【夏の日の想い出・星導きし恋人】(3)

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「変な夢だったぁ」
と月乃岬(東雲はるこ)が起きたかと思ったら声をあげるので、彼氏(平野啓太)とメールしていた落合茜(町田朱美)は
「どうしたの?」
と声を掛けた。
 
2人は同じ部屋に隔離されベッドを反対側の壁に付けて寝ている。
 
「隔離してもらうと言われて、サクマ・ドロップの缶みたいな所に入れられるの。でも渡される食料が3日分くらいしか無くて。その缶がまたブリキの石油缶みたいなのの中に入れられて、土の中に埋められて上から土をかけられちゃうの。そして2週間後に掘り出してあげるからって言われたけど、食料が少ないよーって思った所で目が覚めた」
 
常識外れに少食な岬のいう「3日分」の食料って、普通の人にとっては2〜3食分かも知れない、と茜は思った。でもそれより・・・。
 
「それ隔離というよりまるで人柱だ」
 
「あ、そんな気がする」
と言ってから、岬は言った。
 
「たぶん私、前世では人柱にされてる」
「まあ岬みたいに霊感のある子はそういうのに選ばれやすいと思うよ。きっと前世では巫女とかしてたのかもね」
「前世では巫女だったでしょ、って過去に何度か言われた。でもそれにしては、金沢ドイルさんに除霊してもらうまで、天狗岩の霊障に気付かなかったけど」
 
「ドイルさんは凄すぎるもん」
 
そして茜は言った。
「あの時期は、岬は男の子の身体に閉じ込められていたから、本来の霊感が充分働かなかったのかもよ。除霊してもらった後、歌手として売れちゃったのは、除霊と前後して岬が女の子の身体に変化してしまって本来の能力が目覚めてきたからかもね」
 
「確かに女の子の身体になってから神経が研ぎ澄まされる感覚になること多い。生理はきついけど」
 
「岬、やせすぎだもん。コスモス社長からも、もう少し体重増やしなさいって何度か注意されたね」
 
「うん。でもなかなか体重増えなくて」
 
あの食事量では体重が増えるわけないと茜は思う。
 
「昔、この事務所のタレントさんでダイエットのせいで生理不順が酷くて、引退して結婚してからもなかなか赤ちゃんに恵まれなかった人がいて、その人からの意見で、うちの事務所はダイエット禁止になったらしいよ」
 
「寮の御飯も無茶苦茶多いよね!」
「無茶苦茶というほどでもないと思うけど。好永ちゃん(恋珠ルビー)とか、舞美ちゃん(常滑真音)とか、いつも『お腹すいたー』と言ってて、かなり自分でも料理作って食べてる」
 
「元気いいなあ」
「はるこちゃんも頑張ろう」
「うん」
「隔離中はジョギングとかもできないし、取り敢えず腕立て伏せとかする?おっぱい大きくなるよ」
「おっぱいはもう少し大きくなってもいいなあ」
と東雲はるこは朱美のバストを羨ましそうに見ながら言った。
 

「ボク、最近バストが急成長したみたいで」
と雅水は久しぶりに男子寮を訪れた姉(元兄)の信希に言った、
 
「へー。まあそういう時期もあると思うよ」
「今までのブラジャーとかブラウスとか入らないからお姉ちゃんの借りてた。それと男子制服も胸がきつくて」
 
「じゃ、取り敢えずブラジャーとブラウスは新しいの買ってあげるよ」
「うん」
 
それで信希はメジャーを出して妹(元弟)のバストサイズを計ってあげた。
 
「アンダー66, トップ80か。これならC65だと思う」
と信希はブラジャーのサイズ一覧表を見ながら言う。
 
「Cなの!?」
 
まだCなんて着けるには心の準備が足りないよーと雅水は思った。
 
「これなら今着けてるのでもきつくない?」
「少し」
「じゃC65を頼もう」
と言って、信希はウィングの通販サイトに接続してC65のブラジャーとショーツのセットを取り敢えず5セットオーダーした(全てベージュ:同色であると、“片方紛失して色が揃わなくなる”問題が起きない)。
 
またブラウスに関しても、信希が着けていたブラウスより、ひとつ上のサイズの白い半袖ブラウスをこちらはセシールで頼んだ。
 
「お前、ブラ線がブラウスにすけても平気?」
「今更だし」
 
でも取り敢えず、ブラウスの下に着けるグレイのアンダーシャツも頼んだ。ブラジャーの上にこれを着てからブラウスを着ればブラ線は見えない。
 
もっともバスト自体がこれだけあれば“ブラ線”は見えなくても、“おっぱい”自体がかなりあるのが目立つだろう。
 
「学生服もバストのひとつ大きいの頼んであげるよ」
と言い、信希は先日から“女子用男子制服”を販売始めたと聞いていた制服メーカーのサイトに接続し、雅水の生徒手帳をスマホで撮影したものを添えてCカップサイズのバストが入る学生服を頼んであげた。代金は自分のスマホのPaypayで支払った。
 
なお信希は「お前、女性ホルモンが利きすぎてるからしばらく飲むの休んだ方がいい」と言って、妹の部屋を出る時、雅水が所持していた女性ホルモンの製剤を全て回収して出ることを忘れなかった。実際には今後はもう必要無い。
 
またトイレにナプキンの袋が置いてあり、使用した形跡があるのも見て頷いた。
 

彼は“した”後、液体をティッシュで受け止めてから、首をひねった。
 
「なんか最近薄い気がする。やはりしすぎなのかなあ。でもセックスは週に1回くらいしかしてないのに」
 

2021年5月16日(日).
 
小浜のミューズシアターを使用して、アクアの春のライブが行われた。むろん無観客で、あけぼのテレビ方式のネット中継である。画像接続2000人と音声接続5000人が抽籤で会場に並べられたモニターおよびスピーカーから応援する。その他1万人のファンの写真または自画像の書き割りが並んでいる。定員2万人のミューズ・シアターが完璧に埋まっている感じである(アクア以外の歌手の場合は、会場途中に仮壁を設置して定員7000-8000人程度の状態にして使用する。壁が動いて定員が変わる横浜アリーナのような運用である。
 
バックダンサーは中国地区の信濃町ガールズが務めた。
 
司会はYe-Yoが担当した。Ye-Yoは、震災イベントではラピスラズリのライブの司会をしており、こういう大役は2度目である。元々トークはうまいこともあり、前回より落ち着いて司会を務めることができた。
 
常滑真音を使う案もあったのだが、最近の彼女のスケジュールがかなり恐ろしいことになっているので、その中で小浜まで往復させるのは可哀想、ということでまだ少しはスケジュールに余裕のあるYe-Yoにお鉢が回ってきた。
 
