【夏の日の想い出・星導きし恋人】(2)

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その日は遅いので、東京のほうでは、全員2時頃には帰宅した。
 
小浜のほうでは、桜井さんは翌11日(火)の朝、千里および“アクア”(取り残されたアクアM)・葉月・和紗・和城理紗と一緒にG650に乗って熊谷に移動した。千里はアクアMや葉月たちをアテンザに乗せて代々木のマンションまで送った。マンションの18階ではアクアFが写真撮影の疲れが出て熟睡していた。
 
千里たちの到着で起き出すが、そこにコスモスがやってくる。
 
あらためてコスモスが状況を千里やアクアM・葉月たちにも説明した。
 

「まあそういう訳で、シンデレラ役をせざるを得ない」
とアクアFが言う。
 
「アクアもそろそろ女の子になりましたという記者会見する?」
と千里。
 
「私はもうそれでもいいよー」
とFは言うが
「断固拒否」
とMは言っている。
 
「ま、それで今日の午後から『シンデレラ』の撮影に行ってもらうけど」
とコスモスが言う。
 
撮影は今日の朝から始まっているが、アクアは写真集の撮影から戻ったばかりで体力がもたないと主張して、アクアの参加は午後からにしてもらっている。
 
「はい」
 
「片方が撮影に行って、片方はライブに向けて歌の練習をしていればいいと思う」
とコスモス。
 
「結局2人分仕事するのか」
「ごめんねー」
 
「どっちが撮影に行く?」
とFとMは顔を見合わせて話している。
 
「このシンデレラはほとんどの場面が男装だよね」
「そうなんですよ。女の子の格好するのは最初の少しとパーティーの場面、そしてラストだけ」
 
「だったらFちゃんが男装で撮影されたらいいと思う」
と千里。
 
「それがいいかも。じゃMは歌の練習しててよ」
「分かった」
 
「立小便シーンとかあるけど、Fちゃんできるよね?」
とコスモスが確認する。
「はい、それ得意です」
とFは言った。
 
むしろ今Mは立小便ができないよな、と千里は思った。Fは面白がってFUDを使っての立小便を練習しており、その応用で『とりかへばや物語』では尿筒での排尿をやってみせているが、Mはその手の練習をしたことがない(こないだまではちんちんが付いてたから、そんなこと練習する必要が無かった)。
 
それでアクアはこの1週間は2人ともフル稼働になることになった。
 
エレメントガードには、ライブ版のスコアを完成させ伴奏を録音して、アクアの所に葉月が持っていくようにさせる。夜間にその音源を聴いて練習するから、という建前である。葉月はお使い役でもあるが、アクアの代役として歌いながらライブ版を完成させる。
 

「だけどこの物語、シンドルが王子妃になっちゃったら、貿易の仕事はどうするんだろう?」
 
「王子妃がインドに行く船に乗るわけにもいかないから、誰かに譲るしかないのでは」
「風を見れる人が乗ってないと事故ったりして」
「そこは何とか慎重に航海してもらうということで」
 
「多分、王子妃がオーナーになってシンデレラ商会とか改名して、社長には、例のお父さんの船で唯一生き残った人あたりを据えて、別途風読みできる人を募集してスカウトするんだと思う」
とコスモスが予測する。
 
「まあ王子妃の名前で募集したら見つかるかもね」
 
なお、アクアがシンデレラ役になったので配役はこのようになった。
 
シンデレラ アクア
姉 花咲ロンド
母 木平智美
実母 沢田峰子
父 谷川亨
サンドラ 榊森メミカ
魔女 沢田峰子(二役)
王子 黒山明
国王 金井諒作
王妃 篠原志乃子
家来 横居昇平
 
アクアは『時のどこかで』(『時をかける少女』の映画化)で、黒山君に抱きかかえられたよなあ、と少し懐かしい気分になった。
 

「このサンドラというのは、シンデレラのイマジナリー・フレンドですよね?」
とアクアたちはコスモスに尋ねた。
 
「物語では明示されてないけど、そうだと思うよ。そもそもサンドラという名前はシンドルの母音変化でしょ?」
とコスモスもアクアたちの見方に同意した。
 
「だから実はシンデレラは自力でパーティーに出ていたんですね」
「そうだと思う。アクアはお金に余裕があるから女の子の服くらい調達できるし豪華な馬車くらい用意できる」
「あのぉ、アクアではなくてシンドルですね」
「あ、そうだった。でもアクアも女の子になって王子様と結婚したいでしょ?」
「男と結婚とか嫌です!」
 

アクアFは11日の午後から撮影現場に出て行き、集中的な撮影に参加した。
 
パーティーの場面は『ロミオとジュリエット』で使用したオープンセットの大広間を使用する。コロナ下でエキストラを使いたくないので、○○プロの練習生の人たち、○○ミュージックスクールの生徒さんたちを動員している。
 
シンデレラの家は、ジュリエットの部屋のセットの内装を変えて使用した。
 
船に乗るシーンはオープンセットの裏手にある池に実際に150トンという中型のガレオン船をハリボテ復元している。これは宮城県石巻市に係留されている17世紀のガレオン船サン・ファン・バウティスタ号(復元船)を1/2スケールでコピーしたものである。本物のサン・ファン・バウティスタ号は1993年に復元した時に17億円かかっているが、今回は1/2スケールだしハリボテなので5000万円で済んでいる。ラピス主演なら充分な視聴率が取れるのでペイできる予定だった。しかし万一番組が制作中止になり、これが使えないことになっていたら、鳥山さんの首が飛ぶ所だった。
 
立小便シーンは、
「アクアちゃん、ちんちん無いからできないよね。上半身だけ映すから」
と言われたが
「できますよ」
と言ってアクアFは父親役の谷川亨さんと連れションをやってみせた。
 
「よくちんちん無いのにできるね〜」
と鳥山プロデューサーが感心していたので
 
「ちんちんくらい無くても立ちションはできますよ」
とアクアFは答えていた。
 
(ちんちんが無いことを認めている!ことにFは気付かなかった。でもみんなアクアは女の子だと思っているから、誰も突っ込まなかった!!)
 

2016年の『時のどこかで』以来、5年ぶりの共演になった黒山明くんは
「アクアちゃん久しぶり。懐かしいね」
と言っていた。王子とのダンスシーンでも、何を話してもいいと言われたので結構昔話をしていた。
 
「あの映画の時もアクアちゃん抱えてみたら、女の子の感触だったから、びっくりしたけど、もうちゃんと女の子だったことを公表したんだね。これからは普通の女優さんとして活躍していけばいいよ」
などと彼は言っていた。
 
そんな「女の子だったことを公表」とかしてません!
 
