」
 
「やはり風の精霊になった人魚姫が王子妃にキスして終わるというのが、この物語の性格を表しているんだよ」
 
「この物語は作者アンデルセン自身の失恋体験を契機に書かれたらしいね」
と内野音子が言う。
 
「だったら、アンデルセンは自分の心に決着をつけるために、最後を美しくまとめたのかも知れないですね」
 
「自分を捨てた人と、自分から恋人を奪った人の幸福を願う。物凄く深い愛だね」
 

“彼”はまたマクラ(アクアF)から責められていた。
 
「裸の女の子を抱いた感想はどうだった?」
 
「・・・・」
「どうしたの?」
「いや、あのボディダブルの子、男の子だったからびっくりした」
「へー。ちんちん付いてた?」
「付いてないように見えたけど、タックかも知れない。僕には区別がつかない。あまりじろじろ見る訳にもいかないし」
「女の子のお股をじろじろ見るなんて、即逮捕・去勢刑でいいね」
 
「だからあまり見ないけどさ。でも身体を触った感触が男の子だったんだよ。胸は微かにあった。中学1年生くらいの女の子の感じ」
「ふーん。中学1年生の女の子を抱いたことあるんだ?」
「いちいち突っかかるなよ!」
 
「まあ今日はいたわってあげるよ。お疲れさん」
「ほんと疲れた。なんか普通のドラマ撮影の倍の密度で撮影した。7日で撮っちゃうようなボリュームじゃなかったよ」
 
「ラピスラズリは忙しいからね〜。それに隔離でかなりスケジュールくるったし」
 
「だけど龍はあの子たちの倍以上忙しいんだろ?」
「まあ4倍くらいかな。ラピスの10倍忙しい所を、葉月がかなり代役してくれるし、私も半分の仕事を負担してるから、2人とも4倍程度で済む」
 
「ほんと大変だな」
「あ、優しい言葉掛けてくれてる」
「そりゃ好きなんだから優しくするさ」
 
アクアはその『好き』という言葉にピクッとして、彼をじっと見詰めた。
 

「ところで魔女役の人、女の人と思ったら男の声だったからびっくりした」
 
と、東雲はるこは撮影の後、川崎市内のホテルで同じ部屋で休む町田朱美に言った。
 
「滝野英造さんは時代劇とか刑事物とかで、よく悪役をしてる俳優さんだよ。怪しい魔女の役だから、男の声で話すのが効果的というので今回起用されたと聞いた。でも女装するとちゃんと女に見えるのが凄いよね。声さえ出さなきゃ女で通る。あの程度のおばちゃんは普通にいるもん」
 
「うん。見ただけでは全然気付かなくて、声聞いてぎょっとした」
「そのぎょっとする表情が良かったから、そのまま残したみたいね」
「きゃー、恥ずかし−」
と東雲はるこは本当に真っ赤になった。
 
この子は歌はうまいけど、やはり演技はダメだなあと町田朱美は思うのであった。
 

「でもこの物語って、元ネタでは、人間の女と人魚の男の悲恋物語だったらしいね」
「へー」
と言ってからしばらくはるこは考えていた。
 
「ねね、男の人魚って、ちんちん付いてるの?」
 
「さあ。お魚さんのオスにはちんちん無いけどね。メスが産卵したところにオスが精液を振りまく。本当に人魚姫が王子と結婚したら、人魚姫が卵を産んだ所に王子が精液をふりかけないといけなかったりしてね」
 
「何か嫌だ」
 

「でも蕪島さんのお陰で助かった。あんな私にそっくりの女の子がいたなんて」
「あの子、男の子だったね」
「嘘!?」
 
「だから胸が全然無かったんだよ。監督は気付いたみたいだったけど、性別なんて些細なことだから何も言わなかったんだと思う」
 
「でも声は女の子だったよ」
 
(むろん実際の声はアフレコで東雲はるこの声に差し替えている)
 
「きっと去勢してんじゃないの?」
「最近は去勢する男の子多いのね」
「たまたまそういう人の多い領域に私たちがいるだけだとは思うけど」
 
(カブちゃんは元々アクアの代役なので《こうちゃん》(山村)に言いくるめられて“アクアに声変わりが来るまで”睾丸を《こうちゃん》が預かっている。更に女性ホルモンまで飲まされている(それで少しだけ胸がある)が、アクアにいつ声変わりが来るかは不明である!)
 

「でも信濃町ガールズの男子メンバーは全員去勢してるんでしょ?」
「してない。してない。中世の聖歌隊じゃあるまいし。ガールズの男子で去勢しているのは、上田姉妹と**君・**君だけだと思う」
 
「木下君もだよね?」
「彼は去勢してない」
「だって声変わりしてないじゃん」
 
「睾丸機能不全だと思うよ。時々あるんだよ。クラインフェルター症候群には見えないから単にゴナドトロピン(*1)が低いんだと思う。アクアと同じ。普通は医師が男性ホルモンの補充を勧めて男性の二次性徴発現を促すけど、彼は拒否したんだと思う。声変わりしないのが好都合だから」
 
(*1)性腺刺激ホルモン。男性の場合は男性器の発達、女性の場合は女性器の発達を促す。胎児の段階でこれが極端に低い場合は出生時に性別を誤認される場合もある。
 
「アクアは性転換手術済みだよね?」
「そんなのしてない。おっぱいの見える衣装つけてる時はバスト偽装してるだけ。物凄く精巧なオーダーメイドのブレストフォームつけてる。醍醐春海先生の従姉さん(*2)だかの務めている会社の製品。たぶん200-300万する。更に女の子みたいな香りのする香水つけてる」
 
「うっそー!?」
 
(*2)これはMに関しては事実。正確には桃香の従甥・芳彦の妻・舞耶が務めている岐阜県の会社の製品である。本来、乳癌で乳房を切除した女性のためのもの。ケイナも使用しているし、上田信希も“使用していた”が、どちらも廉価版で、龍虎が使用しているものほど精巧ではない。それでも信希はその廉価版で心電図や内科医の診察をパスしている。
 
香水(ラクトンC10/C11を含む香り製品)に関しては、Mは『夏の飛び魚』撮影の時は付けずに行ったものの、いつもつけているのでその微かな残り香があり、琥珀は『あ、龍ちゃんのいつもの香りだ』と思った。
 