また、ラピスラズリが隔離されている時に万一ライブ絡みでクラスターでも発生した場合、アクアと舞音まで使えなくなると、どうにもならなくなるから、取り敢えずラピスの隔離明けまでは、アクアと舞音は同じイベントには入れないようにしようという配慮も働いている。
 
アクアは前半は白く可愛いドレス姿で現れ、物凄い歓声があがっていた。主として北里ナナ名義で出した歌を中心に歌った。
 

ゲストタイムは、甲斐波津子のピアノ伴奏で甲斐絵代子(Ye-Yo)が歌うという姉妹パフォーマンスで盛り上げる。
 
セカンドゲストとしては“偽ラピスラズリ”と称して、お揃いのセーラー服を着た、すずくりこ・ゆきみすずが出て来た(*2) そして本家ラピスラズリのヒット曲を歌った。
 
アクアの観客は《スノーベル》を知らないとは思うが、歌が上手いのでみんな「どこのおばさんだろう?」とは思いながらも、手拍子を打ってかなり熱心に聴いてくれた。
 
(*2)年齢は書いたら叱られるかも知れないが54歳である:54歳でセーラー服を着ても取り敢えず見苦しくないのは2人とも体型をキープしてるし見た目もまだ若いからである。実際2人の年齢は40歳くらいと思った観客が多かったようである。
 

その2人が退場した後は、まだゲストタイムで着たブルーのドレスを着たままのYe-Yoが
「作曲家のすずくりこ先生、作詩家のゆきみすず先生でした。お二人は1987年から1991年まで“スノーベル”という名前でアイドル歌手ユニットを組んでおられたんですよ。当時は凄い人気だったみたいです」
と解説したが「へー」みたいな顔をしている観客が多かった。観客の多くがまだ生まれる前の話である。
 
「でも、すずくりこ先生は実はご病気のせいで、耳がほとんど聞こえないんです。それなのに作曲もするし、こうやって歌も歌えるって凄いですね」
と言うと、観客はかなり驚いたようで、相当のざわめきが起きていた。
 
「すずくりこ先生は片目にゴーグルみたいな眼鏡を付けておられましたが、実はあれは自分の歌った音の音程を視覚表示してくれる装置で、それを参考にしながら歌っておられたんですよ」
というYe-Yoの説明には、かなりの反響があった。
 
後半のアクアは一転して王子様衣装でアクアのこれまでのヒット曲を軌跡を辿るように歌った。
 

なお回線接続数は今回料金を少し高めに設定したこともあり、昨年夏のように回線ダウン寸前まで行くことはなかった。
 
「でも男装で登場した後半の方が女っぽい気がした」
「前半のドレス姿も可愛かったけどね」
「やはりアクア様は完全に女の子になってきたから、男装の方がかえって女らしさが強調されるのかも」
「早く性別を変更したこと、正式に発表すればいいのに」
「それやはり20歳の誕生日に発表するんじゃないの?」
「誕生日に何か発表するらしいという噂はあるよね」
 
「それとNHKに、アクアを戸籍上男だからといって白組から出すのやめて下さい。本人は実際には女の子なんだから紅組から出してあげて下さい、という意見が大量に殺到しているらしいよ」
 
「あ、それ私もメールしておこう」
 

余談だが、すずくりこが使用していたシステムについては、問い合わせが殺到。半年後にはこの装置が一般発売されることになる。量産できるものではないし、個々の人に合わせてかなりの調整も必要であるし、利用困難と判定される場合もある。価格も1個300-400万円するが、国から補助金が出ることになった。実際には挑戦した人の7割が利用困難と判定されたが、利用できた人は「歌を取り戻すことができて」歓喜の声をあげた。
 
前提として口話法ができる必要があり、またかなりの音感のある人でないと無理。つまり元々音痴の人には使えない。でも1人この装置でヴァイオリニストに復帰した人もいて、世界に報道された。ヴァイオリニストは元々非常に精密な音感を持つのでこの装置が利用できたのである。
 

2021年5月13日(木・大安・さだん)。
 
アクアFが『シンデレラ』の撮影で頑張り、アクアMがライブの練習で頑張っていた時期になるが、アクアは自分の個人会社アクア・アクア・アクア株式会社(Aqua Aqua Aqua corporation) を設立した。略称は Aqua3(aqua cubed) である。この作業は前々から、この日に登記してくれるよう、司法書士さんにお願いしておいたものなので、アクア自身は当日は作業に関わっていない!
 
この日付は
(1)新月〜満月の間(月が次第に膨らんでいく時期)
(2)太陽も月も地上に出ている時間帯
(3)当然ボイド期間は避ける
(4)法務局が開いている日時!
 
という条件で選択したものである。候補は5月では
 
2021.05.12(水.仏滅.平) 8:30-17:15
2021.05.13(木.大安.定) 8:30-17:15
2021.05.14(金.赤口.執) 8:30-17:15
2021.05.17(月.先負.成) 8:30-15:21
2021.05.18(火.仏滅.納) 9:26-17:15
 
であったが、十二直が“定(さだん)”となるこの日を選んだ。この日なら何時でもいいですと言っておいたのだが、司法書士さんは「こういうのは朝がいいですよ」と言って、朝一番に登記してくれた。
 
アクア・アクア・アクアというのは3人のアクアの会社という意味で、アクアが自分たちで考えたものである。
 
会社を作って特に何ということもないのだが、この日が日取りが良かったので、誕生日を前に設立した。資本金は“取り敢えず1億円”である。株主はアクアが97%(社長)、私、千里、コスモス、が1%(100万円)ずつである。アクア以外の3人は無役の取締役になっている。
 

若葉は7月くらいに予定しているアクア写真集の発売と、それに合わせて“鏡の迷宮”を公開するのに合わせ、交通がネックであったミューズリゾートについて、ロープーウェイの導入を決めた。
 
ミューズパークより下方の県道沿いに大きな駐車場を作り、そこからミューズ空港までの間にケーブルを張ってロープーウェイを設置したのである。
 
ゴンドラは6人乗りの小さなもので、これを当面は原則3人で運用する。相席は家族や友人、同性の同僚に限る。子供の場合は(親が抱く乳児を除いて)全部で6人以内であれば親と一緒に乗せる。
 
ミューズパークの駐車場(100台程度は駐められる)があふれる可能性を考え、県道そばに、小浜市と共同で5000台収容できる駐車場“ミューズ駐車場”を作ったので(元々あった空き地を整地してアスファルト舗装し駐車枠の白線を引いただけ)、そこから、ミューズパーク、ミューズタウン、ミューズヒル、そしてミューズ飛行場までを結ぶ。索道の総延長は3kmほどである。
 