このダンスシーンはアクアの踊りが上手すぎることから、脚本家とプロデューサーが話し合い、シンデレラは元々ダンスを習っていて、踊りは上手かったということに、設定変更が行われた。
 
この部分は元々ダンスが必ずしもうまくない東雲はるこを想定して書かれていたシナリオだった。
 

なおアクアは女性用楽屋で着替えてと言われた。Fはどっちみち男性と一緒には着替えられないので、そちらの楽屋を使用していた。メミカ(この子も女性用楽屋を使っている)など
 
「アクアちゃん、だいぶおっぱい成長したね」
と言って、アクアの胸に触っていた! メミカとしては“男の娘同士”という気安さがあるようである。
 
「私なかなかバストが成長しなくて。アクアちゃんはどの製薬使ってる?エストロモン?プレモン?」
「うーん。何だろう。でもこういうのは個人差があるみたいね」
 
とアクアは適当に話を合わせて?おいた。
 

さて、あけぼのテレビは基本的には自主制作番組でほとんどの放送時間をカバーしており、たまに地上波のテレビ局で制作された番組の再放送や映画放送(有料)をやっているのだが、自分たちで作る番組をあけぼのテレビで放送してくれないかという話が持ち込まれてきた。
 
以前ローズ+リリーのPVにも出演してもらったことのある赤迫理奈さんがプリマを務めている島原バレエ団である。そこも聖子のお父さんたちの劇団同様、コロナ流行後、劇場での公演がまともにできず、開催しても観客をあまり入れられないので、存亡の危機に立っていると、赤迫さんと一緒に訪問した、劇団の主宰者・島原須美子さんは言った。
 
実は聖子の父の劇団・黒部座が今準備を進めているような有料配信の道も考えたのだが、バレエのファン層を考えると、有料配信はむしろハードルが高く、スポンサー付きの無料放送を考えたいということだった。しかし在来局での放送はまたハードルが高いので、あけぼのテレビに話を持ち込んできたということだった。テレビの所持率低下、スマホの普及率を考えると、かえって普通のテレビより、スマホで気軽に見られるネットテレビの方が、採算が取れる見込みがあると考えているという。
 
私たちは、スポンサーの斡旋まではできないので、自主的にスポンサーを見つけてもらえるなら、放送枠は取ってよいと回答した。ただし、ガラ公演(バレエの様々なシーンのダンスだけを見せ、物語性の無い公演:実はバレエの公演にはこれがとても多い)ではなく、きちんと物語のあるステージにして欲しいと要望した。
 
それで島原さんは“再放送時もあらためてスポンサー料を払ってよい”という飲料メーカーの人を連れてきたのである。それで毎月2回の放送をすることになった(タイムシフトでも見られる)。
 
「ただうちは正団員があまり多くなくて、劇場公演の時はコール・ド(群舞)にはバレエ教室の生徒とかを出したりしていたのですが、テレビ放送となると、もう少しレベルの高い子が必要だと思うのですよ。いくつか他の劇団にも声を掛けているんですが、確かそちらのタレントさんの中にもバレエなさる方がありますよね。美少女アイドルのアクアちゃんとか、黒鳥の32回転ができるとか凄いわあ」
 
「すみません。アクアは(性別の件は置いといて)多忙でとても対応はできません。でも確かにバレエの経験者は何人かいますよ。よかったらそちらでテストして頂けませんか?遠慮無く落としてもいいですから」
 
それでバレエ経験者に声を掛けたところ、下記のメンツがこのバレエ番組に参加することになった。
 
高島瑞絵(リセエンヌ・ドオ)、大崎志乃舞、三陸セレン、山本コリン、水谷康恵、水谷雪花、鈴鹿あまめ、栗原リア(ColdFly5)。
 
全員テスト合格だが、この子たちは実は研修所内でのバレエのレッスンにもよく出席しているので、腕が落ちているはずはなかった(研修所のレッスンはバレエ・ジャズダンス・ヒップホップダンスから選択:歌手のバックで踊るのは基本はジャズダンスだが、普段どれを習っていてもジャズダンスは踊れることが多い。今回は多忙なので不参加だが、木下宏紀のようにどれも上手い子もいる。木下君はそれに加えてサンバも上手いし、日本舞踊も名取である)。
 
三陸セレンの性別はちゃんと申告したのだが「またご冗談を。こんな可愛い子が男の子のはずがないじゃないですか」と島原さんは言い、彼の性別に気付いたようであった赤迫さんも「ケイちゃん、いいことにしとこうよ」と言ったので、そのまま“バレリーナ”として参加させることにした。
 
なお、これ以外に他の劇団から10人ほどお願いして参加してもらえることになった。
 

不祥事による1年間の謹慎の後、2DKのアパートで1年間過ごし、2020年春からは水戸市内の“崩壊寸前”のボロ家に住んでいた、上島雷太・春風アルト夫妻であるが、1月頃、アルトさんが私に相談してきた。
 
「最近とみに雨漏りが酷いんだけど、やはり家を建て替えた方がいいかなあと思って」
「それ推奨です。あの時は3日以内に引っ越さなきゃということで取り敢えず入居しましたからね」
「建て替えの費用は私が出せるんだけど、所有者の雨宮さんの承認を取らなきゃと思うんだけど、どうしても雨宮さんが捉まらないのよ」
 
「ああ」
 
現在春風アルトさんは、あけぼのテレビの社長として年俸換算3000万円(月あたり250万円)の報酬をもらっており、充分建て替え費用は払える(上島先生はまだ年収600-700万円である)。
 
しかし雨宮先生の居場所を見つけられるのは、千里と三宅先生くらいだ。
 
私は千里に電話したが、千里は言った。
「雨宮先生は事後承認で問題無いよ。建て替えちゃうのがいいと思う。でも地下室との連携があるから、うちの連中に作業させていい?」
 
「それでいいと思う」
 
それで播磨工務店の白組(2020春にこのボロ家を改造したチーム)をあけぼのテレビに呼び、アルトさんの執務時間の合間をぬって打ち合わせをした。その結果、重量鉄骨構造で“地上部分”を建て替えることが決まったのである。
 
工事は2ヶ月くらいかかるので、その間一家は三宅先生の御自宅に同居させてもらった。(この家は三宅先生が雨宮先生と同居できるよう西翼・東翼に別れており、三宅先生は西翼に住んでいる。それで雨宮先生用の東翼をまるごと上島一家に貸した)
 
「ここに居れば、どこをふらついているか分からない雨宮先生から連絡があった時に建て替えの件も話せますし」
 
「助かります」
 

それが1月のことだったのだが、荷物の移動とかもして工事に取りかかったのが2月に入ってからで、工事は4月上旬まで掛かった。そして三宅先生の所から荷物を戻して4月14日(水・大安・たつ)に引越祝いをした。
 