3月末にCDのセールスが10万枚を突破して4人目の「デビュー歌手」となったYe-Yoであるが、5月上旬に長野県の安曇野(あずみの)に行き、その美しい風景を背景に、写真集の撮影をした。
 
国営アルプスあづみの公園、穂高神社、八面大王足湯、大王わさび農場、安曇野ちひろ美術館、おそばやさん!、焼肉屋さん!、ソーセージ屋さん、“おやき”屋さん、などを訪れて、写真を撮っている。数枚、姉の甲斐波津子も一緒に写っている写真(足湯・おそば屋さん・焼肉屋さんなど)もあり、姉妹の仲の良さを示していて、微笑ましい。
 
「しかし結構よく食ってるな」
「Ye-Yoは細いから、たくさん食べた方がいい」
 
この写真集は6月上旬に発売され、ファンを中心に10万冊も売れるヒットとなった。
 

6月上旬、Ye-Yoと似たような時期に、羽鳥セシルも2冊目の写真集を発売した。最初の写真集は、東京周辺の様々なスポットで撮りためた写真で構成したものだったが、今回は5月上旬にまだ寒い北海道で撮ったものである。前回は彼女のプロデューサーである雨宮三森が自ら撮影したものだったが、今回は女性の写真家に撮ってもらっている。セシルと撮影班は実はワゴン車で車中泊で北海道を移動しながら、いい場所があったらそこで即撮影をしている。
 
写真家さんと助手さん、セシル、雑用係の酒本和香マネージャーの4人の旅である。女性だけのクルーなので気兼ねのない楽しい旅になりました、とセシルはコメントしていた。Ye-Yoの写真集もだが、こちらの写真集も色々なものを食べている絵が多い。
 
イカ焼き、トウモロコシ、ジャガバター、牛肉の串焼き、アイスクリーム、札幌ラーメン、旭川ラーメン、エスカロップ、ザンギ、ジンギスカン、蟹・蟹・蟹。
 
「これだけ食べてたら楽しかったろうな」
「ハードな仕事してるみたいだから、このくらい食べても太らないだろな」
などと写真集を買った人のコメントには見られた。
 
こちらの写真集も10万冊を突破し、デビュー写真集ほどではないものの、充分なヒットとなった。
 

常滑舞音も写真集の撮影中だったが、これについては後で述べる。
 
常滑真音が歌うシンデレラ主題歌を含むCD『プレルージュ/ガラスのエンブレム/風読みシンドバッド』は5月26日(水)に発売された。注目株・舞音のCDだけに最初の1週間で30万枚売れてランキングの堂々トップだった。しかし『シンデレラ』のドラマが放送されると、その話題性からこの曲のセールスも急上昇。6月中旬には100万枚を突破してしまった。
 
常滑舞音4枚目のミリオンであり、これでミリオンの数だけで言うと、舞音はデビュー後わずか3ヶ月で、1年前にデビューしたラピスラズリを追い越してしまったことになる。
 
3.03 『とことこ・なめなめ・招き猫/マネがマネのマネをした』
3.24 『とことこ・なめなめ・招き猫(kuroneko mix)/マネ・イズ・マネー』
(両者あわせてミリオン)
 
4.21 『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ/舞音の招きマネキン』
5.12 『風のいざない/マイルドな夜明け』
5.26 『プレルージュ/ガラスのエンブレム/風読みシンドバッド』
 

また『とことこ・なめなめ・招き猫』は、海外でもかなり話題になっているらしく、海外版をFMIが発売することになった。それで舞音は英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語・中国語の歌詞での歌唱を吹き込んだ。またこれに先立ち、舞音はFMIともアーティスト契約を結んだ。§§ミュージックの歌手でFMIとの契約を結んだのはアクアに続いて2人目である。
 
FMI版は少し楽曲の組合せが異なる。
『とことこ・なめなめ・招き猫(oversea mix)/マネがマネのマネをした』
『舞音の招きマネキン/マネ・イズ・マネー』
『風のいざない/マイルドな夜明け』
『ガラスのエンブレム/風読みシンドバッド』
 
PVについては一部海外の倫理規定にそって若干の編集を行っている。
 
"oversea mix" はアルバムに収録した "Tokoname mix" とは読み込んでいる縁起物・名産品が少し異なっている(主として倫理上の問題)。これは後に(国内向け)統合版が出ることになる。
 
取り敢えず6月に↑の1-2枚目を販売し、3-4枚目は8月に発売することになった。
 
多数の外国語でたくさん歌った舞音は「頭の中がもうフライン語になりました!」
などと言っていた。
 

常滑真音のファンクラブも発足することになった。
 
ここで会員証として、海浜ひまわり・白鳥リズムなどでも過去に作られた“スペシャル会員証”が設定されることになる。
 
海浜ひまわりは「ひまわり女子高校生徒手帳」(3900個限定:おじさんでも女子高生になれる!というので話題になった)、白鳥リズムは「白鳥鉄道定期券」(1年間限定)を制作したが、今回の常滑真音では「開運招猫之証」を作ることになった。発行は取り敢えず1年限定とする(むろん2年目以降も更新していけばずっと有効)。
 
会員証の形自体が招き猫で、表面は左手をあげた白猫、裏面は右手をあげた黒猫になっている。全体に金色の縁取りをしている。内側に本人証明欄で会員番号(「あなたは○○匹目の猫です」と書かれている)・氏名・本人写真などが印刷されている。更に常滑市・洞雲寺の“猫の御朱印”のコピーがラミネート加工して挟み込まれている(コピーの作業上、1日に1枚は実物も混じる)。また常滑焼きの招き猫の写真が多数入っており(福助やアマビエまで入っている)、年間予定表と12ページのメモ帳部分(*3)は招き猫の透かし模様入りである。招き猫模様のミニボールペン付き。これ自体5000円くらいで売れる感じのアイテムである。
 
「こんな豪華な会員証作ったら§§ミュージックさん、利益出ないのでは?」
と心配する声まであった。
 
ICチップも埋め込まれているのでライブの際そのまま入場できる(*4).
 