 
 
ゴンドラは各々隣接する駅までを往復するが、降りずに次の区間へ直行させることも可能である。このような方式にしたのは、区間ごとに輸送密度が大きく違うことが予想されたためである。
 
各々の“駅”では、ゴンドラはいったんケーブルから外れて停止(放索)するので、そこでゆっくり乗り降りできる。乗り降りが完了したらゴンドラはまたケーブルに留めて(握索)移動していく。スキー場のゴンドラなどでよく見られる方式である。直行させる場合は下から昇ってきたゴンドラをそのまま上に向かうケーブルに留めてしまうが、この作業はゴンドラに設定されていて自動で行われる。料金は全線200円均一なので駐車場から飛行場まで行っても200円である。(飛行場に用事がある人は直接飛行場の駐車場に乗り入れた方が良いと思う)
 
ゴンドラは乗ろうとしている人の数を見て適宜追加・削減する。取り敢えず50個発注したので、大型バス2台分程度の輸送能力である。座席は消毒清掃がしやすいプラスチックシートである。座席と手摺りは乗客が降りる度にアルコールを含む布で拭かれる(自動掃除)。乗客にも乗り降りの際に手をアルコール消毒してもらう。また非接触式の体温計で体温チェックをしていで体温の高い客は警備員が排除する。
 
コロナ状況下では大型の輸送器具があまり好ましくないので、こういうものを考えたということだった。コロナが落ち着いたら大型のゴンドラに交換して大型輸送機関として運用することも可能だと若葉は言っていた。そのためケーブルは最初から大型のゴンドラを支えられる仕様のもので作成する。
 
「要するに索道式エレベータだよね」
などと若葉は言っていたが、確かにエレベータの感覚にとても近いと思う。唐津城の“斜行エレベータ”(むしろ登山エレベータ?)などに近い気もする。
 
自動消毒システムはほぼ実験のレベルなので、随時改良していくと言っていた。
 
ミューズタウン上空を循環する支線も作ったので、このロープーウェイに乗って、ミューズタウンの“碁盤公園”を空中から観覧するのもよい。つまり、単なる移動手段としてだけでなく、遊覧のための設備としても使える。
 
また碁盤公園は周囲約800mを循環する“電動SL”と屋根付きトロッコ列車を導入することも決めた。SL(蒸気機関車)の形をした充電式の電気機関車(イギリスなどで非電化区間に従来のディーゼル車の代わりに導入が進んでいるもの。日立製)で駆動音が静かである。ちゃんと連結棒も動くし、蒸気(ただの水蒸気)も出る。トロッコ列車にしたのは、客車を密にしないためである。外気に曝されていれば比較的安全だ。
 
他に、市側はこれを最も広報してくれたようだが、鏡の迷宮に隣接して30m×30mの“マウンテンプール”、ミューズパークの一角に40m×40mの“ビレッジプール”を作り、両者の間をスライダーと歩くプールでつないだ。
 
このプールは感染拡大防止の観点から、当面の間、小浜市・舞鶴市・敦賀市および間に挟まれた美浜町・若狭町・高浜町・あおい町の住民のみが利用可能で、運転免許証などで住所を確認できないと入場できない。また未就学児は親または中学生以上の兄姉が抱いて滑り降りる必要がある。80歳以上は申し訳無いが使用禁止である。年齢は係員が見た目で判断して声を掛けるので、90歳でも60歳に見える人はスルーになる。でも見た目の若い人はそもそも肉体も若いことが多いので、多分その運用で問題無い。
 
スライダーは斜面部分のみなので、碁盤公園の部分では、SLの隣を歩いて行くことになる。ビレッジ側からマウンテン側に行くには並行した“昇るイルカさん”に座っていけば良い。イルカさんは循環しているので降りて行くイルカさんもあるが、危険なのでこれには人を乗せない。
 

 
 
なお、夏季以外はこのスライダー部分にロング滑り台を設置する予定である。
 
「冬はどうすんの?」
「スキー場にしようかなあ」
「そこまで雪はつもらないと思うけど」
 
そして、藍小浜と碁盤公園の間の空きスペースに屋台村(夏季のみ営業)を作ることにした。小浜市内の飲食店からテイクアウト用の料理を買い取り、ムーランのスタッフで販売するのを基本とするが、お店が自分でそこに商品を持って来て販売してもよい(但しムーランの“感染防止基準”を守ってもらう)。
 
そこで食べ物を買って、碁盤公園内のベンチに座って食べてもらえばいいという趣旨である。。各ベンチにはゴミ箱を完備してポイ捨てを防ぐ。また、清掃スタッフ(防護服着用)も巡回してクリーンな状態を保つ。
 

また、ミューズ飛行場を拠点として、ヘリコプターによる若狭湾遊覧飛行なども実施することを決め、ヘリコプターを4機も購入した。これでかなりリゾートっぽくなってきた。藍小浜は昨年大浴場を増設したが、今年春には旅館棟も増築した(以前ヘリポートのあった場所に建物を建てた)。とにかく当面は客の密度を下げるためにお金を使う。
 
「冬、ヘリコプター“4個”買うからさ、冬も“1個”買わない?そしたら5個まとめて発注するから。5個だと少し安くなるのよ」
と、若葉は私に電話して来て言った。
 
「でもヘリコプターとか使うかなあ」
「最近、郷愁飛行場と東京ヘリポートの間で結構ヘリ飛ばしてるみたいじゃん。1個買っといたら?そしたら気兼ね無く使えるし」
 
「ああ、それは使うかも知れない」
 
ということで§§ミュージックでもヘリを1機買うことにした。基本的には若葉の言う通り、郷愁飛行場と東京ヘリポートの移動用である。これを主として使うのは、コスモスとアクアになりそうである。コスモスは本当によくあちこち飛び回っている。新木場の東京ヘリポートを使うことで節約できる時間は30分程度にすぎないが、その30分が惜しいのが、コスモスとアクアだ。
 
機種はエアバス・ヘリコプターズ社のAS355“Twin Star”エキュレイユ2(Ecureuil-2 6人乗り) である。エキュレイユは(動物の)リスの意味である。私もこの機種には過去に何度も乗っているが、ヘリにしては高速(200km/h)である。航続距離が700kmほどもあって使い手がある(Do228は400kmしかない)。双発機で安全性も高い。熊谷と小浜の距離は330kmなので余裕でその間の移動にも使える。むしろ“移動”に役立つヘリであり、“遊覧”用途には微妙な気もするが、まあいいのだろう。
 