「あ、地下室への階段ができてる」
「エレベータだけでは不便だったからね。そのエレベータも4人乗れるタイプに交換した」
「うん。あのエレベータも狭かった」
「ついでに地下の2つのラウンジの間に直接行き来できるドアも作った」
「トイレを通過しないと移動できないというのは、不思議すぎる仕様だった」
「あれドアを付け忘れたらしい」
「やはりそうだったのか」
 
お祝いに顔を出したのは、私、千里、アクアと葉月の名代の和紗(桜木ワルツ)、コスモス・ゆりこの名代の花ちゃん、三宅先生、下川先生、水上先生、海原先生、山根先生、中村将春さんである。支香さんはアルトさんの手前遠慮した。また多人数の集合になるのを避けるため、山折大二郎兄弟・松浦紗雪・ローズクォーツなどには遠慮してもらって、記念品だけ届けた。
 
雨宮先生はつかまらなかった!常滑真音の制作は嗅ぎつけて顔を出すので、建て直しの件は私から口頭で伝えて了承をもらっていたのだが、この日がお祝いという連絡は届かなかったようであった。
 
なおこのお祝い会は飲食なし!である。豪華なお弁当とワインを用意し、各自持ち帰って食べてもらうことにした。(同等のものを山折大二郎兄弟や松浦紗雪たちにも届けている)
 
そのお祝い会が落ち着いた所で、私と千里は、和紗と花ちゃんにちょっと席を外してもらい(地下のラウンジでお茶を飲んでてもらった)、あらためて8月20日以降にアクアの父親・母親について発表する方針を伝え、このメンツから了承を得た。
 
「同時に女の子になったことも発表するんだよね?」
「そんな発表はありません!」
 
「そういえば雨宮先生はさ」
と千里が言う。
 
「せっかく男の娘歌手をデビューさせようと羽鳥セシルを育成してたのに、誰か親切な人が性転換させて女の子にしちゃったから、ご機嫌がよくないんですよ」
 
「それで今日も欠席か」
 
「だけどセシルちゃんの写真集見たけど、すっごく可愛いね」
「あの写真集を撮影した時点では、あの子まだ男の娘だったんですよ」
「最近の男の娘は完璧すぎるよ」
 

2021年5月12日(水).
 
その日、羽衣はクリールスク(Курильск/日本名:紗那村の一部)の自宅で、昨夜ナンパに成功したヴェータという50代のモルドヴィア女(*1)と熱い一夜を過ごし満足して眠った。彼女は女同士でするのは初めてだったようだが、歓喜にむせび、何度も絶頂に達した上で、疲れ果てて今は熟睡している。
 
「あたしをこんなに気持ちよくさせてくれた男は今までいなかったよぉ」
などどロシア語(*1)で叫んでいた。
 
羽衣は1晩限りの遊びのつもりだったものの。こんなに言われては、もはや遊びとは言えんなあなどと少し後悔していた。しかし気のいい女だし、まあしばらく付き合ってもいいかなとも思った。
 
彼女は夫と死に別れてから10年ほどらしく、20代の子供2人は既に独立していて、数年前から1人暮らしだったらしい。
 
(*1)ロシアが実効支配する北方領土には、多くのロシア人とともに、ウクライナ、ベラルーシのスラブ三国の人のほか、タタール人(韃靼人)、モルドヴィア人などのアジア系民族も一部住んでいる(実は韓国系と日系も数百人いる)。モルドヴィア (Mordovia) はモスクワの南東400kmほどの所にある小国である。名前が似ているモルドヴァ (Mordova) はルーマニアとウクライナの間にある国で、全く別物なので注意が必要。
 
モルドヴィアはソ連時代にロシア語の使用が強制されていたこともあり、実はモルドヴィア語が分からず、ロシア語しか話せない住民がかなりいる。ヴェータ(本名はスヴェトラーナで“ヴェータ”は愛称)も両親はモルドヴィア語の方言であるエルジャ (Erzya) 語の話者だが、自分はロシア語しか分からないと言っていた。
 

太陽も昇って(この日の日出は5:43)、半分目が覚めたものの、まどろみをむさぼっていた羽衣は、突然物凄いパワーが炸裂するのを感じ、びっくりして飛び起きた。
 
そしてそのパワーを感じた方角を確認して呟いた。
 
「生まれたか」
 
時計を見たら午前6時ジャストであった。
 

青葉は4月に行われた日本選手権で東京オリンピックの代表に正式に決定した後は、テレビ局も休職扱いにしてもらった上で、毎日朝から晩までひたすら津幡の“プライベートプール”で泳いでいた。『北陸霊界探訪』もオリンピックが終わるまで青葉はお休みである(過去の再放送や、明恵と真珠が案内役になり(無害な)不思議スポットの探訪をしたりする)。
 
その日は前日に23時頃までひたすら泳いだ後、自宅でぐっすり寝ていたのだが、5月12日午前4:00. まるで近くに原爆でも落ちたかと思うほどの強烈な衝撃を覚えて飛び起きた。
 
まず爆弾などではないことを確認する。そしてさっきの衝撃のパワーが来た方角を確認する。
 
「生まれたのか。それにしても凄まじいパワーだ」
と青葉は思った。
 
(エトロフ島でロシアが現在実施している時刻と日本時刻は2時間の時差があるので、エトロフ島の6:00=日本時刻4:00である)
 

その日、千里1は浦和の自宅(203の部屋)で、桃香と同じ布団の中で幸せな寝顔で寝ていたのだが、午前4時、何かの衝撃を感じて飛び起きた。
 
「何?何?」
と周囲を見回すが、衝撃の正体は分からなかった。
 
千里2は同じ自宅の貴司の部屋(201)で彼と同衾していたのだが、千里1と同時に飛び起きた。そして5秒ほど考えてから呟いた。
 
「生まれたか。しかし何てパワーなんだ。前より凄いじゃん」
 
浦和の家の部屋構成と部屋割↓(再掲)

201:貴司(+千里2) 202:早月・由美・緩菜(+桃香) 2SR:京平 203:桃香(+千里1)
101:彪志・青葉 B02:千里2 B03:千里3 B04:アクアM B05:アクアF
 
千里3は事情があって、都内の病院にいて少し仮眠していたのだが、やはり午前4時に衝撃で目が覚めた。4秒で状況を認識する。
 
そして言った。
 
「やったぁ!これで刺客から狙われなくて済む!」
 
丸山アイの妊娠中に千里を殺そうと式神・銃・爆弾!などで襲ってきたのは30組以上に及ぶが全員返り討ちにしている。しかし虚空(丸山アイ)の復活で、刺客のターゲットは多分虚空の方に戻る。
 