既存の他のアーティストのファンクラブ会員証(スマホ会員証を含む)からアーティスト切り換えまたは追加で発行してもらうことも可能である。
 
他のアーティストの会員証(特にスペシャル会員証)と2枚(以上)持つ場合、それらはエイリアス扱いになる。つまりどちらも有効だが、たとえば両方使ってチケットを二重に取るとか、二重に入場するようなことはできない。要するに電子的に両者は同じものとみなされるのである。
 
(*3)年間予定表には、七夕・クリスマス・バレンタイン・ホワイトデーに加えて舞音の誕生日(4.12)も記載されている。年間予定表とメモ帳の部分は交換可能になっていて、そのリフィルおよびミニボールペン(および替え芯)は別途販売もする。実際、FC入会者の10倍以上このリフィルや招き猫ミニボールペンが売れた。リフィルの表紙は白招き猫、裏表紙は黒招き猫と、FC会員証本体と合わせてある。
 
(*4)∞∞プロ系列の共通仕様なので、∞∞プロ系列の全ての事務所のタレントのライブ入場で、“顔認証”により入場できる。顔認証なので、他人に貸したりすることはできない。顔認証が通らなかった場合は、運転免許証や生徒手帳など追加の顔写真付き本人確認書類が必要になる。なお戸籍名と通称(会員証印字名)が別に登録できるので、戸籍名が山田太郎で通称が山田花子という人はちゃんと山田太郎名義の運転免許証で本人確認できる。
 

その日、朝御飯を地下の隠し部屋に持って来てくれた千里に、アクアFは言った。
 
「ボク、一昨年に6500万円、去年は2億円出して、マンション2個買ったのに彩佳が来ている日はボクはどちらのマンションでも寝られないのって、何か凄く割に合わない気がするんですけど」
 
千里は笑っていた。
 
「まさに、廂(ひさし)を貸して母屋(おもや)を取られるだね。だいたい、あの子たち3人を自分のマンションに泊める筋合いが無い。どこか適当なマンションに引っ越してもらいなよ。最初は彼女たちのマンションが崩壊して、一時的な避難だったろうけどさ」
 
「でも都心は家賃高いんですよ。コロナのこと考えると、通学に電車使わせたくもないし」
とアクアFは言う。
 
「うーん。だったら、マンションもう1個買っちゃう?」
「え〜〜〜!?」
 

島原バレエ団バレエ公演のあけぼのテレビによる中継は、4月18日(日)に初回公演『白鳥の湖』が放送され、日曜の午後という時間帯にもかかわらず結構な接続回線数となった。やはりバレエで有料放送にしてしまうと、わざわざお金を払ってまで見る人は限られてしまうが、無料放送なので見てくれたようで、結果的にはスポンサーも「このくらい視聴率があればずっと支援していける」と言ってくれた。
 
なおこの公演中継は臨場感を大切にするため生中継である。歌手のコンサートのようにモニターやスピーカーまでは並べていないものの、600人程度の小ホール並みの広さがある、あけぼのテレビ第12スタジオで、300人分の観客の書き割りを前にして演技している。(拍手の効果音付き)
 
公演は、その後、ゴールデンウィークをはさんで、5月16,30日に行われた。16日は『くるみ割り人形』、30日は『コッペリア』と人気演目を上演した。次は6月13日(日)の予定である。初回の『白鳥の湖』を見逃したという声が多数あったので、再度『白鳥の湖』を上演する予定である。
 

ところで昔話シリーズの『人魚姫』が制作されることになった経緯はこのようであった。
 
鳥山渚プロデューサーは、大規模な舞踏会が撮影できる大広間を安価に(最終的には無料になった)使えると聞いて『シンデレラ』の企画を立てた。
 
それでシンデレラのお父さんが亡くなるシーンは、船のセットを作り、そこで人工的に雨風を起こして嵐のシーンを撮影しようと思った。ここでどうせなら船の全景を撮りたいという要望があり、どこかに撮影に使えるような17世紀の帆船が無いか調べて、石巻市のサン・ファン・バウティスタ号に気付いた。それで現地に照会したら、船は傷みが激しいので解体予定で、危険なので撮影などには対応できないと言われた。
 
しかしこの船の形が美しいので、ハリボテのレプリカを作ることを考えた。
 
石巻市まで行き、スタッフに実物を見せ、船の設計図なども石巻市側からコピーさせてもらった。
 
「どのくらいの費用で作れると思う?」
「1/2スケールで材料も合板とかでよければ、1000万円くらいで行けるかも」
「主演がラピスラズリだから、そのくらいは予算取れるよ。作ろう」
 

それでレプリカを作らせることにした。その数日後、鳥山は木造船の建造を手がけている会社からメールを受け取った。
 
「お見積りさせて頂きましたが、ハリボテでも\4000万程掛かると思います,肋骨にカーブを付けるのが難しいのです」
という連絡だった。
 
鳥山はこの“\4000万” を“\400万”と誤読してしまった!
 
実は鳥山が使っていたメーラーには、ワードラップ機能が無く、メールが↓のように表示されていたのである。
 
お見積りさせて頂きまし
たが、ハリボテでも\400
0万程掛かると思います,
 
それで鳥山は改行された後の 0 を見落とし、結構安かったなと思って
 
「そのくらいの費用なら大丈夫ですよ。作って下さい」
と返事してしまったのである!
 
(後で鳥嶋部長から言われて別のメーラーに変えた)
 
そして出来上がった後で請求書を見て仰天する。あらためて見積もりの時のメールを確認すると、確かに4000万円と書かれている。
 
放送局が空手形を出すわけにはいかない。鳥山は素直に鳥嶋制作部長の所に行き、謝罪して進退伺いを出すとともに、今回は何とか制作会社に4000万円払ってあげて欲しいと言った。
 

鳥嶋和夫制作部長は激怒したものの、確かに放送局がセットを作らせておいて代金を払わないというのは許されない。それで
「分かった。4000万円は払う」
と言う。
「ありがとうございます」
「しかしほんのワンシーンしか使わないものを、こんなに予算掛けて作ってどうする?」
「この番組が完成したら私は身を引かせて頂きます。足りないとは思いますが、私の退職金で少しでも補填していただけませんか」
「分かった」
 

ラピスラズリ主演で『シンデレラ』が制作された後、鳥山渚プロデューサーが退職ということになっていた場合、鳥山渚だけの問題ではなく、鳥嶋制作部長、更には鳥山渚プロデューサーの叔父である鳥山光太郎編成局長の責任にもなっていた可能性がある。(なんだか鳥が多い。ついでに社長は香鳥さんである!)
 