千里が個人で所有していて以前ミューズタウンのヘリポートに置きっぱなしにしていたもの(多くの人がただの展示で、飛ばないのだろうと思っていた。現在はミューズ飛行場にずっと駐機していることが多い)、また若葉が個人用に実際使用して、それであちこち飛び回っているものとも同型機であり、パイロットの融通が利くのも利点だと私は考えた。価格は9000万円ということだった。5機まとめて買うので“少し”安くなったと言っていたが“かなり”安い気がする。パイロットはムーランエアーで募集を掛け、1人をこちらに出向扱い(関東勤務)にして専任パイロットになってもらう予定である。
 

アクアを女役だけをするドラマに出したことに怒りを露わにした人物が居た。
 
アクアプロジェクトの事実上のリーダー絹川和泉である。
 
和泉はコスモスの所に来て厳重に抗議するとともに
 
「揺り戻すよ」
と言って、アクアが間違い無く男子であることを見せるドラマの話をまとめてしまった。
 
放送局は昨年夏、放送回数4回の短編ドラマ『サーファーたちの夏』を放送したЯRテレビである。ネット局の数は少ないものの、アクアが主演するドラマであれば、遅れネットでも放送してくれる地方局が出ることを期待できる。取り敢えず首都圏や関西圏の視聴者は見てくれる。
 
タイトルは『夏の飛び魚』という、オリンピックを目指す若者たちを描いた群像劇で、とてもタイムリーな企画である。今回も放送回数は4回である。アクアを男子水着姿にするので、確かに胸が無いことを視聴者にアピールできる。
 
「でもそもそもオリンピック、本当に開催されるの?」
と疑問の声があがるが
 
「開催されると信じて動かなきゃ、何もできない」
と和泉は言う。
 

出演者として、日本水連!に乗り込んで交渉し、今回のオリンピックには出ない中堅の男子選手・女子選手10人ずつに出演してもらう話を付けてしまった。水連も広報になるというので喜んで協力してくれた。加えて、代表選手の過去の大会での映像も一部提供してくれた。今回はそういう訳で水連の全面的な協力の下に制作できた。
 
俳優・女優さんとしては、“100mを4分程度以内に泳げる人”というのを条件に人選を進めた結果、8人の男性俳優、10人の女性俳優を、和泉自ら審査するオーディション(演技テストの後、深川アリーナで実際に100m泳いでもらった)で選んだほか、最近一部で人気が高まりつつあった男子大学生バンド“クロード・プッシー”の4人を丸ごと採用。また大人気ガールズユニット UFOの3人も丸ごと採用した。UFOのメンツはYe-Yoなども出演している『3×3大作戦』で様々なスポーツをやらされて鍛えられているので、水泳も平気で2000m程度は泳ぐことができる。スピードはやや遅めだが、いいことにした。
 
でも出演者の多くがアクアは“オリンピックを目指す女子水泳選手”の役だと思っていたので“男子水泳選手”の役と聞いて驚いた。
 
「おっぱい曝すの、まずくないですか?」
「アクアにはおっぱいとか無いから大丈夫」
「そんな馬鹿な」
「彼女Dカップくらいありますよ」
 
「ちなみにアクアちゃんの水泳の実力は?」
「日本水連の資格級で女子10級の認定証をもらっている(*1)」
 
(*1)100mを59.26秒で泳げば女子の10級である。男子だと6-7級相当。
(日本水連の資格級は“数字が大きいほど優秀”。一般的な級とは逆である)
 
「それ結構速い気がする。小さな大会なら入賞できそう」
「あれ?でも女子なの?」
「送られてきた認定証を見たら女子と書かれていた」
「やはりアクアちゃん女子なのでは?」
 
しかし実際にアクアが男子水着姿で登場すると
「なんでアクアちゃん、胸が無いの〜?」
と共演者たちの声。
 
「だって、ぼく男だし」
「君、本当にアクアちゃん?」
 
「吹き替えで誤魔化していないことを証明するために、彼女にも参加してもらった」
 
と和泉が言って連れて来たのはアクアの高校時代の同級生・星原琥珀(##プロ)である。但し彼女は選手の役ではなく、選手の友人役である。昨年放送した『サーファーの夏』では、アクアが間違い無く本人であることを確認するのに、わざわざ松梨詩恩が出演していた番組にアクアをゲスト出演させたのだが、松梨詩恩は§§ミュージックの系列プロダクション♪♪プロの所属である。そのため松梨詩恩は所属事務所との関係上嘘をついたのではと疑う声もあった。そこで今回は§§ミュージックと全く関係のないプロダクションである##プロに所属している星原琥珀を連れてきた。##プロは、この業界では老舗プロダクションのひとつで§§ミュージックにも∞∞プロにも影響を受けない。
 
和泉が男子水着姿のアクアと、女子水着姿の星原琥珀にしばらく会話させる。琥珀がふざけて?アクアの身体にあちこち触ってる!
 
「間違い無くアクアちゃん本人だと思います」
と星原琥珀は証言した。
 
ということでやっと撮影は始まったのであった。
 
「だけどアクアちゃん、乳首が大きいね」
とクロード・プッシーの坂月が言う。
 
「子供の頃からの病気の治療薬の影響で大きくなったまま戻らないんですよ。治療薬の投与はもう中学時代に終わっているんですけどね」
とアクアは言っていた。
 
「ああ、高校1年の頃はアクアちゃん、胸が微かに膨らんでいて、やはりおっぱいの出来かけなのでは?と思ったけど、3年生の頃は膨らみはほぼ消えていたね」
 
などとアクアを水泳の授業でも見ていた星原琥珀は証言した。ただし琥珀は高校時代のアクアが“いつも女子水着を着ていた”ことや女子更衣室で着替えていたことは言わなかった。実は同じ更衣室で着替えていたからアクアの実胸を見ていたのである!
 