「刺客さんたち、ご愁傷様」
 
虚空は私と違って情け容赦ないからね〜。
 

この日、日本時間4:00AMジャストに、丸山アイ(戸籍名:久保早紀 1994生)は東京都内の病院で女の赤ちゃん(卯乃:うの)を出産した。
 
丸山アイの“遺伝子上の”最初の子供である(と本人は思っている)。
 
20分後の4:20には、妻(夫?)の城崎綾香(本名:宮田雅希)も男の赤ちゃん(隼人:はやと)を出産した。
 
遺伝子上は、
卯乃の父親は雅希・母親は早紀
隼人の父親は早紀・母親は雅希
 
となっていて、この2人は“両親は同じ”なのに“父親も違う”し“母親も違う”という姉弟である。アイは以前、千里に早月と京平、あるいは早月と緩菜は“ツイスト兄妹”“ツイスト姉妹”だねと言ったが(twist=ねじれ)、卯乃と隼人の場合は“完全ツイスト姉弟”になる。
 
(千里は早月の父親であり、かつ、京平・緩菜の母親である)
 
なお、早紀の本来の性別が男なのか女なのか、早紀は秘密にしていたが、雅希が男の子を産んだことで、千里やヒロシにはバレてしまった(フェイはそういうことは、なーんにも考えていない)。
 
ちなみにこの日は日本時間4:00(エトロフ島時間6:00)に太陽と月の黄経が一致し“朔”(新月)となった。つまり卯乃は新月になるのと同時に飛び出してきたのである。
 
そして妊娠によってパワーが低下していた丸山アイのパワーも復活した。この出産の衝撃に気がついたのは、日本国内にいる(他称)霊能“人間”の中では下記のような人たちである(本当に人間なのか若干?怪しい人もある)。
 
羽衣(吉田那津乳:なづち 120歳くらいと思われるが本人も年齢を忘れている。見た目はまだ60歳前後。
昇陽(海藤天津子:てつこ)
紫微(中村博紀?2A16:白雪ユメ子?)
歓喜(八重龍城 2A15)
沙本(さほ:詳細略:過去に数回登場はしている)
子牙(しが:いづれ登場予定)
瞬葉(川上青葉)
駿馬(村山千里)
遠駒真里(遠駒来光の孫)
篠田京平(取り敢えず今は暫定的に人間)
斎藤星(暫定的に人間)
細川緩菜
 
藤野沙耶(暫定的に人間だが、命・星や千里は彼女を霧島大神と呼ぶ。本来の力は人間をやっている間は封印されているが、現時点でも虚空や羽衣とは比較にならない強大なパワーを持つ。しかし彼女は人間の細かな営みには関与しない。それでも“気まぐれ”で、52歳で死ぬはずだったアクアの寿命を延ばしてあげた。ついでに少し“余計なこと”もしたように千里には思えた)
 
瞬醒・瞬法・瞬高
中村晃湖
藤島月華(“スピード狂”瀬高美奈子の祖母:過去に1度だけ登場)
火喜多高胤
 
小空と小歌は当然衝撃を認識したが、実は出産現場にいた。出産に集中して無防備になる“霊的な母”早紀をガードしていたのである。
 
また衝撃は感じたものの、アイの出産とまでは分からなかった人は100人以上いる。
 

4:39 都内の別の病院ではフェイ(中山真琴)が2人目の子供となる奈美を出産した。日の出と同時の出産であった。
 
フェイは“脳”的には男の子で出産をコントロールする能力を持たないので、実は出産前後には千里3が分娩室まで入って代わりにコントロールしてあげた。前回の出産の時は青葉と2人がかりだったのだが、今回は青葉はオリンピックを目前にしていて負担を掛けられないので、千里3が《びゃくちゃん》と一緒にコントロールしたのである。
 
千里もオリンピック目前だが、こちらは2番と3番で交代で練習に出られるので何とかなる。
 
「疲れたぁ。やっと眠られる」
と千里3は声をあげた。
 
なお父親のヒロシ(中山洋介)は熟睡していて、出産が終わったフェイから蹴られて!目を覚まし、やっと我が子を抱いた。
 
そして6:00 青島リンナがまた別の都内の病院で夫・高橋俊郎との子供・敦子を出産した。
 
リンナが先夫との間に作った夏絵(現在は先夫である百道大輔の母が育てており、後に大輔と事実婚した政子が養子にする)の父違いの妹になる。
 
この日の朝は出産ラッシュとなった。
 

羽鳥セシルは昨年秋からバイクの講習を受けていて、2月25日の誕生日が過ぎたらすぐに卒業試験を受けて免許を取得するつもりだったのだが、延期になっていた。それは仕事があまりにも忙しかったからである!
 
5月の連休明けになってから、やっと試験を受けられ、翌日には免許試験場でペーパーテストも受けて、無事自動二輪の運転免許証を取得した。
 
そして翌日、市原市のサーキットに連れて行かれた!
 
「バイクのCM撮影するからこれに乗って」
「はい」
 
それでよく分からないまま、渡されたバイクスーツに身を包み、ヘルメット・バイクブーツ・バイクグローブもつけて、ホンダの250ccバイクに跨がった。まだ免許取り立てなので不安はあったもののサーキットを3週くらいした所から少し慣れてきた。
 
撮影者も最初は固定カメラで撮っていたが、その内、並走する四輪車からもかなり撮影された。
 
走行の撮影は3時間ほどで終わり、その後ヘルメットを外し、バイクに寄り添っている所を撮影。それから海ほたるに移動して、アクアブリッジなどを背景に撮影。更に神奈川県側に渡って川崎市郊外で常滑真音と合流する。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
 
舞音はスクーターのCMを撮影していたようで、250ccバイクに寄り添うセシル、スクーターの傍の舞音と並んで撮影する。またセシルのバイクと舞音のスクーターで一緒に走る所も撮影した。
 
この日はこれでほぽ1日潰れた。でも舞音は午前中別の仕事をしてきたと言っていたので、どうもセシル以上に忙しいことになっているようである。
 
ちなみに「多分来月また撮るから、練習してて」と言われて、今日撮影に使ったのと同シリーズの250ccバイクを預けられた!(厳しい運転制限を課されているアクアや舞音とは違い、どうもセシルの扱いは適当っぽい)
 

常滑真音が学生服のCMをした学生服メーカーなのだが、舞音が結構なサイズの胸を学生服に収めているのを見て
「あれはどのサイズですか?」
という問い合わせが殺到した。
 
それでこのメーカーでは、新たに“女子用男子制服”“男子用女子制服”を販売することにした。当面はネットオーダーのみで、店舗には置かない(店舗でも注文は受け付ける:受け取りは店舗でも配送でも可)。女子制服・および独自の制服を制定している学校の男子制服は、学校名を指定してもらえば、その学校仕様のものを制作する。過去何十年も全国の学校の制服を制作してきているので、全国ほぼ全ての学校の制服仕様がデータベース化されている。
 