ところが、ここで“鳥山渚にとって”(結果的に鳥嶋和夫や鳥山光太郎にとっても)超ラッキーになることが起きたのである。
 
主演予定だったラピスラズリがコロナ発症者との濃厚接触者として隔離されてしまった。撮影に間に合わないので当然降板となる。この時、鳥山渚は物凄い解決策を思いついた。§§ミュージックに乗り込み、コスモス社長と直談判して、ラピスラズリの代わりにアクアをシンデレラ役で起用したいとお願いした。事態が事態だけに、コスモスも渋々同意してくれた。
 
ラピスラズリでも充分な視聴率が取れる見込みだったが、アクア主演で、しかもアクアが女の子役をするとあらば、物凄い視聴率になるのは確実である。それで、4000万円のセットが無駄にならない可能性が出て来た。鳥山はシナリオを大幅に書き換えて、このガレオン船でのシーンをたくさん増やし“充分セットを利用した”という既成事実を作った。
 
制作が進んでいるのを見に来た制作部長も、船のシーンで演技するアクアを見て
「これはいいね。やはり“彼女”は演技力があるね」
と、かなり機嫌を直してくれる。
 

そして制作部長は言った。
 
「でもせっかく4000万円掛けて船のセットを作ったから、このセットを使って何か他の物語のドラマも作ろうよ。何かこういう大型帆船が出てくるような物語って無かったっけ?」
 
“作ろうよ”というのは、自分が制作していいのかなぁ〜?もしかして自分は辞めなくてもいいのかな〜?と思いながら、鳥山は必死に古い帆船が出てくる物語を考えた。
 
「そうですね。宝島とかはどうでしょう?」
「それいいね。誰かかっこいい若い高校生くらいの男性俳優とシルバー役の渋い中年俳優使って撮ろうよ」
「じゃそれシナリオを手配させます」
 
「うん。他には無いかね」
 
必死で考える。
 
「ピーターパンとかは?」
 
「ああ。それもいい。誰か可愛い子にウェンディーさせて。あっアクアちゃん、ウェンディーしてくれないかなあ。後は少し馬鹿っぽい雰囲気の男の子アイドルにピーターパンさせて。ピーターパンは顔さえよければ演技力無くてもいいから。ティンカーベルは少しセクシーな雰囲気のある10代の女優さんで。タイガーリリーは20代後半の落ち着いた女優さん。フック船長は演技力のある中年のアクション系俳優かなあ。他には?」
 
更に自分の記憶から該当しそうな話を絞り出す。
 
「十五少年漂流記とかはどうでしょう?」
「あれは使えるね。でもあの物語では船は解体されちゃうよね」
「そ、そうですね。でしたら、この土地は今年いっぱいの借地契約らしいので期限切れで撤去しないといけない時に十五少年漂流記を撮影するとか」
「ああ、それはいいね。ちょっとその件、君が大和映像さんと話し合ってくれない?」
 
「分かりました!」
と言いながら、自分に交渉を命じるということはどうも自分の首はつながったようだと思う。
 
「他には?」
 
「あ、人魚姫とかもありますよ」
「おお、それいい!ね、ね、それを隔離明けのラピスラズリにさせない?」
「なるほどー!」
 
「東雲はるこのシンデレラは、まあ人気アイドルだしと思ったんだけど、よく考えたら、東雲はるこはシンデレラより、人魚姫とかマッチ売りの少女とか向きだよ」
 
「確かにあの子、いつも消えてしまいそうな顔してますもんね」
と鳥山も、やはり自分は助かったようだと思いながら答えた。
 
しかしそれでラピスラズリで『人魚姫』を撮ることになり、人魚姫は東雲はるこというのも確定したのであった。この企画にはコスモスもすぐ同意してくれた。でもピーターパンの話はまだしていない!
 
鳥山は
 
「アクアにウェンディー役なんて、絶対コスモスちゃんが拒否するぞ。どうするかな?」
と不安を感じていたのであった。
 

なお、この帆船(ハリボテ)の“使用順序”だが、船の傷みを考えてこのような順序になることも決まった。
 
人魚姫→宝島(結構傷む)→ピーターパン(傷んでいて良い)→十五少年漂流記(解体)
 
人魚姫は沈没船設定だが、そもそもこの船は沈没している気もする!(後述)これは船の痛み問題より、隔離明けのラピスラズリをすぐ使いたいということから先頭に入れられることになった。
 

ちなみに、その4000万円のガレオン船(全長23m×最大幅6m×高さ24m 吃水2m)の“設置”はこのようにして行われた。
 
この土地はオープンセットのある場所、池まで含めて私有地である。この船の“建造”チームは、所有者の許可を取って、池のこちら側20m程度を鉄板を立てて区切り、こちら側の水を抜いてしまった。池底の泥を浚渫(しゅんせつ)し、船を“設置”する部分に高さ1mほどのコンクリートの基礎を作る。この基礎は用事が済んでもそのまま放置しておいてよいと土地の所有者は言ってくれた。
 
この工事を見ていて、鳥山は本当にこんな大規模な“工事”までして400万円で納まるのだろうかと不安になり
「これ本当に予算内でおさまるの?」
と尋ねたが
「大丈夫ですよ。この基礎工事で全予算の4分の1くらいです」
と現場監督さんは言っていた。
 
ここでその“全予算”の額を確認すべきであった!!
 

その上でコンクリートの土台の上に13mの鋼鉄製の竜骨を置く。そして同じく鋼鉄製の肋骨材をボルトで留めていく。竜骨・肋骨を木で作るには、結構しっかりした大きな木が必要で、ガレオン船の肋骨には複雑なカーブをつける加工が必要なので、いっそ鉄で作ったほうが楽だし安く済むらしい。この“船”は浮く必要もないので、重い鋼鉄で船の骨組みを作ってもいいのである。
 
竜骨の上に3本の帆柱(マスト:前面のフォアマスト14m, 中央のメインマスト16m, 後方のミズンマスト9m)を立てる。マストはかなり太い松である。見える所はちゃんと木材で作る必要がある。またマストは人が登るので細い木で作るのは危険である。ここはどうしてもコストが掛かる部分である。メインマストの上部には更にマストを継いで全体で24mになる。そしてマストから横に張り出る帆桁(ヤード)を取り付ける。
 
2層の甲板(かんぱん:表面の上甲板と中層の中甲板)を設置する。甲板は安価な杉板でできている。弱いし耐久性が無い。甲板は船全体を支える構造物なので、船自体が歪みやすく、船の寿命が短くなる。さすがハリボテである。
 