しかし乳首が大きいことは昨年のドラマでも指摘されていた。
 
逆にそういう乳首を持つことがアクア本人である証明にもなるというのが和泉の意図でもあった。
 

撮影は、九十九里浜の海岸と、深川アリーナのプール、大会シーンは郷愁村の50mプールを使用しておこなった。出演者は(星原琥珀以外)みんな深さ3mの50mプールでちゃんと泳げる人たちである。
 
放送はアクア主演『シンデレラ』が6月5日(土)、『夏の飛び魚』の初回が6月6日(日)と2日続けての放送となり、どちらも物凄い視聴率となった。
 
『シンデレラ』には
 
「建前は男だろうけど、中身は女じゃん」
「ごめんね。私本当は女の子だったの」
 
など。まるでアクアが性別をカムアウトするかのようなセリフがあり「とうとうアクアが女の子であったことを認めた」と凄い騒ぎになった。しかし翌日放送されたドラマではアクアが胸を曝した男子水着で登場してまた騒然となった。
 
あらためて記者から取材を受けたアクアは
「ぼくは男の子ですよ。女の子の格好で撮った水着写真とかはフェイクです、と、おことわりしているはずです」
とポーカーフェイスで語った。
 

さて、ラピスラズリであるが、5月22日にようやく隔離生活から解放された。その間3回のPCR検査を受け、いづれも陰性であった。
 
一緒に隔離されていた倉橋マネージャーともども事務所に来てコスモス社長に謝罪する。
「アクアさんにもご迷惑おかけしてしまって。謝りたいんですけど」
「そもそも君たちのせいではないけどね。それにお互い忙しいから、わざわざ時間を取るのももったいないし、君たちの気持ちは伝えておくよ」
「はい。すみません」
「そうだ。取り敢えずワクチン打って」
「ワクチンあるんですか?」
「他の事務所や放送局とかには内緒にしててね」
と言ってコスモスがどこかに電話をすると、白衣を着た女性が来て、東雲はるこ、町田朱美、それに倉橋マネージャーにも注射をした。
 
「ここで1時間待機して下さい。何かあったらすぐ呼んで下さい」
「はい」
「3週間後に再度接種します」
「分かりました」
 
白衣の女性が出ていったあとコスモスは言った。
 
「それで君たちの次の仕事だけど“昔話シリーズ”第三弾の撮影予定が入っているから、1時間の待機時間が終わったら、ここに向かって」
と言って、コスモスは撮影場所を記した紙を倉橋マネージャーに渡した。
 
「これ『シンデレラ』の撮影場所ですよね?」
「同じ場所で、今度は君たち主演で『人魚姫』を撮るから」
「わっ」
 
昔話シリーズの第二弾『シンデレラ』に出演するはずが、出られなくなり、急遽アクアがポリシーに反して女役だけの出演をしてくれたが、ラピスラズリのほうは第三弾の企画『人魚姫』にスライドさせることになったのである。この企画には裏事情もあったのだが、それは後述する。
 
配役はこのようになっていた。
 
マリナ:人魚姫 東雲はるこ
ヘンリー:王子 松田理史
マリア:王子の結婚相手 町田朱美
アリナ:王子の侍女 内野音子
ベルタ:人魚姫の姉 宮村尚子
魔女 滝野英造
風の精霊 松元蘭
 
松元蘭は白鳥リズムや羽鳥セシルの同級生のアイドル歌手で、はるこ・朱美の高校の1年先輩である。歌手が本業だが、演技も結構評価されている。
 
内野音子(うちのねこ)は最近では『夜はネルネル』のアシスタントとして名が通っており、司会者のネルネルたちを始め、揚浜フラフラ・健康バッドなど、放送倫理を突き抜けたメチャクチャな芸人たちを何とか放送可能なレベルに抑え込んでいることから“猛獣使い”の二つ名を付けられている。
 

「配役聞いたよ。両手に花でいいね」
とアクアが言うと
「お芝居なんだから嫉妬するなよ」
と“彼”は言う。
 
「そうだね。ボクもお芝居の中では色々な女の子と恋人役もするし」
「龍の場合は、むしろ色々な男の子と恋人役している気がする」
「なんだ妬いてるんだ?」
「龍こそ妬いてるじゃん」
 
「今日は決裂かな。帰ろかな」
「朝御飯を食べてから再度話そうよ」
「ふーん」
「だから朝御飯の時間まではうちに居ろよ」
「結局“したい”のか」
と言って、アクアは“彼”にキスした。
 

アクアは最近しばしば深夜のデートをしているが、彼のマンションへの交通手段はバイク(Yamaha YZF-R25)を使っていることにしている。
 
でも本当はバイクごと《こうちゃんさん》に頼んで転送してもらっているだけで、実際の走行はほとんどしていない。《こうちゃんさん》はバイクで走っていて事故でも起こされては困るとアクアに言った。それで彼は、確実に避妊することを条件にこのデートに協力してくれている。
 
「取り敢えず彼氏の睾丸を除去しとくかな」
「それじゃ立たなくなるよぉ」
 
《こうちゃんさん》としては、Fだけが残ってしまった(と思い込んでいる)アクアに女としての自覚が育つようにするには、男の子と付き合うのも悪くはないと思っている。彼としてはできたら今年中にも「身体が自然に変化して女の子になっちゃいました」という記者会見をさせるつもりでいる。アクアFの身体を医者に見せたら、半陰陽だったという診断書を取るのは容易だろうとも考えている。
 

アクアは身体が揺れるような感触で目が覚めた。
 
「彩佳!?」
「あ、目が覚めた?寝てていいよ。仕事で疲れてるでしょ?全部私がしてあげるから」
「何か入れられてる気がするんですけど」
「大丈夫。本でだいぶ勉強したから、Gスポットに当たって気持ち良くなるように刺激してあげるね」
「ひゃー」
 
「ところで中出ししてもいい?」
「ぼくまだ妊娠したくないんだけど」
 
彩佳は最近、夕食を運んできた後、そのまま18階の方にいることがよくあり、Fが「使っていいよ」と言ったので、Nの部屋を使っている(彩佳の衣装ケースまで置かれている)。しかし彩佳がいる日はFはこのマンションで寝られず、浦和の千里の家の地下で夜を過ごすことも多い。
 
「マンション2個、2億6500万出して買ったのに、どちらにもいられなくて千里さんの家の隠れ部屋で夜を過ごすしかないって、何だかすごーく割に合わない気がする」
などとアクアFは文句を言っていた。
 

ラピスラズリの2人は川崎市のオープンセットに行って、そこで『人魚姫』の撮影に臨んだ。最初、人魚姫と姉(宮村尚子)がふたりとも人魚の衣装をつけ海底という設定の岩に座って歓談しているシーンを室内(ブルーバック)で撮影する。
 
翌日は、外に出て、王子の船が沈没し、人魚姫が王子を助けるシーンの撮影をすることになる。船が揺れて船員や乗客が右往左往する場面を撮影した後、救助シーンの撮影に行く。ところがここで困った問題が発覚する。
 