“女子用男子制服”は、女子の大きなバストが入る上着と、女子のウェスト・ヒップ比率に合わせたズボンで、上着のみ、ズボンのみも販売する。これは実はズボンが物凄く売れて、やはり女子のズボン需要はかなりあることを改めて認識させられた。
 
“男子用女子制服”はサイズの大きな女子制服上着と、男子のウェスト・ヒップ比率に合わせたスカートである。むろん上着だけ、スカートだけも販売する。こちらは上着がかなり売れ、元々標準的なサイズの製品では入らない女子が相当いるのではないかと想像された。ほんとうは3Lサイズなのに、そんなサイズは無いとか言われて我慢してLを着ているような子たちである。
 
どうも、これらは女装男子・男装女子以上に“普通の子たち”の中にもこの手の需要が元々あったことをメーカーに認識させることとなった。
 
なお、いづれも注文するには生徒手帳身分証明書欄(あるいは合格通知|小学生は現在通っている学校の通知表表紙などで可)のコピーまたは写真が必要である。但し、身分証明書で男子になっている人が女子制服を注文したり、女子になっている人が男子制服を注文するのは自由である。身分証明書を要求するのは、痴漢対策である。
 
また生地のランクが特上・普通・廉価と3種類あり、廉価版は高校生のお小遣いでも買えるように価格を抑えた。親に協力してもらえない子たちに配慮したものである。
 

その日、私と千里、コスモス、(やっと捉まった)雨宮先生の4人は♪♪ハウスの白河夜船社長を自宅に訪ねた。
 
「実は、アクアのことで、内密にお話がありまして」
「いよいよ、彼女が女の子であることを発表するんですか?」
 
「いや、そんな発表はありません」
 
「そうですか?世間ではアクアの20歳の誕生日に実は性別は女であった、あるいは女になったということを発表するのでは?それと同時に昨年カナダで撮影しておいたヌード写真集を発売するのではないかと、かなり噂されていますよ」
 
千里もコスモスも雨宮先生も苦笑している。きっとどこかでそういう噂を耳にしていたのだろう。
 
「ちなみに、ファンの間では
 
『元から女の子であった』
『男の子だったけど手術して女の子になった』
『半陰陽だったけど女で確定させた』
『男の子だったけど自然に性別が女に変化した』
『病気治療の為に男性器を除去したので女の子になることにした』
 
など幾つかのパターンの発表内容予測がされているみたいですね。元から女の子だったにしては身体の発達が遅いから、半陰陽説が一番強いみたいですが」
 
「アクアは一貫して男の子なんですけどね」
 
「それだけはあり得ないです。彼女はどう見ても女の子じゃないですか。だいたいもうすぐ20歳なのに、女の子のような声のままというのが、全てを証明していますよ。水着写真とかも、女の子でなければあり得ないボディラインだし」
 
「あれはフェイクバストなんですけどねー」
 
「フェイクではあのボディパーツの比率も説明できないです。彼女の身体にはは確かに女性の二次性徴が現れています。それにアクアちゃんの傍に寄ると甘い香りがするんです。あれは10代後半から20代くらいの女子に特有の香りです。あの香りでも彼女が女の子であることは間違いないです。今みたいに男の子であるかのように装い続けるのはよくないです。ちゃんと女の子であることを公表しましょうよ。それであの子の人気が落ちることはないですよ」
 
と白河社長はアクアのことを気遣うように主張する。
 
まあ確かにほとんどの人がアクアは女の子と思っている現状では「アクアは女の子」ということにしても、人気には影響無い気もする。以前私たちが考えでいたアクアに関するシナリオ↓の(4)のケースになりつつあるる
 
(1)声変わりが来る→激減
(2)去勢していると告白→壊滅的
(3)女の子になりたいと告白→10分の1くらいに落ちる
(4)女の子になっちゃったと発表→半減程度で済むかも!?
 
現在多くの人はアクアは病気のせい(あるいは病気治療のため)女の子になったのだと考えているようで、ファンの数は2015年のデビュー当初の“女の子と見まがう美少年”として注目された頃よりかえって増えている。また男女両性に愛されているのが他の男子アイドルにも女子アイドルにもない特徴である。
 

「私がアクアちゃんと親しい人から密かに聞いたのでは、病気治療のために男性器も除去して、ホルモン的にいったん完全な女の子になる必要があったから一時的に女の子にしたけど、本人がもう男の子に戻らなくてもいいと言ったから、あらためて女性器も形成して戸籍上の性別も変更したというものですが。先日見せていたパスポートはまだ性別を訂正する前に作ったものだったんでしょ?」
 
その親しい人って誰だ??
 
「ラピスラズリの町田朱美ちゃんなんかも同様に病気治療で男性器を除去したから女の子になることにしたと聞きましたが、彼女はまだ男っぽさは残るものの、女の子として何とか適応しているみたいですね」
 
その話は本当は東雲はるこの話なのだが、彼女がデリケートな性格なので、親友の朱美が、はるこが好奇の目にさらされないよう、自分が性別を変更したかのような噂が流れているのをわざと放置している。それで私たちも朱美の心意気を尊重して、この問題についてはノーコメントを貫いている。
 
私たちは話を元に戻す。
 
「実は8月20日の彼の誕生日に発表するのは、彼の両親の名前なんですよ」
「両親ですか。そういえば“彼女”が小さい頃に両親とも亡くなられたんだそうですね」
 
「それが実はワンティスの高岡猛獅と長野夕香なんですよ」
「何ですとぉ!?」
 
この衝撃的な事実で、アクアの性別問題はいったん棚上げされた。
 

雨宮先生が当時の状況を説明した。
 
高岡と夕香はデビュー前から交際していた。事務所の社長からメンバーは恋愛を禁止されていたが、この2人だけは前々からの交際であったことから黙認されていた。そして2人は密かに結婚した。そして理由は不明だが、2人は婚姻届けを出していなかった。そして夕香が2001年8月20日に龍虎を出産したものの、その出生届さえも出されていなかった。龍虎はツアー・ミュージシャンだった志水英世とその妻で元歌手の照代の夫婦に預けられて育てられた。
 
2003年12月27日に高岡夫妻が亡くなった時、志水夫妻は龍虎を葬儀の場に連れていき、今後の龍虎の扱いについて遺族と話し合いたいと思った。ところが事務所社長に追い払われてしまい、話も聞いてもらえなかった。志水夫妻は自分たちで龍虎を育てる決意をした。
 
その龍虎が幼稚園の年中さんだった2006年の夏、原因不明の貧血症状で頻繁に倒れた。志水夫妻は医者に見せたが原因はよく分からないようだった。龍虎はそれから2年間に渡って、断続的に入退院を繰り返し、色々な病院を渡り歩いた。ここで龍虎に戸籍が無く、当然に保険証も無いため、医療費はひじょうにかさんだ。
 