船の表面に薄い合板の外装板を接着剤で貼り付けていく。これは全く耐久性が無い!撮影中もてばいいだろうという、マジでハリボテである。
 
建造チームは竜骨・肋骨までを1日で作り、マストを1日で立て甲板・船首・そして船首から前方に突き出る“バウスプリット”まで1日で作り、最後に2日かけて外装の合板を貼り付けた。
 
「これ水漏れしません?」
「大丈夫です。防水性は全く無いので、喫水線より下は完全水没します。中甲板まではいいですが、船底に行くには潜水具が必要です」
「やはり・・・」
 
さすがハリボテである。
 
ともかくも見た目だけのガレオン船はコンクリートの基礎が出来たあとわずか5日で竣工したのである。その後、この池に流れ込んでいる小川の水を長いホースで引いて来て、鉄板の水留めよりこちら側に流し込んだ。
 
水は小石・活性炭の層を通し、更にフィルターまで通し、最終的には塩素消毒もしている。簡易水道に近いレベルである。この水が1週間ほどでこちらの部分を満たし、進水?水没!?は完了したが、この水を入れている間にマストに帆を取り付けた。
 
「くれぐれも風の強い日に展帆しないでくださいね。マストが折れますから」
「でもそれマジな帆船でもそうですよね」
「そうですよ。帆船は女の子のようにデリケートですから」
「分かりました」
「まあこの子は見た目だけの女の子ですが」
「あはは」
 
また水を入れている間に、ベニヤ板製!のハリボテ砲台(これは放送局のスタッフが作ったもの)も左右10個甲板にボルトで留めた。砲台は海賊対策に必要なものである。武装しているからといって海賊に襲われないわけではないが、海賊は武装している船より武装していない船を狙う。ベニヤ板ではあっても表面に金属光沢のシールを貼っているので、遠目には充分鉄の砲台に見える。シンデレラには大砲を発射して海賊と戦うような場面は無い(そこまでやるともう全然別の物語)。
 
そこまで全部済んでから請求書を送ってもらい、その金額を見て鳥山は青ざめることになる。
 

そういう訳で“工事”のために池の手前側の水はいったん抜いて池底の泥も取り除いていたし、水も新鮮なものに入れ替え塩素消毒もしていたので、人魚姫が王子を救出する場面も比較的安全に撮影することができたのである。水がきれいなので、水中から撮影した映像もクリアである。また、撮影中に万一船から俳優さんが転落しても助けやすかった(取り敢えず落ちた人はいなかった)。
 
なお、この鳥山渚の“桁読み違い”事件は、鳥山光太郎編成局長や香鳥社長は知らないままになったようである。偶然の作用からアクアが出演してくれたお陰で、4000万円はスポンサー料で充分カバーできたし、それどころか『シンデレラ』が物凄い視聴率だったことで社内で表彰までされたこともあり、鳥嶋もバッくれることにして上に報告しなかったのである。
 

さてその鳥山が首寸前になりながらも制作した『シンデレラ』だが、放送されると、アクアの性別カムアウトなのではと随分話題になった。そしてシンデレラが男装して航海するなどというのは、今まで無かったコンセプトではと反響が物凄く“シンデレラのシンドルバッド”という企画でシリーズ化されることが決まってしまった。
 
取り敢えず7-9月の3ヶ月間12回で放送される(オリンピックの影響で最終回は10月にずれ込む可能性もある)。
 
主人公は物語のほとんどの部分で男装だが、だいたい30分の放送枠の中で20分くらいの所で女装で登場し、それが事件解決の鍵となる、といったパターンである。女装の時はガラスの靴を履く!
 
ヒーロー物に近いコンセプトで、いわば女装は変身!に相当する。脚本はホームコメディが得意だが、過去に戦隊シリーズの脚本も書いたことのある横沢零花さんである。
 
しかしこれで鳥山渚プロデューサーの首は完全につながった。鳥山は当面「昔話シリーズ」と「シンドルバッド」の2つのシリーズを担当する。
 
主人公のシンデレラ=シンドルバッド役であるが、鳥山は念のためコスモスに照会する。
 
「アクアちゃんでシンデレラ=シンドルバッドとかダメですよね?」
「だめです」
「だったら、常滑舞音ちゃんも忙しくて無理だろうし、恋珠ルビーちゃん使えない?」
「ああ!彼女だったらいいですよ」
 
そういう訳でルビーは初ドラマ・初主演となった。
 
ルビーは、ローズ+リリーのライブのゲストに出て来た時に、とんぼ返りをしてみせたし、ΨΨテレビ の『3×3大作戦』でも“スポーツ選手並み”の運動能力を見せて金墨円香に感嘆されていたのだが、この『シンドルバッド』も結構な運動能力が求められる。特にマスト(帆柱)を登りヤード(帆桁)に座って居られる筋力・平衡感覚と水泳能力は必須である。
 
彼女用のガラスの靴も制作された。
 
中学生で使える時間が限られることもあり、ドラマの主役と『3×3』の兼任は困難なので、コスモスがΨΨテレビまで行って謝罪し、『3×3大作戦』は、6月放送分までで降板させてもらうことにした。代わりにルビーの親友でもある花貝パールを使ってくれないかとコスモスは要請した。名古尾プロデューサーや金墨円香もパールと面談して、体力テスト!もさせてパールの採用を決めた。
 
花貝パールは信濃町ガールズの本部メンバー昇格後わずか3ヶ月で地上波のレギュラー番組を持つことになった。今回はルビー自身が登場後3ヶ月での交替となることから後任は同学年かそれより若い子でとテレビ局から要請された。そして『3×3大作戦』という番組自体、運動能力を要求する番組であったため、こういう異例の起用となった。パールは100mを16秒台で走ることができるし、水泳も宮古島の海でたくさん泳いでいて大得意である。
 
なお、採用時の体力テストの内容が、800m水泳、5000m走、10km自転車というミニ・トライアスロンで、なかなかハードだった:ルビーとYe-Yoも2月にやらされている。
 

“昔話”シリーズの第4弾は『赤ずきん』でこれはビンゴ・アキちゃんが主演した。実は『シンデレラ』に続いて制作される予定だったのを『人魚姫』が割り込んだのである。そして第5弾は『わらしべ長者』と発表された。
 
主演はアクアで、ここまで5回の作品の内、実に3本で主演するということになったが、この作品にアクアが主演することは、最初の段階で決まっており、ちゃんとスケジュールもとられていた。和泉による“アクアは男の子です”を主張する作品のひとつとして計画されていたのである。
 