「はるこちゃん、泳げないの〜?」
「ごめんなさい」
 
「どうする?」
とディレクターが脚本家と顔を見合わせる。
 
「朱美ちゃんは泳げる?」
「泳げますが」
「2人の配役入れ替えちゃう?」
という意見も出るが
 
「人魚姫は東雲はるこ。これは制作部長の指示だから動かしてはいけない」
と鳥山プロデューサーは言う。
 

対策として、潜水夫に支えさせるとか、水中に平均台みたいな構造物を置き、歩いて演技できるようにするとか、陸上で演技させて水をCGで書き込むとか、検討していた時、山村勾美マネージャーがやってくる。
 
「撮影進んでますか?はるこちゃんあまり体力無いからって社長が心配してたから代わりに様子見に来ました」
「ああ、山村さん、ちょっとご相談があるのですが」
と鳥山プロデューサーが山村と少し話をする。
 
「ああ、はること、わりと顔が似てる女の子がいるんですよ。実は昨年も何度かビデオ撮影で代役に使ったんですが。その子を呼びます。あの子は泳げたはずです」
 
それで山村が急遽呼んだ、蕪島順子ちゃん(バイク Kawasaki Z400 で走って来た)という子を見て、ディレクターが
 
「よく似てるねぇ」
 
と驚いている。
 
「君、どのくらい泳げる?」
「10kmくらいは遠泳で泳いだことありますけど」
「おお、オープンウォーターの経験があるなら助かる。ちなみに人魚姫の衣装つけて泳げたりしないよね」
「大丈夫だと思いますよ。ドルフィンキックすればいいし」
 
それで蕪島順子がロングヘアのウィッグをつけ、下半身が魚仕様になっている人魚姫の衣装を付けて(海に見立てた)池の中に入り、気絶しているふりをしている松田理史くん(彼も本当は泳げる)を助けるシーンを撮影した。撮影に使ったのは、船のセットから4-5m離れた場所で、水深は3mくらいである。ここは船を制作設置する時に池底の泥を取り除いており、水草なども無いので足を取られたりする恐れはないし、水自体もきれいである(後述)。
 
撮影は、潜水夫が持った水中カメラ、水上に浮かべた小舟から撮る水上カメラ、船のセットの上から俯瞰するように撮るカメラで、三方向から同時撮影する。船の上から人工的にシャワーを掛けて雨の中を模している。念のため看護師がスタンバイしている。
 
蕪島順子は
「ボク、はるこちゃんほど、おっぱい無いけどね」
などと言っていた。確かに貝殻ブラジャーで胸の膨らみが完全に隠れている。
 
でも、はるこも
 
「私もおっぱい小っちゃいもん」
と言っていた。
 
ともかくも山村が偶然(本当は千里の指示で)来てくれたおかげで、蕪島順子の代役により、この王子救助のシーンを無事撮影することができたのであった。
 

今回のドラマはかなり原作通りに近い。但し流れの不自然な所を現代的解釈にあらためている。
 
沈没した船から人魚姫(東雲はるこ)が王子(松田理史)を助けるが、浜辺まで連れて行った後、散歩に来た修道女(町田朱美)が王子を介抱する。それで王子は自分を助けてくれたのは彼女だと思い込む。
 
船のセットを作った池の東岸に砂浜が形成されているので、この場面はそこで撮影された。その砂浜に行く道は無いので、出演者と撮影隊は数台の本格的なSUV(ランドクルーザーやアウトランダー)に分乗してそこまで行った。
 
ここでは
・人魚姫が気絶している王子を何とか砂浜まで連れてくる
・修道女の衣装を着けた町田朱美が近寄ってくるので、人魚姫が逃げる
・修道女が王子を介抱する
-----
・王子が裸で倒れている人魚姫を介抱するシーン
・人魚姫の姉が人魚姫に短剣を渡すシーン
 
を撮影した。王子を連れてくるシーンは水深が浅いので東雲はるこ自身で演技しているが、腕力が無い!ので実際はかなり王子役の松田が自分で歩いている。
 

自分が助けた王子のことが忘れられない人魚姫は魔女のところに行き、美しい声と引き換えに人間の姿に変身できる薬をもらう。しかし王子と結婚できなければ泡となって消えると言われた。
 
薬を飲んで浜辺に倒れていた人魚姫を今度は王子が見つけて介抱する(上述のシーン)。
 
でも、このシーンで東雲はるこの“裸”を映すことは許されない!(そもそも高校生だし)ので、裸で本当に倒れていたのは、蕪島順子である。ただし王子に抱きかかえられ、声を掛けられるシーンは“着衣の”東雲はるこで撮影した。上半身は念のためチューブトップだが、胸の膨らみの上端より下は絶対に映さないでという山村からの“強い要請”がなされた。
 
「ちなみに順子ちゃん何歳?」
「173歳だったかな?」
「は?」
「冗談冗談。19歳ですよ」
「だったら裸が映ってもいいね。乳房や陰部さえ放送映像に残らなきゃ」
「その辺も映してもいいよ」
「いや、映ると放送できなくなるから」
「テレビ局さんも大変ネ」
 
でもこのシーンは最終的にほぼカットされ、王子の「女の子が倒れてる」というセリフに続き、王子が走り寄るシーン(王子の背後からの映像)に続いて王子が東雲はるこを抱いて介抱しているシーン(はるこの顔だけが映る)に移った。かぶちゃんは、裸になり損である。このシーンでは、かぶちゃんはほとんどが王子の陰になり、髪と足しか映っていない(足を映すのはわりと重要)。
 

彼女が話せないことを知り、王子は彼女を王宮に保護した。彼女は字も知らなかったので、王女の侍女アリナ(内野音子)が人魚姫に字を教えることになった。彼女は記憶喪失で自分の名前も覚えていなかったので、王子が彼女にマリナという名前を付けた。
 
王宮で暮らす内に王子はマリナに惹かれていく。もとよりマリナは王子が好きなので、ふたりは相思相愛になっていき、やがて結ばれる。(ここはキス:寸止め:のシーンから、ベッドに一緒に寝ているシーンに移る。ふたりが抱き合うシーンは無い。そんなシーンを放送したら松田君は東雲はるこのファンに殺される:アクアとの交際がバレても殺されそうだし、松田君はきっとパリ五輪を見られない!?)
 