そんな中、2007年7月に志水英世が事故で亡くなった。物凄い医療費が掛かる病気の子供を抱え、夫の死で収入も激減し、途方にくれた照代は昔のミュージシャン仲間のツテを辿り、長野夕香の妹である支香に泣きついた。支香は志水照代の話を信じてくれた。
 
「待って下さい。支香ちゃんはその子のこと知らなかったの?」
「夕香ちゃんが子供を産んだことは、夕香ちゃんと親しかった三宅も、妹の支香や母の松枝さんさえも知らなかったんだよ」
と雨宮は説明した。
 
「なんでそんなに秘匿する?」
「事務所の社長も死んでしまったし、もう謎だね」
 
支香は自分だけでは手に余るので上島雷太に相談した。上島も驚愕したが、取り敢えず医療費は全部自分が見ると言った。そしてまずは龍虎の戸籍を作ることから始めた。
 
1歳頃に作られた龍虎のホロスコープが残っていて、そこに2001年8月20日14:21 町田市と記載されていた。また、龍虎の出生時の体重が2525gであることも分かっていた。これは高岡猛獅が志水夫妻への送金用に作った銀行口座の暗証番号が2525で、これはこの子の出生時の体重だと夕香が話していたからである。
 
上島が雇った弁護士は、龍虎、支香、夕香と支香の母・松枝の遺伝子鑑定をして、確かに龍虎が“松枝の直系子孫であり、支香の子孫ではない”という鑑定結果を得た。松枝の子供は夕香・支香の2人しかいないから、これで龍虎が夕香の子供であることが科学的に確定する。
 
高岡猛獅の父・越春は、これまで何人も猛獅の隠し子を自称する人に欺されて、疑い深くなっており、上島たちの話を聞いてくれなかった。それで祖父であるはずの人の協力は得られなかったものの、猛獅の従兄弟・鶴道さんが協力してくれたお陰で、龍虎と鶴道さんは同じ祖先の男系子孫である(そして鶴道さんの子孫ではない)ことが確定した。猛獅が一人っ子であり、鶴道さんにも男の兄弟が居ないので、理論的には猛獅の子供であるとしか考えられないことになる。
 
弁護士は、更に2001年8月20日に2525gで生まれた男児というのをヒントに町田市内の病院を1軒1軒訪ね歩き、ついに、夕香が龍虎を出産した病院を突き止めた。病院の院長先生も、助産師さんも、夕香の写真を見て、確かにこの人だということを証言してくれた。
 
これらの資料を基に、弁護士は裁判所に訴えを起こし、龍虎が長野夕香の子供であることを認定してくれるよう求めた。裁判所はこれを認め、龍虎は(死亡している)夕香の子供として入籍された。これでやっと龍虎は戸籍を獲得した。叔母である支香が未成年後見人となり、彼女の健康保険の被扶養者となって、医療費が高額に掛かる問題も解決した。
 
なお戸籍を作る際、提出した資料から、龍虎が猛獅の子供であることは明確ではあったものの、越春の感情に配慮し、猛獅との親子認定は越春が同意した時点で龍虎の戸籍に記載するということになった。(裁判所の再度の審判は不要で、越春の同意書提出のみで良い)
 

上島は龍虎の病気についても、似た症状の病気が無いかかなり調べた。その結果、群馬県渋川市の医師が論文を書いていた病気が、龍虎の症例に似ていると気付いてくれたお医者さんがあり、上島と支香は龍虎を連れてその医師を訪ねた。その結果やはりその病気であることが分かった。
 
原因は極めて発見しにくい場所にある腫瘍で、それを摘出し、薬物療法をすれば治癒するだろうと言われた。この手術前日に龍虎は村山千里(醍醐春海)たち、旭川N高校女子バスケット部のメンバーと知り合い、自分たちも明日の試合頑張るから、龍虎も明日の手術頑張れという約束をすることになる。
 
「手術頑張らないとちんちん切られて女の子にされちゃうぞ」
「ボク頑張る」
 
などという会話をした。(この付近は映画にもなった)
 
手術は開いてみると腫瘍がMRIで把握していたものより実際は大きく、生命維持に必要な部分と複雑に絡んでいて、困難な手術となった。一時は龍虎の心臓が停まる事態となる。しかし「龍ちゃん、ちんちん」という看護婦さんの呼びかけで心臓は再度動き出し、無事手術は成功。龍虎は生還した。
 
一方、千里たちN高校は、優勝候補のチーム相手に残り18秒で4点ビハインドという絶望的な状況だった。24秒ルールの時間内なので相手はシュートもせずにボールを回しているだけで勝てる。しかしそこで千里の絶妙なパスカットからのトリックプレイが決まり、スリーポイントを入れて更にバスケットカウント・ワンスローで一気に4点獲得。延長線に持ち込んで奇跡の大逆転勝利を得た。
 
それ以降、龍虎とN高校女子バスケ部の当時のメンバーとの交流は続いている。
 

さて、龍虎の手術が成功し、数ヶ月以内に退院できるという見込みになった時点で困った問題が起きた。
 
長野支香は仕事が忙しくツアーなどに掛かると何週間も帰宅できないことがある。志水照代は、実家でおばあさんが倒れて福井に帰らなければならない状況だった。
 
龍虎が入院している間はいいのだが、退院した時、彼の面倒を見られる人がいないのである。照代が福井に連れて行き診察の度に渋川に連れてくることも考えたが、病み上がりの龍虎には体力的に辛い。
 
その時、田代夫妻と知り合ったのである。田代妻がちょうど龍虎と同じフロアに入院していて、龍虎は彼女と仲よくなっていた。話を聞いた田代夫妻が龍虎に私たちの子供にならない?と誘った。田代夫妻は子供がなく、また今後も医学的に子供はできないということだった。それで自分達がこの子を育てたいと言ってきたのである。それで龍虎は田代夫妻の里子になることになった。養育費は上島が毎月送金したのだが、実際には田代夫妻は自分たちの収入だけで龍虎を育て、上島からの支援は、龍虎が習うようになったピアノやバレエのレッスン費用や楽器購入費などだけに使わせてもらった。
 

龍虎は2014年夏、友人に誘われて一緒にロックギャルコンテストに出場した。友人も龍虎も2次予選まで通過したものの、友人は親の承諾書を得られず本選には出場できなかった。龍虎の場合は、親権者である支香が「あんたはそのうちやりたいと言うと思ったよ」と言って承諾書を書いてくれた。
 