3/29(Mon)『火の鳥』アクア主演
6/05(Sat)『シンデレラ』ラピスラズリ→アクア主演
6/19(Sat)『人魚姫』ラピスラズリ主演
7/03(Sat)『赤ずきん』ビンゴ・アキ主演。
7/17(Sat)『わらしべ長者』アクア主演
 
和泉としては色々“噂”も飛び交っているので、アクアの誕生日より前にこの『わらしべ長者』が放送されるようにしたかった。なお『夏の飛び魚』の放送は、6/6, 13, 20, 27 である。6月に男子水着のアクアを見せて、7月には再度ヒーロー役を演じさせるというのが和泉の計画である。
 
放送は7月なのだが、アクアのスケジュールの都合があるため、撮影は5月下旬から6月上旬に掛けて、実は『赤ずきん』より前に行われた。撮影順序と放送順序が違うのはわりとよくあることである。それで『人魚姫』の撮影が終わると、スタッフはすぐ茨城県の“ワープステーション江戸”に移動して、アクア主演でわらしべ長者を撮影したのである。
 
アクアも『シンデレラ』の後、すぐに『夏の飛び魚』の撮影をして、それが終わると今度は『わらしべ長者』とひたすらドラマの撮影が続く。アクアはこれは『ほのぼの奉行所物語』を降板して良かったと思っていた。『奉行所物語』までやっていたら、身体が4つくらいないと無理だった。
 
(ちなみに『シンデレラ』はF、『夏の飛び魚』はM、『わらしべ長者』はFが出演する。後述のようにアクアはほぼ女優扱いなのでMでは不都合が起きる)
 

アクアが“ワープステーション江戸”に入ったのは5月29日(土)である。ここに来たのは昨年春以来1年3ヶ月ぶりである。ちょっと懐かしく感じるくらいであった。『ほのぼの奉行所物語』の撮影とぶつかったりしないのかな?と思ったのだが、この時点で実は『ほのぼの奉行所物語』は視聴率が低迷し、打ち切りが既に決まっていて(公式発表はまだ)、もう撮影は行われていなかった。
 
『わらしべ長者』の配役はこのようになっていた。
 
太郎(主人公)アクア
観音様(声) 秋風コスモス
男の子 中井宏良(劇団色鉛筆)
男の子の母親 小野寺イルザ
志乃(ヒロイン)坂出モナ
志乃の従者 在杢(サウザンズ)
侍 七浜宇菜
志乃の父 鞍持健治
 
本当にこのシリーズは予算が潤沢である。豪華な顔ぶれである。
 
観音様の声はアフレコではなくプレスコ(先録り)で既にコスモスの声が入っており、観音様の像の後で実際にコスモスの声を流して撮影した。つまりコスモスはワープステーションには行っていない(実際行っている時間は無い)。
 
七浜宇菜の男装はあまりにも普通なので、誰も問題にしていない。もっとも彼女は男性用ロッカーの鍵を渡され
 
「あのぉ、さすがに男性用控室で着替えるのは気が進まないのですが」
と申告して
「あ、ごめーん」
とスタッフさんに謝られていた。
 
ちなみにアクアはいつものように女性用控室である!
 
誰もアクアを男性用控室に入れようなんて、思いもよらない。アクアが男性俳優たちと一緒に着替えられないのは、さすがの和泉も認識している。
 

そういう訳で今回のドラマで女性用控室を使うのは
 
アクア(太郎)、坂出モナ(志乃)、侍(七浜宇菜)、小野寺イルザ
(男の子の母親)の4人である。
 
イルザが悩んでいるのでモナが
「どうしたんですか?」
と声を掛ける。
 
「いや、ここは女性用控室で良かったんだよなと思って」
とイルザが言うので、宇菜が
 
「あ、ボク、男性用控室の鍵を渡されちゃって、申告して女性用控室の鍵に交換してもらいました。交換してもらったボクの鍵がちゃんと入ったから、ここは間違い無く女性用控室ですよ」
などと言っていた。
 
宇菜は人前では「私」と言っているが、親しい人の前では結構「ボク」も使う。
 
「まあ、アクアは“設定男子”で、中身は女の子ですから。ほーら、こんなにおっぱいが大きい」
などと言って、モナがアクアのDカップのバストをつかむ!ので
 
「念のため触らせて」
と言って、イルザまでアクアの胸に触っていた。
 
「8月20日の誕生日に、性別についてはきちんと本当は女の子であったことを発表するんでしょ?」
「そんなの、しないよー。ボクの性別はありのままということで」
 
さすがに女子更衣室の中で男を主張するわけにもいかない。といって女の子だと言ってしまうのも(Mに悪いので)できない。しかし
 
「ありのままなら間違い無く女の子だ」
と宇菜から言われる。
 
「宇菜ちゃんは、ありのままなら男の子だったりして」
「男の子になりたーい!アクアにちんちんがあったら譲って欲しいくらいだけど、さすがに付いてなさそうだしなあ」
 
「でも8月20日に何かアクアの個人的な問題で発表するらしいというもっぱらの噂になってるよ」
とモナが言う。
 
「うちの社長(白河夜船)はどうもその件を先行して聞いたみたいだけど、発表までは言えないって言ってた」
 
「このメンツには言ってもいいかな。今日の分の撮影が終わってから、聞きたい人あったら、ボクの部屋に来たら話すよ」
 
「よし、行こう行こう」
ということで、アクアはこの3人には自分の両親のことを話すことにした。
 
ちなみに、アクアの部屋は(奉行所物語でもそうだったが)ホテルのレディスフロアに取られている!レディスフロアのエレベータ前にはホテルの女性スタッフがいて、男性が入らないようにチェックしている。出前などもそのエレベータ前で受け取る方式である(配達員が女性の場合は部屋の前まで行ってもよい)。
 

一方男性用控室には
 
鞍持健治(志乃の父)、在杢(志乃の従者)、中井宏良(男の子)の3人が入っていた。
 
中井君が周囲を探すようにしながら
 
「アクアさんはこちらじゃないんですね」
と言うと
 
「あの子は女性用控室だと思うけど」
と在杢が答える。
 
「やはりアクアさんって女の子なんですか?」
「ときめき病院物語の時からずっとあの子見てるけど、間違い無く女の子だよ。男の子というのは、単なる“設定”だと思うね」
と鞍持健治も言っていた。彼は『ときめき病院物語』ではアクアの父親役を演じた。
 