王子はベッドの中で語った。
 
「2年前に僕は船に乗ってて、その船が沈んでね。その時、幸いにも僕は海岸に流れ着いて、たまたま通り掛かった修道女に助けられたんだけど、沈んだ船から海岸まではかなりの距離があったと思うんだよ。その時、僕は人魚に助けられて海岸まで連れて行ってもらったような記憶があった。実は君はその人魚に似ているんだよ」
 
マリナ(人魚姫)は、その人魚が私ですと(字で書いて)王子に伝えたい気分だったが、そんなことをしたら王子をたぶらかす異形の者とか言われて殺されるだろうという程度の想像は付く。それでマリナとしては、そのことを決して打ち明けられない。
 
「私があなたの記憶の中の人に似ていて良かった」
と字で伝えて、ふたりはまたキス(寸止め)して、画面はフェイドアウトする。
 

王宮および王子の部屋は、キャプレット家とジュリエットの部屋(その後シンデレラの家の居間に改装)を再改装して使用している。
 
この時期が人魚姫にとって最も幸せな時期だった。王子は海岸で自分を介抱してくれた修道女のことも気に掛かっていると正直にマリナに打ち明けた。
 
「でも修道女じゃ結婚できないしなあ」
などと王子は言う。だったら私と結婚してくれるのかなあ、とマリナは期待した。
 
ある日、王宮に西インドから色々珍しいものを持ち帰ったという商人が訪れ、国王に貢ぎ物をしたいということだった。国王は王妃ともどもローマまで行っていたので、国王の代理で王子が応対した。
 
「これは不思議な物体だな」
「はい、それはゴムと申すものです。押してもすぐ戻りますし、柔らかいのに簡単には壊れない。これはきっと時代を変えるものになります。西インドにしか無いものなのですよ」
 
などといった会話をしていた時、ふと王子は商人に付き従っている娘に気付いた。
 
「君は・・・!?」
「王子様、お久しゅうございます」
 
「お前、殿下と会ったことがあるのか?」
と商人が驚く。
 
「君は修道院に入っていたのではないの?」
 
それは浜辺で王子を介抱した娘だった。
 
「礼儀作法やラテン語などを勉強するのに修道院に入っておりました。つい先月結婚するために修道院を出たんですよ」
 
「結婚してしまうの?」
「結婚する前に、王子様にもう一度会っておきたかったので、今回の付き添いを志願しました」
 
「・・・・・」
「あの時から殿下のことがずっと忘れなくなっていたので。でもこうやってもう一度会うことができたので、王子様のことはきれいに忘れてお嫁さんに行くことにします」
 
「ちょっと君と少しゆっくり話がしたい。君たち、3〜4日王宮に滞在しない?」
 

王子が王宮のテラスで商人の娘・マリア(町田朱美)と話をしている。そこにマリナ(人魚姫:東雲はるこ)はお茶とフルーツを持って行き、笑顔で
「ゆっくりしていってくださいね」
と書いた紙を見せる。
 
「奥様ですか?」
とマリアが王子に尋ねる。
 
「結婚するつもりでいる。彼女は言葉が話せないんだよ。それで筆談している」
「そういう障碍を抱えていると大変ですね。大事にしてあげてくださいね」
とマリアは、マリナを気遣うように王子に言った。
 

マリナがテラスから下がってきた所で、王子の侍女アリナ(内野音子)が咎めるように言う。
 
「あんた何やってんのさ?王子を取られるよ」
「え?どういう意味?」
「王子は、浜辺で自分を介抱してくれた修道女のことがずっと気になっていると言ってたんでしょ?その本人が現れたんだから、王子は彼女に言い寄るに決まっている」
 
「だってあの人、他の人と結婚する予定なのでは?」
「王子との結婚なんて話になったら、先方には謝ってそちらの婚約は解消するでしょ」
 
「え〜?だったら私はどうなるの?」
「あんたも捨てられることになるよ。もっと王子に迫りなよ。だいたいさ、沈んだ船から王子を助けた人魚ってのがあんたじゃないの?それを王子に言いなよ」
 
「それはそうなんだけど、私が人魚だったなんて知られたら」
「そんなこと言ってて、王子を取られてもいいの?とにかく今夜は王子にアタック。あたしがお膳立てしてあげるからさ」
「う、うん」
 
しかし王子は「すまない。今夜はひとりで考えたいことがある」と言って、マリナとの夜の営みを断ったのであった。
 

アリナが危惧した通り、王子はマリナに結婚の約束を取り消したいと言ってきた。そしてマリアと結婚したいのだと言う。
 
「済まない。君にも言ったように、僕はあの女性のことをずっと忘れられないでいたんだよ」
 
マリナが泣くので、王子は本当に申し訳ないと改めて言ってから更に言う。
 
「君のことは一生面倒を見るから。どこかに君専用のお城を作ってあげるよ。侍女も20人くらい付けて、絶対に暮らしには困らないようにするから」
 
アリナは自分が処分されることを覚悟で王子に抗議した。
 
「一国の王子ともあろう御方が、公式な発表はまだだったとはいえ、一度結婚しようと言った人を捨てて、他の女と結婚するというのはどうかと思います」
 
「それについては本当に済まない。マリナのことは決しておろそかにしないから」
 

結婚式前夜。
 
マリナのための城は、古い大公の館を改修して使うことになった。アリナほか20名の侍女がマリナに付いていくことになった。
 
しかし、実際には結婚式が行われれば人魚姫は失恋が確定し、その瞬間泡となってしまうだろう。それでもマリナは、自分の運命より、王子に捨てられたことを悲しんだ。マリナは王子を沈んだ船から助けた時のことを思い出すように浜辺を歩いていた。
 
そこに人魚姫の姉(宮村尚子)がやってくる。髪が短い!
 
「お姉様!?」
「魔女のところに行って、私の髪の毛と交換でこの短剣をもらった。この短剣で王子の心臓を刺せば、お前は人魚に戻ることができる」
 
このシーンは、本人の髪をまとめてアップした上で男性用!のかつらをつけて撮影している。彼女は元々ロングヘアがトレードマークなので、放送時に宮村尚子と認識できなかった視聴者がかなり居た!
 