そして優勝してみて初めてこのコンテストが女子のコンテストであることを知り、龍虎も支香も仰天したのだが、審査した側もまさか男の子だとは思いもよらず仰天した。そして紅川社長(当時)は、龍虎の保護者として長野支香が出て来たので再度驚き、龍虎の両親が、高岡猛獅・長野夕香であると聞いて三度(みたび)超絶仰天した。(紅川の心臓に悪い1日)
 
紅川と上島の会談で、龍虎のことについては、上島が責任を持つということ、龍虎の親については20歳になるまで発表しないことを決めた。
 
これは龍虎本人が、有名ミュージシャンの子供として注目されて売れたりするのは嫌だと言ったので、その気持ちを尊重したものである。工藤夕貴がデビューした時に、父親が伊沢八郎であることをしばらく伏せていたケースを先例とした。
 
また紅川は龍虎の音楽的才能が高いので、親が誰か明かさなくてもこの子は充分売れるともくろんだ。その紅川の予想は当たった、というより紅川の想定範囲を遙かに超えるものとなった。なお“アクア”という芸名の本当の名付け親は上島である。
 
この業界における龍虎の後見人は、上島の不祥事の後は一時的に東郷誠一が引き継いだが、実際には東郷先生と龍虎の絡みはあまり大きくないので、醍醐春海が更に引き継いで現在に至っている。
 

龍虎の父親問題について越春氏はアクアがデビューした後の2015年11月に龍虎側と和解した。アクアがテレビに出ているのを見て、猛獅の10代の頃とよく似ているのを認識し、やはりこの子は猛獅の“娘”だと確信したという。
 
「すみません。ボク“娘”じゃなくて“息子”なんですけど」
「また冗談を」
 
取り敢えず性別問題は置いといて話を進め、越春は龍虎の父親が猛獅であることを認めるという同意書を書いた。しかし龍虎はその提出を待って欲しいと言った。
 
自分はこれまでずっと田代夫妻に育ててもらったので、今更父親欄に名前を入れるのは田代夫妻にとっては子供を取られてしまうような感覚になるのではないかと言ったのである。
 
それでこの件は当面保留されることになった。ただ、龍虎とはこの後は、孫と祖父としての付き合いをしていくことで双方合意した。
 
但し越春は遺言書を書き、そこで龍虎と猛獅との親子関係を認めるとしたので、将来越春が亡くなった場合は龍虎の父親欄が記載されることになる。また越春が最初に書いた同意書は龍虎が所持しているので、龍虎がその気になったら(越春が生きている限り)いつでもそれを裁判所に提出してよいことになっている。
 

龍虎に関する長い説明を聞いて白河も本当に驚いているようだった。
 
「アクアちゃんは精神的におとなだね」
「やはり幼くして親を失ったことで、おとなにならざるを得なかったんだと思う」
と雨宮先生が言った。
 
「しかし結局アクアちゃんは僕の親族でもあるわけか」
「そうなんですよ」
と言って、千里が先日の系図を取りだして見せる。
 
↓高岡家系図(再掲)

 
「これよく調べたね!」
と白河社長も驚いている。
 
「社長のご子息と、私の従姉が先日結婚したので、私もアクアの親戚になりました」
と私は言う。
 
「なんかこの世界は複雑に親族関係がつながっている気がする」
「ひょっとしたら、芸能人は全員親戚だったりして」
「それ本当にあるかも」
「時々、あちこちと絡むハブ空港みたいな人もいますね」
「うん、いるいる」
 

「だけどアクアはここまで売れたら、今更、親が高岡猛獅だと発表したって、世間の人はむしろ『それ誰だっけ?』と言う人の方が多いよ。高岡が亡くなってから18年も経ってるしさ」
 
「子供の方が遙かにビッグになってしまいました」
と私も言う。
 
「藍より青し(*2)だよ。性別のこともアクアが女の子であることを発表しても世間の人は今更だと思うから、ちゃんと公表しなよ」
 
「あはは」
 
白河社長は、アクアの親の件も“性別の件も”、公式発表までは誰にも言わないと約束してくれた。
 
(*2)「青は藍より出でて藍より青し」「荀子:勧学」の中の言葉。青という染料(indigo)は藍(草の名前)から作るが、藍よりずっと青いということで、子供や弟子が親や師匠より優秀であることの例え。「鳶が鷹を産む」にも似ているが、鳶が鷹のパターンは、例えば平凡なサラリーマンの息子が大作曲家になるような話。龍虎の場合は父親も一流のミュージシャンだったが、親より売れているということで「藍より青し」の例えの方が適切。
 
昔NHKの連続テレビ小説で「藍より青く」という作品があった。厳格な教師の娘に生まれたヒロインが親の反対を押し切って結婚したものの夫は戦死。戦後、女手ひとつで中華料理店を作って成功させるというもの(連続テレビ小説って昔からパターンが変わらない気がする)。本田路津子(ろつこ)が歌った主題歌『耳をすましてごらん』は今でも歌う人がある名曲である(後に南野陽子がカバーした:南田陽子ではない)。“ろつこ”という名前は旧約聖書『ルツ記』から取られたもの。本当は“るつこ”だったのだが、それでは読んでもらえないので“ろつこ”ということにしたらしい。本曲以外のヒット曲としては『秋でもないのに』、『風がはこぶもの』などがある。特に後者は合唱部などで長く歌われている曲である。
 

さて、強制隔離されてしまったラピスラズリの2人であるが、コスモスは彼女たちに電話して言った。
 
「大変だったね」
「こちらこそ御迷惑お掛けしてすみません」
と電話を取った町田朱美が言う。
 
「でも2週間何も仕事しないと暇だよね」
 
(コスモスの誘導尋問なのだが、ウブは朱美は気付かない)
 
「ほんとですよね。狭い部屋からずっと出られないと、エネルギーがありあまってしまいますよ」
「じゃ、その2週間の間にアルバム1枚作ろうか」
「え〜〜〜〜!?」
 
コスモスは松本花子に依頼して、ラピスラズリ用の楽曲を12曲書いてもらうことにした。通常の松本花子は音域が10度以内(8度以内に制限可能)だが、ラピス用の専用システムは15度(2オクターブ)以内に拡大され、また通常のシステムでは使用が抑制されているブルーノートも使用する。
 
その曲をバックバンドの『愛の十字架』に演奏させ、伴奏音源を送信する。そして倉橋の指導の下、ラピスの2人に歌わせて音源を制作することにした。このため、播磨工務店の黄組を動員してラピスが隔離されている部屋に隣接して、スタジオを1日で作ってしまった。機器は郷愁村のスタジオの機器を持って行った。
 
「14日間で12曲吹き込むんですかぁ?」
「他にすることもないし、エネルギーも余っているみたいだし、頑張ろう」
「ひぇ〜」
と町田朱美は情けない声をあげた。なお、愛の十字架が伴奏を作成する時の仮歌係としては、七尾ロマンと恋珠ルビーを指名した。
 