さて、物語であるが、このように進行する。
 
太郎(アクア)はあまりにも貧乏な暮らしに疲れ、観音堂に行って
「観音様、私をもっとお金持ちにして下さい」
とお祈りした。
 
すると観音様は
「京に向かって旅をしてみなさい。その時、このお堂を出てから最初に触ったものを大事にしなさい」
と言った。
 
太郎は観音堂を出たところでいきなり転んでしまう。しかし起き上がった時に手にわらしべを1本持っていた。
 
「これが観音様から言われたものかなあ。でも、こんなわらしべでどうやってお金持ちになれるんだ?」
 
太郎は疑問を感じながらもそのわらしべを大事に持って歩いていた。
 
太郎が歩いていると、虫が寄ってきて太郎の周りを飛び回った。うるさいなあと思った太郎はその虫を捕まえ、わらしべの先に結んでしまった。それで虫はわらしべの先でぐるぐると飛び回るようになった。
 

しばらく行った所で、男の子(中井宏良)が泣いていて、母親(小野寺イルザ)が困っているようだった。ところが男の子は、太郎が持っている、虫をつないだわらしべを見ると、泣き止んで
「あれが欲しい」
と言った。
 
太郎は
「これは観音様から頂いた大事なものだからやれん」
と言う。
 
しかし母親は
「大事なもので申し訳ありません。このミカンと交換してはいただけないでょうか?」
と言って、ミカンを2個差し出すので
 
「まあいいか」
と言って、太郎は虫を結んだわらしべをミカン2個と交換した。
 

太郎はミカンは観音様からの授かり物と思っていたので、それには手をつけず、野に生えている草の実などを食べながらその日は歩いて行き、夕方になったので野宿をした。翌日は山越えの道になる。水分が必要だなと思い、竹筒に水を汲んでから山越えの道を行く。
 
すると峠付近の道端で娘(坂出モナ)が座り込んで、連れの男性(在杢)が介抱している所に行き合う。
 
「どうしたんです?」
「それが長旅で疲れて、今日は暑いのでお嬢様が熱中症になられたようで。水分が欲しいのですが、持っていた水は全部使ってしまいましたし、この付近には川とか湧き水とかも全然見当たらなくて」
 
「それは気の毒に。取り敢えず私の持っている水を」
と言って竹筒を渡す。
「ありがとうございます」
と言って娘に飲ませるが、娘はまだ辛そうである。
 
「そうだ。このミカンでも食べなさい」
と太郎は言った。
 

観音様のお告げの大事なミカンではあるが、太郎はこの娘が気の毒に思ったのである。
 
それでミカンを頂くと、ミカン果汁の水分と糖分で、娘はだいぶ落ち着いた感じであった。あらためて見ると随分可愛い子である。
 
「ありがとうございます。私は山下宿の弘田志乃と申します。お名前をお聞かせ頂けますか?」
「おらは、岩山村の太郎だ。苗字とかも無い」
 
「太郎様ですか。でも助かりました。何か御礼をしなければ。この西陣織の反物でもお持ち頂けますか?」
と言って、娘は太郎に上等な西陣織の反物を2反(たん)風呂敷に包んで渡してくれた。
 
昔は反物は“通貨”としての役割があった。それで路銀として娘も持っていたのであろうと太郎は思った。
 

太郎が更に旅を続けていたら、向こうから馬に乗った侍(七浜宇菜)がやってきた。ところが太郎の目の前でその馬が倒れてしまう。
 
侍も落馬したので
「大丈夫ですか?」
と介抱する。
 
「かたじけない。拙者は無事じゃが。馬はどうなった?」
 
と言って侍は馬の様子を見ている。
 
「息をしていない。死んでしまったようだ」
「ありゃあ」
「困ったな」
 
「どこかにいらっしゃるところだったんですか?」
「主(あるじ)の命令で京まで行き、西陣織の反物を買ってくるように言われていたのだが、馬がこれでは京まで行けない。馬を調達にどこかの町まで行くにも徒歩(かち)では時間がかかるし」
 
「西陣織ですか!?私は偶然にも西陣織の反物を2反持っているのですが、使えませんかね」
「見せてくれ」
「はい。こちらです」
「これは美しい西陣織だ。これならきっと主(あるじ)も気に入ってくれる。これを売ってくれないか?1反2両、2反で4両ではどうだ?」
「はい、お売りします」
「だったら、ついでにこの馬の処分を頼めないか。あと1両出すから」
「分かりました。処分しておきます」
 
それで侍は太郎に小判を5枚渡し、反物の風呂敷を持つと、去って行った。
 

太郎は5両は懐に入れた上で、馬はどうすっかなあと思ったのだが、死んでいるように見えた馬がよくよく見ると胸の付近が微かに動いているように思えた。太郎は近くの川から水を汲んできて馬の口に含ませてみた。すると馬は意識を回復する。太郎が更に水を飲ませていると、やがて馬は立ち上がったのである。
 
「お前、暑さでいかれてたのか?水ならたくさん飲ませてやるよ」
と言って、太郎は馬をそのまま川に連れて行き、たくさん水を飲ませた。
 
「お侍さん、急いでいたみたいだから、お前にちゃんと水も飲ませずに走らせていたのかも知れんなあ」
 

馬が元気になったようなので、太郎は馬に草も充分食べさせてからその馬を連れて旅を続けた。
 
大きな宿場町があったのでそこで太郎は小判を1枚細かいお金に両替してから、旅籠(はたご)で少し休んだ。ここまで野宿を続けていたので、久しぶりに屋根のある所で休んだし、湯を使うこともできてスッキリした。
 
(アクアの入浴シーン!! この場面は湯船にアクア1人だけが入っている状態で撮影している。なぜ他の客が居ないのかは特に説明しない。またアクアはひとりで服を脱いで湯船につかり、そこで撮影スタッフを呼んだので、撮影スタッフは誰もアクアのヌードを目にしていない)
 
旅籠の主人が太郎に
 
「あんたその服は傷みすぎだよ。古着でも良かったら売ってあげようか」
と言うので、60文(約1500円)出して、一応しっかりした長着と帯を買った、
 
旅籠の主人としては太郎の服があまりに酷いので、その服で、うちの布団には寝て欲しくないというのが本音である!
 