自分が泡になって消えてしまうことはもう恐くなかった。それより何といっても王子が自分を捨てたことに対して軽い恨みもあった。それでマリナは姉からもらった短剣を服の下に隠し、深夜、王子の居室に侵入する。
 
王子は眠っていた。マリナは服の下の短剣を握りしめ、彼の心臓を刺そうとする。その時、王子が目を覚ました。
 
「マリナか。びっくりした」
マリナは慌てて短剣を隠した。
 
「君には本当に済まなかった。君のことは今でも好きだよ」
と王子は言う。
《王子様の結婚を祝福して、キスだけさせてください》
とマリナは字で書いた(以下マリナの言葉は全て筆談)。
「分かった。キスしよう」
と言ってふたりはキスする(むろん寸止め)。
 
《マリア様と幸せになって下さい》
「ありがとう」
《でも私にもプライドがあります。私のために建ててくださる城は辞退します。侍女とか年金の話もお断りさせて下さい》
「でもそれで暮らしていける?」
《そのくらい何とかしますよ》
「だったら新しい生活を築くまでのつなぎに」
と言って王子は金貨を10枚白い袋に入れて渡してくれたので、それは受け取った。
 
《それと私のお城の話がキャンセルだから、アリナはどうかマリア様に仕えさせてください》
「本人の意向を訊いてみる」
 
《ではお幸せに》
「本当に済まなかった」
 

それでマリナは王子の寝室を出た。そのまま王宮も出る。そして人魚姫は崖に行くと、そこから海に身を投じ、泡と化し消えてしまった。
 
崖から身を投げるシーンは福井県の東尋坊!で撮影した。
 
(§§ミュージックのA318で出演者と撮影スタッフを羽田から小松空港に運んだ上で貸し切りバス2台で移動している)。
 
ここは自殺の名所でもあるが、実は技術の高いハイダイバーにとっては理想的な練習場所でもある。そしてここで本当に崖から飛び込んだのは蕪島順子である。彼・・・じゃなかった、彼女はハイダイビングも得意である。
 
東雲はるこが飛び込んだら確実に死亡するので人形を使うつもりだったが、山村が「かぶちゃんはハイダイビング得意だからやらせるといいですよ」と言い、本人も50mくらいまでは平気というのでやらせた。実際に使用したのは35-36mほどの崖である。おかげで迫力のある映像になった。
 
かぶちゃんは「この程度の高さなら頭から着水できますよ」と言ったが、鳥山は「万一のことがあったらまずいから足(尾びれ)から着水して」と指示した。
 
撮影は崖の上、海上、海中のカメラに加え、空中の2台のドローンで同時撮影した。
 
かぶちゃんのドレスは風圧で“ダミーの人間足”ごと脱げるようになっており、その下には人魚姫の下半身お魚さん仕様の衣装を着けていた。その状態で着水したので、人魚姫が人間の姿から元の人魚の姿に戻って入水する感じになった。
 
なお着水の衝撃で貝殻ブラジャーが破損してしまい!かぶちゃんのAAカップくらいの小さなバストが露わになったが、これは放送映像ではCGで海草などを書き加えて自然に隠した。
 
鳥山さんはかぶちゃんにスタント料として100万円払ってくれたが、大食いの彼はきっと焼肉やスキヤキ・しゃぶしゃぶとかで、1ヶ月で使ってしまう。
 
なお、水中の“人魚姫”が泡に変化する所はCGである。その部分は東雲はるこ本人を使ってプールの中で撮影した。これは水中で1分くらい息を止めておけばいいので、泳げなくてもできる。実際には東雲はるこは水泳選手並みに肺活量があり、5分までは自信があると言っていた。よくお風呂に潜って息を止めておく練習をしていたらしい。
 

人魚姫がふと意識を取り戻すと、空中を浮遊していた。そこに風の精霊(松元蘭)が来て「君は優しい心で、自分を犠牲にして人間を助けたから、風の精霊になったんだよ」と告げる。
 
「私たちは、暑さで苦しんでいる人たちに涼しい風を送ったり、花の香りを広めたり、汚れたものを浄化してきれいにする仕事をしている。そしてこの仕事を300年続けたら、魂をもらえるんだよ」
と説明した。
 
風の精霊になった人魚姫は、結婚式を挙げたあと庭園を散歩している王子とマリアの傍に吹き寄せた。暑そうにしていたふたりが爽やかな風で涼しさを感じ、微笑む。人魚姫は王子妃に祝福のキスをして、ふたりの幸せを願った。
 
このシーンは風の精霊の衣装を着けた東雲はるこをピアノ線で吊って、王子妃の頬にキスする所を撮った。怖がるはるこを落ち着かせるため王子妃役の朱美がはるこに何か飲ませていたが、撮影陣は見なかったことにした。
 

撮影が終わった後で東雲はるこが言った。
 
「この物語って一般には哀しい結末の物語と思われているけど、必ずしもそうではない気がします」
 
「うん。ラストシーンは評価が分かれると思うよ。結局人魚姫は自分を裏切った王子を殺すことができなかった。それが物語の答えだと思う。
原作ラストで人魚姫は王子の結婚相手に祝福のキスをする。それが全てを物語っている」
と脚本家さんが言った。
 

町田朱美のたっての願いでシーンが追加されることになった。
 
本来のラストシーン(風の精霊になったマリナがマリアに祝福のキスをするシーン)の後、ラピスラズリが歌う挿入歌『Que suis je?』(クスィジュ?「私は何?」)が流れて、次のシーンに続く。
 
数日後、アリナが崖の上に立ち、じっと海を見ていたら、そこにマリナが風になって吹き寄せる(このシーンは実際にはセットで撮影しており、東雲はるこはセットの崖の所から30cmほど高いブルーシートを掛けた卓球台の上にいる)。
 
「アリナ」
「やはりマリナだ。あんた今ここにいるよね?」
「うん」
 
「やはり、あんた死んだのね?」
「私は風の精霊になったの。でも私がどうなったかは誰にも言わないで。特に王子には」
「・・・分かった」
 
「それとお願い。マリア様を守ってあげて。平民出身の王子妃は苦労すると思うの。でも王子様にも抗議できるほどのあなたなら彼女を守ってあげられると思って」
 
「あんたがそう言うなら、そうするよ。王子様からもあんたから頼まれたこととして、マリア様に付いてもらえないかとは言われたけど、少し考えさせて欲しいと返事していた所」
 
「それからね」
と東雲はるこは恥ずかしそうな顔をして言った。
「半年後の満月の晩にね。またここに来てくれない?渡したいものがあるの」
「いいけど」
 

ここでドラマはエンドロールとなる。ラピスラズリが歌う主題歌『真珠の涙』をバックに、出演者やスタッフが紹介される。そのエンドロールが終わった所で、崖のそばに立つアリナの足下に赤いおくるみと白い金貨の袋があるシーンが3秒流れる。
 
そして30秒のラストカットに続く。
 
王子がマリアと話している所に、アリナが赤いおくるみにくるまった赤ん坊を抱いて入ってくる。王子がアリナに尋ねた。
 
「それは・・・君の子供?」
「何を言っておられるんです?王子様の御子様に決まっているではないですか」
「え〜〜〜!?」
「この姫様にできたら王子様から名前を頂きたいと、マリナ様からの伝言です」
 
「だったらエアリエルにしましょう。この子、空でも飛びそうな顔をしている」
とマリアが微笑んで言った。
 
 
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【夏の日の想い出・星導きし恋人】(3)