歌唱力があり、声域の広い東雲はるこの代役は、七尾ロマンのレベルの歌い手でないと、完全には務まらないのである。東雲はること同程度の音域を持つのはロマン以外ではアクアくらいで、常滑真音・水谷妹が少し惜しい程度である。
 
またコスモスとしては、七尾ロマンの仮歌を聴いたら、東雲はるこが「負けるもんか」と思うだろうという、戦略的な動機(作戦)もあった。
 

常滑真音はその後も毎週のように複数の歌番組に呼ばれては、毎週別の歌を歌っていた。ある歌番組では、司会のベテラン・コメディアンから
 
「マネちゃん、ひょっとして毎週何か曲を出してない?」
などと言われる。
 
「私たくさんCM撮ってるから、CMの歌で毎週新しい曲歌っているかも」
と本人も答えていた。
 
その週、舞音はまた新しいCMを撮った。化粧品メーカーの新しいカラーリップのCMだった。舞音自身がモデルを務めた。化粧品メーカーはお金があるので、いつもの松本花子ではなく、作曲料が少し高い夢紗蒼依の曲だった。でも舞音はこの歌詞、難しいなあなどと思った。
 
商品名は“ちょっとだけ大人のプレルージュ”と言い、まだルージュを付ける前の高校生のカラーリップだから“プレ・ルージュ”というネーミングである。それに合わせて楽曲の名前も『プレルージュ』という曲であった。
 
この曲はシングルで出すと言われた。アルバムを出したばかりなので、続けてアルバムという訳にもいかないということのようである。
 
カップリング曲にはアクア主演!『シンデレラ』の主題歌『ガラスのエンブレム』と挿入歌『風読みシンドバッド』であった。つまり3曲入りのシングルである。
 
この2曲は本来主演予定だったラピスラズリが歌うはずだったが、ラピスラズリが隔離されてしまったので、ドラマはアクアが代役を務めることになった。しかしアクアに歌まで歌わせるのは負荷が大きすぎるので舞音ちゃん代わりに頼むということらしかった。
 
しかし舞音は台本とかを見てないので、シンデレラの話で“ガラス”は分かるが、なぜシンドバッドなのだ?と首をひねった。
 
作詞作曲はラピスラズリのメインライター花園光紀さんである。花園さんは台湾在住なので、コロナ下では日本まで来て指導することができない。それで代わりにイリヤ・スタジオの本山さんが指導をしてくれた。木山さんにはつい先日も別の曲で指導をしてもらっていた。
 

舞音はこの3曲を5/10-14の週に音源制作したのだが、5/26(水)に発売するというので驚く。
 
「凄い短時間でリリースしますね」
「ドラマの放送日程に間に合わせないといけないので」
「大変だ!」
 
ラピスが歌ったマスターも存在するらしいが、それは没になる。後でラピスのアルバムにでも“カバー曲”として収録するという話だった。また、その音源は「舞音ちゃんは舞音ちゃん自身の歌い方で歌って欲しいから」ということで聞かせてもらえなかった。確かに他の人が歌ったのを聞くと、どうしてもそれを意識するよなと舞音も思った。
 
PVもバタバタと撮影した。化粧品会社のCMの撮影は、その化粧品会社に行き、美容社員さんにきれいにベースメイクをしてもらった上でカラーリップを塗られたが「これ私?」と思うくらい美しく、詐欺だと言われないだろうかと不安になった。
 
『ガラスのエンブレム』はドラマの撮影で使用するガラスの靴の舞音バージョンを作ってもらい、それを履いて歌った、廊下を走ったり階段を駆け下りるのを何度もやらされたので結構ハードだった。ダンスシーンも撮影したが、相手を務めてくれたのは、品川ありさである!
 
「いやラピスのトラブルは事務所全体の問題だから、みんなで何とかしなきゃね」
と言っていたが、ありささんは身長が176cmもあり、元サッカー選手だけあって体格もいいので、母艦に寄り添うような安心感があった。
 
「ありさ先輩、女の子からラブレターもらったりしてませんでした?」
「それ私の場合はデフォルトだよ」
「やはり」
 
「それとうちの事務所は“先輩”とか付けるの禁止。お互い“ちゃん”で呼び合おう」
「“ありさちゃん”でいいんですか」
「“ちゃん”は芸能界では一般的な敬語だよ。花ちゃんもみんなから“ちゃん”付け」
「確かに花さんとは言いませんね!」
「ね」
 
ちなみに“ガラスの靴”は、足の型を粘土で取り、その型にアクリルガラスを流し込んで作る。アクリルなので軽いし丈夫。そして型を取って作られているのでピタリとフィットし、とても歩きやすかった。むろん耐衝撃性があるので、これで走っても全く問題が無い。むしろシンデレラの時代にそれで走っても大丈夫なガラスの靴とか本当に存在したのだろうかと疑問を感じた。
 
結局、ガラスの靴は、当初の東雲はるこ用に作られたもの、代役となったアクア用に作られたもの、PV制作のため常滑舞音用に作られたものの3種が作られたことになる。
 
「§§ミュージックのトップ3だ」
とイリヤスタジオの本山さんが言っていたが、舞音自身としては、先輩たちがたくさんいるのに、そんなの恐れ多いと思った。
 
『風読みシンドバッド』はこれもドラマの撮影で使うという船(そんなシーン、シンデレラにあったっけ?と悩む)が作られていたので、その船の船首に男装で立ち、腕を組んだり、空の様子を見たりするシーンを撮影された。
 
服が風でなびくように扇風機で風を送られたが、強風で一瞬バランスを崩し、池に落下しそうになったのを、すんででこらえた。でもそのシーンをしっかり撮影されてPV内に使用されていた(舞音ちゃんらしいと言われた)。
 
他に、舵の前に立ち、舵に手を掛けている所、帆柱(mast)の上の方の帆桁(ほけた:横棒:yard)に腰掛けて望遠鏡を覗いている所なども撮影したが、舞音がひとりでよじ登ったので「君、腕力あるねー」と感心された。
 
(望遠鏡はガリレオ・ガリレイにより1608年に発明された:それで木星の衛星を発見する。恐らくこの時代の最新鋭機器。実は帆桁で望遠鏡を覗くのは平衡感覚を失いやすいが、舞音は平気だった:一応安全のためレンズ無しの筒だけのものを使用している)
 
舞音は男装がよく似合うので、とても格好良いPVになった。
 
「でもシンデレラが男装するんですか?」
「それは見てのお楽しみ」
 
白雪姫なら男装くらいしてもおかしくないけど、シンデレラの男装というのは新機軸だなと舞音は思った。女装の王子と結婚したりして??
 
 
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【夏の日の想い出・星導きし恋人】(2)