しかし太郎は結構清潔な服を着られたし、ここまでずっと木の実・草の実などを食べていたので、御飯を食べるのも久しぶりだった。
 

それで太郎は旅籠(はたご)の部屋でぐっすり寝ていた。
 
夜中突然
「あっ!」
 
という大きな声がするので、目を覚ます。
 
声を出したのは同じ部屋に泊まっていた中年の男性(鞍持健治)である。
 
「どうなさった?」
「いや、実は路銀の入った袋を落としてしまったようだ」
「そりゃ大変だ」
「どうしよう。取引に行きたいの行く路銀が無い。いったん家に戻るにしてもその路銀が無い」
 
「あんた商人(あきんど)か何か?」
「呉服屋をしている。取引自体は信用で出来るから、後で送金すればいいんだけど、とにかく路銀が無いことにはどうにもならない」
 
「路銀は幾ら入っていたんです?」
「10両入れていた。取引先の京まで行くのに、馬とかも使いたいし、せめて3両でもあればいいんだけど」
 
「3両貸そうか?」
「3両お持ちですか?」
 
太郎が一応きちんとした身なりなので、商人は太郎をひとかどの人物と思ったようである(服装ってわりと大事)。これがボロ着だったら、盗んだのではと疑われかねなかった。
 
「あるよ。あんたしっかりした人みたいだし、後で返してくれるなら貸すよ」
 
「助かります。だったら、証文を書きますから、もしよかったら私の住んでいる山下宿まで行って、お金を受け取ってもらえませんか?」
 
「いいよ」
と言いながら太郎は“山下宿”ってどこかで聞いた気がするなあと思った。
 
「馬も使いたいなら、私が乗って来た馬も貸しましょうか?」
「それも助かります。じゃ貸してください。あとで借り賃も払いますから」
「了解了解」
 
それでその商人は「この人に色々助けてもらった。お金と馬を借りたので、お金を3両と利子1両、馬の借り賃に2両、それと山下宿までの旅費を渡してあげて欲しい」という内容の証文を書いた。太郎は字が読めないものの、旅籠の主人が証文を読み「確かにそう書いてある」と確認してくれたので、太郎は小判3枚を渡し、馬も貸してあげた。
 
それで太郎の手元にはその商人が書いた証文、現金1両2分(*5)が残り、商人は太郎が貸してあげた路銀を持ち、太郎が連れて来た馬に乗って、京に向かって旅立ったのであった。
 
(*5)小判1枚が1両。1両=4分、1分=4朱、1朱=250文。1両を10万円とすると1文は4000分の1で25円になる。“にっぱちそば”が 2×8=16文で、1文25円とすると400円ということになる。
 

それで太郎は山下宿に行くことにした。これには半月ほどかかり、川越えなどもあったので、路銀も1両以上使ってしまい、山下宿に辿り着いた時にはお金も1分しか残っていなかった。
 
人に尋ねて、商人の家まで行く。
 
「ごめんください」
と言って中に入る。
 
「いらっしゃいませ」
と明るい娘の声がする。
 
「あれ?あなたは?」
「ありゃ、あんたは?」
 
それは太郎がミカンをあげて、代わりに反物をくれた娘だったのである。
 
太郎が事情を話し、商人から渡された証文を見せると、
 
「それは大変ありがとうございました。お金はすぐ返しますが、取り敢えずこちらでお休み下さい」
と言う。
 
それで取り敢えず休ませてもらった。
 

太郎が一応ちゃんとした身なりなので、店の者もみんな太郎を客人として大事に扱ってくれた。峠で志乃を助けた時に付き添っていた手代(在杢)も「あの時はお世話になりました」と挨拶していた。
 
志乃が小判の束を持ってくる。
 
「父がお借りした3両と利子の1両、馬の借り賃2両で合計6両。この他に路銀をお支払いしますね。ここまでどのくらい掛かりました?」
 
「御主人と会った場所からここまでは半月かかって使った路銀は1両1分くらいかな」
「太郎様の住んでおられる村までの旅費は?」
「うーん。よく分からないなあ」
 
「太郎様はお百姓様ですか?」
「耕す田んぼとかでもあればいいんだけど、何も無いから、田畑を持っている人に雇ってもらって日銭を稼いでいた。家も無いからお寺の小屋で寝泊まりしてたし」
 
「ご家族は?」
「両親は20年くらい前の飢饉で死んじまった。姉貴がいたけど、5年くらい前いなくなってしまった。生きているのか死んでいるのかも分からねえ。おらはお寺の和尚さんから、坊主にならんかとも言われたけど、坊主はあまりしょうに合わない気がして」
 
「太郎さん、頭良さそうだから、お坊さんにもなれそうなのに」
「おら、字も読めねえよ」
 
「でも帰るお家とかも無いのでしたら、良かったら、ここにしばらく滞在なさいませんか?字くらい教えますよ」
 
「それもいいかなあ」
 

それで結局太郎は、この商家に留まることにした。客人だから何も仕事はしなくていいと志乃は言ったのだが、それでは申し訳無いと言って太郎は、荷運びや掃除などの仕事をした。そして毎日志乃自身が太郎に字と算盤(そろばん)を教えてあげた。
 
やがて主人が京から戻るが
「いや、あなたは命の恩人です。立ち往生するところを助けてもらいましたし、おかげで良い取引もできました。しかしそうですか。娘もあなたに助けて頂いたのでしたか。本当にありがとうございました」
 
と言って、太郎にぜひしばらくここに滞在してくれるよう言った。
 
その後、太郎はこの商家でたくさん働き、字の読み書きや算盤(そろばん)も覚えて1年後には手代(てだい)になる。彼は商才があり、特に売れ筋の商品を見分ける力があった。それで大いに店を盛り立てる。3年後には若番頭に取り立ててもらい、店を益々大きくした。太郎は小さい頃から散々苦労して生きてきていたので、よく気配りをし、人に優しかったのでみんなから愛された。
 
そして5年後には、志乃の婿にと望まれ、太郎はこの店の若旦那となった。彼はその後もたくさん働いてお店は他の宿場町に支店を出すまでになり、彼はとってもお金持ちになったのであった。
 
「あの時、私が苦しんでいた時にあなたと出会って、あれがきっかけで結局あなたには父も助けてもらったし、私たち、きっとお星様が導いてくれたのよ」
 
と志乃は明るく太郎に語るのであった。
 
 
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【夏の日の想い出・星導きし恋人】(